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キラキラボシ  作者: ぷろふぃあ
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エピソード1

                 キラキラボシ エピソード1



 入道雲と真っ青な空、日増しにセミの声がうるさくなる初夏の眩しい日差し、都会の殺伐とした慌しい風景からは少し離れた、悪く言えば田舎町にある、どこにでもある普通の町の、普通の高校の昼下がり。


 机を向かい合わせ、親友の香苗と昼食中の美空は、広げたお弁当の前に両手で頬杖をつき、なんだか浮かない顔をして、何度も溜息をついています。


「どうした? 美空。いっつも悩みなんてありませんよ~って感じでハッピー顔してるくせに。弁当、食べないなら、もらっちゃうよ? アンタの作るたまご焼き、おいしいのよね~。まあ味付けがお子ちゃまなのが、タマニキズなんだけどね」


 そう言って美空のお弁当に箸をのばす香苗。その箸が届く前に、さっとお弁当を手に取る美空。


「だーめっ! たまご焼きは最後に食べるんだからっ」


 お弁当を元のところに置いた美空は、また頬杖をついて一際大きな溜息を漏らします。


「食欲あるなら、たいした悩みじゃないんだろ? アンタ、元気だけが取り柄なんだからさぁ、そんな顔してたら何にも無いヤツじゃん」


「ふんっ、ナエちゃんと違って、私には、このビボウがあるもん」


「はは~ん…そんなデマカセを言うのは、この口か? ん?」


 香苗は、美空の右頬を左手でグイッとつまみ上げます。


「いたっ! いたたたっ! じょ、冗談だよぅ~…馬鹿力なんだからぁ…」


「なんか言った?」


「いたっ! いたい~っ!! 何にも言ってないよぉ~…」


 手を放し、ニッとイタズラっぽく笑って見せる香苗。ブーブーとふてくされて右頬をさする美空。


「まったく、ちんちくりんでガキ面の幼児体型が、ビボウとはよく言ったもんで」


「そう言うナエちゃんだって、ゴリ…うっ」


 威圧感たっぷりで美空を睨みつけ、拳をバキバキと鳴らす香苗。


「へぇ~、ゴリ…なんだって?」


「えっ、いや、その、ゴリ…っぱな体してるな~って、はははっ…」

「ほ~う、それは嫌味? まあ私はバレーかバスケで生きてくって決めてっからね」


「えっ? まだ、どっちか決めてないの?」


「いいんじゃない? どっちでも。同じ球技だし」


「そういうもの?」


「そう、そういうもの。さて、前フリでの自己紹介も終わったし、そろそろ本題に入ろっか。ちなみに私はショートカットで、美空は肩より少し長いくらいのロング。成績は私が中ぐらいで美空が中の下ってとこかな?」


