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1章♯08 試験週間とネコ耳モード!



 その夜は、ギルドでの活動は行わないと一応言い渡しておいたものの。通信での相談事とか、合成の依頼などでそれなりに忙しい時間を過ごしている中。

 僕を悩ましているのは、一丁の銃だった。それと、もう一つは僕の愛用の片手棍、ロックスターに関する事。どちらも難問で、ちょっと僕の手には余りそう。

 だからと言って、投げ出す訳にも行かないのは当然の理。僕は机を離れて、先ほどから部屋の中を行ったり来たり。こんなに悩むのは、学校の勉強では有り得ない事。

 取り敢えず、ここまでの経緯を説明しようか。


 日曜日に沙耶ちゃんから合同インの呼び出しを受け、夕方まで散々ゲーム内で活動した後。今夜を限りにファンスカ活動の一時休止を行うべく、僕は色々と片付ける事柄を整理していたのだった。

 例えば合成依頼の受け付けだが、2週間の試験休業告知を出さないといけない。これはまぁ、学生プレーヤーも多いこのゲーム、テスト期間だと公表すればすんなりと受け入れて貰える。

 それどころか学年を教えれば、誰某先生の昔の試験用紙を貸そうかとか、何某先生は引っ掛け問題が多いから気をつけろとのアドバイスが貰える事も。

 縦の繋がりを強く感じるのは、ゲームをしていて良く思う。


 それから、蛮族の拠点を攻略した際の戦利品とか、遺跡ダンジョンや星人の塔を攻略した時の戦利品を競売に出したり。アイテム整理もサボっていると大変になるのだ。

 依頼の合成も、貯まっている分は今夜の内に済ませてしまわないと大変な目に。それでようやく、自分の為の時間を過ごす事が可能になった訳だけど。


 そこからが、思考の迷宮の始まり。原因の1つは、星人のエリアのNM塔のクリア報酬に貰った『魔銃』だった。強力な性能のこの魔銃だが、強力ゆえに制限もあって。

 まずは火薬スキル80以上、それから『魔』スキル20以上。こんな武器は見た事が無くて、まるで複合技の使用規制のようである。まぁ、あながち間違いではなく、独自のスキル技を持っている武器には違いないのだろうけど。

 こういう武器は本当に稀で、それは複合技以上にレアな存在である。武器自身の性能も大抵は強くて、制限も確かに高く設定されているのは間違いない。

 沙耶ちゃんからのお題は、これを使えるようにしてとの事なのだが。


 なるほど、言いたい事は良く分かる。火薬スキル80はともかく、『魔』スキルと言う単語は遣り込んでいる冒険者にしても聞き慣れない言葉だと思う。

 こう言うのは俗に『属性外魔法スキル』と呼ばれていて、入手はとても困難である。他にも『聖』とか『竜』とかが存在するらしいが、バザーでも見掛ける事はまず無い。

 いや、ギャンブル場での景品の一つと、オーブを合成すれば出来るのではないかとも言われているが。どちらも交換するのにミッションPやコインを大量に使うので、遊びでの手出しはとても無理。

 これもいつかは解きたい謎ではあるが、今の自分には不可能だ。つまりは、沙耶ちゃんのお願いは、ここで分厚い壁の突き当たりに遭遇する事になる。

 はなはだ残念だが、自分の許容を超えた難題だった訳だ。


 もう一つ、実はこちらはもっと深刻な悩みで、先ほど師匠にも相談したのだけれど。僕の愛用の武器のロックスターを、久し振りに補修しようとした所。

 耐久度が戻らないとのログが出て、つまりは補修不能に。これは普通の武器では考えられない事で、以前のロックスターは補修可能だったにも関わらずの無体振り。

 師匠はしばし考えて、サンローズで起きたイベントが怪しいと言って来たのだが。


『これの元の鍵型の片手棍がイベントで振る舞われた時も、確か修繕不可能の使い切りだったよね。まぁ、限定イベントの使用のアイテムだから、不便は無かったけど。つまり、今またその状態にロックスターが戻った可能性がある訳だ』

『それが、サンローズでのイベントだって事ですか? この武器自体が、クエアイテムになってしまったって事?』

『その可能性は、極めて高い気がするね。バグで全てを疑うので無い限りは。私もちょっと、興味が出て来た。護衛してあげるから、ちょっと進めてみないかい?』


 師匠にそう言われたら、無下に断る訳にも行かない。僕は師匠とパーティを組んで、サンローズまで街間ワープで飛ぶ事に。ロックスターは、元々99の耐久度を誇る優秀な武器なので、すぐに壊れる危険は無いのだけれど。

 《封印》のスキルを使う度に、耐久度は必ず1~9減る仕様なので。このまま耐久度が戻らない事態が生じれば、強力なスキルが皮肉にも《封印》されてしまう事になってしまう。

 笑うに笑えないこの成り行き、どんな結末が待っているのやら。


『えっと、アイテムに鍵を貰ってますね。町外れの貸家のカギ、どこだろう?』

『カーソルが移動する家を探そう。凛君は左の家並みを調べてくれ』


 僕らは町中を走り回って、ようやく5分後に怪しい家を探し当てた。それは手長族のエリアに出る道に続く、町の端にあるボロ家だった。カーソルを移動させると、鍵が掛かっているとの事。

 僕は多少緊張しながら、アイテムの鍵をカーソルにトレードして使用した。途端に強制イベントが発動して、恐る恐る家の中に入って行くリンの姿が。

 ――日中の光を背に受けて、埃が舞う部屋の中。


 それは起動していない魔方陣だった。強引に床板を剥がして、土に直接描かれている。力の波動はしかし、休眠中の生き物のように感じる事は出来るけれど。

 起動に必要な物は、呆気ないほど簡単に判明する。すぐ側の壁に、赤いペンキか何かで大きく掛かれていたのだ。そして、背後からの声もそれを肯定する。

 いつの間にか出現した男は、こちらの世界にようこそと嫌に親しげ。


 ――遥か太古からの契約により、異なる次元に存在するダンジョンの守護族の数は全部で5つ。ダンジョンの数と同じく、そして手長族の護るそれの入り口を、今君は目にしている訳だ。

 私かね? 私はその5種族の監視を務める者だ、シャザールとでも呼んでくれたまえ。ただの監視役だから、無論君がその魔方陣を起動して、ダンジョンに挑むのを止めはしない。

 むしろ、そのような者の出現を私としては好ましく思っているよ。最近は異種族の増長に、君たちも劣勢なようだからね。パワーバランスと言うのは、いつの時代も大事なのさ。

 そう、そのダンジョンには途方も無い宝が隠されている。


 もちろん、一筋縄では行かないけどね。入る為の鍵も、それなりのモノを用意して貰わねば。おっと、それ自体が罠で無いとどうして言えるのかって? 

 疑うのも当然だが、決めるのは君自身だろう? 私はただ、魔方陣の起動方法を教えただけさ。使用するアイテムは2つ。一つは『手長族の超神水』、これは集落のどこかに隠されている。

 もう一つは『封印の欠片』、これは君のその片手棍が消滅した際に手に入る。そこの壁にも書いてある通りの代物だ。皮肉だが、ここも昔は手長族の聖地の一つだったんだね。

 あとはそう、君にその武器を手放す覚悟があるかどうかさ――

 




「完全には離れないわよ。栽培だってしないと駄目だし、競売の出品もやってるし。まぁ、勉強の合間にちょこちょこっとね。気分転換程度、本当よ?」

「プーちゃんがね~、退屈しないようにしないと。ふうっ、ピーちゃん……」

「ああ、待ってね優実ちゃん。精霊に与える精霊石が、なかなかバザーで見つからなくて。師匠にも見つけたら買っておいて貰えるよう、ちゃんと頼んであるから」


 慰めるように、僕はメモ単語帳を持つ優実ちゃんに言葉を掛けた。試験期間中は、ゲームには触らないよねとの僕の質問に、二人は律儀に答えてくれて。

 まぁ、気分転換程度なら良いと思う、僕もそうだし。週明けて学校が始まり、試験範囲の発表と共に。クラブ活動は休止状態に入り、生徒達も慌しくなる。

 日曜の抜き打ちテストが余程響いたのか、彼女達の目も真剣。


 優実ちゃんは、早速英語とか古文の豆単語帳を、昨日の内に作ったらしい。昼休みにはそれを利用して、遊び形式で問題を出し合ってみたり。

 二人の弱点の改善に、1週間は果たして長いのか短いのか。


 高校になって初めての試験なのだが、周囲を取り巻く同級生は同じ顔ぶれ。そういう意味では、あまり緊張感も無く臨めるかも知れないけど。

 ただし、それはややこしいイベントが起きない限りの事。柴崎君は案の定、僕にリベンジを申し立てて来たのだが。つまり、今回は中間試験順位で争おうと言う訳だ。

 それはどうだろうかと、僕は疑問を返してみるけど。


「きっ、君は勝ち逃げする気かいっ、池津君? 僕があの賭けで、一体幾ら損したと……!」

「あっ、ゴメン……分かった、そういう事情なら受けて立つよ。ただし、今回はもっと賭け率を下げようか?」


 大人しそうな彼だが、やはりあれだけの損を被って激昂しているようだ。僕は腫れ物に触らぬように、言葉に注意しつつ今度のルールを決めて行く。

 もっとも、高校でも優秀上位30名は掲示板に張り出されるそうなので。二人ともそこから外れる事は無いと、柴崎君は相変わらず不敵な笑みを浮かべて。

 賭けるモノは、お互いの有力情報。今回はアイテムは無し。


 そんな朝の出来事を話しながら、僕は普通にサミィを迎えに幼稚園に歩を進めていた。何故か沙耶ちゃん達と三人で、結局ついて来ちゃった的な流れなのだが。

 着いてしまうと優実ちゃんなどは、知っている先生がいると大はしゃぎ。まぁ、8年前はこの幼稚園に通っていたのだ。先生もそれを覚えていた様子で、何だかほんわかムードが漂って来る。

 今日もメルは、遊びに出ているのか不在である。


 サミィも知っている顔に囲まれて、ちょっと楽しそうな表情を見せる。どこに遊びに行くのと、せっかちに訊いて来るのは、少女にしたら珍しい行動である。

 沙耶ちゃんが自分の家に招待するけど、私たちは勉強しなければならないのと悲しそうな素振り。厳しい口調で、試験のなんたるかを説明するも、サミィにはいまいち通じてないよう。

