2章♯16 夏の納涼イベント!
夏休みに突入して1週間、たったその間にも色々とイベントが起きたのは、前の章を読んでくれれば一目瞭然。そして満を持してスタートするのは、最初の夏期限定イベント。
『納涼☆肝試し』は、結局5日間という短期イベントらしく、金曜日から火曜日まで。もう一つの『フラッグファイト!』も同じく5日間で、1週間ほど間を空けての開催らしい。
両方土日を挟むのは、社会人を労わっての設定らしい。
最初の夏期イベントの2日目、7月最後の土曜日には4度目のランキング戦が開催されて。ダルマ式に参加人数も増えて来て、それにつられて前評判から盛り上がっている感じだ。
ファンスカのプレーヤーにも、この対キャラ戦という図式は受け入れられているよう。ガチの1対1では無く、ポイント制のバトルロイヤルなのが高評価の原因なのかも。
僕にとっては3度目の挑戦、混乱しないようその結果から書いて行こうか。
相変わらず、夜の遅い時間に開催されるランキング戦だけど。この秘密めいた雰囲気も、盛り上がりの一因なのかも。噂では、チケット所持者は賞賛と敬意、それに羨望の目で見られているとか。イベント掲示板では、ランキングどころか対戦ムービーまで配布されているらしい。
最近はハンターランキングの上位者ばかりでなく、下位の者にもチケットは送られているらしく。有名ギルドの二つ名持ちにも招待券が送られて来たと、師匠とその奥さんの薫さんの弁。
二人とも今月は貰ったらしいが、参加は保留にしておくみたい。
仲間が増えると期待してたのに、僕にとってみれば残念な事である。一応常連には顔見知りも増えたけど、倒すべきライバルも何故か増えてしまって。
『グリーンロウ』のメンバーだとか、同級生の永井君とか。僕が無視しても、向こうは確実に狙って来るだろう。それで無くても、一人レベルが低くて悪目立ちすると言うのに。
そんな心境で臨む、今回の自信は前回と似たり寄ったりな感じ。
僕のキャラのマイナーチェンジが、まだまだ中途半端な状態なのが痛い。高レベルのキャラに比べると、色々と足りない数値が目白押し。とてもじゃないけど太刀打ち出来ない。
それでも、思いがけずにグラフィックの変化した自分のキャラを見ながらご満悦な僕。つまりは例の神具の細剣、あれの使用条件を何とかランキング戦前にクリア出来たのだ。
これも、館に設置した各種機具の恩恵が大きかったり。
あの2種の装置のお陰で、短期間で40P近くのスキルポイントを取得出来たのだ。それから還元の札や剣術指南書ももちろん使ったし、それでも足りない分は修行の塔で補ったりして。
涙ぐましい努力の末に、何とか『暗塊光塵』を装備に至った訳だ。対人戦では、もちろん初のお披露目となる。生まれ変わったリンを眺めているだけで、楽しくて時間の経過も忘れてしまう程。
そして、案の定覚えた複合スキルに歓喜の嵐。
頑張って150まで伸ばして覚えた細剣スキル技は、当然15個にも及ぶけれど。なかなか有力スキル技には巡り合えず、いたずらに収束器具の封印対象を増やすばかり。通常スキル技で使えそうなのは、残念ながら《幻惑の舞い》と《毒針撃》の2つ位だろうか。
《幻惑の舞い》は自分の分身を発生させて、敵の攻撃を一度無効にする、有名な守備系の技だ。《毒針撃》は文字通り、神経毒を刺した相手に送り込む技だ。
毒状態と同時に、敵は動きやステップに支障をきたす事となる訳だ。
そして肝心の、武器に備わっていた複合スキルは2つ。《光糸闇鞠》は攻撃技で、ダメージ技らしいがMPも吸い取ってくれるよう。対人のランキング戦に、また一つ奥の手が増えたかも。
もう1つは《夢幻乱舞》と言う幻系の技のよう。条件スキルに幻が入っていたので、まさかとは思っていたけど。トリック技のようで敵の攻撃をそのまま相手に跳ね返すらしい。
短剣で覚えていた2つの複合スキルに勝るかは、まだ謎である。
一方、片手棍スキルに関しては、レベルアップのボーナスポイントは全て振り込んで伸ばしているのだけど。やっぱりレベル自体がなかなか伸びない現状だけあって。
『ハウンドファング』の基本攻撃力の高さで、助かっている部分が大きい。その点は細剣の神具に関しても同じ事だけど。逆に、スキルと熟練度が極限まで高まった時が楽しみではある。
この赤褐色の片手棍も、不思議なパワーを秘めているらしく。時々攻撃中に、奇妙な唸り声を上げるのだ。どんな条件時に発動かは不明だが、クリティカル率が急に上昇を始めるのだ。
本当は片手棍にも館に設置した器具で捻出したスキルポイントを振り込みたいのだけど。《同調》の元になる右手武器は、半分以上が自分で稼いだポイントで無いと駄目というルールで。
トレーニングや収束装置のポイントは、残念ながらその条件を満たしていないのだ。
魔法に関して言えば、新しく取得したのは闇系と幻系の魔法が1つずつ。闇系の魔法は、試験期間に同化の終わった部位に変えて、闇スキル+の装備で覚えたモノ。
同化は2つ程終わってたのだけど、もう1つは獣スキル+の指輪にしてしまった。まぁ、1ヵ月後に備えての投資と言ったところか。闇の術書も、バザーで数個買い込んでお金も遣ったけど。
その甲斐あって、使い勝手の良さそうな魔法を取得出来た。
勝負のあやにはなりそうだと、個人的には思っているのだが。ところが幻系の魔法に関して言えば、何故か覚えたのはMP消費のやたらと多い回復魔法だったり。
これにはとんだ拍子抜け、新魔法だけに期待していたと言うのに。
それはそうと、これでリンの宝具クラスの装備は、『ハウンドファング』と『暗塊光塵』と『双子皇女のピアス』の3つになった。宝具ピアスは、合成の結果名前が変わってしまったけど。
これらは、全部が宝具以上の性能だと豪語しても、全く差し支えないと自負している。って言うか、1つは元の素材が既に宝具だったりしたけれど。
スキルスロットの調整をし直したりと、キャラは数分前とは随分様変わり。
もちろん、ぶっつけ本番はいくらなんでも恐過ぎる。新スキルや新魔法の使い心地は、そこらへんの雑魚でチェック済み。分身技とカウンター技の取得で、防御力は格段に上がった気が。
削りのパワーも、神具の装備で上昇はしている。短剣を使っていた頃と、操作性はかなり変わってしまっているけど。今のリンは、正直ピーキーで扱い辛いのが本音。
それでどう勝ち抜くか、腕の見せ所と言ったところだろうか。
控え室に入った途端に、そこの形状が変わったのに僕は気付く。そう言えば、ちょっと前に限定イベント用のバージョンアップが行われたと発表があったけど。
ついでにここも、広く使いやすい仕様に変えてくれたらしい。チャットルームや専用モニタールームも幾つか見受けられて、お洒落感が漂う室内に大変身している。
中央の段差の底には、ミニチュアの闘技場が飾られている。ダイアモンド型の室内の壁は3分の1ずつチャットルーム、専用モニター、大型閲覧版となっているみたいだ。
その大型閲覧版には、前回見受けられた試合のプレイバックが。
今回の放映は物凄くド派手で、ある意味作為的にも感じられた。今は4強出揃うと言う感じで、テロップ付きで4選手の戦いをクローズアップしている。
ところが見てみると、結構面白い。まずは現在2連勝中のチャンピオン、業火のアリーゼのモニターだけど。炎属性の攻撃力はさすがである、《蓮華》という必殺技は、細剣の攻撃力とはとても思えないほど。
《スピンムーブ》での斬撃に喰い付かれたら、対戦相手はなかなか逃げ出せないようだ。ステップの方向に回り込むような、独特な動きでの加速攻撃。
業火の如く、燃え上がったら消す事は不可能。
テロップでは、炎上爆裂暴れ独楽などと紹介されていたが。女性キャラよりそっちをプッシュされるのは、そういうイメージが強烈過ぎるからなのかも。
その暴れ独楽の前の優勝者は、黒き凶戦士との二つ名で紹介されていた。恵さんと同じく大鎌がメイン武器で、さらに闇魔法で敵キャラを追い込む戦法のようなのだけど。
闇魔法は、確かに個人的に受けるとキツいタイプの物が多い。吸収のタッチ系は、僕も好んで使う魔法だけど。相手を消耗させつつ、こちらは回復する効率の良さが好きなのだ。
《ソウルロスト》という闇魔法は、覿面に相手を弱らせる力を持っているようだ。自分と相手のHPを生贄に、1分間だけ分身を呼び出すというとんでもない呪い魔法らしく。
そこからの《バーサクモード》は、間違っても対面したくないと思う。
この二人の優勝経験者は、まさに甲乙付け難い実力者だとは思うけど。まだ直接対決をした事は無いようで、その瞬間が楽しみなような怖いような。
3人目は青い稲妻との二つ名を持つ、雷属性の二刀流使い。右手に短剣を、左手に片手斧を装備しているのは、僕と同じ《同調》スキルを所有しているからだろう。
全体的に青っぽい装備で統一されていて、右手の短剣も青い宝石が装飾されていて美しい仕上がりだ。呼び名となった青い稲妻は、ここから来ているのだろう。
短剣の形状も、よく見れば稲妻の形となっている。
戦いの戦法としては、スパーク系の魔法を多用しての麻痺やスタンがメインの様子。短剣の複合技もスタンが多くて、戦ってる相手にしてみれば血管が切れそうな程手番が来ない。
反対に片手斧は威力の高そうなスキル技が多い。バランスの取れた、積み将棋のような試合運びをする人だ。雷種族は器用度が高いので、クリティカルが多いのも目立っている。
レベルが上がって、楽しいと確信出来る種族の1つかも。妖精を従えているのも、モニター内ではこのキャラだけ。なるほど、対キャラ戦ではかなり有効かも。
僕も覚えたら使う事にしよう。
最後の一人は、何と遠隔使いだった。接近されたら途端に不利になるだろうに、よくランク入りしたものだ。モニターを熱心に見てみたが、なるほど納得の戦い振りだ。
かなりエグいと言うか、飛んで火に入った夏の虫に爆竹をお見舞いするような。恐らくは遠隔ジョブのレアスキル技なのだろう。《ゼロ距離弾》での吹き飛ばしから、矢衾にされる対戦相手。
氷属性だけに、足止めや攻撃魔法も持っている可能性もあるけど。そういう意味では、底が知れないキャラでもあるようだ。遠隔使いだけに、削り力も充分以上にあるし。
このキャラと当たっても苦労しそう。って言うか近付いても距離を取っても駄目ならば、打つ手が無い気がするのだけど。一番嫌なタイプは、やはり死角のないキャラに他ならない。
僕も一応目指してるけど、これが言うほど簡単ではないのだ。
『見つけた、凛ノ助。今夜は早かったな、ご機嫌いかが? 今夜こそ決着をつけようぞ、ちなみに今回は2戦目エントリー予定』
『もう決めてるんですか、早いですね恵さん。購入したホットプレートの調子はどうです?』
『すこぶる会長、いや怪鳥? 夏なのに、朝からパンケーキばかり食べてる』
白い死神は、今回も業火のエリーゼと参戦しに来た模様。今夜は第1戦のエントリーを、楠瀬さんに譲ったらしいけど。変な調子の恵さんと話をしていると、こっちの調子も狂いそう。
楠瀬さんは、無駄話には参加せずにモニターに釘付けの様子だ。ライバルの戦い振りを監視しているのか、はたまた自分の勇姿に見とれているのか。
この人も良く分からない、ハヤトさんもさぞ苦労しているのだろう。
そんな事をしている間にも、予選の受付が始まったらしい。そのアナウンスを聞いて、よせばいいのにアリーゼさんが速攻申し込み。それを見終えて、黒き凶戦士のポンチョが続く。
どうでもいいけど、二つ名とキャラ名が完全に喧嘩をしている気がする闇属性の戦士である。とにかくこの二人の参戦表明は、現在のトップ2と本選への椅子を争うと言う意味で。
二人のキャラは、この場で決着つけちゃるぜぃと、熱く火花を散らしているけど。他の者には良い迷惑である。いつも通りに、ぱったりと後に続くキャラが途絶えてしまって。
進まないまま時が経ち、仕方なく僕もエントリーをすると。恵さんからは大ブーイング、その代わりに残りのメンバーは割とすぐに埋まる事に。グリーンロウの奴らも、2人続けて登録していた。
恨みの原動力は凄まじい。その他にも新参者が3人、ようやく転送が始まった。
三度目の闘技場のバトルロイヤルに、3度目のグリーンロウとの諍いの火種を孕みつつ。どうしたもんかと、僕は取り敢えずいつものように強化魔法を掛け終えて。
ヒーリングしつつ、フィールドに広がる屋根越しの通路を見渡してみたり。今の所、何の敵影も無い。どうやら放出されたキャラは、真っ直ぐ中央へ向かう者と、左右どちらかへ敵を探して移動する者と大きく二別されるようだ。
好戦的なキャラは、もちろん左右どちらかへ向かう。今回のカードは大物二人の参戦のせいで、様子見をする対戦者が多くなるかも。僕はどちらの方法も選ばず、NPCキャラで地味にポイント稼ぎに走る事に。
毎度の行為だが、このポイントもバカにならないのだ。
10分足らずで、10ポイント以上稼ぐ事が出来てまずは上出来。宝箱からは、今回変わったアイテムが。小陽石と言って、召喚した属性精霊に与えるらしいのだが。
その魔法は覚えていないので、効果の程は分からず終い。優実ちゃんにでも、お土産で上げるのもいいだろう。それよりも、僕の視界内に動く影が2つ。
屋根伝いなので、向こうもこちらを発見したかも。戦っている気配は無く、どうも怪しいと思ったら。案の定、グリーンロウの連中だ。光属性の槍使いと闇属性の二刀流使い。
僕は緊張しつつも、咄嗟に防御系スキルを掛けて行く。
『ハメ技野郎、今回はそうは行かないぞっ、汚い手で俺からポイントを奪いやがって! 前回の分も、倍返しにしてやるから覚悟しろ!』
『横ヤリや、二人掛かりが正当なやり方だってんですか? 戦略を評価しないのなら、レベルの低いキャラを定めて狙うのも、卑怯って事になりませんか?』
『ルールがそれを否定しないなら、認めてるも同然なんだよっ! 精々、即死しないようにしてくれ、ポイント稼ぎになっ!』
『僕もルールに従って戦った、負けたのはあんたが弱いからだ!』
突然のチャージ攻撃は、僕の待っていたパターン。挑発した甲斐があった、細剣スキル技の《夢幻乱舞》でチャージのダメージが、そのまま槍使いに跳ね返る。
さらに闇魔法の《シャドータッチ》で、目潰しとHP吸収を加えてやる。前回この魔法が、モニターを見え難くする事に気付かされたのだ。本選で散々、自分で試してみた結果だ。
しかし僕らがじゃれ合っている間に、闇の二刀流使いが《カオスタッチ》を僕に飛ばして来る。この魔法は確か、呪い効果? 僕の意思とは関係なく、エーテルを1本飲み干すリン。
やばい、呪いが解けるまで時間を稼がないと。
こんな時には、障害物の多い市街は助かる。2人のカンストキャラに追いかけられ、僕は生きた心地もしないけれども。ジグザグに走って、何とか魔法の追撃をかわしつつ。
幸いにも、呪い効果は1分で解けたのだが。当然ながらこの逆境を打開する案は、全く出て来ない。忙しく思考を働かせていたら、他のキャラ達の戦闘シーンに出くわした。
いや、それはほぼ一方的で、もう終わり掛けていた。業火のアリーゼの圧勝で、彼女はすぐさまこちらに気付いた様子。2人の追っ手も、程無く新たな敵に気付くのだが。
この暴れ独楽、果たしてどちらに転がる?
