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1章♯06 五月の限定イベント!

 この章を書いている最中に「しまった、弾美と瑠璃の物語の方で、母の日のイベントやってない!」って、気付いてしまいました。色々と考えた末に『本当は何かしらのプレゼントはあったけど、小説には記載していない』んだと言う事で誤魔化そう(笑)って思い至って。

 ……まぁ、多分本当に花の贈呈くらいはあったんだと思いマス(笑)。


 さて、こっちの物語でも限定イベントが始まりました。こう言うイベントの内容を考えるのは楽しいです。自分のやってたオンラインゲームでは、楽しいけど実用性のない衣装だったりとか、引換券との交換で、良いアイテムを当てるには強運が必要だったりとか。

 つぎ込んだ労力に対して、あんまり公平な報酬を貰ったと言う記憶は無かったりしますけど。それでも、何故か熱中してしまうのが期間限定イベントの魔力でしょうか……? 

 自分も、結構熱中して取り組んだクチです(笑)。


 さて、物語の方でも、そんな浮かれた連中がナニかをやらかしていたりして。ギルドのためにと、色々と画策しては心労を抱え込む凛君が、不憫でなりませんけれども。彼は元々、そういう星のもとに産まれ落ちた宿命なのです(笑)。

 みなさんも、どうぞ凛君を応援してやって下さい♪



 その日が母の日だと知ったのは、彼女が街外れの花屋さんで会おうと言って来たから。贈る花を買いたいと言った沙耶ちゃんは、そういう事にはマメらしい。

 優実ちゃんはどうやら、連休に遊び過ぎて金欠らしく。出来たら1本分けてねと、沙耶ちゃんに哀願していたようだ。まぁ、彼女らしいと言えば言えるかも。

 そんなわけで、日曜日だと言うのに僕は朝から自転車をこいでいた。


 落ち合う花屋さんは、僕の通学路の途中にあった。辰南町と大井蒼空町の真ん中にある小高い山の、大井蒼空町側の麓近くに建っているのだ。

 この山越えは町と町の近道なのだが、バスは市街地をぐるっと廻って遠回りをして大井蒼空町へと向かっている。僕がバス通学にしない理由は、そんな訳もある。

 自転車で通っても、学校まで掛かる時間はほとんど変わらない。バス代も浮くし、ただし雨の日は大変だけど。身体を動かす事は嫌いじゃないので、中学時代から続けている。

 天気の良い日は、本当に風を受けるのが気持ちいいんだ。


 朝からゲームに呼び出されたのかと思うと、ちょっとアレだけど。期間限定イベント前の決起会だと思えば、そんなに腹も立たない……と思う。

 期間限定イベントでは、他ギルドとの熾烈な戦いが待っているのだ。直接やりあう訳ではないが、プライドとかアイテムとか、色々なモノが懸かっているのは事実。

 『ミリオンシーカー』結成以来の、初の大イベントである。そういう意味では、事前に時間を掛けてそれに備える必要も出て来るのかも知れないと思う。

 良く分からないが、何だか自分を納得させるのに大変な僕。


 そんな事を考えている内に、自転車は坂を下って目的地に。道路は広くなく、どこにでもある見通しの悪い丘越えの道だ。それでも、町を見下ろせる地点での眺めはすこぶる最高。

 この道を真っ直ぐ行けば、運動公園や学区エリアに辿り着く。左の分岐を選択すれば、ハンス宅のある旧住宅地がある。川沿いの道にも続いていて、そしたらミスケさんのマンションや沙耶ちゃん達の住む新住宅地がある訳だ。

 旧住宅街を降り切った所に、花屋さんや僕もよく利用するスーパーが建っている。大きくない店舗が幾つか並んでいて、住宅地の住民には手近な存在には違いなく。

 ここにある自転車屋さんは、僕も良く利用するけど。花屋さんは入った事が無い。


「おはよう、リン君! 買い物付き合ってくれて有り難う!」

「おはよう、朝から元気だね」


 その通り、沙耶ちゃんは朝から溌剌としていた。彼女は既に待ち合わせの場所にいて、元気に僕に手を振って来る。僕はと言えば、夜更かしで読書していてやや寝不足気味。

 そのせいで、ちょっと朝から不機嫌だったと思いたい。それともやはり、自分に母親がいない事へのコンプレックスだったのか。つまり僕たちは、また遣り合ったのだ。

 そんなに激しくは無かったけど。


「ここの花屋さん知ってる? 外からは小さく見えるけど、なかなか面白いのよ。品揃えもいいみたいだし、わざわざ駅前のアーケードまで行く必要ないかなって」

「そう……じゃあ入ろうか?」

「リン君も買うでしょ? 花束にもして貰えるよ?」

「いや、僕は母親いないから……そんな無駄な事したくない」


 場の空気が一瞬にして凍りつき、その時点で僕はしまったと後悔したけど。時既に遅し、沙耶ちゃんの表情はとても冷ややかなものに。

 言い方が悪かったと後悔したが、彼女のスゴイ所はそれを眼力でこちらに知らせて来る事だ。すぐに謝ろうと思ったが、口を開いたのは今回は沙耶ちゃんが先だった。

 自分の発言にも後悔してない、そのプラス思考と来たら。


「だったら、私の母さんに買って渡してよ。リン君って、時々凄いマイナス思考って言うか、皮肉屋になるよね? そういう一面があるの、自分で分かってる?」

「そりゃあ、そうだよ……普通誰だって……」

「女の子といる時に、そういう面を見せないで! さっ、入るよ? 私の母さんは、小さくて可愛い花の方が好きかな? ホラ、かすみ草とかそんなの」


 口喧嘩とも言えない一瞬の遣り取りだったが、僕にとっては手厳しい指摘だった。男の子でしょと、沙耶ちゃんが口にしたかったのだと言う事も、僕には瞬時に理解出来た。

 それを言わずに、話を上手くかわしたのは彼女の優しさだったのだろう。下手に攻撃して、僕を必要以上に凹まさないようにと言う配慮だ。

 僕の皮肉を、こんな感じに往なしてくれた人は初めてだった。大人は僕が皮肉を口にすると機嫌が悪いと感じて距離を置く。歳が近い相手だと、怖がって逃げてしまう。

 だから彼女の感性は、他の人とはかなり違っている気がする。


 僕の内心の葛藤などお構い無しに、彼女は僕の手を取って店内に入って行った。花の匂いよりも、どちらかと言えば緑の匂いの強い店内には、店主さんらしき人物が一人きり。

 見た限りは30代の優しそうな男性で、エプロン姿で何かの作業中だった。僕らに愛想良く挨拶して来て、それからこちらを見てちょっと驚いた表情になる。

 僕と彼女の身長のせいかも。良く分からないが、僕らが目立つのは確かだ。


 彼女は早速、母の日のカーネーションか、それに類する花束が欲しいと店主さんに催促した。予算を訊かれて、あれこれとプレゼントの相談を始める。

 僕は店内の花を見渡しながら、壁の棚に置かれた本に目を引かれた。それは本と言うより手作りのスクラップブックで、この町の近辺の生け花教室やフラワーアレンジ教室の紹介本だった。

