1章♯04 連休とギルドの掟!
世間は連休の初日に浮かれたり、のんびりとその休日の訪れを楽しんだりしていると言うのに。休みを取れない社会人や労働者、家事に携わる人間には、実はあまり関係無い事だったりして。
僕もその一人、朝から自転車を走らせている始末だ。僕にペットの世話を依頼して来たミスケさんは、道路の渋滞を避けて昨日の夜に家族でこの街を出発したらしい。
僕に合鍵を預けて、猫の世話を頼んだ後で。
マンションは川のすぐ近くにあって、沙耶ちゃん達の住む新住宅は割と近かった。旧住宅、ハンス家とも橋を渡って坂を上がればすぐに着ける。
小さい町なので、移動に不便は無いのだが。この後はメル達の子守りが待っているので、そういう点では移動に時間を取られずに済んで何よりだ。
朝から余計な体力は使いたくないからね。
マンションはオートロックこそ無かったが、守衛さんというか管理人さんがホールに腰掛けていた。言わば彼も、連休を味わい損ねた仲間という訳だ。
ホールは奇麗で開放的で、観葉植物がやたらと多かった。床の上ばかりでなく、専用に設えてある天井近くの棚のような場所からも、蔦科の植物が勢力を示している。
壁の色とりどりのパネルやよく分からない装飾品が、その緑によって映えるように計算されているようだ。そう、まるで緑に埋もれた古代の遺跡のような感じ。
初めて見る僕は、しばらく見とれてしまった。
「おはよう、君は……三村さんから伝言を預かっていたっけな。背の高い高校生に、ペットの餌遣りを頼んでるって」
「はい、池津凛と言います。凄いですね、このホール。えっと、今日から日曜まで、朝夕2回、お世話になります」
「はいはい、承っているよ、どうぞ。三村さんの部屋は402号室だ。そこがエレベーター乗り場。街の大学近くのマンションが、水族館仕様で凄いからね。後から建ったここも、自然とね」
管理人さんはそう言って、軽く肩を竦めた。見る方は感心するが、管理側としては色々と手入れも大変なのだろう。そうは言っても、やっぱり凄い。
僕は一礼して、早速エレベーターに乗り込む。それから数字の4を押して、到着するのを待つ。ミスケさんは、海沿いの観光地で清々しい朝を迎えた事だろう。
羨ましい気もするけど、本人は家族サービスも大変なんだぞと愚痴気味にこぼしていた。傍から見ると、子煩悩の良き父親なんだけどな。
エレベーターは4階に到着。僕は降りて、402号室を探す。
ミスケさんの部屋は、当然だけどすぐ見付かった。僕は合鍵を差し込んで、そろりとドアを開ける。猫の脱出に注意しての事だけど、その心配は無かったようだ。
入り口付近にゲージの囲いを発見、猫の姿は見えず。僕の住む隣街のマンションよりも、洒落た感じのつくりに見受けられるが。確か、築年数は同じ位だった筈。
僕はゲージを突破して、真っ直ぐリビングに移動する。リビングのテーブルに、メモが置いてある予定だった。それはちゃんとそこにあり、恐らくミスケさんの文字でリストが作成されていた。
読んでみると、ちょっと笑ってしまった。
メモの下の空欄部分に、明らかに子供の文字で、ニャー達をよろしくと書かれていたのだ。僕は記念にそのメモを貰う事にして、胸のポケットへ。書かれていた用件を順にこなして行く。
まずは部屋の空気の入れ替え。ベランダは整理されていたが、植物の姿はなし。窓を開けながら、僕は水をあげる植物に見落としが無いかチェックを行う。
猫はすぐに見付かった。リビングのソファの上に1匹、その影に警戒する感じで1匹。ソファの上の猫が鳴き声をあげて、僕の存在に疑問を投げ掛けて来た。
僕が餌遣りの用意を始めると、納得したように僕に体を擦り付けて来る。
甘え上手なそいつを、僕はよしよしと撫でてやる。猫の種類には詳しくないが、なかなかの美猫である。名前を聞くのを忘れてしまったが、長毛種で外国産のようだ。
もう1匹は短毛種で、どこにでもいるような日本の猫。僕が専用のトレイに餌を入れて差し出してやると、さすがのそいつもソファの影から出て来た。
それでも半分警戒しながらで、こちらをちらちら眺めている。
全部屋を簡単に調べて回ったが、植物が置いてあるのはどうやら玄関と廊下、それからリビングだけのよう。メモに書いていてくれればと思うのだが、ミスケさんは植物より猫の方に重きをおいているらしい。
それから植物と猫に水を遣って、猫のトイレの砂の交換。満腹になった猫たちは、ゴロゴロとリラックスしているよう。時間があったら遊んであげてとメモにあったが、朝はいいかな。
これで朝のペットの世話は終わり、部屋を出る事に。
愛想の良い長毛の猫が、玄関まで見送りしてくれた。ニャーと鳴いて、もう帰るのと言いたげな感じ。僕はそいつにお別れを告げて、ゲージをちゃんと戻して部屋を後にした。
ホールで管理人さんにもお別れの挨拶をして、それから僕は自転車で移動。橋を渡って、運動公園を横目に、小高い山のゆるい坂道を上り始める。
すっかり通い慣れてしまったハンス家に着くと、子供達は庭先で僕を待っていてくれていた。ジョウロを手にして、庭の草花に水遣りでもしていたのだろうか。
庭の一角には、こそばゆい感じで緑の新芽が顔を出していた。僕が師匠の奥さんから貰ったハーブの種を、子供達にプレゼントしたのがこれだ。
それが見事芽を出して、目下子供達の興味のタネらしい。
「リンリン、おはようっ! 待ちくたびれたよっ、中に入るよ、サミィ」
「リン、抱っこして。おうち入る」
「おはよう、二人とも。遅れちゃってゴメン、ちょっと寄り道してた」
僕はサミィの服をチェック、土や何やらで汚れていないか確認して、少女の手の汚れを簡単に払ってやる。メルは園芸道具を片付けながら、裏口に向かっている。
僕も玄関先に自転車を置いたまま、サミィを抱っこしてメルに続く。サミィは芽が出たのを指差して、僕に向かって真面目顔で報告して来る。
花が咲くのは、明日くらい?
「花が咲くのは、もうちょっと世話してあげないとね。順調に行けば、夏くらいかな?」
「明日がいい、病院に持って行くの。お母さんに見せてあげる」
「土曜か日曜に、パパとお見舞いに行く事になってんの。ボクの小学校は5連休だけど、リンリンのトコは土曜日挟んでるよねぇ」
「中学も高校も、今回は特別に土曜日が休みだって話だよ。連休作って貰って、みんな喜んでるよ」
ちょっと得意げだったメルは、それを聞いて何だという表情に。普段は中学も高校も、土曜日は午前中の授業のみ存在するのだが。
今回みたいに、融通を利かせてくれて休みになる事もあったりする。そんな訳で、僕も5連休には違いないのだが。しっかりバイト漬けなのはご察しの通り。
裏口で、僕はサミィの靴を脱がせてあげる。洋風な造りの家だが、さすがに土足と言う訳には行かない。そもそもハンスさんは、生まれも育ちも日本らしい。
外見だけでは、完全に騙されるけどね。
メル達も、それは一緒。日本語など、全く話せないような外国人の容貌そのものである。ハンスさんの教育の賜物で、彼女達は英語も普通に話せるけど。
その辺は、話せば長くなるし僕もよく知らない。日本育ちのハンスさんも、同様の手口で英語を幼少期にマスターしたそうだ。今では貿易商のような仕事で、英会話力を存分に発揮しているらしいのだが。
最近はネットの普及で、商品を探して世界各国を飛び回る事はあまりしないらしい。少なくともハンスさんは、海外に出向くような部署では無い模様。
彼はあらゆる意味で、地元指向が強い性格なのだ。
「今日は何しよっか……藤村さんは、来ないんだっけ? お昼どうしよう?」
「来ないよ、リンリン何か作って。取り敢えずお昼までは、ダラダラしようっ」
「おうどんがいい、リン作って」
そんな訳で、お昼のメニューは悩む事無く決定。住んでる家には料理用の機材が無いと言うのに、僕は最近料理をする機会が増えている。
家にもちょっとずつ鍋とかフライパンが揃い始めて、それを父さんは面白く思っている事だろう。春先には課題とは関係なく、料理の本とか保育士の資格取得の本とかを貰ったものだ。
読んでみると案外楽しくて、理屈だけなら僕のレパートリーは恐らく40を超える。作った事のあるのは、超簡単なうどんとかスパゲティだけだけどね。
今の所、失敗していないし受けも良いのが有り難い。
ちなみに藤村さんとは、もう一人の子守り役の人である。結構年のいったお婆ちゃんで、母方の遠い親戚らしく、料理や洗濯や掃除などは上手いのだが。
さすがに子供達の遊び相手を、長時間こなすパワーは無い。分業みたいな感じで、この数ヶ月は役割をこなしている。ちょっと神経質だが、色々と世話好きな性格のお婆ちゃんだ。
ハンス家が奇麗に保たれているのは、ひとえに藤村さんのお陰である。
それはともかく、僕らはメルの提案通りにお昼までは完全に寛いでいた。メルがプレイルームからオーちゃんを連れ出して来て、リビングで一緒に遊び始める。
藤村さんが知ったら、確実に小言を言い始めるに違いないが。僕はサミィに本を読んであげたり、一緒にテレビを見たり。ケーブル放送の英語番組は、彼女達のお気に入りなのだ。
