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1章♯11 新しい武器と仲間と



 新しいギルドメンバーのホスタさんは、土種族のアタッカーである。土種族は体力自慢で、さらに腕力などのステータスも高くて、前衛キャラにとても向いている。

 ホスタさんもバリバリ前衛キャラ、両手斧を装備していて、装備も割と堅強なのを揃えている感じだ。何より土キャラは、ハンスさんも選んでるけど見た目がかなり個性的なのだ。

 モグラに似た外見で、背丈が小さいくせに腕は太くて鼻が犬のように突き出ている。これ程兜の似合う種族は他にいないだろう、とにかく愛嬌たっぷりの種族である。

 僕らのギルドは、これで氷・光・風・闇・土キャラが揃った訳だ。


 週末のギルド運営では、初の5人での行事進行となった訳だけど。特に特別な事をする訳でもなく、ネコの連続クエなどを手伝って貰ったりして。

 つまり、ネコ族集落建設予定地のモンスター退治だけど、やっぱりアタッカーが一人入っただけで殲滅時間が全然違う。僕らは思い切って二手に分かれて、効率重視でクエをこなす事に。

 ホスタさんは、ゲーム内でも本当に自己主張が無くて大人しい印象だった。本人も言ってたけれど、自分の領地の庭園を花で立派にする事しか興味が無いのかも知れない。

 冒険は全く二の次で、欲しい装備なども全然言って来なくて。その割に、前衛としての削り能力は申し分ない。キャラの性能を程よく生かしていて、可もなく不可もない仕上がり具合のよう。

 ただし、土系の呪文は便利なのをたくさん持っていて羨ましいほど。


『そっちどうです、先生チームは? 敵に囲まれてピンチとかだったら、すぐに駆けつけますよ?』

『大丈夫、結構減って来てるみたいね、敵の群れも。ホスタさんの回復魔法、凄い便利だわっ! これなら二手に分かれても、全然へっちゃらだねっ』

『ほぅほぅ、うちのパーティも回復役が充実してきたねっ♪ これならピーちゃんをネコ仕様の姿にしても平気?』

『あんたはパニくると、回復そっちのけじゃん、優実っ。ピーちゃんの回復の方が、内心ではみんな頼りにしてるわよっ?』


 そんな筈はと、慌てている優実ちゃんだけど。全くの作り話ではないので、否定出来ない僕は狩りに集中する振りをして、彼女の追求を避けてみたり。

 ネコ族の集落建設予定地は、そんなには広くないのだけど。蜂の巣とか凶暴ネズミの巣穴とか、後から湧いて来るタイプの設置が多くて時間を取られてしまう。

 僕は沙耶ちゃんと優実ちゃんと組んで、砦の近郊のモンスター狩りを行っている所。向こうもそれなりに忙しそうだが、僕らよりレベルの高い二人組である。

 手際良く、巣のタイプの敵の拠点を潰して行っているみたいだ。


 結局は、30分程度で済んだその懺悔クエスト。ネコ族の砦の門番さんに結果を報告すると、ようやくボスネコに謁見を許して貰えて。これで後ろめたさも少しだけ晴れた感じだ。

 お褒めの言葉と同時に、意外にも結構なギルと経験値を貰えて。喜ぶ僕らに、族長ネコは新たな依頼をして来るのだけれど。何とそれは、合成師を紹介して欲しいという話で。

 僕は驚きつつも、これはチャンスと画面の前でガッツポーズ。


『ちょっとラッキーかも、これ僕が受けていいかな? へぇっ、これは……前報酬として、新しいログハウス建築のレシピとか貰えるみたいだね』

『でも材料費は出して貰えない? 材料集めるので、リン君お金掛かっちゃうんじゃない?』

『新レシピ貰えただけで、もう充分過ぎるよ。集落作りを手伝ったら熟練度も上がるし、こっちからお金出しても全然惜しくないよっ』

『う~んっ、合成師の思考回路は、一般人には理解出来ないけど。凛君がそれで良いって言うんだったら、全部任せちゃおうか?』

『私もそれで良いけど……う~んっ、このクエが終わったら、あの場所に街が出来てるのかぁ! 何か凄い事になってるね、ほとんどミッションじゃない?』


 確かに沙耶ちゃんの言う通り。連続クエを受けてたつもりが、実は新しい集落作りに携わる壮大なミッション形式だったとは。しかし、僕の片手棍の情報は出て来ず、ネコ族に頼るのも確かに筋違いなのだけど。

 次の日の日曜日は、全員が集まるのは夜中だけだったので。昼間は新レシピを頼りに素材を買い込んでクエに当たる事にして。他にも依頼の合成をこなしたり、メル達と遊んだり。

 日曜日は知り合いの数も多いので、なかなか個人的な用事は進まないのだ。



 その日の夜の集まりは、前半はギルドでレベル上げをしていたのだけれど。沙耶ちゃん達が、もう少しでレベル100に達するので、ギルドでも割と熱が入っていたのだ。

 その途中で、ハンスさんのギルドに蛮族の拠点攻略に誘われて中断したりして。断るのも悪いし、折角だから行こうと言う事になって、2パーティ半での大合戦に参加。

 お陰でハンターPやミッションPを貯められて、それはそれで幸せだったり。


 ギルドとして、それなりに格好のつく活動をしたのは、それから3日後だったろうか。6月もそろそろ後半に差し掛かり、長かった梅雨も明けてくれそうな天候が続いている。

 その日は誘われるままに沙耶ちゃんの家にお邪魔して、3人揃っての合同インの運びに。先生も神田さんも、今日は丸一日休みだそうで、時間の都合に不便は無し。

 今日は色々と一区切りつけようと、そんな話で最初から盛り上がる。


『えっと、まずは報告から……ネコ族の集落建設の手伝いで、さらに報酬を貰ったよ。消耗品とかレア素材とか、合成の装置とか結構なお金になりそう。後で分配するね。それから新しい集落出来て、お店の品揃えが良くなったよ。珍しいアイテムも売ってて楽しいかも』

『ほおっ、それは楽しそうっ。私からの連絡は特に無いかな? ギャンブルでのコイン稼ぎも、最近は微々たる上昇だなぁ……優実ちゃん、景品交換もう少し待ってね?』

『待つから、ペットのプレゼント早く頂戴、バクちゃん! えっと、こっちの報告ではぁ……新しい街の開通が済んだよっ。だから、バクちゃんの新しい武器のダンジョン、今からでも行けるよ~♪』

『レベル100関連のクエストも、ほぼ滞りなく終わったよっ。尽藻エリア? の開通ミッションも、何とか受けれたから、今度みんな手伝ってね~!』


 沙耶ちゃんの言葉通り、ようやく後衛二人組みはレベル100に到達。頑張った甲斐あって、その後の関連クエも全てクリアして。キャラの強化とか、世界の拡がりとかようやく中堅並みに成長を見せたのだった。

 いたく感動した二人の女性陣だったが、実はそこからはさらに難関の上級冒険者への道のりが存在する。それでも楽しむだけなら、このレベルでも充分に通用するのも間違い無く。

 要するに、ギルドの後衛陣がいっぺんに頼もしくなった訳だ。


 特にスキル枠の拡大と、中央塔からの依頼受け付け可能レベル到達は有り難かった様子。これでミッションPの取得が割と容易になったし、クエの発生率も上昇する事に。

 懇意にしている街や集落から、定期的に中央塔へと名指しで依頼が来るようになるのだ。それをクリアして行けば、さらに報酬や名声が貰え、中央塔からミッションPが進呈される。

 このゲーム、こんな感じで極端にクエストが多いのだ。戦闘能力を極めるだけではなく、エリア内の街や集落と交流を深める事も大事になって来る訳で。

 ただの殲滅系ゲームではなく、住民としての義務も生じて来る仕様と言える。


 そして、ネコ族の同志としてクエを受けていた優実ちゃん。貰った肉球ステッキを耐久度0にして持って行くと言う変テコなクエの報酬は、何とトラ模様のスカートだったらしく。

 敏捷度が+10上昇と言う高性能で、タイトでスレンダーな見た目も格好良い。ミニ仕様で色っぽいかもと、優実ちゃんは何故か複雑な心境のようだったけど。

 本人は可愛い感じの服が好きなようで、自分のキャラのいでたちに戸惑っている様子。


 それはともかく、夕方と夜の時間をどう使おうかと、報告が終わった後に話し合った結果。夜は先生の防御付き片手剣を獲得する為の時間に使う事に。

 手強いダンジョンとの噂だったので、こちらも力をつけるために伸び伸びになっていたのだ。そこにようやく挑めそうだと、皆のテンションも上がり気味。

 その内に、先生がチケットを持っている10年ダンジョンにも挑もうと、士気は上がる一方なのだけど。僕はと言えば、相変わらず武器の喪失による補填が完了していない状態。

 あれから散々探し回って、そこそこの威力の片手棍を見つけ出したのだけど。短剣もダメージの高い物に交換して、お金は掛かったけど攻撃力は多少マシになった。

 そこで僕は、神獣の森の探索を提案。前の占いの結果が、どうしても気になっていたのだ。


「地図には行ってない場所があるねぇ? 左上の方だけど、手掛かりがあるとしたらそっち?」

「行ってみようか、リン君が復活するのを信じて……だから頑張ってよ、リン君!」

「うっ、うん……頑張るけどある意味賭けなのかな? どこかに追加の素材があるのは確かなんだけどね。情報屋でもその場所がどこか分からないから、探し回る破目になってる感じ?」

「手伝うから頑張ろう? えっとね、ネコ族の新しい集落で、犬族の目撃情報が聞けたよ?」


 その優実ちゃんの何気ないコメントを聞いて、僕らは思わず愕然とする。そんな情報があるなら早く言いなさいと、批難を浴びる優実ちゃんだったけど。

 本人はきさっき聞きいたばかりだと、泣きながらの反論。とにかく、これでピースが繋がった感が漂って来て。気を取り直して先生達にもお願いしてみると。

 あっさりと、手伝い了解の返事が聞けて胸を撫で下ろす僕。早速神獣の森へと、犬族の手掛かりを求めて進み始めるパーティ一行。森の中の雑魚を掃討しながら、未探索のエリアへ。

 進む事15分あまり、ようやく未踏の地に乗り込んだメンバーの前に見知らぬ砦が。


「むっ、これが噂の犬族の砦かな? やっと見つけたね~っ、この後どうするの?」

「中に入れるかな、多分クエか何かが起きる気がするんだけど。この前のボス犬いないかなぁ?」

「いたら簡単に事が進むのね? リン君の欲しがってる、素材か何かを貰えるのね?」


 その可能性は高いとは思うのだけど、詳しい事は分からない。ちょっとビビリながらも、普段とは違う砦に固まって入るパーティ。迎えるのは犬族の獣人達の群れ。

 砦をどんどん昇って行くと、ようやく犬族の長と再会出来て。この前の地下牢以来で、向こうもこちらを覚えていた様子。懐かしみながらも、僕らの持っている片手棍に興味を示して。

 こちらの種族に馴染むつもりなら、試練の塔を特別に貸してくれるとの事。


『それって、またまたネコ族に対して裏切りになるんじゃ? 本当に、両者とも仲良くしなさいって感じよねぇ?』

『それは確かにその通りだけど、一応今回は塔に入らせて貰うって事で。リン君の探してる素材が、そこで出て来る可能性が高いんでしょ?』

『多分、片手棍の入手経路からして、この犬族が絡んでるのは間違いないと思うけど。確信があるかって言われれば、あんまり自信は無いなぁ』

『平気だよ、きっと。地図見たけど、もう他に行けそうな場所無かったし』


 そういう理由で決め込まれるのはアレだけど。そう信じて、僕らは取り敢えずその申し入れを受け入れる事に。犬族の長が言う試練の塔は、この場所から直通で行けるらしい。

 ただし、塔は上と下に通路が分岐していて、制覇するには二点同時攻略が必須らしく。一体どんなややこしい仕掛けだと、文句を言ってみても始まらない。

 風と地の同時攻略前提の二面塔、ここでパーティをどう分けるかで白熱した議論が。


 交わされると思ったのだが、さっきの分け方で良いんじゃないかとの意見が大半を占め。つまりはレベルの高い二人、稲沢先生と神田さんの前衛ペア。それから、召喚ジョブを携えた後衛コンビと僕のトリオ。

