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2章♯14 夏休みが始まる!

 いよいよ2章に突入です、2章は丸々夏休みの行事となっています。夏休みと言ったら、学生の一大行事……そりゃあもう、イベントもてんこ盛りなのです。

 放っておいても、あんな事やこんな行事で大忙しの凛君だったり。ゲームの方でも盛り上げなきゃイカンと、期間限定イベントはアレとコレの2本立て。

 挙句の果てには、あの有名人もこっちに乱入してきて……。


 実際『完全版』の方は、1万7千人突破の閲覧数で、ログイン不可で途中破棄のも含めたら、2万~3万以上は確実。こっちは閲覧数がなかなか伸びず、かなり苦労している次第です(笑)。

 2章突入で、追い風が吹くや否や!?







 オフ会は、夏休みが始まる前の試験終了の週の土曜日に行われた。期末試験の終了と夏休みの歓迎会を兼ねているが、一応100年クエストの最初のクリアも祝おうとの事で。

 そんな訳で、いつもの居酒屋さんを昼間、先生に予約して貰ってのオフ会の敢行である。今回は珍しく、部外者は皆無の行事となり。子供がいない分、今回は静かなもの。

 いつもの騒がしいメンバーが来たと、お店側から思われる心配もないと思う。


 それでも浮かれているのは僕ら学生組だけ。稲沢先生と神田さんは、長期で休める当ても無いらしく。尋ねてみたら、お盆休みには数日休暇が取れるそうだけど。

 先生の方は、夏期休暇に入る生徒用にテキストを作らなければと、最近は特に忙しいよう。授業のコマも生徒の休みに反比例して増えるみたいで、その分夜は自由らしいのだけど。

 何故か僕にまでヘルプを訴える稲沢先生。


「塾で使う夏休みの課題テキスト、毎年学校の授業の進行具合を聞き出してから作る事になってるんだけど。今年は授業の進み方が変則的だったらしくて、テキストの量が大変な事になってるのよ。塾のコピー機で使う分を毎回印刷するより、夏期テキスト作っても良いって塾長さんが」

「へえっ、原稿全部出来上がってるの、先生? 師匠の印刷所なら、すぐにでも出来上がりのイメージ教えて貰えるよ。表紙の紙質とか指定出来るし、帰りに一緒に寄ってみようか?」

「リン君、その印刷所でもバイトしてるんだっけ? 私たちも夏休みに、何かバイトしたいねぇ?」

「何か紹介出来るとは思うけど、僕の紹介出来る場所だとねぇ。少なくとも、週に4日以上の入りが条件になっちゃうかな?」

「神田さんの花屋さんとか? それとも、またモールで短期バイトしよっか、沙耶ちゃん?」


 場は一気に、夏休みの予定についての話し合いに。羨ましそうに学生達のはしゃぎ具合を見ていた先生も、テキストの原型を机に出して僕に見せて来る。

 優実ちゃんもつられて、旅行パンフとか宿題セットとか、色んな資料を机にばら撒いて。そんなこんなで、机の上は一気にカオス状態に。それと同時に、料理が運ばれて来る間の悪さ。

 それでも話題の盛り上がり方は、一向に減じる気配は無い。


 週に最低2回はギルド活動をしようとか、ネットでの活動曜日についても一応の取り決めを。ギルド内のお願い順の決定も行って、上位に上がるのはやっぱり神田さんと沙耶ちゃん。

 神田さんのお願いは、引き続き領主の館の飾り付けらしいのだけど。あれから領民が送って来た『強力除草剤』は、どうやら庭園に使って枯れた樹木を取り払えるアイテムらしい。

 しかし使ってみた所、使い方が間違っていますとの指摘しか返って来ず。しかしこのアイテム、何らかの取っ掛かりにはなる筈との推理は出来るのだが。

 神田さんは、この謎解きに数日に渡りもどかしい思いをしているらしい。


「何なんでしょうね、でも名前からして他に使い道も無さそうだし……クエ用のアイテムには間違いないんですか、植物モンスターの弱体アイテムとかじゃなくて?」

「アイテムの背景色からして、クエ用のアイテムだね。何かと混ぜて使うとかなのかなぁ? とにかく今度の活動日にお願いね、100年クエストの情報が入るかも知れないし」

「そうだねぇ、リン君の話では他にも幾つかダンジョンあるんでしょ? 入り口見つけて、夏休み中に頑張って攻略したいよねぇ?」

「結構私達のギルド、世間に注目浴びてるの知ってた? 私の知り合いにも、色々と質問責めにあっちゃった。社会人プレイヤーの間では、100年クエストは凄いステータスらしいねぇ」


 先生がから揚げを摘まみながら、何気ない一言。そうだったのかと、今まで偉業をこなしたと意識していなかった沙耶ちゃんと優実ちゃん。神田さんも、知り合いから質問が凄いと同意見。

 食事をしながら、そんな話を交えつつ。散らかったパンフを何気なく見て回る女性陣。旅行したいよねと、先生と優実ちゃんは何やら夢見心地のトリップ模様。

 お盆休みにも実家には戻る気なしの先生だが、骨休めはしたい様子だ。


 そこら辺は女性の琴線、僕には良く分からない思考回路が働いているのだろう。僕には特に、旅行やお出掛けに対しての憧れとかときめきなどは無いのだけど。

 沙耶ちゃんはどちらかと言うと、宿題の量に震撼しているみたいだ。僕をチラッと見て、勉強会をしようかと提案して来るのだけど。僕も宿題はさっさと片付けるタイプ、否はない。

 目標は、7月いっぱいで全て終わらせる事。


 そんな感じで、夏休みの予定やら何やらを話し合いつつの食事会は続き。優実ちゃんは、やたらと脳内ハッピーパルスを飛ばしての、遊び倒すぞとの意気込んだ口調。

 お盆休みには、年長組も交えて何か企画を立てようと提案は出るのだけど。具体的な案は何も示されず、無論一泊を含んでの旅行などは出来る訳も無いので。

 そこら辺は学生らしく、近場で盛り上がるしかない。


 先生はさっきのテキスト作りで、学生分だと3種90冊程度しか発注出来ないのだけどと申し訳なさそう。小さな印刷所だから、そんな発注でも全然オーケーだと僕は請け合うのだけど。

 食事が終わって、そろそろ解散する時間になって。先生と僕は師匠の印刷所に、発注のお願いに出向く事に。ここからだと歩いても10分くらいだと言うと、何と全員ついて来るという事態に。

 バイトは何が良いかなと、途中の会話はそんな呑気なテーマ。大学でも募集しているみたいだとか、家事を手伝ってお小遣いを貰えばとか、先生は至って真面目な回答振り。

 確かに、優実ちゃんにはそのレベルで丁度良いかも。


 師匠の印刷所は、全員に目新しく映ったようで。2階の編集室に入る前に、皆で機械を見学したり周囲の田舎の景色を堪能したり。セミの鳴き声は、ここでは既にうるさい程だ。

 先生の発注要望は、すぐにビジネス的なお話に。紙質とかサイズとか、表紙はどんな感じにするかとか。僕が先生の絵は愛嬌があると口添えすると、先生もその気になって。

 明後日までに描いて来ますと、もう商談もまとまった感じだ。


「さすが我が社の優秀な社員だね、凛君。夏休み前は大事な掻き入れ時だから。よろしければ他の先生にも、宣伝お願いしますよ、稲沢先生」

「えっ、リン君って社員だったの? 高校生は、世をしのぶ仮の姿?」

「そんな訳無いでしょ、優実のおバカ。でも印刷所って面白いかも……そうだっ、ここの仕事って自由課題のテーマにピッタリじゃない、どうかなリン君?」

「ああっ、それは良いかもね、ここは編集とか出版作業もしてるから。本当の社員の人も、インテリで社会の在り様に物申したい人が結構多いし。師匠の話だけでも、面白いと思うな」


 何の事か良く分かっていない師匠に、僕は高校の1学期最後の自由課題について説明する。沙耶ちゃんは早くも、班のみんなに行く場所決まったとメールで報告してるけど。

 是非に取材をお願いしますと、師匠をヨイショするのも忘れてはいない女性陣。学校の課題ならば仕方がないと、師匠も何とかオーケーを出してくれたけど。

 何となく冴えない表情なのは、奥さんの臨月が近付いて来ているせいらしい。予定ではまだ1ヶ月あるらしいのだけど、お腹の丸みは順調過ぎると定期検診で言われたらしく。

 いざと言う時には家をよろしくと、僕も神経質な程師匠には言われている。


 ついでに奥さんと魁南にも会って行ってと、師匠の勧めで話は変な方向へ。それじゃあお茶を頂こうと、呑気な集団はそのまま隣の建物に移動する事に。

 それにしても、簡単に自由課題のテーマが決まってしまったけど。出版関係を就職先にと憧れる人が、班の中に果たして何人いるのかは疑問なところ。

 それでも出版物を作り出すこの空間は、僕にとっては大切な場所には違いなく。同級生達に、変な感じに否定されないだろうかと、少々心配になってしまうけど。

 今いるメンバーは、そんな気遣いはまるで無用で何よりだ。今も楽しそうに、窓から見える景色が素敵だとか、セミやカエルの鳴き声について議論を交わしている。

 贅沢なBGMと、気の安らぐ仲間達に囲まれて。


 ――夏の到来は、もう寸前まで感じられる程。




 ネット接続してのギルド間の話題も、どうしても自由課題の事になってしまうのは避けられない。作成班の実に4割が名乗りを上げたのは、何とケーブル会社の見学案だったらしい。

 要するに、ファンスカ製作スタジオ訪問をしたいと、プレイヤーの大半が思っていた訳だ。見学許可は毎年出ていないとの回答は、当然今年も同じだったらしく。

 無難に大半の班が、大学の授業とか敷地見学のレポートに変更したとの事。その為に大学は、夏期休暇に入っているのに特別講座を設けてくれるとか。名物教授の講義は、僕も少しだけ興味があったのだけど。

 僕らはもっと現実的で、真面目な案を実践した訳だ。


 そんな事より、試験期間が味方して迷惑を掛けずに成長した僕のキャラのリン。還元の札やら《同調》の効果のお陰で、何とか細剣スキルも85を超えてくれた。7月のランキング戦までには、自然と90近くにはなっている筈。

 熟練度も上げたいし、寄生ペットのレベルも上げたい。この時間、先生とホスタさんは都合が悪いそうで不在である。放課後の合同インも、今日が夏休み前最後になるだろう。

 キャラ達が何となく集まったのは、中央塔の案内ホール。


「最近貯まったミッションポイントで、僕もペット専用の首輪貰っちゃった。コレいいね、僕のペットは僕のキャラにも影響及ぼすスキル持ってるから、かなり有利だなぁ」

「へえ、そうなのか……勝手に動き回らないのがいいよね、リン君のペット。私の雪之丈は、いつまでたっても戦闘中に事故に遭う確率が減らないよ」

「プーちゃんのレベル、100超えたかなぁ? そうだ、久し振りにみんなで確かめに行こうか?」


 確かに全員が中央塔に集まっていて、すぐ近くに占い屋が存在するのが分かっているので。それは良い案だと、珍しく優実ちゃんの意見に従う僕ら。

 僕も、ひょんな事からペット持ちの身となって。どうしても気になる『ホリーナイト』の成長度。あれから散々考えて、ようやく名前を付けてあげた僕の相棒。

 あんまり気障にならないようにと、色々と考えての命名だけど。最近入手した属性武器の細剣が光と闇属性なので、そこからイマジネーションを拝借した次第である。

 それはともかく、ペットに合わせて僕のギルド仲間の紹介などを。


 ウチのギルドの召喚ジョブの第一人者の優実ちゃんは、キャラのレベルはようやく103になった所。まだまだ折り返しのレベルだが、ギルド内では回復役として不動の地位を築いている。

