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第47話 夏の大会 黒野目線

2015年6月


地区予選の組み合わせ抽選が決まり、僕ら穂平高校の初戦の相手は私立夕霧椿高校に決まった。

進学校でありながら、Bシード。油断ならない相手だ。


翌日、選手名簿が貼り出され、僕は思わず目を疑った。


背番号1番――結城龍星


あの龍星君だ。中1の1学期だけ一緒で、すぐに転校してしまった。ピアノが好きで、爽やかで、やたら女子にモテて、でも部室でいじめられていた、あの……。


身長の欄には「184cm」と書かれていた。

しかも本格派の右腕らしい。


全然知らなかった。


ちなみに、僕の背番号は10番。2番手ピッチャー扱いだが、監督は「先発で黒野、2点取られるまで全力で投げてもらう」と言ってくれた。


しかも、試合は日曜日。


地元局の夕霧テレビで中継も入るらしい。


家に帰ってすぐ、美亜ちゃんに手紙を書いた。


地方局の放送があるので、その日時とよくわかっていないようなので野球のルールを。


しかし、簡単に書いたつもりでも、めちゃくちゃ長くなってしまった。おそらくこれを読んでも、よくは理解できないだろう…。


なので、それでも楽しめる様に、相手ピッチャーの結城龍星君の事を詳しく書いた。


イケメンの御曹司で、ピアノが上手くモテモテだった事や兄と一緒にイジメから助け、そのあとロールス・ロイスで両親と一緒に自宅にお礼に来た事などを書いた。


よく考えたら完全に個人情報だけど、美亜ちゃんと龍星君が会う事はまずないだろうから「まっ、いいか」と思い書き記した。



         2015年7月


試合当日は7月にもかかわらず、薄曇りで風が心地よく、信じられないほど涼しかった。


簡単なデータでは、投手と守備を中心とした堅実な戦い方が持ち味で、打撃はそこまでではないらしい。


だからこそ、先制点を取って投手戦に持ち込む。

それが監督の狙いでだ。


その大事な初戦の先発に僕が指名された。打順は8番だ。2番手3番ピッチャーもいるので、いけるところまで、出力全開で行くだけだ。


———試合開始の30分前。


ブルペンで肩を温めながらも、胸の奥に渦巻くのは期待よりも、恐怖に近い緊張だった。


地元局とはいえ、テレビに映るなんて初めての経験だ。


夏の大会はトーナメント。負けたら終わり。


高校で野球はやめるつもりだ。


今日は絶対に負けたくない!


