1章♯05 始動の噂
はい、未だにこの小説の肝だと明言した『100年クエスト』と『対人戦』の、影も形も出て来ませんけど(笑)。凛君と一緒に冒険するパートナーを、あまりに低レベルに設定してしまったせいで、彼女たちのパワーアップが先になってしまっている現状です。
まぁ、もともとロング掲載を目論んでの筋書きだったのもあって。1章自体が、話のとっかかりの章って感じに仕上がっているかもです。
そのつもりで、長い目でお楽しみください^^
この次の次あたりから、物語は大きなうねりへと突入して行く予定です。ゲームの世界観とか設定とか、まだまだ分かり難い部分もあるかもですが。説明口調は多分退屈だろうと見越して、その都度に説明して行く形をとってます。
そんな感じで曖昧な部分もあるかと思いますが、なるべく読みやすさを優先しての形を目指してます。もっとも、前提に『街中がネットファイター(完全版)』の存在を含んでますが。あっちの小説、掲載が終わって閲覧数もしぼんで行くのかと思ってましたが。
何故だか以前より閲覧者が多くて、こっちより元気(笑)!
向こうはもうすぐ、閲覧数1万5千人突破の勢いです。こっちも負けないよう頑張りますので、応援よろしくお願いします^^
僕的には充実した連休だったが、学校が始まってからの方が、突飛な出来事は続いて訪れていた気がする。例えば、週始めの柴崎君の挨拶代わりの情報交換。
つまりはジュンジュ、自称僕のライバルが毎度の朝の時間を狙って。100年クエストの経過は順調かと、偵察混じりに声を掛けて来たのだ。
連休中の僕は、沙耶ちゃん達とレベル上げしかしていなかったのだが。正直に言うのもアレなので、取り敢えず順調だと返答する事に。彼女達のレベルアップとギルドの結成は、前向きにみたら足掛かりの一歩とも取れるだろうし。
彼は少し戸惑って、例えばどんな? と直接情報を欲しがった。僕ははぐらかそうかとも考えたが、正直に神薙さんと岸谷さんと僕とで100年クエスト用のギルドを結成したと報告。
これも微妙に違うけど、一々説明する義理も無いだろう。
「ほぅ、それは……君の手腕を疑うわけではないが、仲間がその二人だけではいささか人手不足なんじゃないのかい? いや、確かに神薙さんは、積極的に人のやりたがらない委員会を引き受けたり、性格の良い娘には違いないが……」
「へぇ、そうなんだ。僕はクラス一緒になった事が無かったから、よく知らなくて。それじゃあ、岸谷さんはどんな娘だったの……?」
その話を振った途端に、柴崎君の顔がちょっと赤くなった。僕はおやっと思ったが、それは追求せず知らん顔を通す事に。どうやら女性の好みは一緒らしいが、彼女の可愛さならファンの一人や十人位いて当然かも。
柴崎君は、岸谷さんの事も一通り褒めた後、そんな事よりと強引に話題を変えた。と言うより、戻した感じだろうか。つまりは100年クエストの情報について。
あまりの情報の少なさに、少し焦っているのかも知れないが。僕の知っている事も高が知れていて、そしてロックスターの事は知られたくないという裏事情が。
渋い顔をすると、彼は当り障りの無い情報を交換しようと言って来た。
「例えばそうだな……新エリアの中央塔地区の、ギャンブル場に最近行ったことはあるかな? 景品に堂々と、バージョンアップで追加された景品があってね。名前は『100年ダンジョン招待状』と言うらしい」
「へぇ、それは知らなかったな。ってか、モロ過ぎる気もするけど。それじゃあ、僕の方からも……合成の師匠と共同経営で、僕はキャラバンを1つ持ってるんだけど。尽藻エリアのあるルートで、見た事の無い蛮族にキャラバンが襲われたって言うクエが発生して。それがどうも、100年クエ関連らしいよ?」
「ほぅ、それは……なる程、共同経営でも受けれるクエストならば……。おやっ、君のその師匠は、100年クエストには参加しないのかい?」
「そうだね、一度解いたらお終いってクエストには、師匠はあまり興味はないかも。最近は合成とか、古い知り合いの手伝い以外ではインしない人だから」
妻子持ちで、今は家庭も大変だからと僕が付け足すと。彼は深く頷いて、追加で人員は増やさないのかと訊いて来る。ギルマスは神薙さんだからと、僕は肩を竦める素振り。
それだけで全てが通じたのだろう、彼はお互い頑張ろうと去って行った。
その話を、僕は昼休みに昼食を食べながら、彼女達に報告したのだけど。その話題は女性陣二人を微妙な表情にして、僕はちょっと不安になった。
せっかくまた昼食に誘って貰ったのに、不快にさせてしまったのかと思ったのだが。理由は単純で、それぞれの柴崎君の評価にあったようだ。
沙耶ちゃんは、彼が氷属性キャラでしかも♀キャラを選択していて、丸っきり自分と被っている事に腹を立てているらしかった。男なら♂キャラを選べと、やたら憤慨している。
優実ちゃんは、ネットで一時期彼のギルドへと何度も誘われた経歴があるらしく。それがうっとおしかったと、やたらと素直なお言葉を述べている。
彼の想いは一方通行かも。同じ♂として、ちょっと同情してしまう。
「でも、ギルド作った事は堂々と言いふらした方がいいかもねぇ、沙耶ちゃん? これでもう、色んな方向からナンパとかされなくなるよっ!」
「あぁ、それはそうね! リン君も、自称ライバルには挑戦状を送ったんでしょ? よしっ、それでこそ男だっ! アイツのギルドには負けたくないなぁ……」
「柴崎君も、何か噂で聞いてたらしいけど。僕らが一緒に遊んでたって……早いよねぇ、そういう噂が伝わるのって」
それだけ彼女達が有名人だと言う証かも知れないが。僕にとっては、ギルド結成の噂が広まるのは、なる程大歓迎である。少なくとも、変な方向に歪んだ噂よりはね。
彼女達も、それには概ね了承の様子だ。ギルドが有名になれば、新しく入ってもいいよと名乗り出る冒険者も出て来るかも知れないし。
けれども優実ちゃんは、しばらくはのんびり三人で遊びたいねと呑気なもの言い。
「それは……そうだね、私も同意見かな? もうちょっと、私達の冒険者レベルが威張れる位に上がるまでは。リン君とも、もう少し仲良くなりたいしね?」
「そうだよねぇ、でも環奈ちゃんやメルちゃんみたいな飛び入りなら大歓迎かな? どうしたのリン君、急に動きが止まって?」
「い、いや何でもないよ……またメルと遊んでやってね、二人とも。もう少し成長してから、ミッション3と4やろうか? 前のミッションは、どうやって攻略したの、二人とも?」
沙耶ちゃんのあっけらかんとした発言に、僕は思わず動揺してしまった。何とか悟られずに質問で返すと、ジョブを取得する為に止む無く環奈ちゃんのギルドに手伝って貰ったらしく。
沙耶ちゃんの無念そうな言葉が、渡り廊下の端っこの広場に響く。屋上の人気は凄まじく、昼食を落ち着いて食べれる場所は案外限られていて。
僕のお気に入りの場所を、優実ちゃんが指定した結果だった。この前二人で食べた場所で、景色はあまり良くないが人通りが無く、とにかく静かである。
沙耶ちゃんも気に入って、まずは一安心。
メルとのパーティプレイもそうだが、一応連休の成果も話しておいた方が良いだろうか。メルとは土日の夜に一緒に遊んで、ネットの中でも親交を深めた両者達だったのだが。
環奈ちゃんも加わって5人だと、遊べる選択肢も一気に増えて来る訳で。塔で入手した水の呼び水でNM戦を楽しんだり、普通にレベル上げをしたりと遊び倒した結果。
二人のレベルは80台に到達。ハンターPの総獲得数も16Pとなり、念願の初召喚ジョブスキルも取得となった。本当にめでたいが、ここでも大きな分岐が。
沙耶ちゃんの初スキルは《指令》と言う名前で、その名の通りにペットに突撃や撤退を命令出来る技能らしい。専用アイコンも設置されたらしく、大はしゃぎである。
一方の優実ちゃんは《自己探索》と言う、よく分からないスキルである。これも《指令》と同じく補正スキルのようで、セットしたら勝手に発動するらしいのだが。
敵や仕掛けられた罠や怪しいモノを見つけたら、主人を守るように勝手に行動するらしい。要するに、忠実な番犬に成長した感じだろうか?
