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2章♯22 夏日と水着とお泊り会




 今度の章も、実はネット内の行事はスカスカだったりする。夏休みも後半に入って、学生組が揃って“せっかくの夏休みなのに遊び足りないんじゃ?”的な危機感に襲われたせいかも。

 田舎のお泊り体験の計画に、案外とあっさり目処がついて安堵していた僕。それをうっかり彼女達に喋ってしまうと言う、何気ないリビングでの会話の一幕の後に。

 そろって参加を表明されて、慌てているのは僕一人だけ。


「今日の夕方に、師匠に頼んで時間とって貰ってるんだけど……泊めて貰う予定の、仁科さんの家に挨拶行くのに。えぇと、2人とも本気で参加するつもり?」

「凜君ばっかり、遊んでてズルい! こっちは宿題とかバイトとかばっかりで、家族旅行さえも行けてないのにっ!」

「宿題やバイトばっかりって事は無いけど、確かに全然ガッツリ遊んだ印象ないわよね。この間の盆祭りと凜君の家に遊びに行ったくらいかなぁ、ゲームの方が遊んでる位だよ」


 難しい顔付きで、沙耶ちゃんの同意の言葉。その同意の同意の表明に、激しく頷いている優実ちゃん。ちょっと哀れに感じるほど、切羽詰っているその姿。

 確かに夏休みの残りの日数を考えると、焦燥感に襲われるのも致し方ない気が。お盆も過ぎてしまうと、本当に残りはあっという間な気がする。そう言えば『アミーゴ』の隼人さんと、海に行く約束が固まったと打ち明けると。

 凜君ばっかりズルいと、今度はハモって罵られてしまった。


 今日は水曜日、今週もお昼前にお邪魔して昼食をご馳走になってしまった。合同インは相変わらずレベル上げ重視で、そんな一辺倒も彼女達のストレスの原因かも。

 その代わり、沙耶ちゃん達のレベルは順調に上がっている。それだけが唯一の救い、頑張っている報いがキャラの成長に繋がっている訳だ。レベルが上がれば、強いNMも倒せるようになる。自然と良品のドロップにもありつける。

 それが、強くなるメリットと、自信に繋がって行くのだ。


 みんなで昼食の喧噪の後、環奈ちゃん達中学生グループはお出掛けと相成って。みんなの都合が綺麗に揃ったので、色々と買い物ついでに遠出するらしい。

 リン様もぜひ一緒にと、変な誘われ方をしてしまったが。丁重に断りを入れて、予定通り沙耶ちゃん達と行動を共にする。ただ今日は、一緒にレベル上げしてくれるキャラが、幾ら探しても不在と言う不運。

 仕方なく、ギルド結成の頃の様な3人パーティでの行動中だ。


「隼人さんって、この間古書市で会った人でしょ? あの小っちゃい女の人と一緒に来てた……うっ、連れてってなんて言える間柄じゃないわよね、気まずいし……」

「も~っ、沙耶ちゃんの悪い癖だよっ、誰彼構わずケンカ売るのはっ! 車出して貰えるなら、電車賃浮いて大助かりなのにっ」

「あ~っ、その点は平気だと思うな、あの人は全然根に持つ性格じゃないし。女の子は多い方が良いって、軽い性格じゃないかなぁ? それに、車の座席が足りなさそうなら、神田さんにも出して貰えはいいんじゃないかな?」


 なるほど、ギルド員全員で行けば良いのかと、彼女たちのテンションも燃え上がる気配。後でそっちの確認もしておくねと、僕は取り敢えず了承の構え。

 多分隼人さんは、簡単にオッケーを出してくれるだろう。心配なのは、むしろ恵さんの反応だったり。容姿と同じで、時折幼い対応を仕掛けて来る彼女、変に拗れなければ良いが。

 楽しいレジャーの企画の筈なのに、何故か気苦労が多い気が。


 今日はもう少ししたら、稲沢先生と神田さんもインして来る予定になっている。2人とも水曜日は終日休みなのだが、社会人だけあって休みの日にやる事も多いらしく。

 滅多に昼過ぎからインなどの、贅沢は味わえない身分。それでも僕らに気を遣って、色々と日頃から便宜も図ってくれている。お人好しと言うなかれ、本当に有り難い事だ。

 そう言えば、あの2人この頃雰囲気が良いよねぇと、優実ちゃんの何気ない一言。普段は抜けているキャラなのに、変な所で鋭さを見せる娘だ。

 秘かに縁を取り持っている僕は、そうですかねぇと変な相づち。


「変な合いの手入れないでよ、凜君。ってか、何か事情知ってるの?」

「いや、知らないけど……それより海に日帰り旅行するのって、来週の水曜日になるかも知れない。園児のお泊り会は、今週末の土日あたりになるかも」

「わわっ♪ って事は、もうあんまり日にち無いじゃん! お泊りセットとか色々……そうだっ、新しい水着は絶対買いに行きたいっ!」


 そうだよね~と、沙耶ちゃんもその言葉を後押し。こう言う行事の為に、暑い中バイトしたのよと、やけに熱く語り始める沙耶ちゃん。実は古書市のお手伝いで、師匠からも結構なお礼を貰っている彼女達。

 ここで使わずして何とすると、いつの間にか明日は買い物の日に組み込まれてしまった。街外れのアウトレットモールに行こうねと、僕も強制参加らしい。

 う~ん、メル姉妹や稲沢先生も、買う物あるなら声を掛けておこうか。



 さて、前振りの会話が長くなってしまったが、少しはネット活動も書いておかないと。今日は人数も少ないし、同じ敵を延々と倒す遣り方は飽きたとの声が多かったので。

 久し振りに、2時間縛りの塔に赴こうかと言う話になって。バク先生とホスタさんの合流は、丁度2時間後くらいで丁度良いと言う理由もあるのだが。

 とにかく変化を望む声に押され、僕は適当な場所をピックアップ。


 彼女達のキャラのレベルは、ここの所の頑張りによって上がっているとは言うものの。目標を高く設定し過ぎ、150には未だ遠過ぎる数値である。

 それでも開始当初から7つのレベル上昇は良い感じ。僕もご相伴に与かって、ようやく150の大台に乗った。これでミッションを受けて、スキルスロットを増やす事が出来たし。

 キャラの強化は順調で、それはおいおい説明して行こう。


 近場に建つ適正レベルの塔を、何とか見つけ出す事に成功して。辺鄙な場所に出向くには、あまり時間があるとも言えなかったし。値段も手ごろ、挑戦人数も見事当て嵌まっている。

 ほんの少し誤算だったのは、塔の中の仕様だった。どうやらこの塔を生み出したNMは、毒のある鋏持ちモンスターだったらしい。出て来る敵のカテゴリーが、まさにそうで。

 毒ダメージの床まで配置されており、攻略が大変!


 1階の敵は、それでも何とかなった。地面にはカニやヤドカリ、宙にはクラゲの群れが飛び交っていたりして。HPや強さは大したことが無く、程よく経験値を稼がせて貰えて。

 宝箱も相変わらず多くて、僕ら的にはニンマリ。変な場所に設置されているのも、もう慣れてしまっていたし。毒ダメージの床の上の配置は、ちょっと参ったけど。

 回収して廻りながら、景気の良い掛け声がリビングに響く。


 2階は海の毒と鋏生物に混じって、地面には毒カサゴが、宙にはフグが追加されていた。カサゴが特に厄介で、コイツは最初床のパネルに偽装しているのだ。

 保護色とか擬態とか、そっち系の能力なのだろうが、喰らう方は大迷惑。特に後衛を狙い撃ちされると、阿鼻叫喚の地獄絵図。毒ダメージが凄くて、喰らうと前衛でもヤバいのだ。

 最近はめっきり頼り甲斐が出て来た雪之丈も、うっかりすると撃沈されてしまいそうに。


「優実っ、雪之丈が毒になってるっ! 早く治してあげてっ!」

「ううっ、ピーちゃんも治療魔法持っててくれたら良かったのにぃ。1人で治すの大変……」

「ペットは毒パネル、全然気に掛けずに踏んじゃうしね。ってか、雪之丈がそれ向けのスキル持ってなかったっけ?」


 僕の言葉に、飼い主の筈の沙耶ちゃんはキョトンとした表情。どれだっけと、戦闘中にも拘らず、ステータス画面を呼び出している。それを見て、後にしてよとの優実ちゃんの悲鳴。

 さもあらん、前衛は毒のオンパレードでかなり悲惨な有り様。


 こんな時には、飛翔効果でパネルに触れもしないピーちゃんの存在は有り難い。ペット達も、この所主人と共に経験値取得の恩恵に与かっているのだ。

 強くなって来ているし、確かにその兆候も見え隠れはしているけれど。せっかく増えて来たスキルを、主が放ったらしにしているのはなんとも勿体無い。

 ようやく雑魚の群れを処理した僕らは、階段近くの避難所に逃げ込むのに成功。


「どれどれっ、凜君。新しいのって、何とかバーサクしか目に入って無かった! だってコレ、ようやく雪之丈が活躍してくれそうで嬉しかったんだもん!」

「確かに派手なスキル技だけど、戦闘を安全に切り抜ける事にも気を使わなくちゃ。……ああ、あった。このクリアランスってのセットしてみて」


 この《クリアランス》の効果は、説明を読む限り、状態異常の攻撃を受け付けない補正スキルらしい。沙耶ちゃんは、言われるままにそれを雪之丈にセットして。試しにと、わざと毒パネルの上に配置してみる。

 雪之丈のHPは、全く揺るぎもしないと言う素晴らしい結果に。女性陣はおおっと、驚きを隠しもせずに賞賛の構え。石化とか睡眠も平気なのかなと、優実ちゃんは羨ましそうな声音。

 多分そうだと思うとの僕の返答に、いいなぁと本気の羨望振り。


 セットはこれでいいかなと、沙耶ちゃんの確認の声に。2時間縛りを気にしつつも、僕は素早く雪之丈の性能チェック。ペットの首輪と《ペット専属スロット》のお蔭で、ペットスキルは彼女の武器スキルを圧迫せずに済んでいて何よりだ。

 優実ちゃんが、新しいペットの攻撃スキルを使ってみてよと催促して来る。3階の敵は、サソリとかハサミムシとか、段々と見た目が気持ち悪くなって来ており。

 宙にはハチや毒蛾が飛翔する始末、そんな毒虫を歯牙にも掛けなくなった雪之丈。気をよくした沙耶ちゃんが、リクエストに応えて実行したスキル技は。

 《(リミット)・バーサク》と言う、時間制限つきの強化技。


 雪之丈の外見は、今や《成長体感》のお蔭でかなり勇ましくなっている。フワフワの角付きプードルみたいな感じで、相変わらず長い耳は器用な腕の代わりを果たしているけど。

 子竜に見えなくも無い、微妙な可愛らしさ。


 今はバーサク効果で毛を逆立たせて、まるで毛糸の鞠のよう。それでも長い耳での乱撃は、前衛アタッカーの役割を見事に果たしている。悦に浸っている沙耶ちゃん、自分の攻撃を忘れる程に感激しているみたい。

 よくぞここまで育ってくれたと、感慨深いのも分かるけどね。


 ただしこの技、反動でその後数分間はペットの能力が弱体化してしまうと言う。再使用まで30分間をおかないと駄目だし、使い勝手はあまりよろしくないと言う。

 一方の優実ちゃんのペットであるプーちゃんだが、こちらも安定感が出て来た。今や体力は有り余るほどで、補正スキルの《体力50%UP》が大きいのは言うまでもない。

 それに加えて、盾役キャラに必須の《威嚇》を覚えたのが大きい。元々持っていた《敵対心奪取》は、ある程度他のキャラが敵対心を増加させていないと役に立たない技だったけど。

 《威嚇》は違う、一気に敵の注意を惹ける優秀な挑発技だ。


 これもペット用のスキルスロットから使える、通常スキル技なのが大きい。つまりは狙った敵を、プーちゃんが引き受ける事が可能になった訳だ。

今まではある程度運頼みと言うか、優実ちゃんが殴った挙句の敵対心稼ぎに過ぎなかったのだ。とにかく今では、3人行動でも前衛の質は以前とは大違い。

 後衛の安全も、それに比例して格段に上昇している筈。


「ほぉう、凄い凄いっ♪ 雪之丈のぐるぐるパンチ~、プーちゃんも負けないぞぉ!」

「ふふっ、前に出ては邪魔者扱いされ、おまけにすぐに死んでたあの頃とは違うわよっ! ああっ、この子が本当にうちのペットだったら、毎日抱いて寝てるのにっ!」


 感極まった沙耶ちゃんのコメントはともかく、これが2人のペットの現状である。今や3人行動でも、6人パーティに負けない程の安定感……と言うのは、やや大袈裟だが。

 昔のハチャメチャ振りに較べたら、格段の進歩を遂げたのは事実である。僕のホリーナイトとSブリンカーの進化も、前の章で話した通り満足のいくモノで。

 ホリーは第三の奥の手宜しく、Sブリンカーは後衛からの支援を、今も惜しみなく降り注いでくれている。沙耶ちゃんも2匹目のペットに羨ましそうな表情。

 自身の属性精霊召喚魔法が出て来ないので、未だお預けの身分なのだ。


「もう魔銃は装備出来たから、今度は氷スキル伸ばすの頑張ろうっと。凜君の後ろで笑ってる子、予備の宝石があるってこの前言ってたよねぇ?」

「うん、予備あるよ。欲しければあげるけど……確か、種類が微妙に違ってて。名前から察するに、多分怒ってる子だった気が……」


 途端に大笑いの優実ちゃん。沙耶ちゃんにぴったりだねって、声を擦れさせながら苦しそうに口にする。みるみる不機嫌の沙耶ちゃんは、幼馴染の脇腹を抓り始めて。

 ごめんなさいと、笑いが止まらないまま優実ちゃんの悶える姿に。沙耶ちゃんの、追求の手は緩まない。だから、足をバタバタさせると太腿の周辺が危ないと言うのに。

 見ない振りをしつつも、視線がその辺りを彷徨うのを止められない僕。


 とにかくこの塔、毒パネル以外は厄介な仕掛けも無くて、進行ペース自体は順調そのもの。3階の敵も難なく片付けて、上り階段を容易に見つける事に成功。

 いよいよ最終フロアだが、時間はまだ余裕があるし慌てる事も無い。4階の敵も、最初はサソリや毒蜂がメイン。毒攻撃に気を付けていれば、何て事は無い敵達だ。

 フロアも半分を過ぎると、配置されている毒パネルの数がやたらと多くなって来た。天井からも、これ見よがしにサソリの尻尾のような物体が吊るされている。

 それがたまに、恐らく毒水を垂れ落としていると言う。


 敵はヒラヒラと舞う、毒蛾が数匹いるのみ。その奥は完全に毒水のプールで、ラスボスが居座っているのが見える。不気味に青く滑った装甲の大サソリで、巨大な鋏は何でも砕きそう。

