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第39話 文通再開 黒野目線

2014年4月


「ただいま」


「元、おかえり。美亜ちゃんから手紙来てるわよ。文通、また再開したの?」


「うん、まあそんなところ。ありがとう」


胸が高鳴る。


小学生の頃、コンクールや昼食会で目立っていた美亜ちゃんのことを、母もよく覚えていた。しかし、質問には、いつも適当にはぐらかしていた。


別につきあっているわけでもないし、以前の様に文通が突然終わってしまう様な危うさを常に感じていたからだ。


「小学生の頃デートした」とか「美亜ちゃんのお母さんに怒鳴られた」とか言えないからね。


自室に持って行き、丁寧に開封する。



         黒野君へ


こんにちは。素敵なビデオメッセージと綺麗な花束、本当にありがとうございました。こうして再び黒野君と繋がれた事を大変嬉しく思っています。


私の近況報告をさせていただきますね。かなり、びっくりしてしまうと思います。実は両親が離婚しまして、父はイギリスに帰国してしまいました。


今は母と2人で以前からの家で暮らしております。改修工事でかなりのお金がかかり、アルティスも辞め、家政婦さんも家庭教師も解約し、母も働き出しております。


今は家事や庭のお手入れも私がやっているのですよ。かなり忙しくなりましたが、前より充実しているくらいです。


受験にも影響がでまして、私立の受験は断念し、国立医学部一本に絞るつもりです。


学校の先生や優秀な友達に聞いたりしてなんとかなっています。


こんな状態ですけど、元気いっぱいですよ。


私は逆境になると、かえって燃えるタイプみたいです。


まさに黒野君が弾いてくれた「匠」のビフォーアフターの様な状況ですね。


私の事ばかり書いてしまいましたが、黒野君はどうですか?


アルティスの私書箱が復活したので、よかったら文通再開してくれたら嬉しいです。

     

          美亜より



読み終わり、愕然とした。僕は会えない事にヤキモキして、突然文通を放棄してしまった。


その間に美亜ちゃんは、両親の離婚や家庭のお金の問題に直面し、とても辛い思いをしたにもかかわらず見事に立ち直ったのだ。


立ち直るまで、相当辛い思いをしたに違いない。


文通を続けていれば悩みを聞いてあげたり、励ましてあげたりもできたはずだが、本当に自分は何の役にも立たなかったのだ。


情けなくて涙も出なかった。


僕が送った花束を抱えて微笑んでいる写真も同封されていた。


その笑顔は、あの時の映像よりもさらに綺麗で、大人びていて――またどこか、遠くに感じた。


こんなに眩しくて、たくましくなった人に、自分の気持ちをどう届けたらいいのだろう。


当然、返事は書く。


でも、僕は何を書けばいいのか分からなくなって、便箋を前にして何度もペンを止めた。


だけど、途中でふと気づいた。


これでは前回と同じだ。


全く進歩がない自分に唖然とする。


「役に立てない」


「会う資格がない」


「僕なんかじゃ釣り合わない」


そんな風に、勝手に引け目を感じて、何もできないまま後ろを向いてしまうのは、もうやめよう。


僕が急にかっこよくなれるわけでもないし、プロ野球選手になれるわけでもない。東大に入れるアタマもない。


でも、美亜ちゃんは、そんな僕に「また文通したい」と言ってくれた。


だったら僕は、そのままの自分で向き合えばいいんだ。


自然体で、ありのままの気持ちを書こう。


そう思った瞬間、肩の力が抜け、筆が進み一気に書き上げた。


書き終えて1階に降りると、驚く事に兄さんが開幕したばかりのプロ野球中継を見ていた。


兄さんは4月から夕霧国際大学に通っている。


「兄さん…」


「おう、元一」


「野球…見てるね」


「さっき矢島が満塁ホームランを打ったよ」


嬉しそうに話している、兄を見て僕も嬉しくなった。


「それはすごい…」


「ああ…もう1度、野球やりたいな…」


「マジで!?」


信じられない言葉が飛び出した。


道具を捨て、僕がリビングで野球を見ているだけで嫌な顔をしていた兄さんが…。


「ちょっと待ってて…今入学祝い持ってくるから…」


僕は兄が捨てて、密かに回収した野球道具をクローゼットから持ってきて、兄さんの前に差し出した。


その時、思い浮かんだのは美亜ちゃんの手紙を書いた時に思った事だ。


「今度は自然体で楽しんでね!」


「なんだよこれ…拾ってとっておいてくれたの…?」


兄さんは、差し出されたグローブとスパイク、練習ノート、ユニフォームをしばらくじっと見つめていた。


指先がそっと革に触れた時、その目がほんの少し潤んだように見えた。


「あのまま捨てられたままにしたら、兄さん、もう2度と戻れなくなる気がして……」


僕は照れくさくて、それ以上は言葉にできなかったけれど、兄さんにはちゃんと伝わったみたいだった。


グローブを手にはめて、何度かギュッと握った兄は、ポツリとつぶやいた。


「……やっぱり、いいな。こいつの感触、忘れられるわけないよな」


そしてふいに、僕の方を見て、少し笑った。


「ありがとうな、元一」


こんなふうに、兄さんの素直な言葉を聞くのは、ひさしぶりだ。


あの背中を、ずっと追いかけてきた。追いつけないまま、道が分かれてしまった気がしていたけれど、今、こうして並んで座って、テレビの中で打球音と歓声を聞きながら、なんだか少しだけ、同じ場所に戻ってこられた気がした。


兄さんがリモコンで音量を少し上げて、黙って画面に目を戻す。


「本当にありがとう、今度は自然体で楽しむよ。大学でも続けるって事。今度は絶対に捨てないからさ」


「うん!」

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