本当に謎で、どちらを取ると訊かれたら、僕は迷わず《指令》を取るだろう。
ちなみに僕のレベルは129までしか上がらなかった。キャラの成長は、レベル100を超えると、極端に緩慢になるのだ。経験値がたくさん必要になる割には、利点は減ってしまうが。
レベル上昇で、スキルポイントは、ちゃんと2ほど振り込み用に貰えるのだが。ステータス用の補正ポイントは、今までの2に対して1しか貰えなくなる。
ステータス自体の上昇もほとんど無くなり、お陰でHPやMPの上昇もほんの僅かだ。そのせいで、100を過ぎたレベル50差程度なら一緒に活動していても、それ程違和感は無い。
後衛だと特にそうで、だからメルでも僕らとNM退治に赴けるのだ。
それでもやっぱり、練り込まれた199レベルのカンストキャラは特別な存在である。僕も一緒に行動していて、それは何度も肌に感じてしまう。
特に底力とでも言うのだろうか。まず持っているスキル技の数が違う。スロットの上限数も多いので、場面によって使い分けれる技の種類も、当然多い。
スロットとは、スキル技のセットをする枠の事だ。低レベルだと5つくらいで、これは補正スキルも同様だ。補正スキルとは、瞬発力のある攻撃技と違い、《攻撃力アップ》とか《魔法耐性アップ》などの常時発動する特技の事。付けているだけで発動するので便利だが、これも最初は5つくらいが上限。
これがレベルが上がると、次第に枠が増えて行く。199キャラだと、10以上に増えるらしい。当然それだけ有利であるし、強さを発揮出来る訳だ。
僕のレベルだと、7つがやっとだ。セットし直しなど、とにかく面倒もある。
尽藻エリアなどでミッションPを貯めて、それで交換出来る『宝具』の中には、スロット数を大幅に増やす事が可能な防具も存在するのだけど。
他にもスキルの限界を突破したり、カンストキャラには垂涎モノの装備が目白押しだ。スキルの上限もバージョンアップによって変化したが、今の上限は299。
つまりは、同一武器のスキル技や同一系の魔法は、29個までしか覚えれない訳だ。
さて、29個もあれば問題ないと、誰もが思うだろうけれど。何しろスロット数が、猛者達でも10~14しかセット出来ないのだから。攻撃技と補正スキル、均等に出ても15ずつで余る程だ。ジョブからのスキル取得も、同じスロットにセットする事になるので、大抵のキャラはスキルを持て余しているのが実情だ。
ところがスキル取得のランダム性が、それに待ったを掛ける。師匠たち編集プレーヤーが独自に調査を行った結果、同一系統の武器や魔法技は、どう見積もっても40近く存在するらしい。
要するに、10個位の技がどう頑張っても覚えられず、その中にはレアな特殊技が埋もれている可能性もある訳だ。戦況を一気にひっくり返す大技とか、誰も見た事の無い補正スキルとか。
そんなのを取得出来るキャラは、余程運が良い。しかし、実在するのだ。
実在するからには欲しい人も出て来る。埋もれたレア技を取得しようと思ったら、還元の札で再取得の博打に出るか、宝具の性能でスキル技の上限を伸ばすしかない訳だ。
レベル199キャラでも、一定の経験値取得で振込みスキルPは貰えるらしい。猛者も頑張り次第で、さらに高みに到達が可能だという事になる。
僕たちからしてみれば、まさに雲の上の出来事なんだけどね。
「くっそうっ、手伝った恩を返せって私のお気に入りの洋服とスカート、環奈に持ってかれたのよっ! あいつったら、ちっとも容赦しないんだからっ!」
「まぁまぁ、そのお陰で私は召喚ペット、獲得出来たんだから……沙耶ちゃんはずっと放置だったから、あんまり感謝とか無いかもだけど」
「こ、今回は僕も手伝うし、メルも喜んで協力してくれると思うよ? 新エリアは初期エリアよりはずっと狭いけど、ほとんどが癖のあるマップとか敵ばかりだから。廻って見るだけで面白いかも……そうそう、銃の入手出来る遺跡も多いよ?」
おおっと二人が歓声を上げて、勝手に想像や感想を述べ始める。今では常に2丁持ち歩いているとは言え、やっぱり耐久度の高い銃に憧れがあるようだ。
もっとも、新エリアは敵のレベルも高く、初期エリア以上にうろつき回るのは危険な区域。僕でさえ、ソロでの行動では用心して緊急脱出用の備えは欠かさない。
そんな話をしていると、優実ちゃんがモジモジと何か言いたそうに。
「どうしたのよ、優実。ひょっとしてアンタ……毎回のおねだりする気じゃないでしょうねっ?」
「ええっと、別にそういうのとは違うんだけどぉ……私もね、銃を使うキャラになりたいかなぁ?」
「ああっ、今でもプーちゃん突撃用に、弓で敵を攻撃してるもんね。攻撃力も増えるし、いいんじゃないかな? 弾丸は僕が合成で、優実ちゃんの分も作ってあげれるし」
それを聞いて喜ぶ優実ちゃんと、何故か釈然としない様子の沙耶ちゃん。事情を説明すると、ペットは主人が殴られるか、主人が殴ったり攻撃を仕掛けた相手しか敵として認識しないので。
毎回魔法でMP使用は、コスト的に大変な優実ちゃん。弱い攻撃力だが、タゲ指定用に弓矢を毎回持ち歩いていたのだ。それで攻撃すれば、プーちゃんも突っ込んで行けるって寸法だ。
遠隔は魔法と同じで、絶対必中なので便利なのだ。
「別にそれはいいけどさ、同じパーティで武器が偏るのはどうなの? 私たち、ジョブも召喚で一緒なんだしさぁ」
「ああ、確かにそうだねぇ。新しい銃が出るたびに取り合いになるかもしれないし、どうだろ?」
「いいじゃん、その時は譲るからっ! だいたい、召喚付けたのは私が先だよっ!」
ほとんど半泣きの駄々っ子状態で、優実ちゃんが必死の説得。僕などは真っ先に同情心が湧いて、彼女の説得に折れてしまいそうになるのだが。
沙耶ちゃんはどうやら、このパターンは慣れている様子。散々と自分に有利な条件を付け足して、ようやくオーケーのサインを出すに至ったようだ。
今度こそ大喜びの優実ちゃん、実は自分用の銃は既に買ってあったらしい。
ちゃっかりしている。さらに再び貯め込んだスキルポイントが、20以上あるとの事で。どうやら彼女は、そういう一気上げが好みのようである。
本当は、スキルが上がればダメージも増えるので、貯め込むのは不利なんだけど。そこまで細かく指示を出すのもアレなので、そこら辺はノータッチにしている。
有利不利ばかり突き詰めるのも逆につまらないし、たまに有利に働く事もあるしね。例えば『複合技の書』を入手した時とかがそうだろうか。
これは冒険をしているとたまに宝箱やNMドロップなどから入手出来る、超レアなお宝である。僕も持っていて、その威力は一度使うともうスロットから外せない程。
僕の技では、短剣と風の複合技の《竜巻旋風斬》がそれである。短剣スキルだけでは使用不可で、風スキルも20ほど必要になって来る。
片手棍と光の複合技の《ヘキサストライク》の時は、かなりの出費だった。光スキルを全く伸ばしていなかったので、仕方なく光の宝珠を2個も買って光スキルを伸ばしたのだ。
こんな時には、スキルポイントの貯蓄は有利だと思う次第。
まぁ、そんな具合で優実ちゃんの成長方針も、ミーハーな動機からだが決定した訳だ。パーティ的にも、逆に攻撃参加の人数が増えて有り難いかも知れない。
最初から、過度に期待するのはアレとしてもだが。
そんな感じで指針を固めつつ、優実ちゃんの銃デビューや塔での試練をクリアして行き。ギルド『ミリオンシーカー』はちょっとずつではあるが、順調に場数をこなして成長して行った。
そう、ネットの中が順調なのは、ひょっとしてリアルでの波乱を予見していたのかも。僕にはどうしてもそう思えて、しかしこの突飛な出来事も、元を正せばギルド結成に原因があったのだ。
そう思いたいが、全てはギルドのせいとは言い切れないかも。
その週の水曜日の昼休み、僕は毎度の如く購買部にパンを買いに赴いていた。毎回混むのは承知なので、足早に廊下を歩いていると。
不意に声を掛けられて、僕は驚き足を止めて振り返った。沙耶ちゃん達を待たせてあるので、タイムロスはあまり歓迎出来ないのだが。声の主は上級生で、僕も知っている顔。
上級生で知っていると言う事は、つまりは有名人である。確か生徒会の役員さんで、全校集会で話しているのを見た覚えが。生徒会長だったか、大柄で美人な女性である。
そういう点では、沙耶ちゃんと似ているかも知れない。ショートカットで玲瓏な美人だが、冷たい印象の点は大いに違う。胸元のサイズも大きくて、とにかく人目を引く容姿。
立ち止まった僕に、彼女はついて来るようにとの指示。
何の用事だろうと、内心では訝りながらも。生徒会長にそう言われれば、従わない訳にも行かない。仕方なく、昼食もまだなのにと思いつつ後に続く僕。
目的地はやはり、2階上がった生徒会室だった。入るのはもちろん初めて、緊張しながら入室すると。中には三人の人影、小柄な眼鏡っ娘と神経質そうな男子生徒の姿が。
それから、生徒会長の椎名さん。そう、確かそんな名前だった。
「初めまして、池津凛君。私は生徒会長の椎名玲子、こっちは副会長の相部と会計の菊永羽多。呼ばれた理由は分かる、池津君?」
「え、ええと……僕、何かしましたっけ? 自転車通学が、ひょっとして問題になってるとか?」
「隣街から通ってるんだってねぇ? 他地区からの編入って、かなり難しいんでしょ? 私達の学年には、高校からの編入者すら二人しかいないしねぇ?」
可愛い容姿の眼鏡の女性が、気さくな感じでそう話し掛けて来た。制服がやけに似合っていて、テレビで良く見かけるアイドルのような雰囲気がある。