 軽く興味を惹かれた僕は、どんどんページをめくって行く。文化会館での花関係の催し物の記録なども、写真入りで奇麗に閉じられて紹介されていた。

 そして最後の写真は、何故かファンスカでの栽培画面。


「あれっ、それってゲームの画面じゃない? 一緒に映ってるのは……土属性のキャラだね」

「そうだね、栽培ってやった事無い、沙耶ちゃん? 種を育てて収穫して、ファンスカでは結構有名な金策なんだけど。最近は土地も購入できるから、ブーム到来してるよ?」

「あっ、二人ともキャラ所有者かな? 僕も実は、もう5年選手だよ」


 店主さんがにこやかに、そう言って会話に入って来た。架空世界でも栽培にハマッてしまい、とうとう領主にまでなってしまったらしいとの話に。

 沙耶ちゃんは良く分かってないらしく、領主になるのと栽培の話が繋がっていない感じ。それはそうかも、ミッションPもこの前まで知らなかったのだから。

 僕と店主さんは、なるべく簡単に『領主』システムの事を説明する。大量のミッションPを消費して、冒険者が領主になれるこのゲーム内のシステムは。

 隠れ家的なお館の部屋使用も魅力だが、何より付属で領地がついて来るのが素晴らしく。そこで指定した作物を作って貰って、定期的に収穫を期待出来るのだ。

 もちろん中庭で、栽培だって出来る。とにかく土地が広いのだ。


「へえっ、凄いかも、それっ! 何もしなくても栽培したものが入って来るんだぁ」

「何を作るかとか、指定も必要だけどね。他にも何か、領地に問題が起こったり」

「そんな事まであるんですか。店主さんですよね、何てギルド名なんですか?」


 店主さんは神田と名乗って、今の所ギルドには入っていないと告白した。何しろ仕事のせいで、仕入れなどで朝が早い生活が続いていたらしく。

 夜のインも割と不定期で、年数の割にキャラのレベルもあまり上がっていないらしい。つまりは、本当に趣味だけで領主になってしまった人のようだ。

 そんな人もいるのだと、僕たちはちょっと感心してしまった。


「中庭にはね、ホラ、写真に写ってる感じの奇麗な花を栽培してるの。ゲーム内で珍しい種を入手するのには、結構苦労してねぇ」

「へぇ~っ、そんな珍しい種もあるんですか。ゲームの中でもお花屋さん出来そうですよね。ところで店長さん、彼の事知ってます? 封印の……何てあだ名だっけ、リン君?」

「えっ、封印の疾風のリン、本人っ? ええっ、本当に? 学生だって噂だったけど、うわぁ……前に何度か組んだ事あるけど覚えてるかなっ?」


 店長の神田さんは、興奮気味に自分のキャラ名をホスタだと名乗った。そう言われれば、ハンスさんに紹介されて何度か組んだ事があるような気が。

 沙耶ちゃんは僕が有名人なのに気を良くして、今度種取り手伝いますよと呑気な会話。挙句の果てには花束を値引きして貰って、僕に感謝の素振り。

 この街って狭いと、つくづく思う。


 僕も花束を購入して、やっぱりおまけして貰って。結局色々と話し込んで、30分以上そのお店に滞在してしまった。朝の開店間際の暇な時間とは言え、何だか申し訳ない。

 それでも店長さんは、また遊びに来てねと心底から嬉しそう。お茶を出すからまたゲームの話でもしようねと、ここにも確実に飢えたゲーマーが一人。

 ちょっと前の稲沢先生の事を思い出して、こういう人は結構街中にいるのかと思ってしまったり。沙耶ちゃんも時間が合えば遊びましょうと、自分のギルドをアピール。

 本人は、カーネーションの花束を手にニッコリ。




 神薙家では、やっぱり初っ端から一騒動が巻き起こった。環奈ちゃんが、僕の花束を勘違いして受け取ろうとして、沙耶ちゃんと毎度の口喧嘩になったのを皮切りに。

 優実ちゃんが、その隙に沙耶ちゃんの買った花束から、こっそり一輪抜き取ろうとして叱られたり。挙句の果てに、沙耶ちゃんに母親を紹介されて、超あがりまくる僕。

 何度か顔を合わせていたけど、ちゃんと話をするのは初めてだ。


 いつもは挨拶程度で、まともに対面して話をした事も無かったけど。どうやらちゃんと紹介しなさいよと、沙耶ちゃんは母親にせっつかれていたらしい。

 そんな訳で、お昼を一緒に食べるセッティングを今日のお昼に企画したみたいで。お母さんはニコニコと、娘の紹介する言葉をただ黙って聞いていた。

 それから母の日のイベント進行、沙耶ちゃんが妹とお金を出し合って買った花束の進呈。冷蔵庫には昨日買っておいた、同じくプレゼントのケーキがあるらしい。

 それはおやつの時間にみんなで食べる事にして。


「お母さん、リン君はお母さんがいない家庭みたいだから。代わりにお母さんが、花を貰ってあげて?」

「あらあら、まあまあ。嬉しいけど、沙耶ちゃんより前にお母さんが貰っていいのかしら?」


 何を言ってるのよと、沙耶ちゃんは途端に真っ赤に。娘をからかいながらも、一応僕の好意は受け取って貰えたよう。沙耶ちゃんのお母さんは、娘に良く似た顔立ち。

 つまりは美人で、けれども性格は穏やかそうな雰囲気。そのお母さんは、手にした花束から一輪抜き取って、それを沙耶ちゃんに笑いながら手渡している。

 怒った顔で多少うろたえていた沙耶ちゃん。それを拒否するかと思ったのだが、意外にも素直にそれを手にする。環奈ちゃんに見付からないようにねとの、母親のアドバイスに。

 そっと大切そうに、後ろ手に隠す素振り。


 僕はと言えば、何だか凄く不思議な心境に襲われていた。それが花束をプレゼントした効果なのは、おぼろげに理解出来るのだけれども。

 擬似の母親との初めての遣り取りに、何だか胸を締め付けられるような思い。ずっと胸の奥に隠していた情景が、ふっと湧き出したような感じだろうか。

 良く分からないし、似たような想いも体験した事が無い。それは、先ほどから大人しい沙耶ちゃんに関しても同様だ。あれから一度、自室に引っ込んだのは目にしたけれど。

 どうやら、貰った花を置いて来たらしい。何となくしおらしい雰囲気になっている。



 それから僕らは、リビングを占領してのゲーム接続。毎度の如く騒がしく、さらに今日は環奈ちゃんも一緒である。毎度の姉の手伝いに、渋々感はあるけれども。

 それでも楽しそうなのは、補正の掛かってないリンを間近に見れるせいらしい。昨日のミッション中の出来事を、沙耶ちゃんから聞いていたらしく。

 僕の変幻スキルのセットについて、あれこれと質問して来る環奈ちゃん。


「リン様っ、私のジョブは戦士タイプなんですけど……何か、いまいち強いスキルが出なくって」

「戦士はスキルよりも、武器装備に頼った戦い方が主流だからね。平凡なスキルでも充分に強くなれる筈だよ?」

「何を甘えた声を出してるのよ、環奈。アンタ猫被ってるの、もうバレてる癖に」


 放っておいてと、言葉に熱がこもる環奈ちゃん。姉のからかいに超敏感に反応するのは、もはや一種の癖かも。どうでもいいけど、僕を挟んで喧嘩しないで欲しい。

 家に一旦戻っていた優実ちゃんが、母親に花を渡して元気に戻って来た。とっても嬉しそうで、沙耶ちゃんに対して今日2度目の感謝の言葉。

 とにかくお昼までに、少しでもミッションの続きを進めようと。例の塔で合流して、パーティを結成して行く僕ら。今日は少しだけ、戦闘も楽になりそう。

 画面の前のリアルに関しては、昨日より確実に騒がしくなるだろうけど。


 環奈ちゃんは先ほどの話の振りで、僕の変幻タイプで取得したジョブを覗き込んでいる。変幻ジョブで獲得するスキルのほとんどは、補正スキルなのだが。

 環奈ちゃんの戦士タイプでは、たまに強力な攻撃スキルが出て来るようだ。その他では、攻撃力アップとかHP量アップとか、基本性能を上昇させる補正スキルが多いらしい。

 その点、僕の取得した《同調》とか《連携》とか《九死一生》などは、確かに一見派手に感じるが。逆に言えば正統派にはなり得ないと言う事、素直に両手武器アタッカーの攻撃力が羨ましい時もある。

 取得スキルは《二刀流》とか《クリティカルUP》とか、短剣スキルとダブる事も多いし。


 僕らが話し込んでいる間も、沙耶ちゃんたちはミッションを進めていた。つまりは集落に出た途端に、強制イベント動画に掴まってしまった訳だが。

 不思議生物と一緒に、いきなり集落の護衛に囲まれる冒険者達。こいつの仲間かと誰何され、渋々そうだと答えると。案の定、捕まってしまって牢屋入りの身に。

 ブーブー言いながら見守る彼女達。やっぱりここでも、不思議生物はオイタをしていたらしい。どうやら、集落の宝物を盗んだ疑惑の毎度のパターン。

 どこにやったの返しなさいと、仲間からも批難轟々。


 ところが不思議生物は、汗をダラダラ掻きながら自分は持っていないと必死に弁明。ある場所は分かる、凄いレアアイテム、有頂天になってたら、落っことして転がって、洞窟の主が取って行ったとの事らしい。

 それを通訳すると、集落の者達は騒然。ぴゃ~っとなって、あの洞窟は神の棲家で我々は気軽に入ってはダメな決まり。お陰でそこに住み着いたモンスターにも、手出し出来なくて困っていたと。

 何となく話の流れが分かって来たが、どうやらその通りになるらしい。不本意ながら、お前達が入ってモンスターを倒し、宝物を持ち帰って来なさい的な。

 そうすればこの者の無礼も許しましょう。


「毎度のパターンだ、いい加減慣れて来たっ。ここが3つ目のダンジョンかな?」

「そうだねぇ、でもイベント動画はまだ続いてるみたい。あれれっ、お祭りが始まっちゃった?」


 正確には、それは集落の民の行う神楽だった。洞窟に住まう神様に一時期出て来て頂いて、その隙に冒険者が棲家の掃除と探し物をする訳だ。

 煌びやかな衣装と面を付け、太古のリズムに乗って舞い手が踊る。そこに別の衣装の舞い手が入って来た。どうやら敵対部族者の役らしく、二人の踊りに緊迫感が出て来る。

 微妙な距離を取って、円を描きながら舞い手が踊る。幾つも焚かれた篝火が陰影をくっきりと映し出し、切り取られたコマのような緊張感が。音楽もまた、切迫した雰囲気を醸し出し始める。

 二人の舞い手が剣による舞踊に転じた。白刃が炎の煌めきを受け、独特のリズムでの攻防と合いの手。場所を変え刀を振るい、型の中の演技とは思えないほど。

 そんな中、洞窟に送り出される冒険者たち。


 滑らかな動きと演目に感心していた彼女達だが、洞窟の中でも驚きは続いていた。そこには壁面いっぱいに描かれた、この地方一帯のルーツが描かれていたのだ。

 空に描かれているのは、星の道とそこを通る空船。地に依然として住み続ける者達。星の道がある日連れて来た、見た事の無い形の空船。

 そして文明の滅び、戦いは果たして何が原因だったのか。この大陸に固執した祖先は、辛うじてこの地に流れ着いて生き残ったらしい。そして、星から落ちてきた生き物もまた。

 両者には最初、交流があったらしいのだが。両者の集落の間にモンスターが徘徊するようになり、やがてその繋がりも断たれてしまったようだ。

 何となく分かったのは、不思議生物が実は異星人だという事。

 

「ふえっ、じゃあプーちゃんも異星人なのかなっ? そんなっ、信じてたのに!」

「何をどう信じてたのよ、優実? プーちゃんの正体を王子様か何かだと思ってたの?」

「開発者も、ちょっと頭どうにかしてるわよね。異星人出て来た時には、どうしようかと思っちゃったけど。新エリアのマップや街は割とマシだったから、まぁ良かったわ」

「ここのダンジョンは割と簡単って言うか、一本道だったかな? でも行き止まりには、宝箱や罠もあったような気がする」


 僕の忠告に了解と答える沙耶ちゃん。それからは僕と環奈ちゃんを先頭に、洞窟型ダンジョン攻略のスタート。出て来る敵は、クモとかトカゲとか、コウモリなど暗闇を好む奴ら。

 戦闘は、確かに昨日より数倍楽だった。弾の補充を終えた後衛達も、熟練度を上げるつもりで銃を撃っての戦闘参加。キモい敵に近付きたくないと、本音もチラチラ。

 確かにクモやムカデの昆虫タイプは、見た目がとってもグロテスク。


 もうすぐ突入して一時間と言う所で、ようやく最後の空洞が見えて来た。ねぐらのように作られた場所に、色々と貯め込まれたお宝の数々。敵の姿は、今の所無し。

 一行が注意して近付くと、途端にイベント動画が。冒険者達の頭上に、上半身が人間で、下半身が蜘蛛の巨大なモンスターが巣を作っていたのだ。

 そんな敵との戦闘は、リアルな絶叫と激しい遠隔の撃ち合いで幕が上がった。確かに敵の形状は気持ち悪く、何より敵の蜘蛛の巣飛ばしは強烈な技。

 遠隔攻撃扱いらしく、前衛が間を詰めたらようやく止んでくれたが。移動不可になった環奈ちゃんは、優実ちゃんをひたすらせっついて解除の催促。

 その間にタゲ固定を確実にする僕。


 敵のHPはなかなか多くて、両手鎌の攻撃も熾烈だった。後衛の銃弾にも時折反応して、蜘蛛の巣ばかりか毒霧まで飛ばし始める大蜘蛛女。

 HP半減の特殊技は、ある意味修羅場だった。突然に蜘蛛の糸で本体が上昇したかと思ったら、子蜘蛛がわんさか頭上から降って来たのだ。

 女性陣の絶叫と来たら、ホラー映画も敵わないほどかも。


 沙耶ちゃんの範囲魔法が殺虫剤に見えたと、後から半泣きで語った優実ちゃん。切実な画面の中の恐怖が去った後も、動揺はなかなか治まってくれていない様子だ。

 環奈ちゃんもそれは同じく。ここまでリアルに作る必要ないでしょと、製作スタッフに文句を並べ立てている。沙耶ちゃんに至っては口数こそ少ないが。

 見開いた目は、やたら力んだ後だとありありと物語っていたり。


 とにかく、大ボスを倒し終わっての戦利品はなかなかのもの。経験値の入手で、優実ちゃんもレベルアップして喜びを共有。ミッションPもある程度入って、さらにおめでたい。

 地上に出る前に、再び強制イベントが。今度は神秘的な光が冒険者を導いて、新大陸の神様の祝福が降り注いで来る。土地神は寝所の掃除の礼を述べ、お返しにレベル上限をアップしてくれると語って下さる。