 完全に公平かと言われれば、ちょっと自信は無いけれども。ここだけ神田さんの熱心な説得が入り、そんなに言うならそれで行こう的な流れの中で。

 こちらはペットを含めていつもの大人数である。喋りも賑やかだけど、合同インなので通信は至って静かで、向こうの迷惑にはならなくて良かったかも。

 ルールは簡単、それぞれ上と下でボスを倒して、同時に魔方陣を起動させる事。


 そんな訳で、申し込みを犬族の長に申請すると。パーティ全員が、隣に設置されているらしい塔の入り口にワープさせられて。早速見てみると、なるほど上と下へ続く階段が存在する。

 風種族の僕がいるチームが、上の層を担当する事となって。土種族のホスタさんと闇種族の先生チームは、逆に室内の方が都合良く種族スキルが働くので。

 簡単に攻略層は決まったのだが、いざ進んでみると結構キツイ。


『そっちどう、バクちゃんチームはっ? ってか、この前もこんな通信してた記憶があるけどw』

『そうだねっw 結構きついけど、回復魔法もあるし、囲まれなければ何とか行けそう』

『無理しないでね、こっちもまだ2層目だし……相変わらず、出て来るのはポリゴン仕様の敵だけど、強いんだよなぁ、コイツ達!』

『外見は手抜きなのに強いよね、ここの敵。後は属性の敵もチラホラ、地下は土属性の精霊っぽいのが幅利かせてるなぁ』


 ホスタさんは、珍しくハイになっている様子。活躍もしているようで、さっきから先生の感謝の言葉が何度か。多分、回復魔法に対するモノだろうけど、その言葉にすら舞い上がっている感も。

 大人同士の駆け引きは、この際どうでも良いのだけれど。こちらはペット達との賑やか道中、僕は試しにと《ビースト☆ステップ》を使っての前衛作業。

 このスキル技は、まだまだ使い慣れていなくて、何と形容してよい物やら。どうもソロ用で効果を発揮するようで、オートでの回避行動は確かにピカイチなのだけど。

 死角に潜り込んでの一撃は、物凄いクリティカルを生み出す事も。


 要するに、上手く使えば攻防の技には違いなく。オート回避なので、こちらは攻撃に集中出来るのも大きな利点には違いない。今はペットが足元で邪魔をしていて、時々回避失敗でダメージを受けていたりはするけれど。

 クリティカル率が上がるのが面白くて、こんな場面でもつい使ってしまう。物珍しいだけではなく、結構使えるのはさすが特殊系の魔法である。

 魔法のクセにSPも消費するのが難点だが、これから僕の主力になりそう。


 ホスタさんの忠告通りに、上の層にも風の精霊系の敵が増えて来ていた。上の塔の作りは、円形の構造で中央が吹き抜けになっていて危なかしい感じ。

 吹き抜けに近付くと、カマイタチでのダメージに見舞われるので侮れない。3層目に上がると、中ボス級の敵も混じって来て、さらに難易度がアップする。

 僕らの持ち前のコンビネーション、《連携》からの魔法削り攻撃で、精霊系の敵もカモに出来ているのは美味しいかも。さらに、敵の数が増えても、ペットのブロックで一息つけるのが心強い。

 余裕を持って、僕らは最後の4層目に進む。


『こっちは最終層かな、もう上は見当たらないかも? バクちゃん達はどんな?』

『こっちももうすぐ到着出来そうっ、今休憩中だからちょっと待って~! ホスタさんは、攻撃と回復のバランスのいいキャラだね~?』

『いえいえそんなっ、稲沢先生には及びませんよっ! 今の所、完璧なブロック防御じゃないですかっ! 回復もほとんどいらないほどですよっ!』


 身持ちも堅過ぎると困るのは神田さんかな、などと内心で変な想像を膨らませながら。僕らも休憩を挟んで、塔の構造からして残すは恐らく最終ボスのみとなって。

 待ち受けていたのは、この塔を象徴するような巨大な風の精霊王。恐らく地下では、土の精霊王か何かだろう。近付いただけでカマイタチが襲い来る中、とにかく乱戦に持ち込んで。

 精霊系は防御が硬くて厄介だが、魔法は何とかダメージを出せる。棍棒系の殴り武器も良く効くので、僕らにとってはさほど相性は悪くは無いのだが。

 やっぱりラスボス、補正の為か思いっきり手強かったり。


「硬いな~、この敵っ! 銃弾が全然、効果ないよっ? リン君、もう一回連携やって~!」

「オッケー、SP貯まったらすぐに行くよっ! うわっ、避け様の無いカマイタチの蓄積ダメージが結構痛いかもっ!」

「優実っ、回復してあげなさいよっ! ついでに雪之丈も死にそうだっ!」

「ピーちゃんも死にそうだった! 酷い仕掛けだな~っ、このエリアってば!」


 カマイタチの攻撃は、とにかく近場にいるキャラに分け隔て無く降り注いでいて。敵の体力が尽きるのが先か、僕らがカマイタチに切り刻まれるのが先か。今更ながら、ロックスターを失ってリンの攻撃力が低下したのが恨めしい。

 消耗戦の事態を呈して来たボス戦は、回復役の奮闘の甲斐もあって僕らの勝利に。久し振りのハイタッチと喜びの歓声、苦戦しただけあって喜びもひとしお。

 ボスのドロップは読み通り、風の牙と言うアイテム。間違いなく『ハウンドファング』の一部分だろう。僕らは一息つきながら、先生達の勝利の知らせを待ち侘びるのだけど。

 程なくしてその報告が、向こうも苦労したそうだが何とか仕留めたようだ。


 その後は、タイミングを合わせての魔方陣の起動。パーティ全員が通されたのは、恐らく砦内の小さな部屋だった。45分振りに合流した一行の前には、出口の扉と数個の宝箱の山。

 塔の攻略の報酬は、どうやらこちらだったようだ。先生からは地下のボスのドロップ品をトレードして貰い、これで土の牙というアイテムもゲット出来た。

 3つの牙素材を獲得出来た僕は有頂天、画面の前では女性陣もたくさんの宝箱に舞い上がっている様子。次々に開けて行きながら、追加の報酬に楽しそうな声。

 金のメダルや風や土の術書、他には金目の素材にベース防具一式。


 ベース防具とは、要するに合成用の基本パーツだ。これに魔法スキル+やステータス+などを合成で付与して、冒険者達は恩恵を得るのだけれど。普通の防具では癖が邪魔して、思ったような出来に仕上がり難いのだ。

 例えば腕力+3とかSP+10%などの付与は、あるに超した事は無いが、合成するには邪魔である。反発しあう事もあるので、ベース防具は素直な無地の方が良いのだ。

 これが実は、なかなか入手が難しく、かえって競売では高値がつく事も。無地の防具が高いと言う逆転効用も、冒険者達がオリジナルを求めたがっている事の印と捉えられる。

 何しろ良いドロップを得た物だ、僕はパーティ内で部位別に欲しい候補を募ってみる。


『私はやっぱり、ピアスで闇かな~? ピアス出てなかったっけ、腕輪もオッケーかな?』

『腕輪出てるね、闇は素材も持ってるからすぐ出来るよ。ホスタさんは何が良いですか?』

『出た中では、首輪で炎かなぁ? 最近は僕、炎の強化系の魔法の取得を目指してるから』

『上着誰も欲しくないの? じゃあ私貰おうかな、氷か雷でお願いね、リン君♪』

『残ってるのは何、ブーツとマント? どっちでも可だから、リン君の残りでいいよっ?』


 騒がしい報酬分配が終わって、僕らは小部屋の扉を開けて外に出る。何故かそこは犬族の長の部屋に繋がっていて、これは話し掛けろとのお達しか。

 長からは良くやったとのお褒めの言葉と、さらには天と地のどちらを取るかとの謎のような言葉。何となく天を選ぶ人が多かったので、それを告げると。

 風の宝珠が追加で貰えて、思い掛けない豪華報酬だ。


「うわっ、凄いねぇ今回のクエもっ! 話し合いでオッケー出たら、それリン君の合成報酬にしちゃえば? みんなの分合成するのに、どうせ自腹を切るつもりだったんでしょ?」

「ほむっ、それもそうだねっ! どうせみんな、風の魔法は伸ばしてないし。バクちゃんにも訊いてみようか?」

 

 案の定先生も、それでいいよとの気楽な解答。それで今回の冒険で、僕は貰い過ぎな気もする報酬を得て。まぁ、皆にその分、気合の入った合成装備を渡せば良いだろう。

 師匠の手も借りようと、合成に関しては色々と思考を走らせるも。それよりやっと揃った感のある、片手棍の素材を前に。どんな武器になるのか、今から楽しみで仕方が無い。

 早く家に戻って、合成に取り掛かりたいものだ。




 そいつは物凄いじゃじゃ馬だった。出来上がった『ハウンドファング』は、桁違いの性能の伸びを示したものの。取り扱うには片手棍スキル150、風スキル50、土スキル50も必要で。

 《同調》の効果で、僕の片手棍のスキルは何とか150は超えている。風種族と言う事もあって、風のスキルにも50以上のポイントは振り込んである。

 問題は土スキル。《アースウォール》が欲しくて40まで伸ばしたけど、そこからは全くの手付かず状態のままだ。防御系で氷とどっちを伸ばすか迷ったけど、今となっては土で大正解。

 それでもまだ、10も足りない。早目に欲しい魔法が出た事が、今は裏目に。


 僕は自宅に戻ると、すぐにゲーム接続してこの合成に取り掛かり始めた。夜の予定に入ってる先生のお手伝いに間に合わせたくて、夕ご飯もコンビニの弁当を買って済ます事に。

 師匠はこの時間、まだインの気配も無い。僕はメールを飛ばすに留めておいて、取り敢えず合成装置に全素材を放り込んで結果が出るのを待ってみるけど。

 成功率は95%を示し、この賭けは僕の勝ち。表示性能も上々で文句無し。


 出来上がった新しい武器は、しかし装備が不可能と来ていて。僕はそれをカバンに放り込んで、あちこちのバザー会場を駆け巡る。夕方に貰った宝珠が、土の宝珠だったら何の問題も無かったのだけど。そう言えばあの二択も、今思えば怪しかったっけ。

 こいつの未来性能が分かっていたら、不足分をアレで補充出来ていた訳だ。それも、今となっては後の祭りである。宝珠を持っていて、風と土を交換してくれる冒険者がいたら問題ないけど。それを探す方が、かえって大変には違いなく。

 僕は素直に、土の術書をひたすら買い込む事に。


 3枚ほど買い込むと、アリウーズの街のバザー出店者には土の術書持ちはいなくなった。ところがラッキーな事に、3枚目の購入キャラが、土のスキルを伸ばしたいのかと尋ねて来たのだ。

 その人の知り合いが土の宝珠を持っていて、換金するか自分で使うか悩んでいたらしく。何なら、連絡を取ってあげようかとの事。僕はすかさずお願いしますと、神にも祈る気持ち。

 数分待つと、そのキャラはリアルに携帯で連絡取れたと僕に報告。ゲームのオンオフに関係なく、知り合い同士だから出切る荒業には違いないけど。商談のチャンスを逃がさないと言う点では、非常に優れた作戦だ。