 ここから先に進もうと思ったら、常時毒ダメージを覚悟しての戦闘になりそうだ。厄介極まりない仕掛けだが、時間縛りもあるし躊躇する時間も惜しい。

 取り敢えず、毒蛾は遠隔で釣って貰って、安全な場所で全て片付けて。


「よしっ、後は大ボスだけだ! えぇと……私たちはここから銃を撃ってればいいかな?」

「そうだね……ってか、僕もこの道に踏み込みたくないんだけど。あっ、あの敵をここまで釣って、毒の場所を避けれないかな?」

「あぁ、そうすればいいのか! じゃあ私たちは、釣った後もっと後ろに下がるね♪」


 休憩から簡単に打ち合わせをした後、最終戦に気合を入れて臨む僕ら。沙耶ちゃんに銃弾を撃ち込まれた大ボスは、怒り心頭で僕らに詰め寄って来る。

 僕は既に『砕牙』を装着済み、一緒に遠隔スキルを撃ち込みながら。プーちゃんと共に、壁役に徹する構え。近付いた大サソリに、早速《爪駆鋭迅》を撃ち込んでやる。

 僕を敵と見定めたそいつは、大きな鋏で猛チャージ。


 簡単に釣れた事に気を良くした僕は、プーちゃんと共に敵に猛烈に攻撃を仕掛ける。敵の攻撃は、鋏での斬撃と尻尾での毒攻撃の2種類らしい。

 特殊技で怖いのは、その尻尾での6連続突き攻撃。これをまともに喰らったら、変幻タイプの僕の体力などひとたまりもない。怖い相手だが、意外と特殊技の種類は少ない。

 連続突きを防げば、何とかなりそうな雰囲気。


 攻撃に雪之丈と後衛の銃弾が加わり、場は一気にこちらのリズムに。彼女達が複合スキル技を覚えた事で、銃での削りも侮れない威力になって来て。

 前もっての打ち合わせでは、加減してねと言い含めてはいるものの。


 持っているからには、見せびらかしたいのが乙女心? 早速SPが溜まったのか、沙耶ちゃんの《エーテル魔弾》が大ボスに直撃する。物理攻撃より魔法属性寄りのこの魔弾、とにかく威力が半端無く凄い。

 タゲを持って行かれやしないかと、前衛心理としては冷や冷やモノなのだが。って言うか、撃つならもう一方の方が先でしょと、僕は半分本気でお叱りモード。


 そっかゴメンと、素直に謝ってくれるのは良いが。それより先に、優実ちゃんの新複合スキル技《流線D(りゅうせんダブル)ショット》が炸裂する。二丁拳銃でのこの技も、威力は大したものには違いないのだが。

 モーションがとにかく派手で、それがとにかく優実ちゃんのお気に入り。キャラが胸の前で銃を持った手をクロスさせて、くるりと宙返りを決めながら銃弾を発射するのだ。

 その無軌道の射線は、綺麗に弧を描いて敵に命中。


 見た目はコミカルな技だが、高確率でクリティカルするので侮れない。さらに彼女の覚えた《二刀流》の補正で、片手棍をもう1本所有可能になって。

 この前20年ダンジョンで仕入れた、SP補正の付属している片手棍を取り敢えず持って貰っているけれど。攻撃面では役に立っている様子、このままでもいいかも。

 もちろん通常攻撃の威力も、2人とも以前より格段に向上している。


 沙耶ちゃんが、遅まきながら《破戒プログラム》を大ボスに使用する。さっきの《エーテル魔弾》が必殺の決め技だとしたら、こちらはその前振り技と言えばいいだろうか。

 かなり高い確率で、この銃弾は敵の防御機能を名前の通り破壊してくれるのだ。防御力のみならず、耐性なども一時的とは言え低下させてくれる有り難い技なので。

 戦闘中は、常時掛けていてくれても良い程の、弱体系のスキル技だ。もっとも、次第に効果が薄くなってしまうだろうし、技の弾丸ダメージ自体は全くの皆無なのだが。

 その点が、沙耶ちゃんのお気に召さない理由なのかも。


「わ~いっ、格好いいぞぉ! 二丁拳銃で、バンバン敵を倒しちゃうもんね♪ もう一回、くるくる技いっくぞおっ!」

「うっ、前衛は軒並み毒状態なんだけど……ま、いっか。治してもすぐまた、毒喰らっちゃうし」

「あっ、本当に破壊ナンタラって技で、普通の攻撃のダメージが上がってるや。SPいっぱい使う割にダメージ出ないから、あんまり好きじゃなかったんだけど。ボス戦にはいいかもね、覚えておこうっと♪」


 彼女達は至っていつものノリで、ラスボス戦なのに寛ぎまくりな感じ。選べる戦術が最近急に増えて来たので、楽しくて仕方が無いのだろうけれど。

 前衛のHP管理が、その為におざなりになりがちだったり。それで無くても、たまに喰らう毒の息でリンとプーちゃんの体力はズンズン減って行っていると言うのに。

 それでも下手に攻撃の手を休めると、タゲを後衛に取られてしまう。こちらも懸命に敵の体力を削りながら、手持ちのポーションでの回復を計りつつ。

 やって来たHP半減からのハイパー化を、軽くかわして。


 ……しまえば格好良かったのだが、実際は派手にスタンを喰らってしまった。さらにプーちゃんと雪之丈共々、天井から降って来る小型のサソリの群れにたかられてしまって。

 変だなと思ったら、例の吊るされた尻尾が形を持って落ちて来たたみたいだ。こちらが毒の池での戦闘を避けるのを、恐らく見透かされていた仕込みだろう。

 継続毒ダメージと通常攻撃ダメージに、こっちもとうとうHP半減。このまま《断罪》からの《風神》使っちゃおうかなぁと、自棄気味に作戦を考えるも。


 吹っ飛んだチビサソリが、どんな行動に出るのか少々不安かも。第一、減ったHPでは毒ダメージですぐに昇天してしまう。ここは我慢のしどころ、《爆千本》でチビをまとめて薙ぎ払いつつ。

 後衛の援護を待っていたら、特大のがやって来た。


 お馴染みの《ブリザード》は、相変わらずの効き目である。特に昆虫相手だからなのか、あっという間にチビサソリのHPを削って行く。優実ちゃんも、追従の《レーザシャワー》を敢行。

 気付けばチビどころか、大ボスのサソリも既に虫の息。


 そこからは危なげなく、勝利の方程式で敵の体力を削り切る作業。後半はタゲを持って行かれたが、プーちゃんの《敵対心奪取》の使用を僕が促して。

 本当に頼もしい前衛に育ったプーちゃん、お蔭で僕も安全領域から中距離スキル技を撃ち込める。一番危なかったのは、実は妖精のピーちゃんと言うオチ。

 いつの間にか毒状態で、誰もそれに気が付かなかったのだ。


「ひあっ、ピーちゃん死にかけてたっ! あっ、危なかった……!」

「危うく、3代目を探す破目になる所だったね。ってか、もうちょっと前衛の体力も気にしてよ、2人共っ」

「ごめんゴメン、ちょっと新しいスキル技が楽しくって! 今度からは、タゲを取らない程度に出来ると思うよっ」


 休憩しながらのミニ反省会、いつもの事なので僕は遠慮なく厳しい意見を口にする。今日は特に、彼女達の軌道の外れた闘い振り。僕でなくても、苦言も多くなろうと言うモノ。

 それでも時間内での攻略と相成って、後はお楽しみの宝箱チェックを残すのみ。大ボスを倒した事で、毒の池も綺麗に干上がって安全は確保されている。

 退出用の魔方陣の側に近付いて、僕らは用意された宝箱を開けて回って。


 通例のハンターPの獲得も嬉しいが、追加の経験値もまずまずで何より。お金になりそうな報酬は、残念ながら大当たりは存在しなかったけれど。

 そうそう上手く行く訳でも無し、満足な結果であるには違いない。あとちょっとでレベル上がりそうと、優実ちゃんの嬉しそうな声を聞きながら。

 ――仲間の成長に、僕も少なからず満足感に包まれるのだった。





 さてさて、買い物に行く面々なのだが、結局の所は固定メンバーが勢揃い。稲沢先生と神田さんは、仕事の都合で参加を辞退するとの事で。メルとサミィを、沙耶ちゃんが家まで連れに向かってくれたお蔭で。

 僕は自転車をいつもの大学の敷地に置かせて貰って、直に待ち合わせ場所のバス停に向かう事が出来た訳だ。僕的には、朝からバタバタせずに済んで何より。

 子供達も、沙耶ちゃんなら安心して任せられる。


 バス停には既に、優実ちゃんが到着していた。露出の高い夏向けの洋服に、遠目に見てもドキッとする目立つ格好。肩に掛けたバックにも、大きな向日葵がくっついていて。

 夏の妖精と見紛うばかり、そんな彼女におはようと挨拶されて。こっちも朝から、テンションが上がりそうな気配。凜君はもう、かなり日に焼けてるねと指摘されたが。

 なるほど、彼女に較べると全然肌の色が黒い。


「お盆祭りの準備や片付けの手伝いとか、この頃炎天下の作業が多かったからかなぁ? 移動も自転車だし、案外と野外率高いかも」

「自転車って、涼しく見えるけど違うの? あはは、この腕の所、くっきり色が違う!」

「何を朝からいちゃついてるのっ!? おはよう2人ともっ、はいコレ凜君、メルとサミィの買い物リストと、小百合さんから預かったお財布!」


 おはようと返しつつ、沙耶ちゃんの冷たい視線と共に渡されたアイテムを受け取る僕。あ~あと言う表情のメルと、ちょっとムッとした表情のサミィにも朝の挨拶を投げ掛け。

 別にいちゃついてた訳じゃないよと、力の無い言い訳を吐き出す。


 確かに傍から見れば、ピタッとくっついて腕を絡めていたように思われたかもだが。天然の優実ちゃんに、そんな男に媚を売るような真似が出来ようもない。

 仕方なく、僕は子供達の前にしゃがみ込んで、シャツの袖を捲り上げてやる。その途端、メルの甲高い笑い声が。それに釣られる様に、サミィにもようやくの笑顔。

 その後ろでは、何故か沙耶ちゃんも爆笑してたりして。


 とにかく場が和んで良かった。僕は2人のお出掛けスタイルをチェック、姉妹にお財布は持って来てるかと訊ねると、それぞれカバンから取り出す仕草。

 今日は僕もいるし、2人の母親からお金を預かってもいるし。姉妹にお金を使わせる事態にはならない筈、無くさないようにねとの僕の言葉に、元気よく頷く2人。

 そんな事をしている内に、バスが到着した模様。


 久し振りに訪れたモールは、やっぱり広大で凄まじい人混み具合い。今回は沙耶ちゃんは、メルの面倒は責任を持って自分が見ますと宣言して。

 サミィは僕の担当ねと、万全の体制でこの戦場に臨む構え。メルは一応携帯も持っているけど、サミィがはぐれてしまったら大事態になってしまう。私もサミィちゃんといるねとの、優実ちゃんの意気込んだ言葉に。

 迷惑掛けちゃ駄目よと、リーダーの厳しいお言葉。


「それよりどこから廻ろうか、沙耶ちゃん? 夏休みだけあって、平日なのにどこも結構混んでるよねぇ……メルちゃんとサミィちゃんも、水着は買うの?」

「お母さんは、買ってもいいって……サミィは裸でもいいんじゃない?」

「サミィも買うもん、優実ちゃん選んで! 一緒のでもいいよ、何でもいいからね?」


 姉妹の遣り取りを真剣に聞いている優実ちゃんは、サミィに頼られてこの上なく嬉しそうな表情に。とにかくどこかの店舗に入ろうよと、僕は炎天下の夏空を見上げて皆を促す。

 それもそうだねと、沙耶ちゃんを先頭に集団は動き始めるのだが。僕の携帯が着信を知らせ、止む無く停止を余儀なくされて。受話器から流れ出すその声、僕の血を凍らせるに充分なその人物は恵さんに他ならず。

 何してるのとの質問は、僕には尋問に聞こえてしまう。


「どうしたのよ凜君、顔色悪いけど? 誰から掛かって来たの?」

「えぇと……ほら、海に一緒に行く予定の……アミーゴの恵さん?」

「ほぅ……その恵さんが、私達に何の用かしら!?」


 あれっ、電話は僕と沙耶ちゃん達宛てだっけと脳内思考は既に麻痺状態。考えが纏まらない内に、既に僕の携帯は沙耶ちゃんに取り上げられていた。

 短い言葉の遣り取りが聞こえて来るが、僕の頭脳は情報を上手く処理出来ない。ってか、多分怖い会話を予想して、拒絶反応が起きているのかも。

 一人立ち尽くしていると、いつの間にか会話は終わっていた。


「大きい旅行カバン、サミィちゃんの分買いに行こうか。リストに無いけど、メルは持ってるの?」

「ええっ、買い物リストに無いのっ? お母さんったら、ボクの分は家にある奴使うつもりなんだ、酷いっ!」


 酷いって事は無いだろうが、メル位の年齢なら、大人用の旅行鞄でもそんなに違和感は無い筈である。取り敢えず見に行こうかと、最初の目的地は決まった模様。

 僕は女性陣の後ろについて歩きながら、アレッと違和感に苛まれる。何故か知らない間に、沙耶ちゃんに姉妹の買い物リストを取り上げられてしまっていた。

 いや、それより電話の結果はどうなった!?


 そんな怖い事を、彼女に確かめる根性も起きないまま。賑やかな群衆に紛れて、こちらも負けず劣らず、賑やかな買い物タイムは進んで行く。僕らの“賑やかさ”の内容は、主にメルのボクにも買ってと言う我が儘と、コレも可愛いねと言う女性特有の嬌声で。

 それを沙耶ちゃんが、上手に執り成している感じだろうか。僕は殆ど関与せず、このまま行けば終日荷物持ちとなる確率が高い。僕だって買いたいものもあるのだが、最悪他の日でもいいかと既に諦め模様だったりして。

 それより、さっきの電話の結果……。


 結局メルの我が儘は、勝利を勝ち取った模様である。姉妹で同じタイプ、色違いの可愛い感じのカバンを購入に至って。がっちりした旅行鞄タイプでは無いが、とにかく安くて丈夫そう。

 これなら数年は、使用に耐えられそうと沙耶ちゃんも満足そう。


 集団は次に、日用品店に向かう事に。サミィは嬉しそうに、さっき買った大きなカバンを両腕に抱えている。僕が持とうかと話し掛けても、自分で持つと言い張って。

 お姉ちゃんなど、僕が持つのを当然とすぐに渡して来たと言うのに。余程嬉しいのだろうか、足元がスキップ模様だ。まぁいいか、少女が疲れるまで放っておくとして。

 次の店舗では、僕も購入したいものが。


 ってか、みんなこの店舗では、ガチに熱を入れて買う物を真剣に見定め始めた。お泊り用の歯ブラシセットとか、旅行グッズコーナーを見つけたのだ。

 沙耶ちゃんはリストを眺めて、姉妹達と真剣な表情。これをカバンに入れて、お泊りをするんだからねとサミィに説明をしている姿は。まるで本当のお姉さん、そう言えば沙耶ちゃんは妹がいるんだっけ。

 変に慣れてると思ったら、そんな理屈だったのか。


 ここでの買い物をそれぞれ無事終えると、途端に荷物は倍に増えてしまった。次はバスタオルとかタオルケットとか、そっちの類いを購入に向かうらしい。

 それを買ってしまうと、ますます大きな荷物が増えてしまう。水着を先に買わないでいいのと、僕は心配になって口を挟むのだが。エッチと返されて、立つ瀬が無くなる始末。

 沙耶ちゃんはともかく、メルやサミィまであんまりだ。


 ところがその後間もなく、再び僕の携帯が再び鳴り響いた。相手はやっぱり再度の恵さん、オロオロしていたら沙耶ちゃんに携帯を取り上げられて。

 これはとんでもない嵐の予感、沙耶ちゃんの口からは勝負の二文字が。何の勝負か聞くのも怖いが、集団は沙耶ちゃんを先頭に歩き始めていて、どうやら待ち合わせしている様子。

 メルの不思議そうな、次はどこに行くのとの質問に。もちろん水着売り場だよと、簡潔に答える彼女。水着売り場と勝負の単語が、どうしても繋がらないのは僕だけだろうか?

