1章♯09 あちこちからの招待状
それは言ってみればオフ会だったし、試験の打ち上げとも取れた。土曜のお昼、新規にギルドに入会した先生と話がしたいと、沙耶ちゃんが僕にセッティングをお願いして来て。
それならばと、稲沢先生が場所を取ってくれたのだった。幸い今日も、先生は夕方からの授業らしい。4時まで時間は平気らしく、昼食を快諾してくれて。
そんな訳で食事の場所は、何故か昼間の居酒屋さん。お昼はランチをしているらしく、先生の顔が利くお店でもあるらしい。塾の生徒との親睦会も、ここでやったりするらしく。
いわば超穴場、お座敷でのんびり昼食を楽しめるのだ。
「あれっ、メルから呼び出しだ。藤村さんが、急に都合悪くなったらしいや。どうしよう?」
「お食事まだなら、一緒に食べようか。バクちゃんもいいですか、子供が交じっても?」
「ああっ、この前の子ね? 全然構わないわよ、私子供好きだし」
それならばと、沙耶ちゃんが迎えに行ってあげると名乗りを上げて。確かにここで僕が抜けたら、初対面同士が残されて気まずいかも知れないけど。
携帯でメルに待っててと告げる沙耶ちゃんは、完全にこの場を仕切っていたので。口出しする事も出来ずに、僕らは先にお店に入って寛ぐ事に。
優実ちゃんは呑気に、初めて入るお店の雰囲気に酔っている様子。
「わっ、居酒屋さん入るの初めて。ジョッキ生で! って注文するの、バクちゃん?」
「バクちゃん……その呼び名は、もう固定なの? 一応これでも、先生歳上なのに……」
「別に構わないわよ。それってハンドルネームみたいなもんだし、親しみがあるじゃない? ちなみにお酒はNGだからね、私も普段は全然飲まないし」
そうなんだと、優実ちゃんは少し驚いているよう。実際、先生の私生活は地味で堅実らしい。僕は何となく知ってたけど、その反動でゲーム内ではギャンブル漬けだったのかと質問すると。
人間、どこかで捌け口は必要なのだと、何となく悟った口調で呟く先生。大人だね~と、相変わらずな優実ちゃんだが、先生はにこりと余裕の表情。
ところが先生、ギャンブルは運も必要だが、数学の確率計算も大事だと独白。
要するに、確率の高い時に大きく張って、小さい時には小さく賭けるのだそう。数学の先生ならではの意見、カードゲームなどでは、特にその傾向が強いらしく。
運の良さも相当な物だが、それだけではコインを数十万枚も貯め込めないとの事。そんなに持ってるんだぁと、優実ちゃんはビックリ仰天していたけど。
普段の慎ましい生活からは、想像出来ないフィーバー振りである。
「多分、何日連続でコインを稼いだとか、何万枚以上の高価景品を幾つ交換したとか、そんな事が100年クエスト発動のトリガーだったのかな? 招待状が貰えたの、今の所は私一人な気がするんだけど」
「へえっ、バクちゃん100年クエストの招待状貰ったの? 凄い~♪」
「えへへ、これでも4年選手ですから! でも手を出すのは、優実ちゃんたちがレベル100を超えてからが無難かなぁ? どう思う、凛君?」
「そうだね、圧倒的にレベルも足りてないし修羅場も潜り抜けてないし。またしばらくは、レベル上げに戻った方が良い気がするよね」
そんな話をしながら時間を潰していると、ようやく沙耶ちゃんが戻って来た。メル姉妹もちゃんと連れて来ており、サミィはお店の雰囲気に緊張気味の様子。
顔見知りの優実ちゃんと先生が、サミィを見ておいでとの身振り。ところがサミィは、僕を見つけて真っ直ぐに僕の膝の上に。多分、初めての場所に寛ぐ空間を欲しがったのだろう。
女性二人からは睨まれたけど、僕にはどうしようもなく。メルも近付いて来て、もう風邪は平気かと尋ねて来る。心配掛けたねと返事をしつつ、そう言えば姉妹とは1週間振りくらい。
そう、あの病院で別れて以来になるのだ。
僕は大丈夫と答えて、彼女に席を勧める。沙耶ちゃんも着席して、ようやく食事のムードになって。僕の大丈夫にはいろんな意味が含まれていたが、それは彼女の知らなくて良い事。
オーダーを通してしまうと、早速お喋りが開始されたのだけど。改めて見ると、周囲は女性ばかりの事態に。最近はそういうのも慣れてしまって、別に緊張もしなくなった。
沙耶ちゃん宅の、合同インのお陰でもあるけど。
沙耶ちゃんは本当は、この席で先生と色々ゲームの話をしたかったのだろうけど。メル達が来てしまったため、会話を一般的なものにしたりと考慮して。
食事が運ばれて来ると、一層と場は騒がしくなった。ワイワイと騒ぎつつ、各自箸を進めて行くのだが。やっぱりサミィのスピードに合わせて、食事は低速度を維持。
その間、女性陣がかしましく喋り続けるのは、まぁ当然だろう。サミィは僕の世話を当然のように受けながら、珍しく機嫌が良い感じ。1週間振りと言うのも、あるのだろうが。
本人は案外、久し振りだから甘えるチャンスだと思っているのかも。
「焼き鳥は食べないの、メル? あっ、家にオウム飼ってるから嫌なのか!」
「食べれるよ? リンリンがね、鳥も小鳥を食べるから人間も食べるのを遠慮しなくていいって」
「へ~っ、リン君は案外言葉の魔術師だねぇ。将来は詐欺師?」
「人聞きの悪い事言わないで、優実ちゃん。子供の好き嫌いを無くす、涙ぐましい努力だよ」
最近僕への風当たりが強い気もするが、そこはぐっと堪えて。サミィが手にした焼き鳥を、僕にアーンして食べさしてくれたりして、何だか嫉妬の視線もチラホラ。
サミィの機嫌が良い理由が、メルの発言からようやく判明。どうやら来週辺り、母親が退院出来るらしく。なるほどそれで、普段より一段と行儀も良かった訳だ。
僕が良い子にしてたからだねと言うと、サミィはニッコリ笑って頷いて来る。
「そっかぁ、おめでとう! あれっ、でもこれでリン君もお役御免?」
「リンリンは友達だもん! パパとも親しいし、家庭教師に雇って貰おうっと♪」
「お花! リン、お花が咲かないの、ママにあげるの!」
「そっか、それじゃあママの退院の前の日に、お花屋さんに買いに行こうか?」
僕の言葉に、サミィは真剣な顔でコクリと返事をする。指切りをしつつ、いつも買い物に行くお店の隣だよと言うと、サミィは思い出すように、顔をしかめるのだが。
代わりにそう言えばと思い出したのは、意外な事にメルだった。あそこの店主さんもファンスカのプレーヤーで、何やら最近ゲーム内で困った事情があるらしく。
昨日の夜に、パパに相談を持ち掛けていて、どうやら人数の必要な事態が持ち上がっているらしくて。ひょっとしたら、リンリン達にも応援の要請が行くかもとの事。
沙耶ちゃんは、確かめるように僕を見て首を傾げる。
「その人って、確か領主の資格持ってる土属性キャラの人だっけ? 前にお店で話した事あるよね、リン君……何て名前の人だっけ?」
「確か、神田さんって名前じゃなかったかな? 領主持ちなのに、何故かソロでしか遊べてないって、まるで先生みたいな事言ってた気が」
「へえっ、そうなんだ。まぁ、大人は色々と都合があるからねぇ。案外学生の方が、適した時期なのよねぇ。色々と仲間で協力して、物事に打ちこむのには」
「バクちゃんも若いじゃない、一緒にこれから打ち込もうよ! あれっ、じゃあその人も、誘ってみたら案外ウチに入ってくれるかも?」
おおっと、優実ちゃんのアイデアに湧く一行。よく分からないサミィも、何となく拍手してみたり。その頃にはみんな食事も終わっていて、メルとサミィの残り物は自然と僕の前に。
いつもの事なので、僕はそれを片付けて行きながら。みんなの会話の中心は、自然とゲームとその中のキャラの事に移って行って。メルが、またレベル上げしようと皆に誘いを持ちかける。
その頃にはサミィは満腹でお眠りモード。僕は制服の上着を羽織ってあげて、女性陣も声を低める労わりを見せる。今度の会話の内容は、学生諸君の成績へと移行していた。
稲沢先生は、試すようにメルに爪楊枝を使ったパズルを出題したりして。
数分後には、皆で額を寄せ合って解答を模索する破目になっていた。大抵は意地悪問題で、発想の転換が無いと解答が導き出せない仕様になっているのだけど。
僕が答えようとすると、皆が黙らせようとして来るので。仕方なくサミィの寝顔を見ながら、座敷に寝転がる僕。女性陣の仲が良くなる分、僕が除け者にされて行く気が。
それでも嫌な気がしないのは、多分それ以上の仲間の連帯感を感じているからだろう。食事は美味しかったし、僕も満腹感と幸福感に包まれた気分。
――試験明けのオフ会は、こうしてのんびりと過ぎて行った。
その日の夜と日曜日は、新生『ミリオンシーカー』にとっては大きな進歩を遂げたと言えるかも。環奈ちゃんやメルも交じって、約束通り初期エリアでレベル上げを敢行した結果。
久し振りにレベル補正を掛けて、さらに適性人数で適性場所に赴いてのレベル上げで。2日間で結構なレベルの上昇。沙耶ちゃん達は、平均5つレベルが上がった様子。
僕と環奈ちゃん、それから先生のレベル高位組にしても、平均3つの上昇は在り難い。ハンターPは今回は入らなかったけど、最近はもういらない程度にはジョブスキル数は増えている。
