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2章♯15 正しい長期休暇の始め方!



 いつもの起床時間、つまりは父さんが起き出して朝食をとり始める頃には、僕も起きておこうと思っていたのだが。前日に興奮して寝付けなかったせいか、まさかの寝過ごしの破目に。

 父さんに起こしてくれるよう、メモを残しておけば良かったかも。起きた時にはもう9時を過ぎていて、急いで着替えて朝食を食べ終え、家の掃除を始める頃には。

 けたましく鳴り始める、来訪を知らせる玄関のベル。


 急いで客人を迎えに出るけど、考えてみればこの家に友達が遊びに来たのは久し振り。小学6年の頃には、転校生の珍しさもあって、同級生が良く遊びに来てたけど。

 中学校が別になって、その繋がりも途絶えて久しく。メールでのやり取りを、ごく親しい友達と続けている程度。たまに遊びに誘われるけど、僕もバイトなどを持っていたりして。

 なかなか時間が取れないのが現状で。さらに高校生になって、距離が大きく離れる友達も多数出没。色々と噂も入って来るけど、みんな部活や趣味で頑張っているようだ。

 友達の活躍は、素直に嬉しい限りである。


「やっほ~っ、来たよリン君! 夏休み始まったねぇ、お土産持って来たよ?」

「いらっしゃい……な、何も無い家だけど、取り敢えず上がって」


 割と大きな荷物を抱えて、天然プリンセス優実ちゃんが登場。今日の私服も、可愛いチェック柄のワンピース。対する沙耶ちゃんは、簡素なキャミソールに膝丈のズボン。

 何となくバツが悪そうに、こちらから視線を反らしているけど。不機嫌な表情は、まさにストームクィーン。こちらも大荷物で、一体何が入っているのやら。

 しかしその謎はすぐに判明。二人とも、家から予備モニターとか宿題セットを持参して来たようで。バスで来たらしく、そんなに移動には困らなかったらしいけど。

 こちらに来る路線は空いてたよと、あっけらかんな表情の優実ちゃん。昨日の電話で、降りるバス停の名前とか、そこからどう歩けば辿り着くのか伝言済みだったのだが。

 迷ったら携帯鳴らしてと言っておいたけど、簡単に探し当てたようで。


「迷わなかったんだね、ここら辺は似たようなマンション多いのに。バス停からは近かったでしょ、誰かに聞いたの?」

「ううん、入ったトコに案内板みたいなのあったでしょ? あれで昨日メモした数字の棟を見つけたの。荷物ここに置いていい? 結構広いんだね、リン君の部屋どこ?」

「どこでもいいよ、適当に寛いで。父さんと二人きりだから、本当はこんなに広いスペース要らないんだけどね。僕の部屋は奥の右側だよ」


 そんな弾んだ会話も、優実ちゃんと僕しか喋っていない結果。沙耶ちゃんはやや呆然とした表情で、簡素過ぎる室内を見回している。リビングにしても、生活臭はまるで無い。

 モデルハウスでも、もう少し生活感はあるのかも。父さんもテレビをあまり見ないので、リビングの使用頻度が圧倒的に少ないのだ。台所も同じく、朝食のトースター周りしか使用していない始末で。

 家具も少ないし、確かに初めて目にすると戸惑う人もいるかも。


 僕も他人の家にお邪魔した時に、しばしば違和感を覚えるのも確かである。生活している人の個性が、家の至る所に反映するという理屈は分かるけど。

 やはり母親の不在は、この家の無個性の大きな要因になっているとは思う。掃除する分には、家具が少なくて楽なのだけど。ソファに腰掛けようともせずに、沙耶ちゃんは僕に向き直る。

 ちょっと不安そうな、悲しそうな表情は僕の普段の生活を見透かしたせいかも。


「この部屋はちょっと嫌だな、良かったらリン君の部屋に行ってもいい?」

「沙耶ちゃん、のっけから大胆だねっ! まぁ私も、この部屋は殺風景過ぎて落ち着かないかも」

「そうだね、僕も普段はこの部屋使わないし……じゃあ僕の部屋に」


 僕の部屋に招かれて、明らかに女性陣は寛いだ顔。って言うか、興味津々になって、あちこち見ては質問を繰り返す。僕の部屋は8畳の一番大きな個室を貰っていて、それでもベットが置いてあるので、やや手狭感もあるやも。

 他にも勉強机や、シンセのセット台が出しっ放しになっているせいで。3人入るともう大変、予備モニターを接続するにも工夫が必要になって来る。

 午前中は宿題をこなそうと、一応予定は立てたのだけど。


 やたらと話し掛けられて、僕の趣味とか子供時代の写真とか話題の中心に。シンセサイザーはどのくらい弾けるのかとか、パソコンで何をしているのかとか。

 男の子の部屋に初めて入ったらしい優実ちゃんは、かなり興奮しているようだけど。何故か沙耶ちゃんの口数も多くなっていて、勉強がはかどる雰囲気ではない。

 彼女の機嫌も良くなった感に、僕も自然と口数が増える。


「パソコンは音楽作成ソフトが入ってて、シンセと繋いで遊んでる位かな? 何だかんだで、ほぼ毎日鍵盤には触ってる気がするけど。最近はメルにも教えてるし、オリジナルの曲作るの面白いしね。だから、楽譜見ないで弾ける持ち歌は、結構あると思うよ?」

「えっ、リン君作曲とか出来るのっ? 凄いっ、将来はミュージシャン? 今の内にサイン貰っておこうかなっ!」

「落ち着きなさいよ、優実。もう勉強は手につかないみたいだし、リン君ちょっと弾いてみてよ」


 リクエストを貰った僕は、パソコンとシンセを起動させて、まずは自動伴奏を披露してみる。キーボードの音だけじゃない、ドラムやギターなども混じった演奏には彼女達も驚き顔。

 どうやってるのとの質問に、そういうソフトが入ってるのだと説明。オリジナル曲と言っても、そんなに大それた事でもなくて。絵を描いたり写真を撮ったりするのと、実は大差は無い。

 キーとか和音の繋がりの感覚さえ分かれば、意外と1曲出来てしまうものだ。


 そんな話など交えつつ、即興で演奏など披露したり。リクエストの曲も5曲を過ぎる頃には、時間もお昼をとうに過ぎていて。盛り上がったのは良いが、課題は1ページも進まず。

 お弁当を持って来たよと、沙耶ちゃんが昼ご飯の提案をして来る。どうやら二人が朝から一緒に作ったらしく、環奈ちゃんには全部内緒の作業だったらしい。

 お弁当作りは優実ちゃんの家で、優実ちゃんママにも手伝って貰ったらしいのだが。手を借りたのはほんの少しだよと、どうやら自分たちの手際を褒めて貰う気満々である。

 お重に入ったお握りやおかずの列は、形は悪いが僕の心を和ませるには充分。


 キッチンも殺風景だが、我が家には食事をするのはここだと言うルールが。買って来たお土産がある場合は、冷蔵庫に品名を貼っておくのもルール。

 滅多に冷蔵庫を開けない生活スタイルなので、例え冷蔵庫に入れておいたモノでも食べられなくなってしまう事が良くあるのだ。そんな教訓から作られた、まぁ悲しい規則なのだけど。

 基本外食が多いので、冷蔵庫の中もいつも寂しかったり。


 夏休みなど、僕が長期休みに入ると、ちょっと様子も変わって来るのだけど。外に出るのが面倒で、冷蔵庫の使用状況も多少は頻繁になったりするのだ。

 今年は料理デビューもするかも、実はちょっと楽しみだったりして。


「うん、美味しいよ。でもこの卵焼き、沙耶ちゃんの家の味と違うね。卵を焼くだけなのに、何で味が違うんだろう?」

「味付けのせい? 甘味付けかなぁ、違うのは。ウチは砂糖多目が基本になってるし。確かに沙耶ちゃんの卵焼きは、スパイシーだよねっ」

「ウチも甘党多いけど、卵焼きは塩コショウの味付けだなぁ。お母さんがそう決めてるし」


 キッチンの食卓に広げられたお重は、豪華だし何より家庭的で美味しそう。幸いコップは人数分揃ってたので、お茶を注ぐ分には困らなかったけど。

 お皿は食パンを乗せる大皿しかなくて、痛恨の食べにくさ。女性陣からは仕方ないねとのフォローを受けたが、近々揃えようと心中固く決意をしてみたり。

 とにかく楽しい食事だった。昨日の喧嘩など奇麗に忘れてしまうほど。




 皆で昼食を食べ終わった後、腹ごなしに家の中を見て回りたいと優実ちゃん。とは言っても、見ていないのは父さんの部屋と書斎とベランダ位しかない。

 書斎と僕は呼んでいるけど、本当は本棚しか置かれていない部屋である。小学校からの課題本が本棚に並べられていて、他にも父さんと僕が趣味で読んだ本がズラリ。

 本棚の数は全部で4つ、つまり3つは全部棚が埋まっている計算だ。


「この棚が、全部小学校時代から父さんからの課題で出された本だね。週末にテストとかあったから、結構本気で読破した奴ばっかりだよ」

「えっ、リン君そんな事子供の頃からしてたのっ? リン君のお父さん、ひょっとしてかなりの教育パパなの?」

「そんな事は無いけど、知識はどんな財産よりも勝るって思ってるのは確かかも。親子の会話的にも、これで繋がっている感があるかな。課題にくれる本は、父さんも読んでるしね」

