2章♯18 只今、メンテ中!
その家の前は何度も通った事があったのだが、家の中にまで入ったのは初めて。正確には室内でなく、庭に設置されているガーデニングセットにおもてなしの昼食セットが。
メインはサンドイッチで、これは綺麗に三角形に切り揃えられている。他にもフルーツポンチの入ったボウルに、ヨーグルトの掛かった果物類。
紅茶はもちろん、本格的な淹れ方をしてある。
「遠慮無く食べて頂戴、皆さん。初対面の方はいるらしら、池津君?」
「はぁ……えぇと、そうですね」
「僕から自己紹介しようか。僕は灰谷俊一、今3年で1つ前の生徒会の会長をやっていた。隣のノッポは、幼馴染みの砂原でやっぱり3年生」
宜しくと丁寧な口調で、前生徒会長の灰谷さんと砂原さん。どうやら灰谷さんは、この間の終業式での僕らの間のやり取りは、伏せておく事に決めたらしい。
つまり完全な初対面は、3年生の砂原さんだけと言う事になる。灰谷さんは彼をノッポだと茶化したが、実際は僕より背は低い。ただし肉が付いてないので、確かにひょろっとした印象だ。
眼鏡をかけて色白で短髪、モロに理系の秀才に見える。
灰谷さんも、その点で言えば似たような印象を受ける。ポロシャツとジーンズのよく似合う、さっぱりとした風貌の好青年だ。生徒会長時代には、さぞ人気があっただろう。
ひょっとして、今もそうなのかもだけど。
ただ、ここにいる女性陣の気を惹いているのかと問われれば、それはちょっと疑問かも。沙耶ちゃんなどは、あいつは玲の手下だと警戒している始末。
ただしギルドは別所属で、ネット内では完全に袂を分けての活動らしいが。灰谷さんは隣の砂原さんを幼馴染みと紹介したが、それを言えばここにいる全員がそう。
僕以外は、皆が新住宅で育った仲間らしい。沙耶ちゃんと優美ちゃんもそうだし、現生徒会長の椎名さんももちろん。その隣でサンドイッチをぱくついている、相部さんと菊永さんもそう。
総勢8名のお茶会は、椎名さんの招集との事だが。
この昼の集会だが、前夜のファンスカの緊急告知に起因しているらしい。お盆休みに掛かって予定されていた、夏休み第二段の期間限定イベント。つまりは『フラッグファイト』が、バグ発生のためにメンテが必要と言う理由で。
開催日時を延長させてとの内容の告知だったのだが、ネット内の反応は様々。無理して短期に2つも用意するからだとか、これで内容がハズレだったら目も当てられないよねとか。
もっともな言い分だが、その後の追加告知には誰もが驚いた。
現在資格制で少人数で行っている闘技場、つまりは月末深夜のバトルロイヤル。このエリアを明日からの3日間、何とプレーヤー全員に解放すると言うのだ。
何しろ対人戦は、一部のプレーヤーを除いてファンスカでは初の試み。来たる限定イベントに好成績を取得したい方は、振るって参加して慣れましょう。詳しい規定は、追って連絡致します的なアナウンスに。キャラ持ちゲーマーは驚いたり興奮したり呆れたり、やっぱり反応は様々で。
参加するか否かを含め、微妙な空気が流れているのだった。
それはこの場も同じ事。恐らくその確認の為に、椎名生徒会長はこの場を設けたのだろう。僕は自己紹介を返しながら、内心そんな事を想像するのだが。
前もって、沙耶ちゃんからそんな内容を聞いていたのも確かである。ついで的な感じで、私も優実も対人戦は怖いから出ないよと、簡潔に言い渡されていたけど。
確かに僕も、嫌な競技には無理して参加する必要は無いと思う。
灰谷さんと砂原さんは『ペーパークラウン』と言う名前の、老舗のギルドに所属しているらしい。2人ともキャラはカンストしており、特に砂原さんは8年越しのベテラン選手との事。
ただし闘技場、つまりはバトルロイヤルは未経験らしい。この召集メンツの中では、灰谷さんと僕だけが勝手を知るのみ。自己紹介ついでに、そんな感じでギルド別の挨拶も始まって。
椎名さんと沙耶ちゃんの視線の火花が、軽く飛び散る場面も。
「別に強制する訳じゃ無いけど、あんたのキャラをコテンパンに出来なくて残念だわ、沙耶」
「安心しなさい、玲っ。私の代わりに凜君が、あんたをけちょんけちょんにしてくれるからっ!」
簡易食卓を間に、いつもの如くの調子でけん制し合う二人。なだめ役は誰だろうと興味深く眺めていたら、この幼馴染みグループの中では灰谷先輩らしい。
どうでも良いけど、僕がギルド代表みたいに祭り上げられてしまった。優実ちゃんは、その件に関しては何のコメントも発せず。ひたすらスイーツに魅了されているらしい。
確かにサンドも紅茶も、かなり美味しかった。
まともな意見を提出したのは、早々と食事を終えた相部先輩だった。ノートパソコンを持ち出して、現在までに発表されている概要を皆に述べていく。
ちょっと聞いただけで、僕の参加していた闘技場とは様相が違うのは分かったけど。灰谷先輩も、首を傾げて思案顔。僕と目が合うと、さり気無く意見を求めて来る。
何だか試されているみたいで、少々緊張してしまう。
「どのくらい参加者が見込まれるのか、それが分からないと何とも言えませんけど。製作側は、あんまり大人数は見込んでないみたいですね。多分、特定の人とかギルド同士での決闘とか、そんな使い方は無理なんじゃないかなぁ?」
「最大20人でバトルロイヤルって……確かに余程の運がないと、誰と戦うかなんて選り好み出来ないよね。報酬がやけに豪華なのは、冷やかし参加へのけん制かな?」
「エリア貸し切りとか、頼んだら出来ないのかしら? 今回こそ完璧に、沙耶をへこませられると思ったのに」
「お生憎さま、そっちのボロが出るだけよ。まぁ、夏季課題はもう全部終わったから、ちょっとくらい遊んであげてもいいけど?」
鼻高々な調子で、沙耶ちゃんが生徒会長を挑発する。あんたにしては珍しいわねと、喰い付いてきたのは菊永さんの方。今日も髪の毛のセットはばっちり、服装も洒落た感じでスレンダーな体型にフィットしている。そんなアイドル然とした彼女だが、言葉には思い切り棘がある。
今度もうるさい言葉の応酬が始まりそうな女性陣を制したのは、年長者の灰谷さん。気苦労を自ら背負い込むタイプなのかも、ちょっとだけ同情してしまうけど。
ゲーム内の対人戦の在り様には、一言申したいみたいで。
やっぱりこの人は、かなり頭が切れる上に指導者タイプの人柄のようだ。今日の寄り合いを企画したのも、ひょっとしたら灰谷先輩なのかもと思ってしまう。
報酬の豪華さに対しての発言も、なるほどそんな意味合いが含まれているとも取れる。製作者サイドは、新たに興した対人戦と言うカテゴリーに対して、責任と面子がある訳で。
いきなりこちらに拒絶反応を示されたり、遊び半分に競技に参加して場を荒らされたくない筈である。真剣な参加者にとって、不真面目なプレーヤーほど目障りなものはない。
それはゲームに限らず、何にでも当て嵌まる訳だけど。
それをどう解消するかとなると、一番手っ取り早いのは『馬に人参』形式である。つまりは頑張ればみんな凄い報酬が貰えますよと、前もって宣伝すれば良いのだ。
効果は覿面、現段階で僕もかなりヤル気が出ている。
まぁちょっと聞いて欲しい、その報酬の内容なんだけど。僕も今初めて知ったけど、相部先輩がモニターから読み上げていくリスト群の凄い事スゴイコト!
大まかに分けて、それはレアジョブスキルの取得書と、宝具並みの性能の装備の2つから選べるらしく。どちらもキャラを極めたいと願うゲーマーには、垂涎ものだったりする。
何しろスキル取得の方は、このゲームではランダム制である。自分の欲しいスキル、しかもかなりのレア物となると、お目に掛かるまでの努力と言ったら並ではないのだ!
宝具にしても然り、交換するのに一体何か月ポイントを貯め込めば良いのやら。その苦労たるや、レアスキル取得に勝るとも劣らずな茨の道に違いなく。
そんな品目が、ちょっと見せて貰っただけでもゴロゴロ転がっているのだ。
「これはさすがに興奮するな、対人戦は乗り気じゃなかったけど、僕も出てみようかな?」
「相部が出るんなら、私も出ようかな? 沙耶に優実、本当に出ないの?」
「出ないわよ、何か怖いもん。凜君も毎回、出る度に酷い目にあってるみたいだし」
「そこなんだよ、問題は。今まで対人戦と言う分野がファンスカに無かったのは、そういう懸念がついて回ってたからだと思うんだ。どうだろう、僕らだけでもルールを決めておかないかい?」
菊永さんと相部さんの問答に、この2人って案外と仲が良いなと感心していたら。いつの間にか灰谷先輩から、意外な提案がなされていたり。沙耶ちゃんに引き合いに出された僕は、ちょっとだけバツが悪いけど。
確かに毎回付け狙われたり、酷い目には合っている。沙耶ちゃんからそれを指摘されると、何だか僕が彼女に泣きついてたみたいに思われそうで恥ずかしい。
酷い目は嫌だよねぇと、優実ちゃんが優しい口調で慰めてくれる。多分そうだろう、食べかけのフルーツ皿を僕の前に差し出してくれたのも含めて。
椎名先輩は、例えばどんなルールかと興味深そうな気配。
「そうだな……池津君、バトルロイヤルで酷い目にあったと言うのは、具体的にはどんな感じなんだい?」
「そうですね、例えば横やりですか……1対1で戦ってたのに、不意に乱入して倒されたり。そういう意味では多対1と言うのも嫌だったなぁ。連戦はまぁ、仕方ないですけど……こっちの休憩を、親切に待ってくれたプレーヤーもいましたね」
「横やりとか人数に頼ってボコるとか、酷いマナー違反だよね! ルールではいいのかも知れないけど、少なくとも、私は嫌だっ!」
興奮する沙耶ちゃんを宥めつつ、灰谷先輩は学生だけでもマナーの統一を呼びかけてみようと提案する。例えば、横やりなしの1対1の推奨とか、連戦になる場合は相手の休憩を待つとか。
良い提案だと、僕は思う。ルールとは、ゲーム内の戦闘システムの利便性の総称に過ぎない。それに較べて、マナーとは人間としての筋の通し方の模範だ。
マナーが対等であれば、それを守って不利になる事もない。
菊永さんが、それは良いけど戦いたくない相手とかち合った場合はどうするのと訊いて来た。なるほどありえる場面だが、考え方は色々ある。
今回のルールでは20人参加で予選を行って、1位と2位が本選チケットを得られるらしい。HP減らしでの得点制は相変わらずで、これで100P貯めた場合もオーケー。
ただし、エリア内で死んでしまった場合は全てリセットされるそうで。30分生き延びる事が前提の、バトルロイヤルに変わりはないようだ。
レベル差の配慮も、今回は検討されているみたいだ。ポケットの数とかお助けアイテムとか、体力や魔力のブーストでキャラ間の公平を保つみたいなのだが。
本選では考慮されないみたいな書き込みも発見してしまった。
話がそれてしまったが、つまりはギルド間の示し合わせての参加の項目が、今回は4人までOKに増えているのだ。深夜の闘技場では、2人までだったのに。
まぁあれは、最大が8人での闘いだったけど。今回4人になった事で、ギルドで集う事が出来れば、他の参加者を排除する計略の成功率が、格段に上がったとも言える。
ギルド間でも競い合うか、それとも協力して突破者を出して行くかはそれぞれの考え方だとは思うけれど。灰谷さんも、結局そこまでは限定せず終いで。
ギルドや個人のやり方で、好きにすればよいのではとの返答に留まる。
今回緊急に立ち上がった対人戦は、レベル差を埋める仕掛けがあると聞いた椎名先輩は。再び賭けを持ち出して、沙耶ちゃんをからかって来たりして。
この2人、本当に仲が良いんだか悪いんだか。結局賭けは、ギルド同士で戦える舞台の整っているらしい、次回の限定イベントに持ち越す形になった様子。
何故かその賭け事に巻き込まれた灰谷さんは、ほとほと困った様子だったけど。
話がこんがり出したのは、毎度の優実ちゃんの一言から。生徒会では書記をこなしている菊永さんが、今日の会議? で決まった掟を記した用紙を覗き込んで。
何か不満があるのか、可憐な顔の中央にしわを寄せて。玲ちゃん、もう一つだけ付け足して良いかなと、得意のおねだりモード。一体ナニを企んでいるんだか。
椎名生徒会長は、しかし優実ちゃんには甘い様子。
「戦う前に、我こそは~って、みんな言う事にしようよ。その方が楽しいよ、絶対!」
「ああ、名乗りを上げるのは面白いかもね。でも実際問題として、二つ名を持つキャラって意外と少ないのよねぇ……この中では俊一と池津君だけだったかしら?」
「それなら私がつけてあげるよ! 玲ちゃんは……ニャンコ大好きお姉さん会長でぇ、羽多ちゃんはツンデレ歌姫がいいかなぁ?」
優美ちゃんのセリフを聞いて、盛大に口の中の紅茶を吹き出す相部さん。どっちの二つ名に反応したのだろうか。歌姫こと羽多さんは、真っ赤になってツンデレを否定しているけど。
生徒会長のニャンコ大好きは、テーブルの下を見れば分かる。2匹ほどの三毛猫が、僕らが席に着いた時から、愛想よく足元に纏わりついていたし。
年上の女性二人は、せっかくの妹分の命名を敢え無く却下したようだ。相部さんのツボにははまった様だが、隣の席の菊永さんに思い切り睨まれている。
案外と、ツンデレ情報は的を得ているのかも。
名乗るのはギルド名とかでも良いんじゃないのと、提案やら修正案やらが飛び交う。そんな感じで骨組みが決まると、後はブログやネット掲示板で学生間に広める事に相成って。
沙耶ちゃんも、妹を使って中学生に広めてみると請け合っている様子。訳の分からない昼食会は、何とか軌道修正されてまともな感じで終わりをむかえそう。
こうして変てこな複数ギルド集会は、立案と共に幕を閉じたのだった。
ファンスカ内で限定イベント延期の緊急告知がなされる前の、僕らのギルド活動も報告しておこうか。実は20年ダンジョンの攻略は、あれから全く進んでいないのだけど。
あの大リンクからの全滅後、一週間後の8月2日の水曜日の合同インで。燃える一行の再挑戦は、何とまたしても大失敗。夜中のダンジョン挑戦は、再び大リンクにて終了したのだった。
今度は慎重に1匹ずつ狩ろうと、得意のペット釣りから数減らしをして行ったのだが。数匹倒した後に、メンバーが部屋の中に足を踏み入れた途端。
部屋中の敵がわんさか反応して、前と同じ結末を迎える破目に。
10万ギルの通行税は、またもや泡と消えた訳だ。僕らは本気で憤慨し、それから皆で頭を寄せ合って悩み抜いた。ヒントは多分、どこかに隠されているはずだ。
今回は誰も閃きも冴えも見せる事が出来ず、事態は停滞したまま時だけが過ぎ。その夜は結局、環奈ちゃんのギルドの誘いを受けてNM討伐に路線を変えたのだった。
謎は謎のまま、迷宮の奥は相変わらず覗えず仕舞い。
針千本種族の連続クエストは、多少の進展はあったのだけれど。これも何と変な暗号交じりの無限ループの進路情報。解読しないと、先に進めないという。
せっかく執事の呪いの解き方を、教えて貰える所まで漕ぎ付けたと言うのに。与えて貰った暗号は『とりとりすとすすりとすり』と言うもの。ヒントは目の前にあるそうだ。
目の前って、一体どう言う事だろう?