 結局こうなってしまったが、まぁ仕方の無い事か。一応僕の計画では、サミィが絵描きに夢中な時間を狙って勉強するつもりだったんだけど。

 沙耶ちゃんの計画では、自分の母親に子守りを頼む算段らしい。


 サミィは優実ちゃんと手を繋いで、ご機嫌にいつもと違う景色を眺めていた。大きな橋の上では川魚の群れを発見して、熱心に観察する素振り。

 五月の風は心地良いが、少し冷たく感じるのは朝方の冷え込みのせいか。この土地は、五月にぶり返す感じで冷気が山から降りて来る時がある。

 サミィのほっぺも、少し赤くなっている。


「サミィ、寒くない? 今日はちょっと風が寒いね。抱っこしようか?」

「大丈夫だよ、リン、魚はとったらダメ?」


 子供の大丈夫は当てにならないが、優実ちゃんが何とかサミィの気を引くのに成功して。一行は再び歩き出して、5分後には沙耶ちゃん宅に到着する。

 子供の足に合わせての帰宅だから、ちょっと余計に時間を取られてしまったけど。玄関先でも、さらに一悶着が。沙耶ちゃんのお母さんがサミィを見て、プルプルと震え出す。

 あまりの可愛さに感動しているらしいけど。サミィはきょとんとしていて、思わず僕によじ登る素振り。少し危機感を感じたのかも、さもありなん。

 それでもちゃんと挨拶するのは、とても偉いと思う。


「まぁまぁ、まぁっ、何て……可愛い子ね、ハーフかしら? お人形さんみたい……」

「お母さん、変な声出さないでっ! 私たち勉強会したいんだけど、サミィの子守り頼んでいい?」

「サミィ、今日は遊んであげられないんだ、ゴメンね? このおウチで良い子にしてられる?」


 サミィはいいよと返事して、珍しそうに家の中を見て回り始める。つられて僕も後ろに従うのは、子供の粗相に対応しての事。大人しいサミィでも、たまに突飛な行動を取るのだ。

 それでも沙耶ちゃんのお母さんが、サミィを客間に案内すると。何とか落ち着いたようで、こちらも一安心。勉強道具を取り出して、リビングは簡易塾に早変わり。

 早速の小テストに、何故か恨めしそうな2人分の視線を受ける僕。


 僕も一緒に、試験勉強に励み始める。当然だが、僕だってそれ程の余裕は無いのだ。ちょっと山を張ってみたり、授業中にここは大事とノートに書かれた場所を抜き出したり。

 ノートの出来が良いと、試験など半分クリアしたような物だ。しかし残りの半分をサボってしまうと、本番で痛い目にあう。ある程度の絞り込みと暗記は必要なのは当然だけど。

 しばらく静かな時間が経過して、この家では珍しい事態かも。


 部屋の中にはペンの走る音だけが響いていて、それはそれで快適な時間に思えて。時折、優実ちゃんの唸る声が交じるけど、それも必死に問題を解いている証拠。

 何となくその空気を楽しんでいたら、テレビの脇に変な計画表を発見。手作りなのが逆に部屋の雰囲気に馴染んでいて、今まで気付かなかったけど。

 どうやら姉妹の家事分担表らしく、日にちの所に母親が押したらしき印が見える。どうやら母の日の失敗を糧に、姉妹での手伝いをローテで頑張っているようだ。

 そう思ってほのぼのしていたら、サミィが乱入してきた。


「リン、ピアノがあるのっ。お歌うたうから、リン弾いてっ!」

「あらあら、ゴメンなさいね、サミィちゃんが急にピアノに興味持ち出しちゃって」

「お母さん弾けないもんね。私も環奈も、結局小学校で挫折しちゃったし。リン君弾けるの?」

「弾けるよ、サミィとメルにも教えてるし。謝らなくて平気です、ちょっとお借りしてもいいですか?」

「わっ、リン君が凄い自信だっ! ひょっとして凄く上手?」


 そこまで上手ではないのだけど。家にシンセサイザーがあったので、父親にちょっと教わった程度だ。子守り中にもよく3人で歌をうたったりして、サミィもそれはお気に入りの行事。

 そんな訳で、一同はぞろぞろと客間に移動する。突然の息抜きに、優実ちゃんなどは大喜びだ。沙耶ちゃんは久し振りに対面するピアノに、ちょっと懐かしげな視線。

 僕がピアノの前に座ると、サミィが僕の膝によじ登って来た。試しにキーを鳴らしてみるが、調律は問題ない様子。サミィの覚えている歌の数は高が知れているので。

 どんどんメドレーで伴奏して行くと、後ろからも調子の良い歌声が。


「ふうっ、楽しかった! ああっ、これに昔憧れたのよねぇ。自分の娘に期待してたけど、思わぬ感じで叶っちゃったわ!」

「リン君、弾くの上手だねぇ。途中知らない歌があったけど、あれは誰の歌?」

「良く分からないけど、家のシンセサイザーの機械の中に入ってた曲で。メルとサミィと3人で適当に歌詞をつけて、今では持ち歌みたいな感じかな」

「へえっ、凄いねぇ。あらっ、サミィちゃんもなかなか上手じゃない?」


 サミィがたどたどしい手つきで、鍵盤をはじき始める。片手で音を探す素振りは、しかし真剣そのもの。今日はもう、勉強どころじゃないかもと思いつつも。

 沙耶ちゃんの母親が、機転を利かして鳥の話でサミィの気を引き始めて。さっきまでお絵かきをしていたのだろう、それを思い出してアップリケをしてあげると持ちかける。

 お母さんは、そういう細かい作業がどうやら得意らしく。喜ぶサミィと、再びフリーになる僕たち。これなら何とか、もうひと踏ん張り勉強に従事出来そうだ。

 そんな訳で、そそくさと机の前に戻る僕たち。


 結局は、なかなか充実した勉強会だった。夕方にサミィとおいとまを告げる時も、また遊びに来てねと少女は人気振り。サミィは僕に、貰ったカバンのアップリケを見せびらかしてご満悦。

 それはなかなかの腕前で、子供の喜びそうな風貌の色鮮やかな鳥だった。トサカが大きくて立派で、ちょっとオーちゃんを思わせるフォルムのような気も。

 良かったねと僕が言うと、今度は服にもして貰うのだと大はしゃぎ。


「あっ、メルから電話だ。メルは今どこかな?」

「お姉ちゃん? 貸して、サミィが出る!」


 橋の手前で、こんなやり取りを行って。携帯を取られたり、大声で居場所を確認したり。帰り道にメルと合流して、僕らがハンス宅に帰宅したのは6時過ぎくらい。

 藤村さんは、既に夕食の支度を整えていてくれていたよう。姿が無いのは、家に戻ってしまったのか。ハンスさんはもうすぐ帰宅してくる筈だが、たまに遅れる事も。

 案の定、家の方に連絡があって、今日は帰宅が遅れるとの申し訳無さそうな口調。子供たちと先に食事を済ませておいてとの事で、そういう事態も何度か経験済み。

 子供二人を家に残しておく事も出来ず、僕はメルと夕食準備。


「カバンにね、鳥の絵を入れてもらったの。オーちゃんの絵だよ」

「わっ、奇麗だね。へえっ、凄いなぁ! 沙耶姉ちゃんの家に行ったの、二人とも? 私も行きたかったなぁ」

「僕らは勉強会だったんだけどね。試験あるから、ゲームも僕らは2週間休止になるからね、メル」


 食事をしながら、賑やかに会話するのもいつもの事。少々食事が遅れようが、マナーが悪かろうが、僕はあまり気にしない。楽しい方が、食事も美味しく頂けるに決まっている。

 姉妹は競って今日あった事を口にするし、僕も笑いながら聞いてあげる。時には1時間近く掛かる時もあるが、それでハンスさんが戻って来たらしめたものだ。

 一緒に食事を取れるので、もう一度準備をする必要が無くて済むのだ。


 その日もそうなって、食卓はさらに賑やかに。繰り返される話も、大事な食卓のスパイスに違いなく。僕はこの雰囲気が好きだ、例えそこに母親の姿が無くても。

 彼女達はしかし、母親入りのもっと暖かい食卓を知っているのだろうけども。





 試験期間は、あっという間に訪れた。その間に行われた小テストで、彼女達は徐々に自信を深めていった様子である。僕にしても、備えは程々に良好。

 後は本番を滞りなく済ませるだけ。1日目は問題なく、その日の科目をこなして行って。事件が起きたのは2日目だった。その日は4科目、その4科目目の試験中に教室にどよめきが。

 試験中には有り得ないそれは、窓際を中心に広がっている様子。何かと思ったら、沙耶ちゃんが僕を見て慌てた様子で口パクで何か叫んでいる。

 その内手振りも交えて、小さい子が高校の校舎に訪れているらしき事が判明した。


 メルとサミィだ、ようやく口パクの答えを聞き取れたものの、何故彼女達が。試験官役の先生が、慌てた様子で静かにと生徒達を叱咤する。

 僕は埋め終えた試験用紙を持って、教壇に歩み寄って行く。それから先生に事情を話して、早退の許可を願い入れ。何とかオーケーを貰って、僕はカバンを手に校舎を出る。

 分かっていたが、本人たちを目にしてちょっと驚く僕。


「どうしたの、二人とも? ひょっとして、学校抜け出してきたの?」

「……うん、一緒に病院に行って欲しくて。リンリン、今日終わるの早いって言ってたから」

「病院って、お母さんの入院してる? どうして急に……?」

「……パパが、昨日の夜に病院に電話してて……それで……」


 それ以上は声にならなかった。メルは大粒の涙を流して泣き出し、僕は途方にくれる他無く。サミィがそれを見て、つられて泣き出しそうな素振り。

 僕は慌ててサミィを抱え上げて、メルの手を引き高校のグランドを後にする。その時にはサミィも泣き出していて、僕は二人を宥めるのに一苦労。

 用意のいい事に、学校前の道路には一台のタクシーが停車中だった。恐らくメルが前もって呼んで、待ってて貰っていたのだろう。つまり彼女は、本気だと言う事だ。

 メルは、昨日の夜に一体何を聞いたのだろう?


