表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/32

3章♯29 多忙な日々




この高校の学生会議室に入室するのは、僕は初めてだった。生徒会室の隣に位置していて、部屋の後ろは雑多な物で物置と化している。今は各クラスの代表が押し掛けていて、机に置かれたプレート順に腰を下ろそうとしている所。

落ち着くまで騒がしいのは仕方が無いが、ここでも沙耶ちゃん人気は健在の模様。久し振りとかやっぱり選ばれたねぇとか、同級生から言葉を貰っている。

その相手に忙しくしつつ、しっかりと僕の紹介も忘れない彼女。


紹介された相手の反応は様々で、いつものように怖気付く者も多かったけど。彼女の紹介に、明らかに興味を示す表情も、実は結構見受けられたりして。

ゲテモノ料理だけど食べてみたら美味しかったよと、知り合いに勧められた感覚なのかも。自分でそんな事を言うのもアレだけど、僕の分析では概ねそんな感じの反応に思えてしまって。

その内、そんな中の一人が僕に話し掛けて来た。


「文芸部の助っ人の紹介の時に顔を合わせたよね、覚えてくれてるかな。E組の委員の倉沢です、改めてだけどよろしく」

「あっ、こちらこそよろしく……男性は少なかったから、よく覚えてるよ」


少なかったも何も、一人しかいないんだけどねと倉沢君。確かにそうだ、だから目立っていたと言うのもあったっけ。顔の通りに君って結構スパルタだよねと、倉沢君は遠慮の無い物言い。

確かに上級生にもずけずけとしたした口調で、追い込みを掛けた手腕はアレだったけど。その真意だが、主にプラスとマイナスの2つの動機に分類される。


ひとつは週に3回程度の部活動とは言え、あまりにお気楽すぎるその覚悟の無さに苛立ったせい。自分の活動と比べるのも、本当は違うのだとは思うけど。稲沢先生がコーチについてからの、僕の中学時代の部活動は、自主練やら何やらで毎日必ず3時間以上は身体を動かしていた。

文系の活動とは言え、文化祭用に取ってつけたような活動状況振りは、余りに情けないではないか。それを省みるでもなく、困ったら外部の人間に頼ろうとする態度は。

僕でなくてもムッとするに違いない。


それから逆に、彼女達に喝を入れる人の不在に対する、憐れみを感じたと言う事もある。人間と言うのは不思議なもので、逆境に追い込まれれば能力以上のものを発揮する。

その際に発揮した努力や根性は、その人の後の自信や活動に繋がる筈である。ところが人間は、自分からそんな苦境の立場には、絶対に立とうとはしない。自身に甘いのは、誰だって覚えがあるでしょ?

そこで僕の出番、たった数週間なのだし、死ぬ気で頑張って貰おうじゃないの。


若い頃の無茶と言うのは、将来財産になるとミスケさんも言ってたっけ。僕もそう思うし、周囲の大人達も遠慮なく僕を追い込んでくれる人が多い。それは僕に対する信頼の証でもあるし、多くの経験を積んで欲しいと言う愛情でもある訳で。

少々面映ゆいが、まぁそう言う事だ。憎まれ役も、長い人生には必要なのは確かである。それを進んでやるか、周囲の状況に任せるかは、人それぞれだと思うけど。

人間なんて、黙って見てても勝手に苦境に陥る困った生き物なのだ。


おっと、知らない内に僕のひねくれ根性が顔を出し掛けていた。僕は表面上笑顔を浮かべながら、話し掛けて来る倉沢君に無難な対応を返すけど。

ちょっと怯んだ様子の倉沢君、沙耶ちゃんには何を企んでるのと、表情と腹積もりのくい違いを見抜かれていたけど。鋭いなぁと感じつつ、しらを切り通す構えを見せる。

だって、自分の腹黒さをわざわざ公表してまわる趣味なんて僕にはないし。


そこに生徒会の面々が姿を現して、この話は中断と相成って。そこからはお堅い話のオンパレード、椎名生徒会長のテキパキとした進行で話は進む。

配られたプリントには、過去の活動内容から今年の予定状況まで、資料の内容でびっしり埋められていて。感心しながら眺めていたが、生徒会長にしてみれば苦言の嵐。

クラスの出し物はダブりまくりだし、何より体育館の公演使用予定が半分も埋まっていないらしいのだ。これを聞いた各クラスの代表、特に上級生は今年もかと言う表情に。

どうやら進学校の常で、誰も積極的な野外活動に勤しんでいないっぽい。


「このままスカスカなタイムテーブルで当日を迎えたら、大学どころか中学生にも笑われてしまいます! 中学の講堂はクラスごとの合唱コンクールと、小学生の演劇で埋まっています。大学は今年も、どこかのアイドルだかバンドだかを呼ぶらしいし……何か案は無い?」

「ちなみに去年は、身内と言うか委員会のメンバーで、急遽出し物を考える破目になりました。何も知らずに委員会を引き受けた1年生には気の毒だけど、このままだと今年は君達が合唱なり劇なりをお披露目する事になりますよ?」


椎名生徒会長の発言を引き継いで、何故かこの場に居合わせた灰谷先輩の注釈。現生徒会役員と一緒に前の席に座っている所を見ると、前役員の繋がりの関係なのかも。

その重い言葉に、途端にざわつき始める1年生の代表者達。てっきり会議に出たり、全体の準備を手伝ったりするだけで良いと思っていた感はアリアリで。

ってか、僕だってそんな程度の責任感で受けた委員なんですけど。隣の沙耶ちゃんを横目で盗み見たら、僕ら以上に異議のありそうな雰囲気で沸騰寸前みたい。

それでも挙手から発言を求めるのは、彼女にしては上出来かも。


「文化祭委員って、ゲート作ったり当日も詰め所に常駐って、このプリントに書いてますけど? 部活動の催し物は無いとしても、クラスの出し物も手伝うとして、私達の負担が大き過ぎます!」

「だから、そうならない様に案を募ってるんでしょうに。私たち生徒会も、特定の人物だけに過度の負担を掛けたくはありません。ただし何の出し物にしろ、練習期間が必要なのは分かって貰えるかしら? つまりは、早めの決定は皆のためなのよ!」


バチバチと火花を散らしながら睨み合う2人の美女。結局こうなるのかと、2人の相性の悪さを知る人達には早くも諦めの表情。僕もその中の一人だったが、灰谷先輩は違ったようで。

わざとらしくプリントを振り回して、過去の出し物の中から知り合いに頼めるような演目は無いかなと、周囲の注目を一瞬にしてさらって行く。その言葉に毒を抜かれたように、着席して怒気を収める椎名生徒会長。

それに釣られて、隣の沙耶ちゃんも渋々の着席。


良かった、このまま一触即発で低レベルの罵り合いになるんじゃないかと心配してたのだ。それにしても、灰谷先輩の手腕はさすがと言うか素晴らしい。

こんな事態には、もう慣れっこですと言う態度も凄いけど。アクのある女性2人を、てんで無視して話を進める度胸がむしろ清々しいと言うか見習いたいと思うのは僕だけ?

そんな事を思っていると、隣のアクのある人物が話し掛けて来た。


「ねぇねぇ凜君、去年とかの出し物でバンドとかダンスとかしてる人いるよ? 思い切って凜君も出てみたら?」

「えっ、そんなの無理だよ……文芸部のヘルプも頼まれてるのに、用意してる時間無いってば」

「あら池津君、何か出し物にあてがあるの? それじゃあ……午前と午後の1時間ずつの空き、責任持ってあなたが埋めてね。演目が決まったら、すみやかに生徒会に知らせて頂戴」


さらにアクのある上級生に追い討ちを掛けられ、僕は開いた口の塞がらない状況に。ちょっと待って、午前と午後の2回公演ってナニ? 合計2時間も、何をすればいいのっ!?

沙耶ちゃんは恐らく、夏のお泊り会での一幕のことを思い出して口にしたのだろうけど。あんなおままごとを、高校の文化祭で発表など出来様な訳が無い。

そんな反論も口に出せぬ内に、あっという間に割り振りは決められて行き。


その強引なほどの手腕は、傍から見ていれば惚れ惚れとするスムーズさなのだろうけど。実際に割り振られた者達からすれば、怒りの向けようもない天災に遭遇した思い。

それでも1年生と2・3年生で、それぞれ別に演目をとの発言は妥当と言うしかなく。諦め感の漂う了承の声が、教室の方々から上がっている。付け足しのように、池津君は1年生の出し物には参加しなくても良いからねとの言質を得て。

ちっとも嬉しくない僕は、呆然とした視線を生徒会の面々に向けるのだった。





土曜日と言えば、学校の授業は半ドンで次の日はお休みである。生徒にとっては、一番気楽な曜日かも知れない。へとへとになるまで部活に打ち込む者もいるし、友達と遊びにだって行ける。

僕の一学期の土曜日の行動パターンは、中学時代の部活一辺倒とはがらりと変化していた。沙耶ちゃん達とゲームに合同インする時もあれば、師匠の印刷業の手伝いに追われる日もあったり。

メルやサミィの我が儘に付き合わされたり、とにかく独りで過ごす事は少なくなった。家に帰っても誰もいないし、それなら知り合いの多い大井蒼空町で過ごした方が楽しいに決まっている。

そんな訳で、二学期が始まって最初の土曜日、僕は師匠宅で魁南のお守りをしていた。


実際は、薫さんに愚痴の一つでも聞いてもらおうと思って、自然に足がこちらに向いたのだけど。そんな僕の落ち込み具合に関心の無い魁南、小っちゃなギャングは今日も元気だ。

他人の家で仰向けに転がって不貞寝している、僕のお腹の上に馬乗りになって。お馬さんなのに何で動かないのと、さっきから甲高い声でうるさいったらありゃしない。

それならトランポリンだと、どすどすと遠慮の無い飛び跳ね攻撃。


お兄ちゃん役も楽じゃない、一緒の部屋で子供の服を畳んでいる薫さんは、はしゃぎ過ぎの我が子に一喝を入れるけど。声のトーンを嗅ぎ取って、まだ本気では怒られないと判断する魁南。

