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第26話 学校生活 美亜目線

         2010年7月


部活には、結局入らなかった。


5月頃だったか——クラスメイトに誘われて「テニス部に入ってみようかな」と思ったことがある。


だけど、その話をお母さんにした途端、きっぱりと止められた。


「絶対にダメよ、美亜。日焼けするでしょう?」


理由はそれだけ。


「日焼け止めを塗ればいいだけじゃない」って言ったけれど、お母さんは首を振った。


完璧にできないから、らしい…。


正直、そこまで本気でやりたいわけでもなかったから、別にいいけどさ…。


やっぱりお母さんは、いつだって私を自分の思い通りにしたいのだと思う。


私の気持ちより、“綺麗な娘”でいてほしいのだろうな。


その後も、いくつかの“日焼けしない部活”から声をかけられた。


バスケ、バドミントン、美術部、文芸部…。


どれも嫌いじゃない。


でも、全部断った。


そして今は、家で家庭教師をつけてもらい、静かに勉強に励んでいる。

 

毎日きちんと勉強して、いい成績を取れば、お母さんも上機嫌だし、家の中は穏やかになる。


それが「平和」なんだって、自分に言い聞かせるようになっていた。

 

そんな日々の中で、ふと考える。


もし、あのまま部活に入っていたら、汗だくになりながら走ったり、仲間と笑い合ったりできたんだろうか?


夕暮れの校庭から聞こえる掛け声や、ボールの音が妙に眩しく聞こえた。


クラスは基本的にみんないい人たちだ。


けれど、お互いを監視し合っているような、そんな息苦しさも感じる。


些細なこともすぐに話題になり、誰かの目を気にしながら過ごす日々。


この学校には「はみ出すこと」が許されない空気が確実に存在する。


インターナショナルスクールから一緒に入学したフランス人のエレナは、とうとう馴染めずに辞めてしまった。


「やっぱり、ここは私のいる場所じゃないわ」


そう言って、エレナは少し寂しそうに笑った。

また元のインターナショナルスクールに戻るのだという。


エレナは、以前の私みたいだった。


ハイテンションで、無邪気で、思ったことを素直に口にする子だった。周囲の空気なんて読まない。


読めないのではなく、きっと「読む必要がない」と思っていたんだと思う。


でも、この学校では、それは「浮いている」と見なされる。そんなエレナを見ているうちに、私はますます自分の殻に閉じこもってしまった。


きっと私も、昔のままだったら同じようにここを去っていたのかもしれない。


だけど、私はもう無邪気ではいられない。


この学校、この家、この世界で生きていくためには、知らず知らずのうちに「仮面」を被る事を覚えてしまった。


これが大人になると言う事なのかな…。


だとしたら、なんてつまらないんだろう…。


でも…私は知っている。


大人になっても、黒野君と一緒にいれば童心に帰ることができることを…。


あの時は楽しかったなぁ…。



         2010年11月



今日はお昼に学校の友達が遊びに来る。


インターナショナルスクール時代からの友達の結衣は何度か来たことがあるけれど、中等部から友達になった、茉里ちゃんと美樹ちゃんは初めてだ。


お母さんは朝からソワソワしながら家中を整え、完璧な準備をしている。


今日は日曜日でタエさんがお休みなのに、珍しくキッチンに立ち、ランチの仕込みまでしていた。


正直、お母さんが料理するのなんて、滅多に見ない。だけど「やればできる」んだなと驚く。


まぁ、それも全部理由がある。


今日は「うちの家はすごい」と子供たちに思わせたいからだ。


お母さんは筋金入りの見栄っ張りだ。


しかも、相手が「金持ちの家の子」となれば、なおさら燃える。


「家がすごい」「お母さんスタイルが良くて美人」「料理すごい」「お父さんかっこいい」「犬までかっこいい」「車もかっこいい」


その全部を言わせたくて、今日のお母さん本気だ。


化粧も完璧、お洒落も抜かりない。

キッチンからは上質なバターの香りが漂ってきて、テーブルには見た目も美しい前菜まで並び始めた。


普通の親なら「子供の友達が来るだけ」でここまで気合い入れないと思う。


だけど、うちのお母さんは違う。


今日という日を「勝負の日」くらいに思っているのだ。


まったく、お母さんらしい…。


黒野君にはあんな態度とったのに…。


考えただけで凄くムカついてくる。


玄関前に高級車が次々と横付けされ、友達はそれぞれ、親に送られてやってきた。


お母さんは完璧な笑顔で出迎える。


「いらっしゃいませ。ようこそ」


まるで自分の友達かのように、堂々とした振る舞いだった。


お母さんの采配でランチパーティーが始まる。


並んだ料理は、レストラン顔負けのラインナップ。ローストビーフ、キッシュ、手作りのタルトまで並んでいて、正直びっくりした。


こんなの…普通、子どもの集まりで出す?