 とにかく、あまりタクシーを待たせておくのも悪い。僕は姉妹を導いて、後ろの座席に何とか収まる。それから病院の名前を告げると、運転手さんは何も聞かずに車をスタートさせた。

 泣いてる姉妹と行き先が病院と言う事もあって、運転手さんも何かを察知したらしい。全く会話の無いまま、タクシーは素晴らしいスピードで車道を飛ばして行く。

 隣街の大きな総合病院は、車だと20分程度掛かる。僕はその間にハンスさんに電話を入れるつもりだったが、メルが激しく嫌がったのでそれを断念した。

 彼女はようやく落ち着いたようで、巻き込んでゴメンと静かな口調で僕に謝罪する。


「僕は構わないけど、何があったの? お母さん、ひょっとして容態が?」

「わからない……でも、お父さんが夜中に出て行って……多分病院に行ったんだと思う」

「大丈夫だよ、それからメルの携帯には連絡無いんだろう? ホラ、心配ないって」

「でも……パパは凄く慌ててた……」


 僕は、メルの手をぎゅっと握って安心させてやる。それ位しか出来ない自分が歯痒かったし、安易な推測しか言えない事にも内心悔しかったけど。

 タクシーはあっという間に、目的地へと辿り着いた。それに連れて、じわりと恐怖心が心を満たし始めて、内心僕は驚いた。そしてその恐怖は、メルの方が数倍強い事も分かっていた。

 震えるほどの恐怖心は、僕らの足を竦ませるのに充分だった。僕が会計を済ますと、タクシーは驚くほど無情にその場を走り去って行く。

 正直、その薄情さを恨めしく思いつつ。


 サミィが僕に、ぎゅっとしがみ付いて来た。普段は楽しみな筈の母親との面接に、何故お姉ちゃんが尻込みしているのか不審がっているのだろうけど。

 僕にしても、先延ばしで事態が好転するとも思えなくて。メルの手を引いて、病院内に入って行く。受付で話を通している間も、メルの顔色はずっと曇ったまま。

 ようやくそのメルが顔を上げたのは、母親の無事を僕が確認出来てから。ちゃんといつもの病室にいて、面会も可能だと受け付けの人が言って来る。

 ほとんど駆け出す勢いで、メルが院内を移動する。


「メル、走っちゃ駄目だよっ。本当に現金だな、こんな時間に会ったら、絶対に小言いわれるぞ!」

「それくらい我慢するよっ、早く会おうっ!」


 病室にはハンスさんがいて、僕らの到着に驚いているよう。その顔は憔悴し切っていて、母親の方も元気には見えなかった。入院中なのだから当然かも知れないが、僕は不審感を抱く。

 それでも姉妹は嬉しそうで、母親の無事に再び泣きそうになっていた。僕は少し離れた場所で、一瞬だけハンスさんと目が合ったのだけど。

 彼の顔には笑顔も浮かばず、逆に辛そうな表情に。


 僕は余計な事をしたのだろうか? ハンスさんに電話を入れて、母親の無事をメルに知らせてやるだけで良かったのかも。若いメルの母親も、僕には取り繕った表情にしか見えなかった。

 それでも母親の口からは、もうすぐ退院出来るよとの言葉が。サミィは嬉しさのあまり、ベットによじ登っている。姉がそれを宥めつつ、溢れ出しそうな涙に戸惑っている。

 ハンスさんが席を立って近付いて来た時、僕は何故か逃げ出したくなっていた。


 コーヒーを飲みに行くと言う口実で、僕らはその病室を後にする。しかしハンスさんは、言葉通りに自動販売機で、紙コップ入りのコーヒーを購入した。

 僕にも同じものを勧めて、改めて姉妹の面倒の礼を口にするのだが。その姿はやはり疲労が隠せなくて、一晩の徹夜を物語っているよう。

 僕は無言で、嵐の到来を待っていた。


「凛君は……授業あったんじゃないのかね?」

「今は試験期間中です。メルもそれを知ってて、僕の所に来たんですよ。あの子の事、あまり叱らないでやって下さい、ハンスさん」

「ああ、そうだな……叱ると言うより、申し訳なくて。夫婦で一晩中、そんな事を話していたよ。あの子達の新しい兄弟が、この世に生れ落ちる前に、昨日天に召されてしまった。……この事は、あの子達には内緒にしていてくれないか」





 死は、どんな幸せそうな家庭にもその影を落とす。ひっそりと寄って来て、その冷たい腕内に抱き寄せる。僕は間接的にだけれど、その味を知っている。

 生まれて来なかった命を想って、僕は心中穏やかではいられなかった。メルとサミィの新しい兄弟は、こちらの空気に触れる事無く、再び天に召されてしまった。

 そんな事を考えている内に、僕は自室で眠り込んでいたようだ。いつ自分の家に戻って来たのか、いつ眠りについたのかは記憶には無いのだけれど。

 気付いたら、僕は父親に揺り起こされていた。


「凛、大丈夫か、うなされていたぞ?」

「あぁ、父さん……頭が痛い」

「今日も気温が低かったしな、風邪をひいたのかも知れん。お前、試験期間中だろうに」


 気遣うような、叱咤するような声。羽織る物を選んでくれた父さんの気遣いと、心の中に居座っていた重い約束。不覚にも僕は、泣き出しそうになっていた。

 僕の異変に気付いた父さんが、少し驚いた顔をする。僕は身体を縮こまらせるように丸めて、何かから身を守る素振り。夢の中ではゲーム仕様の死神相手に、いい様に翻弄されていたのを思い出しながらも。

 何かあったのかと尋ねる父親に、僕は全部話す気になっていた。父さんはハンスさんとも親しいし、いずれ彼から耳にするだろう。僕は今日の出来事を、震えながらも言葉にした。

 父さんは僕の背中をさすりながら、じっと話を聞いていてくれる。


「……どこの家庭も、考える事は同じだな。子供に死の話は重すぎるって、どうしても思ってしまうんだろうな」

「それは……僕の母さんの事?」

「そうだな、ほとんど話した事が無かったかな……向き合う勇気が、私には無かったせいもあるが。確かに、死に向き合うのには勇気がいるよ」


 父さんはそう自分に言い聞かせながら、死は生の否定とは違うと口にした。それに気付くのに、長い時間掛かったとも。それまではやっぱり、死んだ母親を恨んだりもしたそうだ。

 もちろん恋しく思う事もあったし、それは母親の暖かさを知らない僕以上だったろう。残された自分と小さな子供を、ただひたすら哀れんだ時期もあったらしく。

 僕の出産は、母親が強く望んだ事だと父さんは語り出した。それによって、やはり母親の命が削られたのも事実だと。もともと病気がちで、出産には無理があったそうだ。

 それでもお前は望まれて生まれた命だと、父さんは僕を励ますように口にする。


「以前はよく、幸せな家庭を夢想したけどね。母さんが元気で、お前に兄弟がいて。今はもっと現実的に考える事が出来るようになったよ……生き残った者には、義務がある事もね」

「義務……? 死んだ人の分、生き続ける義務?」

「幸せになる義務さ、まぁ、奇麗事だと言われればそれまでだけど。人の死に理由をつけたがるのは、生き残った者の反射的な行動なのかも知れないね。ハンスさんの子供も、きっと何かのメッセージを伝えに来たのかも知れない」


 そうなのだろうか、僕にはそこまで達観した物言いは出来ないけれど。そんな事より、定期的に寒気が襲って来て、どうやら本格的に風邪をひいた感じ。

 それでも温かいうどんを出前にとって、父さんから昔の思い出話を聞くのは心地良かった。僕の知らなかった母親の面影が、夕食を食べながら頭の中に形成される。

 体調不良に反比例して、心の中には暖かい火が灯っている気がして。


 ――その日は試験勉強はさっぱりだったが、後悔は全くなかった。何より父親と母親の、思わぬ過去の面影を手に入れる事が出来た一日だった。

 夢の中の死神は、さぞかし臍を噛んでいる事だろう。




 その後の試験期間中は、体調不良のせいで散々だった。自分だけ追試を受けるのは御免こうむりたい僕は、意地でも試験を休まなかったけど。そのせいで、試験の出来はやっぱり悲惨の一言だった。

 風邪をひいた事は、結局は良いダミーになったと思う。本当は、僕の心に居座っていた死の影に、僕はその思考を奪われていたのだと分かっていたから。

 それでも、たまに答案用紙が霞んで見えたり、考えが一向にまとまらなかったのは完全に風邪のせいだろう。試験期間中、僕はバス通学を余儀なくされたのだった。

 お陰で沙耶ちゃんと優実ちゃんには、思いっきり心配をかけたけど。


 それでも、僕は風邪を理由に勉強会をお断りした。気持ちの整理をつける時間が欲しかったので、丁度良かった気もするけど。ただ、その風邪のせいで思考が乱れてたのも事実。

 メルも心配して、日に何度もメールして来た。彼女なりに責任を感じていたのかも知れないし、僕とハンスさんの間の事を、子供の感性で勘繰っていたのかも知れない。

 そう思うのは、僕に隠し事の負い目があるからだろうか。


 それでも自室で一人でいる時は、勉強よりも父さんから聞いた母親の話が胸中に満ちていた。困った事に、僕はそれをコントロールする事が出来なかった。

 生まれなかった命と、生まれた我が子の成長を見届けれなかった命。暖かい家庭に参加出来なかった幼い命。そして、新しい命に願いを託して消えていった、僕の母さん。

 父さんは、残された者には義務が生じると口にしていたけど。それは確かに奇麗事とも取れるし、自分自身に言い聞かせているようでもあった気もする。

 そう取ってしまうのは、自分の皮肉根性のせいだろうか。


 とにかく気持ちがぐちゃぐちゃで、終いには何を考えているのかも分からなくなる程。こんな時、沙耶ちゃんなら何て言うだろうか。そう思った途端、不思議に思考が安定した。

 ふっと、心の中に彼女の激しい瞳が浮かんだ。僕の弱気の心や皮肉にねじれた根性を、見破り真っ直ぐ叱責する気の強い瞳。何故かそれだけで、心の闇が晴れて行く。

 何だか魔除けの作用みたいだ。彼女は今の僕を見て、何て言葉を掛けるだろうか。多分、アドバイスなんてしないだろう、しっかりしなさいと叱り飛ばすだけだ。

 ほんの数週間の付き合いなのに、どうしてそんな事が言い切れるかは不明だけど。そもそも人の死などは、抗う事も仕方ないと受け止める事も、無駄な作業なのかも。

 変に悟った考え方をしても、心は誤魔化されてくれないのだから。


 父さんが言ったように、死と言うのは生の否定ではないと留めておいて、自然体で生活する他無いのだろう。今回僕がこんな過剰な反応をしたのは、根底に自分の母親の死へのこだわりがあったせいだと思う。

