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キラキラボシ  作者: ぷろふぃあ
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エピソード4

 そして新学期が始まり…学校が始まれば由比に会えると信じて疑わなかった美空。でも、教室に現れたのは見知らぬ若い女性の教師でした。


 思わぬ事にざわつく生徒たち「先生は…静岡先生はどうしたんですか!」と誰よりも先にそう声を張り上げた美空。


「ごめんなさい…私も詳しいことは聞かされていないから…ただ急遽どこかに転任になったとかで私が今日からこのクラスの担任に…あっ! チョットどこに行くの!」


 勢いよく立ち上がり、教室を駆け出していく美空。




「そんな…先生…先生っ!!」


 息を切らし保健室に駆け込んだ美空は、半ベソをかきながら保健の先生にすがりつきます。


「先生っ!! 先生は…静岡先生はどこに行ったの? 教えて…お願いです…ねえ、お願いだから…」


 そっと首を横に振る保健の先生…美空の瞳から溢れ出す涙…。


「ごめんなさい…私も詳しいことは聞かされていないの…」


「そんな…じゃあ静岡先生の住所と電話番号を教えてっ! お願いです…」


「……うん、待ってて。調べてあげる」


 保健室を出ていく保健の先生。ベッドに腰掛け、うつむき、膝で拳をギュッと握る美空…少しして一枚のメモ書きを持って戻ってきた保健の先生が、そのメモを美空に差し出します。


「ありがとうございます!!」


 メモを奪うように取った美空は、保健室を飛び出し、学校の外へ。


 窓から見える走り去っていく美空の姿を見送った保健の先生は「ごめんなさい…」と呟き視線を落とします。


 保健の先生は知っていたんです。あの電話番号に掛けても多分通じないことを…あの住所を訪ねても由比に会うことはできないことを…。




 二週間ほど前、由比に電話で呼び出しを受け、学校近くのファミリーレストランへ向かった保健の先生。


「どうしたの? こんなとこに呼び出して…」


そう言い、テーブルの席に着く保健の先生。


「すみません。大事な話があって…こんなこと先生に頼むのは、お間違いなのは十分承知のうえでお願いがあるんです…先生に、あの子の支えになってもらいたいんです」


「えっ? どういうこと…なの?」


「僕は…教師を辞めます」


「なによ、急に…冗談でしょ?」


 思いつめた表情で保健の先生を見つめ、無言で首を横に振り、視線を落とす由比。


「ちょっと待ってよ! どうして? 嘘なんでしょ? だって、必死に頑張って叶えた夢でしょ? それに先生がいなくなったら美空ちゃんだけじゃなくクラスの子たちだって…何があったの? 私で力になれることがあるなら…」


 もう一度首を横に振る由比。


「すみません…もう決めたことですから…夢よりも大切なものが僕にはできてしまったんです。そして僕は、生徒たちのことよりも、その大切なものを選んでしまった。それを選べば教師をやめなければならないと分かっていて…僕は教師失格なんです」


「大切なものって…美空ちゃん…でしょ?」


「はい…あの子が僕を好きな気持ち、僕があの子を好きな気持ち、お互いがそれに気づいてしまった…それが許されない想いなら、僕はあの子の元を去るしかない」


「それしかない…の? そんなのお互い辛すぎるじゃない…他にもっといい方法が無いか、探してみよう? 私と一緒に…ね?」


「…もう数え切れないほど僕の中には選択肢があります。でも、どれも自己中心的で僕に都合のいいものばかり…あの子が義務教育を終えるまで、いや、高校を卒業するまで、僕の都合で世間的に許されない、制約ばかりの窮屈な恋愛を強要なんてできない。あの子はまだ小学生です。そんな辛い恋を選択しなければならない年齢じゃない。これから同じ年代の子に恋をして、楽しい恋愛をいっぱい経験して…日も想いも浅い今なら、僕はあの子の思い出に変われると思うんです」


「…それでいいの? あきらめられるの? だって好きなんでしょ?」


「あきらめられるワケない…僕は一生あの子のことを想い続け、そのことを一生後悔しながら生きていくんだと思います。それが僕の唯一の罪滅ぼしなのかもしれないですね」


「まったく、不器用なんだから…で、これからどうするの?」


「とりあえず旅に出ようと思います。教師として、なにも出来ないまま逃げ出してしまう僕は最低の奴で…そんな僕に足りないもの、こんな僕でも出来ること、時間をかけて探してみようと思います」


「そっか…やっぱり、美空ちゃんには黙って行くの?」


「はい…あの、先生にもう一つお願いがあって…先生の力で、僕が辞めたじゃなく、どこか遠いところへ転任したってことにしてもらえないでしょうか?」


「えっと…力って、私にそんな権限ないんじゃ…もしかして、力ってこれのこと?」


 そう言って保健の先生は握った拳を胸の辺りで構えて見せます。


「そう…ですね」


 少々控え気味にそう返事を返す由比。


「先生、おとなしそうに見えて、そういうこと…まあ、それなら自信あるけど。でも、どうして転任なの?」


「それは、突然辞めただと、どうしても理由が知りたくなる、考えてしまう、その結果があの子にとっていいものになるとは思えませんから…先生、色々ありがとうございました。最後に一つ、これをあの子に渡してもらえないでしょうか? 僕がいなくなったと知ることになる始業式の日、多分、あの子はあの場所に…」




