司令官からみた魔術師
さて、困った事になったとカイルは悩む。
間違いと確信して捨てた書類が間違いではなかった。
フィオネンティーナは今日から砦の住人となる。騎士としての実力はお墨付きでも、決して穏やかとはいえない男達に囲まれて無事でいられるだろうか。
相手は魔術師だ。そう簡単にどうこうされはしないだろう。しかし女だ。どこからどう見ても間違いなく女だ。さらには可愛いらしい、熟れ始めた魅力的な娘。
これは困った事になるぞーーと、カイルが頭を抱えて扉へと向かう。そうしてドアノブを回すだけで扉が勢いよく開き、そこに張り付いていた男たちが一気になだれこんできた。
「貴様ら何をやっているっ!」
問うまでもない。彼らは扉に耳を貼りつけて中の様子を窺っていたのだ。
何しろ馬車で半日かかる町に住む、年若い娘ですら砦にはめったに寄りつかない。騎士は優良物件だが、騎士とはいえただの男。任期を終えて砦を出て行く時に捨てられる娘が続出した。そんな過去の出来事から町の住人は学んだのである。
だから砦にやって来た若い娘に彼らは興味津津だ。
カイルの怒号を笑顔で受け止めつつ、視線はフィオネンティーナに張りついて離れなかった。
「てめぇらどけっ、リシェットついて来い」
カイルはなだれ込んだ八人の男を足で蹴散らし道を作ると、面倒だと思いながらフィオネンティーナを振り返る。すると彼女は足元の八人を踏みつけることなく、カイルが作った道を通って後に続いた。
部屋を出ると狭い廊下を男たちが埋め尽くしていた。
予想した通りの状況になっていてうんざりする。カイルは硬いブーツの底で廊下を鳴らしながら先へと進んだ。
フィオネンティーナは大柄な男の集団に呆気にとられながらも、黙ってカイルの後に付いてきていた。
背後の気配に注視していないと、次に振り返った時にはどこかの部屋に連れ込まれている可能性があるので、時々振り返っては対象を確認しながら前に進む。
ここにいるのは魔術師とは異なる、大柄で鍛え上げられている肉体をもつ騎士たちばかりだ。衣服を着ていても伺え知れる。優男ではない、屈強な騎士の姿。
その中でもカイルは一際大きくて背が高い。フィオネンティーナの頭二つ分は優に超えている。大きな男たちばかりだが、特にカイルは突出していた。
こんな状況だから怖がって帰ってくれるこに期待するが、後ろをついてくる彼女から恐れの感情は窺えない。戦闘に出たこともない魔術師のくせに肝が据わっているようだ。
「お前、荷物はどうした?」
不意に彼女が手ぶらであることに気づく。近衛に推挙された過去があるだけあって、こんなところで司令官をしていても細かいところに目が行ってしまう。
「荷なら馬車に置いたままです」
「馬車に? まさか都からここまで馬車出来たのか!?」
「あれこれ準備していたら荷物が多くなってしまったので、魔術師団で使用している荷馬車を一台拝借してきました」
「師団の荷馬車!?」
荷物なんて背負い袋一つで済むだろうに、この小娘は荷馬車ときた。
たった一人の移動に師団の荷馬車を使うなんて。阿呆かと怒鳴りかけたカイルだったが、寸でのところで言葉を飲み込む。
そもそも荷馬車とは……どれだけ荷物があるんだと驚きものだが、何しろ相手は女。しかもたった一人でこんな僻地に飛ばされてくるのだから、色々と必要になる物があるに違いない。
最も近い町に出るにも馬車で半日かかるのだから、前もって準備するのも当然なのだろう。何せ女なのだから。
まさかこんな場所にドレスなんて持ち込んでいないだろうな……と思いつつ先を急ぐ。
「荷降ろしは奴らに手伝わせるとして……まずは部屋だが先に食堂に寄るぞ」
ちょうど昼時、大抵の男たちは昼食を取りに食堂に集まっている。
砦には二百人ほどの常駐者がいるので突然の新入りがあった場合はそこで報告すれば、後は勝手に話が流れて全員に伝わるのだ。
まぁ今回の場合はそうせずとも瞬く間に噂は広まるだろう。
何しろ相手は魔術師、しかも女だから。
思った通り、騒々しい食堂には大勢の男たちがいた。
カイルが先に食堂の入り口をくぐり、フィオネンティーナが後に続いた。食事に夢中の男たちはそれに全く気付かない。
「お前ら注目っ!」
カイルの怒号に、男たちが食事の手を止めることなく顔だけ向ける。話声もそのままだ。
だが暫くすると男たちの視線がカイルから、傍らに立つフィオネンティーナに集まる。やがて声が静まり、食器の音さえ消えてしんと静まり返った。
「今日から配属になったフィオネンティーナ・リシェットだ。いいかお前ら、絶っ対に手ぇ出しすんじゃねぇぞっ!!」