 片親と言う事で、今まで色々苦労もしたのだ。家族形成における大事な人の不在は、毎日の生活でその不自然さを常につけ意識する事になる。つまりそれだけ、ダメージも大きい訳だ。

 そういう意味で、こだわりを意識する機会も多くなって。僕の皮肉な性格が育つ要因になったのは、まぁ間違いないだろう。だがやっぱり、大人になるに連れて考え方にも変化が訪れる物で。

 今ではネットゲーム内の、キャラ作成のようなものだと理解するようにしている。


 要するに、どんな味付けのキャラでも、活躍の場があるって事だ。生とは、つまりはこだわりだ。ジョブを強化したり、スキルをあれこれ組み替えたり、こだわったキャラを作り上げて。

 それによって活躍の機会を得て、生を全うする。生きている内は、上手く行かない事も間々あるだろうが。死とは、そういう物を脱した状態なのかも知れない。

 生まれて来なかった子供にも、活躍の場があったのだろうか。一瞬でも、誇れる瞬間があったのだろうか。それは僕には難し過ぎる問題だ。

 今の所は、そう。今の僕に出来る事は、その瞬間に誇れる人生を作り上げる事。ネットの中でも同じ事、リンというキャラを誰にでも誇れる前衛に仕上げるのみ。

 僕がいつか死に対面するまでに、その瞬間に誇れるように。



 不思議な事に、風邪の症状が体内から抜け落ちるのと同時に、僕の心のもやも一つの区切りを迎えた。亡くなった魂には労いが必要だが、生きている人間にも労わりは必要だ。

 ネット内のキャラのリンに励まされているような、何だか不思議な気分。レベル130に達したリンは、新しい種族スキル《遠隔攻撃ダメージ減》を覚え、また一つ強くなった。

 ロックスターを手放す覚悟も、実の所僕はついていた。僕のキャラの代名詞のような、または相棒のような武器だったけど、無いなら無いで何とかなるだろう。

 無くなったらその内に、また新しい特技を見つけるまでだ。


 そんな事を考えながら、ただぼうっと自分のキャラを見るのは清々しい気分だった。自分のこだわりの反映された、生粋の魔法剣士だ。今までの苦労が、結晶のように形を成している感じ。

 空想に浸っていると、不意に架空の部屋に来訪を知らせるチャイムが。このゲームでは、たまにこんな形で褒賞やイベントアイテムが贈られて来る。

 出てみると、確かにNM塔の褒賞だった。あまり人気の無いエリアだし、何しろ学生は試験期間だったし。少ないだろうと予想していたが、案の定のハンターPが6Pのみだった。

 まぁ、倒した時にもポイントが貰えたので、それだけでも上々だ。また貰えるのは変だと言う人もいるが、場所によってはお金やアイテムや素材だったりするそうだ。

 尽藻エリアはまた違うという噂も。何やら色々と選べるそうだ。


 僕はこのポイントも、貯めておく事に決めた。相変わらずスキル枠スロットは増えないし、どうしようもない。今回の種族スキル取得は、実はチャンスだったのだが。

 光種族や炎種族は、種族スキルで《スロット枠増加》が出やすいそうだ。最大スロット枠も多い種族だそうで、そういう意味では羨ましい気もするが。

 いまさら変更も出来ず、何より僕は今の風種族を気に入っているしね。


 実の所、始める前は闇種族が第一候補だったのだけど。種族スキルやSPの多さなど、見た限りでは性能が良さそうだったのが理由なんだけど。

 だけど実際は、自分の中に闇を抱えているのを公表している気がして、結局はそのキャラを選べなかった。要するに、勇気が無かった訳だ。

 それで自由奔放そうな風種族を選んだ僕は、ちょっとあからさま過ぎる気も。


 そんな事を考えていると、沙耶ちゃんから通信が入った。体調はもう平気かと、学校でも散々尋ねられた質問から、今から栽培で取れた素材を送るからと呑気な会話まで。

 高級な種から取れた素材は、水関係の属性素材で、買えば10万以上するモノばかり。どうやら、上手く育てきれたらしい。他にも普通の種から育った、食材や花なども入っている。

 時間があれば、また種を取りに行きたいと言う彼女。もう完全にハマッているよう。


『リン君、植物にあげる属性の栄養水また作って! 今度は雷属性がいいかなぁ? 今回の収穫物で、優実に水スキルの装備作ってあげてね!』

『防御魔法が欲しいんだっけ? オッケー、栄養水も作っておくよ。ちょっと時間頂戴ね』

『メルちゃんが持ってた、水の防御魔法出ないかなぁ? リン君、精霊に上げる宝石買えた?』


 優実ちゃんもインして来たようで、こちらも欲しい物のリクエストを口にするけど。残念な事に、買えていないと話すと、明らかに気落ちした印象。

 最後の手段だと、何やら当てがあるような口振りなのだけど。


 僕は試験前から必要に迫られて上げ始めた、属性合成に時間を貰っていたのだが。そろそろ集まって何かしようと、ギルマスが我慢し切れなくなった口調で呼集を掛けて来る。

 栽培に必要な栄養水は、属性合成で各属性のモノが出来上がるのだが。それを与える事で、栽培で収穫出来る物も強力な属性の素材となるのだ。

 沙耶ちゃんが今回収穫したのは、水の編み込み麻布。水スキル+の布装備を作る事が可能で、スカートとか帽子とか、マフラーとか、需要は多い。

 7割の高級素材収穫は、ビギナーにしては結構な力量である。


 僕は集合場所を確認して、街間ワープを使ってメフィベルの中央塔へ。今日は試験の最終日だったので、学校は半ドンである。会話の中にも、試験の出来だとかの話が入っていて。

 どうやら二人とも、結構な手応えを感じているらしく。特に英語は山が当たったと大はしゃぎ。僕と一緒に勉強した箇所がモロに出ていて、感謝の言葉が。

 僕の方は、風邪をひいていた後半2日は散々の結果だった。最終日も前日ダウンのせいで追い込みが出来ず、あまり良い結果だったとは言えない。

 赤点でないのを、ひたすら祈るのみ。

 

 僕が中央塔に入る頃には、通信は何だかヒートアップしていた。二人はきっと合同インしているのだろうから、やり取りは直接聞こえているのだろうけど。

 こちらに来る通信は、だから僕に聞かせたい言葉のみになる。優実ちゃんはあれ以来、全く音沙汰なし。バザーの一斉チェックでもしているのかと思えば、どうやら違うらしい。

 沙耶ちゃんが、ギャンブル場で優実が凄い事になっていると、僕に説明して来るのだけど。何が凄いのかは全く理解不能。塔に入った僕は、真っ直ぐギャンブル場に向かう。

 そこで僕が見たのは、コイン箱を積み上げている優実ちゃんだった。


『わっ、凄いね。この箱1つ、何枚入ってるんだっけ?』

『1千枚だったかな? 優実は時々、変な能力を発揮するのよねぇ? この間景品に精霊石を見つけて、それで取る気になっちゃったらしくって』

『これって、既に1万枚以上ある気が……元手何枚から始めたの?』

『10枚だった筈、1000ギル分買ったって言ってたから』


 その10枚を、1万枚以上に増やした訳だ。この短期間で、全くビギナーズラックとは恐ろしい。このギャンブル場では、稼いだコインは目で見て分かるようになっているのだ。

 キャラの後ろに積みあがったコイン箱は、受け付けに預ける事も可能。だから常連かそうでないかは一概には判別はつかないけど。優実ちゃんがプレイしているルーレットには、数人のキャラが彼女の活躍を見て驚いている感じ。

 特にすぐ隣の闇属性の♀キャラは、彼女の的中率に賞賛の拍手を送っている。名前を見たら、バクチンと読めた。ギャンブル場に、何て似合った名前。

 そのバクチンの背後にも、結構な高さのコイン箱が。


 僕は景品交換所に移動して、精霊石の交換レートを再チェックしてみた。沙耶ちゃんもついて来て、自分もコインを買ってゲーム参加するか悩んでいるよう。

 精霊石はコイン2万枚で、ギルにしたら2百万。僕はこの景品所に精霊石があるのは知っていたが、バザーでは20万ギルも出せば余裕で買える品なのだ。

 人気の無い品なので、値崩れしていると言う理由もある。それからギャンブル場の景品ルートは、高く設定されている事も一因だ。10倍の価値に、僕はこの場所を除外していたのだが。

 優実ちゃんは、そうでは無かったよう。1千ギルで、手に入れるつもりか。


 ギャンブルの景品交換の中には、僕も欲しい品が結構あるのだけど。ゲームでコインを増やすつもりも無いので、入手はいつの事になるのやら。

 合成装置とかユニーク装備とか、ほとんどが10万とか20万枚とかだけど。つまりは1千万クラスだ。合成装置は、だけどいつかは欲しいと思っている。

 これは言ってしまえば、合成スキル技の整理装置だ。ふざけた事に、合成のスキル技にもスロット枠のセット上限が存在する。そして合成の種類は通常や属性など、4種類存在する。

 何種類か手掛けていると、スキルの数はあっという間にその上限を超えてしまうのだ。それを整理して上限を増やしてくれるのが、この合成装置という訳だ。

 ミッションPでも購入可能だが、それも勿体無い気がするし。


 そんな事を考えていたら、誰かに叩かれていた。とは言ってもエモーションなので、全く痛くは無いけど。いつの間にか隣にいた、バクチンと言うキャラの仕業らしい。

 さっきルーレットの前にいたキャラだ。やけに親し気だが、一体誰だろう?