「ふぅん……いいお父さんだね。私の家は女性が強くって、お父さんは肩身が狭そうだけど」


 沙耶ちゃんがそう言って、膨大な量の課題本をチェックし始めるのだが。良く分からない法則のタイトルに、コレはどういう意味と混乱模様なのは仕方が無い。

 僕にも良く分からない、父さんの興味が湧いた本とか情操教育目的とか、毎週課題の本を選ぶのも大変だったろうに。そんな決まり事は、もちろん夏休みも続いていて。

 って言うか、夏休み用にと分厚い課題本を渡されてしまった。モロ理系のテキストもあるし、学校の夏期課題と合わせると楽は出来ないかなって思う量だ。

 夏休みの始まる前にまとめて渡してくれたのは、それでも一種の優しさかも。前半飛ばして課題を頑張れば、後半は楽をする事も可能な訳だし。

 その辺りは、まずは学校の宿題を終わらせて考える事に。


 再び僕の部屋に戻って来た一行、午後はゲームで過ごす事になっているのだけど。結局進まなかった勉強をしようかという提案は却下され、初めての僕の部屋での合同インである。

 僕と沙耶ちゃんは、ベットの腹の部分を背もたれにモニターと向かい合う格好だけど。優実ちゃんは狭いのはイヤだと、僕のベットの上を一人占領している。

 大きなヌイグルミが欲しいとは、かなり突飛な我が侭だけど。女の子には当然の感性らしい、沙耶ちゃんも笑いながら同意して、僕の誕生日にプレゼントしようかと冗談を口にする。

 そんな事より、思わす振り向いた視線の先が刺激的過ぎて困ってしまう。ベットの高さが、丁度優実ちゃんの腰の位置と言うかスカートの中というか。

 沙耶ちゃんの胸元も同じく、夏という季節はかなり挑発的。


 それはともかく、インした僕らは申し合わせて領主の館に集合する。目的はもちろん、昨日入手したトレーニング器具を設置して、各キャラのスキルを伸ばすためだ。

 この装置の事はかなり有名で、色んなルートで情報が入って来ている。もちろん皆が欲しがる装置で、領主の館にしか設置出来ないのが玉に瑕だけど。

 そんな訳で、領主の人気も最近は高いらしい。便利な装置も、専用のスペースがないと宝の持ち腐れなのだ。僕らがそれを入手したのは、多分早い方だったのだろう。

 かなり幸運には間違いなく、ギルド的にも嬉しい装備である。


「バクちゃん達には、先に使う許可貰ってるから。まぁ、優実があれだけスキル上げに必死だったから、譲らないとは言えないわよねぇ……」

「だよねぇ、僕も細剣のスキル上げたいし……よしっ、設置終わったよ。普通にトレードで良かったみたい、合成とかの手順はいらない感じだ。今週は僕らが使って、来週は先生とホスタさんに使って貰おう。誰から入る?」

「えっ、これって一人ずつ入るの? ……ちょっとソロは、自信無いんだけどぉ」

「これって難しいの、リン君? 所詮はトレーニングでしょ、死ぬ事は無いよね?」

「死ぬ事は無いけど、失敗はあるらしいね。制限時間があって、HPがゼロになったら放り出されるパターンだったかも。僕が最初に試してみようか?」


 女性陣の是非お願いの声に、出来立てホヤホヤのトレーニング室に入り込むリン。修行の塔は30分制限だと聞いているが、このトレーニング室は10分しかいられないらしい。

 モニターに映るタイマーとか室内の様子とか、よく見ようと彼女達が僕のモニターを覗き込む。部屋に合わせて、僕専用のモニターもそんなに大きくない。それを良く見ようと、優実ちゃんの顔がすぐ側まで接近して来る。

 こんな状況でキャラ操作を行うのは、ある意味試練かも。集中の2文字を心に何度も呟いて、僕は室内の障害物をざっと見渡す。右手中央に、太い打ち込み棒、左手には召喚スイッチ。

 打ち込み棒は、熟練度を安全確実に上げるトレーニング器具みたいだ。熟練度は自分の武器のスキルレベルと離れた敵相手だと、極端に上がり難くなるのだ。

 普通のレベル上げやダンジョン攻略では、前衛はともかく他の役割の者は、熟練度はどうしても上げにくい。けれども熟練度は、ダメージや武器の耐久度減に直結する大事な数値である。

 キャラ作成の上での重要な数値、上げたがる人も多い。


 僕はそいつを何度か殴って、その能力を体感する。左手の細剣の熟練度が面白いほど上昇を見せて、これは両方細剣を装備すべきだったかもとちょっと後悔。

 それでも片手棍も上がって行くので、まぁ今回はよしとしよう。しきりに感心する彼女達に、次はこっちを試すねと言い添えて。左の召喚スイッチを、触って起動させてみると。

 途端に木人形が召喚陣に出現、ちょっと離れた位置にいた僕に襲い掛かって来る。そんなに強そうではないが、魔法封印が作動中という事実にかなりうろたえてしまった。

 使えるのは武器系のスキルのみ、要するに削り合いだ。


「わっ、リン君! 次の敵が湧きそうだよっ? スイッチ押しっ放し状態だ、切った方がいいんじゃない……もう遅いや、湧いちゃった!」

「しかも色違いだし、今度のは結構強そうかも? あと5分もあるけど、平気なの?」

「ああっ、ポケットのポーションも使えないっ……うん、ノーマルっぽい敵は弱いや、倒したら5ポイント入った。次のコイツは、もっと高ポイントかもっ」


 久々に自分でステップを操りつつ、次々と湧き出る木人形を倒し続けるリン。赤い木人形は8P貰えたけど、相手の使う魔法でこちらも結構削られてしまった。

 残りの5分で、最終的には41ポイントを獲得して。室内から放り出された時には、リンのHPは4割程度まで減じていた。フルで10分戦っていたら、途中で倒されてしまっていたかも。

 割とシビアなトレーニング室も、スキルPを4点貰えて大満足。


「41ポイントで、スキルポイントが4点だって。細剣スキル上げに、これは大助かりだなぁ。遠隔スキル上げは、また器具が違って来ると思うけど。熟練度上げには高い弾は勿体無いかも?」

「それはそうか、エーテル弾は取っておこうっと。次は私が行こうか、優実? あんたは慌てると、何も出来なくなるから」

「う、うん……お願い沙耶ちゃん。ちゃんと見ておくから、大丈夫。あのポイントをたくさん取ればスキルが上がるのは一緒なのかな?」


 多分、そのシステムは変わりないと思うと僕の補足説明に。遠隔ステージを選択して入った沙耶ちゃんの目の前には、屋台の射的遊びのようなセットの器具が。

 ただし、前から奥へと4つの段があって、それぞれが左右へとバラバラな速さで動いている。手前の障害物が一番大きくて、そのせいで奥の的は狙い難くなっている感じ。

 的の中にはピンク色の奴が交じっていて、どうやらそいつがポイントに繋がる様子。


 それを聞いた沙耶ちゃん、銃を抜いて勇ましく射撃に掛かるのだけど。手前の的は所詮1P、幾ら撃ってもポイントは微々たる上昇しかしない。

 その奥の的に狙いをつけて、試しに撃ってみた沙耶ちゃん。今度は2P貰えて、なるほど仕組みは分かって来た。3Pも狙えば何とかいける。邪魔な1Pの的をあらかじめ壊してしまえば、狙いやすい筈との僕のアドバイスが功を奏して拍手喝采。

 しかし4Pの的は、かなりの難易度だ。


「リン君、さっすが頭いいっ♪ でも、一番奥の的はかなり難しいみたいだねっ。沙耶ちゃん、もっと近付いてみたら?」

「えっ、いいのかな? ここにラインが引いてあるから、はみ出したら不味いんじゃ? リン君、どう思う?」

「えっ、僕は何となく、適性距離の表示かと思ってたけど。熟練度もいい具合に上がってるから、近付くと何か不都合が生じる気もするけど」

「やってみないと分からないよね、沙耶ちゃんゴー♪」


 呑気な優実ちゃんの後押しに、何となくつられてしまった沙耶ちゃん。その行動がトリガーとなって、室内に新たな動きが。射的器具の横の扉が開いて、何と動物型の木人形が出現したのだ。

 突然襲い掛かられた沙耶ちゃんは大パニック。逃げ惑いながら魔法を使おうとして、さらに衝撃を受けた様子。僕と同様に魔法封印が作動しているよう、これでは足止めも出来ない。

 敵に接近を許してしまった沙耶ちゃん、不意に閃いてスキルを使用。


 ペット召喚のスキルまでは、封印されていなかった様子。トレーニング室に召喚された雪之丈、主人を守るべく果敢に敵に殴り掛かって行く。この時ばかりは、僕らも必死に彼を応援。

 割と広い室内に、沙耶ちゃんも距離を取って銃での削りに参戦。もはや当初の目的を忘れ去り、無礼を働いた敵を共に倒しに掛かる主従コンビ。

 残り時間を使い切って、何とか倒す事に成功。


「勝った! どんなもんよっ、雪之丈だってやれば出来る子なのよっ♪」

「雪之丈に戦闘任せて、的でポイント稼げば良かったのに。まぁでも、木馬倒したポイントが10も入って良かったね。合計幾つ?」

「48だって、貰えたポイントは4点だった。残念、50超えたら5点貰えてたのか。これは結構難しいな、普通にやってたら60位かな。まぁ、大体の仕掛けが分かったからいいか」

「難しいねぇ……ところでこの部屋の壁の模様、何かの模様に見えなかった?」


 確かに壁の模様は不自然で、入って右側だけが黒と紺色のタイル貼りだったような。他の面の壁は真っ白なので、僕も少し気になっていたのだけど。

 次は少し気にしてみるよと、今度は優実ちゃんの番なのを匂わせつつ。尻込みする少女に二人でゴーサイン、ようやく最後の入室者に音を立てて動き出す器具。

 先程と変わらない風景に、優実ちゃんがまず行ったのはプーちゃんの召喚。不意のアクシデントに、前もって構えておく作戦か。その後部屋の床の白線をやたらと気にしつつ、向かった先は何故か黒いタイルの右の壁。

 明らかに現実逃避だが、確かに何か文字が隠されているような?