「ナエちゃん? それ誰に言ってるの?」


「ん? さあ…で? どうしたんだい、美空さん」


 密かに会話中にお弁当を頬張っていた美空は、最後のたまご焼きをフォークで刺して持ち上げ、眼前で見つめ、またまた大きな溜息をつくと、パクッと口の中に入れます。


「ねえナエちゃん? 人って、どうして人を好きになるんだろ?」


「はあ? おバカだとは思ってたけど、ついに壊れたか」


「もうっ! 真面目な話なのっ!!」


「まさか、悩みって…恋?」


 モジモジとしながら頬を真っ赤にして、うなずいて見せる美空。


「マジ? 相手は? ウチの学校の男子? まさか、このクラスにはいないよね?」


「うん…えっとね、クマさん」


「クマさん? そんな奴、この学校にいたっけ? 私も知ってる奴?」


「うん、知ってるよ。ホラ、動物園のマスコットキャラの白いクマさん」


「はぁ? オウ、オウ、そんな冗談を言うのは、この口か? ん?」


 また美空の右頬をグイッとつまみあげる香苗。


「いたいっ! いたいっっ!! ホントなんだってばぁ~」


「ほう、どうホントなんだ? 今まで大概のボケには付き合ってやってきたけど、そろそろ親友として、ショック療法の一つも考えなきゃかねぇ~」


 頬をつまんでいた手を放して立ち上がった香苗は、美空の横に仁王立ちしてそう言うと、ギュッと握った右拳を左の手のひらにガシッと打ちつけ、鈍い音を響かせます。


「ううっ…ナエちゃん怖いっっ…もうっ! いいから座ってよ! ホントのホンキの話なんだからっっ!! こんな話…私、ナエちゃんにしか話せないし…」


「えっ、あっ、うん…なんだよ、急に…美空らしくないなぁ…」


 ほとんど笑顔以外の表情を見せたことが無い美空が、初めて見せる、なんだか重くて沈んだ表情。


 椅子に座った香苗は、心配そうに美空を見つめています。


「ナエちゃん、あのね…」







「もしもし? おはようナエちゃんっ」


 日曜日の朝、美空の部屋にある壁掛け時計の針は、ちょうど7時を差しています。


 何をやってもトロめの美空ですが、休みの日の行動だけは早くて(普段、学校のある日は、二度寝が大好きで、しかも起こしても起きないくらい寝起きが悪くて、朝ごはんを食べずに慌てて学校に向かうなんてことが、よくあったりします)すでに朝食(日曜日の朝は、起きるのが一番早いので、美空の担当。本日は、トーストと目玉焼きにサラダ)を済ませ、洗顔に歯磨きに髪のセット(おしゃれにはワリと無頓着で、寝癖を直すだけ。10秒で終わります)も終了。着替えも終わって、遊びに行きたくてウズウズしながら、ヒマを持て余してベッドに寝転がり、頬杖をついていた美空は、我慢しきれずに、ちょっと早いかなぁ~なんて思いながらも、携帯を手に取って香苗に電話をしてしまいます。


「おい、ボケっ! 何時だと思ってる!! 普通寝てるだろ?」


 9度目のコールで電話に出た香苗の怒鳴り声。


「はぅ~…ごめんなさいっっ」



 正座で、しゅんとして反省中の美空。で、待つこと1分。


「美空、反省は終わった?」


 家着のTシャツにハーフパンツ姿、ベッドの上、上半身だけを起こして、寝ぼけ眼をこすりながらそう言った香苗は、想像した半ベソをかいてベッドの上にチョコンと正座している美空の可愛さに、ついニヤけてしまいます。


「うん…ナエちゃん? ゆるしてくれる?」


「しょうがないなぁ~今度は、もう少し我慢しなさい。まったく、いつまでも子供なんだから」


「うんっ! ナエちゃん、大好きっっ!」


「ははは…アンタって子は、もう…」


 照れ隠しに、つい笑ってしまう香苗。本当は、「私も大好きだよ」と返したかった香苗でしたが、大人になりすぎてしまった香苗には、そんな素直な気持ちも恥ずかしくて口にできず、いつも大人になりなさいと叱っている美空のことが羨ましくなってしまいます。




 自他共に認める大親友の美空と香苗。そんな2人が出会ったのは、3年前、中学1年生の春でした。


 教室内、同じクラスの男子と肩がぶつかった、ぶつからないで大喧嘩になっていた香苗。


「そっちがぶつかってきたんだろ?」「そっちだろ? お前が謝れ!」そんな問答を続けているうちに「女のくせに生意気なんだよ!」「男女っ!」なんてことを口々に言い加勢してきた数人の男子に囲まれ、しまいには、男子たちのおとこおんなコールが始まってしまいます。


 香苗は、別に好きで男っぽくなったワケじゃない。生まれながらにして普通の子供よりも体が大きくて、力持ちで、女の子として女の子と普通に遊びたいと思っても、女の子として見てもらえず、自然と男の子とばかり遊ぶようになり、そのせいで言葉も仕草も男の子っぽくなっていって…そんな自分が嫌いでたまらなかった香苗。


 見た目は男の子っぽくても中身は女の子。男子たちの言葉に壊れそうになる心…泣いたら負けと男の子的な自分が必死に堪える涙は目尻に溜まり、溢れ出しそうになる…。


 そんな時、パシーンと乾いた音が教室内に響き渡り、クラスのみんながシーンと静まり返ります。


「こらっ! 女の子をいじめるなんて、男の子として最低なんだからっっ!!」


 丸めた教科書で発端になった男子の頭をおもいっきり叩いた女の子が、そう言って腰に手を当て、その男子を睨み付けます。


 とても小さくて可愛らしい、香苗が憧れていた女の子らしい女の子。


「いってーっ! 美空、テメー何しやがる!!」


 叩かれた男子が、そう言って女の子に食って掛かりますが、女の子も顔に似合わず強い口調で更に食って掛かります。


「悪いのはそっちでしょ! この子、男女なんかじゃないもんっ! アンタたちこそ女男なんじゃないの? ほら、謝りなさい!!」


「てめ…いや、その…ごめん、悪かったよ」


 更に更に食って掛かろうとしたその男子でしたが、少し考えて思い留まり、納得いかないといった表情ながらも、素直に香苗に頭を下げ、その行動を不満そうに見ていた数人の男子へ小声で耳打ちします。