『ああっ、優実が泣き出したっ。どうやら千枚単位でスッてるみたい……』

『えっ、まぁそういう事も大いに有り得るかな。10枚を一瞬で2万枚にしようと思ったのが、そもそも虫の良い話だし。止めた方が良くない?』

『そうね……ところで、リン君の隣の人は誰?』


 それは僕も気になっていたのだが。闇属性のそのキャラは、今はシックな普段着で大人のムード満載なのだけど。やってる事は子供っぽい、変なエモーションの嵐。

 その内僕にトレードを申し込んで来て、何をしようとしてるのか。しかし、そのアイテムを見た時に全てが繋がった。それは『10年ダンジョン招待状』と言う名前だったのだ。

 しかし、ここの景品にあるのは『100年ダンジョン招待状』では無かったか?


『先生? 稲沢先生ですか? そう言えば先生って、闇キャラだって以前言ってましたよね』

『今頃気付いたか! それでどう、この招待状? 景品で貰っちゃった!』


 先生の話によると、景品が発表された時には既に、バクチンは50万枚以上のコインを余裕で持っていたそうで。話のネタにと交換しようとした所、呆気なく拒否されたそうで。

 頭に来た先生は、その後色々と景品を交換しまくっていたら。何故だかイベントが起こって、転移魔方陣のある室内に通されて、さらに招待状を渡されたそうで。

 その時になって初めて、あぁこれが噂の100年クエストのダンジョンなのだと理解したそうだ。さすがに一人では無理っぽいと、攻略は諦めていたそう。

 先生もしかし興味は持っていて、人手を望んでいたみたい。


『でも、4人でも無理だよねぇ? 僕の友達は、2人ともレベル80台だし』

『あぁ、やっぱりあの子は凛君の友達だったのか! なかなか筋のいい賭けっぷりだわねぇ』

『今はぶり返しで、酷く損してるみたいだけど。精霊石がバザーで見つからなくて、ちょっと焦ってるみたいなんですよ』

『欲しいのは精霊石かぁ、どれどれ、お姉さんが奢ってあげよう! パーティに招いてくれる?』


 それからは良く分からない挨拶とか、失ってしまった5千枚のコインに対する慰めとか。僕は稲沢先生を塾の先生で、中学時代のテニスのコーチだと二人に紹介する。

 優実ちゃんは面識が無かったようだったが、精霊石を貰えた事でとっても嬉しそう。それだけで懐柔されてしまって、親しげに感謝の言葉を並べている。

 沙耶ちゃんは先生を知っていたようで、ちょっと慌ててる感じを受けた。テニス部員でないのに稲沢先生の名前を覚えている人は、かなり珍しいと思うけど。

 沙耶ちゃんはそれについては何も触れず、暇なら一緒に遊びましょうとの言葉。


 僕は自分のカバンをチェックして、限定イベントの賭けで巻き上げたトリガーが2つあると皆に告げる。金のメダルも7枚あるし、初期エリアでなら遊ぶのに不自由しない筈。

 トリガーも初期エリア方面の物、二人のレベルもまだ80台だし、遊ぶならそちらが良いだろう。先生もそれには乗り気で、実は戦闘系は久し振りだと告白。

 結構乗り気な様子で、余程冒険に飢えていたのかも。


 僕らは街間ワープで、取り敢えず初期エリア最大の都市アリウーズへと移動した。この街は僕もよく利用していて、簡易ポイント拠点として登録もしてある。

 ここはとにかく競売の街として有名で、キャラ群の活気が他の町と全然違う。初期エリアなのに何故と思うかもだが、それには幾つか理由が存在する。

 中央塔のある新エリアの街、メフィベルも確かに活気はある方だけど。やはり一番活発に行動するのは、レベルの低い始めて1~2年のキャラ連中なのだ。

 金策と言うのは、強い敵のうろつくエリアではやり難い。つまりは初期エリアの有名地点にキャラは殺到して、出品するのも自然とその街になる。

 そんな感じで賑わってしまうと、ベテラン陣もわざわざこの街で出品する風習が出来てしまい。自然と新エリアや尽藻エリアで入手した品も、ここに集まるように。

 一点集中は、僕ら合成師にも便利には違いない。


『えっと、景品交換所で金のメダルを遊べるアイテムと交換するの? それってこっちだっけ……あれ、2箇所くらいあった気がする?』

『面白い品揃えなのは、確かこっちの方だったかな? みんな、ついておいで~』


 先生が機嫌良さそうな歩調で、僕らを先導してくれる。アリウーズは大きな街なので、行き先が分かってないと時間を余分に浪費する事になるのだ。

 先生が連れて来た景品交換所は、しかし地下の辺鄙な場所にあった。地上の普通の交換所は完全スルーして、何と入るのに特別な紹介状が必要な闇市のようだ。

 僕らは、先生がそれを持っているお陰で入れたらしい。こんな場所があったとは知らなかった、招待状というアイテムがあるのは、噂には聞いていたけれど。

 僕もここに入るのは初めてで、興味深く周囲を見渡してみたり。


 景品交換の受け付け以外にも、ここには色々と商品が揃えられているようだ。闇ルートで仕入れた物が多いみたいで、普通なら街や集落を駆け巡らないと揃わない品物も多数存在する。

 メダル交換品の中にも、珍しいアイテムが目立つ。時間制限の塔の時間を延長する、砂時計型のアイテムがメダル2枚。ヒーリング中に、アクティブな敵に絡まれない用の携帯ランプがメダル1枚。他にもHPやMPを底上げしてくれる秘薬がメダル4枚で交換出来るようだ。

 合成装置はメダル8枚。ギャンブル景品よりは、まだ現実的かも。 


 とにかく合成師としては、ここは魅力の闇市には違いない。何しろ素材入手に、あちこち飛び回らないで済んでしまうのだ。先生にどうやって紹介状を入手したのと聞くと、闇市への招待状というアイテムは幾つか入手方法があるらしく。

 ある期間限定の特殊イベントで入手したのだが、こちらの世界でも使用出来てビックリとの事。


『他にも入手方法はあるらしいけど、私はそれしか知らないねぇ。その時の限定イベントは、完全に別世界での冒険だったのよ! キャラもレベル1からで、所持品も全く無し状態から。それなのに、何故かイベント終わっても闇市への招待状だけは配送されて来て』

『へえっ、そんな限定イベントもあるんだぁ! 面白そう、私達もやってみたいねぇ、リン君?』

『わっ、わっ、景品に凄いのがあるっ! ネコ耳セット、見て見てっ♪』


 普通の交換所には確かに無いであろうそれは、確かにネコ耳セットと言うアイテム名だった。何と金のメダル10枚の価値で、宝珠並みの高値商品である。

 イベントでも頭装備として流通した事もあるが、その時の要望で永続的にと言う声も実は多かったらしく。何しろこのゲーム、8種の属性キャラ×男女の、計16種類しかキャラパターンが無く。

 もっと多様化というか、自分だけのオリジナルを望む声が意外と多いらしいのだ。そんな要望に応えて、ある回のバージョンアップでこの景品が追加されたという話。

 つまりこのネコ耳、同化が可能らしい。


 実際はネコ耳キャラなど、冒険していても全く見掛けた事は無い。確かに凄いオリジナリティだが、メダル10枚も掛ける価値は果たしてあるのか否か。

 ところが優実ちゃんはうっとりしていて、どうしてもそのアイテムが欲しいとおねだりモード。丁度自分の頭部位は属性装備ではないし、やるなら今だと調子付いて。

 ここから始まる、長い迷走。


 先生はこういうノリが嫌いではないらしく、優実ちゃんを擁護するコメント。僕がメダルが足りないと正論をこぼすが、それなら先にトリガーNMに行こうと言って来る。

 NMが金のメダルを落とせば、何とか10枚に近付くと言う訳だ。沙耶ちゃんもとうとう幼馴染のおねだりに折れて、変な理由付けでのNM退治に赴く事に。

 そこで仕方なく、前もっての作戦タイム。改めてお互いの自己紹介に。


 先生のキャラは、何と盾仕様だった。女性で闇種族で、しかも盾役というのは割と珍しい。大きな盾と片手剣、普段着と交換した装備は、防御重視でなかなか重厚そうである。

 こちらの女性陣の編成を見て、先生も驚き顔。何しろ銃持ちキャラは数が少ないのに、さらに二人とも召喚ジョブだと言う。レベルは低いし、結構なミーハー振り丸出しだ。

 それでも僕が以前に話した、100年クエストの攻略を目標に頑張っていると言う話を思い出したのか。色々と三人での戦闘方法を尋ねながら、自分の居場所を確認している。

 根は真面目な人なので、子供の頑張りには応えたいという気持ちも強いのかも。



 実際戦闘に入ると、4人でのパーティはなかなか堅実だった。本業の盾役が入っての少人数パーティは、恐らく彼女達は初めて体験するのだと思うけど。

 魔法やスキル技でがっちりキープする盾役は、パーティにいると戦闘が全然違って来る。第一に、大技での削りにもタゲがぶれないので、安心して削れるのだ。

 相手の目標もその盾役にしか向かないので、回復支援役の負担も少なくて済む。キャラ作成の時点で防御に力を注いでいるので、敵の特殊技を浴びても崩れにくい。

 その代わり、削り力はそんなに強くは無いけれど。


 それに対して、アタッカー二人でスイッチと言う固定方法も割と使われるのだが。盾役の盾防御に対して、こちらはステップ防御をメインに使用する。

 避け切れずに被弾してヤバくなると、もう片方のキャラがタゲ取りを行って危機回避する。その間にポケットの回復薬を補充したり、後衛から回復を貰ったり。それを繰り返すのだが、危険度はやや高い戦法だ。

 盾役より削る能力は高いけど、特殊技で範囲攻撃を浴びたり、思った通りにタゲ交換が出来なかったりすると、途端にピンチになってしまう事も。

 NM戦などでは盾役キャラ二人使用とか、盾役の人気は意外と高かったりするのだ。もちろん、防御力の高いアタッカーがいれば問題ないが、そんな万能キャラはとてもとても少ない。

