1章♯12 成長と取っ掛かりと
そろそろ定期連載が厳しくなってまいりました、年内にはせめて1章の掲載は終わらせたいとは思ってるんですが。時間が足りないので、それすら難しいかも。
直しと追加が、ちょこちょこ存在するのですよ。
それより驚いてるのが、先月末の3連休からの大幅な閲覧数アップ!! と言っても、既に完結している2タイトルの方ですが。お陰様で『街中がネットファイター』(完全版)の方は、1万6千アクセスに到達しました!!
やったー、パチパチパチ♪
ただし、大幅アップの理由が判然としないので、多少気味が悪かったりするんですけど(笑)。なろうコン応募はこの作品もしているのに、アクセス数は全く変わっていないし……なんなんでしょうね!?
まぁ、文句を言う筋合いでは全く無いですけど(笑)。
物語の方は、ようやくの盛り上がりに到達しました。この辺りから対人戦とか、肝心の100年クエストが加速し始めて行きます。
対人戦は、相手キャラを考えるのが楽しみの一つでもあり。凛君がまだ弱いので、どうやってバランスを取ろうかなとか、色々と試行錯誤も存在しますけど。
100年クエストにしてもそれは同じく。ギルド員がまだ弱いので、バランス取りとか大変です。でも、仕掛けや敵を考えるのは、相変わらず楽しかったりもしますね♪
その分、凛君の苦労も増量するのは仕方のない事かな(笑)!?
その週は100年クエストのダンジョン攻略と、週末に自身2度目のランキング戦を控えて。キャラ強化をどうしようかと、自由時間に思考を遊ばせていたのだけど。
こんな時間はたまに存在していて、僕は合成やソロでの活動に時間を費やすのだけど。つまりはギルド活動を行わない日で、まぁその分通信での会話は盛んだったりするけどね。
この日も沙耶ちゃん達と会話しながら、依頼された合成をこなしていたり。さらに言うと、自分のキャラ強化の為の合成素材は、それなりに揃って来てはいるのだが。
強化の目的はブレてはいないと思うけど、最近はランキング戦目的な要素も入って来ている。それも悪くは無いとも思っているのは、バトルロイヤルに楽しみも見出してるからか。
今度はもう少し、上位の成績を目指したい物だ。
そのランキング戦に向けての調整だが、実は結構ギルを注ぎ込める事に。以前、師匠に貰った1千万ギルだが、ギルドも軌道に乗って来たので返そうとした所。
ハンターPも順調に稼いで、ペットの情報も割と集まって来たのだけど。さすがに最近は、取得スキルの飽和状態で行き詰まっているし。これ以上は、また機を見てと師匠に相談したところ。
どこから聞いたのか、笑いながら僕に言うには。ライバルが増えて大変だろうから、キャラ強化に使ってくれと。ギルド全体のレベルが低いので、色々と気遣ってくれているらしい。
しっかりとハヤトさんとのやり取りもバレていて、少々気まずい思い。
そんな訳で、お金と素材は割と揃って来た物の。しばらくは合成装置の前で、試行錯誤を繰り返すばかりで。しっかりとした完成イメージがある訳ではなく、とにかく手探り状態。
漠然とだが、宝具を超える装備を合成で作れないかとの思いはあるのだけど。今のゲーム内では宝具が最上とされていて、それに対する対抗心もあったりするのだ。
やはりそこは合成師、もっと良い物が作れるだろうとの思いは強い。師匠にもそれにお金を使って良いかと尋ねたが、やっぱり笑いながら頑張れと励まされ。
何が出来るか、ひたすら考えてみたり。
『この前の銃って、この宝珠が2つ無いと駄目なんだっけ? 強い武器って、かなり面倒くさいよね、装備するのに条件つけてさ』
『多分、僕の新しい武器と一緒で、複合スキル技が一緒に付いて来るんだと思うけど。魔の宝珠だけでも新魔法覚えられるから、使っておけば、沙耶ちゃん?』
『沙耶ちゃんばっかりズルいっ! 私も新しい武器が欲しいっ!』
アンタは私からせしめた武器があるでしょと、どうやら交代で使う筈の武器は、優実ちゃんで止まったままらしい。そこら辺は沙耶ちゃんも、幼馴染の甘さがモロに出ている感も。
僕はNMが落としたチケットが、まだ4枚も手元に残っている事実を口にして。銃の出やすい遺跡に、また今度みんなで行こうと優実ちゃんのご機嫌伺いなど。
そんな話をしながらも、僕は隠れ家で合成品のチェック。
『あれっ、これは銃の強化の付属パーツだ。どこで手に入れたんだろう……買ったのかな? ああっ、貰ったんだっけ、確か前にバザーで取り引きした人に』
『何ナニ、どうしたの? 何でも無いなら、どっか遊びに行こうよ!』
『私達はこれから船に乗って、新しい街に行くのよ! そこでまた、街間ワープの開通をしないと』
彼女達は、今から新エリアの新しい街の開通と言うイベントが待っている訳で。先生も神田さんも、今夜はインが難しいらしく。彼女達だけで出来る事を、気楽に実行しているのだが。
僕も手伝う予定だったが、今日は環奈ちゃんのギルドも同じ目的で街に滞在しているらしく。メンバーの数名が、やっぱり街間ワープ目的でクエをこなす予定らしいのだ。
そんな訳で、僕はお役御免で隠れ家に篭っている訳だ。
賑やかな会話をBGMに、僕は主だった合成素材を並べてみる。ハヤトさんから報酬に貰った、レア合成素材の『封霊の勾玉』。神獣の森のダンジョンで入手した、レア接着素材。
どちらも滅多に目に出来る素材ではなく、特に封霊の勾玉の方は希少価値が高い。これを使用した装備品は魂が宿るとされ、とにかく高性能に仕上がるとの噂なのだ。
もちろん僕は、そんな物を今まで使った事は無い。
それから、昔安かったのでバザーで買ったあれこれ。使い道が分からなくても、聞いた事の無い素材は買い込む癖がついていて。全てのアイテムには、存在する理由がある。
合成師にとっては、絶対の法則である。つまりは、どんな価値の無さそうなアイテムでも、素材として立派に役に立つ事も充分にあり得ると言う理屈だ。
そんな理念を元に、僕の収納入れには変な素材が雑多に詰め込まれている。
後は、さっき持ってるのを知って驚いた銃の付属パーツ。魔の宝玉は、既に沙耶ちゃんに渡しているので、後は魔銃をどうするかだけ。メンテを行うべきか、このまま渡しても別に良いし。
他にもネコ獣人の集落のお店に売っていた、獣の刻印の鉱石と言う素材。何と獣スキルが付加出来る素材で、高いけど試しに買ってみたのだ。
転売しても充分に利益が出そうだが、在庫が極端に少ない設定のようで。恐らく週に1個だけの仕入れだろう。今の所、他の冒険者の姿が無いので独占出来るけど。
1つが70万以上するので、乱暴に買い占めも躊躇してしまう。
取り敢えずはその鉱石と指輪で合成を試してみて、何とか1つ目の装備は成功に至り。レシピ自体は簡単な合成なので、幸いHQが出来上がって何よりだ。
防御力は少ないが、獣スキル+4の指輪は恐らくゲーム内でこれ1個だけだろう。+3だったらジェルで強引に同化させるつもりだったが、それは他に取っておく事に。
新カテゴリー魔法である獣スキルを伸ばすかと問われれば、ちょっと躊躇してしまうのだが。確かにキャラ強化には手っ取り早いし、強力な魔法が出やすそうではある。
何より、他の冒険者が持っていないという強みが大きい。知られていない魔法は、相手も警戒しようにも対応はし難いのだ。まぁ、指輪をはめてもまだ+4だし。
新しい魔法取得には、もう少し時間が掛かりそう。
僕は以前作っておいた、風スキル+5の装備を収納から取り出す。同じ部位の同化が終わり次第、これを装備して風魔法を取得するつもりだったのだ。
ジェルも買ってあるので、今それをやっても良い。合成でのキャラ強化が上手く行かなければ、実はそうするつもり。余っているハンターPで、強力な補正スキルの取得を願うのも手だが。
運に頼っても、そうそうこちらの思惑通りには行かないだろうし。そんな賭けより、長年携わって来た合成に頼る方が、僕の性格的にしっくり来るというモノ。
僕は思い出したように、取得してから装備しっ放しのピアスを取り外した。
皇帝のピアスと言う名前の、5万ものミッションPと交換した宝具である。性能はスキルのスロット枠+2という優れもの。これ以上の性能の装備を、一体どうやって作ればよいのか。
悩みながらも、ほとんどやけっぱちで双操の金具と一緒に装置に放り込むと。何と、成功確率は55%と出た。双操の金具は、2つの能力を1つの装備に強引にくっ付ける素材。
これを使うと、確かに優れた装備は生まれやすいけど。成功率は、酷い時で-50%減となってしまうのだ。僕は、慌てて今放り込んだ素材の数々を確認する。
皇帝のピアスと双操の金具、それから封霊の勾玉とその他のガラクタ。どうやら封霊の勾玉が、成功率のダウンを抑えてくれているようだが。
正直、ここで宝具を合成して使い物にならなくなったらショック過ぎる気も。
ガラクタの中でも、邪魔だったり関係無いものは、やっぱり成功率を下げてしまう。僕は色々と組み合わせを試しながら、いつしか沙耶ちゃん達との会話も忘れて熱中していた。
頭の中が妙に冴えて、パターン化された公式が脳裏に散りばめられて行く。これだ、このアイテムがキーになっているのだ。そいつは確か、精霊石を削って作ったピアスだった筈。
召喚した精霊に形を与えるその珍品も、使用者が減って暴落して久しく。僕はその時期に捨て値で売っていたそれを、試しに合成してみようと購入したのだが。
出来上がったそのピアスは、召喚スキル+1と言う訳の分からない能力だった。呆れて捨てようとも思ったが、取り敢えず取っておいて今まで忘れ去られていたモノだ。
それにレア接着素材を加えると、何と86%まで成功率は上昇。
微妙な数値だった。何しろ数百万の素材が2つ、そして交換ミッションP5万の宝具まで使っているのだ。失敗の確率は14%、素材がロストしたら目も当てられない。
出来上がりの性能も、何故か全て不明と来ている。本当なら、装置が完成した装備の可能性を、ある程度は弾き出してくれるのに。何の意地悪だろうか、怖くて仕方が無い。
前衛用の装備でなくなるかも知れないし、折角のスロット枠増が無くなる可能性も。86%と言う数値を睨み据えながら、僕はいつしか合成装置を作動させていた。
封霊の勾玉の伝説を、ただひたすら信じての行動だ。