『ここは鬼ごっこをする場所ではなくってよ、そうでしょ、封印の疾風? あぁ、二人に追われてたのね……私もポイント、もう少し欲しいのよ。一人貰っていいかしら?』
『えぇと、僕的には嬉しいんだけど、彼らはどう思うかなぁ……どうやら僕に因縁を感じているらしくて、文句を言って来るかも?』
『それじゃ、因縁の深い方を選びなさい。それから正々堂々と、1対1で戦えばいいのよ』
『ま、待て、あんたには関係の無い筈だ。割り込んで来る資格なんて無いだろうっ』
『何を寝惚けた事を言ってるの……バトルロイヤルの意味、分かってないようね?』
業火のアリーゼは、そう言って闇属性の二刀流使いに魔法を放った。《フレイムウィップ》という魔法に、自分勝手な理屈を並べたそいつは、痺れたように動きを止める。
僕も反転、光属性の槍使いに対峙して強化魔法を掛け直すと。向こうもようやく覚悟を決めた様子、ステップインから斬撃を見舞って来る。さすがに今度は、カウンター技を警戒したようだ。
僕はステップを駆使しながら、魔法での強化を重ねて行く。
こうなった場合のシミュレーションは、何度か脳内で試行済み。《ビースト☆ステップ》を主軸に防御をスキル技に任せて、クリティカル率アップと小気味良い連撃を繰り出す。
加えて《幻惑の舞い》と《夢幻乱舞》で、こちらの被害はほとんど無いほど。さらに細剣スキル技の《毒針撃》で、相手のステータスを毒状態へと変えてやると。
敵の攻撃速度も、かなり鈍くなって来た様子。使えるスキルを見つけて、僕のテンションも段々と上がっていく。次に試すのは細剣スキルの複合技の《光糸闇鞠》。
なかなかのダメージに、相手のHPはようやく半減。
気付いたら、もう一方の戦いは既に終わりを迎えていた。僕もそろそろ、追い込みに掛からないと。新しい魔法やスキル技も試したいし、まずは《爪駆鋭迅》から《ディープタッチ》。
タッチ系の吸収魔法は、闇魔法の中でも特に有名なのだけど。この新しく覚えた《ディープタッチ》と言う魔法は、敵のHPと一緒にSPも吸い取る特性があるようだ。
吸収したてのSPで、さらに《ヘキサストライク》を敢行。やっぱり片手棍の方が、スキルが高いだけあってダメージが高い。追い込みに使うなら、断然こちらだろう。
敵の体力も、いよいよ2割程度までに減って行く。
こちらも結構、被害が出て来ている。相手も攻撃を当てようと、範囲スキル技の攻撃に切り替えたせいだ。効率は悪いのだけど、これだと《幻惑の舞い》の僕の幻影も関係無い。
ただ、光属性はSP量は多くない種族である。連発など出来る筈も無く、僕とすれば破れかぶれの単発強力スキル技の一撃の方が怖かったかも。
一発逆転など冗談ではない。ステップ防御は繊細なだけに、そうなっても不思議ではないのだけど。相手がポーションを使い始めれば、もう詰んだも同然。
僕も《シャドータッチ》で回復させて貰いつつ、SPを確認して最後の追い込みへ。
3度目の戦いも、こうして何とか勝利する事が出来た。ホッとしつつも、色々と作戦の練り直しも必要かもと脳内整理。《ディープタッチ》の吸収力は強力だが、詠唱がやや長いので接近戦で使うのには大変かも。
オートステップ中にも詠唱中断は起こるので、スタンで敵の動きを封じるなどの工夫が必要になって来る。《ビースト☆ステップ》は便利な防御術だが、こちらの詠唱中にも防御を優先してしまうのだ。
後は《夢幻乱舞》だが、スタン技とどちらが使いやすいか。SP消費はやや多いが、カウンター技を持っている事を示せば、相手の動きにためらいも生まれて来るだろうし。
ここら辺の駆け引きも、僕は結構好きだったりする。
『そっちも片付いたようね、時間もあと5分以上残ってるみたいだし。さて、今度は私の相手をしてくれるんでしょう、封印の疾風?』
『えっ、やっぱりそうなりますか? 僕、予選で負けちゃうと、もうここの招待状を貰う手立てが無くなっちゃうんですけど……まぁいいか、やりましょう』
『やけに聞き分けがいいわね、それじゃ回復しなさいな。風系よりも、君は闇系の魔法を使うのが好きなようね。スキル技も、ユニークなの揃えてるみたい』
後半の戦い振りは、しっかりと見られていたようだ。僕は脳内で作戦を立てながら、有り難くヒーリング作業。しゃがみ込んだその姿は、戦う前から屈服しているようで少し情けないけど。
アリーゼさんは、二刀流使い相手に全くの無傷の勝利らしい。どれだけ《スピンムーブ》が攻防に優れた技なのかが、そこからも伺える。MPは減っているかもだが、恐らくハンデにと回復しないでおくつもりなのだろう。
それとも、オートMP回復を持っているのかも。
基本戦闘性能も、炎種族はもちろん高い。師匠のキャラ種族なので、僕は見飽きているほどだ。腕力はピカイチ、SPにも割と恵まれていて、体力や敏捷性も上位クラス。その代わり器用さや魔法系は苦手なので、実は変幻タイプに育てる人は少ない。
師匠のように、バリバリの前衛の両手武器使いが有利には違いないのだが。自分の種族の魔法に限っては、種族特性でカバー出来るし、そう言うコンセプトなのかも。
つまりは、僕より余程練りこまれたキャラなのは間違いない。
休憩中のキャラとは逆に、僕は画面前でじっとりと手に汗を掻いている始末。まるで蛇に睨まれたカエルのようで、本当に情けない限りだ。それでもキャラは回復、立ち上がるリン。
一定の距離を置いて、対峙する両者だけど。そこに再度待ったをかける人影が。建物の屋上からこちらを睥睨するそのキャラは、やはり生き残っていた黒き凶戦士。
その黒いオーラは、上空を覆い尽くすよう。
『先約かな、業火のアリーゼ殿。こちらは二ヶ月も、直接対決を楽しみにしていたのだ。時間も残り少ないが、決勝戦で出逢える確率もあやふや……出来れば手合わせ願いたいのだが?』
『あらあら、可憐な一輪の花にミツバチが二匹……どうしたものかしらね、ポチョムキン殿?』
『ポンチョだ、お間違え無く!』
戦闘にと対峙していたはずが、いつの間にか僕は蚊帳の外。バチバチと火花を散らし始める両雄、建物を飛び降りて挑発するように強化魔法を唱え始めるポチョム……ポンチョ。
黒いオーラと形容したが、彼の手にする両手鎌からは、本当にどす黒いナニかが吹き出している。強固そうな衣装もほとんどが暗色系に揃えていて、キャラへのこだわりを感じさせる。
呼応するように、炎系の強化魔法を唱え始める業火のアリーゼ。キャラは完全に黒き凶戦士の方を向いており、先約の筈の僕はどうやらアウトオブ眼中らしく。
喜んで良いのか、心中複雑な放置プレイ。
戦いは僕の気の緩みとは逆に、突発的に始まった。先手を取ったのは炎上爆裂暴れ独楽。通り名の《スピンムーブ》で、一直線に敵へと突進する。
咄嗟にそれをいなそうと、ステップを使う黒き凶戦士だったけれど。ステップを追うように独楽は向きを変え、オープニングヒットを喰らってしまう。HPバーが、揺らめいて減って行く。
そこからは、纏わり付くような斬撃の嵐。炎の独楽の回転は、止む事無く体力を削り続ける。大振りな両手鎌は空振るし、闇魔法の詠唱も止まり気味。
このまま一方的になるのかと思われた途端、黒き凶戦士のスキル技が炸裂。
《スピニングサイス》と言う名前の範囲スタン技のようで、驚いた事に業火のアリーゼの回転撃を止めてしまった。そこからの《ギロチン》と言う連続スキル技で、一気に形勢逆転に持ち込む。
これがあるから、両手武器アタッカーの破壊力は侮れないのだ。しかし、業火のアリーゼも《ファイアーウォール》の魔法で追撃を許さない辺りは流石である。
炎の壁を隔てて、再度睨み合う炎と闇のキャラ。
今度の攻撃は黒き凶戦士からだった。6割近くに減じた敵のHPを見て、満を持しての《ソウルロスト》の呪い魔法。元気な相手には掛かり難いが、手傷を負わした相手にはレジ率も減っていく特性の魔法らしい。
モロに受けてしまった業火のアリーゼは、ウッと苦しそうな表情。黒き凶戦士の前に、彼にそっくりな分身が生まれて行く。ポンチョのHPも数割減ったが、その代わりに味方を一人得た勘定だ。
これが黒き凶戦士の、毎度の対人戦の勝ちパターンらしい。本人も《バーサクモード》と言う、恐らく戦士ジョブから取得したスキルを使用して、最後の追い込みの構え。
実際、ここから逃れた対戦相手は未だにいないのだろう。
ところが業火のアリーゼは、自身に《浄化炎上》と言う魔法を掛けて呪いをキャンセル。出現した分身は消滅こそしなかったが、明らかに勢いは減じている様子。
炎の壁のダメージを無視して、踏み込む黒き凶戦士を待っていたかのように。再度の《スピンムーブ》……いや、もっと華麗で流麗なステップは《蓮華》と言う名の必殺技か。
炎の壁がいつの間にか、炎の渦となって範囲に見舞われる。
多分これは、彼女の持つ細剣に秘密があるのだろう。上級者なら、法具レベルの特上武器を所有してても、なんら不思議は無いと思うけど。威力は甚大で、黒き凶戦士のHPはとうとう半減以下に落ち込んで。
彼の分身はもっと災難で、炎の渦に呑み込まれていつの間にやら送還されてしまっていた。相手に一撃も浴びせられず仕舞いでは、出て来た甲斐も無かろうと言うものだが。
本体の方は、もう少し踏ん張りを見せる様子。再度の《スピニングサイス》からの連続スキル技で、業火のアリーゼの体力も残り3割へと急降下。
《フレイムウィップ》で、それ以上の畳み掛けを許さない業火のアリーゼ。そのままバックステップで、お互いに刃の届かない距離を置く。それから申し合わせたように、二人同時に虎の子のポーション使用。
高価な種類だったのか、お互いのHPは瞬く間に安全領域へ。
固唾を呑んで見守るしかない僕は、二人の技量がほぼ均衡している事を察知していた。大技を2度も潰された業火のアリーゼは、確かに一見不利に見えるけれど。
黒き凶戦士の奥の手も、その点では同様に潰されてしまっている。幾らSPの豊富な闇種族とは言え、範囲スタン技を連続で使用出来るとも思えないし。
この後の戦いが、どう転ぶかは全く予想も付かないのが本音。
今度のモーションは、両者ほぼ同時だった。黒き凶戦士の両手鎌が、鈍く輝き出したかと思ったら。業火のアリーゼも、独特の動きで魔法の詠唱を開始する。
明らかに、先ほどまでの戦法とは違う奥の手を、二人とも隠し持っていたようだ。その威力が上回った方が、恐らく勝者として君臨するのだろうか。
しかしこの距離で、魔法はともかく両手鎌の攻撃はヒットするのだろうか?