 いや、4桁の数字だった。優実ちゃんが時間の経過を忘れて、左から順番に数字を読み上げて行く。僕はすかさずそれをメモ、もういいよと優実ちゃんに合図を送る。

 渋々と言った感じで、ラインに構える光属性♀キャラ。しかし、始めてみると段々と楽しそうに興が乗って来たような感じである。怖くない事を体感して、どうやら安心したようだ。

 それでも狙うのは、せいぜい2~3Pの的のみ。


「優実、もっと高いポイント狙いなさいよっ! 全然数字が増えてないっ、時間ももう少ないよっ!」

「あれっ、赤い的が1個出て来たね……何だろう? ひょっとして、高得点なのかも?」

「おおうっ、優実聞いたっ? 撃って、仕留めなさいってば!」

「沙耶ちゃんはうるさいのっ、集中出来ないってば! ひあっ、太ももつねらないでっ!」


 変な声が聞こえて、思わず何があったのかと振り返ると。沙耶ちゃんのちょっかいに優実ちゃんが足をバタバタさせていて、その拍子にチラリと水玉のサービスショット。

 もっとも、その拍子に弾丸が撃ち出されて、画面内にも変化が起きたけど。


 ピロリンと派手な音は、赤い高得点の的が壊された証の様子。その途端に、先程の木馬が室内に放出されてプーちゃんと殴り合いを始める。

 《邁進》の効果で猪突猛進なプーちゃんは、己のガードも捨てて重い一撃を放ち続ける。幸い、そんなに強くない木馬。優実ちゃんに近付けずに、部屋の端っこに釘付けである。

 その隙にと、最後のあがきにポイントを狙う優実ちゃん。


「あと30秒、スキル技で倒せないかな、あの木の敵?」

「安いポイント狙ってないで、最後は大物行きなさい、優実っ!」

「りょ、了解っ! 必殺技行け~~っ!」


 時間内に、貯まっていたSPを注ぎ込んでの追撃。プーちゃんのお陰で弱っていた敵を、あっという間に倒し切ってしまう。続いて入る、待望の結構な量のポイント。

 終了時間までの最後の追い込みが功を奏し、結局優実ちゃんは62ポイントをゲット。6点のスキルポイントを加算して、火薬スキルも80にまで上がったとの事。

 この調子で上げて行けば、僕も含めて案外条件スキルまで早目に到達出来るかも。やっぱり領主専属の器具は偉大である。前に入手したスキル収束装置も、領主の館専属なのだ。

 この2つで、スキルポイントを貯めるのもアリかも。


 何とか3人終了して、まぁ頑張ったと皆で称え合い。昨日のインでのギクシャク感は、どこにも全く存在せず。成長を報告し合って、さて次はどこに行こうかとの話し合い。 

 館に来たついでに、僕はホスタさんに頼まれていた領民の合成依頼を確かめたいと口にする。それじゃあそれに行こうと、二人ともついて来てくれる様子。

 何度か通い済みの集落は、今回どこと無くピリピリした感じの空気が漂っている気が。皆で情報を集めると、どうやら吊り橋が直った途端に、山賊が山の向こうから来るようになったらしい。

 出来れば、吊り橋の手前に砦を作ってくれまいかと村長さんのお願い。今度の依頼は、随分と大物のようだけど。合成レシピを教えて貰い、僕は喜びながらノートにメモを取る。

 その途端閃いた、例の20年ダンジョンのルート作成案。


「わっ、凄いねリン君、何冊あるのっ? ここにあるの、全部ファンスカ関係のノート?」

「うん、合成のノートが大半だけどね。最近は情報ノートも増えて来て、ちょっと大変かも」

「あははっ、この落書きはメルちゃんかな、上手にキャラが描けてるねぇ♪」

「本当だっ、可愛いねぇ……私、夏休み中にギルド活動ノート作ろうかな? 今まで100年クエストに取り組んだ活動とか、他にもギルドで何をやったかとかさ」

「リン君と何回喧嘩したとか? 痛いっ、つねるの止めてよっ、沙耶ちゃんっ!」


 再び女性二人がじゃれ合うように、僕のベットの上で激しく暴れ始める。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、再び目に良いモノが見れるかもと期待して。

 視線を向けた途端に、飛んで来たのは優実ちゃんのつま先。見事に鼻先にヒットして、ツンとした感覚が脳裏にまで響き渡る。完全に悪気が無かった優実ちゃん、ひたすら謝って来るけど。

 良いモノはバッチリ見えたので、ノープロブレム。沙耶ちゃんもゴメンと、慌ててこちらの怪我の様子を窺おうとするけど。そのせいで胸元がバッチリ覗けて、流れ出す鼻血に拍車をかける。

 恐ろしい罠だ、こちらで自制しないと大変な事になりそう。


 とにかく大丈夫だからと、僕は自分自身で何とか応急処置を行う。本当に申し訳無さそうな彼女達に、当たり所が悪かっただけだと、微笑んで安心させて。

 にやけた笑みにならないように、ひたすら気を付けてみるけれど。集落では吊り橋の反対側の情報が。向こうの空き地に置いてある木材も使わないと、材料が足りないだろうとの事。

 ただし、その周辺には噂の盗賊がうろついているらしく。


「何だ、結局戦わないと駄目なんじゃない……盗賊って、何か変な特殊技持ってなかったっけ?」

「盗賊に戦闘不能に追い込まれると、持ってるギルを3割失うよ。持ち歩かずに、金庫に預けておいた方がいいかも?」

「金庫持ってない……今まで預けるほど、お金持ってなかったもんねぇ? 今3割失うとなると、かなり痛いなぁ」

「リン君、預けておいていい? 無くなっちゃうと、やっぱり嫌だと思った。お金持ちになると、色々と苦労があるねぇ?」


 二人にお金を預かりながら、魔方陣で街間を往復する僕。二人の隠れ家を、今日の空いた時間に作るのも良いかも。金庫とか収納とか、二人ともそろそろ欲しいと言ってたし。

 そんな提案をしながらも、やってみたい計画は色々と盛り上がってみたり。それよりまずは素材を取りに行こうと、3人で支度を整えて吊り橋を渡って未開のエリアへ。

 渡った途端に、モンスター達が結構うろついているのが見て取れて。それに混ざって、噂の盗賊が襲い掛かって来る。強さはまぁまぁ、囲まれなければそれ程怖くは無いけど。

 ギルのドロップが多いので、ちょっと美味しい敵かも。


 女性陣も、この敵は良いかもと次第に思うようになって来たみたい。他にも銀のメダルとか、属性の水晶球だとかドロップもすこぶる良い感じ。他に配置されている動物モンスターより、断然嬉しいのは確かだ。

 終いには、盗賊の影を求めて森の道をさ迷い歩く事になってたりして。問題の素材は、山の中腹の木こり小屋前の広場に、まとめて置いてあるそうなのだが。

 僕らはそこから木材を取って来れば良いらしい。村長の話では、他の素材は流れの問屋に頼んであるそうな。砦タイプの建築レシピは、合成師の間でも知られていない。

 これは楽しいレシピを仕入れたと、僕的には既に満足だったり。


「あっ、あそこじゃないかな? 小屋みたいなの見えて来たよ?」

「うん……おっきい敵みたいなのもチラッといた? 山男みたいなのが、広場を歩いてたよ?」

「何だろう……本当に山男かな? あっ、山賊のボス的な何かかも?」


 最後の坂を登り切って、慎重に広場を観察するけど。確かにその大きな影は、山賊のボスか何かの様子。雑魚の手下も数匹いるので、普通にやったらリンク必至である。

 プーちゃんの釣りで、とにかく邪魔な雑魚から片付け始める僕ら。ここまでのルートに、30分も掛かっていない計算だ。薬品系の余力もあるので、ボス戦もドンと来いという感じである。

 ところがいざボスを前にすると、その強烈な個性が爆発する。


 5人での戦いだったら、色々と作戦の立てようはあったのだろうけど。盾役とアタッカーが1人ずつ抜けている今、前線でのタゲキープが物凄く大変な敵なのが判明。

 遠隔攻撃には弓矢で反撃をして来るし、何度もハイパーモードに移行するし。先生の《シールドバッシュ》が懐かしい、何より片手斧での二刀流はステップ防御を破壊する威力で。

 薙ぐタイプの武器は、ステップ防御には不利に働くのだ。突くタイプの方が貫通力は高いけど、ステップで避けやすい。ただそっち系の武器の方がクリティカルが出やすい特性があるし、スキル技が派手なのが多いので、使う冒険者が多くて昔から人気がある。

 まさか対キャラ戦が始まるとは、誰も思っていなかったので。皆が武器の特性など、ほとんど注意を払っていなくて。大抵の人は、武器は趣味や威力で決めていたのだが、これが意外と相性がバカに出来ない。

 とにかくステップ防御を破られて、僕は中盤から血だるまに。


 優実ちゃんの回復を貰いながら、何とか持ち堪えてみるものの。途中からは《グラビティ》が入ったので、マラソンっぽく引き回してみたり。弓矢が来るようになったけど、二刀流より幾分マシ。

