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1章♯13 ライバルとの邂逅

 あけましておめでとうございます、それから更新が滞っていて申し訳ございません(笑)。この章も、実は随分前に書き終えていた筈なのですが……何故か最初の場面で、いきなりリン君が新しい細剣を装備してしまっていて。

 ちょっと待て、スキルの条件を無視しちゃ駄目でしょうと、後になって大慌て(笑)。過去の自分は、いったい何を考えていたんでしょうね(笑)?


 次の間章と♯14も、もう少し書き足しが必要だったりするので。次の更新も、気長にお待ちください。マヤ歴の滅亡予言も回避出来たし、のんびり行きましょ(笑)。

 そんな訳で、1章最後の物語をご堪能下さいな♪




 一時的とは言え、弱体してしまった僕のキャラのリンだけど。ギルドの対応は優しくて、逆に恐縮してしまうほど。元々先生とホスタさんは、急いでこなすイベントを持っていないと言って。

 確かに、強力なライバルを抱えて焦っているのは、ギルド内では僕だけかも。そう思ってしまうと笑えるが、同時に我に返って色々考えてしまう事も多くて。

 何を焦る必要があるのかと言う話だ。柴崎君のギルドとかハヤトさんのギルドとか、ランキング戦の対戦者だとか。頭の中を駆け巡る、ライバル達の幻影はこの際無視して。

 じっくりキャラを練り直す方が、今は大切かも知れない。


 キャラの弱体化の原因は、武器の持ち替えにある。こんな事なら、もっと早くから細剣スキルを伸ばしておけばとの後悔はもう遅い。新しく入手した細剣は、物凄い性能なのだが。

 残念ながら、条件スキルが高過ぎて今の所装備出来ない。圧倒的に足りないのは、もちろん細剣スキルの150と言う数値だろう。それから光スキルが+20ほど。光と闇スキルは、術書も宝珠もスキル+装備も割高である。

 これを伸ばすのは、相当に苦労しそうな雰囲気だ。


 今の僕の細剣スキルは全然低くて、主力に据えるのは普通は出来ないのだけど。僕の所持している補正スキルに《同調》と言う、便利な性能のスキルがあって。

 右手の武器のスキルレベルと左手の武器のそれが、日を追うごとに同じになって行くと言う優れモノ。今は回転速度を重視して、左手の武器は短剣にしているけど。

 細剣に持ち替えても、時間を掛ければ自然とスキルは上がって行く訳だ。ただし、上がり切るまでは低いスキルと熟練度で我慢しないと行けない訳である。

 ギルドに迷惑を掛けてしまって、本当に申し訳なく思う次第。


 構わないよと、同級生達からも年長組からも言われているのだけど。一応ギルド内などで買い貯めていた還元の札で、短剣スキルに振っていたスキルPを片手棍と細剣に移動させる事に。

 短剣はもう使わないだろうし、それだと今まで振り込んだスキルPが勿体無いしね。


 5枚で50Pのスキルポイントを一気に還元して、さすがにこれ程の量を使うのは初めてだと思いつつ。ふと、これって光スキルに振り込めないのかとしばし逡巡。

 武器スキルを還元して得たポイントなので、武器にしか降り込め直せないだろうと思い込んでいたけど。大いなる勘違い、全然オッケ-だという事に気付いてみると。

 画面の前で思わず小躍り、こんなに興奮したのはちょっと久し振りかも。光スキルを伸ばすのに、一体幾ら掛かるのだろうと、ちょっと憂鬱になっていたのだ。

 これで、入手した神器の細剣『暗塊光塵』の制約に一歩近づけた。



 神具の細剣は装備出来ないが、取り敢えずは間に合わせの性能の細剣を左手に装備し終えて。これで《同調》の作用で、日を追うごとに細剣スキルはアップして行く訳だ。

 思わぬ思考の抜け道に、一人でほくそ笑んでいた僕だったけど。悦に浸りすぎた結果、メールでその日の約束を催促され、慌てて待ち合わせ場所へとワープで移動する破目に。

 今夜会うのは、僕の知り合いの情報屋のコバケンと言う人。以前から、ちょっとしたレシピを買ったり、情報を買ったりしての付き合いなのだけど。考えてみれば、売るのは初めてかも。

 指定された場所は彼の隠れ家の1つで、その気になれば他のキャラをこんな風にお招きも出来る。もちろん招かれざる者は侵入不可能、会話も漏れずに安全ではある。

 内装はシックで、あまり招かれて嬉しい感じはしないけど。


『いらっしゃい、封印の疾風……ランキング戦では、予想以上に活躍してるみたいだね。偉大な武器を失ってから、随分装いも変わったようだけど。封印の武器のレシピ、そろそろ売ってくれる気になったのかい?』

『売ってもいいけど、あれはもう1千万近い物々交換で、個人的にハヤトさんに売っちゃいました。今日は100年クエスト関連で、10年ダンジョンの招待状と、誰に渡せばダンジョンに突入出来るかって情報を売りに』

『へえっ、ひょっとしてもうクリアしたとか?』


 僕がそうだと答えると、それは恐らくファンスカ内で初の快挙だろうとコバケンさん。他のギルドで攻略に熱を入れている所は、少なく見積もっても10以上あるだろうと彼は請け負うのだが。

 その中でも、ダンジョンに入れたという噂は耳にするも、攻略に成功したと言う話はまだ無いらしく。話に上がったハヤトさんのギルドも、3つ程度場所を特定しつつも、攻略はまだのよう。

 あくまでコバケンさんの聞いた限りだから、確実ではないらしいのだが。そっちの噂も買って行かないかと言われたが、僕は丁重に断りを入れる。それよりこの招待状、幾らで買い取る?

 彼は最初300を提示したが、僕は粘って350まで上げる事に成功。


『まぁ、中の塔の攻略に失敗しなければ、入る度に取り直せるんだけどね。でも、入る度に取り直しに苦労する仕掛けもあるかも知れない』

『君の持っている片手棍、見慣れないけどそれが報酬の一部かい?』

『さあ? 少なくとも、バージョンアップで追加されたモノだとは思うけどね。この場では、情報はただじゃないんでしょ?』

『まぁね……もう100出してもいい、話してもいい100年クエストの情報はあるかい?』


 別に競争するつもりも無いと、僕は断片的な情報を幾つか提示。5種族の守護者と調停者の話とか、ランキング戦で見た地下の森の妖精の話とか。

 多分100年クエストに関係しているらしいと、まぁ僕の想像だけど。幻とか魔とかの、5つの新スキルの話は興味深いそうで、それを詳しく解明出来たらまた情報を買い取るそうで。

 取り敢えず、これでギルド資金が潤って何よりだ。




 ギルドに迷惑を掛けると思っていた、リンの武器交換での弱体化だけど。試験期間への突入が追い風となって、活動停止の2週間が僕的にはラッキーだった。

 最近のギルド活動の内容はと言えば、10年クエストのダンジョンを攻略し終えてからはお気楽モードで。沙耶ちゃん達の尽藻エリア開通ミッションのお手伝いとか、そんなお気楽な行事にかまけていると。

 ハヤトさんのギルドも、1つ目の100年クエストを攻略したとの噂が流れて来て。ハンターランキング戦の結果も、どうやら1位は業火のアリーゼが獲ったらしく。

 さすが老舗でも、栄華と多勢を誇るギルドである。


 僕らからしてみれば、凄いなとしか言いようが無い感じだけど。ギルド内では、僕以外は誰もライバル視をしていないので、特に焦った感情も芽生えていない顛末で。

 それでも同じ100年クエストのクリアを目指すギルドの情報、こっちも頑張ろう的な盛り上がりの会話は一応あった物の。試験期間がもうすぐに迫っているので、大掛かりなイベントにも手を付けかねている感じである。

 取り敢えず、ギルドで順番で廻している次の依頼はホスタさんの番である。自分の装備にはあまり興味が無いホスタさんも、自分の獲得した館の運営や飾り付けは楽しい様子。

 領民からのクエ依頼も貯まって来ていて、ちょっと気にしているよう。

 

 今日は週の真ん中で、先生も神田さんも午後がフリーな曜日でもあるのだけど。ゲームのインよりもみんなで出掛けようとの意見が出て、花の展覧会に出掛ける事に。

 これは一応神田さんの発案なのだが、前もって僕は相談を受けていた。帰り道でたまに遭遇するのだが、そんな時は僕も自転車を止めて軽く会話を交わすのだ。

 相談の内容は、稲沢先生を誘いたいのだけどどうしようという恋の悩みで。僕がこの前のチラシを思い出して、展覧会にでも誘えばと軽く提案してみたのだが。

 いきなり二人きりでは警戒されてしまうと言うので、それじゃあギルド員のみんなで行こうとセッティングに奔走して。頃合いを見てバラければ、二人きりになるチャンスもあるだろうし。

 何故か入念な打ち合わせで、ギルドのオフ会セッティングは秘密裏に進められ。


 そんな訳で、その当日の放課後は賑わいながらの大移動。幼稚園の隣の公園で待ち合わせしたのは、サミィとメル姉妹もついでに誘ったから。母親の小百合さんも同行して、総勢8人だ。

 会場は平日とは言え、かなり賑わっていた。イベントにしては長期に渡る感じで、週末だけではなく一週間続けての開催らしい。展示品が生モノなので、新鮮な内にと言う事なのかも知れない。

 確かに広い展示場内は、一目で見モノだとの感想を受ける。


「うわぁ、花の種類も凄いけど、匂いも凄いっ。花の道が出来てるよっ!」

「凄いねぇ、これは来た甲斐があったよっ。初日だけど賑わってるねぇ」

「早速だけど、写真撮ろうか。小百合さんとメルとサミィで、そこの花の前に並んで」


 それからは、あちこち移動して花を愛でたり写真を撮ったり。神田さんは先生の隣で花の説明をしており、その知識の多さで結構ポイントを稼いでいる様子。

 何となく気を使う僕は、皆を少し急かして年長組と少し距離を取ってみたりと。こちらはこちらで盛り上がっているので、そんなに気を回す必要も無い感じ。

 僕も沙耶ちゃんや優実ちゃんと写真を撮って貰って、何だか照れてしまったけど。メルやサミィとは全く違った雰囲気なので、それは仕方が無いと言うものだ。

 メルがしきりにからかって来るが、大人になれば彼女も分かる。


 1時間近く展示会を楽しめたのだが、その後は花より団子なメンバーの意見で軽食会に。ところが近くのオープンテラスの喫茶店は、人手の多さに空いてる席はほんの僅か。

 集団を分けようとか、他に近くに良いスポットを探そうとか案は出るものの。近くに良い場所が無いから、ここがこんなに混んでいるのだ。大学の学生食堂ではさすがに味気ないし。