優実ちゃんほど可憐ではないが、その分妖しい魅力があるようだ。髪型なども物凄く凝っていて、自分の容姿に自信を持っているタイプだろう。
生徒会長から紹介された名前は、菊永さん。しかし、あまり知り合いたくないタイプかも。
もう一人の男性は、一人で黙々と弁当を食べていた。相部さんと言う名前らしく、僕も何度か集会で見た事がある。とは言っても、生徒会長の椎名さんの影で、あまり目立ってない気も。
優秀なのは確かなのだろうが、生徒会長より身長も存在感も足りない感じ。本人もそれは承知しているのか、全てを受け入れている観念感は凄いかも。
この場の空気と化していて、携わる気は無いようだが。
「そう、優秀なのは伝え聞いてるけど、外からの編入者ってのはどうかしらね? ファンスカでもそうだけど、自分達のテリトリーを荒らされるのって好きじゃないのよ。無意味な競争を生むし、こちらのルールを知らない無法振りばかりが目立つし」
「だいたい、何でそんな容姿なの? 何だかお姫様を攫って行く、昔のゲームの魔王みたい」
「それは本人にはどうしようも無い事だろ、羽多。お前はいつも、一言多い」
初めて口を開いた相部さんが、菊永さんのさすがに無茶な物言いを諭す素振り。菊永さんはムッとした様子だが、それ以上は何も口にせず。
代わりに生徒会長の椎名さんが、僕に席を進めてくれた。簡素な折り畳み机の上には、何故か温められたコンビニの弁当も置かれてある。
どうやら僕のために用意されたようだが、未だに何の目的かが掴めない。不審に思って戸惑っていたが、椎名さんは焦れたように強引に僕を席に押し入れてしまった。
僕は予定があるので、帰らせてくれと言葉を発するのだが。
「知ってるわよ、沙耶達とお昼食べてるんでしょ、いつも。あの娘とギルドを作ったそうじゃない? 全く、あなたの噂が広まってちょっと様子を見ようかと思ってたら。素早く横から掻っ攫って行きやがって!」
「羽多、アンタはいつも言葉が過激だって言ってるでしょ! つまり、あなたの存在はリアルでもネット内でも、ここ最近とても刺激的な存在なのよ。そうねぇ……昔の中学や高校の校風、あなたはどんなだったか知ってるかしら?」
僕はもちろん、知らないと答えた。彼女は僕の前の机の上に腰を下ろし、肉感のある太ももを手の届く距離で組んでみせた。相部さんの眼鏡が、きらりと輝きを発し。
椎名さんは僕を見下ろしながら、自分のペースで語り続ける。
「昔はね、もっと大らかだったのよ。進学校と言うよりユニークな教育で、頭の柔軟な考え方の生徒を、小中高9年掛けて育成する感じかしら? それが近年は、ユニークから優秀な者を作る、工場みたいになっちゃって。卒業生があらゆる分野で活躍するに至って、ブランド感が出て来たせいかもね。そんな中に、あなたみたいな益々競争を生む他地区からの編入生が」
目をつけるのも分かるでしょと言いたげな、彼女の言葉。分からないでもないが、僕にどうしろと言うのだろうか? まさか、学校を辞めろなどとは言い出さないだろうけど。
菊永さんも生徒会長も、沙耶ちゃん達の事を知っている感があるのも気になるが。
「それで、僕にどうしろと? 学校を辞める訳にも行かないし、試験で手を抜くのもどうかと」
「やぁねぇ、そんな事言ってないわよ! どっちにしろ、今の話はあなたに目をつけた理由を喋っただけ。本題はここからよ」
「そうね……あなたが沙耶と接触したのも、この際ナイスタイミングだわ。あっちを辞めて、私達のギルドに入らない、池津君? いえ、先月のハンターランク3位の、脅威の新人さん。ゲーム内では、確か封印の疾風のリンと呼ばれているのだったかしら?」
ちなみに、ギルマスは自分でプレイ歴は4年以上。ここにいる二人もメンバーだと、椎名生徒会長は余裕の笑み。向こうは素人、組んでいても何も足しにはならないだろうとの推測は、まぁ半分は当たっているけど。
こちらは全員4~5年選手で、ギルド人数も10人以上と多い。何をやるにも向こうよりは、断然有利に違いないだろう。一々もっともな言葉だが、僕は全く心を動かされなかった。
それはそうだろう。損得以前に、僕は彼女達の心に動かされたのだから。
ところが、僕が断りの返事を口にする前に。ガラリと大きな音を立てて、生徒会室の扉が派手に開いた。そこに立っていたのは、全身から勇ましいオーラを発している沙耶ちゃん。
驚き顔は、椎名さん達の方が上だっただろうか。そう思っている間に、僕のすぐ側で派手な取っ組み合いが始まっていた。女の子同士が喧嘩する姿を初めて見た僕は、掛ける言葉もなく。
机にひっくり返った生徒会長のスカートが、派手に捲れ上がってとんでも無い事に。圧し掛かるように有利なポジションの沙耶ちゃんは、さらに大声で畳み掛ける。
しかも戦略的に素晴らしい、生徒会長の耳元に陣取って。
「リン君を苛めてんじゃないわよっ、この性悪女っ!」
「バカ沙耶っ、年上を敬いなさいよっ!」
沙耶ちゃんの髪の毛を引っ掴んで、菊永さんも罵り声をあげながら参戦。椎名生徒会長はそれ所ではなく、机の上で鼓膜を押さえてダウンしている。相部さんも移動する素振りを見せたが、どうやら椎名さんのスカートの中を見やすい位置をキープしただけのよう。
金切り声の響く中、僕の肩を突付く感触が。振り返ると、そこには優実ちゃんがいた。今の内に逃げようと言う事らしく、それには大賛成だ。
そそくさと生徒会室をあとにして、ようやく一息付く。
「リン君が来るのが遅いから、どうしたのかと思って聞き込みしたらさ。生徒会長に連れ去られたって話だったんで、慌てて助けに来たの……ピンクだったね?」
「えっ、うん……いや、ありがとう」
沙耶ちゃんの無事も気になるが、あまり覗くと生徒会長のピンク色の下着を見ていると思われそうで。躊躇している間にも、室内は静寂を取り戻した模様。
待つほども無く、沙耶ちゃんが手を払いながら出て来た。髪のセットは乱れていたが、幸いどこにも怪我は無い様子。僕と優実ちゃんはホッとして、彼女を迎える素振り。
部屋の中は、怖くてどうしても覗けない二人。
「さっ、早く昼ご飯食べよ? 昼休みが終わっちゃう」
その沙耶ちゃんの一言で、一連の騒動は終焉を迎えたのだった。
と、思ったのは甘かった。放課後三人でいる所を彼女達に捕まって、再び険悪なムード。あのあと僕は、彼女達の複雑とも言えない関係を、本人の口から聞いたのだけど。
要するに、小さい頃からの幼馴染でライバル関係らしい。これでもかなり、婉曲的な表現みたいだけど。二人とも容姿端麗で目立つ事が嫌いではなく、それ故によくカチ合う事があるらしく。
その度に、言い合いから掴み合いの喧嘩に発展する事が何度か……ってか度々。沙耶ちゃんは、ほぼ負け無しだと威張っていたが、正直褒められる事でもないと思う。
そう僕が言うと、ちょっとしゅんとなってしまう沙耶ちゃん。何となく可愛く感じられて、そんな事はまぁどうでも良いのだが。優実ちゃんも、本当はそんなに仲も悪くないと請け合う。
小学校の頃は、一緒に学校の委員会の運営や習いもの教室に通っていたらしい。
「馬が合うって言うか、性格もちょっと似ているのかねぇ? 好きになる物も一緒だから、よく取り合いの喧嘩になっちゃうんだよ」
「あっちが一方的に、私の物に手を出すんだよっ! 生まれながらの泥棒猫だよ、アイツは!」
僕はモノですかと、危うく口に出そうになったけど。生徒会室での遣り取りを正直に話すと、やっぱり再びヒートアップしてしまった沙耶ちゃん。
優実ちゃんは、僕を信じてあげなきゃと、熱くなった彼女を何とか宥めに掛かる。僕もギルドを辞める気は無いからと、彼女達を何とか安心させて。
――そんな訳で、回想お終い。
「何の用よ、玲に羽多っ! 月夜の無い晩は気をつけろって言いに来たのっ?」
「それを言うなら、月の無い夜道でしょ、バカ沙耶。そんな後ろ向きな事を言いに来た訳じゃ無いわよっ。賭けをしない、沙耶? 今度の期間限定イベントで。アンタもようやく、ギルド持ったんだし、良い機会じゃない?」
「えっと、次のイベントは……いつだっけ?」
「相変わらずトロいわね、優実。5月18日の木曜スタート、今回は5日間限定らしいわね。初期エリアと新エリアと尽藻エリアで、どうやら報酬が違うらしいから。新エリアで1つでも上位を取れた方の勝ちでいいかしらっ?」
どうやら腕力では敵わないと知った二人。それでも勢いのある言葉で、こちらを追い詰めて行く姿はさすがと言うべきか。勝負と聞いて、沙耶ちゃんは無論ヒートアップ。
優実ちゃんをからかうような菊永さんの言葉に、沙耶ちゃんが一歩踏み出す。明らかに慄いた感じで、上級生二人が互いに抱きついて盾にし合っていたり。
それでもそこに留まっているのは、やはり上級生の意地か。
「それで何を賭けるっていうのっ! こっちも暇じゃないんだから、さっさと言いなさいよっ!」
「もちろん、そこの池津君……」
「却下!」
稲妻の速さで申し出を断られ、生徒会長は二の句も継げない表情に。それから先は、微妙な遣り取りの応酬に。急にスケールダウンして、賭けるモノは術書とかNMトリガーに決定。
一応納得がいったのか、そっちが負けたら土下座して謝りなさいよと捨て台詞を残し。少々大人気ない上級生は、その場を去って行ったのだったが。
何か引っ掛かるような気がして、僕は考え込んでしまった。私達も帰ろうとの彼女達の誘いに、僕はあっと思い至って立ち止まったまま愕然とする。
向こうの条件は、新エリアでの戦いではなかったか?
