3章♯28 再開の100年クエスト!
その日の夕食の席は、僕の意に反して賑やかな人数になってしまった。稲沢先生に相談したい事があって、メールで彼女だけを呼び出した筈だったのに。
横着をして、いつも夕食を食べる喫茶店を場所指定してしまったものだから。まずミスケさんに見付かって、稲沢先生が来る前に父さんと隼人さんまで合流して。
愛理さんまで、偶然を装って入店して来る始末。
そんなに大きくない喫茶店、最大で4人掛けのテーブルしか存在しない。押しの強さで愛理さんは父さんとの相席をゲットして、完全余所行きの笑顔を披露している。
対する父さんは、僕には追い詰められたシマリスに見えたけど。こちらの席では、既にファンスカの話が始まっていたりして。父さんの救助は、きっと誰にも出来やしない。
スパッと諦めて、僕も大人に対して小言を重ねてみたり。
「何ですか、ミスケさん……今日は、相席は勘弁して下さいってあれほど頼んだのに。父さんや愛理さんまで呼んじゃって、一体どんな嫌がらせですかっ」
「まぁ、そんなに怒るなって……内緒話の時には、聞かない様にしておくから。あの美人の先生が相手なんだろう? 知らない仲じゃないし、食事は楽しくいこうや」
「ごめんね、凜君……丁度区切りがついて夕ご飯にしようって時に、誘いのメールが来たものだから。お詫びに、色々とゲームの新情報教えてあげれるよ?」
ミスケさんの返答振りは論外だが、さすがに隼人さんは人の宥め方を心得ている。こちらの怒りを上手に逸らしつつ、誠意のある謝罪を述べて来てくれて。
これ以上拗ねるのも大人げないし、本気で怒っている訳ではもちろん無いけど。肝心の稲沢先生の到着が遅れる中、オーダーどうしようかと呑気な相談。
待ち合わせ時間に15分遅れて、先生はお店の扉を潜って来た。
「ごめんね凜君っ……帰り際に生徒に捕まって、ちょっと色々と相談受けちゃってたの。あらっ、皆さん今晩は! 賑やかな席ですねぇ、あれっ?」
「こっちもごめんなさい、ギルドに関する相談聞いて欲しかったんだけど、偶然ミスケさん達と鉢合わせちゃって……別のお店にしておけば良かったですね」
事情を素早く察知してくれた先生はともかく、お久し振りとミスケさんは機嫌が良さそう。これで全員オーダーが通せると、夕食の会はのんびりと開始されて。
少し離れた席の、父さんと愛理さんの会話は全く聞こえて来ないけど。雰囲気はそんなに酷くはないみたいだ、僕もこっちの会話に集中する事にして。
差し障りの無い話題の口火は、隼人さんの10月のバージョンアップ情報らしい。
ファンスカのバージョンアップは、年に2~3回行われるのが常である。割と大型のコンテンツが、毎回その中に紛れ込んで来るので、こちらとしても侮れない。
ネット住人としては、それを無視していたらあっという間に流行に置いて行かれる事になる。合成師なら尚更で、新レシピのチェックは欠かせない情報である。
時にはデータの大幅なテコ入れで、戦術だってがらりと変化する事も有り得るのだ。
今年の4月のアップ作業では、噂の100年クエ関連のデータ更新が成されたのは記憶に新しい。隼人さんによれば、今回は尽藻エリアの新マップ更新や、それに加えて新モンスターや新レシピ、更に新アイテムや新素材が追加されるらしい。
さらに今回の目玉として注目されているのは、塔持ちNM関係の追加らしい。最近は少人数で遊ぶプレーヤーが増えて来たらしく、それに対応する追加っぽいとの事で。
つまりは、少人数でも倒せるNMが増えるのかな?
最近は僕も、ソロでの修行の時間を多目に取っている事情もあって。それは楽しそうだと、新素材や新レシピ共々、チェックが大変そう。もっともベテラン陣に言わせれば、その楽しみが大きい分、実際に対面して裏切られた気分も大きくなるそうだ。
逆に、全く期待してなかった新コンテンツが、凄くプレーヤーに受け入れられたりする事もあるそうで。バージョンアップでの流行り廃りは恐ろしいと、これもベテラン陣の談話。
今回は当たりが多いと良いけどねと、皆の意見と言うか期待は一致して。
食事もあらかた済んで、その間に話題もあちこちに飛んで行き。思い出したように、稲沢先生が相談事って何との質問。僕は少し躊躇った後に、知り合いでギルドに入りたい娘がいると告げ。
先生は、興味を持ったように目を大きく見開くけど。中学生なんですとの告白に、その驚き顔も微妙な感じに。塾で受け持つ小中学生には、ネット生活を明かしていない稲沢先生。
僕も他のギルド員も、もちろんそれには理解を示して一緒に活動している。塾の講師と言えど、子供達からは先生と呼ばれている立場である。ネット内でも公平な立場に立ちたいし、まかり間違って対人戦などで傷つけたく無いとの思いに。
僕達はその意志を尊重しているし、無理やりひん曲げたくないとも思っている。
だからこそ、僕は最初に稲沢先生に相談を持ち掛けたのだ。杉下さんの名前を持ち出すと、先生は懐かしそうに両方の掌を合わせて微笑んだ。
ミスケさんと隼人さんに、凜君の昔のパートナーだよとの説明は余計だったけど。中学時代にテニスのペアを組んでいただけだと、僕の慌てながらの追加の台詞に。
ミスケさんのにやけ顔は、しかし癪に障るかも。
「まぁ、杉下さんは私の塾生じゃないし、良く知った娘だから特に反対は無いけど。凜君の口調だと、何かそれだけじゃないよね? 何か心配事でもあるの?」
「えぇ、何と言うか……彼女は凄く真面目な性格でしょ? そのせいなのか、彼女の周囲の現状に、思い悩んでいる感じを受けて。詳しい内容を相談された訳じゃないけど、後輩が悩んでいるなら相談に乗ってあげたいかなと」
僕が稲沢先生やミスケさんに、相談に乗って貰っていたように。一貫校、進学校のジレンマを、これでも人一倍体感して来た身である。声を潜めたのは、父さんの耳には入れたくなかった為。
変に心配を掛けたくないしね……ってか、散々相談に乗って貰っていた2人を前にこんな話も何だけど。そう言葉を足すと、先生とミスケさんはどこかくすぐったそうに身をよじっていた。
事情の半分も分からないだろう隼人さんも、僕らのリアクションを微笑んで見ている。とにかく気負わずに頑張れよと、ミスケさんの僕の決意を応援する言葉に。
頷きを返して、次いで稲沢先生の顔色を窺って見る。
実は私も良く、塾生からそう言う相談受けるのよねぇと、困ったような先生の言葉。進路に対する漠然とした不安は、何も一貫校や進学校のみの悩みでも無いだろうけど。
あやふやな目標しかないと、子供達はしばしば進むべき道を迷うらしい。先生の見解は、至ってシンプルで。だったら何でも良いから、乗り越えるべき目標を持てば良いと。
確かに打ち込むべき事柄を探すのも、その解決法の一つだ。
「それじゃあ、明日にでもギルマスの許可を貰える方向で、ちょっと話を進めてみますね。彼女の堅過ぎる性格も、僕らのギルドでほぐれるかも知れないし」
「あははっ、そうだねぇ……詩織ちゃんが入ると、私達のギルドもようやく6人かぁ。そう言えば、彼女のキャラのレベルって幾つ?」
75くらいだと素直に答えて、僕はついでに彼女の懸念についても相談する。つまりは、そのキャラが貰い物だと言う事実と、杉下さんがそれを気にしていると言う事を。
ネット内の常識を必要以上に気にする性格は、果たして良いモノかどうか。
「そう言えば中学生の頃って、潔癖で直情で曲がった事が許せなかったなぁ。まだ微妙に、正義の味方とか勧善懲悪を信じてて……隼人君はどんなだった?」
「僕ですか? 僕の中学時代は、物静かで本の虫でしたねぇ。ただ、大学生の頃に、当時中学生だったブンブン丸のメンバーに追い掛けられた事があって……彼らの発していた情熱は、今でも良く覚えてますね。確かに若い頃には特有の、青臭い熱気と言うのが存在すると思いますよ」
それぞれ昔の頃の自分を思い出しつつ、ホワンとした顔付きの面々だったけど。キャラの融通の件は、確かに褒められた事ではないが、悪いと非難される事柄でも無いとの保証を貰い。例えばこれが“キャラの売買”になると、話は全く別になるけど。
自分でキャラを育てないなんて、ゲームをやっている意味が無いと思う人は全くの正常だ。ただし、強いキャラと言うのは“自由”と“カリスマ”の象徴でもある訳で。
手っ取り早く、それを望む者も中にはいるのだ。時間の節約にもなるし、注目されて優越感を味わいたいだけなら、キャラを買うのもアリとでも思うのか。
理由は色々とあるだろう、それでお金を儲けるのもどうかとは思うけど。
個人的な感想には、個人的な反論もついて回るだろうし。ただ僕のパッと見の感想では、彼女のキャラの熟成度は、かなり綿密でお金が掛かっていたような気がする。