 光種族で、比較的遅くから伸ばし始めた遠隔武器の銃使い。銃のスキルはようやく60を超えた感じで、削りの面では大物相手にはまだまだ頼りない。

 本人もそれを気にしていて、最近は新しい武器が欲しいと良くこぼしている。何しろ幼馴染の相方の沙耶ちゃんも、同じく召喚ジョブで銃使いなのだ。

 ただし、ペットのプーちゃんのレベルは90越えで大したモノ。召喚系の新獲得スキルには、なかなか欲しいのが出ないと不満そうな優実ちゃんだけど。

 沙耶ちゃんが持っている《成長体感》は、そんな有利なスキルでは無いのだが。


 その優実ちゃんと所有武器とジョブの同じ、ギルマスの沙耶ちゃんは。後衛向きの氷種族で、攻撃用の魔法を結構所有していて、パーティ内では後衛アタッカー的な存在である。

 銃のスキルも優実ちゃんより高い100、キャラレベルも105とちょっと高い。ただし、ペットの雪之丈のレベルは56だと言い渡された様子。まだまだ弱い、困ったちゃんである。

 そんな彼女の悩みは、何と言ってもかなり前に出た魔銃がスキル不足で装備出来ない事。かなりの攻撃力なのだが、ぼうっとしていると優実ちゃんに取られる事態になるやも。

 幼馴染のおねだり攻撃に、割とそんな顛末になる場合も多いのだ。


 さて、僕のキャラについてはどうでも良い。月末のランキング戦などで、また触れる機会もあるだろうしね。ようやく140を越えて、新しい種族スキルも取得したけど。

 《加速》と言う、ステップに切れが出る補正スキルらしい。これからの戦いにも、これで少しは張りが出ると言うモノ。戦闘用のスキルが出て、かなりラッキーだったと思う。

 ちなみに僕のペットのホリーナイト、まだまだ35レベルだとの事。


「リン君のペット、呼び出すとリン君の体力が減っちゃうみたいに見えるねぇ。何か吸われてるみたいで、ちょっと怖い?」

「そうだね、呼び出している間しか体力アップの恩恵受けられないからね。まぁ、戦闘中に呼び出す場合は、闇系の吸収魔法2つあるから問題ないかな?」

「リン君にも、優実の種族スキルのオート回復とかあれば良かったのにね。光種族はステータスは平凡だけど、種族スキルは羨ましいの結構あるわよねぇ」


 そう言われればそうかも知れない。《魔法耐性アップ》とか《斬撃耐性》とか、防御系の補正スキルも結構多いし。何より《スロット枠増》とか《ステータス増》とか、独特のスキルが羨ましい。

 沙耶ちゃんの氷種族の種族スキルは、やっぱり魔法に関するものが多い。《MP量アップ》とか《魔法攻撃力アップ》とか、《魔法防御威力アップ》とかがその代表だ。

 変り種には《突攻撃耐性》とか《集団察知》などのスキルを覚えているみたい。突攻撃とは槍や矢弾、短剣などの尖った武器での攻撃の総称。《集団察知》はマップ能力で、集団で集まっている敵や味方の位置を把握する事が可能なスキルである。

 そんな事を話していると、不意にこの間知り合った白い死神を思い出した。


 そう言えば彼女も光種族だった。キャラを見せて貰った感想は、防御力も抜かりの無い一級のアタッカー。彼女も大学の試験期間で、その間はネット接続をしていなかっただろうけど。

 他のメンバーは違うかも知れない、僕らが休止している間に差が開いていないと良いけど。100年クエストは難しいと、その舵を取る本人が口にしていたのだが。

 取り敢えず、今日やる事は全く違うことになりそう。


 中央塔の受け付けホールに戻ったパーティは、しばし何をするかを話し合っていたのだけど。ギルドメンバーが揃っていないので、100年クエスト関係は手は付けられないし。

 領主の館には、ホスタさんが不在でも一応行ける様にはなっているのだ。中央塔で、バッヂに特別な加工をして貰った結果、領主の知り合いとの認識を得る事が出来た結果だ。

 だからその気になれば、100年クエストの手掛かりを求めて探索をする事も出来る。領主関係のクエストも、一応僕らもチェック可能になっているようだし。

 まぁ気分の問題だ、100年クエストは全員で挑むと言う。


「むむっ、クエ依頼ってこんな感じになってるのかっ! 星人の集落から依頼が1個来てるよっ、沙耶ちゃんっ!」

「えっ、本当? あっ、私のは樹海の集落からだ! 名指しでクエ受けるのって、何だか光栄だねぇ……これって、報酬はナニ?」

「ミッションポイント貰えるよ、後は普通にギルとかアイテムかな? 100レベル突破すると、少人数のパーティは依頼クエ中心になっちゃうみたいだね。少人数だとNM倒すの大変だから、ハンターポイントは集めにくいんだよねぇ」


 なるほど確かにと、納得した感じの二人だったけど。優実ちゃんは既に依頼を受ける気満々で、星人の集落に飛ぶためにワープ魔方陣にダッシュしている。

 有無を言わさぬ行動振りだが、そこはまぁ仕方がない。メルの我が侭と同じだ、怒るだけ無駄と言うか、付き合ってあげるのがオトナの対応と言うか。

 二人が受け付けで発見したのは、少人数で遊ぶ冒険者の間で流行っている、ミッションP稼ぎクエである。レベルが100を越えると、親しくなった街や集落からこんな感じでクエ依頼が中央塔に寄せられるのだ。

 それをこなして、中央塔からミッションPを貰ったり、依頼主からアイテムを貰ったり。暇な冒険者を放っておかないと言う、ゲーム世界の作り出したシステム的なナニか。

 随分前から、機能しているサイクルである。


「あっ、そうだリン君。この前貰った種から取れた、エーテル火薬っての渡しておくね。コレ、種も取れたから、価値が高かったら量産も出来ると思うよ。後は、豆蔓の種ってのは栽培不可だったみたい、返しておくね」

「あっ、うん……クエアイテムだから、やっぱり栽培用の鉢じゃ無理なのか。でも、何となく育ててどうにかするんじゃないかって思うんだけどなぁ」

「それって、この前の鳥とか竜とか出て来た、大戦闘の時の入手品でしょ? そこの場所で使うんじゃないの?」

「あの戦場には、行こうと思ってももう行けないと思う。もうちょっと待てば、またクエが発生する可能性はあるけどね」


 それで、また新しい手掛かりが貰えるのかも知れない。今の所、アイテムと情報が一番集まっているのは領主関係なのだろう。妖精は相変わらず当てにならないし、情報の落ちていそうな尽藻エリアを歩き回るのも、僕らのレベル的にはかなりの負担である。

 ちなみに、試験期間中に妖精と同じカバンに食料を入れて放っておいたら。いつの間にか無くなっていて、どうやら妖精に食べられてしまったらしい。2週間も放っておいたので、腹ペコだったのだろう。

 全く変な奴だ、憎む程ではないけど。


 食料系のアイテムは、30分とか単位で短期間のステータスアップに役立つ。大物相手とかレベル上げに、冒険者は前もって少しでも有利に戦おうとするので。

 いつの間にか使うのが当然になって、今では消耗系の薬品と同列で必須アイテムになっている。後衛魔法使いはMPや魔力系が上昇する系統を、前衛は攻撃力やHPを上げるのだ。

 他にも防御力とか耐性アップとか、種類は色々と存在する。


 僕も一応合成で作れるけど、材料を集めて回るのが大変なので手掛けていない。食料系のレシピは、結構素材を多く使うのが多いのだ。《料理師》とか《パティシエ》とか、余分なスキルもセットしないといけなくなるし。

 このスキルは、割と初期に出た覚えがあるが、熟練度を上げるのに使ったのみである。競売では割と儲けが出たので、その点は有り難かったけど。

 装備品や建築関係の方が、利益の幅が違うと言う事もあって。あっさりお蔵入りしたスキルの代表でもあったりして。そう言う、ちょっと悲しい経歴のレシピ群である。

 そんな理由で、今でも食料系は競売で購入している。ダース単位で、いつも使っている食料を買い貯めておいたのだけど。それを妖精は、奇麗さっぱり食い散らかしてくれていた。

 チビのくせに、かなり食いしん坊な奴だ。


 そんな事を考えている内に、街間ワープであっという間に星人の集落に到着。ここでは暇な時間に、ちょくちょく訪れてクエをこなしていたらしい優実ちゃん。

 どこに何があるか、全て把握済みらしい。真っ直ぐに、ミッションでお世話になったというか、お世話してあげた王子様の下へ。集落の奥の、落ち着いた雰囲気の場所である。

 ところが王子は、はしゃぐばかりでクエの話はして来ない。色々と話して回ってようやく判明した依頼主は、どうやらその王子の世話役だったよう。

 外見は髭もじゃペットにしか見えないそいつは、遺跡に入っての探し物を依頼して来る。


「うわっ、タダで遺跡に入らせてくれるって! えっと、探すのは王子様の誕生日のプレゼントだってさ。遺跡の深い場所に潜って、探して来いって言われたっ」

「余ってるチケット使う許可、一応先生たちに貰ってたけど。浮いてラッキーかな、そう言えばこっちからも入り口あるんだったね」

「3人だけど、攻略に問題ないよね? 薬品も銃弾もあるし、入ろうかっ! 今日は新しく覚えた魔法が炸裂するよっ!」


 格好良くて性能のいい銃が出ないかなと、入る前からテンションの高い優実ちゃん。この近辺の遺跡や塔で、結構な入手率なのでその願いも叶う確率は高いかも。

 一方の沙耶ちゃんは、試験期間中に防具の同化が終了して、新たに氷スキル+装備を交換したらしく。その結果、新魔法の取得に至ってこちらもテンションは高めである。

 そんな節目には、誰もが嬉しく感じてしまうのは当然だ。


 とにかく久々の合同インに、活気付いて遺跡に飛び込むパーティ。最初はいつもの異星人や機械タイプの敵相手に、マップを確認しつつの移動となって。

 沙耶ちゃんの新魔法の《コールドウェーブ》は、ダメージと共に麻痺を与える能力を持っているらしく。氷スキルが100越えの威力も相まって、麻痺の確率も結構高い。

 戦闘開始時には欠かせない、使い勝手の良い弱体魔法になるかも。これも最近覚えた、氷の補正スキルの《MP回復》が後衛要員の彼女の底上げをしている感じだ。

 薬品の節約になると、沙耶ちゃんは大喜びだ。


 戦術的にも、敵の攻撃のリズムが崩れるのはとても有り難い。このパーティ編成では、当然の如く盾役は僕になる。《ビースト☆ステップ》まかせで、殴りまくる僕の盾スタイルには。

 程よく麻痺での攻撃キャンセルが味方してくれて、とっても感謝である。


「ああっ、また敵の後ろに回り込んだっ! リン君、何でじっとしててくれないのっ!」

「ゴメン、スキル技まかせのステップ防御だから。そんなに殴られてないから、まだまだ回復貰わなくて平気だよ」

「後衛的には、味方が殴ってる姿を見てて安心したいんだけどな。まぁ、手間が掛からないのが一番なのかなぁ?」


 沙耶ちゃんのフォローも、後衛をやった事の無い僕には良く分からない理屈。それはともかく、パーティ的には良い魔法を手に入れたと思わず笑みがこぼれてしまう。

 3人編成の不利も特に無く、逆に経験値の入りも美味しく感じつつ。突入して1時間が過ぎる頃には、マップ的にかなり奥深くまで進んでいる模様である。

 宝箱の数は、今回も結構多かったのだけど。残念ながら、手に入るのはポーションや安い素材がほとんど。目的であるプレゼント的な品物も見当たらず、気がつけばかなり遺跡の奥まで入り込んでいた。