「新エリア……二人は行けないのに挑戦受けちゃった?」
「あっ! ……言われてみればそんな気も?」
「沙耶ちゃんはねぇ、やっぱりねぇ……どっか抜けてるよ?」
一連の騒動は日にちを変えて、まだまだ続いたようだ。次の日には、柴崎君が上級生とのギルド間の抗争を聞きつけて、自分のギルドも戦いを挑むと通達して来た。
立ち眩みとは、座ったままでも起きる事を僕は体感した。あるいはこれは、ただの眩暈かも知れないが。最近やたらと心労が多くて、気疲れしているのかも知れない。
連休の疲れが、ようやく抜けて来たと思ってたのにな。
彼はフェアに行こうと、僕に賭けアイテムのリストを手渡して来た。同化を促進するジェルとか複合技の書とか、金のメダルやトリガーなど。
かなり品揃えが良くて、売れは軽く100万ギル以上にはなるだろう。あまり大事にしたくないと告げる僕に、しかし彼は声を落として囁き掛けて来る。
そちらはアイテムを賭けなくて良い、欲しいのは情報だと。
「あの日サンローズで、君は何らかのイベントに遭遇した。そのトリガーになるアイテムも、君には見当がついている筈だ。僕が知りたいのは、そういう情報だ……無論、ただとは言わない。その情報はあくまで、賭けの報酬に……どうかな?」
「……オッケー、了承したよ柴崎君。確かに他に売れば、高値のつく情報だから。何だか嬉しいな、戦ってる相手が張り合いのある相手だと分かって」
彼は不敵に笑みを浮かべると、取り敢えずの証拠にと、賭けアイテムのリストを僕に手渡して去って行った。僕が彼に発した言葉は、お世辞でも何でもない。
合成にしたってそうだ。性能の良く分かっていない依頼者よりも、高くついても良いからと、納得の行く性能を追求して来る依頼者の方が、作り手としては張り合いが出る。
お金になれば良いというのではない。そこにあるのは、職人魂だ。合成に手を染めるプレイヤーには、多かれ少なかれ、そういう気質が見え隠れするものだ。
沙耶ちゃん同様、僕にもどうやら火が付いたよう。
お昼の時間にそう報告すると、良くやったとの奨励する声と、友達は選ぼうよとの心配する声の2種類が。良い人だと思うんだけどな、柴崎君。
沙耶ちゃんに入った熱は燃え上がる一方。3ギルドの抗争に、絶対勝つのだと意気込んではいるが。どんな内容なのかも、まだ詳しくは発表されていないらしく。
何より先に、新エリアに行けるようにならないと格好がつかないよ。
「そっ、そうよね! 週末に頑張ろう、リン君は平気? まぁ、お昼の合同インが駄目でも、夜なら平気よねっ? う~ん、でもやっぱり一緒がいいかな?」
「そうだねぇ……一緒だと、きっと環奈ちゃんも素直に手伝ってくれるし。勝ったらいっぱい、アイテム貰える? 環奈ちゃんにも分けてあげよう♪」
「あっ、そうだね、お世話になってるしね。週末なら、多分平気だと思うけど」
またいつ、子守りのバイトが入るか分からないからと、僕は慎重に返事を返す。ぬか喜びさせても悪いし、彼女の家にお邪魔するのも、アレはアレで緊張するし。
アイテムの分配に関しては、全くの賛成だった。ただし、これは勝てたらの話で、まさに取らぬ狸の何とやらである。負けて失うものの事も、考えておかないと。
沙耶ちゃんには、全くそんな考えは無い様子。負けてなるものかの気概も激しく、週末の予定をあれこれと立て始めている。僕がレベルが低いと、ミッションも辛いと言った為だが。
強くなりつつ、ミッションもクリアすると言う難題が出来上がってしまった。
忙しくなって来たが、計画にはゆとりを持って挑みたいもの。そんな事を考えつつ、ミッションは土曜日の午後から取り掛かる事に決定した。
本当は金曜日の夕方に、合同インする予定だったのだが。学校を出た途端に思わぬ来客が。藤村さんに付き添われて、サミィが僕を待っていたのだ。
どうやらお姉ちゃんが遊びに出ているらしく、一人で家に戻るのが嫌らしい。
一緒にいた沙耶ちゃんが、ウチに一緒に連れて行こうと誘ってくれたが。さすがにそれは辞退して、今日の予定を申し訳なくキャンセルして貰う。
彼女達は帰って行き、藤村さんも買い物をすると言う事で。僕とサミィは、しばらくは運動公園の方面を歩き回っていた。誰かサミィの友達がいないかと期待して。
結局は見付からず、僕はどうしたものかと思案する。サミィにお昼寝はしたのかと訊くと、ちゃんとしたとの返事。それなら図書館か、美術会館に行くのも良いかも。
サミィに尋ねると、絵を見ても良いよとの返事。
「それじゃ、美術館に行こう。今月は何の催し物かな?」
「みんなで見に行った時は、鳥の絵がキレイだったの」
サミィは鳥の絵が好きで、自分でも良くクレヨンで描いたりしている。多分、オーちゃんが題材なのだろうけど、描き出したら物凄く熱中するタイプだ。
子供向けの催しは、なる程鳥や魚の絵画展だった。子供が描いたものの展示から、ちゃんとした画家さんのものも置いてある。落書きコーナーもあって、壁に直接描いてもオーケーらしく。
無論、簡単に落ちる素材が壁に使われているには違いないが。毎日の閉館と同時に、訪れた子供達の力作は消される運命ではあるものの。
大きなキャンパスは好評のようで、この時間は余白はほとんど無い。
その美術館で僕は、久し振りの懐かしい人物に出会った。中学の時のテニスの臨時コーチで、中学校には実は直接は関わりが無いのだけれども。
僕が県大会の常連になると、学校側がせめてちゃんとしたコーチをと、変に力を入れてくれて。取り敢えず経験者を募ったところ、塾の講師をしていた彼女が名乗りを上げたのだった。
稲沢洋子先生と言うまだ若い講師で、担当は理数系を教えているらしい。学校の周囲には塾も結構建っていて、彼女もそこに籍を置いていたのだ。
僕は何故か師匠には恵まれる、彼女はとても良い人だった。
「あら、凛君じゃない、久しぶり! 元気だった、彼女なんか連れちゃってぇ!」
「紹介しますけど、あんまり変な言葉は教えないで。こっちはサミィ、こっちは稲沢先生」
「せんせい? 絵のせんせい? 一緒に描く、鳥の絵?」
稲沢先生はニッコリ笑って、彼女の手を引いて壁の白い場所を陣取った。僕は後に続きながら、半年振りくらいに見た先生を改めて観察する。
何だか垢抜けて、奇麗になったような気がするが、気のせいだろうか? テニスのコーチを担当してくれていた頃は、もっとお洒落っ気が無かった筈だが。
ひょっとして、彼氏でも出来たのだろうか。それだとめでたいけど。
「先生、昔よりすごくお洒落に見えるけど……ひょっとして彼氏とか出来た?」
「放っておいて、嫌味だね、凛君っ! コーチの時は、運動するからすっぴんにしてたのよっ!」
な、なる程、女性は奥が深い……。それでも先生は気分を害した風も無く、サミィ相手にクレヨンを選り分けてくれている。緑色のクレヨンで、鳥を描き始めるサミィ。
先生は何故か、青色のクレヨンで南国風の景色を描いている。なかなか上手だが、海と島と太陽の大きさがアンバランス。わざとのデフォルメかも知れないが。
自分の作品を完成させたあと、先生はちらっとこちらを眺めやる。
「凛君、結局高校ではテニス続けてくれなかったんだねぇ。私があんなに頼んだのに、コーチ職も面白かったのになぁ……でもまぁ、仕方ないか」
「週4日の練習で、大会に勝ち上がれたのが奇跡だよ。高校じゃ通用しないと思うけどな。それに、なんだかんだで変に目立ったのは、地元の連中を刺激しちゃったかも……」
「まだこっちで地元の友達出来ないの? 何だか凛君、大人の人とばかり付き合ってる印象しかないのよねぇ、私を含めて」
確かにそうだったかも。稲沢先生にも色々と、メンタル的な相談にも乗って貰って、散々迷惑をかけた気がする。あの頃の僕はもっとひねくれていて、世の中を斜に見ていたし。
打ち込めるものには全力で打ち込んで、それで益々他の者との差が出来て。ひねくれた思考が、案外テニスでも役に立ったのを覚えている。
敵をどう料理するか、戦略的なゲームに僕は向いているのかも。
その思考はファンスカでも役には立った。全部ではないが、キャラ育成とか敵の動きとか、特に合成とか。短期間で名が売れたのも、そういうセンスが作用した結果かも知れない。
サミィは鳥を1匹描き上げて、次なる空白を指差した。彼女の身長では届かない場所で、僕はサミィを右肩に乗せて高さ調整をしてあげる。
彼女が次に選んだ色は赤。
「高校生活はどう、凛君? こっちは相変わらず、平凡で退屈な毎日なのよ。コーチしてた頃が懐かしいわ、また一緒にゲームしよう、遊びでいいからさ?」
「ゲームしてるよ? お姉ちゃんとリン。この前サミィ、怒られた」
「それはファンスカでの事だよ、僕らがしてるのはテニスの話。ポーンって球を打つって、分からないか……そう言えば、先生もキャラ持ってたっけ? 結局名前、教えてくれなかったけど」
「それはね~、一応塾では生徒抱えてるし、ゲームで特定の子と遊ぶのは贔屓みたいで不味いかと……でも最近ね~、一緒に遊んでた知り合いが結婚してこの街離れちゃって、寂しいっ!」
なる程、独り身は寂しいらしい。稲沢先生は中肉中背で、よく日に焼けた肌が印象的な女性。20代の真ん中くらいで、小ざっぱりした印象だが良く見れば美人である。
先生らしさを意識して、今はタイトな服装をチョイスしているけど。本当はラフな格好が似合って、スポーツに汗を流している時などとても魅力的だ。
これは本心だが、彼氏がいないのが不思議なほど。自制心が強過ぎて、チャンスを逃しているのかも知れない。僕にもそうだったが、生徒にはとても親身に相談に乗ってくれて。
塾の講師より、本職の先生が似合っているのにな。
「そうそう、最近僕ギルドに誘われて入ったんだ……同級生の、初心者の女の子達の。それで何故か、超難しい100年クエストに挑もうって、訳の分からない事になってる」
「ええっ、凛君がギルドにっ! しかも女の子のっ! 信じられないっ、いやいや、そんな事言っちゃ失礼か……おめでとう、100年クエスト? ええっ、例のアレッ?」
一人で騒ぎ始めた稲沢先生は、余程僕の言葉に驚いた様子。ちょっと失礼だが、中学時代の僕を知っていれば、それも当然かと思ってみたり。サミィも大声に驚いて、先生を見ている。