何しろ彼女達も、スキル用のスロットが銃スキルと相まって、パンパンで過剰気味。これ以上獲得しても、使用出来ないという悩みが発生してしまうのだ。
これから銃スキルもどんどん覚えて行くのに、切ない事だ。
とにかくスキルPの獲得により、沙耶ちゃんの銃スキルが70台に。これによって、新スキル技の《粘弾》を取得した。これは敵の動きを遅くする効果があるらしく。
優実ちゃんは《反射ショット》と言うトリッキーな射撃技を覚えた。クリティカル率の上がるスキル技で、大ダメージが出やすくなるらしいのだが。
とにかく二人とも、ようやくレベル90台突破である。新しく種族スキルも増えて、彼女達も嬉しそう。強さもようやく実感出来るようになって、それは武器でのダメージだとかペットの強さとか。
出逢った頃のショボさに比べたら、月とスッポンだと思う。
僕は相変わらず、魔銃のメンテに悩んでいた。沙耶ちゃんはもうすぐ、銃スキル80はクリア出来るのは分かっているけど。魔スキル20と言うのは、どうやっても消せそうに無い。
専属スキル技があるのは分かっていて、そのせいの設定らしいのだが。つまりは『魔』の宝珠を2つも入手するしかない訳で。師匠に相談したら、過去の冒険で見た事はあるらしいのだが。
さすがに超レア級の価値の宝物。パーティ内での分配争奪の結果、入手の時点でいつも負けてしまうらしい。師匠はクジ運が悪いのはどうしようも無いと、冷めた口調で語っていたけど。
師匠からいわくつきの遺跡は教えて貰ったが、入手確率は極端に低いらしい。
『それにしても、武器の方に必要スキル指定があるとはね。普通は複合技の書なんだろうけど、専属スキル技持ちの武器が最近増えてきたのかなぁ?』
『どうなんでしょうかね、バザー見てもそんな感じはしないですけど。複合技の書も、最近は売ってるのあまり見掛けませんよね』
『最近の流行が、ダンジョンや塔の攻略から離れて行ってるせいかもね。大物NMからもドロップするけど、そういうのを狩る連中は、大抵は仲間内で融通して使っちゃうしね。ミッションポイントの貰える、蛮族や獣人拠点の攻略には、みんな出向いて凄い流行り具合だし』
そういう流行があるのは確かだし、普通はパーティで遊ぶゲームなので、パーティの意思が流行に向きやすいのもあるのだろう。僕は塔やダンジョン攻略、割と好きなんだけど。
そう言えば塔の中などで、宝物が出やすい現象の理由がやっと分かった。沙耶ちゃんのペットがその原因で、それは彼女のこんな言葉から判明したのだった。
それは月曜日の夜にギルドが集合して、割とすぐの事。
『あれっ、雪之丈の髪の色が白っぽくなってる! これって成長した証?』
『ええっ、変わってるかなぁ? 見間違いじゃないの、沙耶ちゃんの願望で』
そんな事は無いと、必死で雪之丈をかばう沙耶ちゃん。この日は3回目のネコ獣人の隠し砦に行くか、先生の新しい片手剣入手の偵察に行くか、皆で集まって行き先の相談をしてたのだが。
ちなみに集合場所は、先生の希望で中央塔の中。貯まりまくったコインを景品交換して、パーティに色々プレゼントしてくれるらしい。コインはお金と交換出来ないので、品物と交換するしかないのだ。
交換アイテムを売れば金策にはなるが、交換レートが著しく不利なのであまり意味は無い。大抵のアイテムがコイン10万枚単位で交換なので、そこまで増やすリスクを考えたら普通の人は萎えてしまうのだ。
先生に限っては、リタイアした友達からお金や装備を受け継いでいたらしく。そのせいでお金には不自由していないとの事。寂しい理由だが、ネットゲームでは間々ある事だったり。
リタイアしても、友達の血肉になってゲーム内に残るのだ。
とにかく僕らは、昨日の冒険で入手した物や、僕が合成で作って来た物を1つずつ挙げて行った。最近は沙耶ちゃんの栽培した収穫物を送りつける攻撃も、僕のアドバイスで止んでいる。
自分で競売に出すようになって、価値のありそうな物だけギルド活動費用として、僕に渡すようになっていた。彼女の栽培の腕前は、順調に上昇しているようだ。
そんな訳で、まずは昨日の報酬の分配から。
昨日のレベル上げの合間に、僕らは4人で2度目のネコ獣人の隠し砦のクエに挑んでいた。何か起きるとは思っていたが、今回は他の砦を回ってNMを倒すという難題。
砦の中には当然雑魚もいて、大抵はケモノ型の獣人達だった。しかもやっぱり、変で雑なポリゴン仕様。敵の種類はイノシシとかイタチとか、クマとか鹿とか。
2時間近く掛けて、ようやく全ての砦のNMを倒し終えて。苦労した甲斐があって、報酬もかなり良かった。ネコ族の長から、全員に『闇市への招待状』を貰ったのだ。
それから魔獣使いの輝玉石というアイテム。砦のNMや宝箱からも、お金になりそうな素材や武器装備がドロップして、上々の結果となったのだが。
まだまだ連続クエは続きそうで、再度のお招きを受けたのだった。
とにかく僕は、昨日の報酬を競売で売り捌いた金額を4等分して配分する。それから昨日の報酬で貰った、魔獣使いの輝玉石の性能が分かったので皆に報告。
これは精霊石の一種で、召喚した精霊にトレード出来るアイテムらしい。優実ちゃんが試してみたいと言うので、僕は彼女にそれを渡す。呼び出した妖精に、優実ちゃんはすかさずトレード。
結果は全員の予想を奇麗に裏切った。何と妖精は白いネコへと変化。
『わっ、精霊石が戻って来た! なるほど、精霊に与えられる石は1種類だけなのかぁ!』
『そうなんだ、ところでこのネコ、ひょっとして前衛?』
『回復要員が1匹減っちゃうの? それは辛いわねぇ?』
『バクちゃんも回復持ってるじゃん! う~ん、ネコと妖精、どっちが使えるんだろう?』
全員がそれには興味津々だが、取り敢えず今の所はおいといて。次に僕は、優実ちゃんから預かっておいたネコの片手棍を持ち主に返す。強化合成で、MP+80まで上げた自信作だ。
これには彼女も嬉しそうで、召喚や回復にとても便利になったと感想を言う。優実ばかりずるいと、沙耶ちゃんはちょっとおカンムリだけど。
先生が、武器スロットが空いているなら、MPプラスの棍棒か護符を持ったらとアドバイス。どちらもギャンブルの景品にあるユニーク装備で、それなりに使えるらしい。
棍棒はいわゆる長い杖で、両手武器タイプ。MPプラス以外には恩恵は無いらしいのだが。その点は優実ちゃんのと同じで、それでも後衛には在り難い。
護符は盾スロットに装備すれば、各属性防御が上昇するらしい。遠隔から魔法で攻撃された時には、ダメージをかなり軽減出来る良品との事。
どちらも空いている沙耶ちゃんは、どっちを取るかでしばし悩んで。
やっぱり棍棒をチョイス、MP増量の方が恩恵が高いと思ったのだろう。先生がコインと交換してくれて、沙耶ちゃんがお礼を述べている。早速装備して、見た目がグッと魔法使いっぽく変身した。
MPの上昇は、優実ちゃんには及ばす+38程度だけど。元々がMPの多い種族なので、そこら辺は不満は無さそう。暇を見て僕が強化すると言うと、彼女の機嫌もようやく持ち直したよう。
そんな訳で、事前の強化は終わったのだが、肝心な行き先がまだ決まっていなくて。そんな中で、先程の沙耶ちゃんの雪之丈発言が飛び出したのだった。
僕も見てみるけど、はっきりした違いなど分かる筈も無く。
『鑑定屋さんで分からないかな? それとも占い屋さんとか、情報屋さんとか? ついでに凛君の言ってた、魔の宝珠の入手先も調べてみたら?』
『へっ、そんなお店が存在するの、バクちゃん? どこどこ、ひょっとして私たち行けないかも?』
『あっ、そうか……みんなは闇市の招待状、昨日貰ったばかりだもんねぇ。ついておいでっ、お姉さんが案内してアゲル♪』
先生はそう言って、毎度のギャンブル場を横断して行く。奥のいかにも怪しい護衛の一人に、先生は話し掛けた様子。その途端、先生の姿はフッと消え、どこかに通された様子。
続く僕らが通されたのは、なんとギャンブル場の奥の空間らしい。色んな店舗や怪しいNPCがたむろしていて、とても健全な場所には見えないが。
なるほど、前回の闇市に近い雰囲気がある。幸い、ここで通用するのはコインでも金のメダルでもなく、普通のお金のようだ。安心した僕は、色々と見て回る事に。
先生は鑑定屋で沙耶ちゃん達を呼んでいた。しかしそこではペットは見て貰えず、がっかりしながらもっと奥の怪しい店舗へ。占い屋では、しかし望み通りの言葉が貰えたみたい。
狂喜乱舞した感じのログが、どんどん流れて大変な喜びよう。
『わっ、わっ、プーちゃんの種類ってチャージホエールらしいよっ♪ レベルは78の体力自慢らしいね、うわ~っ、全部分かるんだぁ……ホエールって鯨??』
『トドにしか見えないもんね、プーちゃんは。あぁ、このペット名前鑑定っての選べば、教えて貰えるんだ? わおっ、雪之丈の正体はラッキードラゴン? 幸運を呼ぶペットだって言われた』
レベルは低くて、まだ40だそう。雪之丈も、とても外見はドラゴンには見えないが。幸運を呼び寄せるとは、どういう意味だろうか。スキル技とか、レアが出やすくなるのかも?