 だから、盾役キャラの需要がなくなる事はまず無いだろう。


『連携行くよっ、二人とも準備いいっ?』

『オッケ~、がっつり削るよっ♪』

『タゲぶれないねぇ、盾役のキャラって頼りになるなぁ!』

『頼りにしてくれていいよっ♪ どんどん削っちゃって~!』


 最年長とは思えないテンションだが、確かに頼りになる存在ではある。堅実な盾防御を披露して、その強固な存在感で敵の封じ込めに成功している。

 お陰で、僕も《封印》のスキルを使わずに済んで一安心。使用限度が見えてしまうと、途端に使うのが勿体無く感じてしまうのが人間の性だけど。

 僕もやっぱりそんな感じで。大物用に残しておこうと欲が出てみたり。


 今戦っている敵は、巨大なダチョウのような猛禽類である。肉食なのは、嘴の中の歯並びを見れば分かろうと言うもの。派手な色合いの羽根と、力強そうな肢。

 敵の噛み付きとか踏ん付けとか、終いには吹き飛ばしの特殊技には参ったけれど。こちらの一気呵成な削り力は、先生も目を見張るほどの威力を見せ。

 練習した甲斐があって、連携からの魔法削りは着実に成果を上げるに至って。4人にしてはまずまず優秀な時間で、最初のNMを撃破する事が出来た。

 二人の銃スキルがもう少し上がって来れば、もっとスムーズな削りも可能になる筈。


 討伐後の意見合わせも、大体そんな所で不満は無い感じ。ペットの位置にしても、盾役はステップを使わないので不便は無い。可愛い行動振りは、先生のツボにも嵌まったようだ。

 ドロップも金のメダルや風の術書、転移用の合成素材を中心に、なかなかの儲けが出た。高いテンションを維持しつつ、続いてのNMは紫の肌の巨人。

 コイツの所持するハンマーが、とにかく範囲技が多くてウザい。僕の役割は、7割方はスタン技での封じ込め。時折隙を見て、連携技からガツンと削る。

 今回は派手な戦闘で、会話も変なのが飛び交う事に。


『きゃ~っ、せっかく戻って来たピーちゃんが死んじゃうっ! 何で前に行きたがるのっ?』

『回復の射程が短いんじゃないかな? 沙耶ちゃん、雪之丈そろそろ引き戻したら?』

『んむっ、ちょっとはダメージ出てたから嬉しかったんだけど、これ以上はきつそうね! 特殊技のモーションが可愛いんだけど』

『ピーちゃんが死にそうなのは、雪之丈のせいじゃんかっ! 特殊技だって、10位しかダメージ出てないじゃんかっ!』


 とにかく騒がしい二人なのだが、これでも所有塔のハンターP融通から新たな召喚ジョブを取得に至った様子。沙耶ちゃんは《召喚時間短縮》で、これは優実ちゃんも持っているスキル技。

 肝心の優実ちゃんは《邁進》と言うスキル技を取得した。これは使用すれば、防御を捨てて攻撃一辺倒にシフトするらしく。その分攻撃力が増加するらしい。

 今も使用中らしく、確かに普段よりは勇ましいかも。


 優実ちゃんは《ニ連弾》と言う銃スキルも獲得していて、これが3つ目になる。つまりスキルも、ようやく30を超えた感じ。優実ちゃんの方は、もうすぐ60に達する位。

 やっぱりまだまだ物足りないが、すぐにどうなる物でもなく。少しでも経験値を稼いで、早くレベル100オーバーになって欲しい所なのだが。

今回の戦闘では、二人得意の魔法パワーで最後まで削り切ってしまった。相変わらず《連携》からの追い込みは凄まじく、息も益々あって来た感じだ。

 2匹目も危なげなく倒し切って、金のメダル2枚目ゲット。


 他にも棍棒系の武器から還元の札や蘇生札、剣術指南書などなど。蘇生札は、ポケットに入れておくだけで戦闘不能時に、ペナルティ無しで蘇生可能になるアイテム。

 ペナルティ無しの魅力は高くて、金のメダル1枚分の価値がある。簡易蘇生札の方は合成商品でも売れ筋だが、こちらは蘇生だけでペナルティは回避出来ない。ただし、簡易版は競売でお手頃値段での購入が可能である。

 とにかく、ようやくこれで2戦終了して。あと1枚でメダルが10枚貯まる所まで漕ぎ付けたのだが。最後の1枚をどうするかで、色々と意見が交わされる。

 先生が、トリガー持ってるからあげるよとまで言ってくれて。


『えっ、バクちゃんさっきも取り分いらないって断ってたじゃん。ここは何とかポイント入らないんだから、それは勿体無いよっ!』

『ハンターポイントでしょ。初期エリアは入らないから、確かに勿体無いよ、先生? せめてドロップ品貰ってよ』

『そうだよ、バクちゃん先生。これって元は、ただの優実の我が侭なんだからっ。そこまでして貰うと、かえって申し訳ないよっ!』


 沙耶ちゃんの言葉はごもっとも。優実ちゃんの我が侭には、真面目に付き合うだけ損である。先生は少し考えて、それじゃあ交換条件をつけると言って来た。

 それは先生が前から目をつけていたダンジョン攻略の手伝い。あるルートを通して得た情報で、そこで防御力付き片手剣のドロップ報告があるらしく。

 盾キャラとしては、是非欲しい一品。最近はそういう強化を怠けており、さらには新エリアすらまだ遊び切れていないそうで。それはこちらも同じだが、強くなる為の冒険なら望む所だ。

 沙耶ちゃん達も同意して、今度の土日に行こうと請け合う。軽い承諾だが、先生は嬉しそうにフレンド登録まで了承してくれ。僕にまでせっついて来るのは、明らかに以前と違うノリ。

 何かが吹っ切れたようで、それはそれで良い事なのだろうか?


 本日3度目のNM戦では、女性陣はすっかりと意気投合していて。ついでに言うと、先生の呼び名は完全にバクちゃんで統一されてしまっていた。

 前衛を一緒にやっていると、盾役のタゲ取りスキル技の凄さはさすがに目に付く。《ブロッキング》という盾系のスキル技で、とにかくがっちりキープしてくれるのだ。

 闇系の魔法も効果が高く、上手に敵の気を散らしている感じだ。戦闘が久し振りと先生は言うけど、全く腕は錆び付いてはいない様子である。

 敵の樹木NMは、その身を震わせて防戦一方。


 それでも特殊攻撃からの波状技には、こちらも一転ピンチに陥って。封印しないのとの後衛の絶叫に、僕は回数制限があるんだと本気の言い訳。

 お陰でプーちゃんと雪之丈が、昇天しての戦線離脱。樹木モンスターが雑魚の虫系モンスターを召喚したためだ。沙耶ちゃんの怒りの《ブリザード》は、ある意味見モノだった。

 先生も思わず感心したほど、その威力は凄まじく。氷魔法は、虫系にはかなり効果が高いようだ。雑魚がさっぱり片付いて、本体の削りも順調に経過する。

 3匹の中で間違いなく一番の強敵は、案外すんなり倒される運びに。


『リン君、封印使えないんだったら最初から言ってよ! お陰で雪之丈送喚されちゃったよ!』

『ゴメン、言うの忘れてた。どうやら100年クエストのアイテム扱いになっちゃって、どうやっても修理不能になっちゃったんだ』

『あらら、それじゃあ通り名も変えなきゃダメたねぇ? 封印を封印されたお茶目なリン君?』

『あはは、でも100年クエストの報酬はどれも飛び抜けて凄いらしいから、考えてみたら今凛君が持っている以上の武器が出る可能性もあるのかもね?』


 ほおぉっと歓声の上がる中、僕はドロップの確定を済ませて行く。今回の報酬は木材系の素材や金のメダル、高価な種とかステータスアップの果実などなど。

 転移アイテムで街に戻りつつ、僕は今日の戦果を頭の中で素早く計算した。それを4等分して、街中で先生のキャラにトレードする。先生は一瞬で理解して、それから受け取ってくれた。

 少し迷っていたようだが、薬品代や戦闘用アイテムもただでは無いのだ。


『有り難う凛君、分け前貰っちゃった。凛君のギルドって和気藹々としてて、いい感じの和やかムードだねぇ』 

『ギャンブルだけじゃなく、ちゃんと冒険にもお金使ってね、先生』

『あの、バクちゃんってギルド入ってないんですよね? 良かったらその、ウチのギルド……入って貰えませんか?』


 ギルマスの沙耶ちゃんの勧誘は、ある程度予想はしていたのだけど。まさかこのタイミングだとは思っていなかった。僕が先生を誘った時の感触は、それ程脈が無い風だったけど。

 沙耶ちゃんも、僕の知り合いだからと誘ってみたのだろうが。僕はちょっとひやりとしつつ、その後に流れるであろうログを見つめるしかなく。

 断りからの気まずい感じになるのが怖かったのだが、先生は何の迷いも無くオッケーと返事を発した。ビックリした僕は、思わず何でと誰何の構え。

 何でとは何よと、女性陣の鋭い突っ込み。


『100年クエスト、私も興味あるって言ったじゃん。どうせやるなら、仲のいいチームでやりたいって思うのは当然じゃない? 沙耶ちゃん、早速だけどバッチ頂戴!』




 ようやく揃った10枚の金のメダル。勿体無い事に、何の迷いも無くネコ耳セットに変わってしまう破目に。10枚あれば宝珠が貰えて、新しい魔法の1つも覚えられただろうに。

 しかし本人は大満足で、早速装着してあちこち走り回っている。光種族のネコ耳は、白い髪からぴんと張り出していてかなり上品で可愛く見えるかも。

 そんな事より大問題なのは、ようやく一人増えたギルドメンバーなのだろうけど。先生のレベルは、僕よりちょっと高い138程度。尽藻エリアでの行動は、やっぱり辛い熟練度である。

 それでもやはり、ギルドにとっては素晴らしい補強には違いない。


 今いるのは、先生の紹介状で再び入った闇市の部屋。奇妙な家具も多くて、部屋の構造も縦長で複雑に作られてある。僕は適当に買い物をしながら、結構その場を楽しんでいたのだが。

 突然優実ちゃんが、変なイベントが起こったと告白。ネコの同志が出現したとか、ちょっと電波系な発言を繰り返すのだが。隣にいた沙耶ちゃんが、詳しい状況を報告してくれた。

 どうやら隠しクエストらしく、ネコ耳の購入がキーらしいのだが。


 先生も興味深そうな感じで、偶然見つけたそのイベントに参加したそうな素振り。沙耶ちゃんの話によると、地下への階段が出現して、そこに転移魔方陣が見えるそう。

 ネコ耳アイテム追加と同時に、バージョンアップで追加されたクエだろうか。一般に知られていないクエストとかミッションは、確かに冒険者心をくすぐる物だ。

 僕と先生は、教えられた通路を何とかつきとめる事に成功した。階段を下る前に通路番がいたのだが、そいつは何と女性キャラの猫種族の獣人だった。

 エリアでは全く見掛けないが、今回のクエストに関係あるのだろうか?