 遠隔がこちらに来るようになって、後衛陣は楽になったようだ。中距離スキル技でタゲキープしつつ、ハイパー化も弓矢攻撃には関係無い感じなのが判明して。

 2度目に掛けた《グラビティ》が切れる前に、何とか倒す事に成功。


「ふうっ、やっぱり人数いないとボスは辛いわねぇ。でも、いっぱいお金落としたね、コイツ」

「だねぇ、悪いコトして貯め込んでたんだ、きっと。他にもいっぱい何か落としたよ?」


 山賊ボスは、確かにいっぱい貯め込んでいた様子。金のメダルも3枚、素材も高級なモノが多数、薬品系も数が揃っている感じ。だが一番の大物は、片手斧と腕装備だろうか。

 片手斧は大振りで、攻撃力はかなり高い。その上腕力+も付いていて、かなりの良品だ。腕輪にも腕力+と攻撃力+が付いていて、アタッカーには嬉しい良装備だ。

 毛皮がモフモフっと飾り付けされていて、見た目もワイルド。


 腕装備はパーティで貰うとして、片手斧は売りに出す事に。金のメダルは久々に見たが、これはパーティで貯めておく事に決定。臨時の報酬としては、充分設けさせて貰った。

 小屋の前の広場に、確かに言われた通りの木材置き場を発見。そこから3人で持てるだけの資材をゲット。金銭的な価値はそれ程無いけど、何度も来るのが面倒なので。

 余ったら、自分達の隠れ家に使っても良いし。


 そんな事を話し合いながら、帰路につく一行。帰り道に新たな敵は湧いておらず、スムーズに集落に戻る事に成功する。それから一度自分の隠れ家の合成装置から、小人の元を取って来て。

 レシピを確認しながら、吊り橋の手前のポイントに素材をトレード。早速、ワラワラと出て来た働き者の労働者達が、その小さな手を器用に動かし始めてくれる。

 女性陣はその姿を見ながら、無邪気にはじゃいでいるのだが。


「この間仕入れたレシピに、吊り橋があったよね? あれでこの前行き止まりだった峡谷に通路作れないかと思って。素材揃ってるし、ちょっと試してみるね」

「この前のって、あの木の根元の洞窟から行った先の所? なるほど、橋を作って向こう側に渡ろうって作戦だね!」

「それはいいかも、館の地下でヒントが出ない場合も考えられるもんねぇ」


 先程得た閃きに従って、僕は再び小人の元を合成装置から取り出しに戻る。面倒だけど、これが無いと大掛かりな建築物は作成出来ないのだから仕方が無い。

 一人で向かおうと思ってたのだが、彼女達もついて来てくれて少しだけ心強い。目的の暗く広大な洞窟内で、僕らはすぐに意味深なポイントの前に辿り着く。

 よく見れば、集落の吊り橋のポイントと類似点は多数存在する。ポイントの位置とか、峡谷の幅とか。しかし、願いを込めてトレードした素材はあえなくキャンセルの結果に。

 向こうの崖の方が高いので、吊り橋は建設不可能らしい。だけどもそのログを見て、再び希望が僕の心の中に灯る。考え方は合っているようだ、不可能の理由まで言って貰ったし。

 それを元に、皆で知恵を寄せ合って考える事しばし。

 

 合成の事はさっぱりな二人でも、アイデアは気軽にポンポンと口から出て来る。高さ調節でこっちに土を盛ればよいとか、下まで降りてエレベーターを作ろうとか。

 突飛な発言が続くが、合成で高さ調節は可能かも知れないと考えて。試しに先程貰った合成資材をポイントに放り込むと、何とビックリ働き始める6人の小人達。

 さっきの集落で全部の合成用素材を多めに貰ったのだが、まさかここで使う仕組みだったとは。突然始まった工事に、沙耶ちゃん達ももちろん揃って驚き顔。

 このまま、次への扉は開く事になるのだろうか。


 それは工事が終わってみるまで分からない。こんな所に砦が出来て、一体どうなるのか想像もつかないけど。とにかく100年クエストは、一筋縄では行かないようだ。

 1日以上経たないと、この合成結果は分からないと僕が言うと。それじゃあ戻ろうかと、彼女達には強いこだわりは無い様子。この奥に眠る凄いお宝よりも、今を楽しむのに夢中なのだろう。

 それはそれでいいと思う、ゲームとはそういうものだ。


「次は何だっけ? そうだっ、リン君に隠れ家作って貰うんだった♪」

「僕のお薦めは、尽藻エリアの辺境の街の売り地なんだけど。ミッションポイントを5千と、ギルが35万必要なんだけど、二人とも持ってる? 無ければ用立てするけど」

「大丈夫、あるよ……お高い買い物だけど、大きい収納や金庫や庭が持てると思ったら、そうでも無いのかな? う~ん、ちょっと嬉しいかもっ♪」

「嬉しいよねっ、どんなお家がいいかなぁ? 今まで宿屋暮らしだったから、ようやく一人前になれるような気がするっ♪」


 ひょっとしたら、レベル100突破より嬉しいかもと、二人は結構な盛り上がりよう。そう言えば、僕も最初の隠れ家を手に入れた時は物凄く興奮したものだ。

 必要ないのに内装を凝ってみたり、よく分からない呪いの家具を設置してみたり。それが新たな死神NMを呼び寄せるとは知らずに、とにかくその時のノリだったのだけど。

 まさか取り外せなくなるとは思っていなくて、あの時はかなり焦ったけれど。それがロックスターの素材の1つになるとは、何だか良く分からない運命の迷宮に踏み込んだものだ。

 その迷路は未だに脱しておらず、転がり倒した果てに1つのギルドに成長を遂げた訳だ。100年クエストを攻略すると言う気概を上げて、良い関係の仲間たちに恵まれて。

 程々のライバルも、考えようによっては素晴らしいスパイスかも。


 まぁ、今から始めるのは、思いっきり趣味の時間なのだけど。それでも沙耶ちゃんの言うように、収納や金庫や薬品棚や庭が手に入るのは利便的にも嬉しいもの。

 部屋に魔方陣を設置すれば、移動もかなり便利になるし。そこまでやってしまえば、多少辺境でも移動に関してはそんなに苦労する事も無くなる。尽藻エリアの拠点の無い二人には、かえって良いイベントかも。

 中央塔でまずは申し込みの手続きをして、買いたい土地を報告する。僕が調べて口にした番号は、僕とメルが購入した土地の真隣の番地である。

 ここが売れても、まだまだ広大な売り出し中の土地は3割程度しか埋まってない。勿体無いと思うけど、大通りがまだ買えるのは僕的には嬉しい限りである。

 将来的には、僕の合成ショップを出したいと構想中でもあるので。


 二人は無事に土地を購入、ただしそこからが大変だった。尽藻エリアに未だにワープ地点を構築していない彼女達、新エリアの南東の島ブリスランドから船に乗らないと。

 そこからさらに、馬車に乗って尽藻エリアを横断しないといけない。僕は一応、ボディガードにと一緒の船に乗る事に。ブリスランドで合流して、定期便に一緒に乗船。

 そこから何事も無ければ、10分後には尽藻エリアの港町に到着する筈。


「ふうっ、ミッション以来のお船の旅だぁ。あの時は大変だったねぇ、沙耶ちゃん? でっかいイカに襲われるし、船は沈みそうになるし」

「そんな事もあったわねぇ……でも、今日は大丈夫でしょ? 別にリン君まで来なくても良かったのに、船で目的地に行くだけなんだから」

「いや、たまにだけど海賊船に襲われたりNMが湧いたりする事があるから。完全に安全じゃないんだ、一応戦闘の準備もしておいた方がいいかも?」

「今日はもう、山賊と戦ったからいいや。これで海賊が出たらくど過ぎるよ?」


 優実ちゃんの理屈は理解出来るが、それはこっちの決めれる事ではなくて。最初は快適な海の景色を見ていた筈が、どこからともなく聞こえて来る怪しいBGM。

 何となく、呼び寄せてしまった感のある海賊の登場に。嬉しくない遭遇だけど、コイツ等を倒せばミッションPも入って来るのだ。ブーブー言いながらも、偶然乗り合わせた冒険者達と、力を合わせて航海船を守るために戦う僕等。

 熾烈な戦闘は、10分以上は続いただろうか。途中でNMが絡んで来て、もう何がなにやらな状況に。やむなく細い通路に誘い込んで、各個撃破を狙うのだけど。

 こちらもステップを封じられて、ガチャガチャの殴り合いに。海賊と一緒に乗り込んで来たNMは、タコを頭に乗せ海賊服を着込んだ変テコな海型獣人。

 身体も大きくて、多足での攻撃はかなりウザい。


 幸いカンストキャラが途中から手伝ってくれて、魔法を使う余裕も出て来たお陰で。闇魔法で相手のHPを吸うチャンスが回って来ると、何とかこちらのペースに持ち込めて。

 気付けば隣のそのキャラと、スイッチで自然にタゲの分散をこなしていた。海賊の襲撃は、一定の時間が過ぎると自然と引いて行くのが通例なのだけど。

 NMの数とか倒されるスピードとか、条件によって変化もある。その時間内にNMを倒せば、もちろんボーナスも加算される。短い時間に欲張ると、しっぺ返しもキツイけど。

 知らないキャラとの簡易タッグは、どうやら最後まで上手くいったようだ。後衛の優実ちゃんの回復と、沙耶ちゃんの削り補助も大いに役立ってくれた。

 船上では、生き残ったメンツが大喜び。


 レベルの低いキャラの中には、死んでしまった者も数人いたけど。優実ちゃんが《月の雫》で蘇生して回りながら、あちこちでお礼の言葉を貰っていたり。

 戦闘中はMPの限りに、パーティに関係なくあちこち回復を飛ばしていたらしい。それはピーちゃんも同じ事、主従共々、戦いの女神と絶賛の嵐である。

 そんな盛り上がりを見せている内に、船は無事に港に到着。


「ふうっ、何か変な盛り上がり方になっちゃったねぇ。今の戦闘、経験値とか何にも入らなかったけど、それは何で?」

「護衛関係のポイントは、中央塔で全部一括で貰えるよ。経験値もミッションPと一緒に貰えるし、お金も貰える時あるかな? 倒し方のパターンでちょっとずつ違って来るみたい」

