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1章♯10 壊れたシンボル!



 その日は夕方から雨が降り始め、梅雨真っ只中と言う感じのじめじめした気候振り。今日は珍しく、僕は雨を避けて夕方前に自転車で家に帰宅し終えていた。

 リビングで一人寛ぎながら、近くのスーパーで買った弁当を食べてしまうと。意外ともうする事が無くて、これだから早めの帰宅はつまらないと思う次第。

 宿題や読書をしながら、僕はイン時間までの暇を潰す事に。


 宿題や予習を一通り終えて、課題本を取り出そうとカバンをひっくり返していると。中から優実ちゃんのくれたお菓子や、サミィのプレゼントの折り紙が出て来た。

 チョコレート菓子が数個と、黄色とオレンジの鳥の形の折り紙だ。僕はそれを、机に並べてしばし観賞する。最近はこんな小物が、僕の心の隙間を埋めてくれている気がする。

 やっぱり、広い家で独りの時間が多いと寂しいものだ。 


 コーヒーが欲しくなって、僕は自室から台所に移動した。父さんは今日は遅いらしく、まだ帰って来ていない。窓越しに、暗い夜に雨の降る音が響いて来る。

 父さんが酷く濡れずに済めば良いと心配しながら、雨足の収まるのを内心で祈りつつ。ニュースでは明日にかけて1日雨だった事を思い出してみたり。

 明日はバス通学になりそうだ、少し早めに起きないと。


 淹れたばかりのコーヒーと一緒に、僕は自室に舞い戻って一息入れる。リラックスしたまま課題本を1時間ほど読み進め、切りの良い所でイン準備に取り掛かる事に。

 今日は3ギルドで合同しての、大捕り物が待っているのだ。ハンスさんの知り合いの例の花屋さんの頼みで、領地を荒らす蛮族達を退治するシナリオらしいのだが。

 以前一度、気楽に請け負ったハンスさんのギルドは、見事返り討ちにあったらしく。気合いを入れ直さないと酷い目に合うと言う事で、僕や知り合いに声を掛けた結果。

 沙耶ちゃんの妹の環奈ちゃんがサブマスを務めている『アスパラセブン』も、今回は参加を表明して。師匠も知り合いを連れて来て、20人近い人数にまで膨れ上がると言う大規模作戦に。

 それがどう作用するか、全く予測はつかないけれども。


 インしてみると、既に沙耶ちゃん達は僕を待ちながらギャンブル場で遊んでいた。最近は先生の指導で、空いた時間はコインを増やす作業に夢中な様子。

 先生の指導が余程良いのか、はたまた本人の才能の成せる技なのか。沙耶ちゃんと優実ちゃんのコイン保有数は、既に1万枚を突破しているらしい。

 もっとも、景品との交換レートは著しく不利なので、10万枚程度貯めないとたいした物は手に入らないのだけど。まぁ、欲を出さなければそれなりに楽しめる施設には違いない。

 僕の合成と同じで、趣味と実益を兼ねる感じの暇潰しに使用して貰えば。


『やっほ~リン君、もうリン君の師匠も花屋さんも来てるよっ。領地に行くのに、中央塔から飛行船が飛んでるんだって。乗ってみたいから早く来てっ!』

『あぁ、そんな仕様なんだ? 了解、戦闘用に薬品とか揃ってる?』

『あっ、弾丸多目に持って来て、リン君! エーテルも、もうちょっと欲しいかも?』

『雷の炭酸水、競売に出て無くって買えなかったの。凛君、合成素材持ってたら幾つかお願い出来るかな?』


 優実ちゃんや先生に頼まれて、僕は隠れ家で合成作業を開始する。銃で使う弾丸は、競売で買うより自作した方が安上がりなのだ。僕は彼女達の分は、毎回自分で作っている。

 先生の注文の雷の炭酸水という薬品は、麻痺やスタンに耐性が付くので、盾役には特に重宝されるのだが。素材に稀少な物が含まれているので、競売では品切れになりやすい。

 僕は適当に他の薬品も合成しながら、メンバー達の他愛ない会話に耳を傾ける。


 時間を見計らって、僕は合成したアイテムを持ってパーティに合流した。薬品や消耗品を仲間に分配しながら、中央塔の屋上からの景色を眺めてみる。

 高い塔なだけに、見晴らしは最高に良いのだけれど。今は花屋のホスタさんが飛行船を待機させていて、沙耶ちゃん達がその中で無邪気に走り回っている。

 領主の館に招かれるのには、そんなに時間は必要ないらしく。僕らは空中経由で、あっという間に館の中庭に到着した。具体的に言うと、動画の十数秒の旅行である。

 初めて目にした領主の館は、かなり大きくて立派である。


『ふわっ、この大きな建物が、全部個人所有なのかぁ! 凄い贅沢ねぇ、現実だとアラブの石油王位のレベルって事だわっw』

『ほぅほぅ、ちょっと中に入ってみようよ♪ こっちは裏側なのかな? ここは駐車ポートっぽいよね、あのアーチを潜って中に入れるのかな?』

『そうですね、今からちょっと案内しましょうか? ハンスさんの所は、もう少し集合に時間が掛かるそうなので』

『環奈の所も、もうちょっと掛かるみたいね。あと2人待ちだって』


 僕らはホスタさんに建物の中を案内して貰いつつ、自由に歓談する時間を得た。建物内はやや殺風景だが、たまに領民や行商人から家具や室内飾りを貰えたりするらしい。

 それでも部屋の数が多いので、とても全ての部屋のメンテナンスに時間を取れないみたいだ。遊具室やトレーニング室では、器具さえあれば本当に鍛える事が可能らしい。

 他にも豪奢なロビーや中庭など、見て回るだけで楽しいことこの上ない。優実ちゃんどころかバク先生までが、はしゃいであちこち走り回っている。

 皆で見て回っている内に、刻々と時間が過ぎて行き。


『あっ、師匠が友達2人連れて来てくれたって。みんなカンストしてるから、このパーティはメインの本隊に推奨出来るかな?』

『環奈のギルドは、メンバーの平均120だからねぇ。私達のギルドも、いいとこ遊撃隊かな?』

『そうだねぇ、ウチはメンバーの半分が後衛だし、突っ込んで行くのも危険だもんねぇ』


 そんな話をしているうちに、続々と集まって来たクエ攻略メンバー。再挑戦のハンスさんのギルドは、ハンスさんとメルの親子を含めて全部で6人。環奈ちゃんのギルドは、皆レベルは及ばないが8人と大人数での参加。

 僕らはお馴染みのメンバーで、4人での参加を表明していて。後はレベル150の土種族、領主のホスタさんを入れて全部で22人。1パーティ4~6人編成、全部で5パーティの大編成だ。

 こんな大人数での活動は、沙耶ちゃん達はもちろん、僕もほとんど経験がない。


 ようやく大広間に皆が集まって、ワイワイ騒ぎながらの作戦会議。前回全滅を喰らったハンスさんが、注意点や戦場の様子や出て来る敵を語って行く。

 大物が途中から戦闘に加わって、それが滅茶苦茶強かったらしく。前回のメンバーでは、そこまでしかデータが無い訳だが。ひょっとして、まだ強敵が控えているのかもとの事。

 失敗してもミッションPが少し入ったので、このクエはミッションPの対象らしい。ただし、見慣れない蛮族が結構な強さなので、気を引き締めて当たって欲しいとハンスさんが言葉を締める。

 その後、パーティの振り分け作業が始まった。師匠とハンスさんのパーティをメインの本隊に、沙耶ちゃんと環奈ちゃんのパーティを補佐隊へと調整して行く。

 領主のホスタさんは、両手斧使いのアタッカーらしい。師匠のパーティに吸収されて、最前線を担う気満々である。このクエの依頼主なので、とにかく頑張る気を見せているけど。

 師匠のチームは回復役が不在なので、ちょっと心配ではある。


『師匠のチーム、回復役いないですけど平気なんですか?』

『風の癒しとレイジングヒールがあるから、それで踏ん張るしかないかな? 取り敢えずピンチになったら、騒ぎながら後退するよ』

『ほ~いっ、回復が欲しい人はこのネコ耳を目指して下さい~♪ 位置取りは、私達は後ろの方でいいんですよね?』

『そうだね、特に大物が出現したらバックアップが欲しいから。凄くごちゃごちゃすると思うから、各自はぐれないように注意した方がいいね』


 師匠チームは、さすがに貫禄と言うか余裕のあるコメント。僕らとしては、それを頼りつつ補佐して行くのが最良だろうか。メンバー内でそんな話をしつつ、いざ戦場へと出向く僕たち。

 領主のホスタさんが、てくてくと表の庭を突っ切って、小さな門の前にいるNPCに話し掛ける。その瞬間、大パーティを組んだメンバー全員が、問題のフィールドへ飛ばされた。

 話を整理すると、見知らぬ蛮族に領地が脅かされていると領民からの申告があって。その退治にと赴くと言う単純なクエストらしいのだが。その蛮族が滅法強くて、とうとう5パーティが出向く運びになった感じだ。

 そして今いるのが、その出現地帯らしい。


 強制ムービー動画は、最初は静かな大地を映していた。その内に地面が盛り上がり、アリ型の獣人が次々と出現。その後ろから、身体中から鋭い角が生えた蛮族がのそりと現われる。

 身体の色はどす黒くて、どことなく刺付きの甲冑を着込んでいるようにも見えるが。アリ型の獣人より一回り大きく、その雰囲気もどこか禍々しい。

 そのまま、アリ型獣人を操りながら、その蛮族はこちらを目指してくる。どうやら早々と、こちらの存在には気付いていた様子。ギチギチと威嚇音を上げながら、敵の群れは距離を詰める。

 その数は意外と多く、侮れない勢力だ。


 ようやく動画が終わって、僕らは敵と対峙する事となったのだが。敵の武器は片手剣や槍、片手斧などが多いよう。盾持ちもいるようだが、元々連中の甲殻は硬い出来となってるのだ。

 前線同士はあっという間にぶつかり合い、熾烈な戦線が形成された。僕らの補佐パーティも、横からはみ出した敵を釣ってやっつけるの繰り返し。

 さすがにこんな大人数での戦闘は、全然迫力が違う。最初はまだ良かったが、敵の増援が参加して来た時点で、もう戦況把握などと言ってられない状況に。

 僕らはひたすら、先生がキープしている敵の殲滅のみに全力を注ぎ続ける。


『出た出たっ、巨人タイプだっ! 今から、チルチル組が抑えに掛かるっ!』

『了解、ハンス組は補佐に回るっ! メルっ、みんなの回復頼むぞっ!』

『もう分かんないっ、ミスケについて行くだけで手一杯だよっ!』

『俺の向いてる場所にいる味方を、どんどん回復してやればオッケーだからな、メルッ!』


 向こうも結構、混乱しているらしい。僕らはペットの働きも加味して、なかなか頑張っていると言える働き振り。メルと同じく、他のパーティに構っていられないと言うだけだ。

 しかし、そうも言っていられない事態が勃発。何と、黒い巨人がもう1匹増えたのだ。大きな棍棒を持って、顔の輪郭を大小の角が髭のように覆っている。

 いかにも厳つくて、大きさは人の5倍程度。手に持つ棍棒で撫で回すだけで、範囲にいるメンバー達は大打撃を受けてしまう。環奈ちゃん達のパーティが、目の前で襲われかけている。

