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アゼルキナ砦の魔術師  作者: momo
アゼルキナへ
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納得いかない異動




「ほんっ――当に、申し訳ないっ!!」


 幼馴染の青年がすり減った古い床に両手を突いて土下座すると、彼の見事な金髪が床に広がった。

 フィオネンティーナはそれを一瞥すると、いったい何度目かになるか知れない溜息を落とす。


「もういいわ。それにクインザだけのせいじゃないし」


 フィオネンティーナは再度溜息を落とすと、目の前にある少ない荷物の片付けを再開した。

 明朝には寮を出て旅立たねばならないのだ。少ないとはいえ、手を動かさなくては旅立ちを前に眠る時間がなくなってしまう。


「しかしフィオネンティーナ。君は私のせいでアゼルキナ砦へ行かされてしまうんだぞ!?」


 アゼルキナ砦。

 その砦の名を耳にした途端、フィオネンティーナはまたもや溜息を落とすと、壁に背を預けて脱力した。


「やはり私がメリヒアンヌ皇女に掛け合って許しをもらってこよう!」

 

 クインザが両手をついたまま頭を上げた。フィオネンティーナは「冗談じゃないわ」と彼を怒鳴りつける。


「馬鹿言わないで。こんなことで権力に屈するなんて絶対に許さないんだから!」

「こんなことって……フィオネンティーナ」

 

「あのアゼルキナ砦なんだぞ」と、眉目秀麗なクインザの眉が情けなく下がる。そんな彼をフィオネンティーナは漆黒の瞳でキッと睨みつけた。


「三年よ、たった三年。その三年、アゼルキナ砦での任務を立派に務めて帰ってきてやろうじゃない。だからいい? クインザも絶対にメリヒアンヌ皇女の毒牙にかかったりしないでよね。分かってるわよねっ!?」


 可愛らしい顔を鬼の形相に変えてクインザに詰め寄る。

 クインザは今にも取って食われそうな感覚に襲われ、カクカクと頭を上下に振って「誓うよ」と返事をした。


 アゼルキナ砦。

 それは広大なアルファーン帝国の最西にあり、軍事国家キグナス王国と国境を交える。

 キグナスは若き新王の時代になってから、もともと優れていた軍事面にさらに力を入れ、大陸の半分を国土に持つアルファーン帝国をも脅かす存在へと成長していた。

 

 八年前、キグナスに新王が即位して間もなく、アルファーンは当時十四歳であったメリヒアンヌ皇女をキグナス王の妃として差し出そうとした。

 しかし綺麗なもの好きな皇女は、キグナス王の絵姿を確認した途端にそれを拒絶。武力で相手を従えようとする野蛮な王が相手では嫌だ、そもそも美しくないから絶対に嫌だと駄々をこねたのだ。

 帝国の未来がかかっているのだ、皇女の我儘で国を危険に晒すわけにはいかない。アルファーンの皇帝ラインウッドが説得に説得を重ねて、ようやくメリヒアンヌの首を縦に振らせたと思いきや。キグナスの王は他国より見目麗しいと噂される皇女を妻に娶り、王妃の座に就けた。さらには政略結婚にもかかわらず、夫婦仲は大変よいらしい。

 キグナスの王は側室を持たないと宣言し、メリヒアンヌは用無しとなってしまったのである。


 若く雄々しいキグナスの王はアルファーンの領土を狙っていた。そのため近年、アゼルキナ砦には多くの優秀な騎士が任務として送られ続けていた。

 両国間で万一にも問題が起きれば真っ先に砦が戦場になる。アルファーンへの侵攻を許してはならない。だからこそアゼルキナ砦には精鋭たちが集わされているのだが……何しろ男所帯だ。

 しかも実力主義なため、貴族出身のような礼儀正しく見目麗しい、洗練された騎士なんていない。いたとしても一人か二人だろう。

 砦の騎士のほぼ全員が荒くれ者に近い。

 本当に実力だけ・・・・はある男たちばかりが集まっているのである。


 フィオネンティーナはそこに送られる羽目になってしまったのだ。

 原因は我が儘で、今となっては行き遅れになってしまったメリヒアンヌ皇女。

 護衛や友人と称しては、常に見目麗しい男連中を侍らせている皇女は、国内でも一、二を争う美貌の持ち主に目を付けた。


 宮廷魔術師団に在籍する数少ない貴重な魔術師で、淡い金髪に、どんな女性をも虜にしてしまう神秘的に揺らめく紫の瞳。優しく微笑みを浮かべれば、本人にその気がなくとも数多の女たちは恋に落ちる。


