表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/32

2章♯20 遅れてきた英雄!




 嵐の週末が過ぎ、今日は8月の第二水曜日。あいにくの雨ふり模様の中、僕はバスに乗って辰南町からお隣の大井蒼空町へ。何の事は無い、合同インの約束のためだ。

 毎週の約束行事なので、雨が降ったから中止と断る訳にも行かず。でもまぁ、億劫なのは確かだが、今日は2人にとって特別な日でもある……と思う。

 そうなる経緯も、ちょっと話してみようか。


 まずは月曜日の20年ダンジョンのクリア報酬に、沙耶ちゃん待望の2個目の魔の宝珠をゲット。狂喜乱舞する彼女、これで待ちに待った魔銃の解禁だ。

 ついでに言うと、月曜日の財宝の地図ゲットを受けて挑戦した迷宮クエスト。これは時間が無くて、火曜日の夜に再集合を掛けてのトライとなったのだが。

 結果を先に言うと、見事に玉砕の顛末に。洒落にならないほど強過ぎた、財宝のガーディアン三人衆。それでなくても最近は、全滅でのミッション失敗が多いと言うのに。

 この全滅を受けて、皆で議論する事暫し。


 もちろん難解なクエストや強敵に、立て続けに挑戦している現状もあるのだが。全滅ペナルティを何度も受けて、良い事は全く一つもこれっぽっちも無い。

 そんな訳で、稲沢先生から一人一人の底上げを先にすべきかなとの意見が。レベル上げでの強化やスキルの充実、熟練度もあげておいて損は無い。

 パーティ戦術は上々なのだから、後は個々のスキルアップだと。


 その意見を重く受け止めた沙耶ちゃん。レベル150超えを目標に、しばらく頑張ってみるよと豪語する。幸い学生組は夏休みだし、社会人組に追いつくチャンスだと。

 その発表自体は悪くは無いが、その学生組の中には当然僕も含まれているらしく。確かに最近は上級者と対する機会が増え、僕もその力量差を感じていたけど。

 ここは敢えて、沙耶ちゃんの勢いに乗るべきか。


 そんなギルド会議の結果、難しそうな敵との遭遇は当分避ける事に決まった。つまりは100年クエストは、やるとしてもダンジョン攻略の無いクエのみに。

 話してなかったが、龍人から貰ったダンジョンチケット。あれも暇な時に、ギルドで立ち寄ってみたのだ。その結果、半分も進まずにやっぱり全滅の憂き目に……。貴重な手掛かりも喪失し、メンバーは意気消沈。

 慎重になるのも、理解して貰えると思う。


 ギルドで集まる時間も、なるべくレベル上げやミッションP取りなど、当面は個々の強化に使おうねと話はまとまって。それが昨日の夜の事、昼間は僕は子守りの日だった。

 明けての水曜日、生憎の雨降り模様の今日から本格的なキャラ強化月間が始まる訳だ。僕はバスから降りて、新住宅への道を歩きながら物思いに耽る。

 頭にあるのは、キャラの強化案を含めた今後の予定の事。それから、今朝方発表された臨時バトルロイヤルの順位発表のあらまし。まぁこれも、波乱に満ちていて驚きの連続だったけど。

 しかも、報酬支払方法もまさかの変更アリときたもんだ。


 以前の話では、順位上位者から好きな報酬を受け取って行く取り決めだったようだけど。それだと受け取り資格者が決めない限り、次の者に順番が回らない気がしてたのだが。

 向こうもその事実に、遅蒔きながら思い至ったのだろうか。順位発表と一緒に、獲得ポイントからの買い取り交換にしますと急な変更の申し出だったり。

 勝手な言い分の気もするが、急遽開催のイベントだった事も踏まえると。仕方のない事かも知れない、僕も何とか入賞出来たし。文句を言っても始まらないし、貰えるだけよしとしよう。

 人生、前向きに生きなくちゃね。


 さて、今回の全員参加型バトルロイヤルのポイント上位100名発表だが。この際レベル100以下のランキング結果は、触れないでおく事にしようと思う。

 これも途中でポイントの加算方式が変わったりして、とことん当てにはならないが。取り敢えずは、同等かそれ以上の強者を倒した数が一番多いキャラが1位には間違いない。

 その栄えある一位の名前は“閻魔”のクルスと言うらしい。闇種族で両手槍使い、ガチガチのファイタータイプである。好んで使う3タイプのチャージ技は、破壊力抜群だ。

 2位には何とか、四天王の氷の弓矢使い“冷酷の射手”がランクインしていた。もしも上位を新参者で独占されていたら、月末深夜の闘技場が茶番に思われる所だった。

 つまりは3位も新顔で、通り名を“マンイーター”と名付けられていた。変幻タイプで5位圏内に入ったのは、実はこの人のみ。通り名の由来は、このイベントで一番対人キャラ殺戮数が多かったためらしく。

 つまりは自分より低レベルを、好んで倒していた事になる。


 そういう奴も、中には出て来るのだろう。確率の問題だ、多分そいつもカンスト戦士タイプと戦う事の不利を悟っていたのかも。だから敢えて、低レベル者の集う新エリアの街に出張っていたのだと思う。

 ルールがそれを咎めないのだから、その道も存在し得るのだ。


 まぁ、僕みたいに上級者に挑む輩もいるのだから、その逆も有りなのだろう。もっとも僕みたいな存在も、カンスト上級者には目障りなだけだったかも知れないが。

 名の知れたキャラだと言うのに、倒してもほとんどポイントを稼げない、エラー的な存在だったのだから。本人の与り知らぬ事だが、対戦した者にとってははた迷惑な気もする。

 しかもそれで倒されてしまったら、名声までも地に落ちる可能性が。


 それはさておき、他の四天王も結果を見れば頑張っていた。4位に“黒の凶戦士”が、7位に“業火”のアリーゼがランクイン。愛理さんは、土日共のお昼のお出掛けが響いていた様子。

 最後の四天王“青い稲妻”は、何と資格喪失してしまったらしい。“殺戮屋”ザキさんと遣り合った映像が、ログイン画面から見れたらしいのだが。

 あいにくお出掛けの時間が来て、その映像は未だにチェック出来ていない始末。そのザキさんは15位で、恵さんは19位、ハヤトさんは11位止まりだったみたいだ。

 もっとも男性陣は、アリーゼさんより上に名を連ねる勇気は無かったらしく。


 ランク発表の名前の隣に、3日間のエリア活動数と相手を倒した数も記載されていた。その数が凄いのは5位までで、それ以降はガクッと参加回数が落ちている。

 まぁ、どんなにポイントを稼いでも、勝ち残れていなかったらランクインは不可能なのだし。そういう意味では、このランキングも正直な順位では有り得ない訳だ。

 上位者同士で、きっちり勝敗を見極めない限り。


 全員参加の対人戦など初めての試みだったし、皆にも戸惑いやら変な意気込みやらあったのだろう。その点では、前もって話し合って決めた、学生間の紳士協定は良く機能していた気が。

 その他知り合いの結果だが、椎名先輩は67位、灰谷先輩は資格喪失だが、その友達の砂原さんは41位と堂々の結果だったよう。ちなみに53位に、エイケンも入っていたが。

 環奈ちゃんは、残念ながらランク外。肝心の僕はギリギリの97位だった。


 僕が特に意外に思ったのは、いつの間にやらの薫さんの参入だった。伝説の『蒼空ブンブン丸』と言うギルドで括れば、サブマスのシンと言う人もそうなのだが。

 二人とも揃って30位台に名を連ねていて、見た限りでは活動数はそれほど多くなかった。むしろ少ない部類に入るのに、それでこの順位は凄いかも。

 インしたエリアで、必ず高ポイントを稼いだ証拠なのだから。


 “気配り屋”シンはブンブン丸の副将で、実質この有名ギルドの運営や管理を担っていた人物らしい。ギルマスが海外留学でこの街を去った後も、しばらくはギルドを守り続けていたようで。

 隼人さんの活動休止に合わせるように、その姿もネット内で見掛けなくなって久しい人物だ。その辺りの事情は、実は薫さんから聞き及んでいる僕。

 その人の復活は、一体何を意味するのだろうか?


 ただ単に、新しいカテゴリーの対人戦に興味を持っただけなのかも知れない。それとも知り合いに誘われて、久々にネットでのプレイを楽しんだとか。

 一番ありそうなのが、隼人さんの復活を知ったパターンかも。このサブマスの凄い所は、二つ名からも分かるように、とにかく皆に対する気配りらしい。

 ギルド定員こそ少ないが、ギルドの結束の強さはファンスカ1番との噂のブンブン丸。この話は薫さんの受け売りなので、どこまで信じて良いかは分からないけど。

 さらに親睦の深いギルドが、とにかく多いので有名みたい。競合して一緒に遊んだり、時には限定イベントで競い合ったり。そんな感じで、長年ファンスカの中心的だったギルドには違いなく。

 その橋渡しの全てを、この“気配り屋”は担っていたとか。


 僕だったら、気苦労で胃に穴が開きそうな気もするけどね。まぁ、今ここで気を揉んでも仕方のない事柄だ。後で薫さんに、真相を問いただすとして。

 彼女の機嫌が直っているのを、師匠のためにも願っておこう。


 時間はもうすぐ午前の11時。こんな半端な時間にお邪魔するのは、僕としては気が引けるのだけれど。沙耶ちゃんの、多分その裏では環奈ちゃんのたっての要望らしく。

 お昼ご飯を楽しみにねと、昨日の姉妹揃ってのメール攻撃。彼女達のお母さんが、家に一緒にいる筈なので、そんなに変な事にはならないとは思うけど。

 言葉に出来ない緊張感は、いつもの訪問では無い事態だ。


 そんな僕を出迎えたのは、愛嬌たっぷりの環奈ちゃんのエプロン姿。台所と思しき場所からは、何故だか有り得ない喧噪とか悲鳴とかが聞こえて来る。

 今日は賑やかだねと、僕のさり気無い牽制をものともせず。お母さんが近所の暇な女の子集めて、料理教室みたいな事してるんですと環奈ちゃん。

 初日の今日は、彼女のギルド仲間が二人ほど参加しているらしく。リン様はもちろんVIPの味見役ですと、ストレートに僕を追い込みにかかって来る。

 ヤバい、今日は無事に帰れるだろうか。


 実体験から来るその不安は、もちろん僕の過去の失敗が根にあったりする。少し凝ったものも作れないかなと、何度か自宅のキッチンで挑戦した事があったのだが。

 本を見ながら忠実に作っていた筈が、出来上がりの品は如何ともし難い味付けの品に。駄目だったのは火加減なのか手順なのか、僕にはさっぱり分からず仕舞い。

 合成師としての、僕の面目丸潰れな結果に。


 リビングで一人待たされている間、台所付近の賑やかさはとどまる処を知らぬ威力で。途中、澄まし顔の沙耶ちゃんが麦茶を持ってきてくれたが、特に話し掛けても来ず。

 不安を増長させる演出に、やる事のない僕は本気で怯えてしまいそうに。その後にひょこっと顔を出したのは、いつもホンワカしているラブリー優実ちゃん。

 僕にコントローラーを渡して、笑顔で合成して欲しい品物を羅列する。


 今までに、仕事を貰えてこんなに嬉しかった事は無い。僕はインするなり、脇目も振らずに薬品や消耗品を合成に掛かる。ついでに競売やバザーで、素材のチェック。

 ネット内は、学生の長期休暇を受けて朝から賑やかだ。


 そんな事をしている内に、いつの間にか時計の針は12時を指していた。今度顔を見せたのは環奈ちゃんで、食事の用意が出来ましたと、僕の手を取り台所に連行に掛かる。

 せめて片付けさせてと、僕は大急ぎでログアウト作業。いい感じで合成作業は順調だったので、少し残念に思いつつ。それでもお腹は空いて来てるし、良い頃合いかも。

 実際、台所からは美味しそうな匂いが漂って来ていた。部屋に入って最初に目に付いたのは、賑やかな女性陣とテーブルに並んだ温かな料理の品々。

 思ったより良さ気な出来に、さっきの心配も吹き飛んでしまう。


「さあ凜君、座って頂戴な。味付けは私が見てるから心配しないでね。野菜が煮崩れしてるのは、ご愛嬌って事で勘弁してね」

「きゅうりと昆布の酢の物食べてみて下さい、凜様っ! これは自信作ですっ、私達が作りましたっ!」


 どうやら中学生グループは、簡単な酢の物とサラダを割り当てられたようだ。きゅうりの厚さがやや不揃いだが、味は文句なし。素直に感想を口にすると、環奈ちゃん達は大喜び。

 褒めると言うのは、最良のスパイスだと思う。上達するための、特効薬とでも言うべきか。僕が同席した意味もあったかなと、何となくホンワカしてしまう。

 優実ちゃんも、褒めて欲しいのがアリアリな口調で、この炒め物は私が作ったと進めて来る。野菜の炒め物だが、ビーフンも入ってて口当たりが面白い。

 しかも味付けはカレー風味、食欲をそそる演出がにくい。


 僕の評価に、思いっ切りやったぜ的なガッツポーズの優実ちゃん。彼女がここまで感情を露わにするのは、結構珍しいかも。まぁ、教える先生が良かったのが大きいとは思うけど。

