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2章♯24 フラッグファイト! ~前編~




 驚愕の鯖落ちから1日が経過した。つまりは金曜日、今日の午後は子守りの日。それは良いとして、少し時間を巻き戻して初日の僕らの行動を記しておこう。

 ええっと、つまりは木曜日の話になるのかな。その前日の海水浴の疲労で、僕は家でゴロゴロしようと決めていたんだけど。そうも行かない事情で、僕は沙耶ちゃん宅に呼び出されていた。

 対人戦での動き方が分からないから、合同インしようよって。


 そんな我が儘を受け入れるのも、もう既に慣れたもの。初日くらいは一緒がいいのかなと、僕も思わないでも無かったし。そんな訳で、午後からチームへの合流と相成って。

 色々と作戦やらルールやらを確認してから、さてどこの街で参加しようかとの話し合い。普通に考えると、真ん中のレベル帯の僕らは真ん中のキャラが集まるブリスランドが都合が良い。

 それでいいよと、彼女達も賛同してくれて。


「えっと……フラッグって、旗の事でしょ? それを壊されたら負けなんだよね、じゃあ私は護り役でいいかなぁ」

「優実は、プーちゃんと一緒に守ってればいいんじゃない? 私はどうしようかなぁ……やっぱり最初は様子見で、旗の近くにいようかな?」

「必然的に、僕がアタッカー役になっちゃうのかな。まぁ、最初は勝手も分からないし、それでやってみようか?」


 そうだねと軽い調子で、まず僕らはチーム結成からの登録作業。限定イベント用に出現した、簡易NPCに話し掛け。これで限定イベント中、この3人以外での参加は不可能になった。

 それからリーダーにチケットが渡されたっぽい、これで参加準備は滞りなく終了。


 試しの一戦で、適当にチームの多いエリアを選んだよと沙耶ちゃんの言葉。この限定イベントでの対人戦は、確か最多で7チームのエントリーでの生き残り合戦だった筈。

 フラッグを護るというルールの性質上、エリアをうろつくキャラは前回よりは少なくなる気がする。後は拠点がどんな感じか、この限定イベントの肝のフラッグの仕様がどんな物かを見極めておかないと。

 そんな事を考えていると、エリア転送が始まった。


 さて、最初の生き残り戦だ。チームごと一箇所に放り出された、僕らの目の前には変なオブジェが。ってか、コレどこかで見た事あるような……瓢箪のような、雪ダルマのような形に、大きな旗を突き刺したような物体。

 そう、思い出した。環奈ちゃんと一緒に探索していた時に、発見してしまった変な物体だ。バグ落ちの元となった不確定因子だと思っていたら、これがフラッグだったのか。

 確かにタゲれるし、ちゃんとHPも存在するみたいだ。それどころか動かせるみたいと、浮かれ気分の優実ちゃんの報告に。それを実践するように動き出したフラッグなのだが。

 何故か後退を始めて、更には段差から落っこちる始末。


「ちょっと優実のおバカッ、何て事してくれるのよっ! 落下ダメージで、この子傷付いちゃったじゃないのっ! あ~あ、知~らないっと」

「ごっ、ごめんなさいっ! だってこんな崖の上に置いておくなんて、絶対に何かの陰謀だよっ!」


 そうかも知れないけど、これはちょっと恥ずかしい。何故なら画面の上にはチームの名前や残りチーム人数、それからフラッグのHPが参加チーム分表示されているのだ。

 もちろん始まったばかりのフラッグのHPなんて、どのチームも満タン……いや、もう1チーム減っている所があるみたい。なるほど、どこも苦労しているんだなぁ。

 とにかく、これでちょっとした計略も練れるわけだ。


 つまりは、このフラッグは移動が可能なのだ。雪だるまモドキの足の部分に、キャタピラみたいなのが付いていて、遅い動きながらも前進や後退が出来るみたいで。

 一度命令を送れば、自動で動き続けるようだ。今も崖を落っこちたフラッグは、ちまちました動きで崖下から離れて行っている。それを慌てて、追っかけている優実ちゃん。

 見ていて結構、ツボに嵌まる面白さ。


「なるほど、コイツは動けるみたいだね。つまりは安全な場所に隠す事も可能なんだ。エリア内のチームの通信も可能みたいだし、後は何か気になる事ある、2人とも?」

「そうねぇ……ポケットの中の交換も、キャラの着替えも無理なんだよね? あとは、普通にモンスターや宝箱に出くわす可能性もあると。むぅ、やっぱり単独行動は恐いかな」

「30分の間、この子を守ればいいんだよね? ようっし、頑張るよっ♪」


 いきなりの自爆は綺麗に忘れた様子の優実ちゃん。フラッグを誘導して、森の切れ端まで連れて行くみたい。僕らのスタート地点は、半分切り立った小高い丘の上。

 優実ちゃんが向かっている森は、中央を向いての左手に当たる。右手は切り立った崖と、その中央に細い渓谷が続いているみたい。遺跡の残骸は、それこそ周囲に幾らでもある。

 前回で散々探索したエリアだ、僕に迷いは無い。


 ただ、フラッグを森に隠す作戦ならば、森からの侵入者に対して警戒するべきだろう。僕は行って来るねと言葉を発して、リンをそちらに向かわせる事に。

 出会うキャラは殲滅しつつ、そうする事で自分のチームの安全を図るつもりで。森の切れ目沿いに移動していたら、最初に見つけたのは何故か間の抜けた物体。

 森の端に立つ(かまど)に、何となく近付いて行ったら。


 いきなりの攻撃を受けて、多少慌ててしまったけど。どうやらモンスターだったみたい、炎をぶつけられてダメージを受けるリン。殴り返すと、中の炎は大きくなって行き。

 いつの間にやら、熾烈な削り合いに突入。


 倒す事には成功したが、こちらも少なからず体力を消耗してしまった。それでも呼び水をドロップしてくれて、思わぬ臨時報酬に頬も緩む。その時、急な沙耶ちゃんのヘルプにド肝を抜かれ。

 優実ちゃんも、かなりのパニック状態。どうやら自陣のフラッグ近くで、敵キャラと遭遇してしまったらしい。僕は見通しを優先して森の端を移動していたが、相手は森の中を潜行していた可能性が。沙耶ちゃんのモニターでは、森の中に確認出来るのは2人のアタッカー。

 今の所、向こうもペットの存在と遠距離攻撃に戸惑っているみたいだ。


「どっ、どうしたらいいっ、凜君!? 私も手伝うのっ、それともこの子守ってればいいのっ?」

「近くに誰もいないなら行って、優実ちゃんっ! プーちゃんで接近戦挑んで、僕が戻るまで時間稼いでっ!」


 僕はリンを引き返させながら、2人にアドバイスを送る。対キャラ戦は、どんな強い魔法を撃ち込もうと、敵対心は関係ない。むしろどんどん使って、敵に警戒心を植え付けるべしっ!

 なるほどそうかと、沙耶ちゃんの瞳に炎が宿る。獰猛な顔付きは、それでも美しさは損なわれていなかったけど。幸いリンは、いきなりの変なモンスターとの遭遇でそんなに進んでいない。

 森の中に入り込みつつ、戦闘区域を必死に探る僕。


 彼女達の喧騒は、大きくなりこそすれ今の所悲壮感は窺えない。まだ大丈夫っぽいと、それが僕の安心を誘う。森の木々はやたらと密集しており、通り抜けるには不便極まりない。

 それでも呪文をぶち当てたと、嬉しそうな沙耶ちゃんの絶叫。相手も素人らしい、射線を無理矢理外す方法も知らないとは。魔法の閃光が見えて、僕はその方向へ。

 敵の後ろを取れたけど、まぁ奇襲は止めておこうか。


『封印の疾風のリン、自陣防御の為に戦闘に加わります!』

『えっ……大物いたよ、ムトーちゃんっ! そんなちっこいの、相手にしてる場合じゃないって!』


 大物とはリンの事らしい、ちなみにちっこいのは雪之丈らしいが。ムトーちゃんとやらは、ボロボロになりつつも雪之丈をやっつけ終わった様子。こちらに向き直って、一応名乗りを返す。

 聞いたところ『駄菓子屋連合』のエースパイロットらしい、飽くまで相手の名乗りに沿った紹介だけど。誰が何に乗ってるのさと、突っ込みは隣の相方キャラから。

 変な空気に紛れつつ、相手はドサマギで回復を通す始末。


 そこからは壮絶な格闘戦、相手は2人とも二刀流使いのようだ。雪之丈を倒された沙耶ちゃんは、頭に血が上って自分も参戦の構え。まぁ、これで2対2なのだから良いとして。

 プーちゃんを引っ込めた優実ちゃんは、今度は呑気に沙耶ちゃんのモニター鑑賞に回るようだ。敵の接近だけは気をつけてねと、一応注意は飛ばすのだけど。

 大丈夫と根拠の無い返事、ちょっと心配だ。


 戦闘自体は、終始こちらのペースで進んだ。僕と沙耶ちゃんのペアは、ずっとパーティで組んでいただけあってこなれたモノ。回復を持ってる奴の呪文をスキルで封じ、身体を使ってブロックしつつ、沙耶ちゃんの射線におびき寄せてやる。

 遠距離から大技を見舞われて、さぞかし敵も慌てただろう。


 もっとも2人を相手取るリンも、無傷と言う訳にはいかなかったけど。エースパイロットと名乗るムトーちゃんとやらは、さすがに力を持っていた。それでもバージョンアップしたリンの試運転には、まずまずの相手と言った所。

 計画通りに一人ずつ片して行って、この戦闘は僕らの大勝利。


「やたっ、対キャラ戦って言っても、そんなに気張るモノでも無いわねっ! ようっし、これで怜と遣り合う度胸はついたわっ、いつでもいらっしゃい!」

「もうちょっと、経験積んだ方がいい気もするけど……ええっと、挑戦状受けたんだっけ?」


 そだよと、ほぼ無頓着な沙耶ちゃんの返事。日曜日の夜に対戦を予定しているそうで、それまでは資格は失えないよと、僕らに言い渡して来るのだが。

 そんな筋書き通りに行くかどうかは、こちらの頑張り次第だろうけど。取り敢えず、このエリアの残り時間はまだ半分近くある。モニターで確認したら、意外と敵の数は減っていない。

 みんな、初のチーム戦に勝手が分かっていないのかも。


 僕は再度の単独行動を宣言して、周囲に気を配りながら探索に出向く。確かにこの前の対人戦とは、まるっきり様相が違うようだ。それがフラッグの存在、こいつを壊せば高ポイントなのだ。

 そして壊された方は、イベント参加資格を失ってしまうと言う。容赦の無い仕様だが、それは生き残り戦を謳う今回のイベントの性質上、仕方の無いことなのだろう。

 僕らはそうならないように、細心の注意を払うのみ。


 残り時間の散策で、僕は追加で3人の対戦相手と、それから2個の敵陣営のフラッグを発見した。4人のキャラの内訳は、フラッグを守っていた護衛の弓矢使いが1人。

 それからその敵陣を襲っている最中の、全くの赤の他人の両手武器アタッカー。こう言う時は、出会った側はどうしたら良いのだろう。漁夫の利を狙って、静観する?

 結局僕は、小心者の体で手出しを出来ず仕舞い。


 沙耶ちゃんには、遠慮してないでバーンとやっちゃいなさいよとけしかけられたけど。そんな図太さかあれば、人生苦労などしない。迷っていたら、別のキャラがふらっと草陰から出現。

 リビングの圧力から逃れるように、殆ど八つ当たりでそいつに仕掛ける僕。殴った感触ではかなりの強敵、反撃のスキル技をモロに喰らってしまったけれど。

 慌てずに対処しつつ、敵のHPをガリガリと削って行く。


 フラッグ近くで先に遣り合ってた生き残りに、途中から割り込まれてしまったけれど。乱戦はこちらとしては大歓迎、範囲技の撃ち合い合戦を遣り過ごし、最後は風神からの吹き飛ばしを敢行。

 中距離スキル技で1人ずつ止めを刺して、何とかサバイバルに生き残り。ポツンと残されたフラッグに目をやり、棚ボタ的な勝利者の権利を得る。いや、勝ち残ったのは努力の賜物だけど。

 つまりは、高ポイントを得る権利って事だ。


「やったぁ、凜君! ってか、もうあんまり時間無いよっ。それ壊したら、たくさんポイント貰えるんでしょ?」

「ええと……キャラを倒した時は、レベル補正なんかも入るけど平均20ポイントかな。今回は、パーティリーダーにも補正ポイント入るって書いてあったかな? それから、フラッグ倒せば50ポイントだった筈……」

「おおっ、さっきドサマギで1個壊したよね、凜君。じゃあ私たちってば、凄いたくさん稼いでるってコト?」


 ドサマギは酷いが、さっき幸運にも誰も守っていないフラッグを見つけて破壊したのは確か。そのチームの作戦は明らかではないが、全員が攻撃に転じていたのか、守り手が鯖落ちしてしまったのか、とにかく本当に誰もいなかったのだ。

 2個目のフラッグを壊しながら、コレ結構硬いよねと変な感想を内心で呟きながら。何故か優実ちゃんのモニターに映し出されるのは、プーちゃんとフラッグを従えて森を散歩する姿。

 やたらと楽しそうなのだが、守護者としての意識は無いみたい。


 結局、タイムアップが訪れて僕らが手にしたポイントは。合計で172ポイント、これは幸先の良いスタートな気がする。自陣に被害も無かったし、言うことナシだ。

 沙耶ちゃん達も、対キャラ戦に酷い拒否反応を示す事も無かったようだし。多分だが、フラッグを“護る戦い”と言うのが良かったのかも知れない。

 女性心理として、そう言う微妙なニュアンスも関係している気がするのだ。



 素直に幸先良いねと、僕は思った感想を口にする。彼女達も、この調子でどんどん行こうと乗り気な様子である。とは言っても、連戦は辛いので小休止を挟んで。

 2戦目のエリアも、沙耶ちゃんは適当に決めた様子。参加チーム名とかキャラのレベルとか、一応表示はされているのだが。逆に言えば、それ位しか分からないって事で。

 確かに、長々と考え込む場面でも無いのは確か。


 今回も、ものの数分でエリチェン画面まで辿り着けた。僕は少し考えて、お試しに『砕牙』を装備しての参戦に踏み切る事に。さっきはMP不足を嫌って、敢えて装備しなかったのだけれど。