 学校近くの電話ボックスに駆け込んだ美空は、受話器を耳に当て、焦り、震える指でプッシュボタンを押します。


『お願い…出て…』


 そんな美空の願いも空しく、数回のコールの後に流れる『あなたのお掛けになった電話番号は…』という音声ガイダンス。


 何の希望も持てない不安だらけで壊れてしまいそうな心を、もしかしたら…という微かな期待で必死に支えバスに乗り込んだ美空は、見知らぬ隣町へ向かい、住所のメモ書きを頼りに道行く人や交番の御巡りさんなどに道を尋ね、由比が住んでいるアパートへとたどり着きます。


 何度もメモ書きに書かれた部屋番号を確かめ、チャイムを鳴らす美空…けれど、何度鳴らしても応答はありません。


 出かけているだけ…帰ってくるハズ…と、ドアに持たれ、膝を抱え、しゃがみ込む美空。


 一時間? 二時間? どれほどそうしていたのか『そんなハズない…そんなハズないよね?』と、もう一度部屋番号を確認した美空は、立ち上がり、そのアパートの裏に回り込んでみると、一つだけカーテンの付いていない窓が…空き家になったその部屋が、間違いなく由比の住んでいた部屋で…。


 切れかけた心の糸を繋ぎ止めるために無理に作った微かな望み…もしかしたら、この町のどこかに…無いと分かっていても、それでも美空は、見知らぬ町を当ても無く歩き回り、やがて日は暮れ…。


残された最後の望み…あの公園の、あのベンチ…でも、そこに由比の姿は無く…あの時と同じように星の輝く空を見上げて『ずっと一緒に…』そう誓ったあの言葉に縋り、この場所にいれば、今日が駄目でも、明日が、明後日が…いつかきっと自分のもとに来てくれると信じるしかなかった美空。


人気の無い公園、暗がりの中、電灯の明かりで薄っすらと見える自分へと向かってくる人影に、淡い期待から思わず座っていたベンチを離れる美空。


 はっきりと見えてくる人影…でもそれは由比ではなく、保健の先生でした。


「あ…れ? 先生…どうしてここに?」


「ごめんね、美空ちゃん…静岡先生じゃなくて…」


「先生…私、もう会えないのかな…静岡先生に、もう会えないのかな?」


「ごめんね、私には分からないの…でも、これ静岡先生から。多分、美空ちゃんはここにいるから、渡してほしいって」


 そう言って保健の先生は、由比から預かった手紙を美空に渡します。


 受け取った手紙、中央に『美空ちゃんへ』と書かれた鮮やかな水色の封筒を、大切に、そっとそっと開いて、中から手紙を取り出し、四つ折のそれを開いて文面に目を通す美空。



『好野 美空様へ



 突然こんな形で君のもとを去ってしまい、本当にごめんなさい。でも、これが一番いいと思ったから…僕は、もう君に会うことのできない、遠いところへ行かなければならなくなりました。もう二度と…いや、会えるとしても何年後になるか分からない…面と向かって別れを告げれば、君はきっと、それでも待つと言ってくれるから…そんな辛い選択を君にさせてしまわないよう、僕は君の前から消えますね。


 最後に…きっと君は、今、泣いていると思います。ずっと一緒にと約束したのに、笑顔でいられる場所を作ってあげると約束したのに、二つも約束を破ってしまった最低の僕だけど、一つだけお願いを聞いてほしい。


 笑顔を絶やさないでほしい。その名前と一緒で美しい空、真夏の真っ青な空に輝く太陽みたいな、見ている人を元気にしてくれる、幸せにしてくれる、暖かい気持ちにしてくれる、そんな力のある君の大切な大切な笑顔を、僕なんかのせいで絶やさないで下さい。僕の大好きなその笑顔を…。


ありがとう好野。僕は忘れないから。君に出会えたこと、その笑顔に出会えたこと。



静岡 由比より』


 