そんな心配は、どうやら杞憂に終わったようだ。何とこの緊迫した場面で、時間切れの両者痛み分け。アナウンスと共に、フィールド外への転送を迎えてしまった。
結局死なずに済んだ僕は、今回もどうやら予選を突破出来たらしい。ポイント的にどうかなって思っていたのだが、何と今回の生き残りはたったの3人らしく。
つまりはあの二人、参加者全員を血祭りに上げていたようで。
そんな理由から、僕はちゃっかりと上位三名枠に入ってしまったらしい。まぁ、運の良さも実力の内と思いたい。僕のキャラ熟成が、今回の対キャラ戦に全く間に合っていなかったのを差し引いたとしてもだ。
上位者も僕との対戦を楽しみに思うような、そんなキャラを作り上げたいと思いつつも。今は本当に、何とか決勝戦に残るのが精一杯と言う体たらくであるのも事実。
その決勝戦も、運悪く続け様の戦闘となって敗戦を喫してしまった。
それでも決勝ラウンドで一勝をあげたのは初めてかも、そこは素直に喜ぶべきであろう。やはりポーションの数が限定されるフィールド。回復手段が貧相だと、連戦になったら不利なのも浮き彫りになったし。
オートのHP回復か、優美ちゃんの持っている召喚妖精が欲しいと切実に思う。僕の風スキルは80台なので、次の節目で出るかはかなり微妙だけど。
それでなくても体力補正を持たないリンは、HP量は常に悩みの種なのだ。
パーティ戦では、先生と言う強固な盾役がいるので、そんなには目立たないけれど。個人戦だとどうしても、半端な前衛と言う特性が浮き彫りになってしまう。
そこが変幻スタイルキャラ全員の、まぁ短所なのだとは思うけれど。業火のアリーゼは、その点を種族特性で綺麗に帳消しにしていた訳だ。風種族の僕は、つまりは他の手段を講じるしかなく。
しばらくは頭を悩ませる事になりそう、そんな時間は嫌いではないけど。
――7月のランキング戦は、こうして幕を閉じたのだった。
そのランキング戦の前の日の金曜日、僕は子守りのバイトでハンス家にお邪魔していた。新しい生徒、幼稚園の双子の兄妹もいたし、その母親もお茶とお喋りにリビングに見えていたけど。
親がいるのは僕にも安心、不意に泣き出されて困ってしまうのは僕なのだから。サミィも最初の頃は、なかなか懐いてくれなくて。メルとはゲームの話が取っ掛かりとなって、すぐに打ち解け合えたのだけど。大きい身体とか顔付きが怖がられていると、最初は悩んだものだ。
結局は、相手の位置まで降りて行くやり方が分かって、ようやく仲良くなれたのだけど。外見だけ一緒に遊ぶ振りをするのではなく、一生懸命相手をしてあげると真意は伝わるものだ。
心はようやく通じ合って、今では抱っこをせがまれる仲である。
さて、子守りと言う名の音楽教室が始まった訳だが。僕としては、子供達の気の乗る事に時間を使ってあげたいと思っているのだけど。親の注文も、少しは酌んであげなければ。
小百合さんは楽しんで頂戴と、今までの現状に満足している様子。メルに関して言えば、学校の宿題と鍵盤の両手弾きは、既に固定の時間割りになっている。
本人も個人練習は欠かしていないようで、今ではシンセの他の機能も使いこなし始めている程だ。シンセはミキサー機能も付いているので、子供が遊ぶにもなかなかに楽しいのだ。
ピアノみたいに繊細な技法は学べないけど、それは僕も知らないのだから教えようが無い。鍵盤を叩く強弱などで、演奏を盛り上げる手法とか。確かにシンセは、そんな表現力では及ばないかも知れないけど。
でも気軽に持ち運べたり、音のボリュームを操作出来る点では、シンセの方が上である。
新入りの双子は、早々に楽曲に興味を示していた。知っている歌を弾いてあげると、仲良く上機嫌に歌い始める。サミィもそれに加わって、何とも賑やかな楽隊の出来上がり。
しばらくは、こんな感じて音楽の楽しさを共有する感じでいいと思うけど。園児相手に堅苦しい話も出来ないし、歌のレパートリーを好みに応じて増やしてあげようと思っている。
オーちゃんだって、実は2曲も持ち歌があるのだ。
今はその彼、賑やかな集団を警戒して、高台の自分の陣地でこちらを眺めているだけ。興が乗ると勝手に近付いて来て、遊びの輪に加わるのだけれど。
どうやら今日は人見知りしているようで、知っている歌の演奏にも応じてくれず。まぁそれが正解かも、子供達のパワーは人数が増えるととんでもない事になるのが通例だ。
夏休みの開放感も相まって、結構なハイテンション。
友達の家にお呼ばれしているせいもあるのかも、お勉強会という意識もさほど無い感じで。まぁ子守も兼ねているので、その点は大丈夫と言うか文句も言われない筈。
これから週2日でお相手するのだ、とにかく早く打ち解けないと。
お母さん側の意見としては、週に2日ほど1時から5時の4時間、面倒を見てくれれば有り難いとの事で。今日みたいにお喋りに来る事もあるが、大抵は子供のいない間に買い物や家事に時間を使うかもとの話。
小百合さんがいる間は、オヤツやお昼寝の時間にメルの勉強を見て欲しいとの事。その間は小百合さんが、園児達の世話を引き受けてくれるそうな。
なるほど、集中して勉強するにはその方が良いかも。
夏休みの最初の子守は、そんな時間割で何とか無事に終了。双子にも変に警戒されずに済んで、その点では満点だったと思う。何とかやっていけそうな手応えに、ホッと胸を撫で下ろす僕。
その考えが甘かった事に、僕は次の回の子守りの日に思い知らされた。噂を聞きつけた園児の母親が、それなら自分の子供も預かってと、何と二人も名乗りを上げたのだ。
一人はサミィの友達のこよりちゃんで、これは両者にしてみれば嬉しい誤算なのかも。もう一人は智章君という男の子で、この二人の両親は共働きらしく。
つまりは、預かる方の比重は非常に大きくなる訳で。
まぁ、お給金に関して言えば、かなりサービスしてくれるらしいとの話。最初の面通しでも、二人のお行儀の良さには満点をあげても良いと思ってしまう僕。
話が大きくなり過ぎて、小百合さんも少しだけ慌て気味。このまま家が、簡易保育園になったらどうしようと思っているようで。全く同じ思いの僕と、これ以上は無理ですよとの口裏合わせ。
何だか長い夏休みになりそうで、僕の口元は少しだけ引き攣るのだった。
さて、短期集中の限定イベントと言うのは、興味の有無が分かれるものだけど。僕らのギルド『ミリオンシーカー』としては、ハンターPを稼げるのならやろうとの意見が強く。
先生が支援タイプを伸ばして、憧れの《騎乗》のスキルを取得したいとの事で。個人の我が侭を全員で達成すると言うのは、良くも悪くもこのギルドの持ち味である。
5日の短期間で、どの位のハンターPが取得出来るか分からないけど。最低30Pは欲しいよねと、取らぬ狸の皮算用。3つもジョブスキルを伸ばせれば、夏休みの良いボーナスだ。
この時点では、特別景品の詳細はまだ知らされておらず。
ルールの詳細は、何となく聞き及んでいる僕ら。メフィベルの街中は、限定イベント用のNPCの出現に湧き立っていた。さすがに初日は、戸惑う冒険者があちこちに見受けられる。
それはこちらも同じ事、夜にギルド員が集まって、取り敢えず始まる前に作戦会議。始まる街は果たしてここで良いのか、どんな進行になるのか、噂を拾って歩くのだけど。
結局良く分からなくて、混乱しているのは町全体だったりして。僕らも一応新エリアは回避して、絡まれても安全な初期エリアの街に場所を移す事に。
数分後には、5人で揃ってアリウーズの街へ。こちらも賑わっていて、幸い情報も気軽に交換してくれる冒険者が多数。低レベル帯には、助け合いの精神が根付いているのだ。
それによると、どうやら最初のチケットから運が必要らしい。
『NPCに話し掛けると、チケットが貰えるんだけどさ。10分から60分って色々と種類があって、さらに入り口にも何だか種類があるみたいで。さっきレアチケットをバザーしてる奴もいたな、よく分からないけどレアだと報酬も違うのかな?』
『なるほど、貰えるチケットは一人1枚までだから、5人パーティだと5枚? これを消費して、街の外の通常エリアにある入り口に入っていけばいいのね? 時間は何か関係アリ?』
『よく分からないけど、クリアまでの目安なのかな? その時間内にNMを倒せって事なのかも? 肝試しのフロア内には、必ず1匹はNMいるしさ。時間過ぎても、別に強制的に追い出される事は無かったよ?』
『ほむほむ、ありがとー♪ じゃあ早速、チケット貰ってみよう!』
既に試しにクリアしたっぽい人を適当にとっ捕まえて、情報を聞き出す女性陣。街の中では、同じレベル帯でパーティを組もうと、叫びを発している人もかなり多い。
つまりはとても騒がしく、イベントの始まりの騒然とした雰囲気で満載の中を。取り敢えずチケットを貰おうと、優実ちゃんの勢いの元、僕らは人垣を掻き分けてNPCへと近付いて行く。
人垣の理由は、NPCの説明から判明。どうやら1時間に1回、チケットは貰えるらしく。
イベントに参加しない冒険者も、レアチケットを引いて金策にする事も可能のようで。パーティが揃うまでの暇潰しに貰いに来る者もいるため、こんなに混雑しているようだ。
僕らはそんな時間も無いので、とにかく1発勝負の運試しを敢行。その後パーティで入手チケットを報告し合って、早速街の外に出て入り口を探す作業へ。
出たカードはほとんどノーマルの10分~30分。その中に、1枚だけ雷のマーク入りが。
『これがレアカード? よく分からないけど、使っちゃっていいのかなっ?』
『いいんじゃない、雷的な仕掛けがあるとか? ってか、入り口どこにあるのかな?』
『普段は無いような、変わった看板があるらしいね……手分けした方がいいのかな、ありそう?』
『どうだろう……あっ、あそこに立ってるのが、噂の看板かな?』
ホスタさんの言葉に、全員がぞろぞろと移動を始める。絡んで来る敵を華麗に倒しつつ、一行がその前に辿り着くと。10と言う文字と、その下には何やら植物の絵が。
説明を確認すると、どうやら10分チケット消費ポイントらしい。10分チケットは、パーティ内に2枚存在する。すぐに入れるみたいなので、物は試しとチケット消費に移行すると。
暗くて不気味な森の中に飛ばされ、何となく肝試し気分。
敵はどこだと探してみるが、それらしき姿も見当たらず。移動し始めたパーティに、突然襲い掛かるのは巨大なコウモリだったり。吸血とか持ち運びとか、厄介な特殊技に苦しめられつつも撃退には成功。
次はどこへと探す一行は、森の奥におぼろげな光を見つける。火の玉に誘われて進むと、樹木から蔦のモンスター、さらにそのまんまな火の玉の怪物の襲撃が。
雑魚タイプは、どれもそんなに強くは無い。経験値も控え目で、あっという間に敵の数は減っていくのだが。最後の火の玉が逃亡を図り、追い掛けてみたら巨大な動物の死骸を発見。
モズのはやにえ状態で、木の枝に串刺しになっている。