結果は呆気無いほどで、出来上がった品物はたった1つのピアス装備。僕はすかさず性能をチェック、とにかく心臓がドキドキして仕方が無いのだけど。
肝心のスロット増は、消えてなくてホッとする僕だったが。よく見ると、何と+2だったのが+3になっている。これだけでも、かなり嬉しい性能の上昇である。
安心しながら、能力値の書かれた欄を読んで行くと。やっぱり別に能力が付与されたようで、それはやっぱり召喚ジョブらしい。関係無い能力が付いちゃったなと、よくよく説明を読み進めると。
召喚スロット増と言うのは、ちっょと意味が分からなくて。
あれこれ考えつつ、取り敢えず装着してみる事に。キャラ画面を穴の開くほど見つめると、変幻タイプのジョブ欄の下に、召喚タイプとの文字が無理矢理突っ込まれている。
変幻タイプの横には、それまで注ぎ込んだハンターPが80と表示されている。そして召喚タイプの横にも、何故かスキル所有の表示が輝いていて。
得したのかはとんと不明だが、つまり召喚系のスキルを1つ取得したと言う意味だろう。何と、召喚ジョブ付きのピアスだ、スキル欄を見ると確かに見慣れないスキル名。
《融合ペット召喚》と言う、召喚系の魔法らしいのだけど。
――これが、後に僕の主力となるペットとの出会いだった。
10年ダンジョンへの2度目のトライに先んじて、色々と話すべき事柄が生じたのだけど。まずは仲間の成長の話から、沙耶ちゃん達もレベルが100超えで強くなったものだ。
後衛のギルドマスター、沙耶ちゃんはますます後衛からの攻撃に特化して行って。出逢った頃に比べて、銃と魔法での削り能力は段違いの成長振りを見せている。
さらに、新しい『魔』スキルの魔法で《マジックブラスト》と言う呪文を取得した。純エネルギーの攻撃系呪文のようで、後衛アタッカーには良い魔法を得たモノだ。
もっとも魔銃の装備には、まだあと1歩及ばないが。
優実ちゃんも、戦闘スタイルの方は沙耶ちゃんと同じなのだが。こちらは回復や支援系の魔法を結構揃えていて、パーティの重要な回復役を自認している。
いざとなればネコ耳モードでの削りの参戦も勇ましい。火薬スキルは沙耶ちゃんに及ばない物の、モード発動からの速射は素晴らしく。ペットの働きも、主にサブ盾用に便利。
後はペットの攻撃能力がもう少し高ければ、言う事は無いのだけど。それでも出会った頃に比べて、プーちゃんの体力と存在感は逞しい上昇を見せている。
雪之丈については……いや、言うまい。
沙耶ちゃんに言わせれば、レベル上昇に伴ってサイズが少し大きくなったらしいのだけど。どこから見てもドラゴンには見えず、名前負けというか期待外れと言うか。
それでも幸運招来の力は、毎回のダンジョン攻略には有り難いの一言である。優実ちゃんのプーちゃんにもようやく首輪が進呈され、補正スキルの整頓も進んだ様子。
まぁつまり、ペットも順調に成長している訳だ。
稲沢先生のレベルも、もうすぐ150に到達しそうで。キャラの能力的には体力とSP量は、ステータスの振り込みと種族特性のお陰で目を見張るべき物が。
竜のダンジョンで入手した待望の片手剣と盾のおかげで、防御力と攻撃力もかなりの上昇を見せ。パーティの盾役として、その性能を遺憾無く発揮してくれている。
僕らアタッカーが全力で削りに従事出来るのも、ひとえに先生のお陰である。
一番の新入りのホスタさんだが、竜のダンジョンの戦利品で結構な変化が。まずは炎の宝珠で獲得した《炎のブレス》の威力が凄い。土種族キャラがブレスを吐く情景も、結構見モノだ。
もちろん範囲攻撃で、MPもバカ喰いするので多用は出来ないけど。範囲攻撃手段は、このゲームでは1つのステータス。持っているのといないのでは、人の見る目が違って来るのだ。
さらには、僕が武器を改造したせいで、何故か大斧の形状が大きく変化。それに伴って、突進用のスキル技がついてしまった。その名も《デスチャージ》という技で、離れた場所からの強力な一撃である。
本人は基本攻撃力の上昇同様に気に入ってくれたので、まぁ良かったけど。
『それで、リン君にもペット召喚が出来るようになったって? へえっ、何で体にくっ付いてるんだろう、それって強いの?』
『占い師に名前を聞いたら、甲殻深魚っていう種類だって。ソロでレベル上げをして、ようやくレベル10だから、まだまだ弱いよw』
『魚って言うより、カブトガニに見えるけど……肩を覆う防具にも見えるねぇ?』
こんな感じで、僕の新しい能力のお披露目はメンバー内に戸惑いしか生まなかった。召喚した際の見た目は、確かに肩を覆う鎧に触手が生えたような感じで格好良い。
黒くて鈍く光る外見と、こげ茶系の本物の鎧とがマッチしてして、どこか怪しい感じを醸し出していて。これで短剣の二刀流だったら、完全にアサシンと見間違う風貌。
生憎リンが右手に持っているのは、赤い片手棍だけど。パーティにペット持ちが2人もいるので、出しっ放しでも文句を言われないのも安心な点だ。
コイツを育て上げるには、まだまだ時間が掛かるだろうけど。
これで大体、メンバーの成長報告はお終い。それからこちらは、ちょっと変テコな10年ダンジョンの謎解きの模様だけど。いつも我が侭放題、気まぐれな優実ちゃんがまさか解明の鍵を握っていようとは。
週明けの月曜日、お昼にいつものメンバーが集まった時に。優実ちゃんが昼ご飯の後に取り出したのは、昨日写し取ったらしいぐちゃぐちゃの地図。
いい加減な線の概要だが、何となく雰囲気は伝わって来る。どこを示しているのだろうと、僕も必死に記憶と照らし合わせて考えるのだけれど。
全く思いつかず、☆マークの場所がどこなのか判明せず。どうやら大きな地形ではなく、通りとか町の並びっぽいけど。ファンスカ内の街や集落は、大小合わせて軽く30以上存在する。
その中からどの通りか、絞り込むのも大変そうだ。
ところが優実ちゃんは謎は解けたと言い放ち、僕に放課後付き合ってくれと名指しで指名。沙耶ちゃんが前回2人でお出掛けしたので、今度は自分の番だと不明な言葉。
沙耶ちゃんは渋々承諾して、僕の了承はどちらも取り付ける気も無いよう。そんな訳で、僕らは放課後に駅前のアーケード通りをぶらぶらと歩き回る顛末に。
何となくデート気分なのは、この際ナイショだけど。
「わわっ、リン君ってお金持ちだねぇっ! ……ちょ、ちょっとだけ買い食いする?」
「いいけど、食べながら歩くのは駄目だって、いつもメルとサミィに言ってるから。僕がその言い付けを破る訳にいかないから、どこかお店に入ろうか?」
「そこのクレープ屋さんがいいなっ! 食べ歩かないから、奢ってリン君♪」
バイト代を貰ったばかりなのを優実ちゃんに知られて、クレープを奢る事になってしまった僕だけど。こんな事程度ならお安い御用、だけど何故アーケード通りなのかは依然不明。
放課後のこの辺りは、学生服姿の中高生が結構行き来していて。しかもそれが目立つので、僕らにしても変な噂になってしまう可能性も。大きな図体が災いして、僕は覿面に昨日いた場所を言い当てられるという才能があるのだ。
多少ビクビクしながらも、それでも放課後のひと時を楽しんでいた僕らだけど。優実ちゃんの勢いはとどまる事をしらず、その後買い物をしたりレンタル屋さんを覗いたり。
余裕で1時間以上引き回されたその挙句の会話で。
「あっ、郵便屋さんって……確か、早い時間で閉まるんだっけ?」
「そうだね、窓口は4時とかじゃなかったっけ? 機械はもっと、遅くても平気だった筈だけど」
「んとねぇ……ホラ、この地図見てリン君。この線は、実は線路なの。そしたらこっちがアーケード通りでしょ? そんで、この通りの端っこって言ったら郵便局だった筈」
「えっ……ああっ、そうかっ!」
何と、ゲーム内の地図だとばかり思っていたそれは、実は大井蒼空町の地図だったらしい。なるほど、よく見ればピッタリ符合するし、駅のロータリーもバッチリ描かれているけど。
そんな目で見なければ、まず分からないと思う。電車の線路をただの通路みたいに描いてあるのが、尚更分かり難い暗号と化している原因だと思うけど。
こんなのを見て、一発で理解するとは優実ちゃんは天才か紙一重の方か。本人が言うには、その時丁度さっきのクレープ屋さんの事を考えていて思い付いたらしい。まさに意味不明だ。
二人で郵便局に入ってみると、不自然に張られたファンスカのポスターが。
ポスターには大きく、新規口座作成者にはキャラクターグッズを贈呈と書かれていたけど。本当にファンスカ仕様の通帳もあるらしく、優実ちゃんはいたく感激した様子。
僕は逆に、ちょっと引いたけど。ここまで街ぐるみでやってるのかと、なんとも複雑な心境。僕が隣街出身なせいかも知れないけど、痛々しいご当地イベントを見たような感覚だろうか。
街の住民にしてみれば、地元の球団を応援するような感覚なのだろうか? ちょっと訊いてみたい気もするけど、それよりも謎を解くのが先と思い直して。
ポスターには4桁の番号はたった1つ、開かれた通帳の写真の残金のみ。
「よしっ、覚えたよ優実ちゃん……もう窓口終わってるから、今日は出ようか?」
「えっ、通帳作れないの? それは残念……あれっ、沙耶ちゃんがメールで怒ってる」
「うっ、じゃあ今日は帰ろうか? 送って行くよ」
僕らは夕暮れの中、何となく沙耶ちゃんのプレッシャーを感じつつ帰路について。橋の所まで送って行った優実ちゃんから、いつものように明るいサヨナラの挨拶を貰って。
意識してしまったのは僕だけだろうか。別れ際は、何だか本当の恋人同士みたいな甘い感じになったのだけど。甘えん坊な優実ちゃんが醸し出した、そんな雰囲気が僕を高揚させて。
そんな感じであちこち引き回されたけど、あっという間に過ぎたお出掛け時間だった。
『本当に暗証番号分かったの、凛君?』
『分かったよ、先生。解いたのは、実は優実ちゃんだったけど。あの地図みたいな線は、本当に地図だったんだけど。実は大井蒼空町のマップを示してたんだ』
『うわっ、それは思いつかなかったなぁ……これは内緒にしておいた方がいいかな? 情報屋にも高く売れそうなネタだけど』
『本当ですよね……ここクリアしたら、情報屋に売っちゃってお金にした方がいいのかなぁ?』