 手紙を読み終えた美空は、封筒にその手紙を入れ、そっと胸に抱くと、一生懸命に笑顔を作って見せます。


「へへっ…先生、私、笑えてるかな? ちゃんと笑えてるかな?」


「うん。笑えてる。笑えてるよ美空ちゃん」


 胸の辺りにも満たない小さな美空の体をギュッと抱きしめる保健の先生。


泣き腫らした顔を保健の先生の体にうずめ、抱きついた美空を、更に力強くグッと抱きしめた保健の先生の瞳からポロポロと涙がこぼれだします。


「先生…痛いよ…」


「ごめん…ごめんね、美空ちゃん…ごめんね…」












「ミーちゃん、ナエちゃん来たわよ~っ」


 下の階段先から響く母の声。


「あっ、入ってもらって~」


 大きな声でそう返した美空は、手紙を元の場所にそっと戻し、またベッドに腰を下ろしました。


 美空の部屋の入口前、不安そうに大きく深呼吸してドアノブに手を掛ける香苗。


「よっ、美空」


 ドアが開き現れた香苗が、何気ない雰囲気を装い軽く手を上げて見せます。


「ナエちゃんっ! きてくれてありがとっ」


 香苗の不安を他所に、なんだかいつも通り、元気いっぱいの美空が嬉しそうに満面の笑みを見せていて…。


「えっと…美空? 平気…なの?」


「うんっ。私、年中ハッピーのお気楽女なもんで、あっという間に自己修復であります。それに、ナエちゃん来てくれたから嬉しいんだもん。へへっ。ねえ、せっかくだから遊ぼ? まさか、もう帰っちゃうなんて言わないよね?」


「え…と、うん、ああ、そうだ…ね。何して遊びたい?」


 普通にしようとしても、どこかぎこちない香苗…『それくらいのことで気が晴れてくれれば…』と、一番ラクそうな選択に逃げ、落ち着こうとしている自分が、罪悪感から隠しきれなかったから…。


「じゃあ、ウノやろうよ。ね?」


 香苗は、何度も聞こうとしたんです。でも…。




「アンタ、弱いわね~。何回負ければ気が済むワケ?」


 聞いてしまえば戻れない。もし、何もできなかったら?

 

「ぶ~っ、ナエちゃんが強過ぎるんだよう。絶対に勝つまでやるんだからっ!」


 美空にとって自分は、必要のない人間なんだってことに…それが分かってしまうことが香苗にはとても怖かったから…。


「はいはい、分かったわよ」


「もうっ、やる気無さそうなんだ。わざと負けたりしたら許さないんだからっ! 私は、敵が強ければ強いほど燃えるほうなのよね」


 そう言ってやる気満々、瞳を輝かせている美空。


『私、あるんだよ…一度だけ、本気で人を好きになったこと…』


 香苗の脳裏に浮かぶ、美空の言った言葉…美空は、何に対してもいつも本気で、一生懸命だから…その恋に対する本気が強ければ強いほど、失った時のキズは、きっと、より深く大きくなるハズ…私なんかに何ができるの? 美空は、私のことどう思ってるんだろう? 何もできない私を、美空はどう…香苗自身の心の声が、香苗の心の不安を更に募らせます。


「まったく、アンタって子は…いいわよ。このウノクイーンと呼ばれたアタシが、本気でお相手してあげるわ!」


 そんな冗談を言いたかったワケじゃない。喉の先まで出掛かり、開いた口を閉じてしま った卑怯で臆病な自分に腹が立ち、床についた右手をギュッと握り締めた香苗。


「えっ!? ホント?」


「バカねえ、冗談に決まってるでしょ?」


 ゲームに夢中になっているうち、外はすっかり暗くなり…そんな時、聞こえるノックの音。


「ミーちゃん、開けるわよ~」


 ドアの向こうから母の声「いいよ~」と返す美空。


「ミーちゃん、ご飯の時間よ。ナエちゃんも食べていってね。ナエちゃんのために、いっぱい作ったから、ね?」


 断ろうとする香苗を目で威嚇する母。帰ろうとする香苗の手を引く美空。半ば強引に食卓に連れて行かれ、席についた香苗の目の前には、巨大な皿に山盛りになったオカズたちと、大きなどんぶりに山のように盛られた御飯。


「これって天然? それとも嫌がらせ?」


 尋ねた香苗に、無言で、なんだか頑張れ的な顔を見せる美空と、溜息をついて首を横に振って見せたヒロ。対面キッチンの向こうで御飯を盛っていた母が、残したら殺すぐらいの感じで見ているような気がするような…。




「う~…もう無理…動けない…」


美空の部屋でベッドに横たわり、パンパンに膨れたお腹を押さえる香苗。


「へへっ、ご苦労様っ。ねえナエちゃん? お風呂一緒に入ろうよ。いいでしょ?」


 香苗の脇のベッドにチョコンと腰を下ろした美空が、そう言います。


「そうだね。たまにはいっか。中学の修学旅行以来だよね、確か」


「へへっ、そうだね。ナエちゃん、せっかくだから今日、泊まっていきなよ。もう遅いし、ね? いいでしょ?」


「う~ん…うん。そうする」


「やった~っ! 嬉しっ。一緒に寝ようね? ナエちゃん。へへへっ」


 本当に嬉しそうに顔をほころばせる美空。そんな美空を幸せそうな顔で眺めていた香苗。




 お風呂に入り、向き合って湯船に浸かっていた美空と香苗。


「…ナエちゃん? 悩み事でもある…の?」


「え? ううん、ナイナイっ。」


「そっかな…なんか今日のナエちゃん、時々難しい顔したりしてる気がしたんだ。気のせいだった? 何かあったら絶対言ってね? 私、きっと何にもできないけど、でも少しでもナエちゃんの力になりたいもん」