お昼を食べたばかりだから、お腹への攻撃は本気で辛いんだけどな。逆を言えば魁南だって、ひとしきり暴れたら途端に睡魔に襲われる筈である。

そんな打算もあって、しばらくは弟分の遊びに付き合う事に。


「……そんな訳で、生徒会長に無理矢理に公演2本を割り当てられちゃったんですよ。何とかなりませんかね、薫さん?」

「そうねぇ……さすがに午前と午後に1時間ずつ公演って、凄く大変そうよねぇ。せめてどっちか、知り合いに頼めないかしらねぇ?」

「自分が演目するにしたって、キーボードの弾き語りじゃあ弱い気がして。だって、そんな人に見せびらかすような技術なんて持ってないですし、僕」

「あら、園児達と一緒に歌と踊りを披露すればいいじゃない、夏のお泊り会の時みたいに。高校の文化祭だからって、高校生しか出ちゃ駄目だってルールは無かった筈よ? 弾美君や瑠璃ちゃんの代の時には、町民を巻き込んでの物凄く派手な演劇だとか、津嶋教授の特別講座だとか、何でもアリだった気がしたけど……」


そうだったのかと、僕は目から鱗の落ちる思い。てっきり、部外者は一切関わっては駄目だとの、暗黙の了解があると思っていた。まぁ、大学だって部外者でイベントを立ち上げてるのだから、町民が参加するのなんかまだ可愛気がある方か。

ちょっと希望が出て来た、さっきまで深い海の底に沈んでいた僕の気持ちだったけど。膝の上を占領して眠りこけている魁南を、僕は部屋の日陰に移動させてやる。

ようやく眠りについたのだ、起こさないように慎重に。


僕は貰っていたプリントを鞄から取り出して、過去にそんな演目があったかのチェックに掛かる。薫さんが覗き込んで、ホラこれなんか市民参加だった筈と太鼓判を押してくれて。

これで希望が出て来た、外部からの応援があれば僕の負担もぐっと減るだろう。取り敢えず教え子の園児達は速攻でキープするとして、他に出演の当ては無いものだろうか?

例えば、目の前のこの2児の母親とか!


今は長期休職中とは言え、薫さんは大井大学の大学院の卒業生である。学生時には薬理学部に在籍していて、さらに有名な地元の製薬会社の研究チームに所属していた経歴を持っており。

実は師匠と同じ位には会話好きで、話し始めると知識も豊富だし楽しい話がポンポン出て来る。特に植物やらゲーム系のネタは、深い所まで抉って来て面白い。

観衆の前で一席どうですかとの僕の誘いには、しかし首を縦に振っては貰えず。


「嫌よ、私はっ! そう言うのは、もっと世の中に対して苦言を呈したいとか、波乱の人生を歩んで来た人に頼みなさいよっ。例えば、えぇと……瑠璃ちゃんとか?」

「それって確か……ブンブン丸の弾美さんの、奥さんの名前でしたっけ? 話によると、あの人もかなりの才女らしいですねぇ」

「才女どころか、お母さんの津嶋教授に勝るとも劣らないと、私は密かに思ってるけどね。話好きな点で言えば、津嶋教授には完全に負けてるっぽいけど……」


話好きではないのか……津嶋教授の講座は、僕は大学の図書館の映像で何度か拝見した事があったけど。とにかく独特な女性で、区切り無くひたすら喋り捲る知識と頭の回転は凄いの一言。

サービス精神が旺盛なのか、とにかく自分の知識を分け与えようとする気迫が映像からも感じられて。講座の時間をオーバーしても、話の区切りが見えない喋りにもそれは見受けられて。

パワフルな女性だなあって、映像を観ながら感心したものである。


もっとも彼女の肩書きは特別名誉教授で、本業は別にあるらしいんだけど。その点弾美さんの奥さんは、現在はフリーと言うか育児に専念中だった筈である。

薫さんを通じて頼み込めば、引き受けてくれますかねぇとの僕の問いには。弾美君を通した方が、間違いは無いよとのチームメイトの小狡そうな返事。

どうやら夫婦間のパワーバランス、珍しく旦那さんの方が強いらしい。


まぁ、弾美さんの性格を考えれば、それも何となく納得出来る気もするけれど。薫さんにしても、10歳近く年下のギルマスに何故か頭が上がらないようだし。

聞き及んだ昔話から何となく察するに、師匠と付き合い結婚に至るきっかけを握っていた人物なのかも。つまりは、その頃のあらましを全て知られていると言う事にもなる訳で。

確かにそれは、かなり弱み……いや、くすぐったいかも。


とにかく頭を悩ませていた事柄に目処が付きそうで、どっと肩の荷が降りた気分。そうだ、仁科さんの素人楽団にも、都合が付きそうならこの際ご登場願ってみようか。

薫さんにそう尋ねたら、それはこっちで訊いといてあげるとの有り難いお言葉。それなら明日の空いた時間にでも、問題の立花夫婦の元に出向かうべきか。

薫さんはそっちの付き添いもオッケーしてくれて、この僕発信の波乱自体を楽しんでいる素振り。どうせなら家族で出向いて、夕食をご馳走になろうかしらと呑気な提案。

そこまで厚かましくなれない僕は、講演依頼を第一にお願いしますと釘をさすのみ。




問題の日曜日は、何故だか最初から予想外の展開で始まっていた。例の日曜テニスの会だが、今週はコートが取れなかったとの隼人さんからのメールを受けて。

それじゃあ今回はお流れだなぁと、気楽に構えていた僕を呼び出す1通のメール。場所が無ければ大学の寮の中庭でやるべしと、その通知の主はもちろん恵さんで。

夜遅くのご無体なお誘いに、心構えなど当然出来ていない。慌てて稲沢先生に時間の空きを確認するも、もう予定入れちゃったとの無情な返事。

どうせお遊びなんだし、杉下さんでも誘えばとの追伸に。


それもそうか、沙耶ちゃんは降って湧いた公演通達に、同級生と緊急会議を開くとの事で。休みの日にも関わらず、ご苦労にも朝から学校に出向いている筈で。

優実ちゃんも、人手が足りなかった時用にと、無理やり連れて行かれているらしい。演目決めから決定するそうなので、時間も掛かるし大変だと思うけど。

僕だってそれは同じ事、って言うかテニスなんてしている暇あったっけ?


こちらの事情になど全くお構いなしの恵さんは、今日も朝からノリノリである。隼人さんの方が、どこか疲れていて恐縮そうなのはいつもの通りだけど。

初参加の杉下さんは、考えてみればついこの間まで現役だった訳だ。今は知らない面子を前に、少し緊張している風だけど。ボールを打っている内に、その硬さも少しずつほぐれて行った様子で。

仕舞いには、大学敷地内のクラブ用のコートにみんなして無断侵入。もちろん恵さんの提案だが、他の面子は見付かって大目玉を喰らわないかと冷や汗モノ。

変な緊張感に苛まれつつ、色んな汗を掻いて運動終了。


そのあとは男子は部室棟で、女子は高台の女子寮でウェアを着替えて。本当ならいつものように、遠出をして昼食を予定していたらしい隼人さん。学食でいいやとの恵さんの言葉は、ナニを企んでの申し出だろうか。

単に外出が面倒だっただけなのかも、そう思いつつ仲良く学食にお邪魔した僕らだったけど。相変わらずの混み具合は毎度の事、適当に空いている席を占領して。

隼人さんの奢りなのは確定してるっぽいし、遠慮なく食欲を満たそうか。


「遠慮しなくてもいいからね、杉下さん。今日のテニスのコーチ代だと思ってくれればいいから」

「そうだぞ、遠慮など勿体無い。これも人生勉強だ、いかに年上のオトコを手玉にとって意のままに操るか……」

「恵さん、僕の後輩に変な言葉を吹き込まないで下さいよ。それでなくても、杉下さんは素直な性格の娘なんですから」


変な言葉とは何事かと、恵さんの息巻いた反論。もっとも、表情には特に変化は見れないけれど。私は愛理から、その手練手管を教わったぞと、大威張りで諭されても困るけど。

ギルド内で何やってるんですかと、僕は批難の矛先を隼人さんに向けるけど。その視線の意味を素早く理解したギルマスは、自分には関係ないよと素早い言い逃れ。

確かにまぁ、そこまで面倒見る訳にもいかないだろうケド。


愛理さんの年上主義は、まさかそんな経済的な理由からじゃないだろうに。多少の疲労を感じつつ、セルフサービスでのお惣菜やメイン皿をゲットして行く。

戸惑いつつも、僕らに従う杉下さん。


昼食の話題は、もっぱら学生組の最近の行事に集中した。つまりは文化祭の支度が忙しいとか、その支度でどんな係をやっているかとか。杉下さんのクラスは、どうやら大井碧空町のミニチュア地図を作るらしい。

ついでにこの街の歴史とか、時間があればファンスカの初期エリアの地図と歴史帳もつくるらしい。それは面白いねと、ゲーマーからの賛同を一斉に得た杉下さん。

少し照れながら、自分は歴史を調べる方の係だと述べる。


中学校の文化祭では、この街の歴史の展示は良く取り上げられる展示物の一つだと隼人さんの注釈。スパイス的なミニチュア地図製作だとか、ファンスカの地図の展示は、そう言う意味でも是非やって欲しいと後押しする。

なるほどと思いつつ、確かに僕の代でも似たような展示があったかもと脳内思考。恵さんは呑気に、どうせなら尽藻エリアの地図も作ってと変なおねだり。

それを真面目に受け取った杉下さん、時間的に無理っぽいですと恐縮しきり。


僕のクラスの出し物は、まだ微妙に決まっていない。週明けの委員会議で本決まりする予定だが、恐らく第一希望の甘味屋さんで決まりそうな雰囲気が。

何しろ、僕の献身的な公演2時間引き受けが、生徒会との裏取引的な感情を生み出しており。そう書いてしまうと世間体が悪いのだが、人間なんてそんなモノだ。

そこら辺の経緯をざっと説明すると、そんな拗ねないでと各所から心配する声が。


「なっ、何か私に手伝える事があったら言って下さい、凜先輩」

「へーっ、その上文芸部の手伝いで本とかも出すんだ、凄いハードスケジュールだねぇ。こんなところで、油を売ってて良いモノか……」

「そう思うなら、午後は解放してくださいよ、恵さん。それとも高校の文化祭で、1時間ほど講演してくれますか?」


そんな破廉恥な真似など出来ないと、変な言い訳に走る恵さん。僕はブンブン丸の瑠璃さんに、講演をお願いしようと思っていると、隼人さんに小声で打ち明けてみる。

それ位なら自分がと、答えが返ってくればしめたモノだと思っていたけど。世の中そんなに甘くない、それは面白そうだねとの明るい笑顔で返されて。

その講演は是非聞きに行こうと、ライバルギルドの対立はどこに行ったのやら。


ところが恵さんの方が、何故かこちらの思惑通りの反応を示し。活躍の場を奪われるなと、勢い良くギルマスに食って掛かる始末。仕舞いには、文化だ祭りだと騒ぎ立てる愚か者共めと、怒りの矛先は何故かこちらに向き始め。