先生はようやく気を取り直して、これがテニスよと、自作の絵を披露した。さっきから描いていたらしく、テニスコートとラケットでボールを打つ、デフォルメされた風景画が。
サミィは絵に描かれたラケットを見て、見た事あるとはしゃぎ出したが。多分、バトミントンと間違えている確率が、かなり高いんじゃないかと考察する僕。
まっ、敢えて指摘する程でもないけど。
「そうかぁ、良かったね凛君、同級生に友達が出来て。ギルドかぁ、いいなぁ……私の塾は小学生と中学生相手だから、高校生と遊ぶのは別に……う~ん」
「良かったらギルマスに伝えておくよ? 二人とも、とっても性格の良い娘だから、先生も歓迎されると思うけどな。今はレベル上げとか、新エリアの権利取得とか、あと何故か学生ギルド対抗の限定イベント合戦みたいな抗争が勃発してるけど……それはそれで、楽しい?」
「うわぁ……いかにも学生っぽくて、本当に羨ましい」
先生は本当に羨ましそうに、目をキラキラさせてこちらを見る。長い事刺激に飢えていたような、何か鬱積したものがあるような、そんな感じが滲み出ていて。
僕はちょっと心配になって、最近の先生の事情を聞くのだが。恨めしそうな声で、友達が結婚してこの街を離れたのだと小言を繰り返すだけ。
行き遅れたのを愚痴っているのか、遊ぶ人がいなくなって寂しいのか、いまいち判然としないけど。壁の隅っこに独り三並べを描いている先生は、ちょっと不憫だと思う。
サミィの無邪気な姿で、僕は心を潤し直してみたり。
「それは、友達に先に結婚された恨みなんですか? そんな相談は、僕には乗れないけど。単純に寂しいって悩みだったら、一緒に遊びましょうよ。せっかく同じゲームしてるんだから」
「そうなのよねぇ、うん、そうなのよっ! 実はねぇ……私、恐らく他の人がまだ得てない筈の、100年クエストの情報とアイテム握ってるのよ……知りたい、凛君?」
サミィが僕の頭をポンポンと叩いて、自分の絵の出来栄えを離れた場所から見たいと催促した。僕は慎重に立ち上がりながら、後ろに数歩下がる。
周囲に人影はまるで無く、ここは貸し切り状態だ。先生も僕の側に立って、同じく出来上がった作品を観賞に掛かる。落書きの群れの中に、いつの間にかたくさんの鳥が飛んでいた。
二人の合作は、まるで鳥たちの楽園。
「わぁ、これは大した力作だな。サミィも凄く上手だ。……知りたいけど、別に今じゃなくていいですよ。先生が他の人と、100年クエスト攻略したくなるかも知れないし」
「やぁねぇ、だとしても教えた事を後悔とかしないわよ。そんな狭量じゃ、講師なんか務まらないし。本当に良く描けてるわぁ、消されるのが勿体無いわね……実はね、ギャンブル場の景品に『100年クエストの招待状』ってのがあるんだけど。アレってダミーなのよ!」
さて、ミッションを進める前に、二人のレベルを90以上にしておきたかったのだが。仕方が無い事とは言え、限定イベントまでの日数を考えるとこれ以上待てないのも事実。
そんな訳で土曜の午後に、僕らは沙耶ちゃんの家にいる。
それでもこの週末までに、平均85にまでレベルアップした彼女達。僕と一緒にハンターPもそれなりに獲得して、2つ目の召喚ジョブスキルも取得に至った。
言うまでも無く、かなりの戦力アップである。ちなみに沙耶ちゃんが《成長体感》という、また訳の分からないスキルを取得した。これは成長が体感出来るように、ペットの外見が変化したり、攻撃手段が変わったりするらしいのだが。
今の所、全くそんな素振りは無い。優実ちゃんは、そのスキルが欲しかったと嘆いていたが。プーちゃんの逞しく成長した姿を想像して、夢見るような瞳になっている。
あのトドがどう変化したら、そんな笑顔になれるか不思議だけど。
その優実ちゃんが取得したのは《オート回復》という真っ当な特技だった。盾役もこなすプーちゃんにはピッタリな気もするが、まさかプーちゃんが望んで選択した訳でもあるまい。
そんな考えが浮かぶのも、プーちゃんに個性を感じるせいかも知れないが。ご主人に与えられた名前と独特な動き。スキルを覚える度に、彼はさらに個性的な進化をするのだろうか。
しばらくはミッションに掛かりきりで、ハンターPとは無縁だけれど。
優実ちゃんはさらに、銃にスキルPを注ぎ込んで《近距離ショット1》と《死点封じ》という技を取得した。《近距離ショット1》は補正スキルで、敵との距離が少しくらい近くても遠隔攻撃が可能になる技。
《死点封じ》は珍しい技で、4連続攻撃で敵の四肢を狙い、行動キャンセルを狙う事が可能らしい。攻撃の威力も備えているスタン技が、こんな最初に出るとは凄い幸運だ。
ただし、使い過ぎると弾丸の消耗が物凄い事になる。もちろん、銃の耐久度も。
僕に関して言えば、新ジョブスキルに《MP吸引斬》という補正スキルを覚えた。殴る度にMPが回復するという技で、別に敵がMP持ちでなくても発動するようだ。
《MP回復》と合わせれば、エーテルを使わずに長時間立ち回りが可能に。有り難い補正スキルだが、スロットに空きが無くてセットを見送る事に。
たくさん覚えても、使えないと仕方が無い良い見本だ。
「リン君、弾丸ありがと~♪ あと、お小遣いも、ありがと~♪」
「お小遣いって言うか、塔で儲けたアイテムの、真っ当な分配なんだけど……塔の入場料は僕持ちにして、ある程度そっちにお金を廻さないとね。武器や装備にもお金掛かるし」
「それでいいの、リン君? 確かに有り難いけどさ、そっちが丸損なんじゃない?」
「師匠のくれた軍資金があるし、大きく儲かったら返して貰うから平気。色々と時間が無い分は、資金力でカバーしないと。ホラ、ライバルも増えて来たし」
僕は何気ない表情で、沙耶ちゃんをそう諭す。お金の事で、余計な議論をしたくないと言う理由が大きいのだが。気を使われるとやりにくいし、資金が時間の短縮になるのも本当だし。
例えばスキルPなどが良い例だ。レベルを1つ上げて、ようやく2ポイント貰えるそれは、お金を出せば競売やバザーで術書や指南書という形で購入出来る。
無論、それなりのお金は掛かるけれど。手っ取り早く強くなるには、ある程度そういうアイテムに頼る事も必要になって来る。もちろん、普段の冒険で入手するに越した事は無いが。
運の要素も絡んで来るので、欲しいものをピンポイントという訳にも行かない。
とにかく、ライバルという単語を耳にして、沙耶ちゃんが再び加熱状態になったようだ。それはともかく、今日は環奈ちゃんは遊びに出ていていないよう。
正式加入のギルドで、オフ会か何かやっているらしい。環奈ちゃんのギルドも、限定イベントを前にして、決起会でもしているのかも知れない。
優実ちゃんは、相変わらずのマイペースで、競売でそこそこの値段の銃をチェックしている。予備に購入した銃の形が気に入らず、もう1丁購入するか悩んでいるらしい。
彼女も熟練度が低くて、すぐ武器が駄目になるのだ。
ネットに繋ぐと、残念ながらメルも不在だった。メールで出掛けるのは知っていたが、父親と妹とまだ外出先から帰っていないようだ。こうなるともう、三人で進めるしかない。
僕が始めようかと促すと、ようやく彼女達も支度が終わったと告げてくる。女性の支度が長くかかるのは、リアルでも架空世界でも同じらしい。
僕は前にクリアした記憶を頼りに、二人に移動先を告げる。密林の端っこにある僻地の村で、初期エリアでは極端に訪れる回数も少ない。
敵の強さが上位クラスで、さらに訪れるには歩かないとならないからだ。大きな街タイプなら移動用の魔法陣があるけれど、ここはエリチェン無しの集落タイプ。
何と、普通にモンスターも侵入して来て、NPCと戦う姿も見れる。
近場の街に飛んで、そこから歩く事10分。僕は二人に、名前だけの所有リストから、ミッション2のクリアの証のアイテムがあるかのチェックを頼む。
それが無いと、イベント自体が起こらないのだが、どうやら心配は杞憂の様子だ。問題の集落に着くと、二人はあやふやな記憶の中から来た事があるか議論を始める。
「こんな所、あったっけ? ってか、何で街に入るのにエリチェンが無いの? 敵が入って来て危ないじゃない」
「そういう場所なんじゃないかな? 確か1回も来た事ないよ、来る途中に死んだ事はあるけど」
「そ、そうなんだ……じゃあ、イベント起こそうか? 確か、いきなり戦闘あったような記憶が」
「オッケ~、今回はレベル合わせ無しだよね? レベル上げじゃないもんね?」
僕は沙耶ちゃんの言葉に頷いて、近隣の敵を掃討にかかる。絡む敵では無い筈だが、イベント体験中に襲われたり敵がリンクして来たりという、笑えない事態は起こしたくない。
彼女達も手伝って来て、付近に徘徊するモンスターは、奇麗さっぱり消え去ったよう。僕は話し掛けるNPCを指定して、じっと彼女達のイベント進行を見守る。
それは、こんな始まりだった。
――密林の空は、広いようで狭い。逞しく生い茂った樹木たちが、地面に生活する者の視界を青々した枝葉で遮るからだ。ただし、川辺ではその勢いは減じられてしまうのは致し方ない。
滝の音が、遠くから聞こえて来る。この水辺はしかし、ゆっくりした流れの中で落ち着いた雰囲気ではある。絶壁交じりの岩のオブジェと、それを覆い隠す蔦の葉。
そんな中に作られた細い道は、水辺へと確実に続いている。蔦と丸太で作られた細い渡り梯子、水滴を受けて濡れている頭上に突き出した岩。
民族衣装の少女は、そんな中を水汲みに歩いて来る。
少女はまだ幼い風貌で、可憐な愛嬌に包まれていた。長い黒髪に飾られた赤い南国の花が、周囲の湿気に反応して生き生きしている。
水汲みを終えた少女は、しかし来た道を戻ろうとして異変に気付く。川の水面に、見たことの無いモノが浮かんでいたのだ。動物の死骸のようだが……いや、それはまだ生きていた。
少女の膝までしかない背丈と、丸くてモコッとした外見。それは流木に小さな手で掴まっていて、どうやら上流から流されて来たらしい。
少女が水から引き上げてやるが、ぐったりしたまま動こうとしない。
温かみはまだ残っていて、見捨てるのも可愛そうになった少女は、仕方なしにそいつを抱え上げる。それから水桶に蓋をするように体を突っ込ませて、自分の集落に運んで行くのだった。
遠くから、それを追う影の群れがある事にも気付かずに。