 ようやく携帯を返されたのは、恵さんを眼前にしての事。


「あっ、この前の女の子だっ! やっほ、一緒に海に行くんだっけ? よろしくね、アイス奢ってくれた男の人はいないのかな?」

「隼人は残念ながら、仕事で不在よ。……ってか、私この前年上だって説明しなかったっけ? 代わりに同じギルドの女子連れて来たっ、これで2対2の公平な勝負よっ!」

「ふっ、自分に勝ち目が無いからって、助っ人頼むとは身の程を知ってるわね! 団体戦でも何でも、望む所よっ! けちょんけちょんに叩きのめしてやるわっ!」


 この成り行きに僕の思考は完全停止、誰も事情を説明してくれないのだから仕方が無い。助っ人と評された女性は、派手な茶髪の20代の今風のお姉さんだった。衣装も派手で、赤い縁の眼鏡が印象的だ。

 バチバチと火花を散らす2人を放っておいて、よろしくねと勝手に自己紹介を始めているけど。恵さんの扱いを慣れているのか、ただ人懐っこい性格なのか。

 ネットのキャラは『赤いヒール』のマリカと言うらしく、本名は佐々木真理香と言うらしい。この前オンラインで会ったよねと、僕に話し掛けてくれたのを察するに。

 そう言えばと思い出したのは、ギルド戦を仕切っていた炎属性キャラ。


「そうそう、恵と同じく大井大学の学生で、100年クエストも進行チームの一員なのよ。ちょっと君達には、興味持っていたのよねぇ。何せ、恵の入れ込みようが半端じゃないからっ!」

「はぁ、それは……それより、この場で勝負って何の事ですか?」

「大食い競争かな? 私は甘い物は好きだけど、ご飯はあんまり食べられないよ?」


 メルもそう言えば、そろそろお腹空いて来たねと、優実ちゃんに劣らず呑気な物言い。どうでも良いけど、感情の温度差がはっきり違うのは何故だろうか。力み過ぎている沙耶ちゃんは、水着姿で勝負よと闘いのゴングを鳴り響かせる。

 ポケッとしているメル姉妹をよそに、面白そうねと優実ちゃん。


 審査員はどうするのよと、ちょっと楽しそうな真理香さんの質問。彼女も海に行くメンバーなのだろうか、良く分からないが水着勝負には参加するつもりの様子。

 そこのちみっ子2人と凜君で、丁度3票じゃないと恵さん。ちょっと待って、僕が審査員って事は……女性陣の水着を眺めて、誰か一人を選べって事???

 そんなの、誰を選んでも角が立ちまくりじゃないかっ!!!


 そんな僕の思惑をよそに、水着を選ぶ時間は20分ねとルールは勝手に決まって行く。火花を散らせていた沙耶ちゃんと恵さん、弾かれた様に売り場の別々の方向に散って行き。

 残された僕は、呆然としたまま立ち直るきっかけを探しつつ。いつの間にかメル姉妹もいない、どうやら彼女達も、自分の買う品を選びに店内に入って行った模様。

 それとも単に、沙耶ちゃん達について廻っているだけなのかも。


 しばらく呆けていたら、サミィが迎えに来てくれた。優実ちゃんが忙しいからリンが選んでと、どうやら代理の依頼らしい。子供用の売り場なら、まだ何とか僕みたいな大柄な男がいても変に思われないだろうけど。

 間違っても、女性用の売り場には赴きたくなど無いっ!


 そんな僕の些細な願いなど、運命の女神には歯牙にも掛けられなかった様子。何とか3つまで候補を絞れたサミィの水着、試着してみようかと話が纏まり掛けていたのだが。

 試着会が始まるよ~んと、メルの明るい声が僕を急き立てて。気付けは異様に女子率の高い集団に、僕はいつの間にか放り込まれている有り様。

 運命の女神は、ハーレムが好きな御様子。


「沙耶姉ちゃん、連れて来たよっ! えっと、これからどうするんだっけ?」

「ちょっと待ってて、今着替えてるから……4人の中で、一番水着の似合っている人を、それぞれ選んで頂戴ね。チーム戦で、得票の多かった方の勝ちよ!」

「なんだ、それならボクは沙耶ちゃんに入れてあげるよ!」


 メルの無邪気な返事に、途端にずるいぞと試着室の1つから批難じみた声が。試着室から顔だけ出した恵さん、珍しく感情の籠ったその口調振りだが。その下はどんな格好なのか、想像しただけでイケナイ気分になってしまいそう。

 ってか、この状況自体がかなり変だと思うのは僕だけだろうか。審査員を選んだのはそっちでしょと、同じくカーテンから顔だけ出して沙耶ちゃんの反撃。

 あんた達、嗜みって感情を持ちなさいよと、別の試着室から宥める声が。多分、真理香さんなのだろう。自分もその呆れるイベントに参加してるのに、棚に上げている所が凄い。

 店員さんを始め、お客さんの視線が痛い……ってか、帰りたい。


 優実ちゃんの、着替え終わった~との無邪気な声が、一応この喧噪に終止符を打った。慌てて自分達も着替えに走る、沙耶ちゃんと恵さん。サミィが見せてと、優実ちゃんの試着室に入って行くのが見え。

 脱ぎ散らかした洋服の布地の中に、僕は何やら白くてフワッとした物体を見つけてしまい。煩悩が吹き出しそうな状況に、救いの手など全くの皆無状態。

 それじゃあ私から行くわよと、威勢の良い沙耶ちゃんの声。


 待ってましたと、メルの拍手の中。だから騒がしくすると目立つでしょと、内心の葛藤はともかく少女を必死に窘めながら。僕の思考は、大海で遭難中のいかだ船のよう。

 向かう先も分からず、前後左右に気を配るばかり。幸い、僕以外の♂の気配は周囲に無いとは言え。やっぱり僕には、彼女の水着姿を直視する度胸などない。

 それでも見詰めてしまうのは、何かの吸引力のせい。


 彼女は美しかった。いや、そんな事は前から知っていたのだが。モデル並みに背が高いとか、顔立ちやプロポーションが抜群とか、そんなこと以前に。

 挑みかかるような、内に秘めた情熱の為せる業なのだろうか。視線を惹きつけて離さない魅力が、身体の奥から噴き出しているように感じてしまうのだ。

 今はストライプ地のビキニだけ身に着け、モデルのようにポージングしている所。


 言葉も無い僕に、更なる試練が襲い掛かる。次は私だっと、勢い良くカーテンの開く音。実際、その恵さんの声音の方が、勢いは全然無かったのだけど。

 とにかく姿を現した恵さんは、まさかの完全装備。いや、着ている水着は可愛いフリル付きの、若草色のセパレートタイプなのだが。何故か可愛い浮き輪まで、その腰に廻している。

 まさか、家から持参して来たのだろうか。


 ポージングは、真面目顔と言うより無表情。ただし、真っ赤に頬を染めている所を見ると、恥ずかしくない訳では無いのだろう。無理に参加しなくて良いのにと、内心思うのだが。

 サミィの可愛いと言う褒め言葉に、沙耶ちゃんの小物はずるいぞとの批難の声が追いかけて来る。むしろ僕は、そこまでする根性の方を買うけど。

 本当に、どうやって持って来たのだろうか……。


 じゃ~んと効果音付きで続いたのは、優実ちゃんその人だったり。キャミ型の水着が良く似合っていて、可愛さから言えばトップ賞。ピンクの布地が、彼女の明るい個性に良く合っている。

 サミィもさっきより大きな声で、優実ちゃん可愛いとはしゃいだ様子。それには恵さんも納得のいかない表情、スタイルでも負けているのは伏せておくとして。

 うん、優実ちゃんは見た目より、膨らみがあるよねっ。


 最後に出てきた真理香さんは、赤のストライプ地の派手なビキニを着用していた。この人も個性が立っていて、赤が似合うのを自分でも分かっている感じ。

 色香の点では、多分この人が一番なのだろう。僕は恥ずかし過ぎて、ほとんど直視出来なかったけれど。とにかく4人が出揃って、その視線の先にいるのは。

 審査員と言う名の、勝利者を選ぶ人物……つまり僕。


 沙耶ちゃんの急かす声に重なって、恵さんの選ばなきゃ恨んでやる的な低い声が。優実ちゃんは相変わらずの天然素材で、今から泳ごうよとか勝負は眼中に無い感じ。

 コレは女の格付けと、本能で理解しているっぽい真理香さんは。ホレホレとしなを作ったり、胸を寄せてみたりと、僕に猛烈にアピールして来ている最中。

 それぞれの思考が交差して、僕に絡み付いて来る。


 がんじがらめになった僕は、もはや思考停止状態。早く選んでよと急かされる声に、必死に逃げ場を探し回って。気付けば近くにいたサミィを抱え上げ、脱兎の如く逃げ出していた。

 非難の声が追い掛けて来るが、僕の足は止まらない。むしろさらに加速して、周囲の人間を驚かせているみたい。サミィがぎゅっと、僕にしがみついて来る。

 その小さな掌の真剣さに、僕は少しだけ救われた気がしていた。



 気が付けば、人混みを避けて僕の足は自然に止まっていた。視界の中に、ちょっとした休憩所と自動販売機を見つけて。荒い息を整えつつ、サミィを抱えたままそっちに移動する。

 椅子の1つに少女を降ろしてやって、少しずつ活動を再開する脳みそに。表面上はなるべく冷静を装いながら、僕は今の状況の分析を依頼するのだが。

 さて、困ったねぇ……返って来た分析結果は、たったのこれだけ。


 サミィにも、ビックリするでしょと怒られてしまった。ゴメンねと言葉を返すと、よしよしと頭を撫でられて。こんな子供に慰められて、全く何をやっているんだか。

 何か飲もうかと僕が立ち上がるのと、携帯が盛大に鳴り始めるのはほぼ一緒だった。途端に、再度の思考停止が襲い掛かりそうに。僕は携帯をサミィに渡して、コップのジュースを2つ購入。

 ついでに場所の確認、広過ぎるモールにも困ったものだ。


「えっとね、今はお休みの時間なのっ。場所は分かんないけどぉ……ダメなのっ、リンを苛めたらっ! サミィは、リンの味方なんだからねっ!」


 何て良い子なのだろう、この子は本当に天使だ。頬を膨らませて、僕の為に本気で怒ってくれているサミィ。普段はおっとりして、殆ど自分を主張しない子なのに。

 最後にいいよと言葉を続けて、サミィの会話は終了したみたい。僕からコップを受け取りながら、30分後にご飯食べるところ決めるから、また電話するって言伝てを口にする。

 それまでは、何とか2人で身を隠せそう。


 その後の再会も、結局は心配する程のものでは無かった。昼食に合流した僕たちは、午後の計画を立てながら一緒に食事をして。もちろん、後から合流の恵さん達も同じ席で。

 沙耶ちゃんには、顔を合わせた時に一瞬変な顔をされてしまったけれど。それが照れたような苦笑いなのか、それとも威嚇混じりのしかめっ面なのかは分からず仕舞い。

 僕の逃走は、どうやら不問に処されたようで一安心。


 仲直りと言うか休戦協定は、どうやら別の場所でもあった様子。恵さんも、いつの間にか沙耶ちゃんの存在を認めたような気配が窺えて。食事をしながら喋る姿も、いつの間にか増えていて。

 沙耶ちゃんには、そんなリーダー特性があるのは確かだ。子供の頃から、近所の子供達の面倒を見て来たせいなのかもしれないが。最初は強めに出つつも、その後に相手を認めて引いてあげる。それが相手には気持ち良いし、メルの時もそうだった気が。

 とにかく良かった、海の計画はこれで何とかなりそう。


 夏休み行事はこれからなのだし、変に気を遣って台無しにしたくなどない。周囲に我儘な女性が増えている気もするけど、賑やかなのは良い事だと思うようにして。

 乗り切って行けば、本当に良い事も増えて行く筈だ。サミィの食べ残しを貰いながら、そんな事を考えていると。海の日も晴れるといいねと、メルの何気ない一言。

 いっぱい泳ごうねと、優実ちゃんの言葉に元気に頷く少女達。


 夏の日差しは、揺るぎない質量をたたえて店の窓越しに存在を主張していた。





 未だ謎に包まれた妖精族の里だが、連続クエだけは割と出揃って来ていた。今までの流れからすると、こうやってクエをこなすに連れて謎は少しずつ解明される筈。

 水曜日の合同インの後半は、珍しく夕方前にギルドメンバーが勢揃いして。夜のインはもちろんだが、この時間も妖精クエを進めてみようと話は簡単にまとまって。

 いざ、最初に向かうはNM退治クエ。


 これは最初から出ていた奴で、そもそも僕らの強さを測る為に、最初の大亀との戦闘もあった筈。妖精の里の結界が最近弱っていて、その為に天敵の脅威が増したとの話だったような。

 それを僕達に、何とかして欲しいとの依頼だ。正式に受けたのは、南の集落の外れに佇む護衛妖精から。ワタシじゃてんで戦力にならないのと、軽い物言いだったけど。

 言い渡されたのは、3種のNM退治と言うヘビーなモノ。


『あっ……イエスとノー間違えて、妖精にポケットに入られちゃった! ひーん、せっかく買い揃えた薬品が全部飲まれちっゃたよぅ!』

『何やってるんですか、バク先生。今からNM戦なのに……この集落、薬品売ってる所は無いんですよ?』


 ゴメン、すぐに買い直して来るとバク先生。妖精の天然トラップは、意外と侮れない様子。暑さで脳が駄目になっているのか、それとも別に浮かれる原因が存在するのか。

 微妙な時期だから、稲沢先生と神田さんの仲を茶化すのは止めようねと、僕が言い出しっぺだったりするので。僕から茶々を入れる訳も行かず、窘める程度で会話は終わり。

 程無く南の転移魔方陣前に、全員集合の運びに。


『今度こそ忘れ物ないかな? 夕方にこれ全部終わらせて、夜は呼び鈴のクエやろう!』

『今度は大丈夫、お待たせしました! 私冷え性だから、クーラー苦手なのよねぇ……だから扇風機オンリー、今一番部屋の暑い時間かも……』

『……そ、それは大変だねぇ。ちなみにバクちゃん、今どんなはしたない姿?w』


 それは言えないと、笑いマーク一杯のバク先生の返事。固まっているのは、主にホスタさんと僕の男性陣グループ。冷ややかな視線が、沙耶ちゃんを起点に僕のうなじを刺激する。

 ……この部屋の冷房設定、ちょっと寒過ぎる気が。


 冗談はともかく、転移魔方陣は3箇所に設置されているとの事。この南を終わらせれば、次は西と東である。北は無いみたいで、それは例の滝の場所に相当する。

 意味は無いのかも知れないが、やっぱり怪しく感じてしまうのは否めない。


 とにかく気合を入れ直して、挑んだ最初のNM戦だが。妖精が手出し出来ない天敵って何だろうと警戒したが、出て来たのはヒラヒラと舞う蝶の群れだったり。

 大きい事は大きいが、この色鮮やかな昆虫に脅威を感じないのも確か。タゲれる敵を数えたら、全部で6匹程いるみたい。どうしようかと、戸惑うバク先生。

 挑発を入れるべきかと、迷うのもさもありなん。


 そんな事に構わないのは、いつもの天然優実ちゃん。さっさと強化を味方に掛けて、プーちゃんを敵の群れにけしかける。それ行けと楽しそうなのは、プーちゃんへの信頼の証故か。

 途端に動きを揃えて、反応する蝶々NMの群れ。良く見れば、翅の模様が動物の目玉みたいに見えるのだけど。それが前振りだったのか、催眠波と言う特殊技。

 ついでに巻き込まれた前衛陣、全員立ったまま眠り始める。


「わわっ、ゴメン寝ちゃった! いきなり特殊技来るって、酷いなぁ……ってか、優実ちゃんあんまり先走らないで!」

「ごめん……ああっ、殴られてもプーちゃん全然起きないよっ! 誰か助けてっ!」

「おっと、無効化スキルのせいか雪之丈は起きてるっ! くうぅっ、嬉しい楽しいっ!」


 幾ら敵に殴られても起きない、厄介な睡眠技にはみんなビックリ。主にたかられたのはプーちゃんだったが、2匹程リンと先生の元にも飛来して来たのだ。

 これは苦戦するかなと思われた矢先。技の範囲外で起きていたホスタさんの、渾身のスキル技が呆気無く蝶の1匹を屠ってしまった。おおっと驚きのコメントの中、雪之丈の特攻と沙耶ちゃんの銃弾が別の敵に炸裂して。

 次いで散りゆく、儚い蝶NM。コイツの体力、超低っ!