 何しろポケットが、補正で4つに減ってしまっているのだ。沙耶ちゃん達は、レベル120台でポケットの数は6つらしい。それでも半分も減っていて、この補正は辛い所。

 普段通りだと思うと、充分痛い目を見るのは明らかだ。


 エリアインして、まずはペット達を呼び出すのは3人とも一緒の行為だ。ホリーナイトの補正も嬉しいが、Sブリンカーの成長振りは目を見張るものがある。

 地味に経験値稼ぎを行った結果、殆どのポイントが2つ目のスキル取得レベルに達したのだ。これによって、待望の《オートMP回復》の恩恵を受ける事が可能に。

 重複する補正スキルのお蔭で、リンのMPはこれで減らなくなった訳だ。


 もちろん、どの補正スキルも完璧に重複する訳では無いのだが。単純な系統の、例えば《攻撃力UP》とか《体力UP》などは、補正スキルに限らず装備のプラス効果とも干渉を受け合わずに効果を発揮してくれる。

 もちろん、効果が干渉し合ってしまい、より強い方の効果のみ発揮される場合もある訳だが。どちらかと言えばそういうのは稀で、キャラ強化の妨げにはならない。

 ペット達の成長のお蔭で、リンも隙が無くなって来た。


 Sブリンカー自体も、アクティブ度が増して来たのは良い点だ。最初に覚えた5項目の殆どは、何しろ補正スキル関係だったし。違うのは遠隔系の、直接攻撃と魔法攻撃の2つの技。

 直接系統の技が新たに2つ加わって、攻撃手段が多彩になった僕のSブリンカー。直接攻撃その2も、やはり遠隔技で《アッパーカット》と言う技名だ。

 これは最初に覚えた《ロケットパンチ》の別バージョンっぽい。


 効果的には、ややクリティカルが出易いって程度だろうか。それより、魔法攻撃その2が凄く便利。《ハートの矢》と言う技名で、相手をスタン~麻痺させてくれるのだ。

 これらは最初、僕はスキル技だと思っていたのだが。だって名前がついてるし、攻撃の回転速度もそんなに速くないし。だが、ずっと見ていてどうやら違う事が判明した。

 これらは全部、通常技っぽいのだ。


 つまりは、Sブリンカーはようやく、パンチ系の直接攻撃手段を2つ手に入れた事になる。これらの攻撃の際には、もちろんSPは消費しない理屈となる。

 それから《バニシュ》と今回覚えた《ハートの矢》の2つ。これは単純に攻撃魔法で、元々Sブリンカーに備わっているMPを消費して使用するっぽい。もちろん、MPが無くなれば詠唱もしなくなる。魔法の使用条件は、完全にランダムらしいが。

 主人のリンが魔法を使う時に、便乗するパターンが多い気がする。


 最近のソロ活動の検証で、何となく輪郭の見えて来たSブリンカーの行動パターンだけれど。まだまだ成長の上限まで伸ばしていないし、完全体が楽しみでもある。

 その時には、多分本当のスキル技も披露してくれるのだろうし、増々心強い相棒になっている筈だ。最初は育てるのかったるいなぁと思っていたが、いやいやどうして。

 何にしろ、今回の対人戦に間に合ってくれて良かった。


 まぁ、コイツの基本戦闘パターンは、相変わらず離れた場所からの支援なんだけどね。逆に前に出て来て戦闘に巻き込まれないのが、有り難かったりする訳で。

 散策の際も、後ろをフワフワ付いて来てくれて頼もしいかも。


 さて、今回も僕らの基本戦術は一緒である。僕が進む方向を決める⇒そっちは取り敢えず安全⇒2人が変化の無さに飽きて来る⇒僕の進んだ方向に移動、となって。

 キャタピラ仕立てで動く雪だるまモドキは、とってもファンシーで愉快らしいのだが。果たしてその行動が正しいのかどうかは、僕的には疑問ではあったりする。

 とにかく2戦目も、僕らのフラッグは攻撃すら受けなかった。


 彼女達は、途中で見つけたモグラの巣穴に攻撃を仕掛けて遊んでいたけれど。熱中し過ぎて、停止し忘れていたフラッグが視界から消えていた時には、さすがに僕は面喰らった。

 その知らせを受けた時、僕はモロ戦闘中で。敵も単独行動中だったので、特に苦戦はしなかったのだが。


 回収に向かった優実ちゃんは、大きな木の根に捕らわれて動けずにいた瓢箪フラッグを、何とか無事に発見した模様。沙耶ちゃんはモグラの巣を倒し終えて、何やらお助けアイテムを手に入れた様子。ポケットから使うアイテムで、相手にダメージに加えバインド効果をもたらすらしい。

 モグラからポイントもせしめて、上機嫌の沙耶ちゃん。


「この子ったらお茶目だねっ、思い込んだら真っ直ぐしか進まないっ! 障害物も何のそのっ♪」

「どうでもいいけど、その子は大事なんだから迷子になんかしないでね?」

「モグラ穴の罠、装備完了っと……使ってみたいなぁ、誰か襲って来ないかな?」


 物騒な物言いの沙耶ちゃんと、あんまり反省の色の見えない優実ちゃん。楽しんでくれているのは良いが、対戦約束の前に資格を失うのは恥ずかし過ぎる。

 そう言えば、僕も先程果たし状を貰ったんだっけ。相手は……2度目の対戦となる、ライバル筆頭の柴崎君。丁寧な文面で、こちらの都合の良い日を聞いて来たのだが。

 沙耶ちゃんに相談した所、玲とまとめて日曜日でいいんじゃないとの返事。


 それとも日曜日に、合同インで遊ぶのもいいかなぁと気楽なギルマスの提案。それもいいねぇと、優実ちゃんのお気楽な賛同に。日曜は気まずいのにと、僕の内心の本音。

 だって、沙耶ちゃんのお父さんに出会う確率が高いじゃないか。


 そんな感じでの僕の思考は、新たなエリア内の遭遇によって中断された。さっきから、その日はお父さんいるの? って、どうやって聞こうかと考えていたんだけど。

 ただ、この出会いは特に危険を孕んでいた訳でも無い。つまりは再度の、誰も護る者のいないフラッグを見付けてしまったのだ。廃墟の影に、隠れるように置かれているのだが。

 どうやったって、その大きな物体を完全に隠すのは不可能である。何せキャラより、優に二倍はデカいのだ。僕は周囲を確認して、取り敢えずはポイントを頂きに掛かる。

 相変わらず固いが、反撃も防御もしない雪だるまモドキ。


 フラフラと敵を捜し歩いていたせいで、残り時間がそれほど残っていない。僕はスキル技も交えながら、削り作業に従事する。ようやく壊し終えた所に、次なる敵の出現。

 出会った瞬間、あ゛~~~っと大声を出されて、その数は2人に増え、更には3人になって。どうやらこのフラッグの所有チームらしい、壊されちゃったとそれぞれ呆然自失の体たらく。

 思わず、ゴメンねと謝ってしまいそうな心境に陥る僕。


 謝る暇など、まぁ与えられはしなかったんだけど。3方向から斬り掛かられて、リンは慌てて飛び退いての臨戦態勢。幸い後ろは、遺跡の廃墟に繋がる細い上り坂。

 そちらに誘導しながら、2人以上と対面しないように戦況を操ってやる。飛び道具持ちはいない様子だが、後ろに待機するキャラの魔法攻撃がウザい。

 こっちも、思わず《砕牙》で遠隔応戦。


 それが相手の警戒心を煽ったみたい、それでも追跡は諦めてくれなかったが。結局残り時間の少なさに助けられ、リンは今回の生き残り戦でも無事生還と相成って。

 前回よりは少ないが、89ポイントの取得は大したモノ。沙耶ちゃんのモグラを倒した功績も、もちろん入っている。今度はもっと、積極的にポイント狙おうかと彼女達。

 別にいいけど、変なトラブルだけは止めて欲しい。


 さて、今回の闘いで分かった事が1つ。フラッグが先に壊された場合、所有チームはどうなるのかと思っていたのだが。どうやら強制退去などは無いみたいで、そのまま放置されるっぽい。

 完全に野良になって、敵を狩ってもポイントは入らない存在なのは哀れだが。囲まれて危ない場面に、フラッグ破壊からのエリア退去は臨めないみたい。

 それだけは、しっかり覚えておかないと。


「これって、ポイントの途中経過出ないのかな? 今、どのチームが何ポイントで1位かとか。自分達の順位、ちょっと気になるわよねぇっ」

「でも、戦う回数にもよるよねぇ、ポイントの多さなんて。ああっ、でもでも、いっぱい戦って旗子ちゃん倒されちゃうと、ポイントはゼロになっちゃうのかっ!」


 フラッグを旗子ちゃんと呼ぶのはどうかと思うが、優実ちゃんの言い分はまさにその通り。ポイントは多いに越した事は無いが、まずはフラッグの安全が第一だ。

 他のチームも、多分それを分かっているのだとは思うけど。予想外に、護る者のいないフラッグに遭遇してしまうのは何故だろう。最低でも、1人は付けて然るべきなのに。

 エリアが意外と広いせいで、遭遇の確率が極端になっているせいなのかも知れない。それを僕らは、次の突入で思い知ったのだ。2戦目は殆ど遭遇出来なかった敵の影に、すっかり油断をしていた僕らの自陣エリアに。

 右から左から、挟み撃ちに合ってしまったのだ。



 3戦目になると、自然とエリアの雰囲気にも慣れた感は出て来る。僕らはペットを呼び出し、それから強化魔法を掛け終えて、今回の周囲のエリア情報を分析に掛かって。

 遺跡の廃墟のど真ん中と言うのは、初めての出現場所で勝手が分からない。屋根は一応ついているが、片側の壁面は全て風化して無くなっている。

 お蔭で平原と、左手に広がる森が一望出来る。


 つまりは、外からもこちらを見付ける事が可能な訳だ。安全な場所では無いねと、これは皆の一致した意見。旗子ちゃんを動かそうかと、沙耶ちゃんもこのネーミングに普通に乗っかっているのは良いとして。

 問題なのは、廃墟を進むかここから出るべきか?


 それは全く、議論にすらならなかった。旗子ちゃん出動との号令と共に、キュラキュラと小さな音を立てて動き出す雪だるまモドキ。優実ちゃんの先導で、僕らは遺跡の奥に。

 多分、奥が気になって自然と探索の気分になったのだろう。僕もリンを先頭に出して、初めて進む遺跡の廃墟を警戒する。位置は大体分かるのだが、実際入った事は無い場所なのだ。

 もう少し進めば、鎖に繋がれたゴーレムと対面出来る。


 つまりは、割とエリアの中央に近い一角になる筈だ。こうやって色んな場所からスタートすれば、その内に全てのフラッグの出発地点の見当もつくようになるだろう。

 それから、その場所の安全度も同じ事が言える。ここは果たして安全なスタート地点なのだろうか、割り振りは完全にランダムなのだろうけど。廃墟内は死角が多いのだが、中央に近いと言うのが少し気に掛かる。

 他のチームに、狙われ易い場所な気もするし。


 ところが僕らが最初に遭遇したのは、廃墟を彷徨うグールの群れだった。割と広いホールのような場所に出たと思ったら、意表を突かれてばったりと目の前に出現して。

 その真っ只中に、突入をかます旗子さん。この子は停止の命令が無い限り、とにかく突き進む性格なのだ。慌てる僕らより、《自己探索》によって反応したプーちゃんが先陣を切った。

 突発的に始まる、乱戦模様の殴り合い。


 グールは全部で7体もいた。不意を突かれたのは、偵察目的で先頭にいた僕の完全なミス。いや、そうでは無かった。どうやら旗子さんが、仕掛けの罠パネルを踏んづけてしまったらしい。その結果、廃墟の隠し扉がバカッと開いたのだ。

 その推測が間違いではないのを知らせるように、新たにペカッと開く隠し扉。


「誰か旗子さんを止めてっ、あの子が罠を発動させるせいで敵が増えてるっ!」

「優実っ、あんたがあの子のお守り当番でしょっ! そんなだから、あんたのお母さんに本物のペット飼っちゃ駄目って言われるのよっ!」

「沙耶ちゃんだって、飼ってたネコに逃げられた事ある癖にっ! ああっ、本当に不味いかもっ……あの包帯の子って、ひょっとして強い?」


 雪之丈……と呟く沙耶ちゃんは、ひょっとして家出してそれっきり帰って来なかったネコに思いを馳せているのかも。ネット界の雪之丈も、そう言えばよく戦死して不在になるよね。

 優実ちゃんの言う包帯の子の正体、これに気付いた僕は戦慄した。ネーム色から判別するに、マミーキングと言う名の、死霊モンスターの親玉級NMだ。こんな時に出くわさずともって話だ。

 そう思いつつ、奴が出て来た部屋の奥の宝箱の数にはちょっと幸せな気分。


 まぁ、倒さない事にはどうにもならないんだけどね。僕は《爆千本》でグール達のタゲを取り、沙耶ちゃん達をフリーにする。その時にはグールの1体はボロボロ、コイツを《ヘキサストライク》で粉微塵にしてやって。

 旗子さんの安全の確保と、周囲の警戒を呼び掛ける僕に、早くも沙耶ちゃんからの凶報が。僕らが通って来た方向から、対戦キャラらしき2人の影が近付いて来る。

 どうやらこちらの戦闘音に、導かれて来たようだ。


「優実ちゃんは、プーちゃんでマミーを足止めして、旗子さんを確保! 沙耶ちゃんは、そのまま周辺を警戒しながら僕の補佐を!」

「「りょ、了解っ!」」


 2人揃っての緊張感のある返事。実際、こんなピンチは3人での冒険中でも滅多に無かった事。近付いて来るキャラは、どうやら同じチームらしく争う素振りも無い。

 幸い、グールはそんなに強くは無い。疫病の吐息と毒の爪が厄介な程度で、体力もそんなに高くは無い雑魚だ。相手が近付く前に、僕と沙耶ちゃんでもう1体撃破。

 離れた場所で様子見していた相手は、これを見て参戦を決めた様子。


 ところが、またもや予期せぬ出来事が、僕らの身に降り掛かって来た。何と言うか、金平糖の法則を身をもって知る、確率論の提唱の裏付けとでも取れるような出来事。

 つまりは、優実ちゃんがホールの反対側の通路に、雪だるまモドキを護衛しながら近付くチームを発見したのだ。向こうの3人も、確実にこちらを見ただろう。

 確率は問題ではない、続く時にはとことん遭遇は続くのだ。


 これが金平糖の法則だ、出っ張った部分と凹んだ部分。サイコロで6の目が出たら、次に6が出る確率は低くなるかって? もちろん違う、確率は同じく6分の1だ。

 このエリアに、同時に存在するチームは7つ。普通に考えたら、3箇所以上の場所で闘いが起こると思うだろう。ところが、実際はランダムの不平等が起こるのだ。

 つまりは無人に近いエリアと、今この場所のような密集エリアに。


 まさかその密集エリアの、ど真ん中に放り込まれるとは思わなかったけど。女性陣の悲鳴を聞きながら、僕は咄嗟に作戦を組み立てる。敵は3組、だから何だって?