沙耶ちゃんは、相変わらず好きにしてくれと素っ気無い感じ。僕と優実ちゃんが謎を解きに赴いたお出掛け以来、ちょっと機嫌が悪くなっている気もするけど。
もうすぐ期末テスト期間も近付いているので、そこで機嫌取りなど考えていたり。処世術と言うか、僕にとってもやっぱり2人は大切な存在には違いないので。
なるべく早く、信頼の回復を図りたい物だ。
今日は週の中間、ホスタさんも先生も仕事が休みで。寛いだムードの中、2度目の10年ダンジョン招待状の使用に踏み切り。前回突破した場所まで、全員で30分掛けて踏破して。
何となく、塔の雑魚が強くなったねと話し合いながら、塔のボスから招待状をふんだくるまでの確定ルート。失敗した時の保険もバッチリ、次は未知のエリアへの侵入を果たすのみ。
ここでまた失敗すると、次の再突入には塔の雑魚モンスターがさらに強くなっているのかも。嫌な仕掛けを想像しながら、全員で地図の間に踏み込もうとしたら。
優実ちゃんが踏み止まって、例の窓のある扉を調べ始める。
『どうしたの優実、そっちの謎も解いてくれるの? リン君、どっちから攻略してもいいんだよね?』
『いいと思うよ、むしろこっちが先っぽい感じもするけど』
『だよね、私もそう思うな。こっちクリアしたら、そこの正面の扉が開いて、塔に登る手間も要らなくなる感じじゃないかしら?』
さすがに先生は読みが鋭い、僕も恐らくそんな感じなのだとは思うのだけど。スイッチをわざと見せていると言う、この仕掛けの意図がどうも気になる所だ。
遠隔攻撃の対象ではありませんと、優実ちゃんが変なコメントを発した。どうやら銃で狙ったようだが、それだとスイッチを入れると言うより壊してしまうだろうに。
ところが次の瞬間、その扉が内側へとスライド。驚き見守る僕ら。
何をしたのかと、ひたすら優実ちゃんに問い質すメンバー。優実ちゃんは呑気に、プーちゃんに開けて貰ったとの返答。何と、ペットを使ってスイッチを押す仕掛けだったようで。
召喚ジョブのいないパーティだったら、一体どうするのだろうか? しかし、今回神掛かった閃きを見せる優実ちゃんに、パーティ内の見る目も変わってしまいそう。
同じ召喚ジョブの沙耶ちゃんは、思い付かなかった事に悔しそうだけど。そう言えば扉の足元に、丁度ペットの通れそうな隙間が備えられていたような。
今思うと、あれがヒントだったのかも。
とにかく、ようやく扉が開いて小部屋への進入は果たせた一行。そこから、さらに奥へと通路が一本続いていて。ここからが本当の攻略には違いなく、気を引き締め直すメンバー達。しかもエリアは、いきなりのアスレチック仕様。
この仕掛けには、今回絶好調の優実ちゃんも泣き出す一歩手前だったり。
『わっ、何だろうこの敵っ? 芋虫かな……周囲の色に溶け込んでるから、いるのに全く気がつかなかったよっ!w』
『わっ、本当だ……あっ、先生結構いるよっ? 迂闊に突っ込んじゃったみたい、リンクしてるw』
『うはっ、落とし穴もあるっ、地面の模様にも気を付けてっ! やたらと動かない方がいいですよ、稲沢先生っ!』
ホスタさんも含めて、前衛みんなが危険地帯に入り込んでしまった様子。最初のエリアから、割とてんてこ舞いの様子なのだが。厄介な背景色の敵が多くて、メンバー全員何を殴っているのか判然としない戦闘を潜り抜けて。
見えにくい落とし穴エリアを抜けて、一行は坂道を上って行く。落石があったり、危険な崖下に宝箱が設置されていたりと、予断を許さないエリアにてんてこ舞いしつつも。
20分程度でようやく見えた出口、守っているのはやっぱり背景色の巨大ゴーレム。
見え難いとか邪魔くさいとか、ひたすら文句を言いつつも。何とか倒し終えると、ドロップにコイン袋が出て来て。しかも半端な数でなく、コイン10万枚の入った袋だ。
これを使って、ギャンブル景品交換所で何か貰えと言う事らしい。豊富な景品の羅列に、実は欲しい物もたくさんあったメンバー達。大喜びしながらも、次のエリアへ足を伸ばす。
次の仕掛けは、このダンジョンの入り口で見たような記憶が。下に隙間のある開かずの扉、入れない小部屋にはスイッチ群が。今度は4つに増えていて、多分開閉スイッチが混ざっているっぽいのだが。
どれがそうなのか、全くヒントは無し。
『また同じ仕掛けだ、スイッチ増えてるけど。どれを押そうかなっ?』
『これって間違いなく、罰ゲーム的な何かが仕組まれてるわよねっ? えっと、3つが外れ?』
『そうなのかな……罰ゲームって、どの程度の仕掛けなんだろうね』
僕らが悩んで相談している内に、優実ちゃんが暴走するのも毎度の事で。勝手に1つスイッチを選んで、プーちゃんに押させてしまった様子なのだが。
その途端に奥の部屋にモンスター出現。その場にいたプーちゃんのみが標的になって、一転大ピンチ。沙耶ちゃんが慌てて、雪之丈を助けに向かわせる。
出現した敵は雑魚2匹だったので、それ程慌てる事態でも無かったけど。何となく皆でペットの闘いを観戦しながら、後半ようやく魔法や遠距離で手助け出来る事に気付いて。
そうなると瞬時に戦闘は片付いて、さて次はどれを選ぶ?
『優実っ! いつも勝手に事を起こすなって言ってるでしょっ! あんたどのスイッチ選んだの?』
『だって暇だったんだもん、えっとね……右端だったかな?』
『今度は雪之丈に行かせよう……右から2番目選ぶねっ!』
そのスイッチで、今度は何故か扉の手前脇に2体のモンスターが出現。完全に観戦モードだった僕らは、大慌てで出現した敵をキープに掛かるのだけど。
扉前に陣取っていた、後衛二人ががっちり殴られて、あわやペットの前に主人が送還されてしまう破目に。一番油断していたコンビを襲った敵は、鬼面を被った大柄なガーティアン。
結構な強さだったけど、こちらのペースに持ち込めば程なく討伐成功。
完全に頭に来たらしい後衛陣二人は、次は触ってないスイッチを同時押しすると言う。タイミングを合わせて、左の2つをペットに任せて押しに掛かると。
何とか無事に扉は開いて、特に罠の発動は見当たらない。実はこの方法が、正解だったのかも。本当に様々なジョブを極めていないと、奥へ到達するのは無理になっているのだろう。
廃れて久しい召喚ジョブが、こんな方法で役に立つとは思わなかった。 何にしろ2つ目のエリアはクリア、次のフロアはもっとド肝を抜かれたのだけど。
その仕掛けを見れば、誰だって驚くと思う。
1枚板の大きな可動式の平床に、人間サイズの巨大な球が中央に鎮座している。四隅にはその球が入るサイズの穴が開いていて、多分球が失われると失敗なのだろう。
案の定、通路から床に移動すると、僕らのキャラの重みで床が傾き始めた。慌ててそれを止めようと、皆で中央の球へと歩み寄るのだが。うっかり触った沙耶ちゃんが、球からダメージを受けてしまって。
球は触れても駄目だし、穴に落としても駄目らしい。しかも僕らが進み出た途端、敵の影が4匹出現して。こんな状況で戦えとは、何ともご無体な仕掛けである。
先生は、割と本気な悲鳴を上げつつ2匹の敵をキープ。
『ゴメン、無理無理っ! これは戦うどころじゃないよっ!』
『僕とホスタさんで、もう1匹ずつキープするから。沙耶ちゃん達は、球が四隅に行かないように移動しながら調整してっ!』
『オッケー、球が当たったらゴメンって事で! 優実っ、しっかり回復飛ばすのよっ!』
『ふえっ、球を操作しながら、魔法掛けるのっ?』
二人の後衛の女性陣は、球の操作を申し付けられて、張り切ってたり混乱してたり。ゴロゴロ転がる球の仕掛けは、問答無用で僕らを何度も轢き潰して行く。
凶悪この上ない仕組みに、パーティは何度も本気の悲鳴。僕は《ビースト☆ステップ》が程よく効いて、幸い敵の攻撃は要領良く避けれていたのだけど。
球には3度も轢き逃げされて、思いっきりHPを削られる破目に。先生とホスタさんも似たようなもので、思い掛けない仕掛けへの心労に戦闘時間も長引いて行き。
沙耶ちゃん達後衛も、何故か血まみれでかなりのピンチ。
敵の強さは大した事無いのに、戦場は酷い有り様。僕が目の前の敵を倒した事から、何とか突破口を開けそうな雰囲気だが。動く前に後衛に通達して、球の動きを把握して貰う工夫も必要で。
そんな事をしている間にも、ホスタさんも敵を倒しきった様子。それに伴って重量バランスが変化、敵の消失まで計算しないと球の軌道が予測出来ないとは。
もっとも、沙耶ちゃんはそんな計算などしている訳も無く。
かなりあやふやな動きながらも、床を大きく傾けさせないのは、中央にキャラが集中しているせいだろうか。実は、それが球との接触の多さにも繋がってるとも言えるけど。そんな事はさておき、残りの敵に向けてそろりと移動する僕ら。
戦闘風景にも、いつもの勢いが無いのは気のせいでは無いだろう。先生のキープした敵を前衛で殴り始めると、自然にその場所に人数が集結してしまって。
その極端バランスには、沙耶ちゃんも大慌てでフォローに走り回っていたけど。
『お、終わった……もう球を見るのも嫌だ。4回も轢き逃げにあったよっ!w』
『出口開いたよっ、球に触れないように一人ずつ移動しよう』
『うん……わっ、球が宝箱に変化したっ!!』
あれほど邪魔者に思えていた球も、宝箱に変わったら愛しく思えてしまったり。中身は何と、コイン交換チケット5万枚分と、剣術指南書と新エリア遺跡チケット1枚分の3点セット。
結構な報酬の大盤振る舞いに、このダンジョンの羽振りの良さにほくそえむ一行。まだまだ先は長いのかと思ったけど、次のフロアとその次で終わりらしい。
ここも謎掛け模様で、解けないと最終フロアに進めない感じだけど。
似たような部屋が、これで2つ目。白い長方形の部屋には、一面に地図が描かれていて。皆で急いで書き写しながら、壁の3桁の数字入力の番号は何だろうと相談するけど。
地図の☆マークの場所は、どうやら尽藻エリアの北海岸の端っこらしい。そこに何があるのかは、置かれていた宝箱の中身が関係しているのかも知れない。
このダンジョンを出て、今から確認に行けと言う事だろうか。沙耶ちゃんが思い出したように、そう言えばとさっきの球転がしのフロアの感想を口にして。
あの球に3桁の数字が書かれてたけど、それって関係あるのかな?