そう考えて、僕はフッと思い当たる節があるのに気付いた。幸運とは、つまり塔内で宝箱を呼び寄せる能力なのではないだろうか。つまり、宝箱過多はこの子が原因なのでは。
僕の推理は、概ね彼女達の賛同を得たのだが。レベルによる外見の変化も、恐らく当たっているのだろう。まだまだレベルが低過ぎて、急激な成長は窺えないが。
はやくちゃんとした竜タイプになって欲しいと、沙耶ちゃんは楽しみな感じ。
『いいなぁ、沙耶ちゃん! プーちゃんにもそのスキルがあったら、きっと格好良くなってたよっ!』
『召喚ジョブって面白そうねぇ。少なくとも、側で見守る分には』
『バクちゃんは何のジョブだっけ? そう言えば聞くの忘れてた』
『私は普通に、支援タイプだよっ。ふうっ、そろそろ騎乗のスキル欲しいわよね!』
支援タイプでは、やっぱり《騎乗》は花形のスキル技らしい。先生はまだ持っていないらしくて、騎乗トカゲ交換用にミッションPは貯め込んでいるらしいのだが。
ランダムでのスキル取得は、こちらの意思とは無関係なのは当たり前。ギャンブル場での運の良さは、残念ながらこちらでは効果を発揮していない様子。
これもまた運命、その内またハンターPを稼ぐ冒険も企画しようと話し合いつつ。
結構役に立つ占い屋に、一行は集合して色々と情報を仕入れる時間を作ってみたのだが。どうやら情報屋に依頼するには、この占い屋で出たキーワードしか駄目と言うルールがあるらしく。
しかも占い屋にアイテムの入手先の依頼をするには、鑑定屋でキーワードを拾って貰うしか手が無く。とんだたらい回しの上、お金がどんどん毟り取られて行く感じ。
腹は立つが、情報は時として数百万の価値があるものだ。先生も安い防御力付き片手剣を競売で手に入れて、それを元に情報を入手したらしい。
なるほど、情報を得るにもまずは手掛かりがないと駄目のよう。
僕は多少興味本位で、預かっていた魔銃と、自分のロックスターを鑑定して貰う事に。優実ちゃんも、自分の精霊石を鑑定して貰っているらしく。
そこでまずは、精霊石の種類や使い方を鑑定屋で教わったよう。そのまま占い屋に行くと、今度は大まかな出現場所や入手方法を語り出した様子。もちろん、闇市やギャンブル場での景品交換も含め。
最後に情報屋に行くと、景品交換のレートを事細かく聞き出せたみたいだ。さらには出やすいダンジョンとその確率も、高い順に教えてくれたとの事。
もちろんその中には、ネコ獣人の砦の名前も入っていたらしい。
僕の貰った情報は、もう少し複雑でさらにはシンプルだった。魔銃に関しては、魔スキルと火薬スキルについての伸ばし方をまず入手。ここでようやく、魔スキルと言うキーワードを入手。
占い屋では、オーブの存在と、それから魔の欠片という素材について判明した。専属スキル技持ち武器と言う言葉も、ここで入手。さらには新エリアや尽藻エリアの土地の名前。初期エリアの土地名も出たのには、ちょっと驚いたけど。
案外入手経路が多いのも、予想外とも言えるかもだが。情報屋では、さらに詳しい塔やダンジョンの名前も判明。魔の欠片の入手先も、一応分かったけど。
どれも入手確率は、当然だけどあまり高くない。
ロックスターに関しては、封印とイベントと言うキーワードが。占い屋では、さらに専属スキル技持ち武器と、とうとう100年クエストという言葉が飛び出すに至って。
ドキドキしながら情報屋に向かうが、100年クエストに関する情報料金が、法外に高い事が判明して。35万ギルは払えない事も無いが、果たしてその価値はあるのかどうか。
専属スキル技持ち武器は、なるほど入手確率は極端に低いらしい。
さらにこの情報の入手は、自分のレベルに足りている情報しか貰えないらしく。尽藻エリアの情報となると、ほとんど当てにならない物ばかり。
それでもこの情報収集システム、上手く使えばかなり有用な気がする。実際、このゲームは情報を売って儲けを出す事も可能なのだ。情報屋として有名なキャラも、数人いるほど。
僕も合成レシピを買ったり売ったり、親しい情報屋は何人かいるのだが。多分その人達も、この情報闇市に入る手段を持っているのだろう。でないとそんな商売は成り立たないだろうから。
残念ながら、合成の話題をキーワードに出来る方法は掴めなかったものの。良い場所を教えて貰って、先生には感謝である。優実ちゃんも、早速教えて貰った塔に行こうと言い出す始末。
それは本末転倒なので、皆に却下されたけど。
『さっきまで二択だったでしょうにっ、ネコのクエか、山の麓の遺跡のどっちか!』
『じゃあ、ネコのクエを進めようっ! 今日も多分、何か良いもの貰えるよっ♪』
『そうだねぇ、昨日は美味しかったもんねぇ。私の依頼は、また今度でいいよ』
『ううっ、バクちゃんは大人だよねぇ……優実っ、少しは見習いなさいっ!』
沙耶ちゃんは散々怒鳴ってるものの、取り敢えずネコのクエストを全部終わらせるのには僕も賛成だ。そんな訳で薬品や消耗品を揃えて、初期エリアのアリウーズの街に飛ぶ一行。
闇市までの道も、既に何度も通って覚えてしまった。ほとんど使用する人がいないので、入る分にも気分が良かったりして。3つ目のクエに、ちょっと期待感も上がって来る。
今回は、どんな難題が待っているのやら?
隠し砦に入った途端、それは呆気なく判明した。ネコ獣人の長は、何故か戦装束に身を包んで僕らを待ち受けていたのだ。砦に蔓延するピリピリした空気と、勇ましい戦太鼓の音色。
どうやら戦が迫っているらしく、それは長からも聞けた情報。同志として、どうか一緒に戦って欲しいとの言葉に。これが今回の任務かと、慌てて皆で作戦会議。
しかし戦う相手が分からない、戦と言うには複数には違いないが。出口で待つといわれ、前もって手渡されたアイテムには。ネコ爪の矢弾やネコ牙の銃弾、さらには薬品類が多数。
いかにも今から戦いが始まりますと、予告をするような消耗品の数々。
『わ~いっ、変な弾丸貰っちゃった♪ 沙耶ちゃん、半分こする?』
『通常の弾より、ダメージ高めだねぇ。いいよ、優実が持っておいて』
『砦の出口に進んだら、多分戦が始まるのかな? みんな、準備はいい?』
『いいよ、釣るのは沙耶ちゃんで、リンクしそうならプーちゃんのパターンね?』
週末に散々遊んだせいで、そのパターンはもう織り込み済み。安全に快適に、釣り役やリンクした時のサブ盾役も、パーティ内では既に決定しているので。
今更慌てる事もなく、戦いには臨めそうなのだが。敵の数とか種類が不明なのが、ちょっと怖いところではある。しかしそれも、挿入されたイベント動画で判明した。
神獣の森に拡がる、戦いの舞台。ネコ獣人族と戦いを繰り広げているのは、狗族、つまりは犬獣人の群れ。人型も目立つが、四肢で立つ獣タイプも多数存在しているようだ。
他にも大きな体躯の手強そうな奴も交じっていて、敵に不足は無い感じ。
肝心の味方だが、ネコ族も勢力は負けていない。長を始め、女性タイプの戦闘員が多いのはアレだけど。獣タイプの戦闘員は、豹のグラフィックで俊敏そう。
巨大タイプのキャラが存在しない代わりに、虎模様の簡易戦車が走り回っていた。木製で派手な黄色と黒の革で飾られていて、大き目の砲台が作り付けられている。
元気なネコ娘が運転していて、味方軍の気勢を上げている。
『わっ、結構な人数での戦いだねっ! これは苦労しそう?』
『森の中の戦闘だね、あんまり本隊から離れないようにしようか』
『ラジャー、ネコ族の長さん、右手側にいるよっ!』
沙耶ちゃんの言葉通り、僕らは本隊の左側に位置していた。戦の始まりを報せる大笛の音、ちょっと進むとすぐ、僕らはフリーの敵に遭遇する。人型2匹と獣タイプ1匹、プーちゃんの釣りで人型をすかさず釣るのだが。
敵の包囲網のせいで、すぐに別の敵がリンクしてしまう。苦労しながらも、とにかく敵を減らそうと奮闘する僕たち。後から絡んで来た奴は、ペット達任せか捕獲魔法でキープしておく。
その間隙を縫って、パーティの力を結集しての各個撃破に挑むのだが。周囲の戦いは気になるし、敵も結構な強さだし。ペースが掴めないなりに、それでも4匹以上倒す事には成功する。
そして次に巡り合った敵は、巨大な狛犬タイプ。
コイツがまた強烈に強くて、特殊技も厄介なモノを所有している。光と炎の属性を使用して来て、タゲを取っている先生も光の追加ダメージには苦心している様子だ。
防御力も高くて、これは加減して勝てる相手ではないとすぐに判断して。《連携》からの《封印》を敢行、さらに沙耶ちゃん達の魔法の追撃が加算され、それだけで結構な攻め込み具合。
封印を初めて見た先生は感動のコメント。
『おおっ、凄い! 初めて見たよ、これが封印かぁ……特殊技の心配がいらないと、盾役は凄い楽だよっ!』
『リン君、回数制限あるんじゃなかったの? 武器が壊れちゃうよ?』
『いや、こいつ強いから余裕かましている場合じゃないよっ! 魔法が有効っぽいから、もう1回連携行くよっ!』
『了解っ、確かに強いよねコイツ。さっきのブレスで、ペット達死にそうになってた!』
せっかく手に入れた新しい精霊石が無駄になる所だったと、優実ちゃんは冷や汗混じりのコメント。白ネコより回復が欲しいとの意見が多く、結局今回も妖精のピーちゃん出動なのだけど。
主人の成長に合わせて、何だか回復量も増している感じの頼もしい後衛キャラ。主にペット達のHPの見張り役で、頼もしい事この上無い。
妖精がいなければ、ペットの死亡率が倍以上に跳ね上がっているだろう。
これでもかと言う魔法攻めが効いて、ようやく数分後に大型の狛犬が昇天。盾役の先生は、追加ダメージに散々苦しめられた様子で。何とか倒し切ったが、こちらも被害甚大の有り様。
エーテルをほぼ使い切って、後衛はやむなくヒーリング。
『強かったぁ、沙耶ちゃん、エーテル余ってない?』
『こっちもあと1本しかないや、敵はまだいるのかな?』
