2章♯25 フラッグファイト! ~後編~
こんばんはっ、いよいよ溜めていたストックが尽きそうです(笑)。3章は凛君の2学期の生活、文化祭だとかのイベントをメインに書いている最中なのですけど。
ネット内では、100年クエストの3つ目のダンジョンが中心になる予定。それから今度の間章では、どうやら瑠璃に登場頂く感じになりそう。色々と考えてたんですけど、他にネタが思いつかなかった(笑)。
珍しくストーリーにも詰まってしまって、これの掲載は当分先になりそうですね。♯26を載せ終わったら、この話は当分お休みな感じになりそうです。
そしたら、昔に書いた別のお話を加筆して載せるかも。ご了承ください♪
時間をちょっと巻き戻して、リンと『グリーンロウ』の敵陣での戦闘後に話を戻そう。僕はその場所からそんなに遠くない場所で、派手な戦闘音を耳にした。
自陣が心配だったので、すぐに引き返そうとは思ったものの。やはりどうしても気になる、他陣営の動向。それはそうだ、こちらの安全とポイントに直結する事柄だもの。
そんな訳で、ちょっと覗き見する事に。
その戦闘は、フラッグを巻き込んでの局地戦だった。カーソル移動で確認したところ、攻められているその旗は『グリーンロウ』の別動チームらしい。大方、携帯で居場所を確認して共同戦線を張る予定だったのだろう。
セコい案だが、単純に兵力2倍は戦術的には美味しいかも。もっとも、その頼みの数も僕が駆逐し終えてしまったけど。お蔭で防衛側も、2人相手に苦労している。
ってか、襲撃してるのはさっき挨拶を交わしたばかりの双子!
改めて見ると、キャラ種族も選択フェイスも全く一緒と言う徹底振り。そこまでするかと突っ込みたくなるが、ひょっとしてただ単に趣向が完全一致した挙句の結果なのかも。
その水種族の双子キャラ、俊敏な動きでまるで忍者みたい。《水分身》での分身の術、これには相手もタゲ取りに苦心惨憺。勝手にタゲを奪う分身のせいで、本体に攻撃出来ないのだ。
僕にも覚えがある、例えば《ストーンウォール》みたいな壁防御呪文だけど。対キャラ戦には無意味な魔法かなと、最初は勝手に思ってたんだけど。一定確率で、勝手にタゲがそっちを向いてしまって、完全無視は不可能なのだ。
プーちゃんの検証結果によると、挑発技も同じ感じらしい。
襲われてる側の奴等は、呼び鈴と精霊石で数を水増ししていた。本体は盾キャラ仕様っぽいが、装備を見るにはったりなのかも。攻撃呪文は、その分冴えを見せているが。
双子の防御呪文は、その攻撃を全く受け付けていない様子。お返しの《仙人掌》と言う水系の大技で、たちまち相手はぺしゃんこに。その隙に接近を果たした、双子の片割れキャラの短剣での素早い攻撃に。
反撃の許されない、麻痺とスタンのエンドレスループ。
ってか、さっきは2人とも両手棍を装備していなかったっけ? 術者ベースなのは、恐らく間違いない筈だと思うけど。双子ならではの、完璧に相方の動きを見透かした戦術はさすが。特に魔法詠唱の呼吸合わせは、それが単一魔法かと思うほどの息のぴったり振りである。
それは防御に関しても全く同じで、相方のピンチは絶対に見過ごさない。気持ち悪い位の息の合ったステップ操作で、スルッとキャラ同士が配置変換してしまう。
相手は混乱するしかない、ちょっと真似出来ない闘い振りだ。
双子の間には、前衛とか後衛とかの概念は無いように見える。キャラ的には、2人共軽装の二刀流使いである。武器は短剣で、派手なスキル技は持っていない風に見えるけど。
その分、魔法の削りは凄まじいの一言。それも当然、氷種族に次いで魔法能力の高い種族なのだ。とどめの《ウォーターランス》で、相手キャラは水没。
双子は並んで、勇ましくフラッグをへし折りに掛かる。
『いつまで覗いてるのよ、助平リン。出てきなさいよ、魔法ぶち込むわよっ!?』
『ああ、そっちが京香ちゃんか……キャラ名からして、そうじゃないかなって気はしたけど』
『あははっ、乱暴な口のきき方をさり気なく咎められてるよ、京香ちゃん?w』
途端にエキサイトする京香ちゃん、本当にからかい甲斐のある娘だ。それにしても凄いコンビプレーだった、僕が素直にそう褒めると京香ちゃんもようやくその怒りを収める。
私達はこのカンストキャラの集う地でも、未だに負け知らずだからねと大威張りの京香ちゃん。一方の歩美ちゃんの、そのコメント振りは冷静な策士の一面を覗かせる。仲間の持ってるスキルと魔法を有効に使えば、上級者だって倒せるよと。
歩美ちゃんの小狡さは凄いよと、妹の京香ちゃんの言葉。
『このエリアって、割と強いモンスターが徘徊してるじゃない? それにわざと絡まれて、ライバル見付けたらタゲ切り魔法でそいつらに絡ませるんだから!』
『えへへ、最近は呼び鈴が高価だから、エコって事でw まぁ、私達2人とも天女のヴェール持ってて良かったよね。魔法もスキルもランダム取得だから、意外とキャラの個性が違って来るんだけどね♪』
『へえっ、外見はやっぱり双子チックなのにね……それじゃ、現実と一緒で中身は全然違うんだ。僕も知り合いから腹黒いって言われたけど……小狡いの方が聞こえはいいねw』
あははと笑う、さっぱりした性格の歩美ちゃん。ちなみに《天女のヴェール》とは、水属性のタゲ切り魔法である。水系魔法は、こんな感じに仙人とか天女と名のつくものが多い。
魔法の使い方は、かなり独創的だけど。こんな事を一般フィールドですれば、嫌がらせ行為で一発でGMのお世話になってしまう。対人戦だから、許される戦法である。
しかも、かなり効果的な嫌がらせだ。
それより、イン前は両手棍を装備してたよねとの僕の質問には。あれも作戦のうち、水種族だと大抵は後衛仕様だと思い込んで、相手が油断してくれるからとの小狡い返事。
チームメイトが猪突猛進タイプばっかだから、作戦立ててもあんまり意味ないよねと歩美ちゃん。お互いの境遇が似ていると分かると、何となく互いに慰め合ってみたりして。
作戦参謀の立場って、意外と報われないみたいだ。
聞き捨てならない京香ちゃんは、それって誰の事よとすぐに頭に血を上らせる。そう言えば、もう1人の猪野郎はどこ行ったと、僕は幹生の動向を伺うのだが。
アンタの血を求めて旅立ったわよと、物騒な物言いの京香ちゃん。
僕も幹生とは拳を交えてみたい。呼び戻してよと京香ちゃんに言うのだが、向こうも立て込んでる最中みたいとの返事。奇妙なライバルとの小休止だが、お互い全く気にしていない。
そんな時、優実ちゃんからの驚き声での通信が。凄い場所見付けたから戻って来てと、向こうは随分興奮している様子だ。仕方ないのでちょっと見て来ると双子に言うと、自分達も見たいと口を揃えての返答。
彼女達のフラッグを護衛しながら、奇妙な道中は峰の坂を上がるまで続き。
『みぃつけた♪』
『リン君、何で敵連れて来るのよっ! 団体戦するつもり? よしっ、望む所よっ!』
『わっわっ、旗子ちゃんがダメージ受けてるっ? あっ、こんな段差でも傷付くのっ?』
『おっと、幹生ちゃんがエスケープに成功したって! だからちゃんと、魔法スキルも伸ばしなさいって言ってるのに……もうすぐこっち来るって、リン君』
『私が迎えに行こうか……追手がいたら、そこの崖から落っことして足止めしてやる』
『マリカさん、騎乗持ちだったんですね……ええっと、ちょっと今立て混んでまして……』
敵を追い詰めた、恐ろしくも妖しいハンターを演出したっぽい真理香さん。放置プレイに、ちょっと硬直して傷付いた様子だったので。仕方なく話し掛けると、ようやくの事立ち直った様子で。
これは何の集まりなのと、少し警戒した様子で尋ねて来るので。知り合いと出会ったので、個人戦をやりたいと思いましてと、僕は素直に経過を口にしてみる。
しかし、本当にあつらえたみたいな対人フィールドが面前に。完全に円形で、外周には所々にちょっとした段差が存在する。今はそこに、僕らの陣地の旗子さんが嵌まり込んでるけど。
誰も攻撃を加えて来ないのは有り難い。こっちにも同じ形のフィールドがあるよと、周囲を散策していた歩美ちゃんの発見報告。なるほど、細い道を抜けた高台にも、同じ形の円形フィールドがあるみたい。
これなら問題ない、ここで対人戦と洒落込もう。
幹生が来たよと、ようやくの京香ちゃんの報告が。追手を倒すの手伝ってよと、ついでの気軽な共闘の申し込みに。それも仕方ないかと、坂を上って来る敵を見定めてみると。
“迅雷”のノリスとその相方が、待ち伏せの数に驚いて立ち止まっていたりして。何故か様子を見に来た沙耶ちゃん達も合わせると、確かに総勢5名の大所帯。
マリカさんが、自分も呼んじゃったとさらに後ろのグレイスを指差す。
『大人数になっちゃったねぇ……ってか、今から何するの? この前玲が仕切ってたみたいな、NM退治でもするの?』
『いや、ただ単に1対1を遣りたかったんだけど……何でこんなに増えちゃったんだろう?』
『おっと、勝ち抜き戦でもするつもりかい、封印の疾風? それならこの迅雷のノリス様も、相棒とエントリーさせて貰うぜっ!』
勝手な申し出が飛び交う中、それを見事に仕切ってしまうのが真理香さんの性質らしい。それじゃあ対戦予定者は集まっての呼びかけに、ぞろぞろと円の中心に集うキャラ達。
沙耶ちゃんと優実ちゃんは、無論旗子さんを導いて坂の上の観覧席に。その隣には、双子と、双子の連れて来たフラッグが。2つ並ぶと、結構壮観だったり。
とにかく、エントリーした戦士は合計6名。
どんな流れなのか知らないだろうに、恵さんも平然としたもの。これって指名制なのと、もしリアルならば、僕の腕はきっとがっちりと掴まれていた筈。
呼び戻された幹生ももちろん、僕とは絶対遣り合うつもりの様子。ノリスさんにしても、いつぞやの決着をつけようぞと、僕の指名人気は上々らしいけど。
真理香さんはサイコロで決めようかと、僕らに提案して来た。
『一番上と下がシードね、2番と3番が闘って、勝者が1番と戦う。4番と5番が闘って、勝者が6番と戦って。それで勝ち残った2人が、決勝を戦うって事で』
『それはいいけど、そんなに時間残ってるかな? あと……15分くらいか』
『2面あるから、予選は分けてしましょうか……それでいいかな?』
了解の叫びと共に、それぞれがランダム機能を使い始める。これは1~999の数字を、振って出してくれるサイコロのようなもの。こんな時の順番決めなどに、皆が良く使う機能なのだ。
とにかく時間が無いので、慌ただしい中各々の報告が飛び交う。僕の順番は2番だったみたい。3番の人を求めて彷徨うけど、僕の前に立ったのは不敵に笑うノリスさん。
うっ、いきなり強敵の二刀流使いだ……。
『3試合するとして、1試合5分で終わるかな……変幻タイプ同士だと、ちょっとキツイかも?』
『私が1番だったから、レフリーするね? 最悪の場合、回復禁止で終わらせようw』
『うぐっ、確かに時間短縮にはなるかも知んないなぁ。思わず流れで使っちゃうかも、その時は済まないって事で!w』
明るく言い放つノリスさん。確かにポーション使用などの操作は、脊髄反射で行う場面も多い。レフリーを買って出たのは真理香さん、この闘いに勝っても次はこの人か……。
向こうの山は、ノリスさんの相棒と恵さんの戦士タイプ同士の決闘らしい。この2人は早く終わりそう、運の良い事に幹生はシードを取得したみたいだ。
ってか、ランダムで最低の数字を叩き出したのか(笑)。
二手に分かれて、いよいよ試合開始。最初は何でもアリで良いって事で、僕は遠慮なしにペット2匹は出したまま。流動的なルールに、多少の戸惑いはあるけれど。
改めて見ると、ノリスさんは細剣の二刀流使いみたいだ。雷種族なので、スタン系の魔法も豊富に持っている筈。威勢の良い名乗りを受けて、僕もモジモジと名乗り返す。
しゃきっとしなさいと、沙耶ちゃんと京香ちゃんの声援。
猪突猛進な応援ペアは放って置いて、僕は自己強化をしつつノリスさんの分析に掛かる。変幻タイプと言っても、防御の仕方はキャラによって違って来る。
これが戦士タイプだと、体力頼みに攻撃を当てる方に力を注いで来るのだが。二刀流相手に10回攻撃を受けても、通常攻撃を4回、スキル技なら1回の反撃で釣り合うのが戦士タイプの補正の強みである。
もちろん対戦相手によって、その作戦も変わるだろう。例えば戦士タイプ同士の闘いだと、当然防御も必要だろうし。その時の主流の防御は、大半のキャラはステップだろう。
実際、戦士タイプでステップの上手なキャラは意外と多い。
体力も攻撃力もない変幻タイプは、その点シビアだ。その分、二刀流を極めたり魔法に頼ったりと、工夫する必要があるのは再三述べている通りなのだけど。
相手の攻撃をいなすのにも、色々とタイプが存在するのも変幻タイプの特徴だ。戦士タイプも良く使うステップだったり、僕やザキさんが好んで使うカウンターだったり。
ノリスさんのような雷種族は、スタン防御が多いかな?
