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1章♯03 連休前の嵐!



 神薙さんは朝から不機嫌で、それでも僕を見付けると、ホームルーム前の騒然とした教室から僕を連れ出した。それから隣のクラスに辿り着くと、後ろの扉から半分身を乗り入れる。

 そして大声で誰か、男子の名前を呼んだ。篠宮拓也しのみやたくやと言う名前らしい。その名前が教室に響き渡ると、驚いたように小柄な男子が神薙さんを見返した。

 コイコイと、彼女が手招き。ガキ大将だったという、岸谷さんの言葉が蘇る命令振り。


 男子生徒は、おっかなびっくりこちらに近付いて来た。気弱そうなタイプらしく、顔にそれが滲み出ている。高校の制服がまだ馴染んでいない感じで、どこか病んでいるようにも見受けられる。

 神薙さんは、彼は近所の知り合いだと僕に説明した。口にはしないが、小学校時代は手下みたいに引き連れて、外を遊び回っていたのだろう。

 気弱そうな彼だが、中学時代は家庭の規則でゲーム禁止だったらしい。神薙さんは、ギルドのメンバーに入って貰おうと、そんな彼に白羽の矢を立てたみたいだ。

 高校生になったのだから、解禁しても良いだろうと言う考えらしく。ところが篠宮君は、不機嫌そうに無理だとそっけない返事。僕もあまり、期待してなかったけど。

 神薙さんは別だったらしく、益々不機嫌な表情に。


「なんでよ、拓也っ! あんた、そんなに親の言いなりで、本当にしたい事もしないで、いい加減後悔するわよっ!」

「ほっといてよ、沙耶ちゃん……だいたい、何で僕がゲームやりたいって決め付けるんだよ? そんな隣街の奴まで連れて来て、脅してるつもり?」

「何て言い草よっ! あんた、そんなひねくれた考え方だから孤立すんのよっ!」


 売り言葉に買い言葉、事態は一瞬にして険悪になってしまった。なる程、彼も学校では孤立しているらしい。それを心配する神薙さんの気持ちも分からず、交渉の余地もなさ気とは。

 僕の存在も、彼にとっては目の上のたんこぶ、晴天の霹靂だったのかも知れない。ひょっとして妬いていたのかもと、僕は余計な詮索までしてしまうのだが。

 僕は中学生活をがむしゃらに頑張った結果、地元の生え抜きの生徒達からは、倒すべき魔王みたいな存在に捉えられている事実を最近知った。

 そんな存在が、皆の憧れの姫様の後ろにいるのだ。彼でなくてもイラッとするだろう。


 それでも彼は頑張った方だった。最後まで突っ張って、僕に一睨み入れるという快挙まで果たして、その場を立ち去ったのだ。僕と視線を交える事が可能な同級生は、そう多くはない。

 神薙さんは、完全に頭に来ていたようだ。僕は何とか宥めようと、彼女をその場から遠ざけつつも声を掛ける。思えば、ここから僕の失敗が始まったんだ。

 僕はやっぱり、人を宥めるようなキャラじゃないのかも。


「神薙さん、無理にギルドの人数を増やそうと思わなくても。第一、初心者を入れてもこっちが大変なだけだよ。せめてゲーム好きな人でないと続かないよ?」

「分かってるわよ、そんな事! 拓也をギルドに入れようと思ったのは、あいつが本当はゲームが好きだからよっ。勉強の順位を保つのが大変で、親にガミガミ言われてるのよっ!」

「おまけに、隣街から編入した奴が、上位に居付いちゃうしね。競争社会だもの、格差はどうしたって出来るさ。トップを取る奴がいれば、落ちこぼれる奴も出るのは仕方が無いよ」


 僕もいい加減頭に来ていて、彼女に言うべき事でない文句まで、思わず口走っていた。普段から溜まっていた、同級生に対する鬱憤。気弱そうな彼にまで恨まれている自分に対して、どうしようもない苛立ちが溢れて来て、どうやっても止める事が出来なかったんだ。

 悪役に見られるのに、いい加減うんざりしていた。気弱な幼馴染を仲間に入れようと奮闘する、彼女の優しさにイラッとした事も、後で冷静になってみると認めるざるを得ない。

 そんな優しさが、人を傷つける事もあるんだと、その時僕は初めて知った。


 神薙さんも、かなりヒートアップしていた。落ちこぼれと言う言葉に、敏感に反応したようだ。取り消しなさいと、僕の胸倉を掴む勢い。どんな子供時代だったか、簡単に分かる。

 こうやって、拓也君とやらは勇ましい彼女に守られていたのだろう。だけども、この競争社会では、そんな手の差し伸べなど何の役にも立ちやしない。

 トップもビリもどうしたって出来ると、僕は繰り返して言ってやった。それは決して、僕のせいではない。そういうシステムが、頑としてそこにあるのが悪いんだ。

 責任転嫁だと、自分でも分かる。そんな理論で、彼女が納得しない事も。


 その瞬間、彼女の本当に言いたい事が、何故だか急に僕には理解出来た。彼女の爛々と輝く瞳が僕を射据えて、そのせいで余計な思考が発生したのも確かだった。

 僕らは息を荒げて、掴み掛からんばかりに距離を縮めて言い争っていた。彼女の顔が目の前にあって、憎々しく思いつつ賞賛の感情もどこかで芽生えていた。

 後で謝らなければと、僕はその時点で既に負けを認めていた。負けと言うよりは、この論争は僕のコンプレックスの露呈に過ぎないと、早くも結論付けていたんだ。

 喧嘩の場所が、渡り廊下に近い人気の無い場所だったのが、せめてもの救いだ。


 それでも教室からは、複数の好奇の視線がこちらを見ていた。僕は普段から大人に混じって難しい話をしているので、論争や議論は得意と言うか大好きだ。

 師匠の編集室には、毎回そういう人が集まるし、大学出の師匠の友達は大抵インテリだ。ミスケさんやハンスさんにも鍛えられているし、時には父さんとも熱く議論を戦わせる事もある。

 僕は心では冷静に戻ったつもりだったが、議論の勢いは止まりそうに無かった。女々しい言い訳にも聞こえる、僕もシステムの犠牲者なのだと言う理屈が口から溢れて止まらない。

 じっと聞いていた神薙さんは、僕がやっと喋り終わった後に冷たくこう言った。


「言いたい事は分かったわ、犠牲者さん。昨日寝る前に、妹にこう言われたの。あなたが私に、キャラ強化のために色々とアイテム渡すつもりだって。そういうのは貢がせ女みたいでみっともないから止めて頂戴って。……そんな事してまで、他人の好感度あげたいの?」





 授業は言うまでも無く、散々だった。つまり、僕が全く集中出来なかったって意味だけど。そんな感じで午前中は過ぎて行き、昼休憩がやって来た。

 僕は一人で、毎度の如くトボトボと購買にパンを買いに出向く。高校の校舎内には立派な学食もあったが、僕はあの騒がしさがどうにも苦手だった。

 騒がしさに紛れていれば寂しさも薄れると言う人もいるが、僕には一層孤独を感じてしまう。そんな訳で、パンと紙パックのジュースを手に、僕は校舎内の静かな場所を見つけて腰を降ろした。

 しかしそんな孤独は、僅か1分で崩壊してしまった。


「は~い、リン君、凄い喧嘩だったねぇ! 男の子で沙耶ちゃんにあそこまで言った人、私初めて見たよ!」

「えっ、あっ……岸谷さん?」

「沙耶ちゃんに、仲直りのきっかけ作って欲しいかって聞いたら……多分、頷いたから来たよ!」


 岸谷さんはそう言って、ニコニコしながら僕の隣に腰を降ろした。中庭の渡り廊下は、人影も少なくて静かな場所だ。そう言う訳で、僕のお気に入りの場所。

 さっそく小さな弁当箱を開きながら、相変わらずご機嫌な岸谷さん。僕に気を使ってくれているのか、それとも本当に昼ご飯が楽しくて仕方が無いのか。

 判然としないが、今の僕にはその裏表の無さが有り難い。


 強烈な一撃を受けて、僕の気概とかゲームへの愛情とかはメタメタだった。家に戻って筐体が壊れていたら、多分そのまま二度とゲームに触らないかも知れない。

 それ程、神薙さんの言葉は痛烈だった。そんなつもりは無かったが、確かに彼女の機嫌を取る為に貢いだと、周囲の人に思われても仕方が無い。

 それが凄く恥ずかしくて、僕は落ち込んでいたんだ。高校に進学して初めて親しくなった友達の機嫌を、まるでお金や品物で買ったような気がして。

 例え師匠からお金を融通して貰ったからと言っても、やはり一言説明をしておくべきだった。


「早速噂になってたねぇ、美女と野獣とか、氷の女王が家来を首にしたとか。痴話喧嘩って噂は無かったから、安心して?」

「そ、そう……でもやっぱり、僕が神薙さんを傷つけちゃったのが本当だと思う……」

「その位で落ち込んでたら駄目だよ? うん、実は私も、喧嘩の理由を良く分かってないんだけど」


 僕は少々肩透かしを喰らいながら、かいつまんで朝の出来事を説明する。岸谷さんは黙って聞いていて、時折思い出したように弁当のおかずを突っついた。

 話し終わって、そう言えば今日は神薙さんと一緒にご飯を食べないで良いのかと僕が聞くと。岸谷さんは、あんな状態の彼女に近付くのは自殺行為だと身震いする。

 どの道、クラスのお節介な女子連中が、朝の真相を聞こうと彼女を囲んでいるだろう。


「まぁ、無駄だろうけどね。沙耶ちゃんは、そんな事でリン君を悪者に仕立て上げたりもしないよ。要するに、沙耶ちゃんが勝手にお節介焼いて、両方の男子から駄目出し喰らったんだね。良くある事だよ、それにしても好感度上げるのにリン君が貢いだって皮肉は強烈だねぇ……」