 勝手が外れたのは全員が一緒、ただしプーちゃんは鱗粉攻撃を浴びて酷い有り様だったけど。僕と先生が自然に目覚めるまでに、戦場から敵の姿は消え去ってしまっていた。

 優実ちゃんの持つ全ての治療魔法が、全く効果が無かったこの催眠技。考えてみれば、酷くリスキーな戦いだった気が。全員が寝込んでいたら、全く逆の結果も有り得た訳で。

 それでも酷く短い時間で、1戦目終了。


『……何もしない内に、全部終わってたw』

『右に同じく、お疲れ様でしたw』


 僕は立ちん坊で、全然疲れていないけど。薬品の補充も全く無いまま、次いで西の魔方陣に向かう一行。雪之丈の活躍に、隣の沙耶ちゃんも自然と興奮気味。

 今度は活躍するぞと、モニターの向こうの先生も威勢の良いコメント振り。僕も見せ場を作らないと、パーティに参加している意味が無いと言うモノ。

 転移画面を見つめつつ、気合を入れて次のフィールドへ。


 このフィールドの敵も、やっぱり昆虫らしい。大きな体躯の女王蜂を中心に、普通サイズのが5匹ほど窺える。羽音が威嚇するように、周囲に響き渡っていて。

 さっきのよりは確実に強いよねと、今回の作戦を催促する沙耶ちゃんの言葉。幼馴染の優実ちゃんには、勝手しないでよとしっかりと釘を刺している辺りは流石である。

 取り敢えず、大きい蜂は私が担当するねとバク先生。


『それじゃあ、僕とリン君で普通サイズを減らして行けばいいかな? さすがに、さっきみたいに一撃では倒されてくれないと思うけど』

『さっきみたいな活躍、期待してますよホスタさん! プーちゃんと雪之丈と沙耶ちゃんの魔法で、3匹隔離しちゃってね!』


 了解と、後衛陣から威勢の良い返事。先生の挑発スキルで戦端は切って落とされた。敵の数が多いと、前衛の少ない僕らのパーティは大変になりがちだけれど。

 最近はペットの信頼度が増していて、それに比例して応用力も身について来た。良い傾向だし、この場もすんなりと各自の受け持ちを指定、その後明確に敵を分散して行く。

 範囲技がある場合に備えて、僕もバックステップで敵を誘導。


 適当な場所で削りを開始するのだが、花蜜と言う回復技がチョーウザい事が判明。度々使って来るのだが、さらに厄介なのが細剣スキルの《幻惑の舞い》モドキ。

 つまりは分身技で、こちらの攻撃を空振りさせてくる始末。体力も侮れない数値で、長引きそうとは各々のメンバーの感想。一転持久戦に持ち込まれ、苦労するかと思われたが。

 強引に回復技をスタンで止めて、リンの前の敵に限っては順調にHPを減らして行く。二刀流の回転の前では、多少の分身など物の数ではない。さらに、加勢の銃弾が畳み込まれて。

 連携からの一気呵成の魔法攻撃で、ようやく1匹が没。


「次、雪之丈の相手してる奴お願いっ! この子、体力はまだまだ低いのよっ!」

「ううっ、通常攻撃が全部毒って酷いよね! お蔭で治療が大変だよっ!」

「特殊技が、その代わりに2種類しかないみたいだね。潔いと言うか、シンプルな分厄介かも。氷漬けの奴、まだ平気?」


 まだ持ちそうだから、雪之丈を助けてとギルマスの悲鳴。魔法が解けたら狙われるのは自分だと言うのに、ペットの方が心配らしく。僕の加勢に、明らかに安堵の表情。

 優実ちゃんは、前衛の毒を治したり回復を飛ばしたり、本当に大変そう。特にプーちゃんは、ステップ防御を潔く外してしまっている。その分体力補正に回しているのだが、今はそれが思いっ切り裏目に出ており。

 回復の優実ちゃんに、負担が掛かると言う悪いサイクル。


 幸い、先生とホスタさんは防御にそれ程不安は無い。女王の特殊技に、たまに先生が傷付く程度だが、削り作業も敵の防御技に手間取っている感じ。

 それでも、僕が雪之丈を手伝って2匹目を倒す頃には。ホスタさんも自分の分担を片付け終わっていて、プーちゃんの加勢に回っている様子。僕は逃げ回る沙耶ちゃんの悲鳴をBGMに、足止めから解放された蜂に中距離スキルでタゲ取り作業中だったり。

 ここまで来ると、勝敗は既に決したも同然。


 女王蜂に少してこずったが、このエリアの敵も全て倒し切って終了の運びに。そして女王蜂の毒針と言うアイテムをゲット、ちなみにさっきは赤い鱗粉のドロップを確認した。

 3つ目のクエアイテムを狙って、次なる魔方陣の前へ。ポケットの補充を終えて、勇んでエリアへと突入してみると。待ち構えていたのは、3匹の大カマキリ。

 数が少ない分、ちょっと手強そうだねと先生の感想。


 戦ってみた感触も、まさにそんな感じ。体力も特殊技も、確かにNMテイストされている大カマキリの群れ。先生とプーちゃんに、それぞれ敵をキープして貰って。

 1匹ずつ確実に減らして行こうと、作戦を立てたまでは良いのだが。範囲技が多過ぎて、とてもリンの《震葬牙》だけでは被害を食い止めれない有り様。

 一番強烈な範囲技は、旋回斬と言う避けようのない大鎌の一撃。これをスタンで止めようと思っていたのだが、意に反して女性陣からは大ブーイング。

 産卵孵化の方を止めてと、絶叫混じりの哀願。理由は気持ち悪いからと言う。


「だって、小っちゃいカマキリが、うじゃうじゃ湧いて来るんだよっ!? 見てるだけで気持ち悪いじゃんっ!」

「男の子はこれだからっ! こんなの飼って平気でいられるんだよっ!? しかもゴキブリみたいな角のある奴、素手で掴んで自慢するの……信じられないっ!」


 言い返したい事は色々あるが、角のあるゴキブリって、多分カブトムシの事かな。小っちゃいカマキリの群れは、湧いたとしても《爆千本》で簡単に駆逐出来るよと、僕が幾ら説明しても。

 野蛮人だとかケダモノだとか、挙句の果てには回復してあげないよと脅しの文句まで入る始末。説得を諦めた僕は、とうとう女性陣の脅迫に屈する事に。

 範囲の斬撃の度に、隣で戦うプーちゃんが恨みの視線を向けて来る気がする。もちろんそれは幻なのだが、不条理に屈した僕の心情が見せたナニカなのかも。

 取り敢えず静かになったリビングに、1匹撃破の喜びの声が響く。


 結局3匹倒すのにも、そんな危ない場面は訪れなかった。この敵の落としたのは、蟷螂の鎌と言うアイテム。3つ揃ったのはめでたいが、さてこれからどうなる事やら。

 とにかくクエ終了の報告に赴こうと、僕らは揃って歩き出す。そこで報酬が貰えると、もちろん期待はしていたのだが。その目論見は大はずれ、ソレ埋めて来てと再度の依頼があったのみ。

 僕らは言われた通り、それぞれの魔方陣近くにアイテムを埋めて行く。


 妖精に注意されたのは、それをゲットした場所とNMのドロップ品を合わせる事。つまりは、南は赤い鱗粉を指定されたポイントにトレードしてやれば良い筈。

 念の為と、その作業が終わってもう一度訊ねてみたのだが。妖精はご苦労としか言わず、クエ報酬の欠片も見当たらず仕舞い。連続クエっぽいので、全部終わってまとめて貰えるのかも。

 すっきりしないまま、そのクエは一旦終了の運びに。



 夕方の合同インは、ここまでで終了。ちょっと時間が余ってしまった分は、各々で好きに時間を過ごす事に。僕は合成依頼を片付けていたし、他のメンバーは妖精の里クエを起こしたり、バザーチェックに時間を使ったりと様々。

 その後僕は、彼女達に別れを告げて神凪家をお暇する。夜のインまでに、夕ご飯を食べてお風呂に入って、色々と片付け物をして。忙しないが、まぁいつもの事だ。

 それより先に進んでいる感の方が、遥かに大事な事。


 父さんの姿は、結局僕が自室に引っ込むまで確認出来なかった。仕事がおしているのか、外食が長引いているのか。沙耶ちゃん宅のリビングの喧騒の後だと、自分の家の何と寂しい事か。

 その寂しさから逃れるように、僕は自室に戻るなりすぐにネット接続にいそしむ。ネット内のリンは、隠れ家に篭って所在無さ気。やっぱりどこか寂しそうなのは、感情移入のせいかも。

 僕の分身なのだから、仕方の無い事とは言え。


 景気付けに何かしようかなと思ったが、生憎そんな時間も無いみたいで。インリストを眺めてみれば、既にギルメンの半分は活動中の模様である。

 挨拶を飛ばして、僕も競売チェックに赴く事に。


 メンバーが揃った頃に、僕は薬品類を携えて妖精の里に出向いていた。NM戦になるかも知れないので、やや多目の持参なのだが。妖精の言葉では、訓練ルームがどうのとか。

 あまり要領を得ないのだが、相手が妖精なのだから仕方が無い。パーティを組んでからも、皆にそこら辺を質問されるのだが、僕だって中がどうなっているかなど分からない。

 取り敢えず入ってみましょうと、それがギルマスの結論。


『じゃあ……貰ったばかりの執事の呼び鈴つかうね? 執事さん、ありがとう~♪』

『その呼び鈴……あんまり役に立ちそうに無いって思ってたのは私だけ?w』

『執事の戦闘力……確かにどんな戦い振りなのか、想像もつきませんねw』


 一度見てみたかったかもとの感想も持ち上がったが、そんな事を言い出したらきりが無いのも確か。戦闘あるかも知れないから注意と、僕は全員の気を引き締めに掛かる。

 トレードから招かれた部屋は、しかしファンシーそのもので。


 妖精の里に初めて入った時にも、かなり感銘を受けたのだけれど。この部屋はそれ以上と言うか、デフォルメされた花や鳥や蝶の群れが一行を迎えてくれて。異様にカラフルなレンガ道は、カーブしながら奥へと続いている。

 タゲれる物を探すのだが、周囲は何も無いみたいだ。それなら進むしかないねと、バク先生が先頭を進む構え。そして動き出した途端、異変に気付く優実ちゃん。

 メンバーが、知らないうちに増えているっ!?


 そんなバカなと、周囲を伺う僕ら。ギルメンは5人……これは変わらないし、増えていたらすぐに分かる筈。そう思って良く見ていると、宙に浮いている妖精の数が+1匹確認出来た。

 ピーちゃんの存在に慣れていた僕らには、全くの盲点だったりして。この子は案内役なのかなと、不思議そうな沙耶ちゃん。皆が一斉に話し掛けたみたい、僕もその中の一人だったけど。

 案内妖精の言葉は、訓練ルームにようコソから始まった。


 ――ここはワタシ達護衛妖精が、能力アップのタメに使っている場所よ☆ 全部で3つのエリアがあって、それぞれ貰える能力は違うんだケドネ!

 案内してあげるから、ワタシ達のタメに頑張って強くなりなサイ♪


『3つの能力貰えるんだって、凄いかもっ♪ やっぱりここ、館の訓練ルームと同じ感じかな?』

『そうかも……だからって、気を抜かないようにね。戦闘系のエリア、あるかも知れないし』

『そうだね……とにかく出費分は、何が何でも取り戻そうっ!』


 了解と、ギルマスの締めに返事を返す一行。妖精の指し示す方向に歩き出すと。程なく変な広場に出て、その中央には変な装置が。ぶっちゃけると、見た目はメリーゴーランド?

 これもかなりファンシーな構造、馬の乗り物の代わりに大きな鈴の形の花びらが配置されていて。妖精の話では、この装置が廻り始めたら、その花びらモドキを破壊しなさいとの事。

 壊した数によって、ポイントが変わるよと説明を受けて。


 基本は3分間、カウントはどんどん減って行き、その間になるべくたくさん壊すのが高ポイントへの道だとか。ただし1個壊す毎に1分間、時間は延長されるみたいで。

 その他の詳しい説明は、ほとんどされなかったのだが。まぁ習うより慣れろかなと、各々好きな場所に陣取ってみる。準備オッケーの合図と共に、離れた場所にあるスイッチを押す沙耶ちゃん。

 そしてゆっくりと廻り始める、回転木馬ならぬ花びらモドキ。


 何となくこれは動く物だと、全員が予測していたため。タゲとなる花びらモドキが廻り始めても、特に混乱は見られなかったのだが。均一に体力を減らす事が出来ても、1個を狙い撃つのはさすがに難しくなってしまった。

 何故なら、タゲを一つに絞って一緒に廻って殴るなど、ナンセンスも良い事だからだ。


 その点では、ペットのプーちゃんや雪之丈が良い例と言える。見定めたタゲを追って、ぐるぐると同じ場所を廻る彼らだけど。全然攻撃出来ていなくて、逆に邪魔でしかないと言う。周囲に陣取る僕らにぶち当たっては、去りゆくタゲに戸惑いを見せている。

 なるほどこれは難しいかなと、2分を過ぎる頃には全員が思い始めていたり。


 それでもこちらに有利な展開を、少しずつこの風変わりな訓練から見い出そうと思考する僕ら。発見も少なからず出て来ており、それがどうやら突破口になり得そうな。

 例えばこちらは、遠隔の拳銃使いが2人もいるのだ。それからダメージが蓄積された花びらは、どんどん色が濃くなって行く特性があるみたいで。

 一点突破には、これを使わない手は無い!


『みんなっ、スキル技何回か喰らって、色の濃くなってる奴があるよっ! これをまず潰そう、遠隔使いは積極的に狙ってみてっ!』

『了解……1個倒したら、確か時間が延長されるんだよねっ!?』


 未だに1個も潰せない焦りが、パーティ内に充満していた事は確かである。僕の示した突破口に、皆の気勢も上がり気味。もちろん前衛も、SPが溜まっていたら濃い花びらに向けてスキル技をぶつけて行く算段だ。

 それより先に、沙耶ちゃんの《エーテル魔弾》が一発で花びらを撃破。


 これでメンバーにも余裕が出来て、次はどれ行く? と濃い色探しにも熱が入って行く。始めた頃にはまだこんな感じの余裕があって、実は色々と試して分かった事が。

 第一に、沙耶ちゃんの行動で分かった事。反撃が来ないなら範囲魔法撃ってみるねと、前置きしてからの《ブリザード》の敢行に。さすがに巻き込まれたタゲは多かったものの、何とダメージは悲しい位に低い結果に。

 どうやら魔法耐性が、半端なく高い設定の模様。


 第二に、バク先生の《シールドバッシュ》の効果が意外にも効いた点について。しかも回転自体が止まってしまうので、場面によっては使えるかも。

 何しろ動き回る敵など滅多にいないので、大技を空振りする事態も出て来たりして。僕も一度やってしまい、それからは中距離スキル中心に組み立てていたりする。

 そんな感じで情報を得つつ、タイムアップまで高ポイントを狙う僕ら。


 ところが予想外の仕掛けが、こちらの思惑を翻弄する。2つ目の撃破まではそうでも無かったのだが、3つ目を壊した途端に回転のスピードが急上昇し始めて。

 あれれっと動揺する間にも、当然残り時間は減って行く一方である。前衛に空振りが増えて行き、後衛の弾丸も発射する前にタゲが遠ざかって、又は近付き過ぎてしまう有り様。

 さすがに、そう簡単にポイントを稼がせてくれそうもない。


 4つ目を壊せたのは、ほとんど幸運の賜物に過ぎなかったのだけど。時間ぎりぎりで、先生の《トルネードスピン》が花びらの体力を削り切る事に成功して。

 ダメージ大きいスキル技持ってて良かったと、素直な先生の感謝の言葉。確かにその通り、この訓練は防御力の高さなど毛ほどの役にも立たないのだから。

 残り時間が増えて、あと1分……せめてもう1個は破壊したい所。


『うっわ、速さがもう半端ないなぁ……僕と先生は、スタン要員に徹した方がいいかも?』

『チャージ技使えば、自分は何とか空振りしなくて済みますね。しまったな、闇の秘酒を持てるだけ持って来れば良かったかも』

『リン君とバクちゃんが回転を止めたら、私と優実がスキル技撃ち込めばいいのね? SP溜まったら知らせるね、頑張ってあと1個はゲットしようっ!』


 少ない残り時間だが、何とか作戦の確認と意思の統一を済ませて。色のほんのりと濃い花びらを見つけて、まずはホスタさんの《デスチャージ》が炸裂。

 良い感じに狙いが定め易くなって、僕らはSP稼ぎに奔走される。それはともかく、僕のSブリンカーに限っては遠隔攻撃が良い感じに決まってくれて大助かり。

 この戦況にも、笑っていられる図太さは大物には違いない。


 作戦は確かに上手く行ったが、頑張りは残念ながらそこまでで終了。何とか5人で5ポイントの獲得、タイムアップと同時に花びらモドキの回転は停止して。

 妖精のお祝いの声と共に、スキルポイントがプールに加算されて行く。嬉しい気持ちはもちろんあるが、それよりこの試練は断然楽しい気がするのは自分だけ?