「わ~っ、女の子ピンチっ! 絶対に襲撃があるよっ?」
「そ、そうねっ……うっ、前衛少ないから、追っ手が多いと途端にピンチだわっ!」
沙耶ちゃんの言う通りで、相変わらず雪之丈は頭数に入れられないため。リンクした際の僕らの戦術では、足止め魔法が前提になる事が多い。
そんな事も知らずに、重い荷物を必死に運ぶ女の子。命を助けると言う感覚ではなく、わ~い、珍しいモノ拾っちゃった♪ みたいな感じを醸し出しているが。
そして、辿り着いた少女の集落では。大人達が集まって、その不思議生物を胡乱な目付きで眺めている。珍しいので皮を剥いで飾ろうかとか、コイツ病気持ってんじゃね? みたいな、やや野蛮な会話の中。
ようやく現れる、沙耶ちゃんと優実ちゃんのキャラ。
「野蛮だよ~、食べたら駄目~! ねえ、これってペットのキャラじゃない?」
「う~ん、だよねぇ? 雪之丈に、ちょっとだけ似てる……って、私たちは助ける側じゃないのね!」
強制イベント動画は、彼女達の意向はまるで無視。取り敢えず檻に入れておこうと、まるで見世物のような扱いの不思議生物。連れて来た少女は、何となくバツが悪げで。
沙耶ちゃん達の隣で、可哀想と後悔の素振り。
その時だった、密林から戦いの雄叫びを上げつつ、リザードマンの群れが飛び出して来たのは。集落の大人達は、ド肝を抜かれながらも素早く戦いの準備。
それに巻き込まれる形で、冒険者のパーティ。いよいよここから、ミッション最初の戦いがスタートする訳だ。ここで負けると、経験値を引かれてもう一度最初からと言う破目に陥る。
そんな事態は避けたい所、いざ本気で掛からねば。
「始まるよ、二人ともっ! 死んでも駄目だけど、女の子も守ってね!」
「ふぁっ、そうなのか! はゅ、強化魔法掛ける時間ある?」
「おぉうっ、そう言えば忘れてたわねっ! ああっ、イベント長いから先掛け無駄なのかっ!」
その通り、大抵の強化魔法は5分程度で切れてしまうので。長いイベントを挟むと、掛けるだけ無駄になってしまうのだ。敵の群れはしかし、まだちょっと向こう側。
おまけに集落の戦士たち10名余りも、この戦いには参加してくれるので。余程変な戦い方をしなければ、女の子の安全は保たれる筈である。
素早く強化呪文を唱えながら、今から始まる戦闘に備える一同。後衛二人が女の子の側に、僕は門の近くに陣取って、敵を迎え撃つ構え。
今回はスキル技や魔法の封印は無い、思う存分暴れられる。
雄叫びは太鼓と角笛に彩られ、原始のリズムに膨れ上がってこちらを威嚇する。と思ったら、不意に全ての音が止み、密林からリザードマンの群れが飛び出して来た。
その数、約30匹。手に短槍や両手槍を持ち、粗末だが鎧を身に纏っている。正面の一番分厚い敵の群れに飛び込んで、僕はいきなりスキル技をぶち込む。
《風牙葬舞斬》、短剣では珍しい範囲複合技で、僕の数少ない範囲攻撃手段だ。
5匹以上の敵が、その技に巻き込まれたようだ。確認する間もなく、手近な弱った敵に襲い掛かるリン。後方から僕を支援する弾丸が、さらに敵を翻弄する。
思いっきり複数のタゲを取ってしまったが、今回は格下相手の戦いだ。少々たかられても、それほど怖がる必要も無い。奥の手もあるし、援護もあるし。
あっという間に、目の前の敵が倒れて行く。続けて2匹目、それを倒す頃にはSPも再び回復していた。《ヘキサストライク》で3匹目が粉微塵になる。
おおっと言うどよめきが隣から。そう言えば、補正の掛からないリンを見せたのは初かも。
「強いねぇ、リン君! 敵が一撃で死んじゃったよ! ふうっ、プーちゃんも頑張れ~っ」
「むうっ、敵がそんなに強くないのかな? ブリザード撃ったら、でもやっぱ不味いよね?」
「そっちに殺到されたら持たないから、癇癪起こさないで沙耶ちゃん。熟練度上げるつもりで、丁寧に銃で始末していこう?」
多少慌てながら、僕が戦闘の舵を取るのも毎度の事。何とか肯定の返事を貰え、そんな事をしている間にも敵の数は減って行く。NPCの集落戦士も、あちこちで敵を倒していた。
気が付けば、敵の数は数えるほどになっていた。遠隔スキル技の《竜巻旋風斬》で贅沢にタゲを取りながら、遠くの敵を血祭りに上げる僕たち。
全ての戦闘終了と共に、戦闘BGMが止まりイベント動画が。
集落に幸い被害は無かったが、これ程の獣人の襲撃は近年無かった事。これはどうしたものかと、訝る大人たち。不思議生物を連れて来た女の子が、不意に沙耶ちゃん達に耳打ち。
それを受けて、大声で皆の注目を集める冒険者一同。つまり沙耶ちゃんたちは、あの襲撃はこの不思議生物のせいに違いないと声をあげる。
このままでは再び集落が襲われてしまう、私たちが密林に返しに行きましょう!
結局その冒険者の提案は聞き届けられ、厄介物扱いで集落を追い出される不思議生物。集落の裏側で、紐をくくり付けて出発準備をしていると。
女の子がこっそりと近付いて来て、さっきは有り難うと言って来る。結局の所、この生き物を逃がしてやろうと画策したのは女の子だったのだ。
そのために冒険者に頼んで、一芝居うって貰った訳だが。
ちょっとモジモジしながら、お礼と依頼の言葉。何やら、最近は川に流れ着く奇妙なモノが増えているらしく。その中からお気に入りをあげるから、この子をお願いと言って来る女の子。
そんな感じで、女の子は去って行く。目的地は分かった、川の上流に異変があるらしい。そこに行けば、この不思議生物の仲間もきっといるだろう。
道のりは、多分険しいかも知れないが。
お礼の品は、何とカメレオンジェルだった。これは防具に付いている炎スキル+2とか、水スキル+3とかの魔法スキルを伸ばす数値を、キャラに一瞬で同化させてくれる強力なアイテム。
それがどうしたと思うかも知れないが、これが実はとても有り難い仕組み。何故なら好みで伸ばしている魔法スキルほど、固定化という現象が起きてしまうから。
例えば、僕が風スキルを伸ばしているとする。方法はレベルアップでのスキルPの振り込み、風の術書の使用、あとは風スキル+が付いている装備を身に着ける事。
こうしてめでたく、新しい風魔法を覚える事が出来たとしよう。ところが、装備のスキル+は、あくまで装備に付属している数字だ。呪文を覚えた後で取り外すと、その分マイナスになり変な事になってしまう。
それを不正として、ペナルティに装備が壊れてしまう事態が生じるのだ。
これはかなりキツい罰である。さらに、しばらくの間は、そこの部位に新たな装備を装着出来なくなってしまうし。これは恐らく、取得した魔法を覚え直そうという、不埒な行いに対抗して取られた措置だと思うけど。つまらない魔法の代わりに、レア魔法を期待してとか。
そんな事態を避けるために、固定化という概念が生まれた訳だ。固定化された装備は、傍目に分かるように背景色が変わって知らせてくれる。
それでうっかり取り外して壊れちゃった、と言う滅多な凡ミスは防げるが。しかし固定化は長く続いても良い事は何も無い。より強力な装備を入手しても取り替えれないし、固定化した防具の防御力が破損で低下するかも知れないし。
そうなると悲惨だが、実は結構起きてしまう出来事なのだ。
それでもスキル+装備が人気なのは、皆が魔法よりも武器スキルに優先してポイントを廻してしまう現状の為か。魔法は手っ取り早く、術書と装備でと思っている冒険者が多いのだ。
そんな固定化だが、実は放っておいてもスキル+1の同化なら10日で完了する。+3なら1ヶ月我慢すれば良いので、アイテムに無理に頼らなくて済むのだ。
カメレオンジェルの初出では、+5までの同化を一気に完了出来る、超優秀なアイテムだったのだが。強過ぎると言う事で、今では+3までに改善されている。
それでも30日の短縮は嬉しいので、取り引きは結構高値が付く。
「おおっ、こんなの貰っていいのかしらっ? ミッションって、儲かるのねっ!」
「そうだね、確かこの先で3つくらいダンジョン入る感じだったかな? 中にもランダムで宝箱が出現するし、クリア報酬も良品アイテム多いかも?」
「凄い~、貧乏冒険者から卒業だ~♪ あっ、でもリン君欲しいならただであげるよ?」
僕はちょっと考えて、この先のダンジョンで素材が出たら欲しいと答えた。二人ともそれくらい全然オッケ~だと答えて、それがお手伝いの報酬な決まり事に。
それから密林を東に抜ける感じで出発する一同。集落の族長から名前だけアイテムで、通行手形を貰って初めて行ける場所だ。僕も持ってるので、問題ナシ。
移動中には、密林特有の肉食植物や動物モンスターが襲って来た。広場っぽい拓けた場所では、リザードマンが束になって待ち伏せしている。
定期的な戦闘だが、彼女達はそれも嬉しそう。
「経験値が結構入って来るね~、人数少ないからかな? 初めて見るモンスターも多いっ!」
「リン君頑張れ~っ♪ プーちゃんが最近、勝手に敵に突っ込むの」
優実ちゃんの悩みは、多分新ジョブスキルのせいだろうとは思うけど。危険を敏感に察知するようになったプーちゃんは、余計な戦闘を増やす事も。
待ち伏せ型の敵の所在を知らせてくれたりと、たまに役立ちはするけれど。やんちゃになった自分のペットに、戸惑い気味な優実ちゃんだったり。
雪之丈に関しては……いや、言うまい。
「ああっ、雪之丈が範囲攻撃でまた死んじゃった! 全然成長して無い気がするのは何故っ?」
「してないからじゃない? 痛いっ、叩かないでよぅ、沙耶ちゃんの乱暴者っ!」
そんな事をしている間にも、結構距離を稼いだようだ。密林の奥に、何やらモコッとした建造物が。道のりは川の側を通り、時には川を横断して崖の側の小道になったり、かなり険しかったが。
ほぼ一本道なので迷う事も無く、川辺では落ちているアイテムまで拾えてしまった。ポーションとか氷の水晶球とか、消耗品がメインだったけど。
謎の建造物に近付くと、不意に強制イベント動画が。
――元気になった不思議生物が、ひょいっとパーティの前に飛び出す。謎の建造物は、どうやら太い柱の列に支えられた古い遺跡のよう。
不思議生物は冒険者達の先頭に立ち、その遺跡に入って行く仕草。それから入り口に立ち、皆にゼスチャーを使って事情を説明に掛かる。