 僕は再び、胸に鋭い痛みを覚えた。食べかけていたパンの塊が、まるで砂のように感じられてしまう。慌てて飲み物で流し込みながら、空を見上げて気分転換を図る。

 校舎の形に切り取られた空は、まるで僕らを閉じ込めるかのように狭く感じられる。


「昨日の夜にさ、リン君の師匠さんから、沙耶ちゃんが頼まれ事されたんだよね。リン君をどうぞよろしくって。沙耶ちゃんはそういうの真に受けるタイプだから、直に行動に出たんだねぇ」

「……そうだったんだ、知らないで悪い事したな。喧嘩の最中に、僕は咄嗟に分かったんだよ。彼女が、その、岸谷さんの言うガキ大将になった理由。彼女はトップに立つ人が、そうでない人を助けるのが当然と思ってて。みんなで助け合える、そんな関係を理想に持ってるんだって」


 その言葉を聞いた時の岸谷さんの笑みは、とても優しくて素敵だった。良く出来ましたと小さく呟いて、僕にそっと卵焼きを差し出してくれる。

 良く分からなかったが、彼女の感謝の証なのだろう。僕は有り難く受け取って、それを口の中に放り込む。さっきと違って、甘くてフワリとした感触が口の中に広まった。

 それから彼女は、条件をのめば神薙さんとの仲直りを橋渡ししてくれると提案して来た。


「それは……もちろん、したいけど」

「そうだねぇ……今日中にしとかないと、連休がとってもヘビーな事になっちゃうよ!」

「それで、条件って何? ちなみに今日の放課後は、子守りのバイトが入ってるよ?」

「ふむっ、それはちょっとこっちの案を修正しないと……条件はね」


 岸谷さんは、ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべて、勿体つけるように一度言葉を止める。可憐な唇に、僕は思わず視線を止めてドギマギしてしまう。

 彼女の出した条件は、それ以上に魅惑的だった。


「私の事は、優実って呼ぶ事!」




 放課後になってしまい、僕はバイトをサボる訳にも行かず、仕方なく席を立って歩き出した。あれから優実ちゃんの接触は無く、説得に失敗したのかも知れないとの重い予想に。

 足取りも自然と鈍くなり、それでも保育園で待っているサミィの事を思いながら。外履きに履き替えて、ゆっくりと目的地に向かう。保育園は近いので、急いでもあまり意味がないのだ。

 通りを隔てた運動公園の端っこ、住宅街へ続く坂道の近くに保育園はある。高校の授業より終わるのが早いので、僕が迎えに行く頃にはいつも閑散としていて。

 迎えの母親の群れと顔を合わせたくない僕なので、それは良いのだが。


 それでもあまりサミィを待たせて、寂しい思いをさせたくない。僕は保育園前の横断歩道前まで、真っ直ぐ向かって行った。それから信号待ちで、異変に気付く。

 後ろから、神薙さんらしき人影が尾行らしき事をしていたのだ。僕が立ち止まると慌てて歩道の端に寄り、隠れるべき障害物が無い事にあたふたしている。

 僕は声を掛けるべきか迷ったが、意外に距離があってそれも適いそうにない。それでもあの目立つ風貌は、神薙さん以外に他ならないだろう。

 カバンは優実ちゃんに預けたのか、手にしていない。


 信号が進めに変わったが、しばらく僕は歩き出すべきか彼女を待つべきか迷った。それでも彼女が近付いて来ないので、諦めて横断歩道を渡りに掛かる。

 この道は、普段から車の流れは極端に少ない。街の中心のオフィス街と駅前に通じる道だが、線路の反対に通り抜けが不可能なのだ。反対は田舎道だし、街のパイプラインとしての機能しかないのだ。

 だから、信号待ちの車もほとんど皆無。気楽に横断歩道を渡りながらも、僕は後ろからの追跡者に意識を集中する。昨日とはまるで反対のシチュエーション、どうするべきか混濁した思考の中で考えている内に、僕はついうっかりと保育園の敷地に入ってしまった。

 しまった、これで二人っきりで話すチャンスが潰れてしまった。


「サミィちゃん、お迎えのお兄さんが来たわよ~」


 送迎ムード一色の保育園では、先生の一人が目聡く僕を見付けてサミィを呼ぶ。ここ一ヶ月で完全に顔を覚えられていて、まぁ変質者呼ばわりされるよりはマシなんだけど。

 園内は案の定、閑散としていて人影はほとんど無い。迎えに来た母親達は、今頃帰路についているか、隣の運動公園で散歩しながら歓談しているのだろう。

 この時間に運動公園の芝生のグランドを見れば、そういった集団があちこちに見受けられる。気が向いたら、サミィも友達と一緒にここで時間を潰したがるのだが。

 お姉ちゃんのメルが一緒の時には、素直に帰路につく事が多い。今日はメルは、友達の家にお邪魔していると先ほどメールがあった。

 少しだけ負担が減ったが、子供はたった一人相手するにも大変な作業なのだ。


「今日は、お姉ちゃんは一緒じゃないのね~」

「ええ、友達の家に遊びに行ってるらしくて。サミィが最後ですか?」


 若い保育士さんは気さくで、僕に対しても変に緊張感を持たずに接してくれる。サミィの母親が入院中だと言う事も知っていて、何かと気を使ってくれてもいるようだ。

 サミィもメルも、ハーフなので特に目立つと言う訳もあって。他の人の覚えがよろしいと言う特性のせいで、僕も割と早めに覚えて貰えた様子。

 園内に残っている子供はサミィだけかとの質問に、若い保育士さんはもう一人残っているとの返事。その言葉通り、小さなお伽の国のような室内には、無邪気に遊ぶ二人の人影が。

 僕はサミィの名前を呼んだが、彼女は困ったように小さくイヤイヤをした。


「こよりちゃんが、一人になっちゃう……」

「あぁ、それは困ったねぇ」


 無邪気なだけに、友達を思うその言葉には胸が詰まる思い。僕は再び神薙さんの事を思い出し、ちらりと保育園の入り口の門に目をやった。

 神薙さんはやっぱりそこにいて、やはり慌てて姿を隠してこちらを観察し続けていた。何がしたいのか、既に目的を失っているのかも知れないが。

 保育士さんも、それには困って思案顔。こよりちゃんの母親から先ほど連絡があって、予定が狂って1時間ほど遅れそうだとの話らしく。

 連絡がつくのならこよりちゃんも連れて返りますと、僕は助け舟を出した。


「お母さんには、サミィの家に迎えに来て貰えばいいし。それなら時間を気にして慌てる必要もなくなりますし」

「そうね、ちょっと待ってて。連絡してみるから」


 結果的に、こよりちゃんのお母さんからお願いしますとの了承が得られて。僕は二人の子供を引き連れて、住宅街へ続く歩道を歩き始める事に。

 園児達はひっきりなしに喋りつづけ、今日のおやつには何が出たとか、散歩中に葉っぱを拾ったとか、とにかく騒がしい。僕はサミィの手を握り、歩道の車道側を選んで相槌を打ちながらゆっくり歩く。

 こよりちゃんはサミィと手を繋いで、お呼ばれの事態にはしゃいでいる様子。元々仲が良いせいで、変な警戒はしていないようで何より。

 母親を求めて泣き出されても、僕には母親の代わりは出来ないしね。


 終いには、明るく大声で歌を歌いだした園児達。住宅街の道には人影がほとんど無くて、その点では有り難い。歩みはどんどん遅くなるが、ハンス家もそれ程遠い場所ではない。

 程なく到着、子供達を待たせて家の鍵を開けてやる僕。


 子供達は、おおはしゃぎで子供部屋に殺到する。文字通りのプレイルームで、小さな5畳くらいの洋間には、子供用の遊び道具がてんこもり。

 それから、この部屋の主のオウムのオーちゃん。勝手気ままにこの部屋を利用していて、鳥篭を自在に出入りする特技を持っている。

 僕はしかし、玄関前で子供達が部屋に入るのを見届けると、そっと後ろを振り返った。


 彼女はやっぱり、そこにいた。ハンス家は門から玄関まで立派な庭があって、僕と神薙さんの距離は7メートルくらい。尾行されて初の、声の届く距離だ。

 どこか思いつめた様子で、彼女はこちらをじっと見つめているが。何も語る事無く、近付くと再び隠れてしまいそうで、僕は金縛りに遭ったように動けずにいた。

 彼女にしても、思いっきりバツが悪い思いをしているのだろう。優実ちゃんから散々、何か痛烈な事を言われたのかも知れない。幼馴染の、垣根の無い口調で。

 そんな想像をしてしまうと、ちょっと同情心が湧いて来る。


「……入る? 子供達がいるから、ちょっと騒がしいと思うけど。って言っても、ここは僕の家じゃないけどね。知り合いの、ハンスさんって人の家なんだ」

「……そうね、入る」

「どうぞ、子守り中だからおもてなしは出来ないけど。悪いけど、子供達も見てないといけないから、本当に騒がしいよ?」


 神薙さんは、コクリと頷くと静かにこちらに近付いて来た。玄関で靴を脱いで、洋風の通路を僕より前を歩いて行く。珍しそうに家の中を見回しながら、話し声のする部屋を探し当て。