 皆で悩んでいたら、優実ちゃんがウチでのお茶会にしようと言って来た。


「ウチか沙耶ちゃん家に、オヤツ買って乗り込もう! そしたら時間も気にしないで済むよ?」

「そうねっ、近いし途中にコンビニあるから、お店探してうろつき回るよりいいかもっ。小百合さんもどうぞっ、ウチの母さん全然人見知りしない人だから」

「えっ、いいのかしら……突然お邪魔して、迷惑でないと良いけど」

「サミィは以前に、お邪魔した事ありますよ。その時凄く沙耶ちゃんのお母さんに気に入られたし、問題無いと思いますけど」


 何より子供たちが、もっと遊ぶ気満々である。母親の手を引いて、沙耶ちゃんの後へと続いて行く。先生や神田さんは、相談の結果二人席でお茶をして帰るとの事。

 僕的には、二人で抜け出して貰っても全然オッケーだったので。って言うか、それが目的だった部分も。ここで二人にお別れの言葉を掛けて、その後引き続いて6人の集団移動に。

 ワイワイと騒ぎながら、買い物を済まして橋を渡って行く。


 沙耶ちゃんの家についても、騒ぎは大きくなるばかり。子供たちははしゃぎ出すし、親同士の会話は最初硬くて格式張っているし。飲み物を用意しながら、それでも会話は弾んでいるよう。

 子供が女の子ばかりとか、共通点も見受けられる二人なので。歳も割と近い事もあって、しばらくしたら打ち解けた雰囲気で、キッチンに引っ込んだまま戻って来ず。

 リビングは僕らで独占、お茶の用意は沙耶ちゃんが引き継いで行って。メンバーは完全に寛ぎモード、話題はメルの学校生活とかゲームの話などなど。サミィは母親の方に付いて行って、今はこちらにはいない。

 メルもこの家は初めてだが、完全に主導権を握っている感じ。


 思い付いたようにゲームに自分のキャラを接続したメルは、自分の隠れ家の内装をひとしきり自慢し始める。僕の合成でかなり様変わりした隠れ家は、メルのかなりの自慢の種らしく。

 この間入手したネコ柄の壁紙とか、大きな変なぬいぐるみとか。食いついたのは優実ちゃんを始めとする女性陣。羨ましがったり隠れ家に興味を持ったり。

 あれからさらに手を加えて、かなりド派手な部屋になっている。


「内装のほとんどを、リンリンにやって貰ったもんねっ♪ 凄く可愛くなってるでしょ?」

「可愛いね~っ、この壁紙いいなっ♪ 隠れ家って、私達は持った事無いねぇ、沙耶ちゃん?」

「そうだねぇ……最近は栽培するから、私の貸りてる部屋の中の荷物がやたらと増えて来ちゃって。そろそろ自分の家が欲しいよねぇ、優実?」

「館の部屋の使用許可をホスタさんに貰ってるけど、館の部屋って手狭だし、ワープ地点が遠くて使い辛いよねぇ。いいとこ、使わない物を置いておくロッカー代わりかなぁ?」

「ここの土地は尽藻エリアだけど、安いしお庭もついてるよ? リンリンに頼めば、隠れ家作ってくれるし……隣の土地が売り切れない内に、みんなで買っちゃえば?」


 ほほぅと感心した沙耶ちゃんと優実ちゃんは、既に購入金額や庭の大きさを質問攻め。最近はギルド活動で個人資金は潤っているので、余裕で買える金額は貯まっている感じ。

 母親の方にくっ付いていたサミィも、退屈になったのかこちらへと舞い戻って来た。手に持ったコップを受け取って、何となくサミィの世話を始めてしまう僕。

 いつもの事だが、子供は愛情が自分から逸れてしまう事に敏感である。サミィが会話に入れない状況でも、精一杯彼女を構ってやらないと寂しい思いをさせてしまう。

 子守り役を仰せつかってからは、僕はそんな事に神経を使っている。

 

 テーブルに広げられたお菓子から、適当にサミィの欲しい物を取ってあげている間も。隠れ家の話題は盛り上がりを見せており、僕のレシピも増えていると仲間に告げてみたり。

 サミィはお姉ちゃんからコントローラーを借りて、キャラを街中移動させて遊んでいる。姉の真似をしたがるのは、いつも見られるサミィの行動である。

 ゲームとは言え、他のプレーヤーもいるネット環境なだけに。変な事にならないように注意を向けつつ、しばらくはサミィの好きにさせてやるのもいつもの事。

 本人も結構楽しんでいるようで、将来が楽しみかも。


「そうだっ、ウチにパソコンのコピー機あるんだけど。写真用の用紙が確かあったから、一人1枚ずつプリントアウトしておこうか?」

「データの保存とかいい加減だと、たまに消えちゃう事あるもんね。記念用に欲しいかな?」

「そうだねぇ、私もちゃんと手に取れる写真の方が好きだなっ。メルちゃん姉妹の、多めにコピーしてあげたら?」


 そのメル姉妹は、今は優実ちゃんの提案した良く分からないルールの遊びに夢中な様子。遊戯のような、ゼスチャーゲームのような変な遊びである。

 優実ちゃんは、あれでなかなか子供の心を掴むのが上手な性格で。沙耶ちゃんが、パソコンの操作が良く分からないから、僕について来てと作業の依頼をして来る。

 向かった先は2階の一室で、パソコンのセットの他にはクローゼットや健康機器などが置かれていた。家族の趣味の部屋として使われているらしく、特定の人の気配は漂って来ない。

 パソコンとコピー機のスイッチをつけた沙耶ちゃんだったが、そこからは何をするべきか良く分かっていない様子。操作を僕に任せて、必要なプリント用紙を引っ張り出している。

 僕も慣れない編集ソフトに、ちょっと戸惑いつつ。


 作業を続けながらも、沙耶ちゃんとの距離の近さにちょっとドギマギ。プリントする写真の選考の時にも、沙耶ちゃんの顔がすぐ近くまでやって来て。

 意識してしまうと、それが態度にまで出てしまう。沙耶ちゃんもそれに気付くと、パッと顔を離して真っ赤になって俯いてしまった。変な空気の部屋内に、コピー機の印刷の音が響く。

 その雰囲気を崩そうと、写真のアングルなど話題を振ってみるけど。沙耶ちゃんの応対も、やたらとちぐはぐで終いには何だか可笑しくなって来て。

 紅潮した顔付きで強烈に睨まれて、笑い顔を引っ込める僕。


「こ、これで全員分揃ったかな。先生のと神田さんの分は、僕が預かって帰りにでも渡しておくよ」

「そう……じゃあ下に降りてみんなと合流しようか。リン君は先に行ってて、私は機械の電源落としてから行くから」


 強引に部屋を追い出された僕は、やや呆然としながら言われた通りに階段を降りて行く。照れた顔付きの沙耶ちゃんも可愛かったけど、ふと脳裏に生徒会長の言葉が蘇った。

 僕が出会った頃の沙耶ちゃんは、突き刺すような鋭い視線で自分の意見をズバズバ言ってのけていたけれど。最近は何だか丸くなって、こちらにやたらと気を遣っているような。

 それが良い事か悪い事なのかは判然としないけど、あの頃の彼女の勢いが少しだけ懐かしい。噴き上がるような瞳の中のオーラが、沙耶ちゃんの持ち味だったのに。

 最近は伏目がちで、どこか萎れた植物のようにも見受けられる。


 それでも最近は、僕の毎度のパン昼食を見兼ねて、オニギリやおかずを多めに持って来てくれたりと、沙耶ちゃんにはかなりお世話になっている。女の子らしい細やかな気遣いを、最近は垣間見る事が多くなった気も。

 そんなに長い付き合いではないので、それが単なるお節介かそうで無いかは良く分からないけど。昼ご飯の差し入れに関しては、とても有り難く思ってはいたり。

 身体が大きな僕は、いつもはパン食では放課後までお腹が持たないのだ。そのままの勢いで子守りなどに赴くと、体力が持たなくてとても子供の相手など務まらない。

 メルとかメルの母親には毎回気を使わしてしまって、ついたあだ名はお腹を空かした森のクマさん。彼女達にもおやつや何やらを、僕の為にと毎回用意して貰っていたりして。

 燃費の悪い大きな体躯に、あちこちで恥ずかしい思いをしている僕。


 沙耶ちゃんの変化を感じているのは、幼馴染の優実ちゃんも同じなのかも知れないが。椎名先輩と同様に、特に心配する様子も無いのはそれが良い事と思っている為かも。

 僕にはどうにも分からない、女性の心のあやの難しい部分だと思うけど。リビングに戻ってみると、その女性達がぐちゃぐちゃになって遊んでいるのはどういう事か。

 疲弊がありありと窺える優実ちゃんだったが、メル姉妹はご機嫌な様子で。僕を見つけてリンリンも加わってと、よく分からない遊びに参戦を余儀なくされて。

 いつの間にか、イベント漬けの一日はそんな感じの終焉を迎えて行った。




 試験休止前の土日の夜のインは、ちょっとした大騒動だった。まずは土曜日の夜だが、僕は師匠やハンスさんのギルドと示し合わせて、何とか複数ギルドでの合同戦線を企画して。

 それと言うのも、僕と師匠で合同経営をしていたキャラバンが酷い状態で。バージョンアップでクエが発生していたのは知っていたけど、長い事放っておいたツケが溜まってしまって。経営の行き詰まりで、雇い人がどんどん離れて行く事態は泣くに泣けない。