 こっちだって、立派に3人いるじゃないか!


「優実ちゃん、グールとマミーに光魔法撃ち込んでタゲ取って! 取ったらマラソン、そこから遺跡の外に出れるみたいだから、とにかく走って逃げてっ!」

「ええっ、私一人で全部の面倒見るのっ!? でっ、出来るかなぁ……」

「コイツらは日の光の下じゃ、動きが鈍るからマラソンならなんとかなるよっ! 沙耶ちゃんは、反対側のチームから旗子さんを護って! 僕はこの2人を足止めする!」

「了解っ、しっかりしてよ、優実! 苦しいのはみんな一緒なんだからねっ!」


 そう、苦しいのはみんな一緒だ。回復役の優実ちゃんが抜けたら、ポケット数に不安のある僕だって怖いのだ。しかも、攻撃が当たってもさほど痛くは無かった雑魚のグールと違い、次なる相手は冒険者だ。

 対面する2つの影は、両方とも両手武器持ちのアタッカーらしい。僕は強化魔法を張り直し、ここから一歩も奥へは行かせない構え。僕に張り付いていたグール達は、優実ちゃんの《レーザシャワー》の攻撃で、リンへの興味を呆気なく失った模様。

 反対側の通路では、どうやら二刀流と弓矢使いが出張って来たとの沙耶ちゃんの報告。もう一人は、フラッグを操作して見えない場所に引っ込んで行ったらしく。

 沙耶ちゃん側も、数的に不利な不味い状況だが。


 優実ちゃんの置き土産が、今の所上手く作用しているっぽい。つまりはプーちゃんが、弓矢使いに特攻を掛けていたのだ。相方の二刀流使いがそのタゲを取ろうとしているが、ペットに敵対心など関係ない話だ。

 彼らはただ、ご主人の命令を忠実に遂行するのみ。


 この混乱に乗じて、沙耶ちゃんの遠隔攻撃がさらに相手を悩ませているようで。相手チームは、どれを優先順位の上位に挙げれば良いのか、とことん計り兼ねている様子。

 何しろ、破壊すれば高得点のフラッグが、すぐ近くでキュラキュラ蠢いているのだ。旗子さんは反対通路に入り損なって、壁に突き当たって無駄な前進を続けている。

 この遺跡が直線仕様でなくて、本当に助かった。


 その上雪之丈の特攻で、数的有利は相手には心理的に作用していない感じ。もっとも、戦力的には2匹を足してキャラ1人分が精一杯なのだけど。

 纏わり付かれるのに慣れていない弓矢使いは、割とパニック模様な状況らしい。お蔭で後衛の沙耶ちゃんは、防御魔法を有効利用で体力は安全圏をキープ。

 相手はすぐ隣の、旗子さんの存在すら気に掛けていられないと来ている。


 優実ちゃんのマラソンも、今の所は平気みたいだ。本人から悲鳴の類いも漏れ聞こえないし、僕の言った通り死霊モンスターはとにかく日差しに弱いのも事実だしね。

 大概の奴は動きが鈍るし、酷い奴になるとHPにダメージが入る。マラソンしているだけで、相手はどんどん弱ってしまうのだ。相手との距離に余裕が出て来た優実ちゃん、このまま逃げ切ったら不味いかなと相談を持ち掛けて来る。

 ここに戻って来られたら、私達がやられちゃうよと沙耶ちゃんの反論。それもそっかと、掃討する覚悟を決めた様子。再度の《レーザシャワー》で、死霊グループの数が半減。

 優実ちゃんの口元に、にひっと笑みが広がる。


 さて、僕の方はと言えばかなりの苦戦が予想されたのだが。実は、この2対1という状況に対する訓練は、何度かこなして心理的には余裕があったり。

 要は、同時に殴られなければ何とでもなるのだから。《ビースト☆ステップ》を主軸に、リンには《幻惑の舞い》や《夢幻乱舞》などの防御系のスキル技は豊富なのだし。


 そんな訳で、近付いて来た2人連れに僕は爆裂弾を見舞う。後ろに吹っ飛んだ隙に、今度はまきびし火薬を地面に放ってやる。実はこのアイテム、キャラに対しては使えない代物で。

 罠系の爆弾と言えば分かり易いのだろうか、最初に突っ込んで来た両手斧使いが、これに捕らわれて動きを止める。バインド効果は、まぁ長くて10秒程度だろうか。

 もう一方の、風種族の大鎌使いが、そいつの脇をすり抜けて前に出て来た。すかさずスキル技を放って来るのだが、僕の幻影がその攻撃を肩代わりしてくれる。

 素人め、何を焦っているんだか。


 こう言う輩には、閃光弾が殊の外良く聞くだろう。これはフラッシュと同じ効果で、キャラが浴びたら確実にモニター画面は真っ白になるだろう。

 僕はその隙に《獣化》を掛けて、荒々しい連撃を見舞い始める。それから頭の中で確認した地形に従って、作戦のまとめ直し。それに沿って、リンを少しずつ移動させる。

 ここが肝だ、タイミングがずれると仲間に被害が及んでしまう。


 体力自慢の戦士ジョブが2人、ただしこいつらはカンストまでには至っていない。僕の削りも、『砕牙』を得てパワーアップしているし。微力ながら、ペット達の助けもあるし。

 まきびし効果が切れても、僕は慌てない。それより優実ちゃんの、敵は包帯っ子だけになったとの嬉しい報告が。ひょっとして、ソロでNMを退治してくれるかも。

 まぁ、僕としてははしゃぎ過ぎて他のキャラに見付からないようにねと忠告を返すのみ。倒してくれたら嬉しいが、現状をもっと酷くしてくれなければそれで良い。

 その間に、こちらも状況を好転させないと。


 対戦相手は、早くもポーションを使ってHPを回復に至っていた。回復魔法は無い様子だが、大鎌使いの範囲スキルでこちらにも被害が。付け込まれない様に、咄嗟にバックステップから《幻惑の舞い》の使用。

 こっちを早く片付けて沙耶ちゃんの応援に行きたいが、事は慎重に運ばないと。ところが様子を見過ぎたツケなのか、相手チームのコンビプレーが炸裂して。

 僕は図らずも、《風神》のお世話になる破目に。


 簡単に言うと、雷系スタン魔法で動きを止められて、大鎌使いに露払いの大振りで幻影を取り払われて。狙い澄ました大斧使いの強力な単発スキル技を、思いっ切り喰らってしまったのだ。

 さすがに即死にまでは至らなかったが、荒ぶる風の神が対戦相手をことごとく吹き飛ばす。その際に大鎌使いの位置が悪かったため、何と遺跡の段差から転げ落ちる結果に。

 しまった、秘かにこの段差を使って分断を目論んでいた僕だけど。


 落下ダメージすら与えられない段差だが、もちろん特殊なスキルがなければ落ちた場所からは上って来れない。ちょっとだけ遠回りして、ホールの入り口に廻らないと。

 つまりは戦闘中の沙耶ちゃんと鉢合わせる恐れがあったので、僕は速攻で倒せる機会を窺っていたのだ。SPの溜まり具合だとか、敵の体力や薬品の残り具合だとか。

 全ての計画が、この一瞬でパァになってしまった。


 《風神》の威力は甚大で、相手は両方とも近付けないまま。飛ばされた際のダメージも相まって、大斧使いの方が組み易そうなのだが。《ディープタッチ》を飛ばしつつ、回復と嫌がらせ。

 さらに《砕牙》を撃ち込もうか、それとも《夢幻乱舞》でカウンターを狙おうか迷っていると。何だかいつもと様子がヘン、つまりは荒ぶる風の神様の居座り方だけど。

 大抵は、この種族特性スキルの発動は瞬間的なものである。敵を吹き飛ばして多少のダメージを与え、距離的優位と回復か何かをする時間的優位を作ってくれて。それでお終い、効果は消滅が通常。

 今は名残惜しそうに、地面を吹く風がキャラの頭上に集約して行っている。


 アレッと思ったのは、敵も一緒だろう。戸惑いつつも、こちらに近付こうとしない。ひょっとして、挟み撃ちの計画を練っているのかも。焦った僕は、自分から近付こうとしたのだが。

 天に舞う竜巻のせいなのか、何と動く事が出来ない! 捕らわれの僕は、必死で抗ってみた途端。空振りの武器を指揮者の合図に見立てたかの如く、発動する謎スキル。

 竜巻の回転が、大斧使いに直進して行く。


 僕は呆然としたままログを追って、リンのしでかした事態の分析に掛かるのだが。ヒントはまるでナシ、試しの再度の武器空振りで、またもや出現する竜巻。

 威力は凄いようで、大斧使いは既にヨレヨレ。


 正気に戻った僕は、とにかく両手に持つ武器をムチャ振りする。竜巻の群れを発生させるのが目的ではなく、この動けない状況から何とか逃れる為なのだが。

 結果として、リンの上空の乱気流は消滅。敵もまた、エリア退出。


 リンの操作を取り戻した後も、僕はキツネに抓まれた様な思いだったり。思い当たる節が、全く無いのが気持ち悪い。『砕牙』の隠し能力? ペット? それとも……。

 そうだ、確かリンが150にレベルアップした時に、新しく覚えた種族スキル。全く聞き覚えが無くて、師匠の攻略本にも乗って無くて。同じ風種族の薫さんに聞いても、自分は覚えてないと言われてしまって。

 変に思いつつ、放置するしかなかった《轟天》というスキルのせい?


「ああっ、ひょっとしてアレかぁ……!?」

「へっ、何ナニ、凜君? 段々寂しくなって来たから、私もこの子連れて戻ってもいい?」

「凜君……独り言よりも、玄関から新手が入って来ちゃったよっ!」

「ゴメン、それ僕の取りこぼし……今から片付けに戻るねっ!」


 謎の解明は後回し、とは言ってもホールはすぐ後ろだから、そんなに離れている訳では無い。沙耶ちゃんの様子を窺ってみるが、敵を倒すまでは行かずとも足止めは成功している。

 弓矢使いの回復に、二刀流使いが行動を取られているのが大きい。さらにペット2匹の暴虐に、沙耶ちゃんの懐に潜り込む隙を与えられていないって所か。

 ピーちゃんは優実ちゃんにくっ付いて行ったので、冷静にペットから始末されると分が悪くなってしまうのだが。ペット自体のレベルが上がるにつれ、彼らが死亡してからの再召喚時間が、大きく変更されてしまっているのだ。

 以前の雪之丈のように、すぐに戻って来る便利性は失ってしまった。


 まぁ、その分成長して死に難くなってはいるんだけどね。敵の弓矢使い、幸い装備は軽装らしい。ガチガチに着込むタイプも存在するが、魔法も使うタイプなのかも。

 そのせいで、ペット達のじゃれ付きにも油断すると大きく体力を減らしてしまっている。どうでも良いけど、ペットの手柄でもポイントは入手可能なのだろうか?

 こんなに頑張ってくれてるのだ、彼らの努力も報われて欲しいよね。


 Sブリンカーが、僕より先に大斧使いに攻撃を仕掛けている。いつの間にか、遠隔の間合いに入っていたようだ。この子は普段はそんな事はしない、恐らく先程の戦闘のタゲが外れていなかった模様。

 まぁ、そのせいで敵は慌てただろう。僕はあらかじめ掛けてあった魔法を悟られぬよう、中距離コンボで敵の焦りを増加させてやる。やられっ放しの大斧使い、釣られるように大技のお返し。

 待ってましたのカウンターで、前衛アタッカーの体力も底を尽いたみたい。


 こっちは終わったよと報告して、僕は沙耶ちゃんの援護に入ろうとしたのだが。散歩終了との可憐な言葉と共に、優実ちゃんが包帯っ子を連れて戻って来てしまった。

 見れば可哀想に、マミーのHPはあと僅か。大っ嫌いな太陽の下を無理やり引き摺り回されて、さぞかし怒り心頭だろう。かと言って、僕らも一々相手などしていられない。

 溜まったばかりのSPを使って、とどめの《ヘキサストライク》を敢行。


 良い所が全く無かった死霊NMだが、豊富な量の宝箱は残してくれたようだ。消えない内に回収しようかと、優実ちゃんがワクワクしながら提案するのだが。

 僕は既に、ペットの頑張っている戦線に助っ人参戦を決め込んでいた所。残りエリア滞在時間を確認すると、あと10分程度は余裕であるみたいだ。

 余程てこずらない限り、回収の時間はあるとは思うのだが。


「優実っ、浅ましい事してないで、こっちを手伝いなさいよっ! あんたのプーちゃんだって、主人以上に頑張ってるのよ?」

「だって、次に来た時には絶対に消えてるよ、この宝箱! すっごいお宝が入ってる気がするのよ……しかも6個もあるのよ、沙耶ちゃん!」


 6個も……この言葉に、陶酔したような表情になる沙耶ちゃん。仕方ないわね、回収したらすぐにこっちを手伝いなさいよと、途端に甘い所を見せるギルマス。

 僕はちょっとだけ、悪い予感に見舞われるけど。スパーク系の魔法に苦しみつつ、何とか弓矢使いを撃破出来た事に気を良くし。数の有利で、さらに二刀流使いに迫る。

 着弾のダメージは上々、後ろからの援護を加えて早急に仕留められそう。


 そう思った途端に、やっぱり奇妙な捻れを見せる運命の歯車。狙ってた的がいなくなり、主人の命令待ち状態になっていたプーちゃん。その突然の逆走に驚く僕ら。

 優実ちゃんの悲鳴は、その前だったのか後だったのか。どうしたのよと沙耶ちゃんの詰問に、奥に隠されてた7個目の宝箱がミミックだったと告白する優実ちゃん。

 欲張り過ぎは、しっぺ返しを招くのは世の常らしい。


「優実……アンタもう好きにしてていいよ、こっちは私達だけで対応するから」

「見捨てないで、沙耶ちゃんっ! ああっ、引き寄せ使われるから逃げられないっ!」

「プーちゃん間に合いそう? こっち終わったら、取り敢えず助けに向かうね?」


 有り難う凜君と、ほぼ泣きベソ状態で言われてもあんまり嬉しくない。二刀流使いはそこそこの踏ん張りを見せたが、雪之丈と共に壁に追いやってステップを封じてしまうと。

 そこからは、計算通りの脆さで程無く没。


 ……優実ちゃんのキャラも、ミミックに頂かれてしまったけど。新たなマミーの誕生だと、沙耶ちゃんは幼馴染の悲運にも動じていない様子。ってか、ちょっと楽しそう。

 あんな化け物になっちゃうんだと、優実ちゃんは本気で信じている素振り。もう二度と、お日様の下は歩けないんだねぇと、哀れを誘う口調で優実ちゃんを苛める沙耶ちゃん。

 いや、多分からかっているだけなんだろうけど。


 コレって呪いなのかなぁと、本気で怖くなった感じの優実ちゃんの怯え声。何しろ彼女のモニターは、黙して語らず状態のまま。普通だと、回復を待つか諦めてホームポイントに戻るか、訊いて来るのが常なのだが。