 部屋のドアは閉まっていて、戸惑った神薙さんは振り返って僕を見た。僕は少しだけドアを開けて、オーちゃんの居場所をそっと確認する。

それから神薙さんに合図して、部屋に入って貰う。

 

 部屋の中では、丁寧な挨拶合戦が始まっていた。サミィはその気になれば、絶妙なホスト役をこなせるのだ。何しろこの家の主は、このメンバーの中では彼女だけ。

 僕が部屋に入ると、神薙さんは挨拶を終えて、部屋の隅にちょこんと座っていた。姿勢良く正座した姿を目にして、何となく微笑ましく感じてしまう。

 子供達は、再び自分達の遊びに戻っているようだ。積み木とブロックでオーちゃんの家を作っているみたいで、いかに可愛く仕立てるかに白熱している。

 当のオーちゃんは高い支え木にとまって、増えた人数を見て思案顔。


 子供達が遊びに夢中で、こちらに無関心なのを横目で確認して。僕はそろりと、彼女の隣に腰を降ろした。神薙さんはそれを見て、少し警戒したように目を伏せる。

 話の糸口を探しつつ、僕は取り敢えずサミィ達を紹介。


「えっと……あの金髪の子がサミィ。この家の子で、次女になるんだけど。お母さんが入院中で、僕ともう一人親戚のお婆ちゃんが、交代で子守りをしてる。隣の子は、友達でこよりちゃん」

「ふぅん……いつも、この部屋でこんな感じで子守りしてるの?」

「いつもって言うか、ここ一ヶ月くらいだけど。この家の姉妹の子守りを、父親のハンスさんって言う、ファンスカでよく一緒に遊ぶ人に頼まれて。こよりちゃんは、今日はお母さんのお迎えが遅れて、たまたまだね。サミィが、一人で園に残すのは可愛そうだって」


 それを聞いた神薙さんは、やさしい顔になって遊んでいる子供達に目を向ける。途中まで出来たこんもりした家に、試しにオーちゃんを迎え入れようと悪戦苦闘している二人の園児。

 僕は部屋に設えてある戸棚からミカンを取り出して、一房剥いてサミィに手渡した。食いしん坊のオーちゃんは、すかさず反応。食べ物に釣られて、手作りハウスに入って行く。

 大喜びで歓声を上げる園児たち。


 もっと大物に挑戦しようと、子供達はおままごとと言うよりは棟梁気分。崩れて行く試作品に、オーちゃんは慌てて避難。僕の手の中のいい物目当てに、僕の肩に飛び乗って来る。

 神薙さんはビックリして、意外と大きなオウムに興味津々。オーちゃん、イイ子、チョーダイ、と騒ぎ立てるオウムに、おっかなびっくりで視線を向けている。

 僕はミカンを剥いてやると、それを神薙さんに手渡した。目聡くそれを見ていたオーちゃんは、チョーダイを連呼する。挙句の果てには飛び移って、略奪行為を働き始める始末。

 一部大騒ぎになったが、それはそれで何とか打ち解けるきっかけにはなったかも。


 騒ぎが終わると、オーちゃんは再び僕の肩の上で羽根を繕い始めた。時折気になるのか、耳たぶを齧って来るのはいつもの事。何とか復活した神薙さんは、ちょっと恥ずかしげ。

 驚いて大きな声を出してしまった後なので、どう取り繕っても仕方が無いと感じているのだろう。スカートのしわを伸ばしながら、朝はゴメンと謝って来る。

 小さな声で、しかし心のこもった声色で。


「ぼ、僕の方こそゴメン……優実ちゃんに、酷い事言われたんじゃない? 僕の方が先に爆発しちゃったし、やっぱり悪いのは僕だって思う……」

「……私の方こそ、キレちゃってゴメン……優実に、先走り過ぎだって怒られたよ。私達のほうからギルドに誘っておいて、勝手に喧嘩腰になってぶち壊すなんて最低だって。本当に、反省してるから……」


 ギルドに入る件の検討を前向きにと、最後の方は小声で聞き取り難い感じの謝罪。僕もゴメンと繰り返して、不快にさせた事をしきりに詫びる。

 それでも神薙さんは、自分のキャラの強化にお金を出して貰う事は嫌だと言い張った。それは朝の皮肉っぽい物言いをした、自分への戒めの意味も含んでもいたのだろう。

 妹の言葉にも確かに一理あると、本人も感じているのかも知れないが。


 それでも、僕が示そうとした優しさや善意を皮肉って否定した事は、彼女は赤面しながら謝ってくれた。僕も説明が足りなかったと、改めて師匠との遣り取りを口にする。

 彼女は神妙に聞いており、それがギルドに入ってくれる交換条件なら、請け負っても良いと言ってくれた。つまりは、自分のキャラも召喚ジョブを付けてデータ取りを手伝うと言うのだ。

 そこまでしてくれなくてもと、僕はちょっと戸惑いを見せる。


「ジョブは一度キャラにつけたら、特定の条件を満たさない限り外れない仕様になってるんだよ? 複数伸ばす人もいないでは無いけど、それは超ベテランとか限られてる人だし。性急に決めない方が……」

「いいの、決めたんだから。それよりも、もっと私達に手伝える事ないの? リン君が、私達と組んで良かったって、本当に思ってくれるようなギルドを作りたいのっ!」


 彼女の瞳が、僕の好きな例のきらめきを発し始めた。生気に満ちていて、とても力強く圧倒される勢いを秘めている。僕はつい釣られて、頭の中に引っ掛かっていた出来事を口にした。

 僕の本心とはまた違うが、ここ数日で妙に惹かれるその名前。ライバルなどと口にした同級生に、ついついそそのかされて気になってしまったのだが。

 『100年クエスト』と呼ばれる、超上級者向けのクエスト。


「そうだな、それなら100年クエストの手伝いをして欲しいかな? これは上級者向けだから、神薙さん達が手伝うにも大変だろうけど。全てのエリアに入れるように、レベル上げやミッションを頑張らないと駄目だろうし」

「そっかぁ……じゃあ、連休中にちょっとでも強くならないとねぇ。早速今夜から、パーティ組んでレベル上げしよっか!」


 神薙さんはそう言って、微笑みながら手を差し出してくる。僕もようやく肩の荷が下りたような、大きな安堵を得る事が出来た。握手を交わして、これで仲直り終了だ。

 ちょっと照れながらも、僕達は固く手を握り合う。


「チューしないの? 仲直りにはチューするんだよ?」

「えっ、何が?」


 サミィが僕らの遣り取りを聞いていたのか、突拍子も無い事を言い始めた。からかっていると言うよりは、自分の知っているアドバイスを与えているという感じ。

 どうやらこよりちゃんと一緒に、興味津々に僕らの成り行きを見守っていたようだ。オトナの事情に口出しこそしなかったが、仲直りの場面になって一言申し立てたくなったらしい。

 トコトコと近付いて来たサミィは、僕の肩にいたオーちゃんを、ぎゅっと両手で捕まえる。それから僕の頬にチュッと口付け。隣でビックリ顔で、それを見ている神薙さん。

 こよりちゃんも、なる程という顔で納得顔でそれを眺めていて。自分も試してみたくなったのか、僕の反対側の頬に、こちらは要練習の口付けをしてくる。

 リン君ってモテるのねと、どこか冷めたような神薙さんの言葉。


 それが僕が、100年クエストに取り掛かる事を決めた、記念すべき瞬間だった。





 インしてみると、いつもより早い時間だったのにも関わらず、彼女達は既に冒険の準備を完了して僕を待っていてくれていた。待ち合わせに指定した街で、二人揃って。

 仮想空間の世界は、明日からの連休のせいだろうか、いつもより人数が多い。しかしながら、最近は棲み分けが出来ているので、特定エリアのみ混雑するような事態が無いのが有り難い。

 バージョンアップ後などは、同じクエやイベントを一斉にこなそうと、大変な混雑になる事もあるのだけれど。今回のアップは、それ程混雑も無く済んだようだ。

 一説では、ほとんどが100年クエ関連だからだと言う話も浮上している。


 棲み分けと言うからには、エリアがどのように分布されているかも話しておかなければ。度重なるバージョンアップで、新しいマップが追加されるのは、どのネットゲームでも間々ある事。

 ファンスカでも大きく分けて2度、過去に大幅なマップの更新があった訳だ。


 最初の頃に皆が冒険する広大なマップは、初期エリアと総称されている。まぁ、何のひねりも無いが、それでプレイヤーに通じるのだからそれで良い。

 その頃のキャラは、最大レベルが100まで。カンスト、つまりはカウントストップ、最大レベルまで上げ切った冒険者も増えて来て、世界は最強レベルキャラ飽和の時代に突入した。