 僕は咄嗟に、その巨大な敵を魔法で釣ってしまっていた。それは反射的な動きで、とても敵うと思っての行動では無いのだが。先生が、そいつをキープしようとタゲ取りをして。

 特殊技の一撃で、何と呆気なく盾役の先生が潰されてしまった。


 死人は既に、あちこちで増えつつあった。環奈ちゃんのパーティは、半分が戦闘不能状態である。敵の数は、それでも目に見えて減って来てはいるのだが。

 この巨人は、半端なレベルの冒険者では抑え切れない。それが分かった途端、僕は《連携》からの《封印》を放っていた。ただこれ以上、被害者を出したくない一心で。

 恐らくだが、敵のレベルが高過ぎたのだろう。以前もちょっと、妖しい事態が発生した事はあったけど。まさか耐久度が、一気に10以上減ってしまうとは。

 ――僕の代名詞のロックスターは、こうして微塵に砕け散ってしまったのだった。





 戦闘の後は酷い有り様だったが、皆の雰囲気は一様に明るかった。僕の捨て身の《封印》からのマラソンで、大パーティにはあれ以上の被害は出ずに済み。

 それから何とか立て直して、2匹の巨人を倒し切った結果。かなりの経験値とギルがドロップ、アイテムも良品が多く出て、何より無事クリア出来た事が大きかった。

 喜びの波の中で、僕の武器が無くなっているのに気付いたのはほんの数名。


 ギルドのメンバーとか、師匠にはバッチリばれていたけど。何とか追求されずに、その日は中央塔でミッションPを分配してお開きに。その量は何と6千ポイント以上、凄い大盤振る舞いだ。

 僕は途方に暮れつつも、意外に大きな喪失感と戦っていた。耐久度が修繕出来ないと分かった時から、この日が来るのはある程度覚悟していたのだけれど。

 何と言うか、やっぱりショックは大きかったようだ。


 そう、週末からその予兆は見え隠れしていたのだ。耐久度が30を下回った辺りから《封印》を使う度に、耐久度の損失が大きくなり始めていた気がしていて。

 闘技場で頑張り過ぎた結果なのかも知れず、そこら辺は判然としないけど。闘技場と言うのは、先週末に行われた試験版の新しい対キャラ戦ゲームの事である。

 僕も良く分からないけど、3月のハンターランキング3位の景品と一緒に、僕のキャラにも招待状が送られて来たのだ。有効期限が書いてあったし、譲渡不可アイテムだったので、乗り気では無かったけど取り敢えず参加する事に。

 何しろ、触れ込みが対キャラ戦だ。要するに、他プレイヤーとの直接対決なのだ。


 知り合いとかいたならば、しがらみを作ってしまうかも知れないし。師匠に聞いたら、師匠の所には招待状は来ていないとの事。どうやら試験版だけに、人数を制限しての開催らしい。

 カンストという条件は無視して良いとは思ったものの、僕意外は恐らくほとんど高レベルキャラには違いなく。今まで参加を渋っていたのだが、ひょっとしたら100年クエスト関係のアイテムや情報が報酬に出るかもと思ってしまって。

 不定期開催で、今回が4度目らしい闘技場の告知を目にして、参加を決めたのだったけど。


 まぁ、何と言うか語る気もしないほど嫌になったと言うか、目をつけられたと言うか。何度も言うけど、対キャラ戦のルールで一人だけレベルが130台のキャラがいるのだ。

 目立つ事請け合いだし、しかも変に名前が売れているのも災いしたみたいで。その場に入った途端に、一気に注目の的になった様な変な気配も、満更僕の思い込みではない筈。

 そのイベント行事も、嫌だけど語っておこうか。




 本当は師匠か誰かに付き添って欲しかったのだけど、何しろ招待状が無いとその施設に入れないらしく。闘技場は中央塔の奥の方にあるようで、招待状の提示で僕はその場に通されて。

 待合室のような簡素なロビーに、クリック出来る大きなモニター付き閲覧板。どうやら参加者のプロフィールが見れるようで、これで対戦相手をチェック出来るらしい。

 それより、入った途端にこちらの装備をじろじろ見られるのには参った。


 閲覧板には、次の開催のフィールドと参加可能人数も表示されていた。どうやら、闘技場と言っても個人戦ではないらしい。ポイント製のバトルロイヤルらしく、上限人数は8人との事。

 8人揃えば、すぐにでも開始されるとのアナウンスだけど。ロビーにいるのは既に20人近いのに、参加表明をしているのはたった2人だけのよう。

 皆が揃って様子見をしているのか、強いキャラがいきなり参加を表明しているのか。閲覧板を見たけど、そのキャラ名とプロフィールだけではピンと来ない。

 まぁ、ここにいるのは、ほとんど有名なハンターギルドのメンバーなんだろうけど。


 ルールの中には、同じギルド所属の示し合っての参加は2名までと書かれてあった。その点は、公平なのか不公平なのかは判然としないけれど。

 多分、ここにいるのはこの数ヶ月の間で、ハンターランキングの上位者達には違いない。誰と当たっても同じだと、僕はさっさと参加を表明する事に決めた。

 何しろ、今は土曜日の夜11時過ぎなのだ。明日が休みとは言え、下手な駆け引きであまり夜更かしをしたくないのが本音。申し込み制度より、ランダム決定でも良い程だと思ったけど。

 僕が参加を決めた途端、あっという間に8人の定員が埋まってしまった。


『いいカモが現われたな……お陰でようやく始められる』

『おいおい、相手は封印の疾風だぜ。変に絡むと裏技にやられるぜ?w』

『最初に登録出来てラッキーだったな、狙え狙え!』


 わざと聞こえるように、下卑た野次を飛ばして来る連中がロビーの端を占領していた。見なくても分かっている、前に揉めた『グリーンロウ』と言う名前のギルド連中だ。

 老舗のNMハンターギルドの一つで、僕だけでなく色々な他ギルドと諍いを起こしていると言う噂だけど。僕との諍いは、言うまでも無くロックスターの性能について。

 当時のレベル120程度で、いきなりハンターランキングの常連になった僕に、向こうは面白い筈も無く。不審な目を向けて、違法な改造ツールを使ってるとか、裏技を使用してるとか下らない言い掛かりをつけられて。


 終いにはGMや師匠のギルド『小人の木槌』が仲介して、ようやくその一方的な諍いは治まったのだけど。温厚な師匠でさえ完全に腹を立てて、今後一切彼らのギルドの注文を受けないとまで言い放ったのだ。

 『小人の木槌』に所属している7人の師範クラスの合成師もそれに追従したのは、彼らにとって大きな痛手だったに違いなく。何しろ、HQ製品の装備の入手確率が一気に減ったのだから。

 そんな方面の逆恨みもあって、未だに彼らは僕を目の敵にしているらしい。


 何と言うか、こういう事態が嫌でここに来るのを渋っていたのだけど。こうなってしまっては仕方が無い、せめて100年クエの情報が無いかだけでも判明させたい所だ。

 アナウンスが、いきなり闘技場のバトルロイヤルのルールを説明し始めた。お陰で余計な雑音はシャットアウトされ、動画に混じっての画面とルール解説が表示される。

 フィールドは映画に出てくるような中東の町並みで、屋根の無い四角い建物が立ち並んでいる。屋根の代わりに屋上が設置されていて、そこを伝っても移動可能らしく。

 そんな複雑なフィールドの中央には、尖塔の時計台が目立っていて、その時計で30分制限だとの事。8人で争うが、勝ち名乗りを上げるには生き残ったポイント上位者3名が条件。

 死亡者は論外、どうやら今からやるのは予選らしい。


 ポイントの取得方法は色々あって、どうやら雑魚モンスターもフィールドには配置されているらしい。雑魚を倒してもポイントは入るし、もちろんライバルのHPを減らしても入手は可能。

 それぞれポイントは決まっているようで、ライバルのHP半減で4P、75%減で8P、倒した場合には16Pも貰えるらしい。ただし、仲間内での融通が発覚した場合、それ相応のペナルティがあるとの事。

 他にもポケットが3つまでに減らされるので、各自持って行く薬品は厳選して欲しいとの事。アイテムの使用は、そのポケットで持ち込んだ3つのアイテムのみ。

 ただし、フィールドには宝箱が置かれてあるので、そこからの補充は可能。


 他の仕掛けもあるような事を匂わせつつ、アナウンスは健闘を祈ると言って終わりを迎えた。そこから突然のカウントダウン。15秒以内で、持って行くアイテムを選べとの事。

 装備の交換も不可らしく、それにはライバルにじろじろ見られるのを嫌がってわざと装備を外していた連中は焦っただろう。戦場を前に、油断は大敵と言う事だ。

 僕はバタバタしなくて済んだが、薬品の持ち込み制限にはちょっと悩む。取り敢えず、エーテル2本とポーションを持って、様子を見る事に。回復は魔法に任せるしかないが、それは仕方無い。

 スタート時間はあっという間で、僕らは戦場の扉を開いた。



 次の瞬間、僕は一人で土で固められた建物の屋上にいた。咄嗟に強化魔法を使用して、不意の戦闘に備えるけれども。近くに敵影はいない様子で、マップは割と広いようだ。

 それでも8人もキャラがいるのだ、遭遇は割とあっという間だろう。僕は屋上の端に陣取って、ヒーリングしながら周囲を探索。下の路地に、NPCの雑魚が1匹見付かった。

 サイの獣人のようで、何故か銃とサーベルの二刀流だ。休憩でMPを回復し終えた僕は、強さを確かめる為に早速ちょっかいを掛ける事に。

 こちらから対戦キャラを探したくない僕の、行き当たりばったりな作戦だ。


 階段を使うのが面倒なので、2階半位の距離を自由落下。種族スキルに《落下ダメージ減》と言うのを持っているので、割と僕はこういう戦法が好きだ。

 不意を付かれた敵は、驚いて振り向き様に反撃をするのだが。先手を取った僕は、余裕で敵の反撃をかわす。雑魚とは言え、外皮が硬くてなかなかの強さ。

 それでも特殊技にも怖いのは存在せず、1分程度で仕留めてしまった。


 それから僕は、建物の中に置かれてあった宝箱を見付けた。建物はドアが開け放たれたタイプが多く、一見すると半地下の駐車場が広がっているような景色だ。

 お陰で見晴らしは悪くないし、咄嗟に建物の中に逃げ込む事も可能。敵を先に見つけた方が有利な市街戦の闘技場では、死角を見つける事も大事になって来るのだろう。

 宝物の中には、何故かポイントが入っていた。てっきり薬品があるのだろうと思っていた僕は、ちょっと意表を突かれてしまう。それでも2ポイント追加で、僕の合計ポイントは一気に5に。

 幸先が良いと言うべきか、ちょっと宝箱の探索に流れてしまいそう。


 次に見付けたのは浮遊タイプのモンスターだった。1ブロックも行かない内に、見付けたと言うか見付かったと言うか。アクティブとは思わず、咄嗟に敵の防御を下げる《闇喰い》を飛ばす前に、僕は攻撃を受けていた。

 それからは割とガチな殴り合い。風の精霊系の敵らしく、通常攻撃が効き難いったらありゃしない。僕の風系のスキル技にもレジストして来るし、《ダークタッチ》や闇系の攻撃魔法が無ければマジでやばかった。

