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2章♯23 地元とバカンスと冒険者達と

 今回も、夏真っ盛りなイベントが盛りだくさん。書いていたときは、一緒にバカンスこなした感で楽しかった記憶が(笑)。さらにゲーム内では、相変わらず対人熱が吹き荒れていると言う。

 書き始めた当時では、対人戦なんてのはほとんど気にしてなかったんですけどね。自分のプレイしてたゲーム内でも、好きなカテゴリーでは無かったし。

 ところが書いてみると面白い事が発覚、凛君が頭をフル回転さして頑張ってるのを、こっそり苛めて遊んでみたりして(笑)。

 いやいや、そこは順調すぎても面白くないしね(笑)?


 完全版の方の美井奈が、割と人気があってゲーム内でも特色のあるキャラ立ちしてるので。この娘が出れば話もスムーズに進むし、こっちでも似たようなキャラを出そうと画策してたんですけど。

 最初はメルかサミィが、その役割を担ってくれるかなと思ってたのに。方向性が違う性格になってしまい、まぁいいやと放っておいたんですが。

 もうちょっと女子率あげようかなと、何となく思い付きで出した恵さん。凛君のライバル的な位置づけながら、何故か出演率も高くなっていって。

 気付けば自分の中では、一番のお気に入りに(笑)。


 この章でも、その個性はとどまるところを知りませんよ? ついでに今後の執筆のためにも、人気の高いキャラを知りたいですねぇ。

 暇があれば、感想よろしくお願いします♪




 ようやくの事、もう一つの夏季限定イベントの告知が、ファンスカ内に大々的に響き渡った。立ち消えしていなくてホッとしたとか、今回のイベントは盛り上がりそうとか、様々なお気楽会話が街中で囁かれる。

 街中と言っても、もちろんファンスカ内での架空世界でのコト。各種イベントなどの感想を、知らない人同士でチャット会話を弾ませる人種が、少なからず存在するのだ。

 例えば、ギルド会話はギルド員にしか通達されない。関係ない人のログは汚れず、それはそれで良いのだが。それ以外の人の反応が知りたいと思ったら、不特定多数に話し掛けてお伺いを立てたりするのだ。

 誤爆からも、そんな会話が広まる事があって面白い。


 誤爆と言うのも、今ではネット内用語だろうか。ギルド会話で話したと思っていたら、まるで違う人に伝わってたとかの、つまりは操作ミスなのだけれど。

 たまにとんでもない会話内容が、公衆の面前に晒される事も少なくなかったり。


 まぁ、そんな事はどうでもいいか。つまりは、開催期間が延びていた『フラッグファイト』の開催日時と内容が発表になったのだ。ようやく感が、ネット内に充満するのも当然かも。

 僕らにしてみれば、夏休みの集大成的なイベントにもなり得るのだ。


 ネット内での益体の無い噂では、このイベントで“伝説のギルド”が復帰すると、まことしやかに囁かれていた。それは多分本当だと、僕は知ってはいるのだが。

 どんな騒動を巻き起こすのか、本当の事はまるで解っていなかったのだ。その事は、後々に語る事となるだろう。今はただ、それに備えて、増々老舗ギルドが活発化して来たと言う事実だけ。

 このお祭り騒ぎに、乗り遅れてなるものかと気概も高らかに。



 さて、ネット内の反応を少しだけ説明しよう。前回のお試し的な対人戦の結果を受けて、前準備に奔走するプレーヤーが多く存在し始めた訳だ。それがお試し版の、言ってみれば本懐なのだろうけれど。

 ギルドぐるみで、そんな騒動を繰り広げる輩も少なくないみたいで。それもその筈、夏の終わりの限定イベントは、3人1組でのチーム戦なのだから。

 人数の多いギルドは、早くも選抜に血眼だとか。


 競売やバザーを見ても、対人戦への熱の在り様が窺えるようになって来ている。つまりは、呼び鈴だとか精霊石だとかの値段が、半端でなく高騰し始めたのだ。

 どちらも個人での活動には、もっと言えば対人戦では、有利に戦闘を進めるスペシャル的な切り札となりえるだろう。動画を観たり、実際戦ってある程度の感触を得たプレーヤーが、これは使わない手は無いと感じたのも頷ける。

 ついでに高級ポーションや術書まで、段々と値上がりを始める始末。


 僕ら的には、まさに良い迷惑である。妖精クエ用に、呼び鈴を買い溜めしておこうかと思っていた矢先の出来事なのだし。ただし、上手い事立ち回って儲けを出せるのも、実はこんな時期に他ならなかったり。

 合成師の考えは、常にこんな感じである。って言うか、単純に武器や装備の合成依頼が、半端なく多くなって来ているんだけどね。みんな気合が入っていて、それ故装備の出来上がり基準も高めを要求されていて。

 こちらも負けずに気合を入れて、依頼をこなす破目に。


 さて、そんなネット内の喧噪は、ひとまず置いておくとして。限定イベントのルールを、少しだけ説明しておこうか。まぁ、実は大まかな点は、前回の対人戦と酷似しているのだが。

 つまりは、エリア内での生き残り戦だと言う事、ポイント制だと言う事、そのポイントによって最終評価が下されると言う事。違うのは、チーム戦に仕様替えされた点か。

 後は、チームに“フラッグ”が用意されている点。


 このフラッグには、どうやら土台とHPが用意されているらしい。チーム員は、これを死守しないといけない。周り中にいる敵に、これを壊されたら一発で資格を喪失してしまう。

 逆に言えば、キャラをロストしても、ポイントを失うだけで済んでしまうらしい。エリア進出は最高7チーム、目的はもちろん、敵のフラッグを破壊して高ポイントを得る事。

 攻めと守りのバランスが、どうやら鍵になりそうな。


 こう言う頭脳戦は、嫌いではない僕。もっと言えば、大好きなんだけどね。個人参加の対人戦は、好きになれないと参加を拒否した沙耶ちゃんと優実ちゃんだったけど。

 今度はギルド戦の様相を呈しているし、参加してくれる筈である。


 大まかなルール説明は、こんな感じらしい。チームは固定で、1度資格を喪失した場合は、最悪1度だけはお金で資格を買い戻せるらしいのだが。

 50万ギルと言う大金は、果たして払う価値はあるのだろうか。僕ら的には、全く無いような気もするけど。ギルドの面子など、どこ吹く風みたいなメンバーばかりだし。

 対面だとか報酬欲より、第一に“楽しむ”を大事にしているメンバーだしね。


 他に何か、知らせる事はあったっけ? そうそう、今回もやっぱりレベル制限は気遣われていた模様。レベル100を境に、完全にエリア制限はなされるとの告知に。

 つまりは、レベル100以上と以下のメンバーは、一緒に遊べない事になる。チームを組む際には気を付けてねと、説明にくっきり書かれていたけど。

 今度も優勝チームは、レベル100以下と以上で、2チーム選ばれるみたい。


 何より前回より、きちんと設定がなされたのは、レベル間補正の記述だった。カンスト猛者から10レベル毎に、細かく定められた要項は立派とも言える。

 ってか、これがあやふやで、よくも対人戦を開催したものだ。僕は月末の闘技場で慣れてしまっていたが、考えてみれば不公平はやる気を消失させる要因に他ならない。

 カンストキャラが強いのは、誰だって分かる公然の事実なのだから。


 細分化されたレベル間補正は、しかしキャラを大きくいじる物でも無い様子。それをやってしまうと、逆に白けてしまう可能性も否めないのが理由かも。

 僕も前回、与えられたHPやMPブースト薬は、ほとんど使わず終いだった。それでなくても、奪ポイント数値で対戦相手は不利を被っていたのだし。

 せめて正々堂々と、戦いたいとの僕の思いだった訳だ。


 そんな感じで、補正はポケットの数とか奪ポイント数とか、後はフラッグの土台のHPなどに重点が並べられていた。下位レベルになると、ようやくHPやMPブースト薬が出て来る感じだろうか。後はお助けアイテムの付与とかも、記述にはあったけど。

 それが何なのかは、はっきりとは明言されていなかった。当日までのお楽しみのつもりか、まさか決まっていないなどと言う事は無いだろうけれど。

 延期騒ぎがあった後だけに、ちょっと不安も残るイベントだったり。


 とにかく、このイベントが始まるのは24日の木曜日から。土日を挟んで、終わるのは28日の月曜日みたい。納涼イベントと同じく、開催期間は5日間だとの事で。

 生き残り戦なので、いきなり初日で資格を失う場合もあり得る訳だ。どんな結果が待ち受けているのか、神ならざるこの身には知りようも無いのだけれど。

 悔いだけは残さぬよう、全力で立ち向かうのみである。





 それは全くの偶然で、それでも嬉しい出来事には違いなかった。地元のコンビニには、実はそんなに毎回立ち寄らないのだが。何しろ、僕のメイン活動場所はお隣の大井蒼空町だし。

 外食が多い上に、家で必要なものは安いスーパーで買い溜めしてしまう癖がついているので。ちょっと立ち読みとか、冷たいモノが食べたくなった時とか。

 そんな頻度の、夕方過ぎのコンビニの立ち寄りで偶然の再会は起こった。


「ようっ、凜じゃん! 久し振りだなっ、元気してたか?」

「あっ……幹生!? 本当に久し振り、そっちこそ元気?」


 ばったりと出会ったのは、小学校時代の仲の良かった友達。もっと言えば、リトルリーグ時代の、僕らの世代のキャプテンをやってた面倒見の良い男の子。

 僕は舞い上がるほど嬉しくなって、何してるのと他愛ない世間話に突入しそうな勢い。時間はもうすぐ夕食時間、僕は大きなイベントをこなし終えて、ちょっと気の抜けたような倦怠感に包まれていて。つまりは、お泊り会の帰り道での出来事だった訳だ。

 面倒なので、コンビニ弁当で済まそうかなと立ち寄った際での遭遇だ。


 同級生のこの子は、船橋幹生(ふなばしみきお)と言う名前で、野球はとても上手かった記憶がある。僕はサードで5番だったが、幹生はセンターで4番を打っていて。

 その上キャプテンで、当時転校したてだった僕にも良くしてくれたいい奴だ。実際、右も左も分からない僕を、事ある毎に連れ回してくれていたっけ。

 今もメールでやり取りはしているが、学校が違うので滅多に会えないのだ。


 僕もバイトやネット活動で、今やそれなりに忙しいからね。中学時代はお互い部活動に勤しんでいたし、僕は地元でなくてお隣の超進学校に通っていたし。

 そんなこんなで、地元の友達とは本当に疎遠になってしまっていて。申し訳ない思いでいっぱいだが、彼らにも新たな付き合いが出来ているみたいだし。

 それでも久し振りに会うと、やっぱり気持ちがほっこりしてしまう。


「おっと、さっきまで歩美と京香と一緒だったんだ。まだその辺にいるかも、ちょっと呼び出してみるな! そっちは、まだ時間大丈夫なんだろ?」

「う、うん……後は家に戻って、コンビニ弁当食べるだけだけど。双子は不味いんじゃないかな、もうすぐ夕食だし、門限とかあるんじゃないの?」

「あほっ、あいつらがそんなの気にするような玉かよっ。相変わらずお転婆だから、会ったら気を付けろよ! ……でも、ちょっと美人にはなってるかもな」


 イヒヒと変な笑い方で、こっちに同意を求めて来る幹生。昔から割と、こんな軽い性格だったのだけど。だから誰ともすぐに打ち解けられるし、友達も多いのだろう。

 ただし、深く付き合おうと思ったら、振り回されて大変なんだけどね。僕も冒険と称しての自転車旅行で、とにかく酷い目に遭ったものだ。集団迷子なんて恥ずかしい目に遭うし、それでもそんなのは序の口に過ぎなかったけど。

 楽しい想い出も、こいつからたくさん貰えたのも確かだ。


 携帯は簡単に繋がって、すぐ来るってと呑気な再開の手筈は整ったみたい。双子は女の子で、やっぱり小学校の野球仲間。歩美(あゆみ)ちゃんはショート、京香(きょうか)ちゃんはセカンドを守っていた。女の子なのに動きが軽やかで、足も速くて近所でも評判だったっけ。

 お転婆と断言されれば、確かにあの頃からそうだったかも知れない。それでも子供の頃の性別を超えた友情みたいな感情は、僕らの間に確かにあったと思う。

 僕らのチームは強かったし、それを皆が誇りに思っていたし。


 多少そわそわしながら、僕は見晴らしの良いコンビニ前の街道をチラチラと窺う。ここら辺は一帯が田舎と呼んでも差し支えが無く、田んぼなんかもまだ割と残っている。

 それを言うなら、手つかずの山とか山の切り取られた斜面とか、そこかしこに見受けられる。僕の住むマンション群とか県営住宅程度だろうか、最近出来た新築エリアは。

 駅も遠いし、辰南町は住むには不便なベットタウンみたいな所だ。


 双子の到着まで、物凄い速さで世間話をしていた僕らだけど。僕のお腹が不意に大きな空腹を告げて、飯食うんなら中に入ろうかと幹生に気を遣って貰って。

 ここはコンビニには珍しく、ちゃんと食べるスペースも確保されている。もちろんコンビニ内で買ったモノ限定だが、カップ麺用のお湯とかレンジも用意されていて。

 学校帰りの集団などに、よく占領されているのを見掛ける事も多いんだけど。幸い今は、夏休みで客の姿も殆ど見掛けない。テーブルも空いていて、食事に不便は無さそうだ。

 幹生に席を取って貰って、僕は弁当を購入する事に。


 席に戻ると、幹生もジュースを買って寛いでいた。僕も早速、温められた弁当を胃の中に納め始める。そう言えば片親だっけと、幹生の確認するような一言。

 僕は頷きながら、今は殆ど外食かなと返事を返す。


「でも今は、バイト先2軒で夕食食べさせて貰えるようになったし。とっ……友達の所でも昼食ご馳走になってるから、食生活に不便は無いよ」

「うちにも食べに来いよ、本当に水臭いな……おっと、双子の登場だ。おいっ、さっきの飯を食わせてくれる友達の件だけど……ひょっとして、女?」


 僕は思いっきりむせてしまって、慌てて一緒に買ってあったお茶を喉に流し込む。わざと声を潜めて訊いて来て、本当に何を考えてんだか。……まぁ、当たってはいるけれど。

 女の子だけどそんなんじゃ無いよと、僕はにやけ顔の幹生に言い返す。その頃にはこちらを見つけた双子が、賑やかに店内に乱入して来て。2人分のシェイクを買っている歩美ちゃんと、こちらに一直線に向かって来る京香ちゃんと言う構図。