 限定イベントの特別仕様じゃないかなと、僕は予想を口にする。


 まぁ、そんな混乱のせいもあって、せっかく巡り合えた敵陣営のフラッグは見逃してしまう結果に。今だと護衛は1人きりで、美味しい相手だったと言うのに。

 時間も残り少ないし、取り敢えず自陣の旗子さんの無事を喜ぼう。


 こんな感じの3戦目の、ポイントは実際大したモノ。キャラは4人でフラッグはゼロだったが、雑魚モンスターやNMを倒したポイントが大きかった様子だ。

 合計126Pで、総合計は400Pに迫る勢い。平均で言うと、一戦ごとに丸々1チーム潰している感じだろうか。ノルマは確実にこなせている、不安はない訳では無いが。

 今もギルマスの小言に、むっつりした表情の優実ちゃんと言う図式。


 まぁ、お茶休憩にすぐに機嫌を直した優実ちゃんだけど。お母さんの手作りプリンは、冷えていてとても美味しかった。これなら死霊だって、たちまち機嫌を直しそう。

 お母さんも交えて談笑しつつ、僕らは各々の今後のスケジュールをチェックする。僕は金曜日の午後は、子守りがあってインは出来ない。優実ちゃんは、土曜日に家族旅行らしい。

 思わずいいわねぇと、本音を覗かせる沙耶ちゃんママ。


 神凪家は旅行しないんですかと、僕の問いに。ウチの家族は半分以上が、乗り物酔いしちゃう体質なのと、悲しそうなお母さんの返事。沙耶ちゃんが例外的に平気らしいけど。

 実はあんまり、乗り物自体好きじゃないと沙耶ちゃんの注釈。


 ウチの旅行も、日帰りだから夜には家にいるよと優実ちゃん。凜君は週末の予定はないのと、お母さんの意味あり気な質問に。特に無いですけどと、素直に答える僕。

 誰かを誘って、近場でも散策すれば良いのにと、何故か視線の先の愛娘を窺いながらお母さん。近い場所でも、改めて見つめ直せば良い所が一杯あるのよと教え聞かせる感じで。

 途端に、何故かモジモジし始める沙耶ちゃんだったり。


 1時間以上の休憩だったが、そんな感じで寛いで時間を過ごして。お母さんは買い物に出掛けて行ったが、交代で環奈ちゃんが戻って来て、再び騒がしくなるリビング。

 僕らの平均ポイントを聞き出して、彼女は仰天しているみたいだけれど。環奈ちゃんのギルドでも、もちろん今回の限定イベントには参加しているそうで。

 たった今まで、友達の家で合同インしていたみたいである。


「チーム分けで、ちょっと揉めましたけど。ギルマスは、強いキャラは同じチームに集めた方がいいって考えで。私を含めて他の子は、仲良しチームでいいんじゃないかって」

「ほむほむ、私達も仲良しチームだよねぇ? 凜君みたいな、こう……腹黒い策士? がいたら、ポイントは割と集めるの簡単なんじゃないかな?」

「は、腹黒い……かな、僕」


 確かに、相手の嫌がる手段を使って、効率的に敵を殲滅するのは大好きだけど。いや、別にそれに拘っている訳では決してなくて。引き攣っている僕の顔を見て、沙耶ちゃんは優実ちゃんの頭をポカリと殴る。

 力は入っていないが、効果はあったよう。


 ゴメンねと謝って来る優実ちゃんに、力ない笑みを返しつつ。そうか、僕って腹黒かったのかと、本気で落ち込みそうになりながら。ところがビックリ箱の環奈ちゃん、改めて尊敬の眼差しで僕に詰め寄って来る素振り。

 その勢いには、姉の沙耶ちゃんもちょっと引いていたりして。


「そう、そうなんですよ、凜様っ! せっかく合同インしても、作戦とかみんなのやりたい事が全然纏まらなくって。さっきも全滅しそうになって、反省会で終わっちゃって」

「そうね……こっちも1人暴走する子がいて、退場者が出ちゃったけどね」


 ボソリと呟く沙耶ちゃんに、今度は優実ちゃんが引き攣った表情に。暴走しているのは、目の前のこの娘も同じかも。誰か止めてくれないかなと、本気で願いつつ。

 いつの間にか土曜日の昼に、彼女のチームの面倒を見る約束を取り付けられてしまった。明日はどのみち、バイトで駄目な日だし、土曜は優実ちゃんが旅行でイン出来ないし。

 チラリと沙耶ちゃんを見るが、妹思いなのか反論の類いは無し。



 休憩上がりだと言うのに、心身共に何故か疲労困憊しつつ。最後の締めにと、環奈ちゃんの応援を背に第4戦に挑む僕ら。約束は良いけど、資格失わないようにしなさいよと、心配性の姉のような台詞の沙耶ちゃんに。

 そっちも凜様の足を引っ張らないでよねと、辛辣な妹の返答。


 そんな微妙な空気の中、エリアインを果たす僕らのチーム。今度の旗子さんは、ストーンヘンジのような乱立した柱の立つ、小高い丘の上に出現したみたい。

 今の所、周囲に敵影は無し。真正面に鋭い峰と廃墟群、右手奥には森の切れ端が窺える。肝心の左手には、乱立した柱と倒れた柱の迷路が続いている。

 視界が悪いので、安全の有無は何とも言えない。


 ちなみに後ろは急な上り斜面で、確認するだけ無駄である。何故ならエリアの切れ端、敵も来ないし誰も進入は不可能だ。僕は敵に出会う確率を、さっと頭の中で整理してみるのだが。

 やはり怪しいのは、この柱の迷路のエリアだろう。


 リンが進み始めると、何故かお姉ちゃんコンビも間をおかず進み始めた。ひょっとして、妹の環奈ちゃんに良い所を見せてやろうと奮起したのかも知れないが。

 止めない僕も悪かった、結果的には敵の集団と鉢合わせの憂き目に。


 視界の悪いのが災いしたのか、その邂逅はお互いに間の抜けたモノに。相手は壊れた石造りの建造物の隙間に、フラッグを落っことしていたのだ。こいつらアホだと笑えない、次に同じ目に遭ったのはウチの旗子さん。

 相変わらずのいい加減な操作に、後ろに控える環奈ちゃんからもヤジが飛ぶ。そんな事を言ってられないモニター内、向こうも護衛が3人、こちらも同数で睨み合い。

 先陣を切ったのは、相手術者の水系の範囲魔法。


 《ヘビーレイン》と言う、威力は大した事は無いが移動力低下のバッドステータスのオマケ付き範囲魔法に。敵対心は関係ないよと、僕の再度のアドバイスが飛ぶと。

 固まっている今が有利と気付いた2人、ほぼ同時に反撃の範囲魔法をお見舞い。


 そこからは泥沼の集団戦、敵は大剣持ちと水の回復持ち術者、それから盾持ちキャラの構成のようだ。粘られると不味いが、嵌まり込んだ旗子さんのせいで撤退戦も不可能。

 とことんドラマティックな物語を好む子だ、仕方ないので殲滅戦のプランを練る事に。幸いこちらはペットで数を水増し出来るし、範囲攻撃も豊富だし。

 出張って来る大剣使いを爆裂弾で奥に追いやり、沙耶ちゃんに氷漬けの指示。


 僕も術者に《グラビティ》を掛けて、取り敢えずは逃げ出せないように抑え込む。敵の盾役は無視、ペット共々術者に襲い掛かる。さすが腹黒いですと、環奈ちゃんの応援にちょっと泣きそうになりながら。

 だって回復ウザいじゃんと、言い訳が脳内リフレイン。


 良い感じに、敵の魔法は止まり気味。沙耶ちゃんの《コールドウェーブ》や《ブリザード》が、定期的に吹き荒れて心地よい程だ。盾役に削られるリンの体力は、完全に優実ちゃん任せ。

 程無く術者が退場、いい感じに敵陣営のフラッグも体力低下している。その頃には大剣使いが現場復帰していたが、時既に遅しな感じ。たまらず盾役も、呼び鈴で駝鳥のようなモンスターを召喚して、現状を打破しようと画策するが。

 だから遅いって……指示する前に、沙耶ちゃんがそいつを氷漬けに。


 ついでに優実ちゃんも、大剣使いを光の縄で捕獲に成功。数の有利は続き、感心しきりの環奈ちゃん。僕の指示で、今度は土属性の盾役にタゲは変更。

 沙耶ちゃんの《破戒プログラム》の弱体から、僕の連携するよの合図に乗って。さすがの豊富なHP持ちの、土種族の盾キャラさえも怯む魔法2連の大ダメージ。

 追い込みも綺麗に決まり、召喚モンスター共々盾キャラも出番なく退場。


「す、凄い……こっちはほぼ無傷じゃないですかっ! 何でこんなに差が付くんですか、凜様っ」

「ふふっ、いつも私のプレー振り馬鹿にしてるけど、見直したでしょ? 環奈の馬鹿にしてるペットだって、活躍してるの見たでしょ? 玲のとこと戦っても、こっちの勝ちだもんねっ!」

「確かにペットは便利と言うか、数的有利に立てるのが大きいよね。呼び鈴は使い捨てで高いけど、こっちはコスト掛からないし」


 そうだったのかと、大人しく感心する環奈ちゃん。ただし姉に対しては、飽くまで辛辣な物言いで。凜様の戦術のお蔭でしょうにと、完全勝利にも株は上げて貰えない感じ。

 それでも最近は、こっちの指示の前に素早く動いてくれている気もするけれど。以心伝心とまでは行かないが、以前にこなしたパターンから正解の動作を導き出してくれて。

 チームの立ち回りなんて、そうやってこなれて行くもの。


 静かな優実ちゃんは、旗子さん救出に頭を悩ませている最中らしい。そう言えば、まだ敵も残っていたっけ。それでも掃討戦は、終始こちらの優位で進んで行き。

 嵌まり込んだ敵陣のフラッグ共々、ご臨終の憂き目に。


 残り時間は、まだ半分以上はあるみたい。凄いスゴいと囃し立てる環奈ちゃんに、これ位軽いわよと軽口をたたく沙耶ちゃん。僕は自陣の安全を確認して、ちょっと遠征に。

 そのまま左回りに進むと、大きな壁門のような廃墟に出た。中央の峰と端から張り出した断崖、それを塞ぐように昔は壁門が建設されていたのだろう。

 今は完全に、邪魔な障害物に成り下がって素通り状態だけど。


 ライバルの影は見掛けなかったが、建物の残骸に住み着いた獣人の群れを発見。どうしようかなと思っていたら、そっち向かうねと沙耶ちゃんの言葉。

 旗子さんの遅い歩みに焦れつつも、移動は数分で完了した。相変わらず敵キャラは不在、それを良い事に獣人にちょっかいを掛ける事に方針は決定した模様で。

 沙耶ちゃんがペットで釣って、獣人戦のスタート。


 奥に大物がいたりして、結構気は抜けなかった戦いだったけれど。暇潰しには最適で、とうとう全滅まで漕ぎ着けてしまった。オマケに敵からのドロップも良好で。

 今や貴重な呼び鈴が1個、それに加えて土の術書や土の水晶玉、銀のメダルやポーションなどなど。これでほぼ、残り時間は無くなってしまった訳だが。

 今回他は激戦だったらしく、参加フラッグの数が半分に減っていた。


 ちなみに、第3戦のマミーキングの部屋の、宝箱の中身はちょっと変わっていた。貴重な呼び鈴に加えて闇の術書に剣術指南書、レアな素材までは普通なのだけど。

 変身仮面と有名人のサインってのは、どうやって使えば良いのだろう?


 今日はもう、これで終わりねとのギルマスの終了宣言を聞きながら。夜はどうするのと今夜の予定を尋ねたら、夜はしっかりレベル上げをするとの返事。

 夏休み終了までにレベル150到達は、もはや無理っぽいのは確定だけど。それでもせめて、135くらいまでは上げたいらしい。指針がぶれてないのは良い事だ。

 限定イベントで名を残すより、ギルドの約束を優先するって事だから。


 お蔭で僕らは、その夜の鯖落ちには巻き込まれずに済んだ訳である。ちょっとだけ、新生ブンブン丸の闘い振りを見たいなって気持ちもあったんだけど。

 直接的な被害や騒動には、幸いな事に巻き込まれずに済んだ僕ら。その分、次の日の限定イベント関係の告知には驚いた。2日目にして、ルール変更がなされたのだ。

 それも結構大きな点が幾つか、ちょっと説明しておこうか。


 その前に、お詫びの文面が長々と書かれていた。どうやら鯖落ちからの復興に時間が掛かってしまい、結局はフロゥゼムの街は翌朝まで異界に呑み込まれたままだったらしい。

 そのための補填が、鯖落ちした各チームに与えられるらしい。公平なのか不公平なのか、各チーム400ポイントずつ。僕らが必死に4戦戦って得たポイントと、ほぼ同じ。

 うん、直接被害は無くても、間接的な被害と言えなくもない。


 それから、資格はく奪ルールの変更。僕らの参加していたブリスランドの街では無かったが、100レベル以下の街では自主ルールが夜のインで流行ったらしくて。

 つまり、イベント参加はしたいけど、資格喪失は避けたいなってチームが多かったみたいなのだ。彼らは考えて、お互いにフラッグは攻撃しない協定を立ち上げたらしく。

 これなら、何度死んでも資格は失わないって訳だ。


 それを聞いた瞬間、僕はなるほど上手いなと思わず唸ってしまった。ネットゲームと言うのは、たまにこんな感じて製作チームの上を行く発想が生まれる事がある。

 敵の自陣を責めたり護ったりと言う、製作チームの意図する醍醐味は確かに失われるけど。その分、安全に生き残ってポイントを稼げるルールが生まれていたのだ。

 それを重く見た製作チームは、資格喪失ルールを撤廃してしまった。


 縛りは一応、存在するんだけどね。今度はお金で無く時間縛り。とは言っても、1日数時間しかバトル不可って感じでは無く、フラッグを失ったら4時間はエリア進出は不可能になるらしい。

