歓迎会
深夜の食堂の片隅で、第六隊に所属する三十人余りが酒盛りに興じていた。
誰一人として欠けずに集まった会の中心には可愛らしい黒髪の娘が一人。この飲み会、「新入りの歓迎会はいつやるんだ?」とジャフロがなんの気なしに呟いたのがきっかけだ。
第六隊では新しい仲間が入ると早々に新人歓迎の酒盛りを行うことになっている。なのにフィオネンティーナが配属されたときには、誰一人として酒盛りの存在を思い出さなかった。
フィオネンティーが配属されてからひと月は過ぎている。同じ部隊の仲間として認めていなかったことを実感した彼らは一様に後ろめたさを覚えつつ、同時に「誘ってもいいのか?」との疑問を抱いた。
大勢の男たちの中に女が一人。しかも若くて可愛らしい女性。飲ませて不埒なことをしようと企んでいる……と思われるのではないかと恐れたのだ。
フィオネンティーナは軍部に所属しているが、その実力は彼らの足元にも及ばない。けれど彼女には魔術という、ほとんどの隊員が経験したことのない武器を持っている。司令官がやられた記憶も新しく、下心があると思われて魔術の餌食になりたくない。誘った途端に医務室行きになるのは避けたいが、あわよくばと考えている隊員も少なくなかった。
そんな彼らの心配をよそに、サイラスが代表して誘うと「一緒に飲めるの? 嬉しい!」と上機嫌な言葉が返ってきた。持ち込まれた大量の酒からして、彼女が酒好きなのは誰の目にも明らかだったのに何を警戒していたのかと、隊員たちはほっとしてフィオネンティーナに対する緊張を解いた。
しらふなら紳士的な態度を取れる隊員がほとんどだが、酒が入るとやはり男の集団。卑猥な会話が飛び出してきたりもする。そんな中に女がいるとどうなるのかと心配する真面目な隊員もいた。すると歓迎会をいつも欠席するガレットが「俺も参加しよう」と珍しく声を上げた。
堅物で真面目が売りの隊長が参加するなら心配ないだろう。
こうして新人歓迎という名を借りた、ただの盛大な酒盛りが始まったのだが――。
フィオネンティーナが土産にと持ち込んだ樽酒で乾杯をした途端、ガレットはつぶれて眠ってしまったのだ。
酔っぱらった男たちを制御するストッパーとして期待していたガレットの撃沈に、隊長の隣で乾杯したサイラスはぎょっとし、フィオネンティーナは「ガレット隊長は下戸だったんですね」と陽気に笑った。
フィオネンティーが酒を片手にガレットの瞼を持ちあげても反応を示さない。たった一杯空けただけでこの状態なら、マルム酒を勧めるときには自室で飲んでもらおうと心にメモする。
「どおりで飲み会に顔を出さないわけだな」
どこから取り出したのか、隊員の一人がペンを手にガレットの顔に落書きを始めた。すると「おまえだったのか!?」とどこからともなく声が上がる。どうやら声の主は酔い潰れた際、顔に悪戯書きをされているようだ。おそらく次に酔いつぶれるのは彼だろう。フィオネンティーナは男に同情する。
「なぁリシェット。この酒って水で薄めて飲むんじゃないのか? けっこう強いぞ」
無色の酒を舐めるように飲みながら、サイラスがフィオネンティーナの隣に腰を落ち着けた。
どうやらガレットが早々に潰れてしまったので気を遣ってきてくれたようだ。
「そうかな? わたしはこのままでも大丈夫だけど、もしかしたらそうかも。隊長は知らずに飲んじゃったのね」
ガレットのことだ、最初の乾杯だけは付き合って後は監視に徹しようと考えていたのだろう。フィオネンティーナが土産に持ち込んだ樽酒は飲みやすいが結構強い。下戸には不向きだ。知っていたら忠告したのになと、顔に落書きされているガレットを見守っていると、酒瓶を持った隊員たちが寄ってきた。
「ずいぶん自信があるな。どのくらいいける? 俺と飲み比べるか?」
「やってもいいけど多分わたしが一番強いですよ?」
「おっ、いい返事だな。まずはいっぱい飲め」
杯が空いたそばからどんどん注がれていく。
「先輩もどうぞ、お注ぎします!」
「美人に注がれたら酒がますます美味くなるな」
他の隊員たちも酒が入ったお陰で心を開いてきたのか、フィオネンティーナに対して軽く口を聞いてくれるようになっていた。
厭味にならないようにこやかに返すとさらに会話の輪が広がる。やがて打ち解けてきたところで、一人の隊員がフィオネンティーナとサイラスの間に割り入った。
「リシェットは皇女の男を寝取ったのが原因で異動させられたんだってな。それは本当なのか?」
投下された爆弾にフィオネンティーナは目を見開いた。その後すぐに眉を顰めてから、ゆっくりと溜息を吐き出す。あの時を思い出して怒り心頭、暴言を発しないために自分自身を落ち着けたのだ。