真面目に見入って、繰り返す発音も素晴らしい。
お昼には、リクエスト通りにキッチンでうどんを茹で始める僕。買い物は散歩がてらに、二人を連れて近くのスーパーに出掛けたのだが。
毎回余計な物を買い込まされて、そこは試練な感じである。最近は駄目と言えるようになったものの、まだまだ彼女達のおねだりの方が効力が高いよう。
まぁ、お菓子をねだられる位は可愛い物か。
茹で時間が少々長めの、柔らかいうどんをサミィの可愛らしい椀に取り分けてあげる。姉と一緒にフーフーしながら食べる姿は、作った甲斐があるというもの。
僕とメルの食べる分は、もう少しだけ固めに茹で上げてある。細かい点に目が行くようになったのも、子守りのバイトを始めてからだろうか。
食べ終わってしばらくすると、サミィの目がトロンとして来る。おねむの時間らしいと、タオルケットを用意する僕。メルの目は逆にしめたと光を放ち、ゲーム接続の準備に余念がない。
洗い物の終わった僕は忙しく、サミィの寝る場所確保。
毎度の取り決めとなっているのだが、これは数少ない僕とメルとの約束。サミィを遊びの仲間外れにしない、つまりネットゲームはサミィのお昼寝タイムだけ。
以前これで大喧嘩した事があって、それは僕も悪いのだが。僕とメルとでゲームをしていて、退屈になったサミィが僕の回線の接続を引っこ抜いて切ってしまったのだ。
一緒に遊んでいたメルは、怒ってサミィに手をあげる始末。そんな強い力ではなかったが、叩かれたサミィは大泣き騒動。他愛の無い姉妹喧嘩だったが、落ち着くまで大変だったんだ。
以来、メルは渋々この約束に従っている。
「寝た、寝た? リンリン、今日は何しよっか?」
「時間が不定だから、この間にメルの隠れ家を作っちゃおうか?」
「いいよ、材料はもう全部揃ってるの?」
「揃ってるよ、家具は後から好きなの買ってね。作れるのは、僕が作ってあげるけど」
接続しながら、小声での遣り取り。テレビの音量も最小まで下げて、寝ているサミィを気遣う素振り。もっとも、メルは起きられると困るからだろうが。
姉妹仲は悪くないのだが、活発な性格のメルは年下の妹を少々厄介がる傾向がある。サミィの性格はと言えば、穏やかでほわほわしている感じだ。
正反対な為に、気に障る部分もあるのかも知れない。
「隣の土地が買えて良かったね、メル。まぁ、ここは安いし人気が無いとこだけど。広さは充分だから、庭もつくれるし良い物件だよ」
「可愛い見た目の作ってね、リンリン♪ ボクの友達に自慢出来るのがいいなっ。尽藻エリアに来れる子は少ないけどっ」
ウキウキした様子で、メルがそう依頼して来る。合成の中でも、家造りと言うのは職人も少なく、新エリア全盛の終盤の頃に出て来た分野である。
僕がそれに手を出したのは、自分の工房が欲しかったから。
冒険者は、ゲームに登録してキャラが出来たその日に、仮の部屋を与えられる。別に部屋代やそんな物を取られる訳ではないが、出来る事も案外少ない。
例えば、部屋の中に魔法陣を作って、直接行きたい土地にワープしたり、カバンの中の余分なアイテムを保存しておいたり。植物を育てたり、工房を作ったりは仮の部屋では不可能である。
冒険で入手した家具やアイテムには、部屋に設置して初めて効力を発揮する物もあり。しかしそれは、仮の部屋には置けなかったりするのだ。
アイテム保管だけでもありがたいので、多くの冒険者は自分で部屋を借りるのだ。
そう、初期の頃には気に入った街の宿屋で、部屋を借りるのが精一杯だったのだ。宿屋のランクで、預けられるアイテム数の上限が決まったり、庭付きで栽培が可能だったり。
それがバージョンアップで段々と、土地を売ってくれる街が出始めて。冒険者の間に、そこに自分の隠れ家を作るという新しい流行が到来したのだった。
合成建築士達は、それに乗じてかなり儲けたらしい。師匠もその一人で、そのお金は今も師匠の隠れ家にうなっていると言う話だ。その割には、師匠のは慎ましい隠れ家だけど。
道のりは大変だが、お金を儲けるには合成が一番だと僕は思う。
そんな訳で、今の僕はメルに隠れ家を作ってやれる程度には豊かになっている。希少な素材も使用するので、少々材料の調達に手間取ってしまったが。
この街の空き地は、最近のバージョンアップで売りに出された土地である。ミッションPが少々と結構なギルが必要だが、割とお手頃な土地になっており。
街自体が尽藻エリアの僻地にある事も手伝って、広い土地にも関わらず買い手がまだまだ少ない。お陰で、僕とメルの土地を隣り合わせで購入する事が出来たのだ。
さて、これからが腕の見せ所だ。
僕は建築に必要な材料を全部カバンに放り込み、合成の素も忘れず手に取る。それからメルと共に目的地にワープ、街の外れを目指して歩き始める。
広い売り地に対して、建っている建物は1割程度。メルは自分の土地を探して、空き地を行ったり来たり。名前つきの札が立っている筈なのだが、目印がそれだけなのが逆に難しい。
せめて通りが分かる程度に、町並みが出来上がっていれば方向の指針になるんだけど。僕も一緒に、記憶を思い起こしながら自分の買った土地を探しに掛かる。
見つけたのはメルが先だったけど。
「あった、あった。リンリン、ここだよね? 改めて見たけど、結構大きいなぁ♪」
「そうだね、ポイントで点滅している場所全部だからね。一回目の素材投入で、多分土地周りの柵とか出来る筈だよ」
「そしたら今度は見つけやすいよね、リンリン早くっ! 早く作って!」
メルに急かされて、僕は土地の中央に立つ。カーソルが移動するポイントがそこにあり、そこからがスタートなのだ。僕は持って来た合成の素を、そこに投入する。
途端にフィールドに変化が。小さな小人達がワラワラと出現し、僕の前に整列する。その数全部で5人、この子達が建築の担い手となるのだ。
小人の数は合成のスピードに比例するので、多い方が良いのだが。師匠などは10人も呼び出せるから、単純に僕の二倍の速度で家を建てれる訳だ。
まぁ、趣味で作る隠れ家だし、こうやって数をこなせばいつかは速度も上がって行くし。メルが僕を指定したのだから、しない訳には行かないし。
僕は小人に材料を預けながら、そんな事を思ったり。
案の定、全ての素材を受け取って貰えなかった。最初の工事が終わったのを見計らって、もう一度小人達を呼び出して材料を渡さないといけないようだ。
それでも着工を始めた小人達を見て、メルはとても嬉しそう。この工事の過程は、時間と共に目に見えて分かるようになっている。今は素材の丸太の山が土地の端っこに出現し、着工前の雰囲気を醸し出している所。
もうしばらくすれば、基礎が完成した場面が見えるだろう。メルはソファの上で飛び上がって喜んで、早く出来ないかなとせっかちな言葉を口ずさんでいる。
僕は隣にある、僕の買った土地でも同じ作業を繰り返す。
ファンスカでの合成の話を、もう少しした方が良いだろうか。僕が合成に手を染めた理由は別にして、多くの人は主にお金儲けの為に合成に手を染める。
しかし実際は、高いハードルに挫折する人が多い。金策なら他にもあるし、何よりたくさんの種類の素材を手元に維持していないといけない。
ある程度の自由に出来る敷地と時間、さらには入手が難しい器材やセンスも必要になって来る。スキルや熟練度を上げる為には、同じ素材を数十、数百買い占める事も必要になって来る。
そう、金策目的に合成のスキルを上げる為に、前もって資金が必要になって来るのだ。合成した物が全て捌けるほど甘くない。必要の無い装備やアイテムは、赤字になっても店売り処分する位しか手は無いのだ。
そんな品も、上手く行けば競売に出して儲けが出る事もあるのだが。
そんな感じで苦労しながらも、スキルや熟練度を上げるのだけれども。これもやっぱり、自分が思っているようには上手く行かなかったりする。
何故かここにも、スキル取得のランダム性が絡んで来るのだ。製作側は、一体何を考えているんだか。詳しく話すと、次の通りだ。
まず合成を上げようと思った人は、4つの中からどのタイプを上げるかを選択する。通常合成、強化合成、属性合成、分解・変異合成の4つで、それぞれ出来る事が違って来る。
通常合成は、NPCの職人からレシピを教わって、その素材と手順で合成を行えば良い。一番単純で取り組みやすく、極めればそれなりに便利である。
HQを狙ったり、他にも料理や薬品などの消耗品で儲けが出やすい。
2つ目は強化合成。その名の通りに武器や装備の強化、さらには修理などを手掛ける合成だ。通常合成のHQよりさらに上等の性能に仕上げる事が可能で、儲けも大きいのだが。
意外とセンスも必要で、そもそもレシピが存在しない。どの武器装備を、どんな素材で強化するか? そのレシピは、時には高値で取り引きされる事もある程。
合成するのに特別な器材が必要で、それを設置する為の場所も必要。通常合成より、かなりハードルが高いと言える。しかも強化用素材は、取り引き金額も常に高値がついている。