 動画の終わりに、レベル上限が150になったとのログ報告が。


「はい、おめでと~、二人とも。一応これで、新エリアへの進出とレベル制限アップが獲得出来たわよ? ミッションはまだ続くけど、後回しも可能だから」

「えっ、そうなの? リン君どうしよう……このまま最後までミッションやったら駄目かな?」

「構わないと思うけど。そこの洞窟近くのNPCに話し掛ければ、話は進むよ?」

「私も続けたいかな? この子を仲間の所に送り返してあげたいしねぇ?」


 そんな訳で、続けてミッションに挑む事に。沙耶ちゃんのお母さんが、切りがいい所でお昼にしたらと声を掛けてくれる。沙耶ちゃんが立ち上がって、お昼の準備の手伝いに。

 それからは賑やかな昼食になった。散らし寿司とかピーマンの肉詰めとか、何だか凝った料理が食卓に並んでいるけど。師匠の家以外の家庭料理など久し振りで、僕は感激していた。

 環奈ちゃんが甲斐甲斐しく、僕に料理を取り分けてくれていた。優実ちゃんは、この後のおやつにケーキが出る事を知って、食事配分を必死に計算している様子。

 沙耶ちゃんはきちっと背筋を伸ばして、姿勢は良いのだが表情は曇りがち。


「母の日なんだから、私が全部しようと思ったのに。環奈、アンタも昨日一緒に分担しようって計画したでしょ!」

「何言ってるのよ、リン様呼んだのお姉ちゃんじゃないのっ。お客のもてなししながら、食事作りや掃除洗濯出来る訳ないでしょっ!」

「沙耶ちゃんの計画は、いつもどこかが抜けてるから……ウソウソ、はいっ、ちゃんと感謝してます、お花貰った事! ケーキもっ!」


 子供たちの遣り取りを、ニコニコしながら眺めているお母さん。食事が終わると、沙耶ちゃんが食器の片付けを始める。僕も手伝うと言うと、皿洗いを任された。

 沙耶ちゃんと並んで洗い場を占領している後ろで、バタバタと環奈ちゃんがお母さんを追い立てている。寛いで貰うためのようだが、あまり成功していない感じも。

 その後は、皆で掃除をしたり買い出しに行ったり、何となく親孝行っぽい事をしてみる僕ら。その手際の悪さに、お母さんの気も休まっていない様子。

 僕も普段から日常的な家事はしているのだけど。他人の家という事もあって、どうも勝手が分からない。肝心の沙耶ちゃんも、あまり家事は得意ではないみたい。

 散々時間と労働力を掛けつつも、母親の手際には及んで無いよう。


「おかしい、いつもの母さんの掃除とどこが違うのっ?」

「付け焼刃じゃ通用しないって、普段からお手伝いしなさいよ」

「それは環奈ちゃんも同じでしょ、これからは二人にちょっとずつ教えて行かなきゃねぇ。気分転換に、公園に散歩に行ってらっしゃい、みんな。その間に、ここを片付けておくから」



 午後のミッション進行は、いきなりの選択肢から始まった。散歩から戻ってのリフレッシュした気分で、皆がそれぞれのコントローラーを持ったのは良いが。

 リビングは奇麗に片付いていて、戻って来た女性陣は気まずい思い。何が違うのと、沙耶ちゃんはやっぱり不満げだったり。優実ちゃんは、逆に感心しきりだったけど。

 突き当たりの階段の上の公園は、とても奇麗で寛いだ雰囲気だった。遊具は少ないが、静かで緑が多く、街を見渡せる景色の良さは何物にも変え難い感じ。

 風が心地良くて、確かに気分転換には最高の場所だった。


「気まずいわよね、お姉ちゃん。せめて自分の部屋くらい、奇麗にしなさいよね?」

「それはアンタでしょ、環奈っ! リン君の前で変な事言わないでっ!」

「え~っ、自分の部屋の掃除くらいは、普通自分でするよねぇ。そうでしょ、リン君?」

「そうだね、僕は休みの日には一応、部屋とか家の中全部掃除するけど……」


 僕がそう言うと、喧嘩を始めそうになっていた神薙姉妹は、とてもバツの悪そうな表情に。いいお嫁さんになれないねぇとの優実ちゃんの言葉には、かなり傷付いた様子。

 そういう優実ちゃんは、料理以外はほとんど母親に教わっているとの事で。お小遣いの足りない時に、父親の前で家事をする姿を見せるのが必殺技だそうな。

 感心した父親が、財布の紐を弛めてくれるそう。感心しない技だが、それも生き抜く術か。


 リフレッシュ気分はどこへやら。微妙な空気の中で、彼女達のミッションは進む。選択肢は、不思議生物の帰還ルート。大きな街を通るか、樹海を通るかの二択の様子。

 普通の冒険者は街ルートを選ぶし、僕らの時もそうだった。安全そうだし、新エリアの街も見てみたかったし。しかし実際は、途中の細い街道ではモンスターの襲撃があったけど。

 街の中でも、やっぱり一騒動起こったりも。それを解決して、ミッション4のイベント動画を見て、その後再び星人のエリアへと出発したのだった。

 多めに見積もって、3時間程度のルートだった筈だけど。


 樹海ルートは、体験してないので全く見当も付かない。何か得があるのかも知れないが、NPCの説明では昔に親交があった集落があるとの言葉だけ。

 ここら辺は僻地だが、中央塔のあるメフィベルという街に行けば、数多くの人間の住む地となっている。中央塔の噂は概ね良い評価だった。ここら一帯の安全や交通の便を図る、大きな組織らしく。

 いつかこのカーソンの集落とも、安全な街道が拓けるかも知れない。


「じゃあ、みんな街ルートしか知らないの? それだったら同じイベント見てもアレだから、もう1個の方にしよっか? いいよね、優実?」

「えっ、でもそしたら次に何が起こるか、見当も付かないわよっ。それでいいの、お姉ちゃん?」

「あ~っ、それは楽しそうでいいねぇ♪ じゃあそっちで」


 環奈ちゃんの悲鳴じみた助言も何のその。優実ちゃんも賛成して、樹海ルートに決定すると言う。彼女達のサービス精神には恐れ入るが、まぁ致し方ない。

 そんな訳でNPCにそう告げると、樹海の入り口まで飛ばしてくれるとの言葉。どうやらショートカット出来そうな雰囲気で、街ルートには無かった事。

 それでもやはり、樹海の集落までは歩く必要があるみたいで。樹木モンスターや動物や虫タイプの敵に襲われつつも、何とか20分程度で通り抜けに成功。

 集落は割と大きくて、しかし僕は数えるほどしか来た事の無い場所だ。


「到着~♪ 割と広い所だねぇ……あれっ、イベント始まった!」

「僕はここ、ほとんど来た事ないや。クエも無いし、ポイント拠点を通す手段も無いし」

「私も同じくです。だってこの辺りって、特に金策になる場所も無いし。塔やダンジョンも存在しないし、今の主流から外れてますよね、リン様っ?」


 環奈ちゃんの言葉が、全てを語っている。近くに宝箱の置かれている塔やダンジョンが無いと、冒険者は寄り付こうとしないのだ。クエも無く近くに蛮族もいないので、名声も上げようが無い。

 そんな訳で集落に来るには、近場から延々歩くしかなくて。不便この上ないので、自然と足が遠のいてしまうのだ。それは僕だけではなく、現在この集落には全く冒険者がいない有り様でも分かる。

 本当に僻地だ、まぁ仕方ないけど。


 イベント動画では、勝手に歩き出した不思議生物が一軒の家に上がり込む。どうやら村長らしい人物が、不思議生物と冒険者の存在に驚いた様子。

 それより驚いたのは、村長と不思議生物が旧知の仲らしいこと。ポカンとしている冒険者に、村長は自分達の立場を話し始める。それは古くからの物語だった。

 不思議生物は、イベントの推察通りに星から降りてきた種族。村長は古代人の末裔で、星人の遺跡を通して昔から交流があったそうなのだが。

 目の前の星の王子は、見た目通りに好奇心旺盛。ふらりといなくなって、心配していたとの事。ついでだから星人の遺跡の通路を通って、彼を送り届けて貰えまいか。

 そうすれば、私からも報酬を払おう。


「ええええっ、この子ってば王子様だったのっ!?」

「良かったわね優実、あなたの願いが叶って。どうでもいいけど、星の王子様の名前は何?」

「初めてのクエストだ、ミッションに絡めないと起きない仕様だったのか。多分、チョビーンとか、そんな感じだったかなぁ?」

「私はコリーン星から来たんだと思うけど、ホラ、降臨って感じ? 痛いっ、お姉ちゃん叩かないでよっ!」


 様々な波乱をメンバー内に巻き起こしつつ、星の王子様は心持ち偉そうな態度。村長は小さな袋から種を取り出し、パーティに示す。これを見事咲かせて来たら、ポイント拠点の設置も許そう。

 意外な事の成り行きだけど、これはこれで良かったのかも。星人の遺跡とはダンジョンの事で、通常入るにはチケットが必要なのだけれど。

 難易度の高いクエの報酬とか、金のメダルやミッションPの交換でしか、それは入手不可能である。ここから入れるならば、ポイント拠点を持っているととても便利になるかも。

 つまりはこれから、最終ダンジョン攻略らしい。


 遺跡の中には、主に防御力の高いロボット系の敵が行く手を阻んでいた。異星人系の敵も多く、こいつらは予測不能な戦術を使って来る。

 苦労しながら道のりを進む事1時間半余り、ようやく見えて来た大きな扉。その脇には何故か人のサイズの扉もあって、つまりはそこがゴールの様子。

 先ほどのラスボスっぽい敵との戦闘を振り返りながら、強かったねぇと呑気なコメントが多数。環奈ちゃんがいなければ、かなり危ういバランスだったのだけど。

 その本人は、本気モードの僕のキャラ戦術を間近で見れて、とても感激している様子だ。《封印》まで使ってしまったが、その威力と使用までの流れは、一見の価値はあっただろうか。

 何しろ機械タイプの敵は、特殊攻撃が滅茶苦茶ウザかったし。


「あの魔神ガンって技、怖かったねぇ……リン君が封印しちゃったから、一回しか見れなかったけど。環奈ちゃんが、あっという間に死にそうになってた」

「後衛だったら死んでたわよ。リン様の活躍が無かったら全滅してたかも。そしたらもう一回、初めっから今のダンジョンに入る破目になってたんだよ?」

「そ、それは嫌だわね。星の王子様の暴走も、やっぱり酷かったし。私、今回本気で回復魔法欲しいと思った!」

「何度も死に掛けてたしね、暴走王子。多分、ここからはルート同じかな?」


 扉の向こうは星人の集落で、やっぱり僕も見た事のあるイベント動画だった。邂逅を祝う不思議生物の群れ、そして祝福の音楽。喜びの中、通される客室。

 お祝いは盛大で、イベント動画も結構長かったけど。最終的には、ミッションPと各種の報酬で締められる運びに。ダンジョンの中では、宝箱の設置が思ったほど無かったので素直に嬉しい。

 ついでにポイント拠点の設置と、集落の出入りも許される冒険者達。


 ワイワイと感想や何やらを話し始めるメンバー達。集落をひたすら見て廻ったり、今回の手伝い賃を姉にねだったり、それをさり気なく無視して話をそらしたり。

 とにかくこれで最低限ではあるが、期間限定イベントへの備えが出来た訳だ。正確には、新エリアでのイベント参加権利か。参加キャラのレベルはかなり足りないが、僕にはどうしようもない。