 この双子、顔付きはそっくりだが性格は真逆なのだ。


「久し振りじゃん、凜。最近じゃ、メールで弱音を吐かなくなってるみたいだけど? 忙しいってのは本当みたいね、地元で全然すれ違わないし」

「う、うん……久し振り、京香ちゃん。相変わらずショートカットなんだね、高校に入ってもソフト続けてるって聞いたけど」

「京香の学校は弱いし、練習も全然不定期だけどな。俺も高校じゃ、野球部入らなかったし……あの頃が懐かしいなぁ」


 幹生の言葉に、何をおじん臭い事をと辛辣に返しつつ。京香ちゃんはさっさと同じ席について、何の遠慮も無い視線をこちらに向けて来る。久し振りなのだし、懐かしんでいる……って感じても無いのが怖い。

 そこにようやく、会計の終わった歩美ちゃんの登場。妹にシェイクを差し出しながら、凜君久し振り~と、本当に懐かしそうに話し掛けてくれる。僕も返事を返しながら、なるほどと幹生の言い分にも納得。

 本当に美人になった、何故か同じ顔の京香ちゃんの時には感じなかったけど。


「高校生活はどんな、凜君? メールじゃ、ようやく友達も出来たって聞いたけど。後はバイトで交友関係が広がったんだっけ? やっぱりメールだけじゃ味気ないよね、たまにはこうして外で会おうよ!」

「裏切り者に気を遣う事無いわよ、歩美。親の勧めだか何だか知らないけど、勝手に隣町の学校に進学しちゃってさ!」


 辛辣な言葉と冷たい視線、僕は京香ちゃんには嫌われているようだ。進学について、僕は本当に悩んだのも確かなのだが。幹生や双子にも相談したし、その時一番引き留めようとしたのも、確か京香ちゃんだった気が。

 未だに根に持つなよと、幹生の茶化したような物言い。それから歩美ちゃんの、京香がゴメンねとの優しいフォロー。この2人は、どちらかと言えば勧めてくれる意見が多かった。

 親の意見は聞くもんだとか、凜君は頭良いんだから良い学校行ってみればとか。


 てっきり反対されると思っていた僕には、2人の意見はショックだったような記憶がある。それでも今思えば、2人は僕より遥かに大人だったのだと分かるけど。

 僕の才能や可能性を、幹生と歩美ちゃんは僕自身より買ってくれていたのだ。


 今ではそれが分かるし、素直に有り難いとも思えるのだが。中学に進学した当時は、散々に泣き言めいたメールを2人に送りつけたものだった。

 恥ずかしい想い出だが、その支えがあったから中学の3年間を切り抜けられたと言っても過言ではない。その内に、ネット内の出会いが、僕に少しずつ居場所を作ってくれて。

 そして現在の、ギルド所属に至る訳だ。


 その話も、僕は何度かメールで2人には伝えてある。ちなみに京香ちゃんに限っては、今まで断絶状態にあった訳だが。向こうは歩美ちゃん宛てのメールを見ていた様で、僕も歩美ちゃんからのメールで、彼女の活動の程度位は話に聞いている。

 それでも短い文面の遣り取り程度では、数年の隙間は賄えないのも確か。僕らは猛烈な勢いで情報交換し、愚痴ったり笑ったり、噂話に興じたり普段の生活を公開したり。

 驚いた事に、京香ちゃんは普通に喋ってくれていた。僕に気を遣う訳でも無く、時には姉の歩美ちゃんの話を分捕って、もの凄く熱く語り掛けてくれる。


 幹生に茶化されたり、歩美ちゃんに窘められたり。それがこの3人の“普段”なのだろう。それに自分が参加出来ていない事に、少しだけ胸の痛みを感じつつ。

 過ぎ去った時間の、無慈悲さを味わってみたり。


 話題はいつの間にか、夏休みの宿題や街の行事のあれこれに推移していた。もうすぐ7時過ぎ、話が始まってもう1時間近く過ぎた計算になるけれど。

 僕の時間の心配に、携帯が鳴るまでは大丈夫と双子達。


 僕は課題は全部終わっていたし、父さんに課されたテキストも半分は読み終わっていた。お向かいの3人については、そろそろ始めないと不味いかな的な視線が飛び交う有り様。

 それより隣町のお盆の花火大会、あれは凄かったよねと歩美ちゃん。家族で見に行ったらしく、この街の盆踊りの規模の小ささを憂いてもいたみたい。

 僕は会場の設置や片付け作業、手伝ったんだよと軽く自慢する。古書市と重なって、凄く大変だったと説明してると、再び京香ちゃんが裏切り者と呟いた。

 どうやら隣町ばかり、贔屓にしているように感じているらしく。


「京香ちゃん……朝食はパン派、それともご飯派?」

「??? パンの方が多いけど、それが何よっ?」


 パン食は、第2次世界大戦の勝者であるアメリカが、敗者である日本に、小麦を売り込むために植え付けた策略の一つだ。当時ダブついていた小麦の輸出を、継続的に維持しようと日本に習慣化させたのだ。

 本当に日本の産業、日本の農家の事を思うなら、毎食をご飯にすべきではないのか? パン食を選ぶのは日本に対する裏切りではないのかっ?

 さあ、自分が裏切り者でないと思うのなら、反論をどうぞ。

 

「ううっ、ふううっ……!」

「あははっ、相変わらずだよなぁ、凜の京香苛め……! 相手の一番弱い所を突いてて、本当に厭らしい性格だよなっ!」


 幹生の言い方は、かなり語弊があるのだけれど。まぁ、これも一種のコミュニケーション手段と言うか。喧嘩になると、男の子の僕は相手に手を出す訳には行かないので。

 口で遣り込める方法を、自ずと身につけた感じだろうか。


 ボーイッシュな顔立ちの京香ちゃんは、額から湯気を上げて僕の言葉を反芻している。反論どころか、思考が止まっているっぽい。こんな表情の時は、険が取れて可愛いのだが。

 反対に歩美ちゃんは、いつも母性が溢れている感じの優しい雰囲気の女の子。妹と一緒に、今はソフト部に所属しているせいか、日に焼けた小麦色の肌が魅力的だ。

 双子だけに容姿は良く似ているけど、醸し出す雰囲気はまるで違う2人だ。


 幹生はそろそろ時間がやばいかもと、帰る算段をし始める。それと同時に、不意に何かを探る様な表情になって。そう言えば凜は、最近ゲームの話をメールでしなくなったよなって。

 それは当然だ、相手が興味の無い話など、無駄に行を潰すだけの存在に過ぎないし。今でもやってるし、今はネット内が凄い事になってるよと、僕は簡単に説明してみる。

 英雄が戻って来るもんねと、復活した京香ちゃんの言葉。


 僕はアレッという顔で、俯いたままの京香ちゃんを見遣る。そう言えばこの辰南町にも、ケーブル回線の普及からのネット熱が到来したと、かなり前に噂で聞いてはいたが。

 そのブーム到来前に始めた僕は置いておくとして。まさかこの3人が、ファンスカをプレイしていると言う話には繋がらないだろう。だってそれなら、その事実を僕に隠しておく理由なんて無さそうなものだし……。

 そう、辰南町と大井蒼空町の、立場的な見地を別にすれば。


 町同士が揉めるなんて、昔から実に良くある事だ。例えば田んぼに水を引く際、上流の町と下流の町が揉めてみたり。ゴミ焼却施設なんかの迷惑施設を、お互いに擦り付け合ったり。

 辰南町と大井蒼空町の事で言えば、例えば僕の編入の時がそうだったみたい。子供の僕には関係ないと思っていたのだが、実は大いに関係があったのだろうか?

 変な緊張感の中、夏休みの最後のイベントは盛り上がりそうと僕の言葉に。


「そう言えば、凜のキャラの名前は普通にリンなんだっけ? この前の対人戦で、隣り合って闘ったキャラ覚えてるか? 格闘家でミッキーって名前なんだけどさ」

「あら幹生、あんたネットで凜君と遊んだんだ、いいなぁ! ってか、それギルマスに知れたら怒られるわよ? だって凜君は裏切り……」


 妙な所で口をつぐまないで欲しい、微妙な雰囲気になってしまったじゃないか。なるほど、僕の裏切り者って言うレッテルは、意外と深いレベルまで浸透しているらしい。

 俺はそんな事思ってないぞと、幹生のフォローは有り難いのだが。歩美ちゃんの言い訳は、ギルマスが物凄くお世話になってる人なのよと申し訳無さそうな口振り。

 何となく背景の見えて来た僕は、気にしてないよと返すほか無く。


 要するに、辰南町に住んでる癖に隣町の学校に通い、あまつさえ隣町のメンバーからなるギルドに所属している僕と接するのは。同じく裏切り行為だと、釘を刺されているっぽい彼ら。

 つまりは幹生達も、ゲームを始めてかなり経つみたい。そして辰南町に住むメンバーからなるギルドに、今は所属しているみたい。その僕の推論を、一応確認してみると。

 大井蒼空町への反発を含めて、概ねその通りと歩美ちゃん。


 その時歩美ちゃんの携帯が、ピロリンと着信を告げた。あっちゃ~お母さんだと、済まなそうな表情で立ち上がる双子。幹生も夕飯の時間だと、一緒に帰る模様で。

 こうして予期せぬ同窓会は、一応の終わりを告げたのだったが。後で詳しい情報を、メールで送るからと帰り際の幹生――ミッキーのにやけ顔での言葉。

 ちょっと途方に暮れた顔をして、取り残される僕。



 幹生のメールは、お世辞にも詳しいなどと言える内容では無かったのだが。確かにその夜、僕の元に届いたし、ある程度の説明は書かれてあった。

 彼も双子も、そのギルドの在りようには、確かにしがらみを感じてはいるのだが。お世話になっているギルマスを裏切る訳にも行かず、僕との接触を禁じられていたらしく。

 そのギルマスの名前を聞いて納得、リトル時代の監督さんだ。


 それはお世話になってるし、下手に裏切れないなぁと腑に落ちはしたものの。教え子に自分の差別的意見を押し付けるのは、ちょっとどうかなと思ってしまう。

 地元愛の強さは分かるけど、裏切り者だから一緒に遊ぶなとは遣り過ぎな指導だ。


 多少の憤りを感じてはいたものの、幹生や双子にそんな穿った考えが芽吹いていないのは唯一の救いかも。彼らは今日、昔の通りに僕に接してくれていたし。

 メールの内容は、幹生の所属するギルドについて触れられていた。人数は40人程度で、レベルの平均は150前後。僕のキャラと、ほぼ同じ位のようだ。

 幹生自身も、受験で半年以上の休止時期があったものの、160に達しているのはさすが。


 そんなに長くないメールの、最後に幹生が記した言葉は。俺と歩美と京香で、今度の限定イベントに参加予定だから。お前もギルドでチームを作って、絶対に参加するように。

 この対戦イベントならば、周囲の目など気にせずに気楽に凜と遊べるからな。この生ぬるい現実世界の規則やしがらみを、ぶっ飛ばす闘いをしようじゃないか!

 ――言っておくけど、俺達は強いぜ!?


 



 考えてみれば、お泊り会のあった日は全くネットに繋がなかったっけ。ゲームを始めて随分経つが、そんな日は滅多に無かった気がするので、ちょっと不思議かも。

 それでもその週末の前後の夜には、ギルドでちゃんとキャラ強化のためのインに勤しんでいた。特に水曜日の合同インで判明した、訓練ルームの報酬を知ってからは。

 これを使わない手は無いと、皆の意見は一致して。


 それでも呼び鈴の数にも限りはあるし、あれから2回しか挑戦はしてないんだけどね。限定イベントが近付くにあたって、挑戦組はそれ用の特訓みたいに思っていたかも。

 僕にしてもそうなのだが、実際ギルド内ではバク先生とホスタさんは不参加を表明していたり。限定イベントより、間近に控えた水曜日の行事の方に、よっぽどソワソワしてる感じを受ける。

 つまりは、みんなで海に行く事になってるんだけど。


『バクちゃんも、水着はちゃんと用意してる? 私たちはこの前、みんなでモールに買いに行ったんだよっ♪ バイトで稼いだお小遣い、半分くらい使っちゃった!』

『えへへ、実は私も新しいの買っちゃった!w リン君が子供連れて来るって言うから、ついでに可愛い浮き輪も買ったんだよっw』

『バク先生は泳げるの? スポーツ万能っぽく見えるけど、リン君と競争してみたら?』


 何で僕の名前が出るのだ、まぁ泳ぎは下手ではないけれど。メルとサミィを連れて行くから、そんなに好きには行動出来ない筈。弟子には負けないと、バク先生は浮かれたコメントを発しているけど。

 ギルマスの沙耶ちゃんは、限定イベント不参加の2人に気を遣ってか、イベント終わったらオン会とオフ会開こうねと提案する。僕は呼び水が一杯溜まってるねと、さり気無く付け足して。

 オン会はトリガーNM祭りにしようと、誘導してみたり。


 それを聞いて、それじゃあオン会の幹事はリン君で、オフ会の幹事はバク先生ねと沙耶ちゃん。了解とのたまう僕らは、後でみんなの暇な日程聞くねと連絡して。

 夏休みの終わりを、盛大に締める準備を練ってみたり。


 さて、最初にギルド集会でやった事を記載しておこうか。って言っても、実は大した進展の無い妖精の里クエのお知らせ位だけれど。それにもちろんレベル上げだが、書く程の事は無いし。