資金力が無いと、そもそも熟練度が上げられない合成でもある。
3つ目は属性合成と言う。主に、属性の力を武器や装備に付与する事が出来る合成だ。例えば炎の属性だと、炎スキル+3だとか、腕力+2だとか。
ちょっと知識が必要になるが、とにかくファンスカの売りである属性を元にした合成だ。これで炎の神酒とか、闇の秘酒、光の水晶玉などの消耗品を作る事も可能だ。
オーブを属性の宝珠にする事も出来て、そう言った意味でも需要は多い。ある意味、強化の一種とも言えるが、レシピは既にほとんどが知れている。
通常合成を極めた職人が、次に挑むのには適しているかも知れない。
最後の1つは分解・変異合成と言って、これはかなり特殊。上手く行けばクズの素材から使えるものを抽出したり、変異させたりする事が出来ると言った所か。
失敗、ロスト率が高いのでも有名で、工房で行う宝捜しとも言われている。当たれば儲けは大きいが、確率はあまり高くないのが残念な点か。
原石から宝石を取り出したり、キャラが装備不可能の獣人の装備品からインゴットや素材を取り出したり、錬金タイプの合成でもある。
レシピを必要としない唯一の合成であり、そういう点でも特殊だ。
上げる合成のタイプを決めたら、次はスキル上げだ。全種類上げるとかも可能だが、下手に幾つも手出ししても共倒れになる可能性が高くなるだけ。
スキルを上げるには、まずは街にいる職人の弟子になる必要がある。そこで修行して、皆伝書を何枚も、何十枚も、何百枚も貰う必要があるのだ。
皆伝書でスキルポイントを貯めて、それがそのまま成功率やHQ率になる。そして難しいレシピにも挑戦出来るようにもなる訳だ。そしてやっぱり、スキル10ごとに技と言うか特技を覚える。
例えば《革素材適性率UP》とか《頭装備成功率UP》とか。無くても困らないが、これがあると革素材を使った合成がスムーズになったり、兜を作る時に失敗の確率が減ったりする訳だ。
合成にも個性が出る訳だ。素材が割れたら丸損の職人には、それはそれで嬉しいのだけど。
皆伝書を貰うのは、それ程難しくは無い。ただし、熟練度を上げていないと、職人NPCの出す試験に合格出来ないが。熟練度を上げるのは、ひたすら適性レベルの合成を繰り返す事。
つまりはたくさんの素材と、それを買うお金が必要になって来る。作り上げた品が黒字で売れれば良いが、人気の無い商品だと売れ残って赤字になる。
まぁ、こんな所にもセンスが必要になって来るのだが。赤字を避けて、なるべくコストの掛からない素材で熟練度を上げると言うセンスが。
ここまで来ると、商才とかゲームを離れてしまう気もするけど。
こんな感じで、職人NPCから適当な期間を置きつつ試験が出るので、それをクリアして皆伝書を貰う。試験は10回連続で合成を成功させろとか、内容はそれ程難しくは無い。
それでスキルを上げて行き、新しいレシピに挑み続け。職人達は、とにかく高みを目指すのだ。そんな一つの極みが、ギルド『小人の木槌』だろうか。
僕の師匠も所属する、熟練職人達の作り上げた万人が認める技術の結晶ギルドだ。合成に関しては知らぬ事が無いと言う噂も、あながちウソではないだろう。
師匠の弟子になったとは言え、僕など入れて貰えるレベルでは決してない。もし師匠が誘ってくれても、僕は怖くて籍を置けないだろう。
それ程の差が、僕と師匠の間にはあるのも事実。
そんな僕だが、つい半年前に師匠にも誇れる合成に偶然にも成功した。それが強化合成を駆使した、片手棍のロックスターという訳だ。
こいつが生まれた瞬間は、さすがの僕も物凄く興奮したものだ。何しろ選んだ素材がいわくもの付きの素材ばかり。詳しくは言えないが、今から同じ素材を集めろと言われても困難極まりない。
この合成は、僕のキャラの成長方針にも多大なる影響を与えた訳だ。僕としては、ネットゲームを始めて初の、重大事件だったと言えるかも知れない。
沙耶ちゃん達にギルドに誘われた事は、その上を行く事件だけどね。
隠れ家を作るのは、実は通常合成で事足りてしまう。ただし、スキル技で《小人召喚》と《建築技術》を持ってないと不可能なのだけれど。このスキルを取得するのに、僕は結構苦労した。
ちなみに、そんなマイホームの限りない集大成が『領主』の取得だろうか。お城みたいな隠れ家と土地を、物凄くたくさんのミッションPと交換するシステムだ。
招かれないと入れないので、実際は見た事無いけど。普通はギルド単位のグループで取得して、集会所みたいにして使うらしい。さすがに一人で維持するには、広過ぎるし問題も多いらしい。
師匠も少し興味があったらしいが、合成に関連して『キャラバン隊』の方にミッションPを費やしてしまったらしい。その後で、僕と合同経営者契約を交わしたのだが、その話はまた今度。
話し始めると、結構長くなるからね。
「終わっちゃったねぇ、隠れ家つくり……ん~っ、サミィが起きるまで、細剣の熟練度上げるの手伝って、リンリン」
「いいよ、ちょっと待ってて、スキルセットし直すから……僕も遊びで、片手剣のスキルでも上げようかな?」
「ここ出た場所の敵は、強過ぎるかな? やっぱり戻った方がいいかなぁ」
「ここは尽藻エリアだよ、メル? こっちは二人だから、初期エリアか、せめて新エリアじゃないと無理だって」
そんな事を話し合っていると、僕のキャラに通信が入って来た。誰かと思ったら沙耶ちゃんと優実ちゃんで、暇なので合同インして来たらしい。
僕が現状を説明すると、短い時間を了承しつつも一緒に遊ぶと返事して来る。そんな訳で、彼女達の行けない新エリアも削除、初期エリアの適当な場所に決定。
メルは最初は、人数が増えたのにも歓迎ムードだったのだけど。二人が僕の同級生で、しかも女性だと知ると途端に機嫌が悪くなった。
プレイに集中しなくなり、妹が起きる気配がないかとちらちらとサミィを観察。そして時間を見計らって、勝手に落ちると告げてしまった。
無論、僕も一緒に。妹を起こす時間だと一方的に告げて。
これが沙耶ちゃんとメルの、闘いの第一ラウンドだった訳だ。
第二ラウンドは、もっと熾烈だった。何しろ今度は、直接対決だったのだから。次の日も僕は、朝の良い時間を見計らって、ミスケさんのマンションで猫の世話と部屋の換気を行った。
それからは、ぽっかりと時間が空いてしまった。今日のハンス家の子守りは藤村さんで、僕は夕方の餌遣りまで暇を持て余していたのだ。
沙耶ちゃんには昨夜のレベル上げ中に、今日の昼から合同インしようと誘われてはいたのだが。はっきり返事をしないまま、僕は図書館で時間を潰す事に。
一度家に戻っても良かったのだが、何度も街を往復するのは面倒だ。どうせお昼は外に食べに出掛けるつもりだったから、尚更の事そう。
父さんの課題のプログラム本に目を通しながら、僕は充実した時間を過ごしていた。本を読むのは楽しくて、それが例え難解な内容であろうとも同じ事。
内容を覚えるくらい集中して読めば、いつか何かの拍子にパッと難解な内容が紐解ける事態も訪れるのだ。難しい本には、それに対応した読み方が存在する。
1回で覚えられなければ、何回か読み直せば済む話だ。
集中していたら、いつの間にかお昼になっていた。近くにオープンカフェがあって、それ以外は大学の学食位しか、この周辺にお店は存在しない。
自転車だからちょっと走らせれば、駅前やアーケード通りに辿り着きはするんだけど。そういう所は賑やかで、特に連休中は混み混みに違いない。
僕は近くのオープンカフェが空いている事を期待して、一度図書館を後にする。
幸い、何とか席を取る事は出来たのだが。携帯が突然受信を知らせて、プルプルと震え出す。食べかけのサンドイッチをそのままに、僕は慌てて電話に出た。
相手は藤村さんで、どうやら姉妹に手を焼いているらしい。お昼を食べさせたのはいいが、とうとう二人ともぐずり出し。こっちは掃除と洗濯をしたいのに、それも侭ならない。
幸い天気もいいし、凛君、散歩にでも連れ出してくれないかしら?
サミィはともかく、メルがぐずるのは珍しい。外に遊びに出たいのだが、妹に遠慮してそれも出来ないせいかも知れない。僕はすぐ行きますと藤村さんに伝えて電話を切った。
こうなる気がして、僕は予定を空けていたのだが。しかし昨日は結構、二人とも普通に機嫌が良かった筈なのに。あれから夕方には、ミスケさんの猫を皆で見に言ったのだ。
メルもすぐに機嫌を直したし、しかし猫の方は結構嫌がっていたが。愛想の良い猫も逃げ出すほど、子供のパワーは侮れないのは僕にも理解出来る。
それを考えると、オーちゃんは凄いと思う。
そんな事を考えながら、僕が急いで昼食を平らげていると。再度の携帯の着信が、僕の食事を中断する。飲み物で何とか気道を確保して、今度の通話相手と対峙。
今度は沙耶ちゃんからだった。お昼の合同インの具合はどうかと、明るい声で話し掛けて来る。お昼がまだだったら、ウチで食べれば良いし。
って、今ドコ?