こっちから逃げて来た、リザードマンが追って来たので、遺跡にあった水溜まりに落ちた、それから浮いたまま流れて行った、そんな所らしい。
何故追われたのかの質問には、ピタッと動きを止める不思議生物。汗をダラダラ掻きながら、それでもポケットから(どうやらお腹にポケットがあるらしい)何やら取り出す。
それは大きな赤い宝石のほどこされた、2メートル近い立派な長槍だった(どうやって収納してたんだ!)。それはトカゲ獣人族の宝物らしく、それをコイツが目を付けて盗んだらしい。
手癖の悪いヤツだ、追われてたのは自業自得か。
それは返す事前提に、冒険者達が作戦を考え始める。どうやら遺跡の奥の水没した箇所に、リザードマンが集落を作っているようだ。その近くに隠し扉があって、抜けた先に転移の魔法陣があるらしいのだが。
そこを伝って来た不思議生物は、やっぱり仲間の元に帰りたそう。ここまで来てしまった冒険者も、今更放り出すのも気が引ける感じで。
何とかしようと請け負うものの、遺跡には敵も多いみたいだ。不思議生物はポンと自分の胸を叩いて、自分も戦力になりますよとアピール。
今更かよ、もっと前に戦えと言いたげな冒険者達。
「……何かこの子、放っておいても生きていけるんじゃ?」
「そうかも知れないねぇ……人の物、勝手に取っちゃ駄目だよ」
「うん、突っ込みドコロは満載だけど、もう終わるから、イベント動画」
僕の言った通りに、動画は間もなく終了。不思議生物はパーティの一員になっていて、要するにこの子が死んでもミッションは失敗のやり直しになる事を意味する。
どの程度強いのかとの彼女達の問いに、僕は曖昧な返事しか返せなかった。僕の時には知り合いが知り合いを呼んで、2パーティ10人くらいで一気に攻略したためだ。
不思議生物の出番はなく、そのため強さの見当もつかない。
「プーちゃんくらい? 雪之丈くらいだったら、前には出せないよ?」
「そりゃ、出せないわねぇ。何度もやり直しになっちゃうよ、それじゃあ」
「さすがに一撃じゃ死なないと思うけど。一応用心しておいた方がいいかも」
優実ちゃんは頷いて、回復の優先順位を自分の中で確認。大きく口を開ける遺跡型ダンジョンは、こんな少人数で入るには大き過ぎるような気も。
僕が先頭に立って、いよいよミッション再スタート。エリチェンをしての新エリアは、敵が多数徘徊する危険な仕様のダンジョンだ。殲滅しながらの移動は、それでも最初は順調だった。
不思議生物の動きは、まるでプーちゃんとシンクロしているよう。たまにタゲを取って行くので、ちょっとハラハラするのだが。プーちゃんよりは強いらしく、まずは一安心。
敵の数が多いので、ペットの頭数の増加も侮れない。
それよりも、今回のダンジョン内の宝箱も、僕の記憶より多く配置されている様子で。これは、人数の減った補正だろうか? 中身は、エーテルなどの安い消耗品から20万を越す素材まで様々。
素材が出たら欲しいと言っていたが、これでは貰い過ぎである。他にも水の術書や安物の装備品なども出て、フィーバー振りは止まりそうもない。
そんな事を思っていると、いよいよ問題のリザードマンの集落が見えて来た。
地面の半分は、水溜まりになっていてしかも濁っている。柱が崩壊して、壁の裂け目から陽光が差し込んで来ていた。崩れた遺跡に住み着いた感じで、リザードマンは至る所に配置されている。
彼らの造った住処は、草で編んだ簡素なものだった。それでも一番奥の台座には、立派な設えの祭壇が飾られてある。派手な衣装のトカゲ獣人と、立派な槍を持つトカゲ獣人がそこに佇んでいた。魔法タイプのシャーマンと、護衛タイプのアタッカーのようだ。
僕は一度クリアしていたので、あの祭壇の裏に隠し通路があるのを知っていた。つまりは、あの厄介な敵のペアは強引に倒すしかないのだ。
他にも方法はあったかもだが、僕らの時は10人の力技で倒して終わったのだ。
「えっと、あの祭壇近くの敵は要注意だよ。魔法使いから倒したいね、あまり近付くと反応するから注意して。出来たら戦士タイプは引き離してくれると楽かな?」
「足止め効かないかな? ペットに命令出来るようになって、かなり便利になったわよねぇ。前は敵をタゲって魔法撃ったら、ペットが飛んで行ってたもんねぇ」
「いいなぁ、羨ましい。私も欲しいよぅ、そのスキル!」
「これクリアしたら、ハンターポイントは貰えないけどミッションポイント貰えるよ。これも貯めていったら、キャラ強化アイテムと交換出来るから面白いよ」
へえっと、二人同時に感心した様子。全く知らなかったらしく、2年選手にはまず有り得ない反応である。現代の流行なのに、そういうのに無関心なのが逆に新鮮だ。
その後も作戦会議で、それぞれの役割分担を確認しつつ。今回のハイライトの戦闘に備えて、ポケットの整頓や武器の耐久度チェックに余念が無い一同。
まずは雑魚の掃除と、強化を終えて戦闘スタート。
ところがここで、思い掛けないハプニングが。不思議生物が濁った水際に位置取った途端に、水中から牙の鋭い大きな口が飛び出して来る。
待ち伏せタイプのワニ型のモンスターが、不意打ちで不思議生物をパックリ。トカゲ獣人を相手取っていた僕は、ただあんぐり。慌てて救出に向かおうと動くが、今度は天井から派手な鳥が舞い降りて来る嫌味な仕掛け。
一度クリアしたと言う余裕はどこへやら。二人と一緒に悲鳴をあげつつ、とにかく敵を減らすべく武器を振るうのみ。吐き出された不思議生物、HPは何とか3割残っていた。
優実ちゃんの妖精が、健気にもヒーリングを飛ばす。
「ひあっ、こっち来たっ! でっかい鳥が2匹も来たっ! さっきまでいなかったのにっ!」
「待ち伏せタイプ? プーちゃんがガードしてるって、優実! 離れて仕留めなさいよっ!」
「こっちはトカゲとワニで手一杯、すぐ行くから頑張って!」
僕が言った先から、さらに1匹トカゲ獣人がリンクして来た。素早く《ダークローズ》で足止めしつつ、不思議生物を執拗に狙うワニを何とか撃破。
大声でコントローラーを操る二人が心配だが、不思議生物も放置しておけないのは確か。トカゲ獣人の短槍飛ばしの特殊技で、僕のHPも大きく削られる。
遠隔や魔法攻撃を使って来る敵は、これだから厄介だ。僕は弱っている方のトカゲ獣人に殴り掛かりつつも、不思議生物の位置を把握する。
だから水際はよせと叫びそうになりつつ、目の前の敵も再度の特殊技。
戦線はいつの間にか泥沼化して行ったようだ。後衛の女性陣も、遠隔武器の使える距離を取ろうと必死にフィールドを駆け回っている。結果、鳥を何とか1匹倒して、新たに2匹の敵に絡まれて悲鳴を上げている始末。
不思議生物も案の定、新たなワニの襲撃を受けていた。堪忍してくれと、心の中で絶叫する僕。目の前の敵を再び放って、またまたワニの待つ水際に取って返す。
救出された不思議生物に、再度の妖精の回復魔法。このサイクルはもういいからと、癇癪のような《ヘキサストライク》の敢行で、2匹目のワニも水没。
沙耶ちゃんたちも、魔法の過剰使用で敵を減らしていっているようだ。
「それ足止めしてる奴っ! 優実っ、元気な奴にフラッシュ掛けてっ!」
「あぁうぅっ、どれどれっ? プーちゃんが殴ってる奴?」
「プーちゃんを殴ってる、槍持ったトカゲ! ああっ、プーちゃん死にそうだってば!」
「あっ、そっち平気そうなら、こっち片付けて行くね? 不思議生物の安全確保しておくよ」
平気じゃないと、きれいにハモって答える二人。そんな試練を何とか乗り越えて、やっと片付いたフィールドを見渡せば。いつの間にか、知らぬ間に半分以上の敵をやっつけていたようだ。
リアルに精神を消耗させたパーティが、息を継ぎながらヒーリングに入っている。その近くで、やんちゃの限りを尽くした不思議生物も休憩中。
取り敢えず、大きな危機は乗り切った。前向きに考えれば、ボス級が絡まなかっただけマシだとも言えるし。残りのリザードマンの雑魚は、あと5匹くらい。
あれをリンクさせずに釣るのは、結構大変そうだ。
「あら、出来るわよっ? ペットを囮に使えばいいんだから。ペットって、存在感薄いのかもね?」
「えっ、それどうやるの? プーちゃんでも出来る、沙耶ちゃん?」
「出来ないかな、《指令》のスキル使うから。攻撃させてすぐに撤退すれば、何故か殴った敵しかついて来ないのよ」
それは知らなかった、と言うか多分9割9分以上のプレーヤーが知らないだろう。召喚ジョブはそれほど使用者が少なく、故にスキルの分析も進んでいないのだ。
他のジョブのスキル群に、優秀で使い勝手の良い技能が発見される度に、その傾向は顕著になって行ったのだろう。NM戦などの大物用に、揃える必要性があるものが多かったせいもあるとも思う。
沙耶ちゃんは、律儀にも独自にペットの特性を調べているらしい。ペットはアクティブな敵にも絡まれないとか、突撃の射程はどの位かとか、雪之丈の現段階のHPはどの程度かとか。
ノートにちゃんと書き留めてあると、用意周到な様子。
召喚ジョブは、こんな場面には確かに役に立つのは証明されたようだ。ただし、雪之丈のHPが低過ぎて、3匹目の敵を引き付けている途中で死亡の憂き目に。
その敵は満足そうにその場に留まり、相手を失った中立の状態に戻ってしまった。慌てて再度僕が釣って、何とか安全に敵の数を減らすのには成功して。
残る敵は、雑魚2匹とボス級が2匹。
「ああっ、せっかく上手くいってたのにっ! 奥の雑魚が残っちゃった!」
「確かに邪魔だねぇ、でも仕方ないか。ボスを釣れば、奥の敵は無視出来るかも?」
「そうしよっか、じゃあ今からボス戦だね。雑魚が途中で絡んだら、足止め魔法でキープ作戦で。トカゲ獣人は、足止めしても遠隔が来るから怖いけど」
そんな訳でボス戦のスタート。近付くのを察知したトカゲ術者が、いきなりの範囲魔法を撃ち込もうとして来る。護衛のトカゲ戦士も、こちらをブロックするような動き。
構わずに、中距離からいきなりの《ヘキサストライク》を放つリン。その衝撃で、トカゲ術者の魔法の詠唱も止まったようだ。それを見越しての作戦だったが、何とか上手く行った様子。
戦士を無視して、作戦通りに僕は術者を倒しにかかる。
魔法は必中で、防御の高い相手にも高いダメージが見込めるのが強みだ。遠隔攻撃のように、敵に近付き過ぎて使えなくなる心配も無い。
