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第54話 花ゲリラ 美亜目線

2022年4月


ママは本当に酪農の仕事を頑張っている。

毎日泥だらけになって帰ってくるけど、どこか楽しそうで、家でもセシルの世話や庭の手入れまで喜んでやっている。


最近はどこからかお花をもらってくることも多くて、気づけば家の庭は、タエさんやパパがいた頃よりも、もっとたくさんの花に囲まれるようになった。


パパにその事を話すと、ママのあまりの変わりように驚いていた。


「来年、会えるのを楽しみにしているよ」


照れたように言っていた…。


そう、会う事を承諾してくれたのだ。


これはすごい進歩だ。


私は調子に乗ってママの動画まで送った。


おばあちゃんのこともあるから、どうなるかはまだわからないけれど、私は全力でママを応援するつもり。


だって、これだけ頑張ってるんだもの。


そんな、おばあちゃんは、現在78歳。心不全を患っていて、あまり体調が良くないとの事。


2年前に会った時も歩く速度が遅く、痩せて元気がなかった。


どうしても、晩年のセリーヌを思い出してしまう。もっと勉強して、食事療法やリハビリ等おばあちゃんの健康に役に立つ知識を身につけたい。


私自身は、いよいよ大学6年生になった。

夏には就職試験、そして来年の2月には医師国家試験が待っている。うまくいけば、ようやく医師になれる。


だけど、それはゴールじゃない。むしろ、そこからが本当のスタートで、勉強は一生続いていくのだろう。


アルバイトは、近所に住む女子高生に週3回のペースで勉強を教えている。科目は主に英語と数学で、彼女の希望に応じて内容を調整している。学校の授業でわからなかった箇所の復習が中心で、定期テスト前には範囲に合わせて問題演習を多めに取り入れるようにしている。


相手が女子ということもあって、余計な気遣いもなく落ち着いた雰囲気で授業を進められている。教えること自体は好きなので、特に苦ではない。感覚としては、自分が高校生の頃に身につけたことをそのまま整理して伝えるような作業だ。


また、別の日には、ピアノを教えるアルバイトもしている。こちらは小学生の女の子が生徒で、クラシックの基礎練習が中心。教材はバイエルやブルグミュラーを使っており、時々自作の楽譜も取り入れて、楽しめるように工夫している。


YouTubeのピアノ動画の方も順調で、今では収益化もできている。


そして、結婚式のピアノ演奏の依頼までも受注できるまでになった。もうこれでセミプロのピアニストって言えるだろう。


自分の力を活かせる形で効率よく働けていることには感謝しかない。おかげで、時間を最大限に使って、自分らしく日々を積み重ねられている。


指導の合間には、家での勉強と両立しながら医師国家試験の対策を進めている。勉強、アルバイト、家事……やることは多いが、今は全く苦にならない。


私には、応援してくれるママがいて、支えてくれる黒野君がいる。そして、疲れた夜にはセシルのぬくもりがある。最高に楽しくて充実した毎日だ。



        2022年5月



季節も5月になり、ママと一緒に春先に植えた花で庭がいっぱいになった。


でも最近はそれだけでは飽き足らず、家の周りの荒れた道路脇にもこっそり種を蒔き、いつしか、その場所は通りすがりの人の目を楽しませる「ちいさな花道」になっていた。


今では黒野君も一緒に3人で、近くの公園の花壇の手入れをするボランティア団体に参加している。


その団体には、タエさんも所属していて、今ではときどき、家に遊びに来てくれるようになった。


今では以前の様な上下関係は一切なく、完全に対等な立場だ。ママがタエさんと笑いながらお茶を飲んでいる姿を見るのは、なんだか不思議で、嬉しくて、本当に胸が温かくなる。


でも、ママの変化は、それだけじゃない。


本気で「変わりたい」と願っているのが、日々の言動から伝わってくる。


ママは自ら調べて、市のカウンセリングルームに定期的に通い始めた。


最初は「アンガーマネジメント」という言葉をネットで見つけたことがきっかけだったらしい。


「怒りの裏にある感情に気づいたとき、すごくびっくりしたの」と笑って話していた。


そのほかにも、呼吸を整えるヨガの習慣、イライラしそうになった時に間を置くセルフトレーニング、朝晩のちょっとした瞑想…。


どれも科学に基づいたトレーニングで、今のママを見ていると、それが積み重なって“ちゃんと変わってきている”ことがわかる。


私は、それを誰よりもそばで見ている。


だから、心から思うのだ。


——ママを、パパに会わせたい。


そして、おばあちゃんにも会わせたい。


3人が再び笑い合って語り合う姿をどうしても見てみたい。



        2022年6月



私の夢はとどまる事を知らない。


この街を花でいっぱいにする事が昔からの夢だった。

この地域は何も植っていないただの荒れ果てたスペースが多すぎる、と小さな頃から思っていたからだ。


きちんと市に許可を取っているわけではないけど、雑草の生い茂った空き地や、花壇なのか、ただの土のスペースなのか分からない場所を見つけては、こっそり種や苗を植えていくのが私達たちの楽しみだ。


私達はそれを「花ゲリラ」と呼んでいる。


「私達」とはママと私と黒野君とタエさんだ。たまにキリコ先生も参加している。


何故、市の許可を取らないかと言うと、役所に聞いても管轄が曖昧らしく、何週間経っても回答が来ないのだ。


もし、何か問題になったら元に戻すつもりだし、責任も取るつもりだ。


しかし、幸いな事に近所の人からは大好評だ。


お礼を言われる事も多い。


「ここ、さみしいからマリーゴールド植えたいな」


「じゃあ、この隙間に日々草を混ぜようよ」


「ミントやローズマリー、セージなんかもいいんじゃない?香りもいいし、丈夫だし」


「いや~ミントはまずいわよ。繁殖力がすごいんだって」


「でも、いい匂いだよ」


作業中の会話は、まるで子供の秘密基地づくりみたいで、何もかもが楽しい。


ママなんて「花テロリスト、出動よ!」なんて冗談を言いながら軍手をはめていて、以前の彼女からは想像できないほど明るくなっていた。


キリコ先生が、持参したジョウロで丁寧に水をあげている。


「ねえ、タエさん!この前植えた千日紅、芽が出てたよ!」


その子供みたいな笑顔を見ているだけで、私まで幸せな気持ちになる。


土のついた長靴を手洗いしながら、ふと「これが日常になってきたな」と思った。



        2022年7月



夕霧大学附属病院の就職試験に、無事合格した。


目指すのは救命救急——命の現場で働くという、ずっと心に決めてきた道。


面接官は普段から講義や実習で関わってきた先生方ばかりで、面接というより、「改めてお互いに気持ちを確認する場」みたいな空気だった。


「なぜ救命を目指したのか」


「自分にとって医師という職業とは」


そんな問いかけに、自分の言葉で素直に答えた。


ここからが本番。医師国家試験は来年2月。

それに合格しなければ、何も始まらない。

これからもずっと勝負は続く———


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