たかがサブキャラに、そこまで入れ込むのは余程のお金持ちか凝り性なのか。それとも、元々従妹へのプレゼント用に、気張って作成したのかも知れないけど。
その従兄さん、ひょっとして有名人なのかも知れないな。
僕が考え込んでいる間に、大人達は出身地の話になっていた。稲沢先生と隼人さんは、隣の県の出身らしい。大学時代からこの街に住み始めて、現在に至るみたいだ。
ミスケさんは、この県の出身だけど大学は他地区の国立の出らしい。もちろん優秀な成績でないと、とても試験を突破出来ないクラスである。そこから就職でこの街に来て、すっかり気に入って住み着いてしまったらしい。
そして入居と同時に、この街発信のゲームに嵌まったそうで。
「あっ、私も大学生の頃に始めたけど……どっちかと言えば、友達限定で遊ぶライトユーザーだったかなぁ。限定イベントは、色々と頑張った記憶はあるけど」
「僕も大学の頃から始めて、ネット内の友達がいつの間にかリアルな友達になって。あの独特な交友は、かなり新鮮だったですねぇ。その広い伝手のせいなのか、就職も青田刈り同然で、すんなりこの街に決まっちゃって」
隼人さんの話を興味深く聞いてた僕は、その事の成り行きには驚きを隠せない。限定イベントなどで、ある程度名前が売れていた隼人さん。まさかそのせいで、所属ゼミに企業からの勧誘が来るとは思っていなかったらしい。
ミスケさんは、この街の住人ならそんな事で驚いちゃいかんと悟った様子。
実はこれは、ある程度裏付けのある噂らしいのだけど。ネットゲーム内のプレーヤーの行動データが、街づくりの基盤や企業の躍進に流用されているらしいのだ。
大井大学の有名学生の青田刈り然り、街の活気や雰囲気作り然り。
ネット内に、いじめ問題とか人生相談の窓口があるのは有名な話だし僕も知っている。この街は、ネットを通じて人づくりの基盤の作成を目指しているのかもねと、ミスケさんの茶目っ気混じりの弁。
それを誰も笑わなかったし、突飛な話とも受け取らなかったみたいだ。人が街を作り、そして街が人を作る。良い街は、当然良い人を作る。相互作用だ、本当にこの街は変わっている。
僕の相談は、それでも1つの難関をクリアしたみたい。
次の難関は、僕の隣で昼食のお弁当を広げていた。彼女は今、最近の家事手伝いでの自己のスキルの上昇について得意気に喋っていた。隣の優実ちゃんも、それには激しく同意して。
その結晶である自作のお弁当は、最近ずっと僕も食べて良い事になっている。って言うか、明らかに彼女だけでは消化し切れない量なのは確かなので。
その点、安心して箸をつける事が出来て何より。
「うん、お母さんの味付けに段々似て来たね……美味しいよ、どれも。多分お弁当って、冷める事が前提だから、味付けもそれを見越さないと駄目なのかもね」
「そう、そうなのよっ……それに気付くとは、さすが凜君ねっ! 私もそれを聞いた時、目からうろこだったわ!」
「大雑把な沙耶ちゃんにしては、凄い進歩だよねぇ……ちょっと私にも味見させて?」
こちらも最近は自作弁当の優実ちゃん、ライバルの進歩には戦々恐々としている様子。幼馴染だけに、置いて行かれると辛いものがあるらしいのだけど。
最近はこの両者、料理に関しては物凄い熱の入れようである。元々食べる事は大好きな優実ちゃん、沙耶ちゃんのお母さんの料理教室で目覚めてしまった様子で。
沙耶ちゃんもそれに気付いて、負ける物かと猛勉強中だったり。
暫定味見役の僕としては、この所の確定的なカロリー摂取は有り難いイベントだ。たまに変な味付けのおかずが回って来るのも、些細な出来事だろう。
ひっきりなしに感想を求められるのも、もう既に慣れたモノ。料理本も、2人ともお小遣いで購入したそうで。おかずのレパートリーも、それにつれて多くなっている様子。
失敗作の数の増加も、多分そのせいかも知れないけど。
そこまで突っ込んで口にして、彼女達の創作意欲の邪魔をするつもりも無い僕は。さっさと食事を終えてしまって、次なる話題へとシフトしたいと画策している所。
つまりは、昨日の大人達の夕食会合と、そこで取り上げた話題について。
今はようやく、料理の話題から文化祭のクラスの出し物についての討論に移行した場面。幼馴染同士のお喋りは、屈託の無いせいで僕に入り込む余地が極端に少ない。
優実ちゃんは、絶対に食べ物屋関係が良いと、珍しく頑固に譲らない構え。普段のおっとり性格は影を潜め、食い意地の悪さを前面に披露している。
それを実行委員を押し付けられた沙耶ちゃんが、意地悪に悩む素振り。
要するに、やりたい事があったのなら、自分が実行委員に立候補すれば良かったのにとの茶々入れなのだが。その意見は全くその通りと言わざるを得ず、僕も援護には回れないでいる次第。
それでも何とか、僕も会話に割って入れたのは僥倖だった。昨日の数多くの相談事の、大半は黙っておく事にして。特に環奈ちゃんなど、立場が悪くなると可哀想だし。
一番言いたい杉下さんの事を、まずはお伺い。
沙耶ちゃんは何故か、杉下さんの事を知っていたらしい。1つ下の学年なので、そこら辺は微妙かなと思っていたのだが。僕とテニスのペアを組んでいた事も、彼女の既知らしく。
優実ちゃんの何で攻撃には、いいでしょと癇癪を巻き起こす素振り。どうして名前を知っていたかは、明かす気は無いらしい。だが、その後輩の印象は悪くないようで。
ギルドに入れて欲しいとの申し出には、概ね良好な答えが。
「いいんじゃないかな、前にももう1人欲しいねって話してた事あったし。性格も確か、悪い娘じゃ無かったよね? ギルドの詳しい説明は、もう凜君からしてあるの?」
「そうだね、大体は知らせた筈……最初はちょっと、堅苦しく感じるかも知れないけど。性格は本当に良い娘だから、変ないざこざは起きないと思うよ?」
「環奈ちゃんの1こ上なのか……むしろ、環奈ちゃんと何か騒動がありそうな?」
その優実ちゃんの呟きを聞いて、思わず息を詰めそうになる僕。確かにそうかも、って言うか昨日の環奈ちゃんとギルマスの騒動すら、彼女にはばれている気がして来た。
いつもはホンワカしているのに、こんな場面では鋭い指摘を飛ばして来る優実ちゃん。取り敢えず、入団の了承は貰えたし、後は活動に支障が起きなければそれで良い。
何も杉下さんを、毎回水曜日の合同インに誘うと決まった訳でも無いし。環奈ちゃんだって、あれでなかなか場の空気を読んで行動してくれる娘である。
今から心配したって、始まらないじゃないか。
彼女に知らせる事と、それから今後の活動やら入会手続きについて。ギルドでの活動も、いよいよ100年クエを視野に入れての本格的なモノに移行する予定だ。
6人目のメンバーが、それについて来れるか不安もあるけれど。そこら辺は、何とか僕がフォローをするつもり。せっかく縁があって、こうして声を掛けて来たのだし。
やるからには、一緒に高みの景色を目指したいと思う所存。
――二月期早々、節目の出来事を迎えそうな気配に昂りを覚えつつ。
ギルドの6人目のメンバー紹介は、概ね友好的な雰囲気の中で行われた。場所は新エリアの中央塔、そこで最初の雑多な業務は着々と進行して行く。
つまりは、ギルドバッチを送呈したり、自己紹介を行ったり。騒がしいログに埋もれつつ、やっぱり浮いてる杉下さんの堅苦しい挨拶の言葉や応答振りに。
社会人組は、優しく緊張を解こうと努力してくれている様子。
『さてと……今夜は、妖精の里クエを進めるつもりだったけど。杉下さんが里に入れないし、キャラバンクエを進める方向でいいかな?』
『オッケー、そっちはどんなのかな……やっぱり、戦闘とかもあるの?』
杉下さんの入会は、ギルドの行動指針にとっては微妙ではある。何しろ彼女のレベルが低い上、新エリアの街のワープ開通はこのメフィベルのみと言う。
彼女の行動範囲を広げるのに、時間を取られるのは仕方の無い事。ひたすら恐縮する彼女だが、それは分かって了承した事だ。僕ら学生組も、そこはフォローすると午前中に話はついたし。
むしろ、この低いレベルでの戦力の高さに僕は期待している。
そう言いつつも、実は直に見せて貰った事はまだ無いのだが。前にNM退治ツアーで隣で見ていた限りでは、前衛らしいパワフルな削り力には感心した覚えが。大剣使いも捨てたものでは無いなと、その時に認識を改めさせられたのだ。
中途半端な性能の、武器選択だなどとんでもない。むしろ、片手武器に近い回転の速さは絶賛モノ。しかも一撃の重さは、さすがに両手武器と唸るレベルなのだ。
今度合同インで、装備やスキルを見せて貰おうかな。
彼女がレベル100越えの成長を見せたら、僕らのパーティもかなり形が出来上がるだろう。その頃には、ペットも数に入れてよい程度の成長が見込めているかもだし、楽しみではある。
