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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
アゼルキナへ
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砦の司令官



 腰まで届く漆黒の艶やかな髪に、黒曜石のきらめきを放つ瞳。肌は真っ白に透き通っていているが、頬はほんのりとピンクに色付き、決して不健康そうではない。唇は艶やかで、思わずかぶりつきたくなるほどに魅力的だ。顔つきが可愛らしくて幼い印象を受けるが、長い手足に、女性にしては高めの身長が十八歳という実年齢を物語っていた。


「フィオネンティーナ・リシェット?」


 アゼルキナ砦の責任者で司令官でもあるカイル・オーランドはあまりの出来事に驚きすぎて、砦に来て以来、刻まれ続けている眉間の皺を無くした。

 いつもは厳しく鋭い眼光を周囲に向けているのに、今ばかりは焼失させ、茶色の目を真ん丸に、口をぽかんと開けて、目の前の娘をだらしない姿勢で眺めながらその名を呟いた。


「――は?」


 カイルの口から間抜けな声が漏れてしまう。すると目の前の娘は、濃紺の制服を着崩して机に向かって腰かけるカイルに不審の眼を向けた。


「あなたはカイル・オーランド司令官ではないのですか?」


 細められた漆黒の瞳は冷たい。

 カイルは慌てて椅子から立ち上がると、開けたままになっていた制服のボタンを留め、寝癖がついたままの髪を手櫛で梳いて身なりと姿勢を整える。

 

「ああ、俺がカイル・オーランドで間違いない。俺がここの司令官だが……」


 なんでこんなところに女がいるんだと、カイルは停止してしまった思考をフル回転させた。

 別にアゼルキナは女人禁制でもない。ここから馬車で半日ほどの町から月に一度、娼婦たちが稼ぎにやって来たりもするし、物売りの行商に女だっているのだ。

 だが目の前の娘は娼婦や行商には見えない。そもそも彼女らはつい先日やって来たばかりなので違うだろう。 

 いやいや……第一に目の前の娘は、自分達と同じアルファーン帝国の騎士がまとう詰襟の上着を見に着けているので娼婦や行商であろう筈がない。

 しかし色は黒。

 騎士のカイル達が濃紺なのに対して、黒い上着だ。

 黒髪黒目に制服まで黒と、黒尽くめの可愛らしい娘が自分を不審そうに見つめている。

 自分の名を口にしながら、カイルは冷静に頭を働かせようと混乱した頭の中の整理を始めた。

 

 対してフィオネンティーナは、「ここは精鋭たちが集まる砦ではなかったのか?」と思いつつ首をかしげる。自分が司令官だと告げる男を前にして多少の不安を覚えながらも、「そうですか、それなら良かった」と返した。


 フィオネンティーナは都から砦に到着するまでの二週間の道程で、アゼルキナに駐在する騎士の名と年齢、そして簡単に記された経歴を完璧に記憶していた。

 騎士団の団長が職務を放り出して徹夜で仕上げてくれた資料は、出発当日に魔法師団の団長の手でフィオネンティーナに手渡された。

 それによると、砦の責任者であるカイルは赴任五年目で、司令官歴二年の三十七歳。離婚歴あり。

 茶髪に茶色の目、大柄で厳つい顔に鋭い目つきが特徴と記載されていたのだが……。

 目の前の男は確かに大柄だが、子リスの様に目を見開くただのおじさんにしか見えない。

 それでもここは司令官室。フィオネンティーが入室した時、彼はブーツを履いたまま両足を机に乗せるという、とてもだらしない姿勢で堂々と座っていたので、彼が責任者の司令官で間違いないだろう。


「フィオネンティーナ・リシェット。本日付でアゼルキナ配属になりました。任期満了までの三年、精いっぱい努めますのでよろしくお願いいたします」


 入室と同時に最初にしたのと寸分違わぬ同じ挨拶をしてみせれば、カイルは目を丸く見開いたまま幾度となく瞬きを繰り返していた。


「お前、魔術師だろ?」

「そうですが?」

 

 騎士が纏う濃紺の制服に対して、魔術師は黒で丈も長めだ。

 当たり前の質問にフィオネンティーナは目を細めると、逆にカイルは更に目を丸く見開いて、太い人差し指をフィオネンティーナへと突きつけた。


「女だろう?」


 魔術師で女、他に何に見えるというのか。流石にむっとする。

 これまでの人生で一度たりとも男に間違われたりした記憶はないし、人並みに胸も尻も出ている。「どこからどう見ても年頃の魅力的な娘だ!」と、フィオネンティーナは心の中で叫んだ。