 遺跡タイプのダンジョンは、時間制限が無い代わりに長く居座るとペナルティが発生する。具体的には、強力な敵が解放されたり、嫌な仕掛けが発動したり。

 1時間半が過ぎる頃、ちょっと不気味なBGMが漂い始めて来て。


 僕らも焦って、出口らしき場所を探すのだけど。相変わらずマップをかく乱する仕掛けのせいで、向かっている方向が途中で分からなくなっている始末。

 現在フロアを示す、壁に書かれたアルファベットは深くなって来ているのだけど。入る前に訊いた情報で、確かにここら辺に目的の品物がある筈との推測が。

 しかし見つけたのは、船内のような通路を、這いながらやって来る巨大な粘体型の敵。


「わっ、でっかいナメクジみたいなのがこっちに来るよっ! 完全に私たちを目指してる感じだ」

「う~ん、怪しい部屋を見つけたのに、合鍵じゃ開かないや。どこかで鍵を見逃したか、別の仕掛けで開くのかなぁ?」

「取り敢えず、コイツを倒してから考えて、リン君。行けっ、雪之丈!」


 考えるのは完全に僕の役目らしい。先に突っ込んだペット達を死なせない為に、僕も慌てて後に続く。中距離から《ヘキサストライク》を打ち込んで、タゲを取るいつものパターンに。

 その効きの悪さに、僕は不審感を覚えてしまう。殴りかかってみて、さらにその疑惑は拡がってしまう。ダメージがいつもの半分、この敵の特性なのか魔法が掛かっているのか。

 後衛陣も、銃弾の効きが悪い事にすぐに気付いた様子。文句を並べ立てながら、交代で魔法攻撃に切り替えるのは冒険者として成長した証だろうか。

 僕も詠唱の短い魔法を打ち込んで、何とかタゲを持っていかれないように必死。

 

 それでも属性武器の複合スキル技に限っては、いつも以上にダメージが通る気が。それから《ダークタッチ》のMPダメージが面白い。沙耶ちゃんも、調子に乗って《魔女の接吻》でMPを吸いに掛かると。

 不思議な事に、ダメージカット率が徐々に減少して来る顛末。最後になると、通常ダメージが通るように。結果的にこのMP攻撃が、こちらの被害を最小に抑える事となって良かった。

 何しろコイツの特殊技、酸のブレスは装備の防御力にダメージを与える仕様で。


「うわっ、2つも防具が欠けちゃった……気が滅入るなぁ、同化中の部位じゃないだけマシかなぁ」

「前衛は、毎度大変だねぇ? オヤツ上げるから元気出して?」

「それって、リン君がお金出して買った奴じゃん、優実……あれっ、この敵の落としたカードって、通行証だって」


 言われてみればその通り。自分の欠けた防具しか見てなかったので、うっかり見過ごしていた。そのアイテムが、怪しいと思っていた扉を開ける鍵だった様子で。

 ようやく確定した、最後の大部屋への通路。大部屋は半円形で、左右に4つずつ小さな扉が並んでいる。入った正面には大きな扉、これは遺跡の出口らしいのだが。

 依頼の品をまだゲットしていない、多分この部屋のどこかにあると思うのだけど。と言うかあって欲しい、ここから逆戻りなど冗談ではないとの気持ちの方が大きかったり。

 しかしこの扉の列、特に変わり映えが無いような。


 話し合ってみた結果、私が開けるよと優実ちゃん。だからどれを開けるか話し合っていたのだと、沙耶ちゃんは呆れた表情。手掛かりが見当たらず、並び順位しかヒントが無いのだけど。

 優実ちゃんが勝手に開けたのは、右側の一番手前の扉だった。何となく身構えて待つと、反対側の手前の扉もバンと開いて。両側から同時に出て来たガード型ロボ。

 案の定の挟み込まれての戦闘に、かなり苦戦しつつ何とか片付けてみると。


 開いた方の扉の奥に、宝箱が1つ確認出来た。敵が開けた方は空っぽで、これは果たして当たりか外れのパターンか判然としないけど。宝箱の中には遺跡の地図が1枚。

 どうやらもっと深い層の地図らしいけど、使い方が良く分からない。時間もそろそろ、2時間になろうという感じで。あまり長居をし過ぎると、怖いペナルティが待っている。

 次も優実ちゃんが、気の向くままに扉をチョイス。敵が出てくると刷り込みの完了している僕らの前に、次なる敵が姿を現す。さっきより大きな、砲身持ちのロボのようだ。

 後衛の攻撃に一定間隔で反撃する大砲撃ちに、沙耶ちゃん達も大慌て。


「痛かった、体力無いから攻撃浴びると辛いのにっ……早く防御魔法欲しいよっ!」

「頑張って水スキル伸ばしてるのにねぇ、なかなか出ないねぇ。いっその事、氷スキル伸ばしたらどうよ、優実?」

「メルはこの前、2つ目の防御魔法出たって自慢してたねぇ。大波が立ち上がって、ブロックしてくれる魔法らしいけど。出るスキルは運だから、仕方ないのかなぁ?」


 運が無いみたいな言い方だけど、実際はそうでも無いと僕は思う。それは次の宝箱を開けた時に痛感したと言うか。優実ちゃんが口にしていた、威力が強くて新しい銃。

 いきなりポロッと言う感じで出て、画面の前では狂喜乱舞が始まってしまう。沙耶ちゃんも一緒に喜んでいて、それはまぁ自分の魔銃所持の資格が確定したからかも。

 出て来た銃は、かなりの変わった性能の様子。何故か2丁拳銃で、ツインピースと名前が付いていた。レアな武器には違いなく、装備条件もかなり高いよう。

 火薬スキル120と、光と雷スキルが20ずつ必要のようだ。光スキルは問題ない、雷スキルもスキル+装備を使いまくれば伸ばせるので何とかなるだろう。

 圧倒的に足りないのは、火薬スキルの数値。


 はしゃぎ回った結果、ようやくその事に気付いた優実ちゃん。何しろ自分のスキルの低さは、かなり前から自覚しているのだ。120-64で、実に56も足りない勘定。

 この事実に、明らかにがっかりな様子の優実ちゃん。まぁでも、それは当然と言える結末かも。そもそも強力な武器と言うのは、何らかの条件が附加される事が多いのだから。

 ベテラン冒険者しか入手できないイメージが強いが、どっこいこれも運次第なのだ。強力なNMを倒すと稀に落とすようだが、その次にはやはり難易度の高い塔か遺跡攻略が必須となる。

 それもまぁ、自分の使用武器が出て来るかは運次第だけど。


「ううっ、酷過ぎる……せっかく楽しそうな銃が入手出来たのに! これじゃあ当分、装備なんて出来ないよっ!」

「ちょっと無理だねぇ……そう言えば、領主の館にトレーニング室ってのがあるんだけど。そこにトレーニング装置を備え付ければ、週に数人は修練出切るらしいね。そういう装置使えば、ボーナス的に武器スキルを伸ばす事が出来るかも。機械らしいから、ここの遺跡でも出る可能性があるとは思うんだけどなぁ」

「へえっ、そんな装置があるんだ。ってか、そろそろこの遺跡出ないと不味くない?」


 沙耶ちゃんが正気に戻ったように、そう口にしてくれて幸いだった。ってか、僕的にも普通に武器スキルは伸ばしたい。何しろ、スキル不足で装備出来ない細剣を僕も持ってるし。

 そんな思考の中、我に返ったように残りの扉を開けて回る僕らだったけど。結局2時間を越えてしまった罰なのか、部屋に毒がばら撒かれる事態に陥ってしまって。

 キャーキャーと騒ぎまくりながらの戦闘&宝箱開けを敢行。結局全部の扉を開いて、宝箱の回収は合計で4個。その中身の1つに、ようやく目的のプレゼント用品が。

 その名もアヒルの玩具、パーティ内に白けた空気が流れる。


 その後は早く遺跡を出ようとの意見で一致。クリアボーナスに、経験値とミッションPがちょっとずつ入って来て。戻って来た星人の集落で、世話役にその品物をトレードする。

 その途端に始まる、訳の分からない動画イベント。どうやら王子様の誕生会の様子らしいのだけど。アヒルの玩具を貰って、大喜びの王子様がアップで映って。

 やっぱり白けた雰囲気で、それを眺める僕ら。


 ところが、その報酬にと世話役さんから貰った機械に一同騒然。何らかの大型の設置器具のようで、さっき話していたトレーニング器具ではないかとの期待が高まるのだが。

 よくよく見たら『スキル収束装置』と言うらしく、やっぱり部屋に設置して使うタイプの機械のようではあるのだが。部屋数の多い館に設置すれば、ギルドのみんなで使えるようだ。

 使用制限は一人週に2回までで、人数制限は10人らしい。


 これで何をするのかと言えば、使っていないスキル技や魔法を完全に封じてしまうらしい。機械に封じたスキルや魔法を取り込んで、その分スキルポイントがちょっとだけ戻る仕組みのようだ。

 詳しい仕組みは、実際に使ってみないと何とも言えないけれど。スキルポイントが手に入るかもと聞いて、優実ちゃんは早速試してみたいと催促し切り。

 仕方なく、主のいない館に入り込んでの設置作業。


 館の中には、そう言った遊具器材とか装置の類いを、並べて設置するスペースがあらかじめ存在する。許可無く設置しても、恐らくホスタさんは何も言わないだろうけど。

 廃墟となって久しい建物に、無断で入り込んでおイタをするような罪悪感。恐らくだが、装置は一度作動させても取り外し可能だろうとの根拠を糧に。

 取り敢えず設置しちゃえと、やんちゃな言葉が多数後押し。


 設置してみると、その装置の見た目も良く分かるようになったけど。ファンキーなゲーム機か、はたまたキャッシュコーナーの振込み機のような外見である。

 どう使うのと、ひたすら僕に質問して来る優実ちゃん。沙耶ちゃんも興味深そうではあるが、余分なスキルってあったっけと、そこは隣の幼馴染よりは冷静である。

 僕は促されるままに、素早く使用方法をチェック。まず分かったのは、この装置の使用制限は10人分だと言う事。装置自体はスキル預け器のようで、預けた分だけポイントが貰えるよう。

 具体的には、魔法スキルで2P、武器や盾スキルで3P、ジョブスキルで4P払い戻されるらしい。1つの装置で10人分の預け口座を作成可能で、週に2つ預けたり出したりが可能との事。

 そう、この装置は預けたポイント分を払えば、引き出しも可能なのだ。


「あれっ、これ……種族スキルも可能だって。あと、複合スキル技も高ポイントと交換だって。僕の短剣スキル、もう使わないから丁度いいかも?」

「ふあっ、高ポイント欲しいっ……! 種族ポイントでライトステップってのあるけど、後衛にはいらないよねっ? あと、遠視って遠くの敵を察知するマップ系のスキルもいらないやっ!」

「思いっきりいいわね、優実。私は勿体無いから、ちょっと種族スキルは預けられないわっ……あれっ、これってジョブスキルを預けて交換来るの、ハンターポイントじゃなくてスキルポイント?」

「そうみたいだねぇ、ちょっと変だけど別に深く考えなくても。わっ、複合スキル技封印したら5ポイントも貰えちゃった!」


 種族スキルも同じく5Pだったらしい。合計10Pをせしめて、これで足りない数値は……まだまだたくさん(笑)。それでもちょっと嬉しそうな優実ちゃん、アイテム欄から銃を眺めてニンマリ。

 殺風景だった館の室内も、この装置があるだけで随分印象が変わる物だ。なるほど、確かにホスタさんの希望も分かる。せっかくの広い館、もう少し彩りが欲しい所。

 僕ら学生組は、もう明日から学校に通わなくても平気になっている。あると言えば自由課題をこなして、それを夏休み明けにレポート提出&学内で発表会などを行う位らしい。

 終業式もあることはあるが、夏休みの課題もほとんど貰っているし全校集会で先生の小言を聞く位である。生徒会長の椎名先輩も、一応見せ場はあるみたいだけど。

 その事を口にすると、沙耶ちゃんはやっぱりムッとした表情に。


「玲の奴、夏休みの限定イベントで、また競争するかって持ち掛けて来てさ。全く懲りてないから、また泣きっ面にしてやるって言ってやったよ!」

「仲良くすればいいのにぃ、宿題とか教えて貰ったりさ? 私たち、玲ちゃんに良く奢って貰ってるじゃん」

「そうなんだ、ところでもう限定イベントの内容発表されたの?」


 それはまだらしく、ただ今回は2種類単発的なのが用意されているとの事。タイトルは『納涼肝試し』と『フラッグファイト』の2本立て。お楽しみ的なイベントと、競技タイプの2組らしいのだが。