毎度の様に薬品を配りつつ、そんな事を夢想する僕。
『えっと、そのキャラバンクエはどこから受けるんだっけ? 前に確か、1回だけ受けた事があったよね、リン君?』
『確かそれは、合同ギルドで受けた多人数クエだったね。この中央塔から受けれるから、都合は凄く良いよw』
『おっと、さすがに臨機応変だね、リン君w 今度は確か、3つ目のダンジョン挑戦になる筈だよね。シオちゃんに、今までの結末とこれからのヒントを話しといてあげよう!』
『おっ、お願いします……』
キャラ名はヨツバと言うのに、どうやら愛称はシオちゃんに決定した感のある杉下さん。バク先生の説明は簡潔で、ホスタさんの補足も興があって良い感じ。
その間に、溜まっていたキャラバンクエのチェックとか、中央塔での業務のあれこれをこなす一同。大半は、溜まったミッションPと交換レートの睨めっこみたいだけど。
何しろ前回の領主の戦争クエで、僕らは大量ポイントを入手したのだ。
100年クエのあらましは、僕にとっても参考になった。さすがは先生、要点を突いた喋り方は簡潔で丁寧で素晴らしい。優実ちゃんなども、なるほどと他人事みたいな賛辞を贈っていたり。
今から受けるキャラバンクエの中に、次のダンジョン突入のヒントがあるのは明白となっている。それに絡んで、敵対して来るのは“有翼族”と言う強力な新種族。
それから“スピード”と“閃き”が、道を拓くと言う言葉も貰ったっけ。
後はキャラバン隊の多人数クエで拾った、クエストアイテムも僕のカバンの中に入っている。『豆蔓の種』と『翼のシンボル』と言うアイテム、これを使用する場所も探さないとね。
全部話し終えると、難しそうですとのシオちゃんの言葉。
そりゃ難しいよw とのバク先生の返しは、僕もちょっとほっこりしてしまった。だからこそ、みんなで力を合わせて解くのだと、ギルマスの沙耶ちゃんの改めての決意表明に。
その通りだと、追従の声が各所から。
『いつもモノを考えてない優実だって、最初のダンジョンでは謎を解いてたしね。自然体でいれば、何かしらのヒントを捕まえられる筈だよっ!』
『そうそう、アレは本当に見事だった……そしてみんなが驚いたw』
『ふっふっふっ、脳ある鷹は詰めを隠すのだ♪』
字が全然違うよw と、バク先生とシオちゃんの同時の指摘。シオちゃんに限っては、どこか申し訳無さそうな台詞である。のっけから混乱模様なのは、もはやどうしようもない。
精一杯の僕の舵取りで、何とか遭難せずにクエの入り口に一同が集合。キャラバン隊への指示とか報酬受け取りの窓口が、中央塔の3階にあって。そこからクエも、受ける事が可能なのだ。
僕は溜まった幾つかのクエの中から、1つを選び出す。
内容は多分、単純な護衛クエみたいだ。ちゃんと毎回、お金を払って護衛を雇っていると言うのに。まぁ、その内の一つが、巡り巡ってこの依頼になったのかも知れない。
僕の内容説明に、これは絶対に襲撃あるねぇと警戒を強める一行。クエの選択から、パーティは強制ワープ&動画の閲覧。倉庫前の広場に、出発前のキャラバン隊の馬車の群れが。
何を運ぶ予定なのか、その動画からは定かではないけれど。
次の瞬間には、草原に伸びる街道を馬車隊は一列になって進んでいた。パーティの面々は、その中の最後尾の馬車の荷台に、まとめて放り込まれている。
キャラバン隊の行進だ、のどかな風景を進む馬車隊は、見ているだけでとても和むモノがある。ただし、皆の予想の通りの展開が数分後には待ちうけていた。
ゴブリン族の襲撃に、慌てて動きを止めるキャラバン隊。
ゴブリン族は、本当にエリアのあちこちで見掛ける愛嬌のある種族だ。いや、敵モンスターなので、絡まれると恐いんだけどね。色んな職業を持っていて、攻撃方法も多彩である。
それでも憎めないのは、コミカルで独特な動きと、ドロップの良さのせいだろうか。ただし、苛め過ぎると彼らの集落から応援が飛んで来る仕様になっていて。
低レベル帯でも、熾烈な争いが巻き起こったりもするのだ。
名声上げでもお世話になるし、とにかく低レベルから付き合いは自然と長くなる。だからと言って、優実ちゃんみたいに出現を素直には喜べないけどね。
馬車から放り出された僕らは、途端に彼らの弓矢攻撃に晒されてしまった。思わぬ出会いに喜んでた優実ちゃんだったが、今度は批難と共に馬車の物陰に逃げ隠れる。
僕ら前衛は列を成し、ゴブリンの群れにアタックを掛ける。
つまりは猪突猛進している、プーちゃんの後を追い掛ける形だ。連中も前衛が出張って、弓矢部隊を護る構え。ぶつかり合った僕ら、向こうの前衛の数は5匹程度の様子。
シオちゃんの加入で、僕らの前衛も多少は分厚くなっている。ファーストコンタクトの感触で、これは平気かなと確信を得た僕は。幻影を撒き散らしながら、敵の壁をするりと抜ける。
新装備のベルトのお陰で、無傷のリンは弓矢部隊に躍り掛かる。
プーちゃんに続いての接敵で、これで遠隔攻撃は来なくなった。安心して姿を現す沙耶ちゃんと優実ちゃん、先生の前の敵に狙いを定めて攻撃に加わる構え。
《爆千本》で後衛のタゲを取って、僕とプーちゃんは弓矢部隊の殲滅に掛かる。今夜が初パーティのシオちゃんも、先生の隣で頑張っている様子だ。
取り敢えず安心しつつ、僕も削りに集中して行く。
敵の数は多かったけど、そんなに強くは無いゴブリン達。弓矢部隊も、接近戦ではへっぴり腰で短剣を振るうのみ。雪之丈も応援に駆けつけ、瞬く間に1匹始末してしまう。
前衛の数減らしも順調な様子、安定した捌き方はさすがバク先生。視界には、キャラバン隊のNPCの慌てている様子も窺えるけど。応援には来ないようで、飽くまで一般人の群れらしい。
しかし不意に、その姿が一斉の逃避行動に。
『あれっ、またどこからか敵が来たのかな? 隊員が逃げてるっ、沙耶ちゃんの所から、敵の姿が見えないかなっ?』
『えっ……ああっ、本当だっ。気付かなかったよ! 狼の群れが見えたっ、ヤバいっ、隊員さんの1人が襲われてるよっ!』
『何ですとっ……ホスタさんっ、お願いっ!』
バク先生のお願いに、大慌てで取って返すホスタさん。狼は全部で4匹、襲われている隊員さんは既に虫の息。ホスタさんの《炎のブレス》で、タゲは簡単に奪えた様子で。
優実ちゃんが、甲斐甲斐しくも弱った隊員さんに回復を掛けに向かった。それから、ふと気になった様子で、馬車の反対側をチェック。そして上がった絶叫に、全員が同じ思い。
また出たらしい、次に行くのは誰?
優実ちゃんの見付けた敵は、巨人サイクロプスらしい。僕は一瞬、クエの適正パーティ数を勘違いしたかの思いに捕らわれるけど。ちゃんと1パーティだった筈、それにしても敵が多い。
次にバク先生が声を掛けたのは、シオちゃんだった。ゴブリン前衛の残りは、あと3匹だ。僕の方もあと3匹、ただしガッツリ敵対心を稼いでいるので動けない。
動いてもいいけど、敵はついて来ずに弓矢で蜂の巣にされてしまう。
シオちゃんの反応は、まるで予習してこなかった授業で、先生に指名された生徒の如し。かなり慌て戸惑っていたが、このままだと隊員さんと後衛が倒されちゃうとの叱咤を受けて。
何しろゲームを始めて1か月、こう言う時には経験の無さが浮き彫りになるのは致し方が無い。優実ちゃんがバックアップにつくからと、安心させようと元気に言葉を掛けるけど。
よりによって、一番強そうな敵と対峙する破目になろうとは。
各自動けない戦況が続く中、シオちゃんと一つ目巨人の接近は果たされた様子。凄く気になるが、こっちも更に差し迫った状況に。何と茂みの奥から、火薬使いの追加ボスゴブリンが。
コイツの爆弾は、敵味方問わずに威力を発揮するので有名だ。時には自爆も厭わない、ユーモラスでやんちゃな敵だが、威力自体は弓矢など比較にならない。
ようやくペット達と、弓矢部隊の数を半分に減らしたと言うのに。
『追加で爆弾ゴブが出て来ちゃったよ、こっち! 当分動けそうにないや、先生の方が殲滅速いかな?』
『沙耶ちゃんに手伝って貰ってるからねぇ……こっち終わったら、すぐにシオちゃんを助けに向かうね! ホスタさんの方はどんな?』
『こっちも、望まないお替わり出て来ました……白狼が1追加ですねぇ。ポーション回復だけで、何とか頑張ってみますw』
みんな持ち場が大変だろうに、初参加のシオちゃんを気遣っているのはさすがである。肝心のシオちゃんは、何とか巨人をあしらっているとの事で。
優実ちゃんも、あれでなかなか前衛フォローは上手な娘である。レベルアップしての、新たに獲得したスキルや魔法なども、かなり充実して来ているし。
心配する事も無いかなと思ってたら、不意のプーちゃんの離脱!
