1章♯01 封印の疾風
『ファンタジースカイ』の歴史は古く、そのプレイヤー数も年々増加の一方を辿っている。この地域限定のネットゲームは、その封鎖的な出生状況とは反比例して、ネット内での世界観に関しては無限の拡がりを見せている。
そして、それは現在進行形でもある。
その誕生は、環境モデル都市でありさらには学園都市の面も併せ持つ『大井蒼空町』とは、切っても切り離せない関係にある。何しろ、この街に張り巡らされたケーブル通信でのみ配布されている、重量級の大容量ネットゲームなのだから。
配布開始当初からのヘビーユーザーも多く、反面皆が顔見知りでもあるのだが。
そんな地域密着型ネットゲームにも、近年新しい波が押し寄せて来た。年に2~4回のバージョンアップは欠かさない開発サイドだが、そう言うのとは根本的に異なる異変だ。
隣町の急激な発展によって、交流が増えた両都市は。度重なる話し合いの末、ケーブルの延長を視野に入れた公共施設の共有を決定したのだった。
そんな訳で、ここ数年で隣町のプレイヤーも増えて来ているという現状がある。
もっとも、ケーブル延長の初期工事費用に10万円以上が掛かるために、個人の住宅への導入はそれ程増えていない様子だ。ただし、マンションやアパート群には割と早くから普及が始まったのは、その便利さ故であろう。
大容量の情報伝達システムは、もちろん普通のネットサーバより何倍も速い性能を誇っている。その上、地域運営のため、その地域の情報がリアルタイムにキャッチ出来るのだ。
その中には、ケーブルテレビなどの娯楽も混じっていて、つまりはファンスカと言うゲームのユーザー増加にも、確実に繋がっていると言える。
そんな隣町のユーザーの中に、僕もいた。
僕の立場は、話し始めると長くなる。それはつまり、大井蒼空町と僕の住む辰南町の関係性にも言及しないといけなくなるからなのだけど。
かいつまんで言うと、僕は中学進学の時に隣街の大井蒼空付属中学校の編入試験を受け、合格してしまったのだ。それがそもそもの、ややこしい立場の始まり。
私立の超付属エリート校で、他の生徒は地元の生えぬきばかりの中。幼稚園から普通に知り合いの生徒達の中に、ただ一人隣街出身の僕。
想像してみて欲しい、完全にアウェイでの中学3年間の生活を。
これもまた、大井蒼空町と辰南町が揉めた事態の一つには違いないのだが。大井蒼空町が元々変な街なのは、何年か通った僕から見ても判断出来るのは確かだ。
設計の段階から、全ての地域をブロック分けして整然と造られた印象が強い。歩道も広く、住みやすそうな奇麗な町並み、その中心の企業ビルは有名IT企業や複合企業が名を連ねている。
学園都市としては、名実共に世間に名を馳せていて実績もある。卒業生からは、有名な研究者の名前がゴロゴロ出て来るのがその良い証拠であろう。
そんな感じで、最初は隣街からの編入に、大井蒼空町は難色を示していたのだ。
それは同時に、エスカレーター式で計算された授業内容に、他校からの生徒がついて来れるかと言う心配だったのだろう。確かに、入学試験は滅茶苦茶難しかった。
それに対して、文句を言う訳ではない。中学の授業の進行速度について行けなかったら、それこそ3年間ブルーに過ごさないといけなくなる。
いや、結局は交友関係に馴染めずそうなってしまったのだけれど。
幸いと言うか何と言うか、僕が試験に受かってしまったのは前述の通り。僕の学力は、ひとえに家庭環境にある。僕の家族は父親のみで、故に家に戻ると孤独だった。
さらに引越しも多かったせいで、僕の授業速度は変則的だった。転校してみると使っている教科書が違ったり、既に習った内容をもう一度勉強させられたり。
父親はそれを見かねて、休みの時は一日中僕の勉強を見てくれた。別に、将来優秀なエリートになって欲しいからと言う訳ではなく、一つの選択肢としての学力を身につけさせる為に。
学力をつければ、選択の幅も拡がる――それが父の口癖だった。
父は優秀なプログラマーだった。そのせいで、あちこちの難しい案件の手伝いに引っ張りだこで、故にウチは不定期での宿替えの憂き目に晒されていた訳だ。
最終的に落ち着けたのは、やっぱり大井蒼空町のせいかも知れない。その点だけは感謝したいのだが、やはり僕の中学生活は威張れるモノではなかったのは確か。
父は街のサーバ保全技師として雇われ、以来辰南町から毎日バスで隣街に通っている。母親の方は、僕が幼い頃に病気で亡くなったらしい。詳しい事は良く知らない。
少なくともそう聞いて育って、僕は現状に不満は無い。
それが例え見栄でも、別にいいじゃないか。不満なんて、数え出せば切りが無くなる。それは情報の氾濫する現代の、一つの病と言っても良い。
他人の生活レベルや美味しい料理情報、便利な賞品や面白そうな玩具、海外に行こうと思えば敷居が低いご時世、お金はカードで、あれが欲しい、きれいになりたい……。
そういう情報が簡単に手に入るって事は、つまりは自分の現状と嫌でも較べてしまう環境が出来てしまう訳だ。僕は別に、その便利さ全部を否定する訳じゃない。
無いものねだりをしても仕方が無い、足りない物には目を瞑って生きて行けば良いと言っているのだ。僕は言葉通りそうやって、中学生活を乗り切っていったのだし。
そんな勢いのノリで、ほとんど見栄で僕は高校進学を果たした。
別の高校を受験しても良かったのだが、僕はそうしなかった。逃げ出したと思われるのが癪で、そのまま大井蒼空付属高校に進学したのだ。