 そこで製作管理サイドは、新エリアの増築と共に、レベルの引き上げを発表した。次は上限レベル150まで、だだし連続ミッションを2つこなす条件で。

 初期エリアにはミッションが2つ存在していたので、皆は俗にこれを、ミッション3と4と呼んでいる。このエリアの総称は新エリア、これもまた何のひねりも無いが。

 ハンターポイントとミッションポイントが発表されたのも、ここかららしい。


 ミッション3でレベル制限の解除を行って、初めてレベルの上限が更新されて行く仕組みなので。上を目指す冒険者は否応も無く、このミッションには参加しないといけない。

 新エリアへの開通イベントも、もちろんこのミッションのクリアの褒賞となっている。僕もこれはこなしていたが、当時の混雑振りは聞いて知っているだけ。

 凄いフィーバー振りで、大容量を誇る回線が一時危なかったという伝説もあるらしい。


 ミッション4では、中央官制塔の出入りが許される。この建物は、通称“中央塔”と呼ばれ、新大陸の最大行政機関的な位置づけである。初出のハンターPとミッションPの統括を、この塔で行っているのだ。

 ハンターPの事は、以前にもちょっと話したと思うけど。特定のNMを倒したりすると貯まって行って、これで月間のランキングを決定したりもする。

 今でも大人気で、プレーヤー同士の競争も凄い。そして貯まったポイントは、ジョブの強化に使えるのでみんな欲しがると言う訳だ。6つのジョブも、この時発表されたのだが。

 何故かこれだけは、ミッションをクリアしないでも貰えると言う難易度無しの提供で。正確には、初期のミッションをこなしたプレーヤーと言うランク付けなのだが。

 要するに、特にレベル100以上のキャラでなくても平気だと言う事。色々と物議を醸したが、ポイントを振り込まないと何の役にも立たないシステムだなのが判明して。

 なる程そういう事かと、プレーヤーのほとんどが納得したとかしないとか。


 ミッションPについては、何と説明して良いのやら。これはミッションやら何やらをこなせば自然と貯まって行って、中央塔に行けば景品と交換してくれる。

 オーブとかレアな武器装備とか、そんな物だ。ハンターランキングに較べると物凄く地味で、当時は見向きもされなかったらしい。装備とかも、性能のせいか交換する人はあまりいなかった。

 それが、最新エリアの導入と共にあんな凄い事になろうとは。


 最新エリアは、皆がいつの間にか尽藻つくもエリアと呼ぶようになった。これは当て字で、本当は九十九、つまりは数字の事。そう、キャラのレベル上限が199まで引き上げられたのだ。

 これは毎度の5つ目のミッションで行けるようになる。この最新エリアの導入の直後に、僕はこのゲームを始めたんだ。だから、その頃は限界を破ろうとする猛者達の活動は凄かった。

 お陰で、初期エリアは空き空きのガラガラで、僕的には助かったのだけれど。尽藻エリアは結構広大で、未だにその全貌を見せてはいないとの噂。

 そう言えば格好良いのだが、実際はバージョンアップが間に合っていないだけなのかも。ちょくちょく更新されては、その度に行けるエリアが拡がって行くみたいだ。

 5つ目のミッションは師匠たちに手伝って貰って、僕も尽藻エリアの権利は得ている。ただし、レベル120程度の冒険者が、ソロで徘徊出来る場所はどこにも無いのは確か。

 それでもミッションP目当てに、多くの低レベル冒険者がこの権利を得ているのだ。


 そう、尽藻エリアでは、簡単なクエストでもミッションPが結構貰えるのだ。そして、最新エリアの更新に合わせて、交換出来る景品もその品揃えを一新した。

 って言うか、あまりの不人気に対抗する大幅なテコ入れか。とにかく上級者どころか、誰もが欲しがる武器や装備やアイテムが交換賞品に並んだのだった。

 特に目玉になったのは、宝具と呼ばれる装備品の数々。完全に上級者向けだが、防御力が凄かったりスキルスロットの数を増やしたりと、高性能品のオンパレード。

 それでも頑張れば初心者にも取れそうなポイント設定の品もあり、何と言うかマニア心をくすぐられる更新には違いなかった。僕の周囲にも、貯めておくんだったと嘆く声が多数あったし。

 僕にしても、オーブの交換に結構ポイントを消費していて、ちょっと悔やむ感はある。


 とにかくこうして、冒険者達に新たな指針が示された訳だ。強くなるには、まずはレベルを上げましょう。上げ切ったら、次はハンターPとミッションPでの強化が待っていますよ!

 つまりはジョブを鍛えるか、宝具で装備の強化をするかの選択肢だ。僕の周囲でも、この動きはとても盛んである。どちらも今は、同じ位には人気がある。

 僕も密かに、宝具の収集は狙っているしね。


 そんな訳で、棲み分けの理屈と言うか根底を分かって貰えただろうか? 僕達は今、初期エリアでもレベル上げのメッカ、サモイの湿原エリアに建設された街にいる。

 上級者達はこんな所に用は無く、つまりは滅多な事では荒らされないという訳だ。だけど、僕の目的は湿原エリアでの、通常のレベル上げではない。

 それを今、彼女達に説明していた所なのだが。


『へ~、塔でのレベル上げって、私初めてだわ。最近はそういうの流行ってるの?』

『流行ってはいないかな、何せ入るのにお金掛かるから。時間制限もあるし、ちょっと不便かも』

『時間制限もあるのか~、トイレとか今の内に言っておこうかな? お母さんが呼んでも、無視?』


 優実ちゃんは、相変わらずマイペースの様子。さっきまではどうやって仲直りしたのとか、ちゃんと謝ったのとか、散々冷やかされていたのだが。僕と神薙さんは、それがどうにも照れくさくて。

 あれやこれやと話題を変えて、今に至っているのだが。塔でのレベル上げの利点を並べると、さすがの二人も納得してくた。単純に、ハンターPが稼げるからだ。

 経験値を稼げば、キャラはレベルが上がって強くなる。だだし、後付けジョブはハンターPが無いとガラクタ同然である。優実ちゃんの召喚ジョブも、出来るのは召喚オンリー。

 命令も何も、一切受け付けないと来ている。


 それを少しでもマシにする為には、ハンターPはどうしても必要なのだ。だから塔で経験値と一緒に、そのポイントも稼いでやろうと言う訳である。

 しかし、塔の中には仕掛けや何やらが存在して、単純なレベル上げのようにどっかりと経験値を稼げる訳でもない。その分、宝箱とかも設置してある事もたまにあるが。

 要にはボス級の敵も存在しており、どうにも戦力は必要になって来る。


『だから、まず二人には戦力になるキャラ変換をして欲しいんだけど……いいかな? つまり、こっちで色々とアイテムや消耗品を用意したんだけど……』

『リン君の優しさを、そんな無碍に断る人はここにはいないよ? ねっ、沙耶ちゃん?』

『……そっ、そりゃそうよっ! 強くなって、リン君の100年クエストの手伝いをするって、ちゃんと約束したんだから!』

『そのためには、ミッションとか名声上げとか、やる事がまだまだたくさんあるけどね。その事は、また後で相談しよう』


 優実ちゃんの痛烈な皮肉に、神薙さんは何となくバツの悪い思いをしているようだ。しかし、新たな誓いによって、自分に喝を入れている姿も彼女らしい。

 その誓いも、僕が言ったように色々と難題をクリアしないと駄目なのだけれど。ある程度レベルや名声を上げて、さらにはミッションや何やらをこなさないと。

 第一、移動出来ないエリアがあったのでは話にならない。


 神薙さんは、それでも僕からアイテム類を受け取りつつ、優実と二人の時は金策してお金を稼ぐと言って来た。出して貰ってばかりでは悪いと、心から思っているのだろう。

 スポンサーに頼りきりでは悪いと、神薙さんの本音の言葉に。優実ちゃんは不思議そうに、何の事かと問い質す。そう言えば、彼女にはまだ話していなかったような。

 何せ、肝心な所ははぐらかしてばかりだったし。

 

『つまり、リン君の師匠さんからお金出して貰って。その代わりに、召喚ジョブの成長を見たいそうなのよ。だから私も、召喚ジョブを付ける事にした!』

『おおっ、負けないよ沙耶ちゃんっ! 私のほうが、だって先輩だもんねっ!』

『あんたのなんか、すぐ死んで帰っちゃうじゃんっ。私のは違うもんね!』


 何の根拠があって、そんな事を断言出来るのか。僕は不思議に思いつつ、何とか二人の口喧嘩に仲裁に入る。今渡したアイテムで、とにかく強化を図って貰わないと。

 僕はアイテムの使い方を指示しながら、それで払い戻したスキルポイントを武器スキルに振り込むようにと説明。優実ちゃんには、余っているポイントを光属性を中心に振り込んでみようかと提案する。

 余ったステータスの補正ポイントは、知力か精神力に。それをまず振り分けた方がいいかも知れない。何故なら、それでスキル取得の確率が変わるかも知れないから。

 不確定な情報だが、信じている人もいるのだ。


『えっと……覚えているスキルを還元の札で封印して。それから、払い戻されたスキルを火薬術に振り込む、と』

『そうそう、6とか半端な武器スキルは武器指南書で10にしてから還元の札を使ってね』

『知力は魔法の攻撃力とMPの増加で、精神力は……回復系の魔法の強化と、レア魔法の確率アップって本当?』

『う~ん、さっきも言ったけど、不確定で立証出来てないってのが本当かな? 優実ちゃんは回復支援の魔法も多いから、精神力も伸ばして損は無いね』

『……ちょっと、何で優実だけ下の名前で呼んでるのよっ! 私もそうしなさいよ、リン君っ!』

『わ、分かった、沙耶ちゃん……これでいい?』


 沙耶ちゃんはそれで良いと返事をして、火薬術で取得出来たスキルを読み上げ始めた。優実ちゃんの焼き餅? との言葉は完全スルー、さすがである。

 ええっと、つまり、銃を扱うには火薬術というスキルを伸ばす必要があるのだ。飛び道具、遠隔攻撃は弓術が主流だったのだが、新たな手段としてこれが追加されたのは結構前の事。