 それは口に出してはいけない事、それは僕にも分かる常識。


 少女達の喧騒と、それを嗜めるお母さん先生の言葉の中。物凄く静かに、僕の前に深皿が1つ押し出されて来た。中には、かなり煮崩れた肉じゃがが。

 おまけに少し、焦げている気が。


「ちょっと焦げてて……じっ、自信作じゃないけど、一生懸命作ったから!」

「う、うん……頂きます」


 煮崩れてる野菜は、箸で取りにくかったけど。味付けは良かったし、焦げも気にならない程度。美味しいよと口にすると、ようやく安堵の表情を浮かべる沙耶ちゃん。

 沙耶ちゃんのお母さんが、他の娘の料理を見ていた隙に、こんな結果になってしまったと残念そうに口にする。まぁ、初心者スタートなら上出来だと思う。

 実際ちゃんとした味付けだし、何より僕は外食よりも家庭的な料理の方が好きだ。


 最近は師匠の家やハンスさん宅で、ご飯をお呼ばれされる機会が増えているけど。その家庭ごとに、やっぱり味付けや得意料理が違うのが面白い。特に、肉じゃがみたいな単純な料理だと、その違いも良く分かる。

 この神凪家では、煮汁少な目の濃い目の味付けが基本らしい。


 師匠の所なんて、溢れる位煮汁たっぷりで、季節によってはミョウガが入ってたりする。それとも小さい子供がいるから、汁が多くなるのだろうか。

 変な考えに浸る僕の前に、今度は新鮮そうなサラダのボウルが。環奈ちゃんが、姉の沙耶ちゃんを目で牽制しながら、これもドウゾと差し出して来る。

 姉妹の視線がバチバチと絡む中、僕の胃袋の負担を心配する者は皆無の状態。お母さんは中学生相手に、きゃぴきゃぴと雑談に夢中のご様子。

 今度は何を作りましょうかと、楽しそうに次の計画を話し合っている。


 今回は、火を使う料理を高校生が担当していた感じだけど。お母さんの予定だと、どんどんローテで役割を回して行く算段らしい。そんな浮かれたプランが飛び交う中、何故か冷や汗が止まらない僕。

 神凪家の昼食会は、そんな二極の極みで過ぎて行ったとさ。

 



 食事が終わってしばらくしたら、今度は賑やかな片付け作業が始まってしまった。家に持って帰る手筈の残り物を、タッバーに詰め込む中学生グループ。

 家の人に食べて貰うのだろう、その笑顔に何となく癒されていたら。ナニ年下の娘を眺めてるのよと、変な勘違いの沙耶ちゃんに、敢え無く台所から追い出されてしまった。

 いや、決してそんな下心は無いのに……。


 皿洗いも中学生が請け負うらしい。あぶれてしまった優実ちゃんと一緒に、リビングに避難する僕ら。エプロンを外した彼女は、やっぱり可愛くて夏仕様の薄着には違いなく。

 慌てて下心を引っ込めるのは、同じくリビングにやって来た沙耶ちゃんに気付いたから。優実ちゃんはすぐにゲームを遊ぶつもりか、既にイン作業を始めている。

 嬉しそうに連呼するのは、新しい銃のネタの事。


「ツインビー、ツインビー、ぴゅ~って飛んで、ブスッと刺すぞ~!」

「あっ、そうだった! 凜君、カスタマイズ終わったって言ってたよね? あれっ、私と優実、武器交換出来るんだ……レベル上げする前に、強くなっちゃう?」

「攻撃力は確実に上がるけど、レベル上げすれば全体的に底上げされるからね。尽藻エリアをうろつくには、やっぱり150レベルは欲しいと思うよ?」


 それもそうだねと、素直に僕の意見に賛同する沙耶ちゃん。今日の彼女は、普段はあんまり着ないような、ゆったりフワッとした涼しげな衣装で。

 整い過ぎた容姿なので、角が取れて丁度いい感じに僕の目には映って見える。ラフな格好をしていても、沙耶ちゃんはたまにモデルのように決まり過ぎてしまうのだ。

 そんな内心の思いを、優実ちゃんは何故か感づいた様子。


「その服はねぇ、この前のバイト代で沙耶ちゃんが買ったんだよ♪ なんだか最近、服の趣味が変わったよね~、沙耶ちゃん?」

「べっ、別にそんな事ないわよっ……それより優実っ、ちゃんと夏休み後半にお金残しておきなさいよっ! 遊びの計画立てて、お金が無いって泣いても知らないからねっ!」


 分かってるってばと、幼馴染同士の垣根のない言い争いが始まり。僕もイン作業を急ぎながら、2人にあつらえた新しい武器に思いを馳せる。

 彼女たちのパワーアップは、これで間違いのない事実となる。今日みたいに盾役不在で遊ぶ場合、リンもしっかり成長させておかないと。少なからず焦る気持ちが、僕の心を苛む。

 これ以上前衛と後衛の差が開いてしまうと、戦術の入る余地が無くなってしまうのだ。この間の対人戦で、対個人用のリンの成長を夢に描いていたけれど。

 どっこい、最低限の盾役の性能も必要になる場面だって出て来るのだ。

 

 台所の喧騒は、いつの間にか静かになっていた。中学生の2人が、私達も家から合同インするねと、さよならの挨拶を告げている。環奈ちゃんが、友達を送り出してこちらに合流。

 彼女は今日、僕らと一緒の合同インを宣言しているのだ。


 姉妹揃ってのイン作業で、このリビングのモニターは全部稼動状態に。すぐに銃を渡すねとの僕の言葉に、そうだったと再びテンションの上がるお姉さんペア。

 それからは、ネット内でのバタバタした分配作業。2人に渡す銃は、手に入ったパーツで多少の強化合成を行なっている。やり過ぎると装備条件まで変化してしまう恐れがあるため、補強パーツを組み込む程度だったけど。

 お金は掛かったが、性能は確実に上昇してたりする。


 さて、僕にも覚えがあるけれど、メイン武器の交換はやっぱり特別だ。彼女達もかなりウキウキしながらも、どこか緊張気味に自分のキャラのお召し替え作業。

 沙耶ちゃんはまず、分配で貰った魔の宝珠を使用する。これで魔銃の装備条件はクリア、同時に新しく《クロスハーケン》と言う名前の魔法を覚えたみたいだ。

 どうやら範囲攻撃魔法らしく、その威力も期待出来そう。


 それからおニューの武器をキャラに装備。案の定、新しいスキル技もついて来て、思わず沙耶ちゃんもガッツポーズ。この所、遠隔スキルに注ぎ込んだポイントでは、当たりのスキル技に恵まれなかった事もあり。

 せっかく伸ばしている攻撃手段だ、強い魔法を持っているとは言え、銃での削りも諦めたくは無い筈。そんな願いが届いたような、新しいスキルの名前は。

 《エーテル魔弾》と《破戒プログラム》と言う、どちらも魔スキルとの複合スキル技だ。


 大喜びの沙耶ちゃんを横目に、優実ちゃんも速く銃を頂戴と騒ぎ出す。彼女も足りなかった遠隔スキルのポイントを、アイテムと館の装置の力で、短期間でぐいぐいと上げて行って。

 沙耶ちゃんだけに銃のお披露目をさせてなるものかと、とにかくここの所頑張っていたのは僕も知っている。幼馴染な上、使っている武器も一緒なのだ。

 置いて行かれないぞと、必死になるのも分かる気がする。


 そんな優実ちゃんの新しい銃だが、パッと見とにかく変わっていた。本人的には見た目がファンシーで気に入っているらしいが、何と二丁拳銃の仕様なのだ。

 性能的にも風変わりで、装備した瞬間に専属スキル技として《二刀流》を取得したっぽい。何と補正スキル付きである、こんなの僕の記憶には無い。

 もう一つ覚えたのは《流線Dショット》と言う複合スキル、これは攻撃用みたいだ。


 環奈ちゃんは騒ぎまくる年長者に、呆れた様な羨ましそうな視線を送っていたが。今日の予定がレベル上げだと、しっかり認識はしているみたいで。

 程なくインして来た同級生と、ネット内で合流を果たして。ちなみにこの娘達は、さっきまでこの家で昼食を一緒にしていたご近所さんである。中学生同士で相談しつつ、今日の狩り場情報を素早く検索しているみたい。この辺りは本当にしっかり屋さんの彼女、この中で一番年下なのに。

 合同インのメンバーも、ぼちぼち仕度に追われ始める。


 今日は総勢6名のレベル上げパーティだ、盾役がいないのでバランス的には今一つだけれど。良い狩り場が空いてれば、それなりの時給は期待出来る筈。

 中学生チームの、環奈ちゃんはもちろん前衛アタッカーだが。もう2人は、どちらも後衛術者タイプらしい。幸いサポート魔法は割と豊富みたいだが、困った事に前衛が2人しかいない。

 即席パーティとは言え、歪なのはあまりよろしくない。それでもこのゲーム、何とかなってしまうのだから面白い。ぶっちゃけ、たった2人でもレベル上げは可能だし、10人に膨らんでもある程度美味しく経験値を稼げてしまうのだ。


 最近は、レベル差を気にしなくて良くなったし、そういうバランスは優れているゲームだと素直に思う。環奈ちゃんの提示した狩り場は、僕のあまり知らないエリア。

 レベル120が適正らしく、環奈ちゃんの友達にレベルを合わせれば問題なしとの事で。中学生の先導で訪れたのは、のどかな平原エリア。新エリアの中央山脈の北の裾野で、地理的には星人の集落の東側に位置する。

 辿り着くのにやや苦労したが、空いているのでポイント的には文句は無い。たまに獣人の移動に出会うらしいが、平常時には基本絡んで来る敵は皆無っぽい。

 ベース地点を定めて、さて狩りのスタートだ。


 そう言えば、このゲームの大まかな流れは話していなかった気がする。つまり、プレーヤーが辿る足跡と言うか、レベルを進めて行く上での道筋と言うか。

 自由度の高いこのゲームだが、進めてみるとやたらクエとかミッション系の依頼が多い。ソロでも割とのめり込める仕様だが、実はコミュニティ色が強いのだ。

 ネット内の街の住人から依頼を受けると、大抵のプレーヤーはヘルプを募る。街中には同じレベルのキャラが集いやすいので、依頼を同じくするキャラと出会いやすいのだ。

 そうやってプレーヤー達は、どんどん知り合いを増やして行く。


 そんな感じで、同じレベル帯の同志を募ってキャラを成長させて行くもよし。ギルドに入って、そのギルドのレベルに追い付くやり方ももちろんある。

 最近は、昔に比べてレベルも上げ易くなったと言われているけど。確かにそうかも、単純にエリアが広がって棲み分けが出来上がった点を考慮しても。

 新エリアも同じく、中央塔以外は、カンストキャラは滅多に訪れなくなった場所だ。


 さて、レベル上げは順調にスタート、リビングも女性陣のやり取りで騒がしくなって来て。新スキル技を試し撃ちする2人は、この上ないはしゃぎ様。

 プーちゃんを頭数に入れても、壁役となる前衛の少ないこのパーティ。最初はどうなる事かと思っていたが、予想に反して時給は上々だったり。

 危なっかしい場面は、実は何度かあったのだ。僕の頼みの複合スキル技は、レベル補正で半分以上が封じられている。それに何より、後衛アタッカーの削り力が強過ぎて。

 何度も壁を無視されて、その度に悲鳴を上げるお姉さんコンビ。


 加減しなさいよとの、環奈ちゃんの叱咤が何度響いた事か。武器を新調して、舞い上がるのまでは寛容に許した彼女だが、パーティに迷惑を掛ける事態は別らしい。

 それでも何匹も敵を殲滅して行く内に、その加減を手に入れたっぽい後衛陣。そこから急に良い感じに、狩りのスピードが上昇して行って。

 気付けば沙耶ちゃんがレベルアップ、皆からお祝いの言葉を頂いていたり。


「はい、おめでとうお姉ちゃん。ちゃんと感謝してよね、レベル上げ付き合ってあげてるんだから」

「……感謝はするけど、服はあげないわよ!」


 警戒心アリアリの、沙耶ちゃんの一言。買ったばかりの洋服をガードするように、胸元に手をやっている。姉妹喧嘩はさておき、良い感じにパーティは役割分担を果たしている。

 好調の原因は中学生の後衛陣だろう。この2人が、便利系の支援魔法を持っていた事が大きい。レベル上げはパーティバランスよりも、実は支援魔法の有り無しの方が重要なのだ。


 土種族の娘の方は《豊穣の大地》と言う魔法を持っていて、これはズバリ経験値の取得率をアップしてくれる。パーティ全体に掛かる魔法で、レベル上げの際にしか役に立たない魔法だが、持っていれは経験値の入りが最大20%近く違ってくる。

 レアとまでは行かないが、もっと後半に出る魔法なので、120付近での所有はラッキーかも。


 闇種族の娘は《冥界の霧》と言う闇魔法で、戦線をサポートしてくれていた。これは敵のステータスの大半を減じてくれる、超便利な弱体魔法だ。

 こう言う魔法は、レジられても掛かるまで大抵は撃ちまくる。素直に掛かってくれれば、殲滅時間が20秒は違って来るのだ。これはかなり大きな利点である。3体で1分の違いになるし、早く倒せば前衛も余計な傷を負わなくて済むのだ。