 訓練ルームを、あれから2回使用したのはもう書いてしまったっけ。それから3箇所のNM退治、あれにも実は続きがあって。続きと言うか、異変だろうか。

 NMが落としたクエ用アイテム、あれを埋め込んだ場所が3箇所とも段々と盛り上がって来ているのだ。この変異について、当の妖精達は知らん顔を決め込んでいて。

 放って置いて良いモノなのかと、僕らの方が余程心配していたり。


 それから今度は優実ちゃんのうっかりミスで、またもやポケットの薬品を全部飲まれちゃった事件。容赦のない妖精の悪戯だが、今回は何故かイベントが。

 タダで貰ってもアレだからと、妖精族の経営する秘密のショップの場所を教えて貰ったらしいのだ。イベントを見終えた優実ちゃんは、僕らの質問に答えず猛ダッシュを見せ。

 慌ててついて行く僕らは、優実ちゃんが何に興奮しているのか分からない。


『あった、ここなのかなっ? あっ、イベントあるのかっ!』

『何のイベントよ、優実っ? そろそろ教えなさいよっ!』


 幼馴染の問答に、僕らは不思議顔で対応するしかなく。それでも優実ちゃんが辿り着いた、大樹の木の下の集会場。一瞬景色がブレたかと思ったら、そこに見慣れぬ物体が。

 一見して、大きな卵の殻と藁で作った三角屋根、それが乗っかるのは木の枝の鳥の巣と言う変テコな代物。近付いてみて、綺麗にくり抜かれた卵の中に、妖精の存在を確認して。

 それが幾つか並んでいる姿は、かなり奇天烈と言う他無く。


『あっ、ここってお店なんだっ! やった、薬品系も売ってるよ!』

『こっちは鍛冶屋かな……おっと、こっちの品揃えは凄いですね、精霊石も売ってます』


 ホスタさんの言葉に、どこどこっと慌てた様子の優実ちゃん。僕も見てみたが、確かに品揃えが通常のお店より凄い。精霊石だが、3種類も揃ってるのだ。

 1つは多分、名前からして普通の性能の奴だろう。残りの2つは『護衛精霊石』と『上位精霊石』と言う名前で、値段からして大物には違いない感じ。

 100万ギル近い買い物は、さすがに優実ちゃんも躊躇っている様子。


 とにかくこれで、薬品の補充やら装備の補修に関しては、一々他の街に戻らずに済みそうで何より。他にもお店には、妖精のレイピアとか妖精の指輪とか、名前も聞いた事のない武器装具がずらりと並んでいて。

 指輪なんて、光と水属性が+3の優れモノだ。やっぱりかなり高いが、購入の価値はあると思われる。これも優実ちゃんは欲しがって、お金が幾らあっても足りない感じ。何にせよ、隠れクエをクリア出来て良かった。

 先生と優実ちゃんの、隠れたファインプレーである。


 これに気を良くして、他のクエを求めて妖精の里を歩き回った僕らだったけど。何故かぱったりとクエの足跡は途絶えてしまい、どうしたものかと顔を見合わせる一同。

 時間を置くしかないのかなと、取り敢えず妖精の里関係は様子見の運びに。訓練ルームの使用と、変異する魔方陣近くのポイントの確認くらいだろうか、残されたのは。

 あれだけいる筈と予想された、妖精の女王の手掛かりさえ窺えないままだ。



 それがギルドでのここ一週間の行動で、進展はあったような無かったような微妙なモノ。続いて僕ら学生組の冒険記を、ちょこっとだけ記しておこうと思う。

 それは沙耶ちゃんの、素っ頓狂な発言から始まった。果たし状が家に送られて来ちゃったと、本人は戸惑った物言い。僕らにしてもそれは同じで、何ソレと伺うしか無い。

 だから果たし状だってと、沙耶ちゃんも同じ事を繰り返すのみ。


 他のギルドの誰かからなのと、優実ちゃんにしては気の利いた質問に。多分違うかなぁと、曖昧な返事は相変わらずで。魔銃使いのイベントかもと、話はようやく少し進んだ。

 それってつまり、武器に付属したクエなのかも。


「えっ、そんなのがあるのっ? ずっとこのゲームやってて、今まで知らなかったよっ!」

「んとね、特別なアイテムにはあるみたい。それを入手したり使ったりすると、クエが発動するんだけどね。一番分かり易いのが、呪いのアイテムかな?」

「ああっ、確かに使うと呪われるもんねぇ……あれもクエだったのかぁ」


 クエとは少し違うけれど、物語性のある呪いもあるのは確かだ。例えば僕も経験した、呪いの家具の設置⇒死霊に襲われイベント。言ってなかったが、その後にもクエらしき物語が幾つか持ち上がったのだ。

 つまりは、呪いの家具の呪い解除の手続き的なあれこれが。


 結果、色々と散在してしまったが、僕の無二の武器だった『ロックスター』の素材の一つを入手出来た訳だ。そんな説明を沙耶ちゃんにすると、じゃあ手伝ってと気楽な返答。

 そんな訳で、僕と優実ちゃんは決闘の仲介役をやらされる破目に。


 果たし状には、もちろんだが場所と日時指定が書かれていた。ただし日時と言っても時間だけ、夜の遅い時を指定されていたっぽいのだが。

 問題は場所だが、尽藻エリアの南端の寂れた田舎町との事で。そこに向かうのに、僕らは散々な目に遭った。直線距離ならば、多分10分で辿り着くであろうその土地に。

 敵の影におびえつつ、30分も掛かる有り様で。


 まぁ、死人が出なかっただけマシなのだろう。実はこの街、僕も来るのは初めてだったりして。目当ての教会を探しながら、拠点開通の為のクエ探しなどしてみたり。

 だってここに来るのに、何度も怖い思いをするのは嫌じゃないか。


「ここでクエ出たよ、2人共受けておいてね。お遣いクエだから、街の中でクリア出来ちゃうみたい……教会は見つかった?」

「街外れに、すっごい古い建物見つけたよ。多分教会だと思う、十字架が屋根にくっ付いてるし……まだ行かなくて平気だよね?」

「それより私達って、沙耶ちゃんのクエ手伝えるのかなぁ? だって、果たし状受け取ったの沙耶ちゃんだけだしねぇ……」


 確かにそれは僕も思ったけど、沙耶ちゃんが不安だと言うのだから仕方が無い。クエに参加出来ずとも、近くでサポートしてあげれれば良いのかなって。

 そんな思いで、一応はパーティを組んでいるのだが。


 ゲーム内の時間は、今は真っ昼間で約束の時間はまだ先みたい。僕らはクエをこなしつつ、時間潰しと言う名の転移ゲートの開通儀式。難しいクエも受けてしまったが、幸い何個かは街中で済ませられる類いのモノで。

 呆気ない位に、町長から開通の許可は降りてしまった。


 喜びながらも、ゲーム内の時間の推移を計っていると。もうすぐ太陽は、街の端にこんもりと広がる、森の向こうに沈んで行く気配を窺わせている。

 自然と僕らは、一塊になっておんぼろ教会の中へ。


 驚いた事に、イベントは僕らも見る事が出来た。つまりは沙耶ちゃんの、自称ライバルの出現とその啖呵を聞く事が出来た訳だ。ウエスタン仕様の服装に、燃え立つ赤毛。

 手には白い大柄な拳銃を持つ、そいつはまだ若い女の子だった。


 ――その魔銃は、決して世に出してはいけない凶暴なもの。この対となる聖銃に誓って、再度の封印を施すために、あなたに果たし状を送りましたが。

 なるほど……仲間を集めてそれに抵抗しようとするのなら、こちらにも相応の考えがあります。それでも私は、飽くまで正々堂々とそれに対処しましょう。

 同じ数だけ、こちらも増援を募るのみ……行きますっ!!


「えっと……取り敢えず報告、僕らもイベント動画見れたよ? 相手は聖銃持ちかぁ」

「沙耶ちゃん、実はワルモノだったんだねぇ……」

「えっ、そうなのかな……だって封印とかって、せっかく手に入れた私のクイーンビー!」


 動画を観て、増々混乱している沙耶ちゃんだったけど。要は勝てば問題ないんじゃないかなと、僕の入れ知恵をすんなり真に受けて。それもそっかと、闘いの準備に。

 強化呪文を掛けて相手を窺うに、増援は真っ白な毛並みの人狼が2体。大柄で、奇妙な飾りのズボンとチョッキを身に着けている。武器は多分、腰に銃を所有してるっぽい。

 接近戦では、長い爪の攻撃になるのだろうが。


 遠隔合戦に付き合うつもりのない僕は、突っ込んで2体の人狼のタゲを取るねと作戦を告げる。出来ればプーちゃんに、1体はタゲを取って貰えればかなり楽なのだが。

 そう告げると、優実ちゃんは頑張ってみるねとの返事。


 果たし合いは、リンの接近から動き始めた。人狼の銃弾は、最初の着弾以降は距離を潰されて無効化された様子。沙耶ちゃんと赤毛の少女の撃ち合いは、加熱の一方を辿っているみたいだけれど。

 幸い、氷の防御魔法のお蔭で酷い事にはなっていないようだ。雪之丈も上手い事、相手の懐で暴れている様子。こちらは回復役もいるし、大技が来ない限りは平気かも。

 それよりこっちの接近戦の方が、苦しい気がしないでもない。


 それもその筈、相手の技に《ビースト☆ステップ》の発動を見てギョッとする僕。こいつら、属性外魔法を使うのかと思っていたら、その隣の奴も《獣化》を詠唱して。

 プーちゃんが片方のタゲを取ってくれたが、倒し切るのは大変な作業になりそうだ。しかもこいつらの爪と噛み付き攻撃、回転速度が半端じゃなく速いと来ている。

 体力も多いし、長引きそうな気配。


「う~ん……助っ人の人狼、かなり強いなぁ。しかも属性外スキルを使って来るし、簡単に片付けてそっちの救援なんて、ちょっと無理かも」

「うっ、そうなのか……この子も強いから、1対1はちょっと怖いんだけどなぁ。私と雪之丈の攻撃が当たっても、全然HPが減らないのよっ」

「プーちゃんが一番苦戦してるかも……凜君、早く助けてあげてっ!」


 そんな事言われても、こちらも苦戦中の身ではあるし。何とかステップ防御で、被害を少なくしているだけだ。得意の《ヘキサストライク》の効きも今一つだし、他の棍棒系の技も同じ事。

 ところが細剣スキルの複合技が、思わぬダメージを叩き出して。これを見て、僕の戦術はようやく固まった。相手のステップはウザいが、弱点を知れたのは大きい。

 膠着していた戦況が、ここから少しずつ解れて行く。


 結果的に、それが最初のHP半減からのハイパー化に繋がったのだけど。人狼の咆哮で、前衛は残らずピッキーン状態に陥って。そこからの《分身牙狼襲撃斬》と言う大技は、ある意味見モノだった。

 いや、喰らったのはリンなんだけどね。


 しかも続いて《雷撃獣化》と言う強化技の使用、ひょっとしてさっきの技も、獣系の魔法スキルだったのかも。慌てて放たれた優実ちゃんの回復で、死ぬ事は無かったとは言え。

 雷を纏った《獣化》作用で、攻撃が当たると酷く痛い。


 誤算はさらにあったりして。2体の人狼が、同期してハイパー化に移行しているのだ。咆哮混じりの攻撃に、体力に自信のあるプーちゃんも今や風前のともしび。

 後ろからの優実ちゃんとピーちゃんの回復援護が無ければ、早々に墜ちていても不思議ではない。早い所、1体でも先に倒してしまわないと前線維持もヤバい。

 こちらも負けずに《獣化》から、リンの必殺のスキル技の使用。


 一方の沙耶ちゃんは、見た目だけで言えば一方的に相手のHPを削っていた。沙耶ちゃんの方は、得意の2種類の防御壁の張り替えによって無傷のまま。

 攻撃の方は、ようやく僕のアドバイスを思い出した様子で。《破戒プログラム》の弱体からの必殺技の《エーテル魔弾》で、さすがの赤毛娘もぐらついて来た感じ。

 そしてHP半減からのハイパー化は、やはり特殊魔法の解禁らしく。


 初めて見る《ホリーウイング》と言う技は、その名の通り真っ白な翼の出現と共に発動した。その翼が盾になっているのか、沙耶ちゃんの攻撃のダメージがゼロ更新を続けて行く。

 防御を完全にしてからの、万全の構えでの赤毛娘の銃スキルの反撃は。ビックリする程の物凄いダメージで、とうとう魔法の防御を突破されてしまったみたい。

 沙耶ちゃんの悲鳴が、リビングに響き渡る。


 続いての攻撃は、やはり聞き慣れない呪文の詠唱。《破天光臨》と言う、恐らくは聖スキルの攻撃技なのだろう。沙耶ちゃんのHPは、あっという間に残り1割に。

 慌てたのは隣の優実ちゃんもだが、僕にしても一緒。咄嗟にタゲを変更して、赤毛娘に《震葬牙》を撃ち込んでやったが。何とさっきの魔法のガードのせいか、スタンが効いていない様子。