何とその数字が正解の番号で、沙耶ちゃんが覚えていてラッキーだった。轢かれまくっていた僕らは、正直それを確認するどころではなかったのだから。
どうやら、宝箱から出て来たウサギの呼び水という人参型のトリガーは、完全に別の話だったようだ。とんだ引っ掛け、早とちりして出ないで良かったと、最後の部屋を前に皆で安堵。
最後は華々しく戦闘で締めと予想していたけど、その期待も大いに裏切られ。
最後の部屋はちょっとしたギャンブル会場で、パーティが入るなりカウントダウンが始まって。制限時間は30分らしく、その間に楽しんで景品をせしめろと言う事らしい。
ギャンブル会場から入るダンジョンらしい、ある意味天晴れな最終ステージだけど。僕らが景品の凄さにため息をついている間に、先生を先頭に女性陣はコインを手にダッシュ。
コインの元手は、先程の交換チケットで貰うのかと思っていたら。どうやら全く別物らしく、一人100枚のコインを係員から貰ってのスタートらしい。
ゲームはルーレットとカードゲーム、スロットと闘技場の4種類。闘技場はキャラ参加型で、参加者のみ賭けられるルールらしくて、ちょっと面白そうではある。
ホスタさんを誘って参加しようと思ったら、ホスタさんは先生に貢ぐらしく。
まぁ、慣れている人にコインを預けるのも一つの手ではあるとは思う。女性陣では沙耶ちゃんはスロットに、優実ちゃんは迷わずルーレットに陣取って。
ホスタさんを引き連れた先生は、カードのブラックジャックで早くも2連勝らしい。ギャンブル場に入り浸りだった先生には期待が持てる。頑張って貰うとして、先に景品の紹介をしておこうか。
これがとにかく、見た事の無い品も用意されていて。
まずは一番高価な『幻』の宝珠。コイン2万枚は破格の安さだけど、果たして30分でそこまで増やせるのだろうか。ノルマは一人4千枚、元金を失う事態も充分考えられるし、微妙なライン。
次いで高いのは、還元の札がコイン3千枚。それからカメレオンジェルが2千枚で、白紙の術書と言うのが1千枚。白紙の術書というのは、持っているキャラの種族属性に染まって、必ず2P上昇すると言う優れモノらしい。
普通の術書は、大抵1Pしか上昇しない。自分の種族と同じ術書を使えば、たまに2Pボーナス的に上がる程度である。それを思うと、1千枚の景品と言えかなり上等には違いない。
さて、その後は皆が本気でのコイン枚数を増やす作業。
僕は基本的に、永続的に続く良運というのは信じない。運は良い時もあれば、当然悪い時も存在するのだ。先生のように、良悪を感じ取って賭け率を調整するのが圧倒的に正しいと思う。
とは言え、それを感じ取るにもある程度の慣れや経験が必要になって来る。付け焼刃で元手を失う訳にも行かない僕は、大人しく前もって決めていた闘技場に参加する事に。
これは対戦カードを選んで、自分の掛け金を増やして行く遊びのようだった。通常のギャンブル場には無かったように思うが、あればちょっと楽しいかもと思う。
対戦相手は自分のレベルに対して+10とか-10とか、結構様々なパターンがある。複数の敵相手とか、対戦場所が敵に有利とか、そこら辺は掛け率にも影響していて。
試しに僕のレベル-10から同レベル、+10と続けてみて難なく3連勝。10分ちょっと掛かってしまったが、100枚の元手はその間に400枚へと増えていた。
ここで問題なのが、残り時間と10倍以上の掛け率に手を出すかどうか。
+10の敵でも割と楽勝だったが、掛け率は精々が2倍である。残り時間で4試合出来たとしても、6千枚が精一杯。悪くは無いが、10倍を2試合勝てば、4万枚以上!
+40のレベル差の敵で、11.5倍である。しかし、+10の敵と戦ってみた感触から言えば、どうやら敵はNM補正がされている様子。そんな敵の+40と言うのは、かなり不味い気が。
何しろ、一度負けるとそこで元金を全て失ってしまう。
散々悩んで、結局+10の敵を2匹相手するコースを選択。倍率は約8倍で、2倍率よりははるかにマシなのだが。この急激な倍率の上昇は、果たして何を意味するのか。いずれにせよ、ちまちま2倍を続けていても始まらない。
先程の感触を頼りに、いざ2匹の敵を相手取っての試合スタート。
敵はカマキリの獣人と、イノシシの獣人のペア。近接の鎌の二刀流と、イノシシのチャージ攻撃が何とも嫌にマッチしていて。BGMに聞こえるのは、スッた時の優実ちゃんの悲鳴。
順調なのは先生チームのみらしい。僕も初っ端から劣勢で、いきなり8倍は無謀だったと後悔しつつ。タフなイノシシは後回しにして、僕は接近戦でカマキリを狙うのだけど。
時折、特殊技でHPを吸われて嫌なサイクル。モーションを覚えてからは、とにかくスタン技で潰しに掛かってみたり。散々てこずって1匹目を倒した時には、僕のHPも半分以上失っていた。
しかも時間も5分は掛かっていて、2戦目以降申し込めないピンチ!
それではたった3千枚で、賭けのトライが終わってしまう事に。僕は虎の子の闇の秘酒まで使って、連続スキル技で残ったイノシシ獣人を攻め立てて行く。
体力自慢のイノシシだったが、魔法はすこぶる効きが良かった様子。闇系の魔法で相手のHPに干渉しつつ、チャージ系の特殊技を華麗に回避して行って。
何とかカマキリよりスムーズに、3分で倒す事に成功。ボロボロになりながら、残り時間は8分を確保。僕はあまり考えずに、レベル差+10で敵有利な地形のコースを選択。
これが7倍の賭け率、勝てば2万枚にはなる筈だ。
ポケットの補充もそこそこに、僕は恐らく最後のステージへ。そこの地形を見て、僕はいきなり後悔する。腰まである沼地の中で、相手は水辺の大好きなスキュラらしい。
半人半蛇の♀キャラで、ファンスカでは結構な人気がある。何故なら上半身裸で、色っぽい技が多いからだ。しかし、装備を無理矢理脱がされる技は、同化途中の部位に来ると最悪だ。
たちまち壊れてしまってペナルティを加算されるので、恐怖の対象でもある。
僕ももちろん、敵を確認して顔面蒼白状態である。呪文のように特殊技来ないでと呟きながら、とにかく嫌なモーションが来そうになったら、全部スタン技で潰して行く。
通常技で、蛇の毒が来たり麻痺を喰らったり。本気で泣きそうになりながら、僕はギャンブルの怖さを体感させて貰っていた。手持ちの万能薬は使いきり、いよいよピンチ。
しかも敵は部位が2つある仕様、つまりはHPを2回分削らないといけないのだ。おまけに水辺でこちらの動きは半減以下、つまりはステップを封じられた状態で。
これ以上の不利な状況は無いだろう、7倍の賭け率を舐めていた。
いよいよ覚悟を決めながら、僕はステップも刻めない状況のまま、短剣の範囲技での削りを続行。上半身を先に落としたいのは、脱がせ技とか魅了技は上半身の特殊技だから。
下半身の麻痺とか毒も、もちろん嫌には違いないのだけど。それ以上に、装備破損など冗談ではない。残り時間は早くも後4分、敵の上半身のHPは半分を切った所。
決着がつかない場合、賭け金は返って来るのだろうか。もしそうだとしたら、やられない戦いに切り替えたいのだけど。もっとも戦いの長期化は、嫌な特殊技を浴びる事態も上昇させる。
僕は駄目元で、防御の要の《ビースト☆ステップ》を唱えてみる。
例え魔法技でも、水中でのステップは無理だろうと思っていたのだが。追い込まれての駄目元の選択は、しかし意外な方向へ。敵の通常攻撃を、2度3度と華麗にかわし始めるリン。
コントローラーを持つ手にも、この奇跡には思わず力が入ってしまう。これで目が見えて来た、攻撃にもクリティカルが乗って来て、スキュラの上半身のHPは残り僅か。
敵のハイパー化での連続攻撃と吸血のコンボは、リンのステップが回復してもさすがにきつい物が。しかも無情にも、残り時間3分を告げられて。元々博打場での戦闘、僕は覚悟を決めて、ここで大博打を打って出る事に。
《断罪》での自己HPの減衰から、《九死一生》の攻撃力ブースト。《風神》のカマイタチ攻撃と遠隔スキル技で、何とか上半身が活動を停止した。畳み込まないと、その内復活してしまうけど。
しかし《九死一生》込みの《ヘキサストライク》は、敵を粉微塵にする勢い。
最後の接戦は、本当に共倒れになるほどの際どさだった。毒を喰らっている状態で、《断罪》でHPを2割まで減らしてしまったせいだ。残り時間も1分も無く、薬品も補修しないともう無い有り様ではあるものの。
辛うじて手にした勝利には、内心胸を撫で下ろしてみたり。画面は暗転して、ボロボロ状態のリンは戦闘エリアから賭博場のフロアへと転送されて行く。
精神的にもボロボロになりながら、パーティ内でそろそろ時間切れと話し合う僕ら。どうやらみんな、幸いな事にオケラになった者はいない様子で何より。
ギャンブルはするもんじゃないと、改めて思った出来事だった。
30分が経過すると、ブザーの音と共に全ての競技の参加が不可になって。僕らは再び集合して、景品交換所の前でそれぞれの成果を発表しあう事に。
まずは沙耶ちゃんだが、終了間近に2度大当たりが来て何とか3千枚ちょっと。優実ちゃんは全く逆で、一時7千枚に達した後3千枚まで急降下した模様。
この二人は仲が良いせいか、丁度運が平均を見せているのが面白い。先生とハンスさんはその倍くらいの稼ぎで、7千枚と6千枚だったとの事。
30分でこの成果は素晴らしいが、僕の2万枚のコインを見て、皆さすがに驚きの感想。まぁ、負けていたらオケラだったので、とても絶賛を浴びる結果とも思えないけど。
これで一番高い景品もゲット出来て、パーティ的にも美味しい結末だ。
僕らは幻の宝珠を交換して貰い、残りのコインで還元の札とジェルを3枚ずつ、白紙の術書を4枚貰い受ける事に。もう少しで宝珠2つと言う贅沢を味わえたのだが、まぁ仕方無い。
景品交換が終わると、待っていたように交換所の隣に退出用魔方陣が。僕らはそれに飛び込んで、ようやく10年ダンジョンのエリアの片割れを制覇したのだった。
最初の塔と合わせて、約2時間足らず。招待状を持っているので、再突入は可能だけど。ここは踏ん張って全部クリアしようとの意見が多く、週の半ばにもかかわらず皆頑張った。
郵便局で入手した4桁の数字で、開くもう半分のダンジョンの扉。
こちらは完全に戦闘重視のダンジョンで、ギャンブル的な仕掛けも確かにあったのだけど。初めて見るのが、カメレオンタイプの獣人。幻惑族と名乗っていて、他の敵より飛びぬけて強い。
背景に溶け込んでの攻撃回避や、突然変な場所から襲い掛かって来たり。細剣の幻惑系のスキル技も使って来るので、とにかく回避技が厄介な事この上ない。
攻撃力は大した事は無いが、時折クリティカルしたり防御力無視の次元斬と言う技を使って来たり。盾役を冷やりとさせる、間違いなくこのダンジョンの管理種族に違いない。
コイツ等は手長族と同じ、5種族の中の1つのよう。
他にもナナフシとか芋虫とか、背景に同化する敵がわんさか出て来て。ダンジョンも自然系の構造で、敵が有利となっている感じを受ける。文句を言っても仕方ないが、とにかく消耗させられるルート構成となっているようだ。