「そうなんだぁ……私はさっきの魔法のお礼に、知らない人からお料理とか変なアイテムとかいっぱい貰っちゃった♪ リン君、欲しいものあったら上げるよ?」


 素材系のアイテムは、ほとんどが安物とか役立たずの品だったけど。中には珍しい飾り付け用の羽根があって、これは合成次第では室内の飾りになった筈。

 レシピを探す為にノートをごそごそやっていると、二人とも面白がってその作業を覗き込んで来てやり難いことこの上ない。そう言えば、今から彼女達の隠れ家を作るんだった。

 僕の作れる家のレシピも、5種族クエストをこなす度に少しずつ増えていっている。今の内にどのタイプの家を建てるかを、選んでおいて貰わないと。


 今度は、辺境行きの馬車での移動になる。本当に街間ワープを通してないと、このゲームは移動が大変なのだ。今度もほとんど待つ事無く、大型の乗り合い馬車は街を出発。

 馬車での移動は、これでなかなか面白い。大型の四足獣がカポカポと馬車を牽いて、のどかな街道を進んで行くのだ。馬車の2階でそれを眺めると、自然と冒険心がくすぐられる。

 ファンスカの中で、僕が好きな景色の一つだ。


 今度はさすがに、襲撃の類いは無くて済んで何より。予定通りの時刻に、乗り合い馬車はネスビスという辺境の街に到着する。合同インなので、その間も話で盛り上がっていたけど。

 着いてみて、その街の廃れ具合にはしばし呆然の二人。


「ありゃあ……聞いてた以上に人がいないねぇ? おおっ、確かにあっちに空き地が広がってるよっ……私たちが買った場所、どこドコ?」

「そこの真っ直ぐな道を進んで、ちょっと右に入る感じかな? メルと僕の家が目印になる筈」

「近くに建てれて、確かにラッキーだよねぇ……それで、砦のレシピを試させて欲しい訳ね?」

「うん……かなり目立つ建物になる筈だから、宣伝も兼ねて。嫌なら僕の奴を建て直すかな? ホラ、あそこのログハウスはネコ獣人の集落で教えて貰ったレシピの奴だよ」


 その可愛い形状のログハウスを見て、優実ちゃんは即座にそれをリクエスト。沙耶ちゃんは僕の頼みを聞いてくれて、大物の砦作りを了承してくれた。

 本日3個目の砦作りだけど、何故か材料は余っていると言う。クエストをこなしたご褒美という事で、有り難く使わせて貰う僕。小人達に頼んで、早速建築を始めてしまう。

 ログハウスに関しても、何とか材料は買い置きの中に揃っていて一安心。最近は隠れ家作りの依頼もぼちぼち来るようになって、そのせいで熟練度も順調な上昇を見せている。

 お陰で小人の数も6人になって、作業も少しだけ速くなった。


 この冒険者の街が潤い出して、人が集まるようになったら。そしたら大通りに店を作りたい、その頃には僕のスキルもどれかは師範クラスに近付いているだろうし。

 まだまだ程遠い道のりだけど、そういう夢だけは推進力に持っていたいモノだ。彼女達にそう話すと、その時には売り子をやってあげると手伝いを買って出てくれた。

 これで僕の夢は、みんなの夢にもなった訳だ。ちょっと照れ臭いけど、その分叶え甲斐もあるというもの。まぁ、まずは街が発展するかどうかが鍵になって来るのだけど。

 こんなプレーヤー参加型のネットゲームだと、どう転ぶかは予測不能だ。


 その後に沙耶ちゃんと優実ちゃんのキャラ達も、僕の隠れ家に入り込んで一騒動の一幕が。家具にどんなものがあるのか、見てみたいとお願いされた為なのだけど。

 僕の部屋で合同インする三人が、さらにネット内でも僕の隠れ家に勢ぞろいと言う変なシチュエーション。僕の隠れ家には合成装置などが設置されてて、知らない人が見るとかなり変かも。

 そんな装置や家具を一つずつ説明しながら、彼女たちの部屋作りのアイデアをお手伝い。これは設置した方がいいとか、庭を作るにはこうするんだとか。

 そんな話で、午後の大半は過ぎて行って。

 

 気がついたら4時過ぎで、もはやゲームをしているんだか会話を楽しんでいるだか分からない状態。その内に優実ちゃんが、机の前の壁の写真に興味を示し出して。

 それは小学校の頃に、地元の野球チームのみんなと撮った写真だった。地元の小学校に通ったのはたった1年だったけど、野球チームを通じて仲の良い友達は結構いたのだ。

 写真に写っているメンバーは、そんな地元の友達連中だったりする。今でもメールでやり取りがあって、地元の中学に通っていたらもっと仲良くなっていただろうに。

 その野球チーム、何と僕らの代には全国大会3位までいったのだ。


「えっ、全国大会っ? 他の県のチームと戦って、3位まで残ったって事?」

「それまで特に、強いチームって訳でもなかったんだけど。奇跡の世代だって、今でも仲間内じゃ語り草だねぇ。その時のチームメイトで、推薦で地方の強豪校に進学した奴もいるみたい」

「へえっ、それじゃあ高校野球とかで、その内テレビで見れるかもねぇ? ちなみにリン君は、小学校の時はどこを守ってたの?」

「僕はサードで5番打ってたなぁ……そう言えば、チームの中には女の子もいたっけ。双子だったんだけど、凄い上手で足が速くて。セカンドとショート守ってたんだけど、凄く息の合ったプレー振りで有名だったんだよ」


 それってドコと、野球のルールがいまいち分かっていない優実ちゃんの反応はともかく。沙耶ちゃんは女の子の知り合いと聞いて、刺すような視線を僕に向けて来る。

 今は全く交流が無いよと、何故か僕は必死の弁解。ここで変に拗ねられては、せっかく機嫌が直った意味が無い。その時のキャプテンとは、未だにメールなどで交流は続いているけど。

 面倒見が良くて、辰南町では一番の友達だったのだ。


 今でもたまに、こっちの街のコンビニなんかでばったり出逢う事もあるけれど。僕がうろつく機会が多いのは、最近はもっぱら大井蒼空町の方だったりするので。

 直接話す機会も減ってしまって、全く寂しい限りではある。今年の夏休みもお互いバイトを持っていて、そんな現状の打開も出来ない有り様だったり。

 何となくしんみり話す僕に、彼女達の反応も両極端。


「それは寂しいねぇ、昔の友達は大事にしなきゃ」

「何言ってんのよ、高校でもっと友達増やす方がいいに決まってるじゃない。自分から積極的に行動しなきゃ、新しい友達の輪は出来ないわよ、凛君!」


 そんなのは個人のペースで良いじゃないと、庇護する発言の優実ちゃん。沙耶ちゃんの言い分も良く分かるが、せっかち過ぎるよと釘を刺すのを忘れない。

 つまりは、昨日の喧嘩の原因を皮肉ってるのだが。それが分かっているので、それ以上は強く言えない様子の沙耶ちゃんだったり。僕にしたってそうで、気まずく視線をそらすしか出来ない有り様である。

 やれやれと、呆れた感じの優実ちゃんのため息が心を揺らす。


 とにかくそんなこんなで、記念すべき夏休みの初日は遊び倒してしまう結果に。前もって立てていた計画は大いに狂ったけど、何より楽しかったし有意義な時間だった。

 一番肝心なのは、沙耶ちゃんと仲直りできた事だ。バス停まで送ろうかと言う僕の誘いを断って、断った本人の優実ちゃんは、笑いながら沙耶ちゃんを突ついて扉外に消えてしまった。

 消える前に幼馴染みに掛けた言葉は、バッチリ僕にも聞こえてしまったけれど。つまりは、ちゃんと謝って仲直りしなさいとの事らしく、それは本人も真摯に受け止めている様子。

 僕的には、うやむやにして貰っても全然構わなかっのだけれど。


 強引に二人きりにされて、僕らはしばし無言のまま。僕としても、何か言葉を掛けるべきだと、忙しなく頭を働かせるのだけれども。何も思いつかないままに、時だけが過ぎて行く。

 相談したい事や、ゲームの予定とかなら幾らでも思い付くのに。例えば図書室で思わず推薦されてしまった、次の生徒会長立候補の事とか。次の合同イン予定だって、確認したって別に悪くは無い。

 ただ、ここでお茶を濁すのは気を回してくれた優美ちゃんにも悪い気がして。


「その……昨日は強引に誘って、勝手に不機嫌になってゴメンなさい……。凛君は凛君で、別に予定あったのにね。優美の言う通り、お節介だったと思う……」

「僕こそゴメン、ちょっと意固地になってたみたい。沙耶ちゃんの気遣いは分かってたんだけど、同級生の輪の中に入る勇気が持てなくて……」


 お互い心の本音を伝えてしまうと、気分は先ほどより幾分か軽くなった感じもする。続いての沈黙も、話し出す前よりは苦にならない気もする。

 沙耶ちゃんの表情も、幾分和らいで笑みも浮かんでいる様子。僕も照れつつ微笑んで、仲直り終了かなとホッと胸を撫で下ろす。沙耶ちゃんが握手を求めて来て、儀式めいた感触と温かな肌の触れ合い。

 そのタイミングで優美ちゃんが、終わったかなとひょこっと顔を覗かせて。


 最後は慌てて距離をとって、じゃあまたねと上擦った声の挨拶など掛けて。不審気な優実ちゃんを、さあ帰るわよと強引に先導する沙耶ちゃん。

 残された僕は、賑やかだった先ほどまでの室内を想いつつ。今の静寂が普段の何倍にも感じられ、妙な寂しさを感じてみたり。彼女達の存在は、パワーそのものだったのかも。

 何にせよ、楽しい夏休み初日だったのには違いなく。


 ――最近の日課のように、彼女達の存在に感謝するのだった。





 次の日は予定通りの寝坊をして、9時過ぎの起床。それでも夏期課題とか父さんの課題とかは順調に消化出来て、満足度は高かったり。気をつけないと、このまま夜型になってしまうけど。