エスカレーター式の良い所は、上がるのは割と簡単だと言う点に尽きる。それでも僕は、3年生の頃には取り憑かれたように勉強した。
授業内容は面白かったし、環境はすこぶる良かったし。
クラスメイトが僕を見る目は、そのせいで次第に変わっていったのは確かだろう。僕は元から身体が大きく、威圧的な容貌だった為、最初は周囲にすこぶる警戒されていたのだ。
身体の大きさは、逆にスポーツには役に立った。僕は孤立しない為に、中学の時には軟式テニス部に入部して、3年間それなりに頑張った。
そして3年の時には全国大会まで進み、皆が驚きの目で僕を見た。
エリート学校の中では、それはやっぱり浮いてしまう行為だったのかもと、今冷静に考えれはそう思う次第である。何しろ、学校がスポーツで表彰されたのは、数年振りだったとか。
週に4日程度の活動では、確かにそんなものかも知れない。お高く見られていたのも確かだ、勉強もスポーツも出来る奴だと。容姿には全く自信が無く、褒められた事も一度も無いけど。
怖い顔だと言われた事は何度もある。性格は穏やかなんだけどな。
そんな感じで仕方無いとは言え、与えられた環境に対する見識は未だに膠着したままだ。つまりは、僕とその他のクラスメイトという垣根は、3年間では取り払えなかった訳だ。
引越しでの転校を何度も繰り返していた僕にとっては、その事態は考えられない事だったように思う。事情を知らせなかった父親にしても、まさにそうだろう。最良の環境なのには違いないが、それは学問と言う分野のみにしか作用しなかった。
それが少しずつ変わったのは、僕がファンスカを始めたからに他ならない。
その辺の事情も、少しだけ説明しないといけないようだ。何しろそれまでは、家の中には1台も、持ち運びタイプですらゲーム機は無かったのだ。
父の教育方針だったのだが、それが何故かファンスカだけはオーケーが出た。僕はネットゲームは初めてで、それが子供の頃に友達の家でプレイした対戦ゲームとは、全く違う事にすぐ気付いた。
その広大な試練の山に、僕はすぐに夢中になり、そしてもうすぐ2年が過ぎる。
僕の名前は凛――ファンスカでは封印の疾風と呼ばれている。
画面の中のフィールドは、起伏の激しい荒野を映し出していた。古い西部劇に出て来るような、サボテンと茂み混じりの乾いた大地が広がっている。
雑魚のサソリ型のモンスターを、暇潰しに何人かのプレーヤーが殴っていた。残りのキャラは、そんな事には興味が無いように不動のまま直立している。
僕も同じく、それを横目で眺めているだけ。不用意に特殊技を喰らったら、サボテンにぶつかって余計なダメージを喰らってしまう可能性があるからだ。
大事な戦闘前に、バタバタしたくないと言うのが本音。
サボテンはただの風景ではなく、ぶつかるとダメージを与えて来る障害物だ。殴って壊せるが、あまりそれをしていると余計な敵を招く事にもなる。
それがこの狩りを難しくしているのは、誰もが承知している事。事前に邪魔者を壊せば、目的の獲物は現れない。現れたのを確認してから壊したら、余計な敵を増やしてしまう。
今回はプレーヤー数を控えているので、余計な敵を増やすのはご法度だ。
『そろそろ出現時間だ、遊びは止めなさい、メル』
『うぃうぃ、敵はお空から来るんだっけ? ボク初めてだから、出現状況には興味があったんだよねっ。よく見ておかなくちゃ♪』
『初めてなのは、メルだけかな? リンは2度目だし、勝手は解ってるよね?』
『リンが鍵だからな、このNM戦の……いや、今のは洒落じゃなくw』
リーダーのハンスさんが、この場を仕切りながら僕に向かって聞き慣れた洒落を言って来た。この場にいた残りのキャラは、それに呼応してリーダーをからかい始める。
鍵と言う言葉が、何故洒落になるかといえば、それは僕の装備を見て貰えば一目瞭然だ。僕のキャラのリンは、二刀流の近接タイプ、つまりはアタッカーなのだけれども。
他の二刀流使いと決定的に違うのは、両手に別々の種類の片手武器を持っている事。左手には短剣を、右手にはどう見ても大きな鍵にしか見えない片手棍を。
お洒落な形状の金色の鍵だが、これが戦闘では洒落にならない特殊能力を発揮するのだ。
元はと言えば、これはあるイベントの無料配布アイテムで、参加プレーヤー全員にプレゼントされたものだった。イベント内容は、大きな鍵でフィールドに出現した大きな宝箱を開けると言う単純なモノ。
その中に入り込んで、迷路だかパズルだかを解けば、素敵な景品が当たります的な催しだったのだけど。イベントが終わっても、それは鍵付きの宝箱を開ける即席合鍵として重宝されていた。
詳しい説明は省くが、僕はそのイベントアイテムを、合成でどうにか出来ないか躍起になっていた。そいつは元が片手棍で、攻撃力は微々たる物だったのだけれど。
苦労は報われて、僕の唯一無二の強力な武器になった訳だ。
合成の話を始めると、とても長くなるので今回はこれも端折る事にする。今の所この武器が僕しか所有していない事も、僕の二つ名を轟かせているのに一役買っているのだろうと思う。
好んで目立つような事はしてないが、そのお陰でこうして狩りに誘って貰える機会も増えたし、文句を言う筋合いではない。そのお陰で、レア素材に巡り合う機会も増えたし、僕としても嬉しい限りだ。
まぁ、それも僕の師匠の紹介あっての事なんだけど。
その師匠は僕の隣で、メル相手に最終の打ち合わせと言うか説明に忙しい様子。満遍なく周囲に気を使っていて、とてもマメな性格なのは見ての通り。