『まったく…この子は…それに比べて私…』


 うつむき、両拳を握る香苗…。


「ナエちゃん? どうしたの?」


「…美空? 私…ね、不安なんだ。私ね、美空のことが…その…大好きなの」


 恥ずかしくて顔を真っ赤にする香苗。


「でも…でもっ! 私ね、美空にいっぱい助けてもらったし、たくさん幸せをもらってる。でも私は、美空に何もしてあげてない。私、怖いの。美空のために何かしてあげたい。けど、私には何もできないかもしれない。そしたら私は、美空にとっていらない奴になっちゃうんじゃないかって…」


 瞳にいっぱいの涙を溜めた香苗の頭を、撫で撫でしてニコッと笑った美空。


「ナエちゃんが私の前で泣いたのは、これで二回目だね。覚えてる? 私たちが友達になった日のこと。あの日から私は、一人ぼっちじゃなくなったんだ。友達はたくさんいたけど、いつも一緒に笑ったり、泣いたり、怒ったり、どんなときも傍にいてくれる大の親友はナエちゃんだけなんだ。友達って、それだけで十分過ぎるんだよ。見返りなんか求めるものじゃないし、いらない。私は、大好きなナエちゃんがいつも一緒にいてくれて、私のことを大好きだって想ってくれてるだけで、すっごく幸せなんだ」


 そう言った美空は浴槽の縁に両腕を組み、無意識に香苗に顔が見えないよう頬をその腕に乗せます。


「ナエちゃん…私ね、小学4年生の時、担任の先生を好きになったんだ。あの時は今よりももっと子供で、愛とか恋とか、まだ分かってなかったけど、でも勘違いなんかじゃなくて本当に本気だったんだ。それでね、告白して、先生も私のこと愛してるって言ってくれて、ずっと一緒にいようねって約束して…なのに先生は私に黙って突然いなくなったんだ。先生は悪くないんだよ? 遠いところに行かなくちゃいけなくなって、何年後に会えるか分からなくて、もしかしたら一生会えないかもしれなくて、面と向かって私にそれを言ったら、私は絶対それでも待つって言うに決まってる。先生、それを分かってたから黙っていなくなったんだ。私ね…今でも先生のことが好き。思い出して辛くなることも時々あるけど、ワリと平気なんだ」


 美空は、話せば曇ってしまうと分かっていたその表情を香苗には見せたくなかったから…。


「だって、今の私にはナエちゃんがいてくれるんだもん。へへっ」


 そう言って無理に笑顔を作って見せた美空。それが痛いほどよく分り、沈んでしまいそうな気持ちを抑え、微笑んで見せた香苗。


 美空は、そんな香苗を見て、嬉しそうにニコッと笑いました。




 美空の部屋、電気を消し、美空のベッドに入った美空と香苗。


「ナエちゃん…ナエちゃんが男の子だったらよかったのにね」


「バカ、何言ってんのよ」


『この子は人の気も知らないで…私が何度そうだったらって思ったことか…最近は女の子のままでもいいかな…なんて…』


 カ~っと頬を真っ赤にした香苗は、美空に背を向けます。


「へへっ…ナエちゃんは私の前からいなくなったりしないよね?」


 香苗の大きな背中にそっと頭を持たれ、そう言った美空は、香苗の背中の辺りのシャツを両手でキュッと引きました。


「うん。しないよ。絶対しない。約束する」


「ありがとう…ナエちゃん…」











 夏休みを間近に控えたお昼休みのいつもの風景。机を向かい合わせて一緒にお弁当を食べている美空と香苗。


「美空。で、どうなの? その後クマさんとは」


「えへっ、いい感じかな~。動物園の飼育係さんとも仲良くなれたんだよ」


「アンタのそういうとこ、すごいなって思うわ」


「へへっ、そっかな。夏休みになったら部活、少しは暇できるよね? そしたら一緒に動物園行こ? 紹介してあげる」


「いや、いいよ別に。なんか恥ずかしいしさ」


「そんなこと言わないで、ね?」




 夏休みに入り、半ば強引に動物園へ連れて行かれた香苗。


「クっマさ~んっ!」


 いつものようにイベントスペースの辺りで風船を配っていたプロフィーくんを見つけた美空が、そう声を張り上げながら大きく手を振り、駆け寄っていきます。


 遠くから近づいてくる美空を見つけたプロフィーくんは嬉しそうに飛び跳ねると、可愛く手を振り返しました。


「こんにちは、クマさんっ。今日は友達を連れてきたんだ。親友のナエちゃん」


 美空に数歩遅れてやってきた香苗は「どうも、香苗って言います」と少し照れくさそうにプロフィーくんへ軽く頭を下げて見せます。


 丁寧にペコリとお辞儀をしたプロフィーくん。三人は、イベントスペースの舞台中央の縁に、右からプロフィーくん、美空、香苗の順に腰を下ろして何気ない会話で盛り上がり…。