 夏休み2日目は、曜日的には日曜日。父さんも休みを取れたようで、リビングで新聞を読みながら寛いでいる。昨日一緒に夕食に出かけたので、今日の休みも確認済み。

 僕が夏休みに入ったという事で、父さんも少し気を利かせているのかも。一緒にどこかへ出掛けようかと、昨日は夕食を食べながら色々と話し合った結果。

 部屋が寂し過ぎると友達に指摘されたのは、僕も父さんも長らく思っていた事実。引っ越し癖がついていた父さんは、それでも敢えて家具を増やす気は無かったようで。

 しかしこの辰南町も、もう5年目。もう少し家の中を家庭的にしても良いかも。


 そんな簡単な話し合いで、今日は買い物デーに割り当てられる事に決定して。父さんが部下の若い人に車を出して貰うと聞いて、僕はちょっとビックリ。

 若い人と出掛けるのは、今までの父さんのスタイルとは明らかに違う。って言うか、部下の人ってハヤトさんではっ? どうやら前もって誘われてたようで、便乗させて貰うとの事。

 そんな訳で、10時にはマンション前にハヤトさんの車が。乗っているのは、もちろん運転手のハヤトさん。後二人、何故か篠田恵(白い死神)さんと見知らぬ女性が。

 車を降りたハヤトさん、笑顔が完全に引きつっている。


「す、済みません池津室長……買い物なら連れて行けと、ギルドの知り合いにせがまれてしまって。楠瀬さんは知ってますよね、ウチの会社の受付譲ですし。もう一人は、地元の大学に通う学生の篠田さんって娘で」

「あぁ、こちらは完全に便乗させて貰う身だから全然構わないよ。凛もいるから、丁度良いんじゃないかな? 済まないね里山君、わざわざ寄り道させてしまって」

「こちらこそ済みません、僕の車は大型じゃないので。5人乗っちゃうと、ちょっと手狭だけど我慢して貰って……凛君が前の席がいいかな、一番身体が大きいし」

「凛君は、私と後ろに乗るからいい。室長とやらが、助手席に乗れば?」

「何よ恵、あなた室長のご子息と知り合いだったの? 気持ち悪い笑い方しないでよ、恵。この子って、例のライバルギルドの主要キャラでしょ、ハヤトは知ってるの?」


 恵さんは相変わらず無表情で、楠瀬さんとの名前で紹介された女性が見出した笑みと言うのは、僕にはさっぱり分からなかった。がっちり掴まれた、腕の感触は分かったけど。

 一人ヒートアップしている女性は、見たところ派手な感じの美人だった。父さんの通う企業の受付譲は、ミスケさんに言わせれば皆かなり容姿レベルが高いそうだ。

 父さんに対しては、しおらしく挨拶していたのだが。恵さんには姉のような口調。高飛車な感じで、歳上でギルマスの筈のハヤトさんも呼び捨てである。

 恵さんが、あれが業火のエリーゼだと耳元でボソリ。


 僕の驚きは強かったが、それよりその楠瀬さんと父さんの親しげな態度の方が衝撃的。どちらかと言うと楠瀬さんの方が積極的で、今日は一緒に回ろうと口説いているように見えるけど。

 父さんは戸惑いつつも、若い者は若い者同士でと諭す口調なのだが。ハヤトさんは眼中に無い様子の楠瀬さん、何やら燃え上がった様子の押しの強さ。

 アイツは歳上趣味だと、恵さんが再びボソリと呟く。収拾のつかない状況のまま、とにかく出発してしまえと車は動き出すのだが。後ろの席で、僕は早くも披露困憊。

 アウトレットモールには10分あまりで到着。カオスの車内から解放されて、男性陣は思わず安堵したりして。程良い込み具合のモール敷地内、二手に別れようと楠瀬さんは早速提案。

 どうやら楠瀬さん、本気で父さんにアタックする気らしい。


「いや、家具のコーナーは凛と相談しないと。お昼もせっかくだから、みんなで一緒に食べようか」

「そっ、それじゃあせめて、お昼の後はご一緒に回りましょう。せっかくご一緒したんだし!」

「必死みたい、愛里……凛君、未来のお母さんが高飛車でゲーマーなのはアリ?」


 恵さんのボソボソと喋る言葉は、幸い当事者二人には届かなかった様子。何度かのメールのやり取りで、僕らは下の名前で呼び合うようにはなっていたけど。

 その可能性は、本当にあるのだろうか? 悪い女性ではないのだろうが、楠瀬さんのテンションに毎日付き合うのは大変そう。まぁこればかりは、当事者同士で話し合ってもらう他無く。

 僕的には、父さんの再婚話は全然オッケーなのだけど。顔も良く知らない母さんも、多分許してくれるだろう。父さんにしても、仕事ばかりではいい加減息も詰まると言うもの。

 それもやっぱり、当事者同士で結論を出す問題だろう。


 結局は父さんと楠瀬さんの折衷案が通って、お昼ご飯までは行動を共にする事に。それはそれで面白くて、思いがけず良い雰囲気での移動が続く。

 家具売り場では、何となく家庭的な空気が生まれるもので。ここで二人きりにされたら、確かに父さんもやばかったかも。陥落するとは行かないまでも、楠瀬さんの猛攻にあってた可能性が。

 僕らのリビングには、結局ガラス張り仕様の物置き棚を購入。


「凛が昔にスポーツで貰った、トロフィーとか飾るといいんじゃないかな? 確か家には、結構な数あった筈だろう?」

「タンスの奥に仕舞いっ放しだったかも。中学時代のテニスと、リトルリーグ時代のメダルとか」

「へえっ、凛君はスポーツ得意なんだね。僕も何か始めたいけど、きっかけがなかなか無くて」


 テニスならいつでも相手しますよと、ハヤトさんとも会話しつつ。購入してしまった家具に、これで少しはリビングも見栄えが良くなるかもとの思い。

 他にもお洒落な照明とか、ちょっとしたインテリアも購入して。テニスをするならラケットを買わなければと、何故か恵さんも購入意欲に燃えている様子。

 ひょっとして、脳内では一緒に始める気満々なのかも。表情からは窺えないが、テニス用品も1から揃えようと思ったら、結構なお金が掛かってしまう。

 遊び程度ならウェアやテニスシューズは無理に揃える必要は無いけど。ラケットはどうしても必要になってしまう。運動公園にコートはあるけど、確かラケットの貸し出しは無かったような。

 スポーツ用品点では、急に熱心に道具を見始める大人たち。


 父さんまで散歩用のシューズを検討し始めて、午前中に荷物が増える不測の状況に。僕も昔の知識を思い出して、ラケットの選び方をレクチャーしてみたり。

 結局ハヤトさんと恵さんは、揃ってラケットとテニスシューズを購入した模様。今度是非やろうと、何だか後に引けないテニス教室が開催される雰囲気。

 稲沢先生にも声を掛けよう、僕も久々のテニスにはワクワクするものが。


「何だ、結局二人して買い込んじゃったの? 午前中は見るだけにするって言ってた癖に。一旦、車に置きに行ったら、ハヤト?」

「そうするよ、室長のと篠田さんのも預かっておきましょうか。今から昼食にして、オーダー通して置きに行った方がいいかな?」

「その方がいいね、はぐれる危険がなくなるから。混んでないといいけど」


 食堂通りは結構な人混みだったけど、幸い店数の多さで席にあぶれる事は無くて済んだ。適当な店に入って、ハヤトさんが皆の荷物を車に置きに向かう。

 専門店よりは、メニューの豊富な洋食屋さんにしようと決めたお店だったのだが。明るい感じの店内は割とお洒落な装いで、床など板張りで面白い感じがする。

 外食に慣れ過ぎてしまった僕は、ついつい店の雰囲気や接客のこなれ具合を採点してしまうのだけど。このお店はなかなかの点数をあげれそう、後は料理の味次第だ。

 僕は恵さんに、何気なく外食の頻度を聞いてみる。


「今はほとんど学食かな、大学の寮生活だから。たまにハヤトや愛里に奢って貰ったり」

「えっ、じゃあ恵さんファンスカは大学からスタートですか? それじゃ精々4年位のゲーム歴?」

「5年じゃない、恵はレベル上がるの早かったわね。ギルド内の男共が、やたらとチヤホヤと手を貸したりして。一時期ハヤトのコレだって噂が立つし、面白かったわね」


 楠瀬さんが他人事モードで、その頃を思い出して会話に乗って来る。コレと言いつつ、自分の小指を立てた彼女だが、それを見る恵さんの反応はいかにも鈍い。

 二人は付き合っているのかと思ったが、何だかその線は薄そうな予感。両者とも外見はモテそうなのだが、お互いを異性として意識していない感じが漂って来ている。

 ゲーム内のパートナーとしては、結構上手く付き合っていけているのかも。そんな事から白い死神の噂が持ち上がったのか、ハヤトのコピーキャラだとかそんな感じの噂が。

 気は合いそうな二人なのに、残念な事だ。


 ハヤトさんが戻って来て程なく、オーダーされた料理が順次テーブルを賑わせ始める。それからは会話を楽しみながらの昼食。午後はどこを回るのかとの父さんの質問に、僕は服とか台所用品を見て回るつもりだと答える。

 出掛ける前にお小遣いも貰ったし、バイト代の残りも財布には結構入っている。軍資金は充分なので、ここは使い時だろう。食事が終わると、予定通りの組み分けで自由行動に。

 父さんと楠瀬さんのペアは物凄く気になるが、大丈夫なのだろうか。


「大丈夫かな、ちょっと心配だなぁ……楠瀬さんって、普段はどんな人なんですか?」

「高飛車で我が侭で、女王さまタイプ。自分の好きな人は可愛がるけど、気に入らない人には、とことん傲慢になる女性だよ。ハヤトはもう尻に敷かれてるから、アレを止めるのは無理」