 加えて本来入る運営での収益が、とうとう止まってしまったのだ。キャラバン経営と言うのは、コレでなかなか難しい経営シミュレーション的な要素があるのだけど。

 あるルートに正体不明の蛮族が出現して、そのルートが使えなくなったのだ。


 この始まり方は、領主のクエと同じだなと気付いた僕は、以前師匠と一緒に偵察に出掛けていたのだ。案の定、獣人や蛮族の集団には人手が絶対に必要な気配を感じて。

 ホスタさんの領主クエを3ギルドでこなした時から、次に手伝って貰おうと思っていたのだが。幸いそちらを一度クリアしてみて、充分にミッションPなどの報酬が出る事が分かって。

 前回のツテで、環奈ちゃんの『アスパラセブン』が参戦決定。ハンスさんのギルドも簡単にオッケーが出て、自分の所のギルドメンバーも時間の都合を付けて貰って。

 これでほぼ、前回と同じ程度の人数は集まりそうなのだけど。


 どうせだからと、フレンド登録をしたばかりの椎名生徒会長にも応援を頼んでみたら。意外にもすぐに『ヘブンズゲート』の了承のサインが出てしまい。逆に沙耶ちゃんが、あんな奴の手伝いは要らないとむくれてしまう始末だったりして。

 それを強引に宥めすかして、何とか4ギルドでの合同戦線を仕切る僕。師匠は表に出たがらないタイプなので、こういう場合は僕がひたすら頑張らないと。

 集合場所とかパーティの編成とか、配置場所やフィールドの具合などを説明して。欲しい人には薬品などを分配して回り、とにかく気を遣いつつも突入前の細かい打ち合わせ。

 敵はバッタの獣人を確認したが、他にも色々出て来そう。


 突入場所は、毎度お馴染みの中央塔。キャラバン運営の報酬の受け取り場所もそこなので、それは問題ないのだけど。キャラバン隊のシステムについて、少し説明しておいた方が良いかも。

 ミッションPを8万消費で得られる、このキャラバン隊の経営権利だけど。要するに、貿易みたいな事をしてアイテムや収益を得る、ゲーム内ミニゲームみたいな物だ。

 領主のシステムと似たような物だけど、こちらは館や領民は付いて来ない。代わりにキャラバンに雇える種族やルートや運営方法は、割と細部まで口出し出来る事になっている。

 それによって、危険度が上がったりレア製品の入手率が上がったり。


 師匠がキャラバン隊に手を出したのは、噂でレア素材を結構入手出来ると聞いたかららしい。実際は、色々と過程が大変だったのは領主システムと一緒だったけど。

 僕と合同経営契約を交わしてからは、割と順調に利益は上がって行く結果に。逐次チェックとか、経営の詳細な決定が運営で利益を上げるコツだったりした訳だ。

 シミュレーションも僕は嫌いではないので、ちょっと前までは1回の商隊でソツ無く10万以上は稼げていた。レア素材などの掘り出し物を加えると、もっと稼げる時もある程で。

 色々とパターンを試して、隊員別に掘り出し物が変化する事も突き止めたのだ。


 隊員はもちろんギルで雇うのだが、コレが属性種族から獣人まで幅広く選択肢があるのだ。忠誠心とかも存在して、荷物の持ち逃げとか襲われた際の被害とかに関わって来て。

 安い隊員ばかり雇っていると、そんな感じで足元をすくわれる。かと言って、給金の高い隊員を長期でたくさん雇うと、こちらの儲けが少なくなってしまう。

 同族性の隊員は裏切りが少ないとか、獣人は忠誠心は低いけどレア素材の入手経路を持っているとか、やればやるほどキャラバン運営の奥深さを知る事となって。

 コレは楽しいなと思ってた矢先の、ルート遮断騒動である。


『それじゃあ、準備が出来たパーティから転送お願いします。前回領主クエに参加した人は、勝手がある程度分かってると思うけど。大人数戦闘になる可能性が高いので、孤立だけはしないで下さいね~』

『了解、ダンディチームは中央を受け持つよ。大物が出て来たら、取り敢えず1体はキープする予定ではいるけど』

『アスパラ2チーム、右翼を担当しますっ! 前回は崩壊しかけたけど、今回は何とか持ちこたえるように頑張りますっ☆』

『ゲートチーム、左翼を担当します。蛮族の拠点の襲撃みたいな感じを、想像しておけばいいのね? それならギルドで何回かやった事あります』

『ふんっ、ギルマスが真っ先に倒されないでよねっ。ミリオンチーム、後方支援から大物処理の予備軍で待機してますっ!』


 早速の舌戦で、ギルマス同士が低レベルな悪口をぶつけ合い始める中。とにかく作戦は、前回の方法に改良を加えた感じにしてある。師匠の手伝いのベテランキャラを、今回はアスパラチームの空いてるパーティに放り込んで。

 これでパーティ全体の底上げをしつつ、壁を厚くする構えである。そして今回、僕らのギルドは後方支援に。回復役も多いし、遠隔使いも多いので、一番適しているのである。

 僕も幻スキルで《桃華春来》という回復技を覚えて、後衛としての役割もこなせるように。派手な技でMPもそこそこ掛かるけど、回復量はなかなかである。

 最後の打ち合わせと口喧嘩の中、次々とフィールドに転送して行くパーティ群。


 僕は、この追加クエストも100年クエストの1つだと踏んでいたのだけど。取り敢えず今回は、まずは小手調べの蛮族撃退から。勇ましいBGMの鳴り響く中、戦端は切って落とされる。

 バッタ獣人の跳躍ステップは、攻撃回避力はピカ一で結構てこずるメンバーもチラホラ。それでも攻撃自体は大した事は無くて、前線が崩れる気配は今の所無い感じ。

 次に投入されたのは、翼を持ち鎧を纏った、見た事の無い白い肌の蛮族。恐らく守護5種族の1つだろうか、有翼族と言う名前らしい。こちらの攻撃を飛び上がって避けてからの落下チャージ技が、恐ろしく強烈だ。

 さらに空から真っ赤な羽根の大鳥が数羽参戦、ここで味方チームに混乱が。


『わっ、この鳥って掴み技からの突き落としで、パーティ離脱技使って来るっ! 喰らうと孤立してヤバイよみんなっ!』

『数はそんなにいないから、こっちのチームで処理するねっ! ホスタさんっ、チャージ技で釣って来てっ!』

『了解っ、近い左の奴から行きますっ!』


 先生の迅速な号令で、後衛に陣取っていた僕らのパーティにもようやく活躍の機会が。もっとも、今まで別にサボっていた訳ではないのだけれど。

 回復や後衛からの攻撃で、結構MPはボロボロだったりするキャラ群。HPの減りは見えてなかったので、むしろ敵との遭遇はドンと来いってな具合である。

 強引にチャージ技で敵対心を煽って、ホスタさんが敵を引き連れて来る。先生がタゲを取ろうと苦労する中、一斉の攻撃集中は今まで溜まっていた鬱憤か。

 こちらも少なくないダメージを受けつつ、それでも飛行モンスターの数は減って行く。


 再度飛行投入されたバッタ獣人とトンボ型モンスターの群れに、戦場は再度混乱するものの。何とか脱落者を出さずに、出現した敵の群れを次々と料理して行くメンバー達。

 ここまでは、人数を増やした作戦は大当たりである。ベテラン助っ人と既存ギルドメンバーとの融合も、今の所上手く行っている様子。お互い助け合って、テンポ良く敵を片付けている。

 敵の増援も、目に見えてその数を減らして行く中。戦闘開始からそろそろ30分、予想通りの大物が、真っ赤な翼をはためかせて戦場に降り立って来た。

 その数、何と3体。騎手を従えたグリフォンが2体と、同じくワイバーンが1体。


『わわっ、強そうなのが3匹来たよっ! ひあっ、ブレス吐いて来たっ、竜が強そうっ!』

『ダンディチーム、竜を抑えるっ! うわっ、こいつ騎手と2部位あるなぁ、気を抜けないぞ!』

『ミリオンチーム、予定通り大物1匹行きますっ! あと1匹、他のチームお願いっ!』

『ゲートチームが引き受けますっ、行くよ相部っ! しばらくキープしておいてっ!』


 生徒会長の椎名先輩のギルドの盾役は、どうやら副会長の相部さんらしい。まだ雑魚を相手にゴタゴタしているが、それはどのチームも同じ事。強引にキープして、被害が拡がらない工夫をしているのはさすがである。

 こちらも沙耶ちゃんが釣って来た騎手付きのグリフォンを相手に、初っ端からかなりの苦戦。2部位の敵だけに、ただでさえ荒々しいグリフォンの攻撃に加えて。

 有翼族の騎手の魔法攻撃が、範囲で吹き荒れる。


 後衛陣も、予期せぬこの攻撃には大慌て。騎手の有翼族は、容赦無く連続で魔法を撃ちまくっている。僕たち前衛は、とにかくグリフォンを落とさないと騎手を殴れない。

 その体力も侮れない、前回も大物の出現に一気に崩されそうになった記憶が脳裏を掠める。特に、ワイバーンを相手にしているハンスさんパーティは苦戦している様子だ。

 僕らも敵の通常攻撃にさえ、戦々恐々としてしる現状。さらに特殊技の範囲攻撃で、体力の低いペット達はノックダウン。最近は粘りが出て来たと言うのに、やはり強敵である。

 僕らも無傷ではいられない。あちこちのパーティで被害が出始め、ログでの報告が既にパニック状態。僕らのパーティでは、盾役の先生が何度も瀕死に追い込まれて。

 皆で回復のサイクルに入るも、MP枯渇でジリ貧状態。


 他のパーティも、まさしくそんな状況なのだろう。盾役が倒れるとパーティ全滅の恐れも出て来るので、皆回復やタゲ交換での現状維持に必死である。

 そんな中、敵の気を逸らそうとしたホスタさんが、うっかり敵の特殊技をモロに喰らって一撃死の憂き目に。僕らのパーティも削り手が一人欠け、一転ピンチに陥ってしまった。

 敵のHPも良い具合に減って来ていたのだが、拮抗した戦況はどちらに転ぶか際どい状況。他のパーティも似たような感じらしいが、環奈ちゃんチームの雑魚清掃完了のセリフから、こちらに風が吹いて来た様子で。