ただし、詠唱中に攻撃を受けると、高い確率で中断してしまうのがマイナス点だ。そのせいで、敵に近づいた状態で使用するには、詠唱の短い呪文などに限られて来る。
近接武器はそれぞれに定められた攻撃範囲内なら、好きに振るうのが可能である。一番回転が速く、敵の体力を続けて削る能力に長けている。
ただし、攻撃を空振りしないように当てるには、ある程度の熟練が必要になって来る。何よりも、敵に近いと言う事は反撃を受けやすい位置にいるという事。
まぁ、後衛から一方的に攻撃などは不可能なので、盾役を担うキャラは絶対に必要なのだが。その辺の役割分担が、このゲームの難しい所である。
今のこのパーティバランスは、だからあまり良いとは言えないけれど。
それでもプーちゃんが戦士トカゲの気を引いてくれたお陰で、術者に攻撃を集中出来た。僕の《兜割り》のせいで、術者トカゲの魔法も程よく止まってくれている。
HP半減がきっかけの特殊技には苦戦させられたが、そこも何とかクリア。皆のスキル技を集中して、一気に敵を削り切る。残された戦士トカゲも右に同じ。
急襲が功を奏して、何とかこの場を制する事が出来た。
彼女達がヒーリングしている間に、僕は残りの雑魚も倒してしまう事に。不思議生物は同伴せず、どうやら一番近い者の動きにシンクロする模様だ。
今は女性陣と一緒に、祭壇前で座っている。優実ちゃんが休憩を終えて立ち上がり、祭壇にカーソルが動くのに気付いたようだ。お供え物の、青い光を輝く尖った鉱石。
取っちゃ駄目なのかと、彼女の言葉に。
「それって罠の奴なんじゃない? 絶対、強い敵が出て来るよっ!」
「僕の時には10人いたから、皆がイケイケで取ったけど。今日は三人しかいないし、お薦めしないかな。10人でも結構、苦戦した覚えが」
「そっかぁ……青くて奇麗なんだけどな」
そのアイテムは、確か水の刻印の鉱石だった筈。属性合成には欠かせない素材で、鉱石タイプは鎧や兜、金属製品の防具に水スキル+を付与する事が可能である。
鉱石のポテンシャルと合成職人の腕によって、+1から最大+7まで付与は可能になって来る。素材自体も、良品なら数十万の値段が付く事もあるのだ。
僕の属性合成スキルはあまり高くないので、貰っても有意義には使えないけど。金策には良いのは事実だし、人手があれば取っても良かったんだけどね。
ところが優実ちゃんの視線の先のモノに、興味を惹かれている影一つ。
不思議生物だった。そう言えばコイツ、手癖が悪いと言う設定だった気が。そう思う間もなく、警告を発する間もなくフッと祭壇から消えるお供え物。
途端にBGMが変化して、後ろの水溜まりに変化が。巨大な泡がブクブクと立ち上がって、いかにもこの下に大きな水棲生物がいますよ的なパターン表示。
悲鳴をあげる一同、まさかこんなシナリオが潜んでいたとは。僕は慌てて皆の元に戻って、仕方なくの戦闘準備。双頭の巨大リザードマンが、立派な鎧を着込んでこちらを睥睨している。
手にした巨大な鉾は、青白い輝きを発している。
こうなれば仕方が無い。僕は腹を決めて、戦闘の組み立てを頭の中で整理する。実戦でも何度か成功した事のある、ソロでの《連携》からの《封印》の撃ち込み。
これを成功させないと勝ち目はまず無い。何しろ、いきなりの範囲特殊技で、パーティはいきなり半壊の憂き目に曝されたのだから。全員揃って悲鳴をあげつつ、立て直しを図る一行。
僕が何とかスキル技でタゲを取って、再度後衛の二人に距離を取って貰う。双頭の水ブレスで失ったHPは、優実ちゃんが全員分回復してくれた。
両手武器の攻撃も、当たればガツンとHPを持っていかれる。予断のならない状況だが、僕は焦りの感情を心の中から排除する。一瞬、テニスコートの土と風の匂いが脳裏をかすめた。
《封印》の発動に、ビクリと動きを止める双頭の大トカゲ獣人。
「わっ、ナニ今の派手なエフェクトッ? 敵に鍵が掛かっちゃった!」
「ふわっ、封印ってログ出たけど、これがリン君のあだ名の由来? どうなったの?」
「敵の特殊技、全部使えなくしたっ! ここからは時間の勝負だから、タゲ取らない程度に急いで削って、二人ともっ!」
「わ、分かった、銃が壊れない程度に頑張ろう、優実っ!」
彼女達の顔色が変わったのは、僕の必死さが伝わった為と、僕たち前衛の残りHPのせいもあるだろう。僕とプーちゃんは体力半減、不思議生物は残り3割。
僕は優実ちゃんの回復を拒否して、一見危ない体力のまま敵と対峙する。ソロ用には必ずセットする、補正スキルの《九死一生》を当てにしての行動だ。
これは体力が減れば減るほど、攻撃力と反応速度がアップする補正スキルだ。かなり危なく見えるが、僕は《風神》という保険も持ってるし、実は有効な一手である。
さらに炎の神酒も使用して、削り速度も上げて行く僕。
後衛の女性陣も、かなり頑張ってくれた。スキルと熟練度こそ低いが、銃の攻撃に魔法攻撃を織り交ぜて、一心不乱に敵に攻撃を仕掛けている。
どうやら魔法は交互に撃っているようで、万一どちらかがタゲを取っても、フォロー出来るようにしているらしい。ここら辺の遣り取りは、さすがペア歴の長さを裏打ちしている。
双頭トカゲのHPが半減して、何かを発動させる素振り。しかし何も起こらずに、そのまま戦闘は続行される。何と強力な威力だろうかと、僕は封印の能力を改めて思い知る。
とどめを刺したのは、優実ちゃんの銃スキル《死点封じ》だった。巨体がようやく地面を揺らし、僕らは喜びよりも安堵感に身体の力を抜く。
長かったような戦闘も、実は10分掛かっていなかった。
「ふうっ、怖かった……勝てて良かったよ」
「そうだよ、全く。……この落とし前、あの生き物はどうつけるつもりなのっ?」
「どうなるんだろうねぇ……一つ言える事は、僕のクリアしたルートからは確実にそれてる」
ヒーリング後の隠し通路の移動で、その帳尻は合ったようだ。僕の見た事の無い強制イベント動画が発動、不思議生物がひたすら謝罪して来たのだ。
さらにソイツは、ポケットの中から先ほどのアイテムを渡して来る。水の刻印の鉱石、呪われた長槍、星人の呼び鈴、上等火薬、その他ガラクタ類多数。
双頭のトカゲ獣人からも、結構な経験地とギルとアイテムがドロップしたし。幸いこちらに被害は無かったし、許してやろうかとの話の運びに。
動画の終了と共に、パーティのアイテム保有欄にたくさんのアイテムが。
「わっ、いっぱいアイテム貰えちゃった! 仕方ないっ、許してやろうっ!」
「半分はガラクタだけどね……どんだけポケットに詰め込んでたんだろ?」
「私も子供の頃、ポケットに何でも詰め込んでたなぁ。いっぺん、食べかけのアイス入れて大変な事になったけど」
優実ちゃんの思い出話も、顔が引きつって笑えないけど。多分、子供の口では一度に食べきれなくて、後から食べようとでも思ったための悲劇だったのだろうか。
子供の頃のさぞ可愛かったであろう優実ちゃんを、ほんわか思い浮かべつつ。ちゃんとアイテム確定してよと、沙耶ちゃんの急かす言葉が僕を現実に戻す。
アイテムの保持は、いつの間にか僕の役割になっているよう。子供の頃の沙耶ちゃんは、やっぱりこんな感じだったのだろうと、容易に想像がついてしまう。
それが良い事なのか悪い事なのか、判断はつかないけど。
一行が奥まで行くと、起動している魔方陣が出迎えてくれた。そしていきなりのBGMと共に、ミッションPと経験値が入って来る。驚いた事に、少量だが一度クリアした僕にも入って来た。
お手伝い賃と言う事だろうか、ミッションPが貰えたのは僕にも有り難い。彼女達の方はと言えば、僕の記憶よりもたくさんポイントを貰っていた。
多分、人数が少なかった補正だろう。これで何と交換出来るのかとの質問に、僕は思い出しながらアイテムの名前を並べて行く。召喚用の品もあった筈で、それには二人とも興味津々。
残念ながら、それにはもう一つミッションをこなす必要があるけど。
魔方陣で転移すると、いきなりひらけた場所に出た。ビックリして周囲を見渡す二人。高い塔のてっぺんで、ここはもう新エリアの端っこである。
見渡す限りの風景は、つまりは初めての眺めな訳だ。遠くには宇宙船のような、変な形の遺跡も見えて、彼女達の好奇心を刺激しているよう。
飛び出した魔方陣の側には、転移のマーキング用のオブジェが設置してあった。これをマークしておかないと、ミッション中断で街などに戻った場合、また最初からになってしまう。
二人に説明して、早速マーキングを行って貰う。
「それじゃ、ここが中間地点くらい? どうやってここから外に出るの?」
「そこの階段から、もう一回ダンジョン攻略するんだ。下に集落があるから、そこからが新エリアだね。このダンジョンは割と簡単なつくりで、集落に入るとまたイベントが待ってるよ」
「もう一個ダンジョンあるんだ? まだ時間あるから、今日中に済ましちゃおうっか?」
沙耶ちゃんの提案に、僕と優実ちゃんも同意して。ボス級の敵もいないダンジョンなので、数十分もあれば下まで辿り着けてしまえるのだが。
相変わらず宝箱の出は好調で、中身はしかし大した品は無かったけど。あるだけで嬉しいのが宝箱の魅力だ。ワイワイとお気楽なプレイで、とうとう下まで到着。
話し合って、今日はここまでという事に。
「それじゃ最後に、そこのスイッチ触って二人とも。それで昇降機のスイッチが入るから、以降は外壁を昇降機で行き来出来るようになるよ」
「あぁ、集落に行くのにダンジョン入らないでいいって事ね? なる程、便利だわ」
「今日はお終いかぁ~、経験値は結構入ったけど、レベル上がらなかった~」
やや残念そうな、優実ちゃんのため息混じりの言葉に。今日はミッションだからと、沙耶ちゃんの方はさばさばしている感じ。この調子だと、もう1~2回のインで終われそう。
そうすれば、二人とも新エリアデビューがようやく叶う訳だ。
それぞれが落ちる準備をしながら、沙耶ちゃんが気楽にご飯食べて行くかと訊いて来る。そこまでお世話になれない僕は、やや焦りつつおいとまを告げる。
外は段々と暗くなって来ていて、他の家庭も明かりがつき始める頃。僕も一時期、その暖かそうなイメージに焦がれた時期があったけど。
――今の暖かな気持ちで充分な、そんな春の日の夕暮れだった。