 狩り場の敵も、上手い具合に魔法の耐性が低い動物系が多い。それを踏まえての、狩り場決めだったのだろう。再ポップ時間も割と早いし、ストレスも感じなくて良い。

 順調なペースで、そのあと優実ちゃんと中学生の2人もレベルアップ。


 夕方過ぎまで、こんな感じの単調作業は続いて行った。最近はクエやダンジョンなどでも経験値を得られるので、レベル上げ自体廃れつつある方向にあるとは言え。

 やっぱりガツンと一気に経験値を入手するのは、この方法が一番には変わりない。そろそろ終わろうかと、誰ともなしに終了の気配が漂い始め。

 短調とは言えども、それなりに楽しかったパーティはお開きに。


 僕は感謝の気持ちを込めて、今度何かトリガーNM奢るねと環奈ちゃんに約束するのだが。だったら週末に、2人でお出掛けしましょうと変なおねだりを貰ってしまい。

 そこから始まる、既に見慣れた何度目かの姉妹喧嘩。そう言えば週末はお盆祭りだねぇと、呑気な優実ちゃんの一言。凜君も一緒に行こうかと、天然優実ちゃんのお誘いは有り難いのだが。

 沙耶ちゃんと環奈ちゃんの殺気を孕んだ視線が、とっても肌に痛いのは何故だろうか。メルとサミィ達も一緒ならと、僕は曖昧な返事を返すのだが。

 そう言えば、去年までは参加を全く考えなかったお盆祭り。誘われる当てもなく、学校行事が詰まらなかった中学生時代。今はこんなに、一緒に遊んでくれる人がいる。

 ――当日は着飾るから楽しみにねと、優実ちゃんの悪戯な瞳が語っていた。





 次の日の朝、僕は何とか早起きに成功して、父さんの出勤を見送って。午後から印刷所のバイトなので、そんなにのんびりは出来ないなと考えつつ。

 何となくゲームにインしたのは、新しく買い直した合成装置を眺めていたいから。限定イベントやら何やらで、ようやくお金が貯まったので、思い切って性能の良い奴を購入したのだ。

 隠れ家に置かれた新しい装置、つい嬉しくって口元が綻んでしまう。


 これを機に家具の配置換えでもするかなぁと、ネット内の部屋を見渡してみる。カバンの中とか預けロッカーの中を見てみるが、意外に雑多なアイテム揃え。

 この前買った呪いの家具は……今回は、設置は見送ろう。それより、苦労して集めた合成素材が、カバンの中に入っていた。これを話すと、長くなるようなそうでも無いような。

 簡単に言えば、この前の対人戦の報酬だ。


 僕の97位という入賞ポイントでは、ろくなスキル技や装備を交換出来ないのは分かっていたけれど。実は再稼働した、師匠と共同経営のキャラバン隊。あれが割と面白そうなレア素材を持ち帰って来てくれたのだ。

 師匠に断わって、何とか自分のモノに出来たは良いのだが。他にも色々と、揃える素材があるのは必然。リンの装備の都合上、取り替えの部位は腕輪なのは決まっているけど。ポイント報酬のリスト内の腕装備には、扱い難い性能の品しか見当たらなかったのだ。

 つまりは、交換可能な範囲内の意味だけど。


 もう一つ上のランクのが欲しいなと思いつつ、悶々と考えに耽っていたら。不意に、白い死神からメールが来て、もう賞品の交換はしたのと尋ねられて。

 冗談で、ポイント余ってたら奢って下さいと返信したら。今度は直接、携帯が鳴り響いてビックリ仰天。恵さんは、どれが欲しいのと相変わらず低いトーンで尋問口調。

 僕はこの装備、合成したら良品に化けるかもと恐る恐るの返答。


 彼女の脳内逡巡は、まさしく一瞬だった様子。って言うか、迷ったのかすら僕には分からなかったけど。いいよとの、軽い返事と共に電話は不通に。何が良いんだか、途方に暮れる僕。

 その後すぐに、返事の意味が判明したのだけれど。


 何となく変な予感はしていたけど、ポストに荷物が届いたよと、チャイムが隠れ家に鳴り響く。それを受け取った僕は、思わず身体をビクッと震わせてしまった。

 しゃっくりのような、体内のナニかの器官が所有者の思考に反して跳び上がったような感覚。変な予感は、コワい現実に格上げとなったみたい。

 僕が冗談で口にした、賞品の中で欲しいと思った腕輪だった――それも2つ。


 これはつまり、自分のも合成してねとの暗黙の指示なのだろうか。そうでない事を願いつつ、お礼は何がいいかなと、逃げの脳内思考を繰り返す僕。

 送られて来た腕輪だが、フォルムは鋭利な牙の生えた籠手みたいな形状である。性能は、装備すると遠隔スキル技が覚えられると言う、そこだけ聞けば良品なのだが。

 防御力は無いも同然だし、しかも装備している間ずっと、MPを消費してしまう設定らしいのだ。こんな欠点付き装備は割と存在するのだが、大半はプレーヤーには敬遠される。

 呪い装備と一緒で、リスクがどうしても鼻につくのだ。


 それでも合成次第で良くなる可能性もあるし、着替えで局地的に使うと言う手段も残されている。着替えとはつまり装備変更で、面倒だけどそれなりの効果はある。

 他のオンラインゲームでは、場面によっての装備変更は主流の一つなのだろうけれど。ファンスカでそれ程流行らないのは、やはり同化システムのせいだろうか。

 属性プラス装備の存在を忘れて、戦闘中に下手に装備を弄ってしまって。誤って外してはいけないものを装備解除して、ペナルティを喰らったりしちゃう。

 笑えない笑い話として、たまに耳にする失敗談なのだ。


 そもそもこのゲームに、着せ替えマクロなど存在しないので。戦闘中に弄るとしても、せいぜいが1~2個所だ。それでも熟練者は、この着替えを恐れずに使う。

 そういう場合は、物凄く偏った装備でも関係ないのだ。例えば、魔法攻撃力+20%の代わりに、防御-20%と言う欠陥性能の腕輪があったとして。

 魔法を撃つ時だけ装備すれば、殴られる距離にいなければ全然平気な訳で。


 まぁ要するに、入手出来たら合成か着替えで何とか使えないかなって、そんな希望的観測で欲しがってた装備だ。理由はもちろん、待望のリンの遠隔攻撃の手段獲得。それをまさか、他人のブツまで担う事になろうとは。

 一人慄いていると、またもメールが一通。


 ――私のもお願いね (゜ω゜)ρ


 その瞬間、どっとのしかかる疲労と虚脱感。2人分の素材なんて、手元に無いっちゅーのに……どこまで勝手で我儘なんだ、まぁ欲しかった装備の交換とプレゼントは素直に有り難いけど。

 素材が無いので、集まるまで待ってて下さいと、表面上は丁寧なメールを返信しつつ。内心では、今度絶対に仕返ししてやると、詮無い事を考えていたり。

 こんなに心臓に悪いプレゼント、貰った事などかつて無かった。


 とにかく恵さんの協力(?)により、何とか素材のほとんどは揃ってしまった。あれからちゃんとした通信で、それあげるから出来た完成品を今度見せてねと了承を貰って。

 朝から合成も悪くないかなと、貰った腕輪の補強具合のチェック。待望の新しい合成装置は、かなり親切に出来上がりの可能性を示唆してくれる。

 その腕輪に組み込みたいと思っているのは、キャラバンで入手した属性武器の威力アップ素材。かなり珍しいアイテムだが、そもそも属性武器を持っているキャラも希少である。

 この組み合わせ、どうやら悪くない確率みたいだ。


 色々と試してみた結果、出来上がりの性能を格段に上げてくれるアイテムが浮上。オーブがそのキーアイテムらしく、使ってみれば? と示唆して来る新合成装置。

 丁度手元には、使わずに持っていた真っ新なオーブが一つあった。いざと言う時に取っておいた、限定イベントで貰った虎の子の景品である。

 それを加えて、接着素材も上等な物に変更。素材の価値が、オーブ投入で跳ね上がってしまった。少しでも合成成功の確率を上げないと、失敗したら目も当てられない。

 これで希少素材3つの合成確率は82%、全て込みで考えると悪くない値だ。


 新合成装置の作動状況は万全、程無く合成成功とのログが届いた。ホッと息を吐く僕、使用の初っ端が失敗だと、さすがにゲンが悪いなと思っていたけど。

 成功して何よりだ、しかしその装備性能には疑問符が。


 まず懸念していたMP消費の欠点だが、全く解消されないと言う悲惨な結果に。むしろ酷くなっている気が、これで常時装着の芽は完全に断たれた訳だ。

 フォルムに関しては、装飾の牙に混ざって、手の甲の部分にオーブの半球が輝く仕様になっていた。格好は良いのだが、それが装置が素材に使えと勧めた理由では無いだろう。

 《砕牙》と言う名前の遠隔スキル技は、前と変わらず装着すれば使用可能みたいだ。その威力は分からないが、果たしてリンの新機軸となり得るのだろうか。

 楽しみなような、ちょっと怖いような。


 お試しの前に、もうちょっと合成で作りたいものが。沙耶ちゃん達の薬莢ベルト、矢束スロット用の装備品だ。普段はそこは、弾丸を99個単位で装備するのだけれど。

 この薬莢ベルトがあれば、色んな種類の弾丸を用途によって素早くチョイス出来るようになるのだ。予めポケットに薬品を入れておく感じで、使い勝手は格段に良くなる。

 つまり、序盤に毒の弾丸を使って、効果が出たら後半は威力の高い奴に交換するとか。足止めしたいと思ったら、咄嗟に粘弾にチェンジしてみたりとか。

 戦い方にも幅が出来るし、僕もレシピを探すのに欲が出ると言うもの。


 元々、矢束の種類は結構豊富にあるんだけれど。それに対して、弾丸はマイナーなのかレシピもかなり入手困難で。最近ようやく毒弾丸と粘弾のレシピを覚えたが、入手は大変だった。

 ただし、常にたくさんの種類の弾丸を持っていても、一々交換は面倒である。それを解消するのが、この薬莢ベルトだ。これのレシピと素材の入手も、実は結構苦労したのだ。

 何にしろ、自分の分も含めてこれも合成終了。


 時間の余裕もまだあったので、僕は早速新しい装備の性能を確かめる事に。薬品やら何やら揃えて、この前調子の良かった狩り場へ出掛けてみるのだが。

 生憎先約の知らないキャラが詰めてて、狩り場を荒らすのも忍びないので。どの程度の殲滅スピードかにもよるが、ポップする敵モンスターも有限なのだし。

 他の候補を検索、すぐに思い付いたのは例の占有エリア。


 闇市から辿り着ける猫獣人のエリアは、最近割とよく訪れる場所だ。敵の強さは程々なのだが、スキル上げにも良いし、何より他のキャラが皆無なのが良い。

 入場条件が闇チケット所持とキツイので、僕はあのエリアで未だに他のキャラに出会った事が無い。つまりは、幾らモンスターを狩っても邪魔が入らないと言う意味。

 ワープを使って、僕は闇市のある街に出向く。


 ネコ獣人の砦は、既に街レベルにまで発展を遂げていた。賑やかと言うかカラフルな天幕仕様の住居群が多いが、小さな通りは活気があって僕は好きだ。

 優実ちゃんも、割と頻繁にクエが起きてないかチェックに訪れているらしい。本音は多分、散歩とかそんな類いの気紛れな発想なのかも知れないが。

 たまにヘルプを頼まれるので、街の発展に伴ってクエも発生するみたいである。僕はと言えば、通りの店の品揃えのチェックが足を運ぶ主な理由かも。

 後はこんな感じの、フリーな狩り場を求めてとか。


 このネコ獣人の街のお店では、獣の刻印の鉱石が買う事が出来るのは前に話したっけ。今では品揃えも増えて、編み込み布も購入可能だ。他にもペットフードとか、獣の呼び鈴とか豪華なアイテムが並んでいたりする。

 もっとも、どれも高価なのでおいそれとは買えないが。


 ペットの経験値を補充するペットフードは、値段は張るが優実ちゃんのお気に入りである。ただし、競売に流してもペットを育てている人自体がいないので、金策には向かないが。

 もっぱらプーちゃん用にと、安くなった際に買い込んでいるらしい優実ちゃん。僕もたまに買うが、買い過ぎると値段があっという間に高騰するので。

 ホリーナイト用に、たまのご褒美程度に与えるだけだ。


 今回もちょろっとお店の品揃えをチェックして、すぐにフィールドに飛び出すリン。ここのエリアは、動物系や森林生息系のモンスターが圧倒的に多い。

 アクティブ系は少ないので、気ままに歩くには悪くない場所である。ところがマップを北東に進み過ぎると、狗族のテリトリーに入ってしまう事になって。

 そうすると、途端に厄介な敵が増えるので注意なのだ。


 今回は時間いっぱい、ペット達の経験値稼ぎも兼ねようと思い至って。ホリーナイトとSブリンカーを出しっ放しに、移動しながら目につく敵を片っ端から血祭りに上げていく。

 暫くして、ようやく今日の目的を思い出して、例の腕輪を装着する。リンの持つオートMP回復は、我ながら誇れる利点の一つだったのだけれども。

 それを上回るMPの摩耗に、ガッカリと天を仰いで溜息一つ。


 まぁ、それについては後で考えよう。このレベル帯の敵に、新スキル技がどれだけ効果があるかを検証してみないと。程度によっては、せっかくの高額合成から生まれた装備が、あっという間にお蔵入りしてしまう可能性だってあるのだ。

 装備した事によって、スキルスロットに《砕牙》と言う名前の新技が追加された。それからスキル技の再選択。当然だが、この新技は腕輪を外すと使用不可になってしまう。

 暫くすると、手の甲の球体が淡い光を放ち始めた。


 その見慣れぬエフェクトに、僕の好奇心がムズムズと反応し始める。これはひょっとすると期待出来るかも、茂みから出て来た熊型モンスターに狙いを定め。

 《砕牙》を放つと同時に、球体は眩い輝きを発する。光はなおも輝きを失わない、って言うか自分で撃っておいてアレだが技の名前がヘン。微妙な変化は、何を意味するのか。

 SPの消費は、思ったより少なくて助かる感じ。連続して4回撃ってみて、名前の謎もようやく解けた。それどころか、コイツは4連射が可能らしい。そこまで撃ち切って、ようやく球体の光が薄まって行った。

 ダメージも申し分無し、遠隔攻撃の奥の手になり得る技だ。


 敵を倒すついでに、さらにこの装備の性能を思い出す僕。そう言えば、属性武器の効果アップ素材は、ちゃんと作用しているのだろうか?