 タイトル以外はまだ発表されておらず、何やらちょっと不気味だけど。そんなに長期的な催しでもないみたいで、お盆前には両方終わってしまうかもとの話だったり。

 沙耶ちゃんが専用イベント告知欄を開いて、そんなミニ情報を読み上げて行く。そんな話を聞きながら、もうすぐ夏休みだという実感が僕の中にもちょっとずつ湧いて来て。

 リビングから見える外の景色は、強い日差しに影が浮き上がっている。


 確かにもう夏だ、最近は自転車での登下校で、かなり汗だくになってしまうし。沙耶ちゃん達の部屋着も、かなり薄着模様。側にいると刺激的で、目のやり場に困ってしまう。

 高台にある公園から、気の早いセミの鳴き声が聞こえて来る。それは聞くものの気持ちを、どこか感傷的にさせる潔さを持っていると思う。夏の風物詩というより、短い一生を懸命に過ごす根源的なパワーみたいなものを伝えて来るような。

 僕らはまだ若くて無邪気だと、世間から見たら言われる存在だけど。そんな学生でいられる期間は短く、気がつけばあっという間に過ぎている。ミスケさんなど、学生はいいよなといつも羨ましげだけれど。

 そんな時期も、気がつけばいつの間にか過ぎて行くのだ。

 

 隣で騒いでいる同級生の女の子たちに、何となく僕は束の間感謝した。僕のそんな感傷を吹き飛ばす、彼女達は間違いなくそんなパワーを秘めている。

 そして同じ時を過ごしてくれる、その事に最大の感謝を――


 

 

 次の日は、朝から学校の教室に集合。もう通う必要は無いのだけど、集まって夏期課題を一緒にしようとの話が班内から出て。自由課題にしても、発表会もあるとの事で。

 編集とか構成とか、レポートを奇麗に仕上げないと後がキツイらしい。先輩のアドバイスを優実ちゃんが仕入れて来たらしく、なるほど確かにと班のメンバー達も納得した様子。

 大半の班が無難に大学の授業やキャンパス模様をレポートする中、僕らはちょっと変り種を選択した訳で。僕にしてみれば、実は師匠の印刷所の宣伝をしたいという想いも。夏には文化会館で、大古書市も開かれる事だし。

 本に親しむと言う生活スタイルの浸透を、僕らは本気で考えているのだ。


 昼までの4時間分の授業時間は、雑事に追われて何故かあっという間に過ぎて行った。他にも真面目に取り組む数班が、やっぱり教室に陣取っていたりして。

 情報交換したりテキストをやっつけたり、予習は大事だと言う事で、僕が印刷の過程を簡単に説明したり。流通や価格設定までになると、かなり踏み入った話になるけど。

 この後の午後からは、いよいよ師匠への取材が待っている。


 いつもと違って、班での賑やかなランチタイムは、それなりに話も弾んで良い感じ。僕の下調べ的な出版や編集作業の話も、取り敢えずはまとめ終わっていたし。

 後は師匠へのインタビューをテープに吹き込んで、後でその内容をまとめてしまえば良い筈。真面目に用意をするのなら、発表会用にもう一段階まとめる必要もあるけれど。

 班で1つのレポート提出で済むので、気分的に随分楽かも。


 清書役は、班の中の清水さんと言う女生徒が買って出てくれた。沙耶ちゃんはリーダーで発表役もしてくれるそう。優美ちゃんは録音係との事だったけど、万一の失敗が怖いのでもう一人の女生徒と共同作業との運びに。

 僕はレポーター役と言うか、取材の進行役を任されたみたいだ。


 午後の日差しは強烈で、その中の移動はそれでもワイワイと賑やかだった。山越えの小道は地元ではあまり知られておらず、その先の田舎の風景も知らない人には驚きなのかも。

 山の木立の木陰は、こんな晴天の日にはちょっとしたプレゼントである。夏の空気を楽しみながら、学生の一団は目的の建物へと近付いて行く。訪問の事は、もちろん師匠に通達済み。

 普段は取材する側なので、師匠にしたら逆に緊張する体験かも。


 ところがそうではなかった様で、生き生きと取材に応答する構えの編集長。仕事場では堅苦しいという事で、僕らは家のリビングの方に通される運びになったのだけど。

 お茶を出す薫さんのお腹の大きさに気付いて、大慌てで沙耶ちゃんが手伝いに奔走する場面もあったり。ようやく全員が落ち着いて、優実ちゃんも録音準備は完璧だと請け合う。

 それを皆で確認して、さて取材のスタート。


「えぇと……編集とか出版とか流通の大まかな流れは、僕の知る限りみんなに説明したのですけど。師匠……編集長にはもっと細かな点とか、仕事をしているから気付く視点で意見して貰えれば嬉しいんですが」

「ふむふむ、でも私が一方的に話すのもつまらないだろうしね。さて、どうしようかな?」


 意地悪そうな師匠の態度と含み笑いに、内心僕は始まっちゃうかなと冷や汗たらり。問答とか熱い議論は、師匠たち僕の周囲の大人の集まりには、欠かせないお酒のつまみと言うか。

 普通の人は、まぁ地元のプロ野球チームがネタの論議だと、今年の打線は繋がりが良いとかこの投手は活きが良いとか、その程度だと思うけど。それが師匠達になるとフロントやコーチ陣の面子とか、2軍時代からの統計的なプロフィールとか、球場の特性や相性とか、幅広くそんな事まで持ち出して来る訳だ。

 お蔭で僕は、今では変な豆知識には事欠かないけどね。


 やや騒然とする学生諸君、取材とは相手の話した内容をまとめるものだと思い込んでいたのがありあり。一応質問は用意して来ましたと、沙耶ちゃんは用紙を提示するが。

 ところが案の定、この職について良かった事とか苦労する場面など、そんな質問は底が浅いと一蹴されてしまった。外見は優しそうに見えて、実は師匠は結構な完璧主義者なのだ。

 でないと、ファンスカで合成スキルのカンストなど到底無理だろうし。


「よしっ、じゃあこちらから幾つか質問をしよう。みんな、本の出来た目的が何か言ってご覧」

「本の出来た目的……? 娯楽とか?」


 真っ先に答えた優実ちゃん、どうやら漫画雑誌を連想したらしいけれど。同級生からはもう少しましな、知識や情報の共有でしょうと反論と言うか訂正の声が。

 それに続いて、資料的な何かとか技術指南書だとか攻略の手助け的な指導書だとか色々。みんなの連想したのは、どうやら辞書や教科書などの資料書、さらに情報誌とか攻略本などらしく。

 議論が出尽くしたところで、師匠のそれをまとめると何だろうかと言う新たな問い掛け。頭を悩ます一行だが、僕は既に答えを知っているので黙秘を貫く事に。

 答えを何気なく口にしたのは、今度も優実ちゃんだった。


「ん~っ、文化? 日本の漫画とかアニメ作品、外国でも凄い人気だってニュースで聞いたような。何か、日本の文化だって言ってた!」

「うん、本とは文化だと僕は思っている。つまり、人間の作り出す活動の集大成であり、歴史でもある訳だ。みんな、焚書と言う言葉を聞いた事は無いかな?」


 本を焼いちゃうアレですかと、今度の発言は清水さん。幸いこの場の雰囲気にも、全員慣れて来た様子で。今の所発言をしていない生徒は皆無、即席講座はまずまず好評っぽい。

 師匠はその通りと答えて、その野蛮な行為の在り様を解説する。理由は様々だが、攻め入り勝利を収めた陣営が、相手の文化や歴史を完全否定する訳だ。

 他にも権力者が広まって欲しくない教えや、とにかく文明や感性の否定がそこに存在する。口伝ではやはり限界が存在し、それだけに古い本は昔の文化や歴史を紐解く貴重な資料だと言うのに。

 そうして失った資料に対して、本に携わる者として残念だとの師匠の言葉。


 なるほどと、本に携わる立場の姿勢を垣間見た一同。ここは大事だと、メモを取る者も数名。みんな真面目と言うか、少しずつ話に引き込まれている感じを受ける。

 そんな中、師匠が次に質問したのは、さてこの職業に就く人、どんな人が向いている?


「えぇと、編集や出版のお仕事ですよね、やっぱり本の好きな人なのかなぁ?」

「それだけじゃ駄目でしょ、文章を書いたり取材をしたり、そう言う能力も必要なんじゃ?」

「ちょっと待ってよ、さっき本は文化って言ってたでしょ。例えば食べ物とかスポーツとか、ファッションとか学問とか……そう言う本を出す時は、そっちの知識は必要ないのかなぁ?」


 ああっと、一斉に相槌を打つ一同。確かに知識の無い人が、そんな本を果たして編集出来るものだろうか。その発言をした沙耶ちゃん、してやったりと胸を張ってみたりして。

 確かに情報誌に求められるのは、正しい評価に他ならない。味オンチの人のグルメ情報誌など、洒落にすらなっていない。本に載った事には、責任を求めらるのが一般的な感覚なのだし。

 それ程本や雑誌と言うのは、影響力が強いのだ。


 師匠はそれを受けて、少し前の映画の話を持ち出す。文章を書く仕事に就きたいと思っていた女性が、苦労してようやく入れた職場は、何と有名ファッション誌の業界で。

 見た目もダサいその主人公、もちろんファッションに興味など無い。でもそこは映画のストーリー、理不尽な上司にこき使われながら、次第に能力を発揮して行くと言うモノ。

 だがしかし、現実では滅多に無いパターンなのは確か。


「そりゃそうだ、興味も知識も無い人に来られたら、普通は退職を勧めるかクビになるかだよねぇ」

「なるほど、沙耶っぺの言う通りだね。じゃあまとめると専門の知識があって、本好きで文章を書いたり取材したりする能力のある人かな?」

「ふむふむ、確かにそんな人だと理想だね。現実はと言えば、現代人の本離れは深刻な問題で、編集や出版業界の人材の質も落ちてると言われているけどね」


 その発言には、学生達の反応はまちまち。TVのドキュメント特集で見たかもと言う人や、発行部数の減少は知っていて、今は古本屋さんの方が隆盛を誇っているらしいとか。

 一方的に話を聞くより、やっぱり自分達も発言の機会を得た方が場は盛り上がる。自分の持っている情報を、必死に仲間に話す姿は皆生き生きしている。

 今はどこも不景気なんだねぇと、優美ちゃんの発言はやや浮いていたが。


 その仕事に携わっている者からすれば、業界の衰退は不景気の一言では済まされない。師匠は今度は、皆に知っている出版社の名前を訊ねるのだが。

 悩みながらも、6人いれば結構な数が出て来るもので。最後に僕が、師匠の出版社名を付け加えると。師匠は途端に大笑いしたが、まぁそんな事はどうでも良い。

 挙がった名前の中には、大手出版社が幾つも存在するのが問題なのだ。


 そんな大手は、もちろん給与も良い訳で。つまりは、特に出版業界に興味が無くても、就職希望してしまう者も自然と増える傾向になるのだ。TVの特集では、確かそんな問題点を挙げていた。

 日本のお隣の国では、給与が安いので本当に就きたい人しか業界には入って来ないそうで。やる気や適材適所の度合いが、ここで大きく開いてしまうらしく。

 業界が、内から駄目になって行った理由がここにあると推理されていた。


 もちろん、他の理由も存在するのだろう。例えばネット環境の普及で、読み物や情報は無料で手に入る時代になった事。個人のブログにも、楽しい読み物や良質の情報が転がっているし。

 それを思うと、質の落ちた有料の本や雑誌が売れなくなる理由も明白なのかも。資格とまでは言わないが、もっとプロとしての自覚や文化に携わっている誇りが欲しい所だ。

 同じ業界にいて、そうでない事例を幾つも見ていると残念そうに語る師匠。


「ん~っ、個人的な意見だけど……専門書とか趣味の本って、凄く高いよねぇ? あれって適正価格なのかなぁ、学生のお小遣いじゃとても買えないの多い……」

「そうだよねぇ、ゲームの攻略本だって高いし。しかも意外と、間違った事書いてあるんだよ!」

「小説だって、続き物がなかなか出なくって、読者を何だと思ってるのかってカチンと来る時あるよねぇ? 新作だと思ったら、書き直しの小説だった時は本気で頭来たよ、先に続きを書けって!」