 数分後には、僕らは面と向かって交渉に入っていた。


 風の宝珠との交換も考えたのだけど、向こうはどうやらお金に困っている感じだったので。素直にギルを払う事にして、通常よりちょっと色をつけての金額提示に。

 相手は何の文句も無いようで、スムーズに交渉は成立。こんな時には気分上々、目的も達成されたので尚更である。相手は僕を、封印の疾風じゃないかと最後に尋ねて来て。

 ハンターランキングにまた名前が載っているよと、それは僕の知らなかった情報だった。どうやら前回のバトルロイヤルの結果で、リンの名前が表示されているみたいだが。

 今はマイナーチェンジ中だと言うと、頑張ってねと応援されてしまった。


『古参のギルド連中は、どこでも我が物顔で威張り放題じゃないの。新参者は邪魔者扱いってのが、どうにも気に入らないねっ! 実力があればプレイ年数なんか関係無いって、連中に知らせてやって頂戴よっ!』

『僕らも始めてやっとこ4年だけど、連中に敬意は払ってるよ? それを図に乗って、ここは俺らの縄張りだ的な物言いはやっぱり行き過ぎだと思うな。特にハンターランキングに入ってる連中には酷いのが多いよねっ!』

『はぁ、そうですね……僕も何とか、次のランキング戦は頑張るつもりです。前回の借りもありますし、仲間も応援してくれてますし』


 その調子だよと、彼らはいらない素材とかアイテムをあげるから役立ててと、とってもフレンドリー。バザーでのやり取りは、たまにこんな感じになるので面白い。

 バザー商品は話のきっかけで、その後の話が楽しくてバザーを開いている人もいる程なのだ。僕も一応、自分の合成ショップの宣伝をしておいて、フレンド登録からお開きのパターン。

 普通の家庭では、どうやら夕食が始まっている時間帯らしく。


 彼らのギルドは、どうやらNMハンターとミッション攻略半々のプレイスタイルだったらしく。なるほどそれなら、古参のハンターギルド連中と揉める機会も多いかも。

 僕だって前回の、戦闘中の横やり不意打ちの恨みは忘れていない。来週末には再びランキング戦が開催されるらしいが、それに参加するかはまだ決め兼ねているけど。

 さっきも言ったが、僕はまだマイナーチェンジ中なのだ。


 隠れ家に戻る前に、僕はついでにと中央塔の景品交換所に寄ってみた。片手棍の交換に合わせて、貯まったミッションPで宝具を取得しようかと思っていたのだ。

 ロックスターを主力武器にしていた頃には、SPの倍増する宝具が物凄く欲しかったのだが。《連携》からの《封印》を、スムーズにソロで行えるようにする為に。

 今はスキルスロット増と、どちらにするか迷う感じ。5万Pの宝具の種類だと、どちらも一応選べるのだけど。部位的には、マントのSP倍増よりは、ピアスのスロット増の方が嬉しいかも。

 散々迷った挙句、僕はピアスを交換して貰う事に。


 これで、貯まっていたミッションPはほぼ使い切ってしまったけど。補正スキルと攻撃系スキルを2つずつ追加出来るようになって、キャラの強化は大幅に達成された。

 僕はそそくさとワープで隠れ家に戻って、土の宝珠と風の宝珠を使用。それから2つの武器装備を交換。何となく感動しながらキャラのカスタマイズを行う僕。

 まずは風と土の魔法だけど、風の魔法は《遠隔攻撃威力UP》という補正スキル。土の魔法は《ハンマーロック》という攻撃魔法。手持ちの攻撃魔法が少ない僕としては、有り難いけど。

 風の補正スキルは、ちょっと戦力としてはどうかなと思う。一見種族スキルみたいで、それで折角増えたスロットを塞ぐのも業腹に感じてしまうのだ。

 中距離スキル技の《ヘキサストライク》にまで干渉して来るなら、使うのも手なのかも知れないけれど。スロット枠も2つ増えたし、候補に入れても良いかとは思う。

 他にも溢れてる補正スキルは、実はたくさんあるんだけどね。


 さて、肝心の片手棍の『ハウンドファング』の方はと言えば。装備した途端に、スキル技が追加されたのは予測通り。複合技持ち武器だろうと、ある程度は予測出来ていたし。

 《爪駆鋭迅》と《震葬牙》という、2つの複合スキルがついて来たのには驚いた。どちらも強力そうで、こうなるとSP倍増宝具を貰った方が嬉しかったかもと思ってしまう。

 『ハウンドファング』の性能的には、前の『ロックスター』より攻撃力も高いし、攻撃間隔もその割には短くて凄い武器だ。それより悩みは、やっぱり使用スキル選別だろうか。取り敢えず補正スキルは、場面によって組み替えれば良いけど。

 《攻撃力UP》や《風系コスト減》など、平凡過ぎて外していた補正スキルも使いたい所。


 初期エリアの敵を相手に調べてみたが、《爪駆鋭迅》は遠隔攻撃が可能な強力な削り技のようだ。《震葬牙》は逆に、SP消費の少ないスタン技らしい。

 スタン技の癖にダメージも程良く出るので、これはひょっとすると短剣を手放すチャンスかも。今は《連携》も、ほぼ片手棍のスキル技だけで出せるようになってるし。

 候補としては、片手剣か細剣なのだろうが。片手剣の汎用性と攻撃力を取るか、細剣の幻惑系の防御力を取るか。とは言っても、短剣の回転力も捨て難いし。

 今は様子を見ながら、遊びでスキルを伸ばすのもアリか。


 そんな軽いノリで口に出来るのも、僕が《同調》という超便利な補正スキルを持っているから。これが無いと、そもそも両手に別々の武器を持つ事すら侭ならない。

 雑魚相手に遊びながら、そんな事を考えつつも。その削りの威力の上昇振りに、一人悦に浸ってみたり。覚えたてのスキル技も、両方かなりの威力を示す。

 離れてからの追い込みを試してみたが、これも結構な破壊力を見せる。対キャラ戦でも活用出来そうな、《グラビティ》での足止めからの《ヘキサストライク》に《爪駆鋭迅》の連続スキル。余ったHPは《ハンマーロック》と《ダークタッチ》で削り切り。

 一方的に攻撃出来る快感と、少しの後ろめたさ。


 他にも《九死一生》で攻撃力を上げたパターンとか、覚えたばかりの《遠隔攻撃威力UP》を付けたパターンとかを試してみて。もう少し強い敵を相手にも試そうと、場所を移動した矢先に。

 メールを読んだ師匠が、いつもより早目にインして来てくれたみたいだ。僕の新しい武器とスキルを見ながら、隣に佇んで色々と感想を述べて来る。

 師匠も感心するほど、新しい武器は使い勝手が良かったり。


『形状も変わってるけど、攻撃力も凄いねぇ。僕が見た中では、最上の片手剣より攻撃力が上を行っている感じがするけど。新スキル技も良いね、スタン技と遠隔のセットってのは』

『ですよね、これだと無理に短剣を使うメリットも少なくなって来た感じがして。片手剣か細剣に取り替えようかと思ってるんですけど、師匠はどう思います?』

『う~ん、風種族は重い武器でもそれなりの回転力で振るえるからねぇ。細剣くらいなら取り替えても、そんなに不便は無いと思うよ? でも凛君、短剣の複合技取ってたんじゃなかったっけ。微妙に勿体無いよね』


 師匠の言う通り、短剣を止めると2つも取得した複合技が無駄になってしまうのだけど。それでも基本の攻撃力の上昇は、マイナーチェンジ中に手をつけたい問題だ。

 僕は新しい武器を見て貰った後、夕方の冒険で入手した防具の合成を師匠に依頼する。ベース素材はありふれているようで、基本防御力の高い上級者用の物は、実は稀少である。

 師匠はそれを見て、明らかに奮起した様子。僕も色々と素材集めを手伝いながら、さっきフレンド登録した人とのやり取りを師匠に報告してみたり。

 ハンターランキングに参加してのやり取りは、師匠も既に知っているけど。


『ゲーム内での確執は、あんまり歓迎しないんだけどなぁ。どうしても、古参のギルドの勝手な振る舞いが鼻についちゃうって話、あちこちで聞くよねぇ……』

『何だか僕が、新参者の代表みたいに祭り上げられちゃって。声掛けてくれたり期待してくれるのは嬉しいけど、憂さ晴らしを託されるのはちょっと違うかなって』

『確かにそれは、凛君にもいい迷惑だよねぇ。まぁ、ハンターランキングに入ってる時点で、仕方の無い有名税なのかな? ゲームで友達や仲間も増える事もあるし、確執を生む事もあるし』


 師匠には、新しいギルドメンバーの事も報告してあったので、多分その事も言っているのだろうけど。確かにゲーム内の事とは言え、軽く受け流せない事象も出て来る。

 そう、ゲームとは言え、その中にはもう一つの別世界が存在するのだ。そこでキャラを操るのは、様々な個性を持つ一般の人々である。その個性の数だけ、しがらみも出て来ようもの。

 それでも普段の生活にプラスして、出会いの数も増えて来るのだ。ファンスカ内で、それぞれが冒険者として。それを意味のある出会いにするか否かは、それぞれに掛かっている訳で。

 そう思うと、出会いを生かすも殺すも、所詮は自分次第と言う事か。


 それでもハンターランキングの勝ち残りには、100年クエスト攻略のきっかけが隠されているに違いなく。一度諍いを起こしている『グリーンロウ』との決着も、つける必要が出て来る。

 その時の自分の心決めとして、新参者達の代表として挑むのではなく。ギルドの代表として、クエストのヒントを探すスタイルで臨めば良いとは思うけど。

 向こうがそう思わなければ、結局は対面の構図が出来上がる訳で。


 カモと言われようが邪魔と言われようが、僕も立派にハンターランキングの資格を持っているのだし。あのランキング戦の後、隠れ家に次の予選の招待状と、ミッションPが贈られて来たのだ。

 前回の戦闘で予選を通った者、それから月のハンターランキングの上位者が、再度ランキング戦に挑めるらしい。単純計算だと、段々と人数が増えて行く感じだろうか。

 今はこの閉ざされた個人戦、テスト段階らしいけど。開発チームも、これが新たなしがらみを作る競技になるのか、冒険者達に支持される遊びになるのか手探り状態なのだろう。

 一度体験した身で言えば、僕はなかなか面白いと思うけど。


 それは僕が、ソロ用に特化しているキャラ設定に長けている為かも。ハンターギルドの連中は、パーティで強力なNMを狩る能力には長けているかも知れないが、ソロ戦にはそれは通用しないのを分かっていないのだ。

 パーティ戦は、それぞれの個性を伸ばして、それを作戦に従って発揮させる。盾はひたすらキープして、アタッカーはとにかく削る。ダメージを受けたら回復役に任せれば良いのだが。

 ところが個人戦では、自分が受けた傷は自分の管理になってしまう。


 考え方をきっぱり変えなければ、個人戦は勝ち残っていけない。その事を理解せずに参加しているプレーヤーが意外に多かったのは、僕としては驚きだけど。

 それより沙耶ちゃん達が、ようやくレベル100を超えた事も考慮に入れて。先生の招待状を使って、行ける100年クエストをこなしてみるのが先かも知れない。

 ギルド結成から約2ヶ月、ようやく難関クエに向け始動出来そう。


 

 夜のギルド集合時間まで、僕と師匠は依頼の合成をしたり最近の状況を話したり。僕の頼んだ仲間の装備は、とっくに終わって受け取り済みである。

 かなりの上質装備に仕上がっていて、中堅冒険者には勿体無いほどだけど。宝具やら何やら、性能の良い装備ががどんどん出て来ている現状の中。

 防御とステータスや属性効果を兼ね備えた防具も、今はマイナーになっている感もある。それでも合成依頼の人気から言えば、依然と高い水準を保っているのだ。

 僕の装備も、半分程度はそんな感じの合成品だ。属性装備の同化待ちは、意外と少なくて3部位くらい。このゲーム、防具のカテゴリー分けは半端なく多いのだけど。

 上から行くと、『頭』、『首』、『耳1』と『耳2』、『胴装備』、『腕』、『指輪1』と『指輪2』、『ベルト』、『マント』、『脚』、『足』と12部位もあるのだ。

 他に武器と盾(両手武器は盾装備不可)に、遠隔スロット×2となっている。


 だから、その気になればスキル+3などのついた装備を買い込んで、簡単に魔法を取得なども出来るのだが。+3の代償として、一ヶ月はその部位の装備交換が不可能になってしまう。

