危険な美貌
砦の住人が昼日向に自室に篭るのは珍しい。
何か忘れ物をしたとか、傷病中であるとか以外は訓練に明け暮れているので、自室に立ち寄る暇さえないのが現状なのだ。
そのお陰か砦初となる女性が一階の部屋を使用していると知っていても、陽の高いうちに堂々と窓から部屋を覗くなんて不届きな行為が行われたことはなかったし、夜に至っては明かりの洩れる隙間もないほどきっちりとカーテンが引かれていたので中を覗くのは困難だった。
そもそも第六隊隊長のガレットがしっかりと見張っていて、深夜に窓から部屋の様子を伺おうとした輩はガレットの存在に気付くと瞬時に方向転換する。窓の外、暗闇に腕を組んで立ち塞がるガレットから醸し出される威圧感はとても不気味だ。
しかもガレットはとびきり勘が働くらしく、フィオネンティーナに悪戯をしようと目論む輩のほとんどが、実行前に訓練や用事を言いつけられ、それとなく目的を変えさせられていた。
そんな理由で不届き者はアゼルキナからいなくなっていたのだが――。
時刻は昼時、短い休み時間。
体が資本の騎士はしっかり食べて健康な肉体づくりに余念がない、そんな貴重な時間。
けれども今日は空腹さえ忘れた砦の住人がその貴重な時間を割いてフィオネンティーナの部屋の周囲に溢れている。
しっかりと鍵がかけられているので部屋に侵入はできないが、カーテンは開かれて覗き放題。多くの男が集って窓から中の様子を伺っていた。
ちなみにガレットは今も鍛練場で放心状態である。
隊員にあてがわれた部屋よりも幾分広い室内の半分は、高く積まれた酒瓶に埋め尽くされている。
フィオネンティーナが赴任してきた当初、演習に出ていた第一隊、第六隊の面々もそれは噂で聞いていたし、特に第六隊はフィオネンティーナの化け物じみた飲酒量を身を持って経験していたので驚きはしない。女性に夢を抱く者はがっかりするかもしれないが、集う彼らはそんなことまるで気にしていない。
なぜならば彼らの目的はフィオネンティーナの部屋を覗く……ではなくて、中に閉じ込められている彼女の幼馴染にあるのだから。
フィオネンティーナから彼女の幼馴染について「男なのに美人」と聞いたのを記憶している者もいた。それでも窓の向こうに床に座り込んでいる彼は、「美人」なんて言葉で表現して許される存在ではなかった。
破壊的美貌を持った奇跡の人が、今まさに彼らの前に舞い降りているのだ。天使……いや、女神降臨である。
クインザは窓の向こうにある怪しい影に気付くと、嫌がりもせず、社交的ににっこりと笑ってみせる。実のところきき腕を縛られているのだ。腕を縛る縄は寝台の足に繋がれているので部屋からでることができない。もちろん切って逃げ出すことはできるが、そうしたら大好きな幼馴染が怒るのでしない。
その状況をごまかすために笑って見せただけなのだが、その微笑みに鼻血を吹いて倒れる隊員が続出。窓にへばり付いて笑顔を直視してしまった者に至っては、そのまま意識を失って後ろに倒れ、後頭部を強打して流血していた。
そんな事態に陥っているなんて夢にも思っていないフィオネンティーナは、ガレットを探して砦を走り回っている。ほどなくして鍛練情にぽつりと立ちつくす大きな影を見つけた。
「ガレット隊長。部外者向けの宿泊部屋を提供していただきたくて……あれ、隊長?」
見開かれたままの灰色の瞳が瞬きもせずに前を見つめている。何かおかしいと感じたフィオネンティーナはガレットの顔の前で手を振ってみるがまるで反応がない。
いったいどうしたんだろうと、今度は腕を伸ばしてガレットの肩を叩いた。
「うわあっ!」
銅像のように硬直したままだったガレットの大きな体が後ろに飛び退く。フィオネンティーナは何事だと驚き、腕を伸ばしたままの姿勢で固まった。
「あ、いや……リシェットか。すまない。何やら幻を見たような気が――」
現実に戻って額を押さえるガレットの様に、フィオネンティーナは乾いた笑いをもらした。もちろん目は全く笑っていない。
クインザに初めて遭遇する人の中には、今のガレットのようになる人が時々いることを思い出したのだ。改めてクインザの破壊力を実感し、何かを誤魔化そうとして笑ってみせた。
「隊長が見たのは幻でも女神でも天使でもなく現実です。彼はわたしの幼馴染で宮廷魔術師であるクインザ・バレロ。生きた生身の人間です」
「あれが幻ではなくて現実とはな。なんてことだ」
両手で顔を覆って悶えている。そんなガレットにフィオネンティーナは苦笑いを浮かべた。
クインザを初めて見た者はガレットの様に茫然自失状態に陥ることが多かった。神が創り出した奇跡の如き完璧な美貌に平伏し、拝み奉る輩も少なくない。カイルのように冷静な人間は極稀にしか存在しないのだ。
だがそれでも彼らはやがて慣れていく。
「美人は三日で飽きます。大丈夫、そのうち慣れますよ」
「三日もいるのか……」
そう答えたのはガレットではない。いつの間にか後ろに立っていたサイラスだ。
「隊長、ようやく正気に戻ったんですね。それからリシェット。あいつの見た目にやられて出血多量で医務室に運ばれる奴が続出してる。どうにかしてくれ」
「ええっ、なんでそんなことに。みんな免疫なさすぎよ」
面倒臭そうに腕を組むサイラスにフィオネンティーナは溜息を吐く。都では出血多量者続出なんてことにはならなかったのに。予想を超えた展開にどっと疲れが出た。
過去の人たちが経験してきたように、美人は三日もすれば誰もが見慣れるのだ。その後はクインザを無駄に色気をまき散らす美貌の男として冷静にみれるか、惚れて憔悴していくか――どちらに転ぶかまではフィオネンティーナの預かり知るところではない。
だがまぁ、クインザを長居させると多忙らしい司令官に迷惑をかけてしまいそうなので、面倒でも早々に帰す努力をしてみよう。
フィオネンティーナの赴任でカイルにどれだけの心労をかけたのか、なんとなく分かったフィオネンティーナは、ガレットにもう一度部外者用の部屋の場所を尋ねた。