 何しろ、敵は《ヘキサストライク》すら効果半減して来るのだ。


 勝負が見えて来たせいか、僕はちょっと油断していた。敵のHPを吸える《ダークタッチ》の再詠唱時間を見ながら、HPを減らさずに戦い切った事に満足していたのに。

 いきなり弓矢でのダメージを知らせるログが。一気にHPを喰われて、僕は狼狽してしまう。その傷を敵から吸って補充してしまうと、丁度浮遊雑魚は倒れて5ポイントゲット。

 僕は攻撃して来た敵を探すべく、頭上に目をやる。


 僕が有利に弓矢攻撃を仕掛けるとしたら、まずは屋上に陣取るとの考えからだけど。案の定、再攻撃を仕掛けるべく、僕と同じ風種族の参加者が屋上の端で弓を構えていた。

 先程の威力からして、まず間違いなくハンターギルドの専門遠隔使いキャラだろう。僕は咄嗟に隠れるべきか反撃するかを迷いつつ。HPに余裕があるのを確認し、反撃する事に。

 敵の攻撃に合わせて、残りのMPを使っての《ダークローズ》を使用。


 屋上の対戦相手は、不意に出現した闇の茨に驚いた事だろう。しっかり敵が移動不能になったのを確認して、僕は屋上に上がる階段を見付けに掛かる。

 途中で虎の子のエーテルを使用しつつ、補正スキルの《MP回復》にも感謝。敵は恐らく、接近戦は苦手な筈。MPが枯渇した状態で遠隔攻撃を畳み掛けられていたら、あっという間に試合終了になっていただろう。

 屋上に上がると、まだ動けずにいる敵を発見。よく見ると、さっき挑発して来た『グリーンロウ』のギルドの一人だ。薔薇の数はまだ2つある、当分そいつは捕まったままだ。

 どうやら覚悟を決めたようで、僕に向かって弓矢を構えて来るのだが。


 そんなのは距離を潰してしまえば済む問題。接近しつつ、僕は中距離からの《ヘキサストライク》を見舞う。それから程よい距離を見越しての《ダークタッチ》を敢行。

 さらに接近しての殴打に、敵のHPはあっという間に半減して行く。ポイント入手のログが攻撃ダメージの合間に入るが、そんなのは知った事ではない。

 敵に反撃の手段が無いとは言い切れないし、いつまた横槍が入らないとも限らないのだ。


 敵は何度か魔法を使用する素振りで、それも全て僕の二刀流での攻撃に中断の憂き目に。敵のHPが3割になると、とうとうその動きも止んでしまった。

 ポーションを使用する素振りも無く、どうやら何かを待っているような感じだ。僕はバックステップから、貯まったSPを使っての最後の追い込みに掛かる。

 同じ種族と言うのが、見たら分かるだろうに。《風神》を待っているのがバレバレだ。僕は全く容赦せずに、《ヘキサストライク》から《風牙葬舞斬》の中距離コンボ技を敢行する。

 敵の《風神》は、範囲外にいる僕には空振りに終わった。とどめに、詠唱の短い《シャドータッチ》で、ジ・エンド。畳み込めば何とかなる物だ、薬品などで粘られると思ったけど。

 倒れた相手はすぐに消えてしまったが、後味の悪さは残ってしまう。


 休憩しながら尖塔の時計を見ると、まだまだ半分程度は余裕がある感じだ。ポイントも38まで上昇、他の相手のポイント具合にもよるが、これでようやくギリギリのラインだろう。

 だけどさっきの勝利は、飽くまで相手が遠隔使いだった為。アタッカー相手だと、こんなに上手くは行かなかった筈。それでも一応、こちらはソロ用にこなれたスキル設定を行っているのだ。

 少々の相手には、遅れを取らない用意はある。


 それでも、こちらから積極的に動くつもりは無い。僕は宝箱探しをするつもりで、路地まで降りて慎重に歩き出す。上から不用意に見付からないように、どうせなら中央の尖塔に向かって。

 残りの時間で、僕は3つの宝箱を見つけて、3匹の雑魚との戦闘を繰り広げた。ポイントを11点ほど加算しつつ、薬品を補充出来たのは良いが。

 残り数分で、運悪く別のプレーヤーに発見されてしまった。雷属性の二刀流使いらしく、いきなり雷魔法を撃って来る辺りは、攻撃的な魔法剣士仕様らしい。

 しかし、手にしているのは細剣2本。削り力はそれ程無い様子。


 僕も魔法で応戦するが、どうやら幻術系の魔法かスキルが掛かっているらしい。なかなか本体にヒットせず、その間に距離を詰められてしまった。

 今回の敵は、結構ソロに慣れている感じだ。しかも殴り掛かる前にこんな台詞を。


『我は迅雷のノリス! いざっ、尋常に勝負!』


 ノリノリな台詞で、この闘技場のバトルを楽しんでいる感じ。こういう人となら、後腐れなく戦闘を楽しめそうだ。僕も名乗り返そうかとも思ったが、恥ずかしいしそんな暇も無いので止めにして。

 接近戦になると、やっぱり細剣の幻惑系のスキルがウザい感じだ。こちらの攻撃を幻でかわしてしまうので、殴るにはまずそれを剥がさないといけない。

 一方、僕の方は《闇の腐食》の防護強化と《風の癒し》のオート回復で頑張っていた。今回はがっぷり4つの組み合いで、どちらかと言えば敵の削り不足に救われている感じだ。

 それでも電撃の付与された剣で殴られ続け、僕のHPはじりじりと減って行く。 


 このままではジリ貧だと、決断に踏み切ったのは僕のHPが6割にまで減って来た頃。敵のHPは7割程度で、やっぱりレベル差も含め不利は出て来る。

 ある意味賭けと言うより大博打だが、このまま負けるよりは仕掛けた方が得策か。僕は覚悟を決めて、ステップで間合いを測りながら秘策を実行した。

 まずは《断罪》により、自分のHPをわざと減らす。敵にポイントが入る訳ではないので、これも有効な手段だと思う。ただし、倒されてしまっては元も子も無いけど。

 とにかく《風神》の発動で、吹き飛ばされる対戦相手。


 相手もこれには、ド肝を抜かれただろう。向こうもその手の種族スキルを持っていたには違いないが、こんな手段で先手を取られるとは思っていなかった筈だ。

 カマイタチ効果で、相手のHPはグンと減って行った。さらに、僕に有利な距離へと移行して、お決まりの中距離コンボを発動。結果、相手のHPは一気に3割まで減らす事に成功。

 さらに《ダークタッチ》で追い討ちをかけると、敵も雷精を呼び寄せる事態に。


 まんまと4P+8Pをせしめて、してやったりな気分ではあるが。僕の風神効果も時間切れ、逆に相手に近付くと雷精にやられてしまう為、一転ピンチに。

 《ダークローズ》を飛ばすけど、雷精効果でレジストされて、逃げ腰に拍車が掛かってしまう。それでも再度の《ヘキサストライク》は通って、敵も回復に急がしそう。

 お陰で追撃されずに済み、僕もポーションで安全圏に回復してみたり。


 さすがに今度は追撃を許して貰えず、逆に魔法の足止めを喰らってしまったけど。敵も僕の中距離スキルを警戒して近付けず、その内時間切れの引き分けに。

 どうやら、30分の制限時間は終わりを迎えた様子。フィールドを退出させられて、僕らは例の控え室に戻される。そこにいる人数はかなり減っていて、どうやら別に予選をしているようだ。

 僕らの予選の結果とか、別の予選の中継とかは閲覧板でチェック可能みたい。何と僕は2位で予選通過していて、10分後の本選の資格を得たとの報告が。

 出来過ぎの結果だが、次はまず無理だろう。


 それでも勝ち逃げと思われるのが嫌だったので、本選も一応参加する事に。最後に戦った雷種族の人は、残念ながら予選落ちしていたみたい。逆に、例の『グリーンロウ』のメンバーが次の組み合わせに2人も入っていて、僕にとってはアンラッキー。

 それでも、予選通過を果たした8人のメンバーはあっという間に決定した模様。次の本選の勝者には、かなりのギルとミッションP、及びアイテムが進呈されるそうだけと。

 この本選も、さっきと同様のポイント制らしく。それが唯一の救いかも。


 始まってしまうと、先程と同じ構造の市街地エリアに、やっぱり中央には目立ちまくりの尖塔が。今回も制限時間は30分らしく、ポケットの薬品数などの制限も前と同じ。

 僕はさっさと路地に降りて、どうせなら中央の尖塔を目指す事に。何か特別な宝箱が設置されているかもと、そんな期待を胸に立ち寄ってみたのだけれど。

 考えている事は、大体みんな一緒だったのかも。5分と経たない内に、ファイター型の相手と遭遇して戦闘の流れに。師匠のキャラを良く見せてもらってるので、前衛のHPの多さと攻撃力の高さは嫌と言うほど知っている。

 僕は何とかステップを使って、敵の大剣の直撃を回避しようと試みるが。そうそう上手く、全ての攻撃を避ける事は適わない。一撃受けるごとに、ガリガリとHPが削られて行く。

 僕の体力はあっという間に半減。その瞬間、戦場に異変が。


 別方向からの斬撃で、僕の《風神》が発動。どうやら知らない内に、別の敵から攻撃を受けたらしい。横槍は不可というルールも無い以上、それはまぁ仕方ない事だけど。

 誉められた事ではもちろん無い。カマイタチ効果で2人の敵が吹き飛ばされ、一瞬だけ僕に余裕が生まれる。新たな敵の名前をチェックしたら、因縁の『グリーンロウ』のアタッカーだった。

 せめて一太刀と、ステップインして《封印》を見舞う僕。


 僕の反撃は、残念ながらそこまでだった。カウンターでチャージの一撃を受けて、僕の体力はマイナスに突入。呆気ない幕切れだと感じる間に、フィールドを追い出されてしまった。

 それでもログを見てみると、封印は効果を発揮していた様子である。スキル技を封じられたまま、残りの敵と対峙するのはさぞかし大変だろう。

 意地悪な気分になりながら、しかしその見返りは多大だった。



 それが耐久度の大幅な減少だった。たった一度の使用で、一気に12も耐久度が減じていたのだ。こんな事は今まで無かったので、考えられる理由は2つ位だろうか。

 キャラに対しての使用が不味かったのか、耐久度が低くなればなるほど加速的に減って行く仕様なのか。とにかく、その土曜日の時点で耐久度は25にまで減ってしまっていた。

 片手棍としては、並外れて攻撃力の強い武器なので、通常使用にも使い続けたいのだけど。当然、通常使用だけでも耐久度は減って行く訳で、いずれは失う運命だった事になる。

 ――ロックスター、僕の代名詞にまでなった鍵の形の片手棍。



 ギルド会話では、僕を労わる言葉を掛けてくれる女性陣。それだけで、心のささくれが流れ溶けて行く感じがする。それは3ヶ月前には無かった、僕の新しい武器。

 絆と言うのは、形こそ無形だけど何と強力なモノだろうか。



 次の日のお昼休みには、僕のキャラの事で沙耶ちゃんと優実ちゃんが緊急会議を開いてくれた。とは言っても、いつもの昼食休憩の話し合いなんだけど。

 議題は僕のキャラのリンの、新しい武器についてらしい。二人ともファンスカの知識は素人同然なのだが、とにかく僕を落ち込ませないようにとの気遣いがありがたい。

 中学の頃の僕だったら、ひねくれるか気恥ずかしいかで、恐らく相手にしなかっただろうけど。今は彼女達の心情も良く分かるし、それを受け入れる心の余裕もある。

 それがいつ形成されたのかは分からない。多分、師匠やミスケさんなどの大人達と話し合ったりして、彼らの気遣いを知らずに受けていた結果だろうか。

 要するに、散々心配を掛けた結果の産物が今の僕だと言う事。


「片手棍かぁ……う~ん、私の肉球スティックあげてもいいけど?」

「優実のは、ほとんど攻撃力ないでしょ? リン君は前衛だから、ダメージ高い奴じゃないと」

「そっかぁ、う~ん……あっ、思い出した! ネコ族の集落でね、ライバルだった犬族の長が牢屋に入れられてるらしいんだけど。そのボス犬が、やっぱり凄い片手棍持ってるって話なのっ!」