 ひたすら我慢の状況から、ようやく大物の姿が戦場から1体ずつ消えて行き。


『終わった? BGM変わったね……敵もういないよねっ?』

『勝てたみたい~っ、ふうっ、ボスはかなり手強かったなぁ……』

『お疲れ様~っ、やっぱり手強かったねぇ! これで中央塔の受け付けに行けば、報酬が貰えるんだっけ、リン君?』

『そうだね、みんなお疲れ様です。今日は集まってくれて有り難う御座いました。皆さんのギルドのヘルプがあれば、僕らも喜んでお手伝いします』


 ログはお互いのギルド間の挨拶や、また遊ぼうなどの穏やかなものが多く。どうやら今回の集会は成功に終わった模様で一安心。近くに生まれた退出用魔方陣から、キャラ達が戻って行く。

 僕は最後まで残って、戦場に変化が無いか調べていたけれど。案の定、100年クエストの定番の動きがフィールドに見受けられ。少し緊張しながら、それに近付くリン。

 それは、襲撃されたキャラバンの馬車の残骸だった。かなり上空から降って来たらしいのだが、奇跡的に元の形は残っている。残骸のほとんどはゴミだが、気になる物が二つ。

 一つは、木片に半ば埋まっている小さな袋。『豆蔓の種』というアイテムは、どうやらクエスト関連の物らしい。もう一つ、消えずに残っていた有翼族の死体からは『翼のシンボル』と言う謎アイテムが。

 これも同じく、恐らく100年クエストに関連したアイテムだろう。


 試験休止前に、思いがけずに関連クエストを進める事が出来て良かった。もっとも、サンローズの手長族の時のように、イベントを進めてそこから解明が長く掛かる場合もあるかもだけど。

 とにかくこの難関クエストには、先読みや予測は無駄だと思ってしまう。新クエだけにデータも全く無い状態、その分知恵を巡らせて臨まないと駄目だろう。

 障害が多いほど、僕は燃えるタイプではあるけどね。



 日曜日は、ホスタさんの依頼の取っ掛かりだけでも進めておこうとの意見が出て。昨夜の合同イベントでミッションPと経験値もたっぷり貰い、何となく一息ついた感じなだけに。

 軽く何かクエをこなして、それから休止期間に入ろうと学生組の思いは一致。領民からのクエは、今の所2つ程ストックがあるそうで。今夜こなすには、丁度良い量かも知れない。

 ホスタさんの依頼は、領主の館を少しでも見栄え良くと言う事だったけど。領民の覚えを良くする事で、思いがけず装飾品やレアアイテムが贈呈されたりするそうなのだ。

 つまりは、遠回りが案外近道に繋がる訳だ。


『えっと、今あるクエは2つだね。隣街との街道を整備して欲しいってのと、山に入った領民が、白い影を見たってのと。何だか話を総合すると、庭園で暴れた樹木モンスターの白い果実が逃げて野生化したらしいね』

『あれって、まだ話が続いてたんですか。くどいって言うか長いですね……庭園は今使用出来る状態なんですか、ホスタさん?』

『出来るけど、あの枯れた大木は消えずに残ってる……邪魔で仕方ないんだけど、消す方法が分からないんだよねぇ』


 あの大暴れした大樹NMの残骸は、まだ庭園に存在しているらしい。何のメッセージを伝えたいのか、全く伝わって来ないのが変。このままではただの嫌がらせ、でもやっぱり分からない。

 逃げたと言う果実モンスターが、何かしらの秘密を握っているのかも。枯れた大木も、完全な背景ではなくクリック出来るので、何か加工したりするのかも知れない。

 領主関係について、確か調停役のシャザールにヒントを貰ったのだったっけ。領民のクエストから、2つのアイテムを獲得しろとか、合成師が必要だとか。今受けているクエがそうなのかも。

 そうだとしたら、本気で頑張って次のダンジョンの取っ掛かりを探さないと。


 僕の思いとは裏腹に、他のメンバーはのん気な物で。一応にと合成で揃えた薬品類を、僕はメンバーに配って気を引き締めるように口添えするけど。

 戦闘があるのかさえ分からないクエストに、そんな心配はどこ吹く風の一行。最初に受けた街道整備のフィールドに飛ばされて、ワイワイとあちこち見て回っている。

 先生が小さな集落の、壊れた架け橋を見つけて報告して来た。沙耶ちゃん達は、集落の貧相な売り場を覗いていて、珍しい野菜の種を見つけてご満悦。

 集落は、田舎風の建物が十数件軒を並べただけの貧相なものだけど。活気はあるようで、NPCからも色々と話を聞く事が出来た。橋の修繕の依頼も、その中の一つ。

 僕らが最終的に通されたのは、集落の族長の家の中。


『外に積んでる木材、好きに使っていいって♪ リン君、これは素材の価値的に良いモノ?』

『木材は良く分からないけど……多分安物かな? これで橋作るんだろうけど、ロープに特別なものを使えって言われたね』


 年とった族長さんの話では、簡単に壊れないように、集落では伝統的な山の蔦を使用しているらしい。それを取りに行って来てくれと、依頼は変な膨らみを見せ始め。

 促されるまま、集落の裏側の道から山に入り込むと。険しい山道には、チラホラとモンスターの影が。それを倒しながら、パーティは族長から聞き出したポイントを目指す。

 合成素材ハンターみたいで、僕的には結構面白いクエだとの認識。


 いよいよ突き当たりの小さな森の広場で、立派な樹木が視界に入って来た。その巨大な幹には、どこかで見たような変な生物が巻き付いていてビックリ。

 新エリアで散々うろついた、樹海エリアで遭遇した蔦NMだ。色は違うが、恐らく特殊技などは一緒だろう。近付いた途端に撫でられて、瞬殺された記憶のある沙耶ちゃんは、アイツは危険だと皆に警告しているけど。

 改めて戦ってみてやっぱり納得。あの時はいきなり、僕の《封印》で敵の特殊技を封じての辛勝だったのだ。結構な確率で来る蔦の7連撃は、盾役の高い防御力をも平然と貫いて行く。

 さらにバインド効果の特殊技で、前衛は大わらわ。


『キャ~ッ! 蔦の化け物だと侮ってたけど、攻撃力高いじゃないの、コイツ!』

『だから危険だって言ったじゃん、ってかコイツ倒す必要あるんだっけ?』

『よく分からないけど、コイツが素材落とすんじゃ? 橋の原料?』

『多分そうだから、やっぱり倒さないと駄目だね』


 散々文句を言いながら、戦闘は続行されて行く。修羅場を潜って来た僕らのパーティだったが、少し気分的に弛んでたのが苦戦の理由だったのかも。

 それでも10分後には、何とか蔦NMを倒し切る事に成功。ドロップしたのは、族長の言葉通りの変わった名前の蔦素材。これで後は、合成レシピを調べて橋作りを着工してしまえば良い。

 当然のように素材は僕の元へ。これで最初のクエはお終い。


 館に戻って、パーティは少しの休憩。それから次のクエの検証へと赴くと、通されたのはやっぱり先程の集落だったり。NPCへの聞き込みで、ようやく目撃現場が判明。

 今度は、敵の存在ははっきりしている。改めて気を引き締めながら、薬品類をポケットに補充し直しての移動。今度も集落から、そんなに離れていない場所らしい。

 裏道を教えられて、今度はやや緊張しながら探索へと向かう一同。


『今度の敵も、やっぱり強いのかな? 白い敵って、そもそもナニ?』

『だから、この間庭園で退治した樹木モンスターの……子孫? 何だろうね、やっぱり樹木モンスターなの? 白いのは、突然変異?』

『何なんだろうね……今から戦う敵の情報が少ないのは、確かにちょっと怖いかなぁ』

『そうだねぇ、多分植物系のモンスターだと思うけど。樹木NMもあれだけ強かったし、気を引き締めて掛かった方が良いと思うけど』


 ホスタさんも、多少自信なさげのコメントでの応答。今回もさっきと同様、密集した樹林を縫うように曲がりくねった山道を進む。途中に敵は出て来ず、それは先程とは違うけど。

 油断していた訳ではないが、不意にひらけた場所が目の前に出現して。何か出てきそうな雰囲気を感じた時には、もうBGMが戦闘時のそれに変化していた。

 パーティは咄嗟に、敵の出現に身構える。予想通りに敵は出て来たが、敵の数が2匹もいたのには驚いた。計算外の出来事に、パーティ内では聞いてないよと大騒ぎ。

 1体は、古い切り株のような樹木モンスター。木製の人形みたいに、変な継ぎ目が見えるのは魔法生物だからかも。その隣には、目撃情報通りの白い肌の有角族が。

 間違える筈が無い、多人数バトルで散々目にした敵だ。


 もっとも、あの時の敵は皆肌の色は黒っぽかったけど。こいつが噂の、館から逃げ出した白い影の正体らしい。ただでさえ強かった有角族に、ボディガード付きとは予想外。

 それでも戦闘は、いきなりの有角族の攻撃魔法から始まった。しかも範囲系の大技、咄嗟に反応して潰そうと行動したホスタさんのチャージ技は、切り株人形にブロックを喰らい。

 悲鳴だか絶叫の上がる中、結局先制を許しての魔法の大打撃。既に支援魔法を掛け終わって臨戦体制のはずが、何たる失態だろうか。優実ちゃんの範囲回復が、こちらの反撃の合図。

 それにしても邪魔な切り株人形、挑発技が超強力である。


 元は盾スキル技の、この挑発という技。敵に使われると、そいつしか殴れなくなってしまう厄介な特性を持っていて。結末は見ての通り、後衛技を持つ敵がフリーになってしまうのだ。

