酒豪の二人
東の空が白み始める時刻になっても、フィオネンティーナとセイの対決は続いていた。
「いい加減潰れたらどうなのよ」
「それは白旗上げるって意味か」
「寝言は寝て言えっ――」
口調はしっかりしているものの、両者共に目はとろんと潰れかけている。同じテーブルに突っ伏して、眠い目をこすりつつなんとか持ち堪えている状態だ。
心配そうに成り行きを見守っていたタースとハイドは、とうの昔に椅子に腰かけたまま船を漕いでいる。ガレットに至っては、床に置かれた時のそのままの状態で眠っていて目覚める気配はない。
互いにいける口だ。普通の酒ではらちが開かないと、フィオネンティーナは自分用に買い占めた酒を提供して勝負に挑んだ。しかし敵もなかなかしぶとく、更に上をいく強い酒を出してくる。
両者一歩も譲らずの低レベルの戦いに、時折通りかかった者が何事かと興味を持っては覗き見ていた。
「だいたいさぁ、こんなところで飲んでる暇があるなら、司令官のお手伝いでもしたらどうなのよ」
「なんで俺がそんな面倒くさいことを進んでやらなきゃならないんだ」
「本当なら身分的にもあなたの役目じゃないの? 司令官って肉体労働向きなのに、きっと今もまだ机に向かって仕事してるわよ」
「だったらそこに転がってるガレットの方がよほど向いている」
セイは半眼開いてかったるそうに床に転がるガレットを顎で示した。確かにそうかもと、フィオネンティーナも納得する。
ガレットは真面目だ。とにかく真面目で責任感も強い。フィオネンティーナに関してはちょっとやり過ぎな面もあるが、きっと上手く仕切れるだろう。もしかしたら既に次期司令官として目を付けられているかもしれない。
「喜ばしいのか悪いのか……ガレット隊長は砦に骨を埋めるのかしら」
面倒見がよくて何かと助けてくれるガレットには、フィオネンティーナも好意的な感情を持っていた。いつまで経っても特別扱いだが、女性に対して態度を変えることができない性格ならもうしょうがないとあきらめるしかない。
フィオネンティーナはセイが持ち込んだ強い酒を一気に煽って、杯をドンッと音を立ててテーブルに置いた。
「あーっ! まだまだいけるわよ」
「俺もまだまだいけるぞ」
互いに酒を継ぎ、浴びるように飲んでいく。
「お前、確かまだ十八じゃなかったか? いったいどこでこんな飲み方覚えたんだ」
「女のくせに異常だ」と呆れるセイに、「負け惜しみ?」なのかとフィオネンティーナはにたりと笑って見せた。
「年は関係ないでしょ。あなただって随分若くして英雄になったそうじゃない」
「あれは偶然だ」
「騎士様ってのは偶然で敵陣に突っ込むだけじゃなく、敵の将に痛手まで負わせられるものなの? 魔術師には無理だわ〜」
何がおかしいのか、フィオネンティーナはからから笑い転げてしまう。
「可愛い妹が風邪ひいて鼻水垂らしてたんだ。俺はさっさと家に帰りたかっただけなんだよなぁ……それがあんな結果を招くなんて」
酒を煽りながらセイが愚痴りだした。
「帰れたんでしょ、ならよかったじゃない」
「そう簡単に話が済めばよかったんだけどなぁ。なんでこうなったかなぁ……」
愚痴るセイは青い瞳をどこか遠くに向けていた。それがあまりにもイメージと異なっていて、またその瞳が切なくて、ふと見とれてしまったフィオネンティーナは慌てて首を振る。
「やめてよそんな顔するのっ、虫唾が走るじゃない!」
フィオネンティーナはこいつは違う、最低の人間だと自分に言い聞かせる。
そんな態度にセイはムッとしてフィオネンティーナの肩を小突いた。
「お前さ、俺の素性知ってるくせに随分と失礼な態度だよな」
「わたしが今お相手しているのはセイ・ラキスと名乗る、わたしに不埒なことをした極悪非道な第一隊の隊長殿です」
「誰が極悪非道だ」
「あなたです。自覚ないなんて可哀想」
本気で哀れなものを見る眼差しを向けた。