 慌てて沙耶ちゃんに《桜華春来》を飛ばして、この魔法詠唱は何とか途切れず一安心。面前の狼にボコすか殴られたが、沙耶ちゃんの体力は完全回復に至ったみたい。

 ってか、逆にリンの体力がヤバい領域に突入っぽい。


「うわっ、凜君の魔法のお蔭かなっ? 敵の弾を花びらが防御してくれるよっ!」

「その隙に立て直して、沙耶ちゃんっ! ってか、今こっちもヤバいかもっ!」

「プーちゃんもやばいっ、何とかしてよ凜君っ!」


 だから相手が強いんだってばと、僕はプッツン来そうになりながらキャラ操作に励む。リンの回復は二の次にして、やけっぱちの口調で連携の行使を宣言する。

 既に刷り込み状態の僕の号令に、崩れかけていた彼女達の背筋はシャンと伸びて。弱っていた人狼に狙いをつけて、無理やりに近い《連携》の発動に踏み込む。

 多分そのせいで、二度目のハイパー化が訪れたのだろう。リンのHPもいつの間にかの危機的状況。お蔭様の《風神》で、人狼2体どころか赤毛娘も吹っ飛んでしまった。

 その隙を突いて、何とか僕らは人狼の片割れの撃破に成功。


 喜びのムードがリビングに流れるが、頑張っていたプーちゃんがついに撃沈されてしまった。落ち込む優実ちゃんに、後でアイス奢るからと僕の悲鳴じみた慰めに。

 カップの方ねと、途端にヤル気を取り戻す気儘な女神。


 手が空いたなら、こっちも手伝ってよと沙耶ちゃんの絶叫ヘルプ。ハイパー化以降、こちらの攻撃手段がてんで通じなくなってしまった様子なのだが。

 そんな強固な防御手段なのだろうか。ってか、翼の効果か赤毛娘は宙に浮いていますけど。リンの風神に吹き飛ばされて、今は壊れた椅子の瓦礫の上に浮遊状態。

 つまり、未だに翼の防御は健在って事だ。


 この防御魔法が、時間制なのかダメージ上限制なのかは定かでは無いのが地味に痛い。吸収ダメージ上限があるのなら、どんどん攻撃してそれを上回らないといけない。

 ただし、時間制だった場合は、その効果時間内のどんな攻撃も無駄になるって事だ。無意味に弾を消費するよりも、防御に力を割いた方が良い結果を招くだろう。

 だが僕は、効果時間内は無敵と言う防御魔法など、全く聞いた事は無い。つまりはダメージ上限があると考えるのが通常だが、この魔法は例の属性外スキルに該当するのだ。

 無いとは言い切れない、それがかなり辛い。


 その戸惑いを打ち破ったのは、何とアイスに釣られて元気を取り戻した優実ちゃん。何やってるのよと幼馴染に喝を入れた後、《分離光》を撃ち込んで完全防御をキャンセルしてしまったのだ。

 なるほどそんな手が通用したのかと、こちらは赤面の思い。キャンセル魔法の効用が、まさか新属性魔法にも通用してしまうとは。とにかくこれで、こちらに風が吹いて来た。

 優実ちゃんも追い込みに加わって、赤毛娘の体力を奪いに掛かる。


 一度吹いた追い風は、結局は僕らを勝利へと導いてくれた。沙耶ちゃんの《破戒プログラム》からリンの《兜割り》のコンボ技で、魔法の詠唱を封じたのが地味に効いたようだ。

 新属性魔法にも効くかは謎だったけど、どうやら最後まで封じ込めには成功して。残った人狼もみんなでやっつけて、これで何とか深夜の決闘はこちらの勝利に終わったみたい。

 もっとも、赤毛娘は寸前の所で逃げ出したと言うシナリオらしく。


 ――くっ、魔の力がこんなに強いとは予想外だったわ。覚えてなさい、次こそはこっちも力を付けて、あなたとその魔銃を滅ぼしてあげるんだから!

 私には聖なるあの方の後ろ盾がある、今度遣り合う時には負けないっ!


「わおっ、凄まじく一方的に負け惜しみを言われちゃった。何かバックもついてて、さらに再戦もあるっぽいねぇ? そんな訳で、また果たし状来たらよろしくねっ」

「ええっ、今回は物凄く大変だったのに! プーちゃんも死んじゃったし、まさかタダ働きってわけじゃないよねっ、沙耶ちゃん?」


 ぐぬうっと、痛い所を突かれたような沙耶ちゃんの悲鳴。いつも迷惑を掛けられてるんだから、無視すれば良いのに。それが出来ないのが彼女の弱点なのだろう。

 この手でいつも、妹の環奈ちゃんは美味しい思いをしているみたいだけれど。まさか幼馴染の優実ちゃんまで、腹黒い策略を覚えてしまっていようとは。

 それはともかく、今回の敵のドロップは火薬スキル関係のモノばかりみたい。牙狼の銃弾とか性能の良いガンベルトとか、火薬術系のレシピとか色々だ。

 取り敢えず、次の果たし状が届くまでの平穏は得た様子。


 その後に、沙耶ちゃんの弱々しいご褒美交渉があったとか、帰り道に優実ちゃんに付き纏われて、結局アイスを奢らされたとかはどうでも良い話。3人でのこの週の冒険で、こんな事があったよと言う報告に過ぎないのだから。

 合同インでの騒ぎはこんな感じ、後はソロでの活動や報告をちょっとだけ書いておこうか。何しろギルド単位での行動で、色々と得た恩恵も大きかったし。

 その結果どうなったかを、纏めておかないとね。



 詳しい話は、限定イベントの時に書こうと思う。つまりは、リンの細々としたバージョンアップだけれど。前回の対人戦からそんなに経ってはいないけど、何しろ妖精の里の訓練ルーム使用の恩恵が大きいのだ。

 ハンターポイントとミッションポイント、これが結構貯まってしまって。もちろん他のクエ報酬でのポイント加算や、レベル上げに行った塔の報酬も加算されての話だけど。

 これの使い処に、結構悩んだのは事実だ。


 それから、あの後も時間を見つけて育てていたペット、これに目処が立ったのが大きい。お蔭で奥の手の『砕牙』の、常時装備が可能な所まで漕ぎ着けた訳だ。

 何しろイベントエリアに入ると、装備交換が不可能になる仕様は健在っぽいので。手に入れた奥の手を使おうと思ったら、最初から装備していないと駄目なのだ。

 Sブリンカーの恩恵は、まぁそれだけに留まらないんだけど。


 それも次の章以降の紹介になると思う、ちょっと勿体付けさせて貰うとして。後はやっぱり合成からの、他のキャラにはない一手の追及。これは僕の娯楽と言うか、秘策だろうか。

 今からワクワクしているのだが、実際はそんな特別な合成品なのかと問われれば。そうでも無いかなと言わざるを得ず、つまりは使い方次第な気がしている。

 う~ん、この合成の顛末だけは、今書いておこうか。


 だって自慢したいしね、これについては色々と追記もあるし。つまりは『砕牙』の誕生まで、話は遡る事になっちゃうんだけど。アレのベースを提供してくれた恵さんから、もう1個作ってと変な依頼を受けてしまった所まで。

 いや……受けたと言うか、押し付けられたと言い直すべきなんだけど。僕には手が届かなかった腕輪素材だったので、その無料提供は有り難かったのは事実ではある。

 ただ、そのお礼でひと悶着巻き起こった訳だ。


 僕はなるべく平静を装って、丁寧な記述で確認の返信メールを送ったのだ。つまりは無事に『砕牙』が合成出来て、その性能に自分的には満足した後で。

 こんな性能だけど、恵さんのキャラには合いますかねぇ? そもそもこれの使用条件は、属性武器の所有に大きくウェイトを占めている訳で。持ってないと、作り損かも?

 うん、全く丁寧で簡潔で、その上相手の間違いをさり気無く指摘出来ている。


 その返事はすぐに来て、じゃあいらない(ノ_*)/ と簡潔極まりない内容で。その代わり、またペアダンジョンと対人戦と、その他諸々付き合うようにとの追加のお言葉に。

 それなら他の合成品で、きっちりお礼の埋め合わせをしますと、慌てて再度のメール返信。そんな訳で、僕的にはかなり気張って高性能の合成に立ち向かう事に。

 コンセプトは、対人戦で役に立つびっくり装備だ。


 実は骨組みと言うか、ベースの装備はもう手元に揃っていたりして。部位は矢筒と言うか、遠隔スロットのその2の部分。普段のリンは、このスロットにはポケット拡張の袋を装備している。

 大抵のキャラは、大体そんな感じだ。遠隔アタッカーでない限り、このスロットは不必要な空白の場所なのだから。有効利用に、何かしらのお助け装備を突っ込むのだ。

 その代表の1番人気が、ポケット拡張装備だ。その次が、多分攻撃力増加の勇猛石装備。これはクエで簡単に入手出来るし、もっと高性能なのがNMからもドロップする。

 他にもMP上昇とか、SP上昇装備など色々種類はあったりする。


 まぁ、装備場所が場所だけに、そんなにガツンと上昇する装備は本当に稀なんだけど。僕にしても高性能なのは持っていない、欲しいなぁとは常々思っているけど。

 ただし、ポケット拡張装備が便利過ぎて、普段の冒険ではこれに代替する装備は僕的には見当たらないと思っている。余程、他の部位でポケット数を確保出来ていれば、話は別なのだけれど。

 そんな装備も本当に稀で、だからキャラの殆どは僕と同じ発想なのだ。


 ちなみに、極端にポケット数の制限の掛かる対人戦では、僕はこの遠隔スロットその2を『爆裂弾』に交換している。これの効果は、ダメージの無い吹き飛ばし。

 ほとんど嫌がらせ的な効果だが、実際闘技場では役に立ってくれた。相手をプールに叩き落としたり、槍持ちキャラにわざと間を与えて、カウンター技を誘ったり。

 他にも体勢を立て直したりとか、使い方は様々で便利なのだ。


 役に立っているのなら、わざわざ交換の必要もないんじゃないかと思う人もいるだろう。確かにその通りだが、世の中にはもっと便利な装備も存在するのだ。

 いや、便利な上に役に立つって感じだろうか。その分、ちょっと操作に手間が掛かるけど。実際、沙耶ちゃんと優実ちゃんは、このガンベルトのノーマルを装備している。

 操作をこれ以上複雑にしたくないと、ブーブー文句を言いながら。


 確かにそうだ、彼女達は普段の戦闘で武器での攻撃に加え、魔法での支援、それからペットへの指示まで行っているのだ。後衛はその点、本当にやる事が多くて大変なのは確か。

 魔法支援と一言で括っても、普通の中間レベルキャラでも軽く30以上は魔法を持ってるのだ。良く使う魔法がその中の10だとしても、戦況の変化に応じて、魔法も使い分けないといけないし。

 つまり、これ以上の選択と言う負荷を、彼女達は不安要素に感じている訳だ。


 実際はそれを渡した時に、こんなの使いこなせないに決まってるよと、批難混じりの罵声を浴びたんだけど。性能は良い装備なのに、勿体無い事だ。僕は複雑な操作は大好きだし、選択肢は大いに越した事は無いと思うタイプ。

 そんな訳で貰った、ガンベルトと言う装備品。性能的には、色んな種類の銃弾を別パレットで、瞬時に交換出来ると言う優れモノである。普通は一々、サブメニューを開いての交換となる。

 この便利さ、分かって貰えるだろうか?


 つまりはポケットの薬品を使用する感覚で、銃弾の種類を選べるのだ。超便利なのには違いないが、実は銃弾の種類は未だにあまり多くないと言う現状もあって。

 矢弾なら、しびれ矢とか眠り矢とか、便利な種類がいっぱい出廻っていると言うのに。ところが弾丸は、散々探し回って粘弾とかあと一種類のレシピ発見がやっとと言う。

 だから僕も敢えて、この装備に注目はしていなかったのだけれど。


 赤毛娘のドロップに、もう一つ重要なモノが紛れ込んでいて。これが大きく、僕の計画の推進剤の役割を果たしてくれた訳だ。早速合成してみて、雑魚のモンスターで試した所。

 まずまずの威力に、これは対人戦でも使えるかもと一人ほくそ笑み。ついでに前から持っていた、微妙な性能の火薬術のレシピも試す事に。これで僕も、3種類の弾をホルダーにセット出来る訳だ。

 悪巧みが好きなのは仕方が無い、だって男の子だし。


 さて、実はここまでは合成の話とは関係ない。要は、ガンベルトの性能とその使い道を駄弁っていただけの事で。肝心の合成だが、ちょっと複雑になって来る。

 さっきも言ったが、コンセプトは対人戦で役に立つ装備。それを僕の分と恵さんのプレゼント用に、2つは作らないといけなかった訳だ。以前見せて貰って知っているが、恵さんも遠隔スロットその2はポケット増量に充てていた筈。

 カンストキャラの恵さんだと、ポケット減の規制は物凄い数値になっている。確かエリア内では、2個かその程度だった気がする、良くは覚えていないけど。

 彼女は多分、限定イベント用に何か別の装備を用意してるとは思うけど。


 もっと上質なモノを、この前の腕輪のお返しに合成してあげたい。その為の素材ももう集め終わっていて、既に色々と試して分かった事が幾つか。

 ベースにと集めたガンベルト、ポケットと性質が良く似ているのだ。


 どちらもメニューウインドウを開いて、アイテム使用のウザい手間を省く装備である事には間違いない。そんな事を煩雑な戦闘中にしていたら、命が幾つあっても足りないし。

 今ではどのプレーヤーも、上限の12個まで上げ切るのは常識なのだが。素材的には最悪で、例えばポケット+3の装備に何かを追加しようとしても上手く行った試しが無い。

 それだけポケット+装備はアクが強いのだが、手がない訳では無い。


 それが合成の妙と言うか、面白い所である。合成もゲームの規制内である性質上、存在しないレシピからの成功は有り得ない。これはまぁ、絶対のルールだ。

 では合成師は何を見るかと言うと、1つ1つの素材の持つ意味を推理するのだ。この素材は、何故このゲーム内に存在するのか。ピースのどの部分に該当するのか?