ゴメンなさいと、必死のシオちゃんの謝罪が聞こえて来た。それと同時に、爆弾ゴブの範囲爆破が炸裂して。プーちゃんの離脱は、それを避ける為なのかと一瞬思ってしまったけど。
どうやら回復ヘイトで、後衛の優実ちゃんがタゲを取ってしまったらしく。主人が殴られたために、プーちゃんが慌てて現場に駆け付けた顛末の様子である。
こちらも爆発騒ぎで、雪之丈やホリーが酷い有り様。同族の筈の、巻き込まれた弓矢部隊もほとんど瀕死の状態だけど。溜まったSPで、一気にスキル技を使用してとどめを刺して回って。
残った爆弾ゴブを、後は集中してやっつける構え。
シオちゃんの方は、どうやら何とか立て直したっぽい。その内に、前衛ゴブを倒し終えたバク先生が援護に向かって。その数分後には、僕も爆弾ゴブを始末して合流。
ホスタさん合流前には、一つ目巨人は陥落に成功していた。これで戦闘は終了、クエも無事にクリアに向かった模様。中央塔に戻されて、ミッションPと経験値を得て。
ホッと一息、まずは1つ片付いたかな。
トイレ休憩とか挟みつつ、今のには100年クエの手掛かりは出て来なかったなと結論付けて。時間を見つつ、次のクエを受ける事に同意を得て。次は何やら、ルート確保のお願いらしい。
安全かつ、馬車の通れる山越えの道を、幾つかの分岐の中から見つける訳だが。これも30分程度の通常クエだったようで、怪しい場所や人物には巡り合えず終い。
続いての買い物クエも、同じくヒントの欠片にも出会えず終了。
今までの経験から、100年クエ関係のヒントは簡単に出会えると思っていたけど。どうやら認識が甘かったようだ。その日はもう落ちる時間が来たので、簡単にミーティングを行って終了の流れに。
もう少しクエを進めないと、手掛かりは掴めないらしい。時間が経てば、追加クエも出て来るだろうし、そんなに焦らずに行こうとギルド内で意思統一がなされ。
こうして再開の100年クエの初っ端は、肩透かしで終了を迎えたのだった。
杉下さんの放課後は、どうやら空いていたらしい。沙耶ちゃんの鶴の一声で、僕らはその日に合同インの約束を取り付けた。水曜日の午後、いつもの沙耶ちゃん家のリビングに集合。
畏まった様子のシオちゃんに、改めてよろしくとギルマスの挨拶。差し入れのお菓子に、優実ちゃんは簡単に籠絡された様子。ぎこちない雰囲気は、シオちゃんただ一人。
コーヒーを飲みながら、僕は完全に寛ぎ模様。
ここの空気は、もはや生活の一部になってしまった気もする。夏休みにも、散々呼びつけられて過ごした成果かも。接続の準備をする後輩に、僕はキャラ見せてと軽い口調。
沙耶ちゃん達も興味があるのか、どれどれと窺う構え。ヨツバと言うキャラの潜在能力は、僕にとってもかなり目新しかった。新種の生き物を前にしたような、奇妙な感じ。
実際、レベルに対してこのキャラの所有スキルと魔法は多過ぎる。
それはつまり、術書とか訓練ルームとか、お金の掛かる手段を講じた結果に他ならない。メイン武器の大剣は、スキル150に達していた。これはレベル上昇の獲得ポイントを、全て武器スキルに投資したのと同じ数値である。
このレベルの前衛アタッカーなら、もちろんこの位の数値は欲しい所だ。ただし、武器攻撃のみに特化して、他がおざなりになってしまう事を意味するけど。
ところがヨツバは、魔法スキルも充実していた。種族である闇スキルは100に達しているし、対極の光スキルも80もある。弱点スキルをこんなに伸ばすのは、ちょっと珍しいかも。
他は特に目立たないが、炎と土に30ずつポイントが振られている。これによって、攻撃力アップの《レイジング》と、防御系の《アースウォール》を取得しているヨツバ。
魔法を使いこなせれば、ソロでも強いキャラになりそうな。
光魔法で目立つのは、この前披露してくれた《ヘビーフラッシュ》とか、単体攻撃魔法では使い勝手の良い《バニッシュ》だろうか。《ルーンロープ》も敵の足止めに便利だし、たった8つしか持ってないのに引きの良い事だ。
闇魔法は、僕も伸ばしているので被ってる魔法が多かったけど。タッチ系や腐食系、それから《SPヒール》など、持ってて便利な魔法なのは確認済みである。
うん、見れば見る程にソロ探索用のキャラに見える。
何より一番驚いたのは、ヨツバが大剣用の複合スキルを3つも所有している事実である。大剣は両手武器の中では、一番複合スキルに巡り合える確率が高いとは言え。
サブキャラへの投資としては、入れ込み過ぎな気もして来た。
凄いねぇと、そのキャラの熟成度には女性陣も驚いている様子。キャラの纏う武器も装備も、かなり値段の張る一級品である。試しに杉下さんに、その従兄の名前を訊いてみたのだが。
ピンと来ないのも道理である、せめて所属ギルドの名前でも分かれば良いのだが。ダメ元で訊いてみたら、杉下さんからはすんなりと答えが返って来た。
『珈琲無礼区』と言う名前は、僕にとっては意表を突かれる思い。
「それってどこかで聞いたと思ったら、隼人さんからだった。100年クエのはっきりと進行の分かっているギルドで、明らかにライバル関係にある所だ。『珈琲無礼区』と『愛昧中毒』は、僕らと同等かそれ以上のクエ進行度らしいね」
「えっ、ライバルって『アミーゴ』だけじゃ無かったの? それはピンチだわっ、何とかしないと!」
「シオちゃんを密偵にして、ライバルに探りを入れるとか? 面白そう、くノ一みたいな色仕掛け♪」
真っ赤になって、自分には無理ですと騒ぎ立てる杉下さん。僕も無理だと思う、そもそも向こうの進み具合が分かっても、こちらが謎を解明しないと話にならない。
隼人さんの話では、『珈琲無礼区』は少数精鋭ギルドで、ゲーム内での実力は折り紙つきらしい。難易度の高いダンジョンや、クエやミッション関係が専門らしく。
対人戦で大活躍した“閻魔”のクルスや“不沈艦”のシャンの所属しているギルドと言えば、分かって貰えるだろうか。
とにかく難易度の高過ぎるクエなので、ダンジョンを制覇したギルドの名前は、意外と簡単に知れ渡るらしく。隼人さんの情報では、クエの解放から半年経った現在で、1つでもクリア出来たのは。僕らと隼人さんのギルドを含めて、このたった4ギルドだけらしく。
僕らにとっては、名誉ある事ではある。
もちろんその4ギルドを出し抜いて、最初の全制覇の栄冠を他のギルドも狙っているのも事実だ。柴崎君にも聞いたけど、彼らは夏休みにようやくギルドでの館の所有にこぎつけたらしい。
確かに1からとなると、とっても大変なのは致し方が無い。
そんな噂話をしながらも、杉下さんには100年クエの情報を大急ぎで吸収して貰っている状態である。沙耶ちゃんのファインプレーと言うか、ギルド活動日記がここで役立つ事になり。
つまりは、今までの経緯がこのノートを読む事で、杉下さんにも簡単に説明出来るのだ。それと今からの活動に不便が無いように、彼女にも色々と拠点を通す作業をして貰わないと。
今日の合同インで、僕らはその手伝いをする事になっている。
簡単に言えば、尽藻エリアへのルート確保なのだが。僕はレベルが100以上無いと不可能だと思っていたけど、何と前回のバージョンアップで低レベル者でも可能になっていたらしい。
杉下さんを始め、レベル100以下のキャラ所有者には、その事実は既に常識となっていたっぽい。なるほど、自分には無関係な変更のため今まで気付かなかったけど。
考えてみれば、高レベル者の手伝いがあれば、そんなに難しいクエが待ち受けている訳でもないし。低レベル者だって、新しいエリアやクエを見聞きする権利はもちろんある訳だし。
100年クエストだってそうだ、確かに上級者向けだが一緒にこなして悪くは無い筈。
そんな訳で、まずは尽藻エリアへの渡航ルートの獲得ミッションへ。ノリの良いのは相変わらずな一行、この雰囲気に早くシオちゃんも馴染んで欲しいなと願いつつ。馬車で新エリアの半島を縦断、その間まったりとお喋りに興じる僕ら。
繰り返しのミッション攻略にも、揃ったメンバーが違うと別物に感じる。
僕がついでだからと、街に到着してから野良を募ったせいもあるのだけれど。つまりは少人数で、ミッションを進められない人もいるかもと思って。街中で叫んでみた所、意外にも反応が。
ポツポツと返事が返って来て、気付けば4人も追加の事態に。
自己紹介によると、どうやら参加者は全員小中学生らしい。途端に先輩風を吹かす優実ちゃんは放って置いて、ホスト役として僕が全部仕切る破目に。
大物戦闘のある事は、みんな聞いて知っていた様子。それ故の、この募集への便乗なのだろうけど。確かに戦力的にもレベル的にも、頼りない面子ばかりな気もしたのだが。僕らミリオン組が、頑張っての大物退治の果てに。
みんな大喜びの、ミッション達成は何よりだ。これで尽藻エリアへの開通作業はお終い。時間があるなら、ブリスランドでの名声上げのワープ開通も一緒にしようかとの僕の声掛けに。
みんな飛びついてくれて、本当に素直な良い子達である。
最後の1時間は、皆が応援を呼んでの獣人の拠点攻めで派手に終了の運びに。大人数になると、どうしても思考はそっちに働くのがこのゲームの常である。
無事に勝利で終了して、獣人討伐の名声上昇も程良く手伝って。何とかシオちゃんも野良組も、街のワープ開通にこぎつけた様子で。
お祝いしながら解散、夕食にと散って行く事に。
杉下さんは、僕のこの見事な手管振りにも感銘を受けていた様子だった。つまりは、簡単に手伝いを募集して、いつの間にか大人数で力を合わせて困難を乗り切って。
このゲーム、慣れて来たらパーティ集めは割と簡単にこなせるモノだ。皆が潜在的に、仲間と一緒に楽しむ事を心の中では望んでいるのだから。その場の提供を、こちらは呼び掛けるだけである。
無論、もたもたと進行を遅らせたりするのは論外だけど。余程酷い仕切りで無い限り、戦闘で全滅などは起きやしない。大抵は、上手な人が1人は混じっていて、自然と補佐してくれるから。
だからそんな、尊敬されるほどのモノでは無い。
最後に僕らは、例の妖精の里に通じる、ため池のほとりまで強行軍を敢行した。どちらにしろ、ギルド活動ではここでのクエ進行が必須となって来る。
僕らは通行証を持っているので、今ではワープでの楽チン移動が可能となっているけど。途中参加のシオちゃんは、そのアイテムを持っていないのだ。
だから再度妖精にお伺いを立てようと、足を延ばしたのだけど。
また大亀との戦闘からだったら嫌だなとの思いは、どうやら杞憂に終わったようで。ポイントをクリックした途端、妖精が飛び出て追加の通行証を発行してくれた。
全員で安堵しつつ、合同インはここまでという事に。
初参加のシオちゃんを交えての合同インは、こうして無事の終了を迎えたのだった。