そんな訳で、僕らの100年クエスト関連の進行報告はお終い。個人の力は、納涼イベントの景品交換でかなり上がったんだけどね。その辺の紹介も、ちょっとだけしようか。
僕と沙耶ちゃんと優美ちゃんの成長は、前の章で触れたと思うけど。先生とホスタさんは、仲良く半分はジョブスキルの取得にポイントを消費した様子である。
それから前衛に必要な、HPやSPの増加する秘薬を交換して。ホスタさんに限っては、更に複合技の書を景品から買い取って使用したところ。当たりを引いて、ご満悦らしい。
その名も《封殺陣》と言う、大斧と土属性のスキル技との事。
土種族のホスタさんには、まさにぴったりな複合技である。他にもジョブスキルで、新たにセットしたのは《リベンジ》と言う技らしい。これは武器の耐久度と自身のHP、さらには仲間の数(笑)が減るほど、攻撃パワーが増加する技。
何と言うか、ネタにもなりそうな風変わりな技である。
先生の方にも、使えそうなジョブスキル《範囲回復》が何とか出て。大喜びで言うには、これは相手の敵対心を大いに上げるスキル技だそうで。
魔法と違って、SPの消費らしいのがちょっと変わっている。盾役にとって、敵対心を上げる手段は幾つあっても困らない理屈と言うか。パーティ的にも回復手段の増加は安定するが、SPの消費量がかなり多いのが難点だろうか。
魔法と違って詠唱時間を取らないのは、かなり有利なのだが。
先生は健気にも、残ったポイントはギルドの為にとチケットやトリガーに交換してくれていた。他のメンバーも1~2個は、そんな心遣いを見せてはいたのだけど。
僕と沙耶ちゃんもギルド用にと、ベース装備を交換している。ホスタさんもそうで、これギルドで使ってと僕に交換で取得したチケットを渡してくれたけど。
先生は破格の5個もの、トリガーとチケット贈与だったのだ。その分優実ちゃんが、ひたすら私情に走ってしまっていたのはご愛嬌と言うか。
それでもお楽しみ袋の景品を、僕にプレゼントしてくれたし。
それが微笑石、スマイルブリンカーとの出会いである。この名前、実は中央塔の占い屋で見て貰ってようやく判明したのだけれど。何とか性能も聞き出せて一安心。
コイツも実は、成長型のペットらしい。しかも成長具合はかなり特殊で、敵や主人のHPやMPの減り具合でレベルが上がって行くみたいなのだ。つまりは、敵を多く倒すだけでは駄目って事で。
僕がどれだけMPやSPを戦闘中に使うかも、彼の成長の取っ掛かりになると言うのだ。相当変わっているが、つまりコイツは今レベル0の状態と言う事実には間違い無く。
現状は、出していてもただの役立たずな訳で……。
その点では、即戦力は小陽石のプチ太陽だけと言う事になる。ソロの時間を取って色々と試してみたが、この子は割と体力もあるしオート回復力も頼もしいレベルではある。
ソロで試していたのは、もう一つ新たなスキルの威力。最近ようやく同化の終わった、合成で作った獣+4の指輪だったけれど。さらに+3のを2つ程製作に成功、この内1つをカメレオンジェルで強引に同化して。
+7に伸ばした後で、指輪を嵌めてのスキル取得と相成った訳である。新たに覚えた2つ目の獣スキル(MPを使うので魔法?)は、名前を《獣化》と言うそうだ。
その名の通り、自身のステータスアップが物凄い。
削り力もステップの切れも、かなり上昇する頼もしい新技だけど。魔力もそんなに使わない代わり、持続時間もそんなに長くは無い。贅沢は言わないが、2分は少々短い気が。
それでも試して行く内に、この技と『ハウンドファング』の相性が良い事が分かって来て。これは楽しい事になりそうだと、一人ほくそ笑んでみたり。
獣や幻は、さすがに新属性だけあって強力技がポンポン出て来る。
脇道に逸れてしまった、僕のソロでのお試しなどどうでも良い。納涼限定イベントの結果で、話していない事柄がまだあった。うっかり忘れていたが、その大量のドロップの分配結果だ。
エリア内での、術書の分け前までは話したかも知れないが。その他のトリガーや呼び鈴などの分配結果は、全く話していなかったような。
まぁ、呼び鈴やチケットはギルド所有なんだけどね。
その他の戦利品だが、まず僕は趣味的なモノと実践的なモノの2つにカテゴリー分けしてみた。例えばゾンビマスクや園芸セット、食器セットなんかは趣味的な品物だ。
ついでに割と出て来た、呪い系のアイテムや毒薬も、僕は趣味的なモノに振り分けた。ただし、呪い解除で良品に化ける武器装備は、売ってお金に換える事に。
そうなのだ、今回はチケット販売でお金もかなり貯まっていたのだ。
お金の分配の時には、ギルドの皆はかなり興奮していたようだったけど。一人につき120万ギル以上の分配は、確かに凄い利益には違いないだろう。
それから実践的な品物だが、目玉は何と言ってもオーブだろうか。それからNM海賊が落とした、SPと腕力の増える海賊帽。後は水の精霊の落とした、水スキル+4のイヤリング。
ステータスの上昇する果実系は、意外とドロップは少なかったけど。他にもカメレオンジェルや還元の札は、誰もが欲しがるアイテムには違いなく。
これらの分配は、かなり頭を悩ませるかと思われたが。
相変わらず欲の無いギルメン、それとも大金を貰った後で脳が飽和していたのかも。適当で良いよと、相槌を合わせたかのような皆の返答に。
逆にこちらが慌ててしまうが、ここで分配の案を出したのはホンワカ優実ちゃん。限定イベントでスキル取得運が無かった人から、アイテムを取っていけば良いとの提案に。
それはいいかもと、ギルド内では賛成多数。
『私はプーちゃんが成長してくれて、この上なく幸せだから♪ 最後でいいよ、リン君』
『私も念願の騎乗スキル取れたからね~、幸福度では負けないw』
『それなら私も、強い複合スキル取得出来ましたからね。しかも土系だし、ラッキーでしたよ』
ここぞとばかりに、自分の幸せ最強論を語り始めるメンバー達。みんな願いが叶って良かったと、胸の中心が温かくなった感じだけれど。僕だって、欲しかった精霊召喚の魔法が取れた。
そう返すと、それは弱いと言われた。何故っ??
『本当に欲しいものは、夢に出て来る程なんだよっ!』
『そうそう、私もトカゲに乗って駆け回る夢、何度も見たもんw』
なるほど、そうなのか……確かに僕は、妖精がピヨピヨ飛び交う夢など見た事が無かった。優実ちゃんは一体、毎夜どんな夢を見ていたのだろうか。
沙耶ちゃんも前回の60エリアでの水の術書を全部貰って、新たに水スキルを伸ばした事で。回復魔法の《ヒール》を覚えられたから満足だと言って。
最初に選ぶのは凛君でいいよと、皆で順番を譲ってくれた。
本当にみんな欲が無いが、だからウキウキ気分で限定イベントを終えられたのだろうか。優実ちゃんはお楽しみ袋からも、色々と楽しい引き換え券を貰ったそうで。
それを言うなら、僕だって呪いの術書や家具を幾つか買ってしまっている。すぐに使うつもりは無いが、まぁ今後のお楽しみに取っておくつもり。
それより本当に、オーブを貰っても良いものか。
遠慮しないでとの声の中、それではと僕はオーブの取得。譲り合っていては、全く話が進まないと言う実利的な理由もあるけれど。次の沙耶ちゃんは、海賊帽に決めたようだ。
ホスタさんは、それではと超神水とステータス果実のセットに。その後いそいそと、超神水を先生にプレゼントしていたようだけど。その先生は、還元の札と金のメダルのセット。
先生もまた、金のメダルはギルドにと寄付してくれた。優実ちゃんなどは、水スキル+4の耳飾りを貰って、そのまま沙耶ちゃんにあげてしまう始末。分配と言うか、これはもうプレゼント合戦。
もめるよりは、数倍良いんだけどね。
そんな感じで限定イベントの分配や成長は、つつがなく終了したのだったけど。その後のギルドで再度挑戦した20年ダンジョンの攻略は、前述の通り大失敗に終わってしまって。
本当に強くなったのかは、はなはだ疑問に残った結末に。足踏みが悪いと言う訳ではない、僕らには信じ合える仲間がいる。苦楽を共にし、難関を一緒に挑戦出来る仲間が。
――いつかは乗り越えられる、僕にはその確信がある。
唐突に開催された、3日間に渡るバトルロイヤル。僕にしてみれば、今回は何の用意もしていない不意打ちである。強いて挙げれば、新獣スキルと精霊召喚が出来るようになった程度か。
それでも何故か、ギルドの女性陣からは頑張ってねの熱い声援に押される形で。その僕の所属しているギルド『ミリオンシーカー』、実はこの対人戦への反応はいまひとつ。
って言うか、僕しか参加しないという。
簡単に説明すると、沙耶ちゃん達の不参加を受けて。先生も、じゃあ今回はやめておこうとの表明に。それじゃあ自分も応援だけにと、ホスタさんまでバックれる顛末。
まぁ別にいいんだけどね、ちょっと寂しい気はするけど。今回の参加でギルドの名を売るという気は無いし、僕にしても半分以上は欲がらみだったりするし。
それはそうだろう、何しろ本選に勝ち残った者への報酬が凄い。
簡単に説明はしたと思うけど、具体的に挙げてみようか。例えばレアスキルだけど《体力&全耐性30%UP》とか《攻撃力&スキル技威力30%UP》とか。もちろん後衛用の魔法関係もあるし、各武器の超絶複合技っぽい名前のスキル技もある。
宝具に関しても、ミッションP貯蓄で交換出来る装備群より良さそうな性能のモノがちらほら。高防御力はもちろん、それに加えてSP上昇だとかオートHP回復だとか、属性性能UPだとか全ステータス+15だとか。
欲しがり始めたら限りが無いが、どうやら1位の者から好きなものを選んで行く方式のようだ。宝具のように交換したキャラが同じ物を持っているのではなく、限定アイテムなのかも知れない。
だとしたら、これはレア宝具とでも言えようか。
どちらにしろ、本選に残らないとそれを選り好みする資格すら得られない訳で。これは熾烈な争いが待っているかなと思ったが、案の定な苦労の連続だった。
その予選の顛末を、今回は語りたいと思う。
さて、今回の予選なのだが、いつものように中央塔に皆が揃うやり方ではないらしい。当然というか、あんな狭い場所に何百人と入れはしないのだから。
どうやら今度の対人戦は、レベル100までのキャラとそれ以上で、開催地を分けるらしい。100までの低レベルキャラは初期エリアの3箇所の街で、それ以上は新エリアと尽藻エリアの3箇所の街で、と言う分け方のようだ。
つまりレベル142の僕は、新エリアか尽藻エリアの街でエントリーしなければならない。それからバトルフィールドで20人の参加プレイヤーと闘い、1位か2位を勝ち取って。
晴れて本選に、出場資格を得ると言う算段だ。
金曜日の夕食後、ログインしたリンはブリスランドに来るようにと言われた。その日の午後は子守りの日で、ゲームを立ち上げるのはこれが初めて。
朝は師匠の家にお邪魔していて、仕事の手伝いや子守りを買って出ていたのだ。今日も暑い日だったが、僕的には勤勉に一日を過ごした訳である。
文句はないが、椎名さんに限っては不満の様子。
『遅いわよ、リン君。暇だったから、私たち何度か参加してみたわよ? 結構これ、ドキドキして面白いわね!』
『1位取れてないのに、何威張ってるのよ、玲。最後はやられかけてた癖に』
『うるさいわね、参加しない口だけのヒヨコは大人しくしてなさい。やれば駆け引きとか難しさが分かるわよっ!』
応援だけの沙耶ちゃん達ギルメンも、冷やかしだか何だかでこの街に陣取っているようだ。それにしても、軒並みならぬ混雑振り。ここにこんなに人が集まるのは、尽藻エリア解放イベント以来ではなかろうか。
召集されたメンバーの中には、椎名生徒会長や灰谷さんの他にも、環奈ちゃん達中学生ギルドの面々も。参加予定者は半分程度らしいが、学生間のマナーは遵守するとの事で。
他の知り合いにも、それは浸透している筈と請け合っている。
中央塔のあるメフィベルは、ここ以上にキャラが集ってお祭り騒ぎらしい。それだけ集まると、大容量回線を誇るこのゲームでも超重くなるのは仕方が無い。
このブリスランドも、時間を追う事に人数が増えていっている様子。尽藻エリアのフロゥゼムと言う街は、カンストキャラが7割を占めるそうで。
そこまで極めていない僕らは、ここを拠点にする手筈のよう。
さあ対戦するわよと、椎名さんのテンションは高い様子。詳しいルールの最終チェックに、僕は街にいるNPCに話し掛ける。すると予選のチケットを1枚貰えて、再発行には20万ギル掛かりますと言われてしまった。
このチケット、対人戦でキャラが倒されると失ってしまうらしい。そうすると同じ街での再戦には、言われた通りの額を払うしか手段が無くなるみたいで。
他の街でも、最初の1回はただで貰えますよと環奈ちゃんが説明してくれた。彼女もどうやら、僕と一緒にインする気満々らしい。それは良いけど、お金はなるべく使いたくない。
はてさて、予選突破の難易度は如何程だろうか。
椎名生徒会長が、それじゃあ対戦希望者はチケット消費してと号令を掛けた。そんな軽いノリで、予選は楽しむものらしい。僕も一応、貰ったばかりのチケットを使用する。
画面が揺らいだかと思ったら、僕はいつの間にか見知らぬ場所にいた。
そこはまだ、戦場では無かった。薄暗い異空間のような、時の狭間のような。ログに知らせが入ったのを、僕はしっかりと確認する。リンのレベルに応じて、キャラ補正がなされるようだ。
封じられるスキル技があったら嫌だなと思ったが、そんな事は無さそうで一安心。どうやらカンストキャラに合わせる様で、リンのHPやMPが勝手に増量されて行く。
ポケットの数は、僕の場合は7つまで使用可能らしい。特殊ポーションまでプレゼントされ、喜んでいいのやら。装備やポケットの中身の変更は、30秒でお願いしますと追加の告知に。
僕は準備を整えて、新たな転移をひたすら待つ。
胸を高鳴らせながら、初予選への舞台に降り立つリン。なるほどこれは、初めて見るエリアである。パッと見た印象は、野原の遺跡廃墟群といった感じ。
遺跡は柱や壁や、階段が辛うじて見分けられる程度しか残っていない。木立も割と多く、さらに起伏のある野原の景色が眼前に広がっている。
かつての街道らしき、石畳の敷き詰められた歩道も見て取れた。僕の出現位置からは、右と斜め前方に続いている。これに沿って、進んでみようか?