 もちろん敵の狙いは、切り株が足止めしてのボスの魔法削りである。その白い有角族の魔術師を殴ろうとすると、問答無用でボディガードが挑発技を使用して来る始末。

 こちらの通常戦法を敵側にやられると、何ともウザくてもどかしいのは仕方が無い。最初の内は、そんな感じで敵方のペースで戦闘は進んで行ったのだけど。

 魔法素通しは、さすがに不味いと気付いた沙耶ちゃん。魔法で魔術師のタゲをとって、そのままマラソンに持ち込んで行く。ああ見えて、なかなか器用な沙耶ちゃん。

 魔法の有効範囲を巧みに利用し、敵が魔法を唱え出したら射程外に逃げている。


 さらに沙耶ちゃんの銃スキル技の《粘弾》は、敵の詠唱速度を下げる効果もある様子。そこまで計算してのタゲ取り行為だったのかは定かでないが、これで前衛は大助かり。

 優実ちゃんも、回復のサイクルから逃れられて一安心のコメント。切り株人形の特殊技は、石化とか根っこのバインドとか、どこかで見た強力なモノが多かったけど。

 一応予測して、万能薬系の薬品を多めに持参して大正解。


『はやく切り株やっつけてっ、マラソン案外大変なのよっ!』

『もうちょっと、以外と体力あるのよコイツ! 攻撃力は大した事無いんだけど』

『完全に分業制らしいね、攻撃はあの白い奴が担ってるみたい』


 そんな事を報告し合いながらも、順当に切り株人形のHPを削って行く前衛陣。優実ちゃんも攻撃に回る余裕が出て来て、一層始末の速度を速めるサイクルに。

 ようやく前衛役の切り株人形が没。続いての魔法使いの有角族には、真っ先に《兜割り》からの魔法封じを敢行するけど。耐性が高いようで、利きが悪い事この上ない。

 しかもハイパー化すると、この白い有角族の魔術師。スタン魔法や麻痺魔法を、詠唱無しで連続使用して来る。動きを散々封じたところで、殴り技に魔力を乗せた洒落にならない大技を見舞って来る。鎧では防ぎようの無い打撃技に、盾役の先生も悲鳴を上げるほど。

 確かに盾役のHPを、一気に4割も喰らわれては泣きたくもなるだろう。


 幸いハイパー化は、30秒程度で静める事が出来たので。その後はイケイケの追い込みを掛けて、とにかく次の手を打たせないようにと戦闘を進めて行く。

 近接戦に持ち込めば大丈夫だろうとの思いは、しかし大外れ。直接攻撃も持ち併せている相手に、後半もかなり際どい攻防を繰り広げるも。何とか被害を最小に持ち込んで。

 気付けば15分以上にわたる大熱戦だった。それでもハンターPとかミッションPとか、報酬を結構たんまり貰ったのは100年クエスト関連だからだろうか。

 そしてドロップしたのは『導きのランタン』と言うクエアイテム。


 時間もそろそろ押して来ていて、落ちようかとパーティで相談も始まる頃。僕はこのアイテムをどこで使うのかと、ちょっと思考の檻に入り込みそうに。

 何にせよ、今夜の冒険は両方とも無事に終わった模様。これで安心して試験休止期間にも入れそうな感じで一安心。もっとも謎も増えてしまい、ちょっとモヤモヤしたものが。

 取り敢えずは頭の中から追い出して、休止準備をしておかないと。


 最近は合成依頼もコンスタントに来るようになって、僕もインしてから30分は忙しく依頼をこなす毎日だったりして。ギルド関係で親しくなった人達から、直接指名が来たりもしていて。

 当分はそんな日々ともおさらばなのは、ちょっと寂しい気もするけど。キャラバン隊が再始動して、結構珍しいアイテムを拝める機会も増える予定だと言うのに。

 そんな事を考えるに、僕は冒険者より合成師としてゲームに携わっている割合が多い気も。それもまた正しいプレイの方法、本人が楽しんでいればそれが正解なのだから。

 2週間休業の書き込みと共に、僕はゲームの電源を落としたのだった。





 試験前の部活動休止期間に入っても、子守りのバイトはお休みなど無い。むしろ夏休みに入ったら、何だか時間が増えてしまう可能性すらありそうで。

 幼稚園も夏休みに入って、子供の面倒をちょっとの間頼むパターンが増えて来そうとは、母親の小百合さんの弁。それは構わないのだが、何だか人数も増えそうと言われてしまって。

 サミィの友達の親御さん達も、お気楽にピアノを習いたいと言って来ているそうで。ちゃんとした教室に通わせるにも、園児ではお気楽さの面とかで躊躇われる物があるそうなのだ。

 その点知り合いの家で、子守り的に学び事をさせると言うのは良いアイデア。小百合さんも自宅を開放すると言ってしまった手前、何だか後に引けない包囲網が。

 その分バイト代が増えるみたいなのは、ちょっと嬉しいけど。


 子供のパワーと言うのは、人数が増えるほど相乗効果を見せるモノ。かなり怖い感じはあるのだが、後には引けない雰囲気かも。いざとなったら、小百合さんも手伝ってくれるらしいし。

 そんな事を考えつつ、今日の子守りへと向かう途中で。神田さんの花屋さんに立ち寄って、笹の葉を分けて貰ったりなど。七夕のイベントをサミィと交わしていたので、これはその準備。

 飾り付けの短冊などは、幼稚園で作ってしまうと前もって聞いている。今日は友達も来るそうで、昨日の電話ではかなり張り切っていたサミィだったけど。

 何にしろ、今日はキッズパワーのお試しデーでもあるのだ。


「わっ、リンリンの持って来る笹、もっと大きいのかと思ったけど。ちっちゃくて、可愛いねっ」

「ただで花屋の神田さんに貰って来たんだから、今回はコレで我慢して。今日来る友達って、もうみんな集まってる、メル?」

「集まってるよ、私の友達ももう来てるし。何か、予定したより大人数になっちゃった」


 玄関前で待ってくれていたメルと挨拶を交わし、僕らはいつものように軽口をたたき合う。メルの言う通り、招かれたお客さんは頭の中で計算しても多人数の様子。

 サミィの友達の親御さんとか、メルの友達の例の兄妹とか。サミィの友達は、遊び相手でよく遊びに来るこよりちゃんとか、近所の双子の兄妹とか。

 僕も名前を知っている、勇斗君と愛奈ちゃんだ。メルの友達は、以前もオフ会で一緒に食事をしたゲーム友達。これだけ集まればカオスかと思ったが、母親も一緒なせいか意外と静か。

 お行儀が良いのは、この辺りの子供には共通した特性である。元気に挨拶するし、言葉使いも丁寧だし。都市伝説みたいなもので、この街の子供の知能指数は他より飛びぬけていると聞いた事があるけど。

 あながち嘘ではないかもと、子供達と数多く接していると肌に感じてしまう。


 地域ぐるみで、教育に力を注いでいるのが大きいのかも知れない。学園都市の名に恥じず、そういう努力は至る場所に感じてしまう。習いもの教室も、駅前に結構軒を並べているし。

 積極的に小さい子供を受け入れる体制もあるけど、やはり料金はお高い感じなのは否めない。そこで白羽の矢が立ったのが、近場でお安い子守り役の僕らしいのだが。

 ピアノ教室も両手を使って知能の発達に良いとの噂、逃す手は無いって事かな。


「リンリンも短冊に願い事書いてよ。そしたらお庭の見える縁側に飾ろうっ!」

「ほい、了解……飾りつけは、アレは上手く行ってるのかな? 幼児達の群れが、無茶しているようにも見えるけど」

「ママも付いてるし、平気じゃないかな? 笹の原型は、少なくとも保ってると思うよ?」


 ハンス宅では、しばらく親御さん同士の雑談やらお茶会が開かれていて。子供たちは子供たちで、七夕の飾りつけ作業に夢中になっている最中らしく。

 芸術的にはどうかとは思うけど、その熱意は評価に値すると思う。もう少し大き目の枝があれば良かったのだけど。こんなに人数が集まるとは、正直思っていなかったのだ。

 飾りの色紙が多過ぎて、笹の葉との割合が破綻しかけている気が。

 

 僕は自分の短冊を持って、幼児の群れに合流してみる。子供部屋の床の半分を占領している笹の葉は、まだまだ青々として生命力に満ちているけど。

 子供たちの願いの数に、やや根負けしている感も無きにしも非ず。オーちゃんが珍しそうに、さらさらと心地良い音を立てる葉っぱを遠目で吟味している。

 園児の群れを縫って、わざわざ近付く危険は冒しては来ないみたいだけど。それでも好奇心が近くで見たいと囁くらしく、僕を見付けると肩に飛び乗って来る。

 僕はサミィに書いたばかりの短冊を渡して、皆の願いをさり気なくチェック。


 かけっこが速くなりたいとか、食べ物の好き嫌いをなくしたいとか無邪気な願いの中に。メルとサミィの短冊には、母親の病気が良くなった感謝が書かれていた。

 母親の入院騒ぎは、それ程幼い姉妹にはショックだったのだろう。その経験があったせいで、今は母親のいる幸せを普段以上に味わっているのだろうけど。

 あの時の病院での出来事は、無論今も僕にも重く圧し掛かっている。そして姉妹の崩れ落ちそうな脆い心に触れた時の、逃げたしたくなる程の恐れも。

 傷を負った幼い心を、どうやって護るべきか未だ僕は知らない。


 その後は僕の伴奏で、七夕の歌を大合唱したりして。お母さん連中は夕食の準備、どうやら今夜は宴会モードらしい。それが整うまで、僕は子供たちの相手をこなす事に。

 子供たちのリクエストを聞きながら、次々と曲を奏でて行く。メルが小学校の音楽の教科書を持ち出して来てからは、場はかなりの盛り上がりを見せ始め。

 歌詞がついているので、何度か練習すれば園児たちも歌う事が可能なのだ。ピアノ教室と言うよりは音楽教室だが、僕は子供の気の向く方に任せる方式を取っている。

 メルとサミィを相手にも、いつもこんな感じ。サミィは特に、歌う方が好きなのだ。


 オーちゃんがたまに、歌に参加するのが面白くて、サミィと僕は毎回同じレパートリーを練習しているのだ。メルは割と熱心に、鍵盤の両手弾きを練習している。

 自主練習も欠かしていないようで、目に見えて上手くなって来ている。それはサミィも同様で、何より二人とも音楽が好きな上に、両親に聴かせてあげる楽しみを覚えている。

 良い生徒を持った僕は、ある意味果報者かもしれない。

 