ひよっ子だった僕を自分の弟子へと誘ってくれて、以来結構な付き合いになる。本人のキャラは炎属性の厳ついファイターで、とても合成などに関わっている様には見えないが。
ファンスカでも数少ない師範クラス、僕などまだまだ及びもつかない。
『バージョンアップの不具合で、こっちのエリアにも影響出るかと思ったけど。平気そうかな?』
『平気でしょ、あれは確か尽藻エリアと新クエスト関係……何て言ったっけ、100年クエスト?』
『解くのに100年掛かるって? まぁ、ファンスカじゃあ1時間で1日過ぎるけどねw』
『チョー難らしいねぇ、そのクエスト。ウチのギルドじゃトライしないの、ハンス? 凄いアイテム貰えるかもっ!w』
『名声が英雄クラスじゃないと、クエすら発生しないらしいね、それ。少なくとも、領主だとかハンターでマスタークラスとか、称号取って無いと無理らしいよ?』
師匠の付け足した情報に、あちこちから批難が上がる。確かにそんな条件は、ファンスカのプレーヤーでも一握りに限られて来る。万人向けのクエではないが、それでも一部では盛り上がっているらしく。
有力なギルドでは、さっそく手掛かりの入手に奔走し始めたという情報も。合成の腕前でそういった所ともコネのある師匠は、とにかく顔が広く噂も簡単に手に入る。
リーダーのハンスさんは、周囲を気にしながらもお手上げの様子。
『クエが発生しないんじゃ、取り掛かりようがないな。チルチルは条件満たしてるんじゃないか?』
『さあ? そう言えば、所持してるキャラバンで新クエ発生したけど、それが100年クエ関係なのかどうかは不明だね……リンはどう? キャラバンは合同出資だから、そっちもクエを受けれるだろう』
『えっ、新クエの事ですか? 僕は別に……どっちみちソロじゃ無理だろうし』
ボクが手伝ってあげると、個別に親しいメルが近寄って来てそう口にした。僕は本当に、そんな難しそうな新クエには太刀打ちする手段など無く、だから有り難うとだけ伝えるにとどまる。
どっちみち、僕は新しい隠れ家の建設にかかり切りで、最近はそれ所ではないという感じ。メルの分まで作ると約束しているので、材料の手配でてんやわんやなのだ。
バージョンアップでは、他にも新クエや新レシピが追加されたらしく。そちらのチェックにも忙しくなる筈で、新レシピで金策になるものは時期を逃したくない。
こちらの世界でもお金と言うものは、何をするにも必要なのだ。
『あっ、空が……来るぞっ、NMだっ!』
『わっ、空が割れて光の道が出来てるっ、凄いっ!』
『ライバルはいないから、落ち着いてキープしよう。ハンス、スキルを封じるまではキツいぞっ!』
『分かってる……メル、支援頼むぞっ!』
了解と、ちょっと舞い上がっているメルの返事。周囲のサボテンが光を発して、光の道と呼応しているよう。光を発するサボテンは、これでガーディアンとなった。
このガーディアンの数が足りないと、NMは降りて来ない。普通に相手するには、少なくとも味方が15人程度は必要な、凶悪な仕掛けであるのだが。
待機するのは、たったの6人。勝算はあるのだが、それでも前半手間取ると全滅してしまう可能性も高い。危険だが、その分勝った時の分け前は多い事になる。
鍵となるのは、文字通り僕の武器、プレッシャーがじんわりと圧し掛かって来る。
光の道を降りて来たのは、8本脚の巨大な白馬に乗った、派手な衣装の蛮族の神だった。上半身は裸に近く、その分頭飾りとマントが派手である。
手には片手斧、長い筒のライフルも持っている。顔には厳ついマスクを着用していて、茶褐色の肌に白い長髪がたてがみの様に顔を大きく見せている。
地面に降り立ったその敵は、威圧的に周囲を睥睨する。
『最初が肝心だっ、行くぞっ!!』
リーダーの号令で、一斉に動き始めるメンバー達。盾役のハンスさんが素早く挑発スキルでタゲをキープ。ぐりんと巨体が動き、土属性の小さな体躯のハンスさんと対峙する蛮族の神。
次いで敵に取り付くのは、氷属性の魔法剣士のジョーさんと僕。前衛の筈の師匠は打ち合わせ通り序盤は動かず、水属性のメルと闇属性のミスケさんは後方支援。
最初は軽いジャブの応酬かと思われたが、双方序盤からヒート模様。敵は乗馬と騎手の2部位モンスターで、それぞれの攻撃力は侮れない。
盾役のハンスさんには騎手の斧が容赦なく振るわれ、ハンスさんに支援する者にはライフルでの遠隔攻撃が待っている。削りアタッカーには、乗馬の反撃キック。
盾役が全ての攻撃を担う訳には行かない、厳しい戦闘状況である。
基本能力だけでもこれ程の高性能のNMに、さらに護衛サボテンが数体加わると。例えメンバーが10人いても、とても捌けるものではない。だから強敵ともいえるのだが。
それを防ぐべく、メンバー達が動き始める。
まずは前衛の魔法剣士のジョーさんが、短剣のスキル技で《連携》に挑み始める。これは自分のスキル技をタイミング良く振るう事で、発生させる事が出来る特殊な技だ。
これは強敵に特に有効な技で、とにかくレジスト能力の高い相手に対して、一時的に強い耐性をキャンセルする事が出来る。それによって、弱体が入りやすくなったり、ミスしやすい特殊技が通ったり、恩恵は多岐に渡るのだ。
属性同士の得手不得手効果さえ無効に出来る《連携》は、体得すれば強力である。
しかしジョーさんの最初の《連携》は、タイミングが合わず発動せず。二度目は成功したが、敵の攻撃により僕のスタンバイが間に合わず。三度目にようやく、耐性の低下している敵に《封印》が発動。
片手棍、それも僕の使う鍵型の片手棍専用のスキル技。敵の一連の特殊技を、一定時間完全に封じ込める事が出来る、恐ろしく強力な技。
