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第19話 クリスマスパーティー② 美亜目線

「えっ…? えっ…?」


黒野君は、フォークを持ったまま固まっている。


「もう!… どうするのよ?」


ちょっと強めに詰め寄ると、黒野君は迷ったような顔をした。


「……そうしようか?……」


小さな声で、でも確かに頷いた。


私は思わず笑顔になる。


よしっ!


ついに、2人きりになれる!


この瞬間、胸の奥がふわっと熱くなるのを感じた。


「次に私が弾きまーす!」


私は元気よく手を挙げた。


「おお~! チャンピオンのお出ましだ!」


卒業生の誰かが軽口を叩くと、周囲からも「おー!」と軽い歓声が上がる。


「もう、やめてよ~!」


笑いながら軽く手を振る。お世辞には慣れてるけど、こういう場で言われると少し恥ずかしい。


「じゃあ、美亜ちゃん、お願いね」


キリコ先生が優しく微笑み、ピアノの前へ促す。


私はスカートの裾を軽く整え、静かにピアノの前に座った。


「今日はこれだよね」


いつもなら、ショパンやリストの華やかな曲を選ぶところだけど——


今日は、もっと特別なものを弾きたい気分だった。


私はゆっくりと鍵盤に手を置いた。


——バッハ「小フーガ ト短調」。


低音のをゆっくりと力強く、響かせる。


それに重なるように、高音が絡み合い、厳かで神秘的な空気が部屋に広がっていく。


パーティーのざわめきが、ふっと静かになる。


みんながピアノに耳を傾け始めたのがわかった。


フフッ、いい感じ。


私は少しだけ口元を緩め、指先に力を込める。


クリスマスの夜にふさわしい、壮大で美しいフーガ。


パイプオルガンで演奏されるような壮麗な響きを、ピアノで表現する。


ペダルの入れ方がキモだ。


曲が進むにつれ、会場の空気が一変していくのを感じる。

 

ただの楽しいパーティーの場から、一変、神聖な教会のような雰囲気に。


そして、最後の和音を鳴らし、私はゆっくりと手を鍵盤から離した。


———静寂———。


ほんの数秒の沈黙のあと、ぱちぱちと拍手が湧き起こる。


「すごっ……」


「小フーガト短調とは渋いな!」


「カッコよすぎるんだけど!」


いろんな声が飛び交う中、私はみんなをちらりと見た。


黒野君は私をじっと見ていた。


目が合うと、ほんの少しだけ、口角を上げた。


……ふふっ。


私は、心の中でそっと微笑んだ。


「ありがとうございました! じゃあ、次の人どうぞ!」


私は明るく言って席を立った。


「はい」


黒野君の番だ。


何を弾くのかな?


彼がゆっくりと鍵盤に手を置く。


——カノンだ。


その瞬間、思わず息を飲んだ。


私の宝物、パパからプレゼントしてもらったリュージュのオルゴール。


この曲を選んだ事はただの偶然だろうけど、あの日の朝を思い出す。


朽ち果ててゆく、あの部屋で幽霊として過ごした4年間。


ようやく外へと出れて、黒野君の部屋で一緒に聴いたリュージュのオルゴール。


ああ…私やっぱり黒野の事が大好きだ。


心が掻き乱されるくらいに…。


涙があふれてくるのを必死に隠しながら、そっと後ろを向いた。窓の外を見つめるふりをしながら、静かに息を整える。頬を伝う涙を指先でそっと拭う。


…だめ…こんなところで泣いちゃ…。


…また馬鹿にされる…。


カノンの旋律は、まだ静かにホールに響いている。


黒野君の奏でる音は、温かくて、優しくて、でも、どこか切なくて……。


まるで、遠い昔の思い出のように、心の奥深くに染み込んでいく。


窓の外の景色が、涙でぼやけて見える。


…ねえ、黒野君。今、どんな気持ちで弾いてるの?