 前にも言ったが、理由も無く存在する素材など有り得ない。


 これは合成師の、絶対無二の法則である。制作側の意図を、そのアイテムの生まれた裏を読むのだ。幸い合成の素材は、ベース素材と中間素材、接着素材と付加素材に大別出来る。これを組み合わせて、完成品に至る訳だ。

 この枠組みから大きく外れる合成は、多少ジャンルが違えど殆ど無いと言って良い。特に僕の得意ジャンルの、強化合成はこれに強く当て嵌まる。

 そこで問題なのが、ポケットの強化合成だ。


 最初これのレシピを見た時、僕はなるほどと感心したものだった。僕も何度か目にした事のある『天使の羽根』や『幸運のコイン』と言う素材、こんな使い方だったとは思いもよらなかった。

 これらは確かにレア素材だが、持っているだけでは効果は発動しない。巷の噂では、いや持っているだけでも効果はあるよと囁かれているが、検証の結果もちゃんと出てるのだ。

 ではどうやれば発動するかと言うと、ポケットに入れてしまえば良いのだ。


盲点と言うか、何だそれだけかよと突っ込みを貰いそうな条件なのだが。普通にそれをやると、常時ポケットが-1になってしまうし、間違って使う場合も出て来る。戦闘中は慌ただしいし、実際このアイテムは使う事も出来るのだ。

 ただし、使えば当然消えちゃうけどね(笑)。


 『天使の羽根』は、使えば数分の浮遊効果だった気がする。ポケットに入れておけば、永続的な装備重量の軽減化と詠唱速度アップの効果が付くのに。

 間違って使うと、泣くに泣けないよね。実際、そんな被害も昔はあったらしい。大変な苦労の末だったり、大金を払っての末に入手したアイテムが、操作ミスで塵と化す……。

 それを解消したのが、合成師のレシピ発見だ。


 それは『裏縫いの朱の糸』と言う、接着素材の解析から始まったらしい。ある芋虫NMからのこのドロップ品、布などの裁縫素材かと思ったら違っていたようで。

 先代の合成師が調べて行く内に、これはポケットに羽根やコインを縫いつけるアイテムだと気付いたのだ。これでポケット装備と一体化させてやれば、ポケットの数を減らす事も、もはや操作ミスでアイテムを失う事も無くなる訳だ。

 画期的な発見だったが、羽根やコインが希少過ぎてそんな有名な逸話でも無かったり。


 それでも僕には、この話は物凄く感動的に聞こえた訳だ。合成師の可能性を、大きく気付かせてくれた逸話でもある。さて、それではガンベルトの話に戻すけど。

 そう、このベース素材でも同じ事が出来ないだろうか?


 結果的には成功だった。これを知る為に、素材を結構消費してしまったけど。幸い『裏縫いの朱の糸』は、NM自体が強くないのでレア素材の割には高値ではない。

 後は縫い付ける付加素材だが、これもクエ入手の安い奴が出回っているのだ。


 後は、ちょっと高価な勇猛石を縫い付ければ、一応の完成を見るのだが。この勇猛石ってのも、名前は石だが要するに飛び道具。スキルゼロで、投石する感じの武器なのだ。

 つまりは、これも操作ミスで敵に投げつけてしまう可能性がある訳だ。だから朱糸で縫い付ける必要性が出て来て、ポケットと同じ合成の流れとなっている。

 ただ圧倒的に違うのは、縫い付ける素材の豊富な流通性だろうか。


 さっきも言ったが、攻撃力が微量に上昇する勇猛石なら、幾らでも手に入る。10万ギルも出せば、もっと上昇する石も買えるし、SPや魔法耐性が付加されるお守りもある。

 そんなアイテムを求めて、競売で目に付く品を漁って結構散財してしまったけれど。前もってのリサーチでは、恵さんは攻撃力かSPが上昇する装備が欲しいと言っていた。

 2つの付加が可能なら、このガンベルトは上出来の部類に入るだろう。


 朱糸を2本とベースのガンベルト、それから勇猛石と武勇石を注ぎ込んでの合成の行使は。何とか無事に成功して、モニター前でホッと胸を撫で下ろす僕。これだけで50万ギル以上の出費なのだ、失敗すると痛過ぎる。

 それから僕用には、魔法耐性とSPの上昇するガンベルトを製作。パレット数は、それぞれ4つの空きがある。これに詰め込むのは、火薬スキルがゼロでも使える爆弾3種。

 爆裂弾は、前から使っていて一番頼りにしている爆弾だ。それから赤毛娘の落としたレシピから作った閃光弾。後は、ちょっと微妙な性能のまきびし火薬。

 さて、これがどれだけ次回の対人戦の綾となるだろうか。



 これの受け渡しでもひと悶着あって、僕は爆弾の効用についての説明に苦労した。恵さんの戦術は、割と行き当たりばったりなのは以前に共闘して気付いていたけど。

 そんなんじゃ生き残れませんよと、僕は爆弾による小細工の伝授。体力補正のある戦士ジョブは、確かに数人に囲まれてもある程度の踏ん張りは効くかも知れないが。

 生き残を賭けた闘いにおいて、そんな数の有利を与える必然性は無いと言って良い。僕はフィールドに出張って、雑魚モンスター相手に使用例を幾つかお披露目する。

 おおっと、素直に感心してくれる恵さん。


 そういう面では、彼女は単純で御しやすい。その分良いと思った事は、素直に自分の中に吸収してしまう特性があるらしく。キャラ操作の上手さは、性別など関係ないみたいで。

 数分後には、僕も舌を巻く上達を見せていた。


 爆弾の良さは、MPもSPも消費しない点にある。その分使えば無くなってしまうが、幸いスタックが12で括られているので。30分の闘いで、全部使い切る事態も起きない筈。

 再使用時間もかなり短く、使い勝手はすこぶる良い。ただし、1発の値段と来たら弓矢や弾丸を遥かに凌ぐ。まぁ、弓矢や弾丸は数回の戦闘で1000ギル単位で消耗してしまう、使用者泣かせの武器である。その分、威力は高いのだが貧乏を嫌って使用者も少ないと言う。

 対人戦用に作ったこの爆弾だが、1個の平均は3000ギル!


 4個使えば、既に1万ギルオーバーだ。怖い武器には違いない、こちらの懐にとっての意味を含めて。とにかくこれで恩義を返しましたと、僕は恵さんに報告したのだが。

 ケロリとした表情で、またお願いねと言われてしまった。


 まぁ、そんな感じで僕の肩の荷もちょびっと降りた訳だ。幸いガンベルト自体の性能も気に入って貰え、恵さんの持っている高性能の武勇石、これを素材に作り直す約束もしちゃったけど。

 他にも良さ気な石を見つけるから待っててと、今度はお金と素材の手配は全部向こうでやってくれるらしい。得意の合成で頼られた僕は、もちろん悪い気はしない。

 もちろんいいですよと、軽く請け合って。


 ライバルに塩を送る行為かなと、少しだけ思わなくも無かったけれど。僕もその内、良い素材を見つけてもう一度作り直す気は満々ではあるし。

 ――向こうだけ強くなるのを、黙って見ている手は無いのだから。





 その週の火曜日の子守りは、何とか無事に終了。園児達は、母親に連れられてハンス家を後にして行き。さよならの挨拶合戦が終わって、ホッと一息ついてから。

 ついこの間のお泊り会の効果か、子供達の結束はひときわ強くなった気もする。自立心にしてもそうで、なるほどこの年代の子供達の吸収力は侮れない。

 それを上手に纏められた事に、自分も何だか成長した気にもなって来る。


 そんな事はどうでもいいか、とにかく今日も疲れた。毎度の遣り取りの後、僕はメルに引きずられるようにリビングに。サミィも上機嫌で、ぴょんびょん後をついて来る。

 最近の習慣と言うか、夕食までの自由時間に2人でゲームをするのだ。夕食にしても既に食べて行く事が決定みたいな雰囲気で。最初は食べて行く? と確認していた小百合さんも、今では作るからねとか子供達をお願いねとか。

 ほぼ強制と言うか、家族の一員とみなしてくれていると言うか。


 嬉しい事には違いないし、家庭の温かさを感じられてこの上なく満足な瞬間でもある。そんな夕食時間まで、メルのお供にネット接続の慣習化と言う訳だ。

 我が儘娘の従者として、僕は仰せのままにと無理難題を片付けて行く役目だ。


 サミィも最近は、怒られる事はしなくなった。だからと言ってのけ者にしている訳でも無く、少女は気儘にキャラのお絵かきをしたり、絵本を読んだりと時間を過ごす。

 一緒にいる事に満足してくれて、それでも時には相手をせがまれたなら。みんなで一緒に歌を歌ったり、ただのお話やしりとり遊びをしたりするのだ。

 今は明日の、お出掛けについて話し合っている所。


「もう準備出来てる、2人共? 忘れ物あっても、取りに戻れないからね?」

「大丈夫だよ、サミィはお泊りもちゃんと出来たもんね? でもママに、もう一回調べてもらうね?」


 行儀が良いと言うか丁寧と言うか、サミィはこの前の買い物で入手したカバンを大事そうに抱えて。台所の小百合さんの所に、てくてくと歩いて行った。

 こんな事を言ってはアレな上に誤解されそうだが、その仕草が超可愛くて仕方が無い。その姉であるメルは、邪魔者は消えたと腹黒い事をのたまっているが。

 サミィがこんな子に育たない事を、秘かに願いつつ。


 それでもたかだか2時間にも満たないイン作業では、そこまで大きな冒険はこなせない。せいぜいクエをこなしたり、武器の熟練度を上げたりがいい所である。

 今夜もそんな感じで、従順なお供役をこなしつつ。台所から戻って来たサミィに、膝の上を占領されて。本当に兄妹みたいな時間を過ごしていると。

 ハンスパパが、何とミスケさんとジョーさんを伴って戻って来た。


「ようっ、久し振りだね。ハンスに、坊もいるからって食事に誘われたんだけど……明日は女の子と海に行くって? いいねっ、青春してるねっ!」

「家族サービスも満足に出来ない、ダメ親父の冷やかしなんて無視していいからな、凜君。お土産買って来たよ、譲ちゃん達……後で食べようか?」


 爽やかにジョーさんにダメ親父呼ばわりされて、傷付いた様子のミスケさん。ついでに最近忙しいハンスさんも、隣で少なからず傷付いた様子だったり。

 ジョーさんは『ダンディズヘブン』の古くからのメンバーで、僕も既に顔見知りである。ミスケさんと同じ職場らしいのだが、こっちは随分気ままな性格のようで。

 お蔭で家族サービスも、趣味じゃないかって程こなしているみたい。今年も既に、家族で海や山に何度か行っているそうだ。こんな子供達へのプレゼント攻撃も、慣れた風なのが憎らしい。

 良きパパさんなのだが、実はゲームの腕は今一つだったり。


 まぁ、本人はあんまり気にしてないし、ゲームなんてそれこそ趣味の範疇なのだし。ジョーさんも、息子さんと一緒に楽しむ感じでプレーしているらしいので。

 それはそれで良いと思う、そもそも『ダンディ』のギルド風潮がそんな感じだし。甘いと言うか緩いと言うか、みんなで楽しむアットホームなギルドなのだ。

 ただし、この限定イベント前の集会は、ちょっと気になる所。


「お帰りなさい、海にはメルとサミィも行くんだし、冷やかしなんか気にしてませんよ。それより、今夜はギルドのメンバーが揃って悪巧みですか?」

「人聞きの悪い事を……まぁ、ちょっと色々とね? ほら、対人戦における父親の威厳とか、分かるだろう?」


 分かりゃしないけど、なるほどそうなのか。ケーキ箱を覗き込んで、どの種類を食べるか論争を始めている姉妹を宥めつつ。僕は父親って大変だなと、ちょっとだけ同情したりして。

 それを言えば、今まで子守りをしていた僕だって大変だったし。今もメルの我が儘を上手にあしらいながら、何故か机を占領しているサミィのカバンを少女に渡して。

 ちゃんと片付けておこうねと、お兄さんぶって言い聞かせてみたり。


 

 食事は滞りなく終わり、僕らはハンスさんの書斎へと場所を移していた。明日は朝からお出掛け予定の僕は、早い所家に戻りたかったのだけれども。

 父親の権威を保つ会に、参謀役としてがっちりと捕えられてしまっていて。子供達は、母親とお風呂に入っていて、この会合を邪魔する陣営はいない。

 いや、そんな大層な話し合いじゃないと思うけど。


「そもそも対人戦なんて、この街の住民限定のネットゲーム事情じゃ、そんなに流行らないと思ったんだけどねぇ……実際、10年選手キャラの不参加で、先月までは停滞気味って話を聞いたばかりなのに」

「盛り上がりに欠けてたのかって聞かれたら、参加者に関して言えばそんな事もありませんでしたけど。確かに老舗のカンストキャラが参加しない中、ランク付けなんて茶番だって声も多かったですね」

「そりゃそうだろう、それはみんなが思ってた事だ……んで、風向きが変わったのはどの辺からなのかな、凜君?」


 ハンスさんの言葉に、僕は限定イベント延期からの対人戦の急遽開催の説明を始める。『ダンディ』のメンバーで、この限定イベントに参加した者は殆どいなかったそう。

 そもそもギルドの風潮が、対人戦と言うシビアなコンテンツに適していないってのもある訳で。僕はあれこれ情報をまとめながら、簡潔に自身で見て来た流れを口にする。

 学生間の紳士同盟と、対人戦の受け入れられ方。伝説のギルドの復帰の噂と、老舗のギルドの急な盛り上がり。その中心にいた『アミーゴ』や闘技場のランク上位者。

 要するに、プレーヤーは“英雄”を望んでいた感が垣間見える事。


 騒動の近くにいた僕には、それが良く分かったのも確かである。対人戦と言う、確かに今のネットゲームの主流ではあるが、ファンスカでは微妙な新コンテンツ。

 それが急な展開で持って、プレーヤー達に受け入れられつつあるのは。何も水面下での運営サイドの画策が、功を奏したって訳でもないだろう。

 どちらかと言えば、もっと外部の要因が介在していると僕は思う。


 それが伝説のギルド『蒼空ブンブン丸』の復活に起因しているのは、もはや疑いようも無い事実。大型コンテンツの導入より、個人プレーヤーの復帰の方が起爆剤として機能するとは。

 何とも皮肉な結果と言うか、それがネットゲームの一つの在り様なのかも知れないが。とにかくイベントの参加予定者は、下調べとか前準備とかに熱を入れているのは間違いない。