そうして捻じ曲げられた左遷理由を正そうとしたところで、興味を持っていた他の隊員からも矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
「皇女の男って、あの顔だけの近衛か?」
「あんな顔だけの奴らのどこがよかったんだ?」
「やっぱ顔か?」
「あ――っ、やっぱ顔がいいと得だよなぁ。顔だけで近衛になれんだぜ?」
「お前は近衛志望なのか?」
「違うけど。けどさ。やっぱ花形じゃないか」
「やっぱり顔だよなぁ……」と落ち込む隊員たち。大きな男たちがそろいもそろって肩を落としている。
てっきり寝取りについての質問攻めにあうとばかり思っていたが、彼らの関心は微妙にずれているようだ。
情けない。何がって、ここにいる隊員たちが。
フィオネンティーナは杯を一気に煽るとテーブルに叩き付けた。
肩を落としていた男たちはびくりと身を縮め、何ごとかと居合わせる全員の視線がフィオネンティーナへと向く。そんな彼らをゆっくりと見渡してから、大きく息を吸い込んだ。
「なぁ〜にを落ち込んでいるんですか!」
フィオネンティーナは拳を握りしめた。
「あんな顔だけの奴らのどこがいいって、やっぱり顔でしょう。でもですねっ!」
フィオネンティーナは空いた杯に酒を要求する。直ぐに誰かが注いでくれたので一気に杯を煽った。
「先輩方の方が皇女の近衛なんかより何百万倍も素晴らしいですよっ!」
拳を握りしめて力説するフィオネンティーナに、最初に「皇女の男を寝取って異動させられたらしいな」と聞いてきた男が苦笑いを浮かべた。
「有り難いけど、さすがにそれはちょっとおだて過ぎだろ?」
「え、どこがですか?」
「え……どこがって……」
彼は真顔で問い返したフィオネンティーナの様に言葉をなくして、ちょっとびくついた。
「わたしに蹴飛ばされただけですっ飛んで行きそうな、外見だけに気を配る近衛とは名ばかりのキラキラ集団と先輩方を比べるのすら馬鹿馬鹿しいのに、どこがおだて過ぎなのかご説明いただけませんでしょうか!?」
メリヒアンヌ皇女に係ることだとつい熱が入ってしまう。
確かに皇女の近衛はキラキラしい見た目の近衛で固められている。けれど中身はスッカスカだとフィオネンティーナは思っていた。
そんな近衛にアゼルキナの騎士が劣るはずがない。比べるのすらおこがましい。なにしろアゼルキナにきてからというもの、鍛えられた肉体を持った男たちが半裸でうろついているなんて珍しくないのだ。彼らの訓練を間近で見ていることもあり、あのひょろっとしたなよなよしい近衛相手に落ち込む隊員の気がしれない。
……といったことを力説したフィオネンティーナだったが、唖然と自分を見つめる一同の姿に気づいて、「コホン」とわざとらしく咳払いをした。
そもそも皇女と顔だけ近衛を守る、「真の近衛」がいるのだ。真の近衛は彼らに気付かれない場所にいて有事に駆け付けられるようにしているが、皇女の視界に入るといけないのでかなり離れたところから見守っている。これって近衛の意味あるのか? と誰もが疑問に思うくらいに遠くから守っているのだ。
フィオネンティーナには都に騎士の友人もいるが、その友人や真の近衛よりもここにいる隊員の方が優れていると確信している。素人に等しいフィオネンティーナがそう感じるほどだから間違いないだろう。
「えっと……最初の質問にお答えいたしますと、皇女の男を寝取ってなんていません。あんな顔だけ近衛に興味すらありません。誰がいるのかも知りません」
顔だけ集団に興味を持つ女だと思われたくはない。本来なら剣術を筆頭に総括的な実力で判断されるべき近衛の職が、メリヒアンヌ皇女の我儘で娯楽的なものとして扱われているんじゃないだろうか。
まぁ皇女付きではない近衛は実力主義なので、メリヒアンヌの周囲に限ったことではあるが。
「じゃあ異動の本当の目的ってなんだ。やっぱり俺らの過去の過ちを根掘り葉掘り問題にして除隊させようって魂胆なのか?」
「なんですかそれ。先輩方は騎士の中でも選りすぐりの実力者なんですよね? 除隊にしてどうするんです? わたしは密偵ではありませんよ」
除隊させるような力があるならセイを真っ先に王都へ追いやって……いやいや、権力に屈しないと誓った自分がそれを考えてどうするのだと、フィオネンティーナは首を振った。
「そらならどうしてこんな場所に?」
話をしている間にも空になった杯には酒が注がれる。それをフィオネンティーナは次々に飲み干していた。慌てたサイラスが隊員たちの杯にもなみなみと酒を注いで飲ませていく。そんな彼の心配をよそに、フィオネンティーナは注がれるたびに勢いよく杯を空けた。
メリヒアンヌ皇女のせいで苛ついたが、美味しいお酒のお陰で気分が上を向いてくる。