そして途中の地点で早くも後悔。案の定と言うか、薬品系が圧倒的に足りなくなって来たのだ。それでも意地で突き進んで、何とか宝箱からも薬品補充してみたり。
雪之丈の恩恵か、このダンジョンにも意外に多くて、助かる事この上ない。
分かりやすいフロア構造を4つか5つ抜け。途中に迷路があったり、アスレチックエリアがあったり。迷路は下手に迷うと、迷彩の様々なトラップで不意打ちを喰らったりとろくな結果にならなかったりして。
1時間も掛からず、何とか力を合わせて最終ステージ前へ。そろそろ11時過ぎ、眠たい人も出て来る時間帯だけに。残りの気力を結集して、さっさとクリア向かうべき。
最後の仕掛けは、いつもと同じく大ボスとの戦闘だ。
こちらも、うんと分かりやすい構成だ。こっちのダンジョンは、パーティの戦闘力を試されている感じ。最終ボスもそうで、とことん嫌な特殊能力を披露して来た。
そいつは巨大なカメレオンだった。幻惑族のとっておきの兵器なのか、はたまた神的な存在なのか。とにかく強敵で、一番厄介なのはこちらのスキル技を空振りさせる透明化。
他にも石化ブレスや尻尾の範囲攻撃、飲み込み技まで備えていて。完全透明化までに及ぶと、敵対心もリセットされるようで。タゲ取り役の先生は、この技には大慌て。
HPもなかなか減らず、アタッカー役もイライラ。
沙耶ちゃんの新魔法の《マジックブラスト》は、敵の透明化をものともせずに凄い威力。段々とメインアタッカーに成長して来た沙耶ちゃんだが、敵対心を取り過ぎて危うい場面も。
頑強なシールド技も持っているお陰で、何とか乗り切る事が出来たのだが。その隙を突いて、ホスタさんが《デスチャージ》を敢行。距離が無いと駄目なスキル技には、さすがに透明化で対応出来ないらしい大ボスのカメレオン。
先生がタゲを取り戻すのを見て、僕は《ヘキサストライク》からの《爪駆鋭迅》を見舞う。土の牙と風の牙に噛み付かれ、大きくHPを減じる大ボス。
なるほど、離れた場所の技には透明化での回避は行えないらしい。
そこからは、大きく流れが変わって行って。ホスタさんは、SPが貯まるとわざわざ距離を取ってのチャージ技。僕もスタンは諦めての、中距離スキル技で体力を削って行く。
SPの有効活用で、何とか後半はスムーズに戦闘をこなす事が出来た。敵のハイパー化も、逆に敵対心のリセットや石化が来なくなってラッキーだったかも。
先生のみが戦線を構築して、被害も最小限でやり過ごす事が出来て。そういう意味では、このパーティは対応力がついて来ている気がする。普通は最前線から離れたアタッカーは、殴る事が出来なくて暇なのだけど。
僕らのパーティは、離れた場所からバリバリ敵を削って行ける強みが。
そんな対応力の結果、それでも10分以上の熱戦の果てに大ボスが没して行き。石化で押されたら、恐らく逆の結果になっていただろうと怖い思い。
優実ちゃんしか呪い解除の魔法を持っておらず、再詠唱時間とかMP具合で中盤かなり怪しかったのだ。途中、前衛の誰かが死んでいてもおかしくない状況だった。
生き残れたのは、ひたすら運が良かったためだろうか。
ギャンブル場で、運を使い切っていなかったせいかも。そんな皮肉なコメントを考えつつも、敵のドロップや報酬にはそんな皮肉な思いも吹っ飛んでしまう。
精霊石やエーテルの種という変な栽培用の種、MPが増える精神の秘水や高級素材が幾つか。ミッションPやハンターPも、宝箱からしこたま入り、それには皆で狂喜乱舞。
換金性の高いお宝も、結構用意されていたり。そんな宝箱より一段高い場所に、一振りの細剣が祭られていたのだけど。一目で異質というか、業物だとわかる作りで。
左右非対称で、中心に隙間があるせいで音叉のようにも見える。刃の長さも左右違うし、材質も違うせいか長い方が黒っぽく、短い方が白っぽくなっている。
性能も凄いのだが、お陰で装備出来る者もいないという。
『いいや、リン君持ってて。ドロップや宝箱の中身の分配は、また明日でいいかな? 優実がもうヤバそうだし、今日は解散ね……取り残し無いよね?』
『平気だよっ、今日は物凄い稼いだ気がする……ギャンブルの稼ぎでは凛君に負けたけど、まっ許してあげるわw あそこに退出用魔方陣が湧いたねっ』
『ギャンブルの儲けは、ただのラッキーだから、先生。それじゃあ、全部預かっておくけど、自分が欲しい報酬考えておいてね、みんな。それじゃ、おやすみ~』
『おやすみ~、ふうっ、明日学校休めたらいいのに……』
引きずってでも連れて行くからねとは、近所同士ならではの頼もしいコメント。それぞれお休みと挨拶を残しながら、時間差で魔方陣に消えて行くのだけど。
残された僕は、細剣の備えられていた祭壇に、不意に人影を見付けてギョッとする。メンバーは既に、皆帰路についてしまっていた。けれどそのNPCは、戦う意思は示さぬよう。
見覚えがあると思ったら、調停監視役のシャザールだった。こちらに近付きながら、拍手などして見せつつ。その奥には、さらに幻惑族の戦士たちが数名佇んでいる。
これで緊張するなと言うのが無理な相談。しかし調停役は、呑気に言葉を発する。
――まずは最初の神器の獲得おめでとう。そして君達パーティは、幻惑族の敵として登録された訳だ。彼らはその神器の、対になるものを持って君たちを追う。
後は、どちらかが倒れるまで神器の取り合いになるのだが。場所は彼らの本当の故郷、尽藻エリアに限らせてもらうよ。どちらにせよ、これは定められた事だ。
追跡を振り切るには、2つの神器をその手にすれば良い。そうすれば、追う方は追跡手段を失って地に潜るしかないだろう。つまりこれは、種族存亡を賭けた闘いなのだよ。
くれぐれも、軽んじる事の無いように。
――さて、それでは調停者としての仕事をしようか。次のダンジョンのヒントを与えなければ、他の種族の活躍を奪ってしまう事になりかねないからね。
君は、どこのダンジョンのヒントが欲しい?
どうやら他の4箇所を選べるようで、僕は何となく領地から行けるダンジョン情報を選択。シャザールは、領民のクエストをこなして2つのアイテムを集めろと口添え。
それから、仲間に合成師がいれば道はひらけるとも。召喚ジョブの次は、合成師が道をひらく役割になるらしいけど。色々と極めていないと、挑む事さえ許されないらしい。
さすがは100年クエスト、かなりのハードルの高さである。
その後生き残りの幻惑族は、覚悟してろとか借りは返すぞとか罵り声を上げて。それでもこの場は大人しく逃がしてくれるらしく、安堵しながら魔方陣に飛び込む僕。
最初の100年クエストの攻略より、次への心配が最後には大きくなってしまったけど。収穫がたくさんあったのは確かで、明日の分配が楽しみでもある。
目玉は神具と呼ばれる凄い性能の細剣だろうが、細剣はパーティ内で誰も使ってるキャラがいないので。僕が貰う事も可能な訳で、そうなると短剣を手放す踏ん切りもつきそう。
向こうは細剣の事を神器と言っていたけど、使うにはそれだけの資格も必要みたい。細剣スキルが150、闇が50と光が40、さらには幻スキルが10必要らしい。
必要スペックがかなり高く、僕から見ても足りないスキルが幾つか。
しかし、これで1つ肩の荷がおりたのも確かである。こんなにあっさり、難関をクリア出来るとも思ってなかった。優実ちゃんの閃きには、最上の感謝をしなければ。
ライバル達にも負けていられない、僕も頑張ってクエストのヒントを集めなければ。7月に入れば、リアルの学生生活で期末試験と夏休みが待っている。
2週間のゲーム休み期間と、その後には朝昼晩にイン可能な環境。まぁ、そこまで廃人になるつもりは無いけど。リアルでも色々、バイトなど予定が入る筈だしね。
とにかく大きな転機の月を前に、色々と考える事の多い今夜の攻略だった。
毎度お馴染みとなった、僕の報酬を書き記したメモだったけど。うっかり沙耶ちゃんに見せる前に、柴崎君に見付かってしまって。これは何かと問われれば、正直に言うしかなく。
ついでに近況報告で、ハヤトさんのギルドにも挑戦状を叩きつけた結果になったと報告すると。君の思考には、到底ついて行けないと呆れ口調で言われてしまった。
彼は10年ダンジョンをクリアしたと言う報告も、メモに書かれていた豪華な報酬も、ハヤトさんの有名らしいギルド名も、どうやらあまり気にはなっていない様子で。
たどたどしい口調で訊かれたのは、前日の優実ちゃんとのお出かけの真相。なるほど、確かに気になる人も多いのだろう。僕らのギルドの栄光がそっちのけと言うのは戴けないけど。
僕は、詳しく言えないけどギルドの所要だと答えるに留めて。
「つまり……その、デートなどとは関係無い訳だね?」
「違うよ、そんな仲じゃないし……その点は、安心してくれても良いと思う」
安心って何の事だと、気のあるのはバレていないつもりの柴崎君だったけど。颯爽と去って行く柴崎君が、僕らのギルドに先を越されたのに気付いたのは。
それから、丸一日経ってからの事だった……らしい。
そんな事はさておいて、戦利品の分配にはさすがに悩むギルマスの沙耶ちゃん。僕も丸投げされたくないし、公平にしないとこの後やり難くなるよと忠告して。
これもリーダーの使命だと、ちょっと厳しく言い放つ僕だけど。ギルドの仲の良さにあぐらをかいていては、いつか破綻する恐れもあるのは事実だったりする訳で。
これを機に、報酬分配のルールを決めるのも良いかも。
実際に、ゲーム内で一番揉めるのが分配だと聞く事は多い。幸いウチのギルドは、皆人柄が良くて我が強くないので助かっているとは思う。それでも、気の良いギルドが分配を巡って気まずくなったとか、そんな話は幾らでも耳にするのだ。
ゲーム内と言うのは、自然と自己愛の感覚が顕著になるのかも知れない。自分のキャラを着飾らせたいとか、強い武器装備を与えてやりたいとか。
それに呼応して、レアな武器装備というのは入手し難いと言うのがあって。おのずと皆が必死になってしまい、色々と争いが起こってしまうみたいで。
そんな事が無いようにするのが、ギルマスの求心力と言うかカリスマと言うか。
「恨まれ役も買って出ないと駄目って事でしょ、それ位はするけど……なんかさ、今更ルールとか作るのは面倒じゃない?」
「私は、ちょっとはあった方がいいと思うけどなぁ……ほら、バクちゃんの武器を取りに行った時みたいに、今度は誰の手伝いの番とか?」
「欲しい武器防具を、交代で報告して入手をギルドで手伝うって方法だね。そんな場合は、メイン報酬はその提案者で、お手伝いで残りを分配するって感じかな?」
「なるほど、メインを持ち回り的な感じでする訳ね! それは確かにいいかもねぇ……環奈のギルドは、もっとガチガチに掟を決めてるらしいけど。参加の日数とか貢献度でポイント決めて、それによってギルドで動くらしいんだけど」
ギルドが大きくなると、確かにそんな方法も有効だろう。イベントの参加者と不参加者、貢献度別でのキャラ間の公平を期する為に、色々と規則を定めておくのだ。
多少お堅い感じはするが、皆が了承済みならギルドの運営はスムーズになる筈。どこのギルドだったか、遅刻に対する罰則を定めた途端、ほぼ遅刻者がいなくなったらしい。