 そう口にすると、お父さん連中も大きく頷いた。


「そうそう、それなんだよ。私達は何も、ゲームのプレーヤーの全員に勝とうとか、英雄視されようなんて思っても無いからね。ただ、自分の子供には頼れる所を見せたいじゃないか!」

「具体的に、他の連中はどんな準備をしてるんだい、凜君?」

「大きいギルドなら、チーム分けですかね。今回はチーム戦だから、攻めと守り要員の配分とか、力のあるキャラでまとめて強いチームを作っちゃうとか。個人での準備だと、精霊石買って回復要員にしちゃうとか、防具とかスキルの洗い直しとか」


 動画観て勉強するのも、実戦を経験してない人には良いかもですと僕の注釈に。おじさん同盟は熱心に聞き入って、頑張る態度は物凄いモノがあるかも。

 なるほど、子供にとっての最大の英雄像は、やっぱり父親であるべきなのだ。それを示すのが父親の役目でもあり、裏ではこんなに努力するのも当然みたいで。

 それならこちらも出し惜しみせず、戦術指導を振舞おうじゃないか。


 呼び鈴をポケットに仕込むのも、数的有利に持ち込めますよと腹黒い策略には。それは子供には卑怯に見えるんじゃないかなと、反論が巻き起こったのだけれど。

 そんなの戦隊モノのテレビじゃあ、日常茶飯事ですよと論破する僕。ちょっと強引かも知れないが、実際この手を使って来るプレーヤーは、今回少なくない気がするのも事実。

 他にも色々、キャラ別の戦術など。


 それからもちろん、基本的な行動理念と言うかやってはいけない事。老舗の強いギルドとの対戦は、なるべく避けるように。そう言うギルドは、前回のイベントで上位に入ったキャラをエースに立てて、打倒英雄を謳っているそうだ。

 そんなチームと、バカ正直に正面からぶつかる必要は無い。


 ギルドの運営などやっていると、自然と仲の良い所とか、逆に悪かったりライバル的な所とか出て来るものだ。そんな輩同士の、感情的な潰し合いに巻き込まれる事は無い。

 実際、僕にもそんな感じで目を付けられているギルドが幾つかあるんだけどね。そう言えば、ついこの間も地元での旧友の再会から、そんな軋轢を抱え込んでしまったような。

 僕はさり気なく、ここと隣町って仲はどうなのか探りを入れる。


「隣町って、凜君の地元の辰南町の事かい? う~ん、ケーブルの普及とかエスカレーター式の学校への児童受け入れとか、大井蒼空町がアドバンテージを取っている事象が多々あるからねぇ。後は、向こうはベットタウンでこの街は雇用都市?」

「確かにそうだねぇ……ランクと言うか上下関係がはっきり付いちゃって、向こうが拗ねている状態かなぁ? ってか、何かあったか言われたかしたのかい、凜君?」


 僕は簡単に、この前の地元での邂逅を説明する。小学校時代の友達と、その頃の野球の監督との軋轢。ゲームの中にまで忍び込んで、こちらの行動を制限するなんて。

 確かに向こうは、後進の不利があるのかも知れない。だからと言って、それをひがんで先進のプレーヤーを妬むのは、僕には違う気がするのだけれど。

 そんな事を考えて沈んでいたら、ミスケさんの呆れたような一言。


「おやおや、この前生徒会の事で悩んでいたと思ったら、今度は街同士の軋轢について思い煩ってるのかい? 坊は本当に難儀な性格だねぇ」





 誰の願いが叶ったのか、その日は物凄い快晴に見舞われた。多分、純真無垢なサミィ辺りのお手柄だったのだろう。午前中から行楽海日和、じわじわと気温は上がる一方で。

 神田さんと隼人さんが、車で迎えに来てくれるそうなので。僕は家の前のバス停近くで、荷物を抱えて待っていた。実際、目的地や道順は隼人さんに丸投げしている。

 だから僕は、詳しい話はほとんど知らない。


 何せ、こちらは週末のお泊り会の手配で手一杯だったしね。加えて言えば、今から行くのは行楽なのだ。行く前から気疲れなどしたくないってのが、僕の本音だったりする。

 それでも、メルとサミィの世話だけはしっかりしなくちゃ。彼女達も、今日の海水浴をとっても楽しみにしていたし。ただし、子守りの他の子供達にはナイショにしていたのは、まぁ仕方の無い事だと思っている。


 お泊り会みたいな行事とは、話は全く別になって来るしね。野菜の収穫には、日射病程度しか危険は無いと思うのだけれど。海水浴だと、素人の監視だけではとても責任を負い切れない。

 そんな訳で、行きたい攻撃を受けないようにと、姉妹には今日の事を秘密にしておくように言い聞かせていたのだが。幸いな事に、秘密は保たれた様子で。

 少しだけ心苦しく思うが、他のメンバーにもお世話を掛けたくは無しい。


 そんな事を考えていると、自動車が二台こちらに徐行して来た。一台は見知った隼人さんのクリーム色のワゴン車で、もう一台は大型の茶色のバンである。

 隼人さんのワゴン車には、運転席の隼人さんは別にして、他には恵さんと真理香さんの年頃の女性が2人乗っていた。その後ろの茶色いバンからは、元気よく飛び降りる姉妹の影が。

 メルとサミィが、名前を呼びながら僕の方に駆け寄って来る。


「おはよう、2人共。大丈夫、車に酔ってない?」

「大丈夫だよ、サミィも平気みたいだし。一応薬も、ママに貰ってある」

「ママも来れば良かったのにね? サミィと一緒に、いっぱい遊べたのに」


 小百合さんも一応誘ってみたのだが、今回は若い人ばかりと言う事で遠慮してしまったみたいだ。車のスペース的に言えば、まだ空きがあったのだが。

 それぞれの車から、挨拶しながら今日の行楽メンバーが降りて来る。茶色のバンは神田さんの運転で、助手席には稲沢先生が。それから沙耶ちゃんと優実ちゃんが、後ろの席から元気に降りて来た。

 これで僕を入れて、総勢10名のメンバーである。


 隼人さんの挨拶と、途中1度サービスエリアに寄るねとの連絡事項。それ以外に停車する際には、真理香さんの携帯に連絡を入れて欲しいとの事で。

 僕が分かりましたと言う前に、恵さんの訂正が割って入った。凜君はこっちに乗るからと、腕を掴まれて連行される僕。確かに隼人さんの車も、限界定員まで空きがある。

 戸惑っている僕の反対の腕が、しかし後ろからガッチリ掴まれて。


「凜君、もちろん神田さんの車に乗るわよね? だってクラスメイトだし、同じギルド員だもんね」

「凜之介とは、来週のテニス会の実施について話し合わないといけないから。それから、ゲーム内でこの前あげたプレゼントのお礼、まだしっかりと聞いてない」


 沙耶ちゃんの顔には笑みが広がっていたが、実際は裏切ったら酷いわよ的なオーラが全身から浮き出ていて。逆にいつものポーカーフェイスの恵さん、僕を掴む腕に軋むほど力が加えられて行く。

 凜君はモテるねぇと、呑気な顔をして隼人さん。


 何かの余興だと思ったのか、そこにメルまで参加して来て。リンリンは僕と一緒に乗るんだよと、僕の足にしがみついて駄々っ子の真似事。こんな小さな子までと、真理香さんの感心した声音が僕を追い詰める。

 だが逆に、これは助け舟でもある。僕はメルとサミィが心配だからと、2人の手を取って神田さんのバンに避難する素振り。7人乗りのそれは、どうやら社用車らしく。

 車の横には花屋さんの名前、中はしっかり植物の匂いが。


「おはよっ、凜君。大丈夫、朝から気疲れした顔しちゃってぇ」

「おはようございます、先生と神田さん。これくらい平気ですよ……途中サービスエリアで休憩するのは聞いてますか?」

「ああ、聞いてるから大丈夫だよ、おはよう凜君。運転は任せて、気楽にしててね」


 大人の対応の神田さん、その顔は爽やかで本当に楽しそう。若返ってるような気もするくらいで、隣の稲沢先生も見習えばいいのにって思う。

 ただし、神田さんの有頂天振りが、その先生に起因するのかもと思ってしまうと。何となく男性陣ばかりが振り回されている気がして、情けなく感じるのも当然かも。

 とにかく後から沙耶ちゃん達も乗り込んで、バンは満杯に。


 僕は姉妹と一番後ろの席に、真ん中が沙耶ちゃんと優実ちゃんのペアとなっている。目的地は神田さんも知っている様子だが、取り敢えずは隼人さんの車を追いかけるらしい。

 姉妹はやっぱり上機嫌で、元気が良い内は車酔いはしないだろうと僕も安心して。沙耶ちゃんも機嫌は直っているらしく、メルの話に乗っかって会話に途切れは無い。

 車内は一気にお祭り騒ぎ、ハイテンションで進んで行く。


「そっかぁ、確かにウチの学校のプールなんて、小中高で共有の1個だけだもんねぇ。水泳の授業も数えるほどだし、2人が泳げなくても仕方ないよねぇ」

「今年も全然泳いでないや、一応学校のプールはお昼から開いてるんだけど。中学生も泳ぎに来るから、小学生は隅に追いやられちゃうんだよねぇ……だから面白くなくって」

「それは酷いっ、それでなくても街中に泳ぐ所少ないってのに! あぁ、でも私も泳げないやぁ、メルちゃんやサミィちゃんと一緒だ」


 サミィに関しては、海自体が初めてっぽいのだが。水族館には行った事あるよと、必死に以前の記憶を思い出そうとしていたり。メルは確かにあるねぇと、去年の旅行を思い出し。

 あの時は、海は見ただけで素通りだったっけと、妙な助け舟は遭難船の如く進む場所不明。サミィにしても同じく、お魚はみんなで一緒に泳ぐんだよと妙な知識を披露する。

 そうだよねぇと、優実ちゃんの優しい相づち。


 まぁ、大井蒼空町の水泳授業に関しては、上記の通りで全く熱は入れていないのは分かって貰えたと思う。その分体育の授業は、夏なのに球技やら何やらやらされて大変なのだが。海に近くない地形なので、それも仕方の無い事か。

 それでも、この小中高一貫の育成環境は、ある意味洗練されている事も確かだ。例えば小学生の年代に、水泳で県大会に出るような学生が出現したとする。

 僕の時にもあった事だが、そんな才能を見つけた学校は、設備の充実を躊躇いなく行う。まさかプールが新たに建設される事は無いかもだが、少なくとも専門の指導者は付くだろう。

 そういう所では、信頼できる教育理念かも。僕は高校に上がって、テニスは止めてしまったのだが。何か言われるかと覚悟してたけど、成績も良かったせいか何も言われず終いだった。

 ただそのせいで、教員連中に目を付けられていたのかも知れないが。


 そんな泳げません連合でも、やっぱり海水浴のイベントは楽しみみたい。子供は当然だが、稲沢先生と神田さんの浮かれ振りも相当なモノ。週一の休暇を、目いっぱい楽しむつもりのようだ。

 それは多分、こちらの都合に合わせて有給まで取ってくれた隼人さんにしても同じなのだろう。向こうの車内がどんな雰囲気かは分からないが、盛り上がっている事を期待する。

 だって、せっかくのバカンスなんだものね。


 2台の車は順調に距離を稼いでくれて、社内の喧噪も相当なモノ。昨日、小百合さんに子供達が車に酔っちゃうかもと、不安を告げられていたのだけれど。

 全然平気なようで、ママの心配は杞憂で終わりそう。僕も一安心で、大盛り上がりの会話に加わっている。まぁ、これだけ話し込んでいれば、具合が悪くなっている暇など無いだろう。

 今は、サミィの目撃情報を神田さんから聞いている所。


「サミィちゃん、あれからたまに僕のお店に来てくれるんだよ。将来、お花屋さんになるんだって、お花の名前覚えたり勉強してるの」

「言ったら駄目っ、ナイショなんだからっ」


 駄目だったらしい、サミィの夢はお花屋さんだったのか。多分、つい最近の出来事で形づいた夢なのだろう。それにしても、神田さんの花屋さんに内緒で遊びに行っていたとは。

 僕は、それならパパとママには内緒にしておくねと、少女の機嫌を取っておいて。それから以前に携帯で撮った、サミィの花冠の写真を車内に披露する。

 それを見た皆は、とにかく絶賛の嵐。


 照れるサミィだが、お姉ちゃんに褒められると満更でもない様子。普段あんまり、メルから褒められる事が無いからだろう。少女なりに敏感に、大人の褒め言葉は大抵が過剰な反応だと気付いているのかも知れない。

 子供のそういう機敏さは、馬鹿にならない能力なのだ。


 そうこうしている間に、最初の休憩がやって来た。サービスエリアは程々に混んでいて、アスファルトは物凄く日に焼けている。トイレに行くと言う優実ちゃんに姉妹を任せて、僕は熱された外の空気を味わう事に。

 運転手役の神田さんと隼人さんに、今の所疲れの色は見えない。まぁ、疲れていても僕に交替は無理だけど。空には大きな入道雲、もうすぐ進むと海が見えて来ると隼人さんの言葉。

 気のせいか、空気に少し潮騒の匂いが。


 意外な事に、僕は思いの外この行楽を楽しみにしていたみたいだ。五感への刺激に、叫び出したいほどのワクワク感が湧き出て来る。思えば僕も、家族旅行なんてした事は無いし。

 自動車は再び、高速を海へと走り始めた。それから暫くして、インターを降りて一般道へ。稲沢先生が、カーナビを見ながら、海は近いよと車内に通達して。

 幼い姉妹どころか、僕らもテンションは急上昇。


 煌めく海岸線を見た時の感動は、何とも形容しがたい物だった。その上に陣取る入道雲は、まるでそこに住まう者でもいるかのような圧倒的な質量を持っていて。

 別世界を覗き込んでいるような既視感を、僕にもたらして不思議な思いに捉われる。そう、それはファンスカの世界を、モニター越しに覗くような感覚に近いのかも。

 姉妹共々、同じ窓から飽きる事無くその景色を眺める僕ら。


「そろそろ着くかな、駐車場が遠かったら、先にみんなと荷物を降ろしちゃおうか」

「そうね、子供もいるし……大きい荷物は、凜君に運んで貰えばいいもんね」


 夫婦みたいだねぇと、神田さんと稲沢先生の遣り取りを聞いた優実ちゃんの一言。2人共真っ赤になったが、強い否定の言葉は返って来ない。ひょっとして脈ありなのかなと、ぼんやりと上の空で考える僕。