しこたま飲んで多少気分が上気していても、相手は女に見境のない不埒者。身分をひけらかすつもりがないと分かっているので、フィオネンティーナはやりたい放題だった。
「それより朝にはどっかに行くんじゃなかったの。いい加減潰れてくれないと延長戦にもつれ込むわよ」
椅子に座った状態で腕を組んで船を漕いでいるタースが早朝立つとかなんとか言っていた気がする。ここで潰れても潰れなくても早朝立つなんてのは、この状態では到底無理に思えたが。
それにフィオネンティーナにだって今日も訓練があるのだ。砦の男たちからしたら遊びのようなものでも、フィオネンティーナには過酷な訓練。
一睡もせずに飲み明かして訓練なんて到底できたものではないが、そこは魔術師。上手い具合に手を抜くつもである。
もうなんでもいい。とにかく潰れろと、フィオネンティーナはセイの杯になみなみと酒を継ぎたした。
「で、どこへお出かけですか? まさか皆が頑張ってるってのに一人町にでて楽しもうってんじゃないですよね?」
「それもいい案だが、流石にまずいな」
セイはなみなみと注がれた自分の杯をフィオネンティーナの前にことりと音を立てて置いた。
「自分から仕掛けておいて悔しいが今回は俺の負けだ。愛しのフィオネンティーナがこれほどの酒豪だとは予想しなかったぞ」
セイはふらつきながらなんとか立ちあがった。
「は? 冗談じゃないですよ。納得できません!」
「納得も何もオレの負けだって」
「逃さないわよ!」
フィオネンティーナは、酔い覚ましの水を飲みに行こうとするセイの腰に腕を回して縋り付いた。本当は立ち上がって肩を掴み椅子に座らせたかったが、飲み過ぎて立ちあがる力が残っていなかったのでそうなった。
セイも支えがなくては立っていられなかったようで、フィオネンティーナに体重をかけられた途端に二人してその場に崩れ落ちる。
「絶対に潰すって決めたんです。それなのに負けを認めて戦線離脱なんて。そんな格好いいやり方は許せませんっ!」
「いやいや、まったく格好良くなんかないぞ?」
「酔い潰して無様にひっくり返る様を眺めながら祝宴に突入するつもりなのに!」
馬鹿なことを言い出したフィオネンティーナに、セイは一瞬きょとんとしたが、何が面白いのか手を叩いて笑い声を上げた。
「俺は自分を知ってるんだ。次を飲んだら確実に撃沈する。だから俺の負けで間違いない」
「だったら撃沈してください!」
「悪いがそうすると砦を出られなくなるんで却下だ」
「こっちこそ却下ですよぉ〜!」
床に転がって笑うセイにしがみついて、「絶対に逃がしません」と駄々をこねる。
「それを素面でやったら大歓迎してやるよ」
「嫌ぁっ、素面じゃなくて潰すんだから!」
「はいはい、分かった分かった」
そう言いながらセイは自分にしがみついた腕を引き剥がした。そうして争う声に目を覚まし、いまいち状況を把握できていない眠気眼のタースを手招きする。
「後は頼むぞ」
「え……あ、隊長?」
セイはタースにフィオネンティーナを押しつけると、タースの肩を使って何とか立ちあがった。「久々に限界を超えた」と頭を押さえながらも、なんとか自分の足で歩いて食堂を出て行く。
「待って、行かないで! 逃げるな卑怯者! あと一杯で撃沈するなら素直に沈んでみろってんだよっバカヤロ――っ!」
叫びながら這って追いかけるフィオネンティーナをタースが押し止める。「手を離せ!」と怒ったフィオネンティーナの肘が意図せず彼の鳩尾に入り、寝起きもあって油断していたタースは「うっ」と体をくねらせた。
タースの手を振り解いたフィオネンティーナは自力で立ち上がり、セイを引き留めようとして足を一歩前に出した。が、床に寝ていたガレットに躓いてしまう。
「あ、リシェット!」
鳩尾に肘を入れられて悶絶していたタースがはっとして腕を伸ばしたが間に合わず。
フィオネンティーナは床に向かって顔から落ちて行った。