それとももう少し、情報を集めるべきか。
情報と言えば、深夜の闘技場にはなかったシステムが。モニターの上に、出場者の名前やら人数やらが掲示されているのだ。さすがに現ポイントまでは、示されていないが。
ポイントの変更点だが、今回は全ての戦闘入手Pが半分になったそうな。つまり対戦相手のHPを半分減らして2P、さらに半減で4P、倒し切ると6P貰えるらしい。
これで何が変わるかと言うと、勝ち上がりポイントがより僅差になる事が考えられる。それから100P獲得での本選出場が、大変になるだろう。
1位を取るより、ある意味苦労しそうな。
そんな事を考えながら、取り敢えずの強化魔法一式を自分に掛けてのヒーリング。大抵は5分程度で解けてしまうが、戦闘前に慌てるよりは良い筈だ。
それから精霊召喚、今回はプチ太陽に登場願って。まだまだ弱いペットの召喚は、今回もお休みの予定である。奥の手と言うのも恥ずかしい、何せ実力は雪之丈以下なのだから。
さて、これで用意は概ね整った。
いつでも来いと歩き出した途端、視界の端に敵影を発見。身構えたリンの前に飛び出したのは、何と一緒にエントリーを申し込んだカンナちゃんだったり。
この遭遇に、向こうは大喜びなのだが。
『リン様っ! こんなに簡単に会えるなんて、私たち赤い糸でmjsdh』
『えっと……どうしたの、カンナちゃん?』
『……済みません、リン様。同じ家に潜む、凶暴な女に邪魔されました……』
そのお姉さんが隣にいるだろうに、勇気のあるコメントを送ってよこす環奈ちゃん。どうでも良いが、彼女はこれが対人戦だと分かっているのだろうか。
前日の話し合いでは、戦いたくない相手とは無理に戦う必要はないとの事だったが。僕がどうしようと水を向けると、彼女は当然の如く付いて行きますとの返事。
実際は、尽くしますのでお傍において下さいとの怖い文面だったけど。
そんな感じで、珍道中の仲間が増えた気分でエリア散策に出掛ける事に。起伏や障害物の多さは、つまるところ不意な敵との遭遇の確率上昇を示す。
エリアは多少広くなったように感じるが、参加人数も倍以上に増えている訳で。何故か丘の上にいた兎モンスターを2人でやっつけていると、当然のように次なるプレーヤーを発見して。
いや、プレーヤー群か。相手は何と3人編成で。
向こうは明らかに仲間同士で、よく見れば同じバッジを付けているよう。相手側も無邪気に敵と戯れる僕らに、明らかに戸惑っている感じを受ける。
一応倒すと、ポイントが入るんだけどな。今回はたったの1Pで、これは2人で倒したせいなのか、新エリアに対応したポイント下降補正のためか。
多分、両方じゃないだろうか。
『やっと敵と遭遇ですよ、リン様っ! 3人いるけど、ハンデには丁度良いですよねっ? えっと……まずはリン様、名乗りをどうぞっ!』
『えっと、封印の疾風のリンです……ポイント獲得のため、戦う意思はありますか?』
『こちらの方が人数多いけど……それで良いなら』
格好良いですリン様、後光が射して見えますとはしゃぐ環奈ちゃん。それはプチ太陽のせいだよと、僕は口には出さない突っ込みを返す。実際はそれどころではなく、唐突に闘いは始まっていたけど。
向こうは名乗りを上げないようだ、まぁそれは構わないけど。驚いたのは、相手が最初に使った戦法だった。強化魔法に紛れて、何とポケットから呼び鈴を使用したのだ。
向こうの数的有利は、これで倍になった計算。僕のプチ太陽は、攻撃意思を持たないからね。環奈ちゃんは、小癪なと叫びつつ敵の真っただ中に飛び込んで行く。
作戦も何も、あったもんじゃない。
僕はもう少し冷静に、敵の編成を確認していた。前衛は細剣の二刀流タイプと大斧使い、早々と後ろに下がった風種族は、装備からしてまず間違いなく術者タイプだろう。
回復魔法を持っている可能性のある、術者から最初に倒したいところだが。僕も強化を掛け直して前線に躍り出ると、何と後ろの術者も呼び鈴を使用!
安くないアイテムを、惜しげもなく使って来るのは凄いかも。
ひょっとして、僕の名声をどこかで聞き齧っていたのかも知れない。それで警戒されてたのかもと、憶測だけは並べられるけど。場に召喚された双頭の犬とゴーストは、もちろんそんな推測をしたって消えてくれはしない。
ステップ使いには複数相手は断然に不利である。環奈ちゃんも1人と1匹にたかられて、さっそく浅くない傷を負っている。僕の方は、カウンター技もあるしまだ平気だが。
これは普通に戦うのは不利だなと思っていたら。やっぱり前衛の殴られた傷を、すぐさま回復して行く風術者。はっきり言って、うざい事この上ない。
そのうち環奈ちゃんがピンチになって、僕は決断を強いられる事に。
狙っていた反撃の計画はあるのだが、果たしてそれが上手く行くかどうか。取り敢えず僕はステップを駆使している振りをして、後衛の風使いとの距離を縮めに掛かる。
混戦に魔法は使いにくい、殴られて詠唱が止まってしまう可能性があるから。僕はSPが貯まったのを見計らって、混戦のフィールド中央で《爆千本》を見舞わせる。
防御力を完全無視する、ダメージの高い範囲攻撃に慌てる対戦相手。って思ったら、環奈ちゃんにまでダメージが及んでいて、これには撃った僕も大慌て。
……忘れていた、これはバトルロイヤルだった。
気を取り直して、環奈ちゃんの相手の大斧使いに爆裂弾を投げつける僕。爆風に吹っ飛んで行く、敵の前衛の片割れ。これで一息つけるだろう、環奈ちゃんにはこれで勘弁して貰って。
僕の相手をしていた雷種族の二刀流使いが、反撃の刃を振るって来た。僕はバックステップでそれを回避、それは同時に風術者との距離の接近を意味していた。
油断と言うのも、少し違うだろう。所詮NPCのモンスターは、敵対心によって殴る相手が決まって来る。この対人戦は、そんな通常バトルとは全く違うのだ。
リンの《爪駆鋭迅》が、後衛術者にヒットする。
代わりに魔法を浴びてしまったが、それが逆に相手の選択肢から逃げるという項目を消してしまったようだ。HPが4割も減ったのに、続け様に魔法の詠唱を開始する術者。
彼の呼び出したゴーストは、僕のステップについて来れずに遥か後方。同じく二刀流使いも、逃がしてしまった敵に追い縋ろうとしている所。さて、この距離で誰が一番有利だろうか?
今度の《ヘキサストライク》は5連弾、堪らずに詠唱を中断する術者。
ついでにHPも、残り僅かとなっている様子。僕は更にステップイン、とどめにと《光糸闇鞠》をお見舞いしてやる。振り返ると、視界の端に《雷撃チャージ》で敵に突っ込んで行く、環奈ちゃんの勇ましい姿が見えた。
斬りかかって来る二刀流使いは、明らかに狼狽している様子。風術者が呼び出したゴーストは、召喚者と共にフィールドを去っていた。数的有利は、敵にもはや無くなっている。
眼前の敵にスタン技を使って、僕は追い込みにと《獣化》を使用する。さらに《シャドータッチ》で、減ってしまった自身の体力を回復してやる。
こうなったら、もう負ける気はしない。
相手のスタン技には多少苦労したが、削り力はそんなに無かった様子。程なく勝敗は決して、僕は追加でポイントをせしめる事に成功する。
それからパートナーの環奈ちゃんの戦況を、慌てて確認するのだが。今の所は互角と言うか、邪魔な双頭の犬のせいでやや劣勢か。コイツはポイントとは関係ない、始末してやろう。
そう思った途端、環奈ちゃんの猛攻が始まった。どうやらSPが貯まるのを、今の今まで待っていたようだ。《脛打ち》からの瞬間スタンで時間を稼いで、《スパーク》の魔法詠唱。
痺れた敵に、一気果敢の連撃の槍が見舞われる。
最後は《無双鋭突》と言う強力なスキル技で、両手武器使い同士の熱き戦いの幕は閉じた。勝ち残った環奈ちゃんのHPは、残り3割くらい。
僕が回復魔法を掛けると、彼女は嬉しそうにこちらに近付いて来る。
『リン様っ、見ててくれてましたかっ? かっ、勝てましたよ、私!』
『うん、見てたよ、凄く強かった。それよりゴメン、途中範囲攻撃に巻き込んじゃって』
『愛の鞭ですねっ、あれで気合いがhwrk』
再び会話が乱れて、動かなくなる環奈ちゃん。僕はどうした物かと思いつつ、仕方なく休息を取る事に。とにかく彼女もポイントを稼げたし、良かった事にしておこう。
画面上の時間を見ると、まだ10分程度は残っている様子。そして参加者はと言うと、僕らを含めてあと8人らしい。予選突破には、もう少しポイントが欲しい所。
ようやく戻って来た環奈ちゃんにそう告げると、先陣を切って歩き始める。
名前の欄には、しっかりと椎名先輩のキャラも残っていた。遭遇する確率は、人数の減少に反比例して高くなる気もするが。先頭を行く環奈ちゃんが見付けたのは、それとは全く別のモノ。
遺跡の廃墟の一角に、消えかかっている封印の陣が。その側には、鎖につながれた屈強そうなゴーレムが一体。封印の守護者だろうか、よく分からないけど。
どうしようかと僕が相談するのと、隣の環奈ちゃんの姿が掻き消え去るのは、ほぼ同時だった。勢いに任せる戦術は、何と言うかお姉さんソックリ。
《雷撃チャージ》が、囚われのゴーレムにヒットする。
時間も残り少ないし、対戦相手を探してうろつくよりは良いのかも。僕も一応参戦の構え、どちらかと言えば気分は子守りだけど。そんな内心の思いは、間違っても口には出せない。
ゴーレムはありふれた敵だが、戦ってみると案外強かった。苦労してやっつけると、ポイントが3点加算されたとログに表示が。それから残り少ない時間と、タゲれる破れかけの御札。
これを取り去ると、まず間違いなく封印は解けそう。
環奈ちゃんはすっかり興奮しており、それは一緒の画面を見ているお姉さんもそうらしい。このエリアは通信不可なので、すぐ側にいない限りは同じギルド員と言えども会話不能なのだ。
諦めた僕は、進み出て封印解除。アイテムを入手したらしいが、そんな事に構ってはいられない。強制動画に出て来たのは、永い眠りから覚めた巨大な魔人。
この強力そうなNMを、たった2人で倒せと申す?