「へへっ、でね、ナエちゃんがね、その時なんて言ったと思う?」


「ちょ、ちょっと美空っ! そんなこと言っちゃダメだろ!!」


「あのね、その時ナエちゃんね」


「ダーーーーっ! ダメダメっ!!」


 美空の顔を覗き込み、首を横に何度か振って両耳を押さえて見せるプロフィーくん。


「ぷ~~~っ、これから面白いとこだったのに~」


「さすがクマさん。分かってる~」


 ニッと笑いプロフィーくんに親指を立てて見せた香苗に、同じく親指を立てて見せたプロフィーくん。



 あっという間に過ぎていく三人だけの、なんだかほんわかした楽しい時間…夕暮れ時、動物園を後にして美空の家へ向かって坂を下っていた美空と香苗。


「お母さん、ナエちゃんが来るって言ったら大喜びだったよ」


「ははは…じゃあ今頃、何か恐ろしい画策を決行中なワケね…」


「へへへっ…がんばってね。多分悪気は無い…こともないんだ」


「はぁ…まあ、たまになら楽しいっちゃ楽しいんだけどさ」


「ねえ、ナエちゃん? どうだった? クマさん」


「なんか掛け値なしにいい奴じゃん。私も好きだな。あのクマさん」


「へへへっ、よかった。私が好きな人は、ナエちゃんにも好きでいてもらいたいもん」


「美空? で、どうすんの? まだ告白はしてないんだろ? 声が聞きたいとか顔が見たいとか思わないの?」


「うん…思わなくもないけど…でも、このままでいいかなって。私、クマさんのこと大好きだけど、でもね、実はどのくらい好きなのか自信ないんだ。クマさん、スゴク似てるの…初めて好きになった人に…だからもしかしたら、クマさんにその人を重ねて見てるだけなのかもって。それにやっぱり怖い。あの人みたいに、いつか私の前からいなくなっちゃうんじゃないかって。今がとっても幸せだから…これ以上先に踏み込むと、なくなっちゃうかもしれないから…今はこのままでいいかなって思うんだ」


「そっか……あっ、ほら、一番星っ」


 落ちた夕日、まだ西の空がほんのりと赤みがかり青さの残る明るい夜空に輝きだした星を立ち止まって指差した香苗。


「ナエちゃん…ごめん…私ね、星ってあんまり好きじゃないんだ…」


 空を見上げることなく、済まなそうな表情を見せる美空。


「えっ、あっ、そ、そうなんだ。ごめんね。美空ってそういうの好きかなって思って…」


「勝手でごめん…私、分かってるよ。気を紛らわそうとしてくれたんだよね? ナエちゃんの気持ち、すっごく嬉しいよ。ありがとっ」


 目を細め、嬉しそうにニコッと笑った美空。


「…美空? あのさ…」


「ん? どうしたの? ナエちゃん」


「えっと…いや、何でもない…かな。はははっ…」


 何か言わなきゃ…そう思ったのに言葉が出てこなくて…愛想笑いをしてポリポリと頭をかく香苗。不思議そうに首を傾げた美空。


いつもと変わらずに見える美空の笑顔…その笑顔を見て、安心している自分の中にある、なんだか分からない違和感…その時の香苗には、それが何なのか答えが出せず、検討もつかないままで…。


「へへっ。ナエちゃん、今日も一緒に寝ようねっ!」


 そう言って無邪気に笑い、歩き出した美空の背中を、香苗は複雑な表情で見つめ…。




 特にこれといった変化もなく、変化も求めないまま過ぎていく穏やかで幸せな日常。夏休みは、あっという間に終わり、季節は秋へ。


「こんにちは~っ! クマさんいる?」


 動物園の管理棟内、事務室。勢いよくドアが開き現れた美空が、そう元気よく声を張り上げます。


「おお、こんにちは。多分いつものとこじゃないか?」


 事務所内にいた青い作業用のツナギに同じ色の帽子、小柄で白髪混じりの年配の男性と、同じ格好でパーマがかった明るい茶髪の二十代前半くらいの若い男性。年配の男性の方が、そう返しました。