 後はイベントのルールを把握して、何とか知恵で乗り切るくらいだろうか。


 前途多難な事を、ちっとも分かっていない感じのギルドの同僚達だけど。今から気を重くしても仕方が無いと、僕も割り切る事に心を決めて。

 それでも初のギルドでの限定イベント参加に、ちょっと心躍らせて見たりしながらも。こうして日曜日、母の日の合同インは過ぎて行ったのだった。

 ……一部、沙耶ちゃん達の家事能力の低さを露呈しながら。





 週の始まりは、つまりは期間限定イベントのカウントダウンを示す事に他ならない。そんな一部の熱狂的な学生は、実は全校生徒の4割近くにも上っているという。

 ちょっと異様な雰囲気の中、それでも学校の授業は滞りなく進められて行く。ネットでの正式な告知があったという話が、休憩中にそこかしこで囁かれる中。

 要するに、イベントの正式な名称『鯉のぼりを捕まえろ!』に関する噂だが。僕はギリギリに起きたので、朝にネットをチェックする時間など無かった。

 柴崎君が教えてくれて、初めてその名前を知ったのだけど。


「名前からすると、鯉のぼりを捕まえるゲーム?」

「その通り、さすがは池津君だ。何匹か種類がいて、それぞれポイントが違うらしい。それを正式加盟方式で参加者を募り、得点を争う感じかな? 1チーム最大6人で、補正ポイントあり」


 柴崎君の言う正式加盟方式とは、フィールドに放たれた敵を捕えるのには、前もってギルドとかパーティを組んで申し込む必要があると言う事。

 それをしないと得点も貰えないし、イベントの参加者たり得ないらしい。反面、イベントに参加していない者が、その放たれた敵から下手に攻撃されないと言う意味だ。

 補正ポイントに関しては、どうやら6人での参加でプラスマイナス0扱いらしく。僕らみたいな3人パーティだと、一日の参加に対して無条件で+3ポイント貰えるらしい。

 人数の少なさが得かどうかは、しかし微妙な所。


「他にもポイント前借りで、お助けアイテムを貸し出せるらしいね。ターゲットを探し出すのが、どうやら厄介なタイプのイベントみたいだが。探索系のスキルが、鍵になるのかも」

「戦闘力だけで順位が出るよりは面白いかな? 知恵の振り絞り甲斐があるからね」


 確かにそうだと、柴崎君も同意する。ここは一つ参謀同士、互いに腕の見せ所だと不敵な笑みを浮かべる彼だが。僕がそれをやると周囲が途端にビビるので、そこは敢えてスルー。

 それでも彼はフェアに行く為に、得た前情報は共有しようと言って来た。有り難い話だが、実は僕の作戦は行き当たりばったりな感に終始していた。

 イベントまでにギルド人数増えないかな、増えたら良いな的な。


 何しろこちらは、レベル100に満たないキャラを含めて3人なのだ。新エリアを歩くだけで、既に命懸けな有り様。カンストキャラなら、それ程敵を気にせずに探索出来るだろうが。

 こちらは敵の影に怯えながら、固まって行動するしか無い訳で。新エリアでのバトルと言う条件だけで、既に追い詰められている状況。作戦でどうこう出来るレベルではない。

 うっかりすると、絶望感で叫び出してしまいそうになるのだが。沙耶ちゃんだけはひたすら前向きだった。毎度のお昼の時間に、臨時募集は掛けないと胸を張って勇ましく言い切る。

 これはギルド間の戦争だ、ギルドで無い者の助けは無用!


「勇ましくて惚れちゃいそうだけど、ちゃんと考えてないよねぇ? 勢いだけなのが、沙耶ちゃんの毎度の特徴だから」

「えっ、そうなの? なにか特別な作戦とか、目をつけてる新メンバーとか、いる訳じゃなくて?」

「いたらいいわね、でも必要ないわっ! 三人で充分、ペットもいるしへっちゃらよ!」


 確かに勇ましくて惚れてしまいそうなパワーだけど。他の当てと言っても、環奈ちゃんは自分のギルドでの参加で、これは必然でもある。メルも今回は、父親のギルドで戦力に入れて貰っているらしい。

 手伝いたかったけどと、こちらを気遣う素振りを見せた少女。年下に心配されるほど、僕らのギルドは頼りなく見られているのだろうか?

 多分、そうだろう。これで当ては無くなった訳だ。

 

 そんな理由もあって、僕としてはフィールドでの安全を目指して、少しでもレベルを上げたかったのだが。新エリアの解放につれての、移動手段の当ての無さがそうはさせてくれなかった。

 つまりは、街から街への移動手段だ。これが不便過ぎるとイベント所ではない。新エリアのどの場所に敵が現れるのか、多分それはランダムだろう。

 出現場所に、僕らはライバルよりも先んじて到着しないと駄目な筈なのだが。それには近場の街へワープして、そこからフィールドへと目指すのが一番だ。

 街へのワープ手段が、あればの話だけど。


 冒険者など、街の人たちから見たらならず者に過ぎない。魔方陣でのポイント設定を許されるには、ある程度の名声が必要になって来る。それにはクエをこなしたり、蛮族や盗賊団をやっつけたりして、自分の名をあげないといけない訳だ。

 あまりに辺鄙な場所や、人のいないポイント拠点ならば、そんなものは必要ないけど。そんな訳で、新しいエリアでは、皆が必死になってクエストをこなすのだ。

 イベントを前に、まず街のポイント設定に必死な冒険者。こんな切羽詰ったギルドは、まず他にいないだろうに。まぁ、これも大切なイベント準備の一環ではある。

 レベル上げしたかったけど、こっちも大事か。


『そんな訳で、木曜までに新エリアの主要な街に、二人のワープを通したいと思います。今日はメルが手伝ってくれます、ありがと~』

『ありがとぉ~♪ 右と左は分かるけど、北と南が分からない~♪』

『変な調子で場を狂わせないで、優実! メル、よろしくねっ! 本当にマップ分からないから』

『うぃうぃ~、今日は移動とクエ? アイテム集めとかするの?』

『名声上げには、そっち系のクエが一番かな? 取り敢えず、メフィベルの街を通そうか』

『えっ、あれって自動取得じゃないの? なんで取れてないの?』


 メルの驚きはごもっとも。大抵の者は、メフィベルの街経由でのミッションルートを選択するみたいだ。それによって、主要都市のメフィビルのワープ拠点は自動取得となるようだ。

 ところが今回は密林ルートでのミッション攻略だった為。うっかりと主要の街に寄らずに、沙耶ちゃん達は新エリアの権利を獲得してしまったのだった。

 余計なところで仕事を増やすなというなかれ。本人達は、それで納得しているのだから。ちょっとイベント時期と重なって、タイミングが悪かっただけだ。

 そんな訳で、僕らは最初の集落のカーソンにいる。


 ここは例の、ミッションで神楽のイベントを見た集落だ。塔型のダンジョンの上にワープ拠点があって、つまりはもう設置済みの拠点のある、新エリアで数少ない場所。

 ここで一行はパーティを組んで、これからの予定を話し合っていたのだが。メルの落ちる時間までに、なるべくスムーズに事を運びたい所だ。

 皆は既に出発の準備を終えていて、集落の出口に集合している。目的地のメフィビルは、新エリアでは一番大きな街である。クエストも多いし、実はミッション4を受けれる場所でもある。

 つまりは、この街の中に噂の中央管理塔がある訳だ。


 さて、通常街から街へと移動するには、3通りの手段が存在する。ひたすら歩くか馬車や船などの移動手段に頼るか、ワープを使うか。言うまでも無く、手っ取り早いのはワープだ。

 歩くのはもちろん、敵に絡まれての戦闘の果てに命を落とす危険が付きまとう。適性レベルが150位なので、それ以下はソロでの移動はお薦め出来ない。

 それでは馬車や船などは安全かといえば、実はそうではない。たまに盗賊や蛮族に襲撃されて、それを防ぐミッションが存在するほど。中央塔から仕事を回して貰って、それでミッションPを稼ぐ冒険者も数多いのだ。

 ただ、順調に行けば、歩くよりは確実に早く目的地に到達出来る。


 先ほどワープが一番手っ取り早いと言ったが、前述の通りに街ごとの名声が必要になって来る。繰り返しのクエストを何度もこなしたり、街の近くの蛮族を討伐すれば、それは可能だ。

 魔法やアイテムでの転移も可能になって来るので、是非ポイントは通しておきたい所。そうしたら、街からでなくてもその街に飛ぶ事が出来るようになるのだ。

 限定イベントをやるからには、それは必須であろう。


 そんな訳で、皆で連れ立って歩いての移動を行ったのだけど。元々この集落には、馬車の路線が通っていなかったし。一言でいえば、とにかく大変だった。

 敵を見つけては逃げ回り、敵に見付かっては逃げ回り。仕方なく戦闘に至ると、それなりに時間を取られるし。それでも何とか辿り着き、あちこちのNPCに話し掛けてクエストを起こす。

 二人ともうっかりとミッションも起こしてしまい、それはこんな始まりだった。


 ――宿屋兼食堂で食事を取る冒険者達。そこに入って来た若い人物は、こっそりと隠れるように一行の陰に入って身を潜める。明らかに、誰かに追われている様子なのは間違いない。

 不審に思う冒険者と目が合ったその人物は。ここは何が美味しいのかと、何やら気楽な様子。それが仇となったのか、とうとう役人に見付かる人物。

 サミエル様お戻り下さいと、実は高い身分だったようだ。連れ戻されながらも、どことなく気楽で観念した表情のその若者は。どこか冒険者の自由さが羨ましげで。

 そして見付かる、彼の落としたらしきブローチ。


『わっ、これってミッション4の始まり? 変なもの拾っちゃった』

『届ければいいのかな? あの大きな門の向こう?』

『うん、そこに行けば続きが見れるし。あっ、これをクリアしても名声上がるかな?』

『覚えてるっ、確かアイテム3つ持って来いってクエみたいな事させられたよね?』


 メルの記憶は正しくて、次のミッション4は、3つのアイテムの探索と、3匹のNMの討伐で終わりと言う、割と簡単な内容である。アイテムが少々、出が悪くて時間が掛かるかもだけど。

 二人はついでに進めてみようと、どうやら門に向かった様子。そこでこの門は、選ばれた者しか入れないと言われ、結構本気で憤慨していたようだが。

 取り敢えず、ミッションは受けれたようで何より。


 そんな訳で、街の中をあちこち走り回って、真面目にクエを受けて行く二人。持って来いと言われたアイテムをメモって、メルのいる間に取りに行く段取りに。

 何しろメルは小学3年生だ、落ちる時間にも気を使わないと。もっとも本人は、前衛で細剣スキルを上げるついでだろうが。それでも人数が多いのは、新エリアでは心強い。

 何しろ新エリアの敵は、僕でも倒すのに苦労するのだ。


 そんな遣り取りが、月曜から3日くらい続いた。途中で師匠に手伝って貰ったり、ハンスさんやメルに手伝って貰ったり。主にクエのアイテム入手や、マップ作成などの雑務だけど。

 クエ用のアイテムは、下手をすれば競売で購入可能な物も多い。しかしミッション用のアイテムに付いては、競売での販売不可になっていたりして。

 これを二人分入手するのに、結構てこずってしまった。


 お陰で何とか、前日までにメフィベルの街にポイント拠点を開通出来て何より。手伝って貰った人たち様々である。皆が、限定イベント頑張ってとまで言ってくれた。

 ハンスさんはギルドの皆と、尽藻エリアに挑むらしい。メルも頭数に入れて貰っており、本人もそれは嬉しいらしい。ギルド『ダンディズヘブン』は、殆んどがカンストキャラばかりなので、メルが混じっても平気だと思うけど。