『ちょっと偵察して来るね、戦闘始まって今40分くらいだっけ?』
『それくらいかな? ここには敵のボスみたいな奴、いないのかなぁ?』
僕は周囲に敵が残っていないか、敵と味方の本隊がどこにいるのか、走り回りながらも素早く情報を集めに掛かる。僕の種族スキルに《風詠み》と言うのがあって、要するにレーダーなのだが。
フィールドにいる敵の位置とか、味方の位置をレーダーで把握出来て便利なのだ。さらに種族スキルで《野外移動速度UP》があるので、野外に限っては移動速度が上昇している。
その2つのスキルを最大限利用して、割とすぐに拓けた場所に布陣を張っている敵の集団を発見して。それと向き合っている味方の本隊も、さらに視界に入って来る。
これがラストバトルらしく、双方気合の入った感じが窺える。
恐らく僕らが広場に入り込んだら、戦闘が始まる仕組みなのだろうが。僕は戻るついでに戦闘中のネコ種族の相手の狼に殴り掛かって、皆を呼び寄せる。
HPが半分減っていたその狼タイプの敵は、僕らに囲まれて呆気なく昇天。味方のネコ獣人は妖精に回復を貰い、新たに敵を探しに走り出す。
僕も皆を先導して、恐らく最後の戦場へ。向かう途中で、沙耶ちゃんがさらに1匹戦闘中の集団を発見して。僕らが倒した敵の数が、半ダースを超える程度には増えて行き。
ようやく辿り着いた、ネコ族の長のいる本陣前。
『あっ、ボスネコ様がいる~♪ あの装備格って凄く好いいなぁ、欲しいって言ったら貰える?』
『どうだろ、でも格好いいねぇ。やっぱりこのネコ、強いのかな?』
『一族の長だから、強いと思うけど。でも、敵のボスもかなり強そうよね』
先生の言う通り、犬族のボスもガッツリ強そう。豪奢な鎧を着込んでおり、手には牙の片手棍と盾を装備している。真紅のマントが風になびいており、向こうの本陣でも存在感バッチリだ。
優実ちゃんがちょろちょろと、ボスネコの周囲を回り始めている。そろそろ1時間が経過、集中力も切れる頃かと心配するのだけど。最後の戦い、気合いを入れて欲しい物だ。
そんな心配も含みつつ、最終戦はスタート。
始まりはやっぱり、強制イベント動画から始まって。睨み合うそれぞれの一族の長と、その部下達。鞘から刀を抜く音色と、地面を踏みしめる爪の立てる音。そして獣達の上げる鬨の声。
拓けた広場で、両軍が衝突する物凄い轟音。そして始まる、本陣同士の戦い。僕らも気付いた時には巻き込まれていて、慌てて後衛が距離を取る為に離れて行く。
ボスネコには虎型の戦車が二台護衛に張り付いていて、取り敢えずは安全そう。それでもボスに倒れられたら困るので、戦車が弾を撃ち込んでる敵から先に倒す事に。
味方の強さに味を占め、僕らも順調に敵の数を減らして行く。
ここでも妖精のお助けヒールは効果的だった。味方の傷付いたネコ獣人に、相手構わず回復を飛ばして行くのだ。逆に沙耶ちゃん達後衛組は、エーテル不足で休憩を挟みながらの戦闘を強いられている。
その分ペット達が奮闘してくれているが、全体の形勢が見渡せないのがちょっと不安ではある。雑魚を2匹倒した後に、例の巨大狛犬に再度の遭遇。
虎の戦車に噛み付いていて、接近戦では戦車は不利なのは明白だ。先生が咄嗟にタゲ取りを行うと、戦車はチャンスとばかりに距離を取りに掛かった。
沙耶ちゃん達は、戦車の隣で楽しそうに銃撃戦。
『虎の戦車、強いぞ~♪ ドカンと撃って、強い敵でもノックアウトだっ♪』
『本当に強いなぁ……さっきあんなにてこずった敵なのに、あっという間に削って行く。私はボスの装束より、こっちの大砲が欲しいかも!』
『どっちも貰えないと思うけど、一応ネコの長も見ておいてね? まだ絡まれてないよね?』
『えっ……私の目には、ボス同士で戦ってる姿が映ってるんだけど……』
沙耶ちゃんの静かな告白に、僕も先生も驚愕のコメント。さっさと倒して、フォローに向かわないと。ところが敵の体力低下からの特殊技で、前衛は大ピンチ。
炎の牙に噛み付かれ、じわじわとHPが減少して行くバク先生。その上全てのステータスが低下しているようで、もはや戦闘どころではない状態に突入。
優実ちゃんの《ライトヒール》で、ようやく危機を脱出したのだが。反撃を見舞う前に、虎の戦車の特殊砲撃技で、何と巨大狛犬は撃沈してしまうという事態に。
まぁ勝ったからいいかと、僕らはボス同士の戦いにちょっかいを掛ける事に。
ボス同士の戦いは、一言でいうと酷かった。酷いと言うか、とっても恐ろしいのだ。5秒ごとに特殊技が発動するような異様な空間に、飛び入りするのも命懸けである。
話し合った結果、近付くのは危険過ぎると言う事で。遠隔攻撃のみで削りのお手伝い。それでも敵の強さは、一般兵士などには太刀打ち出来ないレベルである。
必殺のスキル技で、ようやく通常程度のダメージが出るかなと言う感じ。僕の中距離の必殺技でさえ、HPバーが減ったなと言う実感が湧くか湧かないか程度。
それでも先程、戦闘の手伝いをした戦車が加わると、さすがに削り速度も変わって来る。見てみると、周囲での戦闘もようやく終わりに近付いているよう。
戦闘の終わったネコ族が、ぽつぽつと立ち尽くしている。
犬族のボスのハイパー化は、ある意味見モノだった。肌の色が完全に変わって、口が耳まで裂ける形相。棍棒の牙の勢いが風を切る音色を奏で始め、さすがのボスネコも防戦一方。
先生が危険を承知で近付いての《シールドバッシュ》を敢行し、僕らもスタン技をとにかく連打しまくる。SPが貯まる端から、とにかくそれの繰り返しで。
ようやくハイパー化の収まった敵のHPは、残りちょっと。
『あとちょっと~、さっきみたいにNPCに手柄を取られるな~!!!』
『了解っ! 確かにそれは、ちょっと嫌だねw 連携行くよっ!』
『行け行け、リン君!』
僕の《連携》に、沙耶ちゃんの《アイスランス》と優実ちゃんの《レーザシャワー》が追撃を喰らわせる。結果的には、NPCに手柄を取られずに済んだようだ。
戦闘の終了を知らせるイベント動画がかぶさって来て、いつの間にやら僕らは砦に送還されていた。一同やっと、安堵のため息。そして、普段の衣装に戻ったネコ族の長のお出迎え。
ここからはご褒美タイムらしく、宝物庫に通される僕たち。
『うわっ、凄いっ! 宝箱がいっぱいあるよっ♪ 頑張った甲斐があったよ~♪』
『本当だっ、初期エリアだから大した事無いって思ってたけど、やっぱりこんなに数があると嬉しいなっ!』
『初期エリアが人気無いから、テコ入れしたクエも増えてるのかもね。まぁ、最初に払った金のメダル10枚分の、少なくとも元は取り戻せるのかな?w』
『なるほど、そう考えればスッキリするわね。優実の我が侭に対する、これは真っ当な報酬だわ』
沙耶ちゃんの言う、真っ当な報酬の中身も結構な物だった。経験値の入った宝箱とか高級素材とか、ネコの呼び鈴と言うお助けアイテムとか。『複合技の書:片手剣』は、文句無く先生の物に。
メンバーの中で、唯一の片手剣の使い手だった為だ。ところが次の『召喚ペットの首輪』と言うアイテムには、二人の幼馴染の闘いが勃発。互いに欲しいと言い合って、まるで収拾がつかず。
取り敢えず僕が預かって、明日学校でケリをつけようと言う事になったのだが。
何と言うか、血を見そうでとても怖い。先生が見兼ねて、ギャンブル場の景品に同じような物があったから、どちらかそっちにしなさいと仲介してくれて。
それでようやく場が収まったみたい。大人がいて助かったと、正直な僕の感想。ここ3日の最大の修羅場が、実はこの身内の罵り合いだったと、一体誰が信じよう?
とにかく、ダメージを翌日に持ち越さずに済んで何よりだった。
ダメージと言えば、火曜の朝の中間試験の結果発表がそうだった。全国模試とか試験の結果は、一応上位の30名は発表されるのが、この学校のしきたりなのだけど。
今回は丸々2日の風邪っ引きのお陰で、発表者の中には入っていないだろうと思っていたのだが。何とかギリギリ26位に入っていて、まぁ一安心。
あまり急激に成績が落ちると、学校側から文句を言われるのだ。
柴崎君は今回も2位で、さすがと言うべきか。賭けには負けてしまったが、それは一発勝負の決まり事。僕はあらかじめ書き上げていたメモを持って、彼が来るのを待っていたのだが。
意外な事に、授業前には来てくれず。試験結果を見ていないせいかと、仕方なく僕の方から渡しに行く事に。身体が大きいから、僕が動くと目立って嫌なんだけど。
そうも言ってられないと、次の休憩時間に僕はそれを行動に移した。案の定、視線を浴びるどころか、何をしでかすのかと周囲が静まり返ってしまう結果に。
僕は仕方なく、柴崎君を廊下の外に呼び出す事に。
「中間試験の結果出てたよ、柴崎君。賭けは僕の負けだから、情報を書いたメモを渡すね?」
「……負けるのが最初から分かってたから、君はあらかじめメモを持って来たんだろう? 風邪を引いてたものな、後半ずっと。この賭けは無効でいいよ、だからそのメモは要らない」
柴崎君はそう言って、僕から視線を反らした。僕はちょっとジンとなって、気高い彼の心意気に打たれてしまった。彼は恐らく、ギルドの仲間の期待を一身に背負っていて、喉から手が出るほどに情報を欲している筈なのに。
それでも病気で倒れた友達からは、服を毟り取るような卑怯な真似はしたくないのだ。そう思った途端に、僕は不覚にも泣きそうになってしまった。
僕は情報を書いたメモを無理にでも渡そうとして、それから少し思い留まる。
僕も彼の決心を揺らがせるような真似をしたくは無い。それより、共有出来る情報は無いだろうか? そう考えてみて、昨日の夜の出来事を思い出した。
そう言えば、情報屋に35万ギルの価値の『100年クエスト』に関する情報が眠っていた。果たして値段に相当する情報が貰えるか不明だったので、敢えてその時は無視したのだけれど。
柴崎君が半分出してくれるのならば、共有するのに充分な資格がある。