その後の戦いは、とにかく散々だった。生き残ったのが不思議と言うか、タイムアップに救われたとしか。敵のHPは、1割も減らす事が出来ず仕舞い。
最後の戦いの印象が強くて、これがバトルロイヤルなのをすっかり忘れていたが。結果は見事に、2人とも予選落ち。まぁ生き残ったのが僥倖だ、次のチャンスはまだあるし。
ちなみに椎名先輩は、今回見事に予選突破したらしい。
それでも不満そうなのは、僕と当たれなかったからのようだが。これも有名税か、かなりの人数のプレーヤーが予習にと、前回までのバトルロイヤルの録画放送を見ていたようだ。
僕もバッチリ映っているそれが、大勢の人の目に触れているらしく。どうにもやりにくい気もするが、これだけ注目されて本選に残れなかったら恥ずかしい。
ちょっと気を急かされながら、僕は2度目の予選に赴く事に。
今度のリンの参加はご丁寧にも、椎名さんが大声で周囲の傍観者に知らせてくれた。ファンサービスだとうそぶく生徒会長、闘えなかった事を根に持っているのかも。
その知らせに対する反応も、まぁ凄かったと言えよう。以前も耳にしたが、傲慢なカンストキャラに対峙する正義の刃のような、リンはそんな存在に祭り上げられているのかも。
もちろん妬む人もいるかも知れないが、少なくとも今は声援の方が多い。
ちょっとだけ気を良くして、再び予選の廃墟エリアへ。今度も環奈ちゃんは参加するとの事だが、さっきみたいに偶然会えるかは謎。他にも知り合いは、相部さんや菊永さん辺りが参戦するらしい。
お馴染みと化した強化と召喚を終え、周囲を見回してみるけれど。画面上の参加表示を見てビックリ、グレイこと灰谷先輩も同じく今回臨んでいるようだ。
こう言っては何だが、椎名生徒会長以上の強敵だ。
とにかくポイントを稼いで、本選資格を得ておかないと。応援してくれる人をがっかりさせたくない……って言うより、本音は報酬を貰えなくなってしまう。
ところが今回出会う対戦相手は、妙な注文をつけてくる奴らばかりで。例えば、お金が無いから死ぬ一歩手前で手加減してくれとか。有名な封印の疾風のスキル技は見たいけど、競い合うのには興味がないとか。
散々引っ掻き回されて、気付いたらエリアインして15分が経過していた。相手の望みを素直に聞いてしまう、自分のお人好しな性格が恨めしい。
お蔭でポイントは一向に伸びず、ここまで稼いだのはたったの10P。一人倒し切るより少ない点数に、どうしたもんかと途方に暮れてみたり。画面から確認すると、残ったプレーヤー数はちょうど半分くらい。
僕は歩を進めながら、当てもなく周囲を見回す。
リンの視界に人影が飛び込んで来たのは、散策を始めて丁度2分後の事。時間は10分以上残っている、予定外なのは相手が2人な事と、後は知り合いだという事実。
何と、相部先輩と菊永先輩の生徒会コンビだ。
『あら、生意気にも生き残っていたのね、封印の疾風。灰谷先輩とはさっきすれ違ったけど、運がないわね、君とやり合いたがってたのに……代わりにお姉さんが、相手をしてあげようか?』
『はぁ、どうも。あの……ツンデレは良いとして、お二人は付き合ってるんですか?』
僕としては、この前の会合からちょっと気になっていた事柄なのだが。何となく口に出てしまったのは、2人のキャラのペアルックが凄く目立っていたせいだ。
この間のギルドぐるみのお手伝いでは、全く気にはならなかったのだが。今見ると2人とも水種族で、空色と白を基調とした布ベースの装備を着用している。
布製装備は、防御力は低くなる代わりに、安くて付属効果も付け易いという特徴がある。その逆が金属装備で、こちらは防御力はもちろん高い。その代わり、メンテは大変で壊れた時の修理代はバッチリ高くつく。付属効果を付けるのも大変で、合成師泣かせな素材ではある。
一番ポピュラーなのは、革製品なのかも知れない。値段もそこそこだし、何と言っても合成をするにも扱いやすいのだ。装備者もそれは同じで、ステップ防御が専門の前衛は、動き易い革装備を好む者も多い。
装備の重さも、このゲームでは移動スピードなどに影響するのだ。
とにかく仲の良さそうな2人を見て、僕の脳は戦闘モードより疑問符を吹き出してしまった。それを聞いて、真っ先に反応したのはツンデレ歌姫。
いや、この呼び名は相手を刺激するだけかも。現に今も、短くコロスと呟いての戦闘モード。相手の恥ずかしい所を、知らずに突いてしまったのかも。キャラのエフェクトでやれやれと、細かな芸で肩をすくめる相部先輩。
この場を仕切るつもりか、勝手に対戦カードの読み上げを開始している。これで名乗りを簡略化したようだ、あとは戦って雌雄を決するのみ。
先制は、菊永先輩の《ウォータースラッシュ》と言う攻撃魔法。
もろに後衛仕様のキャラらしいが、さてこちらはどうするべきか。相手が足止め魔法を持っていたら、多少厄介だけれども。僕の《サイレンス》が通ったら、相手はもう為す術が無くなってしまう。開始早々に知り合いを詰ましてしまうのは、やはり抵抗がある。
甘いと言われようが、持って生まれた性分なのだから仕方がない。かと言って、ある程度距離をつめての中距離コンボ攻撃も、やっぱり酷い気がする。
後衛の体力は低いのが定番、これで決まる可能性も。
僕も攻撃魔法の《ウィンドカッター》を返しながら、相手との距離を縮めて行く。魔法の撃ち合いは、やはりこちらに不利なのは間違いない事実なのだし。
ところが菊永先輩も、僕との間合いを詰めて来て。驚く間もなく、細剣の《幻影の舞い》からの《二段突き》のスキル技披露。武器を持っているのは分かってたけど、後衛だと思い込んでいた僕のうっかりミス。
避ける間もなく、こちらの体力は奪われて行く。
『はっ、油断してる場合じゃないわよ? こっちに近接攻撃手段が無いと、侮るのは大間違いだっての!』
『すみません、確かに油断してました……ここから本気で行きます!』
菊永先輩の言う通り、油断とはつまるところ相手を侮っている事に他ならない。幸い目論み通りに、僕の失ったHPはプチ太陽が少しずつ癒してくれている。
僕は気合いを入れなおして、遅まきながらの本気モードに。
相部先輩が、侮っているのはお前の方だと相方に忠告していた。しかし、せっかく近付いてくれたターゲット。僕は連撃で相手の分身を綺麗に剥いでから、お返しのスキル技を敢行する。
効きが悪いのは、向こうの防御魔法のためか。それでも《光糸闇鞠》と《ヘキサストライク》の連続技で、相手のHPはあっという間に半減して行く。
慌てた菊永さん、思わず距離を取ろうとするのだが。
『おバカ羽多、離れる位なら、最初からくっつくな』
『相部は黙ってて! ここから逆転するんだから!』
勇ましいセリフを叫びながら、羽多さん今度は得意の詠唱開始。近付こうとする僕を、水流が押し流して行く。なんだか痴話喧嘩チックな言葉の応酬をBGMに、しかし今度の特大呪文は何とか潰してしまわなければと焦る僕。
敵は水種族、のんびりしてると自己回復されてしまう。
僕の《爪駆鋭迅》が届く距離までに、呪文の完成は成らなかったようだ。攻撃を浴びての詠唱中断で、ほぼ勝敗は決していたけれども。
最後まで闘いを投げ出さなかった、相手の態度には敬意を表したい。
僕らの闘いの結末を見届けて、相部先輩は今度は自分の番だと察した様子。残り時間は微妙だが、相方の仇を討つためにと名乗りを上げて来る。
それを聞いた僕も返答を返そうとするが、休憩を先にどうぞと諭されてしまった。有り難くそれを受けるが、この先輩は礼儀正しくてまともそうだ。
ほっとする僕に、相部先輩はこう質問して来た。
『時に池津君、ツンデレ性質をどう思うね?』
『…………はっ?』
『いや、ただ待ってるのも暇なものでね。自分の付き合ってる娘が、ツンデレだったら……君はどう感じるかな?』
僕は呆気にとられてしまって、よく分かりませんと答えるにとどまったけど。相部先輩はそれに不服のようで、独自の理論をぶちかます。
自分の彼女が他の男と仲良くしている場面を想像してご覧? 嫉妬と言う感情は、とても見苦しいものだ。ところがツンデレ彼女は、他の男には冷たくあしらう事氷の剣山の如し。そう、その娘の可愛い仕草は、自分だけのモノにしておきたいのが男の性では無かろうかっ? つまり理想の彼女像に、限りなく近いのがツンデレなのだよ!
君も男なら、分かるだろうこの気持ち?