僕は現在文化会館前のカフェテラスにいて、今から子供を連れて散歩に出なければならない事情を沙耶ちゃんに話した。別に出なくても良いけど、藤村さんは子供達がいない方が掃除や洗濯に集中出来るに決まっているので。
彼女は分かったと言って、散歩なら一緒しても問題ないみたいな事を口にした。丁度今、そこの文化会館で『世界のお菓子博覧会』なる企画をやっているらしい。
子供の日を前に、子供だったらお菓子じゃん的な発想から持ち上がった企画に違いないと、沙耶ちゃんは言葉を並べ立てる。優実ちゃんが、是非とも行きたいと意気込んでるとも。
断る術もなく、僕はいつの間にかオッケーしていた。
あの行動力はどこから来るのだろうと、僕は不思議に思いつつ。ようやく食事を終えて、昼食の会計を素早く済ませる。チラッと見たら、確かにお菓子のポスターが貼ってあった。
子供連れの数も多く、なる程お菓子イベントのせいらしい。そんな事気にもしなかったのだが、気にしないから目に入らなかったとも言える。
優実ちゃんは確かに好きそうだ。いや、そんな事より早くハンス家に行かないと。
自転車を飛ばして、僕は住宅街を駆け上がる。テニスで鍛えた脚力は、未だに衰えてはいないよう。出迎えてくれた藤村さんは、明らかに安堵の表情。
反面、姉妹はなるほどのむくれ顔。
「凛君、子守りの方はお願いね。オウムの毛が家中に散乱してて、子供の健康にも絶対に良くないわ。徹底的に掃除しないと、私の気がすまないっ!」
「分かりました、夕方まで散歩して来ます。メル、お出掛けカバンとサミィの外着取って来て」
「……オーちゃんの毛は、別に汚くないよっ」
ブツブツ言いながらも、僕の言葉に従うメル。こう言う時は、敢えてどちらの味方もせずに、僕はメルに向かって眉を顰めてやる。メルは肩を竦めて、大人しく出掛ける用意。
サミィは完全に機嫌を損ねていた。僕以上に眉根に皺を寄せていて、可愛い顔が台無しだ。僕に抱っこをせがんでから、一言も言葉を発していない。
これは手強そうだと、内心僕は冷や汗モノ。
外は良い天気で、これならどこの連休イベントも盛況に違いないと言う感じ。僕と手を繋いでいたメルも、しかしまだむくれた表情。別に藤村さんと気が合わない訳ではないのだが、小言を言われると彼女なりの言い分も、年の功でかわされてしまうのだろう。
母親が長期に渡って家を空けている事も、もちろんストレスの要因に違いないが。
「これからお菓子のイベントに行きま~す。二人はどんなお菓子が食べたい?」
「……ホットケーキとか、うん、ホットケーキが良いなっ」
「ホットケーキか、いいね。サミィは何が食べたい? この間ウチに来たお姉ちゃんも来るよ?」
「……お姉ちゃん?」
難しい顔をしていたサミィも、ようやく口を開いて考え込む素振り。逆にメルは、誰よそいつと乱暴な口振り。昨日、ネットで遊んだ相手だと、僕が口にすると。
再びむくれて、そっぽを向いてしまうメル。どうやら妬いているらしいとは分かるのだが。会った事もない相手を、何をそんなに嫌うのかが分からない。
そんな事で悩んでいる内に、運動公園に到着する。
「やっほ~、リン君! やあっ、可愛い子だねぇ、名前は何て言うの?」
「この子がメルと、サミィにはこの前会ったよね、沙耶ちゃんは……今ちょっと、機嫌が悪い」
「こんにちはっ! お菓子食べる前に、おなかを空かせなきゃねっ! だからちょっと運動しよ?」
誰がペースを握っているのか、判然としない挨拶の中。優実ちゃんはピンク色の大きなゴムボールを持って来ていて、腹ごなしの運動を提案する。
二人とも動きやすそうな格好で、その気満々なのが凄い。しかし現状は、ふてくされているメルを覗き込む沙耶ちゃんと、ゴムボールを挟んで見詰め合う優実ちゃんとサミィ。
訳が分からない、取り敢えず僕は蚊帳の外らしいけど。先にケリがついたのは、優実ちゃんとサミィのペアだった。サミィが僕から降りたがり、そのままボールに釣られて優実ちゃんを追い駆け始め。
いきなり楽しそうに、二人でボール遊びを始めてしまう。
一方の沙耶ちゃんは、メルを指名して運動公園の隅に設置された、アスレチック遊具を指差す。太い丸太と太いロープで作られた、全長が50m近い障害物コース。
今はお昼時という事もあって、遊んでいる子供の姿もほとんど無い。指名されたメルは、いかにもムッとした表情で沙耶ちゃんを睨み返すのだが。
不敵な笑みで、それをいなす彼女。ほとんど強引にメルの手を取って、さっさと遊具の方向に歩き出してしまった。僕はどうするべきかと、しばし思案しつつ。
取り敢えず、誰か怪我をしないかと心配しながらの観戦。優実ちゃんとサミィは、きゃいきゃいとはしゃぎながらボール遊びに熱中している様子だ。
沙耶ちゃんの方は、心臓に悪そうであまり見たくない。
僕の心配をよそに、二組が戻って来たのは30分以上が経過してから。優実ちゃんとサミィは、程々の運動で血色も良い感じ。カバンに入ってたタオルで、僕はサミィの汗を拭いてやる。
サミィはまだはしゃいでいて、自分の顔ほどあるボールを手にしたまま。遊んで貰って良かったねと僕が言うと、優実ちゃんに振り返ってにっこり笑う。
沙耶ちゃんとメルは、それとは真逆。そもそもアスレチックの遊具は、腹ごなしに遊ぶにはハード過ぎるのだ。僕の予想は大当たりで、二人とも汗みどろで疲れ果てている感じ。
太いロープで擦れた個所も目立っていて、何故にそこまでムキになって遊んでいたのか。何故か二人は手を繋いでいて、メルの顔には不承不承な敗北感が滲んでいる。
肩で息をしながら、悔しそうなのは競争でもしていたのだろうか。
それでも甲斐甲斐しく、沙耶ちゃんはメルの汗を自分のタオルで拭いてあげていた。さすがに妹がいるだけあって、その姿も様になっている。
一行が落ち着いたのを見計らって、手洗い場を経由してイベント会場へ。優美ちゃんがサミィの手を握り、沙耶ちゃんがしっかりメルを確保している。
僕の負担はかなり軽くなったのに、何故か心の負担は増えた気もして。結構混んだ会場の中は、しかしかなり興味深い催し物に溢れていた。
入場料は結構取られたが、どうやら中では食べ放題らしい。屋台の通りも奥にあったが、僕達は最初の観賞用のお菓子のコーナーから見て廻る事に。
サミィは身長が足りなくて、再び僕が抱きかかえてやる。
小さな積み木みたいな、お菓子の家や風車などの作り物。その他にも大きなケーキや、チョコや飴細工の数々。見ていて楽しくなるし、唾液が出て来て困ってしまう。
サミィもそれが全部食べれるお菓子だと知って、驚いているよう。食べてみたいと手を伸ばすのだが、残念ながらそれは振る舞って貰えないお菓子。
そこで僕らは、奥に設置されている屋台の方へと移動する事に。綿菓子やボンボンから始まって、日本以外の珍しいお菓子も積極的に振る舞われていた。
東洋のお菓子は乾燥させたフルーツみたいなのが多いようで、ちょっと硬くて園児には不向きかも。西洋菓子になると、今度はクリームや乳製品に寄って行く感じだろうか。
僕はサミィに、適当なものを選り分けてあげる。
「いっぱい~、幸せ~♪」
「子供の前で、みっともなく食べ過ぎないのよ、優実。でも美味しいわね、この洋菓子」
「メルも食べてる? 高い入場料払ったんだから、食べないと損だよ?」
メルは食べてると答えて、隣の沙耶ちゃんをチラッと見遣った。傍目には仲良さそうに寄り添ってるが、メルの表情はまだ少し硬い感じだろうか。
それでも先ほどよりは雲泥の差。妹のサミィに、持ってるお菓子を交換してと言われ、手にしたドーナツを差し出している。沙耶ちゃんが飲み物を取りに行こうと、メルを誘う。
飲み物も何種類かあって、珍しいのとか普通のココアや紅茶とか。人混みに注意しながら、二人は僕らの分まで紙コップで飲み物を運んで来てくれた。
有り難くサミィと頂きながら、ほっと一息。
結局1時間近く、そのイベント会場にいただろうか。時間とともに催し物も変化するらしく、僕らはチョコレートフォンデュを最後にその場を去る事にした。
はっきり行ってきりが無いと、沙耶ちゃんが優実ちゃんを引き剥がすように会場を後にする。そこで入場料も、あながち高い訳ではなかったと判明。
入場者へのお土産にと、お菓子の詰め合わせを貰ったのだ。貰った優実ちゃんとサミィは大喜び。頬をすり合わせて、お互いに喜びを表現している。
会場を出た時は、既に3時を過ぎていた。
「さて、ここからどこに行こうか? 立ちっ放しだったから、ちょっと公園で休憩する?」
「そうだね、サミィ抱えっ放しで腕が疲れたし」
「サミィは重くないよ?」
抗議する感じで、僕に抱えられたサミィが口にする。そうだよね~、失礼だよね~と、優実ちゃんが口裏を合わせて僕を批難して来るのだが。
腕の中でもじっとしていない子供と言うのは、とにかく腕に負担が掛かるものだ。やっとベンチに腰掛けて、その時にはサミィは半分夢の中。
今度は僕の膝の上を占領して、完全に身体から力が抜けている状態に。
こうなったら下手に動けないと、ここからは静かな声でお喋りタイム。沙耶ちゃんは、巧みな話術でメルから色々と情報を引き出している様子。
ファンスカ内のキャラレベルでは、自分達が負けていると知って。アンタも結構やるわね的な会話から、次第にメルの自信も回復して行く。
僕とのプレイ回数の多さも、少女の会話の勢いを増す事に繋がったようだ。一緒にNMをバンバン倒していると、少々自慢げにメルが語っている。
聞いていると二人だけの戦果に聞こえるが、実際はハンスさんのギルドの手伝いの結果。沙耶ちゃんが負けずに、今度追加されたクエストを一緒にやるのだと自慢する。
よく分からないが、まるで僕を取り合ってる痴話喧嘩みたいだ。
「それならボクだって手伝うって約束してるもん! ボクの方が役に立つし!」
「そっか……それならメルを、私達のギルドの特別客人にしてあげるよ。みんなで100年クエだっけ、一緒にクリア頑張ろうか?」
「あ~、いいねぇ♪ やった~、仲間が増えたよ? ふうっ、私も眠くなって来た……」
適度な運動と満腹感で、優実ちゃんにも睡魔がやって来たらしいが。園児と同じ行動パターンは止めて欲しいと、沙耶ちゃんは辛辣に切って落とす。
それから、明日は何か予定があるのかと、僕とメルに尋ねる沙耶ちゃん。朝と夕方以外は特に無いと僕が返事をすると、それならモールに遊びに行こうかと誘って来る。
無論、メルとサミィも一緒という事だが。先ほどの競争結果を持ち出して、沙耶ちゃんがメルに迫って来る。やっぱり何か賭けていたらしく、本気で悔しそうな様子のメル。
外人特有の手足がすらりと長い容姿のメルは、運動神経も抜群である。金髪を長く伸ばして、傍目には青い瞳のお人形のようにしとやかに見える少女だが。
実際はかなりのお転婆で、僕もしばしば手を焼いている。
それでも遊びに誘われたのが、ちょっと嬉しかったのかも知れない。メルは僕を見て、どうするの的な目付き。人混みは苦手だが、二人が仲良くなれるならそれもアリか。