 弓術は両手武器の中では威力も抜群の部類に入る。弓と矢弾、両方の攻撃力を足す事が出来て、矢弾の種類も豊富なためだ。つまり、使い分けが出来て戦術の幅も広いのだ。

 ただし、近過ぎると攻撃自体が出来なくなる上に、攻撃速度はかなり遅い。


 火薬術は、銃を始めとする火薬武器を扱う事が可能なスキルである。これが出て来た当時は、しかしほとんど見向きもされなかったという悲しい過去も。

 銃の性能は良いのが多いが、弾丸が矢束以上に高いせいだ。さらに爆弾などは、スキルが無くても充分な攻撃力を誇る。皆が伸ばす程ではないなと、早い段階で見切りをつけたのだ。

 遠隔手段ならば弓矢があるし、銃は修理代すらかなり高いのだ。今は、格好良さそうと言う理由での、ミーハーな使い手が少々いる程度だろうか。

 メインに使う人は、そんな訳で今もかなり少ない。


 沙耶ちゃんの覚えたスキルは《ニ連弾》《近距離ショット1》《速射》《眉間撃ち》の4つ。他の武器スキルに流れたポイントを奇麗に掃除して、火薬術は42まで上がったらしい。

 72レベルキャラには物足りない数値だが、取り敢えずは通常攻撃手段が1つ得られた訳だ。僕はスキル技の特徴とSPとの兼ね合いなどを説明しながら、ざっと彼女に戦闘教示。

 買っておいた銃用の弾丸も渡したし、これで沙耶ちゃんの準備は完了。


 優実ちゃんは、まだステータスの振り込み先に少し迷っている様子。キャラ的にはMPを増やす方が嬉しいが、精神力も伸ばすべきかが悩みの種らしい。先ほども少し説明したが、冗談抜きにスキル取得のランダム性は、それ程皆を翻弄するのだ。

 スキルポイントを10毎の振込みで、スキル技や魔法を取得する事は話したと思うけど。取得するスキル技はランダムで、普通は凡庸な物から覚えて行く。

 魔法も同じく、出やすい物と出にくいレア物と言うのは決まっている。だから、序盤に強力なスキル技や魔法を覚えると言うのは、大変なラッキーなのだ。

 その確率を少しでも上げたいと思うのは、誰もが内心願う当然の事。


 誰が言い出したか、レアスキル技は器用度に、レア魔法は精神力に依存するとの噂が流れ始め。それはそうかも、そうに違いないと言い出す人が増えたのも事実。

 そうでないと、精神力を上げる人などほとんど皆無に違いない。結局優実ちゃんは、沙耶ちゃんに急かされて半分ずつポイントを振り分けたようだ。

 それから今度は貯まっていたスキルポイントを、魔法の取得にと振り込み始め。見事2つ目に取得した光魔法が、念願の《光属性召喚》だった。

 大喜びの彼女に、僕は持っていた宝石を手渡す。


『何コレ、リン君、結婚指輪? リングが付いてないよ?』

『いや……その宝石を、召喚した光の精霊に食べさせてあげて。それで姿と活動時間が固定するから。昔の召喚魔法ってのは、それが主流だったらしいよ』

『へぇ、そうだったんだ。私が召喚する奴には、何もしなくていいの?』

『ジョブで呼び出す奴は、何も必要無いよ。ただし、ペット出してると経験値が減っちゃうから、そのつもりでね。成長するって話だけど、それは本当?』


 優実ちゃんは本当だと言い、沙耶ちゃんはそんな兆候あったっけ? と疑わしげな言葉。プーちゃんは確実に成長してますと、優実ちゃんはあくまで庇護の様子。

 とにかく塔に出向く前に、パーティはかなりの強化が出来た訳だ。優実ちゃんは、残った10程度のスキルポイントは貯めておくとの事。

 薬品類も補充はバッチリ、そろそろ出掛ける算段は出来たと僕は告げる。


『このまま私がリーダーでいいの、リン君? 私達でも入れるのかな、塔って入るの初めてかも』

『構わないよ、それじゃ移動しようか。入る前に、ちょっと戦闘訓練しようか?』

『そうだねぇ、でも外は結構混んでたよ? どこかいい場所とれるかな?』


 僕らは街の外に出て、しばらく混んでない場所を捜し歩く。アクティブモンスターの少ない場所で、程良いスペースの場所を、しばらくしてようやく発見する。

 そこでまず、ペットを召喚せずに経験値の程度チェックをさせて貰う事に。


 データ取りとは言え、喜んで協力して貰うのは、正直気分の良い物だった。それから優実ちゃんのペット、プーちゃんを呼び出して貰い、どれだけ減ったかのチェック。

 確かに経験値は減っていた。僕と彼女達のレベル差は、この際無視してもだ。実際、このゲームはレベル差に関係なくレベル上げを行えるシステムが存在する。

 今僕のレベルは沙耶ちゃんに合わせて低下しており、そのせいで高レベルに所属するスキル技の幾つかは、勝手に封印されてしまっているようだ。

 HPやMPも補正で減っており、少々頼りない感じ。


 しかしその分、レベル120では考えられない程の経験値を、このフィールドで得る事が出来るのだ。レベル上げでは、それが一番肝心な事には違いない。他の事には目を瞑らないと。

 次は沙耶ちゃんに、ペットの召喚を頼む。チェックはまだ続いており、今度はペット2匹での経験値の減少具合を見てみたかったのだ。

 ところが、経験値はさっきと同様の入り具合。僕は優実ちゃんに、3匹目の召喚をお願いする。やっぱり減らず、どうやらペットは何匹いても一律に扱われるようだ。

 少なくとも3体までは、そういう仮説が成り立ちそう。


 一律に扱われたペット達の、経験値の分け前までは良く分からないが。全員が、僕らと一緒程度は貰っているのか、ペット同士で仲良く3等分しているのか。

 成長するのが本当ならば、その成長具合も出来ればチェックしておきたい。それが駄目なら、少なくとも成長しているのかどうかの正否くらいは。


 面白い事に、沙耶ちゃんの召喚したペットは、姿形が優実ちゃんのそれとは全く違っていた。沙耶ちゃんはそれを眺めつつ、何となく楽しそうな素振り。

 形はモフッと言うか、モコッと言うかそんな感じ。三角オニギリの形で、それに手足がくっ付いていて、耳が異様に長い。もはや動物にも見えないそれは、しかし愛嬌はあるようだ。

 優実ちゃんが召喚した光の精霊は、僕の手渡した宝石を食べて妖精に変化した。妖精は確か、回復や支援に優れた後衛魔法タイプだった筈。

 それを見て優実ちゃんは、この上なく嬉しそう。


『わ~い、妖精だ~っ♪ この子の名前はピーちゃんだよっ♪』

『むっ、そうね……私もこの子に名前を付けてあげないとね!』

『えっと、それじゃあ塔に向かうよ? 付いて来てね?』


 隣の二人から元気の良い返事。僕は先頭に立って、フィールドを進み始める。念のためにレベルの同調を解除して貰い、絡まれても平気なようにするのを忘れない。

 移動中の事故と言うのは、実は意外に多かったりする。目的地に向かっている途中に、余計な戦闘に巻き込まれてしまって、それで命を落とすのだ。

 そこからはテンションを下げながら、再び同じ道を進まねばならない。これがまた、何とも言えず後味が悪かったりするのだ。目的地での行動に、破綻をきたす恐れもある程に。

 そのための用心だったのだが、幸い強敵との遭遇は無くて済んで何より。酷い時には、蛮族の集落からの大移動に遭遇する事もあったりするのだ。

 塔を見た二人の感想は、完全に正反対だったり。


『うわぁ、凄いねぇ! 沙耶ちゃん、この中に今から入るんだって!』

『何だコレ? 変な建物ね、前にチラッと見た事あるかも。塔に見えない事もないけど、どっちかと言えば壺?』


 確かに壺に見えなくも無いそれは、マップの辺鄙な場所に建つ紛れも無い塔だ。NMが辺鄙な場所に現れるので、そいつを倒すと出現する塔も、やっぱり辺鄙な場所に出現する。

 この塔は色々と制約があって、出現してだいたい2~4週間で消えてしまう。それから再びNMに戻って、冒険者に倒されると再びその人所有の塔になる。

 料金を払って使用する側にも、ちょっとした制約がある。7日~14日縛りが存在し、一度入ると次に入るまではそれだけ待たなければならない。

 僕も2度程倒した事があるが、遭遇は全くの偶然だった。一度は塔が出現せず、ただの経験値とギル、それから装備などのドロップで終わってしまった。

 塔の出現も、100パーセントでは無く運任せみたい。


 賑やかなメンバーを尻目に、僕は入り口に通行料金を放り込んでみた。それから沙耶ちゃんにレベルの同調を頼んで、塔の入り口の扉のクリックを指示。

 ここからは時間制限付きの、塔攻略のスタートだ。


『二人とも気を引き締めて。ここからは2時間縛りで、塔の最上階を目指すんだよ』

『何か石のメダルの欠片っての貰ったけど、コレは何?』

『最上階の仕掛けで必要なんだ、捨てたり無くしたりないでね』

『ううっ、何だか緊張して来た……私、こういうの苦手かも』


 弱気な発言の優実ちゃんの周囲には、守るように2匹のペットが。反対に、先陣を切る格好で沙耶ちゃんが、塔の入り口から周囲を見渡して敵のチェック。

 けれど、さっきの予行演習で敵の釣り役は僕に決まっていたので、彼女はそれ以上の事をしなかった。沙耶ちゃんや優実ちゃんが敵を釣ると、ペットがその敵に向けて一直線に突っ込んで行ってしまうのだ。