言っている意味は何となく分かる、宥めるつもりで僕も追従。


「確かにその通りですよね、恵さん。学園祭って名目ならまだ分かりますけど、そもそも文化って歌ったり踊ったり、ましてや食べ物屋をはしごしたりするものなんですかねぇ? 中学生のクラス発表の方が、余程潔いって気がしませんか?」

「まさにその通りだ、凜之介……そもそも文化とはなんだ、しおりん?」

「えっ、文化の定義ですか……? ええっと……その国ごとの、誇れる発展?」


タワケと無表情に罵られて、ちょっと傷付いた感じの杉下さん。しまった、恵さんの暴走を収めるつもりが、彼女の燃える釜に石炭を放り込んでしまったみたい。

どうやら彼女、年下を相手にすると、途端に饒舌と言うか世話焼きさんになってしまうみたいだ。この後も、3人で合同インするぞと、さっき通達されていたし。

隼人さんはこの後用事があるらしく、彼女の捕縛からいち早く逃れていたけど。僕ら学生組は、昼食を奢って貰った弱みもあって、そうすんなりと断る訳にもいかず。

奢ってくれたのは、隼人さんなのにね?


「確かに、国ごとに文化の相違は見られる……文化圏と言う言葉もあるしね。じゃあその文化圏を縛っているモノは何だ? 例えばこのカニクリームコロッケ、3個で100円の値段だが、遅い時間だと売り切れて残っていない……だが定価が500円ならどうだ? きっと売れ残って見向きもされないだろう、そういう事だ」


一応真面目に聞いていた僕らだったが、恵さんの解釈についていけている人は皆無の模様。つまりはどういう事ですかと、仕方なく一同を代表して僕が水を向けると。

くわっと眼を見開いて、結論を迸らせる恵さん。つまりは、文化とは貨幣制度に縛られた呪いの類いだとの解釈らしい。そしてその程度は、カニクリームコロッケの売れ残りに比例するみたいで。

面白い人だな、いや前からそう思ってたけど。


「な、なるほどぉ……たとえ定価が500円でも、文化の程度が高かったら、カニクリームコロッケは売れ残らないんですね?」

「うむ、それだけの価値はある……そう思わないかね、しおりん?」


思いますと、良く分からない女性陣の盛り上がりはこの際無視して。さっきから、2人で分け合って絶賛していたのは、隣で見て知ってたんだけど。

僕も1個分けて貰ったので、その味の良さは保障するけど。まさか文化と結びつけるとは、なかなか侮れない会話能力である。ってか、貨幣制度は呪いだったのか。

ところがそこに、待ったをかける人物が。


「確かに通貨制度は、文化の一部ではあるよね。例えは絵画にしても、50億で売買されるものもあれば、同じサイズなのにただ同然のものもある。音楽や食材にも、そう言う程度の差は存在する……つまりは文化とは、そういった価値観の共有なんじゃないかな?」

「なるほど……その価値観に相違があった時に、人はカルチャーショックを受ける訳ですか」


隼人さんの理論に、こっちは多少マシだなと同意する僕。恵さんもフムンと頷いて、さすがにカニクリームコロッケに50億は出さないけどねと妙な感想。

確かにそれは高いですよねと、杉下さんまで変な追随。変な人ばかりだな、ひょっとして類は友を呼ぶ的なナニかだったら嫌だけど。価値観なんて、所詮は変動するもんだけどねと、醒めた表情での隼人さんの締めの言葉。

カニクリームコロッケは永遠だと、恵さんの熱い反論。


カニクリームコロッケから、話題が離れていかないのは何故だろう。そう言えばさっきも、皆でおかずを分け合う姿を見て、軽いカルチャーショックを受けたと隼人さん。

確かに、女子は割とそう言う行為を平気で行なう傾向がある。僕にしても、メルやサミィの食べ残しを貰う癖がついていて、おかずの分配には無頓着になってたけど。

躾の行き届いた男子から見れば、確かにビックリする光景だったかも。


「なんだ、隼人もカニクリームコロッケを食べたかったのか。残念、3個しかなかったし、もう残ってないや……欲しかったら、追加で取りに行って」

「いや、そう言う意味じゃないんだけど……ってか、何でカニクリームコロッケから話題が離れないの?」


どうやら隼人さんも、同じ感想を持ったらしい。今は食事はあらかた終わり、呑気な会話モードに移行している所。杉下さんが甲斐甲斐しく、皆のお茶を配給してくれている。

隼人さんはこの後、夕方から少人数の同窓会があるそうで。それまでに部屋の片付けとか洗濯とか、所用をこなしておきたいらしい。弾美君によろしくねと、夏のイベントでの負けは引き摺っていないみたいなのは良いけれど。

恵さんは面白くなさそうな表情で、ギルマスにもう消えろみたいな表情。一般構成員の恵さんの方が、余程ギルド間の対立に敏感みたいだ。その割には、100年クエで対立している筈の僕らとは、なぁなぁ過ぎる気がするけど。

ひょっとして、ライバルと認められていないだけなのかも。



そんな訳で一段落ついた後に、僕らが連れて行かれた場所はいつもの部室棟だった。先ほどの男性陣の着替えもここで行なったし、人影が無いのは確認済み。

まぁ、それもそうだろうとは頷ける。まだ暑い9月の昼間、好きこのんで冷房装置の無い部室でゲームをしようなんて思う者はいない。そう、僕らを除いては。

杉下さんは、多少珍しがってテンションは上がっていたけど。


今日は3人だから、ペアダンジョンは無理だねと恵さん。コントローラーを渡された僕らは、言われるがままに接続の準備。約束があるから、長いインは無理ですと僕の念押しに。

それじゃあ簡易ダンジョンでもするかと、抑揚のない恵さんの返答。


「簡易ダンジョンって何ですか、凜先輩はやった事あります?」

「僕も良く知らないや、尽藻エリアの新コンテンツじゃなかったっけ?」

「ウチのギルドでは、今流行ってるよ……1時間コースだと、パーツ4個くらいかな」


今年のバージョンアップで、尽藻エリアがテコ入れされたのは記憶に新しいのだが。その中の一つに、何と自分でダンジョンを設計出来る遊びと言うのが混じっていて。

恵さんが言うには、それが『アミーゴ』のギルド内のライトユーザーに凄く受けているらしい。簡易ダンジョンでレベル上げをして、次期主力候補が育っている最中なのだとか。

そんな理由で、ギルド倉庫にパーツがごろごろ転がっているらしい。


説明を聞いた僕らも、なるほど面白そうだとの認識を得て。パーツの数とか種類によって、難易度やクリア時間が決まるのも楽しそう。レアパーツを使わない限り、大したものはドロップしないそうなのだけど。

簡易自作ダンジョンと言う響きが、何となくワクワクしてしまう。


そんな訳で、初チャレンジのお相伴に与る僕らミリオンメンバー2人。属性は土で、植物系のダンジョンを作ったよと、恵さんの呑気な口調の解説を受けて。

なるほど、自作だから自分の得意属性を選択したりも可能な訳だ。今日の面子に限って言えば『光』『闇』『風』なので、あまり考えなくても良いみたいだけど。

そんな説明を受けて、いざ簡易ダンジョン攻略スタート。


入ってすぐに、恵さんの追加の説明が。勝手にレベル補正が入るからねと、突入直前の間の悪いタイミング。強化魔法を唱えつつ、そういうのは早く言って下さいと返すけど。

自分のキャラをチェックするけど、封印されたスキルは皆無っぽい。


「使えなくなるスキルは無いけど、全体的に威力は弱くなるしキャラの体力やステータスも低下するよ。しおりんがレベル70台だっけ、じゃあ敵もそんな感じかな?」

「なるほど、レベル差を気にせず遊べるのはいいですね……レベル上げに使えるなら、凄く便利なダンジョンですねぇ。ちなみに、パーツはどうやって入手するんですか?」

「この中でも、変わったタイプのが入手出来るよ……最初は、ゴブNPCとか遺跡屋から買わないと駄目だけど」

「あれっ、何だろう……モニターにお題が出てますけど?」


杉下さんの言葉に、えっと慌てて画面を眺めると。確かに画面の中に『クリア条件:中ボスを同時に撃破せよ』との文字が出ていて。いきなり難しいお題が出たなと、恵さんの嘆息。

どうやら時間制限が無い代わりに、色々とクリア条件が存在するダンジョン仕様らしい。キャラが出現したフロアは、段差混じりの木製構造で。太い幹を中央に、4つの集団が目に入る。

1つは僕らキャラ集団、残りの3つは中ボスを中心としたモブ集団だった。土属性の括りと言う、恵さんの注釈は本当で。ゴーレムとか蟻獣人とか、球根モドキとか。

恵さんの話では、敵はそれ程強くは無いそうなのだが。


何しろ初めての構成のダンジョンである、こちらも急造パーティ、自分の立ち位置は後衛寄りが良いのかななどと考えつつ。ところが、そんなリンのさらに後ろに隠れるキャラが1人。

呼吸を合わせる時間も与えて貰えず、ゴーレムから倒すぞとのたまって突進して行く恵さん。前衛仕様の筈のヨツバは、相変わらずリンの影から出て来ようとしない。

このパーティの中で、まともに回復魔法を唱えられるキャラはリンだけなんだけど。恵さんを孤立させても仕方が無いので、仕方なく僕も壁役にと突っ込む事に。

それを見て、ようやく僕に続く杉下さん。


「遅いぞ凜之介、お陰でもっさりと囲まれたじゃないか!」

「せめて作戦立てたり、お互いの役割を分担する時間を下さいよ、恵さん。杉下さん、グレイスの左側で壁役になって。ついでに恵さんのキャラの動きを見て、ステップ防御の練習をしようか」

