表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/63

第42話 YouTube 美亜目線

2014年7月


黒野君と会ってから1か月が過ぎた土曜日の晩の事だった。


何気なくYouTubeで連弾の動画を検索していると、誰かが撮っていた、私達が弾いた「剣の舞」がアップされていた。


タイトルは「制服姿の聖英女学院の超絶美女が魅せる!『剣の舞からのクシコスポスト・天国と地獄メドレー』」


再生回数は35万回を超えていた。おそらくこれからも伸びていくだろう。


サムネイルは“ドアップの私の顔”だったYouTubeにアップされる恐れは、少しは覚悟していた。

だけど、まさかここまで再生回数が伸びるとは思っていなかった。


タイトルも過激で、コメント欄もにぎわっていた為か、ついに私は校長室に呼び出されてしまった。


アップロードしたのは私ではない。


それはすぐに分かってもらえたし、怒られるようなことはなかった。


ただ、学校側としては「制服姿での派手な行動は、学校のイメージや生徒の安全にかかわる問題なので、今後は控えるように」とのことだった。


「この動画については、学校からYouTube側に削除依頼を出します。そして保護者にも一報を…」と校長先生が言いかけたとき、私は思わず身を乗り出していた。


「母には……絶対に言わないでください。お願いします」


その言葉には、思わず力がこもってしまった。


黒野君と繋がっていたなんて、知られたらお母さんは本当に何をするかわからない。


それに、最近は常に機嫌が悪いのだ。


校長先生は少し驚いた顔をしたが、やがて軽く頷いた。


「君は、学校帰りにピアノを弾いただけだ。たしかに目立ったかもしれないが、悪いことをしたわけじゃない。わかったよ」



          翌日



ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間だった。


次の日、担任の高品先生からの連絡が母に入ったらしく、結局すべてがバレてしまった。


怒りと悔しさを抑えきれず、私は再び校長室を訪ねた。あれだけお願いしたのに、と詰め寄ると、校長先生はまるで悪びれもせず、笑って言った。


「ごめん、忘れてたよ」


怒る気も失せた。


ただ、なんだか泣きたくなった。


お母さんの反応はと言うとあっさりしたものだった。


「美亜、今日担任の高品先生から連絡があったわ」


ただ、それだけだった。


それがとても恐ろしかった。


絶対にそれだけで済むはずはない事がわかっていたからだ。



         * * *



次の日、朝起きると私は唖然とした。


iPhoneの電波が圏外になっているのだ。


どうやら勝手に解約された様だ。


それだけでない、家のWi-Fiまで解約されてた。


でもまだiPhone自体はあるので、どこかでWi-Fiに接続できれば、電話以外の機能は使うことができる。


そう考えると少し落ち着いた。


お母さんが起きたので文句を言ってみる。


「お母さん、私のスマホとWi-Fi勝手に解約したでしょ?」


「だって…あなた国立の医学部受けるのでしょ。男と遊んでいたり、スマホばっかり弄っていたら勉強に集中できないでしょ?私の頃はそんなのなかったから、必要ないわよ。それにうちの家計も厳しいの」


お母さんは自分の事を棚に上げて、もっともらしい事を言っているだけだ。腹が立つけど、生殺与奪の権利は今は全てお母さんが握っている。ここで言い返すのは得策ではないだろう。