「えっ、ネコ族の連続クエって、ひょっとしてまだ続いてるのっ?」

 

 優実ちゃんは不思議そうに頷いて、月曜日に試練その2を受けたと報告して来る。内容は肉球スティックを使い込んで、耐久度を0まで減らして持って来いとの事らしく。

 木曜日の今日まで、暇な時間にプーちゃんと弱い敵を殴って遊んでいるとの事だ。他にも、地下牢の見張りのネコ族は、マタタビがあればここを通してやるとか言って来ているらしく。

 ゲーム知識の入り込む余地の無かった会議は、しかし思い掛けない方向へと展開を見せた。しかも、沙耶ちゃんでさえ絶対良い案など出さないと決め込んでいた、優実ちゃんから。

 沙耶ちゃんは、既にバクちゃんの協力は取り付けてあると報告する。


「協力って、何の協力? ひょっとして、また変なオフ会の企画とか?」

「違うわよ、だからリン君の新しい武器を見つける事っ。次はバクちゃんの武器を見つける約束だったけど、リン君の武器が壊れちゃったから。先にそっちを処理しないと、ギルド的にも戦力ダウンだってバクちゃんも納得してくれたの」

「そうだねぇ、今までたくさんお世話になったから、今度は私達が返さないとだよねぇ?」


 優実ちゃんが、珍しくまともな言葉を発したと思ったら。慰めているつもりなのか、お弁当袋の中から、袋入りのお菓子を取り出して僕と沙耶ちゃんに分けてくれる。

 確かにそうだと、僕は自分の事だけを考えていた自分に赤面する思い。ギルドの事も、今は同じ位に考えないと駄目なのだ。例え僕に急務が無くっても、ギルド仲間の召集に役立たないキャラを持って行くなど言語道断だ。

 ロックスターは戻って来なくても、僕はその信頼まで失ってしまう訳には行かない。


「確かに僕が役立たずだと、みんなにも迷惑掛ける事になるよね。うん、お願いします。新しい武器を見つけるの、二人とも手伝ってくれたら嬉しいな」

「当然よ、仲間なんだから……その代わり、途中で絶対に諦めたり妥協したりはしないわよ?」

「えへへっ、頼りにされるって嬉しいよねっ♪ じゃあ、早速今日帰ってから頑張ろうっ!」


 そんな感じで、ギルド間の気勢だけは盛り上がったのだけど。無粋な邪魔が、何と生徒指導の先生から入ってしまって。呼び出されたのは僕で、その点は彼女達に申し訳なく思いつつ。

 内容は、実は大体分かっていて、それも不可抗力で言い訳は出来ていた。言い訳というより、事実を話せばお終いという程度の問題だ。この学校、成績発表の順位が極端に落ちると、生徒指導から呼び出しを食らうのだ。

 今回は間が空いたので、ギリギリ大丈夫かなと安堵していたのだけど。やはりトップからの陥落と言うのは、外野から見ても大問題だったらしい。

 こっちは全然気にしてないので、スルーしてくれれば良かったのに。


 とにかく、放課後の呼び出しと言う不名誉な行為を受けて、僕は進路相談室と書かれた扉を潜る事に。中には生徒指導の先生と、担任の須藤先生と言う若い男の先生が既に座っていた。

 こんな空気は、僕は当然だが好きではない。それでも何気ない風を装って、僕は先生達の前の椅子に腰を降ろした。何となく長くなりそうな雰囲気に、ややうんざりしながら。

 そんな予感を感じられるのは、知らずに身についた処世術だろうか。


「えぇ、池津凛君……中間テストの結果は、既に全部返って来ていると思うが。あと、進路希望の用紙も提出してくれたね? 今日はその事で、ちょっと話し合いたい事が」

「進路希望は用紙に記入した通りで、変更するつもりは今の所ありません。中間テストの結果についても、風邪をひいてしまった自分の不手際です。釈明の余地はありません」

「まぁ、そんな切り口上で述べなくても。風邪をひいていた事は知ってるし、それを責めるつもりはこちらには無いよ。ただ、大学に行くつもりが無いってのは、金銭的な事なのかなって」


 予感は大当たりだ。どうやら学校側としては、大学進学率の数字が欲しいとかそんな感じなのだろうか。小中高の一貫教育のクセに、そんな事にこだわるとは下らない。

 生徒指導の年配の先生は、さらに僕の癪に障る事に触れて来た。現在バイトを掛け持ちでしているとか、先週の試験中に早退したとか、中学時代に補導歴があるとか。

 僕はわざと丁寧な口調で、バイトは学校にちゃんと申請してやっていると弁明。中学の補導の件も、ただ単に夕食を外で取る事が多くて、それを同級生が指導の先生にチクッただけの事だ。

 家庭の事情で母親が不在なので、夜に仕事の終わった父親と食事して帰宅する事が多かったのだ。外食が駄目となったら、我が家の食生活は一気に破綻してしまう。

 全て教師や父兄の許可の元で行っている事、今更何の文句が?


「まぁまぁ、池津君の言っている事は、まさしく正論だ。しかし、解釈する方としては、そう言った生活のサイクルが、果たして高校生活に相応しいのかと疑問に思えてしまってね。今も夕食は、不特定の大人の人と取る事が多いそうだね、池津君?」


 僕は、時々自分が目立つ存在だと言う事を忘れてしまうのだが。目撃する方は忘れる事が無いようで、全く迷惑な話である。その人達は、全部父親の知り合いだと誤魔化す僕。

 トラブルの多い学校生活の、良きアドバイザー達であり、幾度も相談に乗ってくれていると口にすると。須藤先生は感銘を受けたようで、何度も頷いてくれる。

 若いだけに、須藤先生の方が話が分かるようだ。僕は畳み掛けるように、沙耶ちゃんのお母さんに言われた言葉を反芻する。上等な教育とは、導いてくれる人を見つける事から始まるのだ。

 今では僕も、全くの同意見だ。僕には父親もいれば、師匠だっている。


 先生は僕の持論を、とてもユニークだと賞賛してくれた。同学年の学生の中でも、既に目標を持って動き出している者などほとんど皆無に近いらしく。

 進路希望のアンケート用紙でも、似たり寄ったりの答えばかり出て来ていて。大学進学と言う皆と同じルートを拠り所にして、ヌルい今を過ごすよりも。

 もっと真剣に将来を考えるとか、真剣に今打ち込める物を模索するとか。そういう生徒が少ない事に、須藤先生も何となく危惧を覚えているらしく。

 最後には僕の事を応援しているとまで言ってくれた。

 

「バイトは別に、問題無いと言う事で良いですね、道場先生? 元々、社会に慣れると言う事で、学校側も推奨しているものですし。何かあったら、池津も先生に相談してくれよな?」

「はい、分かりました。でも、同級生が真剣に今を生きていないと言うのは、きっと先生の思い過ごしですよ。僕から見た限りでは、みんなそれなりに精一杯頑張って学生生活を送ってますよ」


 その言葉は、まぁ半分は本気で半分は擁護みたいな物。ゲームの中の話も混ざってるし、先生の目線ではとても生徒達の胸の内まで見通せないと言う皮肉も混ざっている。

 そんな本音は、口が裂けても言えないけれど。何とかばれずに済んで、僕はようやく無罪放免を勝ち取った。小言は幾つか食らったけれど、まぁ許容範囲だ。

 息苦しかった室内から解放され、伸びをした僕の視界には意外な人物が。


「あれっ、沙耶ちゃん……ひょっとして、待っててくれたの?」

「えっ、うん……まぁ、何か落ち込んでたらいけないと思って。優実が、どっか誘ってみろって」


 ちょっと照れた様子で、いつもと違う様子の沙耶ちゃんだけど。そう改まって言われると、僕も喜んで良いのか照れるべきなのか判断に困ってしまう。

 とりあえず二人で下校しながら、どこかに寄ろうかと話してみたりするけれど。なかなか良い場所が見付からず、結局は下校途中にある文化会館のオープンカフェに行く事に。

 僕も行きつけで、公園の景色も見渡せて落ち着いた雰囲気のお気に入りのカフェだ。ランチのほかにも、デザートも何種類か置いてあって、値段もお手頃なのも良い。

 いつに無く物静かな沙耶ちゃんは、向かいの席についた後も何となくモジモジ。


 そんなギルドマスターを見つめながら、僕はこの不思議な巡り合わせに思いを馳せていた。昔は恥ずかしながら、仲良くなったギルド仲間の中心で、活躍する自分を夢想したものだ。

 いつか同級生に誘われるかもと、そんな可能性を信じて頑張っていた中学時代。自由なイメージを求めて、選んだ風種族。その思いとは裏腹に、ゲーム内でも孤独だった日々。

 それでも少しずつ遊ぶ人が増えて、もちろんその中にはギルドに誘ってくれる人達もいた。それでもギルドに入らなかったのは、やはり内心では同年代の遊び友達を欲していたからだと思う。

 まさか女の子に口説かれて、ギルドの一員になるとは思いもしなかったけど。


 あの頃の僕は、しかしそんな思いとも無関係だったような気もする。ただリンを役に立つキャラに育て上げたくて、がむしゃらに頑張っていたのも確かな事実だ。

 誰かに必要にされたくて。それがその頃の僕の原動力だったのは間違いない。今はその根本の武器、ロックスターを失って、自分の存在価値を失ったとも言える状態なのだが。

 落ち込んでいないと言えば嘘になるが、一向に沙耶ちゃんは慰めの言葉を掛けて来ない。不審に思って声を掛けようとしたら、あんまり見つめて来るなと文句を言われた。

 考え込む間に、そんな風に彼女には見えていたらしく。真っ赤になって抗議する沙耶ちゃんには、ひたすら申し訳なかったと謝るしかない状況。

 何となくいつもと勝手が違うのは、優実ちゃんのいないせいかも。


「今日のインはどうしようか? 僕の方は子守りのバイトは無いけど、稲沢先生の都合はどうだったかな?」

「えっと……メルからも確か連絡あったけど、週末のレベル上げの件だったかな? バクちゃんの方は、今日は夜は平気だった筈」

「そっか、じゃあ夕方は無理だね。優実ちゃんが都合いいなら、僕らだけでも合同インする? それとも、もうちょっとゆっくりして行く?」


 沙耶ちゃんは、もうちょっとゆっくりしようと口にして、それからまたソワソワと周囲を気にする素振り。これは何か、優実ちゃんにそそのかされたのかも知れない。

 それ位は分かる程度には、彼女達の普段のやり取りは見慣れて来ている。大方、優実ちゃんに2人でデートでもしておいでとからかわれたのだろう。

 そんな事に思いが至ると、ちょっと僕も緊張して来た。


 それでも、2人して緊張していても始まらない。運ばれて来たコーヒーとデザートに手をつけながら、先程の進路指導室でのやり取りを正直に彼女に話してみると。

 彼女は案の定憤慨して、ようやくいつもの調子が戻って来た様子。こんな事を言ってはアレだけど、彼女はしんみりしているより怒ったり活動的な時の方が、数倍も魅力的だ。

 瞳の中に生まれる、僕が一番好ましく思う力強い炎の煌き。


「随分な話じゃないの、それってさ! ちょっと順位が落ちた位で、バイトの事とか外食の事とかにまで文句言われるなんてっ! リン君、ちゃんと風邪ひいてましたって言ったの?」