 僕は別に、ワンパターンの1日2時間限定でも良いとは思ったんだけど。それだと人気チームと対戦したいと言う願望が、叶い難くなると製作チームは思ったのかも。

 人気チームにイベントの成否を丸投げも、どうかなって思うけど。


 とにかくこれで、旗子さんを壊されてのイベント資格喪失は無くなった事になる。僕としては、安心して良いのかは微妙な所だが。多少、作戦面での変更はあるかも知れない。

 金曜日の午前は、こんな記事チェックで時間を過ごしつつ。ついでに言えば、幹生からの果たし状も受け取ったりして。奴は生意気にも、拠点をフロゥゼムに置いて活動していたらしい。

 そのせいで、思いっ切り鯖落ちの犠牲になったらしいけど。往生こいたワイと、年寄り臭い記述には笑ってしまった。今日からは、拠点をネスビスに移すと書いてあった。

 そうそう、カンストキャラ達のあまりの盛り上がりに、尽藻エリアの開催地が2つに変更されたと告知にあったっけ。これで拠点の負担を減らすつもりらしいが、果たして上手く行くかは今の所不明である。

 幹生はその案に乗っかって、僻地に居座るらしいけど。


 ネスビスは、僕も隠れ家を持っていて都合が良い事には変わりない。ついでに奴らにも、空き地を売りつけてやろうか。そう言えば、幹生の所属するギルド名を知らないや。

 今回のチーム名も書いてない、横着な奴だな。


 ちなみに僕らのチーム名は、沙耶ちゃんが適当に決めてしまった。『ミリオンズ』と言う、どこのギルドか分かり易いようなネーミング。センスは無いが、それはどこのチームも似たようなモノ。

 それだけ、ギルドぐるみでの参加が目立つって意味だろうけれど。逆に言えば、強者同士が集まって一旗揚げてやろうって連中もいない訳ではない。

 その存在を知ったのは、もう少し後なんだけどね。


 僕は幹生に、チームで話し合って近い内に遊びに行くねと返信しておいて。それから子守りの為に隣町まで自転車を走らせる。今では子守りも、結構楽しい行事に思えて来て。

 これで結構な額のバイト代を貰ってるので、何だか悪い気がしないでもない。その分、楽器や楽譜などの必用な品々は、僕は自費で購入している訳だけど。

 子供達が楽しんでくれるなら、それもちっとも構わない。


 家を早めに出たのは、お昼を外で食べたかったから。地元は田舎なので、食堂やお店も少なくて困ってしまう。だからもっぱら、僕の行きつけのお店は隣町ばかりだ。

 どこにしようかなと、峠を下って大井蒼空町の入口へ辿り着いてから。1時にはハンス宅にいないと不味いので、アーケードの方まで出向くのはちょっと辛い。

 僕は毎度のビル街の1軒を、頭の中で思い浮かべる。


 家を早く出過ぎてしまったが、お店の混む時間は避けられそうなので良しとしよう。歩道に自転車を停めながら、ビル街の喧噪の中でそんな事を考えつつ。

 ネクタイ姿の会社勤めの人混みは、まだポツポツと言った程度しか歩道に目立たない。早く入店を済ませて、気に入りの席を取ってしまおうと思っていたら。

 幽霊のように、荷物を持って彷徨う恵さんを発見。


 そう言えば、さっき携帯のメールでこれからの行動を訊かれたっけ。メルからの指令で、お金はママが払うから、アイスを人数分買って来てとのメールの返信ついでに。

 正直に、今からビル街でお昼ですと答えてしまった記憶があるような無いような。つまりはこの事態は、身から出た錆なのだろうか。何も見なかった事にして、さっさとお店に入るのはアリかな。

 そう決めて身を翻す僕の、右手ががっちりと捕えられ。


「暑くて意識が飛びそう……なぜ無視する、凜之介?」

「いえ……小さくって、視界に入らなかったみたいです……痛っ!」


 思いっ切りつま先を踏まれて、僕は思わず悲鳴を上げる。人目のあるビル街の歩道で、あまり悪目立ちしたくない僕は。お店に入りたいんですけどと、小声で彼女に告げてみる。

 誘った方が奢るんだぞと、恵さんの抑揚のない返答。


 別に誘った訳では無いが、涼しい場所に避難出来てホッと安堵のため息が2つ。幸い席はまだ空いていて、壁際の居心地の良さそうな席を占領してしまうと。

 改めて目に入る、満更他人でも無い年上の女性。この前の海水浴以来だが、それを言ってしまうとたった2日前な訳で。その時の日焼けで、やや健康そうな外見に。

 うん、夏休みを満喫している小学高学年にしか見えないや。


「また何やら、失礼な思念をキャッチ……これは誰の思考かな?」

「凄いですね、恵さん。他人の思考を傍受出来るんですか……」


 満更嘘に聞こえない所が、まさに恵さんの個性なのだろうけど。2人してオーダーを通し終え、何か僕に用事でもと、さっきの携帯の話を向けてみる。

 用事って何という返答は、僕の想像の範囲外。僕の予定を訊いたでしょと、偶然の出会いでは有り得ない現状を指し示すのだが。本気で首を傾げられ、つまりは単に暇だったらしい。

 ああっ、こんな訳の分からない話で、無駄にした時間が惜しい。


 取り敢えず、僕はこの後バイトで忙しいですからと、先手を打つのは忘れずに。メールに書いてあったから知ってると、恵さんはしれっとした表情で返して来る。

 仕方ないので、昨日は大騒ぎでしたねと限定イベントの話題を振ってみると。悔しそうに、今朝までイン出来なかったと被害者の弁。もっとも、表情の変化は相変わらず微妙。

 被害者ならば、チームは順調かとの質問は意味が無いだろう。鯖落ちは、確か夜の早い時間だった筈。僕らがレベル上げのパーティ編成をしている途中の出来事だったような。

 テロップの告知に、皆が驚いた発言をしていたのを覚えている。


 それじゃあ今日から巻き返しですねと、一応お愛想を振りまく僕。恵さんのチームには、社会人はいない筈。昼からどんどん戦って、ポイント稼ぎも可能なハズなのだが。

 こんな場所で、管を巻いていて平気なのだろうか。


「そうなんだけど……初日の大惨事って、こっちのヤル気を思いっ切り削いでくれるよね。なんかもう、大物とだけ試合出来れば後はもういいかなって」

「最初の陣地決めがランダムだから、何度かデータ取りに参加していた方がいいですよ。結構アクティブモンスターも棲息してるし、フラッグ操作も独特だし」


 フムフムと、ちょっとだけ興味を惹かれた様子の恵さん。僕が昨日の参戦のリプレイを話し始めると、その少しの興味は一気に熱を帯びた状態に燃え上がる。

 冷やし中華が2人前運ばれて来て、僕は話を中断して食事に移ろうと箸を手にしたのだが。さっさと続きを話せとの視線が、僕の昼食を緩慢なモノにする。

 結局、お店を後にしたのは、子守りのバイトに間に合うかと言うギリギリ。

 

 暇潰しに付き合わされた僕だが、昼食代は出してくれた恵さん。ってか、奢って貰えたのは予想外、感謝しつつも慌てながら、坂の下のスーパーでアイスを買い込んで。

 子供達の嗜好は、大体分かっているので選ぶのに時間は掛からない。頼まれた数で、今日のお母さんの出席数を想像しながら。夏の強い日差しの中、自転車でハンス宅へ。

 ここまでが、限定イベントが始まってから今までの経緯だ。





 その夜は、稲沢先生のインが所要で不可能と言う事もあって。僕ら学生組は、限定イベントに参加させて貰う事に。参加する限りは、少しはポイントを稼がないとね。

 とは言え、合同インとは勝手が違う不安混じりの夜のイン。程々に留めておこうと、その日は3戦で終了。ポイントもまずまず、平均は100P程度だったのだが。

 動きが活発化して行くのは、土曜日の夜から。


 その土曜日だが、実は昼間にも大きなイベントが。つまりは僕にとってのイベントだけど。昼から環奈ちゃんに、限定イベントの指揮を是非と頼まれていたのだ。

 優実ちゃんが家族旅行で不在なので、まぁいいかと承諾してしまって。そんな前日の金曜日の夜、沙耶ちゃんからメールが届いたのだ。家を出る時間をちょっと前にして、外で会おうと。

 どういう意図があるのかと、首を傾げる僕。


 電話して、何があるのか聞こうかなと一瞬思ったのだが。何だか、そんな雰囲気でも無い気がして。ふと頭によぎったのは、沙耶ちゃんのお母さんの入れ知恵的な言葉。

 そんな事になるんだろうかと、僕はちょっとドキドキしながら。土曜の昼前に、約束の時間に間に合うよう自転車を飛ばして。そしてこっちの意表を突くように現れた沙耶ちゃんの姿。自転車に乗って、ぴっちりした明るい色のスウェットを着込んでいる。

 日差し避けの帽子と共に、外で遊ぶき満々のその格好。


 この峠道は、もちろん2つの街を繋ぐ近道なんだけど。以前に僕と隼人さんが訪れた、さらに峠を登る道も存在するのだ。ちょっと急だけど、自転車で登れなくもない。

 何となく事情を察した僕は、沙耶ちゃんに合流して挨拶を交わす。


 彼女は珍しく無口で、こちらの挨拶にも頷きを返しただけ。それから顔をぐっと上に向け、これから進む道を指し示す。なるほど、峠の頂上を目指すつもりのようだ。

 自転車で極めるには、かなり大変だと思うけど。特に沙耶ちゃんの乗ってるのは、普通の買い物自転車である。僕のは一応ギア可変式のロードタイプ、手入れもそれなりに行っている。

 さて、立ち乗りのままどこまで登れるだろう?


 結果から言うと、彼女は早々にダウンしてしまった様子。車の行き来の少ない山道だ、堂々と車道を使ってサイクリングを楽しむのは、割と良い案にも思えたのだけど。

 ずっと先まで続く坂道を、夏の暑い日に登るのは結構な地獄である。数分と持たずに音を上げる沙耶ちゃん、僕は怒られるかなと思ったけど彼女の腰に後ろから手を当てて。

 ちょっとズルして、後押ししてあげる。


「わっわっ、楽チンだっ! もっと押して、凜君!」

「うん、普通に無理っ……こっちも、もうガス欠……」


 息を荒げて、大汗を掻きながらの後押しだったけど。この状態を長く続けるのは、さすがに僕でも不可能である。右手の感触は役得だったけど、体力が持ちません。

 程無く、2人共自転車から降りる破目に。


 峠のレストランまで、まだ半分も距離を稼いで無い。それでも景色は段々と見晴らしの良さを際立たせて来る。そよぐ風も、汗を掻いた肌にはこの上なく心地よい。

 蝉の大合唱も、街中とはまるで違う生命の存在を感じさせる。日陰の生きた心地も、夏ならではの価値観を示していて。2人して、口数も少なく自転車を押しながら。

 ただひたすら、同じゴールを目指して進む。


「あのさ……急に思い付いて、峠を登りたくなっちゃったんだけど。その……付き合って貰って、迷惑だったかな?」

「えっ、いや……どうだろう、そんな事無いと思うけど」


 何となく他人事のような返事は、急に質問されて慌ててしまったせい。急な思い付きは、僕も子供の頃に何度か体験した記憶があるけど。知らない街に引っ越して、ちょっと冒険してみたくなったりとか。

 この街に来た当時も、僕は何度か気まぐれを起こして遠征した事があった。この峠道も、僕の通学路だったせいもあって、自転車で頂上を制覇した思い出もある。

 その時の記憶は曖昧で、今どの辺りなのかさっぱりだけど。


 だいたい、峠道と言うのはつづら折りばかりで距離感が掴みにくい。同じような地形ばかりなので、それが記憶の錯乱に拍車を掛けている。夏真っ盛りの山の道は、周囲の草葉の勢力が否応も無く増しているせいで。

 日陰を作ってくれて嬉しいのだが、視界を遮って完全に孤立した気持ちにさせられてしまう。沙耶ちゃんの土地勘を尋ねてみるが、もうすぐでしょと勢いだけはある返事。

 そしてカーブに到達するたびに、裏切られた気分になって。


 また何にもないと叫ぶ沙耶ちゃんは、それでもどこか楽しそう。お互い頼りないナビにも、特に不平は無い感じ。その分、次の瞬間の景色を期待してウキウキしてしまって。

 そのうちひょっこり、目的地の峠の喫茶店が出現して。


「あっ、やっと見えたっ! 案外、時間掛かっちゃったねぇ? もう開いてるよね、車は全然見当たらないけど」

「どうだろう、この前来た時は夜だったから分かんないや……ああ営業中だ、良かった」


 営業中の看板が出てるのを確かめて、僕らはホッと安堵のため息。この前っていつの事と訊かれた僕は、アミーゴの隼人さんとの一幕を簡単に説明する。

 自転車を駐車場の端っこに停めて、僕らは軽く付近の景色を眺めてみる。街を見下ろせる立地なので、日没以降は夜景目当てに訪れるお客さんも少なくないみたいで。

 建物の近くには、大きな桜の木がその存在を主張していた。ログハウス風の建物と、背後の風景は良くマッチしている。涼しい風も、僕らの頑張りを労わっているかのよう。

 しばしこの景色の中で、寛ぐ僕ら。


 次に彼女の好奇心を刺激したのは、どうやら喫茶店の作りだったみたいだ。景観を楽しむためなのか、テラス部分にも客席が3席ほど用意されている。

 ここでお茶しようと、主導権は依然彼女のものらしいけど。僕に否は無く、今度はお店に入って寛ぐ事に。オーダーを通し終えて、ちょっとしたらお昼も頼もうと言って来る。

 そう言えばそんな時間か、気が付かなかった。


「あ、今日の事は環奈には絶対に喋っちゃ駄目だからね! 私はちょっと、買い物に出掛けてた事になってるから、ちゃんと口裏合わせてよね!」

「それは了解したけど……いや、何でも無い」


 お母さんとも口裏を合わせているのか、それとも入れ知恵されたのか、試しに訊こうかとも思ったけど。無粋なので止めておく事に、それより今のこの雰囲気を楽しもう。

 ちょっと見、デートに感じられなくもない今の情景。間違ってもそんな事を、沙耶ちゃん本人に確認は出来ないけど。否定されるならまだしも、肯定されても怖い気が。

 情けないが、それが僕の今の本音だったりする。


 そんな訳で、2人の間の話題の取り出しには相当苦労させられる破目に。変な空気を漂わせないように、それでも実りのある議論って何かあるだろうか?

 別に今から討論を始める予定など無いが、まかり間違って沈黙の後に見つめ合う瞬間などあって欲しくない。いや、多分そんな事にはならないと思うけど、僕は何が言いたいんだ?