僕が行こうかと了承すると、メルは仕方ないなと肩を竦める素振り。素直じゃないのは今に始まった事ではないが、雰囲気から楽しみにしているのがバレバレである。
沙耶ちゃんもやっぱり、それに気付いていたのだろう。色々と廻る所をリストアップして、今から楽しみ度をグングン上げて行く見事な手腕振り。子供の相手が、妙に上手だと思う。
そのあと沙耶ちゃんは、私達のギルドの掟はみんな仲良く助け合うんだよとメルに教え諭していた。弱い者にはみんなで支援して、遊ぶ時は全力で悔いを残さない。
メルは神妙に聞いていたが、果たしてどこまで理解していたか。
結局その日は、ミスケさんのマンションに付いて来たのは優実ちゃんとサミィのみ。沙耶ちゃんとメルは、大人数で押し掛けるのも悪いと下で待機してくれていたのだ。
勢いだけかと思ったが、女性らしい気遣いも垣間見せる沙耶ちゃん。一方の優実ちゃんは、園児と一緒に本気で猫と戯れている。その姿はやっぱり、蕩ける位可愛いのだが。
歳相応ではないよねと、ちょっと思ってしまったり。
次の日も快晴で、天気は昼からぐんと上がるらしい。僕はと言えば、朝から大忙しで自転車を漕いでいた。寝坊したのもあるが、急な師匠からの呼び出しが携帯にあったのだ。
例の如く朝の猫の世話を済ませて、今度は師匠の家まで自転車を飛ばす。師匠に急な用事が出来て、僕に子守りを替わってくれとの用件だったのだが。
モールにメルや友達と遊びに行くと伝えたら、それじゃあ一緒に魁南も連れて行ってくれとの依頼。サミィの世話だけでも大変なのに、そこに魁南も加わるとなると。
考えただけでもゾッとする。
「そんな事言わずに、本当に頼むっ! 相手の急なスケジュールの変更で、今日しか取材の時間が取れないんだよっ。奥さんは定期検診で、病院の方にいっちゃってるし」
「家の中ならいいですけど、外に連れて歩くとなるとなぁ。かと言って、友達の誘いを断るのも気が引けるし」
「魁南も最近は、大人しいもんだよ? 凛君にも慣れてるし、半日くらい平気さ!」
こんな必死な師匠を見るのも珍しい。当の魁南は、我知らずと言った大物振りで、窓際に座って日光浴に気持ち良さげ。僕に手を伸ばして来て、抱っこさせてやるとの素振りも。
師匠はとっておきの、最後の手段に打って出たようだ。財布から軍資金を取り出して、お昼代にしなさいと、こちらの顔色を窺って来る。
ここまで言わせてしまったら仕方が無い。僕は魁南を抱っこして、彼に必要な物の詰まった鞄を師匠から受け取る。それからはお互い、時間が無いと大慌てで。
それぞれ別の待ち合わせ場所に、猛然とダッシュ。
僕の待ち合わせ場所は、運動公園前のバス停なのだけど。その前にメルとサミィを迎えに行かなければならない。ところがしまった、魁南を連れて自転車には乗れず。
彼を抱えたまま、早歩きで山を越えて坂を下って学校区を横切って行く。朝から何と、体力を使う事だろう。腕の中の魁南は、あくまで呑気な様子なのがニクい。
携帯には遅いぞとの、メルからのお叱りのメール。ごもっともだが、子供を抱えて走る訳にも行かず。ひたすら謝罪ともうすぐ着くとの返信。
結果的には、住宅街の坂はのぼらずに済んだのだったが。家の場所を覚えていた沙耶ちゃんが、気を利かせて姉妹を迎えに行ってくれていたらしく。
優実ちゃんと一緒に、姉妹と手を繋いでおりて来る場面に遭遇。朝から汗だくの僕を見て、二人はちょっと心配そう。腕の中の魁南は、我関せずなのだが。
遅れた理由と魁南を紹介しつつ、メルにちゃんと家の鍵を掛けたかの確認。メルは大丈夫と請け合って、僕の腕の中の子供に不思議そうな顔付き。
それでも何とか、全員が揃ってのお出掛けと相成った訳で。
バスの待ち時間は、ほとんど無くて済んだのだが。なかなかの混み具合で、これなら駅前から乗った方が良かったかもとは全員の意見。
何とかメルとサミィの席は取れたが、魁南を腕に抱える僕は早くもギブアップ寸前。見兼ねたメルが、席を替わってくれると言う一幕も。
有り難く着席して、悲鳴を上げる身体を休めに掛かる。
「大丈夫、リン君? まだ着いてもいないのに、そんな疲れて。朝ご飯食べてきた?」
「ちょっと朝から運動し過ぎたかも……サミィの半分の年齢なのに、魁南の方が重く感じる」
「男の子だからかなぁ? 顔付きがふてぶてしいから、リン君がそう思っちゃってるんじゃ?」
「プニプニしてる、サミィもちっちゃい頃こんな感じだった……」
メルとサミィの姉妹は、興味津々で僕に抱えられている魁南を眺めていた。メルは彼のほっぺをつついていて、その感触を楽しんでいたが。
サミィは魁南に髪の毛を引っ張られてビックリしている。早速のやんちゃ振りに、大慌てなのは何故か僕一人。サミィも魁南もご機嫌で、バスが目的地に着くまで良い雰囲気。
バスを降りてからは、沙耶ちゃんの独壇場だった。子供の割り振り担当を決めて、今日一日責任を持って行動するようにとのお達しを受けて。
つまりメルは沙耶ちゃん、サミィは優実ちゃん、魁南が僕の担当らしく。
「サミィちゃん、よろしくね~♪ 抱っこは出来ないけど、疲れたら言ってね、一緒に休もう?」
「さすがにリン君でも、二人も子供抱えると躓いた時とか危ないからね。基本的に一緒に行動するけど、はぐれた場合はあそこの2階のテラスの赤いバルーンの所に集合ね。大人と子供は、絶対に離れない事! 分かった、優実?」
優実ちゃんは大丈夫と言って、ぎゅっとサミィの手を握る。サミィは子供とは言え、急に走り出したりとか悪戯で大人をからかって隠れたりはしない子なので平気だろうが。
メルは活発で走り回るのが好きな子なので、実は一番心配。今の所そんな兆候は無く、沙耶ちゃんに手を握られて大人しい様子なのだが。
思えば彼女達の、3度目の決戦か。単純に休暇を楽しめそうに無いのは分かっていたが。魁南の予期せぬ参加が、一体どう作用するのかも不安だ。
魁南も今の所大人しく、バスを降り立った場所に興味津々の様子。
確かに変わった場所だ、このモールは。遠方から車で来ても平気なように、駐車場はやたらと広い。その駐車場で人と車が混雑を起こさないよう、なんと立体歩道橋が網の目に走っている。
それは建物に張り出した2階のテラスに続き、まるで整備されたステーションのよう。乗り継ぎが便利に出来るように、細心の注意を払われているような。
歩道橋は変な形で、まるで水族館かアミューズメントパークの様相である。その網の目状の歩道橋を利用して、駐車場にシートで屋根を作っている場所もある。
夏などは車内が焼けずに済むし、野外公演などの催し物にも利用されるそうだ。
ゴールデンウィークの今日も、何やら催し物は行われていた。放送を通しての案内や観衆のざわめきが、館内や駐車場の広場からも聞こえて来る。
なる程、気を抜けばあっという間に迷子になりそうだ。沙耶ちゃんを先頭に、歩道橋を上がり出す一行。メルがやたらと嬉しそうに、歩道橋の上から下の騒ぎを眺めている。
ここからもちゃんと、見物は出来るように計算されているらしい。簡易ステージは結構大きくて、子供向けのショーか何かを着ぐるみネコが行っている。
早速食いついたのは魁南とサミィ。
結局、下のステージ前まで足を運んで、かぶりつきで30分以上見てしまった。子供向けに思えたが、サーカスのピエロ以上のスキルを着ぐるみネコ達は披露して。
手品とかパントマイムとか、色んな要素があって飽きさせないのだ。大人が見ても面白く、気ぐるみも色んなタイプが出て来て、その度に子供たちも歓声を上げる。
侮れないステージだった、これが集客の為だけに行われているとは。
そう、催しのほとんどは集客の為に行われていて、つまりは見るのも参加も無料である。次に僕らが参加したのは、全館を歩き回るスタンプラリーだった。
なんだそれはと言うなかれ。やたらと広い敷地に、良く分からない暗号。貰った案内マップとヒント用紙を手に、子供たちは知恵を寄せ合う。
一部、大きなお姉さんも混じってるけど。参加者も結構いるようで、どうやらクリア時間によって各種景品が貰えるらしい。子供向けの、風船とかおもちゃっぽいのが主だけど。
全部で6つのスタンプが必要、リアルのゲームも一筋縄では行かない作りだ。
「売り物屋さんです。品物は革などで出来ているよ。中に物を入れて使います。お出かけの時にはとても便利!」
「う~ん、金庫とか? 出かける時には鍵かけて?」
「優実は喋らないで、メルとサミィで謎解きするんだから。第一、それ間違ってると思うわよ」
「サミィは何だと思う? サミィが保育園に出かける時にも使うよ、こう肩にかけてさ」
「ボクは分かったよ、サミィはどんな?」
サミィは僕のゼスチャーを見てカバン? と自信無さそうに口にして。優実ちゃんがなる程と、案内マップからカバン屋さんを探しに掛かる。
そんな感じで午前中は歩き回らされ、確かに色んな場所を巡って購買意欲をそそる仕掛けのような気も。埋まったスタンプ用紙と交換に景品に風船を貰い、サミィと魁南は大はしゃぎ。
僕らも何だか、達成感というか満足感を得て気分上々。
昼ご飯は、ある意味戦場だった。子供のペースで食事をするのは、かなりの忍耐が必要になって来るのだ。それでもメルが魁南に食事を与えたがり、なかなかのお姉さん振り。
サミィの面倒は優実ちゃんが見てくれて、そこは助かったのだが。
午後は帰る前に買い物をする予定で、それまでゲームセンターやウィンドウショッピングを楽しむ予定だった。建物の屋上には立派なコーナーが設えてあり、子供が大勢遊んでいる。
幼児用のプレイルームは、結構な盛況振りだった。魁南とサミィは、そこで大はしゃぎ。僕と優実ちゃんは、一応監視役の筈だったんだけど。
珍しい遊具には、ついつい優実ちゃんもつられて参加。
「リン君、これ面白いよっ? 魁南君、もう一回ゴー!」
「お姉ちゃん、私もやる。次は私ね?」
サミィのはしゃぐ姿は、いつ見ても心が安らぐ。母親が長期入院中で、たまに寂しそうな顔をするのを見ているせいもあるけど。連れ出してあげて良かったと、今は心から感謝。
その連れ出した張本人は、メルを連れてゲームセンターに行ったようだ。一時間後に爆睡を始めた子供たちを優実ちゃんに任せて、僕は様子を見にそちらに向かった。
二人は容姿が目立つせいもあって、すぐに見付かった。この短期間で、二人はすっかり仲良くなってしまったようだ。手を繋ぎあって移動して、ゲームでは互いを熱心に応援している。
熱が入っているのは傍目から見ても分かるけど。対戦型格闘ゲームのプレイになると、二人とも超真剣。沙耶ちゃんが勝ち進むたびに、メルは飛び上がって喜んでいる。
仲の良い姉妹みたいで、最初の衝突の傷痕は見当たらない。
そう言えば、僕もそうだった。沙耶ちゃんと喧嘩して、気付いたら週に3日はお宅にお邪魔する仲になっていた。何でだろうと思うけど、理由は良く分からない。
真っ直ぐはっきりした性格なので、彼女は誰とも衝突しやすいのは分かるけど。内包したパワーに触れると、相手も彼女への見方を変えるのかも知れない。
僕がそう思うのは、彼女を過信し過ぎなのだろうか?