一番効率が良いのは、やっぱり飴と鞭なのだろう。人間は怠惰にもなるし、やりようによっては勤勉にもなれると言う事だ。それはともかく、沙耶ちゃんは持ち回りと言う案が気に入った様子。
もっとも今回は、100年クエスト関係なのだけど。
「じゃあ、今回はリン君の発案って事でいいよね? 考えてみたら、優実もネコ獣人の関係で何度も発案してる感じだし。何だ、今まで通りでいいって事じゃん!」
「そうかぁ、沙耶ちゃんが一番、何も言ってない感じだよねぇ? あっ、でもこの前魔の宝珠を貰ったから、もうお終い!」
「魔銃も貰うもんねっ! もう1個、どこかに落ちてないかなぁ? 道のりは遠いよっ!」
「100年クエストの報酬で、多分出て来ると思うよ。今回は幻の宝珠だったけど……これは誰が貰う事にする? 僕は細剣欲しいかな、誰も使えないみたいだし」
「両方貰ってもいいんじゃない、リン君の発案だし。そうか、リン君武器変えるんだっ♪」
それは凄いと、二人はキャラの調整頑張ってと大はしゃぎ。自分達も新しい魔法が欲しいと、僕のメモ帳からめぼしい物を探る作業に戻るのだけど。
白紙の術書やジェルもあるので、後衛にも嬉しい戦利品の並びではある。ギャンブル景品交換用のコインも大量にあるので、好きなのを選べる報酬もある訳で。
――お昼休みの検証時間は、こうして賑やかに過ぎて行った。
インしての分配は、逆に妙に静かだった。それは別に不満からではなく、沙耶ちゃんの分配ルールの説明を吟味する間だったりするのだけど。
特に不満も無さそうな、年長組のコメントにまずは安心。
『いいと思うけど、僕的には欲しい装備はそんなに無いかなぁ? この前、凛君に武器をメンテして貰って、この上なく満足してるけどw』
『確かにホスタさん、攻撃力上がったわねぇ……私もいいわよ、今回は凛君の提案って事も含めて、全部オッケーで。前回の武器と盾取りで、私も満足してるし♪』
ホスタさんと先生の了承を得て、まずは一安心の沙耶ちゃん。これからもよろしくと、何だか改まってのリーダーの挨拶に。こちらこそよろしくと、メンバー間での変なやり取り。
そんなやり取りの後、めでたく細剣と幻の宝珠は僕のものに。
その後、指南書や還元の札や力の果実は前衛で、ジェルや精神の秘水は後衛で分ける事になって。エーテルの種は、是非沙耶ちゃんが育ててみたいと言うので沙耶ちゃんの物に。
遺跡のチケットや精霊石は、一応パーティ財産と言う事になって。白紙の術書は、僕以外のメンバーで1枚ずつ分ける事に。高級素材などの換金性の高いものも同様、僕が預かるか買い取るかして分配する事になるだろう。
問題は、ギャンブル場の交換可能コイン15万枚。
『これは……欲しい人いる? いないなら、先生に管理して貰うって事でいいかな?』
『ふむっ、ペットもパーティの一員と言う事で、プーちゃんにも分け前欲しい所だけどっ』
『あははっ、それは確かにそうかもねぇw じゃあ一旦私が預かるから、後でお姉さんの所に来なさい、優実ちゃんw』
優実ばっかりズルイと、今度は沙耶ちゃんがエキサイト。そう言えば、僕にもいつの間にかペットが出来ていたんだっけ。勝手に動かない分だけ、死亡率は低いのだけど。
範囲に巻き込まれると、あっという間に死んでしまうレベルである。まだまだ足手まといだが、追加攻撃的に触手で攻撃する姿は、3本目の奥の手みたいで楽しかったり。
成長させれば、その攻撃力も戦力に数えられて楽しくなる可能性が。まだまだ未知数の付属ペット、名前も付けてやらないと。実はハンターPは、あれから密かに注ぎ込んでいるのだ。
それによって取得したスキルは、沙耶ちゃん達のとはまるで違って。何だか寄生主のリンにも影響を及ぼすスキルが多くて、本当に変なペットである。
僕は寄生型ペットと、勝手に呼び名をつけたんだけど。
余っていたハンターPを振り込んで、取得したスキルは《攻撃速度UP》とか《防御力補正+10%》とか、まるで戦士タイプか支援タイプのよう。3つ目に出た《体力補正+10%》と言う補正スキルを付けると、ペットどころか僕のHPも10%上昇を見せたのには驚いた。
これは僕も、ペット専用の首輪を取らないといけないかも。昨日の攻略成功で、再びミッションPも貯まって来たのだけど、まだまだ交換の1万Pには至らない。
そんなには、立て続けでの成長とは行かないのは仕方が無い。
その後僕は、ギルドメンバーの皆にアイテムとお金の分配を済ませて。その日はお気楽モード、メンバーは集まっているものの、特に何をするでも無く。
沙耶ちゃん達は、取り敢えずブリスランドの街間ワープ開通の続きをするらしく。尽藻エリアも踏破するぞと勇ましい勢い。先生達もヘルプに行くらしく、僕も合成依頼を片付けてから参加すると言付けて。
そんな感じで、週末までは手強いダンジョン攻略を果たした反動からか。のんびりペースでクエストをこなしたり、買い物やおしゃべりなどで時間を潰したり。
週末には、沙耶ちゃん達はワープ使用権利と尽藻エリア開通ミッションをクリア。
ゆるいイン活動も、しかし僕には浸っている余裕も無くて。月末に2度目の参加のハンターランキング戦を控えていて、キャラの調整をどうしようか悩んでいたのだ。
10年ダンジョン攻略前には、ある程度は固まっていた構想なのだが。例の細剣を入手してから、その構想もブレまくり。細剣スキルを《同調》で伸ばしたいのだが、その為には常に左手に細剣を装備していないといけない。
折角の性能の良い武器でも、スキルが低いと頼りない事この上ない。ギルメンからとバザーから購入した還元の札が6枚、これを使えば急激なスキルPの移動は可能なのだが。
さらに《同調》を使っての遊びで、細剣スキルは16Pほど前もって所持している。
ただし、僕の持っている《同調》のスキルに、幾つか規制が存在するのが悩みの原因。便利過ぎる補正スキル故に、多少の縛りは仕方が無いとはいえ。
《同調》で伸ばしたスキルPは、還元の札での移動が不可となっているのだ。言い換えれば、自分で稼いだスキルPのみが、還元の札での移動が可能な訳で。
さらに言えば、右手の武器のスキルPの半分は、自分で稼いだ純正のスキルPでないと《同調》の補正スキルは作動しない。幸いリンは、最初は短剣スキルがメインだったけど、ロックスター入手後は片手棍をメインに育て直していたので。
右手にメインの片手棍を装備して、細剣を育て直すには困らない。
それは別にして、とてもじゃないがランキング戦には細剣使用は間に合わない。仕方ないので、細剣スキルは別に育てつつも、ランキング戦には短剣装備で参加する事に。
間に合わなかった最上装備の細剣には、ちょっと残念な思いだけど。まぁ、最初から装備条件が全く及んでいないのだし諦めもつく。ついでな感じで、寄生型ペットも封印候補に。まぁこれは順当と言うか、今の所役立たずでしかないので。
それとも取得スキルを生かす為に、出すだけ出しておいた方が良いのだろうか?
はっきり言って、《体力補正+10%》は物凄く欲しかった補正スキルである。リンの体力の低さをカバーしてくれて、僕のキャラだと150もHPが上昇するのだ。
個人戦において、やはり体力の有無は大きな要因の一つには違いなく。しかしこの補正スキルが作動するのは、寄生型ペットが召喚されている間のみなのだ。
使えるような、使えないような微妙な召喚ジョブは、まぁいいとして。他にも仕込みを少々、前回で得た教訓とか経験を元にしての奥の手を考えてみたり。
普段のレベル上げとかNM戦では全く使えないが、個人戦なら絡め手に使えると言う手段を考え出してみたり。アイデア次第で使えるものが、色々潜んでいるのもこのゲームの面白さ。
一般的にはユニーク装備とか、変り種のアイテムと呼ばれているけど。
僕はこうやって、作戦を前もって考えるのが嫌いではない。もっと突っ込んで言えば、楽しくて仕方が無かったり。その他にも月末までの空いた時間で、細剣の熟練度上げをしたりペットの経験値上げをしたり。
ソロでの戦闘を楽しんだり、沙耶ちゃん達がいたら一緒にモンスターを殴って遊んだりして。丁度種を落とす敵とかを標的に、素材狩りを兼ねての軽い戦闘をこなして。
メルや環奈ちゃんともたまに一緒にプレイして、リラックスした日々を重ねて。そんな事をしている間にも、6月の末は近付いて来て。気がつけば、とっくに梅雨は終わっていた。
学生達も夏服模様――ランキング戦は、そんな月末の土曜日の夜更けに行なわれた。
招待状を消費して、中央塔の奥の闘技場へ。僕的には、前回よりも早めの時間の参加だったけど、小さくて簡素な待合室には前の倍以上の参加者がたむろしていた。
思わず驚いて見回すが、特に僕を気にするキャラはいない。よく見れば、閲覧用モニターには、前回のキャラ同士の対戦シーンが流れていた。それは前回には無かった仕様で。
参加者達は、それを熱心に眺めている様子。
閲覧用のモニターには、その他にも今回の参加者データーが表示されていた。僕もあちこちに目を移しながら、今回の参加キャラをチェックしてみたり。
相変わらず、レベルをカンストしていないのは僕だけかと思って見ていたら。もう一人、175レベルの水種族の♂キャラがいた。データを見るに、二刀流の変幻タイプらしい。
僕のキャラ紹介は、困った事に《変幻タイプ/召喚タイプ》と、一人だけ浮いた感じになっていた。出てしまった物は仕方無い、訊ねられたら適当に誤魔化すとして。
それよりモニターでも見て対策を練ろうと思ったら、話し掛けて来るキャラが。
『やあっ、封印の疾風じゃないかっ。今回もやっぱり参加するんだなっ! モニターで見たけど、前回は災難だったな……アレは酷いってみんな言ってた、横ヤリは卑怯だって』
『こんにちは……迅雷のノリスさんでしたっけ? まぁ、ルールでの規制が無い分には仕方無いですよ。ああいう遣り方で優勝したってのなら、ちょっと腹も立ちますけど』
『あのプレーヤーは、あの後散々逃げ回って結局倒されてたよ。君は一体、やられ際に何をしたんだい? 差し支えなければ教えてくれないかな?』
小声で話し合ってたら、それを聞いたキャラが話に混ざって来た。前回因縁をつけ、さらに卑怯な横ヤリを入れて来た『グリーンロウ』の連中も、チラッとみたら隅っこにいたけど。
キャラ同士が控え室で話し合うのは、別に違法でも何でもない。僕はパーティ表示をして、パーティを組んで会話を外に漏れないようにしようとしたけど。この空間でパーティを組むのは規制されてて無理な様子、諦めて部屋の端っこで小声モード。
そんな訳で、周囲には聞き耳を立てる闘技者も数名。後から話に混ざって来たのは、奇麗な装備を身につけていて、長さの違う細剣を左右に佩いている闇属性のキャラだった。
どことなく強者のオーラを感じるのは、僕の気のせいだろうか。変わった装備だなと言う第一印象が強かったせいかも。同じ系統のキャラは、どうしても贔屓目に見てしまう。
グレイと名乗ったそのキャラは、ノリスさんに言わせれば有名人らしい。