『これはなぁに? 確かにかなり、不気味だけど……わっ、火の玉が消えたっ?』
『嫌な風景と言うか、確かに肝試しっぽい感じを醸し出してるよねぇ……?』
『仕方ないから、私が近付きますね? 何かあったら、稲沢先生よろしく!』
やはり先生も女性である、妙な怖がらせの仕掛けを気にして動けないでいると。ホスタさんが様子見にと、単独で巨大な動物の死骸に近付いて行く。
僕も一応、後に続いてフォローの構えだけど。案の定の仕掛けは、動物の腹が爆ぜて赤黒い血が飛び散る嫌なドッキリ。出て来たのは蔦の化け物、血走った目も付いている。
コイツが噂のNMかと、一行は肝を冷やしつつ戦いへと動き出す。先生のタゲ取りも一瞬遅れたけど、それは仕方ないと言うもの。敵の部位は、蔦だけで4つ、目の本体を入れて5つらしい。
それだけに、かなり激しい戦闘となったのは確かだ。
僕の《爆千本》とかホスタさんの《炎のブレス》が、かなり複数攻撃の有効性を実証してみせる。追い込みを掛けるように、沙耶ちゃんの《ブリザード》が炸裂。
敵の蔦の数が、2本3本と減って行き、前衛も俄然ヤル気に。大技のスキル敢行で、とうとう本体にとどめの一撃を撃ち込む事に成功する。やんやの喝采に合わせ、ハンターPの振込みが。
一人1ポイントは、果たして多いのか少ないのか。
『少ない……』
『10分チケットだったもんねぇ……あれっ、入り口の看板無くなってるや。今度は20分か30分の場所を探して入ってみる?』
『30分持ってるの誰だっけ? それクリアしたら、たくさんポイント貰えるのかなぁ?』
『優実ちゃんのが30分で、先生のが20分で雷マーク付き? 看板を先に見つけないと、どっちにしろ入れないね。次の入り口、探してみようか?』
時間も無限ではないので、早速僕らは次の看板を探してうろつき回る事に。エリア攻略中にモニターに時間が表示されていたのだが、それは今は非表示になっている。
どうやらこの限定イベントも2時間縛りがあるらしく、チケットを買い占めてハンターP稼ぎ放題とはいかない様子。ただし、2時間以内なら幾らでもチケットは使用可能らしい。
そんな感じで進行するらしいと、ようやくパーティ内でも理解が浸透して行って。
『じゃあ、10分チケットなら、1日で12枚とか使って遊べるの? うわっ、そしたら12ポイントも稼げるよ、凄いかもっ!』
『さっきの場所は、最初のトライで勝手が分からなかったけど10分掛からなかったからね。ただし、看板探して彷徨うのは、かなり大変かも……』
『ああっ、そういうバランスの取り方なのね……うっ、こっちはライバル多いかも? 確かに看板探すのが大変みたいっ』
『あっ、あそこに30の看板発見! パーティいるけど、入る予定なのかな?』
確かに6人編成のパーティが、看板を眺めて何やら話し合っている様子。近付いて行った優実ちゃんが、まずは挨拶に一礼する。それに合わせてペット達も、並んで行儀良く挨拶。
そのエモーションが、最近の優実ちゃんのお気に入りなのだ。確かに可愛いが、僕らは何度も見てもう飽きてしまっている。だからこんな場合には、とにかく積極的になってしまう優実ちゃん。
本題もそっちのけに、ペットの会話で場は盛り上がってしまう。
『あの、その場所に入る予定なのか、それだけ聞きたかったんですけどぉ。やっぱり、街の近くは人が多くて大変?』
『大変だねぇ……でも、ちょっと離れるだけで結構見付かるもんだよ。60チケットとかは、逆に遠くに行かないと見付からないかも? 僕らはもう、30をクリアする時間が無くって……あっ、君たち10のチケット持ってないかな? こっちの30と交換してくれない?』
『えっ、いいんですか? こっちは嬉しいですけど。10はさっき入ったけど、1ポイントしか貰えませんでしたよ?』
『うん、でも僕らも2時間縛りで、30はクリア出来そうもないから。10をクリアして、1ポイントでも貰った方がいいかなって』
なるほど、それは利口な選択には違いない。僕らも5人分足して、90分しか無かったので大助かりだ。そんな訳で交渉は成立、30看板も譲って貰える事に。
情報もちょっとだけ付け足してもらえた。30チケットのエリアは、雑魚が多くてそれなりに時間が掛かるそう。出て来る敵は看板の下の表示によってまちまち。
カードに属性の絵が掛かれているのは、やはり当たりのようで。雑魚からその属性の、術書がドロップする事があるらしいのだ。だから、雑魚の多い30以上が、本当はいいらしい。
貰ったチケットは、残念ながらノーマルだったけど。30以上は、他にもお土産的な仕掛けもあるらしいとの事。期待しながら、僕らはそのエリアを攻略に掛かるのだけど。
不気味模様なフロア内、どんな仕掛けが待ち受けるやら。
やっぱり夜の森から始まった30フロア、今回の看板は思いっきりゾンビの顔だったのだけど。その通りに敵はほとんどゾンビやスケルトン、麻痺や単純な物量が結構ウザい。
演出も凝っていて、木々の間にはお墓が見え隠れ。土の中からゾンビが湧き出たり、怖がらせ感が満載である。10分も進むと、不意にひらけた場所に行き着いて。
満月の照らす森の中、何故か料理の並べられたテーブルが森の広場の中心に設えてあった。それだけでも異様なのに、料理の種類と言えば豚が丸焼きにされていたりとか。
スープの中身は、多分目玉だろう。大きな丸焼き豚に睨まれて、あまりテーブルに近付きたくは無いのだけど。蓋のされてる銀製の大皿、これをクリックしないと始まらない雰囲気。
気がついたら、遠巻きに僕を見ているパーティメンバー達。
『あれ、何でみんな下がってるの? せめて先生だけでも前に来てよ!』
『嫌よ、怖いじゃないのっ! 私は絶対、寝る前の時間にはホラー映画とか怖い番組は見ないタイプなのよっ!』
『私達は後衛だから、絶対近付かないもんね……! リン君、仕掛けあったら作動させて』
しかも揃って酷い扱われよう。さっきの10フロアの最後の仕掛けが、余程堪えたのだのだろうけれど。仕方なく、たった一人で大皿の蓋を開けに掛かるリン。
案の定の仕掛けは、湧き出るぶよぶよの具材。動物の内臓と思しき気持ち悪い塊が、僕を飲み込んであっという間に後方へと押し流して行く。ありえない量のそれは、何とモンスターのよう。
つまりHPが存在して、こちらにダメージを与えて来ると言う事。押し流しのダメージは、僕のHPを結構減らしてくれた。しかもスタン状態で、咄嗟に回避も反撃も出来ない始末。
他のメンバーに助けを求めつつ、何とか逃げ出そうと悪戦苦闘。
僕が体制を整え直した時には、既に戦闘は始まっていた。メンバーの半分は絶叫していて、気持ち悪い敵の出現に気もそぞろ。僕は慌てて戦闘参加、敵はどうやら3部位ある様子。
このフロアのボスNMかと思ったけど、実際殴ってみるとそれ程強くないみたい。ただし、消化という特殊技は、きっちり防具を破損させる効果もあるようで。
違う悲鳴を、前衛が発してしいたり。
HPはかなり多かったものの、防御力は低かった臓物モンスター。倒し終わってみると、問題のテーブルのロウソクに、祝福するように明かりが灯る。
再度のテーブル上のクリックでは、報酬として食事セットや食器セットをゲット出来た。先程の短いフロアには無かった事、こんなボーナスも存在するらしい。
食器などの家具セットは、自分の部屋を飾るのに使えたりするのだけど。室内の見た目が華やかになるので、欲しがるプレーヤーも多いみたいだ。
特殊な物になると、付加効果もついて来る。僕がメルにプレゼントした、ドロップ運が良くなる飾り物とか、経験値が多く貰えたり種族特性を強く発動させる家具とか。食器セットも、良い物になると食事効果の時間延長とかあるらしい。
合成レシピはほとんど出回ってないので、実は希少価値も高い。
まぁ、購入するのはよっぽど酔狂な冒険者だろうけど。ただのお飾り的なアイテムに、大金を出す人もいるのは確か。獲得した食事の方は、何だか食べるとお腹を壊しそう。
とにかく一度休憩を挟んで、再び前進を始めるパーティ。木々は段々と減って来て、変わりに腐りかけた柵が行く手を阻んでいる。その先には墓場が見えて、不気味な演出に一役買っている。
移動するキャラ達も、必要以上に密集したりして。
『うわっ、お墓の周りに変なモノ見える気がする……納涼イベントって言っても、やり過ぎでしょ』
『何でみんな、こんなに密集してるの?w そろそろ戦闘あるかもだよ?』
『だって怖いモン! 私は有名なゾンビゲームをプレイして、しばらくは扉の向こう側に過敏になった経験があるっ!w』
変な証言を、堂々と口にする先生だったり。確かにこのゲーム、ポリゴンの出来はかなり優秀なので、ゾンビのグラも正視するには辛い物があるかも知れない。
それでも再び出て来る雑魚は、処理しない事には話は進まない。ここまで約20分位だろうか、ぞろぞろと集団で拓けた場所に出た一行は、こちらに背を向けた巨大な物体と遭遇する。
何やら食事中らしく、一心不乱なその後ろ姿は、もはや定番のゾンビだと言うのに。何を食べいてるんだろうと想像してしまって、別の不快感が身体をさいなんでみたり。
こちらに気付いて振り向いたその口元には、赤い液体がべったり。
バトルの音楽も、何故か勇ましいと言うより恐々としたモノにすり替わっており。NMと遭遇した嬉しさよりも、その不気味な容姿に怖気付く一行。
餓鬼のような体型に、腐食して緑掛かった肌。新たな獲物の発見に、向こうの方がよっぽど嬉々としている感じを受けるのは気のせいだろうか。とにかく戦端は切って落とされた、さっさと退治してしまわないと。
敵の嫌な特殊技は、毒のブレスとか気力喪失の吐息とか。毒はそのまんまだが、気力喪失の吐息はSPが減って行くという嫌な仕掛けらしい。その他、大きな口から舌の鞭攻撃など。
ここら辺になると、怖いと言うより気持ち悪い。
HP半減からの特殊技には、案の定のゾンビ召喚なども盛り込まれていて。火の玉投げなどの遠隔攻撃には、後衛にも少なからぬ被害が出ていたり。
それでも10分程度の熱戦に、見事勝利を収めてみれば。ドロップもまずまず、4Pのハンターポイントと消耗品や変なアイテムの詰め合わせに湧く一行。
気力の発奮剤は、どうやらSPを永続的に1%上げてくれるアイテムらしい。
他はポーションに混じって、何故か毒薬が数本。まさか間違えて飲みはしないだろうが、グラフィックは酷使しているので笑えない冗談とも取れる仕掛けである。
後は、ゾンビマスクと言う仮装アイテムが1個。頭装備で、被って遊ぶだけの、本当にお楽しみ用でしかない装備である。優実ちゃんが欲しがっていたが、取り敢えず全部廻るまで僕が預かるという事になって。
分配は後でのお楽しみ、時間もまだあるからとのギルマスの言葉。
確かにまだ2箇所で40分の使用に過ぎず、これから分配品も増えて行く筈。ただし上手く行くとも限らない、何しろ限定イベントは色々と当てにならないし。
前にも話したが、お試し的な不確定要素も強いコンテンツなのだ。