 彼らも高い順位を取れるといいんだけど。ちなみに師匠は、最近ずっと、こういう限定イベントには参加していない。今回は特に、奥さんも不参加みたいだし。

 奥さんも風種族の使い手で、かなり強いんだけどね。


 マップの作成については、このゲームはオートマッピングである。地図など売ってないので、自分で歩いて地図を作らないといけない訳だ。

 これがまた大変で、しかしまぁ行った事の無い土地はすぐに分かる事になる。これに自分でマーキングしたりして、自分のオリジナルの地図を作ったりするのだが。

 塔持ちモンスターの出した塔とか、NMの出現場所とか、不特定の場所のものも結構あるので大変なのだ。種族特性によってはしかし、この地図で敵の位置や怪しいポイントを把握出来る。

 直接戦闘に関係無いスキルでも、生存率や探索に関わって来る場合もあるのだ。


 とにかくこんな感じで、期間限定イベント前に、僕らは一応の目安を付ける事が出来たのだった。その頃にはイベントの詳しいルールも公開されており、僕の脳裏を絶望感が襲った。

 何と言うか、賭けなどする物ではない。そう思ってみたものの、後の祭でしか無いのも分かっていた。賭けの半分は、沙耶ちゃんのせいだしね。

 そう思ったら、途端に肩の荷が少しだけ軽くなった。何とか恥ずかしくない程度に、良い成績を残したい物だ。そう、何事も前向きに行かないとね。

 諦めるのは早過ぎる、何しろまだ始まってもいないのだから。

 




 木曜日は幸いにも、子守りのバイトは無かったので。沙耶ちゃんの家で例の如くの合同インの運びに。環奈ちゃんも、近くの友達の家で同じく合同インしているとの事。

 環奈ちゃんのギルドは堅実に、初期エリアで高順位を狙うらしい。こちらと順位を争う事が無くて何よりだが、僕らも本当は初期エリアでのんびりと遊びたかった。

 例え賞品のランクが下がろうとも。


 そう、5日間で争われる今回の期間限定イベントの報酬は、エリアによって微妙に違うようなのだ。貰えるのは順位によって、ハンターPとミッションPのセットや、術書や指南書の組み合わせなどなど。尽藻エリアになると豪華で、その次は新エリアという感じだ。

 ちなみに新エリアの1位になると、ハンターPが90P、ミッションPが9千Pとその他諸々の景品が待っている。リアルにも図書券とか商品券が貰えるそうで、嬉しい話だ。

 ただし、貰えるポイントはクリア人数で割るとの事らしく。道理で多い設定だと思ったが、それでも6人パーティ計算でも、一人の報酬としては素晴らしい勘定になる。

 ぶっちゃけ、三人プレイで上位に入るのは厳しいって事だ。


 それでも色々とこのイベントには賭けているモノがあるのだ。熱い闘いを前に、ぐだぐだ言っても熱が下がるだけ。最善を尽くす前に、イベントのルール説明をしよう。

 ゲームのルールは簡単、参加表明をしてのポイント取得制だ。5日間で、一番ポイントの高かったチームの勝ち。チームは1人~6人までで、補正ポイントあり。

 表明してからのプレイ時間制限は、1日2時間ポッキリと言う事になる。それ以外では、敵を倒しても当然だがポイントにはならない。時間の画面表示も、ちゃんとある。

 敵は何タイプか種類が存在して、それぞれポイントが違うらしい。ただし、地中深くに潜っているので、探し出すには余程近付かないと無理らしい。

 そこで、時間短縮にお助けアイテムの登場となる。


 ポイントを支払う事によって、借りれるアイテムは3種類との事だ。3Pの支払いで探知機、5Pの支払いで二人使用の投網、6Pの支払いで広範囲探知機。

 探知機はズバリ、敵の場所をレーダーで教えてくれる装置のようだ。投網は、二人で両端を持って地中の敵を追い込み、一網打尽にする事が可能らしく。

 なかなか使い勝手が良さそうだが、残念ながら1日しか持たないそう。つまり、次の日に同じアイテムを使おうと思ったら、もう一度購入するしか無い訳だ。

 つまり、買うならイベント開始すぐがベスト。


 他にも無料で、ファンスカ時間で1日一度だけ、情報を仕入れる事が可能らしいのだが。大雑把な情報のみで、行動の指針にはやや役不足との事。まぁ、無料なのでそこは仕方無いが。

 簡単な説明だったが、これが限定イベントの流れである。総合順位は、5日が終わった時点での総獲得ポイントの多かったチーム順という事になる。

 人数の少ないチームには補正がつくのは、さっきも言ったけど。僕らみたいな6人パーティから三人も人数が少ない場合。ポイントを取ったら、1日につき3ポイント貰えるとの事。

 人数が少なくて良い点は、分け前の多さとその補正ポイント位か。


「ほむほむ、何となく理解出来たよ。それで、アイテムはどれを貰おう?」

「アイテム貰うと、ポイント引かれるんでしょ? 何だか勿体無いなぁ」

「う~ん、僕らは1ポイントでも獲得出来たら、その時点で+3ポイント補正が入るから。まずは何とか見付けて1ポイントでも獲得するのがいいんだけど」


 それでも沙耶ちゃんの理論では、何とかなるとの事だったのだが。ヒントも無くイベントを進める無謀さを説いて、取り敢えず一番安い探知機を購入。

 情報も入手したものの、東部の何々のエリアに真鯉がいるとか、あのエリアに凄い魚群がいるとか、本当に大雑把である。なにしろ、僕らの行けるエリアは限られてる。

 そう、僕らの作戦としては、近場で捕獲に走る1手しか選べない訳だ。具体的には4つだが、密林エリアは他の敵に絡まれやすくて除外する事に。

 残った3つは、出発の集落カーソン周辺、ここメフィベル周辺、星人の集落周辺となっている。今日は近場で、様子見する事で意見は一致していたので。

 皆でメフィベル周辺に陣取って、探知機を頼りに歩き回る事に。


 探知機は、レベルの一番高い僕が持つ事になった。僕の後ろを、ペットを従えた沙耶ちゃんたちが距離を取ってついて来る。僕が囮役になって、地中からの敵に備える感じだ。

 何しろ最初だけに、全部が手探り状態である。近くをうろつく通常の敵にも注意しなければならず、そんな点にも神経を使う訳だ。僕はレーダーと周囲と、あちこち気を付けてエリアを探索する。

 その瞬間、レーダーに反応が。その戦闘を見つけたのは、しかし優実ちゃんが先。


「あれっ、向こうで戦闘してるよっ? でっかい黒い鯉のぼりだ~!」

「うわっ、いまキャラが一人呑み込まれた? 本当に大きいわねっ、あれが大ボスかなっ?」

「あのパーティが勝てたら、何ポイント入ったか訊いてみ……ああっ、全滅コース?」


 遠目からでも大きな黒い鯉のぼりに、相当苦戦していた6人組のパーティだったが。恐らく盾役のキャラがいなくなったせいか、形勢はどんどん不利になって行く。

 僕らが駆け着ける間にも、敵の範囲特殊技に死人がどんどん出る始末。後衛に至っては、軽く2撫でであの世逝きである。滅茶苦茶強い、おそらく高額ポイントの黒鯉のぼり。

 全滅を喰らわせたソイツは、余裕の表情で消えて行った。


「ああっ、消えちゃった! ってか、私たちが釣らないで良かったかも?」

「確かにそうだねぇ……あっ、この人たちに蘇生掛けてもいいかな?」

「いいと思うけど、一応訊いてみようか?」


 死人と話すのは変だが、このゲームは死と言う概念がちょっと変なのも確か。この時点では気絶扱いなのかも知れないが、それでも喋れるのはおかしい気もする。

 このゲームの死と言うか戦闘不能状態について、ちょっと説明しようか。ペナルティはもちろん存在していて、まずは経験値のロスト。それから装備している防具の防御値が、ランダムに1~2部位減じてしまうという恐ろしい事態が発生する。

 前衛はだから、結構防具を買い換える必要性に迫られる訳だ。まぁ、強化補修の素材があれば、一応合成で補修も可能だけどね。高くつくことは確かなので、買い換えた方が良い時も。

 防具はどうしようもないが、蘇生して貰えば経験値のロストは最低限の数値で防ぐ事が可能である。わざわざポイント拠点まで戻される事も無く、移動の手間も省ける。

 まぁ、ここは街の出口から近いから素直に戻る手もあるけど。


『こんにちは~、災難でしたね。蘇生あるけど掛けましょうか?』

『ありがとう~、でもお金そんなに持ってなくて、謝礼できません~(><)』

『いりませんよ~、ちょっと情報と交換してくれれば』


 全滅パーティはそれに同意。僕が交渉している間にも、優実ちゃんは既に魔法を掛けていたけど。《月の雫》という光魔法で、結構なMPを消耗するようだ。

 優実ちゃんが全員に掛けて行く間に、僕が敵の特殊技の性能を訊ねて行った。盾役が消えたのは、どうやら《ブラックホール》という闇系の魔法らしい。

 生きて通信も出来るけど、とんでも無い場所に飛ばされたようで。つまり、これを喰らえば事実上戦闘から強制退場な訳だ。他にも尻尾撃とか鱗飛ばしなどの範囲技も強烈だったとか。

 ちなみに彼らは、120レベル前後の6人パーティとの事。


「へ~っ、強制エリアチェンジかぁ、怖い技持ってるなぁ」

「盾役が喰らうと、本当にジ・エンドだよね。120レベル6人でも辛いとは、強敵だね」

「黒い鯉だから、闇魔法? 赤い鯉は、それじゃあ炎かな?」


 なる程、優実ちゃんが冴えてるとはかなり珍しいけど。確かにその通りかもと、全員納得の推理力である。ただし、このレーダーではそこまで詳しく分からないけど。

 高性能の方では分かったのかも、今更遅いけど。そんな事を話し合っている内に、優実ちゃんの救助活動はようやく終わったようだ。時間を取られたけど、それは仕方が無い。

 こちらも貴重な情報を得られたしね。


 彼らに別れを告げて、再び当ても無くうろつく僕たち。レーダーの反応は、しかし相変わらず鈍い感じだ。このイベントに対する不信感が、僕の中で少しずつ大きくなって行く。

 そもそも期間限定イベントは、本当の意味で限定だった事はほとんど無いらしい。それは師匠やベテランキャラ持ちに、何度か聞いた覚えがある。

 限定イベントとは、そもそも試験というか試運転的な意味合いが強いらしい。これで上手く行ったら、次回のバージョンアップで追加するみたいな。

 だから、完全な出来上がりを与えられるかと言えば、そうではない確率も高いみたいで。歴史的に見ると、半分近くのイベントは俗に言う外れだったそうである。

 今回もそうでないと誰が言えよう。


 結局僕らは、2時間同じエリアをうろついて、4匹の雑魚と戦った。その内の1匹は戦闘中に逃げられてしまい、結果を見れば3ポイントの獲得のみ。

 2匹の雑魚を見つけた時には、皆がかなり興奮したけれど。僕を先頭に近付くと、敵は地中から急に飛び上がって攻撃して来た。そいつは間違いなく小型の鯉のぼりで、結構強かった。