 キッチンからは、良い匂いが談笑と共に漂って来ていた。数家族を交えての夕食会の支度は、ぼちぼち整い始めているようだ。その後に皆で天の川を見て、願いが叶うのを祈るのも良い。

 最後に僕が、短冊に書いた願いを報告しておこうか。それはある意味、一番贅沢な願いでもあるだろうけど。僕としては切実で、現状の採点に満点近くをつけている証拠でもあるのだが。

 だって、これ以上の幸せを願うとバチが当たる気がしてしまうので。


 この平和で楽しい日々が、いつまでも続きますように――

 

 



 期末試験の1週間前だからといって、何も奇妙な事件が起きないと言う訳ではない。って言うより、僕は試験勉強に気を取られていて、完全に無防備状態だった。

 その日はバイトの休みの日、僕は沙耶ちゃんの家で恒例の試験勉強を行っていた。数時間の真面目な勉強会は程よい進行具合で、皆が満足して解散となって。

 夕食の誘いを断ってから、僕は学区エリアに足を向けた。ハンス家や師匠の家では普通に夕食をご馳走になるのに、どうも沙耶ちゃんの家では勝手が違ってしまう。

 やはり沙耶ちゃんの父親と席を一緒にするのが、緊張すると言うか何と言うか。何度か話をする機会はあったのだが、向こうも少しだけ緊張している様子で。

 お互いがギクシャクしてしまって、やたらと気を使ってしまう。


 ハンスさんや師匠宅のように、父親の方と知り合いだとそんな気は使わないのだけど。その分、沙耶ちゃん宅では、お茶やら何やらで普段から優遇して貰って。本音では、あの家にお邪魔するのは結構楽しかったりする。

 何だかんだで、合同インは週に1~2回のペースで参加していたりする。沙耶ちゃんのお母さんとも、今ではすっかり顔馴染で。簡単な頼まれ事は日常茶飯事だったり。家具の配置換えだとか、機器の設定だとか。

 環奈ちゃんも普通に、最近は僕をお兄さん扱いして来るし。


 今日も一緒に、リビングで試験勉強をしていたのだが。環奈ちゃんは中学でも有名な秀才らしく、僕が教える手間も要らない感じ。逆に沙耶ちゃんと優実ちゃんの面倒で、結構大変だったり。

 とにかく勉強と言うのは、自分でするより教える方が大変だと僕は思う。同じギルドの稲沢先生などは、塾で毎日子供達に勉強を教えているとの話だけど。

 その大変さは、語らずとも分かってしまう。


 そんな勉強後の余韻に浸りながら、僕は大学の敷地の自転車置き場まで辿り着いた。自転車を回収してビル街に抜けるか、師匠の家に夕ご飯にお邪魔するか。

 僕はメールをチェックしながら、父さんへと連絡を取ってみるけど。今日は都合が悪いとの事、僕の方も出歩く気力が無くて夕食は大学の食堂で済ませる事に。

 ここの大学は複数総合の学科を誇っており、大学の規模もキャンパスの広さもかなりのモノである。学園都市の一面も持つ大井蒼空町の、表の顔と言っても過言では無い。

 県外にも有名で、地元からの入学も難関だと言われている。


 それはさておき、学食のレベルも実はかなりの水準である。要するに、安くて美味しくて量もあると言う事。メニューも豊富で、営業時間も朝から深夜まで頑張ってくれている。

 大学内の胃袋はもちろん、中高生や社会人にも人気があるお気楽スポットではあるのだが。大抵の時間で賑やかで、全く落ち着ける雰囲気でないのが玉に瑕。

 お手軽な場所過ぎて、有り難味が薄いのが難点だろうか。


 食券を買ってのセルフサービス式の配膳は、合理的で僕も嫌いではないのだけれど。やっぱり味気なさは否めない、今日の客入りもまあまあな感じで騒がしい。

 僕は端っこの空いている長テーブル席を占領して、一人夕食を食べ始める。急いでも仕方が無いので、行儀が悪いけど本を読みながらのゆっくりした食事ペース。

 大学生も試験期間中なのか、どことなくピリピリした雰囲気だ。


 そんな感じで僕が食事を取っていると。同じくお盆を持った女の子が、不意に僕の前の席に座って来た。小柄過ぎてそうは見えないけど、この時間に私服と言う事は大学生だろうか。知らない人だけど、ショートカットの美人である。

 童顔で白い肌、簡素なシャツとジーンズ姿で化粧っ気は無いけど素材の良さは逆に際立っている。最近は美人を見慣れているせいで、それ程ときめいたりはしないけど。

 沙耶ちゃんみたいな派手に整った容姿ではなく、落ち着きのある静かな印象だ。無表情に黙々と食事を始めたので、訝りながらも僕も本に視線を戻したら。

 不意に話し掛けられて、僕は驚いてその女性に視線を走らせる。


「……何で逃げた」

「は、はいっ……?」

「封印の疾風のリンでしょ? 面はハヤトから割れてる、何で逃げたの」

「えっ、え~と……」


 ハヤトさんの名前が出ると言う事は、彼のギルドのメンバーなのだろうか。大所帯過ぎて、ハヤトさんは最近指揮を直接取っていないとは聞いていたけど。

 物凄い恨み節をぶつけて来たこの女性は、多分ゲーム内で僕とコンタクトを取ったのだろう。沙耶ちゃんの迫力のある真摯な瞳とは違う、何と言うか怨念のこもった眼力。

 大好きな玩具を取り上げられた子供のようにも見え、僕は後ろめたさに見舞われるけど。その理由が判然としない、人違いと言うパターンは無いだろうけど。

 そう言えば、ランキング戦でハヤトさんのギルドのキャラと対戦したような。


「あ、あの……ハヤトさんのギルドの……白い死神?」

「その呼ばれ方は好きじゃない。あれは仲間が、ふざけて付けたあだ名だから……戦いを前にして、何で逃げたの?」

「え、ええと……僕がランキング戦に参加してたのは、100年クエストの情報収集が目的で。予選を通るなら、戦闘は二の次と決めてたもので……」

「戦いの舞台に上がって、逃げるのはズルい! 優劣をはっきりさせないと、参加した意味が無いじゃないか! 私のギルドでは、ギルド内同士でも真剣に戦うって決めてたんだ!」


 なるほど、そういう信条でバトルロイヤルに臨んだらしい。しかし、ルールがポイント制である限り、予選突破に必要なポイント以上の戦闘は避けても全く問題無いと思うのだが。

 力と力でぶつかれば、それは当然より強い力を持つキャラが勝つに決まっている。僕のキャラはレベルが140しか無く、しかも体力や攻撃力的にブーストが難しい変幻タイプである。

 そんな不利な条件を前に正々堂々と戦えと言うのは、そもそも前提がおかしいのだ。前もって策略を練って、さらに奥の手を隠して臨むのが、僕の精一杯の真剣さだ。

 それを批難するのなら、それなりの正当性をもって反論を。


「うっ、ううっ……」

「そもそも、ルールに則っての戦闘ならば、2対1とかもありになっちゃうし。強敵との対戦をあえて避けて、敵にポイントを与えない戦法のどこが卑怯なんですか?」

「うっ、ふううっ……!」


 どうやら言い負かせたらしい。白い死神は、頭から湯気を出して僕の言い分を必死に反芻している様子だ。反論を何とか探しているようだが、口下手な性格らしく言葉が全く出て来ない。

 僕はそそくさと食事を続けながら、さり気なく会話の方向を変えてみる。ちょっと可愛そうになったのと、この女性の性格が単純そうだと判断したためだけど。

 軽くジャブに名前を尋ねると、篠田恵しのだめぐみだと小さな声での返答。


 僕も本名を名乗って、これでまぁ他人ではなくなった。変な話だが、ネット世界で活動しているとこういう事態は良くある事。気にせずに、次に振る話は向こうのギルド活動状況。

 風の噂で、向こうも100年クエストのダンジョンを1つクリアしたとの話を聞いたけど。大規模のギルド構成員で、どんな感じで活動しているのか気になって。

 その話を向けた途端、彼女の自尊心は復活した模様。


「わっ、私が100年クエスト進行を担当している部隊長だっ。構成人員は10人位いるけど、ダンジョンは1パーティ限定だから、多少は持ち回り的に構成を変えたりして。でも、ダンジョンをクリアしたと言う話は、間違いだっ。ギルド内の精鋭とは言え、アレはかなり難しい。5種族ダンジョンは、既に2つクリアしたけど……多分、そっちの噂が歪んで伝わったんだと思う」

「5種族ダンジョン? それって、100年クエストの守護役の5種族?」

「違う、それに対応する新種族が、前回のバージョンアップで同時追加されたんだ。彼らの集落を探し当てて、仲良くなるとダンジョンの突入資格を貰えるんだ。それで新スキルの宝珠を貰ったり、珍しい武器装備を貰ったりした」


 ぶっきらぼうな喋り方は、彼女の持ち味らしい。その分簡素で、情報は簡略化されていて僕的には好ましい。どうやら彼女がクリアしたのは、僕らがネコ獣人のダンジョンを攻略した感じのものらしく。確かにあの時、新スキルの宝珠を報酬に貰ったっけ。

 前回の新種族の追加は、結構大掛かりだったようだ。5つの新スキルに対応している守護役の種族に加え、さらに対応する種族が5種族。そう言えば、ハヤトさんがそんな事を話していた。

 僕はメモ帳を取り出して、上から『幻』『魔』『聖』『竜』『獣』と書いて行く。


 幻――幻惑族*『ミリオン』攻略済み*『アミーゴ』攻略中/○○族

 魔――有角族*『アミーゴ』攻略中              /針千本族*『アミーゴ』攻略済み

 聖――有翼族                          /フェアリー族*『アミーゴ』攻略済み

 竜――真龍族*『アミーゴ』攻略中              /龍人?