「い、いやそんな事は。まだ僕には、指導者としての尊厳とか、リーダーシップ的な何かが滲み出ている筈……」


 ややうろたえつつつのハヤトさんの返答に、恵さんは何か珍しい生き物を見る目線でギルマスを見遣る。僕にしても、伝説のギルドの指導者は、もっと立派で理知的な人物だと思っていた。

 実際は、個性的なギルド員に振り回されて、より人間的ではあるようだけど。男としては、ちょっと情けないかも。そう言えば、伝説のギルド同士で緊張が高まっていると言う噂が。

 薫さんには聞いたけど、何の事かと素っ呆けていたし。


「そう言えば、ハヤトさんのギルドが限定イベントの前準備であたふたしてるって噂を聞いたんですけど。伝説のギルドが復活するから、その争いを前に主要キャラが武者修行してるって。術書や指南書を買い占めたり、修験の塔へ通い詰めたり」

「あぁ、一部正解はあるけど、別に抗争目的でキャラ強化してる訳じゃないよ。学生達が夏休みに入ったから、一部強化合宿を始めた感じかな。限定イベントで名を売るぞって連中も、ギルド内でも割といるのは確かかな? 蒼空ブンブン丸のリーダーが帰国するって噂は、確かに耳にしてるけどね」


 それに対しては、特にアクションは起こしてないと弁明する『アミーゴ☆ゴブリンズ』のリーダー。恵さんをチラッと見るけど、この人の表情は相変わらず分からない。

 区切りの時期には貯め込んだアイテムや資金を分配して、各々のキャラの強化に挑むのがハヤトさんのギルド運営方法らしく。人数が多いと、本当に色々大変そうだ。

 そんな話をしながら、まずは夏の服を見繕う為に洋服屋さんに。


 今度も恵さん、積極的にシャツの類いを手にとって行く。やはりそこは女性、買い物は好きなようで機嫌の良さそうな雰囲気だ。2Lサイズを探すだけでも、僕は逆に大変だったり。

 ハヤトさんも一応、色々と手にとって見ているのだが。そもそも休みの日自体が少ないと言う理由で、あまり私服は必要ないらしい。恵さんの服のご意見番ばかりに、時間を使っている様子。

 傍目から見ると、美男美女で結構お似合いなのだけど。その所はどうなのかと当事者に聞いてみると、全く照れもせずに真顔で否定されてしまった。

 恵さんは、こういう時にも容赦が無い。


「ハヤトは人当たりが良くて、一見すると好青年だけど。実際は八方美人で、性格的に決断力に欠けてばかり。そこそこモテる癖に、長い付き合いの女性がいないのがその証拠」

「い、いやそんな事は。仕事が忙しくて、それでどうしても相手に不満が溜まるパターンが多くてね……だから全部が全部、僕の優柔不断のせいと言う訳では」

「は、はぁ……別にそんなに必死にならなくても。大丈夫ですよ、その内に良い女性が見付かりますよ、きっと」


 何故か僕がフォローする破目に、案外ハヤトさんは打たれ弱いのかも。本人が呆気なく認めた通り、優柔不断の性格は、何となく僕もさっきから見て取れているけど。

 ハヤトさんの周囲の人間模様も、色々と複雑のよう。僕としては温かく見守りつつ、あまり踏み込まないようにしたいと思う。巻き込まれても、絶対良い事はないしね。

 そもそもライバルギルドなのに、何故こんな流れになったのだろう?


 夏のシャツの数点購入に、行動を共にする二人もやっぱりお付き合いしたようだ。その後は恵さんの買い物に付き合ったり、僕の音楽用品店の買い物に付き合って貰ったり。

 真面目に品物を選ぶ横で、チンチンしゃかしゃか騒がしい恵さん。子供たち用に楽器を増やそうと思っているのだが、幼児が簡単に操れる楽器に、何故か彼女も興味津々で。

 楽器は二人とも何も弾けないそうで、僕がピアノの先生みたいな事をしていると言うと、揃って驚き顔になる。多才だねと、褒められてるのか呆れられてるのか良く分からないコメント。

 夏休みにもバイト三昧との話には、働き者だねと言われる始末。


「凛君、若いのに色々やってるんだね。まだ高校一年なのに、ゲーム三昧とは行かないとは哀れなり? ライバルとしては、悲しむべきか喜んでいいのか」

「忙しくなくっても、ゲームばかりやってはいられませんよ。まぁ、合同インとかギルド活動日は、みんなできっちり日を決めてますから心配しないで下さい」

「そうだね、夏休みだからと言って、変にバランスを崩した生活を送るのは確かに良くないよ。まぁ、来週の休みにはテニスの先生をよろしくお願いするよ、凛君」


 それはまぁ、構わないのだけど。ライバルと位置付けられている筈なのに、この親しみ様は何なのだろうか。ゲーム内の事を現実に持ち込まないとは言え、ギルド員並みに仲良くしなくても。

 結局その後も、夕方過ぎまで3人で歩き回って、ショッピングを堪能してしまった。5人が合流した後も、有名なレストランに車で遠出して夕食を食べに行く事に。

 考えてみると、丸一日行動を共にしていた事になってしまったけど。ゲーム内の事情や限定イベントの話は、ほとんど出て来なかったと言う事実に。

 少しだけ、ギルド員への後ろめたさが心中を突き刺すのだった。

 




 領主の館に色々な器具が増えるにつけ、僕らのギルドの戦力とか財産的な価値もウナギ昇りと言えるのだけど。その館の地下に続く通路の発見は、果たして付加価値に繋がるのだろうか。

 僕らも結構、館の飾り付けが楽しくなって来た所。あちこちで噂を拾って、あっちのギルドの館はどんな器具が置いてあるとか、家具や魔法装置が凄いとか。

 バージョンアップでどんなのが増えたとか、最低限これは揃えたいとか。


 開かずの扉は、そんな中でも館の7不思議的な噂にはなっていたのだけど。まさか100年クエスト関連のダンジョンで、そこの鍵を拾えるとは思っていなかった。

 そこを試しに開けてみたのは、鍵を入手した翌日の夜のギルド会合での事。先生もホスタさんも、インはしたけどあまり時間が取れないと言うので。ちょっと中を覗いてみて、好奇心を満たしてみようとの思惑だったのだけれど。

 くすんだ岩と土壁の間は、血の色に見えてかなり不気味な部屋になっていた。拷問器具のようにも見える、針の生えた鉄球が天井から鎖で吊り下げられていて。

 さらに奥に続く扉には、4桁の暗号キーが設置されていて通行不能に。


『今日の活動時間は1時間ちょっと? 眠たくなったら、その前でも平気だから無理しないで言ってね、二人とも?』

『了解、無理はしないけど、今夜は暑くて寝苦しいかも?w この奥でも、館に飾れるアイテム取れるのかな? 私の予想では、意外と広いダンジョンになってると見た!』

『昨日は時間無かったし、そもそも4桁の暗号が分からなかったからね。早速入ってみようか』


 ホスタさんの提案に、僕らもヤル気モードに。薬品や消耗品の補充もバッチリ、隊列を組んで扉を開けてさらに奥を目指す。開いた扉の奥は、すぐに下り階段に。

 4桁の暗証番号で思いついたのは、例のトレーニング施設にカムフラージュされていた壁の数字。あれも同じく、館の地下のダンジョンからの報酬で。試してみると案の定の当たりで、僕らは見事に新たな道筋を見出す事が出来た訳だ。

 湿り気を帯びた暗い通路は、どんどんと地下へと下って行く。


 どの位降りただろうか、階段はやがて1つの部屋に辿り着きはしたのだけど。そこは何やら珍妙な、薄暗くて細長い形状の岩壁作りの部屋になっていて。

 簡素な室内に反比例して、カーソルが指し示すポイントは2箇所ほど存在していた。1つは岩作りの端っこの大壁、もう一つは長い壁側の丁度真ん中にのめり込んでるナニか。

 一同は当然、その前に陣取っての確認作業。


 土壁とほぼ同化しているNPCは、自分で執事だと名乗りを上げた。何かの呪いで今はこんな姿だけど、地下の奥には呪いを解除する品物が置いてあるとの事。

 言われてみれば、確かに執事っぽい服装を着ているこの御仁。奥と言われても、大きな石壁が邪魔をして先に進めない。あの石壁は殴って壊れるらしいけど、一度殴ると動き出す仕掛けが施されているらしい。

 端から端まで移動が終わるまでに、壊し切らないとこちらが石壁に潰されてしまう事に。怖い仕掛けだが、このまま引き下がる訳にも行かない一同。

 散々強化を掛け終わって、力を合わせて削り作業スタート。


『うわっ、凄い防御力!!! 全然ダメージ入らないっ!』

『毒ダメージは入るみたい、スタンも入るのかな? 移動がゆっくりだから、イマイチ分からない』

『貫通撃が、割と凄いダメージ出るかもっ! 魔法のダメージも、かなり微妙かなぁ?』

『ふえぇっ、プーちゃん頑張れっ! 妖精いらないから、ネコに変えておくね?』


 ペットの削りも、ちょびっとだが確実に入っているのは有り難い。ピーちゃんもネコの姿に変化させて、優実ちゃんも《ネコ耳モード》で、とにかく削りスピードを上げての参戦。

 何しろ遠隔攻撃には、ある程度の離れた距離が必要なのだ。壁が勝手に近付いて来るので、その度に後衛陣は位置の微調整など行ったりと大変だ。

 前衛はともかく、足を止めてSPが貯まり次第にスキル技を撃ち込んでの繰り返し。貫通性の高そうな技が良いようで、ダメージの高い技が判明すると後はその技をひたすら撃ちまくる。

 僕の場合は、《ヘキサストライク》が一番ダメージが高いようだ。スタン技は効いているのかいないのか、先生が試してる《シールドバッシュ》も、動きが一瞬止まる気もしてるけど。岩壁が部屋の半分を過ぎて、いよいよ執事が見えなくなる。