 心中の騒乱は、一向にまとまる気配が無いのが困る。


 その内沙耶ちゃんが、街を見下ろしながら何事か呟いた。勝手に焦りまくっていた僕は、その意味を心の中で砕きに掛かる。凜君は、この街が好きかと尋ねられたような。

 私は好きだけどと、次いで沙耶ちゃんの口走った台詞。愛の告白などでは間違っても無いが、それでも僕の心臓は一気に8ビートまで駆け上がった。

 それから不意に、僕の地元と大井蒼空町のこじれた関係に思い至って。


「嫌いじゃないけど、僕の立場は複雑かな……中学からの編入のいざこざ、前に話したっけ? それに僕の地元の辰南町でも、ケーブル配信からファンスカが広まってるんだけど。地元結成のギルドでは、僕は裏切り者だって事になってる……」

「なっ、何よそれっ……何で凜君が、そんな扱い受けなきゃならないの!? こっちの学校に通ってるから、それとも私達のギルドに入ってるから? そんなの、完全な言い掛かりじゃないの!」


 僕もそう思うと、何とか冷静な口調に戻れた僕の返事。不思議な事に、沙耶ちゃんが一気に沸騰したのを見ていたら、簡単に気持ちが落ち着いてしまった。

 僕の事を思って、怒ってくれる存在の沙耶ちゃんはとても有り難いけど。自分の気持ちの整理をつける為に、簡単に僕の立場的な説明を話し始めてみる。

 熱心に耳を傾ける沙耶ちゃん、ついでに地元の友達との遣り取りも話してみたりして。昔馴染みに喧嘩を売られた場面では、絶対に負けちゃ駄目よと言い渡されてしまった。

 僕も負けるつもりは無いが、それだけではない心情も心の中に存在していて。


「編入の話を父さんから聞かされて、その3人の友達にはその事を相談したんだ。1人は行くなと引き留めてくれて、もう2人は僕の為になると編入を勧めてくれた……沙耶ちゃんだったら、何て言ってくれたかな?」

「……小学校の頃の話でしょ、多分引き留めちゃうかも。でも、確かにそうだよね……凜君の為になるって考えたら、勧めるのが本当だと思う」


 僕も本音では、全員に引き留めて欲しかったんだよと告白する。その時は裏切られた気になったし、孤独な中学時代を過ごして完全にひねくれた性格になってしまったけど。

 今になってみると、地元の小さな田舎町では得られない充足感を得ている自分がいて。みんなにも会えたしねと、僕は照れ隠しに笑いながら告げるけど。

 それもそうだねと、沙耶ちゃんも同じく笑いながら返事をしてくれた。


 結局は、これで良かったのだと心の中では納得している自分がいる。穏やかな日常とは言えないが、孤独に耐えて来た時に見合った報酬は貰えた気がする。

 今度は、このかけがえの無い関係を、護る為の努力が必要になって来るのだろう。昔の友達ももちろん大切だが、その彼らが贈ってくれた貴重な新しい出逢いの数々。

 その代表の存在の沙耶ちゃんは、今僕の前でストローを振り回して熱弁をふるっている。


 彼女も同じ事を考えていたみたいで、新しい友達を大事にしなさいと小言を口にしている。威勢の良い口調は、僕にとっても好ましいもの。氷の溶ける音が、時折それに混じる。

 ――2人の時間は、こうして穏やかに過ぎて行った。





 環奈ちゃんが結成したチームと言うのは、いつも料理教室で顔を合わす娘達だったようだ。今日はよろしくお願いしますと、丁寧に挨拶を受けてしまって。

 事前に説明がされて無くて、ナニこの男口出しして来ますケド、的な視線で見られるのを恐れていた僕だけど。逆に尊敬の眼差しで、今日はご指導お願いしますとの素直な感情には。

 何となくドキドキ、さっきと違う意味で緊張してしまう。


 それでも顔見知りの娘達だし、喋った事もある訳だし。隣には沙耶ちゃんも、茶々入れに居座っているので変な疎外感は無い。沙耶ちゃんはひょっとして、妹の監視役なのかも知れないが。

 レベル上げにも何度も同伴してくれているお蔭で、彼女達のスキルも大体分かっているのは大きな利点だ。知らないでアドバイスなど、出来ようも無い訳だから。

 とは言え、前衛は環奈ちゃんのみで2人が後衛の編成とは参った。


「ウチのギルドは女の子ばっかりだから、どうしても前衛やる娘が少なくって。みーちゃんに即席でもいいから、取り敢えず武器と盾を持たせてみたんですけど」

「あの……全然自信ないんですけど、接近戦。昨日も割と、ボロボロに負けちゃって」

「土種族だったよね、ちょっとデータ見せて貰える?」


 僕はみーちゃんと呼ばれた土種族の娘のデータを見ながら、その魔法の種類を脳内整理。なかなか豊富な土系呪文、土系は回復や防御系が出易いと伸ばす人も多いのだが。

 大抵は、望みの魔法が出たら伸ばすのを止めてしまうのだ。そういう僕も、そんな内の一人である。望みの防御呪文が出たので、スキルを伸ばすのを止めてしまった。

 ところがどうして、僕らがお世話になってる《豊穣の大地》などの便利呪文も多い。


 環奈ちゃんは、ギルマスが前衛を選抜してチーム編成しようとしたのに、真っ向から反発した経緯を話している。そのチームは確かに強くなるだろうが、残された術者キャラはイベントに参加しにくくなってしまう。

 多少不利な編成でも、頑張り次第では成績を残せる事を、環奈ちゃんはギルマスに示したいのだそう。そんな想いを訊いてしまったら、僕の肩の荷も重くなっちゃうじゃないか。

 僕はもう一方の、闇種族のキャラもチェックさせて貰う。


 この娘はみんなから、はーちゃんと呼ばれている気立ての良い娘だ。大人しくて控えめで、環奈ちゃんの友達なのが不思議なほど。もっとも、性格が反対の方が人間関係って上手く行くものなのだろうが。

 この娘も術者ベースで、自分のキャラを育てていた。集団戦で役に立ちそうな魔法は……あった。レベル上げでは《冥界の霧》が役に立ったけど、こっちの呪文も面白そう。

 それから半端に伸ばしている弓矢スキルだが、これも装備を弄ってやれば活躍しそうだ。この意図を尋ねてみたら、お金が尽きちゃってとしょんぼりした返答が。

 確かに“遠隔破産”と言う言葉が、昔からゲーム内で存在するけど。


 僕はちょっと準備に時間を頂戴と、自分のキャラを起こしての合成作業。弓矢に関しては、これでかなりマシになった筈。それから倉庫に眠ってた盾だが、これは実は掘り出し物。

 揃ってお礼を言われたが、それはまだ早いと言うモノ。


「やるからには、平均100ポイントがノルマだからね。1戦目で、大体の動きを各自把握して。新しい装備の性能と、それを活用しての必殺パターンを習得する事。同時に、全体の動きを見て指示を出す人、これははーちゃんにやって貰います」

「えっ……私ですかっ? 環奈ちゃんの方が適任じゃ?」


 『ミリオンズ』の中では、確かに僕がその役目を担っているけど。本当は、全域をしっかり確認出来る後衛の方が適任なのだ。前衛は、どうしても殴ってる敵しか見ないからね。

 チームメイトに頑張ってと励まされ、緊張しつつも頷くはーちゃん。その分、2人には前衛の壁役を頑張って貰うからねと、僕は厳しい顔を繕って発破をかける。

 チームとは役割分担だ、元気な返事がリビングに響き渡る。


 さて、確かに歪なチーム編成だが、全く役に立たない訳でも無い。環奈ちゃんのチームの拠点は、中央塔のあるメフィベルだ。チーム平均レベルは120だし、適正だろう。

 変な乱入者の無い限り、敵チームも似たようなレベル帯に相違ない。はっきり言って、僕は今回の限定イベントのレベル補正を全く当てにしていない。

 懐の深いキャラが有利、これは多分揺るがない事実。


 それならば、こっちも懐を深くしてやれば良い。多少変則になるが、相手の虚を突くのは常套手段。環奈ちゃんのエリア突入の声を聞いて、僕は作戦を指示する。

 内容は至って簡単、つまりは数の優位を維持するように指導したのだ。


 つまりは自陣のフラッグを全員で守って、見つけたライバルは全員で始末する。時にはフラッグを囮に使って、敵を懐におびき寄せてから殲滅する。

 はーちゃんに雪だるまモドキの移動を指示して、環奈ちゃんとみーちゃんに周囲の探索に出て貰い。早くも気負っている感じの、環奈ちゃんがまずは敵影を発見。

 みーちゃんは慌てて《岩ゴーレム召喚》と《ストーンベスト》の自己防御魔法を詠唱。慌てないでも平気だよとの僕の声に、大きく頷きを返しつつ深呼吸。

 それからUターンしての、自陣集合。


「相手は戦士2人か、おあつらえ向きかな? 2人は壁役に徹して、感覚的には後衛を護る意識でね。さっきも言ったけど慌てないで、人数ではこっちが有利なんだから」

「環奈、しっかりやりなさいよっ。前衛慣れしてるのは、あんただけなんだからねっ!」

「分かってるわよ、お姉ちゃんっ! みんなは私が護ってあげるっ!」


 意気込むのは良いが、独りで突っ込んで孤立しないようにきつく窘めて。彼女は性格的に、そんな傾向があるのを僕は知っている。実は、一番心配なのは環奈ちゃんだったり。

 さて、こちらのフラッグを発見した所属不明の2名のキャラ群。ここで引き返したら、ポイントなど稼げげないのは道理である。数的不利は承知で、攻勢に出る様子だ。

 待ってましたと、術者二人の範囲攻撃が炸裂。

 

 闇魔法の《ダークムーン》は、範囲魔法で敵のSPの溜まり具合を遅くしてしまう特性がある。ついでに移動力も遅くするので、いざと言う時逃げられ難くなった筈。

 土魔法の《ランダムクラック》は、ちょっと変わったスタン魔法だ。範囲で掛かってくれるのは優秀なのだが、名前の通りに作用がランダムだったりするのだ。

 それでも先手は打てた、こちらのペースで戦端は切って落とされ。


 慣れてる前衛の環奈ちゃんは、まずは《天衝槍》で派手に接近戦を挑む。一方の即席壁役のみーちゃんは、召喚していたゴーレムと共に、フリーの敵を抑え込みに掛かる。

 何しろ、接近しても削り手段が無いのだから心許ないだろうに。それでも後衛を護ると言う役割は、必死に恭順する様子。フリーの相手は一瞬迷ったが、何とみーちゃんを無視して環奈ちゃんに向かって行った。

 環奈ちゃんの悲鳴と、作戦通りに進まない焦りが場に充満する。


「問題ないよっ、吹き飛ばしてはーちゃん」

「あっ……さっき貰った矢束ですねっ!」


 こうなるのも織り込み済み。何しろ傍目には、みーちゃんは立派な土種族の盾役にしか見えないのだから。相手も数の有利を築こうと、一点狙いを仕掛けるのも頷ける。

 そうさせないのが、こちらの戦術である。前もってはーちゃんに渡した弓矢は、市販のよりよっぽど性能が良い逸品。合成するのに金は掛かったが、レベル上げでお世話になってるし。

 ただ、今の問題はそこじゃなく、矢筒の方だ。


 以前にちょっと、ガンベルトの合成の話をしたと思うけど。矢筒も全く同じ手順で、性能を付加出来てしまうのだ。そして矢束には、色んなユニークな性能の物が出回っている。

 これを利用しない手は無いと、頑張って矢筒も合成を手掛けたのだ。そして今、はーちゃんが使用したのは、吹き飛ばし矢弾。こんな感じの矢束を、僕は前もって4種類ほど彼女に渡している。

 使いこなせれば、後ろから戦況を文字通りコントロール出来るだろう。


 吹き飛ばされた敵を、今度はしっかり抑え込むみーちゃん。小規模攻撃魔法の連打で、敵に脅威だと印象付けて。これが大事、何しろ彼女の役割は引き付け役なのだから。

 仕方なく反撃の斬撃に、しかし敵は驚いただろう。


 土属性の防御魔法は、とにかく硬いので有名だ。使い勝手は水や氷属性が上なのかも知れないが、ダメージカット率では文句無く一番なのは間違いない。

 その硬質さを身をもって知ったのと同時に、敵は痺れてマヒ状態に。実は、これが僕の渡した盾の効果。その名も『海月の盾』と呼ばれる、ユニーク装備の性能である。

 ダメージカットでは無く、殴られて初めて性能を発揮する変な盾なのだ。


 普通の盾役は、もちろんこんな装備には見向きもしない。ところがみーちゃんは、即席前衛で盾防御の操作もあやふや。ならば殴らせて、ダメージは魔法でカットしてしまえば良い。

 完全な奇策である。ちなみに、一緒に渡した細剣もダミー。魔法コスト減の能力は優秀だが、攻撃力は屁みたいなモノ。だけど、土属性はMP容量は低い種族だからね。

 乱戦中は、むろん座ってヒーリングなど望めないし。


 騙されて痺れている敵は、こっちも完全無視。環奈ちゃんの攻撃力と、はーちゃんの後衛からの援護が本命である。そして環奈ちゃんの体力は、みーちゃんがしっかり管理して。

 状況だけみれば、立派に3対1の構図が成り立っていると言う。指示を出しながら、僕も事の成り行きには大満足。しっかりチームとして機能しているのは、絆の強さゆえか。反撃の被害も少なく、最初の相手は没。

 ランダムの魔法スタンも、きっちり効いていた様子。

 

「やったっ、こんなに上手く行ったのは初めてかもっ!」

「油断しないでね、はーちゃんは矢をダメージ高い奴に変更して、みーちゃんはMP管理しながら削りに参加してみて。はーちゃんも、追い込みでは魔法使っていいからね?」

「わっ、私にも支持を下さい、凜様っ!」


 必死な環奈ちゃんの物言いに、何故かリビングに笑いの渦が。環奈ちゃんはただ削りに全力投球すれば良いのだが、単純なこの役が実はチームで一番重要な役目。

 次も頑張ってとの僕の声援に、元気にはいと答える環奈ちゃん。


 沙耶ちゃんも、釣られて笑いながらこの事態を眺めているけど。彼女達のチームワークの良さは、この上なく認めているらしい。戦闘の続きを見ながら、熱心に声援を送っている。

 程無く残りの敵キャラも戦闘不能に、大声で勝利を喜ぶ少女達。


 僕は残り時間を確認しながら、まだノルマの半分だよと厳しい評価を下す。残り時間での巻き返しは充分可能だが、次もこんなに上手く行くとは限らないのだ。

 フラッグを移動させながら、一行の探索は続く。次に出会った戦闘は、ちょっと派手で楽しかった。環奈ちゃんは大声で名乗りを上げ、既に始まっていたその戦場への横やりを宣言。