「売れれば良いって思ってる所が多いんじゃないかな。私も使い回しのアイデアで、期待の新人デビューって帯の小説買っちゃった事あるよ。すぐ古本屋に売ったけど」


 そこからは、一気に噴出する本や雑誌についての不満や手痛い指摘の数々。みんな何かしら、苦い体験は持っているようで。師匠も耳が痛いのか、苦笑いが顔から離れない様子。

 身近にあるものだから、それだけ皆が不満に思う事も多いのだろう。師匠は悪質な出版社はもっと酷い事をしているから、注意をするようにと学生達に呼びかける。

 業界にも色々と、不届きな方法で利潤を得ている会社があるのだ。


 例えば、小説家になりたいという夢を逆手に取る方法。自費出版を持ちかけて、売れればお金は戻って来るからと安心させて。実際は販売努力などしないので、利益や重版などまず有り得ないと言う。

 会社は絶対損をしないので、カモとなる者を見つけるだけで良いのだ。合意の上での取り引きなので、詐欺とまでは行かない訳だが。成功や夢の実現をチラつかせ、本の質や流通の手段など二の次なのは性質が悪い。

 文化に貢献しようなどと言う姿勢は、毛ほども見当たらない。


 それを聞いた同級生達は、夢を踏みにじる行為だと憤慨するが。編集と作家の信頼性の無いままに事を進めるのは、下手な結果を招きやすいねと師匠の注釈。

 文化を育て紹介する職なのに、資格とかそう言うものは無いのですかとの質問に。今の所は見当たらないし、自由競争での淘汰に任せるしか無いだろうとの返答。

 それでも最近は、ネットでの作品応募や電子書籍の発売など、新しい風も吹いているとも。


 いつの間にか始まった討論会は、それからあちこち右往左往して。みんな遠慮無しに自分の意見を発言して、どうすれば編集や出版業界が向上するかと語り合っている。

 例えば学校の教職員なども、年々資格に対して厳しくなっているのだし。子供の教育が大事と言うのなら、情報や文化向上も人の育成に大きく関わる分野に違いなく。

 それに携わる人材には、やはり適正者に就いて欲しい。


 人によっては、気に入った本はそれこそ十数回だって読み返す者もいる。最良の本との出会いを、親友を得たと語る人もいる。本によって、人生観が変わる人だっているだろう。

 そんな雑誌や小説を、世に産み出す職業が出版社なのである。間違っても、販売部数が伸びれば何でも載せるというゴシップ誌や、煩悩を煽るポルノ誌とは一線を画するモノなのだ。

 ただし、師匠たちの説明によれば、そんなエロパワーも侮れないらしい。女性達の前では口が裂けても言えないが、こんな短期間にビデオやネットが普及した裏の理由には、世の男性のエロパワーが存在するらしい。

 確かにそれは言えるかも、男性陣を代表して擁護する術も無し。

 

 時間はあっという間に過ぎて行き、議論もそろそろ出尽くした感じも出始めた頃。今までの話をまとめるように、沙耶ちゃんが出版業界も変わって行かないと駄目なのだと口にする。

 いい事言ったと、すかさず清水さんの追従の手が入る。文化とは時代と共に変質して行くものだ。出版の形態も編集の姿勢も、それに連れて変わって行くべきなのだと。

 例えばこんなレポート作業だって、文章を書いてまとめる工程が存在する。そういった経験を、皆が若い内から積んで行けば、少なくとも本の構成力は身について行くだろう。

 師匠も頷いて、頑張って良いレポートに仕上げて下さいとの激励。


 その後は、いつの間にやら長居してしまった事に気付いた学生一同。って言うか、魁南の乱入でそれに気付かされた部分も。慌ててお礼を口々に述べ、帰り支度を始める僕ら。

 纏わりつく魁南に、また遊びに来るからねと言い含めつつ。顔を覗かせた薫さんにも、皆で揃ってさようならの挨拶。台所からは、夕食の支度の良い匂いが漂って来て。

 嫌でも空腹に気付かされてしまうが、僕だけ残って夕食をよばれるのも、何となく態勢が悪い気がして。魁南の抗議を何とかしのいで、同級生達と一緒に帰路につく事に。

 玄関の外は、夏特有の夕方の空気が迎えてくれて。


 それにしても、僕にとっても色々と考えさせられる討論会だった。自分の読書量に自信があるだけに、どこかで見くびっていた同級生達の読書観だったけど。飛び出した意見はどれも新鮮で的確で、素人だと侮っていた自分が恥ずかしい。

 考えてみれば、文章を書くという作業は誰にでも出来るのだ。それをまとめれば本になるし、レポートだって同じ事だ。それぞれの個性は、文字にしてもちゃんと出る。

 文章に関する限り、素人と言うのは存在しないのかも知れない。もちろん論文などは、起承転結をちゃんと踏まえて書くなど、最低限のテクニックは必要だけれど。

 書くのも読むのも、基本は難しく考える必要はないのだろう。


 それも道理と言うか、元となる日本語は子供の頃から誰もが親しんでいる自国の言葉である。思いを伝えるのも、コミュニケーションの手段としても、毎日使うモノであるのに変わりは無い。

 最近はブログやネット関係で、個人が気軽に文章を書く機会も増えているし。一見素人っぽい文体でも、それはそれで味があって面白く読めたりするものだ。

 とは言え、やはりプロのそれは素人とは明らかに違うのも確か。ちょっと体験した程度で身に付くかと問われれば、それは疑問である。もっとも、何を以てプロかと問われれば、答えに詰まってしまうけれど。

 本を出すと言うのも、案外と曖昧な水準なのかも知れない。


 ともかく、レポートに起こすだけの質疑応答は充分にこなせたみたいで良かった。今もグループ内で、各自印象に残った話を家に帰ってから思い出して、それをまとめる作業をしようとの提案が湧き上がっている。

 上手く行けば、レポート編集作業は明日一日で終わる筈である。大変には違いないが、他に受けるべき授業は皆無なので、その点は気が楽と言えるかも。

 山の夕暮れの雰囲気を味わいながら、明日の集合時間を皆に告げる沙耶ちゃん。それに了解と答える面々、皆が同じモノに撃ち込む一体感を味わいながら。

 僕もその一員の幸せを、束の間噛みしめるのだった――



 

 終業式はあっという間にやって来て、僕はその日はメルたちの子守りのバイトの日になっていた。暑い日差しの中、自転車を漕いで登校するのは今日で最後かと思うと。

 やっぱりどこかホッとしてしまう、この街に夏日に通う行為は無くなりはしないけど。少なくとも授業を受ける為ではないので、その点は割と本気で有り難かったり。

 講堂で行われた全校集会は、やっぱりどこか退屈だったけど。生徒会長の凛々しいスピーチは、知った顔と言う事もあって結構楽めたのは新たな発見かも。

 その後は、教室に戻って担任からの細かい注意事項などを拝聴して。お決まりの禁止事項から、節度を守って楽しんで下さいみたいな感じで話は進んで行く。

 やっと解放された生徒達は、物凄い盛り上がりよう。


「終わったぁ♪ どっか帰りに寄って行く? あっ、リン君はバイトあるんだっけ?」

「うん、メルは4時まで遊びに出掛けるって話だけど、幼稚園が3時まで終わらないから。それまで図書館かどこかで時間を潰すつもり。夏期課題でも進めようかな?」

「それなら、ウチに来てすればいいじゃん。そんなに離れてる訳でもないんだしさ」


 一緒に行動する気満々の沙耶ちゃんだが、優実ちゃんはアーケード通りの方まで足を伸ばしたそうな雰囲気。何か美味しいものを買い食いしようと、お昼もまだだと言うのに。

 学生の群れは完全に無秩序で、至る所で談話したり計画を練り合っていたり。沙耶ちゃんも知り合いの女生徒に、遊びに行こうと声を掛けられている様子。

 僕は気にしないで良いからと、完全にバイトまで独りで時間を過ごす気だったのだけど。一緒に行けばいいと、沙耶ちゃんはあくまで連れて行く気満々である。

 大勢で盛り上がっている中、途中でバイトで抜けるのは目立って嫌だと尻込みする僕。沙耶ちゃんの眼が、剣呑な輝きを帯びて来ているのは分かっていたけど。

 終いには完全にむくれた様子の沙耶ちゃん、僕に背を向けて立ち去ってしまった。


 後味は悪いけど、彼女を誘った同級生は僕と全く話した事の無い人ばかり。誘われて一緒に行動しても気まずいばかり、そこまで無神経にはなれそうも無い。

 優実ちゃんもあちゃあと言う表情の後、困ったように僕に手を振って沙耶ちゃんの後を追う。今から打ち上げにでも行く集団の、男女比は大体半々位だろうか。

 楽しそうに教室を出て行く姿を見ると、僕のひがみ根性も顔を出しそうに。


 そんな内面の葛藤を察知されないように、僕は人知れず校舎の棟を移動する。学区の向かいにある図書館に行っても良かったのだが、この騒がしい中を移動する気力が湧かない。

 高校の図書室も、雰囲気や蔵書量はなかなかのモノ。何より静かで、最上階にあるせいで空がとても近いのだ。僕はそそくさと勉強の準備、誰も近寄れない雰囲気を作り上げる。

 孤独に対処する、中学時代からの癖のようなものだ。


 実際、僕は一度何かを始めると集中するタイプ。夏期課題のテキストは、あっという間に埋まって行く。教科書で調べるまでも無い、一学期の予習が中心の内容みたいだ。

 これなら余裕で、7月に完全制覇を成し遂げれそう。


 空腹に意識が削ぎ取られるまでに、僕の集中力はかなりの効力を発揮したようだ。気がつけばテキストは10ページ以上進んでおり、疲労らしい疲労も見当たらない。

 気分も始める前とガラリと変わっていて、むしろ清々しい感じさえある。1時間振りに上げた視線の先には、ほとんど生徒はいないと思っていたのだが。

 何故か僕の目の前に、同じくテキストに取り組んでいる学生の姿が。


「あぁ、こんにちは……凄い集中力だね、池津君? 僕は永井健二、名前くらいは聞いた事無いかな、今回の期末で一位取ったから目にはしてると思うけど」

「は、はぁ……どうも。気付きませんで済みません。何か僕に用事が?」

「いや、最近君の成績にばらつきがあるんで、どうしたのかなと思って。最近はネット内では好調のようだけど、ちゃんと両立出来てるの?」


 余計なお世話だ、とは面と向かって言えないけれど。それに近い感情は、どうやら顔に出てしまった様子。なおも捲くし立てようとしていた彼の、滑らかだった滑舌が途端に淀んで。

 僕の怖い顔も、たまには役に立つ。僕自身はそんなに怖いとは思ってないのだけど。確かに彼の名前はよく覚えていた。何しろトップの常連だし、中学時代から何度も後塵を拝した事もある。

 直接話した事は無かったが、多少どんな人なのか興味はあったのだ。それは向こうも同じらしく、夏休み直前の後腐れの無い時期にこうして話し掛けて来たらしい。

 ネットの話をしたという事は、彼もキャラ持ちだろうか?