 館のトレーニング室は、所詮は一人専用だったりするので。こんな感じで皆でワイワイ騒ぎながらの使用は無理なのだ。これって面白いねと、優実ちゃんもしかし同意見の模様。

 次は何かなと、バク先生もノリノリみたい。



 やはり妖精の案内で、次の広場に進む一行。悩んでいる様子の優実ちゃんは、どうやら貰ったポイントを何につぎ込むか決めかねている様子。

 そんなの後で悩みなさいと、幼馴染の沙耶ちゃんの言葉に。ようやく全員が揃って目にしたのは、広場の中央に生えている、1本の輝く小振りな樹木。

 輝いているのは、どうやら枝に成る果樹のようなのだが。


 ここもルールが違うとは言え、何かしらのゲーム形式の戦闘が行われると予想される。何故なら若い木の幹に、鈴なりになっている蟲の群れが見えて。

 妖精の説明も、あの蟲の群れを退治してチョウダイと実にシンプル。ただし、このエリアから逃げてしまった奴には、2度と手出しが出来ないとの事で。

 倒さないとアイテムは得られないよと、妖精の厳しい注意。


『蟲が気持ちワルい……何種類かいるみたいだね、強さが違うのかな?』

『う~ん、何とも言えないけど……敵はひょっとして、反撃より逃げるのを優先するのかも知れない。僕らにとって、最も嫌なのはそれだからね』

『なるほど、妖精もそんな風なこと言ってたね。反撃来ないなら、私達でも遠慮なく攻撃出来るよね、優実っ!』

『今回はプーちゃんも頑張るよっ♪ とにかく、たくさんやっつければいいんだよねっ?』


 最初は様子見して、各自で情報収集をお願いとメンバーに伝言して。念の為に足止め魔法も用意して、逃げられる前に数多く倒す算段を脳内整理する。

 念の為の用心で、後衛組は安全な場所と距離を確保しつつ。それじゃあ行くよと、妖精の合図。嫌な音色の妨害波が、一瞬にして蟲の群れを樹木から退散させて行く。

 放射状に逃げ行く蟲達の、スピードは様々みたい。


 一番遅いのは、どうやら芋虫のようだ。その次に遅いのが、地を這う黒い甲虫タイプ。羽虫はさすがに、飛んで逃げるのでスピードが速い。目の前に来た奴に、試しに殴り掛かってみるが。

 案の定、スピードが緩む兆しも無く、そのまま素通りの素振り。何とも可愛げの無い性格だが、しっかりダメージ反射でこちらも傷を負ってしまった。

 ただ、もっと速い奴がいるよと、沙耶ちゃんがそいつを見事氷漬けに成功して。流線型の飛虫らしいが、他のはとっくに場外に退場してしまったみたい。

 特別には違いないが、果たしてどれから始末するべきか。


 バク先生とホスタさんは、2人で協力して甲虫タイプを殴っている様子。逃げの早い羽虫系は、完全無視するつもりの様子。プーちゃんと雪之丈は、無理せず芋虫を殴っている。

 芋虫は反射は使わず、毒噴射で殴る敵を弱らせる特性を持っているらしい。雪之丈にはぴったりかもだが、彼一人では攻撃力不足で倒し切るのは難しそう。

 僕も腹を決めて、羽虫を殴る合間に別の羽虫を空中キャッチ。早い内に《ダークローズ》で捕えて、取り敢えず今回は2匹ほど倒してしまう作戦を頭の中で立てる。

 これでドロップ内容の変化を、確認してしまえる算段だ。


 反射技は結構痛かったが、ホリーとSブリンカーの協力もあって削りは順調。ついでに『砕牙』も装備して、魔法には頼らない心構えで削りに集中する。

 実際、動き続ける敵には、あれこれ手を出すと操作ミスに繋がってしまいそう。


 こんな前衛の地味な展開を打破したのが、範囲魔法を持っている沙耶ちゃんだった。とは言え、反射が魔法にも掛かると怖いよと、一応言ってはおいたのだけど。

 逃げる敵にイライラの限界に達していたのか、もういいから範囲魔法を撃つとの宣言。せめて単体魔法を試してからにしてと、哀願混じりの僕の返事に。

 それもその筈、遠隔攻撃にもしっかり反射のダメージがついて来てたのだ。


 後衛の防御力なんて、紙切れ同然である。思わぬ反撃に、優実ちゃんは大慌ての様子。そんな予定外の反撃が、こちらの反応を狂わせて行き。気付けば僕の殴っている羽虫も、生垣のような避難ゾーンに辿り着く勢い。

 体力は半分以上減らしているが、間に合うかは微妙な所。


 そのピンチを見兼ねたのか、とうとう沙耶ちゃんが前衛に出張って来た。多分《氷の防御》は掛けているのだろうが、敵の中心に陣取っての《クロスハーケン》の詠唱。

 僕の想像では、この魔法が属性外と言う特別カテゴリーに属する事に秘密があるのだろう。何しろさっきの《アイスランス》の試し撃ちでは、氷種族の高い知力でもレジストされて、ダメージが超低い結果だったのだ。

 とにかくお蔭で、ダメージを抱えていた蟲が次々に撃沈。ついでに沙耶ちゃんも、考えられない程の物凄い反撃ダメージを受けて、オーバーキル状態(笑)。

 雪之丈の特殊技で、すぐに生き返って戻って来たけど。


『び、びっくりしたっw 殴ってた敵が、知らない内にちんでた!w』

『こっちもビックリ……防御魔法掛けてたから、死なないと思ったのになぁ』

『魔属性って言う特別魔法だからかな、ダメージ凄かったなぁ。反射のダメージも凄かったよ、軽く沙耶ちゃん、3人分くらい?w』


 とにかく沙耶ちゃんの献身的な犠牲によって、こちらに風が吹いて来たのも確か。エリアに残っている蟲達は、皆が皆HPをかなり減らしている。

 もう1回行こうかと、沙耶ちゃんの提案には一応待ったを掛けて。確かに優実ちゃんは蘇生魔法を持っているが、魔法を掛ける前に強制退去させられる可能性も。

 トレーニング室にはよくある仕掛けで、そうなるとパーティは、その後数的不利になってしまう。妖精の話では、奥にもう1部屋控えてているみたいだし。

 何よりあの魔法、再詠唱まで半端なく時間が掛かった筈。


 データ取りのため、万遍なく敵を倒してとの僕の願いに。先生とホスタさんチームは了解と、もう1匹甲虫を相手にし始める。僕は羽虫は置いといて、氷漬けの飛虫の前へ。

 確認に殴ってみたが、反射の能力は一番高いかも。それより足止めが途切れると、逃げられる可能性が高いのが厄介。《断罪》からの《風神》で吹き飛ばしてからの、遠隔攻撃にも反射ダメージはやって来るだろうし。

 回復を挟めばいいかと、逃げられるのを嫌った僕はその作戦を敢行。


 想像通りに吹き飛んでくれたのは良いが、その瞬間に足止め魔法も時間切れを迎えた様子。沙耶ちゃん達の銃弾の援護の中、僕の《桜華春来》がHPを回復する。

 半分賭けの中距離スキル技の反射ダメージは、桜のガードが綺麗に消してくれた。


 この効果に気を良くしつつ、何とか飛虫を片付け終えて。後のノルマとしては、羽虫をもう1匹片付けてしまいたい所。気が付けばあれだけいた蟲の群れも、半分以上が逃げおおせている始末。

 残っているのは、一番足の遅い芋虫のみ。


 それでも先生とホスタさんのペアが、約束通り甲虫の2匹目と芋虫の3匹目を撃破してくれていた。もちろんその加算には、ペット達の活躍も大きかった模様だが。

 僕の方も、何とか《ダークローズ》で囲っていた羽虫の2匹目は退治出来て何より。これで貰えるアイテムとやらだが、どれが何を落とすか分かり易くなる筈である。

 2回目以降の、目安になるに違いない。


 結局、戦闘が終わって妖精が報酬としてくれたアイテムは4種類。土と闇の術書が3枚、これは恐らく芋虫からのドロップだろう。属性は、倒したキャラによるものと考えられる。

 それからステータス果実が2個と、特殊術書が2枚。特殊術書は、何と幻や獣や魔と言った、属性外魔法を伸ばしてくれるらしい。レベルアップの際の付与ポイントすら、この新魔法には割り振る事が不可能だったのだが。

 伸ばすには宝珠を探すしかなかった現状に、これは嬉しいアイテムである。ああ、そう言えば他にも、合成で付与の付いたアイテムを作る方法もあったっけ。

 ただしこれは、今の所素材は獣属性しか入手出来ていないけどね。


 さて、残る1つのアイテムは、何とレベルアップ果実と言う超レアアイテム! これには一同驚いた、何しろこのアイテムの存在自体が信じられていなかったのだ。

 昔はレベル1から育成する、限定イベントに確認されたそうなのだが。


 こんなの競売に流すかバザーで売るかしたら、一体幾らの値が付くのやら。驚きの発言が収まらない中、これは恐らく飛虫のドロップかなと、僕は確認作業に忙しい。

 やたらと逃げ足が速かったし、何より1匹しか倒していないのはコイツだけだし。



 そんな興奮が収まらない中、妖精に急かされて最後のフロアへ。今度のルールは、至って簡単……に聞こえたのだが。魔界のトンでも無い植物退治らしく、死なないでネとのたまう妖精。

 円形のフィールドの中央には、なるほど巨大な暗色系の植物が窺える。何というか、大きな花びらと食虫植物のパーツをくっ付けたような容姿は確かに強そう。

 メインの攻撃方法は、あの長い蔦の尖端だろうか?


 コイツを倒せなくても、15分経つと戦闘は終わってしまうらしい。NM戦で15分は微妙な長さ、むしろ少ない気もするけれど。リミットが決まっているなら仕方が無い。

 こちらは全力で挑むのみだ。


 最初の打ち合わせでは、結構気を遣って念入りに作戦会議。ここは妙な場所だから、魔法の効きとかスキル技の効きとか、一応序盤に確かめておこうと言う事になって。

 って言うか、そもそも訓練ルームって設定だったっけ。この部屋は特に、命懸けの気合いが必要らしい。せいぜい勝ち残って、良いモノを貰うとしよう。

 そんな決心と共に、最終戦のスタート。


 お互い殴り合って気付いたのは、敵の蔦のパワーの強さと、それから敵が3部位モンスターであると言う事実。これは大変と、まずは右の食虫植物パーツを沈める計画に。

 幸い防御力はそんなに高く無いのだが、盾役だけに攻撃を集中してくれない敵NM。お蔭で後衛の負担は増大、沙耶ちゃんまで回復に廻ると攻撃力も自然と落ちて来る。

 時間制限があるのに、このペースは不味いかも。


 かと言って、蔦の不規則な動きでの攻撃は、ステップで避けようにも辛い物が。幸い魔法での攻撃は、普通に通るし弱体もしっかり入るみたいだし。

 今夜はポーションの使用も少なかったので、ポケットに不便は無い。連携からの攻撃を提案したら、後衛からすかさず元気な返事が。ホスタさんまで《炎のブレス》で加わって、それが思わぬ大ダメージを叩き出す。

 どうやら植物NM、炎系には弱いみたい。


 ところが敵の体力半減からの、しっぺ返しの大技がとんでもない猛威を振るって来て。最初は食虫植物の、呑み込み消化技だと思ったのだが。すぐに吐き出されたホスタさん、特にダメージの類いも無さそうで。

 訝しく思っていたら、僕のモニターに腐敗の果実と言う特殊技の発動ログ。確かに目の前の植物モンスター、いつの間にやら嫌な色の果実を大きく膨らませている。

 キャラの大きさにまで育つと、それはポトリと地面に落ちた。


『わっわっ、これ誰っ!? ってか、ホスタさんの分身だw』

『ええっ……さっきの呑み込み技と、もしかして連動してたのかな? ゴメンなさいっ、責任もって始末しますからw』

『プーちゃんつけてあげるね、早く倒して戻って来てね』


 支援やら茶化したコメントやら貰って、戦線離脱してしまったホスタさん。己の分身と殴り合いながら、強さを丸々コピーされてますと実況中継してくれる。

 さすがに魔界からの使者、侮れない能力を秘めている。反対側の食虫植物も、ひょっとしたら同じ能力を持っているのかも。葉っぱの形は、微妙に違って見えるのだが。

 考え込んでいたら、キャラのリンが眠り込んでしまった。中央の花の特殊技で、眠りのブレスに巻き込まれたらしい。しかも殴られても起きない仕様、全く酷い。

 憤慨してたら、先生の謝罪の声と優実ちゃんの状態回復魔法が。


 この技は、次からスタンで潰すねとバク先生の焦ったコメント。眠っている間に、する事の無かった僕は『砕牙』に装備変更していた。時計を見れば、既に5分が経過している。

 追い込みを掛けないと、本当にヤバい気配が漂って来た。


 再度の僕の連携の催促に、ホスタさんが微妙に位置を調整。どうやら範囲魔法の《炎のブレス》を、連携に合わせて撃つつもりらしい。魔法が潰されない限りは、それは良い案かも。

 心配は杞憂に終わり、吹き荒れる炎と氷と光のエフェクト。


 ってか、沙耶ちゃんと優実ちゃんまで範囲魔法を撃ち込んだみたい。お蔭で、ホスタさんの分身はかなり与太って来たとの事で。僕の前の食虫植物も、あと一息と言った所。

 最後のハイパー化が来るかなと身構えていたら、案の定の酷い仕様。このエリアをクリアして欲しく無いんじゃないかなと、思わず製作者に疑心暗鬼を抱いてしまう。

 つまりはリンも、食虫植物に食べられてしまったりして。


 雪之丈のパンチで、すぐに吐き出されたのまでは良かったけれど。やはりやって来た、特殊技の腐敗の果実。作った奴こそ腐ってやがると、内心の思いは置いておくとして。

 自棄クソで放った《ヘキサストライク》が、物凄いダメージで溜飲も少しだけ下がる。


『あはは、今度はリン君の分身だw 残念、ペットはコピーされて無いみたいw』

『笑い事じゃないよ、優実ちゃん……いいやっ、先に右のパーツ沈めちゃうね。コイツは足止めしておくから、魔法解けたら知らせてね、お願い!』

『僕の分身も、もうすぐ終わりますから。時間はあと半分くらいかぁ……厳しいかな?』


 厳しいには違いないが、せめて根性で2部位は倒してしまいたい所。それで報酬が貰えるチャンスが増えるかも知れないし、駄目ならそれは仕方の無い事だ。

 取り敢えず僕は、リンの分身を離れた場所までおびき寄せて。それから《ダークローズ》で見事キャッチ、所定の位置に戻りながらも中距離コンボ技を敢行する。

 『砕牙』のお蔭か、大ダメージのスキル技でようやく右パーツが没。


 同じくコピーを倒し終えたホスタさんと、今度は左部位に取り付きながら。両方を相手取ってキープしていたバク先生は、かなり危うい状況だったみたい。

 タゲを無理やり奪ったホスタさんは、先生には男前に映っただろうか。そんなどうでも良い事を考えつつ、再度の削り作業を開始する。後方からの支援もペットの参加も、敵の部位が減ったために安定供給されていてグッド。