その後も、程よい睡眠によって復活した子供たちを従えて、館内を見て廻る一行だったけど。帰る頃にはクタクタで、実際翌日の筋肉痛コースは確定的だ。
それでも楽しかったし、せっかくの連休を皆で過ごせたのも良い記念になった。子供たちも大満足のよう、帰りのバスでは魁南はお休みモードだったけど。
色んなお土産の入った袋は、その小さな手に掴まれたままだった。
こんな感じで、外でばかり遊んでいたように聞こえるかも知れないが。実際は毎日定期的に、夜中にはネットでレベル上げに勤しんでいた僕ら。
場所は毎回、違う場所に出現しているNM塔なのは同じだ。もちろんハンターP狙いで、しかし塔のランクを上げた事が最初は裏目に出てしまう結果に。
途中で時間切れとなって、1度クリアを失敗してしまったのだ。こうなると強制退出させられて、目的のハンターPも貰えない。死亡扱いではないが、再突入も日にちを待たないと無理。
クリアしたら、ハンターPが5は貰えていた筈なのに残念だ。
敵の強さが1ランク上がった事と、アスレチックエリアが増えた事が原因なのだが。それに優実ちゃんがてこずってしまい、大幅にタイムロスの運びに。
それでも次の2回は何とか成功して、初のジョブスキル獲得に王手となった。結局塔のランクを前と同じに戻して、3ポイントを2回獲得したのだ。
レベルや宝箱の中身に関しては、相変わらず好調だった。連休中にレベルは一人平均3つは上がって、何より三人の中で戦術が固定したのが大きい。
宝箱の謎は保留中だが、とにかく色々なアイテムも獲得出来た。
土曜日の午後、連休の4日目に僕は沙耶ちゃんの家に再び招かれていた。今日はハンス家族は、母親の見舞いに病院に訪れていて、僕の出番はない。
そんな訳で、僕の午後からの予定は空いていたのだが。それならウチに来なさいよと、沙耶ちゃんの鶴の一声。その後ろには環奈ちゃんが糸を引いていたようで、僕を大歓迎してくれた。
優実ちゃんももちろんいて、インの支度に大忙し。環奈ちゃんが友達から予備モニターを借りて来ていて、今日は四人で遊ぶ気満々な様子である。
神薙家の両親は、どうやら揃ってお出掛けしているらしい。そういう点では気が楽だが、どうも私服姿の彼女達に囲まれていると緊張してしまう。
女性陣は全く気にせず、呑気に会話を楽しんでいるが。
「ちゃんと私、100年クエストの事調べてみたんだけど。ゲームの中では1時間で1日、時間が過ぎる訳なんでしょ? って事は1日で24日、1ヶ月で2年、1年でゲーム内では24年過ぎるのよ。要するに、リアルで4年2ヶ月掛けないと解けないほど難しい内容らしいわねっ!」
「それは大変だねぇ、オリンピックが2回も見れるよ? 環奈ちゃんも高校3年生だ」
「二人とも黙って、そんな例えは無意味だから。100年って言うのはそれだけ難しいよって意味で、ベテラン冒険者ならもっと早く解けるでしょうね……もちろんリン様も」
「う~ん、最近流行ってるミッションポイントの高額交換品で、領地だとかキャラバン隊だとかあるでしょ? それを持ってないと起きないクエがあって、つまり多人数で取り組むの前提なクエストだって気がするかな? だから環奈ちゃんの言う通り、ギルド単位ならずっと早く解けるだろうね」
僕の説明に、フムフムと納得する神薙姉妹。沙耶ちゃんなど、丁度良い時期にギルドを作ったと少し得意げではある。ギルドの名前も、それにちなんだものにしようかと提案して来て。
ついには色々と名前の候補を上げ始め、前もって買ってあったバッチに名前入力の素振り。このバッチとは同じギルドメンバーである事の証で、通信とか身分表示に便利である。
ギルド単位で無いと参加出来ないイベントやミッションも存在して、それ故にメンバーの確保はどのギルドにとっても大事には違いない。
三人など弱小も良い所、格好良い名前を付けてメンバー補充に弾みを付けたいが。
「そうだっ、ミリオンチェイサー……ミリオンシーカーなんてどうかな? 格好良くない?」
「ほ~、いいねぇ、沙耶ちゃんにしてはっ♪ 響きは良いけど、どういう意味?」
「……二人とも本気で言ってるの? お姉ちゃん、ミリオンって百万だよ、百はハンドレッド!」
途端に真っ赤になって、弁明を始める沙耶ちゃん。まぁ、間違いは誰にでもあるが、それを妹に咎められるのはさすがに恥ずかしかったようだ。
僕はと言えば、実は優実ちゃんと同じ意見。何となくその響きに惹かれて、そのギルド名には賛成だと一票を投じる。笑っていた優実ちゃんもそれに乗じて、賛成と挙手して。
名乗るたびに恥ずかしい思いをするよとの、環奈ちゃんの言葉も確かにその通りかも知れないが。沙耶ちゃんも今更引っ込める訳には行かず、渋々決定の移行に。
最初からドタバタするのは、ここの空間に何か作用しているのかも。
よく分からない紆余曲折を得て、ようやくギルド名も決まって。何となく恥ずかしがりつつ、バッチを配り始める沙耶ちゃん。僕に向かってサブマスやってねと、半ば強引な押し付けに。
環奈ちゃんは、尻に引く気なのかと途端にヒートアップ。優実ちゃんは改めてよろしくと、危なっかしいギルドの船出にも動じた気配はまるでない様子。
ある意味この中で、一番の大物かも知れない。
それじゃあ今日のレベル上げに行こうかと、今日は四人での移動。プレーヤー専用掲示板から適当な塔を選ぼうと、僕はその画面を隠れ家から呼び出す。
興味津々で、その行為を眺める沙耶ちゃんと優実ちゃん。僕は今日は人数が多いので、塔のランクを上げてみようかと二人に提案する。
途端に前回のクリア失敗を思い出して、尻込みする優実ちゃん。どうやら完全にトラウマになっているようで、難しいのは嫌だと駄々をこねる。
そんな事を言っても、今日は人数が多いのでランク上げは必須だ。
「何を甘えた事言ってるのよ、優実。苦手をそのままにしておいても、全然良い事ないわよっ!」
「優実ちゃん、私とリン様でフォローしてあげるから、泣き言いわずに頑張りなさいよ」
「だって~っ、また失敗したらみんな絶対怒るもん~」
僕もみんなも、怒らないからと優実ちゃんを説得にかかる。掲示板から適当なランクを見つけて、ゴタゴタしつつもようやく行き先を決定。
掲示板とは、ギルドメンバー募集とか、プレーヤーの主催するイベントの告知とか、そういう報告が張り出されているネットの告知場の事。場所が不定のNM塔だから、入場料を取りたい塔を出現させた権利者は、掲示板を使って塔の出現場所を知らせるのだ。
今回の場所は、なかなかの難題かも知れない。ランクはともかくとして、塔には様々な癖があるのだ。元のNMの属性とか、そんな感じの附加効果が。
しかしハンターPの報酬は良いので、頑張りたい所。
薬品や消耗品の補充も完了。近場の街で合流して、沙耶ちゃんリーダーでパーティを組む。環奈ちゃんと組むのは初めてだが、はっきり言って前衛の参加は有り難い。
いつもの如く、入る前に戦闘シュミレーションから始めてみる。そこまで慎重なのは、時間縛りのエリアに入った後で、あたふた慌てたくないから。
アタッカーが一人入っただけで、安定感が全く違う。削り力の向上で、敵と対する時間が極端に短くなっているせいだ。後衛の二人も、それは体感した様子。
楽で良いとの、まだまだ呑気なコメント。
ところがお目当ての塔が視界に入った途端、やっぱり怖気づくメンバーが約一名。構わずに進めてくれとの事なので、入り口にギルを投入する僕。
今回の塔は、ランクにすれば初回より2つ上で、辺鄙な湖の側にそそり立っている。形がなんだかナマズに似ていると、沙耶ちゃんは入る前の観察も呑気なもの。
環奈ちゃんは、案外ナマズのNMが持ってた塔かもと、珍しく姉に同意の素振り。2ランク上だと、入場料も結構高い。35万ギルだと、失敗のダメージは相当大きい気はするが。
果たして中で回収出来るかは、今の所謎である。環奈ちゃんも、お金の掛かる塔の経験はそれ程無いらしい。ましてやレベル上げに使うなど、想像の遥か枠外を行っているとの事。
まぁこんな事でもしないと、先行する猛者の冒険者達には追いつけないからね。
入ってみた感想は、結構幻想的なエリアに一同ビックリな様子。水の中にいるような雰囲気で、魚の群れが柱や壁の間を泳ぎ回っている。
その魚達が敵のようで、僕が最初に釣って来たのはピラニアの群れ。10匹くらいで1つのHPを共有しているようで、傍目よりは雑魚ではあるのだが。
いつもの塔より敵の配置数が多いのは確かな感じ。しかし、幸運にも今回参加の環奈ちゃんが、雷属性なのが有り難い。水属性相手に、有利に戦闘に働くのだ。
属性の相関関係は案外強力で、これを無視するとかなり痛い目に合う。今も言ったように、雷は水に強く、水は炎に強いと言った感じだ。
ファンスカの相関関係は雷>水>炎>氷>土>雷と一周して、僕の選んだ風種族は無属性扱いのようだ。光と闇は互い同士を苦手としていて、これも別扱い。
ここは水属性ばかりが縄張りとしているらしく、雷種族の環奈ちゃんがメンバーにいる事はこちらの有利には違いない。初っ端から飛ばしつつ、着々と経験値を稼いで行くパーティ。
1フロアの平均を20分程度に定めつつ、着実に前へと進んで行く。
「順調だね、リン君。環奈が案外、役に立ってるわねぇ?」
「すごく役に立ってくれてるよ。やっぱりアタッカーの存在は大きいよね」
「ふむっ、プーちゃんがそうなってくれれば言う事ないんだけどなっ?」
「何を叶えられそうも無い幻想を抱いてるのよ、優実ちゃん」