 永井健二(ながいけんじ)と名乗った彼は、痩せた神経質そうな顔付きで、眼鏡を掛けていたがあまり似合っていなかった。髪もばさばさ、ただし瞳の奥の光は冷たくて強くて、どこか睨み付けるような印象を受ける。

 沙耶ちゃんの爽やかな力強さとは違う、何か含みのある感じなのだが。ネチネチと職務質問を続ける警察官や生徒指導教師に、多く見受けられるタイプかも。

 偏見だろうか、今は完全にビビッて途端に目が虚ろな彼だが。


「両立は出来ていると、僕は思っているけど。成績なんて、先生に目をつけられない程度でいいんじゃないかな? 僕は特に、大学推薦を狙うつもりも無いしね。ええと……永井君もファンスカ遊んでいるのかな?」

「あ、あぁ……大学推薦狙っていないのは意外だね。地元の生徒の半数以上は、何とか推薦枠に入ろうと必死に努力してるのに。そう言えば君は、隣街からの編入生だっけ? ひょっとして、後から割り込んで来た事に、負い目を感じているのかな?」


 痛い所を突いて来る、社交辞令にとゲームの話を振ったのに、そっちにはまるで喰い付いて来ないで。彼はそんな事を気にするのは馬鹿げていると、熱を込めて捲くし立てる。

 弱肉強食と言う言葉が、彼は好きなようだ。優秀な頭脳で勝ち取った権利は、誰にも咎められるべきではないと。成績によって頂点に立つのは、頑張った者の当然の権利だ。

 負い目を感じるのは馬鹿げているし、大学側も損失をこうむる事になる。頂点までのレールを見出したのは、あくまで自分の能力の成果であるのだから。

 それを放棄するのは、バカげた行為に他ならないらしい。


「そうそう、僕もファンスカは息抜きにプレイしてるんだ。ギルドにも一応参加しているけど、どうも性に合わなくて。どうせなら向こうでもトップを取りたいんだけど、一緒にギルドを作らないかい? 君もランキング戦では、他のギルドに標的にされて大変そうじゃないか。月末のランキング戦の仕様、あれはかなり面白いよね。何しろ順位がはっきり出るし」

「えっ、あれに出てるの、永井君? それじゃあ、かなり有名なギルドじゃない?」

「そんな事無いよ、君だって少人数でハンターポイント稼ぎまくってたじゃないか。話題性は君の方が高かったけど、僕らも少人数ギルドで稼いだ口でね。僕のキャラレベルは、まだ175なんだけど、先月のランキング戦も本選まで勝ち残ったよ。エイケンって水属性のキャラだけど、覚えてないかな?」


 覚えていた、カンストしてないキャラはそれだけで目立つのだ。彼はそれを逆手に取って、カンストキャラを手玉に取る快感を楽しそうに語り始める。

 競い合うのは、確かに人間の性なのだろう。遥かなる太古から、雄が自分の優位性を雌に示して、自分の遺伝子を後世に残すシステムとして確立している、混沌かつ野生の部分。

 好きなのに喧嘩するのも、やっぱり人間の性なのだろうか? 沙耶ちゃんのお節介は、多分僕の事を想っての事。クラスで孤立しないようにと、彼女なりの気配りなのは良く分かる。

 もちろん目の前の彼みたいに、人間は内面に嫌な面も持っている。僕もそれは同じ、こんなに露骨に表には出しはしないけど。多分彼は、僕を同志と思っているのだろう。

 僕は全然別な人種だ、少なくとも僕はそう思いたい。


 彼の理論では、人間は社会的な生き物だから、競争に勝利する快楽を必死に隠すのだそうだ。表に出し過ぎると、それは妬み嫉みとなって返って来る。隠さないで良い場所は、スポーツだとかゲーム内だとかに限られる。金銭的な成功も、かなり危ない。

 つまりはファンスカ内では、社会的な恭順性とか理性は必要ないらしい。溜め込み過ぎると変になる感情を、ネット内は彼にとっては発散する場所なのだろう。

 僕はそうは思わないと、思わず反論していた。ネット内で仲良くなった人は、僕には世代を超えて数多くいる。ハンス親子だとか、ミスケさんや師匠、そして何より今の大切なギルド員たち。

 それも僕にとっては、大切な財産なのだ。


 永井君は、言い返そうとして束の間ためらいを見せた。僕からそんな言葉を聞くとは、思っていなかったのかも知れない。僕は彼の思考が何となく分かる。

 1位以外は意味はないという、強烈なエリート意識の塊なのだろう。案の定、後期の限定イベントで組まないかと彼の提案。そこで僕らの名前を轟かせて、巨大なギルド創設の足掛かりを作るという目論見らしいのだけど。

 僕の名前を、完全に客寄せパンダにしようという嫌な裏が見え隠れしている。3人チームのもう一人は誰なのかとの問いに、彼は僕の後ろの席を指差した。他に人がいるのに、初めて気がついた僕。

 三年生の男子のようだ。同じくテキストに熱中してるが、僕らの視線にはしっかり反応。


 永井君は、自分のギルドのリーダー格だと簡単に紹介してくれた。名前は灰谷俊一(はいたにしゅんいち)と言うらしく、前年度の生徒会長を担っていた程の秀才らしい。

 進学校だけあって、この学校の三年生は進級と共に全員役職を辞退する習わしのようで。新二年生が選挙で選ばれるのだが、それには新三年生の推薦が強力な武器になる。

 そんな訳で、今でもそれなりの発言力は持っているらしい。何故に永井君が自慢するのか知らないけど、要するに権力に近しい場にいる事で勢いを得るタイプなのかも。

 僕もその中に取り込めると思っているらしく、甘い汁をちらつかせているけど。


「ごめん、興味がないよ。僕は今のギルドに満足しているし、例え今のギルドを首になってもそういう考えとはそりが合わないと思うし。限定イベントは、誰か他の人を誘ってあげて」

「えっ、何で……? 僕ら3人が組んだら、レベル差ぶっ飛ばして最強だよ? ギルドメンバーに義理とか感じてるのなら、時代遅れじゃないかな。そもそも僕ら位頭が良いと、他の同級生の連中ってバカに見えない?」


 その思い上がった言葉に、僕は急に怒りを覚えた。僕の数少ない同級生の友達、沙耶ちゃんや優実ちゃんを悪く言われたような気になって、僕の眼光も鋭くなって行く。

 それを一番に感じたのは、何故か背後の前生徒会長のようだった。不意に立ち上がって近付いて来ると、僕の肩に手を置いて永井君にもう帰れと強い口調で合図を送る。

 暴れ出すつもりは無かったけど、身体に幾分力は篭っていたようだ。その事実を、ようやく永井君も悟ったらしい。大人しく机の上を片付けると、挨拶もなしに部屋を出て行く。

 今日は何て日だ、夏休みが始まる楽しい日の筈なのに。


 三年生の灰谷さんは、少し戸惑いながらも改めて自己紹介をしてくれた。ファンスカでのキャラ名はグレイと言うらしく、前回のランキング戦で喋ったような記憶も。

 成績も何とか上位をキープしているようで、推薦での付属大学の進学は確実らしい。現生徒会長の椎名先輩とも旧知の仲で、ギルド間では交友が盛んらしいのだけど。

 灰谷さんのギルドは社会人から学生まで、縦の繋がりの強い老舗ギルドらしいのだが。誘って貰って入ったが、最近は社会人のリーダーにギルド活動を任されているらしい。

 そんな訳で、束ねている学生メンバーの中に問題児が一人。


「さっきは済まなかったね、ギルドの後輩が無礼を働いて。僕自身、君に興味があって話したいと思ってたんだけど。あいつがメンバーに誘おうと言い出して、同級生同士の方が話しが早いからって、そんな調子で交渉を任せてしまったんだ。無理矢理引き抜くつもりも無いし、僕にはギルドを新しく作り直すつもりも無いよ。どうせ夏休みから、僕はプレイを自粛するつもりだったし」

「椎名先輩にも、似たような事言われましたけど……引き抜きが流行ってるんですか? 今のギルドで満足すればいいのに」

「現状に満足しないのは、別に悪い事じゃないと思うけど。永井は行き過ぎだね、あれじゃ向上心と言うより野心だ。ゲームは楽しめればいいと、僕自身は思っているよ。もっとも、あいつは負けたら楽しくないって思うタイプなんだろうけど」


 ギルドへの引き抜き強化は、灰谷先輩は一種のギルド愛だと弁明して来る。僕はなるほどと一瞬思ったが、それはつまり元のギルドへの裏切りがついて回る訳で。

 プロ野球などでは金銭トレードや移籍はよくある事だと、先輩はちょっと楽しそうに理論を吹っかけて来る。周囲の大人達に鍛えられた僕は、すぐさま反応してしまう。

 先輩も、滑らかな口調で議論に熱中。生徒会長をやってただけあって、頭の回転は素晴らしいレベルだと思う。自然淘汰や自由競争の理論で、やや不利なのは僕の方か。

 だけど僕が討論に負けても、別に移籍が確定する訳でもないし。


「ゲーム内だからこそ、誰もが我を強く持ちたがるのは分かりますけど。ギルドは共有意識の場として機能していれば、それで充分だと思います。逆に、我が侭の寄せ集めなんて事になったら、機能すらしないじゃないんですか?」

「ある我が侭なキャラが嫌で、ギルドを抜ける人はいるかも知れないけど。そう言う個人の間のいざこざが、一番パターンとして多いのかもね。それでもギルドの在り方が不満で抜ける人ってのは、ほとんどいないんじゃないかな? それならギルド人員を強化して、そういう不満を解消して行く運営もあると思うよ」

「それって、かなりドライなんじゃ? 個人の間の問題は、敢えてスルーするって事ですよね? 結果的にギルドは残るかも知れないけど、雰囲気の良い場所ではなくなってる恐れが」

「仲裁をして諍いが収まるのなら、それは取り組む価値もあるかも知れない。でも、個人の間の諍いと言うのは、1つを押さえても次の火種がすぐ出て来る。根本的に憎み合いを解消しないと、仲裁は入る余地が無いんだよ。その結果、ギルドを辞めるだ辞めさせろだの論議になった場合、君ならどうする、池津君? 打算的に使えるキャラを残すのかな?」


 そう言われたら、返す言葉も無い。確かに僕の理論は、やや青臭さが鼻につく机上論なのかも知れないけど。実際、僕の所属するギルドが安泰だからと言って、それを他に求めるのは間違っている事も良く分かる。

 ギルド活動と言うのは、所詮は個人キャラの集合体の成果に過ぎないのだ。気の合う同士、穏やかな性格の者が多いと上手く行く確率が高いと言うだけ。

 我の強い個性的なキャラが集まると、余程カリスマ度の高いリーダーでもいない限りは、やがて破綻してしまうだろう。灰谷さんの言った事は、本当に起こりうるパターンで。

 結局は、ギルドを愛している方が残る事になるのだろう。両者にそれがあれば、諍いは自然に無くなって二人とも残ってくれると言うのが、灰谷先輩の意見なのだ。

 先輩も、己の経験の中からそれを学んだのかも知れない。


 そういう点で言えば、永井君のような我の強いキャラの暴走も、ある程度慣れているのかも。僕に興味があると言った、最初の言葉は嘘ではないとは思うけど。

 最初に彼をあてがって、僕がどんな性格なのかを観察していたのかも。椎名生徒会長より、よほど頭脳的なやり方だ。あの人は、いきなり弁当と色仕掛けで落とそうとしていたし。

 まぁそんな事はどうでも良い、論議はどうやら僕の負けっぽい。


 灰谷先輩は、それから僕のギルドメンバーの事を質問したり、クラブ活動の有無を質問したり。よく分からない質問パターンだが、特に論議に勝った優越感は漂わせてはいない。

 それより論議の当初より、灰谷先輩の顔付きは難しくなって行く。どうやら、何か重要な悩みを持っていて、それを今にも打ち明けそうな雰囲気で。

 何だか嫌な予感がして、僕は尻込みしそうになったのだけど。逃げる事も適わずに、とうとう元生徒会長の口から禁断の勧誘の言葉が発せられる。

 それはギルドへの勧誘では、もちろん無かったけど。


「永井の思考回路は、さっきの話し方で大体分かっただろ? あいつは僕のツテを使って、来年の生徒会に立候補するつもりらしいんだ。同級生の9割をバカ扱いするような奴に生徒会の運営を任せて、君は平気なのかい、池津君? 君の考え方は、仲間思いで僕の試験には合格だ。池津君、生徒会長に立候補してみないかい?」