 お金を掛けた割に、その反動は結構キツイので。お金を持ってるキャラでも、あまり連発は出来ないというのが正直な所だろうか。実際僕もそうで、あまり増やさないように気を付けている。

 僕らの会話はそんな装備の事から、新しい仲間の領主さんの事まで。そう言えば、この前の事態の顛末を、まだ全て話し終えてなかったような。

 そう、領地の庭園に発生したモンスター群には、まだ続きがあるのだ。


『そう言えば、領主のホスタさんがこの前のお礼言ってましたよ。領地に出没した蛮族クエに続き、庭園に湧いた敵の退治まで手伝って貰って。最後の敵、かなり手強かったですよね』

『噂ではバージョンアップで、50以上のクエストが追加されたって話だしね。領主関係のクエストにしても、まだ続きがあるのかも知れないねぇ。また人手が要るようなら、気軽に呼んでくれていいよ。ただし、僕みたいなカンストキャラ呼ぶと、その分敵にも補正が入るかも知れないよ。敵が強く感じた理由は、そのせいかもね』

『なるほど、補正ですか……実は、あの最後の樹木ボスが、今大変な事に』


 メルの友達共々、多大な犠牲を出した最初の庭園モンスター騒動だったけど。あの白い肌の植物モンスター、放っておいたら勝手にどんどん増殖してしまって。

 このままでは庭園が荒らされると言うので、またまた領主のホスタさんのヘルプが入って。もちろん僕らギルドメンバー全員とメルが参加して、丁度暇そうだった師匠も来て貰って。

 白い根菜植物モンスターを駆逐して行くと、1体だけ大きく成長した不気味な樹木モンスターが、庭園奥を占領していて。木の洞が不気味な顔を形作っている定番樹木モンスターだったが、その強さは半端ではなかった。

 正直、回復役が二人いて大助かり。師匠の削りパワーも効果を発揮して、何とか10分以上の熱戦に勝利を収める事に成功。被害が出なかったのが嘘のよう。

 危ないシーンは、実は何度かあったのだけど。


 樹木モンスターの癖に、何故かブレスは吐くし石化能力は持ってるし。お馴染みの枝振りからの雑魚召喚とか、そんな特殊技が可愛く思えるほど。

 雑魚とは別に、蔦の部分は別HPだったらしく、そんな部位が全部で4つ以上あったのも熱戦になった原因の一つ。それを潰して行かないと、後衛に被害が及ぶと言うので。

 その蔦の相手をしている間にも、本体からバシバシ攻撃を受けて。範囲攻撃も混じるにつけて、回復役からも悲鳴があがり始める。ちょっとした混乱状態、前衛に石化で動けないキャラも出て来て、これは不味いぞと誰もが思い始めたのだが。

 何とか持ち直せたのは、沙耶ちゃんの範囲魔法からの反撃の結果だろう。


 《ブリザード》で弱った蔦の群れに、前衛陣がとどめを刺して行き。それをきっかけに本体に取り付けたのが大きかった。それからは終始、こちらのペースで。

 倒し終わって動きを止めた敵に、僕らは安心し切っていたのだけど。何故か死骸は完全には消え失せる事無く、大きな空洞をこちらに見せる、枯れ果てた樹木の洞となったのだ。

 その洞の中は完全な闇。そして枯れた筈の樹木が育て始めた、1つの白い果実。


『うわっ、そんな事になってたのかぁ! 追加されたクエって、どれもかなりひねった作りになってるみたいだねぇ。凛君は、それも100年クエスト関連だって思ってるのかい?』

『多分、そうじゃないかと。でも、クエにも補正が入るのなら、師匠とかハンスさんには頼みにくくなっちゃいますねぇ……』


 補正と言うのは、主に閉鎖された塔とかダンジョンに入るものだと思ってたけど。こちらの上限レベルに合わせて、敵のレベルも高くなったり抑えられたりする現象は知ってたけど。

 最近の追加クエも、補正の対象に入っているらしく、それでは気軽に高レベルキャラをヘルプに呼べなくなってしまう。それともそれは、100年クエストの縛りがある為の現象か。

 これは推測だが、そう考えれば全てがしっくり来る。


 そんな事を話し合ってると、そろそろ集合時間が迫って来た様子。ギルドのメンバーからも通信が入り、僕は食べ損なっていた弁当を慌てて胃の中に詰め込みながら。

 挨拶を返したり、集合して来たメンバーに冒険の分け前を配ったり。いつもの事なので、みんな何の質問も無く受け取ってくれる。今回は師匠の力作合成装備もあるので、感動の言葉もひとしおみたいだ。

 集合時間の8時半には、分配も終わり冒険支度も完璧に整った一行だったり。僕の合成した消耗品も配り終わっており、ホスタさんも前準備は完璧である。

 このパーティ、実は男性陣の方がマメだという事実はナイショ。


『えっと、リン君進行して~っ。集合場所がこの街って時点で、何か変な感じだねぇ?』

『この街も、ダンジョン攻略が流行ってた昔は割と冒険者の数も多かったみたいだけど。今は本当に寂しいねぇ……ええと、準備が良ければこのまま北上します』

『入るためのチケットは持ってるんだっけ? 変なNM倒して、5枚も貰ったんだよねぇ?w』

『優実ちゃんの、隠れたファインプレーだねw 入るダンジョンは、前調べで分かってるから、用意良ければ街出るよっ?』

 

 大丈夫だと、皆からの返事で。僕らは街を出て険しい山道を歩き始める。事前にネットなどで調べてあったので、どの入り口から入れば良いかは分かっているのだけど。

 入り口近くに手強いモンスターがうろついていたり、道が少し入り組んでいたり。なかなか大変な道のりは、20分近くも移動時間を取られる結果となって。

 それでも無事に、何とかチケット使用の入り口を探し当てる事に成功。古い遺跡のかすかな名残と、黴臭い感じの古く人工的な壊れかけた階段。

 麓から数えて3番目に当たるので、冒険者は3の山の遺跡と呼んでるらしい。


 チケットを使用して、僕らは中に入って行くけど。最初はトカゲ系の敵とかコウモリ、目玉の敵などが道を阻んで来る。遺跡にありがちなトラップも多数、僕は方角を見失わないように必死。

 オートマップを当てにし過ぎると、とんでも無いしっぺ返しを喰らう。ダンジョン系の攻略は、マップ機能は当てにしてはいけない。その機能をあやふやにする仕掛けも、実は満載なのだ。

 案外こんな意地悪が、人離れの原因なのかも。


 それでも攻略が大変な分、見返りも多いのは確かだ。沙耶ちゃんのペットの雪之丈のお陰で、相変わらず宝箱の数も多い気が。しかも変な場所に急きょ置かれてる感じで、取る方も大変。

 遺跡は山の中腹に広がっているようで、時々麓の眺めが見渡せる壁の壊れた場所なども存在して。そんな場所では巨大なコンドルや爬虫類に襲われて、思わず肝を冷やす場面も。

 この遺跡の特色は、半分がそんな感じの自然に面しているという点だろうか。土砂滑りが起きたり道が壊れて寸断されていたり、出現する敵も野生の動物が多かったり。

 散々苦労しつつ、何とか正しいルートを進んで行く僕ら。


 正しいと思ったけど、それは1時間掛けて遺跡内を右往左往した結果の事。行ける通路を全て皆で潰して行って、引っ掛からなくて良いトラップに散々悩まされて。

 ようやく一際広い部屋に出た一行は、円形の窪んだホールを目撃。何やら意味ありそうだが、それより天井から吊るされた円形の檻は何を意味するのか?

 円形のホールには、周囲8方向に意味不明の絵文字が。誰か乗ったら起動するタイプらしいが、何が起動するかは不明。多分半分以上は、悪い事が起こる予感はするけど。

 ここまで結構トラップに苦しめられたメンバー達、正解を真剣に相談する。


 絵文字は明らかなモンスターの形だったり、丸い檻や何かの光の形だったり。想像力を働かせて、これは怖い仕掛けかクリアへの手掛かりかと、熱い議論が交わされた結果。

 光と言うか雷みたいな絵文字が、転移の仕掛けなのではという意見が多数出て。確かに雷魔法の中に《雷化転送》というワープ魔法が存在するのも事実だし。

 フィールドから街へと、一瞬でワープ出来る便利な移動呪文なのだけど。転移の魔方陣が出て来てクリアというパターンを、皆であわよくば想像していたのだが。

 代表して沙耶ちゃんが乗った途端に、雷がキャラを直撃。HPへのダメージは微少で済んだが、装着してた防具の防御力が2箇所も欠けたと大ブーイング。

 嫌な仕掛けを引いたみたいで、本当にこういう時はヘコんでしまう。


『もうっ、頭来るな~っ! まぁ、私は後衛だから別にいいけど。前衛の防具が壊れてたら、堪ったモノじゃないよねぇ?』

『む~ん、雷マークは外れかぁ……じゃあこの太陽みたいなマークかな? 次は私が乗るね♪』


 反対に優実ちゃんは、何やらゲーム気分でノリノリな様子。相談もせずに、さっさとマークの上に乗ってしまうけど。ホールに走っていた溝に光が走って行き、これは何の仕掛けだろうか。

 それ以降何も起こらず、どうやら悪い仕掛けではなかったようだが。クリアとも行かないようで、仕掛け捜索はまだ続く様子。どういう理屈かは知らないけど、次はどうやら僕の番らしい。

 優実ちゃんに促されるままに、僕は饅頭のような絵文字を選んで乗ってみた。一番被害が少なそうに思えたのが理由だが、それは何と巨大スライムの絵柄だったらしい。

 出現したグリーン色のスライムは、結構な強さだった。


 何とか倒し終わって、残りの絵文字はあと5つ。次に選ぶのは、優実ちゃんによると先生の番らしいけど。先生は思い切って、竜の絵か檻を選ぼうかと言って来る。

 その理屈は何となく分かる。確かに最後に強い敵を倒さないと、遺跡クリアとはならないのかも。僕らは一斉に戦闘準備をして、用意はいいよと先生の装置作動を促す。

 しかし、今回も溝を走る光が強くなっただけ。


『あれっ、絶対に敵が出て来ると思ったのに。さすがに竜が出たら、ちょっと怖かったけど』

『じゃあ、次はホスタさんね? どれ選ぶ~?』


 ホスタさんはあまり迷わず、さっき先生が迷っていた片方の檻の絵を選択。その途端に、天井から釣り下がっていた丸い檻がゆっくりと降りて来て。

 これは新たな道順の提示じゃないかと、色めき立つ一行だったが。丸いホールの中心に着地した檻の中から、一転何やら怪しい霧が飛び出して来て、さぁ大変!