他にも幻影やデコイ、それらをミックスして臨機応変に使ってみたりとか。防御魔法を持っていれば、もちろんそれも有効に使う。とにかく、一撃で流れを持って行かれない工夫をしないといけないのだ。
僕も敵を見て、どれをメインに使うか決めるタイプである。闘技場では、戦士タイプの重い一撃に流れを持って行かれる場面が多かった。その時の課題は、今も克服出来てないけど。
変幻タイプのお相手も、かなり厄介なのは確かである。
相手も工夫して来るので、大抵は時間が掛かってしまうからだ。戦士タイプだと、やられるのは割とあっという間である。僕はノリスさんと切り結びながら、相手の個性を盗み見る。
《轟天》なんて変な危機回避スキルを覚えた手前、余裕みたいなモノは胸の中にある。ただし、次に対戦する相手の前で、簡単にそのカードを見せたくないと言う思いも。
慎重に、まずはステップ防御で様子を窺う僕に対して。相手は業を煮やして《雷鳴》と言う魔法でのスタン攻撃、さらには細剣の付与効果の麻痺を浴びるリン。
お返しの毒撃は喰らわせたものの、こちらの動きは途端にぎこちなくなってしまった。その間にもノリスさんの斬撃は続き、リンの体力は確実に減る一方。
宝具級の武器を所有しているお蔭か、意外にも一撃の威力はこちらに分がある様子。回転スピードは相手が上だが、スキル技を上手に絡めれば逆転は充分に可能だ。
慌てずに反撃の為に、力を溜めていたら。
《電磁回路》と言う名前の訳の分からない魔法で、こちらのMPとSPをごっそり奪われてしまった。ようやく治った麻痺効果も、再度のスキル技で擦り付けられ。
頭に来た僕は、《獣化》の使用から強引にペースを掴みに掛かる。早過ぎたかなと思わなくも無いが、多分運任せでは、最後まで流れは廻って来ない気がして。
それなら多少無理やりでも、道を拓いてやろうじゃないかと。
爆裂弾から距離を空けて、《ディープタッチ》の詠唱時間を作り出す。相手は《落雷》の攻撃魔法で反撃、せっかく奪った体力もおじゃんである。それでも、一緒に奪ったSPは健在。
得意の中距離コンボで、相手のHPは大幅に減っていく。
体力的には優位に立てたが、相手はまだまだ元気でスピードは一向に落ちない。開いた距離を《瞬雷迅》と言う速度アップ魔法の詠唱に充てて、一気にリンの懐に潜り込むノリスさん。
リンの迎撃の一振りは空振り、ノリスさんは魔法の加護を得てまさに迅雷の素早さを発揮している。いつの間にか死角をとられ、危うい一撃を容赦なく喰らう場面に。
ギロッと反応する、ホリーナイトの触手撃。
さて、ここでちょっと解説を挟んでおかないと、何が起きたか分からなくなってしまう。ゲーム内に存在する隠し数値なんて話、小難しくてアレなんだけど。
色々とあるのは本当で、例えば攻撃値と防御値の差し引きでダメージが算出されるとか。敵対心の強弱とか、そのキャラの街ごとの名声度とかが該当する。
とにかく、そう言うメニュー表示されない数値の事だ。このゲームでは、服の重さなんかもそうである。装甲の硬い装備は、一般的に重いのが常識。このゲーム、職業の概念が無いので、やろうと思えばフル金属装備の魔術師なんかも可能なのだけど。
みんなそれをやらないのは、前述した目に見えない数値のせい。重い=遅いが、ゲーム内の概念として存在しており。移動速度に加えて、詠唱速度まで落ちてしまうのだ。
これは魔法使いとして致命的である。
脇道に逸れちゃったけど、キャラの『視界』にもこの見えない数値は存在する。つまりは死角、ここからの攻撃は途端にクリティカル値が上昇してしまうのだ。
だから前衛は、場所取りが重要になって来る。下手な位置取りは、前衛の恥とも言われている程だ。ブレスを持っている敵、死角の多い敵、それを見極めてプレーヤーは場所を取る。
さらに言うと、味方の魔法の射線から外れると、援護を受けられなくなってしまうと言う事態に陥ってしまう。ある程度前衛慣れしないと、ここまで気を遣うのは難しいのだけれど。
それが逆に、深いし面白いと僕は思っている。
敵のタイプでも、死角はもちろん違って来る。人間タイプなんて、真横でもクリティカルを取りやすいほど視界が狭い。逆に草食動物や植物タイプは、この死角が異様に小さい。
これを理解して、狙ってクリティカルを出せるアタッカーは賞賛に値する。
ちなみに、短剣や細剣はクリティカルが出やすいとか、骨タイプの死霊や軟体タイプは、棍棒などの鈍器でクリティカルしやすいとか、特性は様々なのだが。
そういう武器を使うキャラは、もちろんそこまで計算尽くだ。
さて、場面を戻そうか。リンのピンチに、いきなり迎撃体制のホリーナイト。これは僕も、コイツのスキルを弄った甲斐があったと言うモノ。《第三の眼》と言う、死角からの攻撃回避のスキルなのだが。
このスキルの取得もちょっと笑える、この間の対人戦の賞品だったりするのだ。つまりは恵さんからの贈り物のお蔭で、丸々ポイントが余ってしまったので。
面白そうな名前に釣られて、ペット用スキルを貰ったと言う経緯である。
そんな偶発的な取得のスキルだが、実際の威力は大したモノだった。ノリスさんの必殺のクリティカル狙いの一撃は、迎撃カウンターでそっくりお返しの結果に。
僕にしてみれば、激安で買った売れ残りアイテムが、超お得な良品だったような心地良さ。驚く暇も与えずに、さらに追撃の《光糸闇鞠》をお見舞いしてやって。
バックステップから、奪ったMPで《デスウィンド》の詠唱。
この魔法もやっぱり最近覚えたモノで、MPは喰う物のリンの持っている中では一番の攻撃力を誇る。体力枯渇で、案の定の《雷精招来》を発動するノリスさん。範囲外にいた僕は、慌てず騒がず《砕牙》での遠方からとどめ刺し。
途中、麻痺とスタンに苦労しつつも、何とか勝ち名乗りに至る事が出来た。
やんやの声援は、もちろんチームメイトから。ついでに双子からも、シンクロした動きの拍手を貰って。幹生の相手は決まったのだろうか、向こうの様子もちょっと気になるけれど。
既に真理香さんも、ヤル気満々でフィールド中央に出張って来ている。
『さすがにやるわね、リン君! さて、時間も無いし休憩終わったら次は私とね!』
『了解しました、真理香さん……前も思ったけど、派手なキャラですね』
『うふふっ、この衣装は凄く気に入っているのだ! だからって、実用的じゃないと思わないで頂戴ねっ♪』
炎属性の彼女のキャラの衣装は、言ってみれば水着に丈の短い上着を羽織ったような感じ。下半身は黒い網タイツに赤いヒール。まるで、マジシャンのアシスタントかSMの女王様みたい。二つ名も“赤いヒール”のマリカと言うらしい。
それ以上に珍しいのは、彼女の頭装備だろうか。イヤーマイクにしか見えないが、何か特別な効果があるとでも? 恵さんにでも、キャラ情報聞いておけば良かったかも。
嫌だなぁ、肝の冷える不意打ちを喰らいそうで怖い。
それでも休憩が終わって、僕にとっての2回戦の火蓋は切って落とされる。彼女もアリーゼさんと同じく二刀流使いらしいが、珍しい事に片手剣を2本携えている様子。
片手剣自体は、性能は悪くない。それどころか、種類も豊富だし攻撃力もかなり大きい部類に属する。それでも二刀流使いが選ばないのは、その中途半端な性質の為だ。
つまりは、速さも攻撃力も丁度中間の無個性なのだ。
息を吐かせぬ連撃で、スタンや麻痺で相手を追い詰めるならば、攻撃間隔の短い短剣か細剣がいい。クリティカルも出易いし、スキル技もそっち系が揃っている。
攻撃力を求めるなら、片手斧が一番だ。単発のスキル技にも、威力の凄いのが多いのが特徴である。その次は、種類が少ないせいで使用者は少ないが片手槍だろう。
平凡な片手剣を使ってるって事は、何か意味があるのだろうか。
何もかも破天荒な相手に、僕は警戒気味に近付いて行く。もちろん強化や幻影は掛け終わっているが、相手もそれは同じ事。今は変なステップで、まるでこちらを挑発しているよう。
いや、違ったようだ。ログに《タップダンス》とのスキル技名の表示、変な音階がリンの周囲を飛び交い始める。それと同時に、リンの動きを縛るような異変が訪れて。
オープニングヒットは、こんな感じで奪われる破目に。
続く連撃は、スピードこそ無いが威力は充分。ステップが可能なら、普通に避けられたのに。歯がゆく感じつつも、僕も二刀流で応戦。しかし、相変わらずの不器用な動きに。
簡単に避けられて、逆襲のスキル技を喰らうリン。
なるほどこれなら、片手剣の使用も頷ける。スピードの無い攻撃も、相手の動きを封じて当てに来るのは厄介だ。スキル技も、複合仕様のかなりの威力。
いきなり相手のペースだが、まだ慌てる程ではない。対処法を考えながらも、幻影を張りつつ閃光弾で軽く嫌がらせ。強く踏み込んで、何とか通常攻撃をヒットさせる。
それにしても、本気で絡みつく音階がウザい。
音には音かもと、僕は《ソニックウォール》で相手を撹乱してみるのだが。調子の良かったマリカさんのダンスのリズム、途端に狂った様子に付け入る隙を見い出せて。
得意の《震葬牙》からの《ディープタッチ》で、奪われたHPを奪い返す。
ダンスを封じられたマリカさん、再度の対峙から中央で切り結ぶ僕ら。今度はこちらのペースで攻防が出来ている気が、リンのステップにも切れが出て来たし。
この流れを無駄にしたくない僕は、果敢に攻めに出る。相手の炎を纏った剣先を潜り抜けて、死角からの一撃を浴びせ掛けて。片手棍のハウリングの叫びと共に、クリティカルの殴打。
マリカさんの体力を、大幅に減らせる事に成功。
『やるわね、封印の疾風……こっちもそろそろ、舞わせて貰おうかしらっ!』
余裕を見せるマリカさんだが、体力には大きな差がつき始めている。反撃を警戒する僕は、油断せずに相手の動きを窺うが。やって来たのは《バックドラフト》と言う吹き飛ばし魔法。
爆炎と共に少なくないダメージ、この程度ならペットのオート回復が癒してくれるので問題ないが。距離をおいて再度警戒する僕の前、舞うと言ってたマリカさんはしかしステップは使わず。
その代わり《絶叫ボイス》で、耳キーン状態。
こんな変テコなスキル技があったとは、受けた僕はビックリ仰天。音を操る系のスキル技、実は結構あるらしいんだけど。それを集めて、吟遊詩人を自称するキャラもいるらしく。
しかし、この技は個人的にあんまり受けたくなかったかも。対戦相手の女性に叫ばれるなんて、世間体が悪いったらありゃしない。それを受けて、リンの動きもヘロヘロに。
なるほど、これも相手の動きを変にする技らしい。
いや、相手の様子もちょっと変わって来たような。絶叫したマリカさん、髪を逆立ててこちらを睨み付けている。ひょっとしてハイパー化込みなのかなと思った途端に。
《鬼火》を連続でぶつけられ、接近しようにも真っ直ぐ歩けない有り様のリン。
これは困った、どうやら僕の《ソニックウォール》と同じ効果があるらしい。しかもハイパー化の効果か、呪文詠唱がやたらと短い。攻撃魔法に焼かれて、リンがヤバい事に。
しかも、今唱えているのはまた別の呪文っぽい。得意の障害物に隠れる作戦も使えず、距離を潰して詠唱中断を狙う事も出来ず。まんまと喰らった《炎の十字架》って名前の大呪文。
ダメージと共に、今度は移動も封じられてしまった。
なおも燃え盛る炎の十字、移動不可に加えて継続ダメージも上乗せされて。逃げ場の無い僕は、回復魔法に頼るか他の手段を選ぶか迫られるのだが。
圧倒的に有利なはずの、マリカさんから次の一手が飛んで来ない。おかしいなと思って見たら、何と主人のピンチにSブリンカーが捨て身の接近戦を挑んでいるっぽい。
感動するより、僕も驚きが先に立ってしまったけど。
その行動のきっかけが良く分からないが、リンの動きが封じられた為なのかも。Sブリンカーの接近戦の乱打の回転は、なかなかに素晴らしいかも。
魔法攻撃にシフトしていたマリカさん、咄嗟に反応出来ていない様子。この隙に、僕も何とか手を打たないと。ペットの犠牲精神を、主人が無駄にするのは避けたいもの。
取り敢えず、失った体力は《シャドータッチ》で回復して。
次は近付きたいんだけど、それも出来ない現状で。相手のHPも半分まで減ってるし、リンは魔法の連打は得意なタイプではない。かと言って、中距離スキルが届く場所に相手はいない。
ぐずぐずしていたら、本当にSブリンカーが撃ち落されてしまう。僕は覚悟を決めて、《断罪》から《風神》を招く。こんな場面で自ら体力を減らすのは恐いが、他に打つ手も無いし。
ところがとんだ計算違い、何故か《轟天》やって来ず。
僕はモニター前で、顎が外れんばかりに驚愕顔を作っていた。しまった、訳の分からない種族スキルを当てにし過ぎていた。ところが足止め魔法のピンチは、炎と共に神風が吹き飛ばしてくれていて。
一応自由にはなれたけど、異変を察知したマリカさんから再び魔法が飛んで来た。いよいよ危ういリンだが、《砕牙》の威力は断罪の効果も拾って物凄いダメージ。
相変わらずペットにじゃれ付かれているマリカさん、リンの不意の遠隔ダメージにも慌てている様子。連射しながらも、僕は気付かれないように少しずつ近付いて行って。
得意の中距離コンボで、畳み掛ける事に成功。
その時には、辛うじてステップインで接近戦を挑めようかと言う距離を確保。相手は再度を披露しているが、何故かSブリンカーには効果が無い様子。
ただし、僕の接近からの斬撃には、もちろんその限りでは無い感じ。それどころか《絶叫ボイス》とのダブル効果で、どこを狙っているのってなへっぴり腰に陥るリン。
それでも両者ギリギリなのだ、躊躇している暇は無い!
ダメ元での斬撃を振るおうと決めた瞬間、それは起こった。魔法の詠唱合戦より、素早い武器攻撃に活路を見い出そうと、僕は瞬時に判断したのだが。
相手のダブルの旋律に、確実も何もあったもんじゃないけど。
その音階に呼応したかのような、Sブリンカーの独特な笑い声。ウフフがアハハになっていて、それじゃ微笑とも呼べないだろうに。その笑い声と共に放つ《ロケットパンチ》から《アッパーカット》の一人連携は、主人のピンチに応じてか、気合いの入ったナイスパンチ。
とどめの《バニッシュ》までの、物凄く綺麗な流れは見事?