iPhoneはWi-Fiがあれば使えない事もないし、デジタルデトックスだと思えばいいか…。


そう思い、自分自身で無理矢理納得するしかなかった。



          翌日



次の日、朝起きると、iPhoneとノートパソコンが、どちらも完全に沈黙していた。


電源は入らず、画面は真っ暗。


充電も試したが、何の反応もなかった。


お母さんはいつも通り、ドレッサーの前で化粧をしていた。


「……お母さん、私のiPhoneとパソコン電源が入らないんだけど!」


「さあ?寝ぼけて落としたんじゃないの?」


その一言だけで、私はそれ以上聞くことができなかった。


原因を考えたけど、あまりにもヤバすぎてその考えは即座に否定した。


実の親にそんな事されていたら…私…。



          週末



週末、近所の修理店に持ち込んだ。


自分のわずかな貯金残高で直すしかない。


故障の診断結果は、iPhoneは基盤が焼けていて修理不能。


パソコンは内部が水没、こちらも修理不能という診断だった。


「…お母さんに壊された…」


疑いが確信に変わった瞬間、私はその場で泣き崩れてしまった。


iPhoneは高温で熱し、パソコンは、お風呂にでも入れたのだろう。


その姿を想像したら本当に恐ろしくて、悲しくて…。


離婚した時も私はお母さんを選んだ。


家事も、食事も、庭の世話も、セリーヌのことも、私なりに頑張ってきた。


なのに、どうして…。


家に帰り冷静になって今の状況を考えてみた。


この様な時に絶対にパニックになってはいけない。


お母さんも離婚し、慣れない仕事で気が立っている。


それに、私には「裕福で安定した男性」と結ばれてほしいと言う気持ちは昔から変わっていないのだろう。


それがお母さんの強い願いで、また黒野君と会っていたと言うことは「裏切られた」と思っていても不思議ではない。


完全に価値観の違いであり、歪んだ愛の形なのだ。


今、お母さんと対立する事は得策でない。


未成年の私は法的にも社会的にも何もできないからだ。


聖英を卒業した後、頃合いを見計らって静かに家を出よう。


そう考えたけど、家族は私とお母さんだけではない。


セリーヌもいるのだ。


お母さんはセリーヌのことを、全く可愛がっていない。


世話もほとんど私任せで、時折「鬱陶しいわね」と眉をひそめるほどだ。かと言って大型犬のセリーヌと一緒に大学の寮や安いアパートに入るなんて不可能だ。


ペット可の物件なんて少ないし、費用も跳ね上がる。大学生活との両立なんて、とても考えられない。


残る選択肢は、私がセリーヌと一緒にお父さんの元へ行く事だった。


しかし、セリーヌは、最近明らかに元気がない。動きも鈍く、以前のように走り回ることもなくなった。


犬は、航空法上「貨物扱い」になるらしい。


国際線ではカーゴスペースに入れられ、気圧の変化も温度も過酷な環境に耐えなければならない。今、あの子の身体が、それに耐えられるとは思えなかった。


もうひとつの選択肢も考えた。黒野君と駆け落ちするのだ。


医者になる夢も、お母さんも、この家も捨ててセリーヌと3人で……。


冗談だが、一瞬本気で考えてしまった。


そのくらい私は追い詰められていると言うことだ…。


……だから、選択肢は、あるようで、何ひとつない。


自由になりたい。


けれど、セリーヌを置いては行けない。


それは私の中で、揺るがない絶対だった。


とりあえず連絡ができなくなった黒野君に、今の状況を説明しなくてはいけない。


私はこうした自体に備えて黒野君の携帯番号も住所も暗記していた。


財布の中の小銭を確認して、家を出る。


今までの人生で公衆電話を使った事は1回もなかった。私達の世代では小学生の頃は公衆電話使っていた子もいたのだが、私は小学1年生の頃から自分の携帯電話を持っていたのだ。