 獣――手長族                          /ネコ獣人(イヌ獣人を含む?)*『ミリオン』攻略済み


 不確定要素だった有角族と有翼族、それに手長族の対応新スキルは恵さんが教えてくれて。って言うより横から奪って勝手に書き込んで、ウムウムと一人納得している様子。

 二人の情報を突き合わせても、まだまだ埋まらない名前は存在している。それでも恵さんチームが攻略したのは、針千本族とフェアリー族のダンジョンだと聞き出せて。

 そう言えば、ハヤトさんから魔の宝珠を貰ったっけ。お返しに僕も、幻惑族とネコ獣人のダンジョンを攻略したと報告すると。恵さんは目を丸くして、相当ショックを受けたよう。

 再び恨み模様が眼に溢れ出し、僕は慌てて謙遜の言葉。


「次の手掛かりが、僕らはほとんど持っていない状況で。篠田さんの方は、3つのダンジョンの場所を確定しているらしいじゃないですか?」

「なかなか奥まで進めないけどね……この難しいクエスト、あなた達は独力で解くと豪語したそうじゃない。ハヤトが負けるなって言って来たけど、私だって負けるつもりは無いもん。前哨戦だと思って挑んだのに、何で逃げたっ?」


 また振り出しに戻ってしまった。恨みがましい目付きでこちらを睨みながら、それでも彼女は食事をあらかた食べ終えた様子。僕もとっくに食べ終えていて、そろそろ帰宅したいのだけど。

 向こうは逃がすつもりは無いようで、僕の食器を下げる移動にもしっかりついて来て。有益な情報交換でしたと、締めの言葉を口にしたつもりが、がっちり手首をロックされ。

 これで笑顔で微笑まれたら、そんなに悪い気分ではないのだけど。


 しかめっ面の恵さん、立つと益々小柄なのが分かる。大学生なのかと尋ねると、他に何に見えると返されてしまった。150センチ位の身長に童顔は、下手すると中学生のようにも見えて。

 連行されたのは、部室棟の中の一部屋。ここら辺はいつも素通りなので、僕には土地感が無いのだけど。ゲーム研究会と窓越しに看板が立て掛けてあって、割と広い部屋内には予備モニターが幾つも机に置かれている。

 噂に聞いていた、大学のファンスカ愛好会らしい。最近は10年選手を擁する社会人チームに押され気味だが、その基盤となる数年前は凄かったらしい。

 今もそれなりには活躍しているが、ゲーム歴は精々が5年前後の選手ばかり。データ取りとか熱心にする訳でもなく、逆に狩り場荒らしとかマナー違反をする訳でもなく。

 本当に愛好家の集まりといった感じ、オフ会の熱心なライトユーザーも多いそうな。


「篠田さんは、大学のゲームサークルに入ってるんですか?」

「入ってない、私は『アミーゴ☆ゴブリンズ』一筋だから。でも顔は利く……ちょっとでいいから、封印の疾風のキャラ見せて」

「嫌ですよ、ランキング戦で当たる可能性のある相手に見せれる訳無いでしょ」

「見せて」

「嫌です」


 部室内には明かりが灯っていたものの、人はほとんど残っていなかった。夕食の時間帯なので当然とも言えるが、室内にいた学生もこちらには注意を払っていない。

 それを良い事に、恵さんは端っこに陣取って勝手に予備モニターの電源を入れる。何でこんな事に付き合っているのか、自問しつつも気がつけば彼女のペースに。

 そんな事を考えている間に、早々と自分のキャラを起こした恵さん。自慢気にどうだと胸を反らして、誇らしげな威張った表情。どうやら、自分のキャラを見て褒めて欲しいらしい。

 メルとよく似たその仕種、どうやら性格も子供っぽいような。


 仕方が無いので、彼女のペースに乗ってちょっと見せて貰う事に。戦士タイプのキャラの設定は、師匠のをいつも見せて貰っているので新鮮味もそんなに無いのだけど。

 グレイスと言う名前の光属性のキャラは、ごくごくスタンダードな両手武器の前衛削り役のようだ。装備している両手鎌の性能はかなり良いが、特に追加スキル技を持っている風でもない。

 補正スキルもスタンダードな物が多く、特筆すべき点は無い様子。《ため撃ち》とか《反撃斬》とか、削りのスキル技をメインに据えている設定のようだ。

 師匠も持っていない珍しい補正スキルと言えば、《力場操作》位だろうか。これはチャージ技とか遠隔系の技のダメージを軽減してくれる能力があるらしい。

 その他はポピュラーな、HPアップとか攻撃力アップとかが目立つ。


 光属性だけに、スキルスロット数とかステータス能力的には、確かに羨ましいモノがあるけど。防具の性能も良品が多いのは、さすが有名ギルドの前衛である。

 合成師との太い絆もあるのだろう、そう言えば師匠とも繋がってると聞いた覚えが。ステータスでは腕力を、他ではHPを徹底的に伸ばし、アタッカー気質なキャラに出来上がっている。

 交換取得の宝具も、2つほど持っているみたい。防御力が格段に高くてHPもブーストしてくれるブーツと、魔法防御力とSPとMPをブーストしてくれる指輪を装備しているようだ。

 僕から言わせれば、前衛には羨ましい贅沢極まりない装備である。もちろんレベルは199でカンストしてるし、両手鎌スキルも同じく限界を極めている。

 だけど、僕から言わせれば物足りない。


「前衛アタッカーそのものって感じのキャラですね。変幻タイプの僕から言わせれば、変化が無くて物足りないかな? 殴り合いのブルファイターで、魔法も実践使用が可能なのは数える程だし。でも宝具2つは羨ましいなぁ、取るの苦労したでしょ?」

「苦労した、アリーゼにも戦士タイプは面白味が無いと、同じ事を言われた。今後の課題をはっきりさせる為に、封印の疾風のキャラも見せて」

「だから嫌ですってば。レベル140のキャラ見ても、そっちの参考にはならないでしょ? そのアリーゼって人に見せて貰えば良いじゃないですか」

「見せて貰ったけど、愛里あいりは説明が下手だからコンセプトが良く分からない。愛里は人を小バカにする、意地悪な女王様みたいな性格だから。だから婚期を逃すんじゃないかって、ハヤトも心配している」


 そんなギルド内情報を切々と語られても、僕にはどうしようもないけど。ハヤトさんも、個性の強いメンバーには苦労しているのかも。そう思うと、ちょっと同情してしまう。

 その点、ウチのギルドは仲が良くて良かった。だからと言って、僕のキャラを見せる理由にはならないけど。私のは見たクセにとか、セコいぞと罵られても僕には痛くも痒くもない。

 挙句の果てには、涙目でアイテムと交換を持ち掛けて来る恵さん。


 ここまで言われたら仕方が無い。僕ももう帰りたいし、このまま帰路につく事は難しそうだし。風の術書を1枚貰うのを条件で、隣の予備モニターで僕もキャラを起こしてやると。

 齧り付くように、恵さんはリンのスキルや魔法、装備に至るまで質問責め。よく考えれば、マイナーチェンジ中の僕のキャラは、今は突っ込みどころ満載な状態である。

 細剣のスキルと熟練度は笑ってしまう程低いし、宝具を強化合成したせいでジョブが2つも付いてるし。おまけに、2つも新スキル系の『幻』と『獣』の魔法を持っているのだ。

 キャラ作成のコンセプトも、戦士タイプとはまるで違うしね。


「同調と言う補正スキルの効果は分かった。それで強い細剣が100年クエストで手に入ったから、細剣スキルを伸ばす事にしたと。でも、片手棍スキルも180しか無いんだね。細剣スキルもそれ位まで伸びるのに、1年くらい掛かるんじゃない?」

「掛かりますね、でもそれは仕方ないと思ってます、ギルドの人には迷惑掛けるけど。一応了承を貰ってるし、急には成長出来ないから我慢しないと」

「領主の館のトレーニング施設とか、修験の塔使えばいいのに。塔はチケットとか必要だけど、トレーニング施設は週に3人まで無料だよ……ああっ、施設が無いと駄目なのか。それより、何でこのキャラはジョブが2つもあるの?」

「えぇと……話せば長くなるけど、根性で強化合成のレシピを見つけて、宝具の性能を引き出した感じ? そう言えば、その元のレア素材って、ハヤトさんに貰ったんだっけ」


 その言葉に、恵さんはウチのギルドの規制は酷く厳しいのだと説明を始める。そういう稀少アイテムは取り合いになって揉める事が多いので、ギルド保持にしてしまって換金するパターンが多いそうだ。もしくは人数分集まるまで保持したりとか、とにかく不公平が無いようにギルマスが気を配っているとの事。

 その後、勝手に僕のリンを操っていた恵さん。ペット召喚したり、自分の宝具も合成してくれと我が侭を言ってみたり。素材が無いと無理だと返すが、そもそも僕らはそんな仲だったっけ?