「もう、やめとけって。アイツ敵にまわしたらロクなことないぞ? ヘタすりゃ学校中の女子を敵にまわしかねないからな…」


 女の子と同じ小学校出身で相当痛い目を見たことがあるらしい、その男子。


 女の子は、香苗の手を引き、教室の外へ連れ出すと、誰もいない階段の辺りで足を止めます。


「もう、泣いても平気だよ?」


 そう言ってニコッと微笑む女の子。香苗の瞳から、じわっと流れ出す涙…。


「私たち女の子だもんね。私だって、あんなこと言われたら、すごく辛いもん、悲しいもん。でも、みんなの前で泣くのは、やっぱり恥ずかしいもん…そうだよね?」


 自分を女の子として見てくれる、初めて自分の本当の気持ちに気づいてくれた、憧れていたホンモノの女の子…。


 その女の子の言葉で、感情を押さえつけていた男の子の部分は消え、香苗は、初めて女の子らしく感情のままに声を出して泣きじゃくります。


 女の子は、そんな香苗の頭を撫でてあげようとしますが、背伸びをしても手が香苗の頭に届くか届かないかといったところで、背伸びをしたり、少し飛び上がったりと、ヒョコヒョコもがいているその姿が、可愛くて、おかしくて、つい泣くのを忘れ笑ってしまう香苗。


 涙を拭いながら少し屈んであげた香苗の頭を、「よし、よし」と撫でた女の子。


 二人は、気恥ずかしそうにお互い顔を見合わせ、照れ笑いをしてしまいます。


「名前、香苗ちゃんだったよね?」


「えっ? なんで知ってんの?」


「だって同じクラスだもん。それにね、香苗ちゃんって背が高くてカッコいいなぁ~って初めて見た時から思ってて、私、こんなだから香苗ちゃんみたいなカッコいい女の子になれたらって憧れてたんだ~」


 香苗を見つめ、瞳を輝かせる女の子。


「私…に?」


 今までは、女の子っぽくないって馬鹿にされてると思ってた。避けられてると思ってた。嫌われてると思ってた…半信半疑、尋ねた香苗。


「うんっ!!」


 間髪入れず、満面の笑みでうなずく女の子。嬉しさと恥ずかしさで香苗の頬が真っ赤に染まります。


「私、美空。ねえ、友達になろ? ダメ?」


「ダメ…じゃないけど…」


「ホント? へへっ、やったねっ。小学校の時の友達が、みんな違うクラスになっちゃって、同じクラスに友達いなかったの。だから香苗ちゃんが、クラスで一番最初のお友達っ」


 本当に嬉しそうに屈託の無い笑顔を見せる美空。そんな美空の笑顔を見て、香苗の顔からも自然と笑みがこぼれます。



 こうして友達になった美空と香苗。


 美空と一緒にいることで、自然と女の子の友達が増えていき、そんな中で自分は、女の子に避けられているんじゃなくて、避けていたことに気づく香苗。


 いつまでも美空に憧れてもらえるようなカッコいい女の子でいよう…男の子っぽいと、あんなに嫌っていた自分が誇らしく思え、だんだん好きになっていく香苗。


 辛い時、悲しい時、いつでも、どんな時でも、そばにいて笑顔をくれる美空…たくさんのことを気づかせてくれた、たくさんの幸せをくれる美空は、香苗にとって何物にも換えがたい大の親友。


 今では、すっかり美空の教育係みたいになっている香苗ですが、実は、あの頃も、そして今でも、大切なことをたくさん教えてもらっているのは香苗だったりします。


 ちなみに、香苗がバスケとバレーを始めたのは、背が高いからという理由だけで「香苗ちゃんって、バスケットボールとバレーボールやったら、絶対似合うよねっ」なんてことをカル~く言っていた美空の言葉がキッカケで、どちらかを決められずにいるのは、別にどっちも好きだからとか、そういう理由じゃなくて、どっちをしている香苗もカッコいいと美空が言ってくれるからなんです…と、いうワケで、回想は終了、本編に戻ります。




「あのね美空。用件は分かってるから、手短に言うよ? 大会が近いもんだから部活で忙しいの。しかも掛け持ちしてるから、アンタと遊んであげられるヒマなんて一切無し。これからハードな練習が待っているので、私は、もう一眠りします。おやすみなさい」