その夜のインは、杉下さんの謝罪から始まった。放課後のお手伝いから、昨夜のクエでタゲキープ出来なかった事に至るまで、自分の未熟さが我慢出来ないらしい。
僕や沙耶ちゃんは、そんな事は気にしないで良いとのお気楽な返事。バク先生は、前衛のタゲの上手な取り方の講義を始め。優実ちゃんは、差し入れ美味しかったよとの呑気な一言。
毎回の混乱模様は、僕にはもう見慣れたモノ。
シオちゃんは、そうでは無かった様子だけれど。とにかく今夜は、最初に妖精の里に寄ってみようとの意見で一致。皆で移動して、エリア内をあちこちチェックして廻る。
妖精の訓練ルームは、残念な事に5回で使用は打ち止めとされてしまっていた。戦闘妖精に聞いた所、呼び鈴の助っ人はもう充分に集まったとの理由らしい。
本当に残念で仕方が無い、キャラ強化には持って来いの場所だったのに。
そう言えば、夏休み中のレベル上げの成果は報告したけど、個々の強化は話していなかったっけ。振り込みポイントを稼いで、僕ら学生組のキャラも強くなった。
まずは沙耶ちゃんだけど、獲得ポイントはほとんど氷スキルに費やしたらしい。属性の精霊召喚の魔法目当てだが、それは未だに覚えられないみたいである。
その代わり、強力な支援魔法とペット用の便利なスキル技を取得したっぽい。
氷スキルも180を超え、属性スキルだけに威力も強力な魔法キャラの沙耶ちゃん。新しく覚えた魔法の中で、使用頻度の高そうなのが《魔女の強欲》という呪文である。
これはパーティ支援に超有り難い、一定量のSPとMPとHPの継続回復を促す便利魔法である。はっきり言って、かなり強力な支援魔法であるのには間違いない。
回復と言っても微量だが、数分の継続は凄く嬉しい。
雪之丈のペットスキルも、ハンターPの取得とか限定イベントの報酬から順調に増えている様子。ハンターPも、幾度かの獣人の拠点攻めでいい感じに獲得に至っており。
それを惜しげも無く、スキル取得へと注ぎ込んだ様子の沙耶ちゃん。
そのお陰で、新スキルの《ワープ移動》と《超筋》に行き当たったらしい。《ワープ移動》は、その名の通り移動を瞬時に行うスキル。攻撃の指令を受けると、一瞬で敵の懐に飛び込むし、主人が襲われたら疾風の如く取って返せる。
《超筋》もペット専用の補正スキルで、体力と腕力の大幅強化をしてくれるらしい。これをセットしてのHPと攻撃力の上昇に、本人も大満足の様子。
これで前衛としても、少しは様になって来ようと言うモノ。
優実ちゃんの方は、逆に念願の水系の防御魔法の取得に至った。ようやくと言う感はあるが、これで死傷率は低下するだろう。つまりは、掛け忘れが無い限り。
それから彼女も、パーティ用の補助魔法の取得に成功した。後衛2人の成長は、こんな観点からもパーティにとっては恩恵の宝庫ではあったようだ。
《天女の羽衣》と言う魔法で、直接&防御魔法の上昇が見込めるのだ。
ハンターPの使い道では、彼女は僕に色々と相談して来た。と言うのも、彼女と沙耶ちゃんの銃での攻撃力に、最近かなりの差が見られる様になって来たからだ。
武器の元の威力が違うし、優実ちゃんのは2丁拳銃なので1発の威力は元々小さい。そう説明したけど、彼女はどうしても納得がいかない様子。時折見せる、沙耶ちゃんに対するライバル心っぽい感情なのだろう。
それはMP量にも作用して、彼女は新たな片手棍を探して来た。MP量アップ効果付きの奴で、それでも沙耶ちゃんのキャラには到底追い付かなかったけれど。
元々氷キャラは、水種族に次ぐMPオバケなのだし。
まぁ、遠隔攻撃のテコ入れについては、僕も特に反対は無い。そんな訳で、遠隔ジョブを幾つか取得してみてはどうかと、僕は彼女に提案してみた。
メイン育成の他にサブのジョブを伸ばすのは、ベテランもやってるし今の主流なのかも知れない。ただし、サブを伸ばすのには色々と規制がある。セットのし直しに期間を取られるし、ハンターPを余分に消費してしまうのだ。
メインは10Pで良いのに、サブだと13P掛かってしまう不便さが。
これは手痛い消費だが、メインはこれ以上スキルが欲しくないと思うならアリだ。メインを他のジョブに変えても良いが、そうするとメインで伸ばしていたスキルが使用不能になってしまう。
それを使おうと思ったら、1つのスキル技につき、3ポイントの支払いを言い渡される。つまりは同じ事なので、誰もそんな方法は取らない。だから僕の、スキル付き宝具ピアスは超お得なのだ。
2つのジョブスキルを、両方とも10Pで取得出来る訳だから。
とにかく優実ちゃんの返事は、3つ交換出来るからやってみるとの事だった。そもそも彼女のキャラの補正スキルは、実はあまり良いモノが揃っていない。
《光スキル効果アップ》とか、《近距離攻撃力アップ》とか、平凡極まりない品揃えなのだ。何しろペット関係の持っている補正スキルは、全部ペットの首輪にセット出来るのだから。
ここで強力な補正スキルを願うのも、だから良い手ではある。
結果を言えば、限定イベントの報酬交換も加えて良好だった。今回の優実ちゃんは、とても運が良かったとも言える。その一つが《イーグルアイ》というスキルだった。
確かミスケさんも持ってなかった、結構レアなスキルな気が。クリティカル&攻撃威力アップ効果は、セットする価値は充分にある。彼女の場合二丁拳銃なので、恐らく1発ずつに補正が当て嵌まる筈。
他にも《火薬増量》や《速射Ⅲ》は、充分セットする価値はあると思う。
ここら辺のパワーアップの、ほぼ全てが対人戦の限定イベントの後の事。対人戦に間に合わなかったのはアレだが、パーティ戦での価値は間違いなく跳ね上がっている。
僕に限って言えば、レベルアップのポイントは全部片手棍に注ぎ込んでいた。お蔭でようやく、メイン武器のスキルが200を超えた。訓練ルームの使用と《同調》の恩恵で、細剣スキルも150超えである。
夏休み前の攻撃力不足は、ようやく少し解消されたと言って良いかも。
カンスト猛者のキャラ達には、まだまだ全然及ばないけど。それは当然だ、焦らずとも成長の伸びしろはリンには存分にある。パーティに迷惑の掛からないレベルになった程度、それ以上を望むにはまだまだ時間が必要だ。
それでもこの成長は、僕にはとても有り難いし意味のある事なのだ。
さて、限定イベントが終了してからの短い間だが、僕にだって成長はあった。この間、風変わりな素材の購入から、ベルト装備の合成をしたのは話したと思うけど。
それを常時装備出来るようにと、首装備も新調する事にして。ちょっとしたユニーク装備だ、何とポケットが3つも付いている逸品である。これはギャンブル場の景品交換で見つけた装備品。
防御力は低いけど、他にもMP+12と魔法耐性アップ機能が付いている。
普段はこんな半端な装備、目にも留めないのだけれど。僕の場合、首の部分は属性+装備用にフリーにしていた事もあって。つまり、同化用の部位の一つにと適当な装備で埋めていて。
それならば、ポケットの増えるこの装備はアリだと考えた次第。他の機能は、本当に付随でしかないけど。いつかこれを指針に、自分で似たような装備の合成を考えている。
それと言うのも、例の館に備え付けた家畜小屋での育成ゲーム。植木鉢で植物を育てるのと同じ感じの、金策手段との認識は間違っていなかったのだけど。
それで収穫出来るのは、やっぱり植木鉢とは全然違って来る。羊は羊毛がメインで、鶏は卵や尾羽根の収穫が多い。特に100年Dで入手した、ちょっと気味の悪い木製人形なのだが。これも週に数度、変なチビ人形を産んでくれる結果に。
ところがどっこい、これが物凄い性能なのだ。
これには実際、コピードールと名前が付いていた。呼び名の通り、コピー機能の付いている素材である。使い方は至って簡単、これと付属性能の付いた武器か装備を、一緒に分解合成してやれば良いのだ。
合成が成功したら、付属性能はチビ人形の方にコピーされる。つまりは、MP+20とか、攻撃力+5とかの性能がそのまま移行するのだ。移動し終えた武器や装備は、その時に大抵破壊されて無くなってしまう。
そして、性能の付加されたチビ人形は、そのまま素材になるのだ。
これを真っ新なベース防具に、そのままコピーする事も可能である。ただしここで問題なのは、分解合成の成功率だ。以前にも言ったが、これがとても低かったりする。
分解合成は、幾らスキルを上げても、成功率はそんなに高くならない困った合成術である。だから、こればかりは数をこなして素材を集めて行くしかない。
幸いこのチビ人形、優実ちゃんから適正値段で購入出来るのが嬉しい。
その値段決めにも、実は色々と遣り取りがあったのだけど。それは今はいいや、つまりはリンの装備は2箇所の変更を得て、幻影防御は格段の進化を遂げたと言う事だ。
それから大きな変化と言えば、つい最近覚えた幻スキル技がある。妖精の訓練ルームに通って、新5種類スキルを伸ばせる術書を10枚ほど入手したのだが。
散々迷った挙句、僕はこれで獣では無く、幻スキルを伸ばす事に。
理由は色々あるが、新しいベルト装備に幻スキルの効果アップ機能が付いてたからだ。それならこっちを伸ばすのもアリかなと、割と軽く考えての結果ではある。
それによって覚えたスキル技は《幻突》と言う攻撃系の技だった。しかも遠隔も可、魔法仕様なのに撃つまでの溜めもほとんど掛からなくて、凄く使い勝手が良い。
攻撃力もピカ一、どうやら防御無視の一撃らしい。
遠隔攻撃が可能と言う事は、《砕牙》と合わせてSPとMPでの遠距離追い込みも可能になったかも。ただし、再詠唱までの時間はかなり長めに設定されているようで。
連続使用は無理みたい、それがちょっと残念だ。
他にも検証する点はあるが、今は遠隔攻撃の切り札みたいな使い道しか考えていない。とにかくこんな感じで、学生組は揃ってパワーアップを遂げた訳だ。
迷宮の財宝の再挑戦も、そう遠い話では無いかも知れない。
前置きが長くなってしまったが、こんな感じで力と自信をつけて来た僕ら。そのはけ口のクエを探そうと、妖精の里の変化を手分けして調べて回るのだけど。
ようやく見付けた、次なる段階への足掛かり。
『あれっ、この結界のトレードポイントって、こんな盛り上がってたっけ? 土がモコッとして、枝葉で蓋がしてある感じになってるよ?』
『こっちの東側も、空洞の丸太が入り口っぽく加工されてるね。誰か妖精に、話を聞いてみた?』
『あっ、新しいクエも発見! 宴会するから、お酒差し入れてくれだってw』
戦闘妖精の話だと、ようやく弱っていた結界の補強に目処が立ったらしい。外界から侵入しようとする不逞の輩は、まずこの3箇所の異空間ダンジョンに捕らわれる予定らしいのだ。
それから、散々迷わせて体力を消耗させて、配置した呼び鈴守護者で退出を願う仕様みたい。これを作るのには苦労した、最終チェックに協力してくれれば報酬あげるケド?