 さっき知り合ったばかりなのに、何故か彼女のペースのまま時間が進む。


 僕の持つ片手武器の性能は凄いと褒められたり、スキルのセット理論を尋ねられたり。魔法の並びは良く分からないらしくスルーされたが、実はそれが変幻タイプの生命線なのだ。

 ただ殴って敵の息の根を止めるアタッカーと違い、変幻タイプは色々と策を練らないといけない。そこが分かっていないと、僕のキャラの戦闘スタイルも理解出来ないだろう。

 まぁ、HP量とか武器スキルの数値だけ見たら、僕のキャラは問題外の弱さと言っても良い。恵さんも、何故こんなキャラがランキング戦に登録され、あまつさえ毎回予選を突破しているか不思議に感じているだろう。

 ハヤトさんも言っていたが、そこがこのゲームの奥深さだ。


 もちろん、操作の上手下手も関わって来るのは、アクション性の高い戦闘システムならでは。ステップ操作とか盾操作とか、防御系は特にそうである。

 子供の頃から鍵盤に触れていたせいか、僕はその手のリズミカルな操作は得意である。だから変幻タイプを選んだと言うのもあるし、結論から言えば性に合っていると思う。

 そんな事より、考えてみれば今は試験一週間前なのだ。こんな所で油を売っている場合ではないと、僕は恵さんに恐る恐る何度目かのお暇を告げてみる。

 ちょっと不満そうな彼女は、仕方無いという感じで自分の携帯を取り出して。ほとんど強引にアドレス交換、こうして僕はようやくの事解放されたのだけど。

 ちょっと怖い考え、大学方面が鬼門になってしまったかも。


 


 試験期間はあっという間にやって来て、緊張した雰囲気が校舎に漂うのは毎度の事。学生の間には余計な会話は無くなって、皆がテキストやノートから目を離さない状況だ。

 僕はと言えば、中間テストの時より余程余裕を持って臨んだ結果。文句の無い出来で、今回は順位の心配は無さそうで何より。それよりその後に控える、数日掛かりの自由課題が心配かも。

 移動教室で、クラスで班を作って企業訪問や社会見学などをするらしく。企画から見学結果までをレポート提出する事が定められていて、その全部が学生に任されるという、夏期休暇前の大課題である。

 生徒によっては、これでバイトの口を見つける人もいるらしい。ファンスカ内の仲間のツテを使って、訪問先を決めてしまう生徒もいるそうで、そこら辺はこの街ならではで面白い。

 とにかく期末試験を終えた生徒達、テンションも高くこれに臨む者も多いみたい。


 こんな時、友達のほとんどいない僕は消えてしまいたいと感じるのが常なのだが。幸い、沙耶ちゃん達の班に拾われて、何とか孤立は免れて良かった。

 女性比率のすこぶる高い班だけど、文句など言っていられない。班選考も自由なので、本当に孤立してしまう恐れもあったのだ。柴崎君も誘ってくれそうな雰囲気があったので、中学の頃よりは状況は好転している気もするけど。

 優実ちゃんもしっかり班の中にいて、話をする面子には困らない。班長は沙耶ちゃんが当然のように担っていて、他には話した事の無い女子が3名。

 その娘達も僕の成績の良さを知っているので、幸い歓迎ムードである。


 中間試験が終わると、各授業の進行も結構おざなりになって来る。小テストでお茶を濁したり、夏休みの課題を配ってその説明をする先生もいたりして。

 窓からの日差しが、夏の到来を知らせている。夏服の生徒たちも、教室内でどこか気だるそう。教卓に立つ先生も、気温の上昇には立ち向かう術も無く。

 やっぱりだるそうに、7月中旬の授業は進んで行く。


 夏休み3日前を控えて、授業も残すは自由課題を残すのみとなったその日。僕の試験結果も、幸い3位まで上昇を見せて内心ホッとしていたりして。

 沙耶ちゃん達の結果も、合同勉強の甲斐あって中間よりも平均10点以上のアップを見せたとの事。僕も頑張った甲斐があった、前もって張った山もかなり的中して何よりだ。

 試験用紙が戻って来た事で、生徒間にはさらに休暇気分が蔓延して行く。


 そんな空気の中、僕は何故か沙耶ちゃんと二人きりで帰宅途中にあった。今日は毎度の沙耶ちゃん宅に招かれての、自由課題の打ち合わせの進行予定なのだけど。

 優実ちゃんは友達と買い物があるそうで、僕らだけ一足先に帰宅する事になったのだ。しかし、いざ二人で歩いていると、会話も弾まないしどうしたものか。

 最近の沙耶ちゃんは、やっぱりどこか元気が無い感じ。僕の思い過ごしだろうか、逆に僕との距離は近付いている気もするのだけど。何気ない会話でも、気遣いや心配りが含まれているのが何となく分かるようになって来た。

 その分、棘が取れて来たとも見受けられるけど。

 

 今も伏目がちに隣を歩く同級生は、運動公園の紫陽花小路に溶け込んでとても奇麗には違いないけど。出会った頃には向日葵の印象が、こうも変わるものだろうか。

 かと言って、何か内面に変化があったかと、ずけずけと尋ねる事も出来ないし。僕は適当に、最近あった出来事を脚色しながら話し、沙耶ちゃんの反応を何気なく観察してみるのだが。

 夏休みの予定の話になると、急に色々と注文をつけて来る。


「私もバイトしようかなぁ……あっ、でも合同インは続けるから、ちゃんと毎週時間取っといてよ。ギルドとして、夏休み中の目標を掲げた方がいいかもね。そう言えば、玲が夏休みの限定イベントの事、何か言ってたような?」

「えっと……玲って誰だっけ?」

「この前リン君を拉致した、怪しい生徒会長だよ。家がどこか教えてあげようか? 優実の家の、すぐ裏だから。そう言えば、子供の頃によく一緒に遊んだなぁ。そこの橋の下の川辺の土砂溜まりがあるでしょ? 橋の下に秘密基地作ったりして、今もあるかなぁ?」


 かなりのお転婆だったと、暴露された気がするけど。そんな幼少時代の想い出は、多分楽しい記憶に溢れているのだろう。僕にしても、小学校時代は引越しは多かったものの、確かに楽しいひと時だった。

 沙耶ちゃんはその想い出話に活気付いたのか、川底への階段を指し示した。どうやら一緒に行こうと言う事らしい。とんだ寄り道だけど、ちょっと面白そうかも。

 制服のまま、僕らはコンクリート製の階段を降りてみる。夏を迎えて生い茂った雑草が、背の高い水草と共生している感じ。土砂溜まりに無論道など無くて、移動は大変そう。

 ただし、橋の下までは斜めに舗装されたコンクリを渡って行けそう。


 子供の頃は、こんな地形が大好きだったような記憶が確かに僕にもある。大人の視線の届かない場所、自分達だけの空間を欲して苦労して探し当てて。

 そんな自分達だけの秘密基地で、時の経つのも忘れて仲間とはしゃぎ回って。その良く響く声で、結局はどこで遊んでいたのか丸分かりだったりして。

 今はそんな秘密の場所が、ネットの中に存在しているのかも知れない。昔、時間の流れと共に手放してしまった、気の合う仲間との心躍る冒険のひと時。

 ファンスカで手に入れたのは、子供の頃に失った冒険心なのかも。


 僕らはそれから、口数も少なく川の流れを一緒に座って眺めていた。橋の下の木陰に陣取って、キラキラと光る水面を見つめ、川のせせらぎの音を聞きながら。

 心まで洗われて行くようで、何だか不思議な感じがしてしまう。心の中のこだわりまでも、洗い流されて無くなってしまうような。こだわらない事は必要だ、他人に干渉した結果に起きた変化の全てに、責任を取り切れるものでは無いのだから。

 人の性格など、色んな方面から影響を受けるものだ。


「あっきれた、玲にそんな事吹き込まれてたの? 私が元気ないとか、雰囲気が変わったとかそんな事……まぁちょっと家の家事とか手伝いを始めて、おしとやかになってる気はするけど?」

「そ、そうなんだ……ひょっとして、僕のせいかもって思ったもんだから」

「ナニそれっ? ちょっと図に乗り過ぎなんじゃない、リン君は関係無いってば!」


 そう言った沙耶ちゃんの顔は、明らかに赤くなっていたけど。女の子の思考など、推測しようと思っても僕には無理な相談。なおもブツブツ呟く沙耶ちゃん、椎名生徒会長のお節介に、長々と文句を並べ立てている様子だ。

 水の流れに反射した柔らかな光の粒たちが、端の下で楽しげにフワフワと踊っている。二人並んでそれを見ながら、何となくリラックスした時間を共有していると。

 いつの間に作ったのか、沙耶ちゃんの手の中には笹舟が。


 沙耶ちゃんは注意しながら水際へ、コンクリの坂は油断すると危険そう。川の水量はそんなに深くないのだけど、転げ落ちたら完全にずぶ濡れになってしまうだろう。

 危なげなく水際に辿り着いた彼女は、手の中の笹舟を水上へと解き放つ。それを見送る僕らは、心中でその舟の行き末に自分たちの未来を重ね合わせてみたり。

 水は流れるもの、キラキラと輝く水面も実は一箇所に留まってなどいないのだ。僕らの未来も一緒の事。笹舟が進むように危なかしく、流れに任せて広い海を目指すのみ。

 長い道のりには違いないが、景色を愛でながらゆっくり行けばよい。





 ――頼りない僕らは、舵を取る事も侭ならず。


 







 さて、この物語の第1章は、ここまででお終いとなる。第2章は、夏休みのドタバタとか色々な体験行事が中心となる予定だ。もっとも、僕に関しては大抵が巻き込まれた感じだけど。

 その分、沙耶ちゃん達とも仲良くなれた気もするし、引き回されただけのような気もするけど。まぁバイトに明け暮れるだけの休みより、色んな場所に遊びに行けて、今思えば想い出深い長期休暇にはなったような。

 そこの所を、ちょっとさわりだけでも話しておこうか。


 夏休みに、僕は意外な人物と知り会う事となった。ファンスカ内では物凄い有名人で、師匠と薫さんのツテが無ければとても繋がりなど持てなかっただろう。

 その顛末も、次の章の大きな渦の中心になるだろうけど。ゲーム内の出来事に関して言えば、夏休み限定イベントや100年クエストの中盤戦がメインだろうか。

 『導きのランタン』と、領民が庭園の雑草の酷さを聞きつけて贈ってくれた『強力除草剤』のお陰で、何と領主の館の前にダンジョンの入り口が口を開ける事となって。

 便宜的に、僕はそれを20年ダンジョンと呼ぶ事にした。期末試験が終わったので、ギルド員が集まればそいつの攻略が始まるだろう。今回のダンジョンも多分、かなり手強いだろうけど。

 その分見返りも豪華な筈なので、遣り甲斐はあると言うもの。


 ポケットに完全に住み込んでしまった妖精に関しては、全く言う事を聞かない有り様。今の所まるで見当違いの存在で、100年クエストの手掛かりの尻尾さえ掴めていない。

 キャラバンの方では、あの大合戦後にも新しくクエが舞い込んで来ていて順調な様子。こなして行けば、ここでも恐らく新たなダンジョンを発見出来るだろう。

 発見したダンジョンの踏破と、それ以外の100年クエスト関連のダンジョン情報の探索。夏休み前には、結構目標を高めに設定していたのは確かである。

 




 ――それをどこまでこなせたか、それは次の章でのお楽しみ。



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