『ええと……相部先輩、前に見た時は盾持ち前衛キャラじゃ無かったですっけ?』
『うむ、うっかり街着でエリアインしたら、着替えられない仕様に気付いてね。時すでに遅し、参ったよ。はははっw』
『…………休憩終わりました、戦いましょうか?』
『そうだね、ここで逃げたら玲どころか羽多にも叱られる』
前言撤回、相当変な性格な上にうっかりさんだよこの先輩。女性に顔が上がらない境遇なのは、ちょっとこちらと似てて同情するけど。ツンデレ講義はさり気無く無視、リズムを崩されないようにしないと。
盾持ちの水属性って、どうなんだろうと僕は相手を観察しに掛かる。そんなにHPは多くない種族だが、魔法耐性は強かったような。中断していた名乗りを上げて、戦いは静かに始まった。
対峙しての、牽制の斬撃の応酬が暫く続く。
相部先輩の武器は、意外な事に片手棍だった。いや、MPの豊富な種族だけに、棍棒の補正スキルは有利なのかも知れない。戦ってみると、盾防御からの単発魔法がこの上なくウザい。
こちらの二刀流の斬撃を縫っての、その魔法の使い方も堂に入ったもの。詠唱の短い呪文の連発に、リンは毒状態になったりダメージを受けたり。
ステップを使わない戦い方だけに、僕より余程上手い魔法戦士振りかも。
幸い相手の直接攻撃のパワーは、大したことが無くて助かっているけど。苦労して削った体力を、盾スキル技の《シールドバッシュ》から、魔法回復されると萎えてしまう。
僕の方も、闇魔法でちょくちょく回復を挟んではいるけれど。このまま戦っていても、泥仕合になるだけだと向こうも思ったのだろう。棍棒スキル技の《兜割り》から詠唱不可を招かれて、こちらの考えの先を行かれてしまった。
相手も棍棒使いだった、持ってるスキルも被る筈だ。
魔法の詠唱は防がれたけれど、スキル技は健在である。その使用を防ぐような特殊な技は、僕が以前に所有していた《封印》くらいのものだろう。スキル技を防ごうと思ったら、SPを何とか蓄えさせない工夫をするしかない。
こちらの回転の速い削りスピードに、今の所相手は戸惑ってはいるみたい。当然と言うべきか、普通のNPCモンスターはこんな連撃でガツガツ殴っては来ない。
それでも半分くらいは、盾防御で防がれているのが現状。向こうも攻撃力不足で、完全な膠着状態である。再び先輩の盾スタン技からの回復が入り、戦況は再び振り出しへ。
その回復量は相変わらず半端じゃなく、さすが水種族だけの事はある。しかし相対する立場の僕は、とうとう我慢を司る神経の糸が何本か切れたっぽい。
《獣化》のスキルで、眼光を真っ赤に染めるリン。
2分で盾役キャラのHPを、全部喰い切れるかどうかは微妙だが。水種族の体力は、魔力に較べれば多くない。恐らくさっきみたいに、盾スタン技+回復魔法でHPを常に安全圏に保つ、これが相部先輩のいつもの盾役パターンなのだろう。
なるほど、考えてみたら回復のヘイトは確かにバカにならない程高い。それを考えたら、この作戦は普通のモンスター相手には納得が行く。
ただし、1対1の戦闘では一向に相手を削れていないけど。
リンの急な野獣化に、相部先輩も結構慌てている様子。さらに追い打ちを掛けようと、僕も《兜割り》で相手の魔法を一時的に使用不可にしてしまう。
ただし、このバッドステータスはすぐ解消してしまいがち。それより《連携》からの《サイレンス》を……と思ったら、さすがに《シールドバッシュ》で詠唱を中断させられてしまった。
さすが盾役、簡単には潰れない。
それでも得意のスキル技の猛攻で、相手のHPはようやく半減。ハイパー化している内に、何とかもうひと押ししたい。相手がまた回復してしまう前に、強引でも畳み掛けてやる。
先輩の再度の回復魔法には、何とかこちらもスタン技が間に合った。それから《ディープタッチ》で、HPとついでに肝のSPを頂戴する。獣化は時間切れで解けてしまったが、どっこい僕のハイパー化手段はまだ他にもある。
《断罪》からの風神の招来で、吹き飛ばされる相部先輩。これで《九死一生》込みの、得意の中距離スキル技を披露出来ると言うもの。
さらなる追加ポイントの獲得も、とどめの魔法攻撃を水の押し流し魔法で中断させられて。気付けばタイムアップ、そして今回も予選落ちと言う……。
よくよく運が無いのか、要領が悪いのか。
連続の試合参加で、かなり疲労が溜まってしまっていると言うのに。どうしたもんかと思いつつ、再び街中に生還するリン。そして待機組は、全く別の事を話し合っていたらしく。
こんなに顔見知りが揃っているのだから、何か別の事をしたいとの意見が、環奈ちゃんのギルドからあがったようで。それもそうねと、取りまとめ役の椎名さん。
獣人の集落攻めでも行きましょうかと、僕の知らないところで話は進んでいた様子。それをうちのギルマスも承諾、先生がトカゲを飛ばして近場をチェックに廻っているそうな。
程なくして、ここ空いているよと先生の通信に。
そこからはなし崩しに、大集団でのお遊びイベントに変更となって。金曜日のバトルロイヤルは、こうして終焉を迎え。本選入りを果たせなかった僕は、置いて行かれた気分。
本選は明日からの2日に渡って、つまりは土曜日と日曜日の夜9時から行われるらしい。それまでにチケットを取ればいい話、そんなに焦る必要もないかも。
一般開放の対人戦は、こうして概ね受け入れられる形で幕を閉じたのだった。
土曜日の午前は、僕の心中の焦燥感とは反対に、師匠の印刷所の手伝いに追われていた。仕事が押してるのだから仕方がない、繁盛するのは良いことだ。
印刷の納期が被らなければ、ここまで忙しくなる事も無かったのに。機械の発する熱と騒音に、多少挫けそうになりながら。ギルメンとの約束を思い出しつつ、仕事に奮闘する。
正確には、昨夜遊んだみんなとの約束だけど。リン様頑張ってくださいとか、何してるの本選で決着つけるんでしょうにとか、こんな性悪女けちょんけちょんにしちゃってよ凜君とか。
その沙耶ちゃんと優実ちゃんだが、この土日は短期のバイトが入ってて、夕方まで家にはいないそうな。友達の見つけた、一つ先の駅前のデパートの催しの手伝いらしく。
頑張って遊ぶお金稼ぐよと、夏をエンジョイする気満々。
とにかく汗だくで働いた結果、シャワーとお昼を師匠の家でご馳走になり。こうなる事は分かってたので、着替えのシャツを用意している周到さ。まぁ、子守りをしているとしょっちゅう服が汚されるから、いつの間にか身についた癖なんだけど。
お兄ちゃんになった魁南は、いつもよりテンションが高い様子。家族が増えた事を、ちゃんと認識しているようだ。僕にしきりに自慢してきて、見ているだけで面白い。
自分より小さな生き物が、可愛くて堪らないって感じで。
「すごいな魁南、いつもは使ったおもちゃ、片付けもしないのに。さすがお兄ちゃんだ」
「だよね、これで少しずつ手が掛からなくなると、家の中が楽なんだけどなぁ」
そんなに上手く行く訳ないでしょと、達観した感のある奥さんの弁。男はすべからく手の掛かる生き物だと、僕と師匠を見遣って棘のある言葉。
雲行きの怪しさを感じて、僕はさり気無く話題転換を図る事に。って言うか、師匠が明らかに凹んでいるので、助け舟を出したと言ったところか。
昨日のネットの騒ぎと、本選入りの果たせなかった顛末を話す僕。
「昨日は子守りもあって、夜からしか入れなかったんですけど。かなり盛り上がってたし、うちの高校の生徒会長の決めた対戦ルールも、学生間には浸透してた気がしますよ」
「ふむふむ、出始めの勝手の分からないイベントに、礼節を重んじるルールを持ち込むのは良い手段だね。日本人は、元々そう言う恥を知る民族だった筈なんだよ。武士なんか特に、礼節に外れた行動をした者は、恥じて切腹してた程だからね」
「切腹はともかく、学生の縦と横の繋がりはやっぱり強いですね。対戦中のノリもいいし、相手が人間って事で拒否反応を示す人も、もちろんいるけど」
「それはあるかもね、私もあんまり食指は動かないかな? でもまぁ、そこまで盛り上がってるのなら、今夜あたりちょっと覗いてみようかな?」
好きにすれば? と冷めた返事の薫さん。何だかへそを曲げてるのは、どうやら夫婦喧嘩中らしい。それとも軽い育児ノイローゼだろうか、夜泣きとか大変と以前聞いた覚えが。
この分では、当分師匠のインは期待出来ないかも。何しろこの夫婦、喧嘩で旦那の師匠が勝ったためしが無い。そのうえ、僕にまで流れ弾が当たってもつまらない。
さっさとこの場は退散した方が身のためかも。
そんな感じで印刷所を後にした僕、午後は取り立てて予定は入っていない。ただし、携帯にはメルからの遊びに来てもいいよとの文面と、ミスケさんのお茶の時間が取れそうとの文字が。
ミスケさんには暫く会ってないが、今日は土曜日なのに出勤みたいだ。たまには愚痴を聞いてあげようと思いつつ、こっちも聞いて欲しい悩みがあったのを思い出す。
何というか、僕とミスケさんの間の奇妙な取決めと言う訳では無いのだが。学生時代を不毛な悩みを抱えて過ごしたミスケさんは、親身になってこちらの相談に乗ってくれるのだ。
分かって貰えると思うけど、身内にだから話せない事柄と言うのも存在する。両親を無用に心配させたくないとか、こんな悩みは恥ずかしくて話せないとか。
それでも悩みと言うのは、抱えているとひとりでに大きくなってしまう場合がある。人に話すうちに、自然と整理出来てしまう事もあるし。そんな時は、茶化さず親身に聞いてくれる存在と言うのは本当に有り難い。
僕は短く、時間と場所をメールで聞き出してみる。
メル宛てに、ごめんね用事が出来たと携帯のボタンを押している間に、ミスケさんから返事が届いた。指定された喫茶店は、いつも僕らが利用する場所。
午後の日差しを受けて、僕は自転車を飛ばす。
お店に入ってみると、ミスケさんは既にいつもの席に座って涼んでいた。寛いでと言う訳にはいかず、何やら机に置かれた資料を読み漁っていたけど。
僕に気付くと、軽く手を挙げて紙の束をカバンに仕舞い込む。多分、煮詰まって無理やり休憩時間を作ったのだろう。調子はどうだいと、自らの気分転換の手伝いを誘ってくる。
悪くないですよと、オーダーを通しながら僕。
「さっきまで、師匠のとこでお昼食べてたんですよ。奥さんの機嫌が良くなさそうだったんで、慌てて逃げて来たけど……育児大変そうですよねぇ」
「ああ、私も覚えがあるなぁ。赤ん坊には夜中に叩き起こされるし、奥さんの機嫌は悪くなるし、こっちも寝不足で仕事しなきゃだし……でも、二人目は欲しいなぁ」
遠い目をして、ミスケさん。それからは子供を持つ親の立場を、切々と語り出す。そのうち将来為になるから覚えておけよと、親父モード全開な口調なのだが。
話をしている内に、段々と血色も良くなっていくのが傍目にも良く分かる。僕も一人っ子なのだけど、兄弟がいたらどんな感じなのだろうと想像しながら。
ちなみにミスケさんは、次は絶対男の子が欲しいそうな。
師匠のところは男の子が続いて、薫さん的には女の子が欲しかったと言っていた。それより、師匠が2度目の出産の立ち会いにも関わらず、パニックで何の役にも立たなかったらしく。
それで暫く、家族内で株を落としたとか。その話を聞いて、ミスケさんはいたく同情する。男と言うのは、出産に関して役立たずなのは仕方の無い事だ。
その痛みも感動も、母親の立場を本当には分かりっこない。
それはまぁ、その通りには違いない。立場と言うのは、なってみないと本当の苦労や遣り甲斐は分からないものだ。傍から見て苦労しか無さそうでも、本人は楽しんでいる場合もある。
逆の事象も、普段の生活上には侭あるのだろう。ミスケさんはここから愚痴モード、女にだって男の苦労は分かりゃしないんだと、臨場感たっぷりの言葉を吐き出す。
いつものミスケさんのペースだ、僕は少しも慌てない。
「苦労と言えば、ミスケさんは学生時代に役員ってやった事ありますか? 今、ちょっと変な事になってて。何て言うか……前生徒会長に見込まれた……のかなぁ?」
「何だそりゃ? 坊の学校はエスカレーター式だけに、確か上級生の推薦が役員選出に力を持ってるって聞いた事があるなぁ。ギルド結成だけじゃ飽き足らず、とうとう政界進出か、坊?」
皮肉めいた口調で、楽しそうにミスケさんが切り返す。僕はそれには乗らず、ファンスカの話からの同級生と灰谷先輩の問答を、なるべく分かり易く説明する。
椎名先輩の改革と言う意味も、僕には良く分からない。昔はもっと自由な校風だったと言うが、この街出身ではない僕には、いまひとつピンと来ないのだ。
学園生活に閉塞感は確かに感じるが、他との較べようが無いのだ。
ミスケさんは案の定、真面目な顔付きになって考え込んだ。僕は客観的に考えて、途中参入の余所者が仮に立候補しても、票など集まらないと意見を述べてみる。
もちろん、灰谷先輩の言葉に踊らされて、生徒会に立候補するつもりなど更々無いけど。探せば彼の後釜に相応しい人は、多分幾らでもいるだろう。
第一、僕にはカリスマなど立派なモノは無い。リンには、多少あるかもだけど。
ネット内のリンの活躍を想うと、自信めいたものは確かに僕にも芽生えている。子供の頃、野球で全国大会に出場した時のような、恐い物など無い圧倒的な無敵感。
それはちょっと言い過ぎだけど、現実よりも架空世界の方が上手くやっている感じはある。そう言い切ってしまうのも、まぁどうかとは思うけれども。
現に、本選の切符はまだ取れてないしね。
「ふむふむ、私はその前生徒会長の気持ちも分かる気もするけどね。自分の学び舎を身勝手な後輩に、好きに私有化される身になってご覧。おちおち卒業もしてられないでしょ? まぁそこまで強烈な個性が、その後輩にあるのかは知らないけどね」
「僕だって知りませんよ。それにしても、僕の出る幕じゃない気がしますけど」
ミスケさんは、そう言う他力本願は良くないぞと、手に持つフォークを立てて指摘する。大きな話になるけれどと前置きして、今の社会不安の現状を持ち出して。
社会安定の基盤を担うべき政治家達が、実際は自分の利益の方を優先した結果。国の赤字が増えるのは当然、彼らには他人の痛みを知る覚悟が無い。
天下りや賄賂など、私腹を肥やすのに忙しいばかり。
そんな輩を選出する学歴社会に、一体どれだけの人間が盲目的に従っているのか。そのしわ寄せは、既に社会に多大な混迷をきたしているというのに。
官僚だかエリートだかと呼ばれる類の、身勝手なリーダーシップ振り。利権がらみの政策に、支払われる巨額の血税。ここら辺は、普通にニュースを見ている者なら誰でも知っている事だ。
そんな権力志向のお山の大将が、もし自分の上の立場になったとしたらどうする?