「はっ、はい……でも、全然自信が無いんですけど……」


そうだ私を見習えと、俄然張り切り出す恵さんは放っておいて。確かにまだまだ初心者の杉下さん、削り力はともかく防御は下手っぴいで不安だらけである。

パーティ戦ならともかく、自分も攻撃を受けるソロ対応の場合、途端に平静を失う後輩を横目に見つつ。危なくなったらポーションもあるし、僕も回復飛ばすからねと安心させて。

私も範囲スタン技あるから、べったりくっ付いてなさいとお姉さん気取りの恵さん。嬉しそうな声の張り具合……恐らく友達の輪の中では、圧倒的に妹キャラ扱いなのだろうと簡単に想像がついてしまう。

ちょっと不憫に思いつつ、殲滅戦は続く。


僕と恵さんの指示によって、ヨツバの動きも段々と定まって来た。まずは大剣の複合技の《粘壊斬り》を対峙している敵に放つ。これは敵の動きをスローにする効果が付随するので、たどたどしいステップ防御にも多少の目が出て来る訳だ。

それから、SPが溜まったら《大刹斬》でガッツリと敵の体力を奪う。これは普通のスキル技だが、とにかくヨツバの持っている大剣技の中では特に威力が高い。

後は敵と自分の体力を良く見る、伝えているのはこの作業だけ。


雑魚の数は半ダース程度に過ぎず、僕らは順調にその数を減らして行った。残ったのは体格の良い中ボスのみ、ただしいきなりコイツを倒したら、クリア条件を満たせなくなる。

そんな訳で、リンの《ダークローズ》での足止め後、次のモブ集団に突撃する僕ら。中ボス3体同時撃破まで、大人しくその場にいて欲しいものだが。

時間はかなり微妙、魔法が切れたらちょっと怖いかも。


そんな事を思っている間にも、雑魚の蟻獣人は殲滅されて行き。やっぱり残される、倒す訳にはいかない中ボス蟻獣人。それに加わるように、足止めから解き放たれる中ボスゴーレム。

中ボスに取り付かれている僕と恵さんを見て、杉下さんもパニック状態に。何とかして凜之介と、恵さんの要請を受けて。取り敢えずは蟻獣人に《ダークローズ》を撃ち込んで。

僕に殴り掛かるゴーレムは《スティールバインド》で動きと攻撃力を奪ってやる。


「おおっ、さすが頼りになるなっ、凜之介! 今の内に、最後の敵を倒すぞっ!」

「はいっ……ってか凜先輩、キャラに変な腕が生えてますけど?」

「おおっ、本当だ! 恰好良いな、いつの間にっ? まさに奥の手、どんなスキル?」


確かに奥の手だ、恰好良いかどうかは別として。夏のイベントのスキル交換で入手しましたと、僕は経緯を説明するけど。私は防御と体力の上がる指輪にしたと、途端に話はわき道へ。

見せてあげようと、嬉々として装備画面を開きに掛かる恵さんに。敵の殲滅を先にして下さいと、足止めの時間を気にする僕。そんな訳で、最後のモブ集団に全員でアタック開始。

程なく、フロアに残った敵は中ボス3体のみに。


そこからは、呼吸を合わせての一斉殲滅作業へ。どうやら条件の同時と言うのは、完全に一緒でなくても良いらしい。30秒程度の誤差は容認されるらしく、それなら割と楽な条件だ。

範囲攻撃などを織り交ぜつつも、3人で力を合わせてお題を達成。


次の瞬間、モニターにクリアおめでとうの文字が。それと同時に、中央の柱の前に宝箱と魔方陣が。恵さんはそれに近付いて、躊躇無く宝箱をオープン。

中からは、少量の経験値とパーツが幾つか。レアは混じっていなかったと、残念そうな恵さんの呟き。1層のクリア時間は約15分、つまり残りは3層くらいだろうか。

敵のドロップは皆無だが、サクサク進むし経験値もまずまずだ。


次の層のお題は『時間内に次のフロアへ進め』だった。それと同時にカウントダウンの時間表示、15分以内が条件らしいのだが。周囲を見渡すも、敵の姿はまるで無し。

その代わりに目に付くのは、樽とか木箱とかいかにも壊して下さい的な障害物の数々。前と同じく木製のフロアで、壁伝いに生い茂るツタには異物感溢れる腫瘍のような毒々しい繭が。

中には一体、ナニが入っているのやら。


恵さんの説明は簡潔、どっかに魔方陣があるから探せーとの事で。手本を示すように、近くの木箱を武器で殴り始める。そして壊れた障害物から、ネズミ型の敵が出現。

外れを引いたらしいが、その敵もそんなに強くは無いみたい。僕らもそれを真似て、取り敢えず近場から探索を始める事に。フロアが意外と広いので、当たりを引くまで大変そう。

そして始まる、悲劇の連鎖。


まずは杉下さんのヨツバちゃん。相変わらず僕の後ろにくっ付いて、適当な障害物にアタックをかけていたと思ったら。近付いたツタ植物の、派手な花の部分が毒を吐いたらしくって。

これは不味いと、思わず咄嗟に殴ってみたらしく。反撃のツタのバインドから、繭のモンスター羽化のコンボ技を喰らってしまったらしい。動けない状況でタコ殴り、何故か周囲の繭が連動して敵を産み出しているみたいだ。

それに気付いた僕が、慌てて助っ人に駆け付ける。


このダンジョンに慣れている筈の、頼りの綱の恵さんにもヘルプを飛ばすも。何故かこちらも絶叫が帰って来て、どうやら樽からNMが出現したっぽい。

そんな事もあるんですかと、驚き顔の僕の質問に。出て来ちゃったモノは仕方が無いと、強敵相手に慌てた様子の隣の気配。ヘルプ頂戴と言われても、それはこっちの台詞である。

何しろ繭から出て来た丸い昆虫型モンスター、やたらと離れた場所から転がりチャージを仕掛けて来るのだ。外れようがお構いナシ、ってか周囲の障害物を巻き込んで転げ回っている。

そして壊れた樽や木箱から、新たなモンスターが。


「わっ、また敵が増えちゃったよ……勝手に樽を壊さないで欲しいなぁ」

「凜先輩、やっと動けるようになりましたけど……私は下手に動かない方がいいでしょうか?」

「そうだね……後ろは僕が護るから、全力で前の敵からやっつけて行って、杉下さん」


了解しましたと、この場に及んでも丁寧で年上を敬う感じな物言いの杉下さん。恵さんなど、早くこっちも助けろと、年の差に違和感を感じるような騒ぎようなのに。

それでも出現した樽風味のNMは強敵らしく、さすがの恵さんも苦戦している様子で。漏れ聞こえてくる感想では、樽の上から生えた海賊の顔が面白いらしい。

黒髭が、危機一髪だとかナントカ。


とにかくこちらも忙しい。敵の転がりチャージは、僕の《ソニックウォール》で潰していて直接的な被害は無いのだが。間接的に、周囲の樽や木箱から発生した敵の数に苦しめられる破目に陥ってしまって。

それでも周囲の障害物が粗方片付くと、そのコンボ技も勢いを失って。追加で増えた敵も所詮は雑魚ばかりで、慌てなければ大した事も無い感じだったり。

背中合わせに戦っていた僕らだが、ものの数分で殲滅は完了。


それから2人して、まだ騒いでいる恵さんに加勢する。なるほど、確かに形状の面白い敵ではある。今は体力を半分以上削られていて、あと一押しと言った風情なのだが。

樽の身体に、デフォルメされた筋肉質の手足、頭は確かに黒髭を生やした海賊みたいである。一番風変わりなのが、こちらの攻撃が当たるたびに樽の表面に突き刺さって行く剣の柄だろうか。今は半分以上、刺し込み口は塞がれている感じを受けるけど。

アレのルールだと、当たりに刺さると首が飛ぶ?


対面しての攻撃ばかりだったせいか、樽の前面は既に刺し込み口は皆無である。後ろからも攻撃すべきなのかなとも思ったが、それが当たりに直結しそうで恐い。

時間を見れば、既に10分を超えている。これ以上手間取ると、任務失敗してしまう可能性が。だからと言って、この黒髭NMは放っておく訳には行かないし、簡単に倒すのも難しそう。

それに輪をかけて、この飛び出す仕掛けのプレッシャーが。


あるか無いか分からない仕掛けだが、全員のドキドキ感は止まらない。いつ飛ぶのかなぁと、女性陣の期待感は変な方向へ。それより時間がやばいですよと、僕の冷ややかな言葉に。

それもそうだったと気を引き締め直すメンバー達。賑やかなのは良いが、緊張感の類いはとっても薄い現状に。待ち構えていたように、パニックスキルのご開帳。

飛び出す黒髭NMの首と、それに呼応して周囲の樽から飛び出す首モドキ。


「わっわっ、何と言うスペクタクル! 周り中、飛び出した生首だらけだっ!」

「目の前の敵は分かりますけど、何で他の樽からも出ちゃいますかねっ? きゃあっ、生首が飛んでこっちに来たっ!」


生首モドキ達は、浮遊しながらこちらに攻撃を仕掛けて来ていた。数は全部で7体で、樽NMから飛び出した奴は一際大きくて強そうだ。その代わり、本体の筈の樽の動きは完全ストップ。

慌てふためく女性陣は、実は何やら期待が成就されて嬉しそうな雰囲気。僕はと言えば、残り3分となった残り時間に気もそぞろで。敵の相手を彼女達に任せて、自分は転移ゲートの捜索に。

