第21話 回想 黒野目線
2009年12月19日 土曜日
「ただいま」
20時頃、家に帰宅するとお母さんに軽く挨拶して歯を磨くと自室に直行した。
ベッドにうつ伏せになり、美亜ちゃんとの事を振りかえってみる。
栗色の髪に大きな瞳が可愛らしく、性格も明るくて優しい。知らないうちに好きになっていた。
でも、特に「話してみたい」「仲良くなりたい」とは思っていなかった。もともと女子と話すのが苦手で、緊張してしまうから、遠くから見ているだけで十分だった。そう思っていた。
しかし、コンクールの時、僕の演奏が終わっても1人ずっと拍手してくれたり、ランチの時いきなり泣き出したり、僕を外に誘ったり…。
だいぶ変わった女の子である事は間違いないけど、彼女には何か重大な秘密がある様な気がした。
あの時、ドレスの裾をふわりと持ち上げて、嬉しそうに走る彼女を追いかけて、外に出た時の眩しさは一生忘れる事はないと思う。
本気でなにか物語の世界へと、足を踏み入れたのかと思ったほどだったのだから…。
しかし、誰に対しても“天使の様に無邪気な子”なので、勘違いしない様に自分に強く言い聞かせた。
午後の部、美亜ちゃんのショパンの「華麗なる大円舞曲」は圧巻だった。
演奏はまるでシンデレラの舞踏会の様だった。
“シンデレラの舞踏会”どこかで覗いたことあるのだろうか?でなければあの様な、演奏はできない様な気さえした。
最後スカートの裾を摘み、膝を折る西洋式のお辞儀を披露した際には「可愛い!」の声まで飛んだ。実際に僕もそう思った。
結果は美亜ちゃんが優勝、僕が準優勝。まるで夢のような結果だった。
僕は順位など興味がなく、1番好きな「ジムノペディ第1番」を好きな様に弾いただけなのに…。
本気で順位を狙って挑んだなら、おそらくドビュッシーの《アラベスク第1番》かショパンの《子守唄》をチョイスしたと思う。
逆に好きな曲を好きな様に弾いたのが評価されたのかもしれない。「木漏れ日ピアノコンクール」は本戦とは無関係なので、その様な審査員の方がいても別に不思議ではない。
あの日は、間違いなく僕の人生で最高の日だった。
勘違いしない様に気をつけていたけど、あの瞬間は、美亜ちゃんは僕の事好きなのかな?と少しだけ思ってしまった。
この先の人生で、あの日を超える日はくるのかな?
ふと、机の上に置いたフォトフレームに目をやる。
コンクールの日に、キリコ先生が撮ってくれたツーショット写真。
そこには、美亜ちゃんと僕がトロフィーを持って並んで微笑んでいた。
「……うっ……」
喉の奥が詰まる。
写真を裏返して、机に置いた。
今はもう、見るのが辛い。
そして、今日は天国と地獄を味わった日だった。
いつもはパーティーに来ない美亜ちゃんが来るって聞いた時は胸が高鳴った。
しかし、いざ本人を目の前にすると全く喋れなくなってしまった。人の目があると尚更だ。
この前に引き続き、外に連れ出された時は本当にびっくりした。
コンクールの時は彼女の気まぐれだと思っていたけど、美亜ちゃんは本気で僕の事を好きらしかった。
理由は全くわからない。
老若男女、誰からも“可愛い”と言われていた美亜ちゃん。
うちの両親も彼女のファンで、よく話題に出していた程だ。
本当に僕なんかの、どこがどうよかったのだろうか…。
ホットチョコレートを飲んだあと、明らかに僕と同じ場所に口をつけた。
何度も言うが、本当に僕なんかのどこがいいのだろう?
あまりにも謎過ぎる……。
クリスマスツリーの前で美亜ちゃんは僕の手を握り、肩にもたれかかってきた。
いい匂いがしてクラクラしてしまった。
その間、2人とも無言だったけど本当に幸せな時間だった…。
その後、帰路に着く時も卒業後の事や、夢の事などを語りあった。
夢は僕にだけ、特別に教えてくれた。
家の電話番号電話を聞かれ、再び手を繋いだ。
その後の事は思い出したくもない…。
美亜ちゃんのお母さんには本当にびっくりした。
上品で綺麗なお母さんだったので、印象には残っていたけど、あんな風に怒鳴ったり、首を絞めたりする人だったとは…。
僕が、怖くても抵抗できたのは、美亜ちゃんから「弱くてダメな人間」のレッテルを貼られてしまう事に耐えられなかったからだ。
アルティスに1人で帰った時には、青ざめた顔をしていただろう。
「帰ってこないけど、美亜はどうしたの?いったい何をしたの!?」
美亜ちゃんのお母さんに怒られた後、さらにキリコ先生にまで激しく問い詰めらた。
うまく答えられずに、黙っていたらめちゃくちゃ怒られてしまった。気がついたら涙が流れていた。
美亜ちゃんの事が大好きなキリコ先生だから、言葉を慎重に選びながら説明した。
キリコ先生もそれを聞いたら泣いてしまった。
どうやら、先生も美亜ちゃんのお母さんの事はよく思ってなかったらしい…。
プレゼント交換に参加できなかった美亜ちゃんが用意したプレゼントは、先生の計らいで特別に僕に渡してくれた。
小さなサンタクロースとトナカイがたくさん描かれた赤い包装紙に包まれたプレゼントは、真っ赤なリボンで結ばれていた。
ハサミで丁寧に開けてみる。
現れたのは、白い猫が描かれた可愛いクッキー缶。
テープを取りフタを開けると、バタークッキーがたくさん入っていた。
缶の後ろの表示を見たら、フランス製でラング・ド・シャって書いてあった。
美亜ちゃんらしいセンス。
香ばしいバターの香りがする。
さっき歯磨きしたばかりだけど、我慢できず1つ食べてみたら濃厚なバターと小麦の味が口いっぱいに広がった。
……ああ……すごく、おいしい……。
気がついたら、頬に涙が伝っていた。
「クリスマスプレゼント」と言って僕にくれた電話番号とメールアドレスが書いてあるクリスマスカードも開封してみる。
おそらくかける事もメールする事もできないだろうが……。
Merry Xmas!黒野元一君
電話番号 090-○○○○○ mail ○○○○○
黒野君 大好きだよ。これからもずっと…♡
最後の一言を読んだ瞬間、声を出して泣いた。
美亜ちゃんに会いたい…。