 試しに放ってみた《爪駆鋭迅》は、しかしエフェクトがエライ事に。


 地面が捲れて牙が敵を貫き、風が荒れ狂って敵に突き刺さり。以前はこんな派手なエフェクトは有り得なかったので、やはりこの『砕牙』の影響だろうか。

 この腕輪の名前だが、面倒なのでスキル技と同じ呼び名にする事に。しっかりと複合スキル技の威力も上がっていて、これは……常時装備の手は無いだろうか??

 だって単純に比較して、3割増しのパワーアップだよっ!?


 細剣の複合スキル技の《光糸闇鞠》にも、やはり変化は見られてご満悦の僕。元から派手なエフェクトの技だったけど、それがさらに大変なコトに。

 考えてみれば、この技はMP吸収も含まれていたっけ。さらに、スキルが上がるにつれてこの『暗塊光塵』という細剣、変な能力を示し始めて。通常攻撃時にも、勝手に敵のMPを吸い取る時があるのだ。最初は補正スキルかと思ったけど、そもそもセットしていないのを思い出して。

 さすが神器だ、こんな能力もあるとは。


 変幻タイプに魔法の使用回数は死活問題、薬品の使用回数を考えればこの能力は嬉しいかも。僕には闇魔法の《ダークタッチ》もあるし、MP吸収手段には恵まれている方だろう。

 さらに上位のオートMP回復があれば、言う事ないんだけどな。


 色々考えつつ敵を倒して行ったが、やはり5匹目で魔力が完全に枯渇した。それと共に手の甲の球体も輝きを失い、つまりはSPが溜まっててもスキル技は使えないと言う意味なのだろう。

 技のリキャストは30秒程度なので、強力な割には使い勝手も良いなと思っていたのに。これはやっぱり、常時装備は苦しいかも。何しろ僕の持っている魔法の中にも、MPを結構使う回復系なんかが存在するし。

 下手に攻撃寄りに偏って、死にやすいキャラになったら元も子もない。


 ところで出しっ放しのペット達は、相も変わらず賑やかし以外の何者でもない立場のまま。ホリーナイトの方は、おざなりにでも攻撃は仕掛けるのだが。

 Sブリンカーの方はと言えば、成長の兆しさえ見せてくれない。ギルドでのレベル上げでも出しっ放しにさせて貰って、経験値を稼がせていると言うのに。

 相も変わらず、フワフワと掴み処のない奴だ。



 腕装備を元に戻してから休憩を終え、さてこの後どうしようと考えを巡らせていたら。樹木の切れ端から見える平原に、見慣れないモンスターの影が一つ。

 良く見れば、月明かりの下NMが彷徨っていて、何と偶然見つけてしまったらしい。平原はいつかの戦場跡地で、かなり広くて遮るものが無い。NMも、場所に相応しい死霊系だ。

 ゲーム時間では、今は夜の真っただ中。今釣らないと、夜明けとともに消滅してしまうタイプかも。それでも不用意に慌てず、僕は相手を観察して行く。

 それから、カバンの中の薬品チェック。


 薬品も足りそうだし何とかいけるかなと、脳内でゴーサインが響き渡る。ポケットに聖水をセットして、強化魔法を唱えるリン。戦闘準備はバッチリ、まずは挨拶代わりの弱体魔法を撃ち込む。

 敢え無くレジの判定で、そこはまぁ相手が相手だけに仕方のない事か。次いでの《ヘキサストライク》で、派手に戦端は開かれる。死霊は呪いを吐きながら、リンに接近。

 腐った臓腑が汚れたマントの隙間から、ボタボタと落ちていく。


 気持ちの悪い映像に、少々本気でたじろぎながら。敵の鉈での攻撃を、オートステップで軽快に捌いて行くリン。細剣の効きは悪いが、片手棍の一撃がそれをカバーしている。

 思った通りの敵の性質に、慌てず騒がず攻撃に対処して行くリン。《ビースト☆ステップ》メインの戦術は予定通り、MPは温存で良いだろう。呪い系は厄介なので、スタン技で潰させて貰う。

 後は敵のハイパー化に、冷静に対処出来ればオッケーかなと。戦術の脳内シミュレーションは滞りなく終了。そんな思惑が狂ったのは、例の気持ちの悪い内臓の破片から。

 地面に落ちても消えないので、変だなとは思っていたのだが。


 HP半減からのハイパー化で、何とその臓腑が集合してスライムに変化。半透明のゼリー状の中身は、もちろん腐った内臓が占めている。気持ち悪いったらないが、特殊技の消化液がその思いを完璧に打ち消す。

 装備が一気に欠けてしまい、僕の怒りは一気に沸点に到達。今や2部位となったNM相手に、獅子奮迅の削りを魅せるリン。ペットを入れれば3対2だ、ちょっと空しいけど。

 しかし呪いも消化も厄介だし、どうしたものか。


 結局は、光属性の《ヘキサストライク》のゴリ押しでどうにかなってしまった。途中の装備変更で『砕牙』を試してみたが、どうやら武器でのスキル技全体を強化してくれていて。

 今回の合成でのキャラ強化の手応えを、充分に体感出来た一戦だったかも。MP不足には悩まされるが、当面はエーテル系の薬品に頼るしかないだろう。

 そして倒した後に、驚きイベントが幾つか。


 まずはNMのドロップに、呪いのペーストと言う一品が。説明を読むに、どうやら呪われたペットフードらしい。しかも、ネコ獣人の集落に売られてる品より上物っぽい。

 呪われた状態のまま、ペットに与えたらどうなるのだろう? 物凄く好奇心をそそられるが、まぁ試さない方が無難だと思う。他のドロップには、闇の術書とか鉈系の短剣とか、後は素材や消耗品が幾つか。

 悪くは無いドロップだが、僕は他の事に気を取られていて。


 急に騒ぎ出したスマイルブリンカーは、何が楽しいのかウフフと声を発し、身体を震わせて笑っていた。ちょっと怖いが、今までのノーリアクションを思うと許せる気がするから不思議。

 僕は恐る恐る彼女をタゲって、つまりNPCに話し掛ける要領でご機嫌を伺う。Sブリンカーは、ご主人の気を引いた事で、ようやくその騒ぎを鎮めてくれた。

 そして気が付く、彼女の特殊技の表示欄。


 画面に別ウィンドウが開いたと思ったら、何とそれは今までの取得経験値だった。育成型ペットとは聞いていたが、まさかこんな具合になっていたとは。

 今までこのウィンドウ表示に気付かなかったのか、それともようやく1ポイント経験値が溜まった事で開くようになったのか。とにかくこの子、性能と言うか今から持つ予定の特殊技が面白い。

 僕はその画面を眺めて、慌てて情報ノートを取り出す。


 この子の伸ばすポイント、全部で5つあるのは以前に確認したのだが。リンのHPとかSPの消耗の割合が、一定を超えたら覚える特殊技は、補正スキルの割合が多いみたい。

 つまりはオートHP回復とか、SP30%上昇とかそんな感じ。嬉しいスキルなのは事実だが、僕がタイムリーだと思ったのはMP消耗から覚える、オートMP回復に他ならない。

 しかもこの特殊スキル、5ポイントまで頑張って伸ばす仕様になっていて。1ポイント、3ポイント、5ポイントに到達した時点で、何かしらの技を取得するらしい。

 今の時点で到達したのは、何とNM相手の体力消耗ポイント。通常の敵の方が絶対にたくさん倒している筈なのに、そちらの割合はまだ72%程度らしい。

 ひょっとしたら、パーティでは溜まりにくいのだろうか?


 今後、このウィンドウをいつでも開けられるのなら、そこら辺の仕様も観察が可能になる。MP消耗の欄は、まだまだ低い34パーセント程度だったり。

 もっと頑張らねばと内心で思いつつ、これで俄然とこの子の育成が楽しくなって来た。ひょっとして、先輩のホリーナイトより先に戦闘で活躍するんじゃないだろうか。

 それはそれで、少しだけ寂しい気も。


 ちなみに、今さっきSブリンカーが覚えたのは《ロケットパンチ》と言う特殊技らしい。他の敵を釣ってちょっと試してみたが、遠隔系の打撃技みたいだ。

 威力はまぁ、ホリーナイトの一撃よりは強いかなって程度。攻撃間隔はかなり遅いので、意味はないかもしれないけれど。まぁ、ただ浮いている存在では無くなって、正直肩の荷が降りた気がしないでもない。

 そんなペットの成長を見れた、今回は貴重なソロ活動だった。





 週末の僕らのイン状況だけど、とにかくメンバーの時間がなかなか合わずに大変だった。ギルドの方針としては、夏休み中は学生組はレベル上げ、社会人組はそれをサポートする取り決めになっていたのだったけど。

 何しろリアル世界では、お盆休みに突入してしまったのだ。社会人の二人は、帰省はしないとの話だったけれど。神田さんのお店も、短期だが休みがあると言う。

 それでも色々と、メンバーの誰もが雑多な用事に翻弄される形で。僕ら学生組にしてもそうなのだ、夏祭りの開催のお手伝いに駆り出されたり等々。

 間の悪い事に、古書市もこの時期なのだ。


 古書市は、年に2回ほど大井碧空町の公共催し会場を借りて行う、古書の即売会である。ただし、扱われるのは古書だけではない。同人誌だとか、自主制作本も売りに出される。

 会場は物凄い盛り上がりで、この街のみならず色んな土地からたくさんの人が訪れる。師匠も毎年ブースを借りていて、自主制作本を売りに出すのだ。

 真面目な本も多いが、その中にはしっかりファンスカの攻略本も紛れている。僕もデータ取りやら編集作業やら、手伝いまくっている寡作だと自負しているけど。

 これがなかなか好評なのだ、もちろん当日は売り子もやる予定。


 古書市は週末の土日に開かれて、当日は朝から会場入りしなければならない。今年はお盆休みに掛かってしまい、夕方からは夏祭りが行われるのだ。

 これで忙しい理由が分かったでしょ?


 それはまぁいいや、今語りたいのはネット内の進行状況についてのあれこれ。20年ダンジョンの攻略成功で浮かれられる状況でない事は、前にちょっと話したと思うけど。

 何しろ立て続けのパーティ全壊だ、それでもダンジョンのクリア報酬を皆で分け合ってみると。不思議と強くなった気がして、少しなら次の手掛かりを探し求めたいと浮かれる心情が。

 分かってくれとは言わないが、事の顛末だけは話しておこうか。


 20年Dの主な報酬だが、大物の筆頭と言えば宝具クラスの黒角の兜だろう。それに次ぐのが魔の宝珠と土の宝珠、次点で命のロウソクと黒色ホルンとベルト装備か。

 価値が分からないのが、館遊具一式とか育成人形、それからハンターP引換券の辺り。ハンターP引換券は、幾つポイントが貰えるのかが記載されていないのだ。

 1Pと10Pでは、価値も10倍違うからね。


 後は闇の術書×2とか器用の果実とか武器指南書、看守制服に王冠のオブジェくらいだろう。レア素材や消耗品もあるが、これは売って等分出来るモノ。

 今回の主催は、取り敢えずホスタさんに決まっている。なので大物筆頭は神田さんの手に……と当然思ったのだが。防御とSP補正がずば抜けたこの一品、盾役のバク先生にこそ相応しいのではと言い出す始末。

 これを受けて、慌てて譲り返す稲沢先生。


 この兜、宝具だけあって特殊な性能が1つ付加されていて。恒久的に闇&土スキル+1と言うのがそうなのだが、これがまぁ物凄い羨ましい性能で。

 装着者はこの兜を10日間装備していれば、闇&土スキルが勝手に+1ずつ付加されて行くのだ。僕の《同調》とちょっと似ている、装備の固定化も起こらないのでその点は楽だ。