 名をクインザ。

 情けなくもフィオネンティーナの前に土下座する彼女の幼馴染である。


 この幼馴染、フィオネンティーナとは生まれた頃からの付き合いだ。

 母親が共に宮廷魔術師で、双方同じ時期に結婚。一年違いで出産した。

 貴重な魔術師は婚姻しても家庭に入らず出仕を強要され続けるので、二人は王宮内にある託児所に預けられた。フィオネンティーナの方が一つ年下だが、クインザとは姉と弟のようにして育った。

 今年でフィオネンティーナは十八歳、クインザは十九歳になるが、勝気なフィオネンティーナが内気なクインザの面倒をみる構図は幼ないころから変わっていない。


 クインザの見た目は金髪に紫の瞳と、物語に出てくる王子様のような姿をしている。そのせいで、女子とごく一部の特殊な男子には大人気でたいへんもてた。

 しかし残念ながらクインザは女子に興味が薄く、特に擦り寄ってくる相手が大の苦手だ。

 もちろん男色の気はないが、なにぶん押しに弱いせいで幾度となく危険にさらされている。その度にフィオネンティーナは助けを求められて仲裁に入っていた。

 それがいつの間にか二人はできていると噂が立ち、フィオネンティーナは男女双方から嫉妬の眼差しを向けられるようになっていた。


 まぁそれはどうでもいい。痛くも痒くもないのだし、向こうが勝手に勘違いしているだけなのだから。

 フィオネンティーナはクインザとできていると思われようが何とも思わない。それよりも「また襲われた、助けて」と、泣きつかれる回数が減って嬉しい限りだった。


 だがメリヒアンヌはそこいらの女子とは違った。

 何しろ皇女様なのだ。

 しかも父である皇帝の寵愛を受ける一人娘。我が儘放題に育った、欲しい物は何でも手に入れる税金の無駄遣い娘である。

 近衛は実力よりも顔で選び、異性の学友は頭よりも顔で選ぶ。ちなみに同性の学友は自分より見劣りする顔の持ち主を選んで側に侍らせていた。

 その皇女が突然、「専属の魔術師が欲しいわ」とのたまいクインザを指名したのだ。


 国に百人と存在しない魔術師。それも宮廷勤めの使い物になる実力者はほんの三十人に満たない。

 そんな貴重な魔術師を皇女の玩具にできるわけがない。

 あまりに馬鹿らしくて、百年ほど生きている魔術師団長は相手にしていなかったのだが、「皇女に泣きつかれた皇帝が許可するのではないか」という噂が宮殿中に流れた。

 それを知ったクインザはいやだいやだと布団に潜って震える始末。

 しかもなぜだかフィオネンティーナの布団でだ。

 やめて欲しい。じめじめして布団にカビが生えてしまうではないか。


 いつものこととはいえ、いい加減うんざりだ。

 フィオネンティーナは布団を剥ぎ取ると、怯えるクインザの手を引いた。そうして見目麗しいご学友たちと優雅にお茶を楽しんでいるメリヒアンヌの前に立ち、にっこりと余裕の笑みを向けて宣言したのだ。


「これ、わたしのですから。手を出さないで頂きたいのですが」


 言うなりクインザの胸ぐらを掴んで引き寄せると、メリヒアンヌと見目麗しいご学友たちを前に、二人の熱いキスを披露したのがつい三日前のこと。

 そうして昨日、アゼルキナ砦への移動を唐突に、それも皇帝直々に仰せつかったのである。


「なぁ~にがっ、要であるからこそアゼルキナへ魔術師を派遣すべきと思いましたのよホホホホホ、よっ! あームカつくっ。クインザ、本当にちゃんと分かってる? わたしの努力を無にして皇女の取り巻きになった暁には死んで詫びてもらうから覚悟なさいよ」

 

 言葉とは裏腹にクインザのことが心配でたまらない。

 そんなフィオネンティーナに対してクインザは、紫の瞳を涙で潤ませて、言葉に詰まりながら「うん」と頷ずく。

 

「本当にすまない。私のせいで……」

「何言ってんの、あなたとわたしの仲じゃない」

「フィオネンティーナ!」


 クインザは鼻を啜ると土下座をやめて、フィオネンティーナの荷作りを手伝った。





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