 

「急な異動でしたので。もしかして配属書が届いておりませんでしたか?」


 流石におかしいだろうこの反応。キグナスと国境を交える重要な砦。その砦の主たる司令官に話がまったく通じていない様子なのだ。


 フィオネンティーナの不審な者を見る視線と言葉を受けたカイルは、はっとして身をかがめた。足元のごみ箱をあさるためだ。

 五日ほど前、時期外れの配属書が一枚、都から届いていたのを思い出したのだ。

 砦への配属は年に一度と決まっている。時期外れの配属は訳あり問題大ありの騎士が飛ばされてくるといった意味合いを持っていた。

 また厄介事かとうんざりしながら目を通してみれば、所属欄に「魔術師」との記載があった。

 所属欄のみを確認して、「なんだ、別のところか」と、書類が間違って紛れてきたと勝手に思い込んだ。

 書類は返却することなく、その場で足元にあるゴミ箱へ。

 その出来事を思い出したカイルは慌ててごみ箱をあさり、底に丸められくしゃくしゃになった一枚の紙を見つけて開く。

 そこには「配属書。魔術師フィオネンティーナ・リシェット。十八歳。女……云々の文字が。しかもどういう訳だか、決裁印が騎士団長でも魔術師団長でもなく、皇帝が使う御璽になっているではないか!

 これはいったい……。


「偽造?」


 もう嫌な予感しかしない。


「本物ですよ」

「うわぁっ!?」


 大きな男が身を屈めてごみ箱をあさる様を、可愛らしい小娘が執務机越しに覗き込んでいた。

 必要以上に近い距離から声がかけられ、驚いたカイルは立ちあがろうとしたのだが。

 勢いのまま立てば、自分の頭が彼女に激突してしまうと思い至り、身を翻すと足がよろめいて尻餅をついた。その拍子に椅子の角に頭をぶつけてしまう。


「――っ!」

「司令官殿、大丈夫ですか!?」


 驚いたフィオネンティーナが机を回り込んで助けようとしていたが、カイルは大丈夫だと大きな手で静止させる。そして痛む頭を押さえてゆっくりと立ち上がった。

 

「なんで魔術師がこんな場所に配属されるんだ?」


 数が少ない魔術師は貴重な存在だ。

 戦となれば話は別だが、これまでにアゼルキナ砦に常駐させられた過去はない。

 そしてカイルの知る限り、女も、だ。

 こんな男の巣窟にたった一人の女、しかも年若い娘を配属させるなんて狼の群に子羊を放り込むようなもの。いったい誰がこんな許可をと配属書に視線を落とし、「ああ、皇帝陛下か」と、カイルは舌打ちする。

 自分が司令官を務める時になんてことだ。どうしてこんな厄介事が持ち込まれなくてはならないのか。カイルは心の内で愚痴った。


「なんとか理由を付けて返品したいのだが?」


「お前もこんな場所嫌だろう?」と視線を向けると、フィオネンティーナは忖度なく正直に頷いた。


「確かに嫌ですが、嫌だと言うのも嫌です」

 

 苦虫を潰したような表情を浮かべるフィオネンティーナに「お?」と、カイルは打ちつけた頭をさする手を止め興味を持つ。

 どうやらこの娘は気が強そうだ。数が少なく貴重で大切にされている魔術師が、こんなところに配属されるなんてよほどのこと。彼女の性格に難があるのかもしれない。

 

「何をしでかした?」

「特に何も」

「何もしてない魔術師がこんな場所にいる筈がねぇだろ?」

「――メリヒアンヌ皇女絡みです」


 その言葉にカイルは目を瞬かせた。

 やがてゆっくりと見開いた瞳を閉じて、いつもの鋭い目つきに戻る。眉間には深い皺が刻まれた。


「成程なぁ。男か?」


 にやりと口角が持ち上げられる。ふいと目を逸らして答えないフィオネンティーナに、カイルは喉を鳴らして低く笑った。


「十二、三年前だったか。近衛の命を受けた俺は、メリヒアンヌ皇女付きとして初めて皇女の御前に出た。が、一瞥されて任命当日に近衛を首になったぞ」

  

 可愛い娘に皇帝が用意した最高の護衛。だが厳つい男が視界に入るのを皇女は許さなかった。

 その後、幾多もの実力ある騎士が護衛としての任を賜ったが、その殆どが近衛就任当日に解任される始末。


「その頃からああだったのですね」

「今も変わらずかよ」


 カイルは面白くて笑ったが、フィオネンティーナは心底嫌そうに顔をくしゃりと顰めた。




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