これが僕の切り札、たった6人でNMに相対する事を可能にする技。
『通った、これでしばらくは特殊技来ないっ!』
『よしっ、こっちも削りに参加する!』
待機していた師匠とミスケさんが、いよいよ戦闘に参加。それでも敵の基本性能を舐めて掛からず、極めて慎重な位置取りでの攻撃を見舞っている。
僕ももちろん、戦闘を続行。キャラのバランスは、他のベテランプレーヤーにはそんなに劣っていない自身はあるのだが。熟練度が低いせいでのダメージ不足やスキル技の充実振りで、やはり一歩劣ってしまうのは仕方が無い。
戦闘は一転して、我慢較べの殴り合いになった。僕を始めとするアタッカーが、得意な武器を振るってダメージを与える。その際の反撃は、甘んじて受けつつ薬品で回復。
騎手と一騎討ちのリーダーのハンスさんも、自慢の体力にモノを言わせてがっちりタゲキープを続けている。メルは傷ついた味方を、片っ端から回復して行く。
敵の乗馬部位のHPはよくやく半減、ここまでは順調。
『よしっ、ここまでは順調だっ! ガーディアン召喚を食い止めてるぞっ』
『作戦通り、一気に乗馬を沈めるぞっ! それからもう一度、騎手の方に封印掛ける手筈なっ!』
『弾丸がバンバン飛んでくる~っ、凄く痛いよ~!』
『我慢しろ、メル。こればっかりは、封印でも止められないっ』
通常攻撃を完全停止させるような、そんな便利なスキルは存在しない。他の方法でダメージを防ぐしか無いのだが、生憎メルは今の所大した防御魔法を持っていない。幸い、盾役のハンスさんを回復した時にしか反撃が来ないので、助かっている部分はあるのだが。
渾身のスキル技での追い込みで、目論み通りまずは乗馬が没した。師匠はその気になれば、今でも一流のアタッカーで名を売れる程の実力者なのだ。
最近は滅多に狩りには出ず、合成職人に身をやつしているが。
乗馬が倒された事で、仕方なく地面に足をつけた蛮族の神。周囲のサボテンの光が一層強くなり、僕たちパーティにプレッシャーを掛けて来る。
再度のガーディアン召喚に備えて、再びジョーさんが《連携》を繰り出す。しかし、飛来する光球に邪魔されて、なかなかタイミングが取れない。
サボテンから飛来したそれは、蛮族の神を守るようにしきりに技に割り込みを掛けて来る。
予想外の事に焦ったジョーさんは、光球を避けて場所を変えた。その途端に、蛮族の神とバッチリ目が合い、金縛りからのゼロ距離ショットガンを浴びてしまった。
光球がダメージ源に変換されたそれは、たった一撃でジョーさんのHPを喰い尽してしまった。慌てたのはメンバー全員、HPに補正を掛けていないとは言え、前衛キャラが瞬殺されるとは。
戦闘は、こちらの用意したストーリーとは確実に違う方向へ。
『わ~っ、スマン! 光球に邪魔されて、スキル阻止されたっ!』
『これは……バージョンアップで強化されたパターン?』
『前は光球なんて、影も形も無かったからな……いや、今はどうするか考えよう!』
『リン、お前も《連携》持ってたろっ! 何とか連続スキルで打ち込めないかっ?』
師匠の指示は、実は僕も考えていた事。ただし、SPが足りなくなるので、真ん中で闇の秘酒を使用すると言う1アクションが必要になって来る。
ただでさえ難しいタイミングが、さらに複雑になってしまう訳だ。しかし、自信が無いとは言っていられない状況でもある。護衛が作動すれば、パーティは確実に全滅してしまう。
光球が滅してしまった今がチャンス、僕は覚悟を決めてスキル技の敢行に踏み切った。
蛮族の神が、僕に呼応するようにゆっくりと振り返った――
サボテンの光は、今や全く灯っていない。周囲は静かで、戦闘の名残りは風景からは窺えない。ただ一つ、リーダーのハンスさんのカバンの中のドロップ品を除いては。
戦闘はあれからさらに死者を出しながらも、何とか僕の放った《封印》の恩恵で敵を倒し切る事に成功した。倒されたメルはぶーぶー言いながらも、それでも一応の勝利に納得の様子。
今は蘇生アイテムで、倒された2人が起き上がって揃い直した所。
『怖かったぁ……ライフルの特殊技、滅茶苦茶痛かった!』
『前は使って来なかったから、バージョンアップでの強化だろうなぁ。これから先は、もう1人か2人増やした方が無難かも?』
『だなぁ……ここのドロップ美味しいし、チルチルとリンが手伝ってくれるなら、また来たいね』
『ハンターポイント増えるしねっ♪ あっ、でも今回死んじゃったから入らない?』
ショックを受けたように、メルが慌てている様子。メンバーから、ちょっと引かれるけど入ってる筈だからログをチェックしろとの説明を受け、安堵したようだ。
パーティ唯一の女性キャラのメルは、ハンスさんの娘さんで最年少。メンバー誰もが知っている事実で、まだ幼い為に大抵の我が侭は許される存在でもある。
ハンスさん率いる『ダンディズヘブン』は、社会人のみで結成された中堅のギルドである。結成当時から社会人のみで運営しており、今のメンバーは20人程度らしい。
親子や夫婦でプレイするメンバーもいる、割とおっとりとした気風のギルドだ。
ちなみにNMのドロップは幸運の蹄や白馬の鬣、銃帝ライフルや銃帝の頭飾り、仙人掌マントやオーブなどなど。消費アイテムや素材系も多数出ていて、それを眺めるのは討伐後の一番楽しい時間である。
僕と師匠の取り分は、幸運の蹄と白馬の鬣と決まっていた。どちらも超レアな素材で、競売で取り引きすれば百万ギル程度の値がつくのは間違いない。