さて、この限定イベントの話を全部語るのもアレなので、取り敢えず前半はさっと流す事に。その日僕らは、苦労して何とか20分の看板を追加で2つ見つける事が出来た。
その頃には夜も更けていて、チケットと限定時間を残しつつ、社会人組の落ちる流れに。ライバルの多さと看板のランダム性で、とにかくエリアインするまでが大変だったりして。
明日はちょっと、場所を変えようかと作戦を修正しつつ。
次の日は土曜日だったが、先生と神田さんは夕方過ぎまでイン出来ず。午後に暇だった僕らは、運試し的に何度かチケットを貰っていたのだけれど。
1時間に1枚配布で、3回程度の挑戦に。60チケットはかすりもせず、辛うじて僕ら学生組が引き当てたのは、炎の属性入りの30分チケットくらい。
これも一応、レアで高値で取り引きされるみたい。
『60チケット入手は、噂によると3~5%の確率だって。人気属性の付いてる30チケットは、80~100万でも売れるって玲が言ってる。売りつけてやろうか?』
『生徒会長さんも、今インしてるんだ? 確かに術書が4つ以上ドロップしたら、元は取れる気もするねぇ……優美ちゃん、どうする?』
『ほえっ、私が決めていいの? また取れる気がするから、試しに売ってみよっか?』
豪胆な台詞を無邪気に口にする優実ちゃん。レアを引き当てたのは優美ちゃんなので、一応自由に決めれる権利はあるとは思うけど。僕にトレードして来たのは、どうやらチケットはみんなの物だとの見識の結果らしい。
つまりは僕がバザーで売って、みんなに配分しろと言う事なのだろう。自分の権利などまるで無視、何て欲の無い娘なんだろう。オヤツや甘いものになると、話はまるで別になるけど。
僕は有り難く受け取りつつ、今度甘いものを奢ってあげようと心に誓ってみたり。
そんなレアチケットだが、ちょっと感動しながら試しに安めに設定していたら。何と、たった3分で売れてしまった。パーティ内には、驚きのコメントとこれは良い金策だとの認識に溢れ帰り。
時間があればチケット交換を合言葉に、何となく気勢を上げてみたりして。結局土日は常時接続の状態を維持、まぁ僕らは夏休みだったからその後の曜日もそんな感じだったけど。
そしてドラマは、限定イベントの最終日に待っていた訳だ。
おっと、それを語る前に嬉しい誤算の報告が先だろうか。先生はハンターポイントが貯まる度に、かなり念を込めながら《騎乗》の習得にトライしていたのだけれど。
願いは2日目終了の2度目に見事叶って、これにはギルド員全員の心からの祝福。もちろんそれは当然だけれど、ちょっとだけ打算の心情も働いていたのも事実である。
何しろこの限定イベントでも、やっぱり《騎乗》持ちのキャラは大活躍だったので。
フィールドを敵に絡まれずに、通常キャラの2倍以上のスピードで移動出来るこのスキル。今回の限定イベントでも、看板を探すのにうってつけと言うか。
新エリアに場所を移して、看板を探す僕らはそれを思い知らされた訳だ。初期エリアにはさすがに《騎乗》持ちのキャラはいなかったが、パーティの数自体が多くて大変。新エリアは、混雑はそこそこで済んでいるけど《騎乗》持ちのパーティが幅を利かせている感じ。
僕たちのパーティも、ようやくその恩恵を受ける事が可能になったのだ。
実際、その範囲探索効果は想像以上だった。貯め込んでいたミッションポイントで、早速騎乗トカゲをゲットした先生。かなり上機嫌で、颯爽と駆け回る姿はハイテンションだったり。
3日目の限定イベントは、お蔭で目標の12Pに到達してご満悦なメンバー達。
思うに、この限定イベントはプレイ年数の短い学生プレイヤーへの恩恵が強い仕様になっているのかも。週末はともかく、学生組は平日も夏休みのお蔭でインしてポイントを稼げる訳だし。
こうして熟練プレーヤーとの差を縮められるのは、僕にとっても大歓迎。そんな事を思うのは、僕がランキング戦でカンストキャラとの差を思い知らされているせいかも知れない。
そしてその恩恵が想像より大きい事が、変なNPCの発見で判明した。
『看板また発見、今度はやっと30の奴だ! キープしておくから、みんな早く来て~』
『は~い♪ バクちゃんのお蔭で、時間短縮大助かりだよねっw』
『本当だよね、良いタイミングで取ってくれて大感謝だよっ♪』
『えへへ、念願の便利スキルだもんねぇ……あれっ、変なキャラバン隊が移動してる?』
先生がそう報告して来た変なキャラバン隊と言うのを、程無く僕らも目にする事に。どうやら限定イベント仕様のものらしく、納涼っぽい風貌で統一されている。詳しく説明すると、4頭立てのゾンビ馬が屋根つきの屋台のような馬車を曳いている感じである。
先に見つけていたプレーヤー達が、何人か馬車に入り込んでいる模様。僕らもどうした物かと、相談してみるのだが。試しに入ってみた沙耶ちゃんは、中がお店になっていると報告して来た。
しかも、品揃えが半端ではないらしい。
それならと、せっかく見つけた看板を放っておいて、僕らも品揃えのチェックにと馬車に乗り込む事に。何せ、沙耶ちゃんの騒ぎ方が半端でなかったのだ。
半信半疑の僕らも、自分の目で見て納得せざるを得ず。この限定イベント、本当に夏休みのキャラ強化に貢献するために催されたモノとみて間違いはないようだ。
まずはお金で買える品物からあげて行こうか。
最初に目に付くのは、10~60の看板呼び出しアイテム。1~6万とのお手頃値段で、探す手間が省けるのは嬉しいかも知れない。普通に聖水や薬品系の、消耗品も売っている。
珍しいのは、白木の武器などの光属性武器が商品に並んでいる事だろうか。破魔矢や銀の弾丸なども置いてあって、呪い効果に耐性のつく首装備の御守りなどもある。
このイベント限定目的で購入するのも、アリかも知れない。
もっと変わった品物も置いてあって、僕もこれにはかなり驚いてしまった。何と呪い系のアイテムが、結構な数出回っていたのだ。それも武器防具ばかりでなく、禁書や家具や素材まで。
これらはもちろん、そのままでは使えないアイテムである。使ってしまうと呪われて、とっても酷い事になってしまうのは皆が知っている公然の事実。
これらを使うには、教会かどこかで呪いを解いて貰う必要がある。例えば5万で売っている呪いの禁書、呪いを解くと属性の術書とか剣術指南書に変化する。
5万+お布施で15~30万のアイテムゲットは、かなりお得には違いない。
だがそう上手くは行かないのも、またプレーヤー共有の認識として存在する。上手い話には裏があると言うか、呪いと言うのは半端ではないと言うか。
呪い解除に失敗すると、所有者にペナルティが撥ね返って来るのだ。
それは数日のステータスの減少だったり、数日の呪い状態だったり色々だ。さらに呪い解除に、高額なお布施を要求される破目になるのが通常である。酷い時には永続的なステータスの減少が待っていて、こうなってしまうと泣くに泣けない。
NPCの神官の手腕にもよるが、大体6割程度の成功率が通常のようだ。後は全く価値の無い冊子に変化するパターンだったり、話したように呪いが撥ね返って来たり。
大当たりだと、複合技の書が当たる事もあるらしい。
呪い系のアイテムを落とすNMは、大抵が超強烈な個性の持ち主である。進んで討伐に出向くプレイヤーも多くないので、そんなに出回らないこの呪い系のアイテム。
それがお手頃価格で、ゴロゴロしているのは何とも壮観である。他にも呪いの鏡や家具系のアイテムや呪いの種、呪いの素材までよりどりみどりと言う。
つい試しにと、数点購入してしまいそう。
おっと、その前にお金では無く、イベントで入手したポイントで交換出来るアイテムにも触れておこうか。このキャラバンに出会うまで知らなかったが、どうやら限定イベントで貯め込んだハンターポイント、ここで景品と交換出来るらしい。
その景品の並びも、他では滅多にお目に掛かれない豪華な品揃え。夏休みで浮かれている学生達のテンションを、さらに否応無しに引き上げる仕様となっている。
まずは2ポイントの景品に、属性の術書やステータスUPの各種果実。イベント仕様の譲渡不可が付いているので、残念ながら売って金策には出来なくなっているけど。
3ポイントはもっと凄い、命のロウソクや精神の秘水、さらには気力の発奮剤などのHP系の上昇アイテム。剣術指南書も並んでいて、これには優実ちゃんも大興奮の様子。
銃の使用条件のクリアが、また一歩近付いたかも?
初日と2日目で、僕らが取得したポイントは合計20ポイント。10のチケットを12箇所廻っても、12ポイントは貰えるのが分かっている。30を4箇所だと、16ポイントだ。
それを考えると少ないように感じるが、チケットを持っていても看板が見付からないのだから仕方が無い。探し回っている内に、社会人組が落ちる時間になるし、優実ちゃんは半分夢の中に迷い込んでいたりするし。
だからなお更に、先生の《騎乗》取得は有り難かったのだ。
この品揃えを見た途端に、僕らのポイント使用の予定が急展開で変わったのは事実である。ハンターポイントでジョブスキルを取得するより、色々とキャラ強化に使う方が断然楽しいし。
優実ちゃんなど、召喚スキルに使ったポイントすら惜しむ始末である。僕にしても10Pは使ってしまったが、もう半分は保留してある。全部使ったのは先生くらい、それで念願のスキルを取れたのだから後悔は無いだろうが。
そんなこんなで、僕らは暫しショッピングに熱中してみたり。
他にもポイント交換で貰える景品には、中身の謎なお楽しみ箱やベース防具なども置いてあった。これらの交換レートは2~5Pとなっていて、高いほど良いものが貰えるみたいである。
変わったところでは、夏の呼び鈴が4P、トリガーやチケットが5Pで交換可能となっていて。さらに凄いのが、何と複合技の書が15Pで交換出来る事だろうか。
ジョブスキルを交換するより、欲しがるプレーヤーは多いかも。
それ程に複合スキルと言うのは、キャラの象徴的な代名詞と言うか必殺技でもある訳だ。僕も初めて取得した時には、舞い上がるほど嬉しかったのを覚えている。
メンバーの中にも、この機会に取得するべきかと悩む声も多数あって。それよりもお楽しみ箱の中身が気になるねぇと、呑気な声も一部存在したけれど。
ランダム的な要素の品物は、ある意味呪いアイテムより怖いかも。
この屋台NPCとの遭遇で、僕らのキャラ強化の案が修正されたのは確かである。最終日に是が非でもコイツを見付けて、ポイント交換しようねと胸に期して。
僕らは再び、高得点を目指してフィールドを駆け回るのだった。
そんな訳で、交換ポイントを勘定しながらの限定イベントのエリア攻略。4日目の月曜日は、日曜と同じく12Pをゲット。まずまずの成績に、僕らも上機嫌には違いなく。
何しろ、ポイントの他にもエリア攻略でのドロップも美味しい事この上ないのだ。初日の20チケットの雷属性のエリア攻略で、雷の術書が何と3枚も雑魚からドロップ!