 危機を感じたパーティは、慌てて戦闘準備へと移行。


 霧は形を変えて、髑髏を生んだり死神を生んだり。最終的には骨だけの恐竜になって、一行に襲い掛かって来る。闇属性なのは間違いなく、大きさも半端ではない。

 これはてこずると思ったが、優実ちゃんの光魔法が順調に強烈に敵のHPを削って行く。前半から好調さをキープして、僕も武器のお披露目にと容赦なく新スキルを振るうのだけど。

 これがセットした補正スキル2つ加算と合わさって、かなりのダメージ増加に結びついて。一度は先生からタゲを奪ってしまって、両者大慌ての事態も発生。

 どうやら《爪駆鋭迅》は近距離から放つと、クリティカル率も高まるようだ。光属性の《ヘキサストライク》よりもダメージを叩き出す新スキルは、しかし頼もしい限りではある。

 復活を信じてくれていた沙耶ちゃん達も、暖かい言葉で称えてくれて。


 嬉しくなって、ちょっと張り切ってしまった面もあるけれど。オート防御の《ビースト☆ステップ》のお陰で、敵の死角に入り込んで、お陰で回復を飛ばす優実ちゃんには叱られてしまった。

 呪いも敵から何度か飛んで来たので、その点では迷惑を掛けたには違いなく。骸骨恐竜の特殊技も、闇種族らしいソウルドレインや呪いからの操りなどなど。

 尻尾での範囲攻撃や、噛み付き攻撃はまだ可愛い方に感じてしまう。最後になると死神召喚やスケルトン召喚など、あからさまな延命措置に苦しんだパーティだったけど。

 何とか全て倒し切り、歓声を上げて喜ぶ一行。


 ドロップは骨素材が数点、これは両手鎌とか硬質防御素材に時々使うモノだけど。あまり人気は無くて、価値的には微妙だったり。しかし他にも、闇の術書や呪いの首飾りや蘇生札など、結構な収入には違いない。

 さらに起動させなかった絵文字が、何と宝箱に変化して。3つ分しか無いけど、なるほど順調に答えてしまえば取り分も多くなっていた訳だ。

 中身はカメレオンジェルや上質の短剣、さらにはSP+15%付きのマントが。


『うわっ、いい装備出たっ! これはいいなぁ……欲しい人何人いるかなぁ?』

『う~ん、私も欲しいけど、今丁度マント固定してるのよねぇ。今回は闇の術書で我慢しておくw』

『ホスタさんは? 私達はSPとか伸ばすつもり無いから、前衛で取って貰っていいよ?』


 ホスタさんは遠慮したので、SP増加のマントは僕の元へ。これでさらに、僕の理想にキャラが近付く事となって。これで《SPヒール》を掛ければ、アタック能力は1割程度は増す筈。

 SP増加は、スキル技の連発に繋がるのでアタッカーはみんな欲しがるのだけど。それが付属した装備は滅多に見れないので、今日取れた事は本当にラッキーだ。

 合成で作ろうと思っても、素材が滅多に出て来ない上に超高価なのだ。


 それはともかく、ようやく大ボスらしき敵を倒して遺跡ダンジョンをクリアした筈なのだけど。クリック出来る扉が何故か2つ。しかも1つはボスの出て来た丸い檻。

 入って来た室内の、反対側にも出口が出現していて。試しにクリックしてみると、クリア用の脱出魔方陣との事で。丸い檻は地下のダンジョンへの移動用らしく、これが目的のルートだろう。

 ただし、これを使ってもクリアボーナスは貰えないらしいのが切ない。


『うわっ、セコいなぁ……ここまで来れたんだから、くれてもいいのにっ!』

『確かにそうだけど、さらに奥って凄い広さだねぇ。ひょっとして、仕掛けももっと酷くなる?』

『可能性は高いね、敵も強くなるかも……でも、先生の目的の片手剣が、この奥にあるはず』


 その一言で、皆のヤル気が注入されたよう。時間もまだ10時前、あと1時間ちょっとは頑張れると勢い良くルート決定。それでも恐る恐る、丸い檻の中に入る一同。

 その途端に、パーティは山の地下ダンジョンにご招待されたよう。丸い檻から這い出してみると、周囲には似たような丸い檻がたくさん転がっていて。

 吊り下げられた折の中には、人か何かの骸が入っているモノも。壁はさっきと違って剥き出しの地肌と、不気味に走る血管のような不自然な無数の管。

 たまに各所には、心臓のような器官が存在して。


 まるで生き物の臓腑の中にいるようで、ちょっと不気味なのだけど。あばら骨のような骨のアーチも見受けられて、しかもそれがかなりな大きさ。

 フィールドにはスライムとか炎の精霊とか、そんな敵が行く手を遮っているけど。それ程苦労する事無く駆逐して行くと、ぽっかりとひらけた空洞に出た。

 そこの壁も、かなり変わった形をしてるなと思って見ていたら。何とそれは竜の形をしていて、ひょっとしたら竜のミイラか抜け殻ではと推測してみるけど。

 不意に沙耶ちゃんが人影を発見したと、障害物の向こうを指し示す。大きなフロアなのに敵の影が見えなかったので、ここでは皆が自由に散策していたのだ。

 皆が集まってみると、そこには竜の翼を有したNPCが。


 ――おや、こんな場所にまで冒険者が入り込んで来るとは。人種族もなかなかどうして、力を有する者がいるじゃないか。私は見ての通り、龍人の末裔だよ。

 私は竜の居城を散策して歩くのが趣味でね。ここもなかなか良いけれど、眺めはいまひとつだと思わないかい? 私だったら、もっと雅さを取り入れた居城にするけどな。

 そうだ、ここで遭ったのも何かの縁だ。今度私のプロデュースした居城に、皆で訪れてくれたまえ。この山脈から丁度南東にある孤島の中心に、小さな山があるのだけど。

 この招待状で入れるから、気が向いたら来てくれたまえ!

 

 龍人の末裔と名乗ったその人物は、語り終えるとドロンと消えてしまった。そして今までいた場所に宝箱が出現、開けてみると確かに訳有りなチケットが1枚。

 怒涛のイベントに、かなり戸惑っていた一同だったけど。南東の孤島ってドコ? と尋ねる沙耶ちゃんに、僕らは簡単に説明を述べる。主要な街が1つ存在していて、実はその場所から尽藻エリアへの船が出ているのだ。

 最初に尽藻エリアに行くには、どうしても避けて通れない街、その名もブリスランド。


『またこの街でも、ワープ通しの為のクエしなきゃね。このチケットは使ってもいいし、売り捌いてもいいし……尽藻エリアに行くにも、もうちょっと強くならないとだし』

『ダンジョンの中で、別のダンジョンの招待状貰うって変わってるわねぇ? これはひょっとして、後から追加されたクエか何か?』

『そうかも……ネコ獣人関連とか、今のキャラは龍人って名乗ってたでしょ? 変な種族関連のクエストが、たくさん追加されたんじゃないかなっ?』


 それは確かにありえそうだ。その種族に渡りをつけて、親しくなりつつクエをこなして行くようなシステムなのかも。僕らが優実ちゃんの我が侭で、いつの間にかネコ獣人と親しくなったように。

 思いもかけない追加報酬に、取り敢えずそれはキープの方向で。さらに地下ダンジョンを進むと、敵の数が一気に増えて来た。さらに不気味な咆哮が、定期的に聞こえて来て。

 そう言えば、ここは竜のダンジョンだとさっきの龍人は言っていなかった?


 攻略の難易度が上昇した気がするのは、精神的な圧力によるものか。11時に近付いてそろそろ眠たくなって来た人も出始めて。ここで一旦落ちようかと相談する一行の前に、何かの装置が。

 腰までの高さのステージのような舞台に、奇妙な装置が繋がったような感じ。舞台は魔方陣のようで、それを護るように強そうな守護者のガーゴイル。

 取り敢えず倒してから考えようと、戦闘になだれ込むのだけど。深夜の思考力低下のせいか、パーティの半分がキャラの扱いが雑になっていたりして。

 想像以上にてこずったのは、そんな理由も含まれていたからか。


『終わった! ヤバい、優実が寝落ちしそうっ! ここが安全なら、ここで落ちようか?』

『ホスタさんも、花の仕入れで朝早いんだっけ? 今夜はここまでかな?』

『あっ、待って待って! この装置は、途中抜け可能な魔方陣みたい。長いダンジョンだから、再突入可能になってるみたい!』


 僕の説明で、次々とメンバーがその魔方陣で街へと戻って行く。それからお休みの言葉と共に、ゲーム世界から落ちて行く一行。最後のテンションは、いつもこんなもの。

 それはともかく、装置の作動で再起動チケットを貰ったのはラッキーだった。次回は続きからプレイ出来そうで、街で一息ついて薬品など補充してから再度トライ出来ると言うもの。

 何より野外やダンジョンでのログアウトは、次のインでの危険を孕む場合があって怖いのだ。余程安全な場所で無い限り、インした途端に再ポップしていた敵に絡まれたりとか。

 だから、急用でも無い限り大抵の冒険者は、街や貸し部屋で落ちる習慣がついている。


 とにかくこれで、今夜の長かった冒険はようやく終焉を迎えて。僕の新しい武器の『ハウンドファング』の試運転も上々で、通常攻撃もスキル技もダメージはかなりの上昇を見せた。

 『ロックスター』の《封印》のような、特別無二な技は手放してしまったものの。代わりに信頼出来る固定パーティを得たと思えば、全く残念とも感じはしない。

 ハンターPは貯め難くなったものの、特に不便にも思わないしね。


 僕は今夜入手した、売るしかないようなアイテムを競売に出し。冒険の後片付けのような事を、のんびり進めて落ちる準備。知り合いの半分は、既にログアウト済みのよう。

 ちょっと前にインして来たミスケさんが、明日にでも夕食一緒にしようかと誘って来る。僕が街に戻ったのに気付いて、通信可能だと分かったらしい。

 僕らは落ちる前ののんびりとした雰囲気で、他愛の無い会話をして過ごし。最近の調子とか、明日の予定とかを適当に時間ギリギリまで通信でやり取りする。

 激動の一日は、こうして幕を降ろしたのだった。




「へえっ、ギルドが順調に大きくなってるのは知ってたけど。坊もようやく新しい武器を手に入れたのか、良かったなぁ!」

「有り難う、ミスケさん……でも、今日はお父さんもいるし、普通の会話にした方が良くない?」

「私なら構わないよ、里山君もネットゲームには詳しいそうなんでね。随分長いプレイ歴だって話だし、会話も弾むと思って連れて来たんだ」


 父さんの言葉に、話を振られた里山さんは笑いながら開始当初からだと口にした。つまりは12年程度で、大学入学時からサービスが始まったと言う言葉に従えば、30歳らしいのだけど。

 もっと若く見えるし、ミスケさんとは違った意味で人目を惹く容姿である。今風の爽やかな感じだけど、決してチャラい感じでもなく。髪は少し軽い茶色に染めているが、それが柔らかい印象を与えて来る。言ってしまえば二枚目なのだが、それが嫌味になっていないのは、よく笑う人柄だからだろうと思う。


 父さんの仕事の部下で、以前から紹介したいと父さんも言ってた人なのだけど。今日は週末の金曜日、僕は子守りのバイトを終えて師匠の家で時間を潰して。

 その後、こうして繁華街まで出て来た所である。父さんとの相席は、ミスケさんも承知の上で。週末だし少し飲みたいかなと、他にも色々と声を掛けたらしいのだけど。

 もう少し遅い時間に、家から出て来る家族持ちの旦那さん達と合流するらしい。


「それならいいけど。父さんと里山さんも、この後の飲み会には参加するの?」

「久し振りだし、私はちょっとだけ参加しようかな? ハンスとは、最近会ってないしね」

「僕は完全に下戸だから、飲み会は遠慮しておきますよ。食事が終わったら車で送って行こうか、凛君?」


 僕は自転車だからと遠慮したが、バンだから自転車も後ろに乗せられると返されてしまって。父さんも何も言わなかったので、僕はそれならと誘いに甘える事に。

 ミスケさんの機嫌は上々、今週は丸々週末二日休みらしく、多分そのせいだろうけど。里山さんのキャラ名を訊いて、そのミスケさんは相当な驚き顔に。

 どうやら有名なギルドのリーダーらしく、ハヤトと言う名前は僕も確か聞いた事が。強くてイベントでも長年に渡って活躍していて、さらに名のあるギルドを率いてるらしいと。

 師匠から聞いたのだったか、知り合いで合成依頼も多いとか。


 里山さんは確かに師匠を知ってるらしく、しかもかなり古い付き合いらしい。その割に合同で遊ぶ事が少ないのは、どうやら立場上不味いかららしく。

 どんな立場なのかと尋ねると、里山さんはちょっと微妙な顔付きに。


「チルチルさんは、何と言うか『蒼空ブンブン丸』と言うギルドの相談役的な立場なんだよね。僕は仲間と『アミーゴ☆ゴブリンズ』と言うギルドを運営していて。限定イベントで、この2つのギルドは何度も上位を争ってるからね。10年位前から、5年以上に渡って」