もっとも、他の戦利品も超目玉アイテムが並んでいるので、取り過ぎと言う訳でもないのだ。ライフルなど、スキルを持っている人なら数百万でも欲しがるだろう。
オーブにしてもそうで、加工すれば属性宝玉に変化するレアアイテムだ。冒険者なら、誰でも欲しがるアイテムに違いない。金のメダルも数枚出たので、ダイスの高い順に貰う事に。
僕はいらないと断って、そろそろ落ちる時間だからと口にした。
『おっと、もうこんな時間か。メルももう寝る時間だ、かみさんに怒られるっ』
『お休み~っ、リンリン、みんな♪ また明日ね~!』
『お休み、またよろしくっ!』
ジョーさんもミスケさんも社会人で、明日も朝が早いとの事。僕ももちろん学校があって、その事は皆も知っている。ハンスさんのギルドの手伝いをするようになって、もう半年以上経つのだ。
狩りの同行を紹介されたのは師匠からなのだけど、メルやハンスさんとも以前から知り合いでもある。ちょこっと合成やイベントなどで遊んだり、リアルで頼み事をされたり等々。
その事も、後で詳しく話す事になるかも知れない。とにかく、大井蒼空町の住人で師匠と同じ位に親しいのは、ハンスさんとメルの親子なのは間違いない。
3年間過ごしたクラスメイトよりと言うのが、ちょっと悲しい気もするけど。
僕は頭の中で、明日の授業の時間割りを思い出しながら、パーティに別れを告げて転移アイテムを使用した。安価だが使い捨てのそれは、忘れると酷いタイムロスになる。
長距離を歩いて戻る破目に陥るのは、例え仮想空間でもげんなりするものだ。
転移先に指定しているのは、僕のホームグランドのアリウーズという街だった。そこは大きな競売があって、利用人口も多い為に品物も集まりやすい。
最近の僕は師匠と組んで、素材の買い付けにインの時間の大半を費やしていた。合成スキルが高いと、競売買い付けからでも結構な利益が出てしまうのだ。
今となってはレア素材くらいしか、自分達で集める事は無くなっている。昔は無駄な出費を抑える為に、結構な時間を素材狩りに費やしていたのだけれど。
そんな時に師匠が僕を見つけて、声を掛けてくれたという経緯もあるのだが。
とにかく僕は転移して、落ちる前にちょっとだけ競売を覗くつもりだった。ところが、歩き出してすぐに、僕はここが目的の街ではないと気が付いた。
ホームの設定ミスだろうか? だが、そんな事実は無いと、僕の中の記憶はすぐさま否定を返して来る。何しろ最近は素材の買い付けで、他の街に出向いた記憶が無いのだ。
そして次に気付いたのは、強制イベント動画が始まっているという現実だった。
――風種族のリンとすれ違う、薄汚れたローブを着込んだ人影。ヨロヨロと歩を進めていて、顔は上から差す強烈な日の光で影になっていて見えない。
そのローブの男が、リンの腰に装備していた鍵型の片手棍を見て驚いた顔をする。オマエが鍵を握っているのか? そんな言葉と共に、その男は僕の武器に手を伸ばす素振り。
警戒するリンに、その男は思い直したように動作を止めた。
それからはリンとその男の販売交渉。強制動画なので、僕の意思はまるで通じず。もし画面の中のリンが、間違って武器を譲ってしまったらどうしようと言う焦りの中。
交渉はあっさり決裂、ローブの男のドケチ振りは凄まじいものがあった。350まで上がった交渉値段は、351になって352で終わりを迎えたのだ。
万単位ではない、352ギルだ。それじゃ、中ポーションも買えやしない!
ローブの男は、見かけ通りの貧乏人らしかった。恐らく、財布の中身ギリギリまで値段を吊り上げて、それでリンに駄目出しを喰らったに違いない。
そうは言っても、僕からすればそんなはした金で大事な武器を手放す訳にも行かず。ローブの男は苛立ちを隠そうとして隠し切れず、とうとうキレた。
とばっちりを受けるのは、もちろんリンを操作する僕。
強制動画は、そろそろ終わりを迎えるよう。ローブが爆ぜて、その正体が明らかになる。人間種族かと思ったら予想外、辛うじて人型のタイプと言える程度。
しかも、肩車で背丈を誤魔化していた様子。緑色の鱗の肌の手長族が2体、コイツ等は腕の長さは人間以上なのだが、体長は人の半分にも満たない。
モロに戦闘種族で、素手でもとても強いので有名だ。バージョンアップで4ヶ月位前に出現したのだが、レベル上げにも向かず、縄張りが広過ぎてNM情報も確認出来ず、以来放置されている。
ベテランの冒険者さえ言っている、奴らと戦うのは無駄な労働だと。
僕も新種族の追加で、ウキウキと期待していたのを覚えている。人間タイプは、とにかくドロップが良いのが常識だったから。師匠と組んで、新解放エリア体験ツアーまでした事も。
あの頃は冒険者が新解放エリアにあふれていて、故に少人数での移動も比較的安全だった。奴らの集落も、ベテラン冒険者達にあっという間に占拠されていた。
その後はお決まりの、王とか神の降臨だったように思う。戦闘風景を見学したが、ドロップはお決まりのパターンらしくてがっかりした記憶がある。
師匠も買い取り希望で交渉しつつ、平凡なドロップに呆れていた。
僕が手長族の記憶を思い出している内に、強制動画は終わったようだ。自由を取り戻したリンの前には、戦闘態勢の手長族がちゃっかり2体。
どうやら夢と消えてはくれないらしい、しかも戦闘用のBGMがやる気モードを伝えて来る。そんな中、僕はリンの現状を思い出して顔色を失った。
さっきまでNM戦を手伝っていた僕は、ポケットの薬品をすっかり使い果たしていたのだった。カバンの中にも使えそうな支援アイテムはほとんど皆無。
しかも、1対2の戦闘はステップ使いにはかなり不利。