 大きさは僕と同じくらい。黄色と白のペアで、黄色は土属性っぽかったので。白から殴っていたら、黄色がいきなり後衛に《アースロック》の魔法を飛ばして来たのだった。

 ペットの攻撃も《アースウォール》でかわし、そいつは悠然と地中に潜って行った。白い鯉のぼりも、時折足止め魔法を飛ばして逃げようとする始末で。

 どうやらコンセプトは、『簡単に捕まらないぞ!』らしい。


 何とか1匹は倒し切ったが、その後問題が。沙耶ちゃん達の足止め魔法が10分近く消えなかったのだ。なんて厭らしい仕掛けだろうか、2時間縛りでこれはキツイ。

 それが最初の遭遇で、次からは僕らも慎重になった。とは言っても、敵の動きはそんな事には構ってくれない。通常の敵にも絡まれたりで、戦果は伸びず終いで。

 その後2匹倒せたのは、探知機のお陰だろう。


 ところが次の日は、沙耶ちゃんは探知機無しで行こうと言い出した。3ポイント払うのは勿体無い、昨日はあれが無かったら6ポイントの獲得だったと捲くし立てる。

 作戦もあるらしく、昨日2時間歩き回る間に、通常の敵の薄いポイントを何箇所か見つけたらしく。そこでキャラで待ち伏せすれば良いと言う訳だ。

 悪い案ではないが、いつ敵が襲って来るかこちらには分からず、心臓には悪そうだ。それでも1匹でもその作戦で倒せれば、昨日の戦果を上回れる訳だ。

 そう言う訳で、僕らはその作戦に従った。




 結果は1匹だった。2時間待ち伏せして、戦闘はその時の一度きり。しかも雑魚で、1ポイントの敵だ。結果的には初日の3ポイントを上回る、4ポイントを獲得出来たのだが。

 まぁ、そうかも知れない。フリーの情報を全く無視していたら、敵の出現ポイントが掴めやしないのだ。要するに僕らは、魚のいない水溜まりに釣り糸を垂らしていた訳だ。

 理屈は分かっていたのだが、それでも沙耶ちゃんのイライラは限界まで届きそうな勢い。僕にしても、定められたラインをキャラで往復するのを今日もするのかと思うとゲンナリな気分。

 唯一の救いは、柴崎君のギルドも、相当苦戦しているらしい事。彼らもお助けアイテムを何とか上回る得点しか得られておらず、少し焦っていたようだが。

 内心、賭けなんかするんじゃなかったと思っているのかも。こっちも同じだけど。


「ああっ、もうっ頭に来るっ! 玲の奴ったら、今日の帰り際に真鯉倒したら10ポイント貰えたって……嫌味ったらしく報告して来たっ! 悔しいっ!」

「うわあっ、生徒会長チームはボス級倒したんだ、凄いなぁ」

「凄いねぇ、こっちはちっちゃいのとばっかり戦闘してるよ? 氷に穴あけて座ってする釣りに似てるね?」

 

 沙耶ちゃんがこっちを、凄い眼で睨んで来た。優実ちゃんがビビって、首を竦めて僕の影に隠れる。場所は沙耶ちゃんの家のリビング、毎度の合同イン。時間は土曜日の昼下がり。

 沙耶ちゃんのお母さんに昼食を作って貰い、寛いでインの準備をしていたのだが。これといって良い作戦も出ず、このままじゃ生徒会長のギルドに負けちゃうなぁ的な雰囲気の中。

 向こうは150近いレベルで6人揃っているみたいで、仕方無い結果なのだが。


 そうも言っていられない現状、今出来る最上の選択をするのみと達観した考えの中。一人マイペースな優実ちゃんは、さっさと情報とお助けアイテムの確認に走っていた。

 ちょっと待てと、沙耶ちゃんの制止の言葉。情報もアイテム購入も、ゲームの開始の合図の後でないとチェックできない仕組みでは無かったか?

 つまりはもう、2時間縛りは始まっている?


「あっ、ゴメン、話し掛けたから始まってるかも? まだ作戦決まってなかった? わっ、鯉の餌売ってるよ、ホラッ!」

「……優実、アンタって娘はっ!」

「あれ、本当だ……昨日まで売ってなかったけどな、こんなアイテム。種類が増えてる」


 新しく増えたのは、鯉の餌という2ポイントのアイテムと、デコイという4ポイントのアイテム。昨日アイテムを買わなかったせいか、3日目で品数は増える予定だったのか。

 判然としないが、どうやら今度は誘い型のアイテムらしい。鯉の餌は持っている者に誘われて、敵が寄って来る仕組みのよう。デコイは設置した囮に敵が寄って来て、冒険者は安全らしい。

 なるほど、探し回るよりはストレスが少ないかも。どちらにせよ、近くに敵がいないと話にならないが。それは探知機も一緒で、要するに貰える情報と組み合わせて使えという事か。

 少し光明が出て来た、優実ちゃんは沙耶ちゃんに殴られて半泣きだが。


 思えば予定は既に、ここから狂っていた。僕が購入しようと提案したら、優実ちゃんがさっき買ってしまったと半泣きのまま報告。どうやら、鯉に餌を上げてみたかったらしい。

 それは囮用のアイテムだよと、僕が話すと。じゃあいらないやと、優実ちゃんは僕にトレードする仕草。ところがアイテムは譲渡不可の性質付きで、キャラ同士で交換出来ない。

 沙耶ちゃんは冷ややかな表情。2ポイントもしたアイテム、捨てたら承知しないよ?


「うぇあっ、じゃ、じゃあ私が襲われる役目っ?」

「ま、まぁ何とかなるんじゃないかな? ほら、プーちゃんもいるし」

「そうだね、アンタはプーちゃんに守って貰いなさい、時間勿体無いし、エリアに出るわよ」


 フリーの情報では、近辺の敵影の確認は出来なかったものの。慣れていない土地よりも安全という事もあって、毎回のメフィベル近辺の探索に赴く一行。

 ところが今回は、いきなりの雑魚との遭遇。しかも敵が出るより先に、プーちゃんの勇猛果敢のアタック。まるで地中から吊り上げたような情景には、一同大興奮。

 近付きながら、僕が《ヘキサストライク》でタゲを取る。それから《兜割り》での魔法封じ。この2日間で覚えた、敵の行動を前提での戦術である。

 幸先良く、スムーズに勝利を得て、勢いに乗るメンバー達。


 この日はその後も調子が良かった。初の緋鯉にも遭遇して、予見通りの炎系の魔法に苦戦しつつも。何とか倒し切って、初の4ポイント獲得に湧くパーティ。

 緋鯉の2匹目には逢えなかったが、雑魚を3匹追加して。補正と合わせて合計11ポイントの荒稼ぎである。餌代を差し引いて9ポイント、3日でのトータルは16ポイントとなった。

 一転して褒められた優実ちゃんは、ちょっと誇らしげ。


 どちらかと言えば、僕はプーちゃんを褒めてやりたいが。日曜も調子に乗って、優実ちゃんの囮作戦で行く事に。プーちゃんがいち早く敵の場所を感知して、とにかく安全なのが良い。

 これは《自己探索》というスキルのお陰だろうか。スキルとアイテムのセット使用で、こんな有利な戦法が生まれるとは。日曜日は情報にも恵まれ、これも先日までに無い吉報である。

 今日の僕は、のんびり自宅からのイン。彼女達は、沙耶ちゃんの家からインしているらしいが。隣には環奈ちゃんもいるらしく、相変わらず騒がしくしているのかも。

 僕も誘われたけど、今日は天気も悪くて遠慮した次第。


 雨が降ると、自転車での移動は大変なんだ。父さんも今日は休みで、さっきまでリビングで世間話をしていた。ハンスさんの奥さんは、まだ退院が伸びてるとか。

 父さんも最近は、会社のチームで後輩の育成を任されているようで。一緒に勉強してみるかとも言われたが、まだまだそこまでスキルが無いと言うと。

 自分の育成している後輩に、今度会ってみるかと訊ねられた。その人もファンスカのキャラ持ちらしく、確か10年選手だったと父さんは聞かされているそうで。

 それなら気が合うかも知れないと返事する僕。


 期間限定イベントの事も、何故か父さんは知っていた。今から友達とインすると言うと、頑張れよと珍しく応援する素振り。昼は外に食べに出ようと、それで会話はお終い。

 僕達は今メフィベルで、物凄く価値のある情報を得た所。


『おおっ、星人の土地に緋鯉の群れがいるらしいって! ここならワープで行けるよねっ?』

『行けるけど……あそこのエリアの敵は、結構強かった気が』

『緋鯉って赤いのだよね? 4点の敵? わおっ、10匹倒したら40点だぁ~♪』


 時間制限2時間の間に、確かに10匹程度なら倒す事も可能かも知れないが。皮算用でも無く、群れでいるなら本当に可能かも。期待を胸に、街のワープ魔方陣から移動するパーティ。

 テンションも高く、集落からエリアに出る一行。散らばる敵に気を付けて、マップの真ん中周辺を目指してみると。早速喰いつく緋鯉の群れ、しかも2匹同時。

 昨日戦って得た情報から、僕らは一連の戦闘シュミレーションを立てていた。魔法を使って来る敵は、とにかく厄介だ。回避は不可能だし、ダメージは大きいし。

 おまけに緋鯉の攻撃魔法は、範囲技がほとんどだ。リンクしてしまったら、片方はスキル技で魔法を止める事が出来ない。足止め魔法でも、魔法などの行動は止められないのだ。

 そんな時には《サイレンス》。風系の魔法で、魔法詠唱を禁止してしまうのだ。


 そう言えば、今まで攻撃スキルや属性魔法の話はして来たけど、種族スキルについては触れてなかったっけ。話題にしたのは《風神》が種族スキルだって事くらいだった気が。

 種族スキルは、自キャラが10ごとに自動取得して、何とセットも不要だ。つまり、スロットも塞がないでの常時発動なのでとても便利。

 補正スキルっぽい感じの、種族属性にちなんだスキルを取得出来るので、キャラの特徴が出やすくなる特徴が。例えば僕の風属性を紹介してみようか。

 僕のレベルは120台だから、所有する種族スキルも12個ある。


 風属性は、ステータスでは敏捷度と相関関係にある。それ故に、覚える種族属性も《攻撃速度UP》や《詠唱速度UP》などの速度に関する上昇が多い。

 他にも《移動速度UP》とか、戦闘に関係無いスキルもあるし、《風神》のように特殊なスキルも存在する。全部有り難い特性だが、今取り上げたいのは《風魔法強化》というスキル。

 自分の属性である風系の魔法を、強化してくれるスキルである。


 《サイレンス》などの魔法は、効くか効かないかの二択になる事が多い。効かなかったら唱え損で、魔法は止まらない。魔法が効かない事をレジストと称されるが、これは強敵ほど起こりやすい。

