同室決定
クインザの破壊的な美貌に慣れさせるなら、迷惑承知で出歩かせ、周囲に免疫をつけていくしかない。けれどもクインザはアゼルキナ砦に異動したのではなく、ただのお使いでやってきただけ。用が済んだらすぐに帰るべきである。
だからこそこれ以上の被害者を出すまいと、砦を出て行くまでは部屋をあてがって閉じ込めておこうと決めたフィオネンティーナだったが、「はるばるやってきた兄妹同然の幼馴染を隔離する気なのか!?」と大泣きされてしまう。
フィオネンティーナはクインザの涙に弱い。幼い頃から何をするのも一緒で、色々やらかすクインザの面倒を見てきたのだ。我儘にはたいていフィオネンティーナが折れてきた過去がある。そうして今回も泣きつくクインザの望みをしょうがなく叶えてしまうのだ。
でもここは都ではない。いつ何があるか分からないアゼルキナ砦だ。命のやりとりに備えて日々訓練に明け暮れる騎士たちがいて、クインザのせいで彼らが浮かれてしまい、緊急時の対応が遅れたりしたら大変なことになる。
ここにクインザは置いておけない。どうにかして説得しなくてはと考えながら、フィオネンティーナは自室に夕食を持ち込んで、クインザと肩を並べて腹ごしらえをしていた。
昼食は騒ぎのお陰で食べ損ねたので空腹だ。争うことなく二人で寝台に腰をおろして、太股にトレーを乗せた。そうして溢さないよう注意しながら腹に詰め込んでいく。
「クインザだって暇じゃないでしょ、明日には都に帰りなよ」
「心配しなくても長期休暇を申請して許可された。だから暇なんだ、ゆっくりしていける」
安心しろとのクインザの返事に、フィオネンティーナは咽た。クインザは慌てて膝からトレーを下ろすと、フィオネンティーナの背中をトントンと叩いて撫でつける。
「慌てて食べなくても誰も取ったりはしないぞ?」
「ゆっくりって……アゼルキナは観光名所じゃないのよ」
口を拭いながら紫の瞳を見つめると、「馬鹿を言うな」とクインザに笑われた。
「心配しなくても私は遊びにきたわけじゃない。砦の司令官に大事な話があるんだ」
「司令官殿は超が付くほどご多忙なの。クインザに会う時間はないわ」
だから大人しく帰れと睨むフィオネンティーナに、冗談だろうとクインザは瞳を瞬かせた。
「アゼルキナにとっても悪い話じゃないと思うが?」
やっぱり居座る気満々じゃないか。
「クインザ……あなたも自分がまわりにどんな影響を与えるかよく分かってるでしょう?」
「大丈夫、誰もが三日で慣れるはずだ」
そう自慢気に言うと、フィオネンティーナの隣に座りなおして食事を再開するクインザに、今度はフィオネンティーナが体を捻って視線を合わせた。
「師団長が許すはずないでしょ!」
数少ない魔術師をまとめる宮廷魔術師団長は、異常なまでの同族愛護精神の持ち主だ。
いつも笑顔を湛えて優しく接してくれる。怒り狂うとか、叱りつけるとか、声を荒らげることすらしたためしが一度もない。
ただそれは魔術師が相手であった場合に限っていて、それ以外の人間には冷徹だと聞いていた。
皇帝命とはいえ、フィオネンティーナが砦に行かされるのをよくもまぁ黙って許した(わけではないが)なと周囲は驚いているのだ。
そこは権力に頼りたくないフィオネンティーナの意をくんでくれたからだろう。そして今になってみると、フィオネンティーナなら上手くやれると信頼して送り出してくれたに違いないと思っている。
けれどクインザは違う。
クインザがフィオネンティーナと離れたくない気持ちを魔術師団長も理解しているだろうが、クインザがアゼルキナでやっていくのは危険だ。鼻や頭から出血している騎士たちの数からして、有事にアゼルキナが機能しなくなることだけは駄目だと、魔術師のフィオネンティーナでも分かるようになった。
それにどんな理由があっても、魔術師団長は自分の大事な魔術師を二人もアゼルキナ送りにはさせないだろう。
魔術師団長は本来、可愛い魔術師たちをぬるま湯の中で囲っておきたい質なのだから。
魔術師が温い籠の中で堕落しているのは魔術師団長にも責任がある。
「師団長から早く帰ってこいって連絡がくるわ。手を煩わせる前に帰るべきよ」
「この休暇中に砦の司令官を説得できたら、アゼルキナ赴任を許可してくれるそうだ」
「そんな馬鹿な……」
耳を疑ったが、次の瞬間には何かがおかしいと気づいて眼を細めた。
「――なんて言って脅したのよ」
「フィオの側にいられないなら、魔術師を辞めて騎士になると」
「師団長がそれを信じたの!?」
そんな戯言を魔術師団長が真に受けるなんて。
フィオネンティーナは驚き過ぎて、クインザを改めてしっかりと眺めた。
顔は……言葉にしようがないが、体つきは確かに男だ。なよっとしているわけではないし、それなりに筋肉もある。だが一般男性の域を出ていない。手だって綺麗だし、肉体を限界に追い込んだことだってない。体力、鍛え方。指先一つとっても砦の住人とは比べものにならない。
お飾りで騎士になる貴族の子弟でもあるまいし、この体格で今更騎士を目指すなんてほざいても笑われて終わりだろうに……。
そもそも貴重な宮廷魔術師がそれ以外の職につくことを許してもらえるなんてあり得ない。
「もちろん信じてくれたぞ」
「わたしなら信じないわ。クインザは騎士になれるような性格じゃないし。鍛えるにしても過酷な訓練に耐える根性なんてないでしょ」