 

『優実ちゃん、ちゃんとクエの流れ教えて。その魔方陣は、どこに繋がってるの?』

『んんっと、ネコ獣人の隠し砦? 同志になるなら、試練を受けろって言われた!』

『ニャンとも奇抜なクエねぇ……私達も同伴して良い訳ね?』

『1パーティまでは可能みたい、何か人間臭いってケチつけられたけど』


 沙耶ちゃんの方が、現状を良く理解している気もするけど。何とか先行の二人と合流し終えて、まだ時間があるので4人で進めてみようかと話し合いで決定して。

 転送されてみてビックリ。確かに砦のような建物だが、とってもファンシーな気分になってしまうのは何故か。建物の作りもそうだし、ネコ耳キャラがたくさんいるせいもあるけど。

 砦は土壁の迷宮みたいな造り。変な魚や花の落書きが至る所にあって、しかもネコじゃらし的なモノが天井からぶら下がっていて、とにかく歩きにくい。

 ネコ耳キャラは2種類いて、人間種族にネコ耳を付けたタイプと、猫種族の獣人タイプ。クエが起きるかと話し掛けて行くが、相手はニャーとかフニャとかしか答えない仕様みたい。

 砦のてっぺんの部屋まで昇り切って、ようやく新たな展開が。


 明らかに今までと違う容貌とサイズのネコ耳女性キャラが、豪奢な椅子に腰掛けていた。普通のサイズのネコ達が、彼女の周囲にたむろしている。

 今度の強制イベント動画は、何とか僕らも閲覧出来た。どうやらネコ族の長らしいその女性は、新たな同志の誕生を歓迎するとは言うのだが。

 それには最初に、試練を受けて貰わなければならないとの事。お手伝いの人達にも、ちゃんと報酬はくれると言う。その内容とは、塔の攻略らしい。

 砦に繋がっているその塔は、試練の塔との文字通りの意味。


『もう入って良いって言ってるよ。塔で試練を受けてくれって』

『今度の動画は、僕らも見れたよ。どの程度の大きさの塔かな?』

『外と中の大きさ、塔って合ってない事多いからねぇ。まぁでも、普通は2時間コースかな?』


 先生の適切な読みは、多分その通りだと思われる。小さな塔だなって思って入っても、中身は案外広くて時間が掛かる事も多かったりするのだ。

 ここで気合いを入れ直し、突入するぞとのギルマスの気合い注入。時間的にも、今日の最終試練になるだろう。先生も夜から塾の授業を持ってるらしく、夜のインは不可だとの事。

 失敗したら、多分週末まで再トライは無理。気合いは幾らでも欲しい所。


 塔は予想通りというか、何と言うか。相変わらずファンシーな壁に囲まれて、層区切りの造りは普通の塔と一緒なのだが。1層目から波乱の、コミカルな敵の群れ。

 角張ったポリゴンを強調したぞんざいな形状の敵は、ある意味手抜きにも見えたりして。戦ってみてすぐに分かるのは、敵の強さには手抜きが無いという真実。

 敵の種類は野生の鳥やイノシシ、団子虫やチューリップなど様々。経験値も割と美味しいのだが、仕掛けもそれなりにハードだったりする。

 1層目の仕掛けは、無意味に乱立していた柱が関係していた。


 近付くたびに、無意味なその柱には疑問を持ってはいたのだけれど。ぞんざいなポリゴン使用で、天井に届いていないのも存在する。タゲれもしないし、途中まで変化も無いので無視していたのだが。

 戦闘中に急に倒れて来て、後衛が大ダメージの被害に。


『うわっ、何っ今の? 建物が壊れちゃった?』

『多分、トラップじゃないかな? 変な柱があるなって思ってたけど』

『倒れた柱の残骸、何でか知らないけどタゲれるよ?』


 優実ちゃんの報告に、何だか嫌な予感のメンバー達。予感は的中、前衛は未だ戦闘中なのに、その石の残骸がゴーレムへと変化して行く。

 その標的になったのは、もちろん後衛の二人組。彼女達は必死になって、ペットを呼び戻して自衛の構え。ゴーレムの数は全部で4体、ペットはピーちゃんを入れても3体。

 パーティのピンチに、皆は大慌てだ。何しろトラップのダメージで、後衛のHPは7割程度まで下がっているのだ。まとめて来られたら簡単に倒されてしまう。

 沙耶ちゃんの《アイスウォール》が、辛うじて時間を稼ぐ手立て。


 先生に敵を任せて、僕が単独で後方の戦線に駆けつけた時には、既に優実ちゃんが敵の1体に殴られていた。プーちゃんと雪之丈が1体ずつ相手をし、氷の壁を壊している奴が1体。

 妖精のピーちゃんが健気に回復を飛ばしているが、持ちそうに無いのは見て分かる。僕がそいつに《竜巻旋風斬》を叩き込むと、安心したように優実ちゃんが距離を置く。

 それからペットや自分達に《波紋ヒール》での回復。予断はまだ許さないが、回復役がフリーになったのは大きい。僕はステップを使いつつ、目の前のゴーレムを削りに掛かる。

 硬いのは分かっていたが、HP量も豊富なようだ。


『こっち終わった、次はどれキープするっ?』

『沙耶ちゃんの前のをお願い、先生っ!』

『バクちゃん、お願いっ! そっちに持って行くねっ!』


 《氷の防御》で身を守っていた沙耶ちゃんが、素早くこちらに移動。すかさず《ブロッキング》で華麗にタゲを取る先生。そのまま殴りに移行して、これで沙耶ちゃんもフリーに。

 ドタバタしているように見えて、なかなかの危険回避振りである。一番危ない雪之丈をピーちゃんに任せて、二人は僕の前の敵の削りに参加。

 ここまで来たら、最大の危機は去った感じ。順次始末して行きつつも、雪之丈の成長には結構な驚きの評価である。もっとも、ゴーレムの攻撃力は大した事は無かったのだが。

 最初の難関は、何とかクリア出来たよう。


 第2層目は、もっと露骨だった。何しろ、敵の姿は全く無かったのだ。代わりにあるのは、簡素なポリゴンの柱の列のみ。どんなルートを使っても、完全無視は出来ない仕組み。

 仕方なく、先生が近付いてのトラップ発動。倒れて来る柱を華麗に避けて、慣れれば面白いらしいのだが。柱の残骸から生まれるモンスターは、段々と種類が増えて来て。

 蛇タイプやムカデ型の、胴体の長い敵が増えて来たよう。その分、生まれる敵の数は少なくて済む様子。それだけならまだ良いが、奥に進むにつれて罠にも変化が。

 柱の残骸に、爆弾も交じりだしたのだ。しかも特大で、近くの者を追尾して来る。


『キャ~ッ、でっかい爆弾が後を追って来る! 助けてっ!』

『赤いのがピコピコしてるよ、バクちゃん! ひあっ、こっち来ないでっ!』

『薄情ね、優実っ! まぁ、巻き込まれたくないけど』


 皆が混乱している間にも、僕は《アースウォール》でのブロックを試みたのだが。やっぱりこちらにタゲが向いていない敵には、この魔法は無効のよう。

 僕と、前もって防御魔法を掛けていた沙耶ちゃんのみがダメージから間逃れる事となって。その後に突撃されての戦闘中にも、何故か批難轟々。


『リン君酷いっ、自分だけ助かろうとするなんてっ!』

『いや、だって普通は自己防衛するでしょ? ってか、沙耶ちゃんもそうじゃん!』

『私は前もって掛けてた奴だもん。これは爆弾に対しての防御じゃありませんっ!』

『みんな、言い合ってないで目の前の敵に集中してっ!w 全く、仲が良いんだか悪いんだか』


 先生の言葉はごもっとも。回復魔法まで後回しの言い争いは、ちょっと度が過ぎていると思われる。今回柱から生まれた敵は、小型のポリゴン恐竜。

 なかなかの強敵で、倒すのにも一苦労の有り様。


 第3層に入ると、ポリゴンの柱は姿を消したのだが。床のパネルがちょっと怪しい感じに。敵も不在で、次の上り階段に向かうのに8×8の床のパネルを突破しなければならないらしい。

 他の通路は、普通の石壁でがっちり塞がれている。ここを通れと言わんばかりの仕掛けに、戸惑いがちな一行だったけど。リン君がまず試してと、何故だかさっきの懺悔を迫られる僕。

 普通はレベルと防御力が一番高い、盾キャラの先生が適任なのだろうけど。僕がそう口にすると、女性を危険に曝すのかと酷い言われよう。

 仕方なく、支援魔法を掛けまくって仕掛けに挑む僕。支援は全く期待出来ず。


 案の定、1歩目で早くも仕掛けが作動。落とし穴の仕掛けらしく、リンは1層下まで真っ逆さまに落下した。そのダメージだけならまだしも、近くに立っているポリゴン柱を見て僕の髪の毛が逆立つ。

 さっきルートには関係無い奴だと無視した柱が、僕を押し潰そうと倒れかかって来る。5割を切ったHPに、さらに追い討ちを掛けるポリゴンモンスター。

 今回は厄介な恐竜タイプが2体、ソロではかなりヤバい敵だ。何しろコイツ等は、闇魔法でHPを吸い取る事が出来ないのだ。元が岩だかららしいが、実に嫌な設定だ。

 通信でピンチを察知した女性陣が駆けつけた時には、僕は《風神》作動で遠隔処理モードに移行していた。何と言うか、爆弾が入っていなかっただけマシだったかも。

 それより上のパネルの仕掛け、ヤバ過ぎる気が。


『不味いねこれ……落ちる度に、柱の罠も作動する二重トラップだ。下の層で安全にって、端の柱しか処理してないから、落とし穴の下の柱は丸々残ってる……』

『えっ、じゃあ落ちる度に絶対柱も倒れて来る感じ? それはかなり不味いねぇ』

『安全に行くなら、もう1回下の層に戻って柱を倒すのがいいのかな? 幸い、この塔は時間制限が無いから、一番有効だと思う』


 なるほど、さすがに先生は解答を見出すのも早い。仕方無いからそうしようかと、全員の意見がまとまりかかった時に。不思議そうに優実ちゃんが、正解のパネルを歩けば良いのではと質問して来る。