そう、リンが見事に刀を空振りしている間に、何とマリカさんは昇天してしまったのだ。ペットの攻撃なんて、殆ど嫌がらせのカスなダメージだと、相手も油断していただろうに。
ところが、終盤になっての突然の盛り上がり様。ってか、僕もかなり唖然としてしまった。何せ、負けを覚悟して踏み込んだ所に、ペットの一人連携で戦いは終わってしまったのだから。
かなり恥ずかしい、空回りの斬撃と僕のヤル気。
本当に、意味不明の種族スキルと言い、ペットの挙動不審な行動と言い。こっちまで、いい様に振り回されてばかりである。信用して良いものか、本当に戸惑いっ放しだ。
残り体力1割で、放心しながらそんな事を考えていたら。優実ちゃんの回復魔法と、決勝戦の相手が降りて来た。一見して、何も武器を持っていないようなシルエット。
だが術者でも何でもない、ナックル持ちの格闘家だ。
向こうは幹生が勝ったのか、恐らく恵さんを相手にして。僕もいい加減ボロボロだが、それは幹生にしても同じ事。奴も双子に回復を貰って、僕の真正面に立つ。
よく勝てたものだ、幹生もそうだけど僕にも同じ事が言える。
『良く勝ち残ったな……お前、見事にボロボロじゃんか。凜、そっちは回復持ってねえの?』
『幹生の方こそボロボロじゃんか、余裕っぽく振る舞ってるけど。持ってるけど、時間が長引きそうだったから使わなかった……そっちは?』
『俺も持ってるけど、ちょびっとしか回復しない奴な。時間も後5分しかないし、ポーションも回復も使わない縛りでやろうか?』
僕はオッケーと返事して、それからペットは引っ込めないよと念押し。オプション付きかよと、馬鹿にしたような幹生の物言い。せいぜい侮ってろ、後で痛い目を見せてやる。
MPも回復して、リンは立ちあがっていよいよミッキーと向き合う。正直、拳闘家と遣り合うとは思いもしなかった。リズムが良く分からないし、ちょっとやり難いかも。
一応、前回隣同士で戦ったデータは、脳にインプットされてるけど。
相手もその点では、僕と似たような前情報だろう。階段を降りて来た歩美ちゃんが、レフリーやるねと口にして。始めの合図で、僕は一歩下がって強化魔法を唱え始める。
それを読んでいたような、ミッキーの《諸手狩り》が炸裂。
うわっ、思いっ切り格闘技系の技じゃないか。強烈なチャージ技に、リンは座り込みスタン状態に。もちろん呪文詠唱はストップ、そのまま打撃に移行するミッキー。
こんな始まりは予想だにしていなかった、反撃の武器にもオートのカウンターが割と高い確率で作動してるし。嫌な相手だ、しかも張り付く程の接近戦。
僕は爆裂弾を使って、再度距離を置く。
辛うじて、次のチャージは《ソニックウォール》で潰す事が出来た。その隙に強化を掛けてから、閃光弾で嫌がらせ。せっかちな敵相手に、闘牛士のような華麗な躱しを魅せつつ。
京香ちゃんの野次とか、沙耶ちゃん達の声援が飛び交う中。くっ付こうと突進する幹生と、バックステップで距離を置く僕の戦闘の図式。相手の苛立ちが、手に取るように分かる。
業を煮やした幹生が、次の手の《フェイスタッチ》と言う呪文を詠唱する。
その時には、僕の強化魔法は全て掛け終わっていた。こちらも攻勢に出ようかと、手始めの中距離スキルを仕掛けるが。それをものともせず、懐に潜り込む幹生。
生粋のブルファイター振りだが、今度は僕も望む所だ。ところが何故か、キャラ同士が吸い寄せられるように接近したまま離れられない。これがさっきの、魔法の効果?
文字通り、顔がくっ付く程の近距離に居座り続ける幹生。
武器にはそれぞれ、適正距離と言うのが存在する。両手武器は遠目の距離、短剣は近距離で片手武器はその中間だ。この距離を外すと、適切なダメージが出なくなってしまうのだ。
通常モンスターと闘う際は、前衛アタッカーはそれを念頭に入れて位置取りをする。これはまぁ、誰もが最初に覚える事だし、カーソル合わせで適正距離が表示されるから問題ない。
モンスター達からの攻撃に限っては、その概念は当て嵌まらないけどね。ただし、ブレスや特殊攻撃の到達距離だとか、通常攻撃の有効範囲はもちろん存在する。
距離による補正が、キャラのようには無いだけだ。
さて、肝心の幹生のナックル武器は、短剣よりさらに近距離で一番の適正ダメージを叩き出すらしい。そしてこの距離は、僕にとっては面白くない事この上ない。
何とかもう少し離れたいが、幹生の動きだかスキルの威力だかがそれを阻んでいるようだ。しかも相手は、こちらの動きどころかスキル技を放つ前の雰囲気まで読んでいる。
細剣のスキル技を《タックル》のスタンで潰されてはお手上げだ。
スタン技も豊富な幹生の格闘技、他にも《水面蹴り》でこちらの動きを先読みして潰して来る。相手の手数の多さに、リンのHPもじりじりと減って行く。
対戦相手の動きを読むなんて、スポーツをやっている連中なら当たり前の事なのだけど。やられてみると、ここまでウザいとは思わなかった。しかも頻度の高いカウンターで、手詰まり感が僕の心に立ち塞がって来る。
さすが、カンスト猛者を倒して勝ち上がった相手だけはある。
一撃の威力は、もちろんこちらに分があるのだが。手数の多さと回転数は、明らかに幹生の方が上。さらにカウンターとスタン技で、こちらの動きを制限して来ている。
言葉にすると、なるほど現状はこんな感じ。それならこちらも、その手でお返ししてやろう。僕は簡単に策略を練ると、まずは武器の空振りでわざと隙を見せる。
大きく空いた僕の脇元目掛けて、幹生の《乱撃》が炸裂する。
それをカウンターで迎撃したのは、もちろん僕のホリーナイト。良かった、一発で出てくれて。一応補正スキルでカウンター率は上げてるけど、確実ではない博打の手だったのだ。
大慌ての幹生に、僕は《震葬牙》で逆にスタンをお見舞いしてやる。それから光種族には厳しい、闇魔法の《シャドータッチ》と《ディープタッチ》の連続詠唱。
畳み掛ける戦術で、減った体力の値はこれで同じ程度か。
今度はこちらも《ビースト☆ステップ》で、相手より上のペースを作り出す作戦に。オート回避とオート間合いのせめぎ合い、その間に撃ち交わされる斬撃と拳の乱舞。
その内に、僕の《グラビティ》の呪文が向こうのレジを打ち破って効果を発揮してくれた。これで相手の読みが幾ら良くても、動きでついて行けなくなる筈だ。
光種族との相性の良さが、今回は僕に運をもたらしたみたい。
終盤に大技で粘られたが、僕もハイパー化スキルの《獣化》で畳み返して。壮絶な削り合いは、最後には《風神》からの《轟天》でケリが付く格好に。
さっきの戦闘では出て来なかった癖に、良く分からないスキルである。ひょっとして、自分で体力を減らしての招来は駄目なのかも。敵からの攻撃で体力2割まで減は、かなり怖いんだけどな。
何にしても優勝だ、最後まで勝ち残れてホッとする僕。
女性陣のはしゃいだ歓声も、折よく迎えた時間切れに阻まれてしまったけど。かなり運任せの結果は否めないけれど、強敵ばかりのトーナメント戦に勝ち残れて良かった。
胸を張って、この結果には応じようと思う。ただし、それはエリアアウトして皆に囲まれるまでの話だったり。その結果に納得しない面々が、揃って再戦を申し込んで来たのだ。
しかも僕らの闘いを観戦していて、何やら熱を帯びてしまったっぽい京香ちゃん。うちのギルマスの沙耶ちゃん相手に、タイマンで私達も一戦どうよと持ち掛けて来る始末。
図らずも、次のインのチームが募られて行く。
もちろん、その挑発に応じない沙耶ちゃんではない。個人戦も含めて、ヤル気満々なのは仕方無いけど。何故か休憩中だったハヤトさんチームも、参戦するとの話になって。
ちょっと待って、それは幾らなんでもズルいっ!
勝ちの目が無いのはもちろんだが、今度は誰と当たってもマークされるに決まっている。僕はかなり尻込みするが、そんならお前はシードでいいよと幹生の助け舟。
って言うより、僕からしてみれば、その舟は強制送還の鉄の檻にしか見えないけど。知らない間にマリカさんが、もう1チーム知り合いのギルドを呼んでしまっていて。
完全仕様変更の、貸し切り個人戦のエリアインを果たす破目に。
カリカリ来ているのは、ノリスさんやグレイスも同じっぽい。まさかレベル的に格下のキャラに負けるなどと、思ってもいなかったのだろう。アリーゼさんに至っては、同じギルドでも当たったら容赦しないわよと戦神のオーラを発している始末。
チームメイトとは対戦出来ないねと、ハヤトさんはホッとしてるけど。
真理香さんや恵さん辺りは、望む所と逆にハッスルしている感じを受ける。どこのギルドも、男性より女性の方が闘いでのランク付けにシビアな感情を持っているらしいのは笑えるけど。
とにかく、先程の4チームに新たに強豪3チームが加わって。咄嗟の発案から始まったトーナメント戦は、さらに混迷の度合いを深めて開催される事と相成って。
僕にしてみれば、勝って終わりにしたかったのが本音。
とにかく強引に担ぎ出された今夜の2戦目、沙耶ちゃんは、リン君の知り合いだろうと容赦しないよと、早くもヒートアップしている。僕は逆に冷めた感情のまま、どうせならさっき当たって無い人と対戦したいかなとの思いが募る。
誰にも邪魔されずに辿り着いた円形闘技場は、キャラとフラッグの群れで満員御礼の状態に。恵さんや愛理さんは、さっさと仕切れと真理香さんを急かしているけど。
人数多いよねと、真理香さんは逆に困った仕草。
今回の参加人数を数えてみたら、先程の6人に加えてアミーゴチームから新たに3名。さらに、真理香さんの知り合い2チームからも3名が名乗り出て。
まずは真理香さん、12人を4組に分けたい様子。それだと時間無いかなと、2面しかない試合場に悩んでいる様子である。確かにこうやって集まって、組み分けするにも既に5分以上の時間が掛かっているのが現状だ。
それじゃあ残り2組は、適当な場所でやろうかと隼人さんの提案に。加えて全試合、回復ナシねと厳しい条件がくっ付いて来て。僕の組は、ザキさんとノリスさんの3名と言う組み合わせに決定して。つまりこの内から、10分以内に1人に絞れってのが条件だ。
僕は迷わず、ザキさんとの初回カードを懇願する。
ノリスさんは、色々と思う所もあった様だが、これを承諾してくれた。ザキさんもあっさりと快諾、それじゃやろうかと臨戦態勢に。日本刀の直刃が、リンにピタッと向けられる。
――僕の身体の体温が急激に下がる思いの中、闘いは始まった。
夏休み最後の日曜日、この日も快晴でカラッとした気温である。水曜日に海に泳ぎに行ったので、日曜のテニス教室は流れるかなと思ったのだけど。
コート予約取っちゃったと、隼人さんからのメールが土曜日にあって。メンバー増えてもいいから、海のメンバーも誘ってみてねとの追記が書かれていた。
そんな訳で、僕発信のメールで集まったメンバーも何人か。
メル姉妹も、今日は小百合さんが付き添いで参加するっぽい。沙耶ちゃんと優実ちゃんも、参加するねと気楽な二つ返事。みんな遊ぶ気満々で、それはまぁいいのだけど。
人数が増えると、必然的に試合どころでは無くなってしまう気が。そこまで気を回す必要も無いかな、メニューは先生に任せて、全員が楽しめればそれで良いのだろう。
そんな感じで、僕も呑気に参加する事に。
僕が自転車を飛ばして、コートに辿り着いた時には。既にみんな集まってて、ワイワイと騒いで大変な盛り上がり様。アミーゴ側は、今回は愛理さんと真理香さんも参加しているみたい。
ってか愛理さんって久し振りだ、そんな挨拶を交わしながら。物凄く微妙な目付きで睨まれて、何だか気まずい思い。真理香さんとは仲が良いらしく、話しながらコートに向かって行った。
2人とも、ちゃんとラケットは持参しているみたい。
逆に殆ど用意の無いメル姉妹、小百合さんは恐縮してるし。別に構いませんよと、僕は予備のラケットを取り出す。子供用で無いのは残念だが、僕が中1の頃に使ってた奴だ。
これなら少々乱暴に扱ってもいいし、今の僕の使ってるのよりは小振りである。それでも手にしたメルには、やはり大きいような。サミィは興味津々だが、さすがに少女には大き過ぎる。
代わりにボールを手渡して、これを打つんだよと説明する。
「見たことあるよ、黄色いね。なんで黄色?」
「さあ……なんでだろ? これがポーンて弾むから、お姉ちゃんの持ってるラケットで打つの」
そのお姉ちゃんは、ラケットの面でサミィの頭をぐりぐりして遊んでいるけど。母親の小百合さんはその行為を窘めてるけど、当人は構って貰って嬉しそう。
とにかく姉妹も小百合さんも、日差し対策はバッチリっぽくて安心。稲沢先生が寄って来て、僕らに挨拶をして来る。どういう風にコート使おうかと、ついでに相談されるけど。
僕は姉妹の相手してますよと、率先して子守りを引き受ける構え。
凜君はあっちのグループと交流あるんだから、積極的に交わりなさいよと先生も気を遣って来る。要するに、ホスト役をやれって意味なのだろうが。確かにそれは、僕にしかやれないコト。
そこに沙耶ちゃん達もやって来て、いつ試合するのと浮かれた口調振り。2人ともラケットを持っていて、それなりの格好でヤル気をアピールしている。
それどうしたのと訊ねると、怜ちゃんに借りたと優実ちゃんの返事。
「玲ちゃん、中学ではテニス部だったんだよ。凜君の先輩だね、知ってた?」
「う~ん、そう言われればいたような? 練習は別々だったし、女子は部員多かったからなぁ」
「玲も大会では、ちょっといい所まで行ったって言ってたけどね。さすがに凜君ほどの成績は、残せてないけど」
それなら誘えば良かったのにと、思わず口に出そうになったけど。沙耶ちゃんの反応が何となく分かってしまったので、僕は曖昧な返事を返すに留めておいて。
もっとも、本当にお互い気嫌いする仲でないのは、近くで見ていて分かっているつもりだ。それでなくても騒がしいこの場に、わざわざトラブルを招く必要も無いだろうし。
身体をほぐして、ちょっと打ち合おうかと僕は提案する。
了解との返事を貰って、さてと今度は隼人さん達アミーゴメンバーに改めて挨拶しに行って。この中では、愛理さんだけ経験者っぽいとの報告を得て。
隼人さんと恵さんも、前回の感じでいいのかなとヤル気だけはある様子。特に恵さん、小っちゃな子供には負けないと、静かなライバル心を燃やしている。
お、大人気ない……これも身長に関係してるのかな?