ヤマ勘頼りで端っこの障害物の山に突進、付いて来た生首モドキも巻き込んで《爆千本》の範囲攻撃へ。多少強引でもお構いなし、当たるを幸い薙ぎ払いモードへ。

僕の勘も捨てたもんじゃない、消滅した木箱の下から目当ての魔方陣が。


とは言え、エリアの障害物の半分以上は既に塵と化していた訳だけど。くっ付いて来た生首モドキをやっつけながら、仲間に合流してねとの言葉を投げ掛ける。

NMを放っておけるかとか、コイツ生意気にもブレスを吐いたとか、騒がしい一部の人を宥めつつ。コイツだけは絶対に倒してと、ドロップ目的の討伐催促に。

残り時間を気にしつつ、いざ渾身のパーティアタック開始。


「ぬあっ、目からビームとはちょこざいなっ! くそっ、補正受けてるからスキル技のパワーが足りないっ!」

「雑魚の討伐、やっと終わりました……何か色々ドロップしてたけど、とにかく黒髭さんを倒すの手伝いますねっ!」

「時間があと1分しかないね……恵さん、いざとなったらコイツ放って置いて、魔方陣に飛び込みますよ?」


結構殴られていた恵さんは、絶対やっつけるんだと駄々っ子こモード発動中。お姉さんキャラはどこ行ったと、内心の呆れ顔は努めて表に出さないようにしつつ。

3人の力を合わせての追い込みで、ようやくの事浮遊黒髭生首は没。さすが樽から離れた残りカス、特に悪あがきも無かった様子。残り時間を見てみると、何とあと10秒しかない有り様。

絶叫しながら、競い合うように転移魔方陣に飛び込む僕ら。


何とかこなせた条件クリアを喜ぶ間にも、次のお題はモニターに映し出されていた。今度は簡単と言うか、単純な『フロア内の敵を全て倒せ』との条件で。

フロアを見回せば、台座に据えられた石像ガーゴイルが一番に目を引く。その周辺には、色んなタイプのゴーレムや甲虫の類いが徘徊している様子だ。

単純なお題に、こちらのリーダーの指令もチョー単純。


「よしっ、全部やっつけるぞ」


了解しましたと、僕らもその号令に呼応して。まずは恵さんが突っ込んで、リンクした敵を僕が魔法で隔離したり釣って殴り掛かったり。単独では自信の無い杉下さんは、ここでも僕のサポート役を買って出て。

何と言うか、僕の知り合いの両手武器持ちアタッカーは、闘いは最上の喜びみたいなアクの強い人が多いんだけど。杉下さんは真逆で、まるで戦士の格好をした衛生兵のような。

その醸し出す違和感は、自分で練り込んで作ったキャラじゃないってのも理由の一つかも。ここら辺は今後の課題かなぁと、僕は脳内でヨツバの未来設計の算段などしつつ。つまりは、彼女の性格に合わせてキャラを練り直すとか。

もしくは、前衛の戦術を徹底的に叩き込むとか。


色々と案は考えられるが、本人の自覚が無いと上手く行きっこないとも思うし。彼女の根底にある、圧倒的な自信の無さ。優しい性格も、戦士としてはマイナスである。

ゲーム世界とは言え、キャラに本人の性格が反映されないかと問われれば否である。逆に言えば、ゲームの中でも自信を培えれば、リアルでも積極的に行動出来るようになる気がする。

成功体験って言うのは、得てしてそんなモノだ。


それはスポーツをやっている人なら、多分納得して貰えると思う。試合では敵プレーヤーと技術を競い合うが、その技術とは練習で何度も繰り返して得たものなのだ。

日々の鍛練は自分を裏切らない、もし試合のプレッシャーで実力の半分も発揮出来なくても、努力して得た実力は確かに自分の内にある筈だ。練習で得た自信で敵との試合に勝てたなら、それが更なる自信となり得るのだ。

そして得た成功体験は、実生活でも貴重な財産になる筈。


……なのだが、残念ながら杉下さんはそうでは無かった様子。僕と組んでのテニスのペア練習は、せいぜいが半年程度だったし。試合出場も僕のオマケ程度の認識だったようで、自分が表に出ようとは決してしなかった杉下さん。

それなりに実力を持ってたのに、下手に出る性格が災いしてしまっていて。僕も何とかしてあげたかったけど、僕自身が先輩風を吹かす性格でもなかったせいで。

そのツケと言うか再試練を、今負っている気がしないでもない。


そんな事を考えている内に、殲滅戦は滞りなく終了に至った様子。相変わらず賑やかな恵さん、先行し過ぎで僕の回復飛ばしも割と大変だったけど。

遠慮なく文句を言って、そこはまぁ意図的な意味もあるけど。杉下さんへのメッセージと言うか、例え年上にでもきっぱりと自分の意見は通すと言う。人間なんて、口で言い合わないと所詮は分かり合えない生き物なんだし。

哲学的に過ぎたかな、隠れたメッセージに気付いてくれると良いけれど。


「むうっ、私のグレイスは不死身だからいいのだっ。あれっ、食べ残しがいるのかな……クリアメッセージも魔方陣も出てくれないぞ?」

「本当ですね、何ででしょう……? あっ、あそこにい……あらっ、ただの石像でし……ひゃっ!」


石像のガーゴイルはまだ何体もいるが、中央のは本物のオブジェっぽくて動く気配はまるでナシ。ただし、ヨツバが近付いた端っこの奴は、どうやら罠仕様だったらしく。

彼女が前に立った途端、いきなり殴り掛かって来たみたいだ。ヒーリング中だった僕は虚を突かれ、助太刀するぞと威勢の良い恵さんの後塵を拝する破目に。

それでも数分も持たず、土塊に還って行くガーゴイル。強さはさっきまで相手をしていた雑魚たちと、そんなに変わりは無かった様子。安心しつつも、なおも出現しない魔方陣に焦れる僕ら。

どうやら、他にも起動する罠があるみたい。


どれがソレだと動き回る女性陣、リンは再びヒーリングで魔力回復に努める事に。その内再度のガーゴイル退治が始まったらしく、僕はそれには参加せずじまい。

ところがその戦闘終了後も、魔方陣は現れてくれず。結局その仕掛けを見付けたのは、出遅れた僕だった。中央の石像の台座に、クリック出来るスイッチが現れたのだ。

それは隠し部屋の扉のボタンだったらしく、中には何と半ダースの宝箱が。その中の1つがミミック仕様で、それを倒し終えてようやく次のステージへと出向ける事に。

単純なお題の筈が、なかなかどうして謎解きが多かった。


それでも最終フロアのお題は、至極簡単で間違えようもない。つまりは『大ボスを倒せ』との事で、そいつはフロアの中央に待ち構えていたのだから。他と違って、部屋の造りも小さい模様。

だからと言って、大ボスの強さは決して侮れない設定だった。見た目は大アリクイと恐竜のブレンドで、長い舌と大きな爪での攻撃は厄介極まりない。

舌に絡まれると、麻痺と向いてる方向の錯乱をプレゼントされてしまう。鋭利な爪は通常攻撃でも大きなダメージを生むし、範囲技となると全員が悲鳴を上げるレベル。

僕は必死に、範囲技だけは潰しますと宣言。


「頼んだぞ、凜之介っ! しまったな……手持ちのポーションがもうほとんど無いや」

「私もほとんど使っちゃいました。最後まで持ちますかねぇ?」

「スタン役で忙しいから、僕の回復は期待しないでね。なるべく被弾しない方向で頑張って、2人とも」


それは厳しいお題だねぇと、割と呑気な恵さんの返答。杉下さんは、タッチ系の魔法を試している様子だ。敵の大ボスの体力は順調に減って行き、HP半減からのハイパー化の到来へ。

それはある意味、見モノだった。大アリクイの長い舌が、いつの間にやら3又になっていると思ったら。前衛に出張っていた僕らをそれぞれ捕獲、麻痺と方向錯乱をお見舞いされて。

一種の酔っ払い状態となった僕らは、振るう武器もてんで見当違いの方向で。さらに麻痺での行動キャンセルに至ると、ステップ防御や回復魔法すら侭ならない状況だったり。あれよあれよと言う間に、僕らの体力は奪われて行く。

ヤバい、このままだと崩壊しかねないんですけど?


それを救ったのは、何とペットのSブリンカーだった。どうやらコイツは、主人のピンチには進んで身を挺してくれるみたい。一時タゲを奪うほどの、連携込みの猛攻は凄いかも。とにかくこれで、各自立て直しの時間が取れた。

各々が万能薬で麻痺状態を回復、方向錯乱状態は万能薬では治らないみたいだ。ところが恵さん、《自己浄化》と言う光魔法で自分だけ回復して戦線復帰。

大鎌の一撃で、華麗にタゲを奪い返す。


スタン役のリンが前衛に立てないせいで、恵さんもかなり怖い状況に陥っていたけど。その分回復魔法で支援を頑張って、お陰でリンの魔力はすっからかん。

方向錯乱状態が治って、僕と杉下さんが戦線復帰する頃には。恵さんのポケットの薬品は、ほぼ枯渇状態との事で、それは僕らも同じ事。次にハイパー化が来たら、とっても不味い状況かも。

要するに、仲良く全員でバッドステータスを受けるのが悪いのだと気付いた僕。ここから子狡い提案で、僕だけ後方で魔力回復に休ませて貰う事に。

2度目のハイパー化も、リンだけ敢えて後方待機。


「わひゃひゃっ、今度の舌は二又だっ……凜之介、後は頼んだっ!」

「了解しました、敵のハイパー化が鎮静するまで、マラソンに移行しますね」

「すごい策士ですね、凜先輩っ」


凄いって程ではないが、色々出来るのもリンの強みではあると思っている。まぁ、足りない力を策略で補っているとも言えるけど。とにかくマラソンだ、僕は遠隔スキルで敵を怒らせに掛かる。

《ヘキサストライク》から《爪駆鋭迅》のコンボは、補正を受けていても凄い威力。さらに《砕牙》で追い込んでやると、ようやく大ボスはこちらへと突進して来た。

これで駄目なら、奥の手の《風神》で吹き飛ばすしかないかなと思っていたのだが。女性陣の応援を後ろ盾に、華麗にマラソンのスタート……と思っていたら。

長い舌の引き寄せで、それを阻む器用な大ボス。


舌打ちしつつ、こちらもプラン修正。《九死一生》からの《風神》を呼び寄せて、強引に距離のアドバンテージを得てやるのだが。格好悪い奴めと、隣から毒混じりの冷やかしの言葉が。

ハイパー化解除までする事が無い恵さん、こちらの茶々入れに熱を入れる事にした様子。この事態も予測済みですと、意地を張る僕なのだが。事実押さえ込みには、辛うじて成功している所。

タッチ系の呪文で、僕も体力を回復させて貰って。


幸い、その後は波乱なく削り切りに成功して。ハイパー化の解けた大ボスに、怒涛の如く攻め入ってジ・エンドの流れに。クリア達成の文字と共に、中央に出現する宝箱と退出用の魔方陣。