駅の近くの電話ボックスに入って、10円玉を入れ、恐る恐る黒野君の電話にかける。


今は土曜日の夕方なので部活が終わり、家に帰っていれば、出られるはずだ。


公衆電話からかけたら、相手のスマホには公衆電話と出るらしい。


LINEで連絡が取れなくなった事には気がついていると思うので「私かも」とわかってもれえると思う。


コール音が何度も鳴る。


……7回……8回……9回……


そして、10回目のコールのあと――ようやく、電話がつながった。


「黒野君…私、美亜です」


「美亜ちゃん?LINE繋がらなくなったから心配したよ」


「うん、今、公衆電話…小銭も少なくてあまり喋れないから手短に話すね」


「うん」


「この間のストリートピアノの動画がアップされた件なんだけど」


「うん」


「あの動画が原因で黒野君との事、お母さんに…それで私のスマホもパソコンも使えなくなったの。アルティス宛の手紙ならまだ大丈夫だから…また手紙書くね…」


「ごめんね。僕があんな目立つところでストリートピアノを一緒に弾こう、なんて言ったばかりに…」


「『自分を責めないで』ってこの前言ったでしょ?それより…私をもう…見捨てないでね…」


「うん、以前みたいな事は絶対にしないから!」


「……うっ……」


「どうしたの?」


プー プー プー


ここで通話が切れた。


黒野君が約束してくれたから、嬉しくてまた泣いてしまった。



         2014年8月



黒野君とは、また手紙のやり取りが始まった。


結局、会えたのはあの日だけ。でも、それでも私たちの絆は、前よりずっと深まった気がする。


声が聞きたくなり、たまに公衆電話から電話する事がある。わずか1分か2分。だけど、それがかえってロマンチックに思えてしまう。


雑音まじりの受話器越しに、黒野君の声が聞こえるたび、胸の奥が熱くなる。


まるで昔の遠距離恋愛みたいだな、なんて思ったりする。片方が海外に住んでて、国際電話でやり取りする…そんな時代の、映画のワンシーンみたいだ。


今はメールもLINEもできないけど、だからこそ、たった一言の重みが違う。



         * * *



学校のパソコンでYouTubeを見ると、削除されたこの前の動画は、タイトルと顔に薄いモザイクをかけられて再びアップロードされた。今回は顔が特定できないので削除依頼はできないらしかった。


タイトルは「お嬢様学校の超絶美女、制服姿で弾く、連弾『剣の舞』からの『クシコスポスト』『天国と地獄メドレー』」


再生回数は再び上昇して60万回を超えた。


「再アップロードありがとう」


「速すぎ、かっこいい」


「最初の和音から鳥肌」


「ピアノ弾いてるの誰!? モザイク越しでも美人ってわかるって何事」


「これ絶対プロでしょ。高校生ってマジ!?」


「このペースで連弾とかすごすぎる……息ピッタリ」


「再アップ助かる!!前の消されて悲しかったからマジ感謝」


「剣の舞→クシコスポスト→天国と地獄の流れ、完璧すぎる」


「ピアノの子、何かのコンテスト出てないの?情報求む!」


賞賛のコメントを見ても特に嬉しくはなかった。


今は「人からどう思われているか?」なんて心底どうでもよかった。



         * * *  



夏休み前、学校で行われたあるアンケートの集計が掲示された。


「スマートフォンの所持率 99%以上」


……その“1%未満”が、私だ。


裕福な家庭の子が集う聖英女学院で、スマホを持っていない唯一の女子高生。


そんな存在は、格好のゴシップネタになる。


「動画の連弾している彼氏と付き合っているのが、親にバレてスマホ取り上げられたらしいよ」


「それ、やばいよね。親が」


「彼氏かっこいいの?——普通らしいよ」


「両親が離婚して、シングルマザーで家にお金なくなったみたいよ」


「お昼ご飯、毎日おにぎりだけだよね」


「かわいそうだから、何か奢ってあげようか」


直接言われる事もあるし、陰で言われる事もある。LINEのグループでは更にひどい事も言われているかも知れない。


体裁を非常に気にする、お母さんがスマホとパソコンを取り上げた事を考えると、よっぽど黒野君と付き合う事が嫌のだろう。


そんなに裕福な人と結ばれてなきゃダメなのだろうか?自分は捨てられたくせに…。


それからというもの、「ごめんね」とは1度も言われなかったが、お母さんはとても優しくなった。


私の好きなピザをデリバリーで頼んでくれたり、面倒くさそうにしていた家事を、今日は私がやるわと笑って引き受けてくれたり。


キッチンで皿を洗っているときに、ふと「美亜は、本当に頑張ってるわね」なんて、優しい言葉をかけてくれたり、頭を撫でてくれたりする。


……怖いくらい、優しい。


こうやって、飴と鞭を巧みに使い分けるのは、昔からだった。


けれど、わかっていても、それはやっぱり私には効くのだ。


心が、ほどけそうになる。


子供には「お母さんに愛されたい」って強い欲求が確実に存在するのだろう。


そして「やっぱりお母さんは、私のことを愛してくれているんだ」


そんなふうに思ってしまう自分がいる。


私は、お母さんにも、黒野君にも愛されたいのだ。


「二兎を追うものは一兎も得ず」を地で行く様な私は愚かなのだろうか?


クラスメイトの陰口や憐れみの言葉は大して気にしてはいなかった。


いじめって言うほど、何かをされる訳でもないし、あと1年半経てば、この学校とは一切関係がなくなるからだ。


お父さんからは、家の電話にたまに連絡がある。


心配かけたくないので、スマホが取り上げられたことは言わなかった。


「受験勉強に集中したいから、自分から手放した」と言うと、「それは偉い!」と褒めてくれた。


上手くごまかした。


でも…本当はどこかで、気づいてほしかった。


って言うか、気づいてよ?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