 おっと、リンのコピーの存在を忘れてた、慌てて僕は引き返す。


 ソイツはあろう事か、優実ちゃんに襲い掛かろうとしていた。《ルーンロープ》で再度足止めされていたのだが、どうやら遠距離スキル技の届く範囲だったらしく。

 《砕牙》を放って、有り得ないご無体振り。本当にコイツは、装備や技までコピーしているみたいだ。ただし、さっき分かったのだがコイツは闇属性っぽい。

 《ヘキサストライク》をもう一度放ってやるが、先程と同じく効きがすこぶる良い感じ。


 時間制限を気にするならば、このコピーは足止めして放って置く方が良いのかも知れない。ただ、プレーヤーとしては、雑魚から片付ける習慣に従わざるを得ないと言うか。

 つまりは、数は強さでもあるのだ。1匹の行動を疎かにして、戦況全体が崩壊してしまっては元も子もない。それから前衛としての矜持、後衛への危機は無くしてしまいたい。

 要するに、厄介事は元から断つ方が安全なのだ。


 僕のコピーは、対面すると容姿は確かにリンだった。素早い斬撃と、厄介な複合スキル技を持っていて。しかし戦闘ルーチンは、僕のそれとは掛け離れていて。

 何でそんな場面で魔法を使うかなとか、スタン技や幻影技が有効に使えてないなとか。NPCなので当然なのだが、何故か僕にはそれがストレスに感じてしまう。

 リンのコピーなら、もっとマシな闘い方が出来るだろうと。


 溜めのある危険なスキル技は、容赦なく《震葬牙》で止めさせて貰いながら。光属性のスキル技で、順調に削って行って。もちろん回復技など、スキル技の《兜割り》で唱えさせたりしない。

 そうなると、割と力に差がついての戦闘終了と相成って。


 最後の《獣化》には、さすがに肝が冷えたけど。厄介だと思っていた《ビースト☆ステップ》は、最後まで使わず終いだったのが地味に助かった。アレを使わないなんて、戦術として絶対に有り得ないっ!

 コピーの不甲斐なさに憤りながら、僕は仲間の元へと戦線復帰。


 沙耶ちゃん達後衛組には、こっちの削りを頑張ってと伝えていたので。何とか左パーツの体力は、半分まで削れていた様子。何か特殊技来たのかとの問いには、微妙な反応が。

 プーちゃんが……との返答に、僕は視界の端の大柄なペットに視線を向ける。良く見てみると、彼は自分のコピーと殴り合っていた。思わず笑ってしまったけど、これはアリかも。

 時間ももう、残り4分も無いみたい。僕は連携を指示して、それから残った左パーツの体力を計算する。丁度良い感じに、もうすぐ2度目の特殊技が来る気配。

 僕はホスタさんに、少し下がって貰うようお願い。


『えっえっ、何で殴るの止めるのっ? まだもうちょっと、時間あるよね?』

『今は雪之丈しか、殴っている子がいないから……ほらっ、例の特殊技が来たっ! もういいですよホスタさん、残りを片付けちゃいましょう!』


 パーティ内に、ようやく合点の行ったと言う雰囲気が流れた。例の如く生まれ出た雪之丈のコピーに、僕はスキル技でタゲ取りを敢行してやって。

 これで恐らく、当分は後衛にちょっかいを掛ける事は無いだろう。って言うか、このまま倒してしまおうかと言う気持ちにもなって。左パーツも巻き込んでの《爆千本》を撃ち込む。

 それを受けて、後衛組もそろそろ本気モードで削りに参戦。


 範囲技や光属性の魔法の乱舞で、ペットのコピーは残らず昇天してしまった。ついでに左パーツも崩れ去り、残すは中央の変な色をした花の化け物のみ。

 先生の言葉によると、コイツは相当タフらしい。その忠告通り、とうとう時間内には削り切れず終いの結果に。それを受け、悔恨と落胆の空気に陥るパーティの面々。

 ところが報酬は、予想を上回る秀逸さ。


『うわっ、凄いねコレッ! 経験値とミッションポイントと、後はハンターポイントもっ!? 本体の花を残しちゃったから、訓練失敗なのかと思っちゃったよ!』

『どうやら、倒した部位数によるみたいだね。もちろん全滅が一番望ましかったんだと思うけど。ある程度の戦果があれば、無報酬って事にはならないみたい』

『良かった~っ、嬉しいねぇ……あれだけ頑張ったんだから、評価して貰って良かったよ!』


 喜ぶ一同は、既に妖精の手によってエリア退出済みだったり。スキルポイントや経験値はともかく、術書や果実の類いは、公平に分けないといけない。

 トイレ休憩やら、飲み物取って来るため離席してた面々。戻って来てから、僕はどうやって分けようかと伺いを立てる。もちろん一番の大物は、レベルアップ果実に他ならないけど。

 熾烈な取り合いになるかと思われたが、年長者は揃って辞退。


『えっ、でも……コレはレベルの高い人が使った方が、有利なんじゃないのかなぁ? だって、たくさん経験値を稼がないと、次のレベルに上がれないんだから』

『う~ん、それは確かにそうなんだけど。私達としては、早く追い付いて欲しい気持ちの方が強いかな? これからも、長く仲良くゲームを続けたいもんね』


 本当に欲が無いと言うか、バク先生は教師の鑑である。こちらのヤル気を喚起させながら、チームの絆を強めてくれるその言葉に。沙耶ちゃんはもちろん感激して、それじゃあ優実に使わせるねとそれを了承。

 先生とホスタさんは、術書と果実を分け合うとの事で。問題の特殊術書は、僕と沙耶ちゃんの元に。何しろ僕ら2人しか、属性外魔法を覚えていないのだから。

 ところが沙耶ちゃんも、全部僕にくれるとのコメント。


 まぁ、確かにこれも10枚揃わないと余り意味のないアイテムなのだけど。僕も変に意地を張らず、有り難うと言葉を返す。何か別の事で、恩を返せばよい話だしね。

 そんな感じで、妖精の訓練ルームは幕を閉じたのだった。





 その日は朝から、何かに急かされている様な変な緊張感。大き目のカバンには、一泊分の着替えやお泊りセットが。それを無理やり自転車の荷台に括り付けて、僕は隣町までいつもの道のりを突っ走る。

 今日は晴れて欲しいと思っていたが、空は願いが叶った様な晴天が広がっている。いつも見る空なのに、何故か無限の可能性に満ちているように感じて。

 心の持ちようで、景色は千差万別する良い例かも。


 集合時間には、まだ余裕があるとは言え。企画を立ち上げた人間が、まさかドン尻で到着する訳にもいかない。参加人数も当初の予定より増えて、気苦労もその分増えた気が。

 お泊り会の参加者だが、メインはいつもの子守り会の園児達である。双子に智章君にこよりちゃん、それからもちろんメルとサミィ。ここまでは予定通りなのだけど。

 お手伝いの名目で、何故か沙耶ちゃんと優実ちゃんが突然の参加を表明。まぁ、保護者の役割が僕だけなのは、少々荷が重いかなと思っていた所だったし。

 断る理由も見つからず、僕はお泊り会のしおりを追加でコピーする破目に。


 しおりと言っても、簡単な時間割りと持って行くものリストなんだけどね。お泊り会の目的は、もちろんプチ旅行気分を味わって、ワイワイ騒ぐって感じの浅はかな物ではない。

 そんな軽い気分で来るのは、お姉さんの2人位だろう。いや、ひょっとして全員なのかも知れないけど。それでも少なくとも園児たちは、前もって僕の説明を真面目に聞いてくれたのは確かで。

 主な目的は、もちろんお泊りにある。親元を離れても、ちゃんと自分達の力でお風呂に入ったり寝具を整えたり、寝たり起きたり着替えたりをちゃんとする事。

 不安もあるだろうが、子供達には大切な試練である。


 それから、田舎の生活を味わう事。前もって尋ねてあったのだが、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんと一緒に暮らしている家庭は、実は皆無と言う有り様で。

 田舎のお家で、祖父母のお手伝いをしっかりする。子供達には、年を重ねると言う現象が何を伴うのかを理解するのは、なかなか難しいには違いないのだが。

 お年寄りには親切にと、標語みたく口で言うだけでは心に全然響きはしない。ほんの少しでも良いから、一緒に寝食を共にしてして何かを感じ取って欲しい。

 まぁ、そういう僕も祖父母の記憶は殆ど無いのだけど。


 最後に、これはお手伝いと被るのだが、畑仕事の実演をやって貰う予定である。野菜ってどうやって出来るのか、作るのがどんなに大変かを知って貰うのが目的だ。

 あまり詰め込み過ぎても大変なので、主な目的はこの3つ。お年寄りに昔話でも話して貰おうとも考えたのだが、園児には難しい気がして。僕自身は、そういう話を聞くのは大好きだ。昔はこんな大変だったとか、この地域には珍しい風習があるとか。

 師匠なんて、そんな話を聞いては本にまとめている程だし。


 とにかく、浮かれ気分で行われる行事では無い事は分かって貰えたと思う。僕ら年長組にしても、子供達の全ての世話をすると言う責務が圧し掛かって来るのだ。

 気など抜けないのだが、それでも何故か緊張感にも似た浮かれ気分が、身体を支配していたりして。救いなのは、仁科さんがこの大人数のお泊り会に、全く怯んでいない事。

 幾ら大きな家に住んでいるとは言え、僕だったらはた迷惑に感じるだろうに。


 師匠の家族も、お泊りこそしないが夕ご飯まで一緒にいてくれるとの事で。車も出してくれるそうなので、子供達の荷物とシンセだけ運んで貰うよう頼んである。

 子供達は、目的地まで歩いて移動と決めてある。元気が有り余っているので、この位はへっちゃらだろう。むしろ、他人の家にお伺いするのに、多少のガス抜きが必要との判断。

 考え過ぎだろうか、でも粗相はなるべく少なくしたいからね。


 集合場所の幼稚園前には、既に何人か人影が見えた。僕は自転車を停めて父兄と子供達に挨拶をして、自転車を置いてきますと言付けて再び坂を上って行く。

 いつもの大学の駐輪場に、愛車を置いて引き返してみれば。到着人数はもっと増えていて、更には師匠のバンの姿も窺えた。そこかしこで、大人達の挨拶合戦が始まっていて。

 取り敢えず、発案者の体で僕もそれに参加。

 

 師匠はちゃんと、僕のシンセも車に積んでいてくれていた様子。それを確認して、全員が集合したのもついでに確認して。父母の見送りの中、お泊り会のスタートだ。

 意外と心配そうな表情は、ご両親にも子供達の中にも無い様子。僕は年長者に、子供の世話をしっかりお願いねと伝達。年長者はこの中で、もちろん沙耶ちゃんと優実ちゃんと僕なのだけど。

 メルだって、園児から見れば年長者である。


 まずは役割分担を、出発前に報告する。メルと優実ちゃんに、集団のしんがりを務めて貰って。僕と沙耶ちゃんは先頭で、元気な子供達の行進を導く役目を担う事に。

 各々小さなカバンを持っているのは、途中でピクニックみたいにお弁当を食べようと思ったから。師匠や薫さんと相談して、街の外れの小高い神社の敷地を借りる事にしたのだ。

 大学の端っこから、かなりの数の階段を登らないといけないのだけれど。非日常を味わうのだ、その位の困難があった方が良い。園児でも多分いけるでしょと、一応事前にチェック済み。

 夏日も盛りのお盆過ぎ、はてさてどうなる事やら。


 学校の校舎を左手に見遣りつつ、一行は大学の敷地内へ。歌まで歌い始めた騒がしい集団を制御しながら、いよいよ佳境の階段前で、ここを登りますと僕の宣言に。

 え~っと、今日一番の元気な返事。


「上に神社があって、遠くまで見渡せて綺麗な場所があるの。そこでお昼にするので、みんなで頑張って登りましょう!」

「せんせえっ、今日はお泊り会じゃなかったの?」

「お昼を食べたら、今度は山の反対側に降ります。そこのお家に、今晩は泊めて貰います」


 智章君の質問に、真面目顔で答える僕。子守りの時間も、僕は大体こんな感じ。相手が園児だからと言って、筋道を立てないいい加減な答えなどはしない。

 もちろん茶化したり、質問の答えを放って置いたりもしない。相手が興味を持った事象には、僕もとことん付き合ってあげる。だから最近、僕は花の種類や人形の名前に、異様に詳しくなってしまった。

 信頼を得るにも、努力は必要なのだ。


 合図とともに、隊列は変えないまま山登りはスタート。丁度階段は日陰になっていて、涼しげな気配さえ窺える。とは言え、長く連なる階段を登るのは、やっぱり一苦労。

 途中、こよりちゃんやサミィ辺りが弱音を吐くかなと思っていたけど。意外と頑張りを見せて、気が付けば山頂の鳥居を潜っていた。境内は狭いが、独特な清涼感ある空気に包まれていて。

 どこか異界の佇まい、僕らは整列してまずは挨拶。


 ついでに掃除して行こうかと提案したら、は~いとの元気な園児たちの返事。お社の奥の建物の一つが、荷物置き場で掃除道具が入っているのを僕は知っていたのだ。

 園児たちに配りながら、敷地を借りるんだからお礼をしなくちゃねと皆に言い含める。沙耶ちゃんが感心した風に、こんな行事の経験があるのかと訊いて来た。

 子供の頃から引っ越しの多い僕だが、その街の一つが盛んだったと話す僕。


「へえっ、だからかぁ……うちの街って、行事は色々とあるんだけど、ボランティアは意外と少なくってさ。街並みも普段から綺麗だから、清掃する場所も少なくって」

「川の美化計画、確か小学校の時にあったよねぇ? でもお調子者の男の子が川に落ちて、それ以来無くなっちゃった」

「大井蒼空町って、そういう所が徹底されてるよね。ゴミを出さないためか、自販機とかコンビニの数が異様に少ないもんね……あんな大きな街なのに」


 便利過ぎる利便性は、毒になり得る。薬がその良い例だ、与え過ぎると重大な悪影響を及ぼす事態に。この街の設計者は、その事を良く分かっているように思う。

 自販機やコンビニなんて、無くたって人は生きていける。


 僕らはそんな話をしながら、元気に動き回る子供達に追従して掃除のお手伝い。掃除と言っても落ち葉集めだ、たまに針葉樹の枝が落ちてるのは手で拾ってやる。

 僕も小学校の頃、こんな感じに月に1度の子供会主催の清掃に参加していた覚えがある。どの町だったか、もう記憶もあやふやだけど。多分、その街には1年位しかいなかったような。

 それでも、終わった後に貰えるジュースやお菓子に歓喜した記憶はしっかりある。


 そんな子供の頃の懐かしい記憶と向き合いながら、子供達の頑張る姿を見るともなしに眺めてみるが。メルがしっかり皆の手綱を曳いており、箒係とゴミを集めて一か所に捨てに行く係がきゃいきゃい言いながら動き回っている。