考えている内に敵達は襲い掛かって来た。コイツ等が嫌われている理由は、大きく2つ。相手の手の長さと背の低さのせいで間合いが取りづらいのと、通常攻撃に《下段斬り》の効果、つまり移動力低下が付与されているので、たちまち動きが封じられてしまう為だ。
案の定、僕は1撃目でそうなった。
それでも、ソロ歴の長い僕はそんな事で慌てたりはしない。リンクなど星の数ほど経験しているし、ソロで偶然出会ったNMともかなりの戦闘を記録している。
つまりは、多対ソロや強敵との経験が豊富で、それ用にキャラを作っていると言う事だ。ファンスカでは魔法剣士がソロで有名だが、僕のそれは一味違う。
一般の魔法剣士は、魔法で守りを固められるだけ固めてとにかく殴る。HPがヤバくなったら、自己回復で安全圏に。SPは幻惑系のスキル技を中心に使用して、とにかく重い一撃を浴びない事を心掛ける。
そして、いよいよヤバくなったら足止めして、遠隔魔法に頼るか逃げる。
最初は僕も、それを目指していたのは事実なんだけど。ロックスター、つまりは例の片手棍と出会ってから方針が急に変わったのもまた事実。
そんな訳で、僕はいつもの手順で料理に掛かる事にした。まずは下ごしらえに、強化魔法をある程度自分に掛けないと。僕は《アースウォール》でその為の時間を作る事に。
敵との間合いに土壁が割り込み、一時の安全を保証してくれる。僕は自身に《俊敏付加》と《闇の腐食》をかける。俊敏付加は動きや攻撃速度を速くしてくれる雷系の魔法、闇の腐食は受けるダメージを軽減してくれる闇系の魔法だ。
欲しい魔法を取得する為に魔法スキルをあれこれと伸ばす魔法剣士は、ある意味とても不経済には違いない。一本伸ばしが強いのは、誰でも分かる事。
でもほら、器用貧乏と言われても、僕はこのスタイルが好きな訳で。
それから最後に《SPヒール》を掛ける。これは徐々にSPが増える闇系の魔法で、近接手段の削り手には何より助けとなる補助系の手段である。
これでMPを半分近く使ってしまったが、片手棍の補正スキル《MP回復》でそれも徐々に回復しつつある。これも僕の強み、薬品無しでも戦闘継続能力が高いのだ。
僕はそのまま、敵が土壁を壊して近接するのをじっと待った。どちらにせよ、これ以上強化に費やす時間は取れない。魔法スキルの低い土壁は、あっという間に壊されて行く。
そもそも、今回のNM討伐用に、武器スキル技のセットを弄ってしまったのが痛い。ソロ用のスキルが、幾つかスロットオーバーで封印されてしまっているのだ。
魔法にはそう言う制限が無いのが有り難い。探すのは面倒だけど。
2体の敵の後ろにいる奴に、僕は得意の闇魔法をお見舞いした。闇色の薔薇の枝木は、しかし花の色だけは真っ赤で、黒い茨が敵を完全に封じ込める。
僕の持っている魔法の中で、最強の足止め魔法だ。赤い薔薇の数は全部で4つ。あれが全て散り切るまで、敵はその場から動けずにダメージを受け続ける。
幸いレジされずに済み、これで囲まれる心配は無くなった。少なくとも魔法が切れるまでは。僕は1体の手長族と戦闘エリアを形成、そのまま殴り合いに持ち込む。
まずは軽いジャブの応酬、ステップの速さは魔法で何とか元通りになっている。
僕の二刀流が風変わりなのは、最初に言った通りなのだけれど。これで削り力はどうかと言えば、なかなか侮れないのだ。ロックスターは、攻撃力も普通の武器を軽く凌駕する。
二刀流とは、そもそも攻撃力の低い片手武器に、両手武器並みのダメージ源をと考案されたもの。冗談抜きに、短剣1本で敵と戦ってみれば、その攻撃力の無さが分かると言うもの。
だから、僕の短剣もダメージ重視ではなく、軽量ゆえの攻撃速度と武器に附加された時々スタン効果を期待して選んだもの。さらにロックスターには、時々だが敵の動き自体を止めてしまう特殊効果もある。
強敵相手ではその効果も出にくいが、目の前の手長族には効いている様子。
麻痺しているようにぎこちない動きの中、最初の手長族は見る見るHPを減らして行く。僕はステップ防御を止めて、攻撃重視の殴り合いにシフトする。
ステップは守りの技、ステップ中は攻撃が出来ないので、それだけ倒すのが遅くなる。どの道敵の長い手に翻弄されて、あまり効果が無かったという理由もあるけれど。
ロックスターの攻撃力と特殊能力を信じて、壮絶な殴り合いの末に。こちらも相当の傷を負いつつも、最初の手長族はようやく撃沈して行った。
奥の手の《封印》を使うまでもない。スタンが通って、敵の攻撃はぐだぐだだったのだ。
ところが2体目の敵は、仲間が倒された事で怒り心頭の様子。いきなりのハイパーモードで、こちらに突っ掛かって来る。足止め魔法は解けたようだが、敵のHPは1割程度減らされていた。
《ダークローズ》は強力な魔法な為、再使用時間がかなり多めに取られている。短いとそれで完封してしまえて、確かにそれでは強力過ぎると僕も思う。
少々間を置きたいが、これ以上手段が無い。そう思っている間に、相手のぶん殴りを受けてしまうリン。
強烈な特殊技の一撃で、僕は撥ね飛ばされてスタン状態になってしまった。HPも半分を切って、傍目からは相当不味いように見えるだろう。
実際、街中での突然の戦闘に、ギャラリーもチラホラと見え始めている。何事かと興味を引かれるのも当然、普通は街中で戦闘など起こるはずは無いのだ。
しかし、と僕は思う。このサンローズの町のこの大通り、まるで戦闘を前提に作られたように感じられるのは気のせいだろうか? この町も手長族と同じく、4ヶ月前に拡張されたエリアだ。