心の中で苦笑する。


けれど、お母さんにとってはこれが“普通”なのだろう。


極めつけは——


「ジェームズ、ちょっと降りてきて」


お父さんまで呼び出された。


「Hello, everyone. I’m MIA’s father. Nice to meet you all.」(こんにちは。美亜の父です。よろしく)


お父さんは英語で挨拶した。これもお母さんの演出だ。


「子供達は英語ができるから、英語で挨拶してね」ってさっき耳元で言ってたから…。


それを見た茉里ちゃんと美樹ちゃんは「かっこいい…」と小さく声を上げる。


お母さんは、その反応を見逃さなかった。


満足げに微笑んで、セリーヌまでリビングに呼び出す。


アフガンハウンドのセリーヌは、つやつやの毛並みをなびかせて優雅に歩き、みんなの注目を集めた。


もちろん、前日にトリミング済みだ。


「美亜ちゃんの家って、本当にすごいね…」


「お母さんも超美人だし、お父さんも超かっこいい」


お母さんの思い描いた通りの展開に、私は少しだけ呆れつつ、関心もしていた。


ここまで“完璧な演出”ができるお母さんは、ある意味本当にすごいと思う。


秘書としては極めて優秀で、お父さんを口説く時も抜かりなかったのだろう。


——そして、ランチパーティーはお母さんの思惑通り終了した。


「お母さん、今日は頑張ってくれてありがとうね。みんな楽しんでくれたね」


そこまで頑張らなくてもいいけど、お礼はちゃんと言っておく。


「ええ、これで美亜も一段“格”が上がったわね」


……格….?


は?


思わず苦笑してしまった…。


…そう…お母さんは「格」をすごい気にする。


黒野君みたいな、一般家庭の男の子と私が仲良くしているなんて、絶対に許さないだろう。


私とお母さんの「格」が下がるからだ。


どこかの御曹司の男の子と仲良くしていったら、全く怒られなかったと思う。


それどころか、今日の様な完璧な態度で振る舞っていた可能性すらある。


以前、パーティーで、御曹司の男の子と無理矢理仲良くさせられた事が何度かあるからだ。


「お父さんはプライベートジェットを持っている」

「海外に別荘をいくつも持っている」

「芸能人やスポーツ選手と仲がいい」


その様な自慢話を延々と聞かされウンザリしていたのだけど、お母さんはそんな子供の話を、目を輝かせて楽しそうに聞いていた記憶が蘇ってきた。


しかも、その時に「この娘、どうかしら?」と冗談とも本気ともつかない様な事まで言ってのけたのだ。


思い出したら吐き気がしてきた。



          翌日



次の日、学校に行くと、昨日のランチパーティーの話題で持ちきりだった。


「美亜ちゃんのお家、ほんっとにすごかったんだよ!」


「お母さん、モデルさんかと思った!」


「お父さん、めっちゃかっこよかった…」


「セリーヌちゃん、毛並みサラッサラだったね!ゴージャスすぎ!」


口々にそんな声が上がる。


あの時の、お母さんの満足げな顔が頭をよぎった。


きっとこの反応まで計算していたのだろう。


さすが、お母さん完璧だ。


でも、もう2度と学校の友達をうちに呼ぶことはないだろうな…。


私が作りたい人間関係とは、遠くかけ離れていたからだ。


もっと肩肘張らずに、自然に笑い合える関係の方が素敵だと思うのだけどな…。



         2010年12月



お父さんの実家は、イギリスの観光地として有名なコッツウォルズにある。まるで絵本の中のような可愛らしい家々が立ち並ぶ、美しい場所だ。


私も大好きな場所で、毎年行くのを楽しみにしていた。


おじいちゃんはもう亡くなってしまったけれど、マーガレットおばあちゃんはまだ元気に暮らしている。


でも、ここ数年はお母さんが一緒に行くことはなくなった。


セリーヌがうちに来てから、お母さんは「私が残ってるから」と言って、毎年留守番をするようになった。


タエさんは月曜から土曜まで来てくれるし、特別にお願いすれば日曜も来てくれる。


だから完全にセリーヌを1人にするわけではないけれど、それでもお母さんは決して家を空けようとしない。


でも、私はなんとなく気づいている。


「大型犬を飼おう」と言い出したのはお母さんだったけれど、本当はおばあちゃんの家に行きたくなかったからかもしれない。


セリーヌが来る前はビション・フリーゼの「ララ」を飼っていて、ペットホテルに預けて旅行にも行っていた。


でも、アフガンハウンドのセリーヌは体が大きすぎて、ペットホテルでは預かってもらえない。


そのことが分かったのは、セリーヌが家に来てからだったけれど、お母さんはきっと、最初から分かっていたと思う。


そう思う理由は2つある。


1つは、おばあちゃんとの折り合いがとても悪いこと。


2つ目はお母さんはセリーヌのことを、そこまで可愛がっているようには見えない事だ。


セリーヌがお母さんに近づくと、嫌な顔をして、追っ払っう様な仕草をする事が度々あるのだ。


「お金持ちが飼っていそうな犬」を選び、「セリーヌ」なんてフランス風の名前をつけたところも、いかにもお母さんらしいと思う。


それでも今年は、私もイギリス行きを強く拒んだ。


あの事故以来、飛行機に乗るのが、どうしようもなく怖くなったからだ。


もうその事実はなくなったのだけれども、アフリカで飛行機が墜落して、死んだ記憶はまだあるのだ。


お父さんは納得しないだろう。


以前の私は、飛行機の窓から外を眺めるのが大好きで、雲の上の景色に夢中になっていたのだから。


車でも電車でも、窓から流れゆく景色を見ている時間が、私は何より好きなんだ…。


そんなわけで、今年のイギリスへの帰省は、お父さんひとりで行くことになった。


私は何度も謝ったけれど、お父さんは静かに笑って「気にするな」と言った。


それでも——その横顔は、やっぱり少し寂しそうだった。

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