その報告に、やっと来たかとの喜びの声。
どっちからしようかと、今夜の空いてる時間を見定めてのパーティ会話。取り敢えず競売で、適当にお酒の類いを買い込みに行く僕。とは言え、料理は豊富に揃ってるこのゲームだが、お酒なんて売られていない。
僕の購入したのは、炎の神酒である。
それから、酒と名の付く薬品を幾つか。お高いモノも中にはあったが、必要経費だと思えば腹も立たない。補充用の薬品も買い揃えて、皆の元に戻ってみると。
パーティは、どうやら先にこの謎めいたダンジョンに潜る方針で固まった様子。僕も特に文句は無い、まずは皆の集まっていた南の入り口からスタート。
入った先は、春の景色の桃源郷だった。
『わぁお、これは凄い景色だわねぇ……ここで私達は、何をすればいいんだっけ?』
『そこに妖精がいるから、ちょっと訊いてみるね?』
景色の素晴らしさは、しかし何の役にも立たなかった。それどころか、小川や樹木や茂みのせいで、簡易迷路が出来上がっていて。そう言えば、さっき妖精も迷わせて力を削ぐって口にしていたような気が。
妖精の話だと、ここからゴールまでプレートの数の順番に廻って行けば良いらしい。それが出来なければ、僕たちは永久にこの迷路のモルモットだとの事。
嫌な仕掛けだ、しかも所々アスレチック仕様になっている。
その事実に、明らかに優実ちゃんは怯んだ様子。戦闘は逆に、弱い蜂とか魚とか、あっさりしたモノ。一番強いのは、どうやら亀らしい。妖精と亀は、どんな繋がりがあるのかは不明だが。
とにかく僕らは、その数字の書かれたプレートを探して歩き回った。小川や枯れ谷の配置で、嫌な感じで陸地は分断されている。ここはどうやら、繋がり合った小島のエリアらしい。
僕らは2人ずつのペアを組んで、小島を一つずつ探索に勤しむ。
プレートには実際、数字は書かれていなかった。花のマークの絵が、最初の小島のプレートに描かれていて。花が2つ描かれたプレートは、そこから西に2つ離れた小島に置かれていた。
僕と沙耶ちゃんのペアは、枯れ谷を曲がりくねって降りた箇所に、3番目のプレートを見付けていた。どうすれば順序通りに進んだ事になるのかと言う疑問は、次の瞬間に判明。
代表の誰かが、そのプレートをクリックすれば済むらしい。
『2番終わった? それじゃあ3番をクリックするよ~?』
『オッケー、みんなあんまり離れ過ぎないでね、合流出来なくなっちゃうw』
その可能性は大いにある、優実ちゃんとシオちゃんのペアは、丸太の架け橋を早々に落っこちてしまったらしい。そのため、今どこを彷徨っているか自分達にも分からないと言う。
バク先生とホスタさんの組が、そのSOSを聞いて目印役にと移動中との事。
僕と沙耶ちゃんは、さらに枯れ谷の通路で6番目のプレートを発見した。4番と5番の場所が分かるまで、沙耶ちゃんがそこに居座ると言ってくれたので。
少々不安に思いつつ、リンは単独行動に移行する。他の2組からは、プレートの話題すら聞かれない。枯れ谷から小島への登り口を見付けて、リンがその砂浜の坂道を歩いていたら。
カニ型の敵の待ち伏せに、思いっ切り意表を突かれてしまった。
危険は少ないと思い込んでいたが、その思いすら罠の一環だったのかも。慌てて沙耶ちゃんが駆け付けてくれて、戦闘自体は事無きを得るのだが。
果たしてこの先も、ソロでうろつき回って良いものか否か。そんなに強い敵では無かったが、次に遭遇する敵もそうだとは限らない。嫌な迷路だ、確かに色々と消耗してしまう。
そんな事を思っていたら、優実ちゃんペアが4番を見付けたっぽい。
『あっ、花丸4個の看板はっけ~ん! 迷った甲斐があったね、シオちゃん♪』
『そ、そうですね……てっきり私、足を引っ張ってると思ってたんですけど。うわあっ、こんな幸運もあるんですねぇ!』
『そうね、何が幸いするか分からないよ、このゲーム。逆に、何が災いするかも分からないけどw』
確かにそうだ、そんな話の途中に、ホスタさんが5番目のプレートを発見して。やったと喜んでいたら、樹木の上から落ちて来たヒル型の敵に襲われたっぽい。
戦闘に参加出来ない僕らは、6番目のプレート前に移動するのみ。敵の撃破の報告と、クリック済んだとの知らせを聞いて。僕らもすかさずクリック、暗転する世界。
強制ワープの果てに、パーティは円形のフィールドに招かれていた。
四方を桃の木に囲まれたそこは、出口のない完全バトルエリアらしい。戦闘妖精の姿が2匹、そしてどこかで見た執事とオバケの姿がフィールドの中央に。
強制動画では、貰った呼び鈴の強さを試してみたいから、遠慮なく掛かっていらっしゃいとの妖精の話で。戦闘音楽も勇ましく、どうやらこの迷路の最後の試練らしい。
それじゃあ遠慮なくと、まずは各自強化魔法から。
オバケの呼び鈴は、確か夏の限定イベントのドロップだった気が。執事は敢えて語らず、こんな弱そうなのを渡して申し訳ないと、僕らは内心思っていたのだけれど。
対峙してみてビックリ、強いじゃありませんか執事さん! 嫌味なくらいの行き届いた強化魔法から、僕らの強化を軒並みキャンセルする弱体魔法の嫌味なコンビ技。
しかもステッキの殴打は、紳士らしからぬ力の入った振る舞い。
オバケとの即席ペアも、何故だか上手に機能しているっぽい。強化をキャンセルされたキャラに接近して、すかさず《憑り付き》の特殊能力を振るう半透明なオバケ。
操作を乗っ取られたバク先生は大慌て、呪いの類いはあるよねと思っていた僕らだったけど。聖水の使用も、オバケに全操作を奪われている身では不可能らしく。
バクチンは隣のヨツバにご無体ご乱心、僕の聖水散布もオバケ本体にダメージが入るだけで、離れてくれない有り様で。
『ああっ、バクちゃんっ……新人苛めは程々にしてあげてっ!w』
『人聞きの悪いことをっ……!w ってか、聖水じゃ離れてくれないって、どんな呪いよっ?』
『これは呪いじゃなくて、憑り付かれてますね……どうやったら離れてくれるんだろう?』
接近戦を挑んで来る執事をホスタさんに丸投げして、僕らは先生の窮地に知恵を絞りに掛かるのだが。敢えて抵抗しないヨツバのHPは、ログ通信の間にもぐんぐん減って行く始末。
意地の悪い事に、既に憑り付いたオバケはタゲれないと来ている。優実ちゃんが放った《バニシュ》の魔法は、オバケばかりか闇種族のバク先生にも多大な被害。
それから巻き起こる、悲鳴と謝罪の嵐。
それでも離れてくれない、夏の納涼イベントのオバケさん。こちらを冷や冷やさせる業務を、飽くまで遂行する構えなのは見事だと言う他無いけど。
くどいと言うか季節外れの感は、無きにしも非ずと心中の思い。いや、まだまだ日中は暑いんだけどね。そんな混乱の思考の中、優実ちゃんのコレはどうかなとの魔法使用。
《分離光》の温かい光のパワーに、ようやくオバケの本体が離脱。
『やった、お手柄だよ優実っ! リン君、分離したオバケどうしようっ?』
『魔法で焼き切って! 出来たら粘弾で速度を鈍らせて、とにかく誰も近付かない様にしよう!』
了解と、パーティの意思統一の返事が響き渡る。先生も二度と近付くもんかと被害者の弁、二次被害に遭ったシオちゃんにも、ゴメンねとの謝罪の言葉。
気にしてませんからと杉下さんは素直な返事、それと同時に回復を貰いつつの《ルーンロープ》の詠唱には。オバケはきっちりレジをくれて、光属性の弱点など何のその。
僕の《ダークローズ》の魔法も、効果は上がらずアレッと思ったのだけど。接近戦からの《憑り付き》メインの戦法ならば、足止め魔法は全部効果薄なのかも。
そう考えての粘弾の使用催促だったけど、これは何とか通った模様で。
通常攻撃はダメージ一桁だから、銃で撃つのはこの弾だけでいいやと優実ちゃん。次の獲物に見定められているっぽいシオちゃんは、本気でビビって逃げ回っているみたいだけど。
バク先生はこの敵は嫌だと、ホスタさんと執事の押さえ込みに掛かっている。動きが遅い内に、年少組の魔法でやっつけるよとの、僕の再度の指示を受けて。
四方からの魔法の被弾で、オバケはあっという間に虫の息。
最後の悪足掻きに、ハイパー化からの呪い散布やら闇魔法の無詠唱攻撃やらあったけど。さらにご主人が攻撃を受けた事で、雪之丈がワープで接近戦を挑んでしまったせいで。再度の《憑り付き》被害で、ペットの操作を横取りされる事態に。
