第31話 約束 美亜目線
2012年8月
日本に帰ってからも、黒野君との手紙のやり取りは続いき、会う約束をすることができた。
ちゃんと会って、話をするのは、なんと2年半ぶりだ。
勇気を出せたのは、イギリスのおばあちゃんと、いとこのメアリーのおかげだった。
「恋っていうのはね、しっかり向き合わなきゃダメなの」
そう言って、背中を押してくれた。
会う日は、夏休み最後の日、8月31日。
待ち合わせ場所は、お互いの中間地点にある四葉新町駅の南口改札。
お母さんには「友達と遊ぶ」と伝えてある。
それなのに……。
その日の早朝、突然、衝撃の知らせが届いた。
母方のおばあちゃんが、急逝したのだ。
お母さんは実の母とも折り合いが悪く、私は小さい頃に1度会ったきり。
それにしても、何でそんなに身近で大切な人とばかり折り合いが悪いのだろう?
あの時、「何歳になったの?」と聞かれた記憶が、かすかに残っている。
確かに、優しい笑顔だった。
でも、それ以上の思い出はない。
悲しい気持ちが全くないわけじゃない。
けれど、それよりも……今は約束をした黒野君のことが、どうしても気になってしまう。
なぜなら、直接連絡が取れないからだ。
黒野君はまだ携帯電話を持っていない。
私の携帯番号やメールアドレスは知っているはずだけど、今まで1度も連絡してきたことはない。
待ち合わせのことは、手紙でしか伝えていないのだ。
せめて…行けなくなったってことだけでも、伝えたい
けれど、お通夜の準備で家は騒然としていて、今から手紙を書いても到底間に合わない。
もしかしたら、黒野君は今日、駅の改札で私をずっと待っているかもしれない。
その想像をした瞬間、胸が締めつけられるように苦しくなった。私の中で、黒野君との約束がどれほど大きな意味を持っていたのかを、あらためて思い知らされた気がした。
私は考えた。
せめて伝えなきゃ、と思った。
友達の結衣に頼もう。
「おばあちゃんが急逝して行けなくなったと言う伝言」を四葉新町駅の改札で黒野君を見つけて伝えてもらうのだ。
あまりいい策とは言えないかもしれない。
でも、何も言わずにすっぽかすよりは、ずっといいはずだ。
私は震える手で、スマホを握りしめながら、結衣にメッセージを打ち込んだ。
《お願い、ちょっとだけ……力を貸して。私、待ち合わせ場所に行けなくなっちゃったの。ある人に伝言を伝えてほしいの。理由は後で話すから——》
色々あって、心がざわざわしている。
悲しいのか、悔しいのか、寂しいのか。
自分の中に渦巻く感情の名前が、まだよくわからなかった。
* * *
お母さんの実家は岩手の盛岡で、葬儀のために2泊することになった。
母方のおばあちゃんには、幼い頃に一度会ったきりだった。だから、イギリスのおばあちゃんのように思い出もなく、そこまでの思い入れはないと思っていた。
——でも、違った。
お通夜で棺の中のおばあちゃんの顔を見た瞬間、私は声を上げて泣いてしまった。
「もっと話したかった。どんな人だったのか、ちゃんと知りたかった」
「お母さんが帰らないなら、私が1人でも会いに行けばよかったのに……」
「ちゃんと会いに行っていれば、私のこと、可愛がってくれたのかな……?」
そんな想いが、次々と込み上げてきて止まらなかった。
たった1度の出会いしかなかったのに、どうしてこんなにも涙があふれてくるのだろう?
私はただ、悔しかったのかもしれない。
大人たちの事情の中で、本来会えたはずのおばあちゃんと、すれ違ったままだったことが、あまりにも、切なかった。
黒野君の事は心配していなかった。
結衣に頼んだ伝言は、きちんと伝わったし、また会えるチャンスはあると思っていたからだ。
しかし———違った。
帰ってから3日後にアルティスに行って手紙を読んだらショックで泣き崩れてしまった。
短い文面だった。
美亜さんへ
こんにちは。
お祖母様の件お悔やみ申し上げます。
こんな僕と長い間、文通をしてくれて本当にありがとうございました。
最高に楽しかったです。
これからは受験勉強に集中したいので、この手紙で最後とさせていただきます。
本当にありがとうございました。
黒野より
キリコ先生に手紙を見せると先生の胸の中で号泣してしまった。
私は会えもしないのに黒野君に「好き」と言う気持ちを一方的に押し付けて苦しめてしまったのだ。
テクノロジーの進化で最近のお母さんは私の事を居場所をGPSで監視する様になり、これからも会う事は容易ではないだろう。
その事も手紙に記していたから…。
また手紙を出してお願いすれば、優しい黒野君はこれからも返事をしてくれるかもしれない。
でも、もう未来が見えないし、これ以上黒野君を苦しめたくない…。
最後に1通だけ感謝とお別れの手紙を書くことにした。
黒野君へ
こんにちは。手紙、読みました。とても驚いて、そして泣いてしまいました。
黒野君が私に手紙をくれていた間、どれだけ支えられていたか、どれだけ励まされていたか、書ききれないほど感謝しています。
私のせいで、黒野君を苦しめてしまっていたのですね。会えもしないのに「好き」って気持ちだけをいっぱい送ってしまって、本当にごめんなさい。
あの夏の終わりの日、私たちはほんの少し、すれ違ってしまっただけ。でも、それが思った以上に大きなすれ違いになってしまっていたのですね。
最後に、ありがとうを伝えさせてください。
文通してくれてありがとう。
私のことを想ってくれてありがとう。
私のことを、「大切な人」として扱ってくれて、本当にありがとう。
私は、黒野君のことを誇りに思っています。
これからの未来が、黒野君にとって輝かしいものであるよう、心から願っています。
そして、いつかまた偶然にでも、どこかで笑顔で会えたらいいな、なんて思っています。
さようならではなく——ありがとう。
心をこめて。
美亜より
こんな、苦しい思いをしなくてはならないのは、全部、お母さんのせいだ…。
いっそのこと、駆け落ちでもしようかな…。