「へへっ、これ作ってきたんだ。みんなで食べてねっ。それじゃあね~っ」


 事務机に巨大な紙袋を二つドカッと置いた美空は、走り去っていきます。


「あの子、相変わらずっスね。それ何入ってるんスか?」


 若い男性が、そう言って紙袋の中身を覗き込みます。


「…クッキー…だよな?」


 同じく覗き込んでいた年配の男性が、ボソリと言います。


「そおっスよ…ね。どう見ても…」


 二つの紙袋の中には、透明のビニール袋に包まれたクッキーが山のようにどっさりと…。


「みんなでって…この量、有り得なくないっスか?」


「まあ…そうだな…多分、動物にもってことなんじゃねえのか?」


「おおっ! あの子なら有り得るっスよね。うわっ! なんだこりゃ! 超うめえっスよ、このクッキー。マジで」


 ビニール袋を開き、中のクッキーを一枚取り出して口に入れた若い男性は、つい止まらなくなり、頬がいっぱいになるほど幾つもクッキーを頬張ります。


「どれ…ほほぉ、こりゃ…」


「でしょ? いいなぁ…可愛くて料理もできて、ちょっと天然入ってるけど、あんないい子そうそういないっスよね。あんだけ好かれてりゃ、俺だったらすぐ着グルミ脱いで付き合ちゃうっスけどね。なんでっスかね? あの人…大体、俺、あの人の素顔ってあんま見たことないっスよ。着グルミ脱いだら、すぐフルフェイスのヘルメット被って原付またがって帰っちゃうじゃないっスか」


「そういや、俺もここ何ヶ月か、まともに素顔を見てねえ気がするな。案外、指名手配犯だったりしてな。こんな安月給のとこで働きたがるってのもおかしなもんだし、あんな着グルミ進んで着たがるってのもな~…」


「それ、有り得るっスね。でもあの人、あんま話したこと無いっスけど、優しそうで感じのいい人だったっスけどね。まあ俺は、あの人のおかげで着グルミ着なくて済んだっスから。どうせ無理やり俺に着させる気だったんでしょ?」


「よし、そろそろ仕事に戻るぞ」


「あ~あ~、また糞掃除か~…俺やっぱ、着グルミ着ようかな…」










 色づいた木々の葉も枯れ落ち、チラチラと雪の舞うそんな季節に。年も明け、冬休みも終わり、三学期が始まり…。


「ねえ、ナエちゃん。この雪、積もるかな?」


 学校の帰り道、まだお正月気分の残る街中を香苗と並んで歩きながら、粉雪の舞う空を嬉しそうに見上げてそう言った美空。


「う~ん…どうせ積もらないでしょ?」


「やっぱり、そうだよね…ナエちゃん、次の日曜日、一緒にスケート行こうよ」


「はあ? なんでまた運動音痴のアンタが?」


「だってホラ、冬と言えばスケートでしょ? 一回くらい行っとかないと」


「それってスケートか? スキーとかスノボーの間違いじゃなくて?」


「う~ん…それはホラ、そっちだと命の危険を伴う…でしょ?」


 夏と言えば…なんて、毎年プールへ行っては、数々の武勇伝を残す美空を思い出し、納得してウンウンうなずく香苗。


「いいよ、行く」


「ホント? あのね、もう一人誘ってもいいかな? 私の小学校の時の親友。ちょっとナエちゃんに似てるかも…かな? きっと仲良くなれると思うんだ」


「別に構わないけど?」


「へへっ、よかった~。その子も部活で忙しくて会うの久しぶりなんだ。楽しみだな~、日曜日っ」




 次の日曜日、屋内スケート場の中、スケート靴を履いてリンクの入り口に立った美空と香苗。


「あっ、カエデちゃ~~~んっ!」


 先に着いて滑っていた楓をリンクの中に見つけた美空が、そう声を上げ手を振ると、楓は颯爽と滑り、近づいてきます。


 嬉しくて駆け出した美空がリンクに出た途端、いきなり転びそうになり、慌てて美空の左腕を掴み上げた香苗。


「もう、美空ったら」


「へへへっ、ごめんなさい」


 恥ずかしそうにそう言った美空は、なんだかおぼつかない足取りでリンクの周囲の壁に両手でつかまります。


「よっ、美空」


 綺麗にブレーキを掛けて二人の前で止まった楓が、そう言って軽く手を上げます。

 身長は香苗ほど大きくないけれど結構高めで、足が長くスラっとした細身だけれど、太ももだけがガッチリとしたアスリート体型、色白で、少し目つきがキツそうに見えるけれど綺麗な目鼻立ちで、サラッとした長めのショートカット、楓は、そんな女の子です。


「久しぶりっ、カエデちゃん。こっちが前に話したナエちゃんだよ」


「どうも、香苗です」


「楓です。よろしく」


 お互い、小さく頭を下げ、ぎこちない挨拶を交わします。


「へへっ、それじゃ私、滑ってくるから二人で親睦を深めててね~っ」


 そう言ってヨロヨロと滑り出して行った美空は、ワリと大きめな長方形型のリンク中央辺りで、早速、派手に転んでいます。


「まったく、相変わらずだな、アイツは」


 そんな美空を見て、腰に手を当て、小さく溜息をついた楓。その楓が美空を見る視線が、香苗にはなんだか冷たいように見えて、つい…。


「ねえ、楓さん? もしかして美空のこと、あまり好きじゃなかったりする…のかな」


「香苗さんは、アイツのこと大好きって顔してるよね。私ね……ねえ香苗さん、競争しようか? 同じ体育会系だし、お互いのこと分かり合うなら、それが一番でしょ。リンクの外周五周でどう?」