「それはですね。わたしの幼馴染がとびきりの美人で……と言っても男ですが。その幼馴染に皇女が手を出そうとしたんですよ。魔術師を隣に侍らせたいって馬鹿なことを言いだしましてね。もちろん幼馴染にその気があるのならどうでもいいんですが、嫌がるだけじゃなく、わたしの布団に潜り込んで脅えて泣くんですよ。そうなるとさすがに黙っちゃいられないってんで一言申し上げましたところ、この有様ってわけです」
白い肌をほんのり赤く染めて饒舌になるフィオネンティーナに、その顔はやばいとサイラスが焦るが、そんな彼の献身的な働きのお陰で、フィオネンティーナを取り囲む隊員たちは彼女以上に酔いが回っていた。
ガレットは眠ったままで役立たずだが、静かに見守り聞き手に徹している熊親父のジャフロがいる。
彼はどんと腰を据えてしっかりした眼差しを周囲に向けていた。せわしなく酒を注いで回るサイラスと目が合うと、髭だらけの口元をにっと上げて笑って見せた。
「布団に潜り込んでって、そういう関係なのか?」
「じゃあ皇女の方が横恋慕してきたってことだな」
酔っているようで彼らにとって大事なところはしっかりと聞き逃さない。「なんだ、やっぱり男がいるんじゃないか」と項垂れる隊員に、すっかり上機嫌のフィオネンティーナはしなくてもいい訂正をしてしまった。
「そんなんじゃないですよ。姉と弟……兄と妹みたくして育ったんです。確かに恋人のふりをすることもありましたが、お互いに男女の気持ちなんてありませんから」
そもそもあんな綺麗な男の隣で、相手がメリヒアンヌ皇女とはいえ堂々と恋人宣言した自分もかなりずうずうしい。思い返すとおかしくなって笑い転げた。
フィオネンティーナが何を面白がっているのか分からないまま、杯を空ける独り身の男たちは「恋人」の二文字に夢を抱く。
「兄と妹って、そう言ってもできてたりするんだよなぁ」
「それが本当ならリシェット、俺と付き合ってみる気ない?」
「誰がお前なんかと付き合うか!」
フィオネンティーナの代わりに誰かがお断りの声を上げると、「堂々と抜け駆けするんじゃねぇよ」「早いものがちだ!」「ばかやろー」と罵声が飛ぶ。さらにはどさくさまぎれに交際を申し込んだ男は、近くの仲間に殴られてそのまま倒れ込むと高鼾を上げ始めた。
昼間の過酷な訓練で疲れているのにかなりの量の飲酒をしたのだ。撃沈しても仕方ない。
それにしても男の集団は過激だなぁと思いつつ、フィオネンティーナはご機嫌で杯を煽り続けた。
*****
酒の臭いが充満する深夜の食堂には酔い潰れた三十人余りの男たち。
サイラスは辺り一帯をぐるりと見渡すと、腰に手を当て溜息をついた。
「女のくせに化け物並の飲酒量だな」
振り返った先にはテーブルに肘を突いて、味わうように杯を傾けているフィオネンティーナがいた。
いくらサイラスが男たちに酒を注いで回っても一人では限界がある。フィオネンティーナは酔い潰れる彼らをはるかに凌ぐ酒を飲んだ筈なのに、顔を赤くして酔ってはいるようだがちゃんと己は保っているようだ。
「お酒なら誰にも負けないわ。ご希望ならこれから勝負してもいいわよ?」
「勝てる気しないからやめとくよ」
サイラスはほとんど飲んでいないが、この状態のフィオネンティーナを相手にしても勝てるとは思えなかった。誘いに乗ったら撃沈する自信がある。
「それに明日が怖いしな」
サイラスはガレットに視線を向けた。彼は最初の一杯で潰れた状態のまま眠り続けている。最も飲酒量の少ない……たった一口しか飲んでいないガレットはまず大丈夫だろうが、周囲に転がっている野郎共は浴びるほど飲んだ。明日の訓練は間違いなく地獄だろう。
フィオネンティーナが心配で注ぎ手に回ってよかったとサイラスは胸を撫で下ろす。たとえフィオネンティーナの飲酒量が常人の予想をはるかに超えていて無駄な世話だったとしても、注ぎ手に回ったおかげで二日酔いにはならないだろうから。
「サシ飲みとかしていたのか?」
「あるけど勝負なんかしてないわ。いつもは相手がこれ以上無理って感じか潰れるかなのに、わたしはまだまだ序の口なの。いつも一人で飲みなおしていたから、勝負しても大丈夫かなって思って」
自信があるのかないのか――まぁこれだけ飲めれば忠告しても意味がないような気もするが。
「ねぇサイラス。砦一の酒豪ってわたしだと思う?」
「知らねぇよそんなの。それよりこれどうすっかな」
サイラスは酔い潰れた男たちを見回した。唯一頼りにしていたジャフロもいつの間にやら大の字になって転がっている。
風邪をひく季節でもないしこのままにしておこうとも思うが、朝までこの状態だと起き出した調理人達に文句を言われるだろう。だからといって三十人余りの男を一人づつ抱えて部屋に運ぶのも無理だ。
何気にフィオネンティーナに視線をやると、「あ~美味しい」と満足そうに酒を楽しんでいる。呑気な姿に、悩めるサイラスは再び溜息を落とした。