 こっちはフラッグもろともだ、何の遠慮があろうものか。


 状況を簡単に説明すると、敵陣のフラッグが1つに護衛が1人。距離的に、さっき倒したキャラ達の陣営かも。そして、それに襲い掛かっている2人の戦士。さらに後ろから、その戦士達に矢を射かけている弓矢使いと言う図式。

 護衛の盾使いは、呼び鈴で不利を誤魔化しているが、自陣のフラッグ共々ボロボロ。襲撃者も、後ろからの横やりには腹を据えかねている様子である。

 1人元気な射手も、新たな敵影には困惑気味。


 元気な奴が混じっているのが気に入らない僕は、みーちゃんの再召喚したゴーレムをそいつに向かわせる。このゴーレムはペットと違い、5分も経てば消滅する従者だ。

 環奈ちゃんは既に、号令を待たず敵の戦士に突っ掛っていた。はーちゃんは完全にパニック、どの敵から倒せば良いモノかと、自陣のフラッグの側で佇むのみ。

 さっきと同じ始まりでいいよと、僕は彼女にアドバイス。


 範囲魔法の効きは凄まじく、さすが闇スキル200以上だけはある。普通は色々と、他のスキルも伸ばしたくなるものだが、はーちゃんは完全に闇と弓スキルのみっぽい。

 その弓スキルも、最近伸ばし始めたらしく振り分けはほんの少し。お蔭で有効なスキル技は望めないが、そこは弓矢の種類でカバーするしかないだろう。

 弱った奴から仕留めてとの僕の言葉に、彼女の最大呪文が炸裂する。《異端の闇割き》と言う攻撃魔法は、闇系の術ではマイナーかも知れないが。

 威力は充分で、着弾点を中心に周囲に猛威を振るってくれた。


「みーちゃんも魔法お願いっ。弱らせた奴のとどめを、他の人に持って行かれちゃうっ!」

「りょ、了解っ! 真ん中でいいのねっ!?」


 はーちゃんの指揮での魔法の連撃に、弱っていた襲撃者の1人が昇天。戦っていた盾持ちの護り人が、敵を失ってキョトンとしている。次はそいつをタゲろうと、またもはーちゃんの指示に。

 咄嗟に環奈ちゃんが反応、チャージ技で一気に間を詰めて。


 今までの環奈ちゃんの相手役も、呼び鈴モンスターにじゃれ付かれてフリーとは無縁。追うべきかどうか戸惑っているコイツが、どうやらこの戦場で一番タフみたいだ。

 それに気付いて後回しにしたはーちゃんは、なかなか見る目がある。


 僕がそう褒めると、はーちゃんは照れた様子で頬を染めた。面白くなさそうな環奈ちゃんの不満声、あんたは猪みたいに突っ込むだけじゃんと姉のキツい言葉に。

 言い得て妙だと、果たして内心で何人思っただろうか。


 戦況は進み、僕の出したノルマはいつの間にか達成していた環奈ちゃんチーム。厄介なタフ戦士と弓矢使いは、いつの間にか共闘してこちらにその矛先を向けている様子。

 それもその筈、いつの間にか護り手不在のフラッグは、魔法の連打で壊れてしまっていたのだから。お蔭で大量のポイントを得たが、MPは枯渇でピンチな状況に。

 エーテルの数はどんなと、僕の投げ掛けた質問に。


「こっちはまだ平気です。弓矢使いに畳み掛けたいけど、射程ギリギリに居座ってて厄介だなぁ。凜先輩、こんな時にはどうすれば?」

「こっちも、何とか持ちそうです。ついでにこの戦士、私が受け持つね? 2人で何とか、邪魔な弓矢使いやっつけて!」


 土種族のみーちゃんが、自ら防波堤役を買って出る。瞬発力のあるアタッカー2人で、弓矢使いに当たる作戦は悪くない。問題は、それをどうやってこなすかである。

 当然敵は、一定距離を置いてこちらに相対したい筈である。無理やり近付いても、逃げの一手を打たれてしまう恐れが。何とかはーちゃんの《ダークムーン》か、それに類する足止め魔法を撃ち込みたいが。

 それをするにも、ある程度近付く必要が。


 今や弓の的になっているのは、環奈ちゃんその人。そのまま追っ手を掛けて、戦闘区域から追い払ってしまえば問題ないと、僕は考えていたのだが。

 ダメージを受けた仕返しを望むのは、ある程度仕方の無い事だ。今やポイントを度外視した報復に、燃える環奈ちゃんとその友達。仕方ないな、手伝ってあげるか。

 僕ははーちゃんに、またもや矢弾の交換を指示する。


「環奈ちゃん、飛び込むタイミングと、爆弾の使用の角度を間違えないでね。はーちゃんは、矢を射かけたらすぐに魔法の準備!」

「「了解しましたっ!」」


 綺麗にハモった返事が、僕の耳朶を打つ。まずははーちゃんが、環奈ちゃんの隣まで出張っての射撃作業。ひゅんと飛んでった眠り矢弾が、敵にブスッと突き刺さる。

 呪文の詠唱なら、敵も警戒しただろうし射程外に逃げようとも思っただろうが。こんな時には、ダメージゼロのこの矢弾もすこぶる役に立つって寸法だ。

 距離を猛ダッシュで詰めた環奈ちゃん、《雷撃チャージ》で一気に懐に飛び込む。


 それからくるりと立ち位置を変えて、爆裂弾を器用に投擲。これも奥の手にと、僕が前もって渡していたアイテムである。操作の上手な環奈ちゃん、弓矢使いは望みの角度に吹き飛ばされる。さらに環奈ちゃんの、チャージ&吹き飛ばし。

 容赦のない攻撃に、加えて昏い月の重圧が圧し掛かる。


 そこから弓矢使いの体力を削り切るのに、左程の時間は必要なかった。予定外だったのは、残ったタフ戦士の所業の方。みーちゃんがデコイだと気付いた途端、コイツは彼女を殴るのを止めてフラッグに殺到したのだ。

 止める術のないみーちゃん、魔法でチクチク攻撃を掛けるも。


 どう考えても、フラッグの壊される方が先っぽい。救援要請を受けたはーちゃんが、今度は吹き飛ばし矢弾で敵を追い払って行く。環奈ちゃんも身を翻し、全員でフラッグ護衛。

 旗色が悪いと悟ったタフ戦士、潔く撤退を選択。


 勝った~との大きな歓声が、リビングに響き渡る。僕にしても、ここまで彼女達のチーム連携が良いとは思ってもいなかった。素直に皆を褒めながら、残り時間をチェック。

 あと少しで、このエリアの闘いは幕を閉じるようだ。彼女達の獲得したポイントは、全部で150P以上。上々の出来だが、上手く行き過ぎた後の反動も怖いので。

 各自に今回の戦術のおさらいを言い渡して、気を引き締めるよう指示。



 雲行きが怪しくなり始めたのは、夕方過ぎの3戦目の終わり。いや、環奈ちゃんのチームは想像以上の奮闘を見せてくれたんだけどね。つまりは、僕のこの後の予定について。

 今日は夕食を、みんなで作る事になっているんですと環奈ちゃん。土曜の夜だ、各家庭にも色々と事情があるのは分かるけど。中学生のみーちゃんとはーちゃん、ご両親の仲も良いらしく、今夜は揃ってコンサートなどに出掛けると言う。

 クラッシックに興味のない娘達、それなら友達の家で夕ご飯を食べるねとの承諾を得て。ここまでは良いのだが、何故だかその計画の火の粉が僕にも降り掛かって来る。

 凜様も、是非食べて行って下さいとお礼の申し出に。


「い、いやだって……お父さんもいるんでしょ? さすがに申し訳ないから、帰……」

「何言ってるんですか、凜様っ! このまま帰したら、神凪家の恥ですよ。ねえっ、お姉ちゃん!」

「そ、そうね……」


 たじたじっとなっている沙耶ちゃんは、どうやら僕の味方にはなり得ない様子。それどころか、中学生コンビにも是非とせがまれて、どうやら逃げ場も見当たらない。

 ウチのお父さんは、すっごい気さくで話しやすい人だよと沙耶ちゃんのフォロー。娘さんの男友達にも、果たしてそれは当て嵌まるのとの僕の本音の問いには。

 さあ? と首を傾げて、何故か楽しそうに笑う彼女。


 笑い事じゃ済まされない僕は、必死に帰る理由を脳内模索するのだが。お母さんの提案で、夕食の準備をしている間、ピアノ弾いてくれないかしらと笑顔でせがまれてしまって。

 もはや逃げ場も見当たらず、懐メロのメドレーなどを延々と演奏してみたり。


 沙耶ちゃんだけは、隣に腰掛けてしばらく僕のピアノを聴いていたけど。途中からは、騒々しい夕食の支度に合流してしまった。中学生も、その準備には参加しているみたいだ。

 昔の古い曲のリクエストは、多分お母さんの選曲だろうか。知らない曲も、たまに入っていたりしたけれど。今の流行の曲は、中学生達か沙耶ちゃん達のリクエストだろう。

 そんなリクエストを、環奈ちゃんが時折伝えにやって来る。


 そう言えば、小百合さんにも時々だが、調理や雑用中に何か弾いてとせがまれる事がある。そんな時には、メルと折半で何曲か披露するのが常だけど。

 毎日行なう労働の中にも、そんなちょっとした娯楽が必要なのだろう。家事なんて、それこそ一生ついて回るモノ。それこそ今みたいに娘達に教えながらとか、ピアノを弾いて貰いながら、楽しくこなした方が良いに決まっている。

 ふむぅ、2人目も男の子だった薫さんの落胆も、ちょっと分かる気が。


「夕食の支度出来たよ、凜君。ついでに、お父さんも帰って来たみたい。さあっ、行こうか?」

「えっ、ちょっ……あの、せめて環奈ちゃんに伝言だけでもっ!」


 普段はスルーしていたが、父親の前で“様”付きで呼ばれるのはいかにも不味い。確かにそれもそうよねぇと、沙耶ちゃんは納得してくれたようだけど。

 肝心の環奈ちゃんが納得しない限り、事態は全く変更が利かない訳である。取り敢えず、父親に挨拶に行った方がいいのかなと、僕は慌てて沙耶ちゃんに尋ねるけど。

 ひょっこりと、娘の後ろから当人が顔を出して来て。


「こんばんはっ、噂はかねがね聞いてるよ、凜君だったかな? 上手なもんだね、ピアノの腕前。母さんの念願だったんだよ、室内に娘の弾くピアノの音のある生活がねぇ」

「は、はあっ……あの、はじめましてっ、池津凜と申します。いつもお邪魔させて頂いて、今日は夕食までご馳走に……」

「ああっ、そんなに畏まらなくても大丈夫! 何せ、家の中は女性だらけで、こっちの方が肩身が狭い訳だから。私の念願は、パンツ一丁で家の中をうろつく生活……」


 お父さんっと、頬を赤く染めながら大声で遮る沙耶ちゃん。なるほど、気さくな人ではあると思う。今夜は中学生と優実ちゃんを含めて、確かに女性比率は物凄い事に。

 本音を語ってくれてるんだと、僕は少なからず安心してしまった。お父さんはネクタイを緩めながら、最後にアレを弾いてくれないかと1曲リクエスト。

 かなり古い歌だけど、僕は何とかそれに応えて。


 呆れた感じの沙耶ちゃんは奥へ引っ込んで行ったが、お父さんは全くトチらずに全歌詞歌い切ってしまった。なかなかの美声だと思う、ってか軽いノリの人だなぁ。

 普通は自分の娘の男友達って言えば、もっと警戒して然るべきだろうに。演奏上手だねと、気軽に肩をバンバン叩かれて、何とも友好的な人柄ではある。

 皺はやや深いが、整った顔立ちはなるほど姉妹の父親だ。


 最終的にはお母さんが呼びに来て、僕らは揃って台所に移動。賑やかな夕食は、こうして始まりを迎えて。幸いな事に、今夜は神凪家以外にもお客さんが多数存在する。

 必然的に、僕の注目度も比例して低くなると思ったのは大間違いだったみたい。中学生達も優実ちゃんも、既にお父さんとは顔見知りだったらしく。

 質問やら詮索やらの集中砲火は、全て僕の元へ。


「凜君は試験の成績、学年でもトップ3に入るくらい頭良いんだよ」

「中学からの編入組だから、そりゃあ頭の出来は凄いでしょ。そう言えば、中学の時はテニス部で全国大会行った事あるよね」

「ほう、文武両道かね……さぞかし女の子にモテるんだろうねぇ」


 威厳の欠片も無いお父さんの茶化した言葉に、お母さんがお黙りなさいと睨みを利かし。僕はひたすら恐縮しつつ、この顔ですから恐がられてばかりですと言葉を返す。

 環奈ちゃんは、昔の武士みたいで勇ましい顔ですとフォローしてくれるけど。不思議に思ったのか、お父さんが彼はどっちの知り合いなのかねと質問して来て。

 私の同級生って紹介したでしょと、姉の沙耶ちゃんの答えに反抗して。妹の環奈ちゃんが、先に目を付けたのは私でしょと、猛烈な口調で抗議模様。お父さんが笑いながら、やっぱモテるじゃんと軽口を叩く。

 喧騒を制したのは、お母さんの机を叩く音。


「お客さんの前で騒々しくしないのは常識でしょう、どうして守れないの? そんなにお仕置きが欲しいなら、1人ずつ後でじっくりお説教してあげるわよ?」

「「「ごめんなさぃ……」」」


 綺麗にハモった、父親と姉妹の謝罪の文句。何故か中学生コンビまで、過去のトラウマを突かれた様な奇妙な緊張感に包まれている様子。沙耶ちゃんなど、脂汗が頬を伝ってるし。

 あれ、ひょっとして……姉妹の情熱的なまでに豪快で、瞬間に着火する性格。まさか、お母さん譲りなのではっ? 最初、僕はお父さんにキツい性格の人物像を描いていたのだけど。