「言ったけど、中学の頃にも何度か注意されてたからね。繁華街を夜中にうろついてたって。僕は昔から身体が大きくて目立つから、思いのほか目撃されやすくって。父さんと夕食を食べてただけなんだけど」

「それをチクられるのって、本当にどうかしてるわっ! 意地の悪い連中もいたものね、どいつだろう……私が文句言ってあげようか?」


 それには及ばないと、僕は苦笑いしながら断りを入れつつ。予想以上の効果覿面なリアクションに、僕は面白くなって土曜日の夜の出来事も話す気に。

 他の老舗ギルドに、ロックスターの性能にいちゃもんをつけられていた事。そのギルドメンバーと、対戦フィールドで直接遣り合った事。そして最後には倒されてしまった顛末。

 沙耶ちゃんは食い入るように僕の話を聞いていたが、最後に倒された場面になると顔を真っ赤にして本気で悔しがった。レベル差があるので仕方ないと言う僕に、それでもリン君は負けちゃ駄目だと、真っ直ぐな瞳で訴えて来る。

 その必死な感情に、僕は思わずジンとなってしまった。


 僕は彼女に、それ程信頼されているのだと思うと不思議な気分になって来る。何となく照れながら、次は負けないと約束するような力強い口調で応じると。

 沙耶ちゃんもやっぱり照れた様子で、さっきの情景に逆戻りした感じ。それでも居心地の悪さを感じずに済むのは、ゲームを通じて話題には事欠かないせいだろうか。

 結局僕らは、1時間以上そんな穏やかで奇妙な時間を共有したのだった。





 ギルドメンバーが4人揃った夜のインでは、やっぱりギルドの方向性として、僕の新武器の取得を一番にとの話で落ち着いていた。優実ちゃんの提供した情報で、その方向も一応の目安が。

 要するに、再びネコ族の砦に赴く事になった一同。前回入手した獣の宝珠も、僕が使って良いと言う事になって。有り難いのだが、性能の不透明さには一抹の不安も。

 しかし、取得した獣魔法は《ビースト☆ステップ》という前衛向きのものだった。その点は運が良かったが、問題はそのスキル性能だろうか。どうやら、オートでの俊敏なステップ動作を行う魔法らしいのだが。

 上手に作動するならば、敵の攻撃はそれに任せて、自分は攻撃に集中出来るようになるかも知れないけど。勝手に動き回って、かえってそれに翻弄される可能性も。

 上手く馴染めば、僕の新たな武器になるかも知れない。


『マタタビがクエに必要だって言ってなかった、優実? ネコの砦で入手した種から、一応収穫出来たけど……1個でいいの、たくさん採れたけど』

『良く分かんない、ネコの門番さんに訊いて~。それより、えへへ、デートどうだった?』

『えっ、誰と誰がデートしたのっ? まさか、凛君と沙耶ちゃんっ?』


 ビックリした先生のコメントに、慌てて誤魔化す素振りの沙耶ちゃん。僕は敢えて何も言わず、競売で黙々と代用する片手棍を探していたり。

 女性陣の紛糾した語り合いは、なかなか治まりを見せず。僕は、何とか攻撃力のそこそこ高い武器を購入して集合場所に移動する。もっとも、ロックスターには到底及ばないけど。

 先生の追及は僕にも及んで来たけど、僕は優実ちゃんの計略だと言う事で誤魔化してしまう。実際その通りだったらしく、しかし優実ちゃんは全く悪びれた様子も無く。

 キューピット役だと、訳の分からないコメントを述べている。


 のっけから冷や汗をかいたコメントの応酬だったけど、進めるのは切実な問題の解決なので。気を引き締めるよと、やや覇気の無い沙耶ちゃんの叱咤激励に。

 取り敢えずイベントを進めてみると、優実ちゃんは貰ったマタタビを門番ネコにトレード。その隣の壁には、何故か駅前通りのペットショップ『マリモ』のポスターが。

 僕がそう告げると、クリックしてその動画広告を見始める一行。優実ちゃんまで見始めて、一体トレードの結果はどうなったのかと疑問に思うのだけど。

 通れるようになったよと、あっけらかんとした言葉。


『先に言いなさいっ、優実のおバカ! それじゃ、地下の牢屋に行けるようになったのね?』

『あっ、変なペットフード貰えたっ! これってプーちゃんにあげれるのかなっ?』

『ペットに使えるアイテムなら、僕の分もあげるから。優実ちゃん、ちゃんと案内してっ!』

『あっ、私だけが分かってるパターンなのかっ! えっと……ここにスイッチが』


 優実ちゃんの操作で、壁の扉が開錠する。重そうな壁が上へと持ち上げられ、薄気味の悪い細い通路が顔を出して。頼りない灯りが照らす道が、奥へと続いている。

 パーティがひとかたまりになって進むと、道はやがて下り階段に。不気味な様相の地下牢は、ようやく行き止まりの一つの牢屋に突き当たった。

 そこに閉じ込められていたのは、噂通りの犬族のボス。僕らはクリック出来るのだが相手は全く語り掛けて来てくれない。ここでも進行役は、ネコ耳族の同志の優実ちゃんのみ。

 どうやら姦計を持ちかけられているらしく、かなり戸惑ったコメントが。


『ふあっ、逃がしてくれたらこの囚人さん、いいモノくれるって! んっと、報酬は二択で……換金性の高いお宝の山か、犬族に伝わる武器の片手棍だって♪』

『やったっ、噂は本当だったんだねっ! でかしたわよ、優実!』

『でもでも、これってネコ族を裏切る事になるんじゃないのかな? ひょっとして出入り禁止とか、族長ネコさんに怒られる事態になるのでは?』


 やっぱり一人冷静な先生は、イベントを進めてしまった際のリスクまで言及して注意を促すのだが。優実ちゃんは、他にもクエ受けているし大丈夫と、よく分からない安心の請け負い方。

 その上勝手に、武器を貰うルートで話を進めてしまった様子。突然割り込んで来た強制動画では、解き放たれた犬族の満足そうな笑みがドアップに映し出され。

 巨体を揺らしながら、久々の自由を味わっている様子。


 ――このワシを躊躇無く逃がしてくれるとは、肝の据わった豪傑なのか、はたまた考え無しの阿呆なのか。とにかく気に入った、先程の約束は果たそう。

 この所業でネコ族の砦を追い出されたら、ワシの配下にでもしてやろうか。ワシはこの先、一族の建て直しに忙しくなるだろうからな。まぁ、そう慌てるな……報酬の件だが。

 実は約束の品だが、例の杖は古戦場で落としてしまった。アレには自衛作用が備わっておるから、今頃は自分で地下ダンジョンでも作って、ひっそりと身を隠している事だろう。

 ワシは犬族の神を召喚し、新たな戦場と武器と仲間を授かる事にする。負けのついた武器は縁起が悪いからな……アレは元々じゃじゃ馬だったからワシでさえ制御出来ない部分があった。

 これを持って行くがいい、少なくともいきなり拒絶はされないだろう。


 そう言って、犬族のボスは自分の犬歯の一本を無理矢理に抜き取った。そうしてそれを優実ちゃんに渡したらしく、間をおかずにその場を立ち去りに掛かる。

 何とも豪快な話だと思いつつ、この後ダンジョン攻略が待っているのかと、ちょっとうんざりしてみたり。どうやら再び、この話は連続クエの様相を呈して来た様子。

 優実ちゃんが貰ったアイテムは、石の牙という名前らしい。取り敢えず次のダンジョンを攻略すれば新武器ゲットだと、みんな燃え始めているのだけれど。

 地下牢を出た途端、案の定ネコ耳族に囚われて反逆者扱いの僕ら。


『えええっ、何で何で~~っ!?』

『いや、当然だと思うけど……捕えられていた敵のボスを逃がしちゃったんだから』

『そうよねぇ……うわっ、ネコ族の長ってば、かなりお怒りの表情だわっ! 追放くらいで済めばいいけどなぁ』

『良くないっ~~! 私はクエ受けてるのに~~っ! ゴメンなさい~~!』


 ネコ族の長は、お怒りモードで優実ちゃんを散々こってり絞った後で。強い武器の入手のために裏切ったとの理由には、何故か理解を示してくれた様子。

 これが富の為だったら、一体どんな目に合っていたか。さすがに獣人の砦、掟には誰よりも強くあれと言う絶対的なモノが存在するらしい。しかし、仲間を裏切るなかれと言う掟もある訳で。

 言い渡された刑罰は、一時的な砦への立ち入り禁止。


 それを解くには、砦の周辺にたむろする危険な生物の駆除が条件らしい。どうやらネコ族、敵対する部族が随分と減った為に、新たに集落を増築する心積もりらしく。

 そのための下働きをしろとの事なのだが、皆で話し合った結果、今日は杖取りに向かう事に。せっかく砦内でも買い物が出来るようになったのに、出禁とは何とも悲しい事だが。

 早く解除したい気持ちはあるけど、武器の入手が優先事項との一致した意見。


『ほあっ、地図見てっ? ネコ族の集落予定地って書き込みが増えてるっ!』

『あっ、本当だ……この線に囲まれた範囲内の敵を殲滅すればいいのかな? まぁ、今日は犬族の杖のダンジョンだけど』

『その場所も地図見て分かるかな、リン君? 私の地図は、ちょっと小さい仕様だから分かんないや。種族特性の違いだと思うけど』


 そういう事も出て来るのが、このゲームの変な所。僕の地図では、右の端っこに辛うじて神獣の森の古戦場跡地が示されている。ボス犬の倒された場所と言えば、恐らくここだろう。

 移動は結構大変で、森の中では敵との遭遇も回避しにくくて何度か戦闘に。先生のレーダーも昼間では役立たず、僕のレーダーは広いけど大雑把。

 敵の接近については、炎種族が一番確実に捕らえる事が可能らしいけど。パーティにいない種族だと嘆いても、状況の打開にはなり得ないのは確か。

 それでも10分も進めば、懐かしのあの広場に辿り着き。みんなでダンジョンの入り口を探すのだが、どうやら石の牙持ちの優実ちゃんにしか探し当てる事が不可能の仕様だったよう。

