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第28話 私書箱 美亜目線

   2011年4月(中等部2年生の春)


4月、新しい春の風が吹くころ。


心機一転、私は手芸部に入ることに決めた。


手先の器用さには、少しだけ自信がある。


でも、これまで特に役に立ったことはなかった。


以前は「買えばいいや」って思っていた物を、最近になって「手を動かして、形あるものを生み出す」って、なんだか素敵だなって思いが湧いてきたのだ。


それに、細かい作業はきっと医師になってからも役に立つはず。そう考えたら、手芸部はぴったりだと思えた。


いつか、自分でワンピースを仕立ててみたい。


「そのワンピース、素敵だね」


「うん、自分で作ったのよ。布代だけだから1000円だよ」


「え~嘘~?」


ブランド物の自慢合戦より、そんな会話が好き。


そして、もうひとつの小さな夢。


いつか、黒野くんに編み物をプレゼントできたらいいな。


そんな乙女じみた夢まで浮かんでしまう。


「……黒野くんに似合う、マフラーとか……セーターとか……」


想像しただけで、胸の奥がふわっとくすぐったくなった。淡いグレーや、優しいブルーの毛糸が頭に浮かんで、心の中がぽかぽか温かくなる。


それに、もっとずっと先の未来——。


おばあちゃんになった私は、暖炉の前のロッキングチェアに腰掛けて、ゆっくりと編み物をしている。


そんな光景まで、ふと頭に浮かんだ。


「……いいなぁ。そんな老後、ちょっと憧れちゃうかも……」


私は、ほんのり頬を染めながら、そっと胸の内にその小さな夢をしまい込んだ。


お母さんに話したら、案の定ちょっと冷たい顔をされた。


「手芸部?……地味ね。まぁ、いいんじゃない」


でも、その声は意外とあっさりしていて、反対はされなかった。実はお母さんも、今はほとんどやらないけど、手芸はかなり得意なのだ。


ほんの少しの自由を手に入れた気がした。


これからの生活に、小さな張り合いができる。


そんな予感に、私は胸を弾ませながら、手芸部のある教室へと向かっていった。



         * * *



手芸部に入ってから、毎日の生活に少しずつ張り合いが生まれてきた。


刺繍や編み物が中心の活動で、まだ憧れのワンピース作りには挑戦できていないけれど、それでも十分に楽しい。


毎週金曜日には、調理実習室を使わせてもらえて、お菓子作りもできるのだ。


部員みんなでクッキーやマドレーヌを焼いたり、時には小さなケーキにも挑戦したりする。


そんな金曜日が、今ではちょっとした楽しみになっていた。


とはいえ、私は家庭教師がある日が多くて、部活にいられるのはせいぜい30分から1時間程度。


けれど、みんなはそれを気にすることなく「またね、美亜ちゃん」と笑顔で送り出してくれる。それが嬉しくて、短い時間でも部活に顔を出すのが私の日課になっていた。


その日も、私は30分だけの参加だった。


校門から1人で歩いて帰る時、自転車の男の子とすれ違った。


変わった様子はなかったので特に記憶には残らなかったのだけど、すれ違ってから数秒後に突風が吹いた。


きゃっ…


私は慌ててスカートを押さえる。


———次の瞬間に帽子が飛んできた。


急いで帽子を拾うと、もうその男の子はいなくなっていた。


……えっ……普通すぐ取りに戻るよね?


そう思ったが、その理由はすぐにわかった。


帽子のツバのところに「黒野元一」と書いてあったのだ。


…推察すると…私に1年半くらい会えていない黒野君がしびれをきらし、こっそり私を見にきたのだと悟った。


嬉しい気持ち半面、辛い思いをさせてしまっていると思うと、胸が苦しくなった。


“逃げた”と言う事は、こっそり見に来た事に対して呵責の念に苛まれていに違いない。


……全然大丈夫だからね……。


私はキリコ先生から、すぐに黒野君の住所を聞いて、帽子を郵送する際に入れる手紙を書いた。

 