 家に戻っても、僕は何となく億劫になってなかなかネットに接続が出来る精神状況ではなかった。優実ちゃんからは、何やら気遣うメールが携帯に届いていたのだけど。

 肝心の沙耶ちゃんからは、何も連絡が無くて。それが気を重くしている最大の原因には違いない。気に病んでも仕方ないのだが、それで気が晴れるという訳でも無く。

 取り敢えず気晴らしに、ここ数日のギルドの行動を話しておこうか。


 あれから優実ちゃんの、どうしてもトレーニング器具が欲しいと言う嘆願がギルドメンバーを動かした結果。星人の遺跡に通う事4回、余ったチケットを費やして攻略に励む事に。

 クエの依頼で入った遺跡で出た地図は、遺跡の入り口の案内人にトレードする事で効果が判明した。これでより深い階層に、チャレンジが可能となったとの嬉しいログ報告。

 その分、よりレアな機械関係のアイテムの入手確率が上がった筈なのだが。必死に4度も通った挙句に、目的のトレーニング器具は全くかすらなかったという結末に。

 悲し過ぎるドロップ運だが、無報酬と言う訳でもなかった。


 武器関係では、銃の付属パーツと割とレアな銃が幾つかドロップ。これによって、優実ちゃんの銃をより使いやすくて頑丈なモノに合成出来る目処は立ったのだけど。沙耶ちゃんのとどちらの銃に使うかで、現在揉めている最中だったり。

 他にも高価な鋼鉄素材が数個、防御力の高いベース防具も数個、火薬素材や属性素材も幾つか。素材以外では、新エリア内のトリガーとか、還元の札とか複合技の書とか、属性の書とか。

 複合技の書は、残念ながら大剣と長槍だったので売りに出すしかなく。それでも良い金策にはなりそう。細かい報酬を上げたら、もうちょっとあったけど。

 クリアボーナスのミッションPとかハンターPの加算も、何気に嬉しかったりして。


 それから後衛の銃使い二人に、僕の合成品からも新しいプレゼントが。弾丸の合成レシピで、エーテル弾という威力の高い弾丸が生産ラインに乗ったのだ。

 これは沙耶ちゃんの栽培の収穫品から、流動火薬と言う素材を取り出せた結果だ。お陰で錬金術関係の熟練度とスキルも伸びて、僕的にもラッキーだったけど。

 後衛の攻撃力も上がって、パーティ的にも収穫アリという所か。


 他のギルドの動きも、何となくだが僕の耳に入って来ていた。直接聞いたのは、ジュンジュのギルドの進行具合。柴崎君本人から、ギルドでキャラバン隊所持に至ったとの報告が。

 夏休み中に、何とか領主になれる程度のポイントも貯まるだろうとの事で。向こうは1から、ヒントになるキー所有からなので、僕に比べて大変そうなのは確かだけど。

 それなりに楽しそうで、ミッションPの獲得に区切りがついたら100年クエストに挑むそう。


 ハヤトさんのギルドは、何故か反対に浮き足立っている様子だった。ネット内の噂では、伝説のギルド同士が夏の限定イベントで、今度こそ最終決着をつけるとかつけないとか。

 その為に主要キャラは武者修行に忙しく、クエやダンジョン攻略どころではない状態だとか。その夏に復活する、伝説のギルドの名前は『蒼空ブンブン丸』と言うらしい。

 何と言うか……師匠の奥さんの、薫さんの所属するギルドの事だ。


 噂の真相を確かめたい気もするが、こんな事で師匠の家に電話するのも申し訳ない。夏休み初日の明日は、特に隣街に訪れる予定は入っていないけど。

 ふらっと立ち寄って、魁南の子守りついでに尋ねてみるのも良いかも知れない。薫さんも、そろそろ予定日が近いそうで、家事や一般業務が大変だとこぼしていたし。

 子守り大歓迎だと、常日頃から言っていたのも確かである。ハンス家の子供達も、こっちに連れていらっしゃいと気さくな母親振りではあるのだけど。

 女の子がウチにも欲しいと、本音はそっちらしい。


 そんな事を思っていると、携帯の通知音楽がピルルと鳴り響いた。電話の主は優実ちゃんで、相変わらず能天気な口調の裏には、どことなくこちらを心配する素振りが。

 昼間の沙耶ちゃんとの一件を、やっぱり気にしているのだろう。いつもはインの時間なのに、まだ接続していない僕に、沙耶ちゃんも心配してるよと諭すような口調。

 気の強い幼馴染を持つと苦労するよねと、ちょっと愚痴というか本音も見え隠れ。そう言えば、生徒会長の椎名さんとも、3人でよくお茶をするらしいけど。気の強い者同士の間が破綻しないのは、優実ちゃんが緩衝材となっているせいかも。

 そう思い至ったら、優実ちゃんの明るい性格に改めて感心してしまった。何も考えていないように見えて、友達が孤立しないように色々と思いを行き渡らせているのだろう。

 僕は彼女に礼を言って、すぐに接続作業に。


『みんな館に集まってるよ、リン君。ホスタさんも、器具が2つも増えて、結構喜んでるみたい』

『そっか、良かった……先生も喜んでるかな? ギャンブルのコイン、増やしやすくなるよねぇ』


 星人の遺跡での報酬は、あと1つ大物ドロップが。それが遊具室専用の装置で、コイン交換器と言う名前なのだけど。一般にギャンブル場では、100ギルでコイン1枚のレートが常識で。

 それがこのコイン交換器は、何と20ギルで1枚のコインを購入出来てしまう。考えようによっては、ギャンブル場の景品をギルで買い取りやすくなった訳だ。

 例えば以前は200万ギルだった精霊石、40万ギルで購入可能に。


 この位なら、ギャンブル景品の獲得も視野に入れても良いと思ってしまう。元々ユニークな装備とか、ユニークな素材が多くて羨ましいと思っていたのだ。

 この交換器を使ってコインを購入すれば、景品もギルで購入可能となってしまう。僕的には嬉しくて、合成で増やしたギルの使い場所も増えるというモノ。欲しがる人も多いかも。

 売りに出せば高値も付きそうだが、どうやら設置は館限定らしい。


 そんな事は、今はどうでも良いのだが。ようやくインした僕に、沙耶ちゃんは冷ややかなセリフ。みんなもう集合してるから、さっさと集合場所の領主の館に来るようにと。

 今夜は100年クエストの、取っ掛かりをちょっと探してみて。それが不発ならば、他の事をして遊ぼうという予定らしい。龍人から貰ったチケット消費が、今の所一番候補。

 優実ちゃんは、優しくないねと電話口で批評する。


『まぁだ、ヘソ曲げてるんだねぇ、沙耶ちゃんってば! それとも、お昼の事でバツが悪いのかなぁ? どっちにしろ、自分から謝るつもりは無いとみたっ!』

『じゃ、じゃあ僕から謝った方がいいのかな? それはそうと、優実ちゃんは永井君とか灰谷さんとかって名前の人、知ってるかな?』

『別にリン君は悪くないんだし、謝る必要ないと思うよ? 永井君って、5組の秀才君? 話した事は特に無いけど、有名人だった気がする。灰谷さんってのは3年の? ご近所さんで、子供の頃には良く遊んでたかなぁ……玲ちゃんの子分だったし』


 子分だったらしい、1つ歳上なのに容赦の無い事だ。その繋がりで、高校でも生徒会長を引き継いだのかも知れないが。そんな二人の関係など、今は詮索するつもりは無い。

 まさか初対面の灰谷さんに、あんな提案をされるとは思っていなかった。そんな午前中の出来事も、今の僕の心の重荷になっている事は確かである。

 そんな事を言っても、今更インを取り止めにする理由にはならず。ギルドメンバーに迷惑を掛ける事になるし、身体は至って健康体なのが恨めしい。

 あまり皆を待たせる訳にも行かない。前もって合成している時間は無かったが、僕は収納に置いてあった消耗品を掻き集めて集合場所に向かう事に。

 例え今からのプレイで、気が紛れる事が無いとしてもだ。



 領主の館に到着した僕は、取り敢えず真っ直ぐに庭園まで出向く。優実ちゃんがそこで待っていると言うので、ついそちらを優先してしまったのだけど。

 相変わらず手の込んだ美麗な庭園の端に、巨大な枯れた樹木が影を落としている。これをどうすれば良いのか、ギルドでの謎解きは全く進んでいない。

 優実ちゃんはその枝振りを見て、何か飾れば可愛くなると相変わらずベクトルの変な答えっぷり。ホスタさんは、除草剤の使い方次第ではと考えているらしく。

 そう言えば、大学で話を交わした恵さんのチームは、ここのダンジョンを攻略中らしいのだが。難しく考える事は無いのかも、僕は試しに入手アイテムをトレードしてみる。

 その途端に、枯れ木のグラフィックに変化が。


『わっ、枝にランタンがぶら下がって、洞の中に光が差し込んでるよっ! あれっ、クリック出来る場所が変わったみたい?』

『本当だ……ひょっとして、ここに例の除草剤使うのかも? 細い根っこが、穴を塞いでいるように見えるけど』

『えっ、枯れ木に進展があったの? すぐそっちに行くよ、待ってて!』


 ギルドの他の連中も、ようやく庭園に集合。今まで館の飾り立てに、熱い論議を戦わせていた様子。どこにどんな家具を設置させるとか、何を購入すれば便利になるかとか。

 先生と沙耶ちゃんがメインで、そこは女性ならではの鋭い視点での意見が飛び交っていたのだが。領主のホスタさんが蚊帳の外とは、何だか悲しい気もする。

 それはそうと、慌てて駆け付けたホスタさん。何しろ領民から貰った強力除草剤を持っているのは彼なのだから。束の間キャラが立ち止まったと思ったら、さらに枯れ木に変化が。

 大きな洞の中に、地下へと続く大きな穴が出現して。


 なるほど、2つのアイテムの使用で道が開けた事になった。単純過ぎで、逆に混乱してしまったのには参ったけど。要は、アイテムを使う順番だった訳だ。

 ランタンで洞の中を照らして、そこに除草剤を使うという。


 パーティは騒然として来て、今から攻略に行こうとの意見が多数噴出。取り敢えずポケットの薬品などは皆足りてるようなので、突入に不安は無いとの事で。

 その場の勢いで入り込んだ、未知の突入口。エリチェン後に目にしたのは、地下に拡がる大洞窟だった。ごつごつした岩場が広がっていて、真ん中には横に長く拡がる段差付きの裂け目が。

 裂け目はそんなに広くは無いが、飛び越せる距離でもない。段差は、キャラ身長で2人分位だろうか。反対側の崖の方が高くなっていて、さらにその奥の壁に3つほど扉が見える。

 今の時点では、裂け目を飛び越しでもしない限りは、その扉の前まで進む手段が無いと言う。前の10年ダンジョンみたいに、謎をクリアしないと駄目なのかも。

 一応、手掛かりは2つ程あるようだ。


『えっと……あっちに渡るにはどうすればいいのかな? ヒントは、この何も無いポイント? 何かトレードするのかなぁ?』

『あっちに洞窟があるから、そこでヒント貰えるんじゃない? 進めるのは、今の所あの洞窟だけみたいだねぇ』

『それじゃあ、そっちに進んでみようか。敵も多分出て来るよね、気を引き締めて行こう!』


 そんなギルマスの引き締めの言葉と共に、ダンジョン攻略に挑み始めるパーティ一同。最近のチケット乱用で、ダンジョン攻略には慣れて来た感のあるメンバー達。

 最初のフロアで出迎えたのは、いつかのアリ獣人と有角族の強力タッグ。領地で暴れたこのモンスター達は、ここでもかなりの猛威を振るって行く手を阻んで来る。

 両方とも外皮が硬くて、しかも攻撃力も高い。リンクすると最悪で、ペットの防御など紙同然の攻撃威力だ。ピーちゃんも回復が大変そう、強い範囲技が無いのがせめてもの幸いか。

