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お兄さんと恋のライバル?

 

 あ、いつの間にか続刊が出てるんだ。


 学校からの帰宅路にある本屋にて、懐かしさで思わず手に取ったのは世間様に堂々とお見せ出来ない表紙とジャンルのコミックス。少女漫画のようにキラキラしているのにヒロインらしい女の子は描かれていない肌色メインに艶かしく絡み合ったオノコらの表紙絵。詳細を説明するのはどこか憚られる禁断の園を描いたそれは俗に言うBL漫画である。

 ちなみにこの作品はこてこてテンプレなカップリングなんだけど、悪友曰わく良い意味で期待を裏切ってくれる王道の斜め四十五度に進んだ作風だからその道ではかなりの人気がある作者だと熱弁された。釈明する訳ではないが私は勧めあれば読まない事もないのだけれど、お母様がBL嫌いなお方なので万が一の危険を冒してまで購入はしない。あとBL好き女子でもない。

 ――だけど思い出深いシリーズなんだよなぁ。


「買うの、それ?」

「うひゃっ」


 なんとなく棚に戻しがたく本を睨んでいると背後から突然の声。肩を震わせて振り向けば、接客業としてはどうなのだって長さの前髪と太く型遅れで黒縁のダサいフレームで素顔を誤魔化した店員が立っていた。


「鈴ノ木さん、驚かせないでよ」

「ごめんごめん。それよりもお客様、本日は参考書でなくて娯楽本をお求めで?」


 一見するとちょっと近寄り難く、ぱっと見引きこもりオタクな身形の店員が優しく尋ねる。物腰は良いのだからもう少し鏡を気にしたらってルーズ感を漂わせてはいるこの人、でもマジマジと見れば隠しきれていない美形の素顔が分かってしまうほどの美貌の持ち主。それでも店員さんと機械的に接しかつ関心がなければその素顔になかなか気付けないだろう。現に私は一年以上通いつめても存在すら知りもしなかった。元々、ショップでの店員との対話が苦手な私は本屋では特に好きな本に熱中し、店員など目にかける事もなかったのが要因だけど。

 それが今では当たり前のような至近距離で言葉を交わしているなんて合縁奇縁。

 

「集めてるシリーズものはどれも新刊が出てないから新境地開拓に踏み出したいのだけど何かオススメはないかな?」

「今手にしてる本は? 陽幸ちゃんの部屋に置けなければ俺の部屋に置いていいよ?」


 恥ずかしながら背後から抱き締めでもするような密着状態を保ちつつ、わざわざ息を吹きかけるように耳元で囁いて私の手の中の本を取る関係も合縁奇縁……!

 メガネレンズを擦ってるんじゃないかってくらいの長い睫毛が頬に影を落とし、低過ぎないが細過ぎでもない中性的な柔らかい声で私の鼓膜を犯してしまうフェロモンたっぷりなこの鈴ノ木店員。何を隠そう一年前、一冊のBL本から私が彼を認知したのをきっかけに付き合うようになった私の彼氏さんである。

 顔面格差は承知の上! 片や性別すら判別し難い天使のような美貌を持ち合わせた大人の彼に、片やどこにでもいるありふれた十人並みの顔に内面も才能もふ・つーの域を出る事のない文科系眼鏡女子高生なんて釣り合わないのは分かっている。加えて若い女性を中心に人気の新進気鋭のベストセラー作家なのだからハイスペックもいいとこ。

 だけどその点に関しての葛藤は時間をかけて済ませたので今の関係があるのだ。私は鈴ノ木さんが好きだし、鈴ノ木さんも私が疑いようがないくらい甘々ベタベタに愛情を惜しみなく慎みなく表すから吹っ切れたとも言えるけど。


