第18話 クリスマスパーティー① 美亜目線
2009年12月19日
今日はアルティス音楽院のクリスマスパーティーの日だ。卒業生も交えてのパーティーで、総勢20名ほどが集まるらしい。
毎年恒例のイベントだけど、私にとっては初めての参加だ。
例年はフランス語やバレエのレッスンがあって出席できなかった。でも、今年はどうしても行きたくて、ママに何度も何度もお願いしてようやく許可をもらった。
それにしても、なぜクリスマスパーティーに参加するだけで、こんなにもお願いしなくてはいけないのだろう?
今年は絶対に参加したかった理由はただ1つ——黒野君に会うため。
今日会えなかったら、黒野君は小学校と同時にアルティスを卒業して2度と会えなくなるだろう。
私は、机の上に置いたフォトフレームをそっと手に取る。
中には、この前のコンクールの時にキリコ先生が撮ってくれた、黒野君とのツーショット写真。
「ふふっ…」
つい、にやけてしまう。
でも、この写真を堂々と飾っておくことはできない。ママに見られたら、きっと大騒ぎになるに違いないから。
だから、普段は引き出しの奥深くに大切にしまってある。こうして時々、こっそり取り出して見るのが、最近の密かな楽しみだった。
隣で寝転がっているセリーヌが、私の顔をじっと見上げている。
「ねえ、セリーヌ。今日はどんな素敵なことが起こると思う?」
尻尾を軽く振るセリーヌに向かって、わたしは小さく笑いかけた。
胸がドキドキする。
本当に今日は、どんな1日になるのだろう?
私の家からピアノ教室までは車で10分くらい。
自転車で行ける距離だけど、ママがそれを許すはずがない。
中学生になったら1人で行けるのかな……。
でも今日の私は完全に大人の気分。
実は色々仕込んでいるんだ。
ドキドキするなぁ。
そんなことを考えながら靴を履く。
そういえば、中学生になったら「パパ」「ママ」と呼ぶのも卒業しなきゃいけない。
「お父さん、お母さん」って呼ぶように。
もちろん、ママが決めたルールだ。
ママのホワイトのポルシェ・カイエンに乗り込むと、あっという間にアルティスについた。
「今日、フランス語のレッスン休んでごめんね。終わるのは2時間後の19時ね。ママ、行ってきます!」
「いってらっしゃい。あまり食べすぎるんじゃないよ。バレエのコンクールもあるんだからね!」
「は~い」
「なーに?その返事?」
「……はいっ!」
ドアを閉めた瞬間、ふぅっとため息をつく。
ああ……ママって本当にうるさい……。
でも、今はそれよりも…自由だ!
私は心の中で小さくガッツポーズをした。
「メリークリスマス!!」
私はいっぱいの笑顔でドアを開けた。
「メリークリスマス、美亜ちゃん。今日はテンション高いね!」
優しくて大好きなキリコ先生が微笑む。
「そうかな?いつも通りよ!」
少し得意げに言うと、先生はくすっと笑った。
本名は武者小路桐子。苗字があまりにも長いから自分から“キリコ先生”って呼ぶ様にみんなにも言っている。
先生は声楽科卒でイタリア・ミラノへの留学経験を持つ。でも「声楽じゃ食べていけない」って言っていた。もちろん、ピアノの実力も超一流だ。
3歳の時からずっと教わっていて、先生でもあるけれど、友達でもある。先生に友達なんて言い方失礼だけど、実際にそんな感じなんだ。
中学生になったら行く回数は減ると思うけど、まだお世話になる予定。
「美亜ちゃんが来てくれて、先生嬉しいわ。今年が初めてよね?」
「本当はね、毎年来たかったんだ。でもママが許してくれなくて……」
そう言いながら室内を見渡す。クリスマスらしい華やかな装飾に、甘い焼き菓子の香り。
奥のテーブルには、シャンデリアの光を受けてキラキラ輝くドリンクやフィンガーフードが並んでいた。
「今年はその分、たっぷり楽しんでね!」
「うん!」
私は軽く小花柄のスカートの裾を揺らしながら、一歩中へと踏み込んだ。
今日はママもいないし、何も気にせず楽しめる。
素敵な夜になりそうな予感がした。
「美亜ちゃんが来て、みんな揃ったところで始めましょう!」
「メリークリスマス!」
みんなが一斉にクラッカーを弾けさせる。
「パーン!」と軽快な音が響き、色とりどりの紙吹雪が舞った。
パーティーはビュッフェ形式で、テーブルには華やかな料理が並んでいる。
みんな順番にピアノを弾いていき、最後にプレゼント交換の予定だ。
プレゼント交換の予算は1000円で、私は猫のクッキー缶を選んで、可愛くラッピングしてもらった。
実は予算オーバーしちゃったけど、あまりにも可愛かったから買っちゃたんだ。
誰に当たるのかな?
そんなことを考えながら、私はプレゼントを専用の置き場に置いた。
黒野君を発見。
でも、なぜか目を合わせようとしない。私に気づいているはずなのに、視線はチーズケーキに向いたままだ。フォークで小さく切り分け、ゆっくりと口に運んでいる。
もう!この前のコンクールの時は何だったのよ?
少しテンションが下がる。
あの時、確かに私たちは「特別な時間」を過ごしたはずなのに——。
今日はまるで、他人みたい。
……多分、みんなが見ているからだよね?
そう自分に言い聞かせてみる。
でも、モヤモヤした気持ちは消えない。
なら、みんながいないところで話せばいいよね?
そう考えた私は、少し遠回りしながら黒野君の近くへと歩いていった。
隣のテーブルにはまだ誰もいない。
チャンスかもしれない。
私はさりげなく近づき、何気ない風を装って、隣の席にちょこんと座った。
「……ねえ」
静かに声をかける。
黒野君は、驚いたように手を止め、ゆっくりとこちらを見た。
目が合うのはほんの一瞬。
すぐに、また視線をそらしてしまう。
やっぱり、みんながいるから恥ずかしいのかな……?
「チーズケーキ、美味しい?」
何気なく聞いてみると、黒野君は小さく頷いた。
「……うん、甘すぎなくて、好きかも」
「そっか、いいなぁ。私も食べよっと」
そう言いながら、私は黒野君の隣でデザートを選ぶふりをする。
でも、なんとなく彼の様子をちらちらと気にしてしまう。
本当は、もっと話したいのに……。
でも、黒野君はそれ以上、何も言わなかった。
「ねえ、黒野君。私たち、ピアノ先に弾いちゃって、ちょっと外に出ようよ? この前みたいにさ。キリコ先生には言っておくから大丈夫だから」
私は実は密かにデートを計画していた。この前みたいな、短時間だけど秘密のデートを。
黒野君は中学生になったら、アルティスをやめてしまうらしい。もしかしたら、今日で最後かも。そんな思いからの計画だった。