 だからまぁ、闇と土スキルを伸ばしている、先生に相応しいと言えば確かにそうかも。まぁ全く同じ理由で、ホスタさんが所有して駄目な理由は無いのだが。

 ここら辺り、恋の機敏がややこしかったり。


 二人が揉めている間に、沙耶ちゃんが魔の宝珠はぜひ欲しいと願い出た。これは魔銃の必須条件なので、仲間からはすんなりと快諾されて何よりだ。

 優実ちゃんは、武器指南書と看守制服と、後は育成人形が欲しいかもとフンワリしたお願い。これも異議なく通って、相変わらず欲のないメンバーである。

 僕は今回、ベルト辺りが貰えればいいかな的な方針だったけど。妨害なく注文は通りそうで、やや拍子抜けの感が。遊具一式は館設置で、王冠のオブジェは換金して分配で良いかも。

 後は二人の譲り合いに、決着が付けばオッケーなのかな。


 譲り合いで紛糾した議論は、ようやくの事ケリがついた様子。結局宝具の所有はホスタさんになって、バク先生は土の宝珠と命のロウソクを貰う事に。僕はベルトと黒色ホルン、それからハンターP引換券をゲット。

 自分的には、欲は無いけど満足な報酬だ。前回の10年Dでは、貰い過ぎたしね。


 果実と闇の術書が余ってしまったので、欲しい人を募ってみたけど。みんなが遠慮するいつもの結果に、それじゃあ勝手に決めちゃうねと配分者の権力を行使。

 闇の術書は、僕と先生で仲良く分配。器用の果実は沙耶ちゃんに。ホスタさんは実質、館の所持者でもある訳で。遊具一式を、一応は報酬の一部で納得して貰う。

 優実ちゃんには、消耗品とレア素材を売ったお金を、多目に分配する事で合意して貰って。これで肩の荷が下りた、その上カバンの中の荷もすっかり片付いた。

 ここまでが、週初めの会合での顛末だ。


 おっと、その場ではさらに、シャザールこと調停監査人の言葉も伝えたんだっけ。奴は相変わらずスカしていて、その言葉遊びはこっちをイラつかせる程。

 つまりは有角族の生き残りも、尽藻エリアで襲ってくる可能性が出て来たっぽい。その代わり、有角族の刺客を倒せば対の宝具が手に入るのは全く一緒。

 気苦労は増えるが、報酬予定も同じく増えていく感じ。


 それから肝心の、次の100年クエストのヒントだが。僕の独断で、有翼族のダンジョンの情報を聞いてしまった。特に拘りのないメンバーは、それでいいよと事後承諾。

 シャザールの吐いた情報は、案の定のキャラバン隊からクエストを解き連ねろとの指示。それから今度は、スピードと閃きがダンジョンへの道を開く鍵らしい。

 ほおっと聴衆に回るメンバー達、相変わらずの難関を想像しているのだろう。


 クエ程度なら、進めておいても損は無いかもねと先生の返事。確かにレベル上げは、これから降り掛かる困難に向けて必須と、一度は発破をかけたものの。

 毎日レベル上げばかりでは、正直物足りないのも確かである。本音を言ってしまえば、同じ敵を狩り続けての単純作業は、続ける程に眠気を誘って来るもので。

 それにクエを解いての報酬で、キャラ強化も可能ではないかっ!


『要するに、レベル上げパーティばっかりでは飽きが来ると。そういう事ですね、先生』

『えへっ、危機を煽っておいてアレだけど、やっぱりこのゲームの魅力は、クエとか謎解きだと思うの……!w』

『ああっ、その気持ちは良く分かりますよ、稲沢先生。私も、夜のインでレベル上げしてると、凄く眠くなって大変なんですw』


 ホスタさんの援護は、まぁ当然として。沙耶ちゃんと優実ちゃんも、先生の意見に否は無い様子。元々、もっといろんな場所に冒険したいねと、好奇心の有り余る彼女たち。

 何なら今からでもと、楽しそうに息巻いている。


『あの……それについて、報告と謝らなければならない事が。実は月末のランキング戦で入手した妖精、あれが裏の5種族なのは予想してたんですけど。そいつが、尽藻エリアの古巣に戻りたいと言い出しちゃって……』

『おおっ……それってつまり、ネコ獣人とか針千本の里とか、そんな場所に案内してくれるって事なのかな?』

『わ~っ、3つ目の集落発見だ~♪ 今度は妖精の住んでる集落なのか、楽しそう♪』


 楽しそうな予測ばかり言い放つ女性陣、僕の懺悔ポイントはまるで無視される。いや、これは個人的に神田さんに謝れば済む問題なのだけれど。

 そもそも問題は、妖精の食い意地の悪さに起因する。カバンに入れっ放しだと、コイツは僕の戦闘用の食糧を全部食い散らかしてしまう困ったちゃんなのだ。

 それを避けて、今までは隠れ家のロッカーに監禁していたのだけれど。さすがに可哀想になって、館に執事が就任してアイテム保管庫が解放された際に。

 ここなら広くて妖精的にも嬉しいだろうと、ポイッと引っ越しして貰った訳だ。うん、この時点で僕に落ち度はない……少なくとも、誰からも文句は来なかったし。

 ただ、ホスタさんが知らずに、同じ保管庫に庭の収穫品を預けただけだ。


 その後の出来事は、想像に難くない。何度も見て来た、食い荒らされた品々。実際見れるのが性質が悪いと言うか、例えばパイなら『食い荒らされたパイ』に変化するのだ。

 もちろん、アイテム的に何の価値も無くなっていて、そうなったら捨てるしか無いと言う。


 そんな感じの食い荒らされた野菜や果物に、僕は謝罪の言葉を投げ掛けた訳だ。神田さんは笑って許してくれたけど、しばらく僕は居たたまれない思いだったのは言うに及ばず。

 まぁ、転んだ手の中に藁を掴んでいた“わらしべ長者”のように。まさかこんな失敗が、里の在り処を明かす道標になろうとは。満腹になった妖精は、オウチ帰ると言い出して。

 100年クエストって、本当に訳が分からない。


 行き先が尽藻エリアだと言う事実に、沙耶ちゃんと優実ちゃんはかなりビビっていたけれど。戦闘はなるべく避けて、とにかく妖精の後に続こうとの僕の言葉に。

 メンバー達はやるしかないかと、ちょっと悲壮な決意込みの決断を下して。


 さて、沙耶ちゃん達の尽藻エリアでの活動範囲だが、とにかく猫の額ほどに少ない。幸い僕の勧めで、住居を購入していたのが足掛かり的に幸運だった。

 妖精が指し示したのは、その拠点の街『ネスビス』からそんなに離れていない場所。みんな各々がそこに集合して、それからマップ探索に乗り出しに掛かる。

 そこをうろつくモンスターは、一様にこちらよりレベルが上の強敵だ。


 完全に絡まれないようにフィールドを歩くのは、かなりの難易度だった。それでも何とか、年長者の記憶を頼りにアクティブモンスターを発見する度に回避作業。

 思わぬ場所にいた敵に、絡まれての戦闘が何度か発生したけど。それでもフィールドをようやく縦断して、妖精が口にした『アリュズム平原』と言うエリアに辿り着く。

 のどかで平和そうな平原で、ぽつぽつと丘や樹木が点在している。


『何か穏やかな場所っぽいけど、ここからどうすればいいのかな?』

『準備出来たら、妖精をリリースしますね。多分、勝手に飛んで行ってくれる筈』

『……田舎でスズメバチの巣を見つける作業に似てますねw』


 何のツボに入ったのか、神田さんは楽しそう。優実ちゃんが、念の為にと再度の防御魔法を皆に振舞う。それから僕は、カバンの中の妖精を天に放ってやった。

 束の間の強制イベントで、妖精は燐光を放ちながら宙に漂って。


 その後は、さらに大変な追跡作業。この辺りのモンスター分布を、仲間の誰も知らなかった事も手伝って。どれがアクティブか分からないし、獣人の変わりに変な蟲系の敵が絡んで来るし。

 蜂の一団に絡まれた時には、みんなで大慌て。さっき言ったから招いたと、何故かホスタさんが先生に責められる破目に。他のエリアでは、ノンアクティブな筈の蜂や蛾が追ってくる事態に。

 見掛けとは裏腹な危険なエリアだと、ボロボロになりながら全員の思い。


 そんな事をしている間に、当然の如くに見失ってしまう妖精の姿。律儀に待っていてくれる訳も無く、その燐光の足跡はとうに途絶えてしまっていた。

 戦闘を続けている内に、焦っても無駄だなと分かってしまうこの虚しさ。何とか被害も出さず、絡んで来た敵を殲滅し終えたのだが。ソロで追えば良かったかなと、沙耶ちゃんの言葉に。

 それは無謀だよと、口を揃えて返事を返す年長組。


 繰り返すけれど、ここは尽藻エリアなのだ。レベル100をようやく超えたキャラが、単独でうろつける場所では断じてない。取り敢えず、集団で妖精の飛び去った方向に向かうパーティ。

 充分に気を配ったお陰か、それ以降は不必要な戦闘は回避出来た。やがて見えて来るのは、木立ちが涼しげな陰を落とす、小さな澄んだ池の淵。

 一行は自然と、そこで足を止める。


 何かヒントになりそうな物は無いかと、僕らは手掛かりを求めて周囲の探索に当たるのだが。特に目立つ相違点は見当たらず、これはやっちゃったかと落ち込むパーティ。

 ネコ獣人の砦は、確か金のメダル10枚からの景品交換が鍵だった。その次の針千本の里は、館の開かずの間の謎解きから。ここはしかし、その取っ掛かりを見失う大失態に。

 謎の解明どころか、謎そのものが消失してしまった。


『なんもないねぇ……いかにも怪しそうな池なのに。もっと向こう探してみる?』

『ここはアク敵いないっぽいから、みんなここで待ってて。騎乗トカゲ使って、近くを探ってみる』

『お願いします、稲沢先生……う~ん、僕も騎乗スキル欲しいなぁ』


 神田さんの言葉に、ペットに乗れればいいのにねぇと、優実ちゃん辺りも同意の構え。プーちゃんにキャラを近づけて遊んでいるが、無論ペットに跨れる筈も無く。

 沙耶ちゃんは真面目に、なおも付近を見回している様子。僕も池の淵に立って、何気なく澄んだ水面を眺めてみるのだが。水面に映ったリンの輪郭が、変に歪んで行くのに気付き。

 束の間、その水面の影中に、のどかな風景が焦点を結んだ。そこを行き交うのは、羽根の生えた妖精たち。異界への門が、確かにここにあると言う確信を得る。

 それは次第に、小さな点に収束して行った。


 不意に出現したトレードポイントに、僕は大慌てで仲間に通信を飛ばす。この場を動いたら、ひょっとしてせっかく現れたポイントが消えてしまうかも知れないので。

 キャラは直立不動、ポイントの出現とその意味を皆に通達。


『わわっ、なになに、さっきまで何も無かったのに。ってか、ここに何をトレードすればいいの?』

『分からないけど、水面覗いてたら急に出て来ちゃった。皆で知恵を出し合おう』

『コレ、妖精と関係のあるポイント? 何か持ってたかなぁ、クエ関係のアイテムとか』


 バク先生も戻って来て、頭を寄せ合っての知恵出しタイムのスタート。さっきおぼろげに見えた映像で、ここが妖精に関係する場所だとの僕の発言に。

 それじゃあやっぱり、食べ物を試すのが良いとホスタさん。そんなものかねぇと、女性陣はいまひとつ腑に落ちない様子。それでも優実ちゃんが、進み出て自分の食料をトレード。

 するといきなり、パッと飛び出る食いしん坊妖精。


 ――ナニナニ、こんな所まで付いて来ちゃったの? 仕方ないナァ、それじゃあワタシたちの里に入る許可をあげるネ♪ もちろン、タダじゃあげないケドね☆

 そうねぇ、ここはワタシたちの秘密の隠れ里なんだケド……最近はここら辺も、敵対するモンスターの群れに苦しめられてるの。その駆除をお願いしたいんだケド……。

 その力があるか、まずは池の主相手に示して頂戴ナ☆

 

 妖精の言葉が終わると同時に、水面にただならぬ気配が。大きさも深さも大した事ない池の筈なのに、その中から何か巨大な生き物が忍び出て来るようだ。

 戦いだ~っと、優実ちゃんの慌てたコメント。それとは裏腹に、防御アップの強化魔法がメンバーを包み込む。それを受けたバク先生が、僕の隣に歩み出る。

 それに被さる様に、頑張ってネ☆と妖精のお気楽な一言。


 出現したのは、小山のような大亀だった。顔付きは凶暴で、鋭く尖った牙が見受けられる。先生の挑発スキルが飛び、僕も防御ダウン魔法を掛けてみるのだが。

 敢え無くレジられて、さてどうしたものか。沙耶ちゃんの麻痺魔法は通って、さすが後衛の魔力は一味違う。戦端は切って落とされた、配置を決めての削りスタート。


 どうでも良いが、コイツの名前は尽藻タートルと言うらしい。尽藻エリアのモンスターなので、分からなくもないネーミングだが。そもそも『尽藻』という呼称は、プレーヤー間の当て字と言うか造語では無かったっけ?

