転生すごろく! -神はサイコロを振らせる-
「──そう言う訳で、お主の転生先はこのゲームで決まるのじゃ。分かったかの?」
「は、はぁ……」
古代ローマ人が身に纏っていたトーガっぽい服を着た男性にそう告げられ、俺は生返事を返す。
相手の顔は逆光の所為で分からない。これが俗に言う『後光』というやつなのだろうか。
「儂はゴール地点にて、お主のゲームの様子を見守っておる。ゲームが楽しい物になる事を、祈っておるぞ」
そう言い残して、男性の姿は唐突に視界から消えた。
(どことも知れない場所で、唐突に神様っぽい人に死を告げられるって……典型的な転生シーンみたいだなぁ……)
ポツンと一人取り残された空間で、ぼんやりとそんな事を考える。
夢か現か、どうやら俺は死んだらしい。
最後に覚えている光景は、会社でデスクワークをしている日常だ。少なくとも、死に瀕するような大きな出来事があった記憶はない。
前日は夜遅くまで家に持ち帰った資料を作ってた所為で寝不足だったから、もしかしたら俺は今会社で寝てしまってるのかもしれないが……
(まぁ……寝てるなら誰かが起こすだろう)
本当に死んだのなら今更焦ったところで仕方ないし、夢だとしても折角の明晰夢だ。楽しまなきゃ損だろう。
妙に冷静な頭でそう判断した俺は、いつの間にか両手で持っていた大きなサイコロに目を落す。
(……なんかこんなバラエティ番組があった気がするなぁ)
推定神様が言うゲームの内容はシンプル。
これを転がして出た目の分だけ進み、そのマスに記されたルールを適用する……要するにすごろくだ。
視線を正面に向ければ、空も地面も白い所為で地平線すら曖昧な殺風景の中、威容に存在感を放ついくつものカラフルなマスとそれを繋ぐ道が伸びているのが分かる。
(──静かだな……。俺しかいないみたいだけど、もうゲームは始まってると言う事なのだろうか?)
すごろくって、他に参加者がいて誰が一番にゴールをするのか競うんじゃなかったか。と疑問を持ちつつも、とりあえず俺は手に持ったサイコロを軽く放ってみる。
地面に落ちたサイコロは、ゴトゴトと硬質な音を響かせながら転がり……
──『1』
「幸先悪いな……」
まあ競う相手も居ないのだし、そう急ぐものでもないだろう。
テンションの上がりきらないなか、トボトボと道を歩いてマスに止まる。すると、突如として目の前にウィンドウが浮かび、指示が現れた。
『これより先は同行者と共に進め』
「……同行者?」
急にそんな事を言われても、この場には俺以外に人はいない。
どうすれば良いのかと俺が頭を捻るよりも早く、目の前に扉が現れた。
(……ど〇でもドア?)
デザインは違うが、イメージとしてはそんな感じだ。
壁もない場所に、ただ薄い板のようなドアだけが立っている。そして、それが向こう側から開かれ……一人の女性が姿を現した。
「──ん? あ、お前は確か……」
「え? えっと……ど、どこかでお会いしましたっけ……?」
俺を見てそんな反応を示した女性。
向こうは俺を知っているような雰囲気だったが、生憎と俺には彼女に会った記憶はない。
肩の後ろ辺りまで真っ直ぐに伸ばした茶髪と、俺の好みにドストライクなあどけない顔立ち。そして、キッチリと着こなしたビジネススーツから漂う、どことなく仕事が出来そうな雰囲気。
……こんな美人、会った事があれば絶対に忘れないと思うのだが。
俺の動揺からそんな考えを見抜いたのだろう。女性はポンと手を叩き、思い出したように自己紹介をしてくれた。……のだが──
「そうか、この姿じゃわからないか。俺だよ、俺。お前の同僚の、灰音黒都」
「は?」
彼女が自分を指差して告げたその名は、俺が社内で個人的にライバル心を燃やす同僚の名前だった。
俺が昨日徹夜してまで資料を作っていたのも、いつかコイツを見返してやると言う対抗心が理由だった。