「分かった、じゃあこれは引っ込めるけど。実は、中央塔のNPCの情報屋に、35万で100年クエストの情報があるって言われたんだ。高かったから買わなかったけど、柴崎君が半分出すのならこの情報を共有してもいい」
「情報屋? キャラが売買してる奴じゃなくて、NPCの情報屋? そんなのがどこに?」
「ギャンブル場の奥に。入るのには、闇市の招待状ってアイテムが必要だけど。NPCの情報だから、多分断片的にはなるだろうね。要らないってのなら、僕は別に構わないけど」
「待ってくれ……ふむ、そのアイテム名は確かに聞いた事があるけど、まさか君が持っているとは。分かった、20万出そう。ただし、NPCの言葉を一字一句、完璧に書き取るのが条件だ」
「それでいいよ、実は最近、闇市の招待状を持ってるプレーヤーがギルドに入ってくれてね。その点では、かなりラッキーだったんだけどね」
なるほどと彼は同意して、ちょっと希望に目覚めたような顔付きになって。今夜にでも情報を貰うと僕が言うと、お金は至急送ると明言してくれた。
ライバルと書いて友と読む。そんなどこかの漫画のフレーズが、僕の頭の中に木霊した瞬間だった。漫画はあまり読まないけど、夕食のオーダー待ちの時に読んだりする時があって。
その漫画の主人公の気持ちが、何となく理解出来た瞬間でもあった。
その火曜日から、ほとんどの科目の答案が戻って来始めて。沙耶ちゃん達は、僕の順位が下がったのを慰めて良いのか決め兼ねている様子だったみたいだけど。
下がったと言っても、順位発表の中に入っているのは、とても名誉な事なのだ。自分達は名前が載った事さえ無いと言うのに、慰めるのは如何なモノか。
彼女達の考えは良く分かる。それでも一緒に勉強しただけあって、二人の平均点もかなりの上昇を見せたようだった。その事は、本人達も純粋に喜んでお礼を言って来る。
お礼ついでに、沙耶ちゃん宅のお茶会に招かれたのは水曜日の事。
「お母さん、お茶の支度は私がやるから! もういいから、引っ込んでてってば!」
「あら、お母さんは一緒したら駄目なの? せっかくお昼に、美味しいケーキ買って来たのに」
「一緒に食べようよ、沙耶ちゃんは意地悪だねぇ? リン君取られたくないんだよ、きっと」
何で僕の名前が出て来るかは不明だけど。沙耶ちゃんに睨まれた優実ちゃんは、首をすくめて防御姿勢。テーブルの上には既に美味しそうなケーキが並んでおり、優実ちゃんはどれを取ろうかと悩みまくっていたところ。
僕たちは、今日戻って来た答案用紙を眺めながら、答え合わせをしていたのだけど。普段よりかなり良い点を取った彼女達は、お茶の時間も機嫌が良さそう。
一方の僕は、普段よりかなり良くない科目もちらほら存在していて。こんな点でも動じないのは、心の中で良い勉強をしたという想いがあるからだろうか。
生と死についての勉強は、心に重い一撃を与えはしたけれど。
沙耶ちゃんが、ようやく淹れ終えたお茶を運んで来る。お母さんも着席しており、完全に仲間に入る構えだが。それについては深く追求せず、彼女も隣の席についた。
お母さんは今回の成績の向上をひとしきり褒めた後、ご褒美に何か用意しようかと甘い一面を曝け出す。褒められた面々は満更でもなく、感謝された僕もくすぐったい心境に。
実は勉強で誉められた事が、僕にはあまり無かったのだ。
もちろん先生には褒めて貰えるが、それは良い点を取った事に対してのみ。どれだけ頑張ったかとか、心身を削ったとか、そういう事は当然見て貰えない。
常に側にいて見守る存在を持っている彼女達は、本当に幸せだと思う。僕の父親は、成績には意外と無頓着なのだ。僕に興味が無いと言う訳ではなく、進路には逆にうるさいほどだけど。
父さんは、僕と早く一緒に働くのが夢らしい。それも出来れば同じ職場で。本人は口には出さないけど、行動からその事がありありと分かってしまう。
例えば毎週渡される課題の本の内容からもそれは窺える。僕は悪い気はしないけど、実力の無いのが分かっている現在、行動を模索中といった所だ。
社会勉強を、あちこちでさせて貰っている身の上だしね。
「確か、1年の3学期には進路みたいなのを決定しないと駄目なのよね? 成績悪いと、こちらの意図を汲み取って貰えないって説明受けたけど。進学校だけあって、色々厳しいのねぇ?」
「進路って言うか、文系とか理系とか、あとは総合クラスでしょ? 特殊クラスもあるけど、推薦狙いの人は大体総合クラス入るって聞いたよ」
「総合は大変そうで、ちょっと嫌だなぁ……リン君は、どのクラスかもう決めてる?」
僕はコーヒーを飲みながら、彼女達の話を聞いていたのだけど。進路についての話は、父親とも話して決めている事柄の一つだったりする。
僕は冷静に、推薦での大学進学は使わないし、大学にも興味はないと口にした。大学に行くくらいなら、2年制の専門学校を2つくらいはしごして、専門的な知識を得たいのが本音である。
大学進学に意味が無いとまでは言わないが、遠回りしている感は否めないのだ。
「凛君は、とっても現実的な見方をするのねぇ? それは、あなたのお父様の影響なのかしら。私も親の考え方は、あまり子供に押し付けないようには気にかけてるけど。本音はそんな感じよね、大学に行って教養を得るより、良い母親になって暖かい家庭を持って欲しいと願ってるもの」
「へっ、変な事言わないでよっ! 普段は出来の悪い娘だって叱るくせにっ!」
出来が悪いなりに、せっかく美人に産んだのだからとお母さん。それをしっかり利用して、良さそうな男性をゲットして頂戴と、からかってるのか本音なのだか。
完全に役者が上手の母親の言葉に、沙耶ちゃんは真っ赤になって抵抗するも。最近は家事も手伝ってくれて、これでも家庭的な娘なのよと僕にアピールする。
リン君は関係無いでしょと、真っ赤を通り越してのぼせて倒れそうな娘を完全に無視して。お母さんは、僕の具体的な進路を尋ねて来るのだが。
ちょっと気の毒な沙耶ちゃんを労いつつ、それには優実ちゃんも興味深そう。
「理系か、それとも特殊クラスにするかも知れないです。父親がコンピュータ関係の進路を望んでいるので、それを視野に入れて。編集の仕事も、実は楽しそうで興味があるんですけど。町外れの出版社に、実は今バイトしながら弟子入りしてる感じなんです」
「まぁ、それは凄いわね。それって昔ながらの上等の教育の受け方じゃないかしら? 昔は自分が極めたいと思った知識を持ってる人に、直に弟子入りして濃い専門の知識を得ていたのよ、知ってた二人とも?」
二人とも知らないと答えて、今も専門学校とかある筈だと口にしたけど。お母さんは、それを目指すきっかけの出会いが大切なのだと力説する。
それは僕も思っていたが、それを僕がゲームで得ているという現状には、世の不思議を感じてしまう。ゲームで知り合いをつくって、自分の将来にまで影響を受けて。
つてで子守りの仕事を回して貰ったり、編集の仕事を手伝わせて貰ったり。この街は、そう考えると特殊なのかも知れないと思ってみたり。
核家族化を世間は嘆いているが、この街ではもっと大きなコミュニティが形成されている感があって。中途編入しての学校生活に馴染めなかった僕に、知らずに相談相手や同級生の友達を授けてくれたりして。
今ではお陰で、高校生活を満喫させて貰っている。
時代を逆行して、古き良き時代に戻るには、人はどうしても抵抗があるのだろう。例えば50年掛けて創り上げた生活スタイルを否定すると、その50年は無駄になってしまうと感じるのかも。
そんな考え方は、確かに分からなくも無いけれど。この街では、そういう生活スタイルの指針を研究のためにデータ取っているのかもと思ってしまう。
環境モデル都市として作成された大井蒼空町は、確かにそういう面を持っている。
会話はなおも続いていたが、僕は何となく上の空で別の事を考えていた。沙耶ちゃんとの最初の喧嘩の原因になった、隣のクラスの拓也君と僕、どっちが幸せなのだろうかという疑問。
彼は恐らく、好きでも無い勉強を頑張って学歴をつけろと親に言われているのだろうけど。それで大学への進学が叶った時、果たして彼は本当にやりたい事が見付かるのだろうか?
ずっと我慢して来た事柄に対する、後悔は全く無いのだろうか……?
今の僕には答えは判らないし、彼にしてもそうだろうけど。恐らく僕はこれから先ずっと、ゲームで知り合った仲間達を大切に、大事に付き合っていくだろう。
そして僕が、師匠やハンスさんのように余裕のある歳になったら。多分ゲーム内で悩んだり迷ったりしているキャラを見つけたら、絶対に放って置く事はしないとの確信がある。
その事だけは、はっきりと言い切る事が出来る。
コーヒーもケーキも美味しくて、僕はゆったりとした時を意識しながら。この救われた気分も、確かにゲームからの繋がりでもたらされたのだと確信しつつ。
僕の影響で、彼女達の成績が良くなったと言う事実に対しては。
――少しだけ、心の中で誇りに思うのだった。
次の日の金曜日、僕はハンスさん宅で少しそわそわした気分を味わっていた。明日が母親の退院と言う事で、僕はサミィと一緒に花束を買いに行く約束をしていたのだけど。
まさかお祝いの飾り付けまで行うとは思っていなくて。さっきから僕は、カラフルな色紙を切ったり張ったり繋げたり。完全に姉妹の召し使い役、下地作業に従事している。
藤村さんが癇癪を起こさないよう、僕は切り屑を出さないように必死に工夫しての作業。天井から吊るす用の紙のチェーンとか、折り紙で作った色んな飾りとか。
メルもサミィも楽しそうで、その点は問題無いのだが。
「もっと派手にしようよ。サミィ、ママにあげる絵は描き終わってるの?」
「あるよ? 花もいっぱい描いた!」
「あぁ、花も買いに行かなきゃいけないね。一緒に行くかい、二人とも?」
メルは残って飾り付けを進めるというので、僕はサミィといつもの道のりを歩いて行く。スーパーに買い物に行く道のりで、サミィも特に不審には思っていない様子。