 僕の風スキルは、自分の属性と言う事もあって、結構伸ばしている方なのだけど。何より心強いのは、やっぱり風魔法強化の種族スキルの存在である。

 思惑通り、初っ端の《サイレンス》が効いて敵は詠唱禁止状態に。大口を開けたままの緋鯉、いやこれは最初からだが。さらに沙耶ちゃんの《アイスコフィン》が、フリーの敵を閉じ込める。

 しかし敵は炎属性、氷には耐性があるし急いで1匹目を倒さないと。


『連携行くよっ、エフェクト見逃さないでね!』

『了解、ドンと鯉、いや、どんと来いっ!』

『沙耶ちゃん……無理にボケなくても……』


 ボケは、いや僕はボケに突っ込む時間も無く、自身の変幻スキルの《連携》で、緋鯉の耐性を著しく落としに掛かる。さっきも言ったが、敵は炎属性、氷には耐性があるのだ。

 耐性が落ちる時間はそんなに長くは無いのがネックだが。しかしタイミングを計って魔法を撃ち込めば、通常より高いダメージも期待出来るのも確か。後衛二人の魔法を最大限に生かすには、こういう手がとても有効になって来るのだ。

 これが本当は《連携》の正しい使い方。あらゆる耐性を下げる事の出来る《連携》は、上手く使えば戦闘時間短縮の役に、大いに有効に働くのだ。

 僕らはそんな訳で、昨日辺りから練習を始めたんだけど。


『ああっ、タイミング遅かったのかなぁ? ダメージが高くならないっ!』

『遅かったね、しかも二人とも遅かった』

『ううっ、今日はリン君が隣にいないから……環奈ちゃんにもヤジられたぁ』


 まだまだ二人とも、修行が足りないが。僕のリンもSPがそんなに高くないので、連続スキルの撃ち込みとなると、そう何度も連続で多様出来ないのが歯痒いところ。

 いや、ぶっちゃけると、8種族の中で一番低いかも知れない。攻撃速度が速い種族なので、体感的には不便は感じないが。2度目の《連携》は、今度はタイミングばっちり。

 敵は一気に、二発の魔法に削られて昇天。


『決まれば凄いわね、この技っ! みんなの力を結集してる感じがいいよねっ?』

『確かにそうだねぇ♪ 撃つタイミング取るの楽しいかもっ? リズムのゲームみたい♪』


 二人の話を聞きながら、僕は2匹目の敵が逃げる前に何とかタゲを取る。緋鯉は溶岩噴火の特殊技から、マグマゴーレムを召喚して逃げるパターンがあるようなのだ。

 これはやっぱり、他のチームが倒している場面に遭遇して得た情報。ゴーレムを倒してもポイントは当然の如く入らないそうで、本当に無駄な戦闘をさせられる訳だ。

 そんな事にはならないようにと、僕は魔法や特殊技を警戒してのHP削りに勤しむ。後衛の優実ちゃんもスタン技を持っているが、何しろ使い方がまだまだ下手っぴい。

 たまに奇跡のタイミングで止める事もあって、本人が一番驚くのだが。


 2匹目も無事に倒し切って、メンバー内でやんやの喝采。後衛が休憩中に、僕は周囲の探索をしてみるが。何となく他パーティが増えて来ていて、どうやら情報の流布によるものか。

 こうなると、自分達だけで美味しい思いをする事も困難になって来る。ライバルがどんなお助けアイテムを持っているかも気になるが、まずはまだ空いている内に得点を伸ばしたいところだ。

 そう思っていたら、沙耶ちゃんが急に射撃された。


 一同が驚く間にも、再度の射撃。沙耶ちゃんのHPはたった一撃で半減しており、どうやら防御魔法が切れていた様子。雑魚が絡んだのかと周囲を慌てて見回すが、敵影は無し。

 いや、いた。と言うより、雪之丈の攻撃でステルス機能が解除されたようだ。結果的に、それが皆の命を救った訳だ。沙耶ちゃんは2度の攻撃で瀕死になっていて、透明化を見破れなかったら、僕らも同じ命運を辿っていただろうから。

 そいつのネーム表示を見て、僕は戦慄を覚えた。それから、雪之丈が作ってくれた僅かな時間で、僕は撤退するか攻撃するかを判断しなければならなかった。

 僕は、いやリンは咄嗟の判断で攻撃を選んでいた。


 渾身の《ヘキサストライク》が戦闘の始まりの合図だった。敵のHPバーは殆んど減って行かず、厄介な敵だという事を再確認する。もちろんだ、敵の種類はネーム表示の色で分かる。

 コイツはNM、しかも厄介な塔持ちタイプだ。


 幸い、近くに絡むタイプの敵の姿はない。有り難い事に、コイツは部位モンスターでもない。部下を召喚するかも知れないが、その時はその時だ。

 僕が戦闘を始めたのを見て、二人も正気を取り戻したようだ。優実ちゃんが相棒の回復をして、慌てて各強化を掛け始める。プーちゃんも戦闘参加、彼女達も適性距離を保っての、銃の攻撃を開始する。

 改めて目にした敵は、機械タイプの砲台持ちモンスターだった。沙耶ちゃんが2撃で死にそうになる訳だ。これは後衛がタゲを取ると危険かも。

 前衛への攻撃も危険だが、一応ステップで避けられる通常技だ。


『沙耶ちゃん、アレ使って! 星人に貰ったお助けアイテム!』

『ああっ、オッケ~! この敵ひょっとして、NM? 凄く硬いけど?』

『そうだよ、でも下手に魔法でタゲ取らないで。絶対に砲弾での反撃があるから!』

『うっ、それは痛そうだなぁ……アイテム攻撃だと平気?』


 そう言うと、沙耶ちゃんはミッションで貰った星人の呼び鈴を使用。臨時召喚された味方は、軟体生物の大型タイプ。前線に陣取って、機械モンスターを殴り始める。

 一方の優実ちゃんは、銃では殆んどダメージが出ないのを知って、水の水晶球を使用。アイテムでの範囲攻撃に、思い切り怯むNMだったが。

 何故かその後方にもダメージ確認の数字が出て、これが伏兵を見付けたきっかけ。優実ちゃんは、持っていた水晶球を再度使用して、性格の割には容赦ない攻撃振り。

 お陰で伏兵の位置はばっちり判明。そいつを《ダークローズ》で捕獲に掛かるリン。


 そいつは円形で、放射状にパネルを開いた部品だった。エネルギー供給でもしてるのか、本体の砲台モンスターと太いチューブで繋がっている。

 そっちに気を取られている間に、本体がいきなりの特種範囲技を使用。太いビームが、前衛のみか後衛を巻き込んで、大ダメージを与えて来る。

 水晶球使用でちょろちょろしていた優実ちゃんは、その一撃で死にそうに。


『ひゃ~っ、怖いっ! リン君、早く何とかしてっ!』

『了解、後ろのパーツがちょっと不気味だけど。封印行くよっ!』


 僕はポケットの闇の秘酒を確認して、必殺の《連携》からの《封印》を敢行する。敵の攻撃が割り込んで、危うくタイミングを逃す所だったが。何とか成功し、敵は封印状態に。

 しかし不味いのは、後衛から魔法で削れない事。物理防御が高いのは分かっているが、魔法で削れば間違いなく反撃の砲弾返しが待っているだろう。

 封印状態は、精々が10分。解けた途端に敵のラッシュで窮地に立たされるのは御免被りたい所。僕はどこかで、魔法攻撃にシフトしないとジリ貧だと二人に説明。

 沙耶ちゃんがそれならと、素早く銃での通常攻撃に見切りをつけたようだ。自分が《貫通撃》からの《アイスランス》でタゲを取ると言い、それは確かに敵を怒らせるには充分だった。

 リン君はフリーになって、活路を見いだしてとのギルマスの言葉。


『今度は氷防御掛かってるもんね、しかも二重に! 破れるもんなら、破ってみなさいっ!』

『うわっ、敵のタゲ取っちゃった? 遠隔しか使わなくなった、今の内にパーツ部分壊しに行くね。コイツがひょっとして、防御か砲弾の要かも知れないっ』

『沙耶ちゃん、平気なのっ? 平気なら、私もリン君手伝うよ?』


 沙耶ちゃんは平気だと言いつつも、勇ましく攻撃を続けている。どうやら《氷の防御》と《アイスウォール》という2大防御魔法を《魔女の囁き》の威力拡大込みで張り巡らせているらしく。

 ちょっとした堅固な砲台である。どちらも個人防御としては威力は絶大で、《氷の防御》はキャラの鎧に、《アイスウォール》はキャラと敵の間の空間に発生させる魔法である。

 《アイスウォール》に関しては、最近覚えた氷属性の魔法らしい。僕が氷スキル+の装備を先週プレゼントして、それで確か習得したらしいのだが。

 それでまさか、こんな使い方を思いつくとは。


 つまりは、どちらかの魔法が許容オーバーで消滅した瞬間に、それを再度を掛け直すのだ。片方の防御が残っている内に。幸い沙耶ちゃんの防御魔法、攻撃に対して3~4撃は持つようだ。敵の遠隔の速度もあまり早くないので、今の所時間を稼げている。

 その内にと、僕は足止め魔法を掛けていたパーツ部分に殴り掛かっていた。そいつは何の反撃も示さず、さらに優実ちゃんの《バニッシュ》を浴びてHPを大きく失う。

 反撃はまだ無し、スキル技を連続で叩き込んで容赦なく追い込むが。終いには優実ちゃんの《レーザシャワー》の一撃で、大爆発を起こして消滅してしまった。

 巻き込まれた僕は、危うく《風神》を呼ぶ寸前。助っ人の星人とプーちゃんに至っては、死亡してしまった。


『わっ、ゴメンなさいっ、リン君っ! こんな派手に壊れるとはっ』

『いや、丁度よかった。このまま回復受けないで、攻撃力上げた状態でボスを削りに行くよ』

『あれっ、急に攻撃が……砲弾が来なくなったよっ!』


 驚いての報告の沙耶ちゃん。タゲは取ったままなので、機械モンスターは走り寄っての攻撃を彼女に仕掛けて来る。そのまま思いっきりぶん殴られ、一気にピンチに。

 そこからは時間との闘いだった。機械モンスターの性能は大きく減じていたのは確かだが、付属カッターでの殴りは逆に回転を増している様だった。

 それでも《九死一生》の補正スキルにまかせて、再度のタゲ交換で僕ががっちりキープを受け持つと。安全になった離れた場所から、女性陣の魔法の削りが。そのまま何とか押し切って、敵の撃沈する音を聞いた一行。

 その場に突如出現した巨大な塔に、しばし呆然。


『うわぁ……塔って、こんな感じで出現するんだぁ』

『わっ、登録どうするか聞いて来たっ? チームと個人って、どういう意味?』

『使用者が入るごとに、ハンターポイント貰えるからね。それを個人で貰うか、倒したチームで貰うかを決めるんだよ』


 沙耶ちゃんは、迷わずチームで分配を選択したようだ。激しい戦闘だったが、そのせいでパーティの武器の耐久度や薬品はすっからかん。強敵相手に、良く勝てたものだ。

 お陰で一度、主要な街に戻らないといけない破目に。星人の集落には、鍛冶場などは無いみたいだ。メフィベルまで戻って、補給し直さないと。

 大幅なタイムロスだが、そんな事も言ってられない。


 残念ながらこの日は、その後の時間にろくな戦果も残せず。どうやら緋鯉の群れは別のエリアに泳いで行ってしまったようだ。雑魚を2匹、なんとか追加出来たのみ。

 合計10Pに補正を+3して、餌代を引くと残ったのは11P。まさか塔持ちNMに絡まれるとは、運が良いのか悪いのか。判然としないが、経験値とハンターPは美味しかった。