切っ掛けはまぁ……俗に言う色恋沙汰だ。同僚のとある女性社員が、見るからにこいつに好意を寄せていたのが気に入らなかっただけ。
爽やか系のイケメンで、コミュ力も高くて、仕事も気遣いもできるのにそれを鼻にかけない性格……そりゃあモテるだろう。これでモテなかったら誰がモテるのかというくらいには、灰音黒都という男は好青年だった。
その反面、俺は分かりやすくコミュ障で、気遣いどころか女性に声をかけるのも勇気がいる根暗気質。せめて仕事の面だけでも上回りたくて、らしくもない努力をしていた。
……もっとも、向こうは俺の事をなんとも思ってはいないだろうけどな。悔しいが、努力をした上でも業績は天と地の差だったし。
だが、ここにいるという事は、コイツも俺と一緒に死んだと言う事なのか。いや、そもそも──
「何でそんな姿に……?」
妙な事に、目の前の女性が灰音だと言う事は不思議と理解できた。
顔立ちも声もまるで違うのに、何故かそれがストンと腑に落ちる奇妙な感覚……あの神が何かしたのだろうか。
「あー、それは俺の方がお前より先にこのゲームをやって……失敗したからだな」
「失敗……? 一人すごろくで失敗なんてあるのか?」
「ははっ、そう思うよな。言っておくけど、このゲーム……中々趣味悪いぞ?」
そう言ってニヤニヤと笑みを浮かべる灰音。
このゲームの──というか、それをさせる神の悪趣味は、今の灰音の姿を見ればよく分かる。
よりにもよって、最大のライバルをドストライクな容姿の女性にして俺の前に送り込むのだから。
……とは言え、だ。先にゲームをプレイした灰音がこの先同行するというのは、大きなアドバンテージにもなる。
コイツに協力を頼むのは癪だが、失敗すれば俺もコイツの二の舞になりかねないからな。恥を忍んで頭を下げる事にしよう。
「灰音……お前が言う失敗、何があったのか教えてくれないか?」
「あぁ、良いぞ。俺にもメリットが無い訳じゃないしな」
あっさりと快諾する灰音。
こういう性格が羨ましくもあったが、今はそれがただただ頼もしかった。
「──ゴール後に、面接……?」
「このゲームのポイントは、これを見てる神様を楽しませる事だ。多分お前も最初に言われたろ?」
灰音の言葉に、俺は別れ際の神の言葉を思い出す。
──『儂はゴール地点にて、お主のゲームの様子を見守っておる。ゲームが楽しい物になる事を、祈っておるぞ』
「確かにそんな事言ってたけど、アレってそう言う意味だったのか……」
「ああ。このすごろくで多くのイベントを踏んで神様が満足する程、マスクデータになっているポイントが加算されていく訳なんだが……転生にはこのポイントが一定量を超える必要がある」
「……そんな説明されてないが?」
「だよな。俺もゴールに着くまで知らなかった」
なんて意地悪な……。最初からこのレベルなのか。
「それで、そのポイントが多ければ多い程、来世の待遇に融通が利くらしいんだが、俺はゴールまでのポイントが少なすぎてな……面接で神様を楽しませないと、転生も駄目なレベルだったんだとよ」
「面接で楽しませるって……何したんだ?」
「……まぁ、それは良い。とにかく失敗したって結果だけは、今の俺を見れば分かるだろ?」
何やらはぐらかされた気もするが、一つ言えるのは……
「……それだけこのすごろくで神を楽しませるのが難しいって事か」
「いや、俺の場合『6』と『5』ばっかり出して、ほぼ最短でゴールしたのがマズかったらしい。あんまり楽しめなかったってさ」
「えぇ……?」
なんだよそれ、理不尽過ぎるだろ。最速ボーナスとかは無いのか。
「ま、そんな訳だからよ、のんびり行こうぜ? しょっぱなから『1』なんて、寧ろツイてるって解ったろ?」
「……ああ」
その後、俺と灰音はマスの指示に従って共にすごろくを進行していった。
灰音が『6』と『5』ばかり出して最短で突っ切ったと言っていたから、大きな出目が出やすいのかとも思ったが、俺の場合はその真逆。