そのスーパーの3軒隣に花屋さんがあって、僕と沙耶ちゃんがこの間花束を買った場所でもある。神田さんという人が店長の、割と小さい店舗のお店だが。店長がネットゲームの住人でもあるのが判明していて、何となく繋がりを感じなくも無いかも。
僕はサミィと手を繋いだまま、そのお店にお邪魔する。
サミィは花屋というのがどんな物か、ようやく理解した感じ。店内に飾られている花の束を見て、かなりビックリしている様子だ。幸い客の影もなく、すぐに店長さんが挨拶して来る。
それからは軽い世間話とか、何故かゲームの話とか。僕はサミィを気にしながらも談笑を続けるのだが。サミィが花を引っ張り取ろうとする度に、僕は気もそぞろに。
ようやく本題に入れたのは、サミィが一通り商品を弄って回った後。
「あぁ、お母さんの退院祝いに! それはおめでたい事です、じゃあちょっとボリュームを持たせて可愛い感じの花束にしましょう」
「花束って、どのくらい持つんですか? 2~3日は平気です?」
「余裕で持ちますよ、茎の所に水分含ませた詰め物仕込みますから。予算はどの位で?」
僕は自腹を切るつもりだったけど、サミィは持っていた財布を僕に提示した。どうやら贈り物は自費で無いと駄目だと思っているらしく、それはまぁ正しいと思うけど。
僕はお金を出しちゃ駄目と、駄々をこね始めたサミィに対して。500円じゃ予算には足りなさそうで、メルにも出して貰えば良かったと今更の後悔。
僕は何とか、後から払うから500円で立派な花束を作って貰えないかと店長にテレパシーを送ってみる。サミィの背後から、さり気なく財布を取り出してアピールしてみると。
子供の心遣いを無碍にしない配慮を、何とか汲み取って貰えたのか。しかし、店長さんから出たのはアルバイトをして貰えばとの、意外な提案だった。
店長さんが持ち出したチラシは、来月の花の展覧会の告知。
「ああっ、文化会館での催し物ですか? これを配ればいいんですか?」
「そう、スーパーに買い物に来てるお客さんに。そうだねぇ……可愛い感じを出すために、売れ残りの花で冠を作ってみようかなっ!」
何故か自分の案に、ノリノリの店長さんだけど。出来上がってみて納得、これは凄い案だと僕も思わず見とれてしまう。サミィの頭に乗っかった花の冠の効果は、まさに絶品だった。
小さな花の精霊のような佇まいで、本人はちょっと照れた様子だけど。その姿もまた可愛くて、これで呼び込みするのは反則を通り越して必殺に近いかも知れない。
とにかくサミィの人生初の、自主的なお金稼ぎスタート。
最初は照れて、僕のズボンから手を離そうとしなかったサミィだったけど。渡す時の台詞を決めてあげると、何とか要領も分かって来たようで。
お客さんの中には、チラシを受け取るどころか写メを取る人も続出する有り様。恥ずかしがるサミィだけど、お陰でチラシはどんどん減ってくれて大助かり。
僕もハンスさんと母親用にと、何枚か携帯で写真を撮影。何故か僕には怒るサミィ、余程恥ずかしかったのだろうが、仕事とは何かしら我慢する事だと教え諭してみたり。
これも教育の一環、幸いチラシは10分程度で全て配り終わる事に。
夕方近かったので、スーパーに立ち寄るお客さんが多かったのが幸いしたようだ。明らかに仕事が終わってホッとしたサミィを連れて、花屋さんに取って返すと。
その時間を利用して、花束を作って待ってくれていた店長さん。とても立派で、サミィが持つと前が見えないような大作である。もちろんサミィは大喜び。
僕もお礼を言いつつ、こっそりと後でお金払いますと耳打ちしたのだけど。
その必要は無いよと、店長さんは笑顔で返してくれる。サミィの花冠もくれるそうで、頭にかぶって帰ったらとの僕の言葉に、またまた怒って可愛く当り散らす少女。
母親の退院が決まって、ちょっとお転婆度が上がって来た気もするサミィだけど。とにかく何とか、目的の花束を入手出来て良かった。あまり帰るのが遅れると、今度はメルが怒り出す恐れがあるので。僕らは花束を抱えて、急いで帰宅。
これ以上この姉妹がやんちゃになると、子守りを受け持ってた僕のせいになるかも。
週末までに、ゲームの中でも色々とあったのは隠し切れない事実ではある。先生が夜の授業のコマを持っている時は、なかなか一緒にイン出来ないので。
あれこれと工夫して、一緒の時間を捻出したりして。例えば、夜が駄目な時は夕方の2時間をギルドの活動に当てたりとか。まぁ、やっている事は大抵はレベル上げなのだけど。
とにかく100にしてしまえば、高位レベル者と遊ぶのにも不自由はしないだろうという思い。週末には結構、ハンスさんの『ダンディズヘブン』とか、環奈ちゃんの『アスパラセブン』などのギルドから、正式な合同イベントの誘いを受けるようになったのだ。
それなのにこちらのギルマスがレベル90台なのは、ちょっと様にならない。
別に、文句を言って来る人もいないんだけどね……環奈ちゃん以外は。誘われる合同イベントも、特に緊急を有する物は無いし。そう、困り果てた領主さんの依頼以外は。
メルが言ってた通り、僕はハンスさん経由でその依頼を耳にした。何でも、領主さんの所有している領民からの依頼が、クエの形になっているらしく。それをこなさないと、税収が途絶えたままになるというピンチらしく。
せっかく領主になったのに、お楽しみの金策が途絶えたままなのはとても悲しい。だけどこのクエは非常に厄介で、以前ハンスさんが気楽に請け負って全滅したとの事。
次はガッツリ人数を増やして、是非ともリベンジしたいと言って来る。
『見た事無いタイプの蛮族って時点で、ちょっと怪しいなとは思ったんだけどね。まさか、あんなに強くて数が多いとは思って無かったよ。手伝って貰った仲間には、悪い事しちゃったな』
『あぁ、キャラバンにも同じようなクエが来てたかなぁ? ひょっとして、100年クエストに関連してるのかも知れないですね、そのクエ』
『ふむぅ……とにかく、次の水曜日に頼むよ。9時集合でいいかな?』
『了解です、中央塔集合ですね? 師匠や知り合いにも、声掛けてみますね』
こんなやり取りが、週末に行われて。本当はそのクエの攻略も、週末に予定していたらしいのだけど。肝心の領主さんの都合がつかず、水曜日に先送りに。
僕らとしても、それまでに少しでも強くなっておきたいものだ。沙耶ちゃんも、頼りにされて悪い気はしないよう。ここで頑張って名を売ろうと、まるで戦国の武将のようなコメント。
取り敢えずその前に、週末までに起きた出来事を羅列して行くと。
まずは例の流血一歩手前の召喚ペット用のアイテム事件。結局は先生が、ギャンブル場の景品から10万枚のコインを消費して、腕輪を貰ってくれたのだった。
それを優実ちゃんが受け取って、プーちゃんに渡してみると。ヒレと言うかフリッパーの部分がちょっと立派に成長。ログにも攻撃力や腕力の上昇を知らせるコメントが。
召喚ペットの首輪は、そんな訳で雪之丈が貰い受けて。沙耶ちゃんがペットに首輪を渡すと、グラフィックに明らかな変化が。首輪は立派で、光っててとても奇麗。
ログに流れるのはステータスの上昇と、何と新しい性能。
『あれっ、ペット専用スロットって何だろう??? ああっ、そかそか! 雪之丈からセッティングすればいいんだ、これは便利!』
『えっ、何が便利? どうなったの、雪之丈?』
『うん、ペットのジョブスキル技あるでしょ? 補正スキルを含めて全部、それを雪之丈のスロットに移せるみたい。これで私の方は、銃スキル技のセッティングのみで済みそう』
《指令》は外せないけどと、沙耶ちゃんは話し終えて。それは確かにとても便利だと、優実ちゃんはとても羨ましそう。コインがまた貯まったら、優実ちゃんにもプレゼントするからと、先生は相変わらず子供に甘いコメントだけど。
それで機嫌が直る優実ちゃんも、案外単純なのかも。
その大人な性格の先生なのだが。この前貰った複合技の書で、新たに《トルネードスピン》と言う片手剣スキル技を取得した。風スキルも20必要なのだが、何とか持っていて一安心。
威力もかなりの、回転しての5連撃は大したもの。盾役にも攻撃力が求められる時代、良い複合技を取得出来たと先生も嬉しそう。何しろ、エフェクトも結構派手で楽しいのだ。
パーティのパワーアップも、もちろんの事だが。
沙耶ちゃんの杖のMPアップも、もちろん僕は忘れていなかった。週末を前に、何とか素材が手に入ったので、僕は彼女から杖を預かって色々と調べた結果。
独自のカスタムで、MP+55、知力+3への強化に成功。強化合成は、こんな風に自分の好みで色を附加出来るのが楽しい。もう少しスキルが高かったら、もっと強く出来たのだけど。
強化合成スキルも、僕はまだまだ6割程度のレベルである。最近はサボって、属性合成を上げたりしているし。でもいつかは師匠みたいに極めたいのは本当。
口にするのは恥ずかしいが、それでみんなに貢献出来ると思うと嬉しいしね。
それからもちろん、柴崎君との約束の100年クエスト情報の入手。彼は律儀にも学校から戻ってすぐに、僕にお金を送ってくれていたようだ。
それを確認後、僕は一人でギャンブル場の奥の闇市に出向いて行った。情報屋に対峙して、100年クエストの情報を買うと選択肢を選ぶと。意外な事に、動画イベントがスタート。
想定外の出来事に、僕が戸惑っている間にも。いつか出会ったシャザールと名乗る男が画面に出て来る。どこかのうらびれた廃墟内のような、退廃した雰囲気の場所に揃っているのは。
手長族や、見た事の無い蛮族が全部で5種類。
――世界は属性種族で溢れ返っているが、我らは断じて劣勢ではない。それは我らの崇める神々が、彼らの力を減じているからだ。『聖』『魔』『獣』『幻』『竜』、5つの種族が塔に隔離している属性の宝具、これを世に出してはならない!
