第一隊について
アゼルキナ砦には一から六までの隊がある。彼らは僅かな食料と水を持って順番に十日間の演習に入るのが常だ。少ない食料を補うために砦周囲の森で自給自足をしながら、最終目的である隊長捕獲に向かって突き進む。
十日のうちに隊長捕獲に成功した隊は帰還した後、一日だけだが特別休暇が与えられた。
隊長捕獲に直接手を下した者には、追加で更に一日の休暇が追加される。そのため隊員たちは血眼になって目標である隊長を追いまわすのだ。
最終日になるとほとんどの隊では隊長が情をかけて隙を見せてくれる。頃合いを見はかって捕獲の印である赤インクを受けれくれるのだ。
しかしそれを見越して隊員が手を抜いた場合、隊長は本気で部下を打ちにでる。最悪な場合は数人を残して逃げ回り、延々と演習が続いて行く事態に陥ったりもする。
そんな中で必ずといっていいほど演習が十日を超え、時にそれが三十日にも及んでしまう隊が存在した。
それこそが第一隊、セイ率いる迷惑部隊だ。
実のところ迷惑なのはセイ一人、その迷惑を被るのは三十人ほどの隊員たちである。厄介な隊員が配属されても、好き勝手なセイの行動に巻き込まれてひどい目に遭い、やがては真っ当になるという不思議が起きる。
セイは身を隠すのも、隊員を脱落させるのもどの隊長よりも抜きん出て上手かった。
演習中に隊長から赤インクを付けられた隊員は戦線離脱し、演習終了までの残りの時間をただひたすら森で過ごすことになる。
森を逃げ回って隠れられるだけならまだいい。ある時などセイは勝手に森を抜けて町へ繰り出し、あろうことか娼館で女遊びに耽っていた。
演習の森は広大ではあるが、いないのだから探しても見つからない。
偶然にも町へ買い出しに出た第六隊の隊員が、何日も娼館に入り浸っているセイを見つけてガレットに報告した。
報告を受けたガレットはわざわざ町へと足を運んで、逃げようとするセイを捕獲して訓練に戻す……という過去が、少なくない回数あった。
隊長たるセイがまともに参加していないのだから隊員たちもたまったものではない。
十日の予定が一日、また一日と過ぎて行くにつれ隊員たちの焦りも募る。そんな中で隊長がいつの間にか戦線離脱し、遊び呆けるなんて言語道断。
という過去が幾度となくあるので、あの時フィオネンティーナを飛び越えて行った二人の隊員はかなり焦っていたと思われる。
ガレットからそう聞かされたフィオネンティーナは、「なるほど」と頷きかけてはっとする。とんでもないと横に頭を振った。
「いけない。同情してつい許してしまうところだったわっ!」
フィオネンティーナはあの時、襲われている女を見捨てる発言をした第一隊隊員の影を思い浮かべた。
二つの大きな影がフィオネンティーナを飛び越えたのだ。
アゼルキナではごく当たり前の、その辺にいる鍛え上げられた男たちだった。情報がそれだけなら彼らが誰なのか分からなかっただろう。
だがフィオネンティーナは、二人が発した声をきっちりと記憶していた。
きっとすぐに見つけられるだろう。いや、見つけてやる。どんな理由があるにしろ、綺麗にして早々泥だらけになった恨みは消えない。
フィオネンティーナは自分は意外にも根に持つ性質だと気付かされる。
第一隊に交じって片っ端から声をかけて行けば直ぐに見つかりそうだが、一隊はセイの手の内だ。のこのこ出向いては何をされるか分からない。
もちろん魔術で反撃する手もあるが、今朝方魔術での攻撃を受けて早々に復活していた。痛い目を見せるとなると全力でかからなくてはならないだろう。
そうなると殺してしまいかねない。防がれる可能性もある。でも殺ってしまうかもしれないのだ。
恨みはしても命をとるまでじゃない。戦争を知らないフィオネンティーナは、過剰に傷つけることを恐れていた。
なんにしてもセイはフィオネンティーナのペースを持って行ってしまう、たいへん扱いにくい男だ。
セイへの復讐はじっくり計画を練ってからでないと成功しそうにない。
ガレットの話によるととんでもない相手のようだし、常識を逸脱した輩のように感じる。そんなのとまともに張り合っても勝ち目はないだろう。そもそもあの男に話が通じるのかすら疑問だ。