 こちらの指定した安全な場所で戦闘したい場合は、そんな行動は遠慮したい。




 そんな訳で、変則的なレベル上げのスタート。一応時計を見ながら、時間が足りなければ余計な戦闘は端折る計画なのだが。たまに宝箱などが置かれているので、通路は全部チェックしたいところだ。

 戦闘は割と順調だった。つまりは、僕が色々と立ち位置などに気を付けていればの話だが。最初、僕は彼女達と釣った敵の、丁度一直線上にキャラを立たせて戦闘を行っていた。

 ところが二人の召喚したペット達も、頑としてその場を譲らなかった。って言うか、場所取りの融通など、全く利かせる素振りも無かった。要するに、僕から見れば物凄く邪魔と言う事だ。

 僕のステップ防御を潰して、一心不乱に敵を殴っている。


 沙耶ちゃんの新しいペットは、仕草だけ見れば可愛かった。やたらと長い垂れ耳を、拳のように丸めて敵を殴るスタイルらしい。ダメージは、ゴミ以下だが。

 しかし、その手数分は確実に敵にSPを与えている事になる。要するに、敵の特殊技が来やすい事態を招いている事になる訳だ。これでは、敵の手助けをしているみたいなもの。僕は尻拭いするように、必死になってスタン技で敵の特殊技を止めに掛かる。

 優実ちゃんのプーちゃんは、それよりはマシだった。彼(彼女?)は、頭に生えた一角で突き専門の攻撃らしい。ダメージも少ないが、割と出ている方だろうか。

 妖精のピーちゃんは、後方でフワフワ飛んでいるだけ。


 ペットの回復は、HPが一定以上減らないと飛ばないので、これはまぁ仕方が無い。それより前に、優実ちゃんが僕やペットの傷を治してしまっているのだから。

 優実ちゃんの強化魔法も、戦闘前にはバッチリ掛けて貰っている。防御カット系の魔法は、持続時間も長くてレベル上げにはぴったりだ。

 沙耶ちゃんの銃での攻撃も、思ったよりはダメージを叩き出してくれていた。これには大助かりで、スキル技の仕留め方も割と様になっている。

 僕はもちろん、前衛で頑張っていた。ひたすらダメージでタゲを取り、二刀流で敵のHPを削って行く。釣る時は闇系の魔法で、これで敵の防御力を何割か落とす。

 段々と場所取りもこなれて来て、確かに思ったよりは順調。


 僕は結局、釣った敵の真横から殴る事に決めていた。最初は真反対に廻って見たのだが、これは優実ちゃんから魔法が掛け難いと不評を貰って。敵が重なって、僕の姿が見え辛いらしい。

 それで、苦肉の策として真横に位置変更した訳だ。とにかく、ステップの邪魔をされない場所ならどこでも良い。幸い、敵の殲滅時間や経験値の量もなかなか良好。

 1階フロアを片付け終わる頃には、早くも優実ちゃんがレベルアップ。おめでとうと僕と沙耶ちゃんとで祝福しつつ、さらにフロアの隅に宝箱まで発見。

 良い事は続くもので、それを開けると何と経験値が入って来た。


『わおっ、こんな事ってあるのね~っ♪ 私ももうすぐ上がりそう……あれっ?』

『うれしぃ~♪ って、どうしたの沙耶ちゃん?』

『えっと、銃の耐久度が大変な事になってる……8が4に減ってる、もう半分しかないっ!』

『えっ、それは……そっか、スキル技が負担になってるんだ。熟練度が低いと、耐久度が減るのは早いからね。威力の高い《眉間撃ち》は、雑魚戦では封印した方がいいかも』

『え~っ、あの技格好良くて好きだったのにっ! でも銃が壊れちゃったら、元も子も無いっか』

『私も隣で見てて、格好良いなって思ってたけど。もう見れないのか、残念』


 武器や盾など耐久度の表示のある武具は、その数値が0を超えて使用すると、壊れて使い物にならなくなる。威力の高い物は耐久度も低く、扱い辛い特性もあるのだが。

 そっくり銃にも当て嵌まっていて、どの銃も大抵は耐久度が低いのだ。威力は抜群に高い代わりに、長時間の使用ではすぐに焼きついてしまう訳だ。

 これを回避するには、さっき言ったように武器の熟練度を上げるしかない。熟練度はその武器を使う事で勝手に上がって行くが、それ以外で上げる事は不可能だ。

 スキル技のように融通が利かないので、注意が必要。


 これで少々、予定が狂って来たのも確か。次回以降は予備の銃を持参した方がいいかもと、僕は色々と修正案を心の中で組み立てる。

 それでも階段に陣取っていた中ボスは軽く撃破して。パーティは2階フロアの探索に移る事に。時間はまだあるし、どんどんと僕はフロアの雑魚を釣って行く。

 もちろん時折、釣りのペースの確認は忘れない。速過ぎると、これが結構なストレスになるのだ。ソロばかりのゲーム生活とは言え、レベル上げは野良でパーティを組んだ事もある。

 その方が効率的だからなのだが、色々と勉強になった事も多い。


 それがパーティメンバーに対する気遣いだったり、釣りのペース配分だったり。ファンスカの戦闘はオートでは無くアクション要素が強いので、ペースは意外に重要な要素なのだ。

 あまり根を詰め過ぎると、疲れるしメンバーから苦情が来る事も。


『順調だね、どんどん釣っていいよ、リン君っ! あ~っ、強い技使いたいっ、代わりに魔法撃ったらダメかなっ?』

『構わないよ、全然。優実ちゃんも攻撃魔法使っていいよ、追い込みの時に。交代でヒーリングするとか、僕が釣りに行ってる時にMP回復すればいいから』

『なる程っ、交替で休憩すればいいんだっ! 私も今のペースで大丈夫だよ、リン君っ。最近では無かったねぇ、こんな順調なレベル上げ♪』

 

 同感だと、沙耶ちゃんも満足そうな口調。僕はフロアの隅々を回って、雑魚を一掃して行く。ここの中ボスもそれ程強くなく、ここで沙耶ちゃんもレベルアップ。

 再びお祝いと、歓声が上がる中。このフロアには宝箱が無かったとの不満の声。


『僕の経験では、ある方が不思議だよ。塔って、お金を払ってハンターポイントを買うってイメージが強いかなぁ? 他のドロップとかは、全然期待した事が無いよ』

『そうなのかぁ、それは残念。宝箱とか探すの、結構面白くて好きなんだけど。でも、さっきの仕掛けにはちょっとイラッと来たかもっ!』

『ダンジョンだもん、仕掛けくらいあるでしょうに。って言っても、私達はあんまりこんな所来た事無いわねぇ』


 2階フロアではちょっとした罠がはってあり、それを彼女達は話題にした訳だが。時間をロスさせる為のトラップも、確かに結構仕掛けられているのは確か。

 3階フロアにも、その手の罠が待ち構えていた。知らない内に敵が湧いてリンクする仕掛けで、いきなり一行はピンチに立たされる。前衛の僕は、結構必死に抗うのだが。

 後衛の彼女達が、いきなり1匹のタゲを取ったのには驚いた。その途端に、ペット達も従順に殴る矛先を変える。その特性を彼女達は知っていた訳だ。

 そして悲劇が……沙耶ちゃんのペット、一撃で死亡。


『ああっ、雪之丈っ! 何て弱いのっ!』

『沙耶ちゃん……名前付けるの下手だねぇ?』


 プーちゃんとかピーちゃんよりはマシだと、沙耶ちゃんは反撃。確かにそうだなと思いつつ、そう言えばオウムのオーちゃんの命名はまだ幼かったメルだったらしいとの記憶が蘇る。

 似たような思考パターンなのか、優実ちゃんがひたすら幼い思考の持ち主なのか、判然としないが。しかし、残されたプーちゃんはキープ役を頑張っていた。

 意外と言っては失礼だが、なる程彼女達の盾役だっただけの事はある。


 僕の必殺の足止め魔法ダークローズは、レベル制限で封印されていて使えなかった事も響いていた。リンクした3匹の敵相手に、しかし彼女達も頑張る。

 さらに1匹を引っこ抜いて、沙耶ちゃんが氷魔法の《アイスコフィン》で封じ込めに成功。氷の棺が出現して、敵をその内側に閉じ込める。

 慣れたその流れに、僕は安心感を覚える。


 さらに沙耶ちゃんの《アイスランス》が、僕の殴っている敵のHPを一気に削って行く。それに重なるように、優実ちゃんの光魔法レーザシャワーが炸裂。

 これは正しい選択で、リンクした時はいかに最初の1匹目を迅速に倒すかが鍵となって来る。最初からもたついていたら、こちらに幾ら余力があっても、数で押されて不利になるばかりだ。