そんな内心の思いも、間違っても顔に出さないだけの分別を持って。特に恵さん、やたらと勘だけは鋭いもんね。僕はこのグループにも、1時間後に試合するので練習お願いしますと、愛理さんにコーチを丸投げしてみるけど。
こちらも、向こうの小娘どもには負けないと、変な闘志がメラメラ。
僕はボールを用意する振りをして、ちょっと離れた隼人さんに近付いて。小声で不機嫌そうな愛理さんの、その理由にお伺いを立ててみる。知っておいて損は無い、変な話題を振って自爆などしたくは無いから。
隼人さんの話によると、最近は僕の父さんとの仲に進展が無いらしい。その憂さ晴らしにと、休みの日にはエステやら買い物やら、愛理さんの暴走が止まらないらしく。
おまけに前回の緊急開催の個人戦では、急なルールの変更で成績も中途半端に伸びなかったりして。それがさらに不機嫌の原因に、ギルドでも腫物を触る扱いらしく。
今回は、気分転換にと隼人さんがテニスに誘ったみたいだ。
和気藹々なサークル活動を目指してたのに、いきなり不穏分子が紛れ込んでしまった気分。沙耶ちゃん達はともかく、愛理さんの爆発は僕の手に負える物ではない。
いざと言う時はそちらの責任でとの僕のコメントに、思いっ切り怯んだ顔の隼人さん。メルは無邪気に、既にラケットを振り回して沙耶ちゃん達と遊んでいる。
サミィはラケットなしで、ただのボール遊びだけど。
弾むボールを楽しそうに優実ちゃんと追っかけている姿は、とても癒される光景だ。うん、なるべく向こうには近付かずに、僕はこっちでコーチの真似事でもしていようか。
ところが先生から、こっちはいいから向こう行きなさいと指導が入り。
仕方なく、一番親しい恵さんに近付いて話し掛けてみる。この人も、実は割と毒を持ってるんだけどね。愛理さんよりはましだと、コーチの真似事を開始する。
バックスイングが難しいねと、恵さんと隼人さんは僕に指南を求めて来る。僕は球を打つポイントとか、思い切って両手打ちを勧めながら、とにかくフォームの指導に余念が無い。
メルとサミィの笑い声を耳にしつつ、コートのあちこちで個人レッスンは続く。
「愛理さんのフォーム、凄く良いですね。さすがに前に遣ってた人は違うや、これで経験者は先生と僕を含めて3人なのかな? チーム分けどうしましょう?」
「私は真理香と組むわ、隼人は恵と組めばいいんじゃない? そっちのギルドの組み合わせは、そっちで決めればいいし。子供達は……どうしようかしらね?」
「愛理は実は、子供が好きだからね……子供からは、ケバいおばさんとしか認識されないのが悲しいけど。一方通行な愛情は、愛理のいつものパターン……」
頼むから、僕を盾にして小声で危険な言葉を紡がないで欲しい。まぁ、近くではしゃいでいる子供達を邪魔者扱いされなくて助かったけど。それじゃあ、1ゲームずつ交替で試合しましょうかと、僕の提案はすんなりと通ってしまった様子。
今日は人数も多いので、練習もそこそこに試合へとなだれ込む事に。メルとサミィはどうしよっかと、知恵を寄せ合う大人の出した結論は。とにかく強引にでも、ボールに触らせちゃおうとの変な作戦を編み出して。
つまりはネット際に立って、味方からボールを貰うのだ。
サミィに限っては、素手でボールを掴んで相手コートに投げ込む役目を貰って。しかも僕とチームを組むみたい、つまりは対戦相手は沙耶ちゃんと優実ちゃんと、そして稲沢先生。
偏り過ぎじゃないですかとの僕のクレームは、敢え無く却下の方向へ。負けないよと言い合っている沙耶ちゃんとメルは、根拠も無いのに自信満々な様子である。
お母さんと練習しているサミィは、実はチョー真剣だったり。
途中からは点数を無視しての、乱打戦模様になったこの2ペアでの試合だけれど。幸いにして、みんな楽しんでいる雰囲気、僕は何だか肩の荷が降りた気分。
特に僕の受け持ちの試合は、笑い声しか聞こえて来ない感じで。ルール無用のこのゲーム、向こうの陣地から飛んで来たボールを、僕が優しく味方の前衛にトスしてあげるのがミソ。
それをラケットを持つメルの場合、完全に身体をこっちに向けて大団扇を扇ぐように後ろに山なりのボールを打つのだ。これがなかなか上手で、素人の沙耶ちゃんと優実ちゃんが、これを追って右往左往。
それを見て笑うメルと、私にもボール頂戴と飛び跳ねながら催促するサミィ。
それを受けて、今度は戻って来たボールを、僕は超ソフトなタッチでサミィの元へ。物凄いオーバーな動作で、キャッチに挑むサミィ。蝶々を捕まえる時のような、フワッとしたアクションである。
それが上手に行った時は、敵味方問わずにやんやの喝采。
サミィの頬が真っ赤になってるのは、運動の為だけではないだろう。敵陣に放り投げるパワーはてんで無いので、それが拾われずに大抵ポイントになってしまうと言う。
それでも許されてしまう、可愛らしさのパワーは凄いモノがあるかも。稲沢先生も、今日に限ってはいつもの本気モードは発動しない様子で何よりだ。
僕の負担は、これで半減したっぽい。
もう1つの対戦ペアも、楽しんでいないと言えば嘘になる程度には盛り上がっていた。愛理さんが上手に、手加減して試合をリードしているのが良く分かる。
恵さんは相変わらず子供っぽく、前衛に張り付いて飛んで来た球を打ち落とすのに余念がない。隼人さんは、前回と同じ程度には上手にボールを拾えている。
それが何とかラリーになっている、最大の要因であろう。
「愛理、あんまりムキにならなくていいよ。それっ、ここで《スピンムーブ》だっ! 私も《スピニングサイズ》で打ち落としてやるっ!」
「恵ったら、何をブツブツ独り言ほざいてるのよっ? スピンムーブがどうしたって、ひょっとして見たいの?」
「へっ……こ、こう?」
前衛の恵さんと真理香さんの掛け合いに、思わず反応してしまった様子の愛理さん。その場でラケットを持ったまま、くるくると回転を始めてしまう始末。
隼人さんが打った力の無いサーブは、当然ながら愛理さんのラケットにかすりもせず。それを見て大笑いする子供達、意外とノリの良い人だな愛理さんは。
キャラ操作ほどの腕前じゃないねと、恵さんの言葉。
そんな感じで、交替しながらのお気楽な試合進行を1時間ちょっと。夏の日差しに焼かれながらも、持参したスポーツドリンクで水分を補給しながらの程よい運動に。
身体は動かすものだと、改めて思い知ってしまった。何しろ汗を掻くのは気分が良い、最後の方では小百合さんまでちょっとだけ参加して。娘と一緒に、ラケットを持ってコートを走り回って。
正午まで、あっという間の2時間だった。
お昼は結局、各自のグループで済ます事に。アミーゴグループは、少し車で遠くにお出掛けするそうだ。ハンス一家も、アーケードの方まで出張るみたいで。
僕らも外で食べようかと話し合ったが、沙耶ちゃんの家での昼食に話はまとまって。新住宅地を歩いている途中に、椎名先輩の家の前を通り掛って。
ラケットを返しにと、その裏手へと廻り込む優実ちゃん。
家の裏手は、僕も以前に昼食を招かれた小奇麗な庭になっていて。良く手入れされた庭木が、涼しげに広がっている。そこに現れた人影は、ネコを抱きかかえていた。
僕も挨拶した事のある、愛想の良いミケだ。
「玲ちゃん、ラケット返しに来たよっ♪ ちょっとだけ、ニャーを抱かせてっ♪」
「こんな暑い日に、よくテニスなんて出来たわね、優実。ちゃんとラケット使えた、今度練習見てあげようか?」
「凜君がいるから平気よ、玲はお呼びでないもん。それより、昼からの限定イベントの決着、ちゃんと覚えてるわよねっ!」
穏やかだった椎名先輩の顔付きが、沙耶ちゃんのこの呼び掛けであっという間に獰猛なものに。首を洗って待ってなさいと、お互いに幼稚な挑発を飛ばし合っている。
ニャンコを愛でている優実ちゃんは、両者に全くお構いなし。
これで限定イベントでの対決は、火に油を注いだ状態が確定された訳だ。巻き込まれた感のある僕にしてみれば、胃のあたりが重くなる事態ではあるけれど。
いつも僕を応援してくれる存在の、沙耶ちゃんの力になりたいのも事実である。ここは頑張って、ひとつ恩を返そうじゃないかと自分を奮い立たせてみたりして。
そんな抗争戦は、それから数時間後に開催された。
さて、限定イベントもそろそろ終盤だ。僕らのチームは全滅こそしてないが、しゃかりきにポイントを稼ぐためにインを重ねていた訳でもない。そこそこライバルと競い、楽しむスタンスはずっと崩してはいない。
この日曜の午後の合同インも、多分そんな感じに進むのだろう。椎名先輩相手に、派手に宣戦布告した手前、双方のギルド間での熾烈な争いは避けられない。
そしてそれは、柴崎君のギルドとも同じ事。
賭けの話は既に、一人歩きして凄い事になっていた。インして指定されたブリスランドに出向いた僕らだけど、一口乗ろうと言う猛者達がわんさか集まって待ち受けていたのだ。
それを広めたのは、何と椎名先輩。生徒会会長ともあろうお方が、何て無法振りだろう。それでも盛り上がってるのは確かだし、聞く所によれば学生ギルドばかりらしいし。
しっかり秩序を持ち込んでるのは、大したモノだと思うけど。
チーム戦は、言わば何でもアリな雰囲気に今の所はなっているのだけど。個人戦と違って最初から群れての行動だし、駆け引きがそれを肯定しているのだ。
椎名先輩も、今までのプレイでそれは痛感しているみたい。正々堂々が入り込めない、知略戦こそが醍醐味になっていて。まさにサバイバルな空間での生き残り戦だ。
フラッグ防衛に人が不在なら、それは作戦をそう定めた相手の失策なのだ。
『灰谷もそう言ってたし、今回は不意打ちや多人数での攻撃もアリで行きましょ。でないと、後衛で参加してるキャラの活躍の場が、全く無くなっちゃうから』
『そうですね、僕らが昨日やった個人トーナメント戦も、結局は前衛キャラだけが参加出来ちゃうルールだったし。じゃあ、フラッグ壊すのもアリでいいんですね?』
『むしろ、壊して行って勝ち残ったチームが、賭け金総取りでいいんじゃない?』
『でもぉ、いままでやった感じだと、30分で当たるチーム数はいい所2つか3つだよ?』
優実ちゃんの一言で、確かにとの賛同の声が各所からあがった。今は椎名先輩に声を掛けられたチーム員が、街外れで車座になってミーティング中。
灰谷先輩のチームは、残念ながら昼間はイン出来ずで不参加らしいけど。柴崎君の『天空の城』や、高校生では最大手の『遊戯辞典』から3チーム、他に限定イベント中のみ編成された『三銃士』と言うチームが参加を表明している。
みんな高校生で、この高校ナンバー1を決める闘いにはヤル気充分。
それぞれ持ち寄った賭け金は、つまりは7チーム分で大変なアイテム数に。還元の札からカメレオンジェル、術書や呼び鈴や呼び水などなど、勝ち残れたらチョー美味しいかも。
それだけに、きっちり全員が納得する形に持ち込みたい。ところがエリアの意外な広さに、滅多な事では全員が鉢合わせする事態にならないのが現状で。
このジレンマ、どうすれば解消出来る?