「それは確かに、嫌なのは決まってますよ。でも……」
「坊は実際、学園の規律に閉塞感や学歴主義を感じてるんだろう? 同じ思いを感じている者が、まだまだ沢山いるかも知れない。その代表者が坊でも、いいんじゃないか?」
多感な時期に歪な箱に入れられて育つと、後々まで影響が出るんだよとミスケさん。以前に本人の体験談を聞いている僕は、そう言われると返す言葉もない。
ミスケさんも高校時代はエリート校に進学して、その競争過多の環境に一時期ノイローゼになったそうだ。結局は3年間、その学校に馴染めないで卒業してしまったそうだけど。
そんな経験もあって、僕には良くしてくれるのだろうけれど。
物事を解決出来ない者の前には、決して難題はやって来ないんだよとミスケさん。僕にそんな話が舞い込んで来たのは、偶然なんかじゃないと力説する。
ちょっと話を聞いて貰おうと思ってただけだったのに、妙な事になってしまった。このまま押し切られたらどうしよう。みんな僕に期待し過ぎだ、こんなちっぽけな存在の僕に。
そもそもミスケさん的には、学校は学びに対する基礎体力をつける場所であれば良いらしい。後は、信じ合える友達が出来れば万々歳との事。学びと言うのは、何も学生時代限定ではない。
それこそ一生ついて回る修行みたいなものだ。
それは何のためかと問われれば、幸せに生きるため、悩みを解決するため。学校に行く理由なんて、悩みを一緒に解決する仲間作り程度で良いとの見解。
そんな学生時代を送りなさいと、散々言われてきたのだけれど。中学時代は見事に玉砕、僕も同じく学校に馴染めない生徒の一人だった訳だ。
今は幸い、沙耶ちゃんと優実ちゃんに救われてるけどね。
それを思うと、ファンスカでの出会いの数々は僕の宝物だ。まぁ、そこから新たなしがらみも発生しているのだが。それを差し引いても、学びもあるし活躍の場もある。
そこはまぁ、社会の縮図な訳だ。
ミスケさんはなおも、社会体制に触れる良い機会だとか、社会はもっと窮屈だぞと口調はお説教モード。何より、宣戦布告されたんだろうと、問題はそこらしい。
そんな話だっけ、まぁかなり癪に障ったのは確かだけど。
「その通り、友達をバカにされて黙ってるなんて、もっての外だよ。その生意気な野郎の鼻をへし折ってやれ、それが男ってもんだろう?」
自転車を押しながら、僕はビル街を抜け大学の敷地内へ。少しでも涼しい道を選んだ結果だが、行く当てがないのも確か。先ほどのミスケ理論に振り回され、静かな場所で考え事をしたかったせいもある。
僕はどんなアドバイスをして欲しかったんだろう。同情が欲しかったのか、それとも励まして貰いたかったのか。軽い相談の筈が、増々深みにはまってしまったような気が。
それともやっぱり、売られた喧嘩の事の成り行きを知って欲しかったのかも知れない。人はどうしても、自分は悪くないという確証が欲しいもの。
そのための明言を、僕は自然に欲していたかも。
そんな事を考えながら歩いていると、不意に自転車が重くなった。大学の遊歩道に、人影はほとんど皆無。僕が驚いて振り向くと、けろりとした表情の恵さんが。
自転車の荷台に手をかけて、全体重を乗っけている。なるほど、これが重くなった原因か。目と目が合うと、相手はご機嫌いかがと首を傾げて挨拶して来る。
悪戯しても悪びれず、相変わらずの無表情。
「こんにちは、恵さん。こんなところで、何をしてるんですか?」
「こんなところとはご無体な、うちの大学の敷地内を何と心得る。君を探していたんじゃないか、バトルロイヤルの本選ルールが、急きょ変更になったのはご存じ?」
どこまで冗談なのか、表情からは全く窺えないけれど。聞き捨てならないのは、本選ルールの急な変更という点。どういう事だろうか、外出してた僕には知りようがない。
こちらの疑問にはお構いなしの恵さん、マイペースに暑いねぇと言葉を紡いでいるけれど。有言実行はするつもりらしく、ついておいでと僕の手を引いて部室棟に誘って行く。
またこのパターンかと、やや呆れ顔の僕。部室内は扇風機しかなくて、この前は蒸して仕方が無かったのだけど。捕まったからには、僕の意見は通らない。
恵さんのペースで、インの準備は進められて行く。
今日の彼女は、キャミソールにホットパンツ。肌の露出も多いのだが、二人きりでも誘われ感がほとんどない。これも彼女の体型のせいなのか、それとも僕の徳のなせる業か。
どっちでもいいけど、こちらの質問も受け付けて貰わないと。インした後で、あたふたしたくない。どんな変更点なんですかと、同じくログイン作業の合間に訊ねてみると。
不思議顔の恵さん、なぜそれを知っていると疲れる態度振り。
「……さっき自分で、そう話し掛けて来たんじゃないですか。暑さで惚けたんですか、何も無いんなら帰りますよ、僕」
「ああ、そうだったかねぇ……ええっと、今日と明日の夜の本選、これが無くなったみたい。何やら予選突破の人数が多過ぎて、中央塔に入り切れないらしくて。続けて街中のインで、総合ポイント数で順位を争うやり方に変更だって」
「それはまた急ですねぇ。参加人数の読みを完全に誤りましたね、運営サイドは」
「だね。あと、報酬ゲットは上位50人までが100人までに倍増し。その代わり、チケット再取得のお助けルールは無くなったよ」
なるほど、一度資格を失ってしまえば、そこで参加は終了らしい。厳しくなって来たが、まぁ本選で勝ち残る苦労に較べれば、それもアリだろう。
恵さんはとっくに本選突破していたらしく、今からポイントを稼ぐ苦労を愚痴っている。恥ずかしいので、こちらが未だに予選で苦労しているとは喋らない事に。
お互いインして、呼び出されたのは尽藻エリアの開催地。
ここでバトルロイヤルに参加するのは、実は初めてである。尽藻エリアの開催地の街は、昨日と同じくらいに盛り上がっていた。そこで流れる大量のログは、聞き取って行くと自分の所属ギルド最強説の吹聴がほとんどだったり。
老舗になるほど、そういうプライドは高くなって行くらしい。僕も聞いた事のある有名ギルドが、自所属の生き残り高ポイントキャラ名を、声高に知らしめている。
恵さんの所属する『アミーゴ☆ゴブリンズ』は、名指しで槍玉に挙げられていた。これもまた有名税か、月例の闘技場でキャラが活躍しているせいもあるのだろう。
自分達のギルドと戦えと、挑発して来る行儀の悪さ。
「うぬぅっ、下賤な輩共め……愛里は呑気に、昼は買い物に出掛けるって言ってたような。仕方ないな、隼人を呼ぼうか……多分、家で暇してる筈」
「えっ、隼人さん対人戦出るんですか? 反則な気もしますけど」
伝説にまで登りつめたキャラだ、間近で見てみたい気はするけど。恵さんは携帯を操りながら、そんな大層な人間じゃないのにねと辛辣なコメント。
電話の内容は、凛君と合同インしてるから来てと、かなり一方的なもの。それでも部屋に籠っていたのか、数分後にはゲーム内で合流を果たす僕ら。
挨拶を交わしながら、相変わらず爽やかな隼人さん。
『やあ、リン君久しぶり……あれっ、ネット内で会うのは初めてだったかな? それより明日、公園のテニスコートを予約しておいたから。約束通り、コーチをお願いするね』
『はい、メールで貰った通りの時間でいいんですね、了解しました。そう言えば、ハヤトさんのキャラを拝見するのは初ですね』
社交辞令は良いからと、恵さんは早くも興奮状態。それでも今回は、凜君は仲間ねと共戦提携を申し渡され。50人もいるギルド、人手不足と言う事も無いだろうに。
それでも、合同インしてまで敵対視されるよりはマシだと思う。今は彼女のギルドの広報係が、ギルマス自ら受けて立つよと、熱き叫びを返しているところ。
宣戦布告により、街中のキャラ達が沸騰する。
これが『白銀の皇帝』のカリスマなのだろう。久しく表舞台から姿を消していた英雄の、初となる対人戦の参加表明に。期待や羨望、嫉妬や興奮、あらゆる情念が交錯する。
いつの間にか、僕らの周りにはハヤトさんのギルドメンバーが集まって来ていた。恵さんが知らせていたのか、僕に挨拶して来るキャラもちらほら。
いかにも強そうな装備を纏ったキャラもいれば、街着でおちゃらけている者もいる。メンバーの3割はライトユーザーだよと、解説をしてくれる彼女だが。
どの層からも、隼人さんは信頼と尊敬を集めているようだ。
『やあ、君がギルマスの新しいライバル“封印の疾風”だね。隼人がやる気を取り戻したのは何よりだ、礼を言うよ。私は“殺戮屋”って呼ばれてる。同じ風種族だね、仲良くしよう』
『あっ、どうも……ライバルって言われるほど、全然強くは無いですけど。よろしくお願いします、強そうなキャラですね』
あいつは強いと、簡潔に説明を添える隣のお姉さん。ギルド内では、NM討伐とか戦闘必須のクエやミッションでは、引っ張りダコの存在らしく。
単純な戦闘力では、両手武器使いに一歩及ばない物の。汎用性の高いキャラ振りは、誰もが認める完成度の高さだとか。実動部隊では、文句無く隼人さんの片腕との事。
何となく面白くなさそうな話し振りは、自分より強い相手を認めたくない為か。
暗黒色に銀縁の鎧を着込んで、武器は日本刀のような曲刀を佩いている。名前はザキと言うらしいが、変わっているのは盾の形状だろう。手甲の様な形をしており、あまり目立たない。
盾キャラなんですかと訊ねてみたら、フンと鼻で笑われた。あいつの通り名は伊達ではないぞと、恵さんはいつに無くシリアスな口調である。
“殺戮屋”……僕の目指している、汎用キャラらしいけど。
闘技場に出場する資格は持っていたものの、隼人さん同様に最近は前に出るのを控えていたらしい。しかし売られた喧嘩を買うのは、やぶさかでは無いみたいで。
今はギルド広報担当のマリカと言う人に、対戦要望を吹っ掛けて来たギルド名を羅列して貰っている。有名どころで、さらに強豪なのは『英知の箱庭』と言う名の老舗ギルドか。
ここはミッション専用の活動らしく、ハンターランキングには名を連ねる機会が無かったようだが。それ故に、このイベントで実力を知らしめようと挑発しているのか。
その他にも『仔猫同盟』や『茨の並木道』は、文句なく老舗の強豪ギルドである。ついでに懲りない『グリーンロウ』の連中も、しきりに挑発を繰り返しているとか。
全部揃って蹴散らしておやりと、渇を入れるマリカさん。
『仔猫同盟の黒き凶戦士には、充分注意して! 特にアリーゼがいない時に負けちゃうと、何言われるか分かったもんじゃないわよ!』
『なるほど、それは怖いね。どの老舗ギルドもそうだけど、特に英知の箱庭の連中は、平気で宝具を3つ4つと所有してるから。遣り合うとなると、かなり手強いかも』
対人戦は初の筈なのに、冷静な分析力を見せる隼人さん。ギルド内で最初にアタックする4名を選別して、皆を鼓舞するその姿も勇ましく。
ギルド対抗戦の気配が漂って来た、尽藻エリアのバトルロイヤル。何故か僕も、その渦中に引き込まれてしまっているけど。周囲を見回せば、頼りになりそうなキャラばかりで。
こうなったら仕方が無い、当たって砕けろの覚悟で臨もうか。
エリアインして最初にしたのは、お互いの位置把握だった。超能力でも持っているのか、たちまち僕の居所を突き止める恵さん。僕のモニターをちらりと見ただけで、すぐさま合流して来る。
それから隼人さんに、携帯でこちらの場所を伝えたようで。なるほど、やたらと今回ギルド集団に出会うなと思っていたけど。みんなリアルで連絡を取り合っていたのか。
しかもシャッフルが不十分なのか、仲間同士がやたらと近い。
そんな訳で簡単に合流出来たけど、さてこれからどうするべきか。隼人さんに限っては、今更ルールの把握に神経をとがらせていた様子なのだが。
ポケットの数とか対人戦の仕様だとか、ポイント制の変更点だとか。そうそう、実はポイントの入手方法も、本選撤廃と同時に若干の変更がなされたらしく。
レベル差を考慮して、10以上レベルの離れた相手だと得点が加味されたり減少されたりするらしい。例えば、弱い相手を倒しても1点⇒2点⇒4点と、合計7点しか入らない。
逆にレベル差10以上の大物を倒せたら、3点⇒6点⇒9点と、合計18点も入る計算になる。もちろん、ポケットの数などの補正はそのまま。
レベル150に満たないリンにとって、絶好のチャンスである。
それはさておき、担ぎ出された隼人さんはと言えば。最近のイン不足の錆落としと対人戦に慣れておくのと、その同時作業にようやく興が乗ってきた様子。
携帯越しに、どうせ参加するなら上位に名を馳せるぞと、大御所にしては欲の薄いセリフである。逆に恵さんの方が、隣で見ていても入れ込んでいる風だったりするけど。
さっそく敵を見つけたのも、やっぱり恵さんが一番最初。
『うぬっ、4人も集まって待ち構えているとは。どこの者だ、名を名乗れっ!』
『おっと、そこにいるのは白い死神か、早速出会えるとは運がいい。こちらは“天使のぼったくり亭”のクラウス以下3名、邪魔が入る前に仕合おうか?』
『えっ、俺らその他3名? 名乗らせてよ、今の流行なんでしょ?』