美亜ちゃんはテレビで観戦するらしい。


きっと、セシルと並んで。


絶対にかっこいいところを見せたい。


そう思うと、不思議と心が落ち着いた。


格好つけてリラックスしているふりをするだけでも、ガチガチに固まっているよりは心理的に良い効果をもたらすのだと感じた。


だから、不純だけど、美亜ちゃんの事を思い浮かべてプレーする事にした。


試合前の練習で、龍星くんと少しだけ話がしたかった。


彼も僕の名簿の名前に気がついていない訳がない。


しかし、お互のチーム同士がピリピリしていて、言葉を交わす雰囲気なんてならなかった。


穂平高校は後攻めの為、初回の表にマウンドに上がるのは僕だ。


マウンドの上は孤独だ。


コンクールでピアノを弾く時に似ていると感じる。


夕霧椿高校が守備練習に入った時、悠然とグラウンドを歩く龍星くんと、ふと目が合った。


その瞬間、彼はニッと笑って、右手を高く掲げて振った。


あの時と全く同じ笑顔だった。


中学で、先輩女子たちに手を振っていた、あの爽やかすぎる笑顔。


懐かしさと同時に、心の奥がザワついた。


やはりめちゃくちゃかっこいい。


背が高くなり、オーラを放っている。


まるで王子様だ。


僕も笑って軽く手をあげたが、絶対に負けたくないと思った。


アンパイアのプレイボールの掛け声と共に試合が始まった。


美亜ちゃんが見ていると思うと、面白い様にコースに指にかかったボールが決まりまくる。


絶好調———


気がついたら3回までパーフェクトで抑えていた。


しかし、龍星君も絶好調で穂平高校もパーフェクトで抑えられる。


球は速いが、コントロールはそこまでではない、といった印象だ。


ボール球を見極め、粘っていればチャンスはありそうだと感じた。


3回の裏1アウトで自分の打席が回ってきた。


フルカウントまで持ち込む。


その後も2球ファールで粘る。


球は速いがタイミングはあってきた。


狙い球はストレート1本。


龍星君がワインドアップから振りかぶって投げる。


しかし、次の瞬間———ボールが頭部めがけて襲ってきた。


球がどんどん大きくなっていく。


スローモーションになる———


避けきれない…。


ガン!!!!!


次の瞬間、頭に凄まじい衝撃が走った。


視界が大きく揺れ、痛みでそのままうずくまってしまった。


立ち上がると目眩がした。


もう、試合どころではなかった。


そのまま近くの大学病院に運ばれた。



         * * *



目眩も一時的なもので、検査結果も異常なしだった。


「今日1日家で安静にしている様に」だって。


駆けつけてくれた両親に試合結果を聞くと3対1で負けたらしい…。


これで僕の5年半の野球生活は幕を閉じた。


なんだよ、この終わり方は…。



         * * *



夕方、龍星君が自宅に直接謝罪に来てくれた。


正直、今日は顔も見たくなかったが、本当に申し訳なさそうに頭を下げる彼を、僕はもう笑って許すしかなかった。


勝負の中の出来事だし、避けるのが下手だったのも事実だ。


自室に通し、野球やピアノ、高校生活の事などを語っていたその時、再び玄関のチャイムが鳴った。


きっと美亜ちゃんだろう。


2時間ほど前、公衆電話から僕のスマホにかけてきて、「どうしてもお見舞いに行きたい」と言ってくれたのだ。


龍星君が部屋にいる事は伝えてある。


美亜ちゃんが僕の家に来るのはもちろん初めて。


だけど今日は龍星君もいるし、きっと緊張せず楽しく過ごせるだろう。


龍星君は男女問わず、誰とでもすぐに打ち解けられる不思議な力を持っているからだ。


お母さんが出て、僕の部屋まで案内してくれた。


家に美亜ちゃんが来たのは初めてなので、お母さんもびっくりしている。


「黒野君!アタマ大丈夫?」


部屋のに入るなり、開口一番そう言った。


その言い方が面白くて2人で笑ってしまった。


「ははは、アタマはね…ぶつかる前より良くなったよ」


軽く冗談を言ってみる。


最近はそういうのも少し言える様になったのだ。


「ふふっ。よかった。アタマは怖いからね〜」


「美亜ちゃん、こちら龍星君」


「こんにちは、どうも初めてまして、スミス美亜と申します。龍星さんの事は黒野君からの手紙で伺っています。」


「初めまして、結城龍星と申します」


美亜ちゃんに向かって、深く頭を下げた龍星君は、少し緊張した面持ちで口を開いた。


「今日は本当に申し訳なかったです。楽しみにしていた、彼氏の試合をこんな形で終わりにしてしまって」


「でも、こんな終わり方も黒野君らしくて好きですよ」


「おい、なんだよ……それ?」


「ハハハハハッ」


美亜ちゃんの言い方で、虚無感も罪悪感も笑いの中に溶けていった。


「ところで僕の事、手紙でうかがっているってどう言う事?」


「ああ、ごめんね。観戦が楽しめる様に龍星君の事を手紙で書いちゃったんだ」


「今どき手紙?」


「ああそこね…話すと長くなるのよ」


美亜ちゃんが言う。


「えっ、何それ聞きたい!」


僕たちは顔を見合わせたが、龍星君の雰囲気にはやはり魔力がある。


「すごく長くなるけど、教えてあげようか?」


美亜ちゃんがさっそく雰囲気にやられている。

やっぱり龍星君、すごい。


「あのね———」


         * * *



こうして美亜ちゃんは、龍星君に僕達の関係、お母さんとの確執…。それだけでなく幽霊時代の事まで話していた。その幽霊の話は以前僕も聞かされたけど、いまだにピンとこない…。