 まるっきり感情のこもらない棒読み台詞で、一方的に電話を切って頭まで布団を被る香苗。電話の向こうの美空は、ブーっと口を尖らせ脹れています。


 そこから始まる美空の電話攻撃。遊んでくれそうな友達に電話を掛けまくりますが…で、およそ一時間後、ベッドの上にヘタリ込み、どよ~んと背中に影を落とす美空。


「はぅ~…私、みんなに嫌われてるのかな~…」


 見事、全員に断られ、撃沈した美空。


「ぐすっ…カナちゃんも、ミナちゃんも、ヨリちゃんも、ミキちゃんも、サナちゃんも、クーちゃんも、モコちゃんも、リンちゃんも、ミミちゃんも、キョウちゃんも、アイちゃんも、アコちゃんも、ピーちゃんも、ヨウちゃんも、マーちゃんも、ユキちゃんも、アヤちゃんも、マユちゃんも、ハルちゃんも、アンちゃんも………み~んな部活って、私だけのけ者にして青春しちゃってさっ」


『じゃあ、お前さんも、なんか部活入れば?』


「誰? まあ誰でもいいけど(ホントにいいのかな…ま、細かいことは、気にしないっ)私だって、できるならやってみたいけど、運動神経はゼロで、小学校の時の体育は『がんばりましょう』だったし、中学の時は、先生のお情けで、1のところ2にしてもらってたし、バレーをやったら顔面でトスあげちゃうし、バスケをやったら2回に1回は突き指するし、走ったらビリ以外になったことないし、子供用のプールで溺れたことあるし…まあ、そんなだから、体育会系の部活は絶対に無理だし、かと言って文化系も、針に糸を通せないくらい不器用だし、絵を描いたら幼稚園児並みだって言われるし、小学生の弟より頭悪いって言われてるし、小学生の時、音楽の授業で歌を唄ってみんなに笑われて以来、一生唄わないって心に決めてるくらい音感無いしで、そんな私は、いったい何部に入ればいいのでしょうか?」