目の前の二人に対して、僕は以前に所有していた武器の事をさわりだけ話した。その片手棍はもう壊れてしまって、今はマイナーチェンジ中だという事も。
今日は無理せず、予選突破を目標に参加したとも。そんな調子じゃ予選も生き残れないぞと、ノリスさんは熱いノリだけど。今回の参加者の多さは、彼も予想外だったらしい。
ノリスさんのギルドは、中堅クラスでいつも人手不足。ギリギリの人数でNMを狩るので、幸い獲得ポイントが多くて助かっているらしい。今日もいつも狩りに同行する相方は不参加で、その相棒の強さを見せられず残念そう。
仕方ないから、今回の有力候補の解説をしてくれるとの事。
『目の前のこの闇キャラの彼、隻腕のグレイって通り名を持つ有名人だねっ! 凄いスキル持ってて、少人数でNMを狩る君と同じタイプみたいだけど?』
『私のスキル技も、やっぱりこの細剣の専用スキルなんだけどね。ハンターポイント80持ちのNMを、5人で倒した事もあるよ。まぁ使用条件が厳しくて、乱用が出来ないのがネックかな?』
へえっと、ノリスさんはかなり感心した様子を見せる。グレイさんは律儀な性格らしく、僕がロックスターの秘密を喋ったので、それならば自分もと考えたみたいだけど。
周囲で聞き耳を立てているキャラには、かなりの牽制と重圧にはなっているのも確かで。ハンターP80持ちと言えば、僕らが倒した幸運の蹄を持ってたあのNM並みの強さなのだけど。5人で倒せば一人16Pも貰えてしまう訳で。
並のハンターギルドの一度の平均が5~8なので、2倍から3倍の要領の良さである。
『有名ハンターギルドが、今回は結構参加しているね! 『アズミノ倶楽部』って老舗のギルド知ってるかな、二人とも? あそこに固まってる闇種族の槍使いと土種族の盾キャラ、雷種族の術者の3人がそうなんだけど……』
『前回はいなかったですよね、様子見してたのかな? 槍使いは強そうだなぁ……今回は戦士タイプのジョブ相手にどれだけ通用するか、ちょっと試してみたいんですよね』
『君はレベル低いのに、結構自信家なんだねぇ。私も負けるつもりは無いけど、正直戦士タイプと正面切って殴りあうのは、不経済的だと思ってしまうよ』
話し相手の闇種族のグレイさんも、結構な自信家の様子。彼のギルドからはもう二人ほど、氷種族の術者と水種族の二刀流使いと一緒の参加らしい。術者の武器は両手棍で、前衛スキルもあると言う。一方の水種族は、さっき僕がモニターで見ていた、未カンストのキャラの様子。
術者が振るう前衛スキルも、あまり当てにはならないけど。いつの間にか第一試合の登録が始まっていて、どうしようかと悩む人の群れがモニター前に列を成している。
ノリスさんは、構わずギルドの解説を続ける模様。
『おっ、今参加を表明した光種族の大鎌使い、白い死神って通り名が付いてるの知ってるかい? あの有名な『アミーゴ☆ゴブリンズ』のリーダー、ハヤトのコピーキャラだって噂だよ。隣にいる炎種族の♀キャラが、同じギルドの業火のアリーゼ。二刀流キャラとして、知らない奴はいないって程有名人だよなっ』
『業火のアリーゼさんは知ってますけど、ハヤトさんのコピーキャラって何です? ギルマスがキャラのプロデュースを手伝ったって事ですか?』
どうやらそうらしい。スキルのセットとか、武器とか防具のバランスとか、色々と面倒見て出来上がったキャラだとの事で。有名な話だと、グレイさんも同意を示す。
そんな有名キャラが、いきなり参加を表明したせいで。続く参加者が極端に減少、って言うか全くいなくなってしまった。ノリスさんのキャラ紹介も、どうやら区切りがついた様子。僕は参加して来ますとコメントを残し、その場を後に。
参加の駆け引きで時間を下手に費やすのは、前にも言ったが僕は嫌なのだ。
僕が参加を示した途端、業火のアリーゼから拍手が贈られて来た。彼女自身は参加を表明しておらず、彼女と対戦するよりマシかもと気付いたキャラが、続いて雪崩式に参加を決めて。
8人枠はあっという間に埋まったようだ。僕にしてみれば、何よりと言うしかなく。気付いたら隣にいた白い死神が、僕に向かって丁寧にお辞儀していた。よく見たら、この人も♀のよう。
15秒後に転送しますのログの中、僕は一部の装備を交換してそれに備える。
フィールドは、前回と全く変わりが無い様子。僕の後に、誰が参加を申し込んだのか分からないのがちょっと痛かった。控え室にはアタッカー、しかも戦士タイプのジョブが5割近くいたような気がしたのだけど。盾役とか後衛とか術者など、多分数える程だろう。
僕らみたいな変幻タイプの二刀流使いが、多分3~4割程度の人数だと思うのだけど。とにかく作戦は前回と同様、あまり動き回らずに配置モンスターでポイントを稼ぐ感じで。
宝箱もバッチリ開けて回る、前回の参加で配置場所の見当が付きやすいし。
早速の移動で、広さの無い路地を歩き回っていたら、ふと不思議な影に出くわした。気付けば、割と尖塔の近くまで来ていた様子。それが宙を飛ぶ妖精だと気付いた途端、敵影に遮られた。
雷種族の術者で、控え室でノリスさんに解説を受けた人だったような。相手は詠唱を開始、僕は咄嗟に建物の影に入り込んで、射線を遮る回避行動を取る。
詠唱は中断、対戦者は恐らく初めての獲物との邂逅だったのだろう。どうしようか迷いつつも、同じルートで追って来る。魔法を撃ち込むにしても、射線は通っていないと駄目なのだし。
セオリーを信じれば、まぁそういう行動に出るだろうけど。
対人戦に慣れているキャラなど、恐らくまだゲーム内にいない事は確かだ。狭い階段で、僕の《震葬牙》がいきなりヒットする。続いての《兜割り》は、術者にはあまりに過酷なスキル技。
その時点で、僕の接近と詠唱不可状態を許してしまっている対戦相手。恐らく相当なパニック状態だろうとは予測がつくけど。僕の一人連携からの《グラビティ》の撃ち込みは、かなりの負荷で予想外だった様子。
これで、迅速な脱出も出来なくなった。気の毒に思いつつも、術者の参加は不利だと教えるべく。さらに接近戦での追い込み、SPが貯まったのを見計らって《ヘキサストライク》を敢行。
種族スキルの雷精召喚は、ある程度予測出来たけど。喰らってあげる程度の余裕があったので、スタンが治まった瞬間にとどめの《爪駆鋭迅》を撃ち込む。
これでまずは1勝、ちょっとだけ後味の悪さを残しつつ。
セオリーとは言え、近接が苦手な相手に何もさせずに倒し切ってしまった。それが多分、後味の悪さに繋がってしまうのだろうけど。自分の得意な距離で戦うのは、当然で仕方が無い事。
それでも僕は、何らかのイライラ感に突き動かされ。屋上に出てから、次の対戦相手を探してみる。なるべく前衛で強そうな奴と思ったら、視界内にあるキャラが映った。
『グリーンロウ』の、前回横ヤリを入れて来た槍使いだ。光種族で戦士タイプなのは、さっき気付いた程度であまり気にしてなかった。チャージを使える武器は、まぁ槍系しかないのだけど。
僕は挑発するように、強化魔法を掛けて行く。
相手も僕に気付いたようだ。尖塔の方向に屋根伝いに移動しながら、僕は魔法を飛ばしたり挑発を繰り返す。前方に大きな建物が見えて来て、どうやらホテルか何からしいのだが。
屋上も豪華で、プールやちょっとした植物などの設備も充実してあって。以前遠くから見た気がしたけど、なるほどこんな感じになっていたのかと納得。
これは考えていたより、僕の仕掛けの効果が高まるかも。
そんな心中は別にして、もろにバカンス的な雰囲気の背景の中、対峙する光と風のキャラ。一度相手は距離を詰めつつ攻撃しようとして、チャージ技を失敗している。動き続ける相手には、そんなリスクも存在するのだが。
僕が立ち止まった事を確認して、今度こそとチャージを敢行する相手。今まで一方的に、僕の魔法を浴びていたのだ。《闇喰い》や《邪な風》などで、毒状態に甘んじていて。
ようやくの反撃に、こう来るのはこちらも分かっていた。その反撃は僕の覚えたての魔法の《ソニックウォール》で潰させて貰う。待ち伏せ魔法は雷系の《スパーク》など色々と存在するけど。
ナイスタイミングで覚えられて、僕的にはガッツポーズ。
これは、僕の周囲に音の幕を張って、近付く敵の方向感覚を狂わせる魔法。魔法や遠隔には対応出来ないが、チャージ技やステップ潰しにはかなり有効である。
案の定、敵のチャージは勢いを減じてヨレヨレ。僕の前に無防備な姿を曝し、仕掛けるには絶好のチャンスだ。僕は矢弾スロットの爆裂弾を、敵めがけて投げつける。
これは火薬スキルで使う消費武器なのだが、別にスキルが無くても命中率には不便は無い。普段の僕はポケット増加の装備を着用しているのだが、ポケットに数制限のあるこのフィールドには、無意味な事だと前回気付いて。
色々と別の装備を考えていたのだが、合成で最近火薬を触る機会が増えていた手前。この爆裂弾のレシピを仕入れて、これは使えるのではないかと奥の手候補に入れていたのだ。
ダメージこそ少ないこの消費武器だが、何と突き飛ばし技に使える。
本当は、建物から落として落下ダメージでも与えてやろうと思っていたのだが。敵に遠隔系の技が無ければ、そのままこちらが攻撃し放題にもなるし。
今は水の張られたプールを見つけて、臨機応変に作戦変更。これに落としてしまえば、敵の移動力は半減以下に。距離を開けられれば、厄介なチャージ技を喰らう危険性も出て来るし。
一度防いだとは言え、魔法の防御も完璧ではない。これを浴びてしまうと、強烈な技だけに一度に3割以上体力を削られてしまうのだ。アタッカーとの対戦で気をつけるべきは、その強烈なスキル技に他ならない。
一発逆転もあり得るだけに、一番気をつけなければならない事態だ。
もっとも、通常攻撃の強烈な連激を避けられる予定がなければ、こんな作戦は実行しない。両手武器の適性距離を外しつつ、さらに《ビースト☆ステップ》で攻撃を避ける作戦だ。これは以前の賭け闘技場で、死にそうになりながら閃いた技。
これを使わない手は無い、相手はさぞかし慌てるだろう。
プールの一辺は、浅瀬になってそこから上がれる仕様になっている。目論み通りに派手に水没した対戦相手は、大慌てでそちらを目指しているのだが。
いたぶるようにプールサイドからスキル技で攻撃してやると、向こうも足を止めて殴り返して来た。僕も水に入り込んで、後は獣スキルまかせのディフェンス。
面白いほどに敵の攻撃を避け、背面を取ってのクリティカル攻撃。
敵はさらに焦った様子で、焦れて範囲攻撃のフルスイングを敢行して来た。さすがにそれは避け切れないが、SPを大量消費した割にはこちらの被害は軽微で済んでいる。
スキル技でSPを使い切ったのを見計らって、爆裂弾でプール奥へと追い遣ってやると。今度はポーションでの回復を計り出したので、こちらも強化を掛け直して接近戦を挑み始める。
対戦相手のHPは大量だったが、幸いポーションしか回復手段は無い様子。クリティカル率を補正スキルで上げまくっていた僕は、接近戦の死角を利用して効率的に敵を削って行く。
戦闘時間は、3分も掛からなかっただろう。ポーション分を差し引いても、割と計画通りの進行具合である。つまり相手には、何の秘策もなかった事になる。