 二人とも、さすが自分の種族属性の魔法スキル。かなり高いダメージを叩き出して、あっという間に僕の前の敵は倒されて地に臥して行く。

 僕はすかさず、プーちゃんのキープしている敵へと対峙。片手棍の《兜割り》でタゲを強引に奪い取る。何しろ《ヘキサストライク》などの主要スキル技も、同じく封印されて使えない有り様なのだ。

 それでも虫顔をした人型の敵は、こちらをぐいんと振り返る。


 塔内で最も多いのが、この虫顔で人型の敵だ。背丈は低いのと高いのと2種類いて、さらに色鮮やかで魔法を使って来る、背丈の高いタイプもいる。

 特殊技は噛み付きや毒牙など、それ程気にかけるタイプは存在しないが。全部がアクティブでリンクするので、釣りには細心の注意を払っていたのだけど。

 プーちゃんのHPの回復を妖精に任せて、MPを使い切った優実ちゃんがヒーリングに回る。2匹目の敵も、僕と沙耶ちゃんの攻撃で倒し切った。

 3匹目に掛かる頃には、今度は沙耶ちゃんがヒーリングにしゃがみ込む。交替での休息も、初めてにしてはかなり上手だ。二人とも、後衛に向いているのかも知れない。

 何とかピンチも乗り切って、三人でようやく一安心。


『怖かった~! 急に壁が動いたと思ったら、敵が出て来るんだもん!』

『ズルいよねぇ、こんな仕掛け! 沙耶ちゃんのペットが尊い犠牲?』

『ペットって、一度死んだらどうなるんだっけ? すぐ呼び出せるのかな?』

『再召喚は呼び出して30分後だから、もう平気だね……あっ、せっかく休憩したのにまたMPがズカンと減っちゃった!』


 再び呼び出された雪之丈。魔法陣の中に出現して、しばらくフワフワしていたが。やがてトコトコと沙耶ちゃんの側に近寄って、耳をパタパタとはためかせる。

 しかし、これでまた倒されたら、ペットの召喚は30分後まで不可能になる訳だ。そう考えると、なる程リスクが高くて流行らないだろうと推測出来る。

 ペットは成長する事は一応証明出来たが、成長させるにも根気が必要だろうし。キャラ自身には何の恩恵も無い訳で、強くなれば頑強なパートナーには成り得るかも知れないが。

 即戦力にならないのは確か、選択者が増えないのも道理か。


 彼女達が再度の休憩をしている間に、僕は周囲の探索を行う。3階フロアもそろそろ掌握した感じで、残るは階段付近の一角のみとなっていた。

 そこには中ボスがいて、廊下の端っこには何と2個目の宝箱も発見。彼女達の合流を待って、持っていた合鍵でそれを開けて確認する。

 中には売れば15万ギル以上する、高級素材が入っていた。僕の経験からして有り得ない事態だが、彼女達は純粋に喜んでいるよう。

 逆に、僕の揚げ足を取って非難する素振り。


『何だ、結構嬉しい仕掛けも多いじゃないの、リン君♪ も~っ、期待するなって言ってた癖に』

『いや、だっておかしいじゃない。この塔に入るのに15万使ってるのに、それ以上の儲けが出るなんて……う~ん、バージョンアップでの変更なのか、3人での入場だと余禄が増えるのかなぁ?』

『入場代金はリン君が出してくれたんだから、それリン君が貰っていいよ。ってか、ギルドの荷物管理係になってくれたら嬉しいかな。ねぇ、優実?』

『そうだねぇ……でもリン君ばっかりにお金出して貰うの悪いから、やっぱり私達も金策しなきゃね、沙耶ちゃん? リン君、いい場所知らない?』


 それからは金策場所の候補を上げながら、3度目の中ボス戦へ。下の2体よりは強かったが、体力任せの攻撃を避けてしまえば大した問題も無く。

 ほぼ万全の態勢で、4階フロアに向かう召喚パーティ。


 ここまでで、ようやく1時間というところ。2時間制限なのに順調過ぎると、沙耶ちゃんなどは訝るのだけれど。この塔は低ランクで、ソロでも攻略可能なタイプ。

 もっとも、ソロなら敵の殲滅狙いでフロア内をうろつく事もしないけど。そのせいで案外、宝箱が何度も出現しているのかも知れない。そう説明すると、どうやら納得してくれた模様。

 ここのフロアも掃討するぞと、勇ましく気勢を上げる。


 さすがにここまで来れば、敵も厄介な魔法使用タイプが増えて戦闘も苦労する。僕の得意とする片手棍のスキル技《兜割り》は、敵の詠唱を一定時間止める効果もある。

 知られていないが、片手棍はこれでなかなか使い勝手が良いのだ。前衛で使用する者は極端に少なく、後衛で《MP回復》目的で伸ばす者がいる程度と聞く。

 その超便利な補正スキルも、今は残念ながら封印されて使用不可。


『リン君の大っきな鍵で殴る姿、可愛いよねぇ♪ 私は好きだなぁ』

『ダメージを見てあげなさいよ、優実。前衛キャラは、攻撃力を褒められた方が嬉しいんだから』

『ありがとう、二人とも。武器の攻撃力は補正受けてないから、正直助かってるけどね』


 それが今までの快進撃の、最大の理由と言えるだろうか。4階フロアも順調で、今までより敵の数や種類は増えていたが、何とか凌ぎ切る事に成功。

 リンクが2度あったが、今回も何とか被害は最小限に留まった。いや、つまりは、沙耶ちゃんの雪之丈が範囲攻撃に巻き込まれて、死んでしまったりはしたけど。

 本日2度目の昇天だが、メンバー内での精神的ダメージは皆無。こんなもんだろうと皆が割り切ってるのが、何となく悲しかったりするけど。

 再召喚時間もずっと先、使えないジョブだと心から思う。


 それでも戦力的には全く問題が無かったせいで。20分程度で、このフロアの制圧もほぼ完了した感じ。残るは不動の中ボスと、その反対側の宝箱の仕掛け。

 明らかに罠っぽいのは、パーティ一致での意見。何しろ中ボスが、視界内のすぐそこにいるのだ。無言のプレッシャーは相当な物、4階の門番はガーゴイルタイプだ。

 連動しているのを前提に、僕らは作戦会議。


『どう思う、コレ? 先に門番倒したら、やっぱり消えるかな?』

『多分そうなるだろうね。宝箱を開けたら、向こうの門番が強化される感じかな?』

『分かった! こっちも三人いるから、一斉に全部開ければいいんだ!』


 突然叫びだした優実ちゃん。自分の解答に酔いしれて、それが最良の策だと力説する。門番と罠のセットの仕掛けはポピュラーで、要するに安全を取るか欲を取るかの問題なのだが。

 優実ちゃんの策を取れば、つまりは欲望全開となる訳だ。沙耶ちゃんもそれに同意したので、結局はその案を実行する事に。三人で敵に背を向け、何と無防備な事か。

 作戦通りに一斉に開けた、その宝箱の中身は。


『わっ、私の奴はミミックだった! キャ~、助けて~っ!』

『後ろから門番来てるっ! 二人は離れて、戦闘距離を維持してっ!』


 僕の指示に、一瞬遅れて二人が従う。ガツンと門番に殴られた優実ちゃんは、しかしプーちゃんの捨て身の突進に追撃を免れる。ヨロヨロと逃げ出して、安全区域に。

 一方の沙耶ちゃんは、ミミックの不意打ちに大ダメージ。麻痺まで喰らって、追撃を許して大ピンチだったのだか。妖精がようやく役に立って、ヒールを貰いつつ前線離脱にようやく成功。

 すかさず僕が割り込んで、強敵ミミックと対峙する。二刀流でダメージを与えつつも、すぐ後ろでの闘いに気が気ではない。さすがのプーちゃんも、中ボス相手では荷が重いようだ。