 お姉さんコンビは、優実ちゃんの見つけたハタキで、今はお社の建物の埃落としなどをやっている。僕もそれに混ぜて貰って、建物の近くを箒で綺麗にして行く。

 30分程度のご奉公だったが、皆が満足の行く結果は出た様子。


 お社は、ちょっと変わった造りになっていた。賽銭箱の置いてある場所が、四角い舞台になっているのだ。古い屋根は付いているが、壁は太い手摺りのみである。

 ここは神楽を舞う舞台のようだ、別の土地だが、子供の頃に友達と観に行った記憶がある。地元の人間が早くから来て、特等席のこの舞台の端に自分の席を取っていたっけ。

 子供心に、それをとても羨ましく感じたものだ。


 僕らは神様にお断りして、この場所で昼食を取らせて貰う事に。あれだけご奉仕したのだ、バチも当たらないだろう。それでも上がらせて貰う時には、念入りにお礼を口にする。

 子供達もそれに倣って、元気に神様にご挨拶。


 各自開いたお弁当は、お母さんたちの気合いの入った力作揃い。楽しそうな会話に混じり、夏の蝉の大合唱が響いて来る。時折吹く涼しい風が、ここは山の上だと知らせてくれて。

 僕は2人の同級生のご相伴に与りながら、メルのお弁当箱からもおかずを貰ったりして。それを目にした園児たちは、僕のもあげるとこちらも元気に大合唱。

 驚いた蝉たちが、束の間命の唄を止めたほど。


 本当に良い子達ばかりだ、僕はありがとうとお礼を言って、貰ったおかずを口に運んで行く。再び合唱を始めた蝉たちも、賑やかさなら負けないぞと競り合って来ている様。

 昼食が終わると、僕らは神様にお礼を言って、今度は反対側の道から下山に掛かる事に。道は少し荒れていたが、幸い園児の足でも急と言うほどの勾配も無い感じ。

 子供の足でも、5分も掛からず無事に麓まで到着。


 田舎町の端の、しなびた通りに出た僕ら。しかしその通りは、50メートルも続かずに終わりを告げていた。唯一の商店街らしいのだが、田舎っぽい建物としなびたバス停が窺えるのみ。

 人通りも全く無くて、ちょっと心配になってしまうけど。師匠に言わせれば、昔からこんな感じだったらしい。だから子供の気配には、皆が大歓迎なのだそう。

 元気な園児たちは、そんな事を気にせず行進を続ける。


 田舎道とは言え、一応は舗装されたアスファルトが存在する。とは言え、時折通り掛かるのは年季の入った軽トラのみ。子供達の列に、運転手のお爺さんはにこやかに手を振る。

 愛想の良い子供達は、それに手を振り返してみたり。側を流れる用水路に、ひたすら注意を向ける子もいるけど。水の中の生き物に、興味津々なのは魁南と一緒みたい。

 暑い日差しの中、時折大きな木の作る陰で休憩を取りながら。ピクニック気分の一行は、程無く仁科家に到着を果たす。立派な門構えの家に、驚きの声もチラホラ。

 賑やかな声に、仁科さんと師匠がすぐに迎えに出てくれた。


「いらっしゃい、いやいや大人数やなぁ。何も無い田舎やけんど、寛いで過ごしてや」

「はい、本当に大人数でお邪魔します。迷惑を掛けるかもですが、お泊り会よろしくお願いします」


 固い挨拶の言葉に次いで、僕はメルに目で指示を送る。一歩前に出た少女は、元気よくよろしくお願いしますと挨拶。それに倣って、園児達の綺麗に揃った挨拶の声。

 仁科さんは楽しそうに、自分の家と思って寛いでやと口にして。荷物はこっちに置いておこうかと、屋敷の案内を始めてくれる。師匠も魁南を抱いたまま、それに続いて。

 手荷物を一か所に置かせて貰って、簡単に家の配置を子供達に説明して。家の裏の勝手口に水場を発見した僕は、使わせて貰う許可を家主から得て。

 まずは園児達に、お弁当箱を洗って貰う事に。


 お昼のお弁当持参は、これが目的でもあった訳で。さすがに他人の家の食器洗いは、子供に任せるのは怖過ぎるけど。弁当箱は多少手荒に扱っても壊れないし、各自が持参したモノでもあるし。

 放って置いたらどうなりますかと僕の問いに、カビが湧くんだよとこよりちゃんの返事。うわ~っと嫌そうな皆のリアクション、良かった、変な感性の子は存在しないみたい。

 いつもはお母さんがしてくれる仕事なんだよと、僕は両親の有り難さとか家事の大変さをさり気無くアピール。あまり押し付けがまし過ぎても駄目、子供達に気付いて貰わないと。

 沙耶ちゃんと優実ちゃんも、皆の仕事振りをさり気無く手伝ってくれている。初めての作業は、何分にも大雑把な仕事振りばかり。自分ばかりが濡れ浸る子もいたりして。

 これは大変だと、初っ端から思い知らされる破目に。


 子供達も、その仕事の大変さは思い知ったようだけど。今日と明日は、全部自分達でするんだよと、示されたルールには恭順の構えなのは褒められる点ではある。

 こっちは思い切り不安なのだが、子供達が元気なのには今の所救われている。師匠にいて貰っているのは、何も仁科さんとの橋渡しが目的ではない。

 不意に家が恋しくなった子への、緊急帰宅用の要員である。

 

 魁南を連れているのは、自宅は赤ん坊の世話で手一杯な薫さんに配慮しての事だろう。その小っちゃいギャングは、皆が遊んでいると思ったらしい。自分も参加すると、笑いながら突進して来る。

 屈託のない笑顔で、人見知りなどものともしない態度は素晴らしいけど。園児達にも一応、全員やって欲しいと言うこちらの希望も。沙耶ちゃんがそれを見て、自分のスポンジを渡してくれて一段落ついたけど。

 何をやってるんだかの、怖い所業に見兼ねて僕が手伝いに入る破目に。


 結局は、お手伝いして貰う目的は果たせたとは思う。それを指導するこちらが、多大なる疲労を感じてしまったのは仕方ないとして。洗ったお弁当箱を陰干しして、その出来上がりに満足顔の一同。

 良く出来ましたと、たくさん褒めてあげるのも忘れてはいけない。こういう小さな積み重ねが、個の自主性を育てて行くのだ。誇らしげな園児達を、ようやく家に招き入れて。

 スケジュールではお昼寝の時間が入るのだが、子供達はどうにも興奮して眠れない様子。いつもと違う場所で、いつもと違う事をしているのだから当然かも。

 魁南だけは大物振りを発揮して、一人スヤスヤ眠っていたけど。


 仕方ないので、僕は次の計画に移る事に。時間割には、発表会の練習と書いてある。何の発表会かと、首をひねる沙耶ちゃんに。夜にお座敷が立つのだと説明する僕。

 そこで子供達が、踊りとか演奏会を披露する予定なのだ。


「沙耶ちゃんと優実ちゃんにも、何か出し物して貰うからね。この時間に練習してね」

「えっ、嘘っ? ちょっと凜君、そんな事急に言われてもっ!」

「仕方ないなぁ、じゃあボクと一緒に踊りの発表する、沙耶姉ちゃん? 2時間あれば、振り付け位は覚えられるでしょ?」


 ひたすら無理だと怖気付くお姉さんコンビに、仕方ないと言った表情でメルの助け舟が。園児とは別の出し物を考えてたメルだけど、なるほどこの際一緒でもいいか。

 まぁ、それなら演奏の追加の手間もいらないで済むし。後は向こうの問題、頑張ってねと指導はメルに丸投げする事に。こっちも園児との、最終チェックが待っているのだ。

 他を気にする余裕など、実はそんなに無いのも確か。


 ところが園児達は、そんな緊張感などどこ吹く風。発表会は楽しいモノだと、そんな感じに捉えているせいかも。各パートを確認しつつ、歌詞の抜けも無い様子。

 僕も本番が楽しみになって来た。隣の部屋を少しだけ覗いてみたが、メルが持参のノートパソコンの映像を指し示して、お姉さん2人に熱血指導を行っていて。

 それはそれで、本番が楽しみかも。


 意地悪だなんて思わないで欲しい、まぁ前もって言ってなかったのはアレだけど。タダで泊めて貰うんだから、何かしらの形でお礼の気持ちは伝えるべきである。

 僕も師匠に運んで貰ったシンセを披露するし、園児達にしても同じ事。近所の住人も、今夜は何人か見物に来るらしい。楽しんで貰えれば良いけど、可愛さだけでなく完成度も。

 熱心に練習する姿を、今も仁科さんの家族が温かく見守ってくれていて。



 夕食とお風呂は、夜の発表会に合わせてかなり前倒しになっていた。そんな訳で仁科のおばさんの、お風呂湧いたよの掛け声が練習終わりの合図となって。

 一応の組み分けでは、僕は智章君と双子の兄の勇斗君と一緒に入る事になっている。沙耶ちゃんは、こよりちゃんと双子の妹の愛奈ちゃんを連れて。優実ちゃんは、メルとサミィと一緒の予定となっている。

 ちなみに師匠も、魁南と入浴して行くらしい。


「それじゃあみんな、お風呂セットと着替えを出して下さい。今から順番に、組み合わせ通りにお風呂に入ります。今日と明日は、自分の事は……?」


 自分でする日、と元気な返事。それから各自、自分のカバンを漁り出す園児達。子供をお風呂に入れるのも大変かなと思ったけど、少なくとも僕の組はそうでも無かった。

 行儀良く、体と髪を洗う2人の男の子。


 先生の背中、パパのより大っきいと言われた時は何だかこそばゆかったけど。背中を洗ったり洗われたり、石鹸が目に入らないように気をつけたりの時間を過ごし。

 幸い、仁科家の浴槽はかなり立派で浴室も広々としていて。夕暮れの景色も、割と大きな窓から見渡せてかなり贅沢な感じ。田舎って良いなと、思わず感心してしまう。

 子供達と湯船を楽しみ、1日の疲れを癒してみたり。


 他の組に関して言えば、まぁ恐らく無難にクリア出来たのだろうと思いたい。沙耶ちゃんはともかく、優実ちゃんの組は少し心配だったけど。メルもいたし、サミィの世話は心配なかった筈。

 お風呂から上がった順に、僕らは座敷の準備を手伝い始める。つまりは夕食の準備なのだが、加えて発表会の舞台の場所も用意して貰ったりなどして。

 近所の住人も見学に来るそうで、その数は20人近くになるらしい。それを聞いて、僕は少しだけ緊張してしまう。田舎の住民で何かの会を結成しているそうで、来るのはその人達らしい。

 師匠の言葉に、何となくの納得は見い出せるけど。


 だからと言って、緊張が和らぐ訳では無い。園児達は、全く気に掛けていない風だけど。師匠も少し緊張しているみたい、魁南はひたすら元気だけど。

 沙耶ちゃんもお風呂から上がって来て、残るは優実ちゃんとメル姉妹のみである。ついでに良い匂いも漂って来て、いつもより夕食には早い時間なのにお腹が急に空いて来た。

 用意されたテーブルに、食器に盛られた料理が並べられて行く。


 そこに薫さんが到着した。赤ん坊を父親に手渡して、自分は自宅で作って来た料理を車から運び始める。僕は大喜びの魁南が邪魔しないよう、ひたすら彼をあやしつつ。

 薫さんが最後に車から取り出した、ハンディカムに僕は怯む思い。満面の笑みを示しつつ、早速試し撮りを始める薫さん。やっぱり撮影するのか、出し物に失敗が無ければ良いけれど。

 意気揚々と屋敷に入る薫さんに続いて、僕は重い足取り。


 お座敷は、既に赤ん坊の周辺が凄い盛り上がりを見せていた。仁科のおばさんが、樹生君を抱っこしていて、その周囲に園児達が集まって彼を覗き込んでいる。

 すかさずレンズを向ける薫さん、我が子をメインに名前を呼んであやす素振り。僕の腕の中の魁南が、それは自分のモノだと弟の所有権を主張しているけど。

 魁南も可愛いねと、カメラが向けられたら機嫌はあっさり直った様子。


[お風呂頂きました~! あ~っ、大きなお風呂は気持ちよかったねぇ、メルちゃん♪ あっ、薫さんが来てるっ……夕ご飯の支度も出来てるっ!]

「そうじゃねぇ、お客さんが来よる前に先に飯にしようか。今日は人がぎょうさん来よるから、その準備もせんといかんし」


 仁科さんのその言葉に、いそいそと夕食の卓を囲みに掛かる子供達。いつものように元気で、発表会の重圧など微塵も感じさせない。元気に頂きますを合唱して、食事に掛かる。

 それは僕らも同じだが、沙耶ちゃん達も何となく箸が重そうな素振り。振り付けは大丈夫かと、メルが気を配っているけど。どうやら優実ちゃんの方が、自信満々な様子。

 ゲームの時は、パニック大魔神なのにね。


 賑やかな食卓は、当然の如く時と共に終わりを告げて。それに連れて、仁科さん宅の玄関先が慌ただしくなって来た。訪れる年配の人々は、手に何かしらの手土産を持っていて。

 ほとんどがお酒やお摘みだが、子供達へと果物やらお絵かきセットやらを持参してくれる人も。食卓はある程度片付けられたが、年配の人々は酒宴へと移行する気配。

 僕もそれに合わせて、舞台のセッティング。シンセの配線などの用意は、既に出来上がっているので心配なし。軽く音を出しながら、少しずつ舞台の雰囲気を醸し出して行って。

 魁南の乱入にもめげず、軽く1曲披露する。


 その頃には、沙耶ちゃんや園児達もすっかり出し物の準備は終わった様子で。始めて良いですかとの僕の問いに、仁科さんの頷きとまばらな拍手が応えてくれて。

 メルに挨拶をお願いと小声で囁くと、ぴょこんと舞台の中央に出向いた少女。後に続くように、園児達が綺麗に列を作る。僕のお辞儀の音程に、まずは全員揃っての挨拶から。

 今晩はお集まり頂きありがとうございますと、歯切れの良いメルの挨拶に。近所の大人連中の反応は上々、可愛いとか行儀が良いとか、あっという間に注目を集める小学生。

 歌と踊りを披露しますと、始まりの合図が宣言されて。


 順番は特に決めてなかったけど、メルが勝手に指示を出した様子。舞台に残されたのは、まずは双子のペアだったり。先生早く音楽頂戴と、その二対の瞳が生き生きと語って来る。

 そんな訳で、まずは軽く1曲目を開始する事に。ちょっと前に物凄く流行った、子役の可愛い振り付きの歌である。それが観客に、早速の大反響振りを示し。

 魁南までが、楽しそうに変な踊りを始める始末。


 双子の踊りは、その点物凄く洗練されていた。練習の甲斐あってリズムもぴったりで、それより驚きなのが双子による全くブレの無いシンクロする振り付け。

 他の子達は、即席の舞台の端で元気良く歌を披露している。やって見れば分かるが、歌いながら踊ると言うのは物凄く疲れるのだ。園児達の体力を鑑みて、ある程度は分担をするように言い含めてあるのだ。

 掴みはバッチリ、僕もそうだが皆も自信が付いた様子。


 可愛らしい子供の歌と踊りが終わる頃、メルが僕とシンセの間にスルッと身体を割り込ませて来た。僕は対応に戸惑いながら、次の奏者はこの娘ですと手早く紹介を済ませ。

 自分はポケットに入れていたハーモニカを取り出して、メルと伴奏を合わせ始める。園児達の行動も、物凄くスピーディ。さっと横一列になって、次なる歌の準備を済ませる。

 順番などアドリブなのに、何て対応力だろう。


 僕らの練習している楽曲は、ほとんどが古くて有名な歌謡曲である。ただし、踊って楽しい振り付きとなると、ある程度限られて来たりして。それでもお尻を振るので有名な、Kポップを園児達が可愛く踊り始めると、観衆からは物凄い拍手喝采が飛んで来て。