 突然、広場の中心に大きな扉が出現して、皆にウエルカム的な波動を送って来る。


 こちらの用意は、万事整っている。ダンジョンに潜るとは思っていなかったが、薬品などのストックは充分持参してある。声を掛け合っていざ入ってみると、中の特徴に怯む一行。

 古戦場跡地のダンジョンらしく、出て来るモンスターは動物の死霊系ばかり。壁や床も同じく、骨同士が組み合わさった危なっかしい敷地が広がっている。

 下方の地肌には赤い川が流れていて、かなりの確率でダメージを受けるか死んでしまうかの仕組みっぽい。剥き出しの土の壁面には、大きな生物だったモノの化石が。

 飛び石のように岩が続いていて、骨の吊り橋が通路を形成している。


『嫌だなぁ、こんな雰囲気のダンジョンは……ゾンビとか、そんな敵ばっかりじゃんかっ!』

『地形も複雑だしねぇ。落ちたらこれ、お終いな感じがするねぇ?』

『でも、下の岩の上に宝箱が見えるね……どうやってあそこまで行くんだろう?』


 僕の問い掛けに、皆が頭を寄せ合って解答を模索するのだけど。あちこちに視線を飛ばしながら、道が繋がっているんじゃないかとの確認作業を行なってみるが。

 残念ながら実らずに、出て来る敵を倒して宝箱の上を通過。落っこちて見ようかと、乱暴な意見も沙耶ちゃんから出たのだが。死んでしまっては元も子もない、突き当たりまで捜索は続く。

 その内、炎種族なら平気だとか、土種族の壁歩きを使うのだとの意見が出る始末。

 

 種族スキルあっての仕掛けと言うのも、まぁあるかも知れないけど。残念ながら、どちらの種族もパーティには不在である。僕らは出て来る敵を退治しながら、なかなか視界から消えて無くならない宝箱に、飢えた視線を送り続けるのみ。

 その内先生が、壁に隠されたスイッチがあるを発見した。ぞろぞろと皆で近寄って、押すか押さないかの討論に発展する。押してしまった結果、この厄介な構造のダンジョンがもっと厄介になるのは嫌ではあるが。

 しかし、何かしら攻略のヒントがもたらされるかも。


『取り敢えずは、発動させてみないと分からないもんねっ! じぁあ、押すよ?』

『えっ、今までの話し合いは何だったの? まぁ、確かに押してみないと効果は分からないもんねぇ……仕方ないかっ』

『敵も大体片付いたみたいだし、危険度は少なくなってると思うよ。無視するのも勿体無いし、取る方向で行ってみようか?』

『了解~っ、どうぞっ!』


 みんなの了承を得て、沙耶ちゃんが壁のスイッチを押すと。仕掛けが作動して、壁から次々と突き出て来る骨の段差。階段のような形状を作り出すのだが、何故か下まで届いていない。

 それと同時に、僕らのいるフロアに、ちょっと大き目の骸骨モンスターが放出される。大剣を持っていて、頭蓋骨には角が突き出ている。何の慣れの果てかは知らないが、雑魚よりは強そう。

 そいつには尖った尻尾もついており、もちろん骨のみだが、それが特殊能力で嫌な機能を発揮して来る。巻き付いて動きを封じて来たり、突き刺して来たり。

 盾役の先生はいい迷惑だったけど、何とか魔法の追い込みで撃破に成功。


 骨系は、銃や剣での攻撃が効き難くて嫌になるのだが。片手棍などの殴打での攻撃が、実は一番効果が高いのだ。そういう意味でも、二刀流の武器の使い分けは意味があるのだけれど。

 今はダメージが大きく後退した、間に合わせの武器にすがっている状態である。このダンジョンで、何とか良品に巡り合いたい思いは、だからとても強かったりする。

 そう都合よく行くかは、未だ不明だが。何より、ここの仕掛けがまだ解けていない。


 それでも中ボスらしき尻尾付きの骸骨を倒した後に、一行は端っこに新たにスイッチを発見。どうやら、こうやって壁際の階段を作っていく仕様のようだ。

 スイッチを押すと、これで半分以上が完成した。次に出現した敵は、かなり大きな巨人のゾンビ。古戦場では、こんな奴もかつては活躍していたらしい。

 光魔法が格段によく効く敵だけあって、後衛の優実ちゃんも張り切っている。最初はダンジョンの雰囲気が嫌だと、散々文句を言っていたのだが。僕の《連携》に合わせての魔法ダメージには、完全に悦に浸っているよう。

 そんな優実ちゃんの活躍もあって、推定中ボス2匹目も撃破。


『う~っ、こんなにダメージ出せるのは快感だぁ~♪ もう敵いないかなっ?』

『今のフロアには、もういなくなったかな? 出来た階段使って、ここを降りないと次のフロアに行けない感じかな?』

『そうだね、ここは突き当りまで探索し終わってるから、やっぱり次は下だねぇ』


 そんな訳で、僕らは壁際に出来た段差を利用して下のフロアへ。赤い川はどうやらマグマのようだが、そこまで酷いダメージでも無いのかも知れない。

 確認のために入りたいとも思わず、それを避けて僕らはようやく念願の宝箱の前へ。辿り着いてしまうと、壁際の下には新たなフロアが拡がりを見せている。

 敵の数もチラホラ、奥に続く洞窟も数本発見。


 宝箱からは、かなり有名なレア合成素材がドロップ。接着素材の一種で、流形金属素材で超高価である。僕はアレッと思いつつ、何故このダンジョンで出たのかと訝ってみるのだが。

 下のフロアの洞窟の大半は、突き当たりになっていて大抵は中ボスか宝箱に出会う設計になっていた。中ボスからは高級薬品や、闇の術書や水晶球などがドロップ。

 宝箱には、呪われた防具や命のロウソクなどの高価アイテムが。命のロウソクは、使用者のHPを永続的に数パーセント引き上げてくれる有り難い消耗品だ。

 売りに出せば軽く40万以上するが、みんな自分達で使ってしまうようだ。


『わっ、こんなアイテム初めて見たよっ! これは売った方がいいの、前衛の人が使う?』

『パーティ的には、盾役の先生が使うのが一番いいのかな? 盾役のHPは、高いに越した事は無いからね』

『えっ、使っていいのっ? うわ~っ、私も使うの初めてだ~、有り難う~♪』


 先生は一気にテンションが上がったようで、それは何よりなのだけど。肝心な武器の居所が分からないまま、ダンジョン内でもうすぐ1時間半が経過しそう。

 それでも下のフロアの地図も、もうすぐ全部埋まりそうな勢い。残ったのは、一番長い洞窟の突き当たりの場所のみ。当然ラスボスが予想され、僕らは最終戦闘に向けて気を引き締める。

 そこに待っていたのは、何とドラゴンゾンビ。


 死霊モンスターの中でも、かなり厄介なタイプには間違いない。防護力こそ低いが、パワーと体力は侮れない。魔法こそ使って来ないが、呪いやブレス能力がそれを補って余りある。

 その最終ボスの向こうには、やや高い場所に突き刺さったいわくありげな片手棍が。ようやく巡り合えた目的の品に、僕らの気勢もいよいよ高まって行く。

 ポケットに聖水を補充してから、早速の戦闘スタート。


 初っ端からの、暗黒ブレス攻撃に怯んでいる暇は無い。敵の死角に滑り込むように陣取って、僕は死に物狂いでドラゴンゾンビのHPを削りに掛かる。

 ここでも際立って活躍したのは、優実ちゃんの攻撃光魔法だった。僕の《連携》に合わせて、ガリガリとゾンビの体力を減らして行く。盾役のバク先生は、ゾンビの呪いやブレス攻撃にかなりてこずっている様子。

 何より、呪い状態のペット達の反乱は一見の価値はあったかも?


『わっ、ペット達が裏切ってるよ? そんなに痛くは無いけど、私が標的にされてるっ、助けて!』

『ふわっ、本当だっ! ゴメンねバクちゃん、今呪い解くねっ?』

『私の雪之丈のも解除お願い……って、わわわっ、敵が骸骨召喚したっ!』


 沙耶ちゃんの言葉通り、ドラゴンゾンビのHP半減の特殊技は炎をまとった骸骨の召喚だった。それも2体同時で、戦況は一気にひっくり返ってしまう。

 後衛が襲われて、呪い解除どころの騒ぎではない。僕は思わず引き返して、1匹のタゲを取って殲滅に掛かるのだけど。もう1匹を受け持つ筈のプーちゃんが、反抗期で戻って来ない!

 優実ちゃんは、真っ先に骸骨に狙われていてパニックを起こしている。そんな中、防御魔法を掛け終わった沙耶ちゃんが、果敢にも魔法でのタゲ取りに成功。

 氷系の呪文の効きはいまいちだが、それでも魔法連発で果敢に敵を翻弄する。それから《アイスウォール》で敵との間に防御壁を形勢。後衛の相棒に落ち着きなさいと指示を飛ばす。

 優実ちゃんは部屋の入り口で、ようやく追い掛ける敵がいない事を確認。


 僕も《ヘキサストライク》の連発で、とにかく一刻も早く数減らしをしようと奮戦するけど。SPにも限りがあるし、召喚された骸骨もこれでなかなか強敵である。

 とにかく戻って来た優実ちゃんが、ペットの呪いを解いた後に魔法で削りに参加して。これも戻って来たプーちゃんが、沙耶ちゃん前の骸骨を殴り始めるも。

 残念ながら、タゲは当分動きそうも無い感じ。


 その内骸骨の特殊技で、沙耶ちゃんの方もピンチに陥ってしまう破目に。雪之丈を呼び戻した時にはもう遅い。骸骨の曲刀で、何と息の根を止められてしまった。

 そこまで計算済みだったのか、《危険交換》で瞬時に離れた場所に復活する沙耶ちゃん。

 

 沙耶ちゃんは、完全にしてやったりのコメントを披露。次に骸骨が的に選んだのは、こちらの思惑通りのプーちゃん。お陰で後衛の二人は、僕の前の敵に集中して攻撃出来る。

 思いっきり裏技だけど、これはこれでアリだろうか。とにかくそんな流れから、召喚骸骨を1匹2匹と倒して行って。孤軍奮闘していた先生に、ようやく救いの手を差し伸べる事に成功。

 その後何とか押し切る形で、手強い死霊のボスは骸に逆戻り。白熱した闘いだったけど、何とか勝利出来て何よりだった。ボスのドロップも、かなりの高級品ぞろい。

 再度の呪い装備や、闇の術書や金のメダルなどなど。


 皆で喜び合いながら、僕は闇の刻印の鉱石のドロップにニンマリ。これが数えただけで3つも出ていて、闇属性スキルの付与した装備が3つも作れる計算だ。

 自分と先生用に作っても良いし、最近は装備を注文される事も多いので、そちらに廻しても良いだろう。何と、つなぎの流形金属素材も再びドロップして、これだけでも一財産だ。

 ただ、再び先程の懸念が僕の脳裏をよぎって来た。ひょっとして、そこにある新しい片手棍と言うのは、不完全な形で入手する事になるって意味なのではなかろうか?

 犬族のボスは、何と言ってたっけ……この片手棍はじゃじゃ馬で、犬族の長でさえその性能を引き出せていなかったとか何とか。不完全で制御が難しい武器、一体どんな?

