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第57話 英国③ 美亜目線

2023年3月


パパと家に戻ると、ママはリビングのソファで泣いていた。


「私の顔を見ただけで、あんなことになってしまうなんて……」


その震える声に、胸が締めつけられるような思いがした。


「大丈夫だよ、ママ。泣かないで……これから少しずつ、きっと打ち解けていけるから」


「面会は明後日で、退院はそのあとになると思うけど、その時のために……家をおばあちゃんの好きな花でいっぱいにするのは、どうかな?」


ママが顔を上げる。少しだけ目元が赤いけれど、私の言葉に驚いたように瞬きをした。


「美亜……それは、いい考えね」


「嬉しい! パパも、そう思うよね? おばあちゃんの好きな花、いっぱい知ってるでしょ?」


パパは「もちろんだ」と笑った。


「春なら、スイセンとプリムラ、それに白とピンクのラナンキュラスが好きだったな……」


ママの口元が、ほんの少しだけ緩む。


「じゃあ、季節ごとに咲くようにしよう。花壇もテラスも鉢植えも、どこを見てもおばあちゃんの好きな花が咲いてるって、素敵だよ」


「……うん。きっと、喜んでくれるわね」


「ママはすごいよ。その気持ちがあれば、絶対に大丈夫だから」


私はママの手をぎゅっと握った。少し震えていたけれど、ちゃんと温かかった。


「よし、明日は3人で花の苗を買いに行こう。お母さんの帰ってくる庭を、ちゃんと用意しておかないとな」


パパのその言葉に、ママは涙をこらえながら、そっと微笑んだ。


翌日。私たちは3人でガーデンセンターへ行き、プリムラ、ラナンキュラス、そしてパンジーの苗をたくさん選んだ。


ママが家の雰囲気に合わせて、配置や色合いを丁寧に決めていく。手際よくスコップを動かすママの姿が、どこか嬉しそうで、それを見ているだけで心があたたかくなった。家全体が、まるで春の光に包まれたように明るくなった。


明日は、私とパパで病院へ面会に行く予定だ。

おばあちゃんが笑顔でこの庭に戻ってくる日が、待ち遠しくて仕方ない。



         * * *



おばあちゃんの容体は落ち着いていて、顔色も良く、穏やかな笑顔を浮かべていた。

けれど、その瞳の奥に、深い後悔の色が滲んでいた。


「Mia… James… I’m sorry.」

(美亜……ジェームズ……ごめんなさいね)


「And Reiko, too… I was too stubborn. It was my own pride that made my blood pressure spike like that.」

(レイコにも……私はあまりに頑固すぎた。自分の意地で、勝手に血圧を上げて、こんなことになって……)


「I’ve realized I need to be more forgiving… more open-hearted.」

(もっと寛容にならなきゃいけないって、心から反省してるのよ)


「If I had died with you two still apart… I would never have found peace.」

(もし私があのまま死んで、あなたたちが離れたままだったら……死んでも死にきれなかったわ)


「おばあちゃん……!」


私はこみ上げる想いに耐えきれず、そっと抱きついた。


「Mia… thank you.」

(美亜……ありがとうね)


「You’ve grown into such a wonderful woman. You saved my life. And for that, I must thank Reiko, too.」

(こんなに立派な女性に育って……私を救ってくれた。レイコがしっかり育ててくれたおかげだね)


パパもそっと手を伸ばし、おばあちゃんの手を包み込む。


「Could you bring Reiko here?」

(レイコをここに呼んできてくれるかい?)


「えっ……おばあちゃん、まだ早いよ……」


「It’s alright. This is a hospital—if anything happens, I’ll be in the right place.」

(大丈夫よ。ここは病院なんだから。何かあっても、ここなら大丈夫)


「Grandma, I really appreciate how you feel… but let’s start with a video call first, okay?」

(おばあちゃん、気持ちは嬉しいけど……まずはテレビ電話にしようよ)


「Mother, let’s listen to what Mia is saying. She’s right.」

(お母さん、美亜の言う通りにしよう……)


「…Is that so? …Well then, perhaps we should do as Mia says.」

(……そうかい? ……それじゃあ美亜の言う通りにしようかしら)


私たちはスマホが使える談話室へと移動し、ママのスマホにFaceTimeで接続した。


皆に聞こえるようにスピーカーホンで。


「ママ、今ね、病院の談話室にいるの。おばあちゃんが、ママとテレビ電話で話したいって言ってるの」


「えっ……でも、本当に大丈夫なの?」


「うん。さっき話した感じでは、今なら落ち着いてると思う。もちろん、絶対とは言えないけど……。でも、ここを乗り越えないと、前には進めない気がして」


「……うん、ありがとう。じゃあ……お願いするね」


「Reiko… I’m truly sorry for the way I welcomed you. It must have been so hard. But I’m alright now… and I want you to know, I support the two of you being together again.」

(レイコ……こんなお出迎えをしてしまって、本当にごめんなさい。大変だったでしょう。でも、私はもう大丈夫だから……あなたたちがまた一緒にやり直すこと、今はもう賛成しているわ)


「I’m the one who should apologize. The way I treated you all these years… I was completely wrong.」

(謝るのは私のほうです。今まであなたに取ってきた態度……すべて私が間違っていました)


「I’ve heard everything from Mia. That you quit the boutique, started working on a farm, and made every effort to change yourself… James kept me updated all along. Why don’t you come live here with us? Help James, support him…」

(全部、美亜から聞いているよ。あなたがブティックを辞めて牧場で働いてきたこと、性格を変えるために努力してきたこと……ジェームズが逐一報告してくれていたから。こっちで一緒に暮らしましょう。ジェームズを支えてあげておくれ)


「…Thank you… truly…」

(……ありがとうございます……)


ママはこらえきれずに号泣していた。


パパも静かに目頭を押さえている。


「If you want to thank someone, thank Mia. You really did raise a wonderful daughter.」

(お礼を言うなら、美亜に言うんだよ。あなた、本当に美亜を素晴らしい子に育てたね)


「…Yes… Mia turned out to be a wonderful girl… but I think it’s because she grew up watching my mistakes…」

(……はい……美亜は素敵な子に育ちました……でも、それは私のことを反面教師にして育った結果だと思います……)


「Ahaha… I think you might be right about that.」

(アハハ……それ、私もそう思うわ)


「アハハ……」


病室には、笑い声が静かに広がり、みんなの表情は希望に満ちていた。



         * * *



おばあちゃんの退院は7日後ということで、私たちがそこまで滞在することはできなかった。


一緒に、あの花いっぱいの庭を見ることは叶わなかったけれど、パパがその時の様子を動画に撮って送ってくれた。


画面越しに伝わってくるおばあちゃんの笑顔は、とても嬉しそうで、私達の胸をじんわりと温かくした。


そして――ママが次にイギリスへ行くときは、再婚して、引っ越すときだ。


それはきっと、5月頃になるだろう。

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