『全チームが、始まってから1か所に集うように動いたらいいんじゃないですかね? そしたら、道すがら全員が鉢合わせる確率は跳ね上がりますし』
『なるほど……それはいいかも。そしたら集合場所は、真ん中の峰の中央にある岩の橋の上かな? 最終的に、そこにフラッグを立てたチームの勝ちではどう?』
柴崎君の提案に、『遊戯辞典』のリーダー格が賛同の意を述べる。その場合、フラッグが壊れていないチームが幾つあっても、その場を最終的に占拠していたチームの勝ちとなる訳だ。
それは確かに、1回のインでケリがついて良い案かも知れない。今回の限定イベントは、そう言う意味では色々と融通が利いて良い企画な気がする。
勝つための戦術が1つしか無いとか、遊び方が型に嵌まった方法しかないとか、そんなのは面白い企画のイベントとは言えない。キャラを使った、ただの作業に成り下がってしまう。
時には考案者さえ驚くような、遊び手にも含みを持たせた余白が無いとね。
最終的に全員の賛同で、ルールは陣地取り合戦にと決定した。幸い、みんな岩の橋の場所を知ってたし、己のチームの旗をそこに掲げるって言い回しが皆の闘争心を刺激したようだ。
玲のチームにだけは負けないよと、沙耶ちゃんもヒートアップしている様子である。ちなみに沙耶ちゃん、妹の環奈ちゃんには今日の話は内緒にしてあるみたいだ。
お姉ちゃんの威厳に関わる問題で、僕らも否応なしに承諾させられて。
一番の強敵と思われた、灰谷先輩と永井君のチームは不参加とあって。僕的には有り難い気も、だって自信の大半は昨夜根こそぎへし折られてしまったし。
それでも今日はチーム戦、簡単に負ける訳には行かない。賭けアイテムの事もあるが、ライバル対戦でヘマをするのは信用にも係わるからね。相手にとっても、自分の仲間にとっても。
僕も気合を入れ直して、コントローラーを握り直す。
「えっと、玲に言われたのはこのエリアかな? さあっ、入るわよっ!」
「おうっ、旗子ちゃんを護るぞっ!」
優実ちゃんもご機嫌みたい、おやつに色々と買い込んであるのがその原因かも。午前中のテニス教室も大成功に終わったし、今は涼しいリビングで寛いでいられるし。
そんな雰囲気の中、僕は相手の戦力分析など。椎名先輩のチームは前衛と後衛、それから盾役とバランスは良い。3人で来られると、落とすには相当の労力が必要かも。
柴崎君のチームは、盾役と前衛2人だったみたい。イン前にキャラを見ただけだったけど、破壊力と粘りはありそうだったような。他の4チームは、正直良く分からない。
ほとんどが、前衛2後衛1のバランス具合に見えたけど。
そんなに気負う必要もないか、確率的には2チーム倒せば生き残り成立だ。むしろ遅く進み始めても良い位だ、他のチームには潰し合って貰うとして。
エリアインして最初に場所チェック……して、愕然とする僕。またもや出てしまった、遺跡の中心跡地からのスタートだ。ちょっと進めば、坂道から橋に出てしまう。
そんな事お構いなしに、旗子さんを進め始める優実ちゃん。
「ちょっと優実、あんまり先走らないでよねっ! またマミーに絡まれちゃうじゃないっ」
「平気だってば、外出しちゃえばいいんだよ♪」
「待って、優実ちゃん……ここって確か、前後で相手チームに挟まれた場所だ」
そうだったっけと、呑気な優実ちゃん。あの時は酷かったねと、沙耶ちゃんは良く覚えているっぽいけど。モンスターばかり相手にしていた優実ちゃんは、確かに記憶には薄いかも。
今に限って、こんな場所に出ないでもと思ってしまうけど。嘆いてばかりもいられない、どうしよっかと沙耶ちゃんと相談するけど。挟まれるのは嫌だねと、返事は至って簡潔な。
それじゃあしばらく待機しようかと、僕は消極策を口にする。
それを素気無く却下されて、次なる案を考えさせられる僕。それならせめて、遠回りの道を選んだ方が有利である。僕は遺跡を出て、広場を進もうかと何気ない顔で提案。
今度はオッケーを出して貰えた、優実ちゃんは張り切って旗子さんを操作。進行方向を思いっ切り間違って、段差でダメージを受けたけど。凄い繊細な判定である、昔の家庭用ゲーム機の主人公キャラみたい。
慌てる優実ちゃんと、それを罵る沙耶ちゃんの構図。
賑やかなリビングに呼応して、エリア内も次第に慌ただしくなって来た。恐らく森の端っこスタートのチームだろう、集団移動中にこちらに気付いたのは確定っぽい。
まだ距離はあるが、3対3プラスフラッグ込みの睨み合いから戦闘は始まった。相手は『三銃士』と名乗ったチームかな、そのくせ両手武器持ちが2人と弓矢使いの構成みたいだけど。
僕は沙耶ちゃん達に、後衛から速攻で沈めるよと作戦を指示する。
相手もきっと、同じ事を思ってるんだろうけどね。沙耶ちゃんに囮をお願いしつつ、ペット達も有効に働いて貰わないと。僕が少し飛び出すと、途端に弓矢が飛んで来た。
それに釣られて、向こうの前衛も飛び出して来る。一瞬の交差からの斬撃、それから向こうの炎属性キャラが、僕をブロックしようとスキル技を撃ち込みに掛かる。
僕の幻影は、まだ掛かったままだと言うのに。そいつを無視して、僕は弓矢使いに接近戦を挑みにかかる。慌てて引き返す、大剣持ちの炎キャラ。その代わり、風属性の大鎌使いが沙耶ちゃんの元に突っ込んで行く。
ペットもブロックを頑張るが、攻撃を浴びてしまう沙耶ちゃん。
もちろん防御魔法は掛かっているし、まだまだ慌てる程ではない。彼女が踏ん張っている間に、厄介な弓矢使いを片付けてしまわないと。弓使いの呪文を《ヘキサストライク》で潰して、追って来た前衛とフラッグを巻き込んでの《爆千本》を敢行。
慌てる連中を尻目に、《ディープタッチ》でSP補給をさせて貰う。
次いでの連携の掛け声に、範囲魔法行くよの威勢の良い返事が。固まっている相手には、何より恐怖の選択ではある。フラッグを巻き込んで、吹雪と光の乱舞が巻き起こり。
弓使いは、もはや虫の息と成り果てていた。
ついでと言っては何だが、フラッグも既にヨレヨレ。前衛の炎属性キャラの捨て身のブロックに構わず、僕は再度の《爆千本》で弓矢使いにとどめを刺してやる。
これもついでと言っては何だが、一緒に壊れて行く敵陣のフラッグ。怒りの反撃を浴びながら、僕も二刀流の斬撃で応戦する。気になる自陣は、しかし応援の必用も無い様子。
ペットと魔法攻撃で、風属性の大鎌使いはグロッキー状態みたい。
フラッグを壊された心理的な要因も大きいのだろう、程無く『三銃士』の前衛2人も、エリア離脱と相成って。まずは一勝、このルールはポイント獲得も大きいと気付いて。
それでも積極的に、敵と遭遇するつもりは毛ほども無い僕。消極的な提案で、休憩時間を利用して遠回りしようかと女性陣に相談を持ち掛けるけど。
実際、ここからゴールを目指すには、2通りのルートしか存在しない。このまま峰の中央の亀裂の細道を辿って行くか、それとも遺跡の廃墟を左手に見ながら、遺跡正面の坂道を目指すか。
ああ、もっと遠回りの、その真逆の坂道を目指すルートも存在するかな。
「遠回りしてたら、玲と出会う確率が減っちゃうじゃん! 却下だよ、リン君……遺跡の方から廻ろうか、何となくそっちにいる気がするっ!」
「沙耶ちゃんと玲ちゃん、確かに好みとか考え方が似てるからねぇ……案外、本当に鉢合わせするかもぉ?」
嫌な予言を口にする優実ちゃんと、回復し終わって元気に先頭立って歩き始める沙耶ちゃん。説得を諦めた僕は、仕方なく旗子さんの護衛に付き添う事に。
さすがに懲りたのか、遺跡内はルートから除外されていた。目立ちまくる平原を歩く僕ら、時間はまだまだ20分以上残っている。旗子さんの歩みの鈍いのが、唯一の救いか。
幸い誰にも見つからず、遺跡玄関の右手の中庭へ到着。
ここもいい感じに廃墟と化していて、崩れた瓦礫が散乱している。そのせいか、パッと見だけでは坂道の所在は分からない。石造りの建築物は、しかし峰の斜面を上へと続いている。
斜面の切れ目も、ここからでは分かり難い。あの隙間から辿って行けば、石の橋へと到着出来るのだが。誰もいない今、果たしてこのまま進んでも良いモノだろうか。
上手い事、他チーム全部かかち合ってくれていれば良いけど。
『あははっ、罠とも知らずにノコノコやって来たわね、沙耶香っ! 上から丸見えよ、武士の情けで不意打ちは無しにしてあげたけど。いい感じに、フラッグごと固まっちゃって……羽多、やっておしまいっ!』
『あっ、ズルいわよっ、玲っ!』
沙耶ちゃんの抗議が終わらない内に、羽多さんの範囲魔法が僕らを呑み込んだ。続いて椎名先輩の光属性の範囲魔法、完全に主導権を奪われた僕らは、為す術もない。
細い坂道を登ろうと、固まる僕らを待ち受けてのこの戦術。沙耶ちゃんはズルいと批判したが、油断していた僕らのミスも大きい。しかも相手は、遺跡の段差の上から僕らを狙い撃ち出来ると来ている。
してやられた感に、僕は思いっきり歯噛みする。
巻き返しを図ろうにも、相手に接近するには細い段差を駆け登らないといけない。当然前に出張っている相部先輩が、それをブロックして来る作戦だろう。
地の利を生かした、本当に良い作戦だ。このままでは、遠隔魔法一本で倒されてしまう。一瞬の判断の後に、僕は自前で《桜華春来》での回復。ダミーに《幻惑の舞い》を張って、独り坂道を駆け上がる。
女性陣は、あたふたしながら旗子さんを必死に後進させている。幸い範囲魔法は、再詠唱時間が長いモノばかり。壊れた噴水の影に、何とか逃げ延びた後衛陣。
つまりは、敵の標的は僕一人に。
『バーカばーか、玲のおたんこなすっ! 悔しかったら、降りて来て正々堂々と勝負しなさいっ……胸ばっかり成長して、まるで牛女じゃん!』
『何て言い草よ、おバカ娘のぺったんこ沙耶香がっ! ひょっとしてアンタも欲しいの、この豊満なバスト?』
『羽多ちゃんも胸小っちゃいよねぇ? 彼氏的には満足なのかな、相ちゃん?』
『優実っ、おだまりなさいっっっっっっ!!!!!!!!』
何の話をしてるのか、誰がどの部位の逆鱗に触れたのか。高度な知略に感心していたら、いつの間にか超低俗な罵り合いが始まっていたりして。我を忘れて思わず身を乗り出した羽多さんに、ペットの突撃指令が下った様子。
いや、僕の指示なんだけどね。低俗な罵り合いからの、おびき寄せは断じて違うけど。回復役から潰さないと不味いよとの言葉は、しかし事実である。向こうは盾役も回復呪文を使うのだ、一気に畳み掛けないと勝ち目はまず無い。
僕も何とか、向こうの後衛に張り付かないと。
そんなこちらの思惑は、しかし相手にとっても作戦範囲内だった様子。相部先輩と対峙して、素早くステップを駆使しつつ、隙を見て抜き去ろうとしたら。
坂道にいつの間にか、罠が仕掛けられていたみたい。少なくないダメージと共に、リンの移動能力は奪われてしまった。待ち伏せ型の魔法か消費アイテムか、どちらにしても不味い展開だ。
策略で常に一歩前を行かれるのは、こちらとしても腹立たしい事この上ない。だからと言って、現状は思ったほど悪くも無いのかも。僕が引っ掛かったせいで、ペット達はフリーパスで坂道を駆け登って行って。
慌てた様子の、羽多さんの姿がここから丸見え。
移動力は奪われたが、戦闘力は依然と健在のリン。上から降り注がれていた魔法攻撃には、前もって掛けてあった《桜華春来》の花びら防御が役に立った。
向こうは何かの強化魔法かと思っていたようだが、怯ませるにはダメージゼロの効果は充分だ。僕は丸見えの羽多さんに向かって《砕牙》を放つ。
ダメージを受けて、さらに慌てる羽多先輩。後ろからは、こちらも慌てた相部先輩が殴り掛かって来る。それをホリーがカウンターで倍返し、その倍は攻撃が通ったけど。
隙を突いて、奥の手の爆裂弾で時間を稼ぎに掛かる僕。
椎名先輩は、ここで呼び鈴を使用したようだ。効かない遠隔攻撃に業を煮やして、それでも自身は飽くまで身を晒さない作戦らしい。凄い知略だな、再度感心してしまうけど。
戦況はこちらに不利で、そうも言っていられない。《ビースト☆ステップ》を詠唱して、呼び出された雪男風のモンスターに備えるけど。おやっと思い前進したら、もう動けるようになっていて。
ここぞとばかり、ダッシュで中腹を制覇に掛かるリン。
雪男の攻撃はガン無視、ステップで避けたらさっきの足止め罠が再度作動してしまった。それでも何故か、オートで敵の攻撃を避け続けるリン。驚いた事に《ビースト☆ステップ》は、罠の効果さえ無効にするらしい。
気が付けば、羽多さんがすぐ後ろに。角度を巧みに計算して、ここぞとばかりに爆裂弾で彼女を崖から突き落とす。その作戦は、何とか成功したのは良いけれど。
一緒に落ちた雪之丈、ゴメンと僕は沙耶ちゃんに謝る。
『落ちたっ、ザマーミロ! 殺虫剤で虫の息だったゴキブリが、最後のあがきに壁を駆け上がったけど、結局力尽きた時みたいに落ちたっ!』
『お黙りっ、沙耶っ! アンタだけは、私が縊りコロスッ!』
怒りの限界値を、とうとう忍耐か何かが超えてしまったらしい羽多先輩。呼び水でイモリ型のモンスターを呼び出して、噴水の向こうの沙耶ちゃんに向かう構え。
作戦と違うでしょと、慌てた椎名先輩の制止も効果が無い様子。僕としては有り難い、これで坂の中腹の情勢も随分と楽に。危険を冒して突破して、回復役を選んで突き落とした甲斐もあったと言うモノだ。
とは言え、こちらも数的不利は否めないけど。
向こうの後衛同士の闘いは、それほど心配していない僕。呼び鈴で出現した敵を含めても、沙耶ちゃん達はペット込みで数的な有利に立てている。
今も、物凄い勢いで坂を駆け下りて行くプーちゃんを尻目に。僕の方の数的な不利事情に、独り頭を悩ませてみたり。道の幅が狭いとは言え、前と後ろから挟み撃ちされる事態は、どうにも避けれそうにない。
取り敢えずの《アースウォール》の魔法で、後ろの相部先輩を隔離の作戦。出現した土の壁は、細い坂道の通行を完全に遮断してしまった。
これは思わぬ利点を見付けた、次の獲物は誰にしよう?
中腹に陣取る椎名先輩の魔法攻撃を、再度唱え直した《桜華春来》でブロックしつつ。《砕牙》の遠距離攻撃で反撃しながら、距離を縮めてプレッシャーを掛けてやる。中腹の脇道の椎名先輩の後ろには、敵陣のフラッグが良い感じに隠されていた。
茂みと岩に囲まれて、坂の下からは全く見えないように工夫されている。フラッグは言わば、味方にとっては弱点である。足も遅いし、反撃能力も持っていない的なのだ。
隠された弱点を見つけて、僕のテンションは一気に上がる。
ステップインからようやく直接斬り結ぶに至った、僕と椎名先輩。変幻ジョブ同士の一騎打ち、ただし相部先輩と呼び鈴ペットは、もうすぐこちらに到達するだろう。
僕の目論見としては、フラッグと言う弱点を人質に、あわよくば椎名先輩も崖から突き落としてしまいたい所。ところが向こうも、それを察知して崖際には近付かない。
これだから、頭の良い人は困るってモノだ。
椎名先輩の斬撃は、クリティカル込みの小気味良いハイテンポの連撃がメイン。つまりは回転重視で、一撃そのものは軽いダメージである。ただし、補正で底上げされているのか、クリティカルの頻度が高くて嫌だ。
こちらは二刀流にしては重い斬撃が売りだ、しかもクリティカル率も割と高い仕様。普通なら押し負けはしないのだが、先輩の防御魔法がその均衡を阻む。
ダメージ一定量カットだろうか、地味にこちらの攻撃を和らげて来るのはさすが。
決め手のないまま、とうとう援軍の到達を許した僕。相部先輩は確か、押し流し魔法を持っていた筈。こちらが突き落とされては、せっかく与え続けていた重圧がパーである。
恐らく向こうも、それを狙っている筈。
計算違いだったのは、僕が遠隔攻撃カット魔法を持っていた事だろうか。それが無ければ確かに向こうさん、足止めしながら完封勝ちも出来ただろうけど。
せっかく懐に潜り込んだのだ、絶対この場所を譲るもんか。囲まれたのを良い事に、僕は《爆千本》での全体攻撃を敢行する。低くないダメージに、思わず向こうは2人同時の回復魔法。
その隙を突いて、僕は閃光弾の使用から《ソニックウォール》を強引に詠唱。
ふらつく相手を確認しながら、リンは素早くフラッグを背にする事に成功する。一緒について来たSブリンカーが、高らかに作戦成功の笑みを振りまきに掛かる。
さて、これで敵の一番弱い場所を、手の中に握り込めた訳である。後はSPと体力と相談しながら、《爆千本》を使用し続ければ相手はきっと焦りまくるだろう。
意地悪にそう思っていたら、何と僕に思わぬ援軍が!