他にも変な薬品から呪いの家具類から、色々と換金性の高い品も貰えたりして。
こんな当たりイベントも珍しいよねと、メンバー間からは嬉しい悲鳴が上がってみたり。だけど僕はアイテムの羅列に、気になる点を見つけ出して一人不審顔。
透明薬などは、確かにお化けイベント的なこじ付けとも取れる品だけど。ひょっとして、次に控える多人数での対人戦での便利アイテムにと、運営スタッフが紛れ込ませた物かも知れない。
そう考えると、お化けの呼び鈴や超神水なども怪しく感じてしまうのだが。他にも園芸セットやお楽しみ仮装アイテム、属性素材なども普通に出ているのが何とも憎らしい。
僕の考え過ぎだろうか、まぁ貰って損は無いのだけれど。
4日間で攻略したエリアは、納涼イベントだけあってホラー感で統一されていた様子。ホラーハウス系とか廃墟群とか、枯れ井戸のある風景とか、古びたお寺とかそんな感じだ。
やっぱり10分コースは味気無くて、インするなら20分以上が面白い仕掛けが張り巡らせてあるみたいだ。何よりドロップやポイントが美味しいし、皆のテンションも違って来るし。
先生を始め、女性陣の怖がり方と来たらもう。
肝心の、僕らギルドのチケットの入手率も話しておこうか。5日目の最終日を迎え、その日までに僕らが入手した60チケットは、やっぱり優実ちゃんが引き当てた1枚のみと言う有り様。
なんて引きの強い娘だろうと、僕と沙耶ちゃんは感心する事し切りで。その沙耶ちゃんも、割と属性チケットをゲットしていたけれど。それも、パーティ内で欲しい人がいる属性なのだ。
僕なんて、ノーマルの30が精々だと言うのに。
60エリアに入ってみたいという意見もあったが、試しに150万でバザーしてみたら、たった1分で売れてしまった。こんな調子で、僕らは限定イベント成金になりつつある。
まぁ、イベントが終わったらギルドで分配する訳だけど。そんな事もあって、最終日の火曜日は余計に、パーティで行く分の60チケット入手の気勢が高かったりする。
僕はあいにく子守りの日で、午後は園児を相手にしていたのだけれど。幸いな事に、ここの家の主人もゲーマーである。メルもちゃっかり、チケット交換の任務に常時接続の流れに乗っていて。
暇を見つけては、僕のキャラも接続させて貰っていたりして。
涙ぐましい努力と言うか、ギルドに貢献したい心の表れと言うか。ちょっとは良い所を、女性陣に見せたい男の面子と笑って貰っても別に構わないけど。
そんな内心は、もちろんメルには内緒だけれど。メルもこの限定イベントには、大満足の様子である。お金も増えたし、一度みんなで行った60エリアは凄かったと楽しげに話す少女。
ハンターポイントも、どうやらそこそこ稼いでいるようで何より。週末は父親のギルドに参加させて貰って、平日は向井田兄弟や他の知り合いとイベント参加をしているようである。
レッスン中の合間を縫って、こんな会話に華を咲かせていると。
寝ぼけ眼のサミィが、僕らの会話を聞きつけてリビングに入って来た。集団お昼寝から一人だけ先に目覚めたようで、みんなが起きるまで暇らしいのだが。
ゲーム接続で、チケット交換の準備をしていた僕らは何となく気まずい思い。本当は姉のレッスン中なのに、サボっているのをモロに見られてしまった。気にしていないのはサミィだけで、僕らの間に自分のスペースを確保するのに忙しそう。
それから仲間に入れてと、僕にコントローラーをせがんで来る。
「いっぱい人がいるね? お祭り、リンはどこ?」
「んっ、ホラ今動いた……お祭りの中央まで動かして、この人に話し掛けてみて、サミィ」
チケット待ちのキャラで溢れる広場を、サミィの運転で拙く移動するリン。メルは全く知らん顔で、さっさと自分の分のチケットを交換している様子だけど。
ちぇっと言う声は、どうやらハズレだった様子。リンの方は、カーソルがあっちこっち飛んでいて、なかなか目的のキャラに話し掛けれない有り様である。
ようやくターゲットオンして、貰う事の適ったチケットは。
「わっ、凄いぞサミィ! 60のレアチケット取っちゃった、奇跡だっ!」
「えええっ……わっ、本当だ! いいなぁ、リンリンだけずるいっ!」
ずるいと言われても、僕のせいではないし。サミィを抱きかかえて喜んでいると、サミィも嬉しそうにはしゃいだ声を上げている。何が良かったのか、本人は分かっていない様子だけど。
メルは束の間思案顔で、そうだと思い付いて自分のキャラをログアウトさせる。それからメインのTV画面に呼び寄せたのは、今度は父親のハンスさんのキャラだったりして。
それから猫なで声で、自分の妹に命令を下す。
そう何度も上手く行かないよと、僕はサミィを庇護する構え。聞く耳を持たないメルは、自分ももう一回60エリアに行きたいのだと、我侭全開な口調で返して来る。
愛嬌のある土属性キャラに、かなりご満悦のサミィ。あっちこっちと移動した挙句、ようやく姉の命令を思い出した様子。さっきと同じく、カーソルの決定に苦労しつつ。
またまた引き当てた、奇跡の連続レアチケット。
「凄いっ、何でこんなに確率を無視出来るんだろうっ!? サミィは奇跡の子なのかもっ!」
「やった、60チケット属性付きっ! さすがはボクの妹だよねっ!」
普段は滅多に褒めない癖に、こんな時だけ調子の良いメルの言い草である。それでもサミィは嬉しそうで、ソファの上でぴょんぴょんとはしゃいでいる。
僕のチケットにもしっかり光属性がついていて、売れば高額間違いなし。自分達で使うのも良いし、多分そうなるだろう。感謝の抱擁をして来る姉に、サミィも凄く嬉しそう。
僕もようやく、ギルドメンバーに顔向けが出来そうだ。
そんな事を思いつつ、今は子守りの最中だった事を思い出す僕だったり。思わぬ形でボーナスを貰った気分、サミィには感謝してもし切れないかも。
母親の小百合さんが、騒ぎを聞きつけてリビングに顔を出した。褒めて貰ったよと、サミィはあくまで無邪気なコメント。良かったねぇと、小百合さんも素直に言葉を返す。
それだけで充分嬉しそうな少女に、僕も満足そうに笑みを返すのだった。
最終日の夜は、とにかくネット住民のテンションは物凄い盛り上がり様。街の中も外も、最後の追い込みにポイントを稼ごうとする者で溢れ返っていたのだ。レアチケットの販売も、それにつれて熱が入り。
僕らにしても、その気勢に乗って最後の踏ん張りを示すべく。8時に新エリアに集合して、ラストチャレンジに挑む事に。3時間で何とか2時間縛り分を使い切って、屋台のNPCを捕まえてポイント交換に走る予定は立てているものの。
上手く運べたらの話で、こちらの都合通りに行くかは全くの不明。
それに加えて、初っ端から予想外の出来事が。何とホスタさんも、60のレアチケットを入手していたのだ。本人の話では仕入れにと朝早く起きて、寝ぼけ眼での交換だったらしく。
再びモニター前に戻って来るまで、その存在には気付かなかったとか。やはり、こういう運モノは欲を出して引くと駄目なのかも知れないねとは、何となく漂うジンクス的な共通認識。
それを言うと、優実ちゃんが普段から何も考えていないようでアレだけど。
『わ~っ、最終日に来てようやく運が向いて来たみたいだけど。60を2個廻る時間はあるかな?』
『ちょっと怖いかもね、最終NMボス倒さないとポイントは入らないし。2個目で手間取って時間切れになっちゃうと、チケット損しちゃうかも?』
『ふむふむ……属性の術書取るの、今度は誰の番だっけ? エリア内のドロップ術書にも譲渡不可が付いてるから、公平に分けるのがかなり面倒だよね』
沙耶ちゃんの言う通りで、属性付きのチケット消費に走っていた僕らは、こんな贅沢な悩みも抱えていたりして。その代わりに、各々の望みの術書は平均3~4枚ずつは獲得済み。
僕の記憶だと、昨日の時点で1周しているので、今夜は誰でも良かった筈。そう口にすると、それなら今度は後衛の二人のどちらかで良いのではとの声が。
とは言っても、チケットの属性は水と光なので。
『それじゃ、光を売って水を消費でいいんだね? 300万で売れるって話だけど、ちょっと緊張するなぁ』
『お願いね、凛君……こっちは街の外で看板見つけてキープしておくからw』
『最初に60の看板入った方が、精神的に楽だよね? バクちゃんお願いね~!』
了解と、騎乗トカゲに乗った先生は勇ましくフィールドに飛び出して行く。残りの面子は、すぐに先生の呼集に応じれるよう街のすぐ外で待機モード。僕は一応チケットをバザー表示で、街の中の人混みに佇む事に。
売れないようなら叫んでみようかなと、緊張しながら佇んでいると。3番目にバザーチェックした人が、何の迷いも無く購入して行ってしまった。やや拍子抜けで、大金をゲットする僕。
皆に知らせつつ、街の外の待機組に合流すると。
早速先生から入った呼集は、変な看板発見したからすぐに来てとの慌て気味の催促。強引なパーティになると、キープなんて意味がないと無視してインしてしまう事があるのだ。
揉める原因なので、そう言う行為は窘められてはいるものの。キープしている側もパーティが揃っていない手前、強く反論する事も出来ない現状で。
どっちが正論とも取れない、マナー上の問題なので厄介だったり。
幸い僕らの反応が早かったので、そんな事にはならずに済んで何より。そして目にしたのは、確かに変わった色彩の看板。限定イベントの仕様には、どうやら間違いなさそうなのだが。
それ以上に変わっているのは、数字の表示がどこにも無い事である。どうやって入るのよと、文句を並べ立てる女性陣。これは特別な匂いがすると、嬉しそうな意見もチラホラ。
試しに投入した10分チケットは、トレード成功だった模様である。ただし、エリアインも出来ず看板にも何の変化も無い上、チケットは戻って来ないとの沙耶ちゃんの言葉。
ケチらずに30投入しなよと、幼馴染みの優実ちゃんの助言。
本人も、余っていたチケットを勝手にトレードしている様子。まぁ、今夜を過ぎればただの紙切れになってしまう運命なのだし。それもアリかと推移を眺めていたら、不意に看板に変化が。
☆のマークが浮き上がり、それからエリア転送のブラックアウトが。強制的に案内されたのは、今までと雰囲気の違う広場だった。示された進める唯一の道は、暗い茨のトンネルのみ。
その側には、説明の書かれた看板が立っている。
『あっ、これは読む方の看板だった……このトンネルを潜る者は、生から離脱せよだって!』
『ってか、入れたんだね~、そっちにビックリだよ!w ここは何分仕様なのかな?』
『う~ん、分からないけど……ひょっとして、ボーナスステージ的なエリアなのかもね。謎解きしないと進めない気もするけど』
謎解きがあるのかと、驚いた様子の優実ちゃん。今自分で読んだ看板が、まさにそうだと思うけど。試しに進んだ沙耶ちゃんは、トンネルに入れないよと戸惑った様子。
脱出用の手段も、見渡してみるが無い感じで。これはひょっとして、やっちゃったかと慌てふためくパーティメンバー達。何しろ転移アイテムは、ダンジョン内では使用不可。
このまま、2時間リミットが過ぎるまで閉じ込められるのは無情過ぎるっ!
誰がやっても、トンネルには進入不可能である。謎を解かないと駄目だとの認識が、ようやく皆に広がり始め。生とは何ぞやと、禅問答みたいな遣り取りが繰り広げられる事に。
死んだら動けないよねと、生からの離脱の意味を必死に探る一同。
その内に優実ちゃんが騒ぎ出して、例のビックリ衣装をいきなり使用。ゾンビのお面と言うか、変身用のお楽しみアイテムなのだが、これで大丈夫な筈とトンネルに突っ込んで行く。
何とこれが正解で、ゾンビ姿の優実ちゃんは暗闇の中へ。
『わっ、優美が謎を解いたっ! 明日は雨かな、ってか一人だけ進んでも大丈夫なの?』
『出口に敵がいたら、かなり不味い気がするよね。凛君、衣装は人数分あるのかな?』
『無いです、ゾンビ衣装はあと1着だけかな? う~ん……あっ、イベントで入手したアイテムなら、これはどうだろう?』
僕は貯め込んでいた毒薬を、残ったメンバーに配布して行く。どのエリアでも大抵ドロップしていたので、ちょっと不思議に思っていたのだけど。HPの少ない沙耶ちゃんには、念のためにとゾンビ衣装をトレード。これで駄目なら、もう二人で先を見て貰うしかない。
なるほどと納得した先生が、まずは服毒して試す気満々のようだ。僕も続こうとして、魔法の《断罪》の存在を思い出す。これを使えば、勝手にHPはレッドゾーンになる。
《風神》を招きつつ、頼りないHPのまま僕はトンネルに進んで行く。
今度の答え合わせも、僕たちは何とかクリア出来たようである。誤算と言えば、毒のダメージが予想以上に酷かった事くらいで。沙耶ちゃんに渡さなくて良かったと、僕は見えない自分のファインプレーに拍手喝采。
トンネルを抜け切って驚いたのは、複数のゾンビのお出迎えがあった事。その中にはプーちゃんを従えた、ゾンビに変身した優実ちゃんも混ざっていて。
何事かと驚いている一行に、容赦なく襲い掛かって来るゾンビ集団。
『わわっ、HP減らしてる時にこれは酷いっ! かっ、回復頂戴っ、優美ちゃんっ!』
『ほえっ、何で襲われてるの? 私とプーちゃんは襲われなかったよ?』
『……このゾンビ衣装のせいかも、私も襲われないや。この姿のまま、魔法とか使えるかなぁ?』
仲間のピンチに、襲われない変身組はあたふたと対策に追われるのだが。案の定と言うか、優美ちゃんの範囲回復魔法と共に、せっかくの変身は解けてしまって。
それどころか、大量の敵対心を取ってしまったようで、ゾンビの群れにたかられてしまう優実ちゃん。先生を始め、前衛組は大慌てでそいつらを引き剥がしに掛かる。
プーちゃんも何とか1匹を引き受けて、沙耶ちゃんの氷漬け魔法も敵の隔離に成功。その隙に前線離脱を図った優実ちゃん、何とかギリギリ生きていた様子。
違う意味で冷や冷やしながら、僕らは雑魚の殲滅を図る。
趣旨は分かるのだが、この特別エリアはちょっと厄介かも。ゾンビはそんなに強くないので、後衛が一斉にたかられない限りは、普段は軽くあしらわれるタイプの敵である。
それをこちらを弱体化してから、出会い頭でぶつけて来るとは。お茶目な悪戯的な仕掛けのつもりだったのだろうが、イベント中で一番ヒヤッと来る結果になってしまった。
倒し終わった僕らは、思わず優実ちゃんにタゲをとらないでと小言を口にする。
一応反省している感じの優実ちゃん、まぁ生きていたから別に良いけれど。そんな中で一番辛辣に叱っているのは、同じ後衛の沙耶ちゃんだったりして。
とにかくこのエリア、案外油断ならないかも。
茨の通路をしばらく進むと、次なる仕掛けがメンバー達の行く手を塞いでいた。今度は巨大な鋏の刃の部分が、ピタッと閉じて扉の代わりをしている感じ。
その前には円形のマンホールのようなスイッチがあって、キャラの体重で仕掛けが作動する様子。真っ先に飛び乗ろうとする優実ちゃんを制して、まずは先生が乗っかってみる。
何も反応が無いのは、恐らく体重不足のせいだろうか。それを見て、それならと次々飛び乗るパーティメンバー達。仕掛けが作動したのは、5人全員が乗ってから。
鋏の刃は完全に開ききり、さてこれからどうしよう?