『4』以上の数字を殆ど見る事無く、まるで牛歩のようにのんびりと進む事になった。
『すげーな、お前。こんなに色んなマスに止まるのって才能だよ』
途中で灰音がそんな事言って笑ってたが、まるで業績の差を思い出させる出目に、少しイラっとし始めていたそんな時──
──『6』
「!」
「あー……最大値ついに出ちまったか。ま、そう言う事もあるって」
何故か最大値を出したのに励まされながら、しかし内心の満足感に背を押されるように俺達は進み──そして、止まった先のマスの指示に、俺は項垂れる事になった。
『ドライブ中に森で迷ってしまった。一回休み』
「一人すごろくで一回休みってなんだよ……!!」
「スゲーよお前、マジで才能あるって」
気付けば俺は灰音を助手席に座らせ、薄暗い森の中で自動車を運転していた。
……よく見たら、これ俺の車じゃねぇか。なんでもありだな、このゲーム。
「──っていうか『一回』休みって、いつまでこうしていればいいんだ……?」
「マスの内容から考えると、この森を抜けるまでじゃないか?」
「マジかよ……」
「まあまあ、ここはポジティブに考えようぜ? これってポイントを稼ぐチャンスだろ。何か楽しませられる物とか無いか?」
「無茶言うなよ……」
そう言って、俺の車の中を色々と物色する灰音。
一応備え付けの音楽プレーヤーはあるが、俺はそう言うのを聞く趣味が無い為、USBを車内に置いたりは──
「──お? なんだ、USBあんじゃん! 音楽くらい流せば雰囲気変わるだろ」
「は? おい、灰音ちょっと待っ──」
そう言うが早いか、灰音は備え付けの音楽プレーヤーの端子にUSBメモリを差し込み、音楽を再生する。
しかし、それは俺が持ち込んだ物じゃない。そんな物があるのだとすれば、間違いなく神の差し金だ。止めようとするが、今は運転中。
俺の制止も間に合わず、社内に俺の知らない音楽が流れ始め……
『♪Huh~……Year……』
「初っ端からハミング……? 変な歌だな……」
「……」
どこかで聞いた事のある男性の声が、知らない曲をバックに知らない歌詞を紡ぎ始めた。
チラリと見た灰音は表情を強張らせ、わなわなと手を震わせている。
『♪過ぎ去る日常 戻らぬ友情 突如終わりを告げる無情』
『♪運命握るダイス 導け俺のデイズ 死後有るまさかのガチリアル 転生待つ間のモラトリアム』
「何これラップ?」
「……ッ! ……ッ!」
音楽に混じってカチカチとボタンを連打するような音が聞こえるが、運転中で視線を正面から動かせない俺は灰音が何をしているのかまでは分からない。
『♪死から生へと向かう道 俺は出会った森のくまさん』
「急に曲調変わったな……?」
「……」
ラップからまさかのバラード。転調なんてレベルじゃない急激な変化に、ついつい疑問が声に漏れてしまう。
『♪一瞬交わるすれ違い 片道車線のすれ違い 片膝抱えるくまさんの 赤い瞳が俺を見た』
『♪ワッツハプン 何があったんだい? 君の人生? それとも熊生? 自動車事故に遭ったのかい?』
『♪ワッツァップ 何で怒るんだい? 血走る瞳に背を向けて 俺は必死の逃走者』
やたらと癖の強い『森のくまさん』のような何か。
癖が強すぎて歌が上手いのか下手なのかも分からないが、徐々に上がるテンポから辛うじてサビに入ろうとしている事だけは伝わった。
そして──
『♪すたこらサッサァー すたこらサッサァの~……──サァーーーーーーーーッ!!!』
「うるっさ……」
「~~ッ!」
最後に耳をつんざく大音量のシャウト。
もう何が何だか分からん歌は間奏に入ったのか、ジャカジャカとギターをかき鳴らす音が続く。
助手席の灰音は耳まで真っ赤にして縮こまってしまった。
……うん、もうここまでくれば流石に分かる。この歌声の主。
「……あのさ、灰音。お前この歌──」
「言うな……何も言うなぁ……!」