なんと、二つ名を名乗るのは今では流行らしい。邪魔も何も、こっちは2人しかいないのに。恵さんは携帯に怒鳴って、応援の要請に追われている。もっとも、こんな時にも一本調子の声音は変わらないのだが。
向こうは既に、魔法での自己強化を始めている。後衛キャラは、どうやら混じっていないようだ。ってか、どう見てもバリバリの前衛装備のカンスト戦士衆である。
洒落にならないなぁと、妙な悟りの中こちらも自己強化。防御を誤れば、あっという間に血ダルマにされそうで怖い。かと言って、恵さんと上手くタッグを組めるほど、お互いの理解が深まっている訳でも無いし。
早速突撃して来た槍使い、チャージ技は《ソニックウォール》で潰れて貰う。
ちょっと気は引けるが、残りの敵達からコイツを引き離して殴りつつ。隙があれば足止め魔法か、恵さんに回復魔法を飛ばす算段で戦闘開始。
正直言って、多少の補正が掛かっていても、カンスト戦士の相手は1人では辛い。
幸い、最初のチャージを潰せたのが大きかった。頭に血が上った対戦相手は、僕の目論見通り仲間と離れて突っ掛って来る。闘牛士張りに、それをステップで避けるリン。
グレイスの方も、今の所は無事な様子だが。相手にも光種族がいるよと、こちらに合図を送って来る。ピンときた僕は、目の前の敵をスタンで止めて、闇魔法を唱え始める。
《ダークローズ》の魔法は、何とかレジられずに相手を絡めた様子。
「でかした、凜之介っ。でもまだ2人いる、もう一人何とかならない?」
「無理です……ってか新しいスキル技って、確か足止め効果付いてたんじゃ?」
おおっそうだったと、今更思い出した感じで恵さん。使い慣れていない技は、確かに白熱した戦いの最中に思い出せるものではない。しかもその技、僕が今朝方合成して渡した、恵さん愛用の大鎌に新たに付属していた複合スキル技である。
《次元斬》のエフェクトと共に、防御力無視のダメージ付きで動きを止める敵戦士。ゆらりと揺れる時空に閉じ込められて、一時の戦線離脱に甘んじてしまったようだ。
これでこちらも、目の前の槍使いに集中出来る。槍系の使い手との対戦は、何度かの実戦で慣れたもの。大量のHPを毒撃やスキル技で喰らいつつ、防御は幻影とステップで凌いで行く。
大技を貰わないように、細心の注意を払いつつ。
しばらくは一進一退の攻防、相手も上級者だけあってステップ防御が上手い。その上体力も、僕の倍近いとあっては。戦闘が長引くのも、仕方が無いと言うもの。
さらに恵さんが、隣から回復してよと騒ぎ立てるものだから。隼人さんはどうなったんだと、さすがの僕も方向音痴のギルマスにプッツン来そう。
それでも再度のスタン技から、バックステップで敵との距離を置き。望み通りに、恵さんに《風の癒し》の魔法を。それから仕込みにと《夢幻乱舞》を自身に掛ける。
敵に対しては、挑発するように闇魔法の《ディープタッチ》を喰らわせてやる。案の定、誘いに乗った槍使いは《震撃チャージ》での突撃を敢行して来る。
そのダメージは、思い切りカウンターで自身に跳ね返り。
《夢幻乱舞》は強力で再使用までの時間も短くて済むが、いかんせん使用タイミングが難しい。敵の物理攻撃のダメージを、倍化して相手に撥ね返すスキル技。それだけ聞けば、凄いなって感心するのだが。
通常攻撃もその条件内に入るので、ただのカウンター技になってしまうのだ。貴重なSPを消費するのなら、普通の多段スキル技を使った方がダメージは高い。
だから、これを使用するなら相手のスキル技を誘う必要が出て来る。
今はまんまとその作戦が嵌まって、到底リンには出せないダメージを叩き出せた。相手のHPは半分を大きく割り、畳み掛けるには今がチャンスかも。
《シャドータッチ》で敵のHPと視界を奪い、さらに混乱を助長させてやる。それから《ビースト☆ステップ》と《獣化》の、獣モードの二重奏。敵の死角に廻り込んで、クリティカルの嵐をお見舞いしてやる。
反撃の暇を与えず、最後は《ヘキサストライク》でジ・エンド。
またも悲鳴を上げる恵さんに回復を飛ばしつつ、視界に入ったのはようやく援護に駆け付けたハヤトさんの姿。グレイスは依然ピンチ、足止めの解けた3人の敵戦士を相手にして、よく持ち堪えている方だと思う。
リンの後ろに控えるプチ太陽が、減ってしまったHPを回復してくれている。それでも立て続けの戦闘はキツイかなと、支援の方法を模索していたのだが。
遅れて来たハヤトさん、簡潔に名乗ったと思ったら敵の1人に狙いを定め。《ホワイトホール》と言う魔法を詠唱、次の瞬間に敵戦士はハヤトさんの目の前へ。
誰もが唖然としている間に、強制引き寄せされた相手は血まみれに。
実際、あっという間の出来事だった。とどめはごく平凡なスキル技、その前の斬撃はたったの2度のみ。合間に《閻魔光焔》と言う魔法を挟んだが、それがとんでもない威力。
だが僕が驚いたのは、ダメージよりもその詠唱速度だった。ほとんど無詠唱に近いスピードで、あの威力は有り得ない。信じられない光景を見た気分である。
とにかくこれで、立場は逆転してしまった。人数的優位をひっくり返された相手チームは、呆然と為すがまま。もっとも僕は、引いた立場で静観に専念する。
戦場は、2人の大鎌使いに蹂躙されるがまま。
もっと良く偵察しようと思っていたが、勢いを取り戻した恵さんが目の前の敵を屠ってしまうと。ハヤトさんも早々に2人目を始末、珍しいスキル技や魔法は見せて貰えず。
いや、隼人さんのキャラの怖さは充分に伝わって来たけれど。その基本能力の高さは、敵の前衛アタッカーの体力や防御力をものともしなかった。
隼人さんと恵さんが愛用する、武器の大鎌にしても。攻撃範囲が広くて、威力は高い代物なのは確かだが。その分扱い辛く、攻撃速度が遅くなりがちな特性を持っている。
ただ、両手武器の中では人気があって、割と使用者が多い武器ではある。
その理由は、単純に威力が強いと言う他に、範囲攻撃技やトリック技が多彩にある為だろうか。大斧は単発威力の強いダメージ技が、両手槍はチャージ技や貫通技が揃いやすいと、特色がそれぞれ違うのだ。
ハヤトさんにどんなスキル技があるのか、見ておきたかったのに残念だ。恵さんの方は、完全にチェック済みなのでどうでも良いのだけれど。
敵が弱過ぎたと言う事も無いだろうに、この人達と来たら。
エリア情報によれば、生き残り人数はまだ11人もいる。ギルドチャットは使えないので、ハヤトさんのギルドの残りメンバーの状況は不明である。
それでも隼人さんの携帯生情報によると、ザキさんチームが遺跡下のくぼ地で交戦中との事。その場所のだいたいの位置は、何度か訪れて知っている。
僕の先導で、皆でその場所に移動してみる事に。
予想に反して、そこで凄絶な戦闘は繰り広げられていなかった。隼人さん伝の報告によると、相手ギルドは『茨の並木道』の連中だったらしいのだが。
戦いは既に終わったようで、その場には休憩中のザキさんただ一人。相方は倒されてしまったと、合流を果たしたザキさんからは残念そうなコメントが。
ただし、相手の3人は道連れにしてやったとの言葉。
戦闘シーンを見たかったけど、相手がもういないのでは仕方が無い。画面上の表示を見れば、残り人数はたったの8人。残り時間の割に、よくここまで減ったものだ。
どうしようかねぇと、話し合っていたのも束の間。何と生き残りグループと、まさかの遭遇を果たす機会を得て。相手ギルドは『蒼空管弦楽団』と名乗る2人連れ。
名指しで隼人さんと遣り合いたいと、かなりの自信を覗かせるけど。
『いいんじゃないか、私とハヤトで丁度2対2だし? どうせハヤトの事だから、実力を隠して勝ち抜けようって腹だろう? 武器だって愛用の装備じゃないし……少しくらいライバル達に、実力のお披露目をしてやろうぜ?』
『いや、愛用の武器は人に貸しちゃってて、単純に今持ってないだけなんだけどね。了解したよ、久々にタッグ組んで暴れようか、ザキ?』
僕と恵さんは、どうやら観戦に廻されるらしい。特に文句も無さそうな隣のお姉さん、2人のタッグ観戦は良い勉強になると口にして。僕にしても、ラッキーな展開かも。
相手もそれを承諾して、2対2の簡易ギルド戦のスタート。今回の突撃役は、どうやらハヤトさんの役目のよう。それを待ち受ける、いかにも重装備の炎と闇の前衛ペア。
そこに後方からお見舞いされる、強烈な弾丸の嵐。
敵チームも驚いたようだが、僕もこれにはビックリ。何とザキさんは、銃スキルを伸ばしているらしい。しかも、所有する銃は連射が可能なタイプ?
オープニングヒットを奪われて、敵側は完全にパニック状態。それもそうだろう、放置しておけば遠距離から撃たれ放題である。そこに躍り掛かる、白銀の皇帝の大鎌。
《裂空刃障》と言うスキル技が、炎種族の戦士に見舞われる。
ダメージと共に、刀の障壁に行く手を遮られる大斧使い。どうやらハヤトさんも、足止めスキル技を持っているらしい。闇戦士の大剣の一撃を浴びつつも、慌てた素振りは無い。
巧みなステップで追撃をかわし、今度は旋回系の範囲スキル技を使用するハヤトさん。相手は2人共ダメージを受け、闇戦士からはお返しの大剣スキル技が飛んで来た。
甘んじてそれを受けた白銀の皇帝、今度は得意の詠唱短縮呪文で《光刃の檻》と言う光魔法を解き放つ。それを受けた闇戦士、光る長剣で串刺しにされ動けない。
それを確認して、悠然と距離を取る皇帝。
今度はザキさんが前衛に出張って来て、どうやら攻守(?)交代の様子。ようやく足止めが解けた炎種族の大斧使いが、強化を掛け直して突っ込んでくる。
彼は散々、遠距離からザキさんの弾丸を一方的に浴びていたのだ。その怒り様は、天をも焦がすほど。実際、炎系の強化呪文で身を覆っているのは別にして。
待ち構えていた“殺戮屋”ザキさん、何だか様子と言うか佇まいが変な気が。恵さんが隣から、向こうから突っ込んで来るとはバカだねぇとポツリと感想を漏らす。
二つのキャラが接したと思ったら、すれ違い様に派手なエフェクト発生。
それは多分、カウンター系のスキル技なのだろう。近付いて来た敵に見舞われる《裂帛居合い斬》と言う技に。7割近くまでに減っていた敵のHPは、さらに半減。とどめの斬撃に加え、ついでのように《崩壊のビート》と言う破壊系の風魔法を追加して。
ほとんど無傷で、“殺戮屋”は勝ち名乗りをあげる。
「あれで盾スキルのスタン技も持ってるし、回復魔法も覚えてるし。今は見せなかったけど、遠隔の銃も強烈なスキル技あるんだよね。憎たらしいほど死角が無いよ、このキャラ」
「……ひょっとして、隼人さんより強いんじゃ?」
「う~ん……ハヤトの超詠唱短縮の補正スキル、刹那だったかそんな名前のやつ。あれがある限り、滅多な事じゃハヤトは負けないんじゃないかな?」
実際に遣り合わなきゃ分からないけどと、恵さんはあくまで呑気な物言い。そんなレアスキルを持っていたとは、さすがに皆から皇帝と呼ばれるだけはある。
実際、武具と武器も凄いのを揃えていて然るべきなハヤトさん。人が良過ぎて、ギルド仲間にホイホイ貸してしまっているらしい。活動休止的な理由もあるのだろうが、恵さんの発言は手厳しい事この上ない。
アホの見本市だと、槍玉にあげられるギルマスさん。
僕らがギルマスの、管理不手際について論争を繰り広げている間にも。その本人の活動は、もちろん止まらなかった。一人屠ったザキさんは、完全に戦闘不参加の構え。
装備が不完全なハンデを、全く感じさせない戦いぶりのハヤトさん。光剣の刃からようやく解放された闇種族の敵に、余裕を持って改めて対峙する。
強力な自己回復の補正スキルでもセットしているのか、今まで受けた傷跡は見当たらない皇帝。ペットで何とか賄っている僕とは大違い、見かけによらずタフなキャラだ。
相手は明らかに警戒して、近付く前に魔法戦を挑んで来る。
ところがこれが大失敗、タッチ系の呪文で削る前にボロボロにされる闇戦士。詠唱短縮の恩恵は伊達ではない、はっきり言って勝負にならない事を悟った対戦相手。
止むを得ず懐に飛び込む闇戦士、僕でも多分そうしただろう。
待ち構えていたハヤトさんの、大鎌が優雅に一閃する。《デルタシンフォニー》と言う名前の多段スキル技で、相手の体力は一気に半減、何て凄い威力だろう。
あの技欲しいんだけど、なかなか出ないのよねと隣の恵さん。そんな引きの強さも、もちろん強いキャラを作る上では、大切な要素になって来る。
とどめの《グランドクロス》と言う複合スキル技で、完全に敵戦士は活動停止。これも派手なエフェクト技だったけど、恵さんも持っているありふれた技。
それでも何故か特別な技に見えるのは、僕がビビり過ぎている為だろうか。攻略出来ない難問を突き付けられた気分、兎はどうやっても獅子には勝てない。
運よく巣穴に逃げ込めても、それは決して勝利ではないのだ。
そんな考えが脳内に廻って、何となく落ち込んでいると。凜君も大変だねぇと、恵さんが本気で同情して来る。ウチも100年クエスト、確かに色々と行き詰まってるけど。
実は1つだけ、ライバルギルドを足止め出来る方法が存在するんだよ?