『う~ん………帰宅部?』


「やっぱり? って、はぅ~…私って生きてる価値無いのでは…」


 自虐な独り言で落ち込み、デロ~ンと融けるようにうな垂れて更に真っ黒な影を背中に落とす美空。一人でいると死にたくなりそうなので、リビングへ向かいます。



 ソファーに座り、アニメを見ている弟の後ろに立って、背もたれに両手を掛ける美空。


「ねえ、ヒロ。お姉ちゃんが、どっか連れてってあげようか?」


「はあ? お姉ちゃんを、どっかに連れてっての間違いだろ? 悪いけど俺は、姉ちゃんと違ってそんなにヒマじゃないの」


 お見通しの弟に軽くあしらわれる美空。


「もうっ、ヒロってば、ホント可愛くないんだからっっ」


「可愛くなくて結構。まあ、姉ちゃんほどじゃねーけどな。今どき、小学生だって姉ちゃんより美人で、いいカラダしてるぜ?」


「なっ!?」


「ふふっ、ホント、誰に似たのかしらねぇ」


 対面キッチンの向こうで洗い物をしている母(Eカップ)が追い討ちをかけます。


「ひどっ! お母さんまでっっ」


「ふふふっ。ごめんねミーちゃん。悪気はあるのよ?」


「ははは…お母さん? 私、リストカットしていいかしら…」


 既に全身が真っ黒な影で覆われた美空が、世捨て人のように蔑んだ瞳で母に訴えかけます。


「それはダメ。だって、ミーちゃんがいないと日曜日に朝寝坊できなくなっちゃうもの」


「それ…だけ?」


「うん、それだけ」


 満面の笑みで、キッパリと言って返す母。その場に崩れ落ちる美空…。


『生きていれば、そのうちいいこともあるさ』


 そう目で語り、美空の肩にポンと手を載せた弟の、ささやかな姉弟愛に美空は失意のどん底から無事生還をはたします。


「お母さん、今日、用事は?」


「う~ん…別に無いけれど、超ヒマだから、お父さんの墓参りでも行こうかしら。ミーちゃんも一緒に行く?」


「それだけは、遠慮しときます。お父さん、一応、健在だし…」


 超皮肉やら悪意を込めた冗談を言う母に、超遠慮気味に返す美空。ちなみに父は、この話には登場しないので、軽くふれておきます。


 父ヒロシ(仮名)ダメ親父、趣味は釣りで、日曜日は早朝から夕方まで帰ってこないので、母の中では死んだことになっているようです。以上。


「そう? 残念。じゃあ、お母さん一人で行ってくるわね」


『ホントに行くの?』


 ツッコミたいけど、怖くてつっこめない美空とヒロ…まさか本当に墓が実在? 殺害計画ありとか? そんなことが二人の脳裏をよぎります。


「あら、ミーちゃん。青春真っ盛りの女子高生が、彼氏もいない、遊んでくれる友達もいないでお留守番? 可愛そうに、そうやって無駄に青春が終わっていくのね」


「お母さん…私を虐めるのって、そんなに楽しい?」


「えっ? 楽しいわよ? ふふっ、お母さん的には、ミーちゃんもヒロくんみたいに男の一人もウチに連れ込んでほしいわね」


「なっ!? なんで母さんが知ってんだよ!!」


 驚いて立ち上がったヒロが、顔を真っ赤にしてそう言います。


「ほほほっ、なんでかしらね~」


 そんなヒロに不敵な笑みを見せる母。


「えっ? え~~っ! ヒロが? 小学生のくせに?」


ヒトゴトなのになぜか顔が真っ赤な美空。


「今どきの小学生は、おませさんなのよ。親に隠れて、おウチでコソコソ、あ~んなことや、こ~んなこともしちゃうんだから」


「ば、ばかっ! まだなんもしてねえよ!」


「まだ? じゃあする気だったんだ。やっぱりおませさんね~。美空も少しは見習いなさい」


『見習うのかよっ』


 そう思っても、おバカな母親を喜ばせるのはシャクなので、あえてつっこまないヒロ。


「えっと、その、見習うって…あの、小学生で、あ~んなこととか、こ~んなこととかっていうのは、その…まだ早いのではと思ったりで…でも、お互い想いあっているなら、その…でも、私は、まだ早いかな~なんて思ったりで、その…」


 貧困な想像だけで顔を真っ赤にして舞い上がってしまった美空が、たどたどしくそう言います。


「あら、ミーちゃんったら、考えが処女丸出し。ホント初心よね~。まったく誰に似たのかしら」


『アンタじゃないのは確かだな』


 やっぱり、ヒロくんの鋭いツッコミが入ることはないのです。


「まあ、お母さんみたいに子供の心を忘れないのは、いいことよね」


『お前は、ガキより性質が悪いから、早く忘れてくれ』


 分かるよね? もう語らないでおきましょう。


「どうせヒマなら、子供の心を養う為にも動物園なんてどう? 周期的にもそろそろじゃない?」


「おおっ! その手があったね」


 母の提案に、ポンと合いの手を打つ美空。『その歳で動物園って…て、行くのかよっ! っていうか周期ってなんだよ、周期って』


 つっこむと漫才が成立してしまう…それだけは避けたいと我慢のヒロくん。


「なんか動物って癒されるのよね。人間と違って、あの、けがれてない感じが」


『人間じゃなくて、アンタがの間違いだろ?』


「特に、お母さんはゾウさんが好きね」


「私もっ。あの、つぶらな瞳がたまんないの」


「ふふっ、ミーちゃんはお子様だからまだ分からないかもしれないれど、そのうちきっと違うゾウさんも大好きになるわよ。お父さんもね、ああ見えて結構…ふふふっ」


「えっ? なに? 違う象さんって?」


 母の言っていることの意味が分からず、不思議そうに首をかしげている美空。


『ダメだこりゃ…』


 大きく溜息をつき、この母親から産まれてしまったことを思いっきり悔やんでしまうヒロくんなのでした。




「いってきま~すっ」


 そう言って玄関のドアを開ける美空。


「いってらっしゃい。ミーちゃん、お土産にプロフィーくんストラップ買ってきてくれる?」


「うんっ。分かったよ~」


 そう返事を返して外に出た美空。


「おい、そんな冗談言って、姉ちゃんホントに買ってくるぜ?」


「あら、ホントに頼んだのよ? だってカワイイじゃない、プロフィーくん」


『あれのどこがカワイイんだよ!』


 と、ヒロくんも思わずツッコミたくなる微妙なキャラクターのプロフィーくんに関しては、後で説明します。





 新しい建物はまばらで、ワリと古くからの家が多い昔ながらの街並みの中、入り組み、上り下りが多く、ほとんど車の通らない私道を、ハァハァと息を切らしながら額に玉のような汗を浮かべ歩くこと10分少々、美空は動物園の入り口にたどり着きました。