 本当に海が近い、僕の傍らの姉妹もその吸引力には魅了されっぱなしの様子。


 幸いな事に、駐車場は海岸のすぐ近くだったみたいで。僕らは揃って車を降りて、ウズウズしながら各自荷物を手にしつつ。波の音が大きな方へ、沙耶ちゃんとメルを先頭に進んで行く。

 海岸は、当然だが海水浴客で賑っていた。人気のスポットらしく、平日だが家族連れも割と見掛ける。それより多いのは、夏休み中のやはり若い連中だろうか。

 お昼にはまだ1時間以上あるし、僕らも早速泳ごうかと言う事になって。そう切り出したのは、海岸で佇んでいた僕らの集団に追い付いて来た隼人さん。

 荷物が多くて、海岸に降りるのが遅れていたのだ。


 手伝えば良かったと後悔しつつ、僕はサミィの面倒を優実ちゃんに頼んで。隼人さんの抱える荷物を半分受け持って、更衣室があると言う建物に並んで歩いて行く。

 日帰り客目当てのその施設は、お世辞にも立派とは言えない外見だけれども。当面の目的には耐えられるようで、僕らは有り難く利用させて貰う事に。

 着替え終わった僕らは、まずはベースの確保に勤しむ。


「はいっ、ここが私たちのベース基地ね。分かったかな、チビッ子たち? ええっと、貴重品もあるから……男衆で、ローテで荷物番してくれるかな?」

「それじゃあ、最初は僕がしましょうか。若い人は、遊びたいでしょうし」

「済みません、神田さん。1時間で交代しますから」


 真理香さんの言葉に、神田さんが1番バッターを申し出て。僕の申し訳なさそうな返事に、笑って手を振る神田さん。さすがに大人の対応だ、対する子供連中はすぐにでも海に突入するんじゃないかって言う興奮振り。

 いや、僕もなんだけどね。


 サミィも少し怖がっている風だが、目はしっかりと寄せては返す波間を見据えている。隼人さんの号令で、それぞれ関節を慣らす僕ら。簡単に各自、体操で身体をほぐして。

 さあ行こうと、沙耶ちゃんの突撃命令に。メルがはしゃいだ声を上げて、それに追従する。サミィはそんなお姉ちゃんの真似は見習わず、僕の手を取っておっかなびっくり。

 隣の優実ちゃんと、浮き輪があれば大丈夫と変な合言葉を呟いている。


 実際、サミィを落ち着かせるのは一苦労だった。挙句の果ては、僕が抱え上げて海水に入って行く破目に。この海岸は、遠浅で綺麗な景観が売りであるらしい。

 それを見遣りながらも、足の先だけでチャプチャプやっている。


 マイペースなのは、優実ちゃんも一緒。浮き輪を完全装備して、寄せては返す波に揺られている。とは言え完全に足が付く浅瀬、顔にはまだ余裕の表情が。

 それを見ている内に、サミィもようやく決心がついた様子。


「優実ちゃん、浮き輪ちょうだい。リン、ちゃんと掴んでてね、離したらダメ」

「離さないから大丈夫、偉いぞサミィ、頑張れ」


 そこからもさらに四苦八苦、サミィを浮き輪に入れて水面に浮かせる作業。すぐ近くでは、頑張ってと明るい声で沙耶ちゃんとメルの水を掻き分ける音が。

 見れば、メルの犬掻きレッスン中らしい。


 僕らの苦労が実を結んだのは、それからさらに数分後。ほぼ無表情に浮かぶサミィに、完全無表情の恵さんが接近して来る。こちらも浮き輪使用で、多分足は付く深さだが。

 ひょっとして、届いていないのかも。いやいや、メルだってこの深さなら届いてる筈だし。それにしても、サミィの硬直した表情はどうにかならないものか。

 まぁ、サミィの足は完全に浮いている状態だもんね。


「お待たせっ、サミィちゃん。ゴムボート持って来たよ、怖かったらこっちにしようか?」

「あっ、先生がいいもの持って来たっ♪ 私も乗れるかなっ?」


 子供の一人用だから、ちょっと危ないかもと稲沢先生。新調した水着は、なかなかにセクシーで人目を惹きそうではある。今は幼児の相手で、満足している風だけど。

 結局サミィは、文字通り先生の助け舟に乗っかる事に。今日は楽しむために来た訳で、泳げるようになる為ではない。否は無い僕は、少女の乗ったゴムボートを引いて回る事に。

 先生は見事な潜水を見せて、少女に色々な献上品を差し出す役目。


 隼人さんと真理香さんは、子供のお遊戯のような水浴びでは物足りなかったのだろう。かなり沖まで泳いでいて、傍目には仲の良いカップルのようだけど。

 実際のところどうなのかなと、これは優実ちゃんの質問に。金魚のフンのように、サミィのゴムボートにくっ付いていた恵さんが、他の誰よりは脈はあるのかもと返事を返す。

 逆にこれがご破算になると、隼人はいよいよ危ういぞと不吉なセリフ。


 何が危ういのと、不思議そうなサミィの質問。少女のボートの縁には、ヒトデやらナマコやら陶器の欠片やらが、商品のように並べられている。秘密と言いつつ恵さん、これ幾らと少女とおままごとを始める始末。

 それにしても凄いハンター振りだな、先生ってば。


「これはぁ……貝殻3枚?」

「うぬっ、新鮮なウニがそんな低価格とはっ……しかし、残念な事に手持ちが無い。凜之介、代わりに取って来て」

「了解……優実ちゃん、ひっくり返らないように見ててね。サミィ、貝殻ってどんな大きさ?」


 サミィは可愛く、この位かなぁと両手で大きさを表示するのだが。子供の顔程度の大きさの貝殻など、果たしてこの近海に生息しているのだろうか。

 頑張れと励ます恵さんは、手伝う素振りは毛ほども見せず。


 しばらく僕は、先生と競うように潜水からの宝探しを満喫していた。サミィを任された優実ちゃんは、あれで結構世話焼きさんの上目端も利く。サミィが夏の日差しにやられないよう、水を掛けたり帽子を被らせたり。

 大人用の麦わら帽子だが、不思議とサミィには良く似合っていた。


 最初の海水浴が終わった一行は、自陣の基地に戻って一休み。メルは犬掻きと平泳ぎは、もう完璧かもと誇らしげ。教えていた沙耶ちゃんも、生徒の成長に感無量と言った表情。

 ようやく隼人さん組も戻って来て、場は一気に賑やかに。海の家に行ってお昼にしようと、騒がしい中方針は決まったものの。


 僕は荷物番があるからと、何か買って来てと補給物資を依頼するしかない。オッケーと気楽な沙耶ちゃんの返事、集団は間をおかずに大移動の運びに。

 残された僕は、ちょっと寂しく孤独に遠くを眺め。


 波間に漂う人影も、今の時間は数える位だ。焼けた白い砂の上を、漂う塩辛い海風。潮騒の規則正しいリズム、不思議とそれは人間の鼓動に似ている気がして。

 感傷に浸っていると、すぐ側にすらりとした女性の素足が。


「びっくりしたよね、売店のジュースってば物っ凄く高いの! 家から持って来て良かったよ、食べ物もあるからみんなで食べようか!」

「一応焼きそばと、たこ焼きは買って来たよ? 私もお昼持って来たから、用意するね?」

「あっ、有り難う、お金払うね。それよりどうしよう、食べる場所作ろうか」


 僕はなるべく彼女達の素足は見ないように、昼食場所を作りに掛かる。煩悩対策を掲げての、言ってみれば忙しい振り。沙耶ちゃんがそれを手伝おうと、僕の前でしゃがみ込む。

 だからそれは不味いってと、内心叫びそうになりながら。視線を彼女の水着の谷間から無理やり逸らし、一緒に戻って来たメル姉妹に座る場所を勧める。

 何と言うか、レジャーシートの面積はそんなに広くは無いけれど。


 何とか皆で場所を作って、このシートとパラソルの持ち主の不在にやっと気付く僕。恵さんに訊いてみたら、食堂が混んでたから何とか2ペア押し込んで戻って来たらしい。

 つまりは、隼人さんと真理香さん、それから神田さんと稲沢先生ペアって事か。


 大丈夫かなと心配しつつも、まぁ後は本人達の問題かと脳内の葛藤はすぐに終焉。それよりこっちが問題だ、机になる物ないかなと僕は再び恵さんに相談する。

 何しろ、隼人さんの持って来たレジャー用品だ。勝手に荒らすのも気が引ける。お構いなしの恵さんが、これなど如何と折り畳みの簡易デスクを取り出してくれた。

 あんまり大きくないけど、この際贅沢は言ってられない。僕はそれを組み立てて、昼食パーティの準備に掛かる。


 夏日に用意されたお弁当だけあって、皆が用意したのは簡素なモノばかり。それでも一斉に机に並べられて行くと、華やかな見栄えの良さは食欲をそそって来る。

 お寿司があると、嬉しそうなサミィの声。巻き寿司といなり寿司の並べられたタッバーは、優実ちゃんの持って来たモノ。お母さん有り難うと、食いしん坊娘の感謝の言葉。

 実際、その中身の減って行くスピードの、物凄い速い事!


「ああっ、もう無くなっちゃった。リンリン、ママのおにぎりも食べてよ!」

「有り難う、メル。あはは、メルの肌もう真っ赤になってるよ?」

「あっ、本当だ! サミィちゃんはまだ大丈夫かな? 日焼け止め塗っておこうか、痛くって夜に寝れなくなっちゃうよ!」


 夏休みに遊び回っているメルだが、そんなに日に焼けていた印象は無かったのだけど。さすがに今日は、そんな訳にも行かない様子で。色白ハーフな肌が、真っ赤になっている。

 油断したと、無念そうな沙耶ちゃんの呟き声。何しろ午前中は、メルに付きっきりだったのは彼女。ずっと水に浸かっていたのにと、真っ赤になったメルの肌を見遣りつつ。

 僕は日焼けしにくい体質だから大丈夫と、メルの反論だが。


「ダメダメ、午後は海岸線とか散歩する予定なんだからっ! ちゃんと日焼け止め塗っておきなさいよ、メル!」

「う~ん、仕方ないなぁ……じゃあ、リンリン後で塗って♪」


 駄目ですとか10年早いとの指摘が、周囲から一斉に湧き起こった。ビックリしたのは、メルばかりか僕も同じ。沙耶ちゃんが据わった目つきで、男の人に気安く肌を許さない事と、メルに何やらレクチャーしている。

 その向かいで、しきりに頷いている恵さん。


 どことなく物騒なお昼休みが終わると、2組のペアが拠点に戻って来た。荷物番を交代して貰えそうな僕は、予定通りみんなとお散歩に出掛ける事に。

 近くに割と古風な街並みがあるらしく、お土産屋さんとか色々軒を連ねているらしい。もう泳がないなら、拠点の荷物は車に戻そうかと神田さんの提案に。

 午後はいっその事、泳ぐ組と泳がない組に分かれる事に。


 そうと決まれば、さっさと水着から普段着に着替えて集合する面々。隼人さんと真理香さんは、もう少し泳ぐ心積もりらしい。逆に言えば、残りは散歩組な訳だ。

 観光地と言う感じでもないが、風流で魅力的な街並みがこの海岸近辺の売りらしい。夏場は稼ぎ時だと、そういう意味では大通りの力の入れようも分かる気が。

 道行く人の波も、それに煽られてか楽しそうな。


「潮風の吹く古い街並みかぁ、ちょっとロマンチックだねぇ?」

「結構、お土産屋さんとか多いよねぇ……どっか入ってみようか?」

「そうだね、お弁当のお礼に何か買って帰ろうか!」


 賑やかな一行は、そのままの勢いでお土産屋さんの一角を占領。誰に何を買おうかと、相談しながら品揃えを眺めて回る。並んでいるのは土地の名産品だったり小物だったり、ある棚には何故かアニメのフィギュアが置かれてあったり。

 実用的な物を買いなさいよと、優実ちゃんの暴走を諭す沙耶ちゃんの言葉。メル姉妹はママへのお土産を、お金を出し合って買おうとしている様子。

 買う物決まったのと、僕はしゃがみ込んでお伺いを立てる。


 さっきから2人で何か覗き込んでるなと思ってたら、それは万華鏡だった。リンも見てと、サミィの得意気な表情。覗いた先には、綺麗な華の様な紋様が。

 メルが悪戯をして、ちょんちょんと筒を突いて来る。その度に微妙に変化する、神秘的な筒の中の花模様。何故か僕には、それが楽器の奏でる音階に視えた。

 高く低く、その時の気分で音を奏でる弦楽器のような。


「綺麗だね、これに決めたの? 僕もお世話になってるし、一緒にお金出してもいいかな?」

「ママへのお土産だもんね。リンリンは僕のお兄ちゃんだから、出してもいいよ!」


 メルから嬉しい言葉を貰って、僕も何だか上機嫌。ついでに一緒に写真を撮って貰って、観光気分も満喫出来たし。神田さんは、写真が趣味の一つなんだそうだ。

 それぞれようやく買う品物が決まって、お店を後にする事に。僕も一応、日持ちしそうな箱入りのお菓子を買った。父さん用だが、きっと大半は僕が食べるだろう。

 まぁ、家庭の事情なんてそれぞれだからね。


 僕らは引き続き通りをぶらぶら、甘味処やらアイスクリーム店やらの誘惑を撥ね返しつつ、後で絶対寄ろうねを合言葉に。お昼ご飯から、まだそんなに時間は経っていないし。

 地元の神社にお参りしたり、そこの後利益が恋愛成就だったり。変な空気は、もちろん大人連中を中心に湧き上ったけど。メル姉妹は呑気なモノ、お御籤などを引いている。

 メルは末吉だったが、奇跡の子サミィは大吉。さすがと言うしかない。


 大通りの最後、海に一番近い場所の建物は、思いっ切り皆の興味を引いた。娯楽温泉施設だそうで、檜風呂とかサウナとか、色んなお風呂が楽しめるそうだ。

 子供連れなので、さすがに雰囲気の悪い構えだったら遠慮していただろうけど。衛生面とか雰囲気とか、女性陣の見立てには合格を貰ったっぽい。

 少々お高いが、皆で入ってみようかと言う事になって。


 メル姉妹の分は出してあげるよと、太っ腹な稲沢先生の言葉に。すんなり決定の運びに、何となく巻き込まれる男性陣。ってか、♂は僕と神田さんしかいないけど。

 確かにさっき簡単にシャワーは浴びたけど。どこか塩辛い身体のまま、人様の車に乗って帰るのも考え物。大人しく流れに乗って、僕らも入場料を払って中に入る。

 建物内も、かなりお洒落で色々と期待が持てそう。


 広いフロアには、マッサージ器とか卓球台なんかも置いてあって。個室も見えたので、マッサージ室になっているのかも。観葉植物もあちこちにあって、いかにも寛いで下さいと言う雰囲気を醸し出している。