体を使った訓練で疲れ果てたが空腹は覚える。なんて健康的なんだろうと、ガレットの隣で昼食をとりながら演習内容の講義を聞いた。
配属されてからそれほどたっていないが、見学が主で自分が所属する隊の演習内容すら知らなかった。昨日のことがなかったら今日も知らないままだったに違いない。フィオネンティーナはどれだけやる気がなかったのだろうかと痛感した。
こんなのだから隊の一員として認められないのだ。ガレットもフィオネンティーナを客人として扱っているのかもしれない。
宮廷魔術師はぬるま湯の中で育つ。過去には他の追随を許さない軍事力として帝国を守り、領土を広げるために最前線で活躍していた。
けれど今はその面影もない。数を減らした魔術師を溺愛する現在の魔術師団長が先の皇帝と約束を交わして、人権を否定して兵器としての扱いを受けていた魔術師を解放させたからだ。
名目上は宮廷魔術師団として存在しているし、実際に攻撃に特化して戦場に立てる実力がある魔術師もいる。けれどそれはあくまでも個人としてで、国や魔術師団長がフィオネンティーナたちにそうしろと命令することはない。身を守る術は教えられても、軍人としての心構えや、まして戦場にたつ存在としての教育は受けていなかった。
だからだろうか。短いながらも人生を振り返っても、何かをやり遂げた実感なんて何一つない。
なのに砦の住人は泥と埃にまみれ、極限まで肉体と精神を鍛えて訓練に励んでいる。
フィオネンティーナはアゼルキナに来たことで、嫌な出来事を経験してしまったが、お陰で視野が広がった。
今も目的は任期満了で変わりない。それでもガレットから話を聞いて砦に馴染みたいと、意地や損得ではなくそう思うようになってきていた。
アゼルキナ砦の魔術師になりたい。
有事の際には命を懸ける彼らと肩を並べるためにもそうなりたい。
お飾りの宮廷魔術師なんてここでは不要で、珍しがられて終わるだけだ。
彼らと対等に扱ってもらうには、仲間になるにはどうするべきなのか。
ここでの生活を楽にするために、彼らの気持ちや思惑を利用するのは狡猾すぎる。
そう考えるとたった今まで怒っていたはずなのに、深い反省の気持ちが芽生えてきた。
そんなフィオネンティーナを、先に昼食を終えたガレットが優しく見つめている。
隊長職は忙しいはずだ。なのにフィオネンティーナの側にいて見守っているのだ。明らかに他の隊員とは扱いが異なりすぎている。
「隊長はいつまでわたしに気を使われるのですか?」
「リシェット、お前は俺たちとは違う。軍部に在籍していてもか弱い女でかることに変わりがないんだ。しかも男ばかりのアゼルキナに配属されるなんて、俺からしたらとんでもないことだぞ。お前は守られて当然だ」
「そうですね。隊長からすると、わたしを殺すなんて簡単なんでしょうね」
「リシェット?」
何を馬鹿な事を言っているのかとガレットが眉を顰めた。
この人は理解できるはずだ、守られる存在がいざという時には邪魔なだけだということを。それを忘れているのは、やはりフィオネンティーナがここでは異質な存在だからだろう。
王女の不興を買って追いやられた、可哀想な宮廷魔術師。真綿で包み込んで首を絞めるのはこの人だ。
それを伝えてもガレットは理解しない。彼にとってフィオネンティーナがか弱い護るべき女性である限り、ガレットの考えは変えることができないだろう。
「午後からの体術にもみんなに混ざって参加しますから」
「いや、それは。いつも通り見学でいいぞ」
「しますからっ!」
「いや、何かあったら……」
「よろしくお願いしますね」
「あ、ああ……」
フィオネンティーナが強く言って睨むとガレットは尻込む。
体術は二人一組になって互いに組み合う肉弾戦だ。体が触れるので遠慮かせたいのだろう。フィオネンティーナだって昨日までは筋骨隆々の男と組み合うなんて想像すらしていなかった。
フィオネンティーナに圧されたガレットは何やら考え込んでいる。恐らく人選しているのだろう。
そこに二つの影が落ちる。
食事を口に運ぼうとしていたフィオネンティーナは手を止め、ガレットはなんの用だと言わんばかりに冷たく刺すような視線を向けた。