ただ、胸の奥が締めつけられるように、切なくて、苦しく、そして温かかった。


弾き終わっても、みんな大して聴いていなかったらしく、軽く拍手が起こるくらいだった。


私だけわかればいいのよ…。


演奏が終わり、落ち着くと私は先生に話しかけた。


「先生、一生のお願いがあるの」


「えっ、何?」


「ちょっと外に行ってきてもいい?プレゼント交換までには戻るから…」


「えっ、なんで?せっかく来たのに?」


「うん、ごめんなさい……あと……」


「あと?」


「黒野君も一緒に」


「えっ!!??」


「しっ……」


私は人差し指を鼻に当てた。


「理由は聞かないで…」


先生は驚いたように私を見たけど、すぐに小さく息をついて、OKのサインを出した。


「プレゼント交換の時間は守るのよ?」


「はい!」


先生は優しく微笑んだ。


「黒野君、先生に許可もらったよ。まず私がそっと出るから、黒野君も時間差で出てきてね」


私は小声で伝えた。


「…う…ん…」


黒野君は少し驚いたように頷いく。


「大丈夫だよ。黒野君は存在感がないから」


「な、なんだよ、それ」


からかうと面白い。


「ふふっ」


そっとドアを開けて外に出ると、冷たい空気が頬をかすめた。


ワンピースの上にババーリーのベージュのトレンチコートを羽織っている。かっこいいけど、これ…全然暖かくない。


小学生なのにトレンチコートってなかなかだ。ママのセンスだけど結構気に入っている。


行き先はあらかじめ決めていた。ここから歩いて10分ほどの場所にある夕霧ガーデンヒルズ。


小規模だけれど、イルミネーションが輝き、クリスマスマーケットも開かれている場所だ。


みんなの前ではあまり話したがらない黒野君。


でも、2人きりならきっと話せる。


あのコンクールの日みたいに、2人だけの特別な時間を過ごすんだ。


アルティス卒業後も繋がりを断たない為の手立ては打ってある。


そちらは後ほど…。


しばらくすると、黒野君がようやく出てきた。


すご〜く待った気がする…。


「黒野君、行こう!」


「えっ?どこへ?」


「紺野ガーデンヒルズだよ。クリスマスマーケットとイルミネーションが綺麗なんだ」


「な、な、なにそれ?」


黒野君が、思いっきり目を丸くする。


「ん~……そうね、デート?」


サラッとそう言うと、黒野君はあからさまに固まった。


本当に想像もしていなかったらしい。


そりゃ、そうだよね…普通、小学生同士が夜に2人でクリスマスマーケットなんて行かないよね?


「で、でも…人に見られたらどうしよう……」


「私と一緒ってそんなに嫌?」


ワザと意地悪して言ってみる。


「『人に見られたらどうしよう』って『冷やかされたらどうしよう』って意味だからね」


「知ってた。ふふっ」


「あ~よかった」


「はい、これあげる」


「何これ?」


「クリスマスカード。私の携帯番号とメールアドレスがかいてあるよ」


「嬉しい、でも僕、携帯電話持ってないんだ…」


「うん、それも知ってる」


「何で?」


「何となく。速く歩こう、早く着いて楽しみたいんだもん」


「うん」


早足でしばらく歩くと、紺野ガーデンヒルズのクリスマスイルミネーションが見えてきた。


テンションが上がる。


最近流行りのブルーではなく、クラシックな感じのシャンパンゴールドのイルミネーション。


更に近づくと、10件ほどのヒュッテと大きなクリスマスツリーも見えてきた。


「着いた。すごいね、私達!ついにここまできたよ」


小学生の私たちが夜に2人きりでここまで来ることは簡単な事ではない。ちょっとした冒険気分だ。


「クリスマスマーケット、初めて来たよ。なんかヨーロッパみたいだね…すごくいいよ…」


「気に入ってもらって嬉しいな」


「すごく気に入ったよ」


「みんなカップルばかりね…私達…周りにどう思われているのかしら?」


「多分…親に連れてこられた兄妹?」


「でも私達全然似てないわよ?」


「そうだね…美亜ちゃんハーフだし…」


「じゃあどう思われていると思う?」


「えっ、カ、カ、カップル?」


「キャー!……私達マセ過ぎだよね?ハハハ」


「いやいやいや、マセているのは美亜ちゃんだけ」


「何それ〜。あ、ちょっと待っててね、場所とって置いて」


私はクリスマスツリーが見えるベンチを指差した。


「ホットチョコレート買ってくるからね」


「えっ、あそこの?1杯600円って書いてあるよ。2人で1200円…高すぎるって…」


「1杯だけ買って2人で飲めば1人300円だよ」


「…確かにそうだね。でも…」


「じゃあ買ってくるね」


「うん」


確かに小学生の私達には高い。よく私はお小遣いをたくさん貰っていると思われているが、月に5000円だ。そんなに多くはないと思うのだけど。


ホットチョコレートの甘く香ばしい匂いが漂う。


「いらっしゃいませ!」


「これ、お願いします」


メニューを指差した。


「ホットチョコレートですね?」


「はい、ひとつください」


「マシュマロ、無料でトッピングできますよ?」


「入れてください!」


白いマシュマロがぽとりと落とされ、シナモンが軽く振りかけられる。


「お待たせ!」


戻ると、黒野君はじっと私の手元を見つめていた。


「……本当にひとつにしたんだ、お金払うね」


「この前ジェラート買ってくれたからいいよ。高いし。1杯で一緒に飲んだ方が楽しいよね?」


「そういうもの?」


「そういうもの!」


私はカップを差し出した。


「じゃあ、黒野君から飲んで?」


「え、僕から?」


「味見してみて、その後私も飲む!」


「……美味しくなかったら?」


「絶対美味しいよ」


黒野君は紙コップに口をつけ、一口飲む。


「……どう?」


「おお……すごい美味しい」


「よかった……」


私は自然と、黒野君が飲んだ場所に口をつけた。


その瞬間——彼が一瞬、固まるのがわかった。


甘くて優しいホットチョコレートの味が広がる。


「ん~、美味しい!」


しばらく軽く雑談していたけど、話題がなくなり、無言になってしまった。


小学生の黒野君は喋るのが全然ダメだ。


でも、大好き。


当時だ。私の家族をよみがえらせてくれたんだもん。


ふと、黒野君を見るとまだ緊張している。


思わずその肩にもたれかかる。


ずっと大好きだからね…。


「…美亜ちゃん…」


「…ん?…」


「すごくいい匂いがするね」


「そう?」


今日は、こっそりママのヘアミストをつけてきたのだ。


「Miss Dior」って書かれた、淡いピンクの液体の入った小さなボトル。


ママがいつもつけているものだから、私がつけても気づかれる事はなかった。


——ほんの少しだけ……大人になった気分……。


肩にもたれながら、黒野君の温もりを感じる。


何も言葉は交わさず、ただ静かに、きらめくイルミネーションを眺めていた。


…すごく幸せ…。


でも、もう時間だ。


帰らなきゃ。


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