沙耶ちゃんと優実ちゃんが、坂を登って駆け付けてくれたのだ。どうやら僕が粘っている間に、羽多先輩を倒したらしい。これで今度はこちらの挟み撃ちだ。
派手に範囲魔法が飛び交う中、反撃の相部先輩の押し流し魔法が炸裂。優実ちゃんが落っこちてしまったが、それと引き換えに沙耶ちゃんの《破戒プログラム》からの《アイスコフィン》が見事通る結果に。
これで優勢は、こちらが強引にもぎ取れた。何せ、相部先輩の回復魔法を封じれたのが大きい。椎名先輩の最後の頑張りは熾烈だったが、多勢に無勢は如何ともし難く。
そのままの勢いで、フラッグごと倒される顛末に。
相部先輩も、フラッグと大将が倒されてしまっては反撃も勢いがない。3人掛かりでの攻撃に、反撃も対処も尻すぼみ。15分以上の熱戦は、こうして僕らの完勝に。
やった勝利だと、休憩しながら喜ぶ沙耶ちゃんと優実ちゃん。僕も喜びに浸りつつ休憩を終えて、安全の為に偵察を兼ねて、坂の上の小道を窺いに先行してみるけど。
誰かの待ち伏せは、もうこの先には存在しない様子。
「ふうっ、勝てて良かった……戦闘はもういいや、疲れちゃった。凜君の指示が無かったら、さっきはかなり危なかったよ」
「そうだね、物凄く不利な場所に陣地を敷かれてたからね。遠隔防御魔法と突き落とし技が無かったら、僕も坂には近付けなかったよ」
「羽多ちゃん、死に掛けのゴキブリみたいって言われて凄く怒ってたねぇ……後でちゃんと謝っておきなよ、沙耶ちゃん?」
敗者に掛ける言葉は無いと、それを突っぱねる沙耶ちゃん。旗子さんを動かしている優実ちゃんは、それを聞いて溜息一つ。後で先輩のご機嫌伺いに奔走するのだろうか、これ以上皆の仲がこじれない様に。
ああ見えて、意外と気苦労の多い優実ちゃんである。影の功労者に、僕もほんのちょっぴり同情してしまうけど。彼女もうっかり発言が多いのは、皆の知る事実。
そのホワッとした性格に、ただ助けられているだけな気がする。
緊張も半減してしまったまま、僕らは坂の向こうの峠の石橋に向かった。僕の気分としては、最後の闘いを勝ち残った柴崎君が、悠然と待ち構えている姿を想像してたけど。
意に反して、そこに他のキャラの姿は全く見掛けず終いで。ライバルの不在をどう捉えたのか、嬉しそうな表情の優実ちゃん、旗子さんを石橋の中央まで誘導し終え。
小さくガッツポーズ、私達は勝ったのだと確信の笑み。
結局、それはぬか喜びに終わるのではと言う、僕の心配は杞憂に終わって。残り時間の間に、このゴール地点に辿り着いた人影は、全く存在せず終いで。
モニター上で確認すれば、チーム数は実は減っていない。他のチームもここに来る間に、派手に鉢合わせをしたのだろう。僕らにしてみれば、たったの2戦で助かったと言う他は無く。
こうして高校選抜チームでの争奪戦は、僕らの勝利で幕を閉じたのだった。
その日もそんなに気張って活動するつもりは無かったが、後2戦くらいはインをしようと言う話になって。フラッグを壊されてエリア参入出来ない連中を尻目に、ポイント稼ぎなど。
もちろん賭けで得たアイテムは、がっつり僕のカバンの中に。後で山分けしようと、代表して僕が受け取ったのだけれど。椎名先輩と羽多先輩の恨み節が、ちょっとと言うかかなり恐かった。
それを平然と受け流す沙耶ちゃんは、凄いと思う。
アイテムと言えば、マミーの宝箱から入手した『有名人のサイン』と言う、用途不明品を僕らは持っていたのだが。ある限定イベント運営NPCに話し掛けたら、それ欲しいとのおねだりを受けて。
どうせ訳が分からないので、素直に手放す事に。そしたらそのNPC、もし僕らのチームが入賞出来たら、報酬交換ポイントを水増ししてくれるとの事で。
変なフラグが立ってしまい、クエ扱いだったのか少量のミッションPまで得てしまった。
「誰のサインだったんだろう……気になる」
「誰のだろうね、有名プレーヤーなら割と名前挙げられるけど」
「私達も、このイベントで活躍出来たら、有名になっちゃうのかなぁ?」
想像がつかなそうな沙耶ちゃんの言葉、独り言みたいに実感の無い感が漂っている。僕は猛者に立ち向かうには、まだまだ足りないものが多過ぎるよと苦言を呈し。
凜君は完ぺき主義者だもんねぇと、優実ちゃんから逆襲を喰らってしまった。意外と鋭い娘だなと、彼女の発言に舌を巻くけど。確かに今の程度のキャラの熟成度では、僕はとても満足など出来ない。
何せ、ザキさんとの試合はボロ負けだったし。
彼女達も、まだまだペットの強さには不満がある様子で。自分達のキャラも含めて、強くなろうねと決意を新たにしている。召喚も魔法も、それから銃も伸びしろはいっぱいある。
それは僕のリンにしても同じ事、カンストだってまだ先の話だしね。エリア参入を果たしながら、そんな事を考えてみたりして。密度の濃い試合を続けていたので、ちょっと気が抜けてるかな。
さっき椎名先輩に聞いたけど、フラッグを破壊されたら今までの獲得ポイントが減らされたらしい。時間縛りだけかと思っていたら、とんだ仕打ちである。
僕らのチームは、そんな事態にはならないように気をつけないと。
そんなに張り切るつもりは無いが、失態を演じないようにはしないとね。緊張の糸を切らさないように、密かに気合を入れ直して。ポイントの加算に、もうひと暴れさせて貰おうか。
エリア内の敵を求めて、僕はリンの操作に魂を込め始めた。
日曜日の夜のインは、時間を何に使うかの案が散々に飛び交った挙句。限定イベント参加組は、そのままポイントを稼ぐために街に居座る事に決定して。
まぁ、こうなったのも事前にあった誰かさんの仕込みが大きく関係しているんだけど。言っておくが、僕の入賞したいがための謀略ではない。だけど僕絡みの話ではある。
打ち明けると、金曜日の子守りでの一幕が原因と言うか。
流れ的には、ギルドでのレベル上げ実施で、最後に大台を目指そうかみたいな雰囲気は存在していたのだけれど。盾役の先生が、外部からお手伝いを頼まれていて。
つまりそのヘルプが、僕絡みのツテだったと言う訳である。まぁ、外部と言ってもメルなんだけどね。ちょっとその辺りの説明を、恥ずかしいけど回想で聞いて貰おうか。
本当に赤面の至りで、他人には知られたくないんだけど――
「リンリン、日曜日って何してる? ボクの知り合いが困っててさ、NM狩りなんだけど。今ってホラ……限定イベントで、通常エリアが空き空きなんだよねっ♪」
「ああっ、そうかも知れないね……僕と沙耶ちゃんと優実ちゃんは、一応イベント参加してるけど、手伝い位ならしてあげるよ? そっちは午後が良いの、それとも夜?」
メルはちょっと考えて、夜が良いかなと曖昧な答え。盾役がいれば、後のメンバー構成は何とかなるんだけどと、そんなに人数は必要のない敵みたいな事を言う。
もっとも、自分達より強いキャラがたくさん応援に来たら、倒したと言う達成感は反比例して小さくなるモノ。どのエリアの敵かを訊きながら、稲沢先生にヘルプ頼んであげると約束して。
途端に、よろしくねと上機嫌になる少女だが、問題は欲しいアイテムのドロップ率らしい。大丈夫かなぁと心配そうだが、その装具はバリバリ前衛用だったりして。
知り合いって誰が欲しがってるのと、軽くカマをかけてみるけど。
予想通りに、向井田兄妹のお兄ちゃんの方だとの返事。へ~っと、わざと声を大きくして感心すると、メルはちょっと照れた様子。好感度アップかなと呟くと、真っ赤になったメルに、思いっ切り背中に張り手を貰ってしまった。
本当にじゃじゃ馬だな、まぁからかった僕も悪いけど。続いてジト目で睨まれて、僕はゴメンと素直に謝る。それに誠意を感じなかったのか、メルの逆襲が始まって。
「リンリンこそどっちよ、沙耶姉ちゃんと優実ちゃん。この間、一緒にお風呂に入ったんだけどぉ……オッパイは、優実ちゃんの方が大きかったよ?」
「えっ……嘘っ!?」
思わず反応してしまって、ニヤリと嫌な笑い顔のメルと目が合ってしまった僕。いやいや、そういう意味じゃ無くってと、ひたすら慌て気味に弁解を並べるけど。
既に何に対して抗弁しているのか、自分でも分からなくなっている始末だったり。メルは黙っておいてあげるからと、ポンポンと僕の肩を何度も叩いて来て。
その代わり、ヘルプの件よろしくねと悪魔の笑み。
――まぁ、そんなに大した弱みでも無いんだけどね。確かにモデル体型の沙耶ちゃんは、そんなに胸の膨らみは目立たないけど。まさか小柄な優実ちゃんの方が……いやいや、そんな事はどうでも良い。
とにかく、稲沢先生は気軽にヘルプを承諾してくれて。それに当然のように神田さんも追従して、僕ら限定イベント参加組は暇な時間を得たと言う顛末だ。
僕にしても、口から出た変な相槌が、女性陣の耳に入るのは望ましくないしね。
昼間に濃いインをしてるので、夜は軽く2試合くらいでいいかなと沙耶ちゃん。それでいいよと、僕も優実ちゃんも同意の言葉を返して。インする街は、尽藻エリアのフロゥゼムに決定。
この選択に特に深い意味は無いけど、この街の盛り上がりを一度見ておきたかったのも事実で。ギルド『蒼空ブンブン丸』の拠点で、初日にいきなり鯖落ちした街だ。
今も凄い盛り上がり様。噂では、最終日の明日には『アミーゴ☆ゴブリンズ』との頂上決戦が、秘かに取り決められているそうで。老舗のギルドは、それに絡もうと必死な様子。生き残り戦は、そろそろ佳境に突入してるっぽい。
それを肌で感じて、私達ちょっと場違いだねぇと弱気になる女性陣。
エリア参加の場所を変えないかと、この街の雰囲気に尻込みする優実ちゃんの提案だけど。そこに知り合いが通りかかって、こちらを見付けて挨拶して来た。
ブンブン丸のシンさんだ、チームメイトも後ろに控えているみたいだけど。慌ただしいのは、多分ギルドの広報なんかも担っているからだろう。さっき、大声で参加ギルドを募ってたし。
ハズミンさんも探すが、近くにはいないみたい。
『やあっ、確かお盆に弾美の家で会った、身体の大きな学生さんだね? うちのギルマスとの対戦を望んでるのかな、それだとかなり順番待ちだよ?』
『こんばんは、シンさん……そこまで怖い事考えてないです、ちょっと薫さんのご機嫌伺いに。それと、参考までにこの街の盛り上がりと、強豪のチェックを兼ねて』
『弾美のチーム、今は戦闘中だから薫さんは出待ちになるかな? イベントは凄く盛り上がってるよ、初日みたいな事にならないのを、こっちはひたすら祈るだけだねw』
初日の鯖落ちは、もはや伝説にまでなっているみたい。今でも時々、キャラの動きが重くなるような気がする程で。ブンブン丸人気は相変わらずで、進さんも大変そう。
僕はチームメイトを紹介しながら、飛び交う大声に耳を傾ける。個人戦のイベントでは、尽藻エリアの街は、老舗ギルドが名声上げに躍起になっていた感があったのだけど。
今はお互い、対戦者を募る声が多いような。
つまりは、自分のギルドがホスト役を担って、1戦こなしたい所があちこちに立っているっぽいのだが。ルールは同じ筈だろうに、この現象は一体何なのだろう。
ところが進さんの説明によると、既に2日目にこの街特有の変則ルールが出来上がってしまっていたらしい。その大きな理由は、実はブンブン丸にあったりして。
つまりは、誰もが“黒龍王”との対戦を望んでいたのだ。
そうは言っても、一度に対戦可能なのは7チーム。漏れたチームは、次の機会まで悶々と待つしかない。しかし、ただ待っていてもポイントは稼げないし暇なだけである。
そこで老舗ギルドを中心に、予選みたいなルールがいつの間にか確立して行ったらしいのだ。ギルドによっては、参加費を取って生き残りチームに分配なども行っているらしい。
それこそ自分のチームに懸賞金を掛け、狩りに楽しみを持たせるギルドも出て来て。
その説明を聞いて、女性陣からは面白そうとの声が上がった。うちのチームもホストしてるよと、シンさんの勧誘はアレだけど。だって勝ち残りの報酬は、弾美さんとの対戦だよっ!?