 一人頭9ポイント、お陰でスキルが取得出来そう。


 最終日は、学校内の雰囲気からして荒れ模様だった。主要チームの活躍はあちこちから聞こえて来たが、どうにも社会人チームには及びそうも無いとの噂が流れ。

 せめて新エリアか初期エリアくらいは取ろうぜ的な、学生ギルドの意地とプライドが燃え上がっていて。その中でも生徒会長の率いるギルド『ヘブンズゲート』は、入賞有力候補の一つだった。

 少なくとも本人達の語り草では、そう聞こえて来た。


 もちろん迂闊にも、現在の獲得ポイントを喋った訳では無かったけれども。真鯉の2匹目を日曜日に倒したとの噂は、あながちウソでは無さそうである。

 少なく見積もっても30~40ポイントか。


「こっちは全部で27ポイント? う~ん、微妙だけど頑張れば追いつける?」

「追い越すわよっ、今日一日で! それでリン君、作戦はどうする?」


 どうしようも、昨日と同じく低コスト餌持ち戦法で行くしかない。人数がいれば、餌持ちとデコイでパーティを分けるなんて戦法も試して見れるのだが。

 はっきり言って27ポイントの内の12ポイントは、3人行動での補正ポイントに過ぎないのだ。善戦していると思ったら大間違い。獲得したポイントの半分は、お情けみたいなもの。

 駄目だ、初っ端から弱気になってる。


 その弱気が変に作用したのか、1日に一人1回貰える情報は遥か東の情報ばかり。新エリアでは西側のメフィベル近辺の情報は、3人掛かりでも全く拾えず。

 顔を見合わせる一同だが、昨日の余韻の残る星人エリアに行こうかとの提案に。墜ちた星船の景色も壮大な、星人エリアに再び舞い降りる一同。

 今日の囮役も、プーちゃんを従えた優実ちゃん。


 最初の意気込みはどこへやら。エリア徘徊している敵を迂回して、あっちをウロウロこっちをウロウロ。優実ちゃんの足は、うろつき回った末に昨日出現した塔へ。

 それを何度繰り返しただろうか。1時間が経過して、倒した敵はまさかの坊主、つまりは0。一昨日からのフィーバーはどこへ行ったと、ちょっと呆然としてしまう一行。

 どうやら魚影は、ここを通過しない事に決めたようだ。


「えへへ、この塔の持ち主は私たちだよ~♪ 誰か入って行かないかな~?」

「いや、今はそれどころじゃ無いでしょ、優実! 今日で終わりなんだよ、限定イベント!」

「う~ん、今更だけど場所を変えてみる? やっぱりこのイベント、情報を無視したら駄目かも」


 今更そんな事を言っても仕方が無いのだけど。優実ちゃんが楽しそうに、塔の周りをぐるぐると回り始める。確かに彼女だけは、このイベントは賭けとは無関係のノーリスク。

 しかしその2周目で、突然彼女の身に異変が。


 突然撃たれたのは、まるで昨日の再現。沙耶ちゃんが優実ちゃんに代わっただけ、遠隔の攻撃には違いないのだが。遠過ぎて先に反応出来なかったプーちゃんは、怒涛のタゲ取りに向かう。

 デジャブなのは敵の名前表示も同じく。何と塔持ちNMで、姿は甲冑の鎧武者である。火縄銃のような物を手に持っていたが、今は日本刀でプーちゃんに対峙している。

 見事な甲冑だが中身はゾンビ顔の敵は、結構強かった。僕たちもすぐに駆けつけて、苦戦しつつも倒し切る。それと同時に、隣の塔に寄り添うように白亜の塔が出現。

 その塔のてっぺんには、馴染みの鯉のぼりが元気に泳いでいる。


「あれっ……これって何の塔、鯉のぼりがてっぺんに見えるけど?」

「7ポイント入ったって事は、今の敵は……イベントに関連したNM?」

「へえええっ、そんなのいるんだぁ、知らなかった!」


 それはそうだ、僕も知らなかったし、滅多に出逢えないからNMなのだ。そんなのに巡り合えたのは感激だが、7ポイントってのはちょっとショボ過ぎないだろうか。

 そう考えて、目の前にあるモノを見て考え直した。入り口を見ると、タイムカウンターが29分を示している。今も下がり続けていて、つまりは時限式のタイムボーナスステージ!

 想像だが、この中に鯉のぼりがわんさかいるに違いない。そう説明すると、二人のテンションも急上昇。早速入るぞと、ギルマスの言葉も勇ましく。

 入った先で見たのは、生簀のような円形の敷地で泳ぐ魚の群れ。


 どうやらわんさかと言う表現は、期待のし過ぎだったよう。雑魚が3匹、緋鯉が1匹しかおらず、上へ登る階段が端に見えるくらい。上にもいるのを期待して、戦闘開始。

 1匹だけリンクして、戦闘中にそいつは上の層に逃げてしまった。残り時間は20分程度、6ポイント追加して、上の層に移動するパーティ。

 第2層も、雑魚と緋鯉のセットのみだった。大物がいない事に、ちょっと不満そうな沙耶ちゃんだったけど。確かに真鯉クラスを倒さないと、委員長のギルドには追い付けないかも。

 試しに第3層を覗いてみると、真鯉と虹色の鯉のぼりが悠然と泳いでいた。


「ああ、これは何て名前だっけ? 確かに、鯉のぼりチームに所属してたよねぇ」

「所属……名前は思い出せないけど、何だか大物っぽいね。虹色ってのが嫌だな、色んな属性の魔法を使って来そうだ」

「残り時間からして、下を全滅させたらこっちの相手は無理かな? どっちがたくさんポイント稼げるかな、リン君?」

 

 確かに、残り時間を考えると僕らの人数では、全ての敵を全滅させるのは無理っぽい。真鯉の相手で、下手にワープ魔法を喰らってもそこで終わりだし。

 かと言って、戦力の分からない虹色を相手取るのも不安ではある。不確定な敵を相手して、手間取って時間切れの憂き目に会うのもバカらしい。

 迷う時間も惜しいので、取り敢えず2層の緋鯉を退治する事に。その後勢いで雑魚も2匹相手して、ポイントは得たが残り時間は10分余り。

 こうなれば、残り時間で全力でどちらか倒すまでだ。

 

「沙耶ちゃん、リンクしたら1匹マラソンして。ひょっとしたら、下の層に逃げてくれるかも知れない。真鯉は放っておいて、虹色の方を倒そう」

「ポイント高そうだもんね、了解。ワープ魔法はどうする?」

「サイレンスが掛かれば問題ないけど。そうだ、ペットで釣ってみるのは?」


 それが良いと、作戦も決定。最近ちょっとだけ勇ましくなった雪之丈が、真鯉のタゲをとって、すぐに沙耶ちゃんの方に逃げて来る。《指令》のスキルは、こういう時便利。

 ところが上手くマラソンパターンに持ち込んだ筈の沙耶ちゃん。雪之丈のピンチを見兼ね、自分がタゲを取ってしまった。僕と優実ちゃんは、既に虹色鯉に取り付いてしまっている。

 魔法が怖いので、強化を掛けて突進した僕が真っ先に行ったのは、虹色鯉にサイレンスの魔法掛け。しかしあえなくレジストされ、さすがの大物振り。

 それでも、通常攻撃は結構なダメージを叩き出す。どうやら防御力はあまり高くないようだ。特殊技を封じようか考えていたら、早速喰らってしまった。

 虹色の波が襲い掛かって来て、どうやらリンの属性耐性が大幅ダウンしてしまった様子。防御力にも作用しているらしく、これはこれでピンチである。

 悩んでいる暇も無く、僕は《封印》を発動。しかしコイツの性能は僕の予想を上回っていた。


 属性魔法が次々に詠唱されて、それは強化だったり回復や支援魔法だったり。優実ちゃんが幸い、敵の強化を解除する《分離光》という魔法を持ってたので、事無きを得るが。

 一方の沙耶ちゃんは、とうとう真鯉の魔法攻撃に掴まっていた。《闇の刺針》で進行を阻まれそうになったり、《グラビティ》で鈍い状態にさせられたり。

 覚悟を決めた沙耶ちゃんが、氷魔法の《アイスランス》で反撃。反撃の反撃は、一番気をつけなければと打ち合わせしていた《ブラックホール》だった。

 パーティリーダーが飛ばされたら、僕らが敵を倒しても、ひょっとしてポイント加算されない事態となる恐れが。その時点で、この塔のボス級と戦う意味も無くなってしまうけど。

 思う間もなく、真鯉の闇魔法は発動。


 その時、雪之丈が何らかのアクションを起こした。昨日のNM戦で貰ったハンターPで、実は新しいスキルを覚えていた二人。沙耶ちゃんは《危険交換》で、優実ちゃんは《召喚時間短縮》というスキルを取得したと言う話だったけど。

 優実ちゃんの《召喚時間短縮》とは、その名の通りのスキルみたいで。30分の再召喚時間が、その半分に短縮されるようだけど。補正スロットを塞ぐ価値があるかどうかは微妙。

 沙耶ちゃんの《危険交換》とは、主人の危険をペットが身代わりになってくれると言う、何とも献身的な技らしく。実際に遠くへ飛ばされる予定の沙耶ちゃんは、ケロリとした表情。

 雪之丈だけ行方不明、彼も本望だっただろう。


 真鯉にしても、してやったぜと言う顔付きで宙を浮遊して。そのまま悠然とした動きで、地下へと去って行ってしまった。沙耶ちゃんは雪之丈を想い、しばし上を向き。

 それから虹色鯉を倒すのに参加、銃と魔法で畳み掛けて行く。


 結果的に、それが勢いを運び込んだには違いない。僕らは一丸となってこの塔のボスに挑みかかって行った。魔法の反撃は熾烈だったが、何とか皆で乗り切って。

 結果的にタイムアップ前に見事倒し切る事に成功。見事15ポイントを取得して、しかも宝箱まで出現。何かと思っていたら、優実ちゃんが勝手に開けて中身が分かった。

 この敵は、何とハンターP持ちだったらしい。限定イベントにしては異例だが、経験値とミッションPも入って来る。そしてこの宝箱が罠だと言う事も。

 そう、イベント終了までまだ少し時間はあったのだが、僕らの活動はここで終了。


 僕らはがっちり捕獲魔法に掴まって、塔が消滅しても移動が出来ない状態のまま。転移手段も使えずに、周囲に敵が近寄って来ても何も出来ず。何度か死にそうな目に合いながら、ようやく解放されたのはまさに30分後。

 優実ちゃんは、自分の引き寄せた結果にはさほど後悔はしていない様子だったけど。見世物みたいに檻に閉じ込められた現状は、あまり歓迎していない様子。

 何しろ、自分達が頑張って所有した塔の真ん前である。強いNMを倒したギルドのメンバーが、まさかの見世物状態なのはいかがなものか。





 ――こうして僕らの限定イベントは、笑い者状態一歩手前で終わりを迎えたのだった。




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