          黒野君へ


こんにちは、美亜です。黒野君の住所は、アルティスのキリコ先生に聞きました。


この前はびっくりしました。でも、すぐにわかりましたよ。私を見に来てくれたのだと。


その気持ち嬉しかったです。


帽子に名前、書いてありましたね。

黒野君らしいなって、思わず笑ってしまいました。


だからね、もう大丈夫ですよ。

黒野君の気持ち、ちゃんと全部、伝わっています。


最近入部した、手芸部で作った刺繍のしおりと、クッキー、あと最近の私の写真を何枚か入れておきました。いっぱい見てください。


少しでも、元気になってくれたら嬉しいです。


黒野君の事は今でも大好きです。


今はまだ自由に会えないけど、いつかまた、必ず会えると信じています。


         美亜より




黒野君からアルティスに小包が届いた。


胸が高鳴る。


横にいたキリコ先生がニヤニヤしている。


私は小包を丁寧に開けた。


中には、封筒に入った手紙と、可愛くラッピングされた箱が入っている。


そっと封筒を開けて、手紙を読み始めた——。





          美亜様へ


手紙、ありがとうございました。


読んだ瞬間、泣いてしまいました。


本当に救われました。あのままだったら、どうなっていたか分からりませんでした。


僕は……ずっと怖かったのです。


美亜ちゃんのこと、想い続けてきたけど、それがただの独りよがりなんじゃないかって。


でも、美亜ちゃんの手紙を読んで、少しだけ自信が持てました。


刺繍のしおり、大切にします。


クッキーも、とても美味しかったですよ。


でも、やっぱり1番嬉しかったのは、美亜ちゃんの写真でした。


すごく綺麗になりましたね。


なんだか、ちょっと遠く感じて……。


でも、嬉しくて、複雑な気持ちになりました。


僕はまだまだだけど、ちゃんと前を向いて頑張ります。だから、美亜ちゃんも、どうか無理しないでください。


また、いつか会える日を楽しみにしています。


本当にありがとうございました。


         黒野 より




「美亜ちゃんのこと、ずっと想い続けてきた」かぁ……。


思わず、頬が緩んでしまう。


嬉しくて、胸がじんわりと温かくなる。


ワクワクしながら、ラッピングされた箱も開けてみる。


中には、薄いピンク地に左端に小さな赤いいリボンがついた可愛らしいタオルハンカチと、焼き菓子の詰め合わせ。


「……かわいい。黒野君、センスいいなぁ……」


「ねえねえ、素敵なプレゼントじゃないの!手紙の内容、早く教えなさいよ!」


キリコ先生が、我慢できない様子で急かしてくる。


「ふふっ、それは……秘密」


「えぇ~!?何それずるい~!」


私は、心の中でそっと呟いた。


黒野君、ありがとう。


私も、あなたのこと、ずっと想い続けてるから。


私が今こうして生きているのは、全部黒野君のおかげ。


その事はまだ言えてないけど。


言ったところで、さすがに信じないよね?


幽霊だった私を、大人の黒野君が来て“よみがえらせてくれたんた”なんて事……。


嬉しくてまた手紙を書いた。




         黒野君へ


こんにちは、美亜です。


かわいいハンカチと焼き菓子、本当にありがとうございました。


ハンカチは制服のポケット入れていて、ふとした時に取り出すと、黒野君のことを思い出して、すごく嬉しくなります。


焼き菓子もとっても美味しかったです。


それから、最近のことです…。


手芸部では、今、夏休み前の作品作りに取りかかっています。私は、刺繍のポーチを作っています。


完成したら、黒野君にも見てもらいたいな……なんて思っています。


……本当は、すぐにでも会いたいって思っています。


でも、お母さんのことを考えると……簡単にはい来ません。


今の私じゃ、きっとまた酷く怒られてしまいますからね。


だけど、こうして手紙をやり取りできるだけでも、私は嬉しいです。


いつか、ちゃんと会える日が来ると信じてます。

また手紙書きます。


         美亜より




こんな感じで、アルティスは私書箱代わりになり、私達の秘密の文通は続いた。


メールの全盛の時代、こう言うのも悪くないな。


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