嫉妬心
「頼むからここを開けてくれフィオネンティーナ!」
しつこく扉を叩きつける音を無視して、フィオネンティーナは寝台でシーツを引きかぶりふてくされていた。
「わたしの苦労はいったい何だったのよ……」
涙目で垂れてきた鼻水をずずずとすする。
鍛練場から半泣きで逃げ出したフィオネンティーナをクインザは直ぐに追いかけてきた。追いつかれる直前で扉を閉めてそのまま籠城中だ。
鍵をかけ忘れたので入ってこようと思えば入ってこれる。けれどドアノブを捻ろうともしない様子から、クインザも悪かったと反省しているのだと窺えた。
反省しているのは長年の付き合いから分かっている。けれどフィオネンティーナに扉を開けて欲しいとの気持ちでいっぱいなのも知っている。嫌われるのが怖くて開けられないから、フィオネンティーナに開けて欲しいのだ。
だから直ぐに扉を開いてやるつもりは毛頭ない。
カイルもガレットもクインザの容姿に耐性が付くのは早かった。
砦の連中はみんなそうなのだろう。クインザにとっても初めての状況で嬉しかったに違いない。
それを素直に喜んでやれない自分に嫌気がさす。鍛練場で楽しく談笑していた様子に嫉妬すると同時に、どういう訳か若干の寂しさも感じていた。
普通の騎士でもあんなすぐに馴染んでしまうのだろうか。そうは思えない。あれはクインザだから成し得たのだ。
保身のために相手の弱みを握って、砦での居場所を確保してきた姑息なフィオネンティーナとは大きな違いだ。
持って生まれた容姿のせいでクインザが大変な苦労を被っているのをフィオネンティーナもよく知っていた。
女好きのろくでもない男なら大歓迎する顔だろう。けれどクインザは異性に大した興味を示さない。騒がれて困ることのほうが多い。王女のことだって顔のせいなのだ。
平凡な容姿に生まれていたならもっと生きやすかっただろうに。
怒っているのにクインザへの同情で心が埋め尽くされそうになる。
「済まないフィオネンティーナ、心配してくれているのは重々承知してはいるのだ」
扉の向こうから悲しげな声が届く。恐らく泣いているだろう。
ちょっと大人げなかったかと潜り込んでいたシーツから顔を覗かせ、扉の向こうに意識を集中する。
今ここで出て行ってもクインザに八つ当たりしてしまうだけだなので、あくまでも聞き耳を立てて様子を窺うだけだ。
しばらく沈黙が続いた後、扉の前からクインザが立ち去る気配がした。
あれ? どこに行くのだろうと慌てて扉を開く。勝手に出歩かれて面倒を起こされたらたまらない。
「クインザっ!」
飛び出してきたフィオネンティーナに気づいたクインザは、振り返ると穏やかに笑った。
泣いていると思ったのは間違いだったようで、優しい眼差しでフィオネンティーナを見つめている。
「司令官殿に会って話をつけてくる」
「えっ?」
「説得してアゼルキナの魔術師としてやっていく許可をいただくよ」
フィオネンティーナでさえ歓迎されていないのに? そう思ったけれど嫌な予感がした。
カイルは許可をしない。しかし万一にも許可したなら、クインザはフィオネンティーナを差し置いてアゼルキナ砦の正式な魔術師になってしまう。
フィオネンティーナの体が小さく震えた。クインザに嫉妬していた。なんて愚かなんだろう。
「クインザはなんのためにそうなりたいの?」
声が震えないように注意を払う。クインザは眉を下げ少し迷ってから答えた。
「フィオネンティーナ、君の側にいたいからだ」
そんなに執着してどうするんだとは言い返せなかった。
男女の恋や愛とは違った執着。フィオネンティーナと違ってクインザはここで居場所を見つけようとはしていない。フィオネンティーナの側にいたい気持ちだけで行動していた。
離れてその気持ちがさらに強くなったのか、真剣な眼差しを向けられて茶々を入れる余裕がなくなってしまう。
「いいよ、分かった。案内する」
「本当か!?」
喜びにクインザが明るく弾けた。
クインザに心構えが出来ているのなら何を言っても時間の無駄。帰れ帰らないの繰り返しになって嫌な思いをさせてしまうだけだ。
自分に正直な幼馴染に嫉妬した後ろめたさもある。カイルとの約束を反故にすることになるので叱られるだろう。でもそうしなければ話は進まず堂々巡りだ。