静まり返った食堂で男たちの視線はフィオネンティーナに注がれている。
やがてひそひそと囁き声が始まった。そのどれもが「女だ、よな?」「女だ」「魔術師?」といった呟きだ。
「今日からお世話になります、フィオネンティーナ・リシェットです。どうぞよろしくお願いいたします」
フィオネンティーナが深々と頭を下げて挨拶をすると、カイルは用は済んだとばかりに食堂を出て行く。それを追ってフィオネンティーナが食堂を出た途端、食堂内からはどっと歓声が上がったが、カイルは無視して先を急いだ。
食堂を出て屋根だけの渡り廊下を渡ると宿舎棟だ。
建物に入ったところで、「さて部屋はどうするか」とカイルは立ち止って腕を組んだ。
司令官であるカイルがどんなに注意しても、絶対に夜這いをかける馬鹿がいるに決まっている。
これだけの男が集まる中に女を一人放り込めばどうなるかなんて、よほどの阿呆でも分かって当たり前だ。
高齢を理由に公の場にまったく出てこない宮廷魔術師団の団長は、部下たちを猫かわいがりしていると聞いている。なのに勅命とはいえ、よくもこんなところに魔術師の異動を許したものだ。
魔術師はめっきり数を減らしたが、魔術師団長は百年近く前の大戦を潜り抜けて、滅亡しかけたアルファーン帝国に勝利をもたらした魔術師の生き残りだ。彼を怒らせたらアルファーン帝国から魔術師が消えるとまで言われている。
いくら皇女がらみでも勅命を止めることはできなかったのか。
魔術師団長が敢えて受け入れたとしか考えられない。彼女をアゼルキナ砦に配属させて、魔術師たちはいったい何を得るというのだろう。
どちらにしてもカイルでははかれないことだ。
できるのは、小娘が自分から出て行くように仕向けるか、いなくなるまでの安全を確保することくらいだろう。
そうなると……一番安全なのは独房だろう。鍵は外からしかかけられないようになっている。しかし出入りの度に面倒をみなくてはならなくなってしまう。
それは面倒だなと、カイルは振り返ってフィオネンティーナを見下ろした。
「俺は魔術師ってのをよく知らない。お前、自分の身はどの程度守れる?」
基本は攻撃、時に防御。ごく稀に治癒の力を持つ魔術師。
魔術師は圧倒的に数が少ないうえに、共に仕事をしたこともなく、魔術師の友人がいるわけでもない。
カイルが正直に問えば、フィオネンティーナは彼の聞きたいことが何かを理解して笑顔で頷いた。
「相手が魔術師でないなら大丈夫ですのでご心配なく。魔術師の寝込みを襲っても自分が怪我をするだけですよ」
「そうなのか?」
「ご心配でしたら今夜にでもお試しください。ただ、怪我をして動けなくなっても苦情はなしでお願いします」
自信有り気なフィオネンティーナの様子にカイルの片眉が自然と上がった。
大事にされても一応は軍人となるのか? それなりの覚悟を持ってここに来ているのならこちらも助かる。カイルが四六時中守ってやるわけにはいかないのだ。
ごろつきに近いといってもアゼルキナに集められたのは精鋭たち。こちらが望んでの配属ではないのに、女性問題で彼らを処罰するような事態はできるだけ避けたかった。
「戦ではどんな術を使う?」
「実戦の経験はありません。使えるのは攻撃で雷と炎が少し。治癒や幻影、防御の類はほとんどできません」
「十八なら実戦がないのはしょうがないな」
カイルなんて十二を過ぎたころから現場に出ていたが、若い魔術師ならそんなものだろう。
隣接する国と小競り合いは度々あるが、カイルが知る限り魔術師が参加した事実はない。
その中でもアゼルキナ砦は、好戦的なキグナスと国境を交える最も危険な場所。こんな場所に皇女の戯言で魔術師が赴任されるなんて、国や魔術師団長になんの思惑もないなら、彼女にとっては不運で可哀そうなことだ。
幾つかの問題が起きるのは想定の範囲内とあきらめよう。自分で身を守れるならまずは様子見だ。面倒事はあっても、魔術師という特別な存在が訓練に加わる効果は大きいかも知れないと前向きに考えることにする。
負の要素ばかりではないとカイルは自分に言い聞かせつつ、通りかかった若い騎士に声をかけた。
「ガレットが戻ったら俺のところにくるよう伝えてくれ」
声をかけられた騎士は司令官であるカイルに声をかけられたにもかかわらず、大きな巨体の後ろにいるフィオネンティーナに釘付けだ。ぽかんと口を開いたまま声を発しない。「聞いているのか!」とカイルの怒号が飛び、どうにかこうにか返事をしたもののあまりの驚きようだ。
アゼルキナには身分を問わず精鋭たちが集まっているはずなのに、彼女の見た目がいいとはいえ、女一人が入っただけでこのざまとは……。