「ああっ、確かにそうだったなぁ……あの頃は、限定イベントも気合の入ったのが多くて、順位争いも街中が白熱してたっけ。ハヤト君のギルド、今はどんな具合なんだい?」

「今は50人以上の大所帯ですよ。ここまで来たら、ギルド進行が僕の主な仕事になっちゃってますねぇ。表立って冒険するにも、名前が売れ過ぎちゃってて」


 メンバーが50人以上! 何とも驚いた繁栄振りだ。里山さん、いやハヤトさんはギルドを区分けしての運営の方法を、ミスケさんに尋ねられるままに話し始める。

 どうやらギルド内でチーム分けをして、それぞれが興味のあるミッションPやハンターP稼ぎを行う感じらしく。有益な情報は分け合い、厄介なイベントは助け合うの精神が、ギルドの身上らしい。

 100年クエストには手を出しているのかと、ミスケさんはちょっと予想外な質問。こちらをチラッと見たのは、どうやら僕にも聞かせたいからだろうけど。

 ハヤトさんの答えはもちろんとの事で、僕の鼓動は少しだけ速くなった。


 何も一番乗りで、クエストを解くのを目標にしている訳ではないけど。思わぬライバルの出現には、やはりどこかうろたえてしまう。ミスケさんは僕を見て、ニヤリと意味深な笑み。

 それから僕の事を、これが噂の封印の疾風だと紹介して。ギルドで100年クエストにも挑んでいるのだと、何やら余計な付け足し満載の紹介振り。

 ハヤトさんは噂で知ってますと、やっぱり興味津々な口振り。


「レベルが120台なのに、一時ハンターランキングの常連だったのは、やはり驚きでしたね。アイデアや仲間次第で、レベルに関係なく活躍出来るって、ゲームの奥深さを感じたなぁ。チルチルさんからさり気なく聞き出したけど、合成した武器の成果だとか」

「ええ、でもその武器はもう壊れちゃったから、せっかく貰った通り名も無駄になっちゃいました。ハヤトさんも100年クエスト取り組んでいるんですね。僕らも5人で頑張ってるんですけど、レベルがやっと100のプレーヤーも二人交じってるんで」

「その分、坊に期待とか重圧が掛かるのは仕方無いわな。代わりに、ギルドの同級生の女の子達と、仲良くやってるらしいから役得なのかねぇ? まぁ、ギルド運営は競い合うだけが能じゃなし、俺らみたいに助け合うのもアリじゃないか?」


 僕の武器が壊れたとの告白に、明らかに驚いた顔をしたハヤトさんだったけど。ミスケさんの締めの言葉には、その通りだと僕に握手を求めて来る爽やかさを示して。

 ミスケさんの、自分のギルドもよろしくとの言葉に、場は変な握手会みたいな雰囲気に。僕らの食事はとっくに終わっていて、ほとんど喋るだけのテーブル模様なのだが。

 父さんはメモ帳型のパソコンを弄りながら、時折僕らの会話にも耳を傾けているらしく。僕のくだりになると、興味を示したように顔を上げるのだけど。

 その内、ハンスさんとジョーさんが乱入して来て、飲み会組は河岸を変える事に。


 ハヤトさんと僕は、ここで帰路につく事に。自転車を押しながら、僕はハヤトさんが車を回してくれるのを待つのだが。夜のビル街は、前を通る道路に人影が無くてちょっと不気味。

 まだまだ宵の口なのに、この現象はこの街ならではかも知れない。目の前に出現した車は、確かに後ろの席を倒してしまえば、割と楽に自転車を収納出来る。

 ハヤトさんは、どこかに寄って行くかと呑気に僕を誘うのだけど。


「このまま帰っても僕は独り身だし、倒れるように眠り込むかゲームに接続するくらいだからね。オフ会も最近はしてないし、直接プレーヤーと会話するのに飢えてるんだよ」

「50人もメンバーがいたら、とても全員での集会は無理ですよね。30分位なら平気ですよ、僕は明日も学校があるんで」


 確かにそうだと、ハヤトさんは了承の笑み。慣れた感じの運転で、ちょっとしたドライブに連れ出してくれるそうで。僕が普段通学に使用する峠道を、僕らの乗った車はのぼって行く。

 峠の頂上付近に、ちょっとしたドライブインがあるみたいで。週末は夜遅くまでやっているらしく、そこまで大井蒼空町から約10分。車にほとんど乗った事の無い僕は、ちょっとワクワク。

 しかし、その後かわされた会話は、とことんシリアスだった。


 僕とハヤトさんは、夜景のよく見える席を取ってコーヒーを頼んで一息つくと。何となく距離を測るような会話から、お互いのクエスト状況を探りに掛かって。

 僕はこういう、腹の探りあいと言うか精神戦は嫌いではない。だけどハヤトさんは、腹芸は性格的に苦手な様子。バージョンアップでの追加クエストの新情報を、自ら曝け出してしまう。

 そこら辺は、ギルドパワーの違いで収集能力も差が出るのは仕方無いだろう。それを話す余裕があるのも、まぁギルマスの貫禄と取れない事も無い。

 ハヤトさんが語りだしたキーワードは、新種族だった。


「凛君が、どこまで100年クエストの情報を掴んでいるか知らないけど。100年クエスト関連で新種族が5種類、一般クエストでさらに5種族が追加されたみたいだね。僕らが確認したのは、龍人とフェアリー種族、それから針千本種族かな?」

「それに対応したキーワードって、ひょっとして幻、魔、聖、竜、獣じゃないですかね? 僕のギルドでも、ネコ獣人とか龍人には出くわしましたよ。後は、領主関係のクエで有角族?」

「ああっ、それは僕らも結構進めたよ。ダンジョンが出て来て、今ギルドで攻略中なんだけど。100年クエスト関係は、人数規制があるらしくて大変だね。事前クエストは別として、関連ダンジョンは1パーティ攻略が基本らしいね」


 それから僕らは、ダンジョンやクエストに関連した報酬の話などを出し合って。僕の言ったキーワード系の宝珠が入手しやすい、ミッション系のクエが多数追加されたみたいで。

 それは二人とも感じていたらしく、他にも良い武器や装備も多数確認出来たとも。ゲームへのバージョンアップに伴うテコ入れは、今回も多岐に渡っているらしい。

 ハヤトさんは、早くもお互い情報を交換しようと共同戦線の構えだけど。


 僕の耳には、相変わらず2つ目のロックスターの噂は届いて来ず。そんな貴重な情報を、ただで渡すなど考えられない。何しろこちらは、レベルもメンバー数も足りなくて、尽藻エリアを自由に移動出来ないという不利があるのだ。

 僕はそれを指摘して、本当に重要な情報は秘匿するつもりだと答えて。そちらも簡単に攻略情報を漏らさないようにと、それとなく自分達で攻略する喜びを表に出す解答振り。

 ハヤトさんは、驚きつつも納得した表情。


「確かにその通りだ、骨のある解答にはちょっと驚いたけどね。実は僕のギルドでは、既に3つのダンジョンの入り口を発見してる。攻略は、かなり苦戦してるけどね。ところが尽藻エリアの手長族関連のクエストは、手掛かりすら無いのが現状なんだ。噂に聞いたのが、君の武器が何かのトリガーの役割を果たしてるって事だけさ」

「あの街中での戦闘は、確かに目立ってましたからね。そこは隠し立てしませんよ、確かに僕の武器のロックスターが、あのクエのトリガーになってます」

「その武器の合成、僕らのギルドの依頼として受けてくれないかな? もしくはレシピを教えて貰えるか……もちろん、珍しいレシピ情報が100万ギル単位で売買されているのは僕も知ってる。ただ、僕のギルドでは師範クラスの合成師がいないのが現状でね。支払いは、こちらで払えるだけは約束するよ。もしくは珍しいアイテムと交換で」


 そう言って、ハヤトさんは懐から折り畳んだメモを取り出す。僕がそれを開いて覗き込むと、確かにレア素材とかアイテムが、幾つか名前を並べていた。

 こうなる事を予測していたような、メモの用意には正直驚いたけど。なるほど彼も、あわよくば無料で情報をせしめようと考えていたらしい。腹芸が下手など、とんでも無い思い違い。

 さすが50人を束ねるリーダーだ、単純なオツムでは務まらないだろう。


 僕の目を引いたのは、『魔』の宝珠と1つのレア素材だった。お金の金額の表示もあったが、正直そちらには興味が無い。僕は駄目元で、この2つとの交換を申し出ると。

 案外と素直に、向こうはその取り引きに応じてくれた。どうやら向こうも、駄目元での交渉だったらしい。明らかにホッとした表情で、何やら肩の荷が下りた感じ。

 ところが僕に言わせれば、それは甘いと思う。


 僕は柴崎君に渡すつもりだったメモを取り出して、ハヤトさんに提示する。今度は向こうが驚く番だったようで、何故こんなメモを持ち歩いているのかと不審顔。

 別に予知能力があった訳ではない、ただメモを処理するのを忘れていただけ。その中に書かれたロックスターの原材料は、どれも簡単に集まる物ではないのだ。

 それが、僕が安心するにはまだ早いと言う根拠である。素材集めの苦労が無ければ、今頃は合成に携わるキャラの誰かが、2本目3本目を合成しているだろう。

 そう思えば、この交渉も貰い過ぎでは無いかも知れない。


「呪いの砂時計……聞いた事が無いなぁ。このイベントの大鍵ってのは、限定イベントで配られた奴かい? 後は、接着素材って書かれてるけど……これは確か、色々とランクがあったよね?」

「呪いの砂時計は、取り方は特殊ですね。僕の場合、呪いの家具を隠れ家に飾ってたら、1週間後に街を出た途端に死神系のモンスターに襲われて。それを倒したら、ドロップしました。イベントの大鍵は、未使用でないと合成に使えません。接着素材は、流形金属素材って特別なものですね。手元に2つあるけど、市場に出せば300万はするレア素材です」

「ふむぅ、出来ればそれはキープしておいて貰えるかな? 交換アイテムとは別に買い取るよ。砂時計は、取り方を聞いて何とかなるとして……イベントの鍵は、誰も持ってなかった場合は手詰まりになっちゃう可能性があるなぁ」


 確かに随分前のイベントで出回った物だし、大事に取っておいてる人は少ないかも。さらに1度でも使ってしまうと、合成素材としては役に立たないのだ。

 僕は手長族の集落にもヒントが隠されているらしいと口にして、一応自分の情報に華を持たせるのだけど。正直、大鍵がイベント以外で入手出来るかと尋ねられたら、首を傾げるしかない。

 鍵の掛かった小屋でのやり取りも、取り敢えずはメモに記載してあるので。後は、それをヒントにして頑張って貰うしか無い訳だ。尽藻エリアは、何しろ僕には重過ぎる。

 サンローズの街周辺の捜査も、僕は放ってある位なのだから。


 その後、細々とゲーム内でのやり取り方法を決めながらも。僕は早くもこの交渉は、正しかったのだろうかと後悔し始めていた。何しろ50人からなるギルドと、共存では無く対立の方向を選んでしまったのだ。

 その結果、幾つか価値のある品物をせしめた物の。向こうは既に、3つもダンジョンを見付けて攻略中との事なのだ。キャリアも人材も、さらには資金も潤沢なハヤトさんのギルド。