「分かった。私、そういうノリ嫌いじゃないよ」


 特に示し合わせなんかは無く、元いた立ち位置の関係から楓がイン側、香苗がアウト側に立って並び、足首を回したりして体をほぐす二人。


「スタートは、あの時計の秒針が真上を指したらってことで」


 楓の提案にうなずく香苗。腰を落とし、スタートの体制を整えた二人は、真剣に壁に掛かったアナログ時計の秒針を見つめ…そして勢いよく飛び出していきます。


 まだそれほどいない他の客は、そんな二人を見て、自主的にリンクの外へ出てくれて、美空を中心にして応援で盛り上がりだします。


 さすが二人とも体育会系なだけあって、まるでプロのスケーターを思わせるほど速くて様になった格好のいい滑りを見せ、体二つ分程の差で先にゴールしたのは楓でした。


 場内に響く拍手喝采「すみません」「ご迷惑をおかけしました」と息を切らし、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてペコペコと頭を下げる香苗と楓。


「すごい、すごいっ! 二人ともカッコよかったよっ」


 二人に駆け寄ってきた美空が、二人の間に入ってギュッと抱きつき、満面の笑みでそう言うと、私も負けてられないなんて言いながら滑り出し、相変わらず転んでいます。


 リンクから出た香苗と楓は、リンクの外壁に両腕を掛け、そんな美空を眺めています。


「すごいね、楓さん。私、チョットは自信あったんだけど…完敗だね」


「そんなことないよ。私、コーナーで幾つかカット気味に入ったとこあったし、スタートもイン側で、しかも私、陸上でスプリンターだから走るの専門だしね。その辺考慮したら、香苗さんの方が速かったと思う」


「そんなことない。私、スタート、フライング気味だったし、ラインだって殆ど楓さんをトレースしてたから一緒だし…」


「まあ…引き分けってことかな。楓って呼び捨てでいいよ。お互い気が合いそうだし、いい友達になれそうだもんね」


「私も香苗って呼んでよ。美空がね、私と楓さ…楓がね、似てるかもって言ってたんだ。なんか分かる気がする。ホント、いい友達になれそうだもん」


「アイツ、多分こうなること分かってて私ら会わせてんのよ。あっ、また転んでるよ…しょうがないヤツだな~…まったく…」


 そう言って美空を見ている楓の視線が、やっぱりなんだか冷たいように香苗には思えて…。


「香苗は、美空とは中学生から?」


「うん、そうだけど…」


「じゃあ、今のアイツしか知らないワケだ…アイツさ、小学生の時はとにかくスグ泣く奴でさ、傷つきやす過ぎるっていうのかな、なんかあると泣き出しちゃって、泣き出すとなかなか泣き止まなくて…そんなだからさ、クラスの奴らも敬遠しちゃって誰も関わろうとしなくてさ、アイツも多分、傷つくのが怖かったんだろけど誰とも関わろうとしなくて無口で暗い奴でさ、私はたまたま席が隣だったってだけで、アイツのこと、クラスの奴らに押し付けられて、しかたなく面倒見るようになって…そんなアイツのこと大嫌いだったし、鬱陶しくてしょうがなかったんだ」


「うそ…美空が? よく泣いてたって…」


 唖然とした顔でリンクを無邪気に駆け回っては転び、駆け回っては転びしている美空を見つめる香苗。


「信じられないでしょ? 超がつくほど人畜無害で、何時でも笑顔で幸せ振り撒いてて、世界中皆友達って感じでさ、今のアイツを好きにならない方が難しいってくらいでしょ? アイツが突然、今のアイツに変わったのが、小4の時だったかな。春から夏にかけて位の短い間だったんだけど、すごいイイ先生が担任になって、今でも先生って言ったら、あの先生のこと思い出すんだけどさ、その先生にアイツが妙に懐いててさ、その時からかな? アイツが変わったの。何があったのかは全然知らないんだけどね。まあ、そんなで今のアイツは嫌いじゃないし、私のこと親友だって言ってくれんのは嬉しいんだけどさ、こっちは嫌々面倒見てたのに、それを恩に感じてなんだろうし、昔のイメージがあるからアイツのこと好きになりきれなくってね…なんか私には今のアイツって嘘っぽく見えるんだよね…ごめんね、長々話しちゃって」