辛辣な言葉を口にしながらも、環奈ちゃんは鼻が高そう。相変わらず邪魔っけなペット達に文句を並べながら、重い一撃で次々に敵を薙ぎ倒して行く。
そんな感じて、1階フロアの中ボスまで無事に撃破。時間が余ったのを良い事に、階段前で優実ちゃんがヒーリング。ここのフロアには宝箱が無かったねと、残念そうなコメントが飛ぶ。
環奈ちゃんは、塔に金策を期待するのは愚かだと一刀両断。僕と同じ意見なのだが、沙耶ちゃんだけは違ったようだ。怪しい壁を発見して、その場をチェックし始める。
色が違うのは、確かに僕も気になっていたけど。カーソルが移動する訳でもなく、早々に諦めたのだが。いきなり沙耶ちゃんが床ごと沈み出し、一同ビックリ仰天。
そして見付かる宝物庫。
「わっ、宝箱が5個もあるっ! あれっ、いつの間に階段出来たのっ? みんな、おいでよっ!」
「えええっ、何でこんな事が……お姉ちゃん、知ってたのっ!」
「すごい~~っ♪ 素敵~♪」
驚いたのは僕も同じ。沈んだ床の先の宝物庫で、しきりに僕達を呼ぶ沙耶ちゃんだが。如何せん、探し当てた本人は合鍵を持っていなかったり。
僕が降りて行って、次々に宝箱を開錠する。出て来たものは、金のメダルや水の水晶玉、水の編み込み麻布など、やっぱり水関連のアイテムが多い。
水晶玉は、範囲攻撃に重宝する水属性の攻撃アイテムである。ポケットから使用して、お手軽な上にダメージも大きく、今でも人気の奥の手的な攻撃手段である。
麻布は属性合成に使う素材で、水スキル+を装備に付与するのに使える。金のメダルは、今はミッションPに押されているとは言え、初期エリアでは特殊アイテム交換に今でも使用可能だ。
最後の2つは、大当たりだった。やっぱり15万ギルのレア素材と、何と水の呼び水である。呼び水はNMのトリガーで、当たりを引けば再びドロップやハンターPが期待出来る。
大喜びなパーティだが、いきなり出来過ぎな感も。
余韻も覚めやらぬ内に、僕は皆を急かして2階フロアに。ここにも恐らく、アスレチックエリアは存在する。フロアの殲滅で時間を短縮しないと、またクリア失敗になってしまう。
それもそうだと、気を引き締め直すメンバー達。環奈ちゃんだけは、こんな奇跡みたいなドロップがあるのかと、未だに不審そうな思いを引きずっていたが。
あるのだから仕方が無い。この階にも何と、経験値の入った宝箱を見つけ、ご満悦のお姉さんコンビ。既に塔巡りは美味しいモノだと、刷り込みが完成している感もあったりして。
敵の種類がややこしくなって来たのは3階フロアから。今までは凶暴なピラニアの群れや、外皮の硬い大きな古代魚、放電ナマズなどがメインだったのだが。
大型のエイや罠タイプの水ヒルなどが加わって、一気にメンバーにイライラが貯まって行く。コイツのいるトラップ床を踏むと、取り付いた水ヒルを倒すまでHPを吸われ続けるのだ。
唯一の救いは、ペットの献身だろうか。優実ちゃんに張り付いた敵をプーちゃんが叩き落した時は、彼女は泣きそうなほど感激していた。
雪之丈に関しては……いや、何も言うまい。
「いいなぁ、優実のペット。私の雪之丈、幾ら殴ってもダメージ出ないから取れやしない」
「いや、早く取って、魔法で焼き落として! HPがグングン減ってるってば、沙耶ちゃん!」
後衛のHPの少なさを嘗めてはいけない。小さな傷でも、あっという間に戦闘不能まで追い込まれてしまうのだ。前衛の僕達は戦闘中で、今は彼女のフォローに回る暇も無い。
自分についた水ヒルは、自分の武器では落とせない。仲間に取って貰うか、魔法で焼き落としてしまうかなのだが。呑気に構えていた彼女も、ようやくその事に思い至ったらしい。
何とか処理が終わったのは、HPが半分になってから。
3階フロアの中ボスも、下と同じく大カエル。毒のブレスや呑み込み技は、割と有名で引っ掛かる事もほとんど無い。先ほどと同じく楽勝ムードで戦っていたら、しかしある事件が。
大カエルの前でじゃれ付いていた雪之丈が、いつの間にか消えている。
「あれっ……ゆっ、雪之丈っ? どこ行った?」
「あっ、お姉ちゃんのペット? それならさっき、呑み込まれてあっという間に消化されたわよ?」
「……ゴメン、僕も見てたけど救う前に消化されたみたい」
戦闘は何とか、プーちゃんも消える前に片がついた。ここまで順調で、1時間経っていないよと優実ちゃんのフォロー。雪之丈を再召喚しながら、何故か釈然としない感じの沙耶ちゃん。
この2体のペットの差は何なのと、彼女は声に出して呟いているのだが。プーちゃんはあげないよと、ややびくつきながら優実ちゃんが抗議。
欲しい訳では無さそうだが、やっぱり釈然としない様子の沙耶ちゃん。
4階フロアには、小型の魔術師白カエルが解き放たれていた。そいつの範囲魔法がまた強烈で、せっかく呼び出された雪之丈が再度昇天。
頭に来た沙耶ちゃんが《ブリザード》でやり返す。氷種族の魔法は、とにかく強烈で有名なのだが。一発の魔法で敵のHPが半減なんて、僕は今まで見た事が無かった。
妹の環奈ちゃんはMPの無駄遣いだと、相変わらず辛辣な口調だったり。何にせよ、ここのフロアも20分でクリア。しかし、調子が良いと言えば、沙耶ちゃんに悪いと全員が沈黙。
中ボスを倒した先には、やっぱり拡がるアスレチックエリア。
「優実ちゃん、落ち着いてね? 私とリン様が、ちゃんと道をつくってあげるから。その通りについて来ればいいから」
「うっ、うん、分かった……ちょっとプーちゃんが邪魔だなんて、全然思ってないよ?」
「送り返せないもんねぇ……やっぱり、送還くらい覚えないと不便だと思う」
足元のペットが邪魔で、足場の悪いアスレチックエリアではすこぶる不便な優実ちゃん。その点沙耶ちゃんは、先ほどいなくなって逆にさっはりしているかも。
このエリアは、螺旋階段が上へと続いている仕様らしい。石畳で出来た飛び石みたいなつくりの階段が、塔の外壁に沿って上へと続いている。
真ん中にも太い柱があって、そこにも足を置く場所と昇降機が備え付けられているが。敵や仕掛けも存在し、さらには滝のように落ちる水の流れが。
幻想的とも言えなくないが、こちらのルートは危険過ぎると皆が却下。
入り口付近に列をなしていた雑魚を倒した所で、優実ちゃんと環奈ちゃんがレベルアップ。お祝いを受けながらも、ちょっと不幸そうな顔の優実ちゃん。
僕と環奈ちゃんが先頭で、いよいよ階段を上り始める。敵は吹き抜けを浮遊して来たり、階段を物凄い勢いで降りて来たり。それを始末しながら、取り敢えずは順調な先行き。
石段の間には隙間があるとは言え、ジャンプで飛び移る場所はそれ程多くない。ステップを使う要領で飛び込めば良いのだが、これが慣れていない後衛には難しい。
優実ちゃんは、てこずりつつも何とか1周分クリア。
「そうそう、もう戦闘に参加しなくていいから、とにかく落ちないように頑張って」
「わっ、急に横壁の穴から水が流れて来たっ! これも当たったら落ちてたかな?」
「水の仕掛けだね……よしっ、収まったから渡れるよっ!」
「同じ場所に留まると、仕掛けが作動しやすくなるよっ。石の階段が爆発するとか」
環奈ちゃんが言ったそばから、派手な噴水が優実ちゃんに襲い掛かる。どうやらダメージのみで、何とか同じ場所に留まる優実ちゃんとプーちゃんと妖精。
ダメージを等分に受けており、何となく仲良しな感じを醸し出している。泣きそうになりながら、ひたすら我慢の優実ちゃん。コントローラーをしっかと持って、飛び移る先を見つめていたり。
そんな感じでようやく半分。中央の柱と繋がった、空中の踊り場で一息つく一同。
「ふうっ、これなら昇降機の方が楽なんじゃない? どんな仕掛けがあるのか知らないけど」
「近道は出口で戦闘が待つパターンじゃなかったかな? しかもたくさんリンクする感じで」
「それは……落下の心配はしなくて良い?」
ひたすら前向きに、嫌な仕掛けを良い方に取る優実ちゃん。沙耶ちゃんが作戦会議を開いて、何とかなりそうかとベテランの僕と環奈ちゃんに問う。
確かに昇降機を使えば、大幅な時間短縮には違いない。ただし、命を落とさなければの話。リスクは同じなら、昇降機で行こうとは、リーダーの沙耶ちゃんの言葉。
ここで誰かが落下したら、時間縛りでの失敗のリスクも高くなってしまう。
「なる程、それもそうだね。それじゃ、時間短縮を狙って昇降機を使おうか」
「む~っ、お姉ちゃんにしては英断だわねっ。分かったわ、その代わり狙われて死なないでよ?」
「えっ、敵がたくさん出て来るの? はうっ、大丈夫かなっ?」
ここから僕を中心に、短く作戦タイム。足止め魔法が良いか、吹き飛ばし技が良いか? 前線キープは僕と環奈ちゃんに決まっているが、一度に支えれる数は精々が2匹程度。
その他の敵は、何とかして遠ざけておかないと。鍵を握るのは沙耶ちゃんの動きだと、僕の期待の言葉に本人は重々しく頷いて見せる。
昇降機は幸い、四人が乗っても平気なタイプ。各々が強化魔法を掛け終えて、エーテルでMP回復してから一斉に昇降機に乗り込む。
スイッチに触ると、強制イベント動画がスタート。
上へと一直線に昇り始める装置。装置の作動音が響き渡り、一行は否応無しに層の上に運ばれて行く。そして停まった装置の上で、鳴り響く非常ベル。
待機していたモンスター達が、その音に敏感に反応する。這いよって近付きながら、音の鳴る方へ。侵入者の姿を、ひたすら探しながら。
ここで動画は終了、自由を取り戻すパーティメンバー達。作戦通り、まずは沙耶ちゃんの《ブリザード》からスタート。いきなりの最強範囲魔法で、彼女がタゲを取ってしまうけれど。