『ここ降りてもいいのかな? 降りたらやっぱり閉まっちゃう?』
『代わりに重りになる物も無さそうだし、降りるしかないよね。降りたらどうなるか見てみようか』
確かめてみたところ、ようやく仕掛けの趣旨が判明した。大きな鋏の刃は、振り子仕掛けで動き出したのだ。それが慣性力を失うと、再び行く手を塞いでしまう。
みんなで通り過ぎるよと、作戦はもうこれしかない。一人でも戸惑ってしまったら、もう仕掛けを作動させる事が不可能なのだから。最初のトンネルもそうだが、かなり厳しい振り落としかも。
それでも僕らは、ひたすら前に進むしかなく。
かなりビビッていた優実ちゃんも、何とか付いて来れた様子で。本当にギリギリっぽかったけど、とにかく怖い扉を潜れていた。ところが喜ぶ暇も無く、いきなり左右の隠し部屋から、またもやな敵キャラのお出迎え。
いきなりの戦闘は、かなりの混戦模様になっていた。走るのに邪魔かもと、沙耶ちゃん達はペットをしまっていたと言うのに。対応に慌てつつも、今回の敵もそんなに強くない骸骨の群れ。
そいつらを粉砕しながら、脅かすタイプの仕掛けも二度目の効果は半減。
そんな訳で、あっさりと敵を蹴散らして周囲を見回す僕ら。ここまで、敵からのドロップはガラクタばかり。特に旨味の無い、納涼的なアイデアに凝ったダンジョンにしか見えないけど。
次に出迎えた仕掛けも、見た目からしてかなりスプラッタだった。二台並んだギロチン台、中央の看板には設問が出されていて、右か左か選ばないといけないらしい。
ギロチンの向こう側にボタンが置かれていて、キャラが一人手を伸ばして押せば良い様なのだが。間違えたら一定時間武器使用不可になる筈と、この仕掛けを知っていたホスタさんの言葉。
それなら私が答えるよと、沙耶ちゃんは問題を読み始める。
『最初の仕掛けで、ヒントの書かれていた看板はトンネルの右にあったか、左にあったか?』
『右だったよ、こんなのチョー簡単♪』
優実ちゃんの答えに、僕らも追従。リーダーの沙耶ちゃんは、やや緊張しながらもギロチン台に対面する。キャラがボタンに触れると、木枠ががっちり二の腕を固定。
そして何故か、急に鳴り響き始めるドラムロール。
緊張した一同だったが、鳴り響く正解のファンファーレで一気に脱力。ところが中央の看板がさっと差し替えられて、次なる設問が浮上して来て。まだ問題は続くよう、しかも難易度は上がっているようだし。
今度の問題は、トンネルの向こうのゾンビは偶数だったか奇数だったか?
『うっ、5匹か6匹だったような……優実ちゃん、覚えてない?』
『私を含めて? あの時私もゾンビだったよ?』
『おバカッ、含めなくていいから思い出してっ!』
容赦の無い沙耶ちゃんの言葉に、確か6匹だった筈との優実ちゃんの返答。あの時はかなり慌てていたけど、優実ちゃんからタゲを引き離す際に、各々何匹処理したかを報告し合ってみると。
プーちゃんの分も含めると、確かに6匹だったような気がして来る一行。先生が《ブロッキング》と多段スキル技で何とか2匹キープして、ようやく優実ちゃんがフリーになったのだ。
沙耶ちゃんは分かったと言って、偶数のボタンを選択。
今度のドラムロールは、さっきより少しだけ長かったようだけど。ただのこけおどしで、僕らは正解を勝ち取った。続いて出て来た設問は、それじゃあ骸骨は? と言うモノ。
ついさっき戦った雑魚だから、簡単なような気もする。ただし、弱かった分数は多かったため、僕らはちょっと混乱模様。導き出された答えは、11匹か12匹かのどちらか。
戦闘したのはギロチン台のすぐ後ろの通路である。少し広めの空間となっていて、骸骨が待機していた小部屋もしっかり見て取れる。数えてみると、それは左右に6個ずつ。
つまりは12個で、さてこれを信じて良いものか?
『巧妙な引っ掛け問題のような気がする……1個は最初から空だったんじゃないかな?』
『先生の立場からすると、最後は意地悪問題を混ぜたくなるのかな? でも、みんなが倒した数を足して行くと11になっちゃうんだよね?』
『プーちゃんを出したのが遅めだったから、微妙なんだよねぇ……私が倒したのは1で合ってる』
ペットの倒した数までは自信が無いそうで、それが曖昧な答えに結び付いているのだけれど。そんな事をしている間にも、時間は刻々と過ぎて行く。
勿体無いから奇数にするねと、仕掛けを怖がっていない沙耶ちゃんの導き出した解答に。確かに思った以上に、このエリアで時間を取られていて、向こうの思惑通りな気が。
今度も散々に盛り上がる音楽、そして落ちて来る煌くギロチン!
それは沙耶ちゃんの腕の手前で止まって、正解を知らせるファンファーレと共にギロチン台が左右に動き出す。作動させた沙耶ちゃんは、かなり驚いて腰を抜かす寸前だったらしい。
意地悪な仕掛けに文句を言いつつ、新たに開いた空間を見遣ると。どうやら最後のフィールドのようで、部屋の中央には半獣半人の中型の大きさのゾンビが。
このタイプは、ゾンビの癖に俊敏で厄介なのだが。
謎掛けやアスレチック調の仕掛けよりは、断然わかり易いとのメンバーの意見の元。割と呆気なく、退治までの流れになってしまった。拍子抜けしつつ、奥に設置された宝箱の山とご対面。
ラスボスからのハンターポイントは8Pも貰えて、やっぱりここはボーナス的なエリアには間違い無い様子。宝箱の中身にも期待が持てると、一行はハイテンションで解錠に掛かる。
1個は毎度のミミックだったが、そこはまぁ問題なし。そいつからも、割と美味しく経験値とギルをせしめられたからだ。他にも金のメダルやカメレオンジェル、レア素材やトリガーなど色々。
合計11個の宝箱は、まさに宝の山だった。
ほくほくしながら、さっさと退出用の魔方陣を起動させる僕たち。ここで掛かった時間は、だいたい30分程度だったけど。それ以上長くいた気もして、意外と消耗してしまった。
それでもまだ手元には、60分チケットと1時間半の持ち時間が残っているのだ。先生はすぐに、60看板探すねと騎乗トカゲを呼び出しに掛かる。
僕らは気力を高めつつ、呼ばれるまでスタンバイ。
僕の種族スキルの《風詠み》で、他のプレイヤーの場所が光点で分かるのだけど。あんまり遠くまでは無理だけど、検索範囲は全種族の中でも広い方だろうか。
それで見ると、街の東にプレーヤーが異様に集まっている場所が一箇所伺える。恐らくそこは、例のイベントの売店屋台なのだろう。看板が見付からなければ、最悪ここで購入もアリかも。
そんな事を思っていたら、先生からの召集のコールが届いた。
待望の60看板を見つけたようで、これには僕らも一安心。残りのメンバーで移動しながら、頑張ろうねと意思統一。とにかくポイント交換の時間を残して、2時間縛りのエリア攻略を終わりたい。
そんな気持ちは充分にあるのだが、何しろ初の60分エリア攻略である。どうなる事やらと、ちょっと不安も付きまとっているのも確か。それでも先生のみつけた看板に、60チケットの投入。
そこから始まる、渾身のパーティアタック。
初めて目にする60エリアは、どうやら難破した大型ガレージ船のようだ。船の腹に大きな穴が開いており、そこから侵入が可能となっているらしい。
ごつごつした海岸には、どことなく物寂しい雰囲気が漂っている。難破船も同様で、古びたその外観はまるで幽霊船のよう。近付いて行きながら、女性陣からは早くも尻込みするコメントが。
それでも先生を先頭に、僕らは船内に入り込む。
出迎えて来るのは、やはりアンデット系の敵や水の精霊などがメインみたい。水の精霊からは水の術書のドロップが確認されて、パーティのテンションも上昇して行く。
船内は木製構造で、水没した箇所も多く見受けられた。そんな場所にはサメとか海蛇とか、凶悪な水棲モンスターが待ち構えている。苦労しながら、そいつ等も撃破。
沈没船は層構造になっているらしく、パーティは上に向かう階段を探しつつ慎重に移動する。腐った床は自然発生的なトラップになっているようで、要注意なのだ。
他にも色々、意地悪な仕掛けは敵と同じく厄介に立ち塞がる。
『階段あったよ~、ふうっ。ここも怖くて嫌な仕掛けが多くて、早く出たいっ!』
『横穴から急に大ウツボが出てきた時はビックリしたよねー。ホスタさん呑み込まれてたしw』
『怖かったですね、アレ。まぁ、食べられちゃうのは、小さいキャラの宿命ですからw』
『そうなんだ、ランダムかと思ってた。ここの層は全部見終わったみたい、上に向かおうか』
次の層は乾いた床ばかりで、その点はちょっと安心かも。ただし、今度は小さく区分けされたエリアで、閉じられたドア付きの場所も多数存在する感じ。
この層もそれを利用した仕掛けが満載で、扉を開けたら敵が待ち構えているなどはまだ可愛い方。扉に触ったら爆破や毒ダメージを受けるとか、扉自体がイミテーターと言う敵だったり。
部屋にも凝ったものが多くて、敵の姿が見えないパターンはとても厄介。ポルターガイスト的に家具が押し寄せて来て、半透明の敵をその中で始末しないといけなかったり。
素通りしても良いのだが、宝箱が見えると反応してしまう冒険者の性質が。
『ダメージたくさん受けた割には、宝箱からは水の水晶玉だけ……』
『う~ん、敵のドロップは悪くなかったし、経験値も美味しかったからある意味公平かな?』
『この層はもう見終わったかな? 一層がだいたい15分くらいが目安かも』
そんな訳で向かった三層目は、もっと徹底した催しが僕らを歓迎してくれた。無意味に部屋に満載の、ゾンビだらけの部屋とか、トラップだらけで置かれた宝箱もミミックと言うオチの部屋とか。
色々な仕掛けに消耗しつつ、翻弄されるのは毎度の事。時間の経過も気にしながら、それでも全部廻る気なのは冒険者魂だろうか。宝箱や敵のドロップが美味しいこのエリア、食べ残しなど勿体無いのとの認識の僕ら。
それを阻むかのように、鍵の掛かった扉に行く手を阻まれ。
入りたいのは皆一緒だが、鍵がどこにあるのか分からない。廻っていない場所は、あとは階段の上くらい。先生がちょっと覗いてみたが、ボスっぽい敵影が待ち構えているだけとの事。
怪しい場所は無いかと、部屋の周囲を探し回ってみたりして。その結果見付けたのは、突き当たりの通路の壁際にある、腐った色違いの床板だった。
クリック出来ない、落とし穴ダメージ系の罠なのだが。こんな人の通らない場所にあるのは、いかにも不自然である。試しに落ちてみた僕は、ダメージと共に床の底にクリック出来るポイントを発見。
どうやら当たりを引いたようで、鍵を取れたとのログ通知が。
変な所で時間を取られずに済んで良かったと、パーティもこれには大喜び。鍵付きの部屋は中にも期待出来るだろうと、期待しながら解錠して入り込む一同。
待ち構えていたのは、殺風景な個室だった。その中で異彩を放つ、全身鏡とその前の足を置くマークの仕掛け。ファンスカではあまりにも有名な、これはドッペルゲンガーの罠のよう。
パーティ内では、誰が作動させるのと紛糾した意見交換が。
ドッペルゲンガーの罠の怖い所は、分身の能力と言うか特性にある。鏡に映ったキャラの分身は、そのキャラの属性や能力をコピーするのはまぁ通例なのだけれど。
恐れられているのは、そのコピーした元のキャラだけを執拗に攻撃して来る点である。僕らのパーティで例えてみると、優実ちゃんが代表で湧かせたとすると。HPの低い後衛型の分身が生まれて、一見こちらに有利に思えるのだけど。