そんなの自殺行為だと、僕は伝説の英雄キャラの怖さを必死に2人に説明する。もちろんパーティ会話で、シンさんには聞こえないように配慮してるけど。
それでも、知らないチームのホスト先は、変なトラブル起きそうで怖いと沙耶ちゃんの弁。確かにそれもそうかな、シンさんの誘いに乗っても、別に必ず当たるとは限らないし。
僕らは短い議論の後、これを受ける事を承諾する。
『それじゃあ、今からエリア参加表明するから、素早く同じエリアにチーム滑り込ませてね。自慢じゃないけど、うちのチームもかなり人気高いんだよw』
『わ、分かりましたっ、よろしくお願いします!』
ちょっと慌てた沙耶ちゃんの返事、どうしたのと優実ちゃんが尋ねると。今環奈に訊いたら、シンって人物凄い有名人らしいよって、今更なコメントを紡ぐギルマス。
環奈ちゃんの世代だと、恐らく弾美さんより進さんの名前の方が有名かも。リン君って、年上には顔広いよねぇと、ちょっと呆れたような優実ちゃんの口振り。
僕もそう思う、同級生にはむしろ怖がられてる顔だってのに。
そんな事を思っている間に、エリア参戦の申し込みも上手く行った模様。本当にあっという間に席は埋まったみたい、後はなるべくシンさんと当らないようにするだけ。
消極的だと貶すなかれ、こっちにも色々と都合があるのだ。ただのカンスト猛者なら、僕だって頑張ろうと思うけど。僕のランクでは、それ以上の不可侵的な位置付けキャラも存在するのだ。
ザキさんとの対戦で、僕は骨身に沁みてそれを体感したんだ。
これが個人戦なら、僕も少々の無謀をも計算に入れるだろうけど。チーム戦となると、僕の暴走は仲間に迷惑を掛けるだけ。ポイント優先は、むしろ当然の作戦だ。
無論、運悪く鉢合わせたら全力を尽くすけどね。
考え込んでいる内にも、僕らは無事にエリアインを果たした。場所はお馴染みの森の端っこ、右手の視界はひらけている。それを嫌って、旗子さんは森の中へ。
なるほど、障害物の中の方が安全と言う思い込みが、遺跡内や森の中での遭遇確率を引き上げているのかも。そうは思うが、敵に見付かり易い場所に留まるのも怖いのは確か。
安全確認の為に先行しようかとも思ったが、こんな猛者だらけのエリアに女性陣を残すのは気が引ける。僕だって怖いのだ、まるで闘技場の本選みたいな緊張感。
早くも後悔しながら、しかし優実ちゃんが見付けたのは踊るゾンビだったり。
『ふあっ、ゾンビが踊ってるっ! 今、そこの木の影に隠れたよっ!?』
『何を寝ぼけた事を言ってるのよ、優実っ。まだ9時過ぎよ、意識を保ちなさいっ!』
『いや、確かに何かい……僕も今、ゾンビにお辞儀された!?』
僕も確かに、優実ちゃんと同じモノを見てしまったっぽい。茂みに潜むゾンビは、こちらと目が合うと深々とお辞儀をして再び隠れてしまったのだ。呆れた感じの沙耶ちゃんの返答、それなら私が見て来てあげるよと1人先行してしまったけど。
それは危ないと、僕も彼女に追い付こうと慌てて駆け出す。そして2人同時に目にしたのは、木陰からこちらを窺うゾンビと、箒に跨った魔女子さんの変てこペア。
黒い服と尖がり帽子、黒猫を従えた魔女は少しだけ宙に浮いてこっちを見ている。
『魔女子さんだっ、魔女はやっぱりいたんだっ!』
『優実っ、あんたいつの間に前に出て来たのっ!』
いつの間にか僕らの前に現れた優実ちゃんを、叱る沙耶ちゃんはともかくとして。再び前に出て踊り出したゾンビと、何やら呪文を唱え始めた魔女子さん。
僕とした事が、この非日常的な光景に、思考をどうしても纏められなかった訳なのだが。そのツケは、範囲魔法を3人揃って浴びる事態で払われた様子。
魔女は術者に早変わり、攻撃を察知して突っ込んで行くプーちゃん。
それは敵も同じ事、踊るゾンビはチャージ技で先頭の優実ちゃんに襲い掛かって来た。たったの一撃で、後衛の優実ちゃんは瀕死にまで追い込まれる。いや、その前の魔法のダメージもあったっけ。
恥ずかしさに身悶えしながらも、僕は咄嗟に両者に割って入って行った。あんな幼稚な目くらましに引っ掛かったとは、末代までの恥ではなかろうか。
アレだ、変身マスクだ。装備変更不可の、このエリアでも使えるとは知らなかったけど。思いっ切り騙し討ちにあった僕らは、揃いも揃って魔法攻撃で酷い有り様。
とにかくまずは、後衛の安全を確保しないと。
スタン技から、僕は元はゾンビだった両手槍アタッカーに閃光弾をお見舞いしてやる。素早く立て直しの指示を飛ばしつつ、面前のアタッカーに意識を集中させる。
この密集した位置取りは、非常に不味い。もう一度範囲魔法を喰らうか、目の前のアタッカーが僕を突破する事態が生じれば、間違いなく1分以内に後衛は全滅する。
僕の脳内は、このピンチに途端に冴えを見せ始める。
敵の元魔女の術者は、この際無視してしまおう。今はプーちゃんに殴られて、向こうも慌てている状態だし。問題はやはり、ゾンビ槍持ちアタッカーか。
爆弾を使って、後衛と反対側へと突き放してやりたいけど。そうしたら、恐らく再びチャージ技でくっ付いて来るだろう。いや、ワザとそうさせて思考の迷路に叩き込んでやろうか。
意地悪な脳内思考で、僕の腹は瞬時に決まった。
爆裂弾のタイミングを計り、とにかく彼女達が距離を取ってくれるのを待つ僕。それからようやく、爆破での吹き飛ばし。案の定の再チャージには、前もって素早く掛けた《夢幻乱舞》でのカウンターが炸裂する。
その頃にはようやく、沙耶ちゃん達もパニックから抜け出していて。妖精の回復に上乗せして、範囲の《波紋ヒール》からの立て直しての参戦を果たして。
敵の再度の魔法に被せて、お返しの《ブリザード》が炸裂する。
『騙されたっ、信じてたのにっ! ひどいよねっ、もうプーちゃんしか信じないっ!』
『私達も信じなさいよ、一体何を信じてどう騙されたのよ、優実っ!?』
それは僕も知りたいが、今はこの状況の打開が先だろう。いい感じにビビってくれた元ゾンビだが、元魔女の再度の範囲魔法にこっちもかなり不味い状態。
優実ちゃんだけは、戦闘エリアからの退避に成功して巻き込まれずに済んだけど。コメントから察するに、未だにプチパニック状態は脱してないみたい。
今は妖精と沙耶ちゃんの回復で、僕の体力は安全圏にキープされてるけど。不味い事に、プーちゃんが足止め魔法に捕まって、元魔女の術者がフリーになってしまっていた。
3度目の特大範囲魔法で、何と妖精のピーちゃんが昇天!
これには優実ちゃんも大ショック、パニックを通り越した彼女は、我を忘れて再び前線に出張って来てしまう。沙耶ちゃんも完全に頭に来ていて、2人の怒れるガンマンは、距離を縮めながらの銃の乱れ撃ち。
実際は、近付いて良い事は一つも無いのだが。相手をビビらせたのは間違いなく、かなり傷ついていた術者は、詠唱を止めて木陰に再び隠れてしまった。
逃がすモノかと優実ちゃん。《ネコ耳モード》まで使っての《流線Dショット》の必殺技。
僕から見ても、その時の射線は完全に通っていなかったのは確かだが。何故かこの複合スキル技、そんなの関係ないってな特性を備えているらしい。
曲線の軌道だからだろうか、隠れて安心していた筈の元魔女は、何とこの一撃で昇天。幾ら防御が紙だからとは言え、凄まじいパワーである。元ゾンビの前衛も、これには唖然。
その隙を突いて、僕は《獣化》の詠唱から巻き返しを図る。
実際はほんの数分の戦闘で済んだみたいだけど、体感的には凄く長く掛かった気が。それより二代目のピーちゃんの死が、とっても痛いし切なく心に圧し掛かる。
落ち込む優実ちゃんを慰めながら、僕らは取り敢えずの場所移動。
それにしても、さすがに対人戦も日にちを重ねて行くと、色々と工夫して来るチームも出て来るものだ。さっきは本当に、完全にこちらの意表を突かれてしまった。
ってか、僕もどうにも怪しいなと思っていた、最初の夏イベントの景品だったけど。ゾンビマスクだってそうだ、まさかこんな使い方をされるとは思ってもいなかった。
思わぬメンテが入ったせいで、限定イベント同士に間が空いたせいもあって。プレーヤーへの情報の伝達が、かなり間の抜けたモノになったような気もする。
そう言えば、マスクの他にも使い捨ての透明薬とか幻覚スプレーなんかも景品にあったっけ。その時点で上手く入手していれば、この対人戦でも有利になっていたのかも。
まぁ、今となっては言っても詮無い事か。
僕の物思いとは逆に、移動中の大半は優実ちゃんへの慰めの言葉で占められて。前に買った怒る子あげるからと僕が言っても、ピーちゃんじゃないと嫌だと駄々っ子全開で。
困った娘だ、まぁ僕もペットに回復要員がいた方が、より安心ではあるけど。今度一緒に探してあげると約束して、ようやく落ち込み具合も静まって来た感じ。
しかしエリアの動向は、再度の敵との接近で一気に過熱状態に。
今度は敵の拠点、フラッグとその守護者との遭遇だ。護り手はどうやら、術者1人のみの様子。向こうもこちらの接近を知って、すかさず呪文を唱え始める。
てっきり防御か支援系の魔法かと思っていたら、これがとんでもないレア呪文だったみたいだ。《パワーゲート》と言う名前らしく、何とパーティ員を呼び戻してしまう効果があるらしい。
これで人数増強、ゲート魔法は本当にレアで強力なのだ。
パーティ会話も、凄いとの称賛の声に溢れている。多分光属性だねとの僕の注釈に、私も覚えたいと優実ちゃんの浮かれた叫び。便利だねぇと、沙耶ちゃんも感心し切り。
ただし、呼び出された味方は、かなりキョトンとしている様子。戦闘中だったのか、両者ともHPは半分以下の悲惨な状態で。つまりは3人揃ったのは良いが、体力に関してはようやく足して2人分程度と言う意味。
しかも、いきなり全員固まった状態と言うのも、いかにも不味いだろうに。やっちゃってとの僕の合図を得て、沙耶ちゃんと優実ちゃんは問答無用の範囲魔法の詠唱。
ご馳走様でしたと、モニター前で合唱する僕。
いや、作戦自体は素晴らしかったんだけどね。むざむざフラッグを壊される位なら、自陣の戦力を引き戻して立ち向かうのは、戦術としてはアリだろう。ただし魔法が届く距離に、敵の術者の接近を許したら駄目だ。
先手を取る手段も、講じておかないと効果は薄い作戦かも。
こんな間抜けな対戦相手が、シンさんじゃなくて本当に良かった。こんな勝ち方で、弾美さんとの対戦権を得ていたらと思うと、正直苦笑いも出やしない。
とにかくこの戦闘は、僕とペット達が突っ込む前に、ほぼ形勢は決まっていた。片付けの斬撃を振るいながら、そろそろ時間切れを迎えるかなと画面チェック。
余裕の勝利で、ポイントも過去最高の195Pに達して。
上位者との戦闘補正と、チームリーダーを倒した補正のお蔭だろう。尽藻エリアの街とは言え、これで少しは良い思いをした。妖精のピーちゃんを失ったのは痛いけど。
同じくモニター表示から、シンさんチームの生き残りも確認して。暫くしての時間切れを迎え、無事に街中で再開を果たす僕ら。そして、一緒にいる弾美さんを見て硬直。
『うわ~っ、強そうなキャラだねぇ……大きくて綺麗な槍持ってるね、この人!』
『わっわっ、竜が後ろにいるよっ、この人のペット? 黒くて大っきい竜だ、凄いっ♪』
『えっと……前に話したかな? 薫さんのギルドのギルマスさんだよ、この人。ほら、初日のこの街の鯖落ちも、この人目当てのプレーヤーが集まり過ぎたせい。ちなみに隼人さんのギルドの宿命のライバルで、二児のパパ』
おおっと、驚いたようなコメントは一体どこに反応しての事か。薫さんもやって来て、僕は極度の緊張からようやく解放される。それは沙耶ちゃん達も同じ事、赤ん坊は平気ですかと軽い挨拶ついでの問いに。
旦那に任せてるから平気だよw との、お気楽な返答振り。
いつになくハイテンションの恵さん、こちらが1戦終えて勝ち残ったのを聞き出して。こっちももうすぐホスト役するから、あなた達も混ざりなさいよとお気楽に勧誘して来る。
いい迷惑だと、もちろん僕は口には出さないけど。隣で聞いていた弾美さんも、薫っちの知り合いなら手加減してやるぞと、変な誘いの手を入れて来る。
具体的には、フラッグと後衛は狙わないでくれるらしい。
うっ、それなら問題は無いような気もする。被害を被るのは、何しろ僕だけだと明言してくれた訳だから。それなら伝説のキャラと、試しに一戦交えるのも悪くない。
とうとう了承してしまったが、それからが大変だった。進さんの代行ホスト進行で、対戦チームの読み上げが始まって。ツテで参加した僕らは、少々気が咎めてしまったり。
いや、多分こんな機会はもう無い、全力でぶつかってやる。
『それじゃ、エリア内で会いましょうね、リン君! 他のチームも、勝ち残った所ばかりだからかなり強いよ、気を付けてね!』
『分かりました、本当に手加減してくださいよっ!?』
『気弱だね、リン君っ! 薫さんっ、こっちも手加減しませんよっ!』
沙耶ちゃんの言葉に、あははと笑う薫さん。もちろんそうだ、手加減してたら相手に傷一つつけられないだろう。文字通り瞬殺されて、お終いな顛末が待っている。
大人と子供以上の力差があるって、どう説明したら彼女達に伝わるのだろう? とにかく上機嫌な薫さんは、僕らの目の前で何とペットを召喚して見せてくれた。
1年以上の付き合いなのに、薫さんがペット持ちとは知らなかった。
それを見て驚く女性陣、僕ももちろんだけど。可愛いでしょと、薫さんのノリの良さは止まらない。彼女のペットは、ちょっと神秘的な翼の生えた爬虫類。
色は真っ白て、可愛いと言うより不思議な雰囲気と美しさを備えている。カメレオンっぽいのだが、翼は鳥の形状で、宙に浮いて主人の後ろに控えている。
そう言えば、弾美さんはブンブン丸のメンバー、全員召喚持ちだって言ってたような。
今まで何で呼ばなかったんですかと、僕は八つ当たりに近い質問を投げ掛ける。だってこれは、ブンブン丸のメンバーの証だからと薫さんの妙な返答。
要するに、活動再開まで封印していたのか。
女性陣はさらに盛り上がってるけど、僕は完全に意気消沈してしまった。僕にして見ればペットの存在は、唯一のアドバンテージだと思っていたのに。
まぁ、当たるかどうかも分からないし、今度は本当に大人しくしていよう。
そんなのっけからダメージを受けながらの第二戦目、悔しい事にエントリーは順調に受理されたっぽい。死刑執行人が、今回は確実に2人以上はいるエリアに。
勇んで出陣出来る訳も無く、ひたすらモニター前で愚痴ってみたりしつつ。それでも一応、闘いの約束はしてしまったのだ。果たすと言うより、前向きな善処程度だけど。
嫌々ながら、エリアを歩き出す僕ら。
今回は、初めての場所に出たようだ。壊れた大きな門が目の前にそびえている。初めてとは言え見知った場所だし、こちらに戸惑いは無いけど。視界内には、壊れた大門と遺跡の廃墟。
そこに棲み付いた獣人の群れも、思わぬ近場に存在していて。下手に動くと不味いよと、仲間に忠告を飛ばすのだけど。邪魔者は排除だと、ペットを突進させる沙耶ちゃん。
否応無しに始まる戦闘に、僕も参加を余儀なくされて。
全て片付けるまでに、5分以上掛かってしまった。取り敢えずポイントも得たし、危険も排除出来たのは良いが。行く当ても無いし、どうしようかと思っていたら。
休憩を終えた優実ちゃんが、旗子さんを動かして歩き出してしまった。向かう先は遺跡の入り口、そう言えば反対側から入った事は無かった気がする。