 沿道には塀代わりの立ち木が隙間無く立ち並び、入り口横の少々錆びの目立つ白塗りの立て看板には、黒いペンキ字で『星見が丘湖 動物公園』と園名が書かれています。


 入園料は無料で、入り口には特に門などは無く、係員も居らず、自由に出入りすることができます。


 やっぱり無料ということもあって入り口正面にある二百台ほど乗用車が駐車できる砂利引きの駐車スペースはほぼ満車で、隣接する県外のナンバーを付けた車も多いようです。


 結構な客入りの見慣れた園内をウキウキと胸を躍らせ瞳を輝かせながら見て回る美空。


 派手な演出や出し物、展示物は無いけれど、象にキリン、ライオンやシマウマ、サル山もあり、熊、鹿、ペンギンにフラミンゴまで、飼育されている動物は大きな動物園から見れば少ないのかもしれないけれど、それでも主要動物も揃い、種類もそこそこ多く、無料だからといってバカにできない、見所満点の素晴らしい動物園です。


 この町のもっとも高台の山を利用して造られた動物園は、山の頂上付近にあたる入り口から山を下っていく形で山の自然をそのままに景観をそこなうことなく斜面を上手に利用して造られていて、まるで動物たちが、この山に生息しているかのような雰囲気を出すことに成功し、そんな動物と共に山の自然を楽しむことができます。


 入り口から続くデコボコとした石畳の通路を動物を見ながら下っていくと、下りきった先には星見が丘湖という小さな湖があり、アヒルやカモなどが放し飼いになっています。


 湖の周囲に整備された木製の遊歩道から、その姿をみることができ、またスワンボートに乗り、もっと真近で触れ合うこともできます。


 その他、湖を見ながら食事ができる食堂に売店とファーストフード店、それと小さな舞台のついたイベントスペースが用意されています。


 大好きな動物たちを堪能して、すっかり上機嫌の美空が湖へやってきたのがお昼を少し回った頃。


 湖周辺の芝生にレジャーシートを引き、お弁当を広げる家族連れでにぎわう中、遊歩道の途中途中に設置された丸太作りのベンチの一つに腰掛け、ファーストフード店で買ってきたハンバーガーを頬張りながら、そのパンのところを小さく千切っては湖に投げ入れ、やってきては、それをついばむアヒルやカモたちに「キミたちだけだね…私に付き合ってくれるのはさっ」なんて愚痴をこぼしていた美空。


 昼食を取る人たちで人通りの多くなっていた湖周辺、家族連れや友人同士、散歩に訪れたお年寄り夫婦や恋人同士、そんな人の流れを、つまらなそうに眺めていた美空の目に留まった一人の女の子。


 人の流れに乗って石畳の上を一人きりでトボトボと歩いてきた五歳くらいのその女の子は、うつむき、目の周りを真っ赤に腫らしています。


 無意識に、その女の子の姿に、幼い頃の自分の姿を重ねてしまう美空…。




「やだよぅ…どこに行ったの…」


 見知らぬ町を当ても無く、たった一人で歩き続けていた、当時、小学4年生の美空の口から漏れたそんな呟き。


「どうして…ずっと一緒だよって、約束したのに…」


 暮れていく夕日、枯れることなく流れ続ける涙…。





 いてもたってもいられず、残っていたハンバーガーを口の中に押し込み、ジュースで一気に流し込んだ美空は、ゴミを近くにあったくずかごに投げ入れ、女の子のところへ駆け寄ります。


「ねえ、どうしたの?」

『あんな思い…私だけでたくさんだもん…』


 女の子の前にしゃがみ込み、そう声をかけ、優しく微笑みかける美空。


「ママがいなくなっちゃったのかな?」

『私、ちゃんと約束守ってるよ?』


 尋ねた美空の声に「うん」とうなずいた女の子は、大きな声を上げ泣き出してしまいます。


「一人きりで寂しかったよね。もう平気だよ?」

『今だって、思い出して辛くなって…でも、ほらっ』


 女の子の頭を優しく撫でた美空は、女の子の左手を右手でキュッと握ります。


「ほらっ、あそこにクマさんがいるよ? 悲しい時はね、まず楽しいこと考えるのが一番っ。」


 イベントスペースで子供に風船を配っていた着ぐるみのプロフィーくん(この動物園のマスコットキャラクター。モデルは、園長の飼っている愛犬ですが、知っている人はほとんどいないらしいです。ただ白いだけの何の特徴も無い犬で、確かにクマに見えなくも無いキャラの曖昧ブリ。嫌われるワケでも好かれるワケでも無い存在感の薄さで、園長が調子に乗ってぬいぐるみにTシャツ、タオルに姿焼き、その他思いつく限りのグッズの販売を行いましたが、一切売れないまま販売中止になり、今ではストラップだけが売店の片隅でひっそりと売られています)を見つけた美空は、女の子の手を引いてイベントスペースへ向かいます。


