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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
幼馴染と彼の不幸
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わたしの苦労はなんだったのか


 タースと別れたフィオネンティーナが鍛練場に赴くと人垣ができていた。彼らは団子になって何やらわいわいと楽しそうに騒ぎ立てている。

 全員での訓練が始まるまではまだあるが、いつもなら各々が体を動かして自主的に励んでいるのに、今朝はどうしたことか違っていた。

 楽しく談笑している彼らはフィオネンティーナが来たことに気づいていない。彼らの会話に交じるのはどうかと思いつつも、興味を引かれ隙間に割って入ると、見慣れた淡い金の髪が目に飛び込んできた。


 部屋に閉じ込めていたはずなのにどうしてこんな所に!?

 声を上げようとしたフィオネンティーナの口を背後から忍び寄った何者かが塞ぐ。見上げるとそれはサイラスで、彼の興味深げな視線はフィオネンティーナではなくクインザに向けられていた。


「……のマリアスさんなら彼氏と別れて今はフリーだ。浮気性な騎士なんてもうこりごりだと言っていたが、彼女が付き合う相手はいつも筋肉隆々の騎士と決まっている。君なんて彼女にうってつけだと私は思うぞ」

「ほっ、本当か!? 俺は来年になったら王都に戻れる予定なんだよ!」


 嬉しそうに声を上げたのは第六隊所属で筋肉隆々の厳つい男だ。見た目三十代中頃だが実際には二十四歳と老け顔で、フィオネンティーナ自身は先日の飲み会で初めてほんのちょっとだけ話した記憶がある程度。

 彼らの会話にフィオネンティーナも気を引かれた。


「騎士棟の調理場にいたカレーリアっては知らないか?」

「マルクスと付き合ってるカレーリアなら無理だな。どうやら彼女は妊娠しているらしい」

「そっ、そんなっ――」


 真っ青になったのは第一隊の……誰だっけ?

 誰だか分からないが、好きな子は交際相手の子供を妊娠しているらしい。となるとよほどのことがない限り二人は結婚するだろう。可哀想にと、フィオネンティーナは心の底から項垂れた男に同情した。

 それにしてもなるほど。砦の連中は都にいる想い人の近況を矢継ぎ早に質問しているらしい。

 女にいい寄られるクインザはその辺りの情報は豊富に持っている。が、同時にそれはフィオネンティーナにもいえること。

 しかし彼らから、都にいる女性について質問された記憶はない。異性だから聞き難かったといわれるならそれでいいが、昨日来たばかりで砦の住人でもないクインザがフィオネンティーナ以上に彼らに馴染んでいるのに嫉妬心を覚える。

 これだとまるで、配属の日から今日までしてきた苦労がまるで馬鹿のようではないか。

 さらには昨日はクインザの美貌を前にして言葉を失っていた砦の住人が、慣れるまでに三日はかかるその容姿に耐性ができているのには驚かされた。

 流石というべきかどうかは分からない。カイルも冷静だったし、思いもよらないことが起きても順応が早いのか耐性があるのかするのだろう。


 それにしても仲良く打ち解けている様に腹が立つ。フィオネンティーナはサイラスに口を塞がれているので声が出せない。代わりにクインザの背中をつま先でちょんちょんと突いた。

 気づいたクインザが振り返ってフィオネンティーと目を合わせる。と、花開くようなきらきらと輝く笑顔を向けられる。


「フィオ!」


 それはそれは嬉しそうに満面の笑みを浮かべたクインザだったが、不機嫌に顔を歪めているフィオネンティーナの様にはっとすると一目散に逃げだした。


「待ちなさい!」


 サイラスを振りほどいたフィオネンティーナはクインザを追った。幸運にも人垣ができていたお陰で直ぐに捕まえられる。


「大人しく待ってるって約束したでしょ!」

「そんな約束守れるわけがないだろう?」


 当然とばかりに反抗するクインザをフィオネンティーナは睨みつける。


「自分が周囲にどんな影響を与えるかくらいちゃんと理解してるでしょう!」

「でもさ。ほら、大丈夫だったぞ」


 クインザが視線を向けた先では、呆気にとられた砦の住人らが二人を窺っていた。

 そんな彼らはクインザの容姿に驚愕して熱をあげていない。普通なら慣れるのに三日かかる驚愕の容姿なのにたった一晩で順応してしまったようだ。

 ただ彼らはフィオネンティーナとクインザの行動に目を見開いて唖然としていた。

 フィオネンティーナは一つ咳払いをしてクインザから手を離して声を落とし、真面目な視線で幼馴染を睨みつけた。


「襲われたって知らないわよ」


 アゼルキナの連中は都とはわけが違う。

 もちろん清廉潔白な騎士道精神まっしぐらの者もいるだろうが、そうでない輩も結構いるのだ。

 はっきりいうなら男社会で男が好きな者たちやら、実際にはそうでなくても男でも済ませられる者。そしてクインザが引き金となってその方面に目覚めてしまう者もでてきてしまうだろう。

 クインザという男は、人の人生を狂わせるほど美し過ぎて危険な存在なのだ。

 そうやって発生した問題をフィオネンティーナは過去に両手両足では足りないほど解決してきた。

 それが面倒だというわけじゃない。

 正直にいうと確かに面倒だが、放っておくわけにもいかないのだ。だからあの手この手で解決してきた。多くの人の手も借りた。とうてい一人でなんとかできる問題じゃなかったからだ。

 だからこのアゼルキナで過去のような事態が起こっても、フィオネンティーナ一人ではクインザを守ってやれる自信がないのだ。

  

 魔術を使う身でも、容易く組み敷かれてしまう現実を身を持って知った。

 フィオネンティーナの場合はガレットが付き纏っているが、フィオネンティーナがクインザと常に行動を共にできるわけじゃない。たとえ幻術で身を守れても、それを行使できる状況でいられるか大いに不安だ。 

 いるだけで面倒を引き起こす。だから帰してしまおうという気持ちも大きいが、何よりもクインザ自身を心配しての気持ちの方が勝っていた。

 それなのにこの幼馴染ときたら……。


「その時はその時だ、いつも何とかなったから次もきっと大丈夫!」


 泣きつかれるたびに大変な思いでなんとかしてきたのはこっちだというのに、まるでなにもなかったかのごとくあっけらかんと笑って見せるクインザに殺意が沸く。


「わたしの苦労をなんだと思ってるのよっ!」

「うわっ、ちょっとまってフィオ!」

「やめろリシェットっ!」

「女神の顔に傷がっっっ――!」

「なんて罰あたりな!!」


 クインザをぼかすかと殴るフィオネンティーナは、その美しい顔に傷が付くと阿鼻叫喚する砦の連中に取り押さえられる。

 

「え、なんで? なんでわたしがこんな目に合うのよ!?」


 フィオネンティーナは理不尽だと怒号をあげた。




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