やったねと場は和気藹々なムードに。ハイタッチなど交わしつつ、宝箱を開けて報酬の確定など。今回は割と当たりかなと、嬉しい報告をしてくれる恵さん。

途中の樽NMと生首モドキからも、実は結構なドロップが確認されているし。経験値も美味しかったし、報酬の分配は完全にホスト役の恵さんに丸投げする事に。

それじゃ、パーツ部品は全部貰うねと恵さん。


もちろん僕らに否は無い、パーツを貰っても使い道は無い訳だし。結局僕らが貰ったのは、土の術書と家畜ゴーレムだった。家畜ゴーレムは、館の中庭で飼育するタイプみたいで。

これは良いものを貰ったと、思わぬご褒美に喜ぶ僕。コイツは何を産むんですかと、恵さんに訊ねてみたら。どうやら稀にパーツを産むらしく、その他は鉱石関係らしい。

何にしても、珍しい家畜が増えて良かった。


蒸し暑い部屋で、頑張った甲斐もあったと言うモノだ。杉下さんも我が儘全開の恵さんを見て、少しは自由奔放とか溌剌さとかを身につけて欲しい。

そんなお節介を焼きつつも、午後の変テコな合同インは終わりを迎えたのだった。




夕方過ぎ、僕は薫さん達と待ち合わせて、予定通り立花家へとお邪魔した。どうやら夕食を呼ばれると言うくだりは本気らしく、師匠と子供達も一緒である。

テンションの高い魁南はともかく、僕は多少アガリ気味。図々しいお願いを携えての訪問なのだから、無理も無い事とは言え。もちろん訪問先に、あの弾美さんがいる事実も理由の一つ。

果たして、僕の懇願はすんなり受け入れられるや否や。


もちろんそれは無理な相談だった。いや、本人的には無理だと言い張ってきかないと言う点においてだが。周囲のお気楽な連中は、むしろ楽しげにやってみればと後押しの声ばかり。

その中心は、もちろん弾美さんと瑠璃さんの母親その人。


時間は既に夕食が終わって、食卓はティーカップとビールのグラスが占めている感じ。僕は食後のお茶をお呼ばれしながら、戦々恐々と事の成り行きを見守るばかり。

ここは立花家の台所で、若夫婦が帰国してからコッチ、夕食は2家族で賑やかにが基本らしい。今日みたいに飛び入りのお客も想定内、ってかかなりの頻度みたいで。

僕的にもラッキーで、若夫婦の両親×2への紹介と挨拶も簡素なモノ。向こうのリアクションも、高校生じゃあビールは勧められないわねぇとあっけらかん。

ここら辺の会話も、殆どが母親連中によるもので。


旦那さん連合は、むしろ静かで食後もお茶でまったりと言う。ビールを飲みつつひたすら喋っているのは、主に瑠璃さんの母親の恭子さんと弾美さんの母親の律子さん。

弾美さんと薫さんが、それに加わっている感じだろうか。


「受けてやれよ瑠璃、可愛い後輩の頼みじゃないか。講座の一つや二つこなさなきゃ、博士号取得の名が泣くぞ?」

「そんなの関係ないし、私には無理だよっ! 弾美ちゃんも先輩なんだし、乗り気な弾美ちゃんが引き受ければいいでしょっ?」

「残念ながら、それは無理だ……大学院の後半は遊び過ぎて、俺は博士号取り損なっちゃったからな(笑)」


それは本人の責任だし、お話しするのに肩書きは関係ないでしょと瑠璃さんの必死の言い逃れ。莫迦たれ、聞く方は大いに関係あるんだと弾美さんの弁はごもっとも。

箔と言うのは大事よぉと、お母さんズの追従に。弾美君だと、講座が変な方向に脱線する可能性があるよねと、薫さんの茶々入れ。だいたいあんた今無職じゃないのと、これは実母の言葉。

確かにそれは、世間体が悪いよねと全員の意見は一致。


だからアナタがと、全員の視線の先は一斉に瑠璃さんの下へ。だって何を話せばいいか分からないし、私には荷が重過ぎると弱腰な上に逃げ腰は相変わらずで。

このままだと埒が明かないかなぁと、提案者の僕は冷や汗を掻く思い。何より瑠璃さんが可哀想になって来たし、駄目なら良いですと思わず口にしたものの。

そこに待ったをかける、頭脳明晰な酔っ払い集団ズ。


「瑠璃ちゃん、そんな逃げ腰で母親としての重責を、これからの長い人生で全うして行けると思ってるの? 先輩として言わせて貰うけど、あなたの母親の図太さを少しは見習いなさいっ!」

「その通りっ、これからは子供達の人生の責任も、母親のあなたが背負って行く事になるのよ? 出産前に散々言ったでしょう、子供を持つのに免許や資格はいらない。産みさえすれば、誰だって母親になれる……だからと言って、無条件に母親を名乗れるなんて考えてたら大間違いよっ?」

「いい事言った、恭子名誉教授の言う通りっ……弾美も良く聞いておきなさい、あなた達がただの偶然で幼馴染として、この街で生まれ育ったと思ってる? とんでもない、私達は母親になる前に、散々に子供を産み育てる良い環境を探し回ったのよ!」


ええっと、この後の話はからみ口調の上に、かなり長くなったので割愛するけど。要するに、母親の責任と言うのは子供を無事に産んだだけでは終わらないと言う事らしい。

教育と言う言葉は、教え育むと書くのだと説教は始まって。健康や教育環境にも気を配るのは当たり前、こども病院や保育園の立地条件の前もってのチェックはもちろん、出来れば新鮮で安全な食材の確保も念頭に入れておきたい。

そう言う事前の調査は、もちろん親にしか出来ない事である。赤ん坊はこの人ならばと、親を選んで産まれて来る、そうでない場合もあるかもだが。とにかく、親はその信頼に責任を持って答えなければならない。

それが親と子の、絆となって行くのだ。


そんな感じの話を延々と、酔っ払ったお母さんズが交互に続けて行くのだ。いい加減にうんざりした顔付きの弾美さん、隣に座っている瑠璃さんを肘でさり気なくつついて。

お前が話を受けないと、2人の説教は延々と続いて終わりが無いぞと言いたげなその仕草。こんな時に限って、どの家庭の赤ん坊も静かなモノで、席を外す言い訳も無い。

僕に限っては、この母親達の話は面白いなと聞き入っていたのだが。


明らかにそうで無さそうな弾美さんや薫さんの目配せに、とうとう屈する様子の瑠璃さんだったり。自信は無いけどやってみますと、弱々しい発言に呼応したように。

ようやくぐずり始める、気紛れな幼子たち。


それからは、そろそろ赤ん坊をお風呂に入れないととか、もうお暇しないととか、途端に場は慌ただしくなって。僕も食事と講座引き受けの礼を述べ、師匠一家と共に引き上げる支度。

魁南が静かだなと思っていたら、リビングで変な恰好で眠りこけていた。いそいそと回収しつつ、師匠たちの後へと続いて玄関へ。乗って来た車へ魁南ごと、途中まで同乗させて貰う事に。

こうして難関と思われた1時間の講義枠は、無事埋まる事と相成ったのであった。





さて、この章も極端にゲームの進行具合の経緯が語られていないけど。それは仕方が無いと言うか、僕の実生活が極端に忙しくなってしまったせいなのだが。

学校では文化委員の会議や雑用、ゲートを作るからと買い物に出向いたり、沙耶ちゃん達の出し物の手伝いをやらされたり。もちろん、クラスの模擬店の用意も手伝わされているし。

文芸部の助っ人を不用意に買って出たせいで、その打ち合わせに時間を取られる破目にもなっていて。さらに僕と倉沢君と3年生数人で、一冊の本を出す計画が。そのための原稿書きは、家に帰って寝るまでの時間を圧迫している始末。

でもまぁ、これは不思議と嫌では無い忙しさだったり。


そこら辺の経緯は、また次の章ででも説明すると思う。とにかく文化祭関係の雑用は、これでもかと言うほどに僕の双肩に圧し掛かって来て。その上、園児達と歌とダンスの出し物が決定、その練習にも余念がないと言う。

文化祭当日まで、この身が無事に持てば良いけれど。


とにかく、高校生活初のこんなハードスケジュールの中、100年クエの手掛かり探索はひっそりと進められていた。以前と違うのは、学生チームと社会人チームの役割分担だろうか。

領主クエの時は、忙しい社会人を慮って僕ら学生チームが雑多なクエをこなして行った。夏休みだった事も手伝って、時間は本当に腐るほどあったのだ。

キャラバン隊と妖精の里のクエ進行は、文化祭準備で忙しい僕らに代わり、社会人チームがこなしてくれていて。加えて杉下さんも、ちょくちょく手伝っていたらしい。

何しろ文化祭の準備が本格的に始まって、高校生チームの帰宅は8時を超える事しばしば。こんなに準備が忙しいなど、思ってもいなかったけど。

それでも何とか時間を作って、戦闘ありのクエを全員でチャレンジ。


それまでの経緯をバク先生に訊いた所、どうやらキャラバン隊クエは大きな佳境に到達したっぽい。地道に差し入れクエやら新入り護衛の鍛錬クエ? やら、頑張ってこなして行った所。

大物クエっぽい予感の漂う、密輸団を調査しろ! と言うお題が出てきたようで。調べて行く内に、この密輸団は白い翼を有する部族と内密に取り引きしているとか。

ようやくにして、有翼族の尻尾を捕まえたみたい。


ちなみに妖精の里の食べ残しクエ、結界の出来合いを調査すると言うダンジョン仕様のクエも、僕らは暇を見つけて残りを片付ける事に成功した。

つまりは残りの2つの入り口を、それぞれ時間を掛けて調査に向かった訳なのだが。中身のダンジョンも微妙に造りが違って、クリアには結構な労力が必要に。

まぁ、最後の締めの戦闘は、献上した呼び鈴モンスターで一緒だったけど。


違ったのは最後の1つ、渡した呼び鈴の合計は5つだったから、2匹ずつのペアだと最後は1匹で楽が出来るかなと思っていたのだが。ところがどっこい、とんでもない助っ人が参上して。