 さすがに電波系少女、それが分かっていれば苦労しないと仲間内からも避難される優実ちゃんだけど。さっきから変な印がパネルに付いているのだと、必死な言い訳。

 隣にいた沙耶ちゃんが、彼女のモニターからチェックしてみるとの事で。わざわざ上の層に皆で舞い戻って、しばし不思議発言の検証タイム。

 ネコの通ったような足跡が、何故か優実ちゃんの画面では確認出来るそうな。


『さっき僕の時に言ってよ、そういうヒントはっ! お陰で余計な危険に見舞われたよっ!』

『何でだろう、私だけ見えてるって思ってなくて。これは、このネコ耳のせいっ?』

『そうかもねぇ、今度は私が試してみるから、先導してくれるかな?』


 優実ちゃんの指示するパネルに乗って、先生がそろりとキャラを進めて行く。無事なのを確認して、僕もその後に続くと。沙耶ちゃんもその後ろに続いて、ペットも自然とついて来て。

 予想以上の長蛇の列だが、先生は無事に罠パネルを渡りきる事に成功。最後は優実ちゃんが危なげなく渡り切り、こうして第3層の攻略は無事に終了。

 次の4層は、どうやら最終層らしく。やや小さいフロアには、マンモスのような像が支える大きなポリゴン柱が1本のみ。僕らは最後の敵を目にしつつ、これがどう作動するのか怪訝な表情。

 マンモスはダミーなのか、それともメインの敵なのか。柱は崩れて来るのか、その残骸は何に変化するのか。誰が囮に動くか、敵が複数の場合どうするか。

 考え込めばきりが無いが、4人で何とか捌くしかない。

 

 ポケットの補充と魔法強化を掛け終え、僕らは戦闘準備を完了させて。いざバク先生が突っ込んでの戦闘開始に、やっぱり崩れ落ちて来るポリゴン柱。

 逃れるように方向転換する先生に、まさかのマンモスの突貫チャージが炸裂する。完全に先手を取られたが、そこは折り込み済み。優実ちゃんの回復と、先生のタゲキープで戦闘スタート。

 僕は崩れたポリゴン柱を警戒していたけど、今のところ何の変化もなし。敵の周囲に転がっていて、ちょっと邪魔な程度である。ステップには支障は無いが、マラソンするとなると大変そう。

 もっとも、その予定はないので、僕もすかさず削りに参加する。


 敵の長い牙は、さすがの威力だった。先生の盾防御を上回るパワーで、じりじりと削られて行くのが傍からも分かる。特殊技も踏みつけやバックステップチャージなど、痛いのが多い。

 何より大きな体躯に比例して、HPもかなりの量。ただし、この敵も沙耶ちゃんの氷魔法は苦手な様子。僕の《連携》からの魔法削りに、一気に体力を削って行く。

 先生もチャージの度に大きく削られ、こちらも意外にピンチだったり。範囲は無いと思っていたのだが、長い鼻の振り回しで僕やペットにも被害が出る始末。

 そしてHP半減からの特殊技は、予想内と言うか予想外と言うか。


『わっ、わっ、柱の残骸がトラになってる! これって敵の罠っ?』

『サーベルタイガーかな? ってか、3匹もいる!!!』

『げっ、コイツはすぐ倒せるほど弱くないよね? 足止め魔法効くかなっ?』


 すかさず沙耶ちゃんが、雪之丈で釣ってからの《アイスコフィン》で敵の1匹を封じ込める。何とか掛かったようで、すぐさま雪之丈を呼び寄せて隔離を図る辺り、さすがである。

 プーちゃんも1匹キープして、残りの1匹は僕が担当。殴ってみると、結構な強さなのが判明するのだけど。ボス相手に一人残された先生は、早く戻って来てと切実な哀願。

 こちらとしても早く倒したいのだが、サーベルタイガーも一筋縄では行かない相手。噛み付きの強烈さと案外俊敏なステップで、こちらを翻弄して来るのだが。

 優実ちゃんの銃スキルの《死点封じ》で動きを封じつつ、僕の《ヘキサストライク》でガシガシHPを削って行く。動きが鈍ってきたら、恒例の《連携》からの必殺の魔法アタック。

 1匹倒してしまうと、一気に楽になるのもいつもの事。


 1匹ずつ潰して行くのだが、途中でマンモスがハイパー化の大暴れするシーンもあって。元々の巨体なので、暴れられるととっても怖い物があったりして。

 先生の《シールドバッシュ》で敵も一応の収まりを見せ、盾スキルの偉大さを見た思い。盾役キャラの中でも、盾スキルを伸ばさない冒険者もいるらしく、意見も分かれるのだが。

 やっぱり有効なスキルも多いようで、先生の使い方も上手だと思う。マンモスのチャージでも大崩れしないし、僕が見た盾役キャラの中でも硬い方ではないだろうか。

 最終層の全ての敵を倒し終わり、ようやくモニター越しに皆で称え合う僕たち。


『勝てた~♪ 今回はペット達も生き延びたよ~♪』

『先生、盾役上手だよね。結構盾スキル伸ばしてるんじゃない?』

『えへへ、実は60以上伸ばしてる♪ 使用スキルのセットは、2つしか出来てないけど』

『うわっ、私の銃スキルより高いやっ! 盾スキル高いとどうなるの?』


 先生は丁寧に、盾でブロック出来るダメージがその分高くなるのだと説明。もちろん10毎にスキル技も覚えるし、主要で使う《ブロッキング》はタゲ取りキープにとっても有効。

 最後に使った《シールドバッシュ》は、SPを大量消費するものの、スタン効果はとても高い。敵のハイパー化さえ止める威力は、さっきも見た通りだ。

 真面目な盾役には、必ず揃えたいスキル技だと先生は口にする。


 最後の敵からは、試練の塔のクリア証というのがドロップした。他にもギルや経験値はもちろん、アイテムではマンモスの牙とか毛皮とかをゲット。

 多分素材だろうけど、あまり見た事がないので価値は分からず。先生も分からないと言う事で、後で師匠にでも訊いてみるしか。途中の宝箱からも、土の術書やファンシー壁紙なるものをゲット出来て、なかなかの収穫である。

 壁紙は、多分隠れ家の壁に使用出来るのだろう。メルとか喜びそうで、ちょっとこれは良品かも知れない。僕が貰うのを了承して貰って、隠れ家の模様替えには呼んでくれと言うと。

 沙耶ちゃんと優実ちゃんは、何の事かと良く分かっていない口振り。


『二人は持ち家もまだまだ先かな。新エリアにはこの間来たばっかりだもんね。ミッションPと交換で、土地とか購入出来るんだよ。そこに隠れ家を建てるの』

『凛君は持ってるの? 私もミッションP貯まってるから、お勧めあったら購入しようかな?』


 乗り気なのは先生だけ。尽藻エリアでも良いとの返事なので、僕は最近購入した土地の事を先生に告げる。沙耶ちゃん達も、その遊びに乗りたいと騒ぎ出すのに時間は掛からなかった。

 その内、尽藻エリアデビューしたら必ずと約束をつけて、何とか二人を宥めつつ。ネコ獣人の隠し砦に戻って、ネコの長にドロップ品をトレードしてみると。

 よくやったと褒められて、どうやらクエはクリアしたよう。報酬として肉球ステッキと言う片手棍と、頭装備のネコ耳の同化に必要なアイテムを貰った優実ちゃん。

 同志と認められたらしく、日を置いてまた来いとの言葉も貰える。

 

 どうやらこれは、連続クエストの様相を呈して来た様子。面白そうなのは確かだが、果たしてどこに行き着くのか。ネコ耳の同化のアイテムは、マタタビ液と言う名前。

 優実ちゃんの言葉では、使用したら頭に装備していたネコ耳が確かに同化したらしく。これで良かったのだろうかと、ちょっと疑問に感じつつも。

 優実ちゃんが満足しているのだから、それで良いのだろう。それよりもう一つの片手棍は、形状はともかく性能は良さげ。持っているだけでMP+50は、後衛キャラには嬉しい所。

 合成次第では、この武器はもっと性能が良くなるかも。


 

 街に戻ってようやくの終了ムード。今日は思いもかけず、豊作だったと皆で口にしつつ。肉球ステッキは優実ちゃんが持ちたいそうなので、彼女の空いたままの武器スロットに装着。

 空きっ放しだった装備欄が埋まって、それは何よりだったけど。本人にしてみれば、その形状が何より嬉しいらしく。早速ネコ耳と一緒に、見せびらかすように走り回っている。

 取り敢えず、今日は特に失敗も無く過ごせて良い日だった。あちこちでNMと戦えて楽しかったし、2週間の休止明けでささくれていた心が癒された気がする。

 そして先生のギルド入会、こんな形でギルド人数が増えるとは思っていなかったけど。


 色々と心を塞ぐ出来事のあった週だったが、何とか引きずらずに済みそうな気がする。心の中の歪んだ扉と、真っ直ぐ未来に向かっている道の存在。

 どちらもすぐ近くにあって、選択するのは自分の意志だと言うことが分かった週でもあった。歪んだ扉は、正視する者の視力を奪う力を持っているのかも。

 その歪みの力を受けず、目の端で確認する位に留めておいて。後は真っ直ぐな道を歩けばいいのだ。いつかは自分も、その扉を潜る覚悟を自覚しながら。

 多分、生まれず終いだったあの命は、生を受ける前にその扉に迷い込んだのだ。その事を教えてくれるために、メルとサミィの母親のお腹に宿ったのかも知れない。

 少なくとも僕はそう思うし、無駄な生だったとは思いたくない。


 仲間達が、お疲れ様と口にしながらネットから一人ずつ落ちて行く。僕も言葉を返しながら、画面の中のリンにも言葉を掛ける。お互い迷いや難題にぶつかるけど、今後ともよろしくと。

 ネットの中の、もう一人の僕は何も言い返しはしなかったけど。





 ――少なくともお前より、切り抜ける能力はあるよと言いた気な様子だった。





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