 ドロップの確認をしている僕を尻目に、それに近付いて行く優美ちゃん。


『コレも取っていいのかな、リン君が取る? それとも、やっぱり私じゃないと駄目なパターン?』

『優実ちゃんが取っていいよ。あと、石の牙ってアイテムもちょっと気になるな……取れたら一緒に渡して貰っていい?』

『分かった~っ、ちょっと待っててね♪』


 そう言って、優実ちゃんは奥の片手棍を無事回収して。僕にボス犬の牙と一緒に渡してくれる。これが、僕と新しい武器『ハウンドファング』との最初の出会いだった。

 性能を一目見た感想は、パッとしない感じで今持っている武器と左程変わらない位だ。全体的に赤い色付きで、前の武器のロックスターよりは細身でシャープな印象を受ける。

 形状的には先っぽが半円に湾曲していて、そこに窪みが3つほど空いているのが気に掛かる。まるで不完全さを示すようで、例えればシリンダーの無い拳銃のような印象か。

 だけども僕には、何故か確信があった。コイツの伸びしろは、確かに存在すると――





 その日も雨降り。金曜日の放課後に、僕は通学路の大きな歩道を歩いていた。隣には派手な色合いの傘を差したメル。ご機嫌に雨の中、水溜まりに文句を言いながら僕について来る。

 今日は子守りのバイトの日、そのついでに二人の送迎をする事になっている。姉妹の母親も病み上がりなので、あまり無理をさせたくないと言う気遣いも。

 そんな訳で、二人で保育園のサミィのお迎えに。こちらもご機嫌な笑顔で、僕らの仲間入りを果たすサミィ。彼女の雨具も派手な上、カッパと傘の二段構えだ。

 雨足はそんなに強くはないけど、子供は転んだりとか大変だしね。


「サミィ、カバンは持ってる? 忘れ物は無い?」

「あるよ? この中に入れてもらった!」

「カッパの中? うん、あるみたいリンリン。サミィはカッパ着てるから、私の傘に入りなさい」


 メルがお姉さんっぽく、サミィと手を繋いで気遣いを見せる。二人とも、母親が家に戻って来てからは、精神的にも落ち着きを取り戻した様子で何よりだ。

 僕の言う事もすんなりと良く聞くようになったし、何より明るくなった。最近の梅雨の雨降りも気にならないようで、元気に歩きながら雨降りの歌など歌い始めている。

 僕はと言えば、自転車での通学が不可能になって翼がもがれたような不自由さの中。師匠の家にお邪魔するにも、雨の中の小山越えは結構大変なのだ。

 早く梅雨明けして欲しいと、僕の切なる願い。


 ママただ今と、玄関を開けての姉妹の元気な挨拶が響き渡る。僕はサミィの雨カッパを脱がしてあげながら、服が濡れていないかを厳しくチェック。

 子供は不意に体調を崩したりするので、体の冷えとか要注意なのだ。うがいしてねとの僕の言葉には、姉妹揃っての元気な返事。ここら辺は、以前と変化は無い遣り取り。

 家のリビングから姉妹のお母さんも顔を出して、その様子を笑顔で眺めている。おやつの用意はしてあるよと、優しい口調で子供たちを出迎えてくれる。

 小百合さんと言う名前で、退院仕立てでまだ少しやつれた感じを受けるけど。


 僕もそれなりに気遣っていて、代わりに買い物に行ったり家の中の力仕事を引き受けたり。さすがに心のケアまでは出来ないが、その他の負荷は担ってあげたい。

 姉妹の面倒を見ると言うバイトも、まぁ小百合さんが家の中にいると言うだけで以前と変わらない感じだ。メルはさっさと宿題を済ませてしまうタイプだし、その間のサミィの世話をしないで良い分、前よりはかどる位だ。

 お陰で最近は、二人で堂々とゲームもイン出来たりして。


「メルも最近は、ピアノ上手になってるね。僕の来ない日も、鍵盤触ってるみたいだね?」

「うん、ママが聴かせてくれっていうからね~♪ 他の曲も今度教えてね、リンリン!」

「今からでもいいよ、大体何でゲーム始めちゃったんだろ? ひょっとしてサミィが寝付くと、自然とネットを繋いじゃう癖がついてる?」


 メルはケタケタと笑いつつ、それでもログアウトはしそうにも無い。母親に淹れて貰ったホットミルクを口に運びながら、僕の新しく入手した片手棍の性能を眺めている。

 全然パッとしない性能に、メルはがっかりした表情だったけど。僕も同様で、実は昨日の夜から悩みっ放しだったのだ。強化合成しようとして、その度に何度も行き詰まってしまって。強化合成はセンスが必要と前に言ったけど。

 今はセンスが枯渇しているのか、素材が足りないのかのどちらかみたい。


 強化合成は、専用の合成装置を必要とするのだけど。僕の使っているのは、実は師匠のお下がりで性能はまぁまぁと言った所。こいつは素材の掛け合わせの成功率とか、出来上がりの性能予想数値などを教えてくれるのだ。

 これが無いと、本当に素材が幾らあっても足りなくなってしまう。行き当たりばったりで合成してしまって、レアな素材を失うような顛末を回避してくれるのだ。

 ただし、もっと良い物になると、足りない素材を名指しで教えてくれたりするらしい。出来上がりの性能表示も、かなり正確になったりと恩恵は高かったりするらしいのだが。

 無いものねだりをしても始まらない。つまり僕の悩みとは、入手した片手棍と石の牙を掛け合わせても、果たしてそれで満足いくのかと言う問題だった。

 確かに攻撃力は跳ね上がるが、機械も材料不足と知らせて来るのだ。


「合成したら、多少は強くなるんだけどね。そうだ、情報屋で訊いてみようかな? あっ、ついでにメルの幸運の蹄ちょっと貸して。代わりに、最近入手した壁紙で部屋の模様替えしてあげる」

「いいけど、何で蹄が必要なの? 情報屋さんって、そんなのあったっけ?」

「中央塔のギャンブル場の奥にね、闇市の招待状あれば入れるんだ。アイテム鑑定からキーワードを拾って行くと、色々と知りたい事が分かる仕組みかな? 他にも幸運アイテムあるなら、どこで取れるか知りたくない? 例えば、経験値をちょっと多めに貰えたりするアイテムとか」


 そんな素晴らしいアイテムが、現実にあるらしいとの噂もチラホラあるのは確か。僕はそれが、幸運のアイテム関係では無いかと推測しているのだけど。

 つい最近、情報屋の存在を知った僕は、それこそ情報売買が出来るほどキーワードを集めまくっていたのだった。その内にギルドの役に立つかもだし、金策にも好都合だしね。

 メルからアイテムを預かって、僕は彼女の隠れ家にお邪魔する。壁紙交換などは、ほんの数分あれば可能な筈。僕はネコ族の砦で入手した壁紙を、手下の小人に張り替えさせる。

 実際に数分後には、隠れ家の室内の印象はかなり明るくファンシーに変わったみたい。メルはこれを気に入った様子で、喜んで貰えて僕としても何よりだ。

 僕は一人で情報屋に出向きつつ、メルと会話を続ける。


「最近は、ハンスさんのギルドはどんな活動してるの? 相変わらず、集まりはあんまり良くないらしいけど」

「週末くらいかなぁ、6人以上のメンバーが集まるのは。ミスケもジョーも、最近は週末くらいだよ。だからボクの最近始めた友達の、お手伝いとかして貰ってるかな?」

「あぁ、いっこ上の女の子と、そのお兄さんだっけ? 小学4年生と6年生?」

「そうだよ、リンリンも合った事ある筈だよ、家が近所だし良く遊ぶ兄妹だしっ♪」


 メルは交友関係が広いので、そう言われてもいまいちピンと来ないけど。取り敢えずキーワードは集め終わって、僕は元いた尽藻エリアの隠れ家に舞い戻る。

 それからメルにアイテムを返して、ログに残ったキーワードの情報をノートに書き写す。メルの悪戯書きも加わって、ちょっと変な仕様の情報ノートになってるけど。

 授業のノートでは無いので、全然そんな事は構わない。それより今日も、結構な情報の収穫だった。ほとんど聞いた事の無いワードも、多少混じっているけど。

 何だろうか、本当に聞いた事の無い言葉が。


「何だろう、コレ……? 幸運の尻尾ってのは、幸運アイテムの情報らしいけど。属性武器って、そんなのあったっけ?」

「ん~っ、聞いた事無いかなぁ? 属性装備の間違いじゃないの、それってば? 第一、武器に属性が付いちゃったら、耐久度の修理で取り外せないじゃん。壊れちゃうよっ」


 確かにメルの言う通りだ。属性スキル+の武器が存在しないのは、武器は基本的に消耗品で、スロットから頻繁に取り外して修理する必要性が出て来るからに他ならない。

 装備はそんな手間はまず掛からない、死亡しての破損が無い限りは。だから、属性装備と言う言葉は生まれているが、属性武器と言うのは一般的に出回っていない。

 だが、僕の新しい片手棍を鑑定して貰った際のキーワードには、しっかりと属性武器の言葉が出て来ている。他にも素材の品だろうか、風の牙とか土の牙とか。

 一体どこで入手出来るのだろう。このアイテムは、恐らく足りないパーツだ。


 そんな感じで、僕がメルとゲームの中で遊んでいると。僕のキャラに突然通信が入って来て、その相手は意外にもこの前の花屋の領主さんだった。

 メルも知り合いの小学生と、楽しそうにログ通信しているので。僕は気楽に、何事かとお伺いを立ててみるのだけど。向こうは割と、切羽詰った申し訳無さそうな口調で。

 どうやら、前回のお手伝いで僕の大切な武器が壊れた事を、誰かに聞いて知ってしまったらしく。そんな事になるとは申し訳無いと、ひたすら謝罪を述べて来る。

 神田さんのせいではないし、僕は平気だと口にするのだけど。


 それじゃあこちらの気が済まないからと、リアルにご飯を奢るかゲーム内でそれなりの弁償をしたいと申し出る領主さん。今は時間があるらしく、領地にも招いてくれて。

 メルにそう言うと、友達を連れて遊びに行くとの即答が返って来た。前回の訪問では夜中だったしクエ前だったので、あまり建物内を見て回れなかったらしいのだ。

 神田さんは、突然の来訪者の増加にも笑顔で応じてくれて。メル達小学生チームは、見慣れない豪華な建物へと招待されて、この上なく大喜びな様子。

 僕も2度目とは言え、見所はまだまだ多い建築物には違いなく。


『すごいね~っ、ポイント貯めたらこんなのも貰えるんだよっ! ボクも欲しいなっ!』

『本当に凄い~っ! でも私達は、まだまだ初心者だもんね~っ。新エリアに来たのも、本当にこの前が最初だったし』

『最近はレベル上げも楽になってるって話だし、上級者とも気楽に遊べるシステムも充実して来ているよね。僕は週末は逆に仕事があるけど、平日は時間が取れるようになったから。良かったら、今度冒険に誘って頂戴ね』


 神田さんの気さくな口調に、子供達も元気に返事をして。その勢いのまま、あちこち見て回る元気なキャラクター達。内装の豪華さだけでも、確かに見る価値はあるけど。

 神田さんにはさらに自慢の場所があるらしく、僕らを中庭へと案内してくれる。そこに咲き誇る花の豪華さは、花屋さんならではの視点で整備されているのだろうか。

 外れにはちょっとした森のような植え込みや、ガーデニングに適したような自作庭園もあったりして。こちらは自分で選んだ種を植えての、収穫物目的の栽培が可能らしいのだが。