僕の《アースウォール》で、取り敢えずの物理攻撃シャットアウト。魔法は問題ないので、その隙に沙耶ちゃんの《アイスコフィン》や優実ちゃんの《ルーンロープ》が飛ぶ。
足止め魔法に、その場での待機を余儀なくされる敵。
思ったより敵の数が多く、しかし範囲魔法に巻き込まれた敵達のHPは3割近く削れている。雑魚ばかりとは言え、10匹近い敵の群れは一気にたかられると厄介だ。
それでも後衛の沙耶ちゃんがタゲを取ったのは、半分は賭けだが半分は一気に敵の体力を削る作戦。壊れた魔法の土壁を越えて、殺到するモンスターの群れに。
俊足魔法と防御魔法で自己強化した沙耶ちゃんが、ばっと自陣を飛び出して行く。敵を引き連れて、手すりの無い層の上の石畳を颯爽と駆け出して。
それに割り込むように、環奈ちゃんの《雷撃チャージ》が炸裂。強引にタゲを取った敵を、僕と二人で殲滅に掛かる。柱を囲むように、足場が形成されているのが吉と出たようだ。
沙耶ちゃんが敵に捕まる事無く、無事に柱を一周。
優実ちゃんの足止め魔法とプーちゃんのペアも、3匹の敵のキープに成功していた。沙耶ちゃんが1周する間に、僕と環奈ちゃんで2匹目の敵を撃破する。
昇降機前の広場で、再びパーティが一瞬だけ合流。僕の方に駆け寄りながら、派手に騒ぎ立ててチャンス到来の合図を送る沙耶ちゃん。
追い駆けて来る敵に向き直り、僕は闇魔法の《断罪》を使用。これは自身のHPを極限まで減らす事で、攻撃力を数倍に高めるという荒業なのだが。
僕達の目的はそれとは違う。3割を切ったHPに反応し、僕の種族スキルの《風神》が発動。吹き飛ばし効果の旋風とカマイタチの斬撃が、敵の群れに振り撒かれる。
満を持しての再度の沙耶ちゃんの《ブリザード》が、戦況を決定的にする。
残った敵達は、ほとんどがヘロヘロの状態。優実ちゃんが魔法で、環奈ちゃんが両手槍で、次々ととどめを刺して行く。足止め魔法で範囲から外れた敵も、慎重に全員でボコって行く。
そんな感じで危機を脱したメンバー達、戦闘が終わると大歓声でハイタッチ。ヒーリングの時間を利用しながら、熱い戦闘危機回避に皆が興奮気味。
環奈ちゃんなど、僕の腕にしがみついてキャイキャイと物凄い騒ぎよう。
「リン様ってば、すごい奥の手持ってますっ! あっという間にピンチを回避しましたよっ!」
「ちょっと、決めたのは私でしょうにっ! まぁ、リン君がいなかったら、取れない作戦だったけど」
「範囲魔法は、再詠唱まで時間が掛かるからね。でもやっぱり、沙耶ちゃんの段取りもすごく良かったと思うよ」
「う~ん、二人とも凄いなぁ。私も範囲魔法欲しいけど……光系は案外出ないねぇ?」
魔法は、属性によって傾向が違って来るので、どれを伸ばすかの選択は意外に重要になって来る。優実ちゃんの伸ばしている光や水、それから土系の魔法は、回復や支援、防御や自己強化系の出る割合が多い。
沙耶ちゃんの伸ばしている氷系の魔法は、その点攻撃魔法、とりわけ範囲魔法を覚えやすい。支援もダメージを上乗せ底上げするタイプ、同じ系列では炎や風があるだろうか。
雷と闇は、どちらかと言えばトリッキーな魔法が多い。攻撃系統も出やすいが、トラップ的な待ち伏せ魔法や、直接戦闘に関係無い移動系の魔法などもあるのだ。
転移魔法や移動速度が上がる魔法は、確かに覚えると楽なのだが。
専属アタッカーでも、だから雷と闇は上げている冒険者は意外と多い。他にも自分の種族属性をこだわって上げるとか、便利さやスタイルでキャラに味が出て来るのは確かだが。
強化魔法もこのゲーム、スキルが余程高くないと他人に掛ける事が出来ない仕様なのだ。防御系はそうでも無いのだが、だから手っ取り早く自分で覚えようとする前衛も多い。
覚えてしまうと、スキルの低い魔法に物足りなさを感じてしまう者、取り敢えず掛かってればいいやと言う二択に分かれるようだ。僕達みたいな魔法剣士は別だけどね。
魔法剣士にとって、魔法は生命線と言っても良い。それによって、戦術が変わって来るから。
僕は色々と優実ちゃんにアドバイスを与えながら、残された時間を計算する。何とか20分ちょっとは残っていて、最終フロアの攻略に慌てずに臨めそう。
ランクの高い塔の最終フロアに、沙耶ちゃんなどは超ヤル気モード。ここまで来たら奇麗に締めるぞと、リーダーらしく皆のテンションを引き上げている。
早速雑魚の掃除を始め、最終ボスへの道を作りに掛かる。
「最終ボスは、カメさんだ~♪ 相変わらず、ボスは大っきいねぇ?」
「甲羅に何か、変なのがくっ付いてるけど……違う、魔法陣が浮かんでるみたい」
「魔法防御の陣かな? 物理と魔法、両方万全な防御を持ってるタイプみたいだ」
「ええっ、じゃあどうやって倒せばいいのよっ?」
根性で頑張って倒すしかない。この手のタイプは、長期戦になりやすいのだが。時間制限があるので、こちらも黙って付き合う訳には行かず。
何とか雑魚の魚の群れを、奇麗に最後の1匹まで倒し終えて。改めてヒーリングしながら作戦会議の運びに。皆のスキルや魔法をチェックしつつ、ダメージの出る技を並べて行く。
例えば僕の《闇喰い》は、じわじわと体力を蝕みながら、敵の防御力を下げる魔法。MPコストが少ない割には、とても便利な闇魔法だ。
敵を釣るのに、僕は毎回これを使ってる。
「僕の《闇喰い》を掛けてから、環奈ちゃんの《貫通撃》が有効かな? 後は沙耶ちゃんの《魔女の囁き》を重ねた《アイスランス》とか。あとは、コツコツと削って行くしかないかな」
「あれっ、リン君《貫通撃》なら私もあるよ? 実はさっき覚えた♪」
「えっ、お姉ちゃんいつの間にっ! このスキル技かなり使えるのよっ、武器の壊れる速度が加速度的に上がるけど」
その妹の言葉にショックを受ける沙耶ちゃん。環奈ちゃんの言う通り、《貫通撃》は使う度に必ず耐久度が1つ減る、使用者泣かせのスキル技である。
その代わり攻撃力は凄まじく、高い防御も無効にする能力は超便利。今日は僕のアドバイスに従って、一応予備の銃を沙耶ちゃんは持参したらしいのだが。
予備だけあって、攻撃力は一段劣る。なるべくなら使いたくないのだろう。
そんな遣り取りの後に、早速始まったボス戦。時間が無いから当然ながら、強敵相手に焦りは禁物だ。位置取りを確認しつつ、前衛が慎重にタゲを取る。
ところが斜めに陣取った環奈ちゃんが、早くもダメージが出ないと悲鳴を上げる。どうやら甲羅の多い部分は、圧倒的にダメージが減じられるようだ。
正面はスキル技の餌食になりやすいので、陣取るのは一人が良いのだが。そんな事も言ってられないと、二人並んでカメの顔を殴り始める。
そして早速やって来る、とんでも無い特殊技。
踏み潰しと言う技で、二人揃ってペシャンコに。威力はともかく、とにかくド肝を抜かれたパーティ。慌てて回復を飛ばす優実ちゃんは、初っ端から大忙しだ。何しろレベル制限で、僕の《連携》も《封印》も封じられている。敵のスキルを潰すには、地味なスキル潰し技に頼るのみ。
結局、一番頑張ったのは沙耶ちゃんでも環奈ちゃんでもなく、実は優実ちゃんだった。敵のボスにはスタン技無効の能力があるらしく、踏み潰しやアクアブレスなどの範囲技が、毎回素通しだったのだ。
お陰で前衛は、常に満身創痍の状態で。優実ちゃんと妖精がいなかったら、一体どうなっていた事か。僕も《シャドータッチ》を飛ばすが、敵の魔法防御のせいで上手くHPを吸い取れない。
優実ちゃん様々の一戦だったが、削りは残りの二人が頑張ってくれた。
二人の《貫通撃》は、確かに大きなダメージ源だった。武器の耐久度を気にしていて勝てる敵ではなかったので、二人とものっけから飛ばして行く。
沙耶ちゃんの《魔女の囁き》を重ねた《アイスランス》は確かに一番のダメージを叩き出した。強過ぎて、敵のタゲを一時取ってしまうほど。
前衛として情けないが、とにかく硬い敵には魔法が一番効くようだ。《魔女の囁き》とは、魔法の威力を一時的に高める補助魔法で、コレがまた抜群の効果を発揮したらしい。
とにかく沙耶ちゃんは、後衛アタッカーの素質充分である。
中盤以降は、迫り来る時間縛りのリミットと、さらにはMP回復薬のエーテルの残り本数を気にしながらの戦闘。何とか倒し切った時には、全員思わず万歳をしていたり。
ハイタッチの時間も惜しんで、とにかく沙耶ちゃんが石のメダルを組み上げて行く。その間にボスの後ろの空間から、宝箱を見つけ出す一同。
今回もありましたよと、すかさず中身を確認すると。
出て来たのは現金で3万ギルと、精神の果実。精神力のステータスが上がるアイテムで、これもなかなかのレアアイテムである。売れば3万ギルはするだろう。
精神力は水属性と相関関係にあるので、なる程納得なドロップなのだが。一番人気は炎属性と相関関係にある力の果実だろうか。腕力が上昇するので前衛が欲しがり、10万近い値になることもある人気商品だ。
環奈ちゃんは、サービスが良過ぎると未だに不審げな顔付きである。僕もそう思うが、沙耶ちゃん達と同じくもう慣れてしまった。
こんな感じで、午後の冒険は何とか無事に終わりを迎えて。入って来た報酬を等分して皆に渡すと、環奈ちゃんからも感謝されてしまった。
帰り際にも環奈ちゃんにじゃれ付かれて、僕はどうやら子供受けは良い様子。また遊びに来て下さいと、まるでお姉さんは無視の態度に。
当の沙耶ちゃんは特に気にした風も無く、また今度ねと言って来る。
――そうして連休は、我知らず沙耶ちゃん中心に過ぎて行ったようだ。