 洞窟内は、それ程入り組んだ作りでもなく、むしろほぼ真っ直ぐなフロア構成となっていた。意地悪な感じなのは、リンクしやすい敵の密集振りだけだろうか。

 もっとも、敵の頑強さはどの場面でも素直にウザいけど。


 次のフロアは、洞窟内のアスレチックエリア。制限時間が無いので、それ程苦労はしないだろうと臨んだのだが。どうやらコンセプトは、予期せぬダメージらしい。

 意地悪な仕掛けで、とことんこちらの体力を殺ぎ落として行く。しかも魔法使用で減ったMPを回復しようと休憩したら、凶悪なヒーリング潰しが作動する有り様。

 しゃがみ込む度に、近くの土が盛り上がって敵が出て来る酷い仕掛け。ゾンビや骸骨の死霊系ならまだ良い方で、アリ獣人や有角族が出現すると、戦闘でさらに被害が。

 それでもエーテルをケチった代償に、再度出て来たのは巨大な岩の手。


 いきなりの張り手技は、休憩中の後衛陣に強烈なダメージ。スタンも付随して、咄嗟に次の手が打てない中。何とか先生がタゲを取ったと思ったら、デコピンで遠くへ吹っ飛ばされて。

 慌てて《デスチャージ》でタゲ取りに動くホスタさん。情けない事に、僕も張り手を喰らってスタン状態になっていたのだ。何しろ、変幻タイプはMPも結構消費するのだ。

 ようやく前衛が戦線を張り直せたのは良いが、受けたダメージを回復する魔法は飛んで来ず。それも当然の事、何しろ後衛陣はMPを回復出来ていないのだから。

 優実ちゃんは完全パニックで、今は休憩しても大丈夫かと尋ねて来る。万一それによって追加の敵が出現したら、後衛から惨殺されるケースもありうるのだ。

 強敵を相手にしている今、それを確かめる賭けはちょっと怖い。


『ゴメン、今追加の敵が出て来たら、こっちでは対処しきれない! エーテルで回復お願いっ!』

『優実はMPオート回復、持ってないもんね。このフロア、抜けるのまだ掛かるかな?』

『崖登りコース、ようやく半分来た位かな? 後半になるほど、コースもきつくなるかも?』


 ホスタさんの言う通り、ようやく苦心して巨大ハンドを倒したのだけど。被害は甚大、デコピン突き飛ばし技で、僕と先生は崖下へ転落の憂き目に曝されていて。

 垂直に近い崖登り、こんな苦労もあるとは思っていたけど。待つ時間にヒーリングも出来ないとあって、回復役の優実ちゃんもストレスが貯まっていそう。

 パーティ間で話し合い、ここは素早く突破する方針となったのだけど。


 敵と仕掛けは、そうやすやすと突破を許してくれない様子。それでも邪魔な仕掛けを次々とかわして、ようやく頂上が見えて来て。最後の敵は、さっきの吹き飛ばし技持ちの巨大ハンド2匹。

 絶叫を上げつつも、とにかく特殊技は僕が全部潰す気で立ち向かう。1匹は沙耶ちゃんの《アイスコフィン》で氷漬け。足止め魔法の中で、氷系のコイツが一番敵の封じ込め能力が強いのだ。

 僕の《ダークローズ》や優実ちゃんの《ルーンロープ》は、敵のSP上昇やオート回復機能までは封じ込める事は出来ない。敵が遠隔能力を持っていたら、それも素通しになってしまう。

 《アイスコフィン》はその点安心で、文字通り敵を仮死状態にしてしまう。優秀な魔法だけに、MPはかなり使うようだけど。とにかくその間に、敵の数をさっさと減らさないと。

 僕のスタン攻撃も何とか失敗無く、崖下に飛ばされる事無く敵は憤死。


 2匹目の退治も、何とか上手く行って。途中SPが足りなくなって、特殊技を1度喰らってしまったけど。飛ばされた方向が良くて、すぐに戦線復帰を果たせた先生。

 後衛陣は、早くもフロア出口に陣取ってここをすぐにでも出て行きたそうな雰囲気である。僕が予備に持っていた氷の秘酒で、優実ちゃんもオートMP回復は作動中みたいだ。

 とは言え、エーテルの残量も心許なくなっているのは確か。


 とにかくようやく安全に休憩する場所を得て、パーティはしばし立て直しを図ってみたり。エーテル薬を融通し合ったり、残りの道のりを確かめてみたり。

 そんな中、ちらりと覗いた次のフロア。見た限りでは、何だかここでお終いな感じではあるのだが。ボスの間というのは、どこも似たような独特の雰囲気が漂っているもので。そんな感じがブンブンと匂って来る。

 ここまでは割と短い道のりだが、1つのダンジョンとしてみたら他にも謎を解いて進むルートがある訳で。総合すれば、結構大掛かりなフロア構成なのかも知れない。

 それを確かめる為にも、このボス戦で手掛かりを得る必要が。


 取り敢えず最後の戦いだと、気合いを入れで挑むメンバー達。時間的には、まだまだ10時を過ぎたばかりだけど。年長組は朝が早いので、いつも無理させて付き合わせる訳にもいかない。

 ここのボスは巨大な女王アリだった。って言うか、かなりな巨大さである。虫独特の気持ち悪さ、異様に巨大な腹のせいで、満足に動く事も出来ないようだけど。

 長い前脚を稲刈り鎌のように振り回し、とにかくずば抜けたHPを抱擁している様子。複数攻撃で盾役の先生を苦しめつつ、胃酸吐きで嫌な防具へのダメージ。

 この手の敵は嫌われるが、当然の如く先生も絶叫を上げている。


 僕の連携攻撃からの魔法連撃とか、先生の怒りの《トルネードスピン》とか。幸い腹の前だと防御力も低いし、酸攻撃も来ない。ただし、尻尾の毒霧攻撃には容赦なく曝される。

 それを我慢する事10分あまり。みんなで頑張って削って、ようやく巨大女王アリの動きが止まった。途中に嫌味のようにアリ獣人を召喚されたが、ホスタさんが《炎のブレス》からマラソンに持ち込んで事無きを得て。後衛が巻き込まれなければ、あとは1匹ずつ始末出来るのだ。

 後半は薬品不足に悩まされつつも、無事に戦闘終了。


 パーティで喜び合いつつ、いつの間にか昼間の諍いの火種は小さくなっている事に気付く僕。同じパーティで行動していて、変に意識し合っていても仕方ないし。

 また明日にでも、会う機会を作って話し合ってみるのもいいかも。今回もまた、沙耶ちゃんのお節介が発端なのだけど。僕も意地になって変な断り方をしてしまったし。

 女の子に気を使わせている時点で、内心情けないと感じるのは仕方が無い。


 とにかくボスが落としたのは、甲殻素材とか素材用の溶液とか、高ダメージの大鎌や短剣、あとは還元の札とか武器指南書などなど。クエアイテムには『開かずの間の鍵』というのが出て、これにはホスタさんもアレッという顔をする。

 聞くと館の地下に、本当に開かずの間というのが存在するらしく。何なのだろうとずっと思っていたらしいけど、ようやくその中身が確認出来る事になるのかも。

 さらに奥には脱出用の魔方陣と、宝箱が出現していた。経験値の箱とミッションPの箱、最後の箱には驚きのアイテムが。何と、あれだけ探し回っていたトレーニング器具が!

 何の巡り合わせか、こんな場所でドロップするとは。

 

 狂喜乱舞の優実ちゃんはともかく、これでホスタさんも満足の行く館に近付くだろう。トレーニング室の設置を早速言い渡されて、空いた時間でやっておくとギルマスに請け負って。

 一区切りついた所で、今日の冒険は終了の運びに。学生組は明日から長期休みに入るので、まだ余力はあるのは確か。開かずの間の中身とか、興味は尽きないのだけど。

 年長者二人は、何だかんだでもう落ちるとの事。落ち際にホスタさんが、僕にまた領民から合成依頼があったと報告。時間があったら受けておいてと、気楽に頼んでのログアウト。

 3人になった途端、ちょっと気まずい雰囲気が。


 さっきの反省もどこ吹く風で、急に喋らなくなった女性陣にびくついてしまって。間を計りつつ僕も落ちマスと言った途端に、再び呼び出し音楽を奏でる僕の携帯。

 電話の主は優実ちゃんで、用件ならファンスカを通じて言えば良いとの当然の思いに。そんな思いを蹴飛ばすように、衝撃の内容を彼女は受話器越しに言ってのける。

 明日沙耶ちゃんと僕の家に遊びに行くから、どこにも出掛けずに待っててねと言う内容。さっき携帯で、沙耶ちゃんにも了承を取ったらしい。順序が逆だろうと、思わず突っ込みそうになったけれども。

 もう決定事項らしい、別の意味で優実ちゃんも侮れない娘である。




 こうして夏休みは、かなり急な訪問イベントでスタートを切る事となって。優実ちゃんたちにしてみれば、お金をかけずに気楽に遊ぼうと思っての企画なのかも知れないけど。

 週に何度も沙耶ちゃんの家に訪問しているので、まさかこっちには来るなとは言えないし。そこは策士と言えるかも、まぁ優実ちゃんは天然以外の何物でもないだろうけど。

 幸い、家の中は物が少ないので、見苦しくない体裁は常に保てている。


 それでも少し、彼女達が来る前に掃除をしたり買い出しをしておかないと。父さんには何て言おう、まぁ明日も朝から仕事に出掛けるのは分かっているけど。

 家で遊ぶと言っても、ウチには予備モニターすら無い始末。それとも一緒に、宿題でもするのだろうか。今夜もこれから、少し課題をやっつけるつもりではいるけど。

 今からソワソワしても仕方ないけど、気持ちはそんな事には関係なくざわめき始めてしまう。気持ちを落ち着かせる為に、完全に落ちる前にイベント告知を見る事に。

 あれから新たに、開催のお知らせがあったとみんな言ってたし。


 『納涼☆肝試し!』の方は、完全にお楽しみイベントらしい。パーティでの参加が条件で、人数は3~6人推奨らしい。難易度的に、ソロではクリアが難しいとの事。

 ルールは簡単。街中に出現するNPCにチケットを貰い、それに当て嵌まる肝試しポイントを探し出せば良いらしい。そこで起こるイベントをクリアして、ハンターPをゲットしたら。

 そのままジョブ伸ばし用に使っても良いし、イベント中のみのお楽しみアイテムと交換しても良いらしい。アイテムは、イベントが開始してのお楽しみ。

 ユニークアイテムから、換金性の高い素材まで色とりどりとの事。


 まぁ肝試しとは言っても、多分そんなに怖くは無いのだろうけど。ゾンビとか死霊系のモンスターを配置して、恐らくお茶を濁す感じだろうと想像出来てしまう。

 それでも、普段NMとか狩る事が出来ない少人数ギルドにとってみれば。戦闘の機会を楽しめて、その上ハンターPを獲得出来て、結構良いイベントなのかも知れない。

 問題は、もう一つのイベント。『フラッグファイト!』と言うイベントで、こちらは完全に3人パーティのみでの参加が前提。それは良いのだが、問題はその中身。

 対人バトルロイヤルの集団戦と書いてあるので、恐らく僕が月末に参加しているランキング戦の複数戦なのだろう。3人パーティが同じフィールドに多数解き放たれ、お互いの旗を取り合うという内容になっているらしいのだが。

 旗を取られればお終いと言うが、キャラ戦闘はもちろん存在するらしい。


 今まで冒険者同士の戦闘など存在してなかったファンスカにしては、随分思い切った方向転換だ。ひょっとして、月末のランキング戦が思ったより好評なのかも知れない。

 それよりもっと、奥深い事情があるのかも知れないけど。例えば、新参者とベテランの軋轢が高まって来て、開発者サイドやGMが完全に放り投げたとか。

 そんなにケリを付けたいなら、当事者同士でやれって感じで。


 ちょっと毒のある嫌な想像なのは、僕が沙耶ちゃんと変に揉めてしまっているせいかも。明日の訪問が、仲直りのきっかけになれば良いのだけれど。

 思えば優実ちゃんの提案も、それを見越しての事なのかも知れない。さっきまでは不安しか無かった心中だけど、ほんの少しだけ光明が見えて来たような。

 まだ眠るには早い時間だ、もう少し起きてて宿題でも片付けよう。





 ――限定イベントの経緯など、僕にはもうどうだって良い事だ。





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