 体力が早くも半分になっていて、妖精も回復に忙しそう。


 中ボスの門番、ガーゴイルの戦闘能力は、今までの中ボスの比ではない。いきなり範囲攻撃の翼手撃で、プーちゃんばかりか戦場に取り残された妖精まで被害を受ける。

 不覚にも僕まで巻き込まれ、慌てたのは後衛に逃れた彼女達も同じだった様子。回復やら足止め魔法やらが飛んで来て、しばらくは混乱模様。

 中ボスは足止め魔法をレジスト、その威力はプーちゃんを瀕死にまで追い込んでいる。このままでは僕が2体同時に相手にせねばならず、非常に不味い状況だ。

 沙耶ちゃんがとうとう封印を解除。貯まっていたSPを使っての《眉間撃ち》で、HPが7割まで減っているミミックを倒しに掛かる。乗っかる感じで、僕も削りを再開。

 応援は、しかしプーちゃんをギリギリで生かしている優実ちゃんに集中。


『優実っ、回復でタゲ取ってもいいから、プーちゃんを殺しちゃダメよっ! 踏ん張りなさいっ!』

『今門番を解き放ったら、確実に不味い事態だからっ。頑張って、優実ちゃんっ』

『ひ~んっ、妖精と二人掛かりでも辛いっ。早くミミック倒してっ!』


 泣きモードの優実ちゃんを救うべく、二人掛かりで大技の連発。硬いミミックに止めを刺したのは、沙耶ちゃんの渾身の《アイスランス》だった。

 僕は《SPヒール》を自身に掛け直して、今度はガーゴイルの殴りに参加する。厄介な特殊技は短剣スキルの《麻痺撃》で止めに掛かりつつ。

 タゲも何とか横取りに成功して、頑張ったプーちゃんへの賞賛も忘れずに。実際に頑張ったのは、優実ちゃんの回復支援だったかもだけど。

 何とか勝利の方程式に引き込んだ戦闘は、間もなく終了。


 思いっ切り駄目駄目だった3つ同時開錠案は、しかし万能薬と闇の術書のドロップを生んだ。しかもミミックからは、3万ギルの大金がドロップ。

 ダンジョンにつきもののアイテム報酬だが、実際に術書や指南書が出て来るのはそれ程多くはない。闇の術書も、そんな訳で売れば20万ギル近くにはなる。

 光と闇系の術書は高額だし、出にくいのだけれど。これも僕が持っている事になり、さらに二人は必要無いから使っていいよとの申し出。

 ほんわりと心が暖まりつつ、いよいよ最終フロアに進むパーティ。


 最後のフロアは壁が少なく、柱ばかりが目立つ間取り。そのせいでリンクが起こり易くて非常に厄介な構造なのだけど。何とか慎重に進んで行く内に、僕もレベルアップの運びに。

 ギルドメンバーとしてお祝いをして貰うのは初な僕。それが何だか嬉しくて、くすぐったいような気分にさせられる。ギルドって良いなと、これも初めてな感想。

 それでも最終ボスの姿が視界に入りだすと、気も引き締まると言うもの。まだ動きは無いが、一番奥の王座のような場所に収まっていて、こちらを睨み据えている。

 優実ちゃんなど明らかにビビッていて、魔法の届くギリギリの距離までしか動こうとしない。


『リン君、雑魚の数減って来た? ボスに近付き過ぎじゃない?』

『ボスが大きいから、そう見えるだけだよ。雑魚はあと……うん、4匹かな?』

『ううっ、それじゃうもうすぐボス戦だあっ……ふあっ、凄い緊張するっ!』


 そんな事を言われても、時間縛りもある訳で。優実ちゃんの心が落ち着くまでは、とても待っていられないのが現状。とうとう雑魚を倒し終わり、戦闘前にヒーリング。

 最終ボスは、何とも威圧感のある半蛇巨人。下半身はモロに大蛇の胴体で、青白い皮膚は嫌なてかり方。髪の毛の半分位は蛇になっていて、そこだけウネウネと動いている。

 手には曲刀と丸い盾が。どうやら防御も、手抜かりは無いらしい。

 

 休憩が終わって、それぞれポケットの中身もチェック完了。沙耶ちゃんの銃の耐久度も、残りは3ほどあるらしい。MP回復のエーテルも用意し、万全の様子。

 おまけの雪之丈も再召喚、僕が先陣を切って敵のエリア内に踏み込むと、突然の強制イベント動画が割り込みを掛ける。大きな蛇の胴体が、後方で波打ち、ボスの瞳が赤く光る。

 メンバーからは気持ち悪いと蛇のうねる姿に拒絶反応が。それでも戦闘が始まってしまえば、そんな事は言っていられない。否応無しに、戦線は形成されるのだ。

 まずは僕のタゲ取り。特殊技をいつでも止めれるように、スキル技は温存気味に。


『ガンガン行っちゃっていいの、リン君? いきなりスキル技とか、駄目?』

『敵の特殊技のどれを止めるべきか見たいから、最初は押さえ気味で。でもHPは削りたいかな』

『敵が大っきいから、髪の毛の蛇もそれなりに大きい……わっ、落ちてきた!』


 上ばかり見ていた優実ちゃんが、真っ先にその異変に気付いた。確かに特殊技を使った形跡のあるボスだが、それが何と髪の毛部分の蛇のばら撒きだったとは。

 戦闘エリアに落ちて来た蛇は、全部で3匹。噛み付かれた僕は、やはりの毒状態に。タゲを変更して殴り付けた結果、程なくそれは倒されたのだが。

 これは厄介な特殊技だと思っていたが、次の技はさらに強烈。巨大な尻尾の振り回しで、物凄い範囲ダメージが。前衛陣が巻き込まれ、雪之丈が3回目の昇天。

 こちらにもかなりのダメージ、潰すならこの技かも。


『わ~っ、雪之丈っ! ってか、いまの技って何?』

『この技来そうになったら、僕がスタン技で止めるから。小さい蛇が降って来たら、そっちは二人が退治して。単発魔法でも範囲魔法でもいいからっ!』

『りょ、了解っ……なる程、そうやって被害を抑える戦術ね!』


 敵の特殊技は、物凄く痛いのが多い。大抵のNM戦では、これを喰らって崩れて行くパターンがほとんど。だからと言って、全て止めるのはまず不可能である。

 それならどうするかと言うと、止めるべき特殊技を選んで、それを止めるのに集中するのである。特殊技の来る前のアクションに注目して、それに合わせてスタン技を見舞うのだ。

 上手く行ったら、その特殊技は止まる訳だ。これが出来ないと、前衛でも上級者とは言えない。ステップ防御より、ある意味重要な技かも知れない。

 それにはまず、キャラがスタン技を覚えている必要があるが。


 スタン系の技は、短剣や細剣などの片手武器に多い。削り重視の両手武器に対して、攻撃力の弱い武器でも需要がある大きな理由だ。

 再度の範囲系の特殊技は、そんな訳でスタン止め成功。後衛の女性陣から、わっと歓声が上がる。いよいよ削りに重点を置こうと、僕と沙耶ちゃんの削りにも力が入って来る。

 再度の特殊技は、蛇のばら撒き。すかさず沙耶ちゃんの《ブリザード》が見舞われて、増えた敵は一瞬にして凍りついた。結構な範囲魔法の威力に、本体も大幅に体力を減らして行く。

 追い討ちを掛けるように、優実ちゃんの《バニッシュ》が炸裂。盾防御を無視した一撃に、ボスのHPも残り3割まで一気に減って行く。

 僕も驚いた、彼女達の本気で追い込みモードの炸裂だ。


 敵のハイパー化は、そういう点では少し遅かったようだ。盾でのシールドバッシュからの連撃、さらには毒と火炎のブレス攻撃は見事だったが、傷付くのは僕だけ(正確にはプーちゃんもいるが)である。

 避けれない攻撃ならば、ステップ防御を諦めて攻撃に転じるのみ。ハイパー化の敵には、スタン技も通りにくい。僕はダメージ系の技に切り替えて、追い込みの指示を出す。

 後衛の彼女達も、肝を据えたようだ。僕とプーちゃんの回復は妖精に任せ、一撃魔法と銃のスキル技で敵のHPとのにらめっこ体制。

 エーテルまで消費しての、全勢力の注ぎ込みに。


 とうとう崩れ落ちる、巨体を誇っていた最終ボス。僕の残りHPは3割、おまけに毒が回っていてちょっと危ない状況だったりして。喜び跳ね回っている女性陣に、何とか回復を貰いたいのだが。

 妖精はとっくに、MP枯渇で飛んでるだけの存在。戦闘が終わったあとにポーションや万能薬を使うのもバカらしいし、早くログに気付いてくれないものだろうか。

 ボスのいた空間の後ろには、魔法装置と宝箱が3つ見える。


『あっ、ゴメンねリン君っ。毒が回ってたのか……優実、帰っておいでったら!』

『うぁうっ、ゴメン。回復……あっ、ライトヒールが先か』


 どたばたした遣り取りがあった後、ようやく落ち着いたのは数分後。ボスのドロップした石のメダルの欠片の2個目を、最初に入手した欠片とくっつけ合わせる。

 これで魔法装置が作動して、ここの塔のクリアが確定する訳だ。先に宝箱を開けるという嬉しい権利を、女性陣に譲った結果。入手したのは経験値とギルと、念願のハンターP。

 経験値とギルは結構な量で、喜びもひとしお。ソロでの攻略時には、ハンターPの箱のみだったのだが。その肝心のハンターPは、何故か3ポイントしか入って来なかった。

 ソロだと7P、2人からは5P、3人で4Pの筈なんだけど。


 それを二人に告げると、面白かったから別にいいと気にしてない感じ。経験値も宝箱から余分に貰えたし、レベルも上がったし。ちょっと少ない程度は問題ナシらしい。

 それでも僕は、ハンターPの減少が気になっていた。ひょっとしたらペットのせいかも知れないし、それなら次回から塔のランクを上げるのも視野に入れておかないと。

 3ポイントだと、4回も通わないと10を超えない。4ポイントだと3回で済むわけで、この1回の差は結構大きい気がするし。入場料は、その分高くなるけど。

 今日みたいに、塔内で回収出来れば問題無いのだが。


 彼女達は、初めての塔のクリアとようやく貯まったハンターPに、かなり盛り上がっていた。感想を言い合って、こんなクリアタイプのレベル上げも悪くないと口にしている。

 また行こうねと、二人とも興奮も冷めやらぬ感じ。 





 ――終わり良ければ全て良し、春の嵐は僕の心を騒然と吹き抜けて行ったようだ。





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