 岩壁のHPは、その時点で半分を切ってはいたけれど。


 最後の追い込みをしようとしたその瞬間、後衛陣が悲鳴を上げる。ターゲットとの距離が詰まり過ぎて、遠距離武器の銃が二人とも使えなくなってしまったらしく。

 魔法を使うしかなくなったのだが、MPコスト的に最後まで持つかはかなり微妙。ところが沙耶ちゃんが何気なく使った《マジックブラスト》が物凄いダメージを叩き出す。

 これはいけるかもと、最後の怒涛の追い上げ。


『やった、倒したっ! 唯一の逃げ場所の階段が、壁で見えなくなったからどうしようかと思ったけど、何とか壊せて良かったよっ!』

『ギリギリだったねぇ……あっ、部屋の反対側にまた下り階段だ。どこまで降りる気だろう?』

『ダンジョン仕様なのかな? あまり長いと、時間が気になって嫌だねぇ』


 そんな言葉と共に、どちらにせよ降りてみないと分からない地下の作り。凝った仕掛けが出て来ませんようにと、僕らは列を成して探索を再開して行く。

 今度の突き当たりは、部屋と言うより広めの洞窟内のよう。左の壁面には3つ並んだ暗い通路が、右には木製の吊るし看板と広めの通路が、ようこそ針の里へと不明なPRをしている。

 困惑する一同だが、素直な面々は招かれたら行こうとの意見が多数。


 針の里とは何だろうと、呑気に皆で話し合いながら。特に邪魔な仕掛けも見当たらず、ほんの数分で突き当たりに行き着いた。エリチェン後に見たのは、なるほど里というか集落だ。

 かなり奇天烈な作りの家屋が、寄り添い合って立ち並んでいる。そこを歩き回っているのは、頭と言わず身体中から針を生やしている獣人種族らしいのだが。

 ヤマアラシかハリネズミが元だと思うのだけど、何故か本人達は針千本種族と名乗っている。ハリセンボンは海に泳いでる河豚ではと、ホスタさんはいかにも不思議そう。

 ネーミングの由来に、ケチをつけても仕方が無いけど。


『ヤマアラシって、哺乳類のクセに卵を産む変な種なんだよ。ネズミの仲間だったかなぁ?』

『さすが先生、バクちゃんは物知りだぁっ♪ それで、この里との関連はナニ?』

『この前話した5種族の、裏の種族の1つかも? ネコ獣人みたいな話の流れになるかもね』

『ああっ、それは凄いかも? あそこの連続クエって、確実に金のメダル10枚以上の価値があったもんねw』


 ギルド内ではいつの間にか、この金のメダル10枚という単位の価値観が流通するようになってしまっていて。皆が面白がって使うのだけど、果たして今度はその価値があるのか否か。

 早速手分けして、集落のNPCに話を聞いて回るのだけど。ギルド用の合同クエスト枠に、ポコポコと依頼が入って来ているよう。これは楽しみかも、もちろん報酬の面だけど。

 他にも途中の分かれ道の情報が、集落の獣人から噂として流れて来て。昔の領主が財宝を隠したとか、呪いが蔓延していて執事はその時の被害者だとか。

 総合すると、分かれ道に進むなら気をつけなさいと言う事らしい。


 他にも鉱物とかを売ってるお店もあるようで、それを聞いて僕は足を運んでみるのだけど。素材として見るならば、結構安い物もあって良いかも知れない。

 競売は品薄だと途端に値上がりするし、安定供給とは程遠い。金策にとせっせと掘り出す売り手もいるが、熟練度上げにとそれを買い込む合成師の需要と供給が合う事はまず無いし。

 鉱物はそのまま売ってもインゴットにしても、競売ではポピュラーな金策手段となり得る人気商品だ。武器防具が壊れやすいこのゲームでは、そのサイクルが途切れる事はまず無いのだ。

 他にも安手の武器防具は、街の防衛手段にトレードで渡すのに良く使われる。街の周囲の獣人や蛮族を狩るより、楽に街ごとの名声を上げる事が可能なのだ。

 同化終了した防具など、こんな使われ方になる事も多い。


『リン君、光の水晶球って持ってる? クエストで明かりが欲しいって人がいるんだけど、光の水晶球で代用出来るんだって』

『今は持ってないけど……あぁ、この店に水晶石売ってるから合成出来るかな。沙耶ちゃんに渡す栽培用の栄養剤用の素材で、光の粒子持ってるから』

『ここって、一度退出したら仕掛けは復活するのかな? あの動く壁の仕掛け』

『う~ん、あり得るかも? 分かれ道の先は、迷路になってるらしいね。他のクエはお遣いばっかりで、外でアイテムを入手して来いってのが2つかな?』


 ホスタさんの言う通りで、薬品の合成依頼が1つ、特定の食料が欲しいと言う依頼が1つ。どちらも素材は外から運び込まないと駄目で、今はメモを取っておくしか手段は無い。

 唯一出来る光の水晶球が欲しいと言う依頼を、僕は合成で何とかこなす事に成功。相手は明るくなったと大喜び、お礼に土と闇の粒子をたっぷり貰った。

 属性粒子は全ての属性合成の基本だ。栽培に使う栄養剤とか、範囲攻撃の能力を持つ水晶球とか、様々な属性素材を生み出す基本素材である。

 各属性の原木や鉱石から抽出する事が可能で、競売では人気商品である。


 そうは言うものの、それ程高値のつく商品ではないのも確か。それでも手元にあって邪魔な素材ではないので、大量のプレゼントは素直に嬉しい。

 ギルドに買い取ると報告したら、タダで貰っていいよと全員の返事。そんな事になった時は、僕も下手に口論はしない事に。どうせ冒険の戦利品の分配は、僕の仕事なのだ。

 黙ってその分、後で皆の分配に足せば済む問題。


 合同インはまだ30分程度、分かれ道の方にも行ってみようかとの案も出ているのだけど。ダンジョン仕様になっていたら、予定時間をオーバーするかも。

 それでも行く事になったのは、二人の社会人が行こうと言い出したから。中途半端に今日を終えるのは、どうも精神衛生上良くないらしいとの事で。

 そんな言葉に勢いを得て、ややペースを上げて未開の洞窟の先へと進む事に決めた一行。情報は曖昧で、呪いが待ち構えているとか迷路になっているとか。

 ところが迷路の仕掛けは、プーちゃんがあっさり見破る事に。


『わっ、プーちゃんが右の通路に突進して行っちゃった! 呼び戻した方がいいよね?』

『自己探索のペットスキルの仕業かな? 危険が右の通路にあったのかも』

『どんな危険だろう……ああっ、敵を引き連れて返って来たよ、プーちゃんw』

 

 プーちゃんの引き連れて来た敵は、一見土種族に見えなくも無いモグラ型の獣人。先生が割り込んで、そいつをブロックに掛かる。僕らも慌てて後に続き、短く熾烈な戦闘の遣り取り。

 勝利を収めて思うのは、果たしてダンジョンでこの能力は役に立つのかどうか。今までは敢えて、ダンジョンではこのスキル技を外していた優美ちゃんだったけれど。

 三択のこのダンジョンでは、この迷惑スキル在りか無しか。


 取り敢えずは《指令》込みならアリかもと、先の見えない迷路への対処を模索する一行。このペットスキルのコンボ技で、ある程度仕掛けや敵の有無が分かる筈。

 そんな言葉から、気楽に始まる迷路探索なのだけれど。


 真ん中と左の通路では、プーちゃんの反応はなし。左を選択して、薄暗い通路を進んでみる一行だけど。敵影も嫌な仕掛けも見当たらず、そこはまぁ作戦通りではある。

 抜け出た先は、小さな空間になっていた。端っこに転移用の魔方陣があって、前方には3つの通路が同じように待ち構えている。なるほどこれは迷路だと、思わず納得してしまう僕。

 この三択の通路、一体幾つのパターンに枝分かれするのやら?


 時間も無いし、同じ手を使って先を伺うパーティなのだけれど。案の定、次も同じような広場に出て、ようやくこの迷宮の仕掛けに全員見当がつく事に。

 無限ループ、嫌な言葉だ。


『これって、幾つのパターンがあるの? ひょっとして、正しい道順をどこかで仕入れないと永遠にループするパターンじゃないかしら?』

『そんな気がしますね、端にある魔方陣は多分帰還用だと思われるし。今からでも、選択した道順をメモしておこうかな?』

『色々と噂はあったよね、集落で入手した奴。呪いが蔓延してるとか、昔の領主のお宝が眠ってるとか、呪いの解除薬があるとか……ひょっとして、全部別のルート?』

『う~ん……そうだとしたら、それを全部勘で当てるのは不可能かな。パーティを分けて捜索しても危険なだけだし、新しいヒントが出るまでここは保留かなぁ?』


 パーティでの話し合いは、そんな感じで折り合いは付きそうである。それを証明するために、今夜はもう少し進んでみようという事にもなって。分岐を選択する事10回、出て来るのは見飽きた広場と3つの通路のみ。

 雪之丈の特殊能力は、ここでも効果を発揮して。宝箱が変な場所に設置されていて、迷路に楽しいアクセントを添えてくれている。それ以外は、全く代わり映えの無い進行結果に。

 最後に魔方陣の行き先を試して、今夜は終わる事に。


 無事に出発地点に戻って来れた一同は、取り敢えずホッと肩の荷を降ろしてみたり。新たな獣人の集落と渡りをつけられた事は嬉しいが、解くべき謎も増えてしまった。

 ネコ族の集落の時のように、しばらくは連続クエなどが発生するのだろうか。それをこなすのも楽しいかもと思いつつ、やはり気になるのは迷宮の奥に存在する謎の山。

 焦っても仕方ないが、早く見届けてみたいもの。




 

 ――夏休みの課題が、どうやらまた一つ増えてしまったようだ。




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