それでも解き方の分かっているパズルに、初回程のインパクトがある訳も無し。華麗に《分離光》からの魔法の追い討ちで、やっと沈んで行く夏のオバケ。
周囲から、やったよと安堵の声が聞こえて来て。
実際は、まだ執事が残っていたけれど。合流した僕らに、さっきのハイパー化見せたかったよとはバク先生の弁。何やらメイドの行列が瞬時に現れて、ハタキでパタパタされたのだとか。
それ見たいと興奮した声は、もちろん優実ちゃんから。望みは叶って、2度目のハイパー化は全員揃って目撃したのだけど。ハタキのパタパタ攻撃は、どうやら全ての強化を剥がしてしまう効果があるらしい。
一番到来を望んでいた優実ちゃんが、一番文句を言う破目に。
『また強化魔法を掛け直さなきゃいけないっ、このエリアで何回目っ?』
『まあまあ、珍しいモノが見れて良かったじゃないのw』
結局それ以降は波乱なく、何とか無事に勝利まで漕ぎ着けたパーティだったけど。思わぬ時間の経過に、残りのダンジョン攻略は次回に持ち越しと相成って。
エリア脱出後の語り掛けにも、護衛妖精からは報酬は貰えず終い。どうやら最後に一括でとの事らしく、意外と渋い妖精の里の報酬状況だったり。
そんな感じで、秘密の里のクエは中途半端に終わりを迎えたのだった。
火曜と水曜は、放課後に動かせない予定が入っていたので。木曜日の放課後に、僕は頼まれていた文芸部の会合に出向く事となった。正確には、木曜日は部活動の無い日らしいけど。
文化祭の差し迫ったこの月頭、そんな事は関係ないと言うか取り合っていられない。文科系としては珍しく、この日は全員集合となったみたい。少なくとも、遠藤新部長の話ではそうらしい。
しかし、見事に女性ばっかりだなぁ。
斉藤旧部長を始め、3年生も数人いるそうだけど。紹介を受けながらも、全く動じない僕。元から年上の女性には慣れているし、もっと個性の強い椎名先輩には夏休みに扱き使われていたし。
10人足らずの女性陣を目にしても、何を恐れる事があろうか。
とは言え、この全員から恐れられたり、まして敵対されたりするのは得策では無いのは分かり切った事。幸い、部長2人は味方だが、僕のここでの立場は物凄く微妙なのには変わりない。
望まれて招かれたとは言うものの、面白く思わない連中はどこにでもいるものである。僕は部屋の雰囲気とか部員の表情を盗み見ながら、部員紹介を聞き終えて。
さらに注意を向けながら、促されて自己紹介を述べる。
「今日は木曜ですが、文化祭の準備もあるので集まって頂きました。先日も報告していた通り、部の文化祭での出し物のお手伝い要員にと、1年の池津君に声を掛けました。部での本の出版、編集、販売作業に、彼の知恵を借りる事になりました。皆で力を合わせて、文化祭は成功させましょう!」
「私達3年は、最後の集大成になります。下級生や学校の思い出に残るくらいの作品や活動を、残りの時間に集約させましょう!」
新旧の部長の挨拶に、部員達の意気も上がっている様子。僕にもチラチラと視線は集中、どうすればいいんですかと部長に小声で相談するも。
取り敢えず方針は全然固まっていないのだと、あまり緊迫感の無い返答を貰って。あと1ヶ月余りしかないと言うのに、何とも呑気なモノである。それじゃあ作品はとの質問には、ぱらぱらと候補の原稿が机の上に並べられた。
しかし、部員の数と較べると、その数は余りに少ない気が。
最終的には、全員の作品を1冊の本にして出したいのだそうだけど。如何せん、去年は部員数もこの半分で、コピー誌で済ませていたそうな。だから圧倒的に、蓄積された経験値が無いっぽい。
だからこそ、古書市で目立っていた僕に白羽の矢が立ったそうなのだけど。あの夏のイベントでは、部員の全てが僕の存在には気が付いていたそうな。
少しずつの会話で、何とかそんな事情を聞き取りに成功して。
「それじゃあ、売り手の経験した事のある人は、この中にどれ位いるんですか?」
「あの……えっと、同人即売会なら……」
最初は無反応、完全スルーかと思われた僕の質問に、横から突かれた勢いで手を上げる人影が。小声で聞き取り辛かったが、顔は真っ赤で物凄く照れているらしい。
売った作品の提示を求めると、卒倒するんじゃないかと思うほどのぼせ上がる部員さん。隣の娘の助け舟で、今は無いけど明日持って来させますとの回答。
ただ、内容はファンシーな漫画と言うかイラスト集らしい。
ウチの高校には、漫研など存在しないらしいので。漫画やイラストを描きたい人は、文芸部か美術部に在籍するのが常らしい。そしてその1年生は、こちらを選んだようで。
そんな事はどうでも良いが、彼女達がモノを知らないのには多少苛々させられた。僕は持って来た印刷資料を提示して、製本の工程から掛かる値段について簡単なレクチャーを始める。
要するに、編集からの製本作業にも思ったより時間が掛かると言う意味合いの事を。彼女達はその言葉を脳内反芻して、それから僕に結論の提示を求めた。
僕は冷たい声音で、きっぱりと言った。
「最低でも2週間後には、全部員の作品原稿を提出して下さい。それから編集作業に移ります。資料に書いてある通りに、作品は4の倍数のページ数が望ましい。それから文芸部として売りに出すのに、たった1冊と言うのはいかにも貧相ですね。例えば1千円の本を1冊買うのと、5百円の本を2冊買うの、どちらがお得に感じますか?」
「えっ、えっと……2冊買う方?」
「その通り、さっき伺いましたが、結構な額の部費をこの出版作業に注ぎ込めるそうなので。作品のジャンル別に、何冊かに分ける事をお勧めします。売れ残りが無ければ、もちろん儲けも出るのでそのつもりで」
僕は下らない紙切れにお金を払うお客程、可哀想な人はいないと感想を口にした。高校の文化祭イベントだから、もちろん来るのは学校在学生の関係者だろう。
だから、お祭り気分や身内贔屓で買って行く人も中にはいるとは思う。だけど僕はそれを良しとしない。購入するからには、読まれる人の心に残るような作品を望む。
そう追い込んでやると、ちょっとスッキリした。僕は多分Sなのだろう。
2週間じゃ無理ですと、弱々しい新部長の返答に。僕は眉を顰めて、それは僕のせいじゃないとの通達。それから時間があれば、部員全員の作品ジャンルの提示を望むと。
半泣きに近い感じで、会合を続けますと新部長の言葉。
今からどんな本を作るかとの、部員同士の議論は意外と白熱した。多分、時間が無いとの逼迫感が良い方向に作用したのだろう。ジャンルを決めてやれば、何を書こうか迷っている人も筆が進みやすいだろうし。
ようやく部員の全員が、切迫感を共有できたらしいのは喜ばしい事だ。新部長の司会で、どんな本を何冊出すかの検討会。僕も意地悪に茶々入れして、出来ればそれぞれ、何部ずつ刷るかも決めて欲しいと口を挟む。
旧部長が、去年はコピーした30部は完売したとの報告。
僕は先程聞いていた部費の額と、ようやく纏まり掛けた本の冊数を頭の中で計算する。出す本はどうやら、絞って行けば3~4冊で決まりそう。ページ数は、自作小説本以外はそんなに多くする必要も無い筈。
全部を足して3百部ほど刷りましょうと、僕の脳内ではじき出した数字に。今度こそ新旧部長は、卒倒するんじゃないかとの顔色を浮かべて僕を見た。
何せ去年の冊数の、丁度10倍の数値の言い渡しだったのだから。
次の日は金曜日で、僕は子守りのバイトを午後から抱えていた。放課後はつまり、予定でいっぱいと言う意味だ。文芸部の会合は、だから今日は出られない。
新部長への部員のジャンル分けの依頼は、昨日の長引いた会合の結果、大まかにだが決定した。出版する本をジャンル分けして、誰がどこに何ページ原稿を書くかを昨日の内に決めて。
多分この方が、スマートに各人執筆が進むだろうと僕も思う。ただし、締め切りまでの時間の無さは、もはやどうしようもない事実なのは確かである。
そんな事を考えつつ、いつものように昼食を外で食べていると。昨日部室で見た1年生が姿を見せた。
つまり僕とは同学年って事になる、クラスは全然違うけど。名前は確か、細野さんって訊いたような気がする。手には紙袋を持っていて、相変わらず顔が赤い。
優実ちゃんが、彼女の接近に気付いて挨拶をした。は~い、やっほーみたいな、気楽な感じだけど。何度か同じクラスになった事があるらしく、そこそこ親しい間柄っぽい。