普通は初対面の人にこんな事は話さないだろう。


「聞かせてくれてありがとう。2人がお互いを想う気持ちがすごくよくわかったよ」


「すごいね。龍星君ならなんでも話せちゃうオーラがあるわ。中1の頃のモテ伝説の話、納得だよ!」


「美亜ちゃんもモテるでしょ?すごく綺麗だし!」


「いやいや…そんな…私、女子校だし、男子と全然接点ないし…」


「それじゃ、後輩女子からモテるでしょ?」


「う~ん、まあまあね。でも正直困るよね?どんな反応すればいいのか…」


「わかる、わかる——」


出会ったばかりなのに、2人で話が盛り上がり、しかも「モテの話」にまで発展してしまった。


僕のベッドに並んで座る2人は、すごくお似合いのカップルの様だ。


その後もみんなでピアノを弾いたり、映画の話題で盛り上がった。


しかも、2人とも、映画に非常に造詣が深く、映画を殆ど見ない僕は話題についていく事ができなくなっていた。


その後も、僕はどこか蚊帳の外だった。


もし龍星君が本気で美亜ちゃんを口説いたらどうなるのだろう?


僕に勝ち目はないだろうな……。


そして、お金持ちの御曹司なので美亜ちゃんのお母さんにも間違いなく気に入られるだろう。


そう思うと悲しくなってきた。


仮の話なのに、ネガティブな感情に包まれてしまった…。


何考えてるんだろ……。


「クロちゃん、ごめんね、美亜さんといっぱい話しちゃって…つい楽しくて、今日は謝罪に来たのに…」


「そんな、気にしないでよ…。今日は久しぶりに話せてよかったよ。また…いつかゆっくりとね。それより試合頑張ってね、僕たちの分まで…」


「うん…ありがとう!頑張るよ。ところで、美亜さんは駅まで歩き?」


「うん、歩きだよ」


「運転手さんが迎えに来ることになっているから、一緒に乗って行きなよ?」


「そうなんだ…。でも悪いからいいよ」


「全然悪くないよ、クロちゃんもお医者さんに『安静にしている様に』って言われたらしいから」


「送っていってもらいなよ。僕もその方が安心だからさ…」


そう言うのが精一杯だった。


「甘えちゃっていいのかな?」


「うん、全然」


玄関で2人をお見送りすると、外には漆黒に輝くクラシックなロールスロイスが止まっていた。


雰囲気のある初老の運転手さんが、微笑みながら龍星君に豪華な手土産を手渡す。


「これ…つまらないものだけど…お詫びの印…」


豪華な、外国の菓子折りとフルーツの詰め合わせだ。


しかも、多すぎて1回では運べない。


「そんな…気使わないでいいのに…」


「じゃあ…クロちゃん、今日は本当にごめんね、美亜さんは家まで安全に送り届けるから安心してね。

あと借りは必ず返すから…中学の頃のもまだ返してなかったから…時間はかかるかもしれないけど」


「もう、十分だよ。龍星君…」


「いや、返すって言ったら返すから」


運転手さんが僕にむかって深々と礼をすると、美亜ちゃんと龍星君は後部座席に乗り込んだ。


中を覗くとクラシックなその内装はまるで宮殿のティールームの様だ。


後部座席はホワイトの革張りで、外からでもいい匂いがした。


2人はまだ高校生なのに、その後部座席が驚くほど似合っていた。


紳士の運転手がドアを丁寧に閉めると、重厚な音が響いた。


2人は窓を開け僕に手を振りながら、ロールスロイスは静かに去っていった。


あのゴージャスな後部座席で2人はどんな話をしながら、帰るのだろう?


もしかしたら、そのまま高級フレンチにでも行ってしまったのだろうか?


本気でそんな雰囲気さえ感じてしまった。


遠ざかるロールスロイスのテールライトを見送るとちょっと嫌な予感がした。




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