 思い悩むのもアレだが、亀種族だけあってとにかく硬い。


 範囲ブレスはすぐにやって来たが、場所を変えると途端に攻撃が通らなくなるので。範囲内の顔面近くからは大きく離れられない前衛陣、スキル潰しでダメージを防ぎつつ。

 向こうの体力も削ってやるぜと頑張るのだが、今回も好調なのは後衛アタッカーズの方だったり。新取得スキルを軸に、魔法の削りが文句のない数値を叩き出す。

 何にしろ、敵の体力が順調に減って行くのは気勢が上がるものだ。


 敵の凶悪な特殊技だが、一番はやはり範囲技のアクアブレスだろうか。僕と先生が、それだけは通さないようにスタン技を交互に用意して対処に当たっている。

 他にも踏み潰しとか噛み付きとか、単体技もパワフルだ。厄介なのは、守備用の特殊技も持っている事だろうか。消せるタイプは、優実ちゃんが《分離光》で消してくれているものの。

 途端に攻撃ダメージが1桁になると、さすがに萎えてしまうモノだ。


 尽藻エリアでの戦闘と言う事で、最初は警戒していたのだが。どうやら補正は、僕らのパーティレベルに合わせてくれている様子。つまりは、今までの100年クエストからは大きく逸脱していない戦闘バランスと言う意味だ。

 それなら何とかなりそうと、削り続ける事10分近く。ようやく大亀の体力は半分を切り、やって来ましたのハイパー化。どうせ凶悪なんだろうなとの、僕の予感は大当たり。

 事もあろうに、コイツは脱皮と言う手段に打って出たのだ。


 つまりは甲羅を脱ぎ捨てて、モロ恐竜のようなフォルムの敵に変化した訳だ。ビックリした盾役の先生も、甲羅部分に攻撃手段が無いとみると、そっちは無視して恐竜をキープ。

 確かに動きは敏捷になって、盾防御は大変になったかもだけど。優位な点である防御を、すっぽり置き去りなのは如何なものか。そう考えてたら、甲羅にも嫌な動きが。

 怪しい光と振動、何かの回路が作動する様な異音がしていたと思ったら。前脚の出ていた穴の部分から、小さな恐竜が次々と召喚されて来ているご様子で。

 放っておいたら不味いと、パーティの意見は一致。


 タゲって確認してみたら、甲羅にも依然と体力は存在していた。半分まで減らしたHPは、召喚を繰り返すごとにさらに減って行く仕様らしいけど。

 このまま放っておいたら、次々と湧く敵の群れに押し流されてしまう。後衛に近付けないようにと、僕は出て来たチビ恐竜を殴りつけてみるのだが。

 小柄だと言って侮れない、そこそこの体力と機動力持ちらしい。


『甲羅の方、体力減らしての召喚装置みたい……自滅するの待っててもいいけど、そうすると前線突破されて後衛から詰んじゃうね。甲羅硬いけど反撃無いから、魔法で潰そうか』

『オッケー、リン君。連携する時は掛け声お願いねっ! 小っちゃい子も、ついでに体力減らすなら範囲魔法の方がいいのかなっ?』

『タゲがそっちに行かない程度に、削ってくれるなら嬉しいかな? おっと、また出て来た……これは僕が受け持つね、凜君』


 ホスタさんがそう言って、新たに湧いた敵を受け持ってくれた。意外と召喚ペースが速いのは、こちらを焦らせる戦略だろうか。プーちゃんと雪之丈は、反撃の来ない甲羅にべったり張り付いて働いている。

 彼らの攻撃力では、ダメージの値が寂し過ぎるけど。


 先生は単独、脱皮ボスの封じ込め作業中。僕らも厄介な甲羅を除去して、さっさと応援に駆け付けないと。それにしても召喚ペースが速い、また1匹追加だ。

 沙耶ちゃんが慌てず騒がず、すかさず魔法で氷漬けに掛かる。僕はじゃれつく敵を引き連れて、甲羅にスキル技を撃ち込む準備のスタンバイ。

 そこからの連携合図に、皆がこっちを注目するのが分かる。


 沙耶ちゃんが範囲を撃つのは予想していたが、何と優実ちゃんとホスタさんまで乗っかって来るとは。特にホスタさんの《炎のブレス》は、甲羅には属性上弱いダメージだったものの。

 チビ恐竜に対しては、なかなかのダメージを叩き出して。


 ひょっとして、恐竜は水属性とは違うのかも。それより僕の殴っていたチビ恐竜、案の定怒りの矛先を後衛に向けた様子。これも予想の範囲の僕は、すかさず闇の捕獲魔法を飛ばす。

 リン君ナイスと、沙耶ちゃんの声援が飛ぶ中。ヘロヘロの敵のHPを見た彼女が、ダッと前衛に飛び出して来た。そして初お披露目の《クロスハーケン》を、敵のど真ん中で唱え始める。

 僕は彼女に近付きつつ、その後の対応に備える準備。


 この新魔法は、術者中心に範囲が設定されているみたい。なので効率良く敵をタゲろうと思ったら、時にはこんな危険な場所に出向く破目にも陥るのだが。

 その分効果は絶大で、さすが新属性魔法だけはある。エフェクトも派手で、術者中心の魔力の暴風を呼び起こす感じだろうか。その派手な魔法が、甲羅どころか全部の敵に吹き荒れる。

 当然巻き込まれたチビ恐竜達は、先程喰らったダメージも相まって。そのほとんどが絶命してしまい、急にすっきり敵の数の減ってしまった戦場に。

 沙耶ちゃんのナイトのつもりが、出番を失って所在なさ気に佇むリンだったり。


 とにかく、甲羅にも甚大なダメージが入ったのは確か。新たに生まれたチビ恐竜に、僕は近付きながら《爆千本》を見舞ってやる。防御無視のこのスキル技に、甲羅のHPも大きく減じられ。

 これをメインの戦闘にすべきだったかと、今更の方針転換も脳内に去来したりして。まあいいや、甲羅の体力も殆ど残っていないみたいだし。

 それに気付いた沙耶ちゃん、《マジックブラスト》で甲羅の息の根を止める。


 これで一気に楽になった、先生もキープしながら程よく脱皮恐竜を削っていた様子。優実ちゃんがちゃんと先生のHP管理をしていたようで、さすがパーティの薬箱。

 ホスタさんとペット達が、慌ただしくメインのボス級の敵へと駆け付ける。僕は残ったチビ恐竜を相手取りながら、改めて戦況の確認など。

 脱皮恐竜に特殊技の変更や追加が無ければ、スタン技を持つ僕の出番は遅れても問題は無いだろう。もし有るならば、前衛は削られて後衛の負担が増す事に。

 それを聞こうとした途端、脱皮恐竜の咆哮が炸裂する。


 これはモーション無しの特殊技で、特にスタン使いには厄介なハメ技だ。効果内の者は逆にスタンに陥って、一切の行動が不可能になってしまうのだ。

 リンも立ちん坊の状態で、チビ恐竜に噛み付かれてしまった。向こうはもっと悲惨で、続いての強烈なブレスを浴びている。敵の属性はいつの間にか炎に変化、脱皮の効果だろうか。

 雪之丈は一発で昇天しており、これはかなりの威力と言える。


 チビ恐竜に少々纏わりつかれようが、厄介な敵ボスは早めに倒すに限るとの結論に至って。僕は『砕牙』モードに衣装替えして、脱皮恐竜の削りに加わる事に。

 挨拶代わりに《爪駆鋭迅》を撃ち込み、回復は先生とピーちゃんに任せつつ。闇の秘酒を使用して、連携の合図を後衛の2人に送る。敵のHPは半分を切っており、只今ハイパー化真っただ中の様子。

 なるほど、それで咆哮を使い始めたのかも。先生は《シールドバッシュ》を惜しみなく使用していて、とにかくパーティ被害を抑え込むのに必死。

 僕もそれは同じ事、チビ恐竜に噛まれながらも再度の《連携》使用に。


 ばっちりテンポの合った、後衛からの魔法攻撃に。敵の体力は一気に削れて、パーティからも絶賛の声が上がる。脱皮恐竜の、残りの体力はもはや2割ちょっと。

 そこからは、波乱も無くいつもの手順で、無事退治まで至って。



 ホッと胸を撫で下ろして、戦闘のあった池のほとりで休憩を取る一行。戦闘をけし掛けた妖精は、もはやどこにも見当たらず。ところが戦闘報酬のアイテムプール欄に、聞き慣れない名前のモノが。

 『甲羅の通行証』と言う、クエストアイテムがそう。


 簡単な説明文によると、使用する事でひとっ跳びに妖精の里にワープ出来るらしい。あれだけの戦闘を乗り切った割には、他には全くドロップ品は無し。

 それでも大喜びのパーティは、さっそく使ってみようと意気も高い。せーので一斉に使用すると、短い画面ブラックアウトの後に、拡がる見慣れぬ景色。

 ファンシーな景色を想像していたが、その里はもっと綺麗で実利的な風景だった。


 妖精の住居は、大抵が緑の若蔦で編まれているようだ。鳥籠にも見えるし、もっと繊細で芸術的なものもある。背高い木々を縫うように、その風変わりな街並みは続いている。

 そこに続く小道も、若蔦と丸太で作られた橋があったり、花壇に彩られた階段があったりと美しい。街の中央はなだらかに傾斜した窪みで、清らかな湖が存在している。

 ひときわ大きな大樹が、その湖面に涼しげな影を落としていた。


 その大樹も風変わりで、幹と枝葉が立派なのは確かだが。根元を見ると、二股どころか何股にも分かれて樹勢を誇っているようで。それが結果的に、幹を絡めて大樹に成長しているらしい。

 その幹の根元の半分は、何と切り取られて切り株になっていた。その複雑な切り株の並びは、まるであつらえた様に舞台か集会場っぽく整えられている。

 実際、この街に住む妖精たちはそのように使っているのかも知れない。そしてその下の複雑な根元の間を縫って、地下水か何かが流れ出ていて。

 それはゆったりとした勢いのまま、湖に合流を果たしていた。


『うわぁ……もっと派手なのをイメージしてたけど、凄く綺麗じゃない?』

『そうだねぇ……何ていうか、心の休まる場所だねぇ。ちょっといいかも♪』

『そうですねぇ、今まで館の中庭が、僕の一番の風景だったんですけど。ここの道端の花壇も、すっごく素敵じゃないですか!』


 女性陣どころか、神田さんまで物凄く陶酔している感じを受けるけど。それは僕も同じ事、長年こんなオンラインゲームをやっていると、好みの場所の1つや2つ、自然と心の中に出来上がってしまうのだが。

 ここは間違いなく、誰の候補にもあがるような落ち着く景色に当て嵌まる筈。例えば、今日は冒険はしないと決めた日の、ただお喋りに興じようとキャラを居座らせておく場所だとかに。

 この妖精の里は、ぴったりな居心地を提供してくれそう。


 ちなみに僕だと、一番はやっぱり自分の隠れ家に他ならない。ゲームの中まで引き篭もりっぽくてアレだが、合成装置の前であれこれ考えるのがこの上なく楽しいのだから仕方ない。

 他の場所を挙げるとすれば、昔素材狩りに籠っていた初期エリアのオギュー平原だろうか。段差のある見通しの良い原っぱを、獲物を求めて駆け回っていたあの頃が懐かしい。

 今はネコ獣人のエリアも好きだ。景色は普通だが、散策していると言う雰囲気が楽しい。


 とにかくそんな目新しくも美しい集落に、僕達は招待された訳だ。もっとも、半ば押し掛け状態なのは否めないが。ただ、妖精があの力較べには意味があると言っていたような。

 何かの依頼をしたいので、こちらの力量を推し量るような言葉を聞いた気がする。それをさり気無くパーティ内に確認したら、そうだクエが貰えるかもと乗り気の一同。

 それからいそいそと、集落の住人を探しに散って行く。


 その散策はこう言ってはアレだが、あまり上手くは行かなかった。素晴らしく綺麗な場所を見つける度に、皆が集合してその景色を愛でるのだ。

 そんな場所が幾つもあるのだが、僕が文句なく眺めてみたい景色も一か所存在して。妖精と泉と言うのは、ファンスカ内では定番の結びつきと聞いた覚えがあるが。

 そこはそんな泉だった、しかも綺麗な滝と突き出た樹木の花が絶妙なアクセント。


 場所的には里から離れた端っこで、溢れ出た泉の水は中央の湖に流れて行くっぽい。妖精は1匹も飛んでいないが、何か神秘的な雰囲気が漂っている気がする。

 思い違いかも知れないが、妖精さえ近付かない何かの意味があるのかも。


 妖精の住民はもちろんいた、それは街並みの通りに集中していたけど。場所的には中央湖畔の南側、そこから東にかけて小道っぽいものが存在する。湖畔の北には、例の大樹がデンと構えていて、聞き回って判明したが、やはりあの場所は彼女達の集会所らしい。

 彼女達と言ったが、妖精には♂の性別が全く混ざっていないようだ。ネコ獣人の集落にもいなかったし、今更驚くような設定でも無いかも知れないが。

 どうやって増えているの? と突っ込みを貰うより、作品の美しさを重視しているのかも。実際、小太りオッサン妖精が眼前を飛んでたら、僕でさえ叩き落とすのに躊躇いは無いかも。

 偏見と言われようが、物語に出て来るエルフや妖精は美しくなくちゃ!