 しかも、相手は父さんの部下と言う立場でもあって。これからリアルで、お世話になる相手かも知れないのだ。情報くらい、ケチらずサービスしてあげれば良かった。

 最近ちょっと、学内ギルド抗争などで敏感になってたのかも知れない。


「今日は楽しかったよ、凛君。実は、最近はゲーム内で争う相手が皆無で退屈してたんだ。限定イベントで決まって争ってたギルドのリーダーが、5年前に海外留学しちゃってね。ゲームや音楽やドライブは、確かに退屈を紛らわす暇潰し目的には違いないけど。互いを磨きあうには、やっぱりライバルの存在が無いとね。そう思わないかい?」





 土曜と日曜日は、実は新生ギルドメンバーの集まりが悪い。社会人が二人もいるので、まぁそれは仕方が無いけど。先生は塾のコマ持ちで、神田さんも同じくお店番で手が離せないのだ。

 土曜日の放課後、暇を持て余すのは僕ら学生組のみ。沙耶ちゃん達は駅前に買い物に出掛けると言って、僕も一応誘われたのだけど。前に一度付き合って、散々引っ張りまわされた記憶が脳裏に渦巻き。

 丁重に断りを入れ、図書館に寄る用事があるからと。もっとも用事と言うより、週末に本でも借りようと思っただけなのだが。ウチの学校は、新刊の入りも早いしチェックし甲斐があるのだ。

 この寄り道が、結局は災難の始まりだったのだけど。


 入ったばかりの新刊は、既に誰かに借りられていた様子で。残念に思いながら、他に借りる本を物色していたら。僕の隣に、いつの間にか佇む人の気配が。

 試し読みしていた僕は、ハッとして本から顔を上げる。視界内にいるのは、いつかの椎名生徒会長だった。分厚い本を片手に、こちらを見つめて怪しく微笑んでいる。

 周囲にはチラチラと人影はあるので、前回と同じシチュエーションでは無いけど。思わずたじろいでしまうのは、仕方ない事だと思う。他の生徒会のメンツの姿は、幸い近くにはいないよう。

 それを計算に入れないでも、改めて見る生徒会長の迫力は半端ではない。


「こんにちは、池津君。週末は読書で過ごすつもりかしら? そう言えば、前回の限定イベントの労いを言ってなかったわね……お疲れ様!」

「いっいえ、どうも……そちらも大変な活躍だったそうで。僕らは偶然NMを発見出来ての、突発的なポイントに助けられた結果なので」

「あぁ、沙耶達にバッチリ聞いたわ……何故かパフェまで奢らされて! 最近はギルドの人数も順調に増えてるそうじゃない? 良い事ばかりで、本当におめでとう!」


 何故か言葉の端々に、キツイ恨み節が入り込んでいる気がするけど。1ヶ月も前の限定イベントの事を、今更蒸し返されても僕には何とも答えられず。

 色々とアイテムを有り難うこざいマスと口にすると、凄い視線で睨まれてしまった。当然だが、賭けの対象アイテムの融通については、やはり相当痛かったらしい、。

 まぁ、一方的な賭けと言う訳では無かったので、仕方が無かったよねと弁解するしかなく。それより現実にも二人にたかられていたのかと、新たに知るショッキングな事実。

 仲が良いとも言えるかも、その分こちらの情報も筒抜けだけど(笑)。


 そんな事を考えつつも、今の状況はどうしたものか。頼りになる沙耶ちゃんも、既に下校してここにはいない。機嫌の悪そうな美貌の上級生を、僕一人で相手にせねばならないとは。

 何やら文句を言いたげで、その指先がクイクイと動く。ついて来いとの事らしく、仕方なく僕は生徒会長の後に続いて図書室を出る。そのまま連れて行かれたのは、人気の無い食堂。

 ジュースの購買機が並んで立っており、彼女は適当に2つ買い込むと近くのベンチへ。やはり僕も座らないと駄目なのだろう。ここまで一言も発しない重圧に、早くも押し潰されそうな僕。

 紙パックのジュースの1つを受け取るが、口をつける気力までは湧いて来ない。


「あの……今日は他の生徒会のメンバーはいないんですね」

「あぁ、今日は生徒会の集まりも無いんで先に帰ったわよ。私はあなたの姿を見たから話をしようと思っただけ、そんなに身構えないで。別にゲームの話でも学校の話でもいいわ、ちょっとあなたに興味があるのよ」

「きょ、興味ですか……?」

「あの沙耶がねぇ……いえ別に何でもないわ。最近あの娘、元気が無いみたいだから。それより池津君、学校生活や運営に不満な点は無いかしら?」


 不満と言われても、まだ高校生活を1学期しか過ごしていない身である。生徒会長のからかうような言葉だが、真意はどこへあるのやら。生徒会長の椎名さんの言葉によると、この学校の生徒会は意外と力を持っているらしく。

 それ故に一般学生の意見や学生生活の不満を、多方面から収集したいらしく。一応真面目な建前に、断りを入れるにも失礼に感じてしまって。

 仕方なく人気の無い校舎の片隅、ジュースを手に語らいを始めてみたり。


「私だけなのかしら、学生のユニークな考え方を伸ばす、以前の校風の方を支持してるのは。社会に出て色んな競争や壁に曝された時、学歴だけじゃどうにもならないと思わない? 特に不況の今は、見方を変えて別の角度から物を見るやり方ってのが必要じゃないかしら?」

「はぁ……僕的には今の所、学校方針に反発とかは無いですけど。でもテスト順位が25下がっただけで呼び出されたり、生活態度について詮索されるのはイラッとしますね。そう言うシステムは、やっぱり進学校の嫌な硬さかなぁ」

「そうそう、そういう話を聞きたかったのよ。池津君は、順位発表に名前が載る位の秀才らしいけど。その分目立つから、指導が入りやすいみたいね」

「そうですね、僕は校外でも目立つみたいで。でも社会性を学ぶのは、別に学校生活の模範に無くてもいい気がしますけど。この街は本当に変わってますよね、ネットゲームでバイトを斡旋して貰ったり、社会制や競争精神を養えるじゃないですか」

「それは感じるわねぇ……でも学生全員がファンスカをプレイしている訳じゃないし、下手に競争心を煽られて痛い思いをする者も出て来るかもね」


 最後の言葉にかなり刺が立っているのは、自分の賭けの顛末を思っての事か。その後はお堅い話からゲームの話に逸れて行き、それがやけに盛り上がってしまった。

 椎名先輩のギルドも、結成から平坦な道のりではなかった模様で。それでもメインの数人の結束は固く、今では学生内では名を馳せるギルドにまで成長を遂げたようだ。

 沙耶ちゃん達がゲームを始めた頃には、一応何度も誘ったりもしたらしいのだが。誘い方が不味かったのか、性格が合わなかったのか。大喧嘩の末、その苦労は実らずに至り。

 まさか彼女達が、ここまで骨のあるギルドを作るとは思っていなかったらしい。


 そんな経緯を含めて、椎名先輩との談話は予想外に面白くて弾んでしまった。今度合同で何かして遊びましょうとの約束も取り付けて、ゲーム内の楽しみもちょっと増えた感じ。

 これで少しは、沙耶ちゃんと椎名先輩の仲も改善されれば良いのだけど。優実ちゃんなどは家が近いのを良い事に、宿題を教えて貰いに部屋に上がり込まれる事が多いらしい。

 話を聞いてみると、意外と面倒見の良いお姉さんタイプな椎名先輩。沙耶ちゃんと違って、真っ直ぐな性格ではなく知略に長けて細かい所に気が回る分、ギルマスには向いているとは個人的にも思ったりするけど。

 何にせよ、前回のような顛末にならなくて良かったと、内心胸を撫で下ろした午後だった。




 その夜集まったメンバーに、僕は伝説のギルド『アミーゴ☆ゴブリンズ』と渡りをつけた事を表明した。共同戦線を張るよりは、競い合う事を選んでしまったとコメントすると、リーダーからは良くやったとのお褒めの言葉が。

 沙耶ちゃんの性格なら、そう言うだろうとは思ったけど。僕はロックスターの情報と交換で、幾つか相手ギルドからアイテムとお金をせしめた事も報告する。

 前回の冒険での戦利品と一緒に、まずは分配作業。


『ダンジョンで出たアイテム、どう分けよう? 僕はマント貰ったからいいけど、後はジェルとか命のロウソクとか出てるね。闇の術書は、闇スキル伸ばしてる先生でいいかな?』

『いいよ~、後のも適当でいいや。前衛と後衛で話し合って決めようか?』

『それはいいかもね、じゃあ前衛で命のロウソク分けるから、後衛でジェル分ける感じかな?』


 結局はHPアップのロウソクも、先生が貰う事になって。盾役のHPアップは、パーティ的に見ても確かに有り難い。後衛の話し合いは短くて、どうやら優実ちゃんが貰ったよう。

 それからお金の分配に、皆から驚きの声が響き渡る。接着素材の購入金を、ハヤトさんが早速送ってくれたのだ。ついでにフレンド登録もして、ちょっと光栄な気分。

 何しろ向こうは、大半の冒険者が憧れる存在なのだ。


『ええっ、こんなに大金で売れたの? その素材って、確か2つ出なかった?』

『神獣の森の戦場跡地のダンジョンで、確かに2つ出たね。もう1つは、僕が合成用に貰っていいかな? 僕が買い取るって事で、その分のお金も入ってるんだ』

『ロックスターの情報って、凛君の個人情報じゃない。それで儲けたんなら、自分の物にしてもいいんじゃない?』


 確かにその通りだと、メンバー内からも暖かい言葉が。それでも、素材自体は皆との冒険中に手に入れたものだし。何より、ギルドの目的が100年クエスト攻略なのだ。

 それなら、僕の持っている情報の価値も共有すべきだと思う次第。それより、ようやく入手出来た『魔』の宝珠はラッキーだった。これで魔銃の解放に、一歩近付いた事に。

 ハヤトさんから貰ったもう一つの合成素材も、僕が貰える事で了承して貰って。一気に潤ったメンバー達は、冒険前にしばし買い物に夢中になったりして。

 そんな感じで、ちょっとだけ遺跡探検突入が遅れる破目に。


 今夜で2度目の山脈中腹の遺跡探検も、再突入ながらも豊作だった。何で再突入が可能なのかが、良く分かっていないメンバーもいたりしたけど。

 恐らく半分眠ってて、記憶があやふやだったのだろう。優実ちゃんは、そんな事にお構いなしに今日も元気に後衛にくっ付いて来る。ペット達を召喚して、ご機嫌に気勢を上げて。

 良くも悪くも、パーティのムードメーカーは彼女だろう。


 地下ダンジョンは、相変わらず複雑で長く伸びている感じを受けて。敵もわんさか増えているせいで、時間を取られてそう感じたのかも知れないけど。

 1時間以上の道のりの果て、まさかの2つ目の途中抜け魔方陣を発見。今日も最終ステージを見れないどころか、目的の防御付き武器の気配も無しとは。

 ひょっとして、全然見当違いのダンジョンに入ってるのではとの不安の中。もうちょっと先を見ようとの意見が出て、時間もあるので引き返せる範囲で窺う事に。

 そこで見たのは、かなり異様な光景。


『うわっ、何この広い部屋っ? 大きな剣が、いっぱい宙に浮いてるよっ?』

『大きいね……ってか、これは全部敵?』

『1本だけ、地面に刺さった剣があるよ? あれは貰っていいヤツ?』


 確かに優実ちゃんが発見した剣は、部屋の中央に存在感丸出しで刺さっている。逆に言えば、宙に浮いた無数の剣は、それを護っているとも見て取れるが。

 ちょっと試しに1本釣ってみたが、リンクして3本も余計に追加されたりして。その上そいつの攻撃力が、半端なく強烈である。盾役の先生ですら、コイツらには大苦戦。

 ましてやペット役のキープなど、紙屑のように切り刻まれて。


 慌てたのは、もちろん前衛も同じく。幸い、ソードタイプの敵のHPは、そんなに多くは無いようだけど。雪之丈に続いてプーちゃんも倒されると、悲鳴のログが響き渡る。

 リンクした敵を全て倒し終わるも、こちらも被害甚大。これ以上のリンクは不味いと、釣る際も慎重に神経を使うのだけど。再召喚のペットを釣りに使い始めてからは、かなり順調に事は進み。