そしてすぐさま、敵影に遭遇して大慌ての一同。
『うおっ、団体様かっ! ちょっと待て……フラッグ持ちは美味しいが、俺らの目的は未カンストの雑魚じゃない。攻撃しないでやるから、そっちも武器をおさめろ』
『雑魚とは失礼ねっ……リン君、やっちゃいなさいっ!』
『本当に失礼だね、アニキ……この二刀流の風キャラ、闘技場で有名な“封印の疾風”だよ? いやいや、攻撃するの待ってよ。せっかく“黒龍王”の庭先に辿り着けたんだし、ここで消耗するのはお互い損でしょ? ついて来なよ、案内してやるから』
『は、はぁ……ハズミンさんの居場所、ひょっとして分かるんですか?』
いきなりの遭遇に慌ててたのは、向こうも同じだったようだけど。あたふたしながら、何とも変な提案をして来る2人の前衛ペア。僕の質問には、当然と勢いのある返事が。
“黒龍王”との対戦チケットは、どうやらプラチナ級の価値があるようで。他のチームのフラッグを前にしても、英雄との対戦を優先してしまいたい感情が働くみたい。
僕のあだ名を知っていた奴も、僕らの目的は同じだと決め付けている感じ。
その炎属性の両手剣持ちキャラは、ハズミンさんのこのエリアの動きのパターンを把握しているとの事で。大抵は遺跡の廃墟の、キャラが一番混雑する場所に真っ直ぐ来るそうだ。
いつしかそれは、対戦相手の全員が知るパターンとなってしまい。お陰で廃墟前の広場は、物凄く混雑する場所になってしまったそうで。案内といっても、それはすぐそこである。
何故か一団となって、遺跡を後にする僕達。
『しっかし、カンストしてないのに“黒龍王”に喧嘩売るとは、アンタいい度胸してるなぁ! よしっ、お前も俺をアニキと呼んでいいぞっ!』
『はははっ、いえ遠慮しておきます……』
変な人だねぇと、パーティ会話ではこの出会いについての話は盛り上がっているけど。その自称“アニキ”は、小っちゃな背丈の土種族の大槍持ちだったりして。
身体の大きさに比例して、長大な筈の槍もバーベキューの串サイズ。前を歩く姿も可愛いし、とてもアニキな柄ではない。それでも優実ちゃん、アニキ闘う順番は? と楽しそう。
それだけは譲れないと、熱く語り始めるアニキ。
『見て分かる通り、俺も大槍持ちキャラであるっ! “黒龍王”と“風神”の2名の弩級の大槍使いとは、今夜必ず雌雄を決しなければならないのだっ! だから、順番は俺が先だっ!』
『土種族の武器って、小さくて可愛いよね♪ アニキの槍も、爪楊枝みたいw』
男の武器を爪楊枝とは何事かと、途端にヒートアップするアニキ。炎種族のキャラも、アニキは強いんだぞと援護射撃に余念は無いけど。確かに強そうな、一種のオーラを纏っている。
そんなのキャラを見ただけで、分かるわけ無いジャンと思うかもしれないが。それがこのゲームの奥の深いところ、武器や防具のチョイスとか宝具の所有の有無で、ある程度は分かってしまう。
文字通り、オーラを放つ武器や装備も存在するしね。
何故か騒がしい集団は、揃って見晴らしの良い平原を進んで行く。例の壊れた大門から、アーチ型の門柱が真っ直ぐ続いているけど。それ以外は、本当に何も無い風景。
剣戟は、そんな平原のど真ん中から聞こえて来た。遠目からでも、黒い龍の存在は簡単に見て取れる。間違いなくハズミンさんが、あの闘いの渦中にいる印だ。
野郎ども行くぞと、アニキの勇ましい号令。
おおっと呼応する優実ちゃん、何故か妙にアニキと気が合ってる感じがする。それは良いのだが、近付くにつれて戦場から異様な雰囲気が漂って来たりして。
それは多分、周りに集うギャラリーの数のせいだろうか。そんなには多くないけど、見るからに豪奢な装備のキャラが混じっている。その集団にいる人物を見て、僕はビックリ仰天した。
何と、闘技場の四天王の一人“黒き凶戦士”のポンチョが順番待ちをしていたのだ。僕の隣の炎種族のプレーヤーも、彼の存在に気付いて驚いている様子だ。
これは凄い戦いが見物出来るかなと、内心でドキドキ胸を高まらせつつ。僕らの到着に気付いて近付いて来た薫さんに、思いっ切り慌てふためくアニキ達。
挨拶を交わす間に、呆気無くハズミンさんの戦闘は終了。
『おっ、また増えてるな……俺と“風神”と、どっちと闘いたいか教えてくれ。もう少ししたら、“雷神”もやって来る手筈になってるから』
『どっ、どうしましょうかアニキ……まずは露払いに、自分が“風神”と闘いましょうか?』
『そうだな……お前がまず勝って、俺が“黒龍王”に勝って、それで俺達の完全勝利だ!』
そんなに思い通りに行くかなぁと、僕は正直呆れつつ。そんな楽観主義を羨ましくも思い、勢い込んで名乗りを上げる炎属性の剣士のコメントを耳にする。
彼とアニキは『オトナ秘密結社』と言うギルドの一員らしい。少数精鋭の、只今売出し中の新鋭ギルドらしいのだが。つまりは、ブンブン丸に勝って売り出そうと言う魂胆らしく。
この限定イベント中に数多く存在する、有象無象の連中みたい。
そう口にすると聞こえは悪いが、それでも一応シンさんの予選は通過したチームである。そんなに弱くは無いよねと思って見ていたが、実際の戦闘は1分も掛からず終いで。
舞うように槍を操る薫さんに、翻弄されて終焉を迎える炎キャラ。
やんやの喝采は、見学していた沙耶ちゃんと優実ちゃんから。それを挑戦と受け取ったアニキ、ハズミンさんを取り止めて、急遽“風神”カオルさんに挑戦状を叩き付ける。
隣では、ようやくハズミンさんの次の闘いが。焦って目を遣ったが、どうやらポンチョさんの順番はもう少し先らしい。それなら安心して、この戦いを見届けられる。
“超絶アニキ”のアニーは、まずは相手に可愛く一礼。
『“風神”カオル殿、相手にとって不足は無し! もし俺が敗れたら……後ろの兄ちゃん、悪いが俺の仇を取ってくれ!』
『えっ、僕らってそんな仲でしたっけ!? 悪いけどお断りします、普通に怖いんで』
怖いってどういう意味よと、何故か僕に絡んで来る薫さん。だってそうでしょうと、僕の言い訳はあちこちで空回りの気配。そんな変な空気の中、対峙した2人は闘いを開始する模様である。
まずはアニキ、強化魔法でキャラの底上げを企てる。《アイアンマッスル》は土系の魔法で、前衛は誰もが欲しがる中級呪文だ。効果は腕力と防御の上昇で、使い勝手の良い呪文である。
次いで唱えたのは《ストーンスキン》と言う防御魔法。その名の通り石の肌で、相手の攻撃の一定量をカットしてしまうのだ。もちろん、術者の技量でカット量も変わって来る。
土系に特化したキャラならではの、堅い仕様へと変化して行くアニキ。
一方の薫さん、相手に合わせる様にこちらも強化を自分に掛けて行く。《風の翼》は、僕も物凄く欲しい風系の強化呪文だ。攻撃と呪文詠唱速度のアップに加え、ステップにも切れが増す上級呪文である。
それから《風の鎧》は、これは一風変わった防御呪文。プレーヤーの戦術によって、使うか使わないか好みが分かれるだろう。玄人好みのこの呪文は、ダメージのカットや半減など全くの皆無である。
その代わり、曖昧な当たり判定を全て外れにしてしまうのである。
つまりは、キャラの的を小さくする作用があるのだ。ステップ使いにとっては、これは有り難い恩恵なのかも知れないけど。よほど自分の防御に自信が無ければ、もっと確実な防御魔法を選択するだろう。
ただし、空振りした相手の隙を突くには良い戦法かも。
薫さんの華麗なステップは、確かに見ていて惚れ惚れするレベルではある。さっそく始まった両手槍持ちキャラ同士の闘い、牽制の一撃を互に繰り出しつつ。
薫さんの鋭い連撃に、あっという間に石の防御は剥がれて行く。応戦するアニキだが、ヒット率はすこぶる悪い。こうして見ていると、薫さんと《風の鎧》の相性は抜群かも。
《無双鋭突》のスキル技で、途端にピンチに陥るアニキ。
少しは踏ん張ってと、何となく僕はアニキの応援を心中で。このまま負けたら、男としての面子が形無しだ。《アースヒールⅣ》で継続回復を計りつつ、《クラック》で間を置く土属性キャラ。
その次の瞬間、物凄い衝撃が。
観客たちもビックリ仰天、何とチャージ技の衝突が起きてしまったらしい。それに勝ったのは、どうやら《彗星チャージ》を繰り出した薫さんの方だった様子。
ピヨっているアニキに向けて、《清風5段突き》から《無影峰葬槍》での締め。
う~ん、この戦いも2分と経たずに終わってしまった。しかも薫さん、ペットも奥の手も出してないし。彼女にとって、今の自分の戦闘スタイルは大事なのかも知れない。
その気になれば、もっと凄惨な闘い振りも披露出来ると言うのに。何にしろ、ギャラリーの拍手を受けて、薫さんも嬉しそうにキャラに終焉の一礼をさせている。
僕も彼女を讃えつつ、しかしその奥の試合開始に唾を飲み込む。
いつの間にか、ハズミンさんとポンチョさんが面と向かい合っていたのだ。“黒龍王”のペット引っ込めようかとの問いに、“黒き凶戦士”は無用との返事。
その代わり、彼も呼び鈴から2匹のガーゴイルを召喚する。凶戦士の奥の手も存在するし、数的な不利はこれで一応消えた勘定だ。それでも、相手を侮っている風にも見えない。
その証拠に、互いの強化魔法の詠唱から始まったこの戦い。静かだったのはここまでで、いきなりの大技の撃ち合いから熾烈な削り合いへと発展する。
いきなりの黒い炎の燃え上がりは、ペットも交えて凄い騒々しさ。
それはともかく、ハズミンさんの《掃天轟咆槍》の遠隔攻撃は予測していた僕だったが。ポンチョさんの《鮫刃葬送烈斬》は、初見だが威力は絶大。サメの背びれの様に地中を進む斬撃が、対戦相手を切り刻むこのスキル技。
ある程度の溜めが必要な技らしいが、そのダメージはそれを補って余りある感じ。2人ともSPの豊富な闇種族、これは大技の撃ち合いになりそうな気配である。
お互いHPを減らしつつ、瞬時に接近戦の様相。
実際は、ハズミンさんのチャージ技を警戒したポンチョさんが、《闇のオーロラ》と言う遠隔対策魔法を張ったみたいだ。それを見てステップインした“黒龍王”に、“黒き凶戦士”の中距離スキル技がヒットする。
最初から飛ばすポンチョさんの《闇の断頭台》は、レアな複合技っぽい。
しかも足止め機能付きらしく、その場に縫い付けられるハズミンさん。敵のHPが良い感じに減ったのを見計らって、いよいよ凶戦士の《ソウルロスト》が紡がれて行く。
呪い魔法に、抵抗する素振りの龍王だったが。呆気なく彼のドッペルゲンガーが、凶戦士の傍らに出現する。これで数の不利は無くなった、凶戦士の猛勢は止まらない。
《バーサクモード》から、一気にケリをつけようと大鎌の凶刃が迫る。
30分の対人戦では、例の《ダメージ吸収》機能付きの胴装備が使えないのが痛い。このピンチをどう凌ぐのかと、ハラハラしながら見守る僕ら。2匹のドラゴンは、いい感じにガーゴイル達に阻まれてしまっているし。
足止め効果は既に解けたみたいだが、武器を構えて不動のその姿に僕は不安を覚える。回復手段ならタッチ系を始め、何通りか持っている筈だろうに。
そのどれも使わないのは、僕には理解不能である。
『ふはははっ、使用制限が厳し過ぎて、せっかくセットしてもネタスキルにしかならないかなと思ってたけど……お見せしよう、滅多に見られない大技を!』
『わわっ、ひょっとしてアレ使うのっ!? 不味いよ、みんなペット引っ込めて……巻き添え喰らっちゃうよっ!』
薫さんの絶叫は、どうやら一歩遅かったみたい。“黒龍王”の哄笑と共に放たれた力は、周囲のペット達の体力を等分に吸い取って行く。“黒き凶戦士”の呼び出した分身も同様、いい感じに弱っていたガーゴイルなんて、壊れてしまう始末。
ログで確認出来たのは、《黒龍の生贄》と言うスキル技名。ペット系の技なのだろうか、味方の筈のマロン号とコロン号までも、体力減の目に遭ってるけど。
周囲のペットの体力を生贄に、その渦中のハズミンさんがエライ事に。
慌てて斬り掛かるポンチョと分身の攻撃は、その黒い鱗にかすり傷程度しかダメージを与えられない。完全龍化を果たしたハズミンさんは、ブレスと直接攻撃で目の前の敵を追い詰めて行く。
尻尾撃でまず分身が逝き、次いでのブレスでポンチョが昇天。あっという間の出来事に、観衆はよく事態を呑み込めていない様子。ふと見たら、僕のペット達のHPも半減していて。
それ当分の間回復しないよと、薫さんの冷めた説明。
次の相手は誰だと呼ばれ、周囲を見渡すも一斉にしり込みするカンストキャラ衆。それもそうだろう、誰だって絶賛無敵化中の相手などしたくは無い。
仕方なく、僕は龍化したハズミンさんの目前へ。
哀れにも傷付いたペットと共に、勝ち目のない戦場へと進み出て。せめて龍化を解いて下さいと、“黒龍王”に対して当然に思える抗議を行うけれども。
時間制だから解けないよと、笑い混じりで返されて。それじゃあ次の機会にと、僕にしてみれはスマートな辞退をしたつもりが。薫さんの無慈悲な後押しが、それすら断絶してしまう。
要するに、女の子に良い所を見せなさいと。
どうすれば、こんなの相手に良い所を見せれると言うのだろうか。ログでがおーとか垂れ流す大人げない弾美さんに、段々と腹が立って来たのも事実だけれど。
ほとんど自棄クソで、名乗りを上げての臨戦態勢に。龍は自己強化いらないから楽だよなぁw との、弾美さんの呑気なコメント。いいなぁと、何故か納得模様の優実ちゃん。
沙耶ちゃんだけは、僕の勝利をひたすら疑っていない様子。その事実が、今の僕にはとっても重いけど。2人で自転車で登ったあの峠を思い出し、ちょっとだけ力が湧いて来た。
実際は、僕の二刀流の攻撃はてんで歯が立たなかったけど。
ハズミンさんの暗黒のブレスと、ペット黒龍のじゃれ付きに、僕のモニターは1分と持たずに暗転の憂き目に。涙目になりながら、恨んでやると詮も無い独り言。
こうして尽藻エリアの対人戦は、僕の派手な負け戦で幕を閉じたのだった。
限定イベント最終日の月曜日は、どのエリアもかなりの盛り上がりを見せていた。ネトゲ住民に言わせれば、最近の限定イベントは外れが無くて良い兆候らしい。
確かに外れイベントだと、既に2日目に参加者にそっぽを向かれたりと、悲惨な事例も存在するらしく。それを思えば、最終日のこの熱気は何と素晴らしい事だろう。
特に尽藻エリアの喧噪は、過去最高ではないだろうか。
僕らのチームも、程々に最後の追い込みには参加した。もっとも懸命にも、鯖落ちの前科のある尽藻エリアの街には近付かなかったけど。つまりはブリスランドで、お昼に2戦、夜に3戦程度のエリア参加を表明し。
まぁ、柴崎君や椎名先輩との再戦とか、色々とややこしい事態も巻き起こったのだけど。幸いにして、最悪の事態のフラッグ破壊には至らずに闘いを終える事が出来て。
ホッとしつつも、噂の最強チーム同士の激突に気もそぞろな具合。
それが実現したのは、どうやら夜の日にちの切り替わり直前らしかった。僕としては、直に見てみたい気ももちろんあったけど。後ろ髪惹かれつつ、その夜は落ちる事に。
動画で取り上げられる事は分かっていたし、どちらが勝っても喜べる立場でも無いし。それなら結果を気にしても仕方が無い、明日は子守りのバイトもある事だしね。
確かにファンスカの歴史が変わる瞬間かも知れない、でもそれを気にし過ぎても仕方が無い。
――歴史はそうして紡がれて行くのだ、英雄達の活躍を糧にして。いつしか僕もその一員に、その決意はしかし、僕を識る人だけが知っていれば良い事だ。