 閑話休題、とにかく妖精達はよく喋ると言う種族特性を持っているようだ。僕らを珍しがる奴、食い物をねだって来る奴、ポケットに入っていいかと尋ねて来る奴……。

 先生と優実ちゃんが思わず許可したのだが、結果は悲惨だった。ポケットの薬品を全部飲まれてしまい、飲み終えた妖精は酔っぱらって飛び去って行ったのだ。

 妖精って、エーテルで酔っ払うんだとは先生の弁。


 ようやく依頼が耳に入って来たのは、そろそろ明日に備えて落ちようかと相談がなされ始めた頃。内容はお決まりの買い物クエ(食いしん坊種族だけあって、全部食べ物と言う有り様だ)とか、モンスターを狩っての素材集めクエが大半で。

 それに混じって、肝心のNM退治クエが1つ。


『おっと、これが凜君が気にしてた退治依頼のクエかな? 妖精の天敵が、最近なわばりを超えて姿を見せるようになって来たので、退治して欲しいって』

『フムフム、この集落は尽藻エリアに存在するとは言え、どうやら補正はパーティに合わせてくれてるっぽいし。今度みんなが集合出来た時には、これ進めてみようか?』

『そうですね……この前の館クエの時と同じく、他のクエは学生組に任せて進めて貰って。戦闘のある奴は、パーティで進める感じですか』


 沙耶ちゃんが、皆がそれでいいのならそうしますと最後にまとめて。その日はそれでお開きの形に、それにしても良い場所の出入り許可を貰えたものだ。

 しばらくこの里に入り浸って、積極的にクエをこなしても面白いかも。妖精の性格は全体的にアレだが、何と言ってもここは裏の5種族の1つに間違いないのだ。

 多分ここは『翼』に該当する秘密の里だろう。


 クエ報酬も、経験上から考察して良いモノが用意されているに違いない。そう言えば『アミーゴゴブリンズ』の連中は、ここを見つけているって話だったっけ?

 差が詰まるにしろ開くにしろ、やっぱり少しずつでも100年クエストはこなして行きたい所。ライバルはガッカリさせたくは無い、それは柴崎君のギルドに対してもそう。

 礼を失する事の無いよう、僕らは拓かれた道をただ進むのみ。





 夏の陽は長く、6時を過ぎてもまだその明るさは健在だ。今日はそんな時間でも、街の住民の群れはそこかしこで見受けられる。今夜の盆祭りを、それぞれ心待ちにしながら。

 大まかなスケジュールは、椎名生徒会長から聞いて知っていた僕。あれから散々、手伝いに手を貸したのだ。主に肉体労働系の、櫓やテントの組み立てなどを。

 そのテントには、高校の各クラブ団体が様々な夜店を出していた。そこまで手伝わなくて良かった事にホッとしつつ、既に賑やかな会場を僕は見渡してみる。

 お盆祭りの会場は、我ながら見事な出来栄えだ。


 同じような会場が、今の時間小学校にも作られている。向こうの方が幾分派手で、提灯や何やらの飾り付けがグランドを覆っている感じだ。高校のグランドは、一般住人向けらしい。

 中学校のグランドと、やたらと広い運動公園は、今夜は臨時の駐車場になるみたいだ。町内会の大人の係員が、今現在もその場の先導などを担っているハズ。

 もちろん花火の打ち上げも、彼らの役目だ。


 僕は何度か手伝いに出向いた先で、何人かとは知り合いになっていた。身体の大きさは、こんな時には不利に働く。目を付けられて、やたらと重労働にこき使われるのだ。

 それでも休憩中には、色々と雑談話から仲良くなった人もいたりして。消防士さんからはスカウトされたし、本当に僕は大人受けだけは良いみたい。

 まぁ、今一緒にいるのは小っちゃな子供なんだけどね。


「沙耶姉ちゃん達、まだ来ないねぇ。リンリン、もう一回、小学校の方行こうよ」

「いいよ……今日は車が多いから気を付けてね、サミィ。運動公園と中学校は、今日は駐車場で立ち入り禁止だからね」

「お母さんのとこ戻るの、リン? お姉ちゃんの踊り、もうすぐ見れる?」

「もうちょっと後かな、振り付けは完全に覚えてる、メル?」


 もちろん大丈夫と、元気に答えるメル。僕はサミィの手を引いて、学校前の大きな歩道を歩きだす。今日は近隣の街からも、花火を見ようと車で訪れる者が多いのだ。

 そのための臨時駐車場だが、公園近辺は花火の打ち上げ場所から近いので、今日は全体的に立ち入り禁止らしい。そんな混雑に輪を掛けて、僕らはうろうろと彷徨い歩く破目に。

 なんて事は無い、直前に沙耶ちゃん達に用事が入ったためだ。


 椎名生徒会長には、どうも本気では逆らえないらしく。僕は既に、ハンス一家と行動を共にする事に決定していたので。人の良い沙耶ちゃんは、困っている先輩の手伝いを承諾したっぽい。

 そんな訳で、メル姉妹と高校のグランドを先程まで覗いていたのだが。


 結局人が多過ぎて、2人の姿を見つける事が出来なかった。皆が準備に忙しそうで、声を掛けるのも気を遣う程。そろそろ小学校のグランドでは、1年生から盆踊り大会が始まる予定だ。

 クラス別に踊るので、1学年終わるのに20分近く掛かるらしい。3年生が始まるには、まだ1時間程度間があるけれど。前もって整列するらしく、その時間が迫っているみたい。

 メルもサミィも、今日はばっちりと浴衣を着込んでいる。って言うか、小学生はどうやら必須らしく、その姿を撮影しようと親御さん連中もかなりの熱の入れようだとか。

 それはハンス家も同じ事、出掛ける前から気合が入っていたハンスさん。


 小学校のグランドで、僕らは再びハンスさんと小百合さんに合流。父親のハンスさんはハンディカムを、母親の小百合さんはカメラと小物入れ用のバッグを抱えている。

 その近くには、こよりちゃんや僕の子守り相手の親子が勢揃い。今夜は幼稚園児に出番はないが、もちろん誰でも踊れる時間は存在する。例えば今も、音楽は普通に流れているし。

 僕の教え子たちは、もちろん全員踊りを覚えている。


 これはメルの協力の賜物で、子守りの時間に僕が覚えてみようかと、子供達へ提案した事から始まったのだったが。みんな乗り気で、メルも教えるのには吝かではなかった様子。

 僕のシンセの伴奏で、何度も通しで踊る練習をした甲斐もあって。スピーカーから流れる曲を聴いて、早くも臨戦態勢の模様の子もいたりして微笑ましい。

 僕が集合の号令を掛けると、みんな楽しそうに駆け寄ってきた。


 訓練のなせる技なのか、みんなで協力して相手との間隔を綺麗に取っている園児たち。本当は櫓の周囲を円になって踊るのが基本だが、それは今回は遠慮しておこう。

 もうすぐ小学生が出て来る時間だし、あんまりバタバタして向こうの進行の邪魔をしたくは無い。ナントカ音頭の曲はループして、再び頭から響き始める。

 僕は指揮者よろしく、始めの手振り。


 子供たちは、元気良く音頭にあわせて踊り始める。3週間余りの付き合いで、だいたいの性格は把握したつもりだが。みんな素直で良い子達なのは、見ての通りで有り難い。

 双子の勇斗君と愛奈ちゃんは、とても元気が良くていつもニコニコと愛嬌も良い。今も元気一杯に、ちゃんと間違えずに踊りを楽しんでいる様子。

 この子達は双子だけあって、容姿も性格も良く似ていて面白い。


 智章君は、とても真面目で好奇心旺盛な子だ。こういう子に色々と教えるのは、こっちとしても楽しいものだ。今は鍵盤の触り方程度しか指導していないが、一番真面目に取り組んでくれるのも智章君だったりする。

 こよりちゃんは一言でいうと、おしゃまな子供だろうか。話しているのを聞いているとそれが良く分かる。~してはいけませんとか、ここはこうでしょとか、口癖がお母さんの真似っぽいのだ。

 それでも友達思いだし片付け好きだし、こちらの言う事も良く聞いてくれる。行儀がいいのもみんな一緒で、突飛な事は滅多にはしない子供達だ。

 それでもたまに、子供っぽくこちらの意表をついて来るけど。


 サミィに関しては、今更言う事は無いだろう。ただし最近は、僕が褒めると怒って小さな拳で叩いて来るようになった。照れ隠しなのは分かるが、そろそろお姉ちゃん譲りのお転婆さんが開花するのではと、こっちは冷や冷やしていたりする。

 まぁ、少し大人し過ぎる子だったので、釣り合いは取れるかもね。


 櫓から離れた場所で踊っているのは、あんまり目立ちたくない思惑もあったのだが。集まって来る観衆が近いと言う弱点には、あまり頭が働かなかったみたい。

 そんなに長く続けるつもりもないし、園児の親御さん達が張り切ってレンズを向けてるし、まぁいいかなと思っていたら。何故か面識の無い父兄の方々が、あんたも混ざりなさいよと子供の背を押す場面があちこちで見受けられ。

 気が付くと園児を始め、他の学区の小学生かなぁって感じの子供たちが、僕に対面して盆踊っている始末。良く見たら、後ろの方に沙耶ちゃんと優実ちゃんまで混ざってる。

 あぁ、彼女たちも浴衣がとても良く似合ってるや。


 僕は普段から、実際年齢よりかなり老けて見られがちだ。そんな人間が、園児たちを集めて指導してたのだ。どこかで運営の係員か何かと間違われているのかも。

 沙耶ちゃん達は、間違いなく確信犯だろうけど。踊りの振り付けもあやふやで、子供の動作を真似ているのがバレバレだ。優実ちゃんに限っては上手に踊れていて、昔取った杵柄っぽい。


 よくやく音楽が一旦休止して、どうやらもうすぐ小学生たちの出番らしい。思わぬ参加者の投入で、落とし所が分からず内心焦っていた僕は、その中断に思わずホッとする。

 先生、上手く踊れたよねと、子供たちは無邪気そのものだったけど。


「は~い、すごく上手で、とっても元気に踊れました。みんな短期間で、振り付け覚えられてびっくりです。お父さんとお母さんにも、褒めて貰ってきてね」


 は~いと元気な返事、手を叩いて子供達を労っていた僕に、何故か外野からも同じく拍手が被さって来て。それだけ子供達の踊りが、可愛くて上手だったって事だろう。

 教え子たちは、それぞれ両親の元に戻ってご機嫌な様子。沙耶ちゃんと優実ちゃんが近付いて来て、花火の時間までどうしよっかと尋ねて来る。

 僕はメルの踊りは見なきゃ怒られると、2人にもう少しここに留まる宣言。それもそうだねぇと、どうやら彼女達も追従してくれそうなコメントを貰って。

 ハンス家族の元に、一緒に挨拶に行こうと彼女達。


 みんな顔見知りなので話は早い、サミィは浴衣姿を褒められてくすぐったそうな表情。花の柄がね、お家の庭のと一緒なのと、優実ちゃん相手に熱弁を振るう少女。

 それから一気に、彼女たちはお祭りモード。屋台を一緒に回ろうねとか、何が食べたいかなとか、相も変わらずハッピーパルスが飛び交っている。

 僕は僕で、ハンス一家に気を使って、撮影係りを買って出て。サミィと両親、それからサミィと遊ぶ沙耶ちゃんと優実ちゃんの姿を映像に留めて行く。

 夏の日差しは、ようやく翳って来たところ。


 ようやくスピーカーからの放送が、小学生の盆踊りの始めを告げる。周囲の群衆が、特に1年生の親御さん達だろうが、熱気混じりに声援を送り始める。

 残暑の熱気と相まって、グランドはお世辞にも良好な状態では無いのだけれど。元気一杯のチビッ子達が、跳ねるように踊る姿は見ていて楽しくなって来る。

 釣られてこちらの園児達も、疲れを見せずに手足を動かして。


 撮影に花を添えてくれる格好なのは、僕としても有り難い思い。サミィだけは僕がレンズを向けると、やっぱり頬を膨らせて怒って来るけれど。

 これもまぁ、一種の愛情表現だと思いたい。


「懐かしいねぇ、沙耶ちゃん。私達も、6年まで毎年踊ってたもんねぇ♪」

「優実はよく覚えてるわねぇ、踊りの振り付け。私はもう、ほとんど忘れちゃったよ」

「サミィはね、みんなと一緒にお姉ちゃんに習ったの。もうすぐお姉ちゃんの番だよ?」


 サミィの言う通り、ようやく3年生が出番を迎えた様子。興奮したハンスさんが、僕からハンディカムを受け取って、愛娘の撮影に駆け参じる構え。

 そんなにムキにならずとも、どうせ踊りながら一周するのに。そうは言うものの、そんな理性のタガの外れたパパ連中、実は周囲に結構垣間見えたりして。

 これも浴衣効果だろうか、確かに浴衣姿の女の子は可愛く見えるけど。


 そんな事を考えてたら、バッチリ沙耶ちゃんと目が合ってしまった。束の間見つめ合って、慌てて頬を染めて視線を外すと。向こうも真っ赤になって俯いていて、何だか調子が狂ってしまう。