「月末のランキング戦――これに優勝出来ないと、永遠に『竜』の迷宮のヒントは貰えない。そしてウチのギルドは、ずっと1位に居座り続ける戦力が存在するの」
その夜のインは、多少憂鬱な気分だったのは否めない。あの強力なタッグの底力をみて、僕の対抗心は根元から圧し折られてしまった。
あの二人に敵うキャラが作れる日が、果たして来るのだろうか? それが達成出来たとしても、途方もない歳月と労力を要するのは、日の目を見るより明らかな事。
誰が誰のライバルだって? 恥ずかし過ぎて、穴があったら入りたい。
そんな僕の鬱蒼とした気分を吹き飛ばすのは、何故か決まって彼女だった。イン仕立ての僕を捕まえて、バクちゃんが謎を解いたからギルド員全員集合と捲し立て。
早く来てリン君と、騒がしい事この上ない。
夜のインまでバトルロイヤルに赴くのは、確かに腰が引けていたのは事実である。一度倒されてしまったら、ランクインの資格すら失ってしまうのだし。
ギルドの召集が掛かったのは、逆に有り難いかも。椎名生徒会長から、再戦の催促もメールで来ていたのだ。さらに先生からは、敵は石化の能力があるっぽいよと忠告のテル。
そうそう、針千本一族や壁と同化した執事からは、確かそんな敵の存在を聞いていたような。僕は了解と答えて、人数分の土の炭酸水を作成に掛かる。
この耐性上昇薬で、石化まで耐えられるかは疑問だけど。無いよりは遥かにマシ、メンバーの誰かが石化されれば、簡単に全滅コースが目に浮かぶ。
引き締めて掛からないと、本当に生きて迷宮を出られない。
ギルド会話では、相変わらず賑やかな遣り取りが行われているけど。今の話の中心は、もちろん先生の解いた謎解きの答え。元々数学を教えてて、さらにクイズ好きだけあって、解くなら稲沢先生だろうなという予感はあったけど。
今はその種明かしを、得意になって披露しているところ。
『4つの単語がブラフって、どう言う意味ですか、稲沢先生? あと、ヒントは目の前にあるだったかな、あれの意味も皆目分からないけど……』
『鳥とリスと……えっと、キツツキだったっけ? あれ、スリが何かを盗んだんだっけ?』
『優実は黙ってて、ややこしくなるから。バクちゃん、早く答えを教えてよ!』
『うふふ、あの4つの単語……あれには全く、意味は無かったのよ。肝心なのは、文章の中に出て来る文字の数。実は“り”と“す”と“と”しか使われて無いの。そして、迷宮の選択通路も3つ……後は、ヒントが導いてくれるわ』
先生は得意気にそう語って、さて目の前には何があるかなと最後の答え合わせ。沙耶ちゃんとプーちゃんがいますと、相変わらずベクトルの捻れた優実ちゃんの返事。
たった今、返事を打つのに優実ちゃんは何を使ったかなと、それでも辛抱強い先生の個人授業。見上げた職業根性と言うか、お蔭で僕もようやく答えが分かった。
なるほど、キーボードのキーの振り分けだったのか。
つまり、り⇒L、す⇒R、と⇒Sに変換すれば良い訳だ。LRと言われれば、左右の事だとすんなり判明する。そうなると、残りのSは真っ直ぐで良いのだろう。
後は、与えられた情報通り進めば良いだけだ。
さすが先生と、バク先生の株とギルド内のヤル気は一気に急上昇。何とか優実ちゃんも要領を得て、ようやく謎に包まれたダンジョン奥を拝めそう。
それはつまり、凶暴なNMとの遭遇を意味している。この前の、スライム戦での苦戦も記憶に新しい。充分に用心して掛からないと、痛い目にあうのはこちらだ。
そんな戦闘系の含みは、ギルド内では僕の役目になってしまっている。前みたいに、出会い頭に乱戦模様になる可能性を示唆しつつ。薬品を配りつつ、皆の気持ちを引き締めて。
いざ、針千本クエストの締めの一番に挑みに掛かる。
道中の景色や雰囲気に、特に目立った変化は無し。これが当たりの道筋なのかも判然としないが、間違っているという感触も無い。最後の道順の選択に、緊張しつつも先頭を進むバク先生。
正解を信じ、戦う準備を終えて最後の分岐へ。
『出て来い~、ボスモンスター!』
『あっ、いたいたっ……でっかいトカゲ、こっちに来るよっ!』
沙耶ちゃんの言うとおり、どうやら先生の謎解きは当たっていた様子。強制動画も短いもので、終わった時にはしっかりこちらの存在に反応しているバジリクス。
ダンジョンの主は、かなりの巨体の石化持ちモンスター。
咄嗟に始まった戦闘だが、先生のタゲ取りからの場所キープは大したもの。見た目は確かに大きなトカゲだが、目とか脚の数が微妙に多かったりする。
派手な色彩とえらの辺りに生えた刺で、ドラゴンの亜種に見えなくも無い。そして厄介な特殊技能持ち、石化能力は言うに及ばす、体内に流れる血は人間には猛毒である。
つまり、近接アタッカーはその毒に晒されての戦闘となる。
盾役のバク先生もそれは同じ、さらに反撃の牙や毒ブレスの威力は並ではない。頼みの体力にものを言わせ、何とかキープは保っているけれど。
危険な相手こそ、早く倒してしまうに限る。僕とホスタさんも、殴る度に反撃の毒を浴びながら、とにかく蜥蜴モドキのHPを減らして行く。
振るう武器の耐久度の減りも、腐食の効果か厄介なほど早い。
呑気なのは後衛ばかり、弾丸を撃ち込みながらの回復作業の2人。いや、毒ダメージのために通常の倍の速度で傷ついて、迷惑を掛けている気もするけど。
回復魔法を取ったばかりの沙耶ちゃんは、豊富な魔力を惜しげもなく使って大盤振る舞い。そのうち優実ちゃんと折り合いがついて、回復分担も定まった様子だけど。
確かに沙耶ちゃんは、攻撃寄りの方が似合っている。
戦いの推移はと言えば、敵のタフさに手間取っている感は否めない。何とか削りの速度は順調で、程よく集中力を保つ精神状態が続いている。
僕の大きな役割である、相手の特殊技の阻止にしてもそう。今は範囲技の、毒のブレスと大暴れを中心に潰している。話に聞いていた石化は、今のところ仕掛けては来ず。
先にやって来たのは、大地腐食と言うとんでもない特殊技。
文字通りに、戦場の土は嫌な赤錆色へと変化して行った。どうやら腐食した大地は、そこに立っているだけで毒効果を与えて来るようだ。それだけではない、MPとSPもじりじりと減っている。
後衛陣のいる場所まで、何とその危険地帯は及んでしまっていた。仲間達の非難や絶叫、これキャンセル出来ないのと言う切羽詰まった怒声の中で。
生き生きと活動を始める、大ボスのバジリクス。
『相手の体力はあと半分だから、頑張ってこのまま倒し切るしかないよっ!』
『ううっ、体力はともかく、SPが減って行くのはキツ過ぎるっ!』
確かに、これから追い込みだと言うのにSP不足は辛過ぎる。おまけに、HP半減からの猛攻スイッチが入った様子。ここに来て、何と石化の眼光が盾役を襲う。
ピッキーンと、抵抗むなしく固まってしまったバク先生。
メンバーの絶叫と共に、キープの檻から開放されたバジリクス。次の相手をホスタさんに見定めて、容赦ない攻撃を浴びせ掛ける。慌てているのは皆が一緒、これ以上脱落者が出ると本気でヤバい事に。
それでも後衛が回復を飛ばし過ぎて、次のターゲットに指定されるのは不味い。僕は回復はこちらに任せて、ペットでのキープは可能かと伺いを立てる。
それを聞いた優実ちゃん、プーちゃんの秘めた力を解禁。
《敵対心奪取》と言う新スキル技、そこまで凄い性能でも無いのだが。これは敵対する相手のヘイトを煽るのではなく、周囲の味方の溜まった敵対心を奪う技らしい。
このスキル技、実はこの間の納涼イベントで優実ちゃんが取得したモノ。盾役の決まっているパーティ戦では、使い所は微妙なのだけれど。今みたいに盾が倒された時や、スイッチキープ戦では役に立ちそう。
しかしその新スキルも、使い時がちょっとだけ遅かった様子。バク先生に続き、何とホスタさんまでも石化の憂き目に。おまけにこの石化、優実ちゃんの呪い解除魔法を受け付けないと来た。
土属性耐性アップも効果なし、自然解除を待つしかない状況。
盾役とアタッカーの戦線離脱に、プーちゃんの壁役と言う予想外の戦局を迎え。幸い、ペットへの回復補助は敵対心をほとんど上昇させないので、後衛は安全である。
長い付き合いでそれは知っているが、圧倒的に削り力が足りなくなっているのが現状である。こちらは相変わらず、腐敗毒を受け続けていてジリ貧状態。
かと言って、プーちゃんのキープ能力はそれほど優れている訳でもなく。僕にしても、スタンでの特殊技止めで精一杯。SPが溜まりにくい状況では、それも仕方は無いとは言え。
いつまでプーちゃんの盾が持ち堪えるか、かなり微妙な所。
この硬直した事態に焦れ始めたのは、後衛アタッカーの沙耶ちゃん。防戦一方のこの状況を、奇天烈な方法で打開する策を提案したかと思ったら。
防御魔法を自分に掛けて、一人離れた場所から渾身のアタックを開始する。《魔女の囁き》で魔法の威力を底上げしてからの、お得意の《アイスランス》と《マジックブラスト》を連打する。
すぐにタゲは彼女に移ったが、簡単に死なせるものかと僕と優実ちゃんも必死にサポート。バジリクスの毒牙に掛かるまで、結局沙耶ちゃんは一人で2割近くの体力を削る事に成功して。
倒されてからそれほど間をおかず、ペット能力でイリュージョン復活を披露。
『いい感じに削れたんじゃないかな、バクちゃん達の回復はまだ?』
『あっ、やっと石化解けたぁ! 凄い荒業持ってたんだね、沙耶ちゃんw よしっ、ここから最後の追い上げ頑張ろうっ!』
『頑張ろ~っ……でもこの子、もうちょっと殴ったらまた大暴れするかも?』
優実ちゃんの懸念通り、もう少しで敵の最後のハイパー化がやってきそう。それでも先生の元気な号令と《ブロッキング》で、敵のキープは順調に交代の運びに。
ヘロヘロのプーちゃんは、何とかこれでお役御免。って言うか、ちょっと一足遅かったようだ。バジの最後っ屁、石化の餌食で彫像の仲間入りに(笑)。
僕は辛うじて持っていた闇の蜜酒を、改めてポケットに入れ直す。短期決戦のNM戦以外では、あまり使わないSP上昇薬だが、今日は持っていて本当に良かった。
次いで追い込みに使って貰うために、石化から回復したホスタさんにトレードで渡して。これで勢いをつけて、前衛アタッカーも役に立つ所を見せたいものだ。
何せ今回、僕とホスタさんは良い所がまるで無いし。
最後のせめぎ合いは、まさに熾烈の一言だった。前衛も後衛も、薬漬けでの渾身の追い込みを浴びせ掛けるのに対し。大ボスのバジリクスも、範囲攻撃や石化の視線で必死に対抗して来る。
僕は何としても、石化の視線だけは通させない構え。先生も盾でのスタン技で、とにかく向こうの横暴を許さない。削りは残りのメンバーに任せて、己の職務を貫き通す意気込みである。
その甲斐あって、厳しい戦闘も何とか死人も出ずに終了。
苦戦はするかなと戦う前は思っていたけど、実際は大苦戦だったと言う他なく。とにかく全員無事で良かった、地面の腐敗効果も大ボスと共に消え去ってくれたし。
浮遊効果で毒を全く物ともしなかった二代目妖精が、メンバーに回復を掛けて行く。この子の存在も大きかった、僕のプチ太陽やテルテル坊主とは大違いだ。
時間があったら、こいつ等の代わりの子を探したい所。
そんな僕の愚痴は置いといて、勝利の歓喜に湧くメンバー達。実際僕の立場は微妙、スタン止め以外、今回ほとんど活躍出来なかったのだから。
変幻ジョブの主な立ち回りとは言え、5人しかいないギルドメンバー内で。もっと自在に活躍出来るキャラでないと、もっと敵を削れる攻撃力が無いと。
この先、皆に負担を掛けるだけじゃないだろうか。
脳裏には、はっきりと“殺戮屋”ザキさんのイメージがある。遠隔からも削れ、殺傷能力は抜群。ソロでもパーティ戦でも活躍の場は自在で、盾役もこなせる万能キャラ。
皆が頼りにしていて、その信頼に応えられる力を持つ存在。
呆けていたら、早くドロップを確定してとの、沙耶ちゃんのお叱りの言葉が。そうだった、報酬管理は僕の仕事だった。今はこんな事で、ギルドの役に立つしかない。
それにしても、苦労して謎を解いて倒したにしては、ドロップ品は平凡なモノばかり。革素材や牙素材は、まぁ上質の部類には入ると思うけど。
後は土の術書と水晶玉、剣術指南書や薬品類くらい。属性の耐久度を上げる炭酸水の素材が数個出たのは、かなりラッキーだったかもだけど。
と思ったら、先生がエリア奥に宝箱を発見。
こっちがどうやら本命らしく、土の刻印の鉱石や土の宝珠、さらには『複合技の書・弓矢』と大盤振る舞いの品物がずらり。後の二つは、クエストアイテムの『石化解除の薬』と『財宝の地図の欠片』と言う名前のモノ。
隠された財宝の秘密に近付いて、メンバー間からは興奮のざわめきが。さっそく族長さんにお伺いを立てようと、クエの報告もそこそこに針千本の里に出向く一同。
ところが族長さん、財宝の情報に関するコメントなど全く話す素振りがない。あれれと混乱する一行、これはクエをクリアしないと駄目なパターンだと気付いて。
執事を石化から解放、自由は一体何年振りだが。
感謝する執事のセリフを聞き流し、再度レッドニードルの元へとひた走るメンバー達。彼の言葉を要約すると、以降は館付きの執事として働きますとの事だった筈、多分。
ランダム迷宮も、恐らくこの財宝の地図で終了である。里の住民から得た話だと、そもそもこの迷宮は、昔の領主が自分の財宝を隠すために、魔術師を雇って創ったらしい。
そしてその管理は、代々この針千本の里の者に受け継がれていて。
ようやくの事、今まで聞いていた迷宮の存在意義を語り始める族長。領主の残した財宝は膨大で、ゆえに開かずの間の封印も厳重になされていたと。
新しい館の主が、それに手を伸ばすのを我々は止めはしない。ただし、これだけは肝に銘じて欲しい、我々の種族も遥か昔にはもっと栄えていたのだ。
財宝の守り人と言うだけで、我々はあらゆる部族から狙われて来た。大き過ぎる力は、不幸や諍いを呼び寄せるものだ。それは古今東西、永遠に変わらぬ事実。
――それでもお主達は、力を求めるのかね? それは一体、何の為に?