 全然想像と違ったので、かなり肩透かしを喰らっていたのだ。まさか、遊びに訪れる度に毎回顔を合わせていた人物に、その性格の元が潜んでいたとは……。

 素でビックリした僕は、思わず訊くべきでない事を質問していた。


「あの……姉妹の性格って、両親のどっちに似たんですかね?」

「それを今訊くかっ……ウチの母さん、私達が子供の頃は物凄い怒りんぼうだったわよっ!」

「あら、そうだったかしら?」


 沙耶ちゃんの冷や汗混じりの告白に、お母さんはとぼけ顔。しかし環奈ちゃんを始め、夕食中の子供が全員揃って、お姉さんの言葉に頷いての肯定を示し。

 しかもかなりのビビリ顔ばかり。他の家の子供にも、容赦の無い雷落としを行なっていた事が窺えるけど。お母さん、かなり丸くなったよねと姉妹のヒソヒソ会話が僕の耳にも。

 しかしお父さんの見解は、全く違う様子で。


「いやぁ、お母さんほど情熱的で激しい気性の女性、滅多に出会えるもんじゃ無かったね。私らの恋愛も、物凄く燃え上がったね! あの頃は2人とも若くて、周囲の反対の声も多かったけど。それが余計に、2人の恋に火をつけて……」

「やめて下さい、お父さんったら! 恥ずかしいわ、昔の事なんて……」


 制止の声は、しかし小さくて勢いのないモノ。逆に興味津々の子供達、駆け落ちしたんですかと勢い込んで訊いていたりして。みーちゃんのその質問に、お父さんはしたり顔。

 そんなメロドラマみたいな大恋愛、本当にあったのかってな感じだけど。お父さんの昔話は、留まる事を知らない様子。夢見る少女たちは、あっという間に引き込まれて行って。

 どうでも良いけど、多分かなり美化されているんだろうなぁ。


 それでもお母さんは、これ以上の口止めや制止は無理と諦めたみたいで。ひたすら恥ずかしそうに、自分達が主人公の昔話に耳を傾けている。

 なかなか愉快なお父さんだ、僕の父親とちっとも性格が似てないけど。楽しい話など、僕の父さんは無駄だと思っている節がある。きちんと論理だった、正しい筋に沿った話に正当性を見出すタイプと言うか。

 バラエティ番組など、だから家では一切お茶の間を賑わさない。


 こんな軽薄な性格の人が父親って、どんな感じがするのだろうと不思議に思いつつ。それも楽しそうかなと、賑やかな食卓に僕は寛いで箸を進める。

 相変わらず会話が弾む中、一瞬だけ僕は沙耶ちゃんと目が合った。探るような視線は、一体何を意味するのか。その後の彼女の反応は、慌てたようなびっくりしたような感じで。

 挙動不審な彼女の態度は、僕といる時には何だか既にお馴染みになっているけど。出会った頃の情熱的な彼女の瞳は、ずっと僕の心に染みついて離れない。

 今では心の支えだ、彼女は気付いてないだろうけど。


 何にしても、そんなに緊張しない夕食会になって良かった。覚悟はしてたんだけど、お父さんが気さくな人で本当に助かった。何というか、想い出話も聞けたしね。

 色んな形の家庭があるんだな、癒し役とか叱り役を両親で分担したりしてて。僕の家はずっと片親だったので、あまりそんな事を考えずに過ごして来たけど。

 沙耶ちゃんとその家族の未知なる一面を見た気がして、思わぬ楽しい夕食会だった。





 土曜日の夜は、あらゆる意味でイベントで動きがあったターニングポイントだ。僕らのチームが、初めて尽藻エリアのネスビスから参戦したって事も大きな理由だが。

 初めて知り合いと、剣と拳を交えた日でもあった訳だ。


 ネスビスは、実は『アミーゴ』の面々の拠点でもある。恵さんからそう聞かされていたし、熱心に誘われてもいたし。ちなみに、鯖落ちしたフロゥゼムには『ブンブン丸』が陣取っているとの噂。

 棲み分けしたのは、もちろん色々と理由があるらしい。つまりは最終日までは、お互いの直接対決は預けておくつもりみたいで。散々と盛り上げて、最後に雌雄を決しようと言う訳だ。

 それまでは、他のライバルをお互い片付ける心積もりの様子。


 人気の程は、やっぱり電撃復帰した『ブンブン丸』の方に分があるみたいだが。有名筋のハヤトさんを始め、ザキ、アリーゼ、そしてグレイスの名前は売れ渡っているのも確かで。

 このネスビスも、相変わらず騒がしいログが飛び交っている。いや、普段は全く閑散とした田舎町なんだけどね、ここ。つまりはカンスト連中特有の、姦しい喧騒の遣り取りが。

 実際、僕らの拠点のブリスランドは、もっと秩序だっていたと言うのに。


 さて、僕ら『ミリオンズ』の尽藻エリア参戦も、前もって沙耶ちゃんには了承を得ている次第。とは言え、各自宅インだし、優実ちゃんは午前中は家族旅行だしで万全とは程遠い。

 せいぜい、優実ちゃんが眠くなるまで2~3戦が限界かも。


 そうは言っても、街に着くなり歓迎を受けるのは悪い気分ではない。街の雰囲気は変だったけど、恵さんや真理香さんに続き、幹生やノリスさんまでやって来て。

 初めて会う人も結構いて、挨拶合戦が始まってしまったけど。恵さんのチームの3人目は、意外な事に術者タイプの♂キャラだった。てっきりバリバリの前衛か、女性だと思ってたけど。

 もちろんカンスト済みだけど、水属性の平凡そうなキャラに見える。


 水属性といえば、幹生と一緒にいる2人の♀キャラもそうだった。ひょっとしてと思っていたら、紹介でその正体が明らかに。歩美ちゃんと京香ちゃんだ、武器は目立つ派手な両手棍を装備している。

 ノリスさんの相棒も、同じく派手な棍棒を装備……って思ったら、どうやら両手槍だったみたい。細身で特徴の無い形だが、ノリスさんに言わせると頼れる相棒との事で。当然、同じチームで参戦して活躍中らしい。

 こちらもチームの2人の女性を、堂々と紹介する。


 隼人さんチームは、今はエリア参戦真っ只中の様子だ。ギルド生え抜きのメンバー構成なのだし、さぞかし華々しい活躍をしているだろうと思っていたけど。

 負け無しには違いないが、際立った個性が集い過ぎて、危ない場面も多かったらしく。戦術に幅の無い個人戦の様相には、リーダーの隼人さんも苦労しているっぽい。

 つまりは、アリーゼさんの暴走阻止にって事か。


『なるほど、確かに強いキャラが集まったチームが最強かって言われれば、違う気もしますね。まぁ、限定イベントの遊び方はそれぞれでしょうけど……戦術とかチームワークが、意外と最後にはモノを言うんじゃないかなぁ?』

『おっ、リン君良い事言うじゃんかっ! 確かに強いキャラが1番って図式は、単純過ぎて詰まらないもんねっ! 私らも、アミーゴ3強チームを出し抜いてトップ狙ってやろうっ!』


 おおっと、それを聞いて歓声を上げるキャラ達。参加するからには、もちろん狙うは全勝である。真理香さんの演説にそそのかされて、俺達も対戦ヤロウぜとの気勢が上がり。

 早速組まれる対戦カード。真理香さんの高らかな宣言によって、まっさらなエリアに参加表明するチームが読み上げられていく。つまりは、自分達と対戦したいチームはどうぞとの意味だ。

 決まっているのは、僕の所と恵さんのリーダーのチーム。それから幹生の所とノリスさんのチームで、4つが既に埋まっていて。後は別にどこのチームでも良いのだが、何故か僕は嫌な予感。

 さっきもログで怒鳴っていた、あのギルドの存在が目に付いたせいか。


 そういう悪い予感に限って、良く当たるのは世の常らしい。それとも未カンストのチームが、2つも参戦を表明しているのを見て、組み易しとでも思ったのか。

 懲りない『グリーンロウ』のギルドから、呼応して対戦受諾の叫びが上がったのだ。僕にしてみれば、しつこいなとの感想しか出てきやしないんだけど。

 潰し合いなら、望むところだ。



 尽藻エリアのイベント戦と言っても、進出したフィールドに何ら変わるところは無い。ただ戸惑ったのは、自陣の旗子さんの出現場所だろうか。廃墟の拡がる風景を、僕らは見下ろしていて。

 ここはどうやら、エリア中央の峰の中腹らしい。丁度真下に、例のマミーの遺跡が伺える。そこから左を見れば、鎖に繋がれたゴーレムが。さらに左には風化した壁門がある。

 右手には森が広がっていて、ちらりと他チームのフラッグの移動する姿も。


『うわっ、今度は変な場所に出ちゃったねぇ。でも、遠くまで良く見えて楽しいかも? 降りる道あるかな、リン君?』

『遺跡の屋根伝いに降りる、細い道があるね……反対側はどうなってるかな?』

『こっちは橋みたいなのが架かってて、道が続いてるね。どこに出るのかなぁ?』


 峰は遺跡の廃墟の側と、もう片方の自然の断崖で両面が構成されている。その中央は、細長い亀裂が道を作っていて、二分された崖を渡る橋が僕らの後ろに存在するようだ。

 優実ちゃんは、相談する間もなく旗子さんを転進操作に掛かっていた。細い道を、器用にゆっくりと進み始める巨大無機物。赤い旗が、ゆらゆらと風に揺れている。

 彼女の定めた道を、仕方なく僕も歩み始め。


 この峰の中央の亀裂の細道は、僕は入り込んだ事は無かったのだけど。こんな感じになっていたのかと、ちょっと意外に思いながら眺めてみたり。

 外周ばかり廻っていたので、全然気付かなかったけど。何せ自陣の出現位置は、圧倒的に外側近くが多かったので。橋を渡り切った場所には、下に降りる道と先に出る岐路が。

 それより先に、あっと驚いた感じの優実ちゃんの声。


 止まる旗子さんに驚きつつ、僕は先頭に躍り出ると。なるほど下の亀裂の細道を左手側から、2人の敵が接近して来ている。完全に見つかったようで、上り坂を目指しているみたい。

 これは戦闘になるなと、臨戦態勢の僕らだけれど。どこかで見た奴らだなぁと思っていたら、以前に闘技場で粉を掛けて来た『グリーンロウ』の戦士2人組だ。

 チャージ技を持つ光種族の槍使いと、二刀流の闇種族のペアである。こんな早く出会ってしまうとは、本当に嫌な縁ではあるけれど。奴らのフラッグを潰せば、少なくとも今夜はその腐れ縁を切る事が出来る訳だ。

 さて、それじゃあ迎え撃つ準備をしないとね。


 まずは《夢幻乱舞》でチーャジに備えつつ、隣に出張って来た沙耶ちゃんにも《桜華春来》で花びらコーティング。焦って撃ちまくっている彼女だが、それで向こうも警戒してくれれば。

 僕も《砕牙》4連射で、まずは槍使いに標準を向ける。二刀流使いの闇魔法も厄介だが、今回はそれを回復可能な優実ちゃんが、しっかり後ろに控えてくれてるもんね。

 狙われて焦った槍使い、案の定のチャージ技で距離を詰めて来る。


 さすがに、今回の標的は僕ではなかった様子。闘技場で何度も、カウンターで痛い目を見ている訳だし。柔らかそうな後衛狙いは、ある意味予定通りと言える。

 桜の花びらの遠隔攻撃ガードは、目論見通りチャージ技にも効果あり。無傷の沙耶ちゃんが、お返しの《マジックブラスト》で反撃に出る。ついでに爆裂弾で、奴を橋から落っことしてやって。

 屈辱の落第進呈に加え、少なくない落下ダメージを贈呈。


 畳み掛けても良かったが、二刀流使いが眼前に迫って来ていた。ペット達に任せるには、ちょっと荷が重いかもと考えた僕は。狭い足場で切り結び、彼女達の盾役に。

 タッチ系の魔法に加え、コイツは腐食系の呪文も持っていたようだ。途中から優実ちゃんの《魔封じ弾》が効果を発揮し、殴り合いは案外早く終結してしまったけど。

 こうなると、せっかく苦労して戻って来た槍使いは哀れですらある。数の不利に途中から逃げようとしていたが、僕の《ダークローズ》に捕えられてしまっては。

 戦士の自慢の体力も、単なる宝の持ち腐れにしかならず。


『よっし、完勝っ! 今の敵が、リン君を苛めてた奴らなんだよねっ?』

『苛めてたと言うか、謂れの無い文句を吹っかけられてた相手と言うか……面倒だから、奴らの旗を見付けて壊しておくね?』

『ほいほい、了解っ♪ 旗子ちゃんをどこに隠しておこうかなぁ? 下だと危ない?』


 僕は彼らの来た方向に猛ダッシュ、奴らの旗をへし折りに向かう。優実ちゃんは、結局は橋を渡り切ったみたい。新たな景色に、テンションが上がっているみたいだけど。

 運よく敵陣のフラッグを見付けた僕は、構わず戦闘継続。


 旗を護っていたのは、いつぞやの風種族の弓矢使いだった。遺跡の廃墟の影に隠れていたが、生憎僕もその地形には詳しかったり。2発ほど攻撃を貰ったが、近付いてからは終始こちらのペース。相手の《風神》からの巻き返しにも、Sブリンカーの遠隔手助けもあり。

 苦労するほども無く、一味の全滅には成功した様子。


 ポツンと残された敵陣の旗は、僕の記憶の硬質さは持ち合わせていなかった。一瞬アレッと思ったが、なるほどこれがレベル差補正の恩恵かと思い至って。

 これなら相手の虚を突いて、敵陣のフラッグだけ壊して逃げる事も可能かも。カンストキャラ相手にかなりの奇策な上に、遠隔スキルが無いと駄目な作戦だけど。

 サクッと旗を壊し終えて、僕は騒いでいる本陣に舞い戻る事に。


『あっ、終わったみたいね、リン君! さっきうちのチームに、ドカッとポイント入ったねっ!』

『えっ、そうなの沙耶ちゃん? どこ見たらそれ分かるの?』


 未だにモニター上の、チーム紹介欄の存在を知らないらしい優実ちゃん。それより旗子さん、凄い場所にいるなぁと感心する僕。ちょっと見、そこは闘技場の雰囲気で。

 完全に円形のフィールドで、その存在は作為的にも見えるけど。こんな断崖絶壁の岩場に、そもそもあるのが不自然だ。下からここは見えないのだろうが、登り階段はあるみたい。

 下の状況はどうなってるかなと、僕がそっちに歩み寄った瞬間。


 ぬっと現れた敵影に、僕はマジでビビッてしまった。騎乗トカゲが最初はモンスターに見えたのだ、しかし騎乗者の姿は艶やかで別の意味で人目を惹くような。

 マリカさんだ、騎乗持ちだったとは知らなかったけど。彼女はその場で、トカゲから降りて周囲に軽く目をやった。それからようやく、僕の存在に気付いた様子。

 それからまるで、子供同士で鬼ごっこをしていたような無邪気なコメント。


『みぃつけた♪』





 ――新たな闘いの火蓋は、今この場所で切って落とされる事になりそうだ。




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