 こんな裏技がなければ、この部屋の仕掛けはかなり怖かっただろう。


『おおっ、本当にリンクせずに釣れるんですねぇ……召喚ジョブも役に立つんだなぁ』

『そうだよ、可愛いだけじゃ無いんだよっ!』

『最近は、ちょっとは削れる力もついて来てる気がするよね。HPも増えて来たかな?』


 さっきは呆気なく片付けられてしまったが、沙耶ちゃんの言う事は間違いない。少しずつだが順調に強くなって来ているペット達、最近は前衛にいても許せる程度のキャラに育っている。

 以前は邪魔でしかなかったので、この差は大きいと思うのだが。そんなペット達の活躍もあって、何とか10分ちょっとで室内のソード型の敵は掃討終了。

 地に刺さっていた片手剣は、攻撃力も割と高い上、防御力+25とかなりの高性能。先生も長い間待った甲斐があり、感無量なコメントを発している。

 その日はそこでUターン。途中抜け魔方陣を利用して、ダンジョンを離脱する。




 その週の日曜日は、ある意味爆発したプレイ振りだった。その日は昼から2時間、夜に2時間のインだったのだけど。謎や強敵てんこ盛りで、ギルド的にも苦戦したり盛り上がったり。

 先生も取得したばかりの新しい武器を手に、物凄くご機嫌な様子。幸い、夕方以外は仕事も出掛ける用事も無いそうで、両方のインに参加して貰えて。

 それは神田さんも同様で、日曜など特に仕事は忙しいと思うのだけど。実際はそうでも無いそうで、店番は親戚の人に半分任せているそうである。

 そんな訳で、昼はダンジョンの続きを、夜は先生の10年チケットを使う事に。


 初の100年クエスト関連の執行は、僕の提案には違いないのだけど。まだまだ沙耶ちゃん達のレベル不足は心配とは思いつつも、やっぱりライバルギルドが目に入る焦りもあったりして。

 皆も賛成してくれて、言うなれば腕試しというか偵察と言うか。それでもやはり、ちょっとした緊張が巻き起こるのは仕方が無い。試験前の緊迫感みたいで、何だかドキドキする。

 簡単に説明すると、昼は物凄い盛り上がりで、夜は肩透かしだった。


 昼のダンジョンは昨日の続きと言うか、これで2度目の再突入になっている。合計3日も攻略に費やしている訳で、稀に見る巨大ダンジョンと言えるかも知れない。

 そんな最後を飾るのは、やっぱり超有名なモンスター。最下層に居を構えるのは、赤い鱗の巨大な火竜だった。ド迫力のその姿に、挑むメンバーもビビリ気味。

 特殊技も強力な範囲攻撃のオンパレードで、とても一筋縄で行く物では無い。炎のブレス攻撃や尻尾の振り回し、ボディプレスや炎精召喚などなど。

 これ程《封印》が懐かしかった事も無い、前衛は何度も崩れかけたのも事実で。


 とにかく生き残ってのキープが前提と、僕が距離を取っての削りに回ったりと工夫して。ホスタさんは基本を自己回復前提で、優実ちゃんがべったり先生の回復につきっ切りで。

 盾役が消滅したら、全滅コースは目に見えている。僕は中距離に徹して、とにかく範囲攻撃を受けないような立ち回り。中距離のスキル技と、様子を見つつの《連携》で削りには参加して。

 僕のスキルレベルのスタン技などは、はっきり言って効きが甘い。それに頼っていては、被害が増える事が判明しての作戦変更に。中盤までは削り能力の低さに、長丁場の予感だったけど。

 中盤以降の怒涛のハイパー化を封じ込めて、薬品を全部使い果たしての辛勝に。パーティは狂喜乱舞、とにかく勝てて良かったと勝利を称えまくっていたり。

 その後の宝箱とのご対面は、言うまでも無いだろう。


 ドロップや宝箱の中身を総合すると、複合技の書・両手槍や竜の勾玉、炎の宝珠や合成素材各種。他にもミッションPやギルや経験値も上々で、この深遠部に到達するまでの報酬を合わせると凄い事に。

 途中の仕掛け部屋には、昨日のソード型モンスターに似た強烈な個性のモンスター部屋が。今回は五角形の盾型の敵が浮遊していて、部屋の中央にはやはり盾が落ちていて。

 昨日と全く同じ手順で、そのやたらと硬い敵を掃除して行くと。今度は攻撃力が+25も付いてる盾が報酬に貰えて。その他、宝箱の中の当たりでは、還元の札や力の果実など。

 とにかく怒涛の進行で、終わった後には報酬の分配が大変なほど。


 沙耶ちゃんはここら辺、毎度の如くいい加減なのだが。金庫番を言い渡されている僕は、公平に分配しようといつも苦労させられる。ギルドのメンバーが良い人ばかりで、文句が出ないのが有り難いけど。

 その分、やっぱり公平に分配したいとの重圧が掛かるのは不思議である。合成で潤っている僕だから、多少の損は覚悟出来るのが幸いしていると言うか。

 今回は先生が、剣と盾以外は皆で分けてくれとの事で。


『装備出来る人が他にいないから、そこは問題無いよね。後はどう分けよう? 炎の宝珠はホスタさんでいいかな?』

『えっ、くれるのは嬉しいけど……買えば150万はする品物でしょ、貰っていいの?』

『全然オッケーだよっ、皆が頑張って強くなるのが、私達のギルドの方針だもんね! 竜の勾玉って何かな、リン君?』

『これは珍しいなぁ……強化用のレア素材だと思うけど、武器に使うか鎧に使うかの2択だね』


 それは僕が預かって、ついでに還元の札と力の果実は僕が貰う事に。後衛の二人には、複合技の書の売上金を分配すると言う事で落ち着いた。

 バザーのやり方を説明して、沙耶ちゃんが値段設定した商品を提示する。金額の設定ミスが無いか、僕は彼女のバザーをチェックしてみたが問題ナシ。

 後は売れるのを待つだけ。適当に会場に放置とか、それ意外の場所でも売れる事もあるし。


 そろそろ夕方で、パーティ解散で落ちる人も出始めた頃。僕はホスタさんを呼び止めて、武器のメンテをどうするか尋ねてみた。高級強化素材は、滅多にお目に掛かれる物ではない。

 愛用の武器の攻撃力を、飛躍的に上昇したりするのはお手のもの。ただし、多少ピーキーにはなってしまうけど。耐久度の減りが早くなったり、重くなって攻撃速度が落ちたり。

 それを回避するような素材は、今の所見付かっていないけど。今回の竜の勾玉は、かなりの優れモノらしい。とにかく、アタッカーには垂涎の代物には違いない。

 パーティ内では、両手武器使いのホスタさんに使用するのが有効だろう。


『えっ、でもさっき宝玉貰ったばかりだし。凛君もアタッカーだし、自分に使った方が良くない?』

『両手武器の方が、メンテがしやすいし上昇数値も高くて有効なんですよ。耐久度の不安な銃に使うのは危険だし、僕と先生は片手武器だし。パーティ的にも、ホスタさんの成長は必須ですよ』

『うん……確かにそうだね、了解。今回みたいな大物相手をする機会、これからも増えそうだし。他のメンバーが日々成長して行くのを、自分だけ現状のまま見るのも怠惰な話だよね』


 さすがに年長者、難しい言葉を使って自分を納得させているようだけど。僕はただ、効率の事を考えた上で判断しただけ。ホスタさんのキャラ的にも、実は個性があまり無いのを以前から気にしていたのだ。

 両手斧は重くて形状は様々で、扱いにくい武器である。その分、攻撃力は両手武器の中でもピカイチで、愛用者は結構多いのだ。師匠もそうで、それを見慣れているせいで、ホスタさんに物足りなさを感じているのかも知れない。

 ウチのパーティは、後衛からしてもやたらと個性的だしね。


 軍隊員のような、無個性な集合体の戦闘情景よりも。個性的なキャラ達の、一見不条理な闘い方の合致。それが冒険者としての身上だし、僕もそれを目指している。

 それには我が侭なほどの、自身の向上も不可欠なのは確かだ。もっともそれは、仲間の合意とか仲間の為とかの正当性も必要には違いないけど。

 要するに、ホスタさんも個性を求めて、もっと我が侭になって貰いたいと言う事だ。


 僕の提案に、ホスタさんもようやく同意してくれて。彼から武器を預かって、早速隠れ家の合成専門部屋に。その間ホスタさんは、入手した炎の宝珠を使用。

 さらにその5分後、僕から新しい武器を受け取った彼は。武器の形状の変化に、かなり戸惑いを覚えていた様子。こう言っては何だけど、作り直した僕もかなりうろたえてしまった。

 竜の勾玉を使っての合成は初めてだったけど、まさか複合技付き武器に変化するとは。何と形状自体も、斧と槍を混ぜ合わせたような形に変形していた。

 性能の変化に伴って、両手斧スキル150、炎スキル+50が必要となったのには、思わずやっちゃったと思ったけど。何とかホスタさんは、そのハードルを超していた様で安堵のため息。

 こうしてパーティに、新しい武器が1つ備わった訳だ。

 



 夜のインは、皆がやっぱりどこか緊張した雰囲気で。先生の手にする10年ダンジョン招待状は、記念すべき僕らギルドの確かな足跡付けとなるに違いなく。

 そんな儀式めいた想いは、しかし完全な肩透かしとなった。100年クエストの謎が、意外に簡単にあちこちで拾えていたので、どこか軽く見ていたのかも知れない。そのしっぺ返し的な急激な難易度の上昇は、さすが100年掛けてクリアしろとの無言のプレッシャーか。

 入り口は、例の中央塔のギャンブル場だった。闇市とは反対側に、いかにも怪しい入り口が作られていて。そこの護衛にチケットを渡すようにとの、景品交換所の係員の案内に。

 入って驚き、白い3面の壁に設置されている扉。開くのは右手の1ヶ所のみ。


 その扉の奥は塔になっていて、全部で4層の簡単な作りだった。昇り切るのに30分程度しか掛からなくて、難易度は超低レベル。最後に待ち構えていたてっぺんのボスを倒すと、何とドロップしたのは『10年ダンジョン招待状』である。

 またおいでと言わんばかりの、このドロップ報酬。奥の転移魔方陣に入ると、通されたのは再度の最初の白い壁の小部屋である。しかし今度は、正面の扉が開くようになっていて。

 喜び入るも、さらに先の扉の開錠には、4桁の暗証番号が必要との事。


 これには全員が困惑模様。どこかで見落としたのかとか、前の部屋の扉の向こうにあるかもとか、推測は幾らでも出て来るのだが。ヒントらしき物は、天井と壁に書かれた地図みたいな紋様。

 手前の白い壁の部屋の左手の扉は、覗き穴と下の隙間がちょっと変わっている。そこから奥の小部屋は見て取れるのだが、何やらスイッチが壁に設えてあるのみ。

 それが何を意味するのか、さっぱり分からない。


 扉の謎に完全にパーティが行き詰まっていると、凶悪なトラップが発動して。時間制限なのか、毒ガスによって部屋にいるだけでダメージを受ける仕組みとなってしまって。

 それに最後まで抵抗していた優実ちゃんも、地図を書き写したと3分後に飛び出して。死人こそ出なかったものの、謎解きは完全に僕らの負けと相成った訳だ。

 これでは攻略開始とも明言出来ない状況だ。何しろ、メインのダンジョンにも到達出来ていないのだから。落ち込むメンバー間で、しかし優実ちゃんだけが明るいのは何故だろう。

 謎は全て私が解くと、一番のうっかり屋さんとは思えない言葉。




 ――初の100年クエスト攻略は、そんな感じで苦渋の開幕となったのだった。


 

 


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