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第6話 花屋さん 黒野目線

       2023年10月8日


紅茶を2人分飲み干すと、返却口に置き、カフェを後にした。


「ねえ、美味しかった?」


「飲み過ぎた。お腹タプタプだよ」


「当たり前だよ、ハハハ」



         * * *



その後、1週間分の食料を買い込みスーパーを出た。


「ねえ、花を買って帰ろう。テーブルに飾ろうよ?」


「うん。私が選んであげるよ!」


選ばせてあげたら喜ぶのではないか?その考えは口にするまでもなかったようだ…。


駅前の花屋「ル・フルール」に足を踏み入れた瞬間、僕らはまるで花の世界に引き込まれるように、濃厚で甘やかな香りに包まれた。


色とりどりの花々が、店内の光を受けて、まるでキャンバスに描かれた絵のように輝いている。


「わぁ、すごい。いい香りだね~」


美亜ちゃんが笑みを浮かべながら、嬉しそうに言った。どうやら幽霊でも匂いはわかるらしい。


僕も思わず微笑み返したが、同時に、これからは自分の身だしなみや匂いにも気を配らないといけないという事だ。家でも全く落ち着かなさそうだ。


美亜ちゃんが選んだ花々は色彩豊かなセンスに溢れていた。ピンク、白、紫のコスモス、赤、オレンジ、黄色のダリア。さらに、淡いピンクとケイトウ、そして、白とピンクの秋明菊。黄色とクリーム色のスプレーマムも加わった。


かなりの量だ…。


一方で僕は、グリーンを足したくて大きなレザーファン(シダの葉)を2本選んだ。


店員さんに「プレゼント用です」と告げると、慣れた手つきで花々を丁寧に束ね、見事なブーケに仕上げてくれた。ブーケは手提げ袋に収められ、店を後にした。


外に出ると、時刻はすでに17時を回っていて、夕闇が街を静かに包み込んでいた。


美亜ちゃんは軽やかにスキップしながら、時折手提げ袋の中を覗き込んでは、顔を埋めるように香りを楽しんでいる。


マンションへ帰ると、花束を花瓶に生けて飾り、そっとテーブルの上に置いた。


花々の鮮やかな色彩が部屋を彩り、その甘い香りが静かに漂い始める。


「お花、ありがとうね。嬉しい!」


「よかった」


「お花はね、家の庭にいっぱい花が咲いていたんだ。パパと家政婦のタエさんが育てていたの。その花を摘んで部屋中に飾ったり、近所の人やキリコ先生にあげてたんだよ」


「それはいいね」


「でもね、道端で咲いている花も大好きだよ。首飾りや花冠作ったりね」


「男の子は全くやらない事だね。でも最近はそう言うの、いいなって思うよ」


「うんうん。お花は絶対好きになった方が人生楽しいよ?」


「だよね。夕食はパスタでいい?」


「うん」


「今作るからね」


僕は台所に向かい、パスタの準備を始めた。


美亜ちゃんはリビングのテーブルに座り、花に顔を近づけてうっとりとしている。


「何か音楽は聴く?」


僕が尋ねると、美亜ちゃんはふと考えるように目を細め、少しだけ間をおいて言った。


「アンドレ・ギャニオンの『巡り会い』がいいな…」


その言葉に僕は頷き、リビングにピアノの旋律が静かに流れ始めた。


やわらかで夢見心地なメロディが、部屋全体を包み込む。


美亜ちゃんは静かに音楽に耳を傾け、まるでその音に身を委ねるかのように、穏やかな表情を浮かべている。


ペペロンチーノとサラダを作り、テーブルに並べた。美亜ちゃんの分は、小さなお皿にほんの少しだけ盛り付けた。


花屋で自分の匂いに気をつけようと思ったばかりなのに、気がついたらすさまじいニンニクの匂いが部屋中に広がっていた…。


「ごめん、臭かったよね?」


「ふふっ」


美亜ちゃんは意味深な笑顔を浮かべた。


「いただきます!」


「すごく美味しい!黒野君、料理上手なんだね」


またしても食べる真似をした。


食べることができないのに、それでも楽しそうに振る舞っている姿が、なんだか切なくて、涙が出そうだった。


「ありがとう。でも、ニンニクが効きすぎてるかもしれないね」


「ううん、ちょうどいいよ!」


美亜ちゃんは嬉しそうに笑って、また1口食べるふりをした。


部屋に漂う花々の香りと、ニンニクの香ばしい匂いが混ざり合う中、静かな時間が流れた。


食事を終えると、早速手紙の話を切り出した。


「セリーヌのこと、手紙に書いてみない?」


「今日はいいや。明日にしようよ。黒野君が仕事に行っている時に考えておく。まだ内容も決めてないし、今日はゆっくり映画でも見ようよ」


その言葉に、正直ほっとした。

手紙を書き終え、もし本当に過去に戻って投函した

ら、もうこの生活が終わってしまうからだ。


それくらい今日は楽しかった。


「じゃあ、映画にしようか?何がいい?」


「うん、何があるの?」


美亜ちゃんは明るい笑顔を浮かべた。


「今の時代、サブスクって言って映画もこのテレビでなんでも見れるんだよ」


「えっー?未来すごい!レンタルビデオ屋さんは?」


「この街にはもうないよ。今は注文した本がインターネットですぐ届くし、スマートフォンでも読めるんだ」


「便利だけど、ちょっと味気ないね…。レンタルビデオ屋さんもかわいそう…」


「本当そうだよね」


迷っている美亜ちゃんに、僕はディズニープラスの中から「シンデレラの実写版」を選んだ。実写版は2015年上映されたので、彼女はまだ見た事がないはずだ。


僕自身、1度見たことがあるが、その映像美に圧倒された記憶が鮮明に残っている。


ストーリーは誰でも知っているけれど、2人が十分に楽しめる作品で、ハッピーエンドで終わるのも、こういう時にはぴったりだと思った。


「ちなみに、英語字幕と日本語吹き替え、どっちがいい?」


「いつもは英語で見るように教育されてきたけど、今日は黒野君と一緒に楽しみたいから、日本語吹き替えにしよう」


その言葉に、彼女がどれだけ高度な教育を受けてきたのかを思い知らされ、驚かざるを得なかった。おそらく、英語以外の教科も優秀に違いない。



        * * *



2人で映画を見ていると時間はあっという間に過ぎていった


見終わると、明日の仕事に備えてお風呂に入り、寝る準備を始めた。


「私はソファーで眠るから、黒野君はベッドでゆっくり休んでね」


「えっ、でも…」


僕はベッドを譲ろうと少し戸惑ったが、美亜ちゃんはすかさず笑って続けた。


「ソファーで眠ると、身体痛くなるよ。私は幽霊だから大丈夫!気を使わないで」


その言葉に安心した。実際、僕は以前ソファーで寝たとき、寝違えてひどい目にあったことがあるのだ。


「うんおやすみ。明日仕事だからね」


「わかった!今日1日、本当に楽しかったよ。パパとママが成仏してからずっと1人だったからね…。おやすみ、黒野君…」


僕はもう1度「おやすみ」と返し、ベッドに横になる。


今日の夜中に目が覚めてから、信じられないような出来事が次々に起こった。


幽霊の美亜ちゃんと過ごした時間——すべてがまるで別世界のようで、これが本当に1日で起きたことだなんて、とても信じられなかった。

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