その分身は、ひたすら優実ちゃんだけを攻撃して来て、先生でもタゲを取る事は無理なのだ。
『優実ちゃんだと狙われて怖いから、沙耶ちゃんが湧かすのがいいのかな? 氷の防御持ってるから、多少殴られても平気だろうし』
『う~ん、でも出て来た私の分身を、みんなでフルボッコするんでしょ? 分身と言えども、みんなに殴られるのはちょっと嫌だなぁ』
『あ~、何となく気持ちは分かるわねぇ……報酬は、そのキャラの属性の物とか良いの出るんだけどねぇ』
それでも遠慮したいとの本人の談に、それならと3番目にHPの低い僕が名乗り出る。出て来るコピーの体力も自然と低くなるので、倒すのに有利なのだ。
戦闘準備の確認をして、鏡の前に歩み寄る僕。ゆっくりと、鏡の中に映像が結ばれて行く。その後唐突に、パリンとガラスの割れる甲高い音が響き渡り。
風種族の僕の分身が、鏡の中から飛び出して来る。
先生がいつもの癖で、割り込んでの《ブロッキング》を使用する。タゲはしかし、当然の如く揺るがないまま。僕に浴びせられる、コピーによる二刀流の攻撃。
この敵の場合、アタッカーがのっけから全力で削っても何の問題も無い訳だ。そう言う意味では、いきなりのホスタさんの《デスチャージ》はナイス判断である。
そこからは、皆が全力のスキル技の敢行。
僕の後ろには、べったりと優実ちゃんが回復にと控えてくれているのが心強い。自身でもステップを駆使しつつ、ダメージを抑えるべく奮闘するのだが。
二刀流の回転の速い乱打に、受けるダメージも少なくないのが現状で。コピーと言えど、リンより数倍性能がブーストされているNMなのである。詠唱の短い魔法が混じって来るにつれ、こちらの防御もぐだぐだになって行く。
改めて対峙すると、厄介な種族かも知れない。
それでも数の優位は揺ぎ無く、相手のHPもグングンと減って行っている様子である。僕は攻撃より守衛一辺倒で、自身でも《桃華春来》で体力を安全域に保つのに忙しい始末。
《ビースト☆ステップ》での防御も考えたが、僕が勝手に動き回ると敵もそれに釣られてしまう可能性が。削っている人に迷惑かもと、足を止めての攻防に持ち込んだ次第である。
その甲斐あって、削りは順調な様子。そしてやって来る、最後の悪足掻き。
コピーキャラのハイパー化は、風種族の《風神》から始まった。吹き飛ばされた前衛陣は、少なからずダメージを受けた上に近付けない有り様。僕も同様で、体力的にもピンチかも。
そこからは範囲魔法の《ソニックプレス》から始まって、片手棍のスキル技での追い込みに見舞われて。受ける僕本人も慌てていたが、周囲も結構パニくっていた様子。
スタン技でも止まらない、その暴走を止めたのは沙耶ちゃんだった。
渾身の《マジックブラスト》での、遠方からの魔法攻撃。その衝撃に、思わず身を震わせる僕のドッペルゲンガー。その隙にと、再び張り付いた先生とホスタさんの斬撃が加わる。
僕も負けじと、《ヘキサストライク》での追い込みに参加。
『やった、勝った~! 最後かなり焦ったよw』
『死ぬかと思った……分身の罠は、やっぱり怖いなー』
『回復が追いつかなかった……ピーちゃんいなかったら、リン君逝ってたよっ』
そのピーちゃんも、範囲攻撃のせいで虫の息だったけれど。何とか危機を脱した一同は、しばしの休憩と探索に時間を使う事に。そして割れた鏡の奥に見付かる、隠し部屋。
2人が入るともういっぱいの空間に、敷き詰められた宝の山。さっきのピンチも忘れて、盛り上がる一行だったけど。中身にも満足の行く結果に、再度の盛大な盛り上がり。
オーブの当たりを引いて、興奮冷めやらぬ感じ。
他にも色々、還元の札とか蘇生札とか価値のあるものをゲットして。ドッペルゲンガーからは、風の術書や水晶玉、さらには変わった性能の細剣もドロップ。
攻撃力は普通だが、敏捷とか移動速度アップが付いていてユニークである。ついでに素早さの果実も出たので、自分的にはこっちの方が嬉しいかも知れない。
分配が今から楽しみだが、まだまだボスも控えていると言う。
四層目は、いよいよ甲板でのボス戦の様子。どんよりと曇った空と、生暖かい風が吹いていそうな久々の外の空気の中。立ち塞がるのは、存在感のある強そうな海賊船長。
多少御幣があるとすれば、そいつもゾンビだったりする事だろうか。さらにはべったりと後ろにへばり付いている、嫌な笑みを浮かべた悪霊とのセット仕様となっていて。
つまりは二部位の敵らしく、さらに追加で狂った水の上位精霊が側に控えている。手強そうな敵のペアを目にして、僕らも慌てて作戦会議を行う。
さすがに先生も、2匹同時のキープは辛いだろうし。
そんな訳で、作戦としては僕が水の精霊のキープをする事に落ち着いて。サブ盾の経験があるのは僕が一番多いし、適任だとは思うのだけど。
どっちの敵も強そうなので、決して油断は出来そうにない。
切って落とされた戦端は、のっけから激しい勢いで。水の精霊の範囲魔法に、うっかり巻き込まれた前衛陣。僕は慌ててそいつを引き離し、端っこでタイマン勝負に持ち込む。
向こうのゾンビ船長も強そうだが、ソロで戦うこちらも大変には違いなく。早速のオートステップ防御と、二刀流での攻撃を振る舞い始めるリン。
精霊系は防御力が高いので有名だが、幸い僕には属性付与した削り手段が幾つか存在する。《ヘキサストライク》の効きはすこぶる良いが、それ以上に《光糸闇鞠》が凄いダメージをたたき出すのに気付いて。
スタン技と幻影技を交えて、この2つの技を主力に削る事に。
狂える精霊の魔法攻撃は、かなり強力で厄介だった。通常攻撃は、ステップと幻影技で回避する事が可能なのだが。魔法を一度喰らうと、HPの3割くらいを一度に持っていかれてしまう。
向こうもかなり苦労しているようで、たまに悲鳴のようなログが流れて来る。そんなことに構っていられない僕は、畳み掛けられないように防御に必死。
体力や防御力に補正の無い僕は、先生程の踏ん張りは利かないのだ。
幸い、今の所は優実ちゃんにそれ程の負担を掛けずに済んでいる。魔法が来るのをスタン技で止め始めてから、こちらの有利に戦闘を勧められているせいだろう。
ゾンビ船長のハイパー化で、向こうは大変な事になっている様子。後ろの悪霊の悪戯で、乗っ取られるキャラも出始めていて、呪いの散布も頻繁にあるみたいだし。
想像以上に厄介な、闇属性の二部位仕様のボスNMである。攻撃モードにシフトした、光種族の優実ちゃんの魔法の連打が、追い込みに助勢しているようだが。
手強い呪い属性種族の、数少ない弱点と言った所か。
その甲斐あってか、ようやくゾンビ船長を倒せたとの報告が舞い込んで来た。僕の方は、完全な膠着状態。ちまちまと敵の体力は、ちょっとずつ奪ってはいるのだが。
ボス補正の敵を、ソロで倒せる程の瞬発力は僕には無い。このままキープして、仲間の加勢を待つのみである。そう思っていたら、沙耶ちゃんチームに新たなる混乱が。
生き残った後ろの悪霊、何と通常攻撃無効らしい。
『わっ、これじゃあ私キープ出来ないよっ! 魔法攻撃したら、後衛にタゲが行っちゃうっ』
『誰かキープしてくれなきゃ、魔法で削れない~! 仕方ないから、休憩してようw』
『リン君と交代とか出来ないかな、バクちゃん? リン君なら、魔法いっぱい持ってるよ!』
なるほどと、場は差し込んだ光明にすがろうとの必死な打ち合わせに突入。優実ちゃんだけは、この混乱にもちゃっかりMP回復に休憩していたけど。
ホスタさんも、攻撃用の魔法の数は少ないし、何しろMP量が元々少ない土種族である。代役と言うか交代をせがまれた僕だけど、ここに来て問題が一つだけ。
既に結構な殴り合いをこなしていて、タゲががっちり固定されていると言う。
いかに先生と言えども、この状態から水の精霊のタゲを横取りするのは至難の業だろう。そう思っていたのだが、先生は何故か自信満々の様子で。
新しく取得した支援タイプのスキルの中に、使えそうなのがあるかもとの事。そう言いながら使用した《ジャミング》で、目の前の敵達は一瞬混乱をきたした感じである。
その隙を逃さず、華麗に狂った水の精霊のタゲを取って行く先生。僕は多少慌てながら、そっぽを向いている悪霊に《ハンマーロック》の攻撃魔法を打ち込んでやる。
メンバーが見守る中、相手の交代はスムーズに叶った訳だ。
先生の取得した《ジャミング》と言うスキル技、どうやらヘイトリセット効果があるらしく。盾役が覚えてどうするんだと思ったそうだが、せっかく覚えたのでセットしておいたみたいで。
確かに後衛の回復役が持っていれば、この上なく便利には違いないと思う。ところがこのリセット効果、何とパーティ全体と言うか敵の方に直接及ぶようで。今も機転を利かせての使用には、ナイス判断との賞賛を送りたい程である。
僕の属性スキル技も、見事に悪霊の体力を削れる事が確認出来て。後衛の二人も、安心して魔法での削りに参加する。こうなると、元々HPの少ない悪霊は消滅するのも早いみたいで。
沙耶ちゃん達がタゲを取る前に、倒し切る事に成功。
狂える水の精霊との戦闘は、こうなるとオマケみたいなもの。僕の《連携》からの追い込みに、一気呵成の削りが炸裂する。ハイパー化には多少てこずったが、全員揃っての攻撃は超強力。
最後の敵は水の泡と化して、何とか制限時間内のクリア!
喜び称え合うメンバーの、今回貰ったポイントは大盤振る舞いの10P。これは確かに、20や30をちまちま廻るよりは美味しいとは思うけど。その分、戦闘や仕掛けが大変だったのには間違いなく。
まぁ、最後に体験出来て良かったとは思う。甲板をチェックして、見落としの宝箱や仕掛けが無いのを確認して。用意された転移用の魔方陣に飛び乗る僕ら。
ここで命を落としていたら、ゾンビの仲間入りをしてたねと軽口を交わしながら。
残った時間を利用して、30看板をクリアすると。最後の追い込みの最終日に、僕らがゲットしたのは過去最高の22Pとなった訳だ。他のプレーヤーと較べて、多いか少ないかは不明だけど。
メンバー間では満足的な雰囲気が漂い、最後の目的のポイント交換にも、各自熱が入りそうな模様である。どのアイテムを貰おうかと相談しながら、ゆっくりと時間は過ぎて行く。
少しだけ気だるい疲れを残して、納涼イベントは終焉へと向かう。
さて、ギルド『ミリオンシーカー』の面々も、このイベントで大いに成長出来た訳だけど。僕自身の成長を含めて、語るのは次の章以降にでもしておこうか。
何せ、次の章は少しだけ時間を遡っての記述になってしまう。繰り返しの確認になってしまうが、この限定イベント『納涼☆肝試し』の5日間の出来事を、この章はまとめているのだ。
7月の末から8月の始まりまでの、思えば慌ただしい5日間だった。
僕の夏休みは初っ端に、沙耶ちゃんと優実ちゃんによる自宅訪問から始まった訳だ。それから起こった事を羅列すると、ハンス宅でのバイトの情景とか、師匠の家にお邪魔した時の異変とか、夏季課題を早めに片付ける計画とか。
次の章は、そこら辺りがメインの話題になりそう。もちろんファンスカ内でも、持ち上がった領主関連のクエがてんこ盛りになっていて。新しく見つけた100年クエストのダンジョン攻略も、もちろん放っておけないし。
――新たに成長した僕らが、どんな活躍をするかは次章の楽しみに。