「この漫画、俺が買っておくから仕事上がったら部屋で読みなよ」

「いいですよ。サトから借りれる筈だし」

「分からないかなぁ。部屋に呼ぶ口実なのに」


 くすりと笑ってその漫画を取り上げると鈴ノ木さんはカウンターまで持って行ってしまう。従業員お買い上げの取り置きらしい。

 成り行きで着いて行くと今度は別の本を数冊出してレジに通す。


「これは陽幸ちゃんも読みたがってたやつの文庫本ね。書き下ろし短編もあるし、出版社ストラップがキャンペーンで付いてきます」


 流れるように話しながらブックカバーを取り付け、会計をエプロンのポケットから取り出した図書カードでさっと済ませる手際に私は財布を出す暇もなく、書店の袋ごと商品を戴いてしまった。

 

「俺からのプレゼント」

「嬉しいけど貰えないよ。欲しい本は自分で買うようにしてるんだから」

「いいから。これ読んで時間潰して待ってて欲しーの。一緒に帰りたいからさ」


 ね。なんて小首を傾げておねだりされたら折れるしかないじゃない。

 一緒にいたいから。一緒に帰りたいから。

 そういうおねだり、好きな人に言われるだけでキュンとしてしまう。しかも私の性格を理解したチョイスのプレゼントまでされては強くは断れない。

 も、物につられてなんかないよ! 本は好きだけど、私の好みを知ってて貰えるのが嬉しいんだ。私が何を好きで、何に感動するのか。それを知る分だけ鈴ノ木さんが私に片思いをしてくれていた期間がくすぐったいんだ。


「ありがとうございます」


 はにかんでお礼を言えば鈴ノ木さんは飼主に褒められた子犬のように目を輝かせる。

 ううう。このまま抱き潰したい衝動に駆られるけど人の目もあるし、その前に鈴ノ木さんは仕事中だし、ちょっと店長さんの目も痛いし。

 そのような訳で私は本を胸に抱えて手を振り、そそくさと店を後にした。

 気をつけているつもりなのだけど油断するとすぐ甘いオーラを出してしまうからいけない。行きつけの本屋なのにこの調子だと行き辛くなっちゃうよ。

 反省しつつ本屋向かいにある、これまた行きつけのミスドに入る。こちらでも「彼氏待ちの常連」と顔を覚えられているのだろうと考えると、ついつい私はトイレに近い隅っこの席を選んでしまうのだった。



 * * *


 私、嶋崎陽幸シマザキヒトミに人生初の彼氏、鈴ノ木蓮路スズノキレンジさんと正式なお付き合いなるものを始めたのが今年の一月末頃。それから九ヶ月、まだまだ甘々ラブラブな熱を持った時期ですがそうも甘ったるい事ばっか言ってられない季節になったなぁと、財布を取ろうと参考書ばかりの学生鞄を見て現実に帰る。


 高校三年生、秋。世の学生は進路に向かって大変な時期を迎えている。

 その戦にもれなく参加の私も受験生の肩書きを背負う一人だ。センター試験まで百日を切っていて、普通なら塾なり予備校なりで勉強に励むべきであり、彼氏に現を抜かして浮かれながら漫画や小説を読み漁っている場合ではない筈なのだ。しかも私の場合はこれから推薦入試を控えている。願書提出しての試験は来月だけど端から言われても否定の出来ないこの余裕っぷり。夏の講習でA判定を取っていなければ流石にこうも涼しい顔でドーナツなんか食べていられない。

 いや、塾も予備校も通っていないからそう余裕ぶってもいられないのだけど。

 ふと鈴ノ木さんから貰った文庫から目を上げて周囲を見渡す。夕方の時間帯は仕事明けのOLさんや私のような同じ学生が多く、その中にはノートを広げて勉強をしている制服姿の子もいる。

 自慢ではないが私は昔から勉強は得意な方だ。要領もいいと思う。テスト傾向の読みもいいので、親は大学受験の私を何処かに通わせるよりはこれから高校受験の弟を塾に通わせたりと若干放置気味。私自身、大学のレベルと今の学力を照らし合わせても危機感など覚えていない筈だったのに、周囲が受験モードに入ると足並みを揃えなきゃいけないように「勉強をしなくちゃいけない」という気になるのはどうしてだろう。