どうしたのとの質問に、おずおずと差し出された紙袋。
それを何故か代理に受け取った優実ちゃん、違うのと細野さんが慌てて制止する。紙袋の中身は、昨日見せてと頼んだ作品らしい。ってか、すっかり忘れていてかすかに罪悪感が。
それに全く構わず、優実ちゃんがコピー誌のページをめくる。意外にカラフルなのは、家のカラープリンタで出力したためだろうか。イラスト集みたいだが、楽しい絵柄だ。
抽象的な人や動物や魚の絵柄が、各ページに描かれていた。
こう言うのを何て言うのだろう。輪郭は人間や動物なのだが、中身は紋様でいっぱいでパッと見は複雑な飾り絵みたいな印象で。綺麗だねと、一緒に覗き見した沙耶ちゃんの感想。
当人は、あまり作品を他人に見られるのに慣れていないのかも。昨日以上に真っ赤になって、心なしか呼吸も荒い。ページをめくる優実ちゃんは、楽しそうにその色彩を楽しんでいる感じ。
見終わった彼女達は、説明を求める視線を僕と彼女に向けた。
「えっと、文芸部の手伝いを頼まれたって話は、もうしたよね? 部の売り物で、本を何冊か出版しようって事になって。その編集とか、製本のアドバイスで昨日部会に出て」
「ああっ、それで細野ちゃんがコレ持って来たんだ。コレをそのまま、豪華なイラスト本で出すの? 凄いねぇ、お小遣い残ってたら買うね、細野ちゃん♪」
彼女は真っ赤な顔のまま、否定の為に首を物凄い勢いで横に振った。予定としては、同じ1年生と組んで、絵本みたいなモノを出すつもりなのだそうで。
それも昨日の話し合いで決まった企画だが、2週間でどれほどのモノが作れるかは定かではない。幸い書き溜めた作品もあるらしく、それを洗い直すと言う話だったような。
面白そうだねと、優実ちゃんは楽しそう。
クラスの文化委員も担ってるのに、大変だねぇと沙耶ちゃんの労いに。編集作業は面白そうだよと、僕も乗り気を伝えてみる。師匠の印刷所も儲かるし、宣伝にもなるし。
いっその事、凜君も本を出せばいいのにと優実ちゃんの気儘な一言。ファンスカ関係の本なら出したいかもと、僕は余計な発言で口を滑らしてしまって。
それなら絶対、飛ぶように売れるねぇと、古書市で手伝った彼女達の同意に。
その一言に、何故か思い切り反応する細野さん。部長に頼んでみますと勢い付いて、呆気に取られる僕らを置き去りに去って行く。意識を正常に戻した時には、もう既に遅かった。
後日になって、是非お願いしますとの逃げ道のない依頼が舞い込んで。何しろ部員を散々煽っておいて、自分だけ逃げるような卑怯な真似など出来ようも無い。
こうして僕は、殺人的な忙しさの1か月を手に入れる事となった――
子守りのバイトは当然の如くに、夏休みが終わっても継続の道を辿っていた。僕にとって予想外だったのは、子守りの人数が全く1人も減らなかった事だ。
つまりは、毎週の火曜と金曜、メル姉妹に加えて4人の園児の面倒を見る破目に。
夏休みの田舎体験のお泊り会、あれがひょっとして良くなかったのかも知れない。この集まりに参加させておけば、子供が色々と有益な体験に触れられると思われたのかも。
保護者の考えは分からないが、子供達自身が脱会を嫌がったのも大きな理由の1つらしい。遠巻きに小百合さんからそう聞いて、僕は少々くすぐったい思い。
そりゃあだって、嫌われるよりは余程良いでしょ?
夏休み分のバイト代は、想像より遥かに大金だった。片手仕事に、こんなに貰って良いのだろうかと思ったほどで。僕は大半を貯金して、それから弦楽器を1つ買った。
これを家から持って来るのに、僕は少々苦労した。家で少し練習したのだが、コード進行は覚えてしまえば割と簡単かも。つまりは、ピアノの知識が役立つ程度は。
本当はギターを買いたかったけど、園児には荷が重いとウクレレを選択して。弾いてみると意外に楽しい、これをシンセと合わせるとオツかも知れないと感じつつ。
誰か、興味を示してくれると良いけどな。
園児に受けが悪かったら、僕が引いてデュエットしようかなと考えていたのだが。幸いな事に、みんなこの楽器には興味津々。特に強い興味を示したのは、双子だった。
ただし、左手でのコード押さえ作業は、園児の柔らかい指先ではかなり難しい。ちゃんと押さえないと、幾ら弦を弾いても濁った音しか出てくれない楽器なのだ。
悪戦苦闘しつつ、しかしシンセとの共演は当分先の様子。
「今日はね、リンと一緒に幼稚園に行ったんだよ。リン……先生がね、お家にこれを置きに来たから。お姉ちゃんと私と、リン……先生で歩いて行ったの!」
「よかったね、サミィちゃん!」
サミィとこよりちゃんの、ほのぼのとした会話が聞こえて来る。今は双子の鍵盤の時間なので、部屋の端っこで彼女達は別の遊びをしていたのだけれど。
最近は、みんながいる時は僕の事を先生と呼ぶようにと、母親からお達しを受けているようで。サミィは必死にそれを守ろうとして、時々それを思い出すみたいで。
僕は別に構わないのだが、周りの子供達の目もあるからと小百合さん。
その点メルは器用で、僕を先生と呼ぶのに抵抗は無い様子。時々、リンリン先生とからかって来るのは別にして。彼女は最近母親から、ボクは止めて私にしなさいと窘められている。
個性を取るか良識を取るか、難しい所だ。
プレイルームの主のオーちゃんは、最近ようやく子供達の人数にも慣れたようだ。不躾な態度や扱いには、威嚇で反撃する術も心得ている良識派のこのオウム。
自分の不手際は、しかしまるで無視をする潔さも兼ね備えている。今は僕の持ち込んだ弦楽器が、殊の外彼のお気に召した様子で。それとも気に入らないのか、その鋭い嘴で弦を咥えては離す遊びを繰り返している。
その度に調子外れな、びよ~んって感じの音が鳴り響いて。
それが面白くて、子供達も音が鳴るたびに笑い声を漏らしている。その内、僕の持って来たウクレレは、完全にオーちゃんの玩具に成り下がってしまうかも。
そうならないように、彼にも良く言って聞かせなくては。その気になれば、オーちゃんは人間の言葉のかなりの部分を理解してくれる。今は彼のお気に入りの紐を取り出して、目の前で振ってやるのが精一杯の交渉だけど。
それに喰い付いて来たオーちゃん、そのまま引っ張り合いで暫く遊んでやる。
「それじゃあ、また今度発表会をするからね。それまで頑張って、みんな新しい曲を覚えましょう」
はーいと元気な返事の声、今日は全員の親御さんが迎えに来てくれていたので、解散は滞りなく済んで何より。僕だけ残ってメルとサミィのお相手を夕食まで。
リビングに移動して各自場所決めをして、あれこれと時間を潰すのはいつもの事。メルがテレビのチャンネルを適当に弄って、結局ゲームにインするのもいつもの事。
サミィも甲斐甲斐しく、僕にコントローラを渡してお手伝い。
「有り難う、サミィ。……オーちゃんが、まだ弦を引っ張って遊んでる」
「音がするね? オーちゃんは、あれが好きなのかな? こっち連れて来るね?」
「放っとけばいいのに、新しいオモチャだと思ってるんだよ、どうせ。そう言えば最近、リンリンのギルドに新しい人が入ったんだって?」
「良く知ってるね、6人目のメンバーだよ。僕らの1つ下で、中学3年生の娘だよ」
へえっと、気の無い相づちを打つメル。連れて来られたオーちゃんの方が、その点テンションは高かった。彼はそこらを飛び回り、追い掛けるサミィを華麗に振り切って、最終的に僕の肩に上手に着地を決めた。
それからオウム語で、しばらく僕の耳元で何事か抗議を並べて。同じく僕の膝に腰を下ろしたサミィが、こちらを窺いつつオーちゃんは何て言ったのと尋ねて来る。
メルが意地悪に、追い掛ける奴は嫌いだと一言。
僕はメルに顰め面を作って、それからサミィには良い宿り木を見付けたと言ったのだと思うと真面目顔で報告。サミィは自分も見付けたよと、オーちゃんに真面目顔に報告して。
僕のお腹に、くたっともたれ掛って来た。
それからゲームにインしながら、メルと情報を交換したり一緒に遊んだり。機嫌の戻ったオーちゃんは、サミィと歌を歌ったりなど。良い匂いが漂って来ると、サミィは台所へ消えてしまった。
それから戻って来て、オーちゃんを部屋へと戻しに行って。
――暖かな夕食風景を思って、僕は我知らず期待を高めて行くのだった。