しかし、彼らの崇める神も狡猾だ。属性の民の英雄達に知れるよう、各地にヒントをばら撒いている。5種族は、彼ら英雄の動きにも充分注意されたし。
この先の展望も、恐らく一筋縄では行かないだろう。私は調停者として監視役として、ただ見守る事しか言い渡されてはいないが。これだけは言わせてくれたまえ。
敵の英雄達の強さにも、敬意を払おうではないか。
無論、些細なヒントから君らの塔の位置を割り出すのも、並大抵の努力では適わぬだろうが。それを潜り抜けて来た冒険者達には、敬意を表して当たろうではないか。
くれぐれも、お互いが功を焦っていがみ合う事の無いように。各自、守護者としての誇りを忘れないで貰いたい。それぞれの塔の守護が、我らの神々の偽らざる望みだ。
もっとも、その調和が崩れた時、彼らと我々の世界の均衡は――
イベントを全て見終わると、情報屋が普通に話し出した。それは新エリアで獲得出来るヒントの数々で、これを獲得すればクエストの導入に入れると言う事を示しているらしく。
知っているのを含めて羅列すると。ハンターPのキング戦の覇者、領主及びキャラバン隊の取得者、ギャンブル王、合成の師範人などなど。
他にも注意深い謎解きも必要で、敵の言葉ではないが、一筋縄では行かないクエなのは間違い無さそう。それをクリアして5つの塔をクリアすれば、何かが起こる筈。
もっとも、塔に入るのにも難易度の高い試練が待ち受けているらしく。
以上が、情報屋が語った100年クエストの全ての情報。詳しいクエの内容や、起きる場所の情報などはさすがに語っては貰えなかったけど。
5つの種族の新しい属性や、レア宝具が報酬として獲得出来るのだろうと言う予測が成り立つ訳で、ヤル気も上昇。取っ掛かりも教えて貰えて、それはまぁ範囲内だったけど。
合成の師範と言うのは、ロックスターの合成に関わるヒントだろうか? あんなのは余程の運が無いと、素材の選別から何から辿り着けない境地だと思うのだけど。
どこかで見落としがあるのかも、多分尽藻エリア内にヒントがあるのかも知れないが。僕のレベルが低い為に、この情報屋を通じては入手出来ないのかも知れない。
そういう事を踏まえて、僕は柴崎君へのメモを作成する。
それを彼に渡したのが土曜日の午前の事、その日は午後からも、ハンスさん宅で退院祝いがあったのだけど。僕や沙耶ちゃん達も招かれて、午後中ずっと騒ぎっ放しだったのだ。
もっとも、最初はママの涙から始まってしんみりムードだったのだが。サミィも完全に泣きベソ顔で、ずっとママに抱きつきっ放しの状態だった。
花束贈呈とか似顔絵贈呈とか、全部すっ飛ばしての式の進行。
それでも我が家の雰囲気と、とにかく場を盛り上げる沙耶ちゃんと優実ちゃんのトークに。ママもサミィも、次第に落ち着きを取り戻して来て。
サミィの諸々の贈呈や僕の伴奏でのカラオケ会で、段々と場も盛り上がって来る。ハンスさんが台所から料理を運んで来て、それからは食事タイム。
メルもさり気なく母親に甘えて、離れていた間の空白期間を埋めている。ハンスさんの料理の腕もたいしたもので、味もボリュームも申し分なしだ。
ホームパーティ感あふれるひと時に、何だか心から寛げてしまう。
「メル、あんた結構甘えんぼさんなのねぇ。外じゃ、あんなにお転婆なのに」
「放っておいてよ、沙耶姉ちゃん。どうせこの後、サミィが甘えて私の順番回って来ないんだから。今のうちよっ!」
「メルはお母さんがいない間、妹の世話とかとっても頑張ってくれてたよ。遊びに行きたいの我慢して、僕は凄く感心してたからね」
僕の言葉に、メルはちょっと照れた様子。母親にも感謝の言葉を言われると、ちょっと泣きそうになってしまったけど。母親がさり気なく、僕に次の曲のリクエスト。
再度の伴奏は、結構古い流行歌のオンパレード。
「そうだ、凛君。二人の子守りの延長みたいで悪いけど、これからもピアノと勉強の先生に雇われてくれないかね? 姉妹二人とも懐いてるし、週2日程度でお願いできないかな?」
「リンはね、ピアノ上手なんだよ? あとね、おうどん作るのが上手なの!」
「リンリン良かったね、また気軽にこの家に遊び……勉強教えに来れるもんね! また一緒にゲームしたり、オーちゃんと遊んだりしようね♪」
その言い方では、何だか遊んでばかりいた気もするけど。前は基本子守りだったので、子供たちのしたい事優先だったので仕方が無い一面も。
今度からは勉強とピアノを教えにと言う事で、もうちょっと厳しく行かないと駄目かも知れない。だけど、それは僕にとっても厳しい試練には違いない。
何しろ、二人ともかなりの我が侭なのだから。
さて、今週のギルド活動の土日の日程も、大体前の週と似たようなものだった。つまりは4人集まって、さらには+アルファを期待してのレベル上げ重視。
それから空いた時間を狙って、4人での活動。レベル上げでは、沙耶ちゃん達はようやくレベルが95前後へと上昇した。もう一息でレベル100突破、これで色々と新エリアの名物クエを受ける権利が生じて来る事に。
例えばスキルのスロット枠を1つ増やすのが報酬の、中央塔の連続クエ。それから新エリアのさらに奥に進むための護衛クエ。それぞれレベル100以上という制限があるので、低い内は受ける事が不可能なのだ。
キャラの更なる成長とか、行動範囲の増加とか。ここをクリアすれば、さらに次なる難関の尽藻エリアが待ち受けている。それに挑むには、レベルは高いに越した事は無いけど。
とにかく色々、区切りのレベルが近付きつつある二人だ。
4人での活動では、例の4つ目のネコ獣人のクリアがメイン。それから、先生が欲しいと言っていたアイテムが眠るとの噂の、遺跡のチケット取得。
先生の入りたいと言っている遺跡は、新エリアの丁度真ん中にある険しい山岳の中に存在する。半島の形となっている新エリアを、その山岳が東西に分断している形なのだけど。
新エリアの名物遺跡でもあり、その山岳だけでも7つ程度のダンジョンが存在していて。一時期流行ったりしたけど、ミッションPが宝具やその他の景品に流れ始めると人気が低迷。
今はほとんど人の寄り付かない、不人気アトラクション状態に。
新エリアのダンジョンに入るには、新エリアで入手したチケットが必要になって来る。初期エリアでは金のメダルでも交換可能だが、そのチケットは初期エリアでのみ使用可能。
そんな訳で、チケットが必要なのだが、ここで何と言うか小さなハプニングが。優実ちゃんが、ネコ耳のお礼にとミッションPを支払って、バク先生のプレゼント用にとチケット交換を申し出たのだが。
ちょっとうっかり屋さんの優実ちゃんが、案の定と言うかやらかしてしまって。何故かチケットと間違えて、同じ交換ポイントのトリガーを窓口で貰ってしまったのだ。
これにはみんなが、呆れるやら途方に暮れるやら。
『えっ、貰うのはトリガーじゃなかったっけ? チケットだったっけ……私ってば、思いっきり間違ってたの、ひょっとして?』
『人の話を、ちゃんと聞きなさいってあれ程言ってるのにっ! 優実っ、アンタは普段からそういう娘なのよっ!』
『まぁまぁ、もう交換終わっちゃったんだから仕方が無いよ……バザーでチケット売ってないか見てみるね、ついでだから空いてる時間にそのトリガー消費しようか?』
先生の必死のフォローも、ちょっと虚ろに聞こえるのは気のせいだろうか。僕も一緒にバザーチェックするけど、新エリアで使えるチケットは残念ながら見付からず。
仕方なく、取り敢えず優実ちゃんが交換して貰ったトリガーを消費する事に。場所はやっぱり、新エリアの中央に布陣する山岳地帯の南側らしい。
そこにメフィレスカという街があるのだが、そこまで行くのも実は一苦労だったり。幸い街間駅馬車が通っているので、徒歩よりは安全迅速に移動が可能だけど。
よく分からない予定になったけど、まぁいずれ拠点にするべき街だ。
やるべき事は、大まかに二つ。まずはメフィレスカにワープ拠点を作成して、さらにはトリガーを消費……いや、チケットを入手して先生推薦のダンジョンを攻略する。
1度で望みの武器が出ない事は、もちろん充分に考えられる。予備のチケットがあれば、心強いのは確かなのだが。今日は取り敢えず、街にお邪魔してみようとの意見が出て。
皆で馬車に乗り込んで、約10分間。獣人や蛮族の襲撃にも見舞われず、僕らは目的のメフィレスカの街に辿り着いた。それから少しだけ街中を見回して、クエストを幾つかチョイス。
続いてクエをするか、予定通りトリガーを消費するかの討論に。
『取り敢えずトリガーの名前教えて、優実ちゃん』
『んと……闇商人の呼び水?? あれっ、貰ったのはトリガーなの、本当に?』
『そうよ、トリガーは色々と種類って言うか属性があるから、呼び方からそれを推測するの』
『へえっ、そうなんだ……今まであんまりやった事無いし、取り扱いは全部リン君に任せてたから知らなかったなぁ』
呑気な沙耶ちゃんの言葉はともかく、どうやら闇属性の敵相手なのが判明。僕も先生も聞いた事の無い名前の敵で、興味を惹かれたのも確かだけど。
呼び水には、どこのポイントに使用すれば良いかの情報が、全部記載されている。だからマップさえあれば、ほぼ迷わずにその場に辿り着く事が出来るのだ。
結局そちらへ今日は行く事に決まり、聖水や薬品を多めに買い込んでフィールドに飛び出す僕たち。嬉しい事に、新エリアのNMはトリガー出現でもハンターPを獲得出来る。
それが貰えるだけでも、今日は上出来だろうか。
その場所はごつごつの岩だらけで、背後には高い山脈を抱えていた。低い茂みと所々に古びた遺跡の廃墟。それから、襲撃されて打ち捨てられた荷馬車の跡。
人の集落の影はまるでない、完全に大きな獣や獣人の支配地となっている場所だ。不気味な土地には違いないが、お陰で古い遺跡の数には困らない。探し回れば、大小7つ程度のダンジョンに巡り合え、宝箱を拝み放題である。
ただし、チケットがあればの話だが。
トリガーポイントは、程なく見付かった。何故か壊れた荷馬車の下で、示し合わせての戦闘のスタート。出現した敵は死霊タイプで、間違いなく闇属性だ。強そうだが、何だかちょっと様子が変。
死霊は手にはロッドと言うかムチみたいな武器を手にして、ボロボロな布を纏っている。短距離ワープを使用して、こちらの攻撃をはぐらかしてみたり。
時間を稼ごうとしているのか、元々中距離範囲が得意な戦法なのか。呪いや毒の魔法も飛ばして来て、それはまぁ予想の範囲ではあるけど。
先生もやり難そうだが、逆に後衛の遠距離コンビとペット達は全く問題なし。僕も少々やり難さを感じてはいたモノの、何しろ《ヘキサストライク》が面白いほどダメージを出すので。
調子に乗って追い掛け回していたらとんでも無い目に。
敵のHPは数分で半減、これは《封印》を使うまでも無いなと思っていた矢先の出来事。何しろ、呪いは特殊技扱いでは無いので、封じる事は出来ないし。