 心中の動揺を誤魔化していると、僕を呼ぶ声が聞こえて来た。周囲は段々と暗くなって来ていて、盆踊りの音楽や観衆の喧噪で、賑やかな事この上ない。

 環奈ちゃんが友達と一緒に近付いて来て、高校の屋台は廻らないんですかと尋ねて来た。


 僕は子守りのバイトの女の子が、今踊っている最中だと説明して。お姉さん達が手を振って応援している姿を、環奈ちゃんに向かって指し示す。

 この街の子供達は、横の繋がりもそうだが、縦の絆もやたらと強い気がする。環奈ちゃん達中学生グループも、程無く声援団に吸収されてしまって。

 賑やかな地域行事の、盛り上がりを手助け。


 メルの3年生グループが踊りを終えて、ようやくグランドの雰囲気は一息ついた感じに。アナウンスが、4年以上の上級生は、明日の夜が出番みたいな放送を流している。

 ここからはフリーで、主に町内会の集団やらの踊りの時間らしい。飛び入り参加ももちろん今からは可能で、それは多分隣の高校グランドも一緒の筈。


 こちらの小学校グランドの会場も、端にはテント張りの屋台が綺麗に列を作って並んでいる。町内会のオジサン連中の、素人経営店には違いないけれど。

 向こうの高校グランドの方は、もっと素人丸出しだったりして。お店のバリエーションも奇抜で、ジュースや焼きソバ店に混じって、同級生で掻き集めた中古小物売り場や、更には怪しいクジ引き店なんかも出店されている。

 その騒々しさは、まるで文化祭みたい。


 高校の部活動連中は、毎年この夏の風物詩に積極的に参加しているみたいだ。元々この街は、学生が早くから社会に馴染むバイト活動などを推奨している事もあって。

 こんな催しでの金銭の遣り取りも、大目に見る傾向にあるみたいで。ガッツリ部費を稼ぐぞと、熱い気迫に滾った連中が、高校のグランドに軒を連ねる有り様で。

 その血気盛んな客引き模様は、夏の暑さにも負けないと評判らしい。


 このはた迷惑な若い学生連中の、手綱を引くのはもちろん椎名生徒会長だ。今も現場でしっかりと、若さゆえの暴走が起きないよう目を光らせている筈。

 2日に渡る行事なのは、向こうも同じである。花火大会もそうで、それ目当ての近隣の住民の参加も年々増えているらしい。お蔭で町内会の運営団は、事故の無いように終わりますようにと、そっちの心配が気掛かりみたい。

 なるほど、仕切る側の重圧も相当なモノの様子で。


 椎名先輩の気苦労も忍ばれるが、僕は今夜は楽しむ側に回ると決めている。中学時代は全く参加出来なかった分、言い方は変だけど元を取らなくちゃ。

 何より、浴衣で着飾っている女性の同伴を許されているのだ。僕も男だし、それを他人に譲る気は無い。いや、変な気を起こすつもりは、全く無いんだけどね。

 ……とにかく、ここから先のスケジュールは割と大変なのだ。


 その理由の大部分は、花火大会の場所取りに起因する。打ち上げを始める時間までに、みんなで良い場所を取っておかないと。お花見と同じ感覚で、この街の住民はこのイベントを楽しみにしているみたい。

 もちろん大人連中は、酒やつまみの類いを持参する。屋台の食べ物も、お持ち帰りが良く売れると言う話だし。家から野外用シートを持って来て、大学のキャンパスを占領する連中もいる位だし。

 大学側も、この夜ばかりは目を瞑ってくれるらしい。


 つまりは、花火大会が始まるまでに、高校の屋台をある程度廻らないといけない寸法。義務と言う訳ではないのだが、せっかくお祭りに来て屋台の棟を素通りには出来ない。

 まぁ、花火大会を見学する席は、実を言えば既に予約済みだったりするのだが。師匠も薫さんもあの大学の卒業生なので、かなり顔が効くのである。

 今夜は夜食持参で、家族ぐるみで見学に来るらしく。その輪の中に、僕らも招待されていたのだ。僕らと言うのは、つまりは『ミリオンシーカー』のギルド員の事。

 稲沢先生と神田さんとも、後で合流する算段になっている。


 ハンス家は他の幼児の家族と一緒に、庭先に席を作って鑑賞と洒落込むつもりらしく。そっちにも誘われたのだが、いかんせん既に参加人数が多い事もあって。

 丁寧に断りを入れて、師匠の家族の場所取りに厄介になる事に。ちなみに恵さんにも誘われたが、何しろ古書市であんな騒動になった後である。

 うちのギルマスとの再度の鉢合わせは、何としても避けたかったので。


 ギルドの仲間に紹介したかったのにと、恵さんに淡々と恨み節を聞かされたけど。この年で胃潰瘍持ちになどなりたくは無い、またの機会にと素っ気なく逃げを打って。

 そんな感じで現状に至るのだが、いやはやグランドの内の人波の凄い事。メルが戻って来るのを待って、屋台巡りまでは一緒に歩こうかと相談したのまでは良いけれど。

 この人混みでは、そう簡単に事は運ばないかも。


「やっほ、戻って来たよ♪ どこから廻る? パパ、お小遣い頂戴よっ!」

「早かったね、メル。ってか、良く迷わずに戻って来れたねぇ、偉いっ!」

「え~っ、偉くないよ? 遠くからでも、リンリン背が高いから目立つもん♪」


 おっと、僕の隠れたファインプレイらしい。それもそうだねと、周りも笑っているのはアレだけど。メルはしっかりパパさんからお小遣いをせしめ、先頭切って歩き出す。

 こっち側、つまりは小学生グランドの屋台には、オーソドックな店舗が並んでいる感じ。つまりは金魚すくいだとか水ヨーヨー、かき氷やフランクフルトなどなど。

 出店が町内会だけあって、値段も良心的なのが良い。地元感が溢れる遣り取りや、醸し出す雰囲気がとても心地よい。見てるだけで和む、そんな感じだ。

 一行は、まずそちらの通りを眺めて行く事に。


 人混みの多さと、こちらもそれなりの人数集団と言う事もあって、歩みはなかなか進まない。それでも賑やかにあれこれ挑戦する子供達、そして時には学生や大人達。

 まぁ、明日も屋台はやっているのだから、そんなに大げさに慌てる必要は無いのかも。ハンス家ものんびりしたもので、サミィはお母さんと優実ちゃんに囲まれて幸せそう。

 真剣な表情で、ヨーヨーを釣るサミィの姿は見ていて微笑ましい限りだ。メルも沙耶ちゃんとタッグを組んで、店主さん泣かせの荒稼ぎを見せていたり。

 その姿を、ハンスさんも真剣に撮影している。


 僕は彼女達から一歩引いた場所で、何故か戦利品の保管係を担当する破目に。それもまぁ楽しいけど、一回くらいはゲームに挑戦してみたいかも。

 環奈ちゃんのグループは、既に別行動に移っていた。大人数になり過ぎると、動きが全く取れなくなる事を心得ているらしく。パッと屋台を廻って、花火鑑賞の場所取りに赴く算段らしい。

 先程別れを告げに来て、そう報告を受けたのだ。


 実を言うと、稲沢先生と神田さんの姿を、僕はとっくに見つけていた。良さげな雰囲気だったので、花火が上がるまでスルーの方向に決めていたのだ。

 見失っても携帯で呼び出せばよいし、全く不自由は無い。それより、とっくに会場に来ている筈の、師匠の家族の姿が見当たらないのが不思議である。

 僕は目が良い方だし、人から言わせれば僕自身目立つ存在なのに。


 もう一つの会場にいるのか、それとも子供を抱えてくたびれ果てているのかも知れない。そう、心配なのは小さな子どもを2人も連れている点にあるのだ。

 魁南の世話をしてあげた方が良いかなと思いつつ、意に反して手の中の戦利品は増えて行く一方だ。心配しないでも分けてあげるからと、沙耶ちゃんの的外れの同情が身に染みる。

 高校の屋台にも、景品ゲームが一杯あるよと優実ちゃんの言葉に。メルばかりかサミィまでも、興奮した調子で今にも駆け出してしまいそうに。

 荷物持ちの、僕の心配もして欲しい所だ。


 集団は、食べ物を買って一息入れて、高校グランドに移動しようと話が決まったようだ。僕は細々とした荷物に閉口しながら、お腹空いたなと屋台を眺めていたのだが。

 凜君のも買ってあげるから、ちょっと待っててねと沙耶ちゃんに言われた手前。忍んで待つしか手は残されておらず、校門近くで一人佇んでいると。

 不意に声を掛けられて、振り向いた先に薫さんを発見。


「凜君、凄い荷物持ってるわね。手提げカバン貸してあげるから、ちょっとこの子持ってて」

「薫さん、探してたんですよ……樹生(たつき)君、こんばんは。ところで、師匠はどこです?」

「魁南に振り回されて、まだ向こうのグランドじゃないかな? わっ、金魚はさすがにカバンに放り込めないわね! いっぱい取ってるけど、誰の戦利品?」


 僕はメルと沙耶ちゃんの極悪コンビだと答えて、腕の中の赤ん坊をあやすのに夢中。樹生と名付けられた夏生まれのこの子は、周囲の喧騒を物ともしない大物振り。

 薫さんが目の前にかざした金魚のビニール袋に、興味深そうに視線を送っているのだが。赤ん坊のそれ以上の反応は無く、薫さんも我が子を受け取ろうとしない。

 ひょっとして、僕が抱っこして歩くパターン?


「ふうっ、ようやく一息付けたわ。そっちは、これからどうするの? 時間は……あと30分くらいかぁ、色々廻るにはちょっと微妙よね?」

「この子貰っていいんですか? こっちは今から、高校のグランドに移動する予定ですけど。薫さんも屋台見て廻りたいなら、30分くらいなら預かれると思いますよ」


 全ては樹生君の、ご機嫌次第だけどと心中付け足して。泣かれてしまったら、多分僕的にはアウトな気がする。薫さんは最近夏バテ気味で、遊ぶ気力も無いとため息一つ。

 校門近くの花壇の淵に腰を下ろして、夜風に当たって休憩の素振り。僕もその隣に座って、腕の中の赤ん坊をぼんやりと眺めやる。コイツの相手で消耗しているのなら、やっぱり大物だ。

 そんな事を考えていると、沙耶ちゃんが合流して来た。


 その手には、フランクフルトとか焼きイカとか、屋台で購入した食べ物が。薫さんの存在にびっくりした沙耶ちゃんだが、僕の腕の中の赤ん坊を見てにぱっと笑って。

 やっぱり僕の隣に腰を下ろして、食べ物と赤ん坊を交換しようと持ち掛けて来る。薫さんは子供のように、私にも頂戴よと年下の沙耶ちゃんにおねだりしている。

 しばらくモゾモゾと物々交換、僕の手の中にはたこ焼きとフランクフルトが。


「向こうでハンスさん達が、高校グランドも覗いてみるか、もう戻って花火開始に備えるか相談してる。さっきバク先生と神田さんにも会ったけど、花火見学には合流するって。……この子大人しいですね、薫さん」

「外面はいいのよ、その子。家の中じゃ、こっちの手が離せない時に限って、泣き喚くんだから。あ、今日は食べ物たくさん作って来たから、楽しみにしててね♪」

「屋台で何か、補充しなくても平気ですか? 大丈夫なら、あんまりせかせかするのも嫌だから、これ食べたらもう移動しちゃいましょうか?」


 僕の提案に、それがいいかもねと女性陣の賛同の言葉。みんなにもそう伝えるねと、せっかちにも沙耶ちゃんは立ち上がって校内に戻って行ってしまう。

 どうでも良いけど、樹生君も持っていかれてしまった。母親の薫さんは、我が子よりイカ焼きに集中している有り様。いや、確かに美味しそうな匂いだけど。

 僕の方も、半端につまんだお陰で益々お腹が空いてきちゃった。


 そう言えば、ここの所ずっと薫さんに質問しようとしていた事柄があったんだっけ。盆祭りと古書市の仕度の忙しさで、すっぽりと脳内から忘れ去られていたけど。

 最近ゲームしてますかと、まずはジャブ程度の質問を放ってみると。薫さんは、はたと考え込む素振り。そんな難しい質問じゃないでしょと、僕は多少呆れて茶化すのだが。

 もういいやと、対人戦のランクインの核心を突く質疑に踏み込む。


「ああっ、そうそう! 何か忘れてると思ったら、それを頼まれてたのよっ! 弾美君が帰国するから、ゲームの新カテゴリーを色々試してみてくれって。ヤバイ、ちゃんとしてないって怒られる!」

「弾美君って誰です? ってか、たかがゲームの事で怒られるって……」

「凜君は弾美君を知らないから、そんな呑気な事を言ってられるのよ! ああっ、そう言えば帰国日って、確か今日じゃなかったっけ? 忙し過ぎて、すっぽり忘れてた……」


 だから弾美君って誰ですかって、さっき聞いたと言うのに。帰国と言うからには、どこか海外から戻って来るのだろうけど。そう言えば、ネット内で『蒼空ブンブン丸』のリーダーが戻って来ると噂が立ってなかったっけ?

 薫さんの所属するギルドだし、伝説級の人物なので僕も気になっていたのだが。確かライバルの隼人さんも、何やら口にしていたような。しかし、薫さんの慌て様を見るに、相当怖い人?

 多少同情しつつ薫さんの懊悩を眺めていると、不意に立ち上がる彼女。


 歩道に面する小学校の外壁にも、可愛い飾りが取り付けられている。今は人影もまばらなその歩道に、薫さんの名前を呼びながら近付いて来る集団が。

 ひときわ背の高い若い男性が、その集団の中心でこちらに手を振っていた。薫っちと、もう一度名前を呼ばれた薫さん。気の毒なほどの直立不動で、それに応えて。

 その時点で、僕は近付く人物の正体を悟った。





 ――遅れてきた英雄は、ふてぶてしい笑顔で王者の風格を醸し出していた。

 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