「風船、一つもらってもいいですか?」


 プロフィーくんにそう声をかけ風船をもらった美空は「はい、どうぞっ」と、その風船を女の子に手渡します。


「ありがとう…お姉ちゃん」


「どういたしましてっ。いい子だね。お名前、聞いてもいい?」


「うん…あずきっていうの」


「へへへっ、可愛いお名前だね。あのね、今、あずきちゃんのママがね、あずきちゃんのこと一生懸命捜してくれてるの。でもね、あずきちゃんが動き回っちゃうと、とっても見つけずらくなっちゃうんだ。だから、ここで待ってようよ。そしたらね、大好きなあずきちゃんのこと、ママが絶対に見つけてくれるの。そうだっ! ちょっと待っててくれる?」


 駆け出し、足を数歩前に出したところで、まだ近くにいたプロフィーくんが視界に入り、ピタッと足を止めた美空が、プロフィーくんに駆け寄ります。


「クマさんっ、お願いがあるの。あの子、迷子なんだ。きっと辛くて心細くて、とっても悲しい思いしてると思うんだ。だから、あの子のお母さんが来てくれるまで傍にいてあげてほしいの。クマさんが一緒にいてくれたら、あの子も喜んでくれると思うから…」


 一瞬、美空の顔を見て動きを止める…でもすぐに大きくうなずいたプロフィーくんが、任せておけと言わんばかりにオーバーアクションで美空に親指を立てて見せると、可愛らしく蛇行しながら女の子に駆け寄り、肩をポンポンと叩くとイベントスペースの舞台中央の縁に腰掛け、右隣の縁を軽く何度かポンポンと叩いた後、女の子を手招きします。


 隣に腰掛けた女の子の頭を包み込むように優しくそっと撫でるプロフィーくん。


 泣きべそだった女の子の顔が、そのフワフワとした手が離れては動くたび、少しずつ少しずつほころんでいきます。


 無意識に足を止め、その光景に見入っていた美空…重なる記憶…暮れる夕日、輝きだした星たち、公園のベンチ、頭を撫でてくれる温かくて優しい手のぬくもり…。


 思い出しちゃダメ…辛いだけの幸せな記憶…払拭しようと頭を数度、左右に振った美空は走り出しました。




「はい、あずきちゃんっ」


 両手に一つずつ持ったソフトクリーム。そう言って右手の一つを女の子に手渡す美空。


「ありがとう、お姉ちゃんっ」


 すっかり上機嫌になっていた女の子が満面の笑みでお礼を言うと、嬉しそうにソフトクリームを頬張ります。


 ホッと胸を撫で下ろし女の子の横に腰を下ろしてソフトクリームを食べだした美空。


「クマさんは…えっと、食べれないよね。ごめんね…」


 済まなそうに顔を覗き込み、そう言った美空に、大きく首を横に振って見せるプロフィーくん。


 まるで周りとは時間の流れが違うかのような三人だけの、なんだかほんわかした空間。



「あっ!! ママだっ!!」

 二人のソフトクリームがコーンだけになりかけた頃、突然立ち上がった女の子が石畳を下ってくる人波の中を指差し、そう言います。


「ママーっ! こっちこっち~っ」


 大きく右手を振って自分の居場所を知らせる女の子。それに気付いた一人の女性が慌てて駆け寄ってきます。


「ママーーーっ!!」


 女の子は、嬉しそうに目尻に涙を浮かべ、母親に抱きつきます。


「もう! 何やってんのよ、まったく…心配したんだからね!!」


 女の子を抱き上げてギュッと抱きしめる女性。少しきつめにそう言いながらも、喜びに瞳を潤ませています。


「よかったね、あずきちゃんっ」


「うんっ!! ありがとう、お姉ちゃん、クマさん」


 お母さんに抱かれ、満面の笑みでそう言って大きく手を振る女の子。何度も何度も深々と頭を下げ、その場を去っていく女性と、手を振り続ける女の子、段々小さくなっていく二人を、舞台に腰掛け見送っていた美空とプロフィーくん。


「よかったね、お母さん見つかって」


 美空の声に大きくうなずくプロフィーくん。


「へへっ、私の言った通りだったでしょ? 迷子になった時は動かないのが一番っ。経験者は語るなんだよね。街で友達とはぐれて、お互い探し歩いてたらね、次の日学校で会うまで…なんてことがあったんだ…」

『結局、見つからなかったんだ…そう、あの時だって…』


 美空の、真夏のお日様のようだった笑顔が、突然曇り、視線を落としてしまいます。それに気付き、心配そうに美空の顔を覗き込むプロフィーくん。


「えっ? あっ! なんでもないの、なんでもっ。へへへっ…」


 無意識にそんな顔をしてしまっていた自分に気付き、慌てて笑顔を作ってみせる美空。


「ありがとう、クマさん。私だけじゃ、あの子を笑顔にしてあげられなかったかもしれない。クマさんのおかげで、あの子がここに来たことを辛い思い出にしないで済んだと思うから…」