闇商人はとんでも無い商売道具を持ち出して来た。まずはひっくり返った馬車から、爆弾を抱えたゾンビの群れ。僕らに近付くとピコピコ反応して、爆破ダメージを与えて来る。
本人達も一緒に吹き飛ぶ、何ともホラーな仕掛けはまだ良い方。
敵の本当の奥の手は、こちらをアヒルにしてしまう呪いの薬だった。それを振り掛けられ、完全に攻撃能力を封じられ、ちょこちょこ歩くだけの存在に成り果てたバク先生に。
後衛コンビからは、呑気に可愛いとの声があがったけど。何の慰めにもならず、さらにはプーちゃんも同じ目に合わされて。闇色の液体で敵が回復するに至ると、こちらも余裕は無くなってしまう。
幸い、変身は優実ちゃんの《リターンカース》で解く事が可能だったので。恨みを晴らすように、先生の《トルネードスピン》の連撃が敵に炸裂する。
その反撃に、怖気づいた敵は再度の薬品服用。
『わっ、またコイツ薬飲んだっ! 回復されちゃうっ、スタンも効かないし!』
『今度はハイパー化みたい……馬車からの雑魚、全然途切れないのは何でかなっ!?』
『うあっ、馬車の敵も呪いの薬使って来てるっ! ああっ、雪之丈がアヒルにされちゃった!』
似たような物でしょとの優実ちゃんの言葉に、沙耶ちゃんもヒートアップ。リアルでハイパー化しているギルマスを余所に、スタン技を大判振る舞いしているメンバー各員。
呪いの牙と言う敵の技で、こちらも被害は甚大である。後衛にまで届くので、何とも始末が悪いのだが。これ以上好きにはさせずと、こちらの回復を後回しに優実ちゃんの光魔法が炸裂。
最終的には《バニッシュ》が効果を上げて、敵はようやく闇に還って行った。
『うわぁ、雑魚の爆発は違う意味で怖かった……肉片が服にこびり付いてそう』
『変な事言わないでよ、優実のおバカっ! ううっ、雪之丈をはやく立派なドラゴンの姿に戻してあげて』
『……こんな事ってあるんだねぇ、私初めて見たよ。凛君、ドロップ品の事だけど』
『……何と言うか、強運過ぎない? チケット貰い損ねて、換わりに行ったトリガーNM戦でこんなのがドロップするなんて』
先生も全く同意見のようで、初めて見たを繰り返すのみ。僕も見たのは初めてで、もちろん存在すら知らなかったのだが。まずは嬉しいハンターPは、一人の分配は10ポイントらしい。
沙耶ちゃん達も、新しい召喚スキルを獲得出来る訳だ。他にも珍しい薬品や、そっち系に偏っている高価素材や布系の素材が多数ドロップした。
そして一番の当たりが、さっきから話題にしていたお初にまみえるアイテム。『チケット回数券:5枚綴り』と言う名前で、要するに5回無料で遺跡に入れるらしい。
さすが闇の商人、こんな物まで商用に扱っていたとは。
その日は余った時間を、ネコ獣人のクエストの4回目に費やしたのだけれど。こちらがメインの筈が、先程のあまりの良品のドロップに、メンバーの気もそぞろな感じ。
それでも次のクエの内容を聞くと、そうも言っていられない感がバリバリ漂い始めた。何と最終試練と称して、ネコ族の長が自らとの決闘を申し出たのだ。
この間の戦場で、その戦い振りを見ていたメンバーからは無理との絶叫が。
向こうの言い分では、飽くまでこちらの力量を調べる為の決闘だとの事なので。それなりの成果を見せれば、秘伝の技を同志である優実ちゃんに授けると言って来る族長ネコさん。
それならばと、いかにも乗り気でないメンバー達が、手伝いの手を差し伸べるのだが。族長さんは、手伝いの数に比例して、こちらも助っ人を入れると言い出して。
あんなに強い力の持ち主とは思えない言葉に、メンバーから批難轟々。
『仕方無い、それは不利だから優実、ソロで挑んでらっしゃい!』
『無茶言わないでよっ! プーちゃんとピーちゃんいても、絶対に無理だよっ!』
『う~ん、多分レベル補正的な弱体で族長ネコはこの前みたいには強くない……筈?』
『そうであって欲しいわよね。でも、何だかこれって最終クエっぽくて、難関な予感もヒシヒシ漂って来るわ』
確かに先生の言う通り、そんな予感もするけど。ソロが嫌だと駄々をこねる優実ちゃんに、仕方なく僕らも戦闘を手伝う破目に。族長ネコに砦の裏に案内されて、そこで見たのは檻の中に設えてあるフィールド。
ねじれて育った樹木が、段差みたいな障害物を作っており。茂った草葉が、視界を微妙に遮っている。檻の入り口には、ネコ獣人の兵士達がすまし顔。
ここから起きる事には、まるで我関せずな顔付きである。
檻に入ると、戦闘はいきなり始まった。ネコ族の長の他には、白い豹が1匹、普通の豹が2匹。豹達は樹木の高い場所に陣取っていて、こちらが近付くのを待ち構えている。
族長ネコの手には、優実ちゃんと同じく楽しい形状のスティック。積極的な動きは見せず、こちらの動きを待っている感じだ。この前の戦場で見た装束ではなく、普段着姿に安堵してみたり。
本気モードで来られたら、1分も持たないだろうから。
『衣装からして、族長ネコは本気モードじゃないのは良かったけど。豹が合計3匹もいるよ?』
『豹から倒したいよね、ペットで釣れないかな?』
『強化も終わったし、試してみるねっ。バクちゃん、族長が動いたらお願いね』
了解と、先生もようやく気合いが入って来た様子。何より、強過ぎる敵で無かったという安心感で、これなら行けるというスイッチが入った感じである。
それは僕らも同じだが、豹達の動きは計算外だった。同じような動きでプーちゃんにたかって来て、各個撃破の目論見は脆くも崩れ去ってしまった。
それでもボスネコはまだ無反応。この機に乗じて、こちらはのっけから乱暴な程の全開アタックを敢行してみたり。何しろ、後に控えているボスネコの圧力が凄い。
そのプレッシャーに後押しされるように、まずは豹の群れを撃破。
豹の攻撃は、噛み付きや頭突きなど直接系が多くて単純で助かったのだけど。白豹のみが、魔法とステップを使って来て、かなりウザい感じだった。
3匹の雑魚を倒し終えると、さすがにネコ族の長も動きを見せ始める。そろそろ行こうかと台詞をのたまって、軽快なステップで距離を縮めて来て。
手にした片手棍は、猫の手ステッキ。しかしその威力は侮れなかった。
『うわっ、かなりの威力だわっ、ボスネコの武器。ブロック失敗すると、一気に血だるまかもっ?』
『スキル技も、強いのあると思っていいかな。早目に封印しておこうか?』
『バクちゃんが血だるまにならない内に、して貰った方がいいのかな? うわっ、ボスネコも華麗なステップ使うわねっ!』
沙耶ちゃんの言う通り、ボスは攻撃もステップ防御もこなれた感じのキャラである。大人数で挑むこちらの囲い込みにも、一向に怯む気配は無い。
動き回る敵の幻惑防御に、僕の《連携》からの《封印》はなかなか決まらない。そう思って焦れていた矢先に、やっぱりあったボスネコの強力なスキル技。
前衛を巻き込んでのフルスウィングで、一瞬に場は阿鼻叫喚の地獄絵図。
『ふあっ、いまボスのネコ尻尾でも殴った!』
『そんな報告はいいから、早く回復を飛ばしなさいってば、優実っ! ああっ、そんな事言ってる間に雪之丈がまた死んだっ!』
実は雪之丈、さっきのハンターPの振込みで《ステップ防御》という新スキル技を取得したのだったが。まだまだタゲを取るほど強くないので、あまり意味が無いとも。
ちなみにプーちゃんは《本気攻撃》を覚えたのだが、スロットに余裕が無くて試行錯誤中らしい。優実ちゃんがどれを外そうか悩んでしまって、結局は弄れないと言う悪い癖。
今度またアドバイスが欲しいと、まぁ頼られるのは悪い気はしないけど。本人は雪之丈が装備している首輪を、一刻も早く取るつもりではあるらしい。
目標があるのは良い事だ、あまりギャンブル漬けにはなって欲しく無いけど。
ボスネコの回転撃は、棍棒のみか尻尾まで加撃されての4連打の範囲攻撃という、とても凄まじいもの。僕のHPは一気に半減、盾役の先生ですら4割近く削られてしまうと言う。
しかし、技の撃ち終わりに千載一遇のチャンスが巡って来た。ステップが途切れて、ボスネコが無防備状態になったのだ。僕はすかさず仲間に合図を送り、《連携》からの《封印》を繰り出す。
後衛の沙耶ちゃん達の魔法も決まり、ボスネコのHPも一気に減って行く。僕のチャレンジも成功して、ボスネコの特殊技の封じ込めで、パーティ内に行け行けムードも漂い始め。
勢いに乗って、アタッカー役の削りにも熱がこもり始め。
『倒れろ~、ネコ娘~っ!』
『それじゃ妖怪でしょっ、でもあと3割ちょっと~!』
『頑張れ~、ステップが頻繁で前衛陣は削るの大変~!』
先生の本音はまさにその通りで、僕と先生の攻撃はしばしば空振りの憂き目に。さすがにネコの特性で、華麗な体捌きだったのだけど。
こちらの後衛アタッカー2人組という、相性の良さも手伝って。意外に素早く、ボスネコの試練の終了の時がやって来た模様。2割近くまで削った途端に、戦闘は強制終了の運びに。
何しろ試練なので、倒し切る必要は無かったようだ。
『あっ、終わった! なんだ、倒し切る必要なかったんだ』
『イベント始まった~っ。報酬貰えるっぽいよっ♪』
『あれっ、優実ちゃんだけ見れるイベントみたいだね。報酬もそんな感じかな?』
僕の質問に、優実ちゃんがしばらくして答えるには。変なスキルと変な宝珠を貰ったと、ちょっと混乱したコメント。よく分からないが、ボスネコが直にスキル技を伝授してくれたらしく。
その名も《ネコ耳モード》というスキル技、そして宝珠は『獣』の宝珠というらしい。早速セットして使ったその技だが、尻尾がピンと張って何とも言えない風貌を漂わせて来る。
性能的には器用度や敏捷度が飛躍的に上昇して、モード中の攻撃速度やクリティカル率が上がるらしい。後衛からの遠隔攻撃でも有効なので、これはかなり貰い得かも。
本人も喜んでいるようだが、宝珠はパーティに寄付するとの事。
魔銃の事があるので、貰えるなら魔の宝珠が欲しかったのだが。獣の宝珠の特性も良く分からなくて、パーティ内からも欲しがる声は生まれて来ず。
結局は僕が保持しておく事にして、その日は終了。来週はメフィレスカまでの街のルート開通を視野に、新エリアのポイント拠点を増やそうと話し合う一同。
やる事はとにかくたくさんあるので、時間はどれだけあっても困らない程。
とにかくこれで、ネコ獣人関係のクエストは終わりっぽい。色々とあった上に、結構価値の高い報酬も貰えた筈なのだが。いまいちそんな気になれないのは、終始コミカルなノリで責められたせいかも知れない。
それでも犬族との戦争イベントなどは、迫力があったし面白かった。この最終試練にしても、考えてみれば宝珠を1個貰えたのだ。1回の戦闘のご褒美にしては、破格過ぎる報酬だ。
ネコ族の長には、感謝してもし足りない程だと思ってみたり。
そう言えばミスケさんも、猫は恩義には報いる生き物だと言ってたっけ。そんな言葉を思い出しながら、何気なく画面を眺める僕の視界内で。
――優実ちゃんのキャラのネコ耳が、誇らしげにピクピクと動いていた。




