第40話 連弾の練習 美亜目線
2014年5月
美亜ちゃんへ
こんにちは。また文通ができて嬉しく思います。僕が文通を放棄した時に、辛い目にあったのに、何も力になれなかった事を申し訳なく思っています。
でも、勝手に引け目を感じたり、ネガティブになるのはやめようと思います。これからは日常の些細な事や思った事を自然体で書いていきたいと思います。だから、以前みたいに1カ月に1回とかではなく、書きたい時に書きたい様に書きます。
最近はピアノの練習を再開しました。一時期、聴いてもらえる人がいないので、張り合いがなく、完全にやめていたのですが、1か月に1回ストリートピアノで弾くことに決めてから、1人の練習にも熱が入る様になりました。
最初に弾いたのは、去年の12月に空港で戦場のメリークリスマスを弾きました。
夕霧駅の地下のコンコースにもピアノがあるので、美亜ちゃんと連弾で「剣の舞」を弾きたいと思っています。どうでしょうか?
色々なアレンジがあるのでこちらの楽譜を同封しますね。美亜ちゃんと連弾するなら、僕は左側を担当したいです。そっちの方がリズムを刻んだり、土台を支える感じがして、どちらかというと僕向きかなって。
もちろん、美亜ちゃんがやりたい方があれば、遠慮なく言ってくださいね。ちなみに椅子は1脚しかないそうなので僕が立って弾きます。
正直、「剣の舞」はテンポが速いので、2人で息を合わせるのはなかなか大変だと思います。特にストリートピアノみたいにぶっつけ本番で弾くのは、なかなかのスリルですよね?
でも、もし弾けたらすごく楽しいし、通りすがりの人たちにもインパクトを残せると思うんです。
僕は、月曜日が部活が休みなので、その放課後とかどうですか?
制服姿のまま、2人で弾く事を想像するだけでワクワクします。
それではまた。お返事楽しみにしています。
黒野より
読み終えると驚いた。
あの日、空港で聴いた「戦場のメリークリスマス」はやっぱり黒野君だったんだ!
両親が別れたあの日の出来事は「戦場のメリークリスマス」とともに私の心に刻まれた。その奏者が、黒野君だと言う事実がすごく嬉しかった。
こんな、奇跡ってある?
どこか他人行儀だった黒野君が変わってくれた事も嬉しかった。手紙だけ読むと、強引なところが本当に男らしくて素敵。
「放課後駅のストリートピアノで制服姿で連弾しよう」なんて最高の提案だ。
でも、楽譜だけでぶっつけ本番で連弾するのはかなり難しい気がした。できない事はないけど、どうせやるなら、最高の「剣の舞」を弾きたい。
お互いに動画を送り合い、それを見ながら練習した方がいいと思ったので、手紙の返事で書いてみようと思う。
黒野君へ
こんにちは。お返事どうもありがとうございます。
お手紙を読みながら、私、しばらく言葉を失ってしまいました。
去年、空港で聴いた「戦場のメリークリスマス」
あれは、やっぱり黒野君だったのですね。
あの日のことは、今でも鮮明に覚えています。
父を見送った日。
家族の形が変わった日。
そして、あの優しい音が胸に残った日。
それが、黒野君の音だったなんて。
あの時は気づけなかったけど、どこかでちゃんとわかっていたのかもしれません。
そして、ストリートピアノで連弾しようっていう提案、すごく素敵です。
制服姿で、放課後の駅で、突然「剣の舞」が始まるなんて、ちょっと映画みたいですね。
でも、いきなり本番はさすがに不安かな…。
私、ピアノに対してはこだわりが強いみたい。
ケチつけているみたいでごめんね。
お互いに練習の動画を撮って送り合って、それを見ながら少しずつ合わせていくのはどうでしょう?
せっかくだから、うまく合わせたいし。
ちなみに私は右側でも大丈夫そうです。
小さい頃から速い曲は得意なので、張り切って弾きますね。
あ、そうだ。LINE、もしよかったら交換しませんか?
動画も送りやすいし、なんだかんだ便利ですしね。
私のIDはこの手紙にメモを入れておきます。
無理にとは言わないけれど、もし気が向いたら、連絡ください。
ちなみに母の事は心配いりません。
LINEやGPSのチェックは仕事をするようになってから、いちいちチェックする時間がなくなったようです。
これも怪我の功名ですね(笑)
でも文通も大好きです。楽しみにしています。
またね~♡
美亜より
手紙を出したら、次に日には黒野君からLINEがきた。ついにLINEで繋がる事ができたのだ。
空港の戦場のメリークリスマスの件は黒野君も弾いている時に、ピアノのボディに私が映っている様に感じたらしい。
やっぱり、私たちすごいよ!
連弾の件は、お母さんにGPSで監視されている様だったら、諦めるつもりで、強引に誘ってくれたみたい。
やりとりの中で、待ち合わせの約束も決まった。
6月の第1月曜日、放課後17時30分。
場所は夕霧駅の地下のコンコースだ。
早速弾いて、LINEで動画を送った。
* * *
「家にお金がなくなった」と言っても、リビングには今も、スタンウェイのグランドピアノがどんと鎮座している。
これは、私のためにお父さんが誕生日に買ってくれたものだ。
違う年の誕生日には、鉄の塊の様なDENONのアンプとプレイヤー、そしてB&Wのスピーカーも贈ってくれた。
以前はそれがどれだけ高価なものなのかなんて、正直まったく気にもしていなかった。
「音が出ればそれでいい」くらいにしか思っていなかった。
でも、最近は値段やブランドのことが妙に気になって、ふとネットで調べてみた。
その瞬間、驚愕した。
「……え、これ全部合わせたら高級車が買えるじゃない……」
お父さんが、どれだけ私のためにお金をかけてくれたのか。
どれだけ私を愛してくれていたのか。
あらためて、その重みを実感した。
かつては贅沢な物に囲まれていたことにすら気づいていなかった私が、今は野菜の値段に一喜一憂している。
そのギャップに、目眩がしそうになるときもあるけれど「生きている」って実感できる毎日を過ごしていると思う。
そのオーディオにiPhoneを接続して黒野君から送られてきた「剣の舞」を再生した。
当たり前に思っていたけど、本物のピアノと遜色ない音質だ。
当たり前に思っていた事が恐ろしい。
黒野君もかなり練習して何度も録り直したのだろう。
情熱的で疾走感が感じられる。
ちょっと音を大きくしたら、昼寝をしていたセリーヌが起きてしまった。
そのちょっと迷惑そうな表情が面白くて思わず笑顔になる。
再生が終わると、部屋が静かになったけど、余韻はすぐには消えなかった。
私は、ピアノに向かい、譜面を広げ、そっと指を鍵盤に置いた。
よし……次は私が録画する番!
最高の音を、ちゃんと届けたい。
そう思いながら、「剣の舞」のプリモのパートに、私は指を落とした。
おしゃれをしているわけではないけれど、カーディガンは脱いでおいた。
ブラウス1枚で、髪はポニーテールにして。
少しだけドキドキしてくれたらいいな…。
そんな気持ちも、実はあった。