 何か動くモノを見つけて、メルがアレは何なのと質問して来る。


『庭の畑で変なのが動いてるけど、アレは何? 植物モンスターっぽく見えるけど、そんな物まで育ててるの、領主さん? 』

『えっ、そんな筈は無いけど……うわっ、本当だっ! あそこは確か、領民の献上品の種を植えた場所だったような……』

『近付いたら危ないよっ、結構いっぱいいますね……これって、やっぱり一連のイベントになっているんじゃ、ホスタさん?』


 悪い方向に疑う僕だが、メルとその友達はそうではない様子。リズミカルな植物の若葉の誘うような動きに、楽しそうに近付いて行く。もっと見ようと、ひたすら無邪気に。

 その瞬間、庭園に険悪な動きが。


 若葉が土からせり上がって、その下には白いタコのような変な形状のモンスターが。頭にはしっかり若葉が生えていて、触手の部分は蔦なのか根っこなのか。

 それが数匹出現して、庭園は一転して戦場に。慌てて駆けつけようとする僕らだったが、その前にレベルの低い小学生コンビはあっという間に倒されてしまった。

 続いてメルも、3匹の植物モンスターにたかられて昇天。隣でエキサイトする少女を、何とか宥めつつも。これで戦闘する理由は無くなったけど、向こうは見逃してくれない様子。

 僕と領主のホスタさんで、合計7匹の敵と対峙するのだが。


 これが意外に強くて、しかも特殊能力が洒落にならない植物モンスター。地面からのバインド効果の蔦絡みで、こちらのステップを容赦無く潰されてしまって。

 僕も領主さんも大苦戦、通常攻撃はさほど痛くは無いのだが、何しろ数が多いのだ。慌てて接敵してしまったので、今のリンにはろくな強化魔法も掛かっていないし。

 それでも隣からのリンリン頑張れコールを、多少は粘りへと変換しつつ。しかし特殊技の蔦のドリル突きに大きくHPを削られては、もう成す術が無い感じである。

 何しろ、敵を足止めして距離を取ろうにも、こちらが既に足止めされているのだ。


 そんな訳で、後半には《風神》の効果で多少粘るも、まず僕が白い蔦モンスターに絡み取られてお終い。次いで、領主さんが僕の前の敵にまで殴り掛かられて終了の運びに。何とも切ない、領地見学になってしまった。

 ひたすら謝る領主のホスタさんだったが、小学生コンビは全く気にしていない様子。レベルが低いので、死んだ時のダメージも低い上に、慣れている感じである。

 そう言えば、最初はとにかくどこへ行っても死にまくっていたっけと、僕も納得してしまうけど。僕とメルはと言えば、メルの友達が気にしてないのならオッケーだと気にしない事に。

 ひたすら恐縮する、やっぱり大人な対応のホスタさん。


 明日暇なら、お昼を奢らせて下さいと謝罪混じりのコメントだけど。そんなに気にしないでと言うしかなく、それでも沙耶姉ちゃん達にも訊いてみようと、メルは前回の昼食会が気に入った模様。

 そんな感じで、メルとの合同インは変な形で終了したのだった。




 その土曜日は、のっけからハイペースで事が進んでいた。表向きはオフ会なのだが、一応は花屋の領主さん、神田さんが謝罪を込めて開いた昼食パーティである筈。

 メルが昨日の友達二人を呼んだので、とにかく子供の声が一際賑やかである。サミィも歳の近い子供がいるので、今日は遠慮なくはしゃいでいる感じ。

 前回と同じく、お座敷での昼食会なので、とにかくハイテンション。


 メルのご近所さんは、確かに僕も見た事があった。向井田という苗字で、お兄ちゃんは割としっかりした性格のよう。妹さんはメルと仲良しだけあって、かなりお転婆に見えてしまう。

 はしゃぎ回る子供達を、僕はとにかく着席させて。こういう場合はメルさえ抑えれば、友達もサミィも大人しくなるのだ。お兄ちゃんも妹を嗜めて、ようやく場は落ち着いて来た。そこで進行を、ようやく神田さんにバトンタッチするのだけど。

 何だか、神田さんの様子がおかしい。

 

 隣に座る稲沢先生と、束の間談笑していた感じなのだが。たったそれだけで、何やら骨抜きになってしまった感じ。女性に弱いと言うよりも、どうやら先生に一目惚れでもしたのか。

 僕は始まりの言葉を下さいと、とにかく司会を務めようと頑張る。


「えっ、あぁ……そうだねっ。ええと、皆さん初めまして。ネット内では、ちょくちょくお世話を掛けてます、ホスタこと神田操かんだみさおと申します。旧住宅の麓の花屋を経営してまして、顔見知りの方もいるとは思いますけど……領地の問題で、とにかく色んな方に迷惑を掛けまして。そのお詫びにと、今日は昼食会を開かせて頂きました。皆さん、食事の注文は遠慮せずに!」


 パチパチと拍手が巻き起こり、そこからは無礼講へ。食事が来るまでは簡単な自己紹介をしたり、ネット内のキャラ報告をしたり。向井田兄妹は始めて半年、レベルはやっと40程度らしい。

 それでもメルやハンスさんのお手伝いのお陰で、新エリアの資格取得までは進んでいるらしく。将来は、近い年代でギルドを作るのだと息巻いている。

 始めたばかりで初々しくて、思わず頑張れと応援したくなる子供達だ。


 その点、端っこで話し合ってる大人は、妙なムードだったり。相変わらず愚痴っぽい語りに突入しているらしい先生に、神田さんは優しく頷きながら話を合わせている感じ。

 上手く行きそうなのか、ただの大人の対応なのか。神田さんは30代の優しそうな印象で、いかにも花屋さんと言った感じの中性的な容姿である。二人並んだ姿を見るに、似合っていないとも言い切れないという曖昧な表現しか出て来ないけど。

 その内に料理が運ばれて来て、僕はサミィの面倒に掛かり切りに。


 食事会の団欒は、メル達子供組と先生と神田さんの大人組、その真ん中で両方の相手をする沙耶ちゃん達という構図に。僕は大人組とは対角線に座っている為、何を話しているのか皆目見当もつかない。

 それでも食事が一段落つくと、先生が沙耶ちゃん達の方に移動してデザートの相談を始める。どうやらその為だけに、メインの料理を控えていたようだ。

 メル達もまじえて、向こうは物凄い盛り上がりよう。


 その隙にと言う訳では無いのだろうけど、神田さんも僕の方に席を移動して来て。盛り上がってる女性陣を眺めながらも、軽く会釈して話を始める。

 最初は僕の武器が壊れた事への謝罪とか、巻き込んでキャラを死なせてしまった事へのお詫びとか。全然気にしていないと言葉を返しつつ、僕は領主のシステム的な事を質問する。

 ソロで領主を取得した事についても、前から不思議に思っていたのだけど。


「ああ、その事はちょっとした誤解と言うか。本当は、僕もギルドみたいな事をしてたんだよ。親しい人と3人くらいで遊んでて、ミッションポイント集めて何かしようって。それで領主になった途端に、2人が時間差で引退しちゃって。一人は仕事の都合で、もう一人は家庭の都合で」

「へぇ、そうだったんですか、変だとは思ってたけど。領地とか、一人で使うには広過ぎますもんね。それより昨日は、お仕事休みだったんですか?」

「いや、つい最近親戚がお店の手伝いをしてくれるようになってね。これから少しずつ、時間が取れそうな感じで僕も嬉しいんだけど。店の休みは水曜日だよ」


 それから神田さんは、領地運営の大変さとか、ついて来る重荷とかを切々と語り始め。自分はただ、館の自作庭園を立派にするのが夢だったのにと愚痴模様。

 たった一人での運営など、全く考えてもいなかったらしく。広過ぎるし問題も度々起こる領主役など、本当は投げ打ってしまいたいとまで言って来る。

 手伝える事があれば言って下さいとフォローする僕だけど、何度も迷惑を掛ける訳には行かないと、向こうも責任を感じている様子。それから稲沢先生を見て、一つため息をついてみたり。

 何かあるのかと言葉を待ってみたけど、神田さんは物憂げな表情のまま。


「あの……稲沢先生が何か? さっきまで色々と、話し合ってたみたいですけど」

「いやぁ、あんな女性に館の運営を手伝って貰えたらなって……花が好きな人で、優しくて。えっと、池津君は先生とは親しいんだっけ?」


 僕は中学時代のテニスの恩師だと告げて、その頃の事や最近の出会いまでを簡単に解説する。100年クエストを攻略するギルドを最近作って、それに先生も加わって貰えたのだと、僕らの活動もさり気なく告知してみたり。

 神田さんの領地に連続して起こった問題も、僕は100年クエスト関連なのではないかと告げてみると。神田さんも納得して、少し考え込む素振り。

 その僕らの隣では、沙耶ちゃん達が追加デザートのオーダーを通している。


「リン君と神田さん、飲み物はコーヒーでいいですか? デザートは、みんなの注文したの、適当に一緒につまめばいいでしょ?」

「リンの食べるのは、サミィのあげるね? いつも一緒に食べるもんね?」

「有り難う、サミィ。何頼んだの?」


 神田さんとの会話は途切れてしまったけど、それはまぁ仕方が無い。再びサミィが膝の上によじ登って来ては、これ以上真面目な話を続けられる雰囲気でもなく。

 今度は隣に優実ちゃんが来て、サミィと一緒に好きなおやつの話を賑やかに始めるのだが。神田さんの方を見ると、先生と沙耶ちゃんを交えて何やら熱心に語り合っているような。

 神田さんの頬は紅潮しており、先生と沙耶ちゃんは呆気に取られている感じ。もしや早くも告白したのかと、僕は要らぬ気を回してしまうのだけれど。

 告白は告白でも、愛のそれとは違ったようで。


「リン君、神田さんが私達のギルドに入りたいけどどうかって! 仲間集めしてる時だし、領地の館も使っていいそうだし、私達は別に構わないと思うんだけど」

「えっ、あぁ……僕も全然構わないよ。歓迎します、神田さん。僕の事は凛って呼んで下さい」

「はいっ、よろしくお願いします。キャラのレベルも近いし、一緒に遊んで貰えるギルド探してたんですよ。最近少しずつ、遊べる時間も増えたし……ギルドの方向性も、稲沢先生に訊いて理解済みです。及ばずながら、僕も末席に加えて下さい」


 オフ会はそこから、妙な盛り上がりを見せ。拍手での歓迎から、デザートパーティへ。お昼限定のデザートサービスを、どうやらとことん活用した結果らしいのだが。

 奢りと聞くと、ここら辺は容赦の無い年少組だったり。僕は盛り上がるグループを尻目に、そっと神田さんの隣に移動。さり気なく、幾らか出しましょうかと尋ねるのだが。

 僕と先生の出しますよ攻撃に、神田さんは大丈夫と飽くまでホストの構え。それよりギルドに関して、ちょっと気になる点があるそうで。不思議そうな物言いで、例の質問をされてしまった。

 ここまで来たら、ギルドに入る登竜門のような物だろうか。





「ミリオンって100万だよね? 100年クエストとどう関係があるの?」

 

 

 

 


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