か細い声で抵抗されるが、歌詞の内容が内容だけに流石に確認しておきたい。
「お前まさか、これを神様の面接で歌ったのか……?」
「ヴァアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
それは俺が初めて見る、エリート灰音の発狂だった。
「……酷い目に遭った」
「俺のセリフだろ……あのクソ神めぇ……!」
あの後、あの酷い歌は二番に突入し、それが丁度終わったタイミングで森が不自然に開けた。どうやら『一回休み』が終わったと言う事らしく、俺達の前には例のサイコロが置かれている。
「もしかして、あの歌を聞き終えるまでが『一回休み』が終わる条件だったのか?」
「趣味悪過ぎだろッ!? いつの間にあんなの録音したんだ! 何でUSBにされてんだ! 何でお前の車の中に置いてあるんだ!?」
「分かる訳ないだろそんな事……」
羞恥と混乱に顔を真っ赤にした灰音が、涙目になりながら俺の肩を掴み、がくがくと揺さぶる。
そんな姿を間近で見ると、コイツにも弱点ってあるんだな……なんて、少し安心している自分が居た。
「あ~っ、もう! さっさと終わらせるぞ、こんなクソゲー!」
そう言って、俺の代わりにサイコロを持ち上げようとする灰音だったが……
「くそっ、掴めねぇ!」
彼女の手はサイコロをスカスカとすり抜け、手に持つ事も出来ない様子だった。
あくまでも俺がプレイヤーで、灰音は同行者……そう言う事らしい。
灰音もそれを思い出したのだろう。キッとこちらを睨んで催促する彼女の隣に歩み寄り、俺はサイコロを拾い上げる。
「……まぁ、ゴールは目指さないとな」
灰音の言う様に、やはりこのゲームは中々に悪趣味だ。早々に終わらせるに限る。
軽い気持ちで放り投げたサイコロはコロコロと転がり、一つの面を上にして止まった。
──『1』
「……」
「……」
「やっぱお前すげぇよ……」
「うるせぇ」
そんな調子で、俺達は思いと裏腹にのんびりすごろくのマスを進んで行った。
『急に芸人魂が爆発した! 物ボケチャンス!』
「チャンスってなんだよ。無茶振りじゃねぇか」
「ポイント稼ぐチャンスって事だろ? 俺が同行してなかったらまるで訳分かんねぇのが質悪いぞ」
「サイコロも出てるし、確かに知らなければ素通りしてたかもな……」
『野生の運動会に巻き込まれた! 一人なら応援団長になり一回休み、二人なら次のマスまで二人三脚だ!』
「野生の運動会……?」
「これは灰音がいて助かったな。応援団長とか根暗にはキツイわ……」
「二人三脚も結構厳しくないか? 体格的にさぁ」
『時間の流れが歪んでしまった! 次のマスに止まるまで、小学生の頃の姿になる!』
「うわ、サイコロでっか……」
「なぁ……俺、なんで小学生の頃の姿まで女になってんだ……?」
「知らん」
『「カラオケで高得点出すまで出られない部屋」に入ってしまった! 一回休み!』
「灰音は休んでろ。カラオケの経験は無いが、ここは俺が頑張るしかねぇ……」
「はぁっ!? お前、車の中のアレが俺の全力とか思ってねぇだろうな!? マイク寄越せ、リベンジしてやる……っ!」
「──やっぱり音痴じゃねぇか!」
『ステージチェンジ! 30マス進むまで、マップの雰囲気が変わるぞ!』
「うぇっ!? なんだコレ!? 周りの地面が消えて……!」
「マスは円柱状の足場で、それを移動する方法は、吊り橋だけか。ちょっと怖いな」
「マジかぁ……俺、こう言うの苦手なんだよなぁ~……!」
「──ろ、碌なマスが無かったな……」
「俺、一週目は殆ど飛ばしてたから、こんなにキツイゲームとは思わなかったわ……!」
体力も精神力も使い果たし、ついに俺達はゴールまで後一マスというところに来ていた。
「それにしても……お前ホントスゲーよ。ゴールまで残り六マスってなってから、五連続で『1』を出せるのは、多分お前だけだよ」