迷路に散々消耗していた僕らは、その亀NMにこれでもかと畳み込まれてしまって。危うく死人が出る所だった、堅さだけでなく範囲プレス技と水系の範囲魔法を兼ね備えていたラスボス仕様の大亀。

相棒の筈の呼び鈴モンスターの記憶は、かすれてしまって思い出せないと言うのに。


とにかく何とか3つのダンジョンを、無事にクリアして護衛妖精に話し掛けてみると。ようやくクリアに至って、待望の報酬をゲット出来た訳である。

そのほとんどは、換金性の高い素材やお宝の類いだったけど。とにかくギルドで分け合っても、満足の行く分量だったのは否めない。そして妖精の付け加えるような、これで妖精の女王に降臨願えると言う台詞。

ようやく、連続クエは次の段階に移行するっぽい。


それはまぁいいや、今夜はそれとは別の手掛かりを探すのが目的だ。ところでこのキャラバン隊クエだが、僕がいなくてもギルメンが受けれるようにと、前もって設定をしておいた事も付け加えておこうか。

師匠が僕を共同経営者にしてくれたように、中央塔で設定が可能なのだ。


もっとも、経営まで口出しは出来ないレベルではあるけれど。それでも溜まっているクエは受けれるので、全く問題は無い筈。そんな感じで、話は進んで行ったみたいで。

気が付けば、ようやく戦闘系のクエに到達したと言う。


『密輸団だって、凄いワルいコトしてそう……多分、危ない薬とか捕まえちゃ駄目な動物とか、そう言うのをこっそり運んでるんだよ!』

『優実ちゃん、良く知ってるねw でもコレ、ファンタジー世界だからw』

『確かに、そんな品が出て来たら途端に話が生臭くなりますねw 話によると、蛮族一味がメインの集団で、取引相手が例の白い翼の部族だとか』

『ふむふむ、その翼の部族の本拠地を探り当てるんだっけ、最終的に?』


沙耶ちゃんの言葉に、それが多分次の攻略ダンジョンの筈と僕の返答。もっとも、そんな簡単には中に入れないだろうと、今までの経験から予測は付くけど。

今日のクエがどう絡むかは判然としないが、とにかく準備に抜かりはない。薬品はたっぷり買い込んであるし、文化祭の雑多な準備の息抜きにはぴったりかも。

久々に暴れるぞと、全員が張り切っている感じで。


杉下さんも少しずつ、このギルドの雰囲気に慣れて来ている感じを受ける。前衛としての戦力には今一歩だが、それはレベル的な問題なので仕方が無い。

立場的には完全に妹キャラとして扱われており、みんなから可愛がられたり気に掛けて貰ったりしている様子で。もちろん僕も気に掛けてはいるが、それは直接の後輩だからと言う部分が大きい。

ギルドに馴染んでくれて、こちらとしても安心である。


さて、今夜手がけるクエなのだが、警ら隊を手伝って密輸団と有翼族の取り引き現場を押さえるのが使命らしい。荒事になる確率は高いよと、予め言い渡されており。

望むところだと、こちらの士気も高かったりして。



そんなこんなで、お馴染みの中央塔からギルド員のパーティが同じクエを受けて。飛ばされた先は、どこかの見知らぬ木立の隙間だった。軽装の戦士タイプのNPCが6名、しゃがみ込んで木立の向こうを窺っている。

イベント動画は簡素なもので、山道を進む怪しげなキャラバン隊も確認出来たけど。どうやら皆でそいつらを尾行して、有翼族との取引現場を押さえるらしい。

それって、敵の数が増えるじゃないと優実ちゃんの質問に。


『確かにそうだねぇ……でも、この人達も戦力になるんじゃないかな?』

『あっ、そっかぁ。それでバランス取ってるんだね、きっと』

『6人のNPCは、服装から見て全員が軽戦士って感じかな? 丸盾持ってる人もいるけど、耐久力はあるのかなぁ?』


強さはあまり期待しない方がいいかもと、バク先生の戦力予測に。取り敢えず乱戦になったら、回復もしてあげた方がいいよねと優実ちゃんの作戦確認。

多人数での乱戦は、僕らもそれなりにこなしているとは言え。それだって色んなパターンが存在するので、基本の動きが分からずにパニくるメンバーもいたりして。

特に後衛陣、誰を回復してどれに攻撃を集中すべきか、状況によって変わって来るし。


6人のモブ集団が味方に付くと、その動きや体力まで念頭に入れないといけない。取り敢えず、前もって立てた基本の作戦は、僕とホスタさんは遊撃隊扱いにして貰って。

ある程度は自由に動き回る代わりに、回復も自分でこなすねと後衛に伝達して。厄介そうな敵の確保から、敵の数減らしも僕らの任務となっている。

バク先生は中央を受け持って、ペット達共々後衛に敵が行かないように、いつもの盾役を行う方針で。杉下さんは先生のサポート、同じ敵を殴って殲滅の手伝い役だ。

もちろん後衛の動きは、パーティ役の肝に他ならない。


打ち合わせの間にも、尾行の軽戦士達は小高い丘へと差し掛かって行く。前を行くキャラバン隊の姿は、丘と木々と大きな岩の影によって見えなくなっていた。

山道はかなり険しいが、それは僕ら尾行者にも好都合。向こうもスピードは出せないし、適度に距離を置いて見付からずに追跡出来る訳だ……と思っていたら。

何故か待ち伏せを喰らって、面喰う軽戦士ズ。


岩陰に荷馬車が横付けされて、即席の砦が出来上がっていて。その上には弓矢部隊、更に騎乗トカゲの遊撃部隊が側面から。前衛には、蛮族の戦士たちが待ち構えていて。

どうやら尾行はばれていたらしい、敵の数も侮れない多さかも。とにかく僕は、リンを側面のトカゲライダー迎撃へと向かわせる。慌ててそれに追従するホスタさん。

先陣を切ったのは、そのホスタさんと騎乗トカゲのチャージ合戦から。


軽戦士のNPC達は、有無を言わさず荷馬車へと突っ込んで行ったみたい。弓矢の攻撃を受けながら、蛮族の戦士と切り結んでいる感じ。それを追って、バク先生のタゲ取りスキルが発動。

弓矢の攻撃を受けてくれるのは有り難いが、死なれてしまっても目覚めが悪い。そんなに強くないNPC達、それでもペット達が強引にタゲを取れるほど弱くも無い感じ。

曖昧なバランスに、戦場に悲鳴が響き渡る。


『ああっ、こんな事ならケチらずにピーちゃんの石を買っておくんだった……一人、物凄い速さでHPが減って行く子がいるんだけど……!』

『ああっ、弓矢での攻撃と、蛮族戦士2人にタゲられてるね……NPCの無軌道振りは、私には修正不可能だよw』


夏の対人イベントで、2代目ピーちゃんを失ったのが地味に痛い。今は戦闘ネコを召喚しているが、優実ちゃんはかなり不満そう。僕ら前衛は、その分不安なのは言うまでも無く。

その不安はすぐに的中、向こうの弓矢隊のスキル技で、軽戦士の1人が敢え無くノックダウン。その代わりに敵の前衛蛮族も2人没、沙耶ちゃんが何とか弓矢隊の1人を氷漬けに成功。

僕とホスタさんは、3人の騎乗トカゲ部隊に手こずっていた。コイツらの特殊技もそうだが、何と雑魚の癖に2部位持ちだったのだ。体力を減らす作業も2倍掛かるし、本当に嫌な敵だ。

どうやらこっちは、しばらく動けそうもない。


その知らせを聞いて、どうやらプッツン来てしまったらしいギルドマスター。固まっている敵を見て、我慢が効かなかったのだろう。《魔女の囁き》込みの範囲魔法ブリザードで、掟破りのタゲ取り攻撃。

恐らく雪之丈の《危険交換》を頼りにした、確信強行犯なのだろうけど。傍目で見ていた僕は顔面蒼白、何しろ肝心の雪之丈はバッチリ前衛で戦闘中なのだ。

それでもNPCを殴っていた戦士の群れは、後衛の沙耶ちゃんの元へと殺到している。まだ敵の多い序盤に、味方の離脱は痛過ぎるハンデに違いなく。

混乱した戦場に、僕の修正案が響き渡る。


『沙耶ちゃん、今死んだら敵のいる前線で蘇っちゃう! 雪之丈呼び戻して、時間稼ぐからこっちに走って来てっ!』

『あっ、そっか……! しまった、無条件で安全地帯に復活出来るって思い込んでた!』

『相変わらず粗忽なんだから、沙耶ちゃんはっ! みんなに迷惑掛けたら駄目だよっ!?』


普段はやらかす側の優実ちゃんに窘められ、不満そうな沙耶ちゃんだったけど。僕の指示には素直に従って、蛮族戦士を4体も引き連れてのランデブー。

とにかく時間を稼ぎつつ、安全も確保しないと。僕は自分の相手取っている敵も含めて、《断罪》からの危機回避スキル《風神》を呼び起こしての吹き飛ばしを敢行。

僕にとっては定番の技だが、敵が多いとちょっと恐い。


それでもきっちり吹き飛ばされてくれた敵の群れ。敵のタゲは、多分まだ沙耶ちゃんの方だろうけど。僕は慌てず、まずはトカゲ騎手に《ダークローズ》での足止め作業。沙耶ちゃんも同じく、僕の隣で《魔女の足止め》を唱えている。

作戦は大きく変わってしまったが、それもまぁ仕方が無い。雪之丈も、敵の1体を引き連れてこちらに合流して来た。そいつが良い感じに弱っているのを見定めて、闇魔法の《ディープタッチ》から遠隔スキルの連続打ち込み。

さらに土魔法の《アースウォール》に、次いでペットスキルの《スティールバインド》で敵の封じ込め。リンのちょっとした見せ場だろうか、僕のテンションも次第に上がって行く。

体力が半減した僕の面前の敵は、これでたった2体になった。


と思ったら、雪之丈と僕で弱らせていた蛮族戦士を、沙耶ちゃんが魔法で倒してくれて。これで相手取るのは今の所1体のみ、ただし足止め魔法が順次切れて行くのは止められない。

バク先生の方も混乱していて、敵が一気に減ったNPC戦士たちが、すかさず弓矢部隊へ特攻をかましているみたい。それに反応して、後衛の蛮族術者が変な呪文を唱え始めているとか。

油断がならない状況だが、バク先生チームは安定しているっぽい。優実ちゃんと言う回復役もいるし、バク先生とプーちゃんのキープしている敵を倒せば、こちらも敵本陣へと向かえる感じ。

それとも、そっちの殲滅を先にしようか?