 成績が下がっている訳でもないし、先日の進路指導でも特に問題点はないからあとは体調管理に気を使いなさいと担任からも後押しを貰っている。現状、勉強と恋愛も両立出来ているのだから気に病む必要はないのに漠然とした不安感が胸の辺りにちくちく引っ掛かってなんだか落ち着かない。

 マリッジブルーやマタニティブルーなんて言葉があるけど、受験に対してそんな類の言葉はないだろうか。探してみるが見つからない。そもそも探す必要があるだろうか。今の私は受験勉強も順調で好きな人とも上手く行っていて問題なんてないのに、どうして不安の種を探そうとするのか。


 いかんな。生産的な悩みではないわ。


 頭を振り、気を取り直して改めて読書に耽る。本の世界に入ってしまえば時間を忘れる。周囲の声も気にならなくなり、私は物語を読み進める。

 本があれば待ち時間も退屈しない。鈴ノ木さんは活字こそ私のおもちゃだと知っていてよくそれを与えてはこうして私を仕事上がりまで待たせる。

 そうだ、不満なんてない。本が好きで待つ時間が好きで、その実、これが鈴ノ木さんに真綿で優しく拘束されているのだとしても私は幸せだ。


 どっぷりハマってしまってるなぁ。

 少し前なら考えられない自分の姿がおかしくてついつい吹き出してしまう。


「おーおー。締まりねぇ顔してんなぁ」


 突然降って来た太い声にびくっと肩を震わせる。本日二度目の不意打ち。

 慌てて本から目を上げ、相手を確認すると少しホッとした。鈴ノ木さんではない。その人が鈴ノ木さんでないのは声だけで分かっていた。パッと視界に入ったVネックのシャツから覗く鎖骨の太さが違う。隆起した筋肉で首から肩にかけて丸みのある逞しいライン。線の太さから何からまるで逆のタイプ。年齢も鈴ノ木さんより随分上で、似てる部分と言えば実年齢よりは若く見える点だろうか。


「え? どうしたの? 偶然?」


 まさかこんな場所で会うとは思わない相手に声を弾ませればその人は目尻に皺を刻んで微笑う。


「聞いたんだよ。深雪姉さんからこの時間なら此処だろうって」

「母さんから? わざわざ私に会いに?」


 疑問符ばかり浮かべつつも喜び隠せずに声を高くすれば、そんな私を落ち着かせるように頭を押さえつけるようにして優しく叩かれて静められた。


「落ーちー着ーけっての。たく、図体ばかりデカくなってもヒイは相変わらずだなぁ」


 そう言って低く笑うと身体に染み付いた煙草の匂いがふわりと香った。昔から変わらない同じ銘柄の匂い。私の頭を撫でる皮の厚い大きい手も相変わらずで嬉しくなる。


「そう言う桐吾トウゴ君も変わらないね。皺があるくらいかな」

「バカタレ。それこそ今が脂乗ってる証だろうが」


 頭をくしゃくしゃにされながらも私はこの突然の再会を純粋に喜んでいた。この喜びようが端からどう見えるかなんて考えなどもせず。


「――陽幸ちゃん?」


 存在を思い出したのがその声を聞いてからだなんてなんと薄情な彼女だろう。

 仕事を終わらせ、待ち合わせ場所にやって来た鈴ノ木さんを見て、私ははしゃぎ過ぎた自分を反省した。

 まるで雨の中に打ち捨てられた子犬のように円らな瞳を向けられ、私は助けを求めるように相席の彼に視線を投げる。と、急に体がぐっと傾いた。頭を抱えられ、相席の彼の胸元にギュッと引き寄せられているのだとテーブルを挟んだキツい態勢で理解する。


「ヒイ、この野暮な優男は誰よ。ん?」

「ちょ、桐吾君……」


 彼氏の前、店の中、公衆の面前。彼の突飛な行動にぐるぐる目を回していた私だけど、それ以上にハンマーで殴られたような衝撃を受けている鈴ノ木さんを見て申し訳なさと冷静さを取り戻す。

 とりあえずこの場をどう説明しようと考えるより先に、しばらくはこの店には来れないなというのは真っ先に理解した。


 

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