『いつもは、こんなことないのに…あの女の子を見てから…クマさんの優しさに触れてから…一人ぼっちのせいもあるんだと思う…私…笑顔でいられない…』


「クマさん? あの…お願い聞いてくれますか? あずきちゃんみたいに、私の頭も撫でて下さい」


 なんだかとても辛そうな表情でそう訴えかける美空へ、そっとうなずいたプロフィーくんは、優しく美空の頭を撫でます。


 美空の瞳から溢れ出す涙、驚いて撫でるのをやめるプロフィーくんに「クマさんのせいじゃないっ」と首を何度も横に振る美空。


「違うの。なんで泣いてるのか自分でもよく分からないけれど…でも、多分、これって悲しいからじゃないよ」

『私、知ってるの…このぬくもり…』


 立ち上がり、プロフィーくんの正面に立って涙を拭う美空の顔には、戸惑いながらも少しだけ笑顔がこぼれていました。


「クマさん、優しいんだね。なんだかね、クマさんのおかげで、あったかい気持ちになれたの。お仕事の邪魔になっちゃうのは分かってるけど…でも、また頭を撫でてもらいにきてもいい?」


 大きくうなずいてくれるプロフィーくんを見て、美空の表情がパーッと華やいで…。


「ありがとっ、クマさん。私、美空っていうの。それじゃ、またっ」


 ニコッと可愛らしい笑顔で小さく手を振って見せ、走り去っていく美空。そんな美空に手を振ることも忘れ、まるで時間が止まってしまったかのように動きを止め、無意識に緩んだ左手から放れた数個の風船がフワリと空に舞っていくことにすら気付かないまま、美空の背中を呆然と眺めていたプロフィーくん…。




「ハァ…ハァ…これって…走ったからじゃない…よね…」


 プロフィーくんはとっくに見えなくなり随分と戻ってきたところで足を止め、小声で呟いた美空は、胸にそっと手を当てます。


 高鳴る鼓動、胸を熱くするこの感情…そう、よく知っているあの感情。あの時も感じた、あの…嬉しいハズのその感情を否定し、戸惑う美空。


 心のどこかで感じ取っていたのでしょう。あのクマさんの雰囲気が、仕草が、優しさが、そして手のぬくもりが、あの人にあまりにもよく似ていたから…だから怖かったのでしょう、また繰り返すかもしれないと…。









「…で、一緒に迷子の女の子と、お母さんがくるのを待ってたんだけどね、そのクマさんが、とっても優しいクマさんなの」


「ふぅ~ん…で、そのクマさんに惚れたってワケね」


「うん…」


 香苗へ、恥ずかしそうに肩をすぼめ、小さくうなずいて見せた美空。


「う~ん…まあ、いいクマさん(あれって犬じゃなかったっけ? まあ、いっか)なのは分かったけどさ、顔無し、声無しで、しかも着ぐるみだから人じゃないしでしょ? 判断材料少なすぎ。アンタ、恋なんてしたことあんの?勘違いだったりってことない?」


「違うっ! 私、あるんだよ…一度だけ本気で人を好きになったこと…だから怖いんだと思う…」


「美空…アンタ…」


 香苗は、美空のことなら何でも知っていると思っていたんです…でも、今ここにいるのは、香苗の知らない美空…。


『考えてみたら私、美空の助けになったことってあったのかな…いつも助けられてばかりだったんじゃ…私なんかに、何かしてあげられるの?』


 そんな不安にかられ、本当に辛そうにしている美空の顔が見れず、視線を落としてしまう香苗…その時、昼休み終了のチャイムが鳴ります。


「ごめんっ、美空。放課後…いや、部活があるから、終わったら美空の家に行く」


 慌てて机を元に戻しながらそう言う香苗。


「ううん、わざわざ来なくても今度でいいの」


 自分の席に戻ろうとする香苗を呼び止めてそう言う美空。


「ダメっ! 絶対行くから待ってて。私、美空の力になってあげたいから…」


 この場を逃げられたことに胸を撫で下ろし、どこかホッとしている自分に気付き、拳をギュッと握る香苗…。


「うんっ!! ありがとう、ナエちゃんっ」


 香苗の言葉を聞き、嬉しそうに無邪気な笑顔を見せる美空を見て、香苗は握った拳を更に握り込みました。



                                           つづく

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