 ここからは別行動だからねと、変な顔で笑う沙耶ちゃん。そりゃそうだと、その隣で小声で呟く恵さん。一応姉妹をよろしくと、言わずもがなのお願いを告げて。

 気分も晴れ晴れ、さてと癒されに行こうか。


 広い浴槽なんて、凄く贅沢だなぁと感心しつつ。何しろ僕は、自分でも持て余すくらいの身体の大きさの持ち主だ。家の浴槽も、かなり不便に感じるほどで。

 体と頭を洗った後、しばらく素っ裸でうろうろしていたけど。結局は岩造りの大浴槽に入る事に。思いっ切り手足を伸ばして、肺の空気を吐き出して目を閉じる。

 神田さんも、迷った挙句僕と同じ浴槽に入ったようだ。


 僕と神田さんは、ゲームの中以外では接点が無いように思われるけど。実際は、自転車での帰り道に、たまにお店から声を掛けられたりする事があるのだ。

 大抵は急いでないので、ちょっと立ち寄ってお茶したり世間話をしたり。僕も実は、あの花と緑で囲まれた空間は好きなのだ。サミィが将来花屋さんを開いたら、雇って貰おうかなと思うほど。

 そんな感じで僕との友好は深まってるけど、先生との仲はいまひとつの様子。


 会話の話題は、今日の別行動での出来事とか色々。稲沢先生との仲は、僕も一応は応援しているのだけれど。なかなか思ったようには進展せず、それが悩みの種の神田さん。

 湯船の中で、思わず本音の一言が。


「ガ、ガードか硬くって……」

「盾役ですもんねぇ、先生……」


 別に茶化している訳では無いが、他にどんな慰めの言葉があるって言うのか分からないので。夏休みが始まった時の、師匠の家での出産事件のあらましは、とっくに伝えてあるのだけど。

 先生の心中の葛藤、こればかりは如何ともし難く。


 長湯にも限界と言うのはあるし、そもそもそんなに湯船に浸かっていたいタイプでもないので。さっぱりしてフロアに出てみると、サミィと優実ちゃんがホコホコしながら遊んでいた。

 遊んでいると言うより、窓からの景色を眺めていたようだ。僕も参加して、遠くまで見渡せる海の景色を満喫する。キラキラと光る波間は、何か切ないメッセージのよう。

 小さな僕らを、励まして来るようなシグナル。


 サミィが余りに熱心に眺めているので、つい物思いに耽ってしまったけれど。賑やかな女性陣もお風呂から上がって来て、場は途端に賑やかになってしまった。

 フルーツ牛乳を飲もうかとか、いや今からアイスクリーム屋さんに行こうとか、食べ物の話で盛り上がっているけど。結局は両方ちょっとずつに決まったらしい。

 初めて飲んだと、嬉しそうなサミィの高評価。


 夕方過ぎまで、そんな感じで僕らは通りをうろうろしていたのだけど。恵さんが携帯で、そろそろ帰ろうかとの隼人さんの伝言を受け取って。今日はよく遊んだねと、先生の一言で締め。

 神田さんも、たくさん写真を取れて満足な様子。逆に遊び疲れたのか、メルとサミィは電池切れ寸前な感じ。泳いだし歩き回ったし、まぁ当然の結果だろう。

 駐車場に向かいながら、程々の倦怠感に酔う集団の図式。


 小さな騒動が起こったのは、何故か帰りの用意が全て終わってからの事。帰りはこっちに乗りなさいよと、恵さんの我が儘な一言に。まぁ、隼人さんの車はカップルっぽい雰囲気が漂っていて、それに便乗するのはお邪魔感が凄いとは思うけど。

 それは僕もご免被るが、恵さん一人と言うのも可哀想と思ったのか。


 仕方ないわねぇと、何故か情にほだされた沙耶ちゃんの一言で。呆気無く身売りされてしまった、決定権を持たない僕。恵さんに腕を掴まれ、ズルズルと引き摺られる。

 熱された車内の空気は、しばらく我慢するとして。今日は楽しめたかなと、ホスト役の隼人さんの言葉に。海も買い物もお風呂も楽しかったと、無味無臭の薫さんの返事。

 お風呂に寄ったのと、真理香さんが振り返って訊いて来る。


 弾む会話とはお世辞にも言えないが、それは大部分恵さんの声のトーンのせい。どこに廻ったとか何をしたとか、淡々と報告などしている。仲は悪くないのだろう、ってかアミーゴのメンバーは全員仲良しみたいだけど。

 不思議な連帯感を感じるギルドだ、厳しい規則など無さそうなのに。類が友を呼んで出来上がったチームカラーなのだろうか。ウチも仲は良いけど、それは自己主張の強い人が極端に少ないからってのが大きい気が。

 隼人さんのギルドなんて、強烈な個性が多いってのに。


 全員が、ちゃんと1つの方向を向いているのが良いのかも知れない。僕らにしてもそうだ、大きな目標や正しい活力は、些細な不満や怠惰な怠け癖を払拭してくれるのかも。

 お陰様で、充実した日々を送らせて貰っている。たかがゲームと言うなかれ、何しろ街ぐるみで話題になっているカテゴリーなのだ。今盛り上がってる話題は、もちろん次の限定イベント。

 そう言えば、アミーゴはどんな組み合わせでチーム編成するのだろう?


「あの……アミーゴって、どんなチーム編成するんです? 僕らは学生組で、1チームだけの参加予定なんですけど」

「ああ、もう明日なんだねぇ……僕らも、社会人組と学生組でチーム編成する予定だよ。イン時間の関係もあるし、ほとんどメンバー任せの編成だけどね」

「私は真理香と、もう1人学生誘ってチーム組んだよ。今回は団体戦だし、そんなに入れ込むつもりは無いけど。でも、出るからには入賞狙うよっ!」


 丁度ゲームの話題になったので、思わず口を挟んでみたけど。なるほど強さ順と言うより、イン時間で決めたっぽい。ちなみに社会人組のチーム編成を聞いて、僕は思わずげんなり。

 隼人さんチームは、ザキさんとアリーゼさんの強力3本柱での編成らしく。殆ど反則の、名前の売れた実力者揃い。こんなチームに勝てるのは、滅多にいない筈。

 僕は実は、ブンブン丸のチーム編成を知っているのだ。


 反応が知りたいと、僕は思わずその事を口にしてしまった。うぬっと色めき立つ恵さん、一応ライバル視してはいるみたいだけど。対戦した事あるんですかの問いには、無いと簡潔な返事。

 逆に隼人さんは、あははと乾いた笑い声。真理香さんが楽しそうに、昔の因縁は凄かったらしいよと話し掛けて来た。隼人さんが大学生の頃、中学生だったブンブン丸の連中に追い掛けられた事があったらしく。

 男の子はすぐ熱くなるよねと、まるで他人事のよう。


 愛理もいい感じに熱くなってるけどねと、恵さんの注釈が入る。愛理ちゃんはいつもヤル気は凄いよねと、真理香さんも賛同の構え。私も炎属性なのよと、自分プッシュの真理香さん。

 他にも2チーム、アミーゴからは参加予定なのだが。特にギルド名を売る予定は無いけれど、世間はブンブン丸との頂上決戦を望んでいるのも感じている様子の隼人さん。

 それにしても、僕は弾美さんの考えが分からない。


「チーム分けが、本当にいい加減だったんですよ。そんなに気負ってないって言うか、遊び気分なのが丸分かりで。復帰したばかりなのに、平気なんですかね?」

「ブンブン丸のリーダーは、昔からそんな感じだよ。ってか、ギルド員みんな、やんちゃ者が多かった気が……。そう言えば彼、結婚したんだってねぇ?」


 ほおっと、女性陣の羨ましそうなため息。双子の赤ん坊見て来ましたとの報告に、またもや大きな賞賛のため息。奥さんが凄い幸せそうでしたと言うと、もはやぐびっと喉を鳴らして、賞賛と言うよりは嫉妬に近い眼差し。

 いきなり空気が悪くなってしまった、どうやら話題のチョイスを間違ってしまったようだ。僕は必死に頭を働かせて、雰囲気の転換を図る。女性相手の話題は避けて、隼人さんに質問っぽく。

 隼人さんもこの空気を察してか、変なテンションで応じて来る。


「そう言えば、アミーゴのギルド名って変わってますよね。どんな由来があるんですか?」

「ああ、ゴブリンズの由来? 特にこれってのは無いけど……ゲーム始めた頃、一番お世話になったのはフィールドを徘徊するゴブリン族じゃない?」


 そうですねと返したけど、お世話になったと言うよりは。多分、死亡の一番の原因が、ゴブリン族を始めとした獣人だろう。僕もガッツリ追い掛け廻されて、ボコられた記憶がある。

 そんな奴をギルド名に組み込むのは、あまつさえ仲間(アミーゴ)と呼ぶのは、抵抗があるような気がするのだが。隼人さんに言わせれば、そんな彼らが自分のキャラの血となり肉となる訳だ。

 つまりは、経験値やギルや苦い経験を与えてくれる相手って事。


 それに対する感謝が無いと、そもそもゲーム世界は成り立たないって理屈なのだろうか。人気タイトルゲームと言うのは面白いもので、何故か敵キャラとか特定モンスターが脚光を浴びて、マスコットキャラ的な扱いを受ける場合が多々あるのだ。

 ファンスカでもそれはあって、獣人のゴブリン人気は結構根強かったりする。集落攻めがハンターP稼ぎに人気が出て、それでさらに加熱した感もある。

 ただし、誰もが知る一番人気はやはり『へそくりニャンコ』だろう。


 NMなので、誰もが気楽に応対出来る存在でも無いと言うのに。物凄い人気振りの主な理由は、超豪華なドロップにあるのだろう。つまりは容姿からして、招き猫の貯金箱なのだ。

 ドロップ内容の豪華さは、推して知るべし。


 まぁ、外見もコミカルで可愛らしいのだけど。この大井蒼空町限定で、へそニャンのグッズも売られていたりする。そう言えば、メルの部屋にもへそニャンの貯金箱あったっけ。

 銀行のポスターにも、キャラクターが出演していたし。


 私はこのギルド名好きだと、ボソッと恵さんの弁。これからもギルド盛り上げて行こうねと、嬉しそうな真理香さんの追従。本当に良い雰囲気のギルドだ、僕らも負けないようにしないと。

 車は順調に、帰り道の距離を稼いでいた。幸い渋滞に巻き込まれる気配も無い、平日だとは言え、そろそろ5時過ぎの会社終わりの時間帯に差し掛かる。

 日はまだまだ高く、車の外は夏の気配が色濃く溢れている。


 夜まで残って花火でもしたかったねぇと、真理香さんは遊び足りなさそうな発言。恵さんと同じく大学生だと紹介を受けてたけど、それなら夜まで遊びたいだろう。

 今日は子供もいたからねと、隼人さんは呑気な返事。自分も明日は仕事だしと、余力の無さそうなため息混じりの声。また今度遊べばいいと、恵さんはどこか満足そうな物言いで。

 それもそうだねと、思い出の共有に車内には満足そうな雰囲気が。


 ――夏はまだ、あとちょっとだけ残っているのだし。





 むしろ厳かに、その日はやって来た。夏季限定イベント第二弾『フラッグファイト!』の開催される木曜日、ネット内は朝から大騒ぎ……では控え目な表現かも。

 レベル100以上のキャラの舞台が用意されている街は、前回の対人戦が行なわれた場所とほぼ同じ。中央塔のあるメフィベルと新エリアの東南の島ブリスランド、それから尽藻エリアのフロゥゼムの街。

 ってか、前回と全く同じ数だね。


 とにかくその日は確かに、朝からその3都市は盛り上がった。厳密に言うと、学生が主に集う新エリアは朝から、カンストキャラの集うフロゥゼムは夜からって感じだけど。

 特に尽藻エリアの都市は、英雄の出現を皆が確認してから凄い盛り上がりを見せて。対戦とまでは行かないでも、その闘い振りをリアルタイムで観たいと望んだプレーヤー群が。

 どっと街に集まって来て、って言うか集まり過ぎて。


 結果を先に話しておこうか、僕はその報告を他の街で聞いていたんだけど。大容量を誇るこのゲームのサーバなのだが、とうとう集中し過ぎた負荷に耐えられず落ちてしまったのだ。

 こんな顛末になろうとは、誰が一体予想しただろうか。それまでは対戦希望者は、まるでカリスマレスラーに張り手を貰うような気持ちで、同じエリアに臨んでいたと言うのに。

 その吸引力を、皆が侮り過ぎたみたい。





 ――こうして皆が鯖の復帰を待ちながら、初日の夜は更けて行ったとさ。





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