「うるせぇよ。多分神が何かしたんだろ。そうに決まってる……」
ここまで体感でかなり長いゲームになったからか、随分気安くなった灰音が肩を組んでくる。
……いや、割と最初から結構気安い性格だった気もするなコイツは。
(今の容姿が俺の好みの女っての忘れてるだろ、コイツ……)
中身が灰音と知りつつも、悲しいかなこれまで女と親しくなった試しがない俺の鼓動は節操なく早鐘を打ち始める。
「──ほら! サイコロふるから離れろ!」
「はいはーい!」
心音を悟られまいとやや乱暴に灰音を振り払い、俺はサイコロを放った。
──『1』
「Beautiful……!」
「うるせぇ、さっさとゴールするぞ……!」
本気で感心したかのように拍手する灰音を伴い、俺は足早にゴールのマスへと歩を進めた。
次の瞬間──
「っ!?」
「お、ここは……」
周囲の光景がガラリと切り替わり、俺と灰音は面接部屋で二人並んでパイプ椅子に腰かけていた。
俺と違って灰音が落ち着いている事を考えれば、ここが最後の面接会場ということだろう。
「──その通りじゃ。良くここまで辿り着いたのぉ、二人とも」
対面には後光を背負う神が座っている。……相変わらず眩しいな。目が眩みそうだ。
「今回のプレイヤーの得点は、なんと一九四点! 牛歩戦術が功を奏したのぉ!」
うるせぇ。好きでやったんじゃねぇよ。
「ほっほ! 今ので一九五点になったぞい。さて……転生に必要な点数、一〇〇点を優に超えたお主には『記憶の持越し』に加えて『異世界転生』、軽い物であれば特殊能力も与えられるぞ? 至れり尽くせりの人生、お主は何を望む?」
なるほど。ようやく小説でよく見るようなワードが飛び出してきたな。
定番であればやっぱり剣と魔法のある世界で、チート引っ提げて大冒険って感じか……
(──ん?)
そこまで考えて、俺は小さな疑問にぶつかった。
「……あの、灰音──同行者は転生できないんですか?」
「む? そうじゃな、あくまでプレイヤーはお主じゃからな。ただ、プレイヤーをここまで導いた同行者は、前回の得点を引き継いだまま二週目のゲームに挑める。そこで得点を稼ぎ、合計が一〇〇点以上になれば、転生も可能となるぞ」
確認の意味を込めて灰音の方を見ると、彼女は知っていたと言う表情で頷きを返した。
……これが灰音の言っていた、『俺にもメリットが無い訳じゃない』という奴か。
「……因みに、前回の灰音は何点獲得してたんです?」
「うむ、五点じゃ」
「五……!?」
(一体どうすればそんな低得点でゴールできるんだ? RTAでもやってたのか?)
再び視線を向けると、灰音は居心地悪そうに笑顔を作った。
……きっとコイツも分かっているのだ。二週目のゲームをクリアしても、一〇〇点に満たないだろう事は。
だから多分、灰音はこの後このゲームを三週、四週と繰り返す事になる……
(──いや、そもそもコイツの『三週目』っていつになるんだ……?)
二週目はきっと俺が転生した直後に始まるのだろう。しかし、三週目は今回と同じく、誰かを同行者として導いた後になる筈。
だが……同行者のマスは最初に『1』を出さないと止まれない。そして、途中で止まった『運動会』のマスに書かれていた内容は……
『一人なら応援団長になり一回休み、二人なら次のマスまで二人三脚だ!』
──三人目以降の記載が無かった。きっと同行者が参加できるのは、プレイヤーが最初のあそこに止まった場合だけなのだ。
じゃあ、コイツはいつまでこんな所に……
「……そんな顔すんなって。周回すれば俺も転生は出来るんだ。お前がどんな世界に行くのか、いつかの参考にさせて貰うからな!」
そう言って爽やかに笑う灰音は、やはりどこまで行っても灰音だった。
爽やか系のイケメンで、コミュ力も高くて、仕事も気遣いもできるのにそれを鼻にかけない……俺と真逆の──ライバル。
そんなライバルが……
(こんな所で置いて行かれる……?)