 薫さんも、ほとんどかぶりつきで撮影に勤しんでいたりして。


 そんな感じで数曲を披露した後、最後はゆったりと静かな曲で締める事に。今度は智章君の演奏、真剣な顔付きでたどたどしいながら1曲弾き終えると。ほっと安心した表情と、仲間の園児の祝福が待っていた。

 どうやら間違いが心配で、歌いながらみんなで応援していた様子。練習の時も、いつもそんな感じだったもんね。本番での見事な成功に、子供達の絆や自信も一段と増した様子。

 こんな風に感情を素直に出す子供って、本当に良いなって思う。


 たくさんの拍手を貰いながら、やったよ先生と嬉しそうに駆け寄って来る子供達。僕も良く出来ましたとひとしきり褒めながら、ちょっと休むように指示を出して。

 そこら辺は、行儀の良さが染み渡っている子供達。素直に一列に僕の隣に座って、次の演目を楽しみに待つ。メルがようやく、お姉さん達を舞台に引っ張り上げるのに成功したみたい。

 配置について、澄まし顔で僕に演奏開始の合図を送って来る。


 これも楽しいダンスが話題の、3人組ユニットの曲である。割とスローテンポなので、覚えてしまえばそんなに難しくは無い筈。メルが前もって練習していたから、教えるのも楽だったみたい。

 真ん中のメルがメインで、歌と踊りに大活躍。着ているのは実は寝間着なんだけど、その点は園児達も同じだったり。後ろのお姉さんも、振り付けをトチらない様に頑張っているみたい。

 優実ちゃんの方は、割と余裕で笑顔もあるのだけれど。沙耶ちゃんに限っては、超真剣な顔付きでほぼ口パクのみ。どうやら、歌詞までは覚え切れなかったみたい。

 それでもメルをリーダーに、何とか無事に演目は終了。


 観客から拍手を貰って、最後に全員で舞台に並んでのお辞儀と挨拶。それが終わると、今度はごそごそと仁科さん達大人の動きが慌ただしくなって来た。

 子供達は興味津々で、用意されて行く大きな楽器類に目を向けている。話によると、地元の集まりで決起した素人音楽隊らしいのだが。簡単な説明しか聞いてない僕も、ちょっとワクワクして来てしまった。

 会長の仁科さんの挨拶に、子供達も応じて拍手を送る。


 演奏曲は、有名なアニメ映画の主題歌がメインだった。これには子供達も大喜び、ってかとても素人とは思えないパート分け。僕も良く分からないが、これは聴き応えがある。

 園児達にも、ちょっとこんな感じの演奏をやらせてみたい気もしたりして。色んな楽器が紡ぐ、綺麗にまとまった旋律。それを創り出す喜びと、仲間と一緒の楽しさ。

 大変そうだけど、面白そうでもある。


 最前列で指揮棒を振る仁科さんの真似を、魁南が父親に抱かれながら熱心にやっている。続いて撮影に汗している薫さんは、この子は才能があるって思っただろうか。

 他の子達も、色々と気になる楽器があるみたい。多人数での演奏にしても、興味がありそうな素振りである。後で調べておかなくちゃ、興味を持つのは何にも増して得難い経験なのだから。

 こうして合同お座敷会は、盛況のうちに幕を閉じたのだった。



 子供達の何人かは、まだ興奮が身体の中に渦巻いている様子。そんな調子で眠りの扉を潜れるのかなと、僕も少しだけ心配だけど。それはこちらも同じ事、大部屋での雑魚寝のお泊り会、同じ部屋に沙耶ちゃんと優実ちゃんもいると言う。

 最初は仁科さんも、男女別々の2部屋を用意してくれていたのだけれど。蚊帳敷きの寝所が、この1部屋しか取れなかったのが誤算の始まりと言うか。

 この珍しくも懐かしい物体、アニメなどでは見た事があるけど、実際には体験した事のない空間に。子供達は大興奮、みんながここで寝たいと言い出して。

 最初の案の、男部屋と女部屋の仕切りは呆気無くうやむやに。


 部屋も大きいし、そもそも大半は園児なのでスペース的には問題ない。蚊帳の中で詰めて眠れば、一応全員が横になれる筈である。つまりは僕と沙耶ちゃん達は両端に陣取って、園児達を真ん中に寝かせれば問題ないと。

 それがまかり通ってしまうのだから、田舎の人は大らかである。


「ばっと大きく開けて入ったら駄目だよ、メル。蚊が一緒に入ったら、蚊帳の意味が無くなっちゃうからね。スルッと入らなきゃ、あっ、智君は上手に出来た!」

「お泊りなんて、いつ以来かなぁ……サミィ、寂しくない? アンタは初めてでしょ、お泊りするの」

「寂しくないよ? みんな一緒だもんね、お姉ちゃんもいるし」


 それを聞いて、子供達は大丈夫と口を揃えて太鼓判を押すけど。スウェット姿の沙耶ちゃん達を視界にして、大丈夫じゃないのは実は僕かも知れない。

 僕の隣には智章君……と思っていたのだが、ちゃっかりサミィが陣取ってしまっていた。お姉ちゃんは沙耶ちゃんの隣なのに、それでも平気らしい。釣られる様にこよりちゃんも寄って来て、まぁいいかとそれ以上は深く追求せず。

 その隣が智章君で、真ん中あたりに双子がいる感じ。園児は男女の差なんて気に掛けもせず、本当に羨ましい限りだ。騒がしい中、灯りを小さくするよと僕の声に。

 はーいと元気な、返事が響き渡る。


 実際は、開け放たれたふすまのせいで、神秘的な月明かりが射し込んでいて。夜風と共に蛙の合唱も届いて来ていて、街中とは別の次元にいる感を醸し出している。

 タオルケットをしっかり掛けないと、寝冷えするかなと思わせる程度には涼しい田舎の寝所。子供達を寝かしつけながら、沙耶ちゃんとメルの小声の遣り取りも届いて来て。

 あっという間に眠りに落ちたサミィを見ながら、いつしか僕も睡魔に捕らわれてしまっていた。



 田舎の朝の空気は、恐ろしく澄んでて清々しかった。布団が代わったにしては、まぁよく眠れたと思う。この日の早起きは、夏休みで夜型にしてた沙耶ちゃん達には辛かったみたい。

 それでも、自分達で決めた起床時間だ。隣でぐっすり寝ていたサミィを起こし、なるべく反対側の女性陣を見ないように気を配りながら。それでも、大欠伸をしている優実ちゃんは、ばっちり見えてしまったけど。

 目覚めの悪い低血圧集団を、何とか一日の始めの業務へと急き立てつつ。まずは全員が自分で着替えて、それからラジオ体操を庭先でするのだ。それが終わったら寝所を片付けたり、朝の支度を自分達だけでする予定。

 大変だぞと僕が言うと、逆にシャキッとしてしまう園児達。


 ところがお姉さんコンビは、なかなかエンジンが掛からない様子。メルに世話されている姿が、かなり情けない気も。縁側に出て来た集団に、柴犬が何事かと歩み寄って来て。

 どうやらこの場所は、彼のテリトリーらしい。


 ちょっと使わせてねとの僕の言葉に、柴犬はあまり気に入らない様子。それでも子供達の小さな手に何度も撫でられると、根負けしたように逃げて行った。

 仁科さんが呼んだせいかも、彼もこれから朝の散歩らしい。


 ラジカセの音に合わせて、ラジオ体操が始まった。洗顔の時の水の冷たさに、ようやく目覚めに至ったお泊り集団。元気に体操を開始して、その目覚めを確定させる。

 朝起きてすぐに友達と顔を合わすと言う経験に、園児達は有頂天になっている様子。ラジオ体操が終わっても、そのテンションは一向に落ちる気配が無い。

 僕に言われたお仕事を、一生懸命に集団でこなし始める。


 来ていたパジャマを畳んだり、寝所を綺麗に片したり。子供のパワーでは難しい仕事も、僕らはなるべく手伝わない方向で。見守るのだって、大切な子守りの一環だ。

 朝ごはんを食べ終えて、お出掛けの支度を整えて。さて、これから子供達に最大のイベントが待ち受けている。仁科さんの所の畑で、収穫のお手伝いを行うのだ。

 時期が悪いかなとも思ったが、収穫待ちの畑もまだあるそうで何よりだ。暑い盛りの夏日に負けずに、青々とした葉っぱを茂らせた夏野菜の宝庫を目にすると。

 園児達のテンションも頂点へ、歓声と共にわらわらと畑の中に入って行く。


 雑草の茂みは蛇がいるかもだから気を付けてとか、カヤで肌を切られない様にしなさいとか。田舎特有の危険には、園児達も首を傾げてばかりなのだけど。

 分からない事は多くて当たり前、それを知るためのお泊り会なのだから。他人から預かっている子供達なので、間違っても傷付きながら覚えなさいなどとは言えない。

 魁南だったら、ある程度は笑って済ますんだけどな。


 割と広い畑の中には、色んな種類の野菜が育てられていて。こっちは売り物でなく、家族で食べる用の畑との仁科さんの説明。そのせいで、形や熟れ時期に拘らないらしい。

 収穫したては何でも美味しいぞとの話に、勧められてもぎ取ったばかりのトマトに噛り付いてみる僕。果実みたいな感触と味のトマトの実に、本気で驚きの声を上げると。

 園児達も小さな口で、それぞれ挑戦し始めている模様。


 トマトは夏なのに、何でビニールハウスで育てるのかとか、育てるのにはどんな事に注意しないといけないかとか。僕も興味深く話を聞いていたが、園児にはいささか難しい話に思えて。

 取り敢えずは、野菜はどんな感じで畑で実をつけるのか。それを知って貰いたかったので、今回はそれで良しとしよう。きゅうりとかナスとかピーマンを収穫しつつ、園児達の賑やかな声が広い田舎の畑に響き渡る。

 そんな子供達が、とりわけ興味を持ったのが枝豆とスイカの収穫と、益虫の話。枝豆は、みんなお父さんがビールのお摘みに好きだと言う理由だったりして。


 家族へのお土産にたくさん収穫して行きなさいと、気の良い仁科さんのお勧めに。夢中になって摘み取り作業に取り組む一同、これはこれで楽しい時間かも。

 スイカに限っては、そのデンと構えた容姿がいたくお気に入りの様子の園児達。所在なさ気に、ゴロンと畑の土の上に転がっている緑と黒の縞々の玉。やけに奇天烈に、子供達の目には映ったのかも知れない。

 優実ちゃんに限っては、美味しそうと別の意見が聞かれたけど。


 外見から出来の良し悪しは良く分からないけど、確かにスイカと花火は夏の風物詩だ。どちらも味わえない夏など、炭酸の抜けたソーダ水のようなもの。子供達と一緒に、この大物も無事に収穫を終えて。

 網籠の中は、既に夏野菜の彩でいっぱいである。それを見ながら、満足そうな笑みを浮かべる一同。この野菜を作るのも、とっても大変なんだよと僕の講釈に。

 だから食事は感謝して食べましょうと、メルの調子の良い締め。


 お姉さん達が、笑いながらメルの頭をポンポンと撫でている。子供達も、は~いと元気な返事。それから木陰で休憩中に、双子が宙を飛ぶトンボを発見して。

 それから益虫の話になった訳だ。トンボは畑の野菜につく、悪い虫を食べてくれるとの説明に。サミィが勢い付いて、テントウムシの話を持ち出してからは。

 凄いねぇと、子供達のテンションは急上昇。そこに仁科さんが、ちょっと畑の土を掘り返してご覧と助け舟を出す。スコップを持ったこよりちゃんが、ちまちまと土の表面を引っ掻いていたら。

 うにょっと、案外と簡単にミミズの登場。


 わあっと、園児達の反応は様々で面白い。大半の子は、多分初めて目にするこの不思議生物の存在だが。庭で作業した事のあるサミィは、全然平気な様子なのだけど。

 掘り出してしまったこよりちゃんは、驚きにプチパニック状態。智章君が好奇心から、それを引っ張り出そうとすると。思い切り後ずさって、半泣き寸前に追い込まれ。

 サミィが友達に、これは良い虫なんだよと慌てて説明している。


「そうそう、見た目はちょっと気持ち悪いけど、これはミミズと言って土を良質にしてくれる生き物です。土の中にも、こんな益虫がいるんだよ」

「逆に虫の幼虫なんかは、植物の根っこを食べるから害虫なんだよ? 鳥はそれを食べるから……良い子の方?」


 メルの発言に、仁科さんはちょっと渋い顔。鳥はせっかく植えた野菜の種も食べてしまう、困った存在でもあるとの事で。ええ~っと悲鳴を上げ、肩を落とす仕草。

 鳥や野生動物の被害は、農家にとって深刻なモノなのだけれど。元を質せば、自然環境をおかしくして、彼らの住処と食べ物を奪った人間に非があるのだ。

 難しい問題だが、園児達は真剣に聞いていてくれていた様子。


 あんまり詰め込み過ぎても良くないし、難しいお話はこの位で切り上げて。あとはお手伝いの最終段階、みんなで頑張って収穫した野菜を、今度は家まで運ぶ作業を仰せつかって。

 誰がどれを運ぼうかと、張り切って任務をこなそうとするチビッ子軍団。大汗を掻きながら、2人1組で籠を落とさない様に運ぶ姿は真剣そのもの。

 夏日の収穫イベントは、こうして一通りの作業を終えたのだった。



 今は昼食と近所の散歩も終わって、仁科家の周辺は喧噪に包まれていた。屋敷の前には何台もの車が停まっており、園児達の家族が手土産を持って迎えに来ている次第。

 その際の、親達の挨拶合戦と手土産の交換儀式で、場は騒がしくなっていたのだが。僕としては、お迎えの車は2台もあればと思っていたのだけど。実際は、全家族がお泊りのお礼をしなければと考えたらしく。

 今のこの騒々しさに、直結しているみたいだ。


 子供達は、既に帰り支度も終わって呑気なモノ。師匠の家族も車で来ているので、僕はそっちに向かいながらも。追加の車は必要ないみたいですと、言わずもがなの一言。

 シンセ機材は、ハンス一家の車に積み込ませて貰う事にして。僕もそろそろ、岐路につく家族を送り出す挨拶に向かわなければ。薫さんのお泊りどうだったとの軽口を躱しつつ、魁南も泊まれば良かったねと弟分に話し掛けるけど。

 当の本人は、今日はずっと遊ぶんだよと僕を離さない構え。


 それもいいかも知れない、師匠夫婦には今回お世話になったし。仁科さんとの橋渡しとか、その他色々と。子守り位は、体の空いてる時に積極的にしてあげなければ。

 沙耶ちゃんと優実ちゃんがこっちに来て、こよりちゃんの車に便乗させて貰うと告げて来た。ハンス家族は両親で来た上に、帰りは姉妹で車内はいっぱいらしく。

 空いてる車で、こよりちゃんのお母さんが誘ってくれたみたいだ。


「それじゃあ凜君、また今度ね……お泊り会、誘ってくれてありがとう。薫さんと旦那さんと、魁南君もまたね!」

「本当にお疲れ様でした~、また今度~♪」


 元気に手を振りながら、お姉さんコンビの挨拶の言葉に。僕らも手を振り返して、減って行く車にちょっとだけ哀愁を感じつつ。田舎の親戚の泊まり返りみたいだねと、薫さんの一言に。

 こんな感じなのかと、僕も何となく納得してしまった。田舎の両親の元に、盆休みに集った兄弟と孫の群れ。お祖父ちゃんお祖母ちゃんまたねと、最後の挨拶をする子供達。

 僕はふと、もう夏も終わるんだなと心中で納得してしまった。





 ――集団田舎体験は、こうして無事に終わりを迎えたのだった。







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