「ううん、いいよ。聞きたかったことだし…」

『私、美空のこと、やっぱり何も知らないのかもしれない…親友失格…なのかな』


 そう心の中で呟いた香苗が、少し羨ましそうに楓にチラリと視線を向け、それを気づかれるのがなんだか悔しくて、すぐに逸らしました。




 スケート場で楓と別れた美空と香苗は、それぞれの自宅へ向かい見慣れた住宅街を一緒に歩いていました。


「ねえナエちゃん? カエデちゃんと二人で何話し込んでたの? 二人とも私のことほったらかしで、全然一緒に滑ってくれないんだもん」


 少し口を尖らせ、ふてくされたようにそう言った美空。


「えっ、ああ、ごめんごめん。えっと、お互いのこととかさ、なんか話し込んじゃって…また三人で行こう? そん時は楓とスケート教えてあげるから、ねっ?」


「ホント? 約束だよ。へへっ、しょうがないから許してあげるっ」


 嬉しそうにニコッと笑う美空。ふと香苗の脳裏に浮かんだ楓の言葉…。


『とにかくスグ泣く奴でさ、傷つきやす過ぎるっていうのかな…』


 いつもと変わらず笑顔の絶えない美空。でも…。


『今のアイツって嘘っぽく見えるんだよね…』


 その笑顔が嘘? そんなハズ無い…でも、もし本当は笑っていないんだとしたら? 香苗の中に生まれた、そんな疑問…。


『アイツ、多分、こうなること分かってて私ら会わせてんのよ』


 あの子は、いつも人のことばかり…じゃあ自分のことは? 今の私には多分、何もしてあげられない…私は美空のこと知らな過ぎるから…そんなことを思い、重く視線を落とす香苗。


「ナエちゃん? どうしたの? 黙り込んじゃって…お腹でもへった? あそこで豚饅食べてこうよ。私、おごったげるっ」


「アンタが食べたいだけでしょ?」


「へへっ、バレたか」


 そう言って舌を出す美空。


「じゃあ、お言葉に甘えて、おごってもらおっかな~」


 悪戯な笑顔を見せた香苗が、数百メートル先にある大きな蒸篭から湯気をたて、店頭で豚饅の販売をしている小さな中華料理店へ向かって疾走していきます。


「あっ、待って! 一個だけだからね!」


 追いかける美空でしたが、あっという間に香苗の姿は遠ざかっていき…。



「へへ~ん。おじさ~ん、豚饅十個ねっ!」


 先に着いた香苗が、そう注文し、会計を済ませ、アツアツの豚饅が入った大きな紙袋を店員から受け取ります。


 息を切らせ、遅れてやってきた美空が財布の中身と睨めっこしていると「はい、私のおごりっ」と香苗が豚饅を一個差し出してきます。


「へっ? いいの?」


「うん。ほら、ウチのお土産のついでだから。それに、いい友達を紹介してくれたお礼」


 そう言った香苗の手から豚饅を受け取り「あったか~い」と顔をほころばせる美空。


「ありがとっ、ナエちゃん」


 一口、豚饅を頬張った美空が、幸せそうに微笑み、そう言います。同じく袋から豚饅を取り出し、頬張った香苗。そんな美空を見て、香苗の顔に自然と笑みがこぼれます。


『アイツが変わったのは小4のときだったかな…』


 香苗の脳裏に浮かぶ楓の言葉…。


『いい先生が担任になって…アイツが妙に懐いててさ…』


 その言葉に重なる美空の言葉…。


『私、小学4年生のとき、担任の先生を好きになったんだ…本当に本気だったんだ…私に黙って突然いなくなったんだ…今でも先生が好き。思い出して辛くなるときも時々あるけど…』


 私は、やっぱり美空が大好き。いつも私を幸せな気持ちにしてくれるその笑顔が嘘だなんて私には全然思うことはできないけど、でも、もし、そうなんだとしたら、私が美空にしてあげられることって…多分…。幸せそうに豚饅を食べている美空を暖かく見つめ、そんなことを思う香苗。


『やっぱり怖い。あの人みたいに私の前からいなくなっちゃうんじゃないかって』


 きっと美空の時間は、小4のその時に止まっちゃってるんだ。私にできることは、その時間を動かして先に進めるようにしてあげること。そうだよっ! もし私にできなくたって、美空にとって一番大切なその人なら、きっと…香苗は親友として美空のためにしてあげられることを見つけたんです。本当に自分にできるの? お節介なんじゃ…不安で締めつけられる胸を右手でギュッと押さえる香苗。それでも…。


「美空?」


「なに? ナエちゃん」


「いや、その…私、美空と友達でよかったなって…ね」


「どうしたの? ナエちゃん、恥ずかしいよ」


「ごめん、なんかそう思ったもんだからさ」


「へへっ、私もナエちゃんと友達でよかったよっ!」


「美空…もうっ、豚饅、口についてる」


 美空の口の横についた豚饅を取ってあげた香苗は、なんだか幸せそうに溜息をつきます。


「へへへっ、ありがとっ」


 そう言って無邪気に微笑む美空を真っ直ぐに見つめる香苗。


『アンタには、いっぱい幸せもらったからね。今度は、私の番だ。絶対見つけてやるから…美空の幸せをさっ』


                                          つづく


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