2人目の対戦相手に勝利して、これで予選突破は確実だろう。
時間はまだ5分以上残っているらしく、ポイントを稼ごうと思えば可能だろうけど。尖塔も目の前に聳え立っていて、これ以上対戦するつもりも無い僕は、用心しながらそちらの方向に。
気になっていた建物であり、先程見たフェアリーの影の事もあり。残り時間で探索してみる気満々で、あちこちと移動して回ったのだけど。
壁の絵画と石の柱の列に囲まれた、一風変わった入り口を発見した時には、僕も他のキャラに発見されていた。多少苛立ちながら、僕は寄生型ペットを召喚する。
ただのこけ脅しだったが、その異様な光景は相手を躊躇わせるのに充分だった様子。
距離を置いて対峙する、僕と白い死神。僕は路地の突き当たり、尖塔の真下に位置していて、向こうは少し離れた屋上に立っている。改めて見ると、相手の大鎌は異質だった。
かなり巨大で、それでいて白い羽根か何かのようにも見えて。向こうが生き残っているのは、ある程度計算の内。まさかポイント不足でもあるまい、見逃してくれないかと思いつつ。
未練たらしく入り口に近付くと、向こうも距離を詰めての明らかな臨戦態勢。
脅しが効き過ぎたようで、向こうのヤル気に火をつけてしまったのかも。ここまで来て予選落ちなど冗談ではない。その思いとは裏腹に、相手のいきなりの遠隔系スキル技で、僕の体力は大きく減らされていた。
敵も凄いスキル技を持っている。派手なエフェクトで、身体を鎌の刃に喰いつかれた感じだ。これは出し惜しみをしている暇は無い。《ヘキサストライク》で反撃しながら、僕はしばしの逡巡。
接近戦を挑むべきか、この距離を保つべきか。それとも足止めしてから姿をくらますのもアリかも知れない。勝ち残る確率を上げる為には、それが最上と思うのだけど。
試しに飛ばした《ダークタッチ》が、思いの他HPを吸ってくれて。
僕のHPも結構な回復、さすがに闇魔法は光種族には絶大な効果を及ぼす。種族スキルのせいで魔法の詠唱の速い風種族だけに、接戦での魔法合戦も不便は無い。
白い死神は接近戦を挑んで来る様子。僕は《ビースト☆ステップ》の防御に身を任せて、取り敢えずスタン技で翻弄する。動きが止まったのに気を良くして、僕は《連携》を選択。
耐性が落ちた相手に《ダークローズ》を撃ち込んで、思わず足止めが成功。
結局この手で、無駄な闘いを避ける手段に。ポイントはお互い足りてそうなので、問題ナシだろう。このトラブルで、折角見つけた尖塔の入り口を調べる暇が無かったのが悔やまれる。
後悔している間にも、時間は刻々と過ぎて行き。程なく時間切れのアナウンス、生存者は強制退去させられて。多少気まずい、生き残りメンバー同士の邂逅に。
モニターでやってる別の予選を見て、誤魔化そうと思っていたら。
予選を生で見たのは、実はこれが初めてだったのだけど。かなりの迫力で、さっきのリプレイ同様になかなか面白い。どうやら対戦者同士が近付くと、モニターに写される仕組みらしく。
今まさに、1つのモニターにパッと明かりが灯ったと思ったら。レベル不足で気になっていた水種族キャラが、次の対戦相手を見初めた様子。その仕掛け方がとにかく凄い。
呪文なのかスキル技なのか、宙に巨大な弓が出現したと思ったら。長槍みたいな矢弾がそこから放たれて、射抜かれた対戦相手のHPは一気に半減。
控え室からも、何やらどよめいた雰囲気が。何しろ体力自慢のアタッカーのHPを、いきなり一撃で半減である。見た目は、遠隔スキルなど持っていなさそうなキャラだけど。
ひょっとしたら魔法なのかも、不明な大技に停滞していたムードも急上昇。
いや、盛り上がっているのは業火のアリーゼの活躍が映っているせいのようだ。普通、二刀流というのは華麗で素早い軽めの連続攻撃のイメージがあるのだけど。
このキャラに対しては、それは当て嵌まらない様子。力強い連撃で、炎属性の追加ダメージなどまだ可愛い方だ。回転撃の追加で、炎の柱が立ち上がる。
スピンムーブという技らしく、それによってステップに切れがさらに増して行く様子。攻撃力も上昇して行き、この攻防技はなるほど要注意だ。恐らく、変幻タイプのスキル技だろう。
主力に据えるのには、まさに持って来いの技だと思う。
戦士タイプより、変幻タイプの方が今の所活躍している気がするけど。一撃の強い重戦士より、魔法やステップなど器用にこなす二刀流使いの方がサバイバルには適しているせいか。
僕が実際戦ってみた結果も、そんな感じの印象を受けるのだけど。NM戦では工夫無く、とにかく削る仕事しかこなさない戦士タイプは、どうしても幅の無いキャラになりがちらしい。
軽い一撃しか持たない変幻タイプだからこそ、工夫で能力を底上げする義務も出て来る訳で。そういう意識を持っているのといないのとでは、個人戦で差が顕著に出るのだろう。
僕は特に、レベルの不利があるので工夫しないとね。
それから15分後、やっと本選を始めるとのアナウンスが。僕にとっては2度目の本選だが、フィールドの秘密を探るという目的は未だ達成されていない。
これは思い切って、スタートダッシュを決めるべきだろうか。戦場のエリアに放出された僕は、魔法強化もそこそこに尖塔に向けて一目散に走り出す。
ひたすら邪魔が入らないようにと願いつつ、屋根伝いに移動すると。右手に魔法の閃光、どうやら戦闘が始まったらしい。気の早い連中だ、もっとゆっくりしていればいいのに。
そんな事より、また見えた怪しい影。木立ちの生えた空き地に、宙を飛ぶフェアリーらしき飛行物体が。僕は建物を飛び降りて、その小さな影の後を追従する。
これはひょっとして、尖塔は関係無いのかも。
フェアリーが導いたのは、空き地から少し進んだ行き止まりの小路地だった。何か無いかとカーソルを移動させてみたら、地下へと続くマンホールを発見。
クリックすると、地下への道がお出迎え。汚い下水道を想像していたのだが、実際はこんもりした茂みや花壇に彩られた、何とも華美な秘密の通路。地下に隠された森の中には、フェアリーの集落が。
今までいそうでいなかった、多分バージョンアップで新種族として追加された奴だろう。色々と話して回った結果、中の1匹が人間種族は珍しいと懐いて周囲を飛び回り。
挙句の果てには、勝手にカバンの中に入り込んでしまい。アイテム欄を見たら、妖精と言うアイテムが追加されていて。思わず吹き出しそうになった、訳の分からないこの仕様。
集落を放り出された後も、アイテムの所在が気になって仕方が無い。
お陰で、その後の戦闘はぐだぐだとなってしまい。こうして2度目のランキング戦は、一応の目的を達成してお開きとなった。そして僕のカバンの中には、家出妖精が1匹。
それが一番の成果かも知れない。これがランキング戦で得られる、100年クエストのヒントなら良いのだけど。必死になって探し当てた、次への手掛かり。
今回も予選は突破したので、まぁ良かったと自分を慰めて。恐らくこれでまた、次の招待状は送られて来ると思うけど。試験的なイベントなので、そこら辺は僕にも不明。
突然打ち切られたりとか、一般に公開される可能性もあるかも。
今までも、試験的なサブイベントは割とたくさんあったらしいのだけど。人気が無くなって潰れたものも、話に聞くと結構あるらしく。限定イベントで好評だった仕掛けやエリアも、新規採用されると意外と人気が出なかったり。
ファンスカというネットゲームでは、不人気イベントは案外ばっさり切られてしまうようだ。聞いた話だけど、そんな感じで無くなったイベントやミッションもあるようで。
対戦型のハンターランキング戦も、そうならないと良いのだけど。
工夫次第で色々と戦法が変えられるのが結構楽しくて、僕のツボにはヒットしたのだけど。100年クエストの情報は取れたっぽいので、もう参加する意味も無いかもと思いつつ。
2度目のランキング戦は、こうして終焉を迎えたのだった。
6月の後半と7月の前半の数日のみが、実質試験前に与えられた自由時間だった。次の週末は、もう試験一週間前となってしまい、ゲームは封印される事になる。
その間にこなした事と言えば、後衛二人の尽藻エリア開通ミッションだとか、ちょっとしたレベル上げだとか色々。ミッションの手伝いで、手伝いをした僕らにもミッションPがそこそこ貰えてちょっと役得だったけど。
新エリアの南西の島、ブリスランドの街で航路地図を見つけて始まるこのミッション。その後に船で新大陸を目指すのだが、途中孤島を探索したり船旅中で戦いがあったり。
結構長くて、戦闘レベルも前のミッションに比べてやや高い。
合計3日掛けて、今の所共通ミッションとされるこの最大の試練をギルドでこなして。これでようやく、全員が全てのエリアに通えるようになった訳だ。
もちろん、街間ワープの開通とか、拠点を築くのには時間がもう少し必要だろうけど。尽藻エリアはミッションPも入りやすいので、クエをこなすのも楽しかったりするのだ。
これで100年クエストにもミッションPの獲得にも、少しは有利になって来て。新種族の捜索も、どうやら尽藻エリアがメインとなって来るようだし。
二人の世界の拡がりに、僕もサポートして行きたい所存である。
メルや環奈ちゃんとも、ちょくちょくイン世界では一緒に遊んではいたのだけど。特にギルドが揃わない時には、それじゃあ軽く遊ぼうかと言う事になるのが通例で。
こんな時には本当にお気楽なプレー振りで、たまにお気楽過ぎて殉職者が出てしまう事も。それも笑いの種になってしまうのは、まぁ親しい者同士の屈託の無さの成せる技だろう。
特にメルの特攻は、仲間内でも有名になって来ている始末。慣れてない前衛を担う少女は、時にハチャメチャな戦い振りをメンバーに披露してしまって。
まぁ、優実ちゃんが蘇生魔法を持っているから許されるレベル。これが、メルだけが蘇生魔法を持って真っ先に死んでしまう事態だと、さすがに笑うに笑えなくなってしまう。
鋭い突っ込みの環奈ちゃんも、年下には甘いようでいつも擁護側に。
そんな感じで、4月の頃とは遊ぶ面子がすっかり変わってしまった今日この頃だけど。ゲーム開始当初は、こんなお気楽プレイをする自分など想像がつかなかった。
まぁ、あの頃は独りで合成などの金策ばっかりに走っていて、たまにハンスさんのギルドに構って貰う感じのイン生活で。今思うと寂しい限り、ネットの環境を生かし切れていなかった。
今は合同インも週に必ず2度は誘われてるし、バイトが無かったらもっと数が増えても不思議ではない。仲の良いギルドを得る事が出来て、僕は幸せだと思う。
そして期末試験が終われば、高校生活初の夏休みが待っている。
夏休みとは言っても、週2で固定のバイトは入ってるし、師匠の編集手伝いもあるし。それを休むつもりは全く無いので、週の半分以上はやっぱり隣街通いは続く事になる。
変わり映えの無い生活だけど、どうせ家にいても退屈なだけだし。ギルド内では改めて話し合った訳ではないが、何となく沙耶ちゃん宅での合同インは続きそう。
もちろんギルドの活動も、活発にこなして行く予定である。
――呑気にクラブ活動に燃えていた中学時代とも違う、忙しい季節になりそうだ。