コイツに勝ちたいと思っていた。なんでも良いから何か一つ勝って、見返してやりたいと思っていた。
……でも、こんなのは違うだろう。
「──神様! 転生特典で、コイツも一緒に転生させてくれないか!?」
「はっ!? おい、お前何を……!」
慌てたように灰音が俺の方を見る。
「一方的な感情だが、灰音は俺のライバルなんだ! コイツに勝つのは、実力じゃないと駄目なんだ!」
「お、お前……そんなこと考えてたのか……」
案の定、灰音は俺のライバル心に気付いても居なかった。
当然だ。業績も上司の覚えも天地の差。そんな相手にこんなこと思われてるなんて、想像もしなかっただろう。しかし──
「ふむぅ……しかし、人一人を特典にすると言うのは、文字通り『その人間を自分の物にする』ようなものじゃ。今のお主の得点では、流石にそこまではしてやれんのぉ……」
「な、なら……──そうだ! 俺の得点の内、九五点を灰音にやってくれ! そうすればコイツも、この場で一緒に転生できるんだろ!?」
「な……!?」
灰音の得点は五点。俺の九五点を渡せば、俺と灰音の点数は二人とも丁度一〇〇になる。
問題はこう言う行為が許可されるかだが──
「……ふむ、まぁそれくらいならええじゃろ」
「!」
「じゃが、その場合『転生先は前と同じ世界』で、『記憶も持ちこせぬ』。今のお主が持つライバル心も、お主は思い出せなくなる。……それでも良いかの?」
「お、おい……それじゃ意味ないんじゃないのか? やっぱりやめておけって……」
灰音は止めようとするが、こうなったらもう意地と勢いが勝つのが俺だ。
「それで一向に構いません!」
「──面白い!」
俺の願いに神が笑ったのが分かった。
後光によって見えない筈の表情は、どこか慈悲深いようで、愉悦に歪んでいるようで……
そして、俺は──
「──よっ、遅くまでお疲れ!」
「あ、ど、どうも……」
残業中、コトリと机に置かれた缶コーヒーに振り返ると、そこには一人の女性の姿があった。
「なに? 頭抱えてたけど、どうしたの?」
「いや、明日の会議の資料に必要なデータが中々纏まらなくて……」
気安い調子で隣のデスクの椅子を引っ張り出し、座った彼女は葉稲黒江。俺と同期の社員でありながら、俺とはまるで真逆の『できる人』だ。
かわいい系の美人で、コミュ力も高くて、仕事も気遣いもできる……なのに、こうして妙に俺に絡んでくる。
「あー、これかぁ……だったら確か──」
今もそうだ。俺と違って残業する必要もないのに、こんな時間に話しかけてくる。そして、何かと手伝ってくれるのだ。
前に『どうして助けてくれるのか』と聞いた事もあったが、『なんとなく、貴方が困ってるのを見ると、助けたくなっちゃうのよね。大きな恩がある気がして……』と、訳の分からない事を言っていたのを覚えている。
(でも、甘えてばかりもいられないよなぁ……)
何せ、彼女の容姿は完全に俺の好みなのだ。
性格も良いし、料理も上手い。……正直、結婚したい。だけど──
(今のままじゃ高嶺の花って奴だ……)
彼女とせめて対等にならないと、告白しても玉砕する未来しか見えない。
せめて告白する前に何か一つだけでも彼女に勝って、自信をつけておきたいのだ。
(前に忘年会で行ったカラオケでは流石に勝ってたけど、アレはどっちかって言うと葉稲さんが音痴なだけだったしな。ノーカンだろう)
彼女が音痴だと知った時……ギャップという奴なのかもしれないが、アレで俺は彼女に妙に惹かれてしまったのだ。
──まぁ、他の社員は俺とは逆にドン引きしてたけど。
「──ほら、手ぇ止まってるよ? それとも、あたしとここで一晩過ごす気?」
「い、いえ! すみません! 直ぐに完成させます! 女性に夜更かしさせる訳には行きませんし!」
「あはは! 同期なんだから敬語はやめてよ!」
◇
「──ふぅ~む……儂が折角サービスしてやったと言うのに、中々進展せんもんじゃのぉ?」
下界で遅くまでオフィスに残り仕事をする男女を、一柱の神が見下ろしていた。
『なんか、懐かしい気がするね。前も二人っきりで色々やらなかったっけ?』
『え……っと、確かに、不思議とそんな気が……デジャヴってやつですかね?』
「ま、朧げな記憶と感情では、このくらいという事かの。じゃが……これはこれで、面白い。もうしばらくは退屈せずに済みそうじゃわい」
今回、一話完結の短編と言う事でチアーズプログラムを試しに設定してみました。
その為少し広告が増えますが、今後の執筆の励みにさせていただきたいと思います!




