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第8話 過去へ 黒野目線

   2023年 10月10日 火曜日


朝起きると、美亜ちゃんはまだソファで静かに眠っていた。


僕は軽く朝食をとり、できるだけ音を立てないように電気のスイッチを入れて、小さな音でクラシック音楽を流した。


「う〜ん…おはよう…」


起こしてしまったようだ。


「おはよう、ごめん起こしちゃったね」


「もう起きるよ」


「それじゃ、いってくるね」


「いってらっしゃい!」


外に出て、ふと自室の窓を見ると美亜ちゃんが笑顔で手を振っているのが見えた。


僕も笑顔で振り返す。


冷静になって考えてみると、幽霊が自分の部屋の窓から手を振っていたら、普通めちゃくちゃ怖いよな…。



仕事中も、何だかうわの空で、ミスをしないように必死で集中した。


昨日、妙な事を言われたからだろう。


もし、美亜ちゃんが大人になったら…。


頭の片隅には彼女のことがずっと引っかかっていて、心ここにあらずといった感じだった。



         * * *



仕事が終わり、玄関のドアを開けると、美亜ちゃんが静かに僕を出迎えた。


「おかえりなさい」


「ただいま」


「いいね、家に帰ると誰かがいるって」心の中でそう呟きながら、思わず顔がほころんだ。


「今夜手紙出しに行くよ。準備はいいかな?」


「はい、よろしくお願い致します」


美亜ちゃんはまた敬語で、深々と礼をした。


何となくそれが気になった。


「その敬語、変だからやめなよ。タメ口でいいからさ?」


「………」


「敬語やめな!」


少し強めに言ってみると、すぐに反応した。


「イエッサー!!!!!」


彼女の元気いっぱいのその様子に、僕は思わず笑ってしまった。


……それにしても変なヤツだ……。


今日の仕事着はスーツだが、そのままスーツで行く事にした。美亜ちゃんを送り出すには正装がいいと思ったからだ。


部屋を出て、美亜と一緒に車に乗り込むと、エンジンキーを回した。


1975年式のアイボリーのビートルが静かに唸りを上げる。


この車は僕の自慢でもあるけれど、同時に「金食い虫」でもある。50年近く前の車だから、故障も多くて修理費がかさむ。そのせいで、僕の貯金は中々貯まらなかったのだ。


車の中で美亜ちゃんは終始元気だった。昔話をいくつもしてくれて、僕もつい笑いながら聞き入っていた。


「覚えてる?ピアノのコンクールのお昼休みのこと。私、一生懸命黒野君に話しかけたのに、すごく冷たい態度だったよね?」


「覚えているよ。あの時ね、すごく緊張してたんだよ。話しかけられて嬉しかったんだけど、上手く返せなかったんだ…」


「知ってた。ふふっ…」


最近、会話のペースは完全に美亜ちゃんのものだ。彼女の言い回しにはいつもどこか含みがあって、僕は毎回少し戸惑わされる。


今日は霧が出ていないので、山道を下るのにかかる時間かからなかった。


電波腕時計を確認する。


西暦2023年10月12日火曜日


やっぱりダメか———。


僕は腕時計を美亜ちゃんに見せた。


「やっぱり駄目だね。霧が出ていないと…。一応家には行ってみようか?」


「……うん……」


返事は元気がない。


成仏する土曜日までに霧が出なければ、過去に行けるチャンスない。


そんな事実が、現実味を帯びてきた。


洋館に着くと、そこには何もなく、更地になっていた。


初めて美亜ちゃんと会った時、老朽化して取り壊されるというのは本当だったんだ…。


“古いものを大事にする”と言う彼女のお父さんが生きていたら、改修工事をして洋館は現存していただろう。


そんな気がした…。


美亜ちゃんは無言のまま、じっとその光景を見つめている。自分の家がなくなったという事実に、どれほどのショックを受けているだろうか。


ふと自分の実家が更地になったところを想像してしまい、胸が締めつけられた。


それから僕も黙り込んだ。


もしかしたら、もともと洋館なんて存在しなかったのかもしれない。


美亜ちゃんとピアノ教室で一緒だったことも、今の状況も、全てが幻想だったんじゃないか……そんな疑念が頭をよぎった。


ふと、助手席を見る。


美亜ちゃんがそこに座っている。


やっぱり、これは現実なんだろう。


「…とりあえず帰ろう。私たちの部屋へ!」


美亜ちゃんは明るく、まるでこの重い空気を吹き飛ばすかのように言った。


彼女の元気な声に、僕は少しだけ安心して、頷いた。


「この車、好きよ。かわいいよね。フォルクスワーゲン・ビートルだよね?」


「よく知ってるね」


「昔、ビートルのミニカー持ってたんだよ」


「女の子もミニカーで遊ぶんだ?」


「パパがたまに買ってきてくれたの。パパもママも車が大好きだったからね」


男兄弟しかいない僕には女の子が何をして遊ぶのかは全くわからなかった。


家に着くと、美亜ちゃんは「ただいま」と言いながらソファに腰掛けた。


「もう少しだけ、一緒にいれそうだね」


「そうだね…」


2人とも一瞬ほっとしながらも、心の奥底では、無事に過去へ行けるのかという不安が募っていた。


パソコンを開き、10月の低山で霧が発生する可能性について調べてみることにした。すると、次のような情報が目に入ってきた。


10月でも、特に山間部や標高の低い地域では霧が発生することは珍しくありません。


秋の季節は日中と夜間の温度差が大きくなるため、霧が出やすい条件が揃う時期です。特に、山間部や川沿いのような湿度が高い場所では、霧が頻繁に発生することがあります。


以下の理由で、秋でも霧が発生しやすい状況が考えられます:


1.日中と夜の気温差

秋は昼と夜の気温差が大きくなるため、夜間に気温が下がり、露点温度に達しやすくなります。特に、山間部や谷のような地形では、冷たい空気がたまりやすく、夜間や早朝に霧が発生することがあります。


2.湿度の高い朝晩

秋は特に朝晩の湿度が高く、放射冷却によって地表付近の空気が冷やされ、水蒸気が凝結して霧になることがあります。


3.山間部の地形効果

山や谷の地形は、冷たい空気が低いところにたまりやすい特徴があります。霧は標高が低い山や谷間でも頻繁に発生します。標高が低くても、湿度が高い環境や気温の急な低下があれば、霧は十分に発生しやすいです。


ここから洋館までの最短距離の道はちょうど山の谷間の様な峠道になっていて、地形的には合致する。どうやらそれほど珍しいことではないらしい。


それに霧が多く発生する夕霧市、名前の由来にもなったほどだ。更に魔法の鍵もある。


少しほっとしながら、次に週間天気予報をスマホで調べてみた。金曜日がちょうど湿度が高く、寒暖差も大きく霧が発生しやすい条件が揃いそうだった。成仏するギリギリの日だ。


「美亜ちゃん、金曜日は霧出るかもしれないよ。霧が出る条件と湿度、昼夜の寒暖差を調べたんだ」


「本当?やっぱり、この魔法の鍵すごいよ。私が生きている過去に行けるかも!」


「また祈ってみようよ」


「うん!」


彼女の顔に笑顔が戻り、少しほっとした。


この鍵に本当に魔法があるのなら、本当に彼女の生きている過去に行けるかも知れない…。


「また、ご飯食べながら、映画見ようか?」


「うん、今日は『アメリ』がみたいな…」


「いいね。そうしようか」


こうして、また1日が過ぎていった。

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