カイルはうんざりしながら先を急いだ。
二百人余りが在籍する砦での宿泊場所となる寮は、一般の騎士と役付きとで使う部屋が分けられている。
同じ棟内にあって作りも同じだが、カイルのような役付きは一般の騎士よりも広い部屋が与えられていた。
二階建ての宿泊棟の一階部分、左右に別れた右側がその場所だ。
本来ならフィオネンティーナにも一般騎士と同じ広さの部屋を与えるべきだが、流石にそれはまずいと判断した。
司令官であるカイルの下には、騎士たちに直接命令を下す指揮官が二人。その下にそれぞれ三つずつ、合計六の部隊があってそれぞれに隊長がいる。
現在の役付きは全部で九名。
専用の部屋は残り十ほあり、掃除さえすれば受け入れに問題はない。
しかもカイルが使っている部屋の正面は空室だ。空室の隣は彼女に付かせようと考えた第六隊隊長、ガレット・フォースの部屋だ。
他の奴らが悪さをしないように見張るにはちょうどいいと、カイルはそこを選んだ。
扉を開けると埃臭いが仕方がない。フィオネンティーナに中に入るように促すと、恐る恐るといった感じで踏み入れた。
部屋の中には寝台にクローゼット、机と椅子が一揃い。殺風景な空間だ。
「前任者が昨年出てから掃除してないがここを使ってくれ。正面は俺の部屋で、左隣がお前の上司になるガレット・フォースの部屋。先は空室だ。何かあればすぐに声をかけろ、いいな?」
今からここは女性の部屋。司令官とはいえ部屋に立ち入るのはよくないだろう。カイルが扉の外から説明すると、フィオネンティーナは「承知しました」と答えた。
「掃除道具は廊下の向こうにある。荷物は勝手に運んでも問題ないか?」
「それは助かりますが、司令官自らですか?」
「俺は監視だ、他の奴らにやらせる。それからこれ――」
カイルは柱に掛けられた二本の鍵を示した。
「鍵はここにある二本だけで他に予備はない。本来なら一つはこちらで預かるが、万一のこともある。両方ともお前が管理しろ」
「万一のことがあるからそちらで管理するのではないのですか?」
「俺がいくら厳重に管理してもあんたの部屋の鍵ならいずれ盗まれる。うちの奴らはできるからな」
少しばかり脅しておいた方がいいだろうと考えて、カイルは自信たっぷりに笑って見せると、彼女の荷物を取りに向かった。
カイルがそこいらに散らばる数人に荷降ろしを手伝うよう声をかけると、我先にとこぞって集まり出した。
流石にそこまで必要ないだろう。
女性の荷物に触るのだ。人選を始めようとしたところで荷馬車が目に入る。
二頭立ての、想像したよりも遥かに大きな馬車だ。まさか本当にドレスでも詰まっているのかと呆れて額に触れる。そして荷台を覗き込んで驚きに声を失った。
「これは……酒?」
どでかい酒樽と大量の酒瓶が詰まった荷台。積まれた酒の一番上に、申しわけ程度にトランクが一つ、ぽつんと乗っている。
驚いたのはカイルだけではない。
フィオネンティーナの荷物に引き寄せられた男たちも同じ。
そこへカイルを呼ぶ、ここでは滅多に耳にすることのない女の声が届いた。
「司令官殿~っ!」
フィオネンティーナが「申し訳ありません」と、周りの男に声をかけながら走り寄って来た。
「樽はみなさんへのお土産ですので、お好きなようになさってください。他は部屋にお願いします」
カイルと周囲の男たちに頭を下げたフィオネンティーナは、荷馬車へと身軽に飛び乗り、トランクをひっつかんでひょいと降り立った。
「なんだこの大量の酒は?」
カイルの呟きを拾ったフィオネンティーナが「それはですね」と笑顔で続ける。
「ただ命令に従うのは癪でしたので、皇女の衣装代の一部を特別手当として財務大臣に要求したんです。それで買ったので懐は痛くも痒くもありませんでした。なかなかに良き銘柄ですので、皆さんで遠慮なく味わってください」
にこにこと楽しそうに話すフィオネンティーナに、「皇女の衣装代?」とカイルは聞き返した。
「皇女の悔しがる顔を見れなかったのは残念でしたが、無駄に着飾る皇女の楽しみを幾分か奪ったのは快挙だと思いませんか?」
自画自賛するフィオネンティーナを前にして、メリヒアンヌ皇女がどうのよりも、財務大臣を動かせる彼女の存在にカイルは驚かされる。
嬉しそうに笑いながらトランクを手に宿舎へと消えて行くフィオネンティーナを、カイルは唖然と見送った。
その後、荷台に山積みの酒樽と酒瓶を仰いで、「ドレスより酒なのか?」と漏らす。
以外にもずぶとそうで、初めて接する魔術師を嫌いではないなと感じた。