そのせいで未だに僻地にしては、ワープ拠点を通そうとクエに訪れる冒険者の数が多い。新しい街は、ある程度クエをこなして名を売らないと、街間ワープが使用不可なのだ。
疑い始めればきりが無いが、こんな人目のつく場所で死にたくないのは確か。
敵は距離を詰めて、再度こちらを殴り始める。素手での殴打だが、基本の攻撃力が強いのは以前の戦闘で知っていた。吹き飛ばしの特殊技も、確か喰らった事があって確認済み。
後怖かったのは、両手でのプレス技。シンバルのように、両手でバシッと潰されてしまう技は、スタンと同時に強烈なダメージをお見舞いされた記憶がある。
それより侮れないのは、こいつのボス補正。ひょっとして、特別な能力も追加されているかも知れない。ギャラリーの前で《封印》の能力を使うのには、しかし躊躇いがあった。
僕はなるべく、あの能力の事は秘密にするように、仲間にも頼んであったのだ。
リンのHPが4割を切り、いよいよ戦況は危うくなって来た。僕は一定回復の回復魔法は持っていない、あったとしても戦闘中に頼るつもりも無いけど。
ジリ貧になるのが分かっているのもあるが、風属性の基本性能を信じているという理由が大きい。僕が風属性のキャラを選んだ理由は色々あるが、それはまたの機会に。
反撃の殴りで、少しはこちらにも追い風が吹いて来たようだ。スタンとロックスターの特殊能力が効を奏し始め、敵のハイパー化が治まり始める。
だが、僕が待っていたのはそれとも違う。リンのHPが3割を切って、さらに2割に近付く。
その途端、戦場に一陣の風が吹いた。リンの周辺に舞い降りたと言っても良いそれは、全ての敵を吹き飛ばす勢い。実際、手長族は吹き飛ばされカマイタチに切り刻まれていた。
《風神》と言う名前の、僕の種族スキルである。風の精霊召喚より、もう1ランク高い危機回避スキルである。弾き飛ばしと攻撃を同時に行う技で、これでしばらく敵は僕に近付けなくなった。
敵のHPも半減して、おそらく近接していたら手痛い特殊技を披露する手筈だったのだろう。だがこうなってしまったら、僕の一方的な手番所持となる。
敵は、たかだか1体の敵は、抗う術などありはしない。
《竜巻旋風斬》で再度の遠隔攻撃。これは短剣と風スキルの複合技で、短剣のスキル技の中では上位に入る攻撃力を持っている。SP消費は大きいが、これで2割ほど体力を奪った。
次いで闇魔法から《ダークタッチ》を使用。HP吸収のシャドータッチの上位版のその魔法は、自身のHPが少ないほどその吸収力は凄まじくなる。
暴風の中、ヨロヨロと近付いてくる手長族のHPは残り1割半。一方、僕の体力は半分程度に回復した。これでまず、一撃で死ぬ事は無いだろう。
とどめに使ったのは、片手棍スキルから《ヘキサストライク》。光り輝く六方陣と共に、ハンマーによる6連続の打撃が敵に襲い掛かる。近接~中距離の技で、すこぶる使い勝手が良い。
両手棍も含めて、打撃系では最強との噂の複合技だ。この技を習得するのに、僕は多大な出費と伸ばしたくない光属性にまでスキルを注ぎ込んだのだった。
威力は見ての通り、敵はあっという間に粉微塵だ。
戦闘終了と共に、周囲からまばらな拍手と今のは何の騒ぎ? との質疑の声が。僕は気恥ずかしくなって、慌てて転移アイテムを使用する。
予備を持っていて良かった、今度はちゃんと目的の町に着き、僕は自分の隠れ家に逃げ込むようにキャラを退散させる。ただただ、ログアウトしたい一心で。
ログアウト後に、僕は自分の部屋でやっと一息つく。
――壮大な物語のドアが開いた事に、その時の僕は全く気付いていなかった。
翌朝は月曜日で、僕たち学生にして見れば憂鬱な一週間の始まりの日だ。アラーム音に叩き起こされた僕は、のそのそと起き上がって部屋を出る。
ダイニングには父さんが既に起きていて、パンとコーヒーを用意していた。いつものように挨拶をして、大きな机に腰掛ける。二人で使うには、大き過ぎる机。
家具とセットになっていたマンションなので、文句を言っても仕方ないのだが。
「おはよう、父さん。今週も帰り遅くなるの? 先週の課題は一応、全部やっておいたけど」
「ああ、おはよう、凛。今週の課題の本はリビングに置いてあるよ。プログラムの本は、入門書は卒業だぞ」
父さんはそう言って、今週も遅くなりそうだと口にした。課題とは、毎週父さんが僕に手渡す本や問題集の事で、週末は父さん手作りのテストがあったりもする。
テストがあると言う事は、父さんも僕に手渡す前に、その本なり問題集なりを一通り読破している事になる。そのマメさは、多分僕にも遺伝していると思う今日この頃。
小学生の頃からの我が家の恒例行事で、僕はすっかり慣れっこだ。今では絆のように感じていて、それは多分父さんにとってもそうなのだろう。
学校の成績よりも、父さんはこちらの方に重きを置いている気すらする。
最近はやたらとプログラム関係の参考書が多くなっていて、これは父さんの得意分野でもあるのだけれど。昔は絵画集を渡されて感想を書けだとか、そんなのが多かったような。
もちろん普通の参考書もあって、それを一週間で解き終えるのには骨を折ったものだった。学校の宿題もあったし、僕自身の真面目な性格も手伝って、手を抜く事も出来なかったのだ。
今では別室の本棚に、ひしめくほどにその軌跡が窺える。それを目にする度に何だかこそばったくなるのは、僕の成長の過程だとか父親との繋がりを再確認してしまうためかも知れない。
それをきちっと留めておくのも、几帳面な父さんらしいと思う。