騎士になる根性があるなら、メリヒアンヌ皇女のことだって一人でどうにでもできたはずだ。
呆れるフィオネンティーナにクインザは嬉しそうに頷いた。
「さすがフィオ、よく分かってる。私も魔術師を辞めるつもりは毛頭ない。試しに言ってみたら意外にも信じてくれたので助かった」
嬉しそうに笑うクインザに、師団長を騙すなんてとフィオネンティーナは頭を抱えた。
師団長も生まれた時から知っているのにどうして騙されるかな……いや、これには師団長の崇高な考えがあるのかもしれない。
なにしろ同族を異常に可愛がる方だ。まずはクインザの意を汲んで、やりたいようにやらせてくれているのだろう。そして最終的な決断をアゼルキナ砦の司令官……カイルに託したのだ、面倒事を嫌うカイルがクインザを受け入れないと知っていて。
もし万一にもカイルがクインザをアゼルキナに迎え入れるのを了承したら、魔術師団長は報復に出るに決まっている。「可愛いクインザを自分から引き離した」と解釈して、何かしらの報復をするだろう。
メリヒアンヌ皇女の我儘でフィオネンティーナの異動が決行されたのは、フィオネンティーナ自身がそれを受け入れたからだ。それも三年間の期限付きで、フィオネンティーナがメリヒアンヌに屈するものかと、見事に勤め上げて凱旋する気満々だから。
それでも直接の命令を下したラインウッド皇帝は、魔術師団長からねちねちと地味な嫌がらせを受けているに違いない。
娘を溺愛するバカ親皇帝はどうでもいいが、世話になっているカイルに危害が加えられるとあっては放っておけなかった。
「そもそもアゼルキナから魔術師派遣要請は過去に何度もあったのだぞ。だがそれに賛同しようとした重臣たちが、どういうわけだか次々と不幸に見舞われて、最終的には許可する者がいなくなったらしい。砦の重要性は誰もが理解しているんだ。望んで手を挙げる私を拒絶する意味が分からない」
誰だそんな要請したのは。フィオネンティーナは呆れて言葉がなかった。
重臣が不幸に見舞われたのは誰のせいかは容易く予想がつくが、原因となった派遣申請をしたのは誰だ?
カイル自ら面倒事を引き寄せるわけがない。となると前任者かと思った瞬間。そう言えば……と、嫌いな男が脳裏を過ったちょうどその時。フィオネンティーナの部屋の扉が叩かれた。
開くと桶を抱えたガレットが無表情で立っている。恒例となった毎日の奉仕……フィオネンティーナが体を拭うのに湯を運んできてくれたのだ。
「ありがとうございます」
礼を言って、いつもより早いと思いながら桶を受け取る。
「これから客人を部屋に案内しようと思うんだが」
「それはありがとうございます。クインザ、行くわよ」
ガレットは視線をクインザへ向けても目を合わせていない。直視を避けている様子。大丈夫かなと不安を覚えたフィオネンティーナは、「部屋を教えていただければわたしが連れていきます」と提案した。
それなのに当のクインザは首を傾げて、「私は|フィオネンティーナと同じ部屋で構わないが?」とのたまう。
なんとも非常識で考えなしな言葉にフィオネンティーナはかっとして、クインザの脳天に拳を落としてしまった
「成人した男女が同じ部屋に寝泊まりするのはおかしいでしょ!」
怒鳴りつけると、クインザは涙目になって殴られた頭をさすりながら「おかしくない!」と抵抗した。
「兄妹みたいなものだから別にいいじゃないか。それにここにいる女はフィオだけなんだぞ。兄同然の私が片時も離れず守ってやらないでどうする!?」
「クインザと同室になる方が危険極まりないわっ!」
もちろん狙われるのはクインザであってフィオネンティーナではない。そもそもフィオネンティーナの寝込みを襲うのは御法度であることは、カイルの犠牲で証明されているのだ。
「そっ、そんな、酷い!」
クインザは紫の瞳に涙を溜めるが、フィオネンティーナは容赦なくクインザの背中を押した。
「ちょっ、フィオ!? 本当に、本当にいいのかフィオネンティーナっ!」
「あなたは自分の心配だけしなさい!」
外に押し出そうとしたら捨てられた子犬の様に縋り付かれる。可哀想ではあるが……要求を通すためのお決まりな態度に騙されるフィオネンティーナではない。けれども次の瞬間、クインザの言葉にフィオネンティーナは動きを止めた。
「ああ可哀想に私のフィオネンティーナっ。アゼルキナは有名な温泉地にもかかわらず砦は男の巣窟。毎日そんな小さな桶に張られた湯で身を清めているとは。年頃のフィオには耐え難い苦痛だろうに。私が側で魔術を行使さえすれば、湧き出る湯に浸かり、雄大な自然を満喫して身も心も綺麗さっぱり洗い流せるだろう。私さえいれば……ああ、なんて可哀想なんだ」
よよよ……と嘘臭く泣き崩れるクインザ。そんなクインザを茫然と見下ろすガレット。そしてフィオネンティーナは、ぽんと手を叩いて頷いた。
「そうか、その手があったか」
つい漏れてしまった声。途端、フィオネンティーナはしまったと口を押さえるが後の祭りだ。
泣き崩れていたクインザは元気に立ち上がると、勝ち誇ったように満面の笑みでフィオネンティーナを見下ろした。
「同室決定だな?」
「えーっと……」
了承を求めるようにガレットを見ると、斜め下を凝視して固まっていた。