『う~ん、でもNPCの無法を放っておくのも確かに怖いかなぁ?』

『こっちは、ようやく2匹目のトカゲ騎手に向かえます。コイツ攻撃が複数あるから、防御力が無いときついですねw』

『2部位持ちだし厄介ですよね、倒すのに時間掛かるし。こっちは引き続き、戦士から倒す事にしますね。足止め魔法の効きもいいし、案外行けそうな感じ?』


沙耶ちゃんがまた暴走しなければねと、辛辣な幼馴染の批評。さっきから、どうも集中力が散漫な感じの優実ちゃんだけど。どうやらネコのピーちゃんが言う事を聞かず、NPC達と一緒に荷馬車の奥へと攻め入ってしまったらしい。

恐らく、プーちゃんへの弓矢の攻撃にでも反応したのだろうけど。精霊石での召喚のペットは、大抵が死亡して元の石が割れたら、それでお仕舞いの仕様である。

大袈裟に心配してしまうのは、それは仕方が無いと言うものか。


結局は沙耶ちゃんの、責任を取っての範囲魔法2連発⇒タゲられて殴られて死亡⇒雪之丈の犠牲により黄泉がえりのコンボ技が炸裂して。ペットの頭数が減ったのは痛いが、お陰で生き残っている敵の体力は可哀想な程にスカスカで。

ホスタさんと止めを刺して行きながら、バク先生たち別働部隊が荷馬車に突っ込むログを見守る事に。NPCたちの活躍で、幸いに弓矢の攻撃は来なくなったみたい。

ところで、術者の呪文はどうなった?


その答えは、バク先生の絶叫によって判明した。やけに長いと思っていたら、どうやら召喚呪文だったらしく。荷馬車の天井より大きな熊の様なモンスターが、迂闊に近寄った冒険者たちを睥睨している。

ところが、最初にタゲを取ったのは、空気を読まないNPC戦士の一人だった。よせばいいのに中途半端なちょっかいを掛けて、案の定に血祭りの目に遭っている。

これは強いぞと、ラスボス戦に燃える仲間からのコメント。


バク先生のタゲ取りも一瞬遅く、恐ろしげな特殊技で息の根を止められる味方のNPC。これで犠牲者は2人目だ、クエの結果に響かなければ良いけれど。

こちらは順調に、とうとう最後のトカゲ騎手も屠り去る事に成功して。ポケットの詰め直しとヒーリング作業をせっかちにこなして、最後の戦場へと駆け付ける。

そこでは、予想以上の熾烈な削り合いが巻き起こっていた。


NPC戦士と蛮族弓矢部隊との戦いは、どうやら終焉に向かっている感じ。所詮、弓矢兵士には近接での有効な反撃手段が見当たらない事も手伝って。どうやら、こちらの勝利に終わりそう。

厄介なのは、術者によって召喚された巨大な大ボスのみだろう。術者の姿は見当たらない、NPCにとどめを刺されたか、術の行使に力を使い果たしたか。

とにかく僕らの合流で、大ボス戦の流れを変えないと。


やって来た特殊技のモーションに、早速リンのスタン技が炸裂する。どうやら多段攻撃だったらしく、モロに当たったら盾役でも不味い攻撃力らしいのだが。

通常攻撃でも、4本もある腕での薙ぎ払いは確かに痛そうだ。こういう敵は、さっさとやっつけるのが実は一番の良対応。バカ正直に、全部の技を潰して行くのは不可能なのだし。

僕はSPの溜まり具合を見計らって、後衛に連携の合図を送る。


そこらかは壮絶な削り合い、ハイパー化からの範囲技で、プーちゃんどころかヨツバも沈みそうになって。おまけに雑魚を退治し終えたNPC達の群れが、加勢のつもりで雪崩れ込んで来て。

一気に前衛はすし詰め状態、ステップは使い辛くなるし後衛も回復のサイクルに混乱をきたすしで、良い事はほとんどない事態に。そして再度やって来る大ボスの咆哮からの薙ぎ払いで、前衛は一気に壊滅状態に。

バク先生の《範囲回復》が無ければ、多分そのまま押しやられていただろう。


『ナイス、バクちゃん先生っ! リン君、もっかい連携行ける? コイツ色々怖いから、早く止めを刺しちゃおうっ!』

『了解、いくよっ!』


そこから何とか勝勢へと押し切れたのは、運が良かったとしか言いようがない。大ボスの2度目のハイパー化はそれほど酷い有り様だったし、味方の筈の戦士たちは凄く邪魔だったし。

それだけに巨大なボスが倒れた時には、大きな安堵感に包まれた僕ら。ドロップも良好だったし、中央塔に戻れば経験値やら何やら上乗せして貰える筈だ。苦戦の連続なようにも思えたが、意外と時間も掛かっていないみたい。

それより一番の被害者は、どうやら優実ちゃんだった様子。恐れていたネコのピーちゃんの死亡、大ボス戦の範囲攻撃で一撃死だったらしい。他のNPC達は、虫の息ながらも何とか生き永らえていたと言うのに。

これはしばらく、優実ちゃんは立ち直れないかも。


画面は勝手に、どうやら終息へと向かっている様子。生き残った軽戦士の1人が、良くやったとの言葉を漏らし。実際は、待ち伏せされたし部隊に被害は出るしで、全然良くは無いのだが。

無事に押収した蛮族の荷物から、追加の報酬を渡そうとの提案には。精霊石を頂戴との、切実な優実ちゃんのコメント。貰えたのは『複合技の書:弓矢』などその他諸々で、まぁ金策には上々ではある。

こうして一部の不満を残しつつ、キャラバン隊クエは幕を閉じたのだった。





2学期が始まって最初の日曜日。僕は全く外出せずに、時間の大半を文芸部で出版する予定の冊子の原稿書きに費やしていた。題材は、人と本との接し方について。

多少御幣はあるが、そんな感じの内容の文章を書いている訳だ。知り合ったばかりの文芸部の唯一の男子部員、倉沢君と何度かメールのやり取りなどしながら。

合同で本を出すために、色々とすり合わす部分も出て来る為だ。週末に前もって短い打ち合わせをしたのだが、倉沢君もかなりの活字マニアと言うか中毒者らしく。

本の内容決めの打ち合わせなど、深い話が出来て面白かった。


そもそも文芸部には、彼以外にも数名の男子部員はいたらしいのだが。いつの間にやら幽霊化していたらしく、活動しているのは今は彼一人となっていたとの事で。

彼も肩身が狭いみたいな事をこぼしていたが、図書室の新刊本を優先的に借りれる旨みは手放せないらしい。他にも文芸部、過去に偉大な部員を輩出していたと言う逸話もあって。

是が非でも、籍は置いておきたい心積もりだったみたいで。


『その津嶋瑠璃さんって人、学生の頃から凄い才女で、母親も大学の名誉教授だって。ウチの文芸部は、そんな人が過去に在籍してた名誉ある部なんだよ!』

『その人、個人的に知ってるよ。結婚してこの街に戻って来て、旦那さんがファンスカで英雄視されてるんだよ。昨日出向いて、文化祭で講義して貰うよう頼み込んだ(笑)』

『うそっ、マジでっ???』


メールの遣り取りでは不服と思ったのか、そんな驚愕の文面の後に鳴り響く携帯の呼び出し音。どうやら倉沢君は、文系所属とは思えない行動派のようである。

彼の第一印象は、実はあまり良くは無かったと言うのが本音で。小柄で神経質そうで、僕には油断のならない雰囲気を醸し出しているように映ったのだ。小柄な人間と言うのは、大抵はそれにコンプレックスを持っていたりする。

それがどう性格に作用するかは、本人次第だとしても。


中学3年の夏の、最後のテニスの全国大会。僕が準々決勝で当たったのが、まさにそんな感じの選手だった。僕より遥かに小柄で、外見からは全然強そうに見えなくて。

それに油断したと言うか、僕が慢心していたのは否めない。今になって分かる事だが、その時は安易に勝てるかなと力勝負に持ち込んでしまったのだ。結局は、自分からスタイルを変えて試合に臨んで、見事に自滅してしまった。

その時の相手の、緩急織り交ぜの技術には舌を巻いたけど。


そんな記憶があって、僕は内心変な苦手意識を抱えていたのだが。倉沢君にしたって、学年で噂の鬼面モンスターが相手である。最初はお互いギクシャクしていたが、好きな本の話になると一気に心の垣根は取り払われて。

僕にとって、こんな心境は小学生以来かも。


幹生や双子との出会いを思い出して、思わずほっこりしてしまった。確かあの時も、野球を通じで1日で仲良しになってしまったっけ。奴らはまぁ、元からお節介焼きの属性持ちだったけど。

倉沢君はどちらかと言えば、自分のテリトリーをしっかり持っている感じで。学校生活もソツなくこなしつつ、成績も無難で収めて趣味に没頭するみたいな。

友達の数もそんなに多くないけど、読書の時間があれは満足するタイプなのかも。


それは僕にしたって同じ事。バイトがある日もゲームに合同インする日も、例え宿題が多い日も必ず何らかの本には目を通す。それはもう、日課と言うより中毒なのかも。ほとんどは父さんの課題本だが、もちろん自分が図書館などで借りた本も含んでいる。

そんなお互いの境遇を確認し合うと、距離が縮まるのはあっという間だった。今なら沙耶ちゃんの言ってた事が良く分かる。何らかの行動を起こさないと、友達なんて出来っこない。

地獄の忙しさだが、各所にヘルプに赴いて良かった。


もちろん沙耶ちゃんや優実ちゃんも、大切な存在には違いない。その関係は、僕にとっては守るべきホームポイントのような場所なのだと思う。心落ち着けて、憩いを与えてくれるような。

だけどやっぱり、長い人生には同姓の友達も必要なのだ。倉沢君との友情がこの先どうなるか、文芸部での活動を文化祭の終了後にどうするか、今の所深くは考えてないけれど。

少なくとも、この共同作業での本作りは成功させたいモノだ。





――気だるい日曜の午後、僕は携帯で話しながらそんな事を思うのだった。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