「コンピュータ言語って、結構たくさんあるんだね。父さんは仕事場で、どれを使ってるの?」
「色んなのさ、メインはオリジナル言語を使ってるけどね。どれか取得すれば、取り敢えずは応用が利くようになるね。難しく考える事は無いんだよ」
「へぇ……これって最終試験は、ひょっとしてプログラムの打ち込み?」
「私が凛の年の頃には、自分でプログラムを組んでいたけどな。ベーシックなんかでゲームを作って、それで小遣い稼ぎをするんだ。月刊誌に投稿したりしてね」
目を丸くしている僕に、父さんは不敵な笑みを浮かべる。それから遅刻するぞと、パジャマ姿の僕に忠告を与えて来る。時計を見れば、確かに微妙な時間。
僕は慌てて朝食を食べて、着替えに部屋に戻る。父さんが玄関を出る音がして、それで大体の時間が分かった。父さんは、いつも同じ時刻のバスで会社に出掛ける。
僕は自転車を使う。峠越えがあるけど、こっちの方がショートカット出来るんだ。
学校では、毎度の週始めの気だるい雰囲気が流れていた。5月に入って、ようやくクラスの編成に慣れたような同級生達の顔振りだけれど。
進学してのクラス編成と言っても、所詮は幼稚園からの顔見知りからのシャッフルに過ぎない。そう言う点で、未だに馴染めないのは僕だけかもと思うと、ズンと気が重くなる。
ところがその日は、朝から様子が違った。席に着くや否や、話し掛けて来る人影があったのだ。
「おはよう、池津君。僕の名前は知っているよね?」
「えっ、えぇと……去年も確か、同じクラスだったよね。えぇと……」
「…………柴崎純也だ。いつも君と、学年模試のトップを争っている。ファンスカでのキャラ名はジュンジュと言う。氷属性で、プレイ歴は5年」
「はぁ……ああっ、思い出したよ! 前回の模試のトップ、おめでとう」
「それは前々回だろうっ、前回のトップは君だっ! まったく、苛々するっ……いや、睨まないでくれ、悪気は無いんだ。その、君のキャラはあの有名な“封印の疾風”だろう?」
僕はそうだと認めつつ、睨んでなどいないとそこだけは否定した。柴崎君の大声に驚いて、思わず眉をひそめただけだ。その手の抗議は多くて、僕の悩みの種の一つなのだが。
なかなか僕の性格を周囲に分かって貰えず、それ故に同級生と親しくなる障害になっている気が。子供の頃、小学生の頃はもっと無邪気に心で触れ合えたのだけど。
とにかく雲行きが怪しい会話に、僕は戸惑いを隠せない。
「君が100年クエストに手を出したのは、各方面から伝え聞いている……これを我がギルド『天空の城』は、宣戦布告とみなす」
「えっ……な、なんで? 何のこと?」
「我々も100年クエストには、一丸となって挑戦する思惑であるからだっ! この僕がギルドでは知謀を担当する事になる。つまりは、君とはライバルになる訳だ」
「ラ、ライバル?」
「模試ではトップを取ったり取られたりだが、これに関しては初回クリアの栄冠は1度きり。これで決着が完璧につく、誰が見ても分かる形で」
「へ、へぇ……」
「君の仲間には猛者もいるらしいが、それはささやかなハンデとみなそう。君のプレイ歴は、僕よりは確実に短いだろうしな! だだしっ、こちらが徒党を組んでいるとの抗議は受け付けないので悪しからずっ!」
「は、はあ……」
柴崎君はそう言い切って、颯爽と僕の前から立ち去って行った。こちらをそれとなく観察していた視線が、僕が顔を向けると一斉に反らされる。
その中で、強い視線で僕を見つめている瞳とかち合って、僕は再び戸惑った。神薙沙耶華と言う名前の、僕でも知っている有名人だ。僕と似て非なるのは、その容姿の美しさで誰もが名前を覚えていると言う点。
恐らく学年内でも一番目立つだろう美貌と、スタイルの良さ。身長も170センチ近いらしく、とにかくどこにいても目立つ存在だ。軽くウェーブした髪は長く、白い肌と反対に艶やかに黒い。
切れ長で意志の強そうな瞳は、しばらく僕を捉えて離れない。
彼女は友達と後ろの方の席で、何やら話し合っている最中のようだった。ホームルームが始まるまでは、まだ少し時間がある。それを確認したのは、僕も彼女も同時のようだった。
再び僕の席に近付く気配、と言うより彼女が歩いて来るのが見て取れる。それこそ今度は、教室中が静まり返った。それを感じ取って、彼女はあれっ? と言う表情を浮かべた。
僕の席の前で、無言の神薙さん。今日は何だか、特別に変な日だ。
「ちょっと昼休みに時間取ってくれない、池津君……いや、リン君かな? うん、リン君って呼んでもいい?」
「えっ、あの……何の用?」
「それはお昼に話すわよ、せっかちね。私は神薙沙耶華。親しい人は沙耶ちゃんって呼ぶわ。あなたもそう呼んでいいわよ、交換条件ね」
「何の条件って?」
「だから、私が君をリン君って呼ぶ代わりに、あなたが私を沙耶ちゃんって呼んでもいいって事よっ。あっ、会合には優実も参加するから。岸谷優実、知ってる?」
「えっ、うん……」
「そう、彼女の事は知ってるんだ……まぁいいわ、お昼に話し合いましょ」
「は、はあ……」
神薙さんはそう言って、やっぱり颯爽と僕の前から立ち去って行った。こちらをそれとなく観察していた視線が、何で貴様がという嫉妬の混じったモノに変わる。
僕は逃げ出したかったが、無情にもホームルーム開始のチャイムが鳴り響く。柴崎君だけは、さすが我がライバルと言う感じで僕を見ていた気がする。
気のせいかも知れないが、少しだけ救われた気分になったのも確か。
――こうして5月の最初の月曜日の